賀茂別雷神社〔上賀茂神社〕参拝2.北大路駅~日本福音ルーテル賀茂川教会~賀茂川と桜~御土居跡~御薗橋

[第254回]
【1】   北西から賀茂川、北東から高野川が来て合流し、鴨川となって真南に流れる合流点を南から見ると、特徴のある地形とその奥に見える森は特別の場所のような印象を受けます。 そのあたりに賀茂御祖神社があるはずです。 その近くの駅というと京阪の「出町柳」でしょう。 私が子供の頃は、京阪は「三条」までで、叡山電鉄はその頃は京福電鉄叡山線と言っていて、叡山電鉄の始発駅「出町柳」と京阪の「三条」との間には電車はなかったので、「出町柳」まで行くにはバスに乗るしかなかったのですが、今は、京阪が「出町柳」まで行っているので便利になりました。
   賀茂別雷神社を上賀茂神社、賀茂御祖神社を下鴨神社と言い、賀茂川と高野川が合流する地点の印象が強かったのと、「上・・・」「下・・・」という名称の神社なら、「下・・・」に先に行ってから「上・・・」に行くのが基本か?というイメージがあったのですが、今回、賀茂別雷神社と賀茂御祖神社の関係は本来はそういう関係ではなかったのではないか・・という意識があったことから、「下・・・」経由で「上・・・」に行くということは、今回はしないことにしました。
   それとともに、桜の開花季節が終わろうとしている時期で、インターネット上で、《桜開花情報 日本気象協会》http://www.tenki.jp/sakura/ を見ると、関東と関西では、経度は違っても緯度はそれほど変わらないけれども、東京と京都・大阪では微妙に東京の方が気象の移り変わりは遅め・・のものが多いように思ったのですが、この《桜開花情報 日本気象協会》http://www.tenki.jp/sakura/  を見ていたところ、関東では「満開」のところはなくなってしまった時期に、関西では、大阪府箕面市の勝尾寺、京都市の醍醐寺、そして、京都市の上賀茂神社(賀茂別雷神社)などが「満開」と出ていたのです。 そうこうしているうちに醍醐寺は「散り始め」になったものの、上賀茂神社は「満開」の表示であったので、そういうことならということで、今回は賀茂別雷神社(上賀茂神社)に訪問と決め、「1日1社の原則」と今回は賀茂御祖神社(下鴨神社)から賀茂別雷神社(上賀茂神社)へという「葵祭り」のコースをあまりにも絶対的なものと考えないで歩いてみたいと考え、京阪「出町柳」からではなく、京都市地下鉄「北大路」駅から歩いてみました。
   《桜開花情報》で上賀茂神社はあって下賀茂神社はないのは、『古社名刹巡拝の旅3 賀茂川の道 下鴨神社 上賀茂神社』(2009.5.19.集英社)に掲載の「下鴨神社境内図」「上賀茂神社境内図」を見ると、上賀茂神社には「斎王桜」「御所桜」「馬出の桜」「鞭打ちの桜」「風流桜」「御幸桜」「みあれ桜」「賀茂の桜」と名称のついた桜の木があるのに対し、下鴨神社には「糺の森(ただすのもり)」と名がある森があり樹木は多くあっても、少なくとも、境内図に記載される桜の木はないことによるようです。


【2】 「京のぶぶづけ」の話と東京人の傲慢さ、電車の乗降のしかたにおける「東京・大阪式」と「京都式」
   おせっかいかもしれませんが、ここで、関東から京都・大阪に行かれる方にアドバイス。 私は大阪で生まれ、子どもの頃から京都には何度も行ったことがあり、そして、ここしばらく東京圏で住んでいる者です。 東京圏で生まれ育った人には、京都も大阪も関西だから一緒だと勝手に思っている人がいますが、一緒のものもありますが相当違うものもあります。
   今は昔、慶應義塾大学に在学した時、東京都の高校から慶應義塾大学に来ていたHという男が、「『ぶぶづけでもどうだす』とかしきりに言われて、そこまで誘われるのならと思って誘いに乗ったら、『あつかましい』と思われるとか、そういうのが関西は嫌いなんだ」とか口にしたので、「アホか、こいつ」と思ったことがありました。「こんなヤツがあつかましくも大学生を自称しているのか」「こんなアホが大学行くのか」と思いました。 「慶應というのはこんなアホの行く大学なのか」とも思いましたし、「私学は玉石混淆」だという説もありますが、もしも、こいつのような人間が慶應の学生だということなら、慶應というのはレベルの低い大学だなと思いました。 「『ぶぶづけでもどうだす』とかしきりに言われて、そこまで誘われるのならと思って誘いに乗ったら、『あつかましい』と思われる」という「京のぶぶづけ」の話は世間一般にありますが、Hは自分で体験したのではないと思います。 大阪で生まれ育って、京都に住んでる知り合いもあって、京都には子供の頃から何度も行っているのですが、その私が、「京のぶぶづけ」の話そのまんまの体験なんか、一度もしていないのに、東京で生まれ育ったHがそれほど経験しているはずがない。 あくまで、本で読んだか何かの話を勝手に信じ込んで「だから、関西は嫌いなんだ」とか大きな顔をして、そういう思考を「思考の柔軟な慶大生」とかぬかしているわけです。 いったい、ど~こが「思考が柔軟」なんだ。 アホか! で、「京のぶぶづけ」の話を本で読んだりすると、一度、体験してみた~いとか思う人もでてくるかもしれません(?)が、京都の人間は東京人に「京のぶぶづけ」の体験をさせるためにそこに住んでいるわけではないので、体験したい~い!と思って、「どこで体験できますかあ」と尋ねても、「体験コーナー」なんてありません。
   ただ、「京のぶぶづけ」の話そのものを経験したことは私はありませんが、京都の人間にはそういうところがある、そういうのが嫌だという大阪の人間はけっこういました。 だから、良いか悪いかはさておき、「京のぶぶづけ」の話は、「関西の話」ではなく、「京都の話」なのです。 たとえ、その地に行ったことがなくても、隣りの府県でも隣りの市町村でも違うものは違うということくらいは理解できていいはずで、もしも、自分を「一流大学」の学生だと思っているのなら、そのくらいはわかってよさそうなのですが、慶應という大学の学生にはそれがわからないアホウが多いという印象を受けました。 かつ、そのアホウが「慶大生らしい思考の柔軟さ」とか言ってその思考の堅さを自慢しているところがありました。 もっとも、在学中は、そういう人間を見て、なんか、レベルの低い大学だなあと思ったのですが、卒業してしばらくすると、もしかすると、他の大学もどっこいどっこいかも・・とも思えてもきましたが、実際に京都に行って自分が体験したわけでもないのに、又、勝手に京都と大阪をいっしょくたにして決めつける「慶大生らしい思考の堅さ」と「東京人の傲慢さ」がその男Hには出ていました。 どうも、慶應義塾大学という大学はこういう思考の堅さが気にかかる人間が多い大学でしたが、かつ、そういう思考の堅さが気にかかる人が「思考の柔軟な慶大生」などと言い張るところのある大学でした。
   「京のぶぶづけ」の話は実際以上の話として話だけがひとり歩きしているようなところがありますが、「電車の乗り方・降り方」については、京都には今も特徴があると大阪生まれで最近は東京圏で住んでいる者としては思うものがあります。  ある程度、混んでいる電車が駅につこうとしている時を考えてください。 大阪の人間はドアの方に歩きだしてドア付近に立ち降りる準備をします。 東京都から千葉にかけてもそうです。 このあたりは東京は大阪とほぼ共通しています。 しかし、京都は違うのです。 昔の話かと思ったらそうではありません。 これ、京都でやると怒られます。 「おまえは、何をせかせかしとるんやあ。みんな降りるんやろうが」と言って怒られます。 京都の人は大阪の人間と比べて、「おっとりしている」というわけでもないと思うのですが、電車の降り方については、駅についてから、ゆっくりと出口の方に歩みだすのであり、駅につく前に出入口付近に行く人がないからと思って、その人たちは降りないのだろうと思うとそうではないのです。 逆に、「京都式」を大阪でやると、降ろしてもらえません。「さっさとせえよ、とろくさいなあ」て感じ。 だから、関西人としては、関西は関西でも京都と大阪は相当違うところがあるのですが、東京人には勝手に「関西」とひとくくりにして一緒にしてしまう傲慢な人間がいるのです。 そういう人は自分の思考の堅さに原因があるにもかかわらず、絶対にそれを認めず、「慶大生らしい思考の柔軟さを見につけている」などと勝手な主張をしたりもします。そういう人と関わると不快指数が上昇するし、教えてあげてもきかないので教えようとするのはやめましたが、でも、関東人でこのブログを読んでくださっている方、「京都と大阪は共通するものもあるけれども違うものもある」ということ、「京都では、電車はあわてて降りようとしなくても、京都の人は降ろしてくれる。逆に、駅につくまえから人をかきわけて出入口付近に進もうとすると嫌がられる。 大阪でその『京都式』をやると降ろしてもらえない可能性がある」と、人の話を聞く気のある人は聞いてください。 もしくは、実際に行ってみるとわかると思います。電車の乗り降りのしかたは、東京は大阪とほぼ同じで、京都式が「東京・大阪式」と違います。
   私が子供の頃、大阪にも京都にも、まだ、市電が走っていましたが、大阪の市電は、市電の線路にクルマが日常的に入りこんでしまって市電は動きが悪くなり、そのうち、なくなりました。 京都では大阪よりも後まで市電が走っていましたが、そのうちなくなりました。 私の母が若い頃には、大阪の市電も京都の市電も、十分に走ることができて、市民の足として動いていたようですが、母の話では「大阪の市電は走っていかないと乗せてもらえないのに対して、京都の市電は待ってくれる」と言うことでした。 走って行かなくても待ってくれるとは、京都の市電って親切だなあ、京都の人って親切なんだなあ~あ・・・と喜んでいいかというと、そうでもなく、なぜかというと、待ってくれるのは自分だけではないので、大阪の市電と違って京都の市電はなかなか目的地につかないから、大阪の人間が京都の市電に乗るといらいらする・・という話がかつてありました。 今は市電もなくなり、違いも昔ほどではなくなったかもしれませんが、それでも、それは一般的傾向として残っているように思います。 だから、東京や大阪の人間が京都に行って電車に乗った時には、普段みたいにせかせかしない、あわてなくても降ろしてもらえる、ということを頭に入れておいた方がよろしいかと思います。


【3】 京都市地下鉄烏丸線「北大路」駅から賀茂別雷神社への道
   さて、京都市地下鉄「北大路」駅から歩きます。 京都市地下鉄烏丸線は、JRから乗り換えの場合、「京都」駅から、阪急京都線から乗り換えの場合は「烏丸」で下車して「四条」で乗ります。阪急「烏丸」と京都市地下鉄「四条」は、いずれも、東西の通りが四条通り、南北の通りが烏丸通りの四条烏丸にあり、同じ場所です。
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↑ 京都市地下鉄「北大路」駅 北 出入口


【4】 日本福音ルーテル賀茂川教会
   地下鉄「北大路」駅の北口を出てすぐ北側の交差点を右(東)に進むと、右手(南側)に見えるのが↓
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↑ 日本福音ルーテル 賀茂川教会
  同教会のHPによると、ルター派のプロテスタントの教会である日本福音ルーテル教会に属する教会だそうです。 同教会HPの「会堂建築様式」http://www.jelc-kamogawa.com/kentiku.html によると、「ヴォーリス建築設計事務所」の設計により1954年に建てられたもので、ノアの箱舟をイメージして設計されたそうです。 ヴォーリズさんの建築は、和やかさを感じる親しみのもてるデザインで、自分自身がキリスト教と向き合ってきた人の設計だけあると思います。 
※日本福音ルーテル賀茂川教会のHPは⇒http://www.jelc-kamogawa.com/
      同 会堂建築様式   http://www.jelc-kamogawa.com/kentiku.html 
※一粒社ヴォーリズ建築事務所のHPは⇒http://www.vories.co.jp/
但し、同建築事務所のHPの「建築作品 宗教」http://www.vories.co.jp/work/?command=list&pcategory=religious には、日本ルーテル賀茂川教会は見当たりません。


【5】賀茂川と「半木(なからぎ)の道」の桜
   東にさらに進むと、賀茂川にぶつかります。賀茂川の左岸(東岸)の堤防上は「半木(なからぎ)の道」と言い、枝垂れ桜がきれいです。 右岸(西岸)の堤防の外側の「加茂街道」はクルマの通る道ですが、堤防の内側の河川敷を歩くことができ、右岸(西岸)を歩いた方が、川越しに左岸(東岸)の「半木の道」の桜を見ることができますし、こちらも悪くありません。
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[↑ 撮影は4月20日です。]
  地下鉄の「北大路」駅は南口が北大路通りにあるから「北大路」駅とつけられているようで、北大路通りは賀茂川を北大路橋で越えますが、北口を出て北側の交差点を東に出て賀茂川とぶつかった地点では、そこはすでに、南の北大路橋と北の北山大橋の中間付近です。 そこから賀茂川に沿って北西に進み、北山大橋・上賀茂橋と過ぎて、御薗橋で賀茂川を東に渡ると、賀茂別雷神社があります。


【6】 「御土居(おどい)」跡 
  ≪ 御薗橋の近く、賀茂川中学校前バス停横に、国史跡の御土居(おどい)跡がある。 豊臣秀吉が、洛中と洛外を分けるために築いた高さ3mほどの防塁の跡だ。 賀茂川の西岸付近を東の境とし、この地点が北限だった。≫と、『古社名刹巡拝の旅3 賀茂川の道 下鴨神社 上賀茂神社』(集英社)の「巡拝の達人1 賀茂川の散策道」に出ており、この本に掲載の地図では賀茂川のすぐ脇のように見えるのですが、堤防の上から見まわしても見つかりません。 そこで、近くのコンビニで市街地図でも買えば載っているかとも思ってサークルKに入ったのですが、ここしばらく、東京圏で暮らしている者としては、東京圏のコンビニでは、たいていそのコンビニがある市の市街地図くらいは売っているのですが、関西のコンビニは大阪でも京都でも置いていない場合が多いようです。 それで、まあ、缶コーヒーでも飲んで、「お土居」はあきらめて賀茂別雷神社に向うかあ~あ・・と思って、南西を見ると、そこにありました。 堀川通りの西側 と 東側の賀茂川中学校の北側(「加茂街道」と「堀川通り」の間)と、堀川通りをはさんで2か所に分かれて残っています。 賀茂川の堤防の側にあるわけではありません。加茂街道より西側にあります。↓
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↑ 堀川通りの西側 の 「御土居(おどい)」(写真はクリックすると大きくなります。)
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↑ 堀川通り東側・加茂街道西側 の 「御土居(おどい)」 堀川通りから見たもの。
向こう側の建物は賀茂川中学校。
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↑ 堀川通り東側・加茂街道西側 の 「御土居」 加茂街道から見たもの。




↑「 i 」マークは堀川通り西側の「御土居」の場所です。
    『改訂版 京都  観光文化検定 公式テキストブック (8版)』(2007.10.8. 淡交社)の「京都の歴史」には、
≪  永禄11年(1568)、織田信長は、将軍足利義昭を奉じて上洛した。・・・・・しかし、天下統一は信長ではなく、豊臣秀吉によってなったが、彼は関白就任後の天正13年(1585)以後、京都に政権の基盤を置くことを決定し、翌14年には、平安京の内裏後である内のにおいて聚楽第の建設に着手している。・・・・
   ・・・・秀吉は京都全体の都市改造に着工している。・・・・ さらに天正19年にはこの改造された京都を囲むために「御土居(おどい)」の建設を始めた。全長5里26町(約23キロ)に及ぶもので「京廻りノ堤(きょうまわりのつつみ)」と称されていた。土塁の高さは約3.6メートルから二十数メートルに達する。≫ と出ている。


【7】   「北大路」駅から御薗橋付近まで、あっちをよそ見してこっちを振り返りながら歩いて、約25分。 「御土居」に立ち寄った所要時間が約15分。 計約40分。 賀茂川の河川敷を対岸の桜や周囲の山などを見まわしながら、クルマの通らない河川敷の平坦な土の上を歩くことができるので、「御土居」に立ち寄る時間を別にして30分弱でも決して苦痛にならない、まだまだ歩けるぞお・・て感じの約30分でした。 賀茂別雷神社の「参道」というのは、「正式には」とか「本来は」とかいうのはどこなのかよくわかりませんが、時代とともに参道も変わっておかしくないのであり、「北大路」駅から賀茂川右岸の河川敷を北上する道は、賀茂別雷神社の私的「参道」として悪くないと思います。

   さて、「御土居」も見たことだし、そろそろ、御薗橋を渡って、賀茂別雷神社へ参りましょう。
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↑ 御薗橋から見た 賀茂川 上流。
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↑ 御薗橋から見た 賀茂川 下流。

  次回、賀茂別雷神社 境内へと進みます。 ぜひ、御覧くださいませ。

☆ 《賀茂別雷神社[上賀茂神社]参拝》は9部作となりました。
1.楼門・透廊・棚尾社・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_1.html

3.斎王桜・外弊殿・神馬舎・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_3.html

4.細殿・橋殿・片岡橋・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_4.html
5.弊殿・「特別拝観」・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_5.html
6.奈良神社・北神饌所・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_6.html
7.檜皮葺・大田神社・魯山人生誕地・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_7.html
8.深泥池・京都コンサートホール・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_8.html
9.流造と切妻、摂社の構成、不動産業の神「迦毛の大神」・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_9.html
も、ご覧くださいませ。
   (2014.5.5.) 


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