大阪天満宮参拝 1―大阪天満宮への道。駅名と地名。天神橋と天満橋。納得いかないJR東西線の駅名。
[第242回]冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らす全国お百度参り(16)‐1
大阪天満宮(大阪市北区天神橋2丁目1番8号)に参拝いたしました。
全国の天神・天満・菅原・北野系の神社で、「日本三大天神」として、京都の北野天満宮・福岡県の太宰府天満宮と、あと1つとして、山口県防府市の防府天満宮を入れる説、神奈川県鎌倉市の荏柄天神社を入れる説とともに、大阪市の大阪天満宮を入れる説があるようです。 もっとも、法律で制定されているわけでもなんでもなく、あくまで、誰かが言っているということなのですが。
大阪天満宮の場合、大阪の「天神祭り」が、京都の「祇園祭」・東京の「神田祭」とともに「日本三大祭り」のひとつとされるようですが、これにしても、《YAHOO!知恵袋―日本の三大祭りって何でしょうか? 祇園祭り、ねぶた祭り、天神祭りではなかったで... 》http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112024296 を見ると、京都の「祇園祭」・大阪の「天神祭」の2つと、3つ目として、東北では「ねぶた」を、九州では「博多どんたく」や「長崎くんち」を入れる説があるといい、まあ、みんな、自分のところの地元のものを入れたい気持もあるでしょうし、まあ、それぞれに特色があるのだから、無理に決めなくてもいいとも思えます。
地図を見ていて、大阪天満宮の場合、天満宮に関係のある名称の駅が多いことに気づきました。
私は大阪市の生まれですが、子どもの頃、「天神」と「天満」は同じなのか違うのか、ずいぶん悩んだことがありました。 親にきいてもあんまり明確に答えてくれないのです。 他にも、「天王寺」と「四天王寺」は別のお寺が2つあるのか同じものなのかも、ずいぶん考えたことがあります。
大阪は、東西の街路が「○○通り」で南北の街路が「◇◇筋(すじ)」という名称になっています。 天王寺付近から北に行く「筋(すじ)」で、谷町筋を北上すると、大川(旧・淀川)にぶつかり、大川を渡る橋が「天満橋(てんまばし)」なのですが、松屋町筋を北上すると、大川が中之島のところで堂島側と土佐堀川に分かれる箇所で渡る橋が「天神橋(てんじんばし)」なのです。 今は、松屋町筋などは全車線が一方通行になりましたが、私が子供の頃はそうではなく、天王寺駅のバス停で見ていると、堺筋を通るバス、松屋町筋を通るバスの終点が「天神橋筋六丁目(天六)」で、阪急京都線・千里線の「天神橋筋六丁目(天六)」の駅の所でした。 そして、京阪電鉄には「天満橋」という駅があり、大阪環状線には「天満(てんま)」という駅があったのです。 しかも、大阪環状線の「天満」と阪急の「天六」と京阪の「天満橋」はすぐ近くではないのです。 となると、「天満」という神社と「天神」という神社があるのかしらん?天神さんに行く道にかかる橋が「天神橋」で天満さんに行く道が「天満橋」だろうか? とか、子供の頃はずいぶん、真剣に考えたものです。
JRは私が子供の頃は国鉄でしたが、旧・国鉄の「天王寺」駅の道を隔てた向かいに近鉄南大阪線の「阿倍野橋」駅がありました。道を隔てて天王寺駅は天王寺区にあり、阿倍野橋駅は阿倍野区にあるという話を聞き、へ~え、そうかあ~あと感心したのですが、「天王寺」駅の方は、四天王寺という有名なお寺が近くにあるところだから「天王寺」駅と名前がつけられたのだろうと思っていたら、そのうち、大阪市地下鉄に谷町線(その頃は、2号線と言っていた)に「四天王寺」(現・四天王寺前夕陽丘)という駅ができたので、あれれ? もしかして、「四天王寺」というお寺と「天王寺」というお寺の2つのお寺があるのだろうか? そうでなければ、「天王寺」駅と「四天王寺」駅があるのはおかしいような気も・・・と思うようになったのです。
大阪には大阪天満宮と大阪天神社があるわけではなく、四天王寺と天王寺があるのでもないのですが、駅名はなぜかそうなっているのです。 「天王寺」と「四天王寺」は、「四天王寺」がお寺の名前で、「天王寺」は発音しているうちに最初の「し」が消えて「天王寺」が地域の名称になったようなもので、「天王寺さんの亀の池」というのは、「四天王寺」の亀の池のことで、別に「天王寺」というお寺があるわけではない。
それで、今回、心の旅として、まず、「天神」「天満」にゆかりのある駅をまわってみました。
JR 大阪環状線「天満(てんま)」駅↓
なぜ、外観ではなくプラットホームの写真かというと、外に出て見ても、「天満駅」という看板が見当たらない。 たしかに、その駅を利用する人からすれば知りたいのは行き先であって乗る駅の名前ではない、のかもしれませんが。
子供の頃、環状線の「天満」と阪急の「天六」と京阪「天満橋」はけっこう離れているので、天満橋は橋の名前で、天神橋筋六丁目は天神橋の続きの通りにあって、天満のあたりに「天満」という神社があるのかしらん・・と思ったのですが、「天満」の駅のすぐ近くには大阪天満宮はないのです。
今回、知ったのですが、環状線の「天満」駅のすぐ西に南北の天神橋筋商店街があり、それを北にしばらく行くと、阪急・地下鉄の「天神橋筋六丁目(天六)」駅に着きます。 地下鉄堺筋線の駅では「天神橋筋六丁目(天六)」より「扇町」駅の方が環状線の「天満」駅には近いようですが。 そして、この商店街を南に行くと「南森町」から大阪天満宮の西側に至るようです。

昔からの商店街がすたれていくところが全国にけっこうあるようですが、天神橋筋商店街は健在です。郊外の住宅地の商店街は、買い物にクルマを使用したり、スーパーマーケットなど大型店舗に客が行ったりということがあっても、むしろ、市街地の商店街は、人の移動がクルマよりも電車が主で人が歩く所なので商店街が存続するのでしょう。
天神橋筋商店街を北上すると「天神橋筋六丁目」駅に着きます。
阪急京都線・千里線、大阪市地下鉄堺筋線・谷町線「天神橋筋六丁目」駅 入口。↓
私が子供の頃、阪神北大阪線という路面電車が阪急京都線・千里線の「天神橋筋六丁目(天六)」から阪急「中津」を経て阪神本線「野田」駅まで走っていて、阪急に乗って中津付近で窓から見るたびに、一度、あれに乗りたい乗ってみたいと思い、そして、念願かなって、「中津」から「野田」まで乗ることができたのですが、「中津」から「天六」までの間は乗ることができないうちに廃線になってしまいました。 阪急の「天六」の駅は昔は地上にあったような気がするのですが、地下鉄堺筋線が通って相互乗り入れをして駅を地下鉄の側が管理するようになってから地下駅になったようです。
京阪本線・中之島線「天満橋」駅。 大阪市地下鉄谷町線「天満橋」駅もここに入口がある。↓
京阪電鉄本線は、私が子供の頃から、地下鉄御堂筋線「淀屋橋」駅と乗り換えができる「淀屋橋」が始発で次が「北浜」、その次が「天満橋」だったのですが、阪急の「梅田」、近鉄南大阪線「阿倍野橋」、近鉄奈良線・大阪線「上本町六丁目(上六)」の駅などと違って、京阪の淀屋橋駅は「無理をしてなんとか作った」みたいな感じを受ける駅でした。 その様子から考えて、京阪は最初は淀屋橋が始発ではなく、後から、地下鉄御堂筋線の駅の所まで伸ばそうとして延伸したものかな・・と思ったのです。 とすると、近鉄の奈良線・大阪線が今は阪神なんば線と相互乗り入れして「大阪難波」駅までだが、昔は「上本町六丁目」までだったように、最初は「天満橋」までだったのか? と思ってきたのですが、今回、天満橋から大川(旧・淀川)の左岸(南側)を歩いてみると、「八軒家浜」の掲示版があり、かつては、この河岸から船で京都の伏見までの便があって栄えたが、時代とともに移り変わり、天満橋から京都の五条まで京阪が開通することで、完全に船の便は役目を終えた・・といったことが書かれていました。 京阪は最初は「天満橋」からだったようです。 今は、本線と別に中之島線が天満橋から北に分かれて西進しています。
↑ 「天満橋」付近から大川下流、天神橋方向を見る。
(↑クリックすると大きくなります。)
※「八軒家浜」については、たとえば、
《ウィキペディア―八軒家浜船着場》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%BB%92%E5%AE%B6%E8%88%B9%E7%9D%80%E5%A0%B4 参照。

「天満橋(てんまばし)」↓
天神橋から見た「天満橋」↓
「天神橋(てんじんばし)」↓
八軒家浜付近から見た「天神橋」↓ 中央部は中之島の東端、中之島公園。 中之島までは大川(旧・淀川)。 中之島の北側(右)が堂島川、南側(左)が土佐堀川。
天神橋から中之島公園に降りる階段 ↓ なかなかかっこいい。
こういうのを アーチ構造 というのでしょうか。 天神橋。中之島公園の上の部分。↓
↑ さしでがましいようですが、天神橋の下の中之島公園のホームレスのおじさん、同じ寝るにしても、わざわざ、川の中州の場所で寝るのではなく、せめて北側か南側かどちらかの側で寝た方がよくないでしょうか。 もしも、大雨が降って増水した時を考えると、そんな所で寝てると危ないよ。 「誰か、言ってあげたら」・・て、もしかして、誰もがそう思って言わずに黙ってる・・・のかな・・・。
天満橋がある南北の通りは「谷町筋(たにまちすじ)」で、天神橋がある南北の通りは「松屋町筋」だと思っていたのですが、現地に行って見ると、「天満橋筋」「天神橋筋」と書かれているのです。 あれ? と思ったのだが、考えてみると、阪急京都線・千里線と地下鉄堺筋線の接続駅の駅名は「松屋町筋○丁目」ではなく「天神橋筋六丁目」です。 どこでどう変わったのかと思ったら、どうやら、天満橋のあたりを境目として、それより南が谷町筋、それより北が天満橋筋、 天神橋のあたりを境目としてそれより南が松屋町筋、北が天神橋筋のようです。
そして、JR 東西線「大阪天満宮」駅 入口。↓
大阪市地下鉄谷町線・堺筋線「南森町」駅 入口。↓
↑ この2枚の写真。 クリックすると大きくなるので大きくして見てください。 上はJR東西線「大阪天満宮」駅の入口、下は地下鉄堺筋線・谷町線「南森町」駅の入口のつもりで撮影してきましたが、大きくして見ると、上の写真には「大阪天満宮駅 南森町駅」、下の写真には「地下鉄堺筋線 谷町線 南森町 JR東西線 大阪天満宮」と書かれています。 地下でつながっているみたいです。
JR東西線の「大阪天満宮」駅ができる時、この駅名に2つの点で疑問を感じました。
(1) 同じ東西の道路の下に地下鉄谷町線とJR東西線が通り、大阪天満宮駅の西の交差点を南北に走る道路の下を地下鉄堺筋線が走っていて、大阪天満宮駅のすぐ西隣りに地下鉄の「南森町(みなみもりまち)」駅があるのに、なぜ、JR東西線は「南森町」駅にせずに「大阪天満宮」駅と別の駅名をつけるのか? かつて、阪急神戸線の「塚口(つかぐち)」駅からJR(その時は国鉄)福知山線「塚口」駅まで歩いてずいぶんあるのに閉口したことがありました。 JR(旧・国鉄)と私鉄・地下鉄で、ずいぶん離れているのに同じ名前の駅があるかと思えば、同じ場所なのに別の名称の駅があるのです。 「塚口」とは逆に、「南森町」駅と「大阪天満宮」駅はいずれも同じ場所なのだから、あえて別の名前にしないで、同じ名前にした方が利用者はわかりやすいのではないのか、と思ったのです。
大阪駅はJRは「大阪」だが、阪急・阪神・地下鉄御堂筋線は「梅田」で地下鉄谷町線は「東梅田」、地下鉄四つ橋線は「西梅田」というのは、東京や北海道・九州など相当遠くから来る人を対象に考えると「梅田」より「大阪」の方がわかりやすいのでJRは「大阪」、それに対して大阪に住んでいる人間からすれば梅田も天王寺も難波(なんば)も新大阪も京橋も心斎橋も大国町(だいこくちょう)も長居も鴫野(しぎの)も十三(じゅうそう)も大阪なので、「大阪」駅よりも「梅田」駅の方がわかりやすい、ということがあるかと思うのですが、JR東西線はその遠方の人には「南森町」より「大阪天満宮」という発想でしょうか。
他にも、大阪では、南海の「汐見橋(しおみばし)」駅に隣接して地下鉄千日前線と阪神なんば線の駅が「桜川」、阪急京都線「南方(みなみかた)」駅に隣接して地下鉄御堂筋線は「西中島南方(にしなかじまみなみかた)」駅。 阪神「野田」・JR「海老江」・地下鉄千日前線「野田阪神」が同じ場所で、JR「野田」・地下鉄千日前線「玉川」が同じ場所。 阪神「野田」とJR「野田」は離れていて、阪神「野田」にはJR「海老江」が近い。 なんで、意地はってるみたいに、他社線と駅名を変えるのかなあ。 同じ場所ならどちらかに統一した方がわかりやすいと思うんだけど・・・。 そう思いません?
東京圏でも千葉県松戸市の新京成電鉄「八柱(やばしら)」駅に隣接してJR武蔵野線「新八柱」駅。 東京都港区のJR山手線・京浜東北線「田町(たまち)」駅の前に都営三田線・浅草線「三田(みた)」駅。 なんか、意地張って、何が何でもあいつと同じにするもんかあ! みたいな感じ。 どっちかに統一した方がわかりやすいと思うんだけどなあ・・・。
(2) 神社とかお寺というものは、近所に住んでいて自分のところの庭みたいに生活している人が裏から入ろうがどこから入ろうがいいとしても、ある程度離れた所に住んでいる者が参拝する場合は基本的には正門から入るものではないかと思い、今回も南側から訪問しました。 JR東西線の「大阪天満宮」駅は大阪天満宮の北側にあるのです。 この場所で「大阪天満宮」という駅名を名のられてしまうと、大阪天満宮の参拝は北側からするものか? と思う人が出てきてしまわないか? と思ったのです。 京都の建仁寺(http://www.kenninji.jp/ )も、北側が祇園と言われる地域で、京阪「祇園四条」駅、阪急「四条河原町」駅があることから、北側から訪問する人の方が多いようですが、やっぱり、本来、南側から参拝するものではないでしょうか。私は昨年、建仁寺に参拝した時、南側の京阪「清水五条」駅から行きました。
大阪天満宮の場合は、大阪天満宮の西側に天神橋筋商店街があり、大阪天満宮の南側はビルや店舗があってもにぎやかな商店街ではなく、現実に北西側の方がにぎやかな商店街になっているということが訪問してわかったのですが、それでもやっぱり、神社の北側に位置する駅に「大阪天満宮」駅という名称は、少々気になります。
JR東西線の駅名は、他にも疑問を感じるものがあります。
「大阪城北詰」て、たしかに大阪城の北側の位置ではありますが、大阪城との間には寝屋川が流れていて、大阪城に行くにはこの駅は便利ではないはずです。 現在、学研都市線などと言っていますが、もともとは片町線で、その始発駅だった由緒ある「片町」駅をなくしてその少し西に作った駅ですから、「新片町」とか「西片町」とか、その住所は片町駅と違って都島区片町ではなく網島町だというなら「網島町」とか、あるいは、大阪では知名度のある藤田美術館(http://fujita-museum.or.jp/ )の近くにあるから「藤田美術館」とかの方が適していないでしょうか。
「北新地」なんてもっと違和感がある。この場所はササヤ書店(http://www.gakufu.net/ )のある桜橋(さくらばし)・・と私なんかは思ってきた。 大阪駅前第一ビルにある今のササヤ書店が悪いとは言わんが、前の、知る人ぞ知る、いかにも「くろうと好み」て感じの店舗は好きだった。 それが東西線の工事でだったか前の道が陥没したあ~あ! とかいうことがあったが、一般的に、ここは「桜橋」だと思うし、そうでなければ、「南梅田」とか、「新地」にするなら「曽根崎新地」ではないでしょうか。 なんで、「北新地」なんて飲み屋のママさんみたいな駅名つけるかなあ~あ・・・。のみ助のおっさんがカラオケで歌うような駅名にしてしまうかなあ~あ・・・。(個人的には「ササヤ書店前」でもいいんだけどね。)
私が命名するなら、「大阪桜橋」⇔「南森町」⇔「新片町」 ですね。
「海老江」も阪神の「野田」、地下鉄の「野田阪神」と同じ場所なのに別の駅名「海老江」にして、JR大阪環状線の「野田」は阪神「野田」・地下鉄「野田阪神」と離れていて地下鉄の「玉川」と同じ場所というのもわかりにくい。 JR・阪神・大阪市交通局で話しあって駅名を整理した方がいいのじゃないか?
JRの駅名は、関東圏でも浦和・北浦和・南浦和・東浦和・西浦和・中浦和・武蔵浦和・・て、なんか、もうちょっと考えられないものか。 情緒もへちまもない。 それだけでなく、それまでにその場所にあった地名を土足で踏みつけにしているのではないか? 船橋・西船橋・東船橋・南船橋とか。 JR京葉線に「新習志野」という駅ができたが、もともと、「習志野(ならしの)」というのは内陸部の丘陵地につけられた名前で、海辺に「新習志野」という駅名はなじまないと思うのだが、JRの人間はそういうことを考えないのだろうか。
「南森町」は大阪天満宮とは関係のない地名かと昔は思っていたのですが、大阪天満宮境内の摂社 大将軍社の説明書きには≪大将軍社 ・・・ 当地主神として孝徳天皇の御代 豊崎皇居の四方鎮護神として奉祀せらる。 現地名 南森町は往古 大将軍の森 と称せられた。≫とあり、「大将軍の森」と言われていたのが「南森町」になったということで、「南森町」も大阪天満宮と関係のある地名・駅名のようです。
ごく最近できたJR東西線「大阪天満宮」駅は大阪天満宮のすぐ北にあるから。 比較的新しい地下鉄谷町線・堺筋線「南森町」駅は「大将軍の森」からきた地名。
大阪天満宮の南側を東西に流れる大川(旧・淀川)を大阪天満宮のすぐ西で南北に渡る橋が天神橋で、天神橋の延長の通りが南が松屋町筋で北が天神橋筋。 その天神橋筋の大阪天満宮よりけっこう北の方にあるのが「天神橋筋六丁目(天六)」。
大阪天満宮の東側で大川(旧・淀川)を渡るのが天満橋で、天満橋のすぐ南側にある駅が京阪「天満橋」と地下鉄谷町線「天満橋」。
ここまではわかったのですが、JR大阪環状線の「天満(てんま)」は、なぜ、この駅名になったのでしょうか。 大阪天満宮とはそれほど近くないのですが。 そこで、大阪市の地図を買って検討して見ると、大阪市北区には、天神・天満・菅原関係の住居表示がけっこうあるのです。 天満1~4丁目。 天満橋1~3丁目。 天神橋1~7丁目。 東天満1~2丁目。 紅梅町。 天神西町。 西天満1~6丁目。 菅原町。 南森町1~2町目。 菅栄町。 松ケ枝町も、道真を慕って梅と松が後を追いかけたという話があること、紅梅町の東隣りにあることを考えると天神・天満つながりでしょうか。 これらをすべて合わせると相当広範囲になり、天神橋8丁目は新淀川を渡る長柄橋の手前に達します。 菅栄町(かんえいちょう)には菅北小学校・菅北公園があり、菅原町(すがわらちょう)には菅南幼稚園があります。 これらから考えて、JR大阪環状線「天満」駅より北で阪急・地下鉄「天神橋筋六丁目」駅の東のあたりである菅栄町あたりが、天神・天満・菅原の北寄り地域で、天神橋の西で堂島側に面した菅原町あたりが天神・天満・菅原の南寄りの地域と考えるとすると、大阪環状線の「天満」駅は大阪天満宮のすぐ近くではないけれども、その天神・天満・菅原の地域の内部にあるのです。
(↑ 黒太線で囲まれた地域が、天神・天満・菅原関係の地名。 赤囲みが天神・天満系の駅名のついた駅)
東京の高田馬場(たかだのばば)駅にしても、堀部安兵衛の高田馬場の助太刀の高田馬場は、JR山手線の「高田馬場」駅付近ではなく、もっと東、早稲田大学の少し西のあたりだったという話で、旧国鉄はけっこう雑というのか乱暴というのか、すぐ近くでなくても国鉄の駅としては一番近いというあたりで駅名をつけてしまうところがくあり、「天満」駅は天神・天満系の地名がついている地域の範囲内にあるとはいえ、大阪天満宮からはそう近くない場所にあり、そのタイプかもしれません。そして、本来、高田馬場でなかった高田馬場駅付近がいつしか高田馬場になってしまったように、天満駅付近が大阪天満宮と関係なく地名としての天満になってしまったのかもしれません。 滋賀県の米原にしても、もともとは「まいはら」だったのが国鉄が「まいばら」とふりがなをうったために「まいばら」になってしまったとか、国鉄→JRの駅名のつけ方はかなり横暴なところが感じられます。
大阪天満宮の場合、天満宮に関係のある駅名がいくつもある。 天神・天満・菅原関係の地名が相当広範囲にあることを考えると、この点については、大阪天満宮は天神・天満・北野・菅原系の神社の中でも一番ではないでしょうか。
大阪天満宮のホームページの「交通」http://www.tenjinsan.com/koutu.html を見ると、「地下鉄、JR東西線を、ご利用の方」「車を、ご利用の方」として、電車では南森町駅・大阪天満宮駅からの経路が説明されています。 表門側からの経路が説明されているのは、やはり、神社のホームページだけあるとは思うのですが、参拝の経路としては、表門から入るだけではなく、表門の前の道を表門に向って歩いてくるのが本来ではないかとも思うのです。 個々の参拝者が北側の駅から来るのは自由ですが、神社のホームページとしては南側の駅、京阪・地下鉄「天満橋」から、京阪・地下鉄「北浜」駅からの経路も記載してほしかったな、という気がします。私は今回は、「天満橋」で降りて川沿いに歩いて天神橋を渡って参拝しました。 私は今回の参拝が2度目ですが、1度目は大阪天満宮駅が最も近そうだと思い、北側から行ってしまいました。 天満橋駅からも北浜駅からもそれほど遠くはないので、電車利用の場合、帰りは南森町駅か大阪天満宮駅から帰ってもいいとは思いますが、できれば、往きは天満橋駅か北浜駅から行った方がいいと私は思います。
いよいよ、天神橋を後にして大阪天満宮へ向います。 今回は三部作として構成しました。
2―天神橋から大阪天満宮へ。表門、社殿と摂社。社殿・摂社を塞ぐ露天の店は再考願いたいhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_2.html
3―梅の花が咲く「神楽殿・参集殿・梅花殿」と星合池・祖霊社。 大将軍社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_4.htmlとともに御覧くださいませ。
(2014.3.3.)
☆ 冤罪を晴らす神様・菅原道真・怨念を晴らす全国お百度参り シリーズ は、
千葉県
葛飾天満宮(市川市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_4.html
意富比神社 末社 天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201311article_1.html
白井市(白井市河原子の)天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_5.html
千葉神社 摂社 千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_2.html
(下)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201308article_1.html
東京都
亀戸天神社(江東区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_7.html
平河天満宮(千代田区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201210article_3.html
北野神社(文京区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_2.html
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201312article_5.html
神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_8.html
永谷天満宮(横浜市港南区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_7.html
岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
京都府
北野天満宮(京都市上京区)
1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_2.html
2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_3.html
3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_4.html
4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_5.html
5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_6.html
今後も続きます。
☆『救援ノート 改訂第9版』(2011改訂。救援連絡センター)は
⇒http://qc.sanpal.co.jp/info/1143/
大阪天満宮(大阪市北区天神橋2丁目1番8号)に参拝いたしました。
全国の天神・天満・菅原・北野系の神社で、「日本三大天神」として、京都の北野天満宮・福岡県の太宰府天満宮と、あと1つとして、山口県防府市の防府天満宮を入れる説、神奈川県鎌倉市の荏柄天神社を入れる説とともに、大阪市の大阪天満宮を入れる説があるようです。 もっとも、法律で制定されているわけでもなんでもなく、あくまで、誰かが言っているということなのですが。
大阪天満宮の場合、大阪の「天神祭り」が、京都の「祇園祭」・東京の「神田祭」とともに「日本三大祭り」のひとつとされるようですが、これにしても、《YAHOO!知恵袋―日本の三大祭りって何でしょうか? 祇園祭り、ねぶた祭り、天神祭りではなかったで... 》http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112024296 を見ると、京都の「祇園祭」・大阪の「天神祭」の2つと、3つ目として、東北では「ねぶた」を、九州では「博多どんたく」や「長崎くんち」を入れる説があるといい、まあ、みんな、自分のところの地元のものを入れたい気持もあるでしょうし、まあ、それぞれに特色があるのだから、無理に決めなくてもいいとも思えます。
地図を見ていて、大阪天満宮の場合、天満宮に関係のある名称の駅が多いことに気づきました。
私は大阪市の生まれですが、子どもの頃、「天神」と「天満」は同じなのか違うのか、ずいぶん悩んだことがありました。 親にきいてもあんまり明確に答えてくれないのです。 他にも、「天王寺」と「四天王寺」は別のお寺が2つあるのか同じものなのかも、ずいぶん考えたことがあります。
大阪は、東西の街路が「○○通り」で南北の街路が「◇◇筋(すじ)」という名称になっています。 天王寺付近から北に行く「筋(すじ)」で、谷町筋を北上すると、大川(旧・淀川)にぶつかり、大川を渡る橋が「天満橋(てんまばし)」なのですが、松屋町筋を北上すると、大川が中之島のところで堂島側と土佐堀川に分かれる箇所で渡る橋が「天神橋(てんじんばし)」なのです。 今は、松屋町筋などは全車線が一方通行になりましたが、私が子供の頃はそうではなく、天王寺駅のバス停で見ていると、堺筋を通るバス、松屋町筋を通るバスの終点が「天神橋筋六丁目(天六)」で、阪急京都線・千里線の「天神橋筋六丁目(天六)」の駅の所でした。 そして、京阪電鉄には「天満橋」という駅があり、大阪環状線には「天満(てんま)」という駅があったのです。 しかも、大阪環状線の「天満」と阪急の「天六」と京阪の「天満橋」はすぐ近くではないのです。 となると、「天満」という神社と「天神」という神社があるのかしらん?天神さんに行く道にかかる橋が「天神橋」で天満さんに行く道が「天満橋」だろうか? とか、子供の頃はずいぶん、真剣に考えたものです。
JRは私が子供の頃は国鉄でしたが、旧・国鉄の「天王寺」駅の道を隔てた向かいに近鉄南大阪線の「阿倍野橋」駅がありました。道を隔てて天王寺駅は天王寺区にあり、阿倍野橋駅は阿倍野区にあるという話を聞き、へ~え、そうかあ~あと感心したのですが、「天王寺」駅の方は、四天王寺という有名なお寺が近くにあるところだから「天王寺」駅と名前がつけられたのだろうと思っていたら、そのうち、大阪市地下鉄に谷町線(その頃は、2号線と言っていた)に「四天王寺」(現・四天王寺前夕陽丘)という駅ができたので、あれれ? もしかして、「四天王寺」というお寺と「天王寺」というお寺の2つのお寺があるのだろうか? そうでなければ、「天王寺」駅と「四天王寺」駅があるのはおかしいような気も・・・と思うようになったのです。
大阪には大阪天満宮と大阪天神社があるわけではなく、四天王寺と天王寺があるのでもないのですが、駅名はなぜかそうなっているのです。 「天王寺」と「四天王寺」は、「四天王寺」がお寺の名前で、「天王寺」は発音しているうちに最初の「し」が消えて「天王寺」が地域の名称になったようなもので、「天王寺さんの亀の池」というのは、「四天王寺」の亀の池のことで、別に「天王寺」というお寺があるわけではない。
それで、今回、心の旅として、まず、「天神」「天満」にゆかりのある駅をまわってみました。
JR 大阪環状線「天満(てんま)」駅↓
なぜ、外観ではなくプラットホームの写真かというと、外に出て見ても、「天満駅」という看板が見当たらない。 たしかに、その駅を利用する人からすれば知りたいのは行き先であって乗る駅の名前ではない、のかもしれませんが。
子供の頃、環状線の「天満」と阪急の「天六」と京阪「天満橋」はけっこう離れているので、天満橋は橋の名前で、天神橋筋六丁目は天神橋の続きの通りにあって、天満のあたりに「天満」という神社があるのかしらん・・と思ったのですが、「天満」の駅のすぐ近くには大阪天満宮はないのです。
今回、知ったのですが、環状線の「天満」駅のすぐ西に南北の天神橋筋商店街があり、それを北にしばらく行くと、阪急・地下鉄の「天神橋筋六丁目(天六)」駅に着きます。 地下鉄堺筋線の駅では「天神橋筋六丁目(天六)」より「扇町」駅の方が環状線の「天満」駅には近いようですが。 そして、この商店街を南に行くと「南森町」から大阪天満宮の西側に至るようです。
昔からの商店街がすたれていくところが全国にけっこうあるようですが、天神橋筋商店街は健在です。郊外の住宅地の商店街は、買い物にクルマを使用したり、スーパーマーケットなど大型店舗に客が行ったりということがあっても、むしろ、市街地の商店街は、人の移動がクルマよりも電車が主で人が歩く所なので商店街が存続するのでしょう。
天神橋筋商店街を北上すると「天神橋筋六丁目」駅に着きます。
阪急京都線・千里線、大阪市地下鉄堺筋線・谷町線「天神橋筋六丁目」駅 入口。↓
私が子供の頃、阪神北大阪線という路面電車が阪急京都線・千里線の「天神橋筋六丁目(天六)」から阪急「中津」を経て阪神本線「野田」駅まで走っていて、阪急に乗って中津付近で窓から見るたびに、一度、あれに乗りたい乗ってみたいと思い、そして、念願かなって、「中津」から「野田」まで乗ることができたのですが、「中津」から「天六」までの間は乗ることができないうちに廃線になってしまいました。 阪急の「天六」の駅は昔は地上にあったような気がするのですが、地下鉄堺筋線が通って相互乗り入れをして駅を地下鉄の側が管理するようになってから地下駅になったようです。
京阪本線・中之島線「天満橋」駅。 大阪市地下鉄谷町線「天満橋」駅もここに入口がある。↓
京阪電鉄本線は、私が子供の頃から、地下鉄御堂筋線「淀屋橋」駅と乗り換えができる「淀屋橋」が始発で次が「北浜」、その次が「天満橋」だったのですが、阪急の「梅田」、近鉄南大阪線「阿倍野橋」、近鉄奈良線・大阪線「上本町六丁目(上六)」の駅などと違って、京阪の淀屋橋駅は「無理をしてなんとか作った」みたいな感じを受ける駅でした。 その様子から考えて、京阪は最初は淀屋橋が始発ではなく、後から、地下鉄御堂筋線の駅の所まで伸ばそうとして延伸したものかな・・と思ったのです。 とすると、近鉄の奈良線・大阪線が今は阪神なんば線と相互乗り入れして「大阪難波」駅までだが、昔は「上本町六丁目」までだったように、最初は「天満橋」までだったのか? と思ってきたのですが、今回、天満橋から大川(旧・淀川)の左岸(南側)を歩いてみると、「八軒家浜」の掲示版があり、かつては、この河岸から船で京都の伏見までの便があって栄えたが、時代とともに移り変わり、天満橋から京都の五条まで京阪が開通することで、完全に船の便は役目を終えた・・といったことが書かれていました。 京阪は最初は「天満橋」からだったようです。 今は、本線と別に中之島線が天満橋から北に分かれて西進しています。
↑ 「天満橋」付近から大川下流、天神橋方向を見る。
(↑クリックすると大きくなります。)
※「八軒家浜」については、たとえば、
《ウィキペディア―八軒家浜船着場》http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E8%BB%92%E5%AE%B6%E8%88%B9%E7%9D%80%E5%A0%B4 参照。
「天満橋(てんまばし)」↓
天神橋から見た「天満橋」↓
「天神橋(てんじんばし)」↓
八軒家浜付近から見た「天神橋」↓ 中央部は中之島の東端、中之島公園。 中之島までは大川(旧・淀川)。 中之島の北側(右)が堂島川、南側(左)が土佐堀川。
天神橋から中之島公園に降りる階段 ↓ なかなかかっこいい。
こういうのを アーチ構造 というのでしょうか。 天神橋。中之島公園の上の部分。↓
↑ さしでがましいようですが、天神橋の下の中之島公園のホームレスのおじさん、同じ寝るにしても、わざわざ、川の中州の場所で寝るのではなく、せめて北側か南側かどちらかの側で寝た方がよくないでしょうか。 もしも、大雨が降って増水した時を考えると、そんな所で寝てると危ないよ。 「誰か、言ってあげたら」・・て、もしかして、誰もがそう思って言わずに黙ってる・・・のかな・・・。
天満橋がある南北の通りは「谷町筋(たにまちすじ)」で、天神橋がある南北の通りは「松屋町筋」だと思っていたのですが、現地に行って見ると、「天満橋筋」「天神橋筋」と書かれているのです。 あれ? と思ったのだが、考えてみると、阪急京都線・千里線と地下鉄堺筋線の接続駅の駅名は「松屋町筋○丁目」ではなく「天神橋筋六丁目」です。 どこでどう変わったのかと思ったら、どうやら、天満橋のあたりを境目として、それより南が谷町筋、それより北が天満橋筋、 天神橋のあたりを境目としてそれより南が松屋町筋、北が天神橋筋のようです。
そして、JR 東西線「大阪天満宮」駅 入口。↓
大阪市地下鉄谷町線・堺筋線「南森町」駅 入口。↓
↑ この2枚の写真。 クリックすると大きくなるので大きくして見てください。 上はJR東西線「大阪天満宮」駅の入口、下は地下鉄堺筋線・谷町線「南森町」駅の入口のつもりで撮影してきましたが、大きくして見ると、上の写真には「大阪天満宮駅 南森町駅」、下の写真には「地下鉄堺筋線 谷町線 南森町 JR東西線 大阪天満宮」と書かれています。 地下でつながっているみたいです。
JR東西線の「大阪天満宮」駅ができる時、この駅名に2つの点で疑問を感じました。
(1) 同じ東西の道路の下に地下鉄谷町線とJR東西線が通り、大阪天満宮駅の西の交差点を南北に走る道路の下を地下鉄堺筋線が走っていて、大阪天満宮駅のすぐ西隣りに地下鉄の「南森町(みなみもりまち)」駅があるのに、なぜ、JR東西線は「南森町」駅にせずに「大阪天満宮」駅と別の駅名をつけるのか? かつて、阪急神戸線の「塚口(つかぐち)」駅からJR(その時は国鉄)福知山線「塚口」駅まで歩いてずいぶんあるのに閉口したことがありました。 JR(旧・国鉄)と私鉄・地下鉄で、ずいぶん離れているのに同じ名前の駅があるかと思えば、同じ場所なのに別の名称の駅があるのです。 「塚口」とは逆に、「南森町」駅と「大阪天満宮」駅はいずれも同じ場所なのだから、あえて別の名前にしないで、同じ名前にした方が利用者はわかりやすいのではないのか、と思ったのです。
大阪駅はJRは「大阪」だが、阪急・阪神・地下鉄御堂筋線は「梅田」で地下鉄谷町線は「東梅田」、地下鉄四つ橋線は「西梅田」というのは、東京や北海道・九州など相当遠くから来る人を対象に考えると「梅田」より「大阪」の方がわかりやすいのでJRは「大阪」、それに対して大阪に住んでいる人間からすれば梅田も天王寺も難波(なんば)も新大阪も京橋も心斎橋も大国町(だいこくちょう)も長居も鴫野(しぎの)も十三(じゅうそう)も大阪なので、「大阪」駅よりも「梅田」駅の方がわかりやすい、ということがあるかと思うのですが、JR東西線はその遠方の人には「南森町」より「大阪天満宮」という発想でしょうか。
他にも、大阪では、南海の「汐見橋(しおみばし)」駅に隣接して地下鉄千日前線と阪神なんば線の駅が「桜川」、阪急京都線「南方(みなみかた)」駅に隣接して地下鉄御堂筋線は「西中島南方(にしなかじまみなみかた)」駅。 阪神「野田」・JR「海老江」・地下鉄千日前線「野田阪神」が同じ場所で、JR「野田」・地下鉄千日前線「玉川」が同じ場所。 阪神「野田」とJR「野田」は離れていて、阪神「野田」にはJR「海老江」が近い。 なんで、意地はってるみたいに、他社線と駅名を変えるのかなあ。 同じ場所ならどちらかに統一した方がわかりやすいと思うんだけど・・・。 そう思いません?
東京圏でも千葉県松戸市の新京成電鉄「八柱(やばしら)」駅に隣接してJR武蔵野線「新八柱」駅。 東京都港区のJR山手線・京浜東北線「田町(たまち)」駅の前に都営三田線・浅草線「三田(みた)」駅。 なんか、意地張って、何が何でもあいつと同じにするもんかあ! みたいな感じ。 どっちかに統一した方がわかりやすいと思うんだけどなあ・・・。
(2) 神社とかお寺というものは、近所に住んでいて自分のところの庭みたいに生活している人が裏から入ろうがどこから入ろうがいいとしても、ある程度離れた所に住んでいる者が参拝する場合は基本的には正門から入るものではないかと思い、今回も南側から訪問しました。 JR東西線の「大阪天満宮」駅は大阪天満宮の北側にあるのです。 この場所で「大阪天満宮」という駅名を名のられてしまうと、大阪天満宮の参拝は北側からするものか? と思う人が出てきてしまわないか? と思ったのです。 京都の建仁寺(http://www.kenninji.jp/ )も、北側が祇園と言われる地域で、京阪「祇園四条」駅、阪急「四条河原町」駅があることから、北側から訪問する人の方が多いようですが、やっぱり、本来、南側から参拝するものではないでしょうか。私は昨年、建仁寺に参拝した時、南側の京阪「清水五条」駅から行きました。
大阪天満宮の場合は、大阪天満宮の西側に天神橋筋商店街があり、大阪天満宮の南側はビルや店舗があってもにぎやかな商店街ではなく、現実に北西側の方がにぎやかな商店街になっているということが訪問してわかったのですが、それでもやっぱり、神社の北側に位置する駅に「大阪天満宮」駅という名称は、少々気になります。
JR東西線の駅名は、他にも疑問を感じるものがあります。
「大阪城北詰」て、たしかに大阪城の北側の位置ではありますが、大阪城との間には寝屋川が流れていて、大阪城に行くにはこの駅は便利ではないはずです。 現在、学研都市線などと言っていますが、もともとは片町線で、その始発駅だった由緒ある「片町」駅をなくしてその少し西に作った駅ですから、「新片町」とか「西片町」とか、その住所は片町駅と違って都島区片町ではなく網島町だというなら「網島町」とか、あるいは、大阪では知名度のある藤田美術館(http://fujita-museum.or.jp/ )の近くにあるから「藤田美術館」とかの方が適していないでしょうか。
「北新地」なんてもっと違和感がある。この場所はササヤ書店(http://www.gakufu.net/ )のある桜橋(さくらばし)・・と私なんかは思ってきた。 大阪駅前第一ビルにある今のササヤ書店が悪いとは言わんが、前の、知る人ぞ知る、いかにも「くろうと好み」て感じの店舗は好きだった。 それが東西線の工事でだったか前の道が陥没したあ~あ! とかいうことがあったが、一般的に、ここは「桜橋」だと思うし、そうでなければ、「南梅田」とか、「新地」にするなら「曽根崎新地」ではないでしょうか。 なんで、「北新地」なんて飲み屋のママさんみたいな駅名つけるかなあ~あ・・・。のみ助のおっさんがカラオケで歌うような駅名にしてしまうかなあ~あ・・・。(個人的には「ササヤ書店前」でもいいんだけどね。)
私が命名するなら、「大阪桜橋」⇔「南森町」⇔「新片町」 ですね。
「海老江」も阪神の「野田」、地下鉄の「野田阪神」と同じ場所なのに別の駅名「海老江」にして、JR大阪環状線の「野田」は阪神「野田」・地下鉄「野田阪神」と離れていて地下鉄の「玉川」と同じ場所というのもわかりにくい。 JR・阪神・大阪市交通局で話しあって駅名を整理した方がいいのじゃないか?
JRの駅名は、関東圏でも浦和・北浦和・南浦和・東浦和・西浦和・中浦和・武蔵浦和・・て、なんか、もうちょっと考えられないものか。 情緒もへちまもない。 それだけでなく、それまでにその場所にあった地名を土足で踏みつけにしているのではないか? 船橋・西船橋・東船橋・南船橋とか。 JR京葉線に「新習志野」という駅ができたが、もともと、「習志野(ならしの)」というのは内陸部の丘陵地につけられた名前で、海辺に「新習志野」という駅名はなじまないと思うのだが、JRの人間はそういうことを考えないのだろうか。
「南森町」は大阪天満宮とは関係のない地名かと昔は思っていたのですが、大阪天満宮境内の摂社 大将軍社の説明書きには≪大将軍社 ・・・ 当地主神として孝徳天皇の御代 豊崎皇居の四方鎮護神として奉祀せらる。 現地名 南森町は往古 大将軍の森 と称せられた。≫とあり、「大将軍の森」と言われていたのが「南森町」になったということで、「南森町」も大阪天満宮と関係のある地名・駅名のようです。
ごく最近できたJR東西線「大阪天満宮」駅は大阪天満宮のすぐ北にあるから。 比較的新しい地下鉄谷町線・堺筋線「南森町」駅は「大将軍の森」からきた地名。
大阪天満宮の南側を東西に流れる大川(旧・淀川)を大阪天満宮のすぐ西で南北に渡る橋が天神橋で、天神橋の延長の通りが南が松屋町筋で北が天神橋筋。 その天神橋筋の大阪天満宮よりけっこう北の方にあるのが「天神橋筋六丁目(天六)」。
大阪天満宮の東側で大川(旧・淀川)を渡るのが天満橋で、天満橋のすぐ南側にある駅が京阪「天満橋」と地下鉄谷町線「天満橋」。
ここまではわかったのですが、JR大阪環状線の「天満(てんま)」は、なぜ、この駅名になったのでしょうか。 大阪天満宮とはそれほど近くないのですが。 そこで、大阪市の地図を買って検討して見ると、大阪市北区には、天神・天満・菅原関係の住居表示がけっこうあるのです。 天満1~4丁目。 天満橋1~3丁目。 天神橋1~7丁目。 東天満1~2丁目。 紅梅町。 天神西町。 西天満1~6丁目。 菅原町。 南森町1~2町目。 菅栄町。 松ケ枝町も、道真を慕って梅と松が後を追いかけたという話があること、紅梅町の東隣りにあることを考えると天神・天満つながりでしょうか。 これらをすべて合わせると相当広範囲になり、天神橋8丁目は新淀川を渡る長柄橋の手前に達します。 菅栄町(かんえいちょう)には菅北小学校・菅北公園があり、菅原町(すがわらちょう)には菅南幼稚園があります。 これらから考えて、JR大阪環状線「天満」駅より北で阪急・地下鉄「天神橋筋六丁目」駅の東のあたりである菅栄町あたりが、天神・天満・菅原の北寄り地域で、天神橋の西で堂島側に面した菅原町あたりが天神・天満・菅原の南寄りの地域と考えるとすると、大阪環状線の「天満」駅は大阪天満宮のすぐ近くではないけれども、その天神・天満・菅原の地域の内部にあるのです。
(↑ 黒太線で囲まれた地域が、天神・天満・菅原関係の地名。 赤囲みが天神・天満系の駅名のついた駅)
東京の高田馬場(たかだのばば)駅にしても、堀部安兵衛の高田馬場の助太刀の高田馬場は、JR山手線の「高田馬場」駅付近ではなく、もっと東、早稲田大学の少し西のあたりだったという話で、旧国鉄はけっこう雑というのか乱暴というのか、すぐ近くでなくても国鉄の駅としては一番近いというあたりで駅名をつけてしまうところがくあり、「天満」駅は天神・天満系の地名がついている地域の範囲内にあるとはいえ、大阪天満宮からはそう近くない場所にあり、そのタイプかもしれません。そして、本来、高田馬場でなかった高田馬場駅付近がいつしか高田馬場になってしまったように、天満駅付近が大阪天満宮と関係なく地名としての天満になってしまったのかもしれません。 滋賀県の米原にしても、もともとは「まいはら」だったのが国鉄が「まいばら」とふりがなをうったために「まいばら」になってしまったとか、国鉄→JRの駅名のつけ方はかなり横暴なところが感じられます。
大阪天満宮の場合、天満宮に関係のある駅名がいくつもある。 天神・天満・菅原関係の地名が相当広範囲にあることを考えると、この点については、大阪天満宮は天神・天満・北野・菅原系の神社の中でも一番ではないでしょうか。
大阪天満宮のホームページの「交通」http://www.tenjinsan.com/koutu.html を見ると、「地下鉄、JR東西線を、ご利用の方」「車を、ご利用の方」として、電車では南森町駅・大阪天満宮駅からの経路が説明されています。 表門側からの経路が説明されているのは、やはり、神社のホームページだけあるとは思うのですが、参拝の経路としては、表門から入るだけではなく、表門の前の道を表門に向って歩いてくるのが本来ではないかとも思うのです。 個々の参拝者が北側の駅から来るのは自由ですが、神社のホームページとしては南側の駅、京阪・地下鉄「天満橋」から、京阪・地下鉄「北浜」駅からの経路も記載してほしかったな、という気がします。私は今回は、「天満橋」で降りて川沿いに歩いて天神橋を渡って参拝しました。 私は今回の参拝が2度目ですが、1度目は大阪天満宮駅が最も近そうだと思い、北側から行ってしまいました。 天満橋駅からも北浜駅からもそれほど遠くはないので、電車利用の場合、帰りは南森町駅か大阪天満宮駅から帰ってもいいとは思いますが、できれば、往きは天満橋駅か北浜駅から行った方がいいと私は思います。
いよいよ、天神橋を後にして大阪天満宮へ向います。 今回は三部作として構成しました。
2―天神橋から大阪天満宮へ。表門、社殿と摂社。社殿・摂社を塞ぐ露天の店は再考願いたいhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_2.html
3―梅の花が咲く「神楽殿・参集殿・梅花殿」と星合池・祖霊社。 大将軍社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_4.htmlとともに御覧くださいませ。
(2014.3.3.)
☆ 冤罪を晴らす神様・菅原道真・怨念を晴らす全国お百度参り シリーズ は、
千葉県
葛飾天満宮(市川市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_4.html
意富比神社 末社 天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201311article_1.html
白井市(白井市河原子の)天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_5.html
千葉神社 摂社 千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_2.html
(下)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201308article_1.html
東京都
亀戸天神社(江東区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_7.html
平河天満宮(千代田区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201210article_3.html
北野神社(文京区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_2.html
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201312article_5.html
神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_8.html
永谷天満宮(横浜市港南区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_7.html
岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
京都府
北野天満宮(京都市上京区)
1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_2.html
2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_3.html
3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_4.html
4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_5.html
5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_6.html
今後も続きます。
☆『救援ノート 改訂第9版』(2011改訂。救援連絡センター)は
⇒http://qc.sanpal.co.jp/info/1143/
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