営業の大事な能力「黙っている力」(1)、及び、連れて行きたくない新人と、避けたい契約客同行の経験。

[第328回]会社と営業の話(77)
   営業の大事な能力として、「黙っている力」というものがあると思うのだ。
【1】   1980年代の終わり、木質系住宅建築請負業の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダエスバイエルホーム(株)〕に入社して1年目、私は新卒社員の中では良い方の営業成績を残したことになっているが、最初の所属営業課である千葉支店松戸営業所の営業課長のUさんと次に松戸営業課の営業課長になった I さんがよく見てくれて、指導してくれたことが大きく、特に、入社1棟目などは、実際には、ほとんどUさんが判断して、私はアシスタントとして動いたようなものだった。 同期入社の人間でも、配属先の営業課長によって、適切に指導してくれる人とそうでない人があったらしい。 又、最初の所属である松戸営業課で営業課長のUさん以外のメンバーであったAさんが、「U課長は、課長の中でも実力のある人だから、いいと思うよ」と話してくれたことがあったが、「実力のある人」というのは、営業課長になっている人でも、必ずしも営業としての実力があるとは言えない人も中にあるし、転職で中途入社の人には前職の役職が高いものだから住宅会社の営業としての能力はそれほどでもないのに課長になってしまった人もおり、また、「売る力」「営業技術」はあっても「営業知識」、住宅・建築についての知識はない人もいるが、Uさんは小堀住研の営業課長の中では知識もある人だから、新卒新人にとってはいいと思うということだった。 同期入社のMくんが配属された船橋展示場の営業課長だったFさんは、Mくんが『営業知識マニュアル』を読んで、「これは、どういうことですか」と質問すると、「おまえ~え・・・。 そんな難しいこときくなあ~あ」と言ったそうで、要するに、知らなかったらしいが、誰であれ何でも知っているわけではないので知らないことがあってもしかたがないが、Uさんは技術的なことについてはたいてい答えてくれたし、自分が良く知らないものについては、営業所の他のメンバーで知ってそうな人間に、「◇◇、これ、わかるか」と尋ねてくれた。 2年目に東京支店の目黒区の自由が丘営業課に移動した際に営業課長だったT橋(男。当時、30代なかば。)は、私が入社した時にT橋が課長の営業課に配属された営業からも嫌がられていたし、お客様からも「あの人はちょっと・・」と言われたこともあったが、私も、もしも、最初にT橋が所属の営業課長だったら、1年目に残した成績は残すことはできなかったと思うし、T橋は営業課長として以前にT橋自身が小堀住研の営業としての実力がなかったと思う。
   だから、Uさんと I さんのおかげである部分は相当大きいのであるが、入社1年目の私が良かったのは、住宅の営業としての経験はなく営業としての経験もほとんどなかったので、すべて指示通りにやったことだ。 [第321回]《「やったことない」ことはできるか?《A》―住宅建築業の営業(1)「負けパターン」の感知。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201503article_5.html  で述べた2000年代初め、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいたK保のように、実力もないくせに、営業所長がなんとか契約を取らせようと思って、同行するからこれを用意しておけと言っても、納得いかないならそれならそれで思ったことを言えばまだ良いのだが、言いもしないで、当日、用意していない、というそういう対応は私はしなかった。 上役にある程度の実力があって、ある程度以上、誠意のある人であれば、「素直に指示に従う能力」というのがある人間は、それがない人間(K保さんのような人)より成果を出すことができるわけだ。 但し、自由が丘営業課のT橋のような営業課長が上役ならだめだ。T橋なら、T橋が無茶苦茶にした上で営業担当者のせいにしただろう。T橋にそうされた経験のある営業は何人かいるはずだ。
   そして、もうひとつ。 「黙っている能力」というものがその時の私にはあった。 小堀住研(株)では、新卒社員には、「技術系」(建築学科・土木学科出身者)には2か月、「営業系」(営業・人事・総務・経理等)(法・経済・商学部等出身者)には1か月の本社での研修があり、そこで、ある程度の知識を学んできてはいる。 営業課長のUさんに連れてもらってUさんが担当の見込客宅に同行させてもらった時、Uさんがお客様と話している内容を聞いていて、「それは・・・・だろう」と思うものはあったが、何か思っても、そのお客様の担当は営業課長のUさんであり、Uさんが言わないようなことは部下である私は言わなかった。 もし、「どうして、・・・を言わないのだろう」と思った場合、事務所に戻ってから質問した。すると、Uさんは「・・・だから、あそこでは・・・・と判断して・・・としたんだ」と説明してくれた。 そして、これを持っていけと言われたものを持ち、出せと言われたものを出し、お客様宅で机の上にUさんが図面を広げれば、じゃまになるものをよけたりした。だから、Uさんのおかげで学んだものは多いが、Uさんとしては、私はお客様宅に連れて行った時に、「じゃまにならない」と思って比較的安心して連れて行くことができたのではないかと思う。 そんなの、上長や先輩社員の担当のお客様宅に同行させてもらった時に、自分が担当でもないのに余計なことを口出したり、余計なことをしないなんて、当たり前じゃないかと思う人もいるかもしれないけれども、実は、世の中には、当たり前でないことをやるヤツがいるのだ



【2】客宅に連れて行けない新人。 非常識な営業本部長。
  1993年、在来木造の一条工務店に入社して2年目のことだ。 千葉県松戸市の松戸展示場に来場された松戸市内で建替えを考えておられる方で、3階建てにしようという計画の方がおられた。 本命:大成パルウッド、対抗馬:三井ホーム、ダークホース:三和ホーム と、いずれもツーバイフォー工法のメーカーで検討されていた。 その頃、エスバイエル(株)と会社名を変えた小堀住研(株)の木質パネル構法でも小屋裏三階と言って、2階建ての屋根を急勾配にして、そこに直下階(2階)の2分の1までの面積の3階を作るということができたが、2世帯住宅として住むことを検討されていて、2階の2分の1の面積の3階の小屋裏3階建ではなく直下階(2階)と同じ面積の3階の総3階建てができるツーバイフォー工法の会社で検討されていた。
   三井ホーム(株)は、最初は三井不動産(株)がツーバイフォー工法で住宅建築業を始めて、後に三井不動産(株)から独立した会社だが、三和ホームは、今は東京三菱UFJ銀行というややこしい名前の銀行になった三和銀行の「三和」の系列か? と思いがちな名前だが、そういうことではなく、社長が茨城県の三和町の出身だということで三和ホームという名前にした会社らしかったが、ツーバイフォー工法で建てていた。
  1990年代初めにおいては、東京都や千葉県においては、ツーバイフォー工法による総3階建て、木質パネル構法による小屋裏3階建てについては、一般に認知されていたが、在来木造では平屋建てか2階建てのものという印象で、過去に在来木造で3階建てが建てられたことはあるかというと、姫路城天守閣だの中山法華経寺の五重塔だのというそこまでさかのぼらなくても、明治の元号の時代にも3階建ては建てられていたが、それは「筋交い式」の「戦後型木造」によるものではなく、「貫(ぬき)式」の「戦前型木造」によるもので、「筋交い式」の「戦後型木造」で3階建てができるのかどうか、できたとして安全なものかどうか疑問に思う人が多かった。 一条工務店は在来木造の3階建ての実物大建物による耐震実験を浜松でおこない、浜松では在来木造で3階建てを建てていただいたお宅もあったが、東京圏では在来木造の3階建ては認知度が低く、ツーバイフォー工法の総3階建、木質パネル構法の小屋裏3階建てに比べて、一般の人間の感覚としての安心感が低かった。 一条工務店の営業本部長のA野さんは、「2階建てなら在来でも検討していいが、3階建てだからね」とその見込客が言われたという話を私がしても、浜松頭の人の思考で、「なんで、3階建てならツーバイフォーなんだ」と言って、その東京圏の住人の感覚を理解しなかった。 今現在は東京圏でも在来木造の3階建ては普通に建てられているが、その当時は、木質系の住宅では、在来木造は2階建まで、木質パネル構法は2階建てと小屋裏3階建て、ツーバイフォー工法は総3階建てまで、という認識が広まっていた。 この「広まっていた」というのは、実際にその建物が安全か好ましいかとは100%は一致しない。 浜松などでは、「家は在来木造で建てるもの。 ムクの木で、太い木で建てるもの」という認識が「広まっていた」はずで、その延長として、3階建てでも「家は在来木造で建てるもの」であって、ツーバイフォー工法などというよくわからない外来のものより、「木造(在来木造)がいいに決まってる」という固定観念が強かったのではないかと思う・・が、東京都・千葉県ではそうではなかったのだ。 ツーバイフォー工法の総3階建ては一般に多く建てられていたが、在来木造の3階建ては、「はたして、海のものとも山のものともわからない」というような認識が「広まっていた」のだ。 だから、総3階建てで2世帯住宅に建て替えようと計画されていたその方は、ツーバイフォー工法のメーカーを候補として考えられたのだ。 その当時の千葉県では、ツーバイフォー工法のメーカーでは、たいていの人がまず思い浮かべるのが三井ホームで、他に、積水ツーユーホーム、大成パルウッド(大成建設)といったところかと思うが、最初の本命が三井ホームではなく大成パルウッドで、最終的に契約して建てられたのも大成パルウッドだったというのは、その方は、大成となんらかのコネクションがあったのではないのか・・という感じがしないでもなかった。 
(  このお宅は最終的には大成パルウッドで契約された。これは推測だが、建て替えて2世帯住宅にしようという計画から、総3階建て ができるところというのが大前提で、基本的には鉄骨造・鉄筋コンクリート造より木を構造材とする家が志向で、この条件を満たす大成パルウッドと何らかのコネクションがあって、大成パルウッドで悪くないと思ったが、絶対そこで契約しなければならないほどの義理まであるわけではないので、他の所も検討して決めようということで、ツーバイフォー工法では最大手の三井ホームを検討し、それ以外の会社でも、総3階ができる所なら積極的に売り込んでくるところは最初から完全に拒否はしない、という姿勢だったのではないか。 それで、当初、大成パルウッド対三井ホームが7対3か8対2くらいの状況で始まり、そこに、「総3階ができる所で積極的に売り込んでくるところなら最初から完全に拒絶はしない」という条件で三和ホームと一条工務店が穴馬と大穴で入ったが、結局、大成パルウッドは、ひっくり返されるほどの大チョンボはせず、最初の予定通り、大成パルウッドで契約になった、というところ・・かな? という感じの経緯だった。
  実際のところ、 本命で来てくれた見込客に対してひっくり返されるほどの大チョンボはしない、というのと、大穴ですらない人に食らいついて大穴になり、そこから本命・対抗馬・ダークホースをごぼう抜きにして契約にもっていくというのでは、必要とされる労力も努力も能力も大きく違う。 このあたりの状況は、一条工務店の浜松頭の遠州人には説明しても絶対に理解することはない。浜松頭の人間は、営業本部長のA野さんが言ったように「なんで、3階建てならツーバイフォーの方がいいんだ」と当時の東京圏の人間に広まっていた感覚を理解しない。浜松以外の地域の人間が浜松頭でないのは、浜松以外の地域で仕事をしている営業が悪いと思っているが、浜松感覚の地域で仕事をしている自分は、そういう地域で仕事をさせてもらっている、その地域にあった商品を販売させてもらっているという事実を決して認めず、そういう地域で仕事をさせてもらっている自分がエライのだと勝手に決めつけていた。 静岡県西部・愛知県の人間が他の地域の人間より得することならどんなことでも「やらいまいか」という一条工務店の「やらまいか精神」は、今、思い出しても、つくづく気分が悪い。 〔「やらまいか」といは、遠州地方の言葉で、「やってみよう」という意味らしい。〕)
〔 最近では、東京圏でも、在来木造の3階建ては、普通の会社が普通に建てており、それこそ、一建設(はじめ けんせつ)なんて建売屋さんまで3階建てを建てており、東京の江東区あたりでは、3階建ての分譲地があったりする。 しかし、在来木造の3階建ては珍しいものではないという認識は広まったが、しかし、耐力壁に合板やOSBという面材を使うツーバイフォー工法や木質パネル構法では耐力壁の向きを考える必要がないのに対し、筋交いという斜め材を耐力壁に使用する在来木造では、3階建てを建てる場合に、筋交いの向きを、特に2階部分でどのように入れるのかという問題が依然としてあると思うのだ。 この点について、[第291 回]《飛騨高山まちの博物館(矢嶋家土蔵、永田家土蔵)。 木造3階建 で筋交いはどう入れるべきだろうか? 》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_15.html の後半で述べた。 多くの建築会社はそのあたりをそれほど考えずに建ててしまっているのではないかと思うが、「戦前の在来木造」はたいていは貫(ぬき)式木造であって筋交いで地震・台風などの横方向の力に耐える方法ではないので、3階建てであろうが4階建てであろうが貫(ぬき)にはツーバイフォー工法や木質パネル構法の合板と同じく向きなんかないのだが、「戦後型」「筋交い式」木造の場合、筋交いという斜め材には方向性があるので、平屋・2階建てと違って、3階建てにする場合、筋交いの向きをどのように入れるべきなのか、という問題は依然としてあるはずだ。 〕
   それで。 総3階建てにして2世帯住宅に建て替えようという計画で、そういう計画であるから、ツーバイフォー工法のメーカーで建てることを検討され、本命:大成パルウッド、対抗馬:三井ホーム、ダークホース:三和ホーム という状態の方が、「入って見るだけは見て行こう」ということで一条工務店の松戸展示場にも来場され、そこで、一条工務店は在来木造でも3階建てを建てることができ、浜松の本社工場の敷地内で3階建ての実物大耐震実験もおこなった話などを私がして食らいつき、それなら、ということで、なんとか、「大穴」くらいの位置に入り込むことはできたが、やはり、まだまだ、本命、対抗馬には大きく離された印象だった。 そういう方の所に訪問するのに、入社して2か月目くらいのA山くん(男。当時、20代なかば。)を連れて行ってやってくれと、松戸営業所長を兼任していた営業本部長(当時は役職名は「次長」)のA野T夫が私に言ったので、私は、「すいません。 この方は、決して順調に契約に向かっている方ではなく、なかなか難しい状態で、なんとか、こちらに引張れないかと悪戦苦闘している状態の方で、アポイントをとれての訪問ではなく、アポなしで行くのですし、ひとりで行っても大変なので、新人を連れて行くのは勘弁してください」と話したのだが、「いいから、いいから。 別にそんなこと、かまわないから」と言って、断っても、お願いしても、連れて行けと強引に言って、無理矢理、連れて行かされてしまった、ということがあった。
   それで、営業本部長のA野隆夫は「A山くんは、クルマの運転は相当慣れていて自信があるそうだから、A山くんのクルマに乗ってA山くんに運転してもらって行くといい」と言うので、A山の運転するクルマで行ったのだが、「運転は相当慣れている」だの「自信がある」だのというのは、いったい、どこから出てきたおとぎ話やら。 松戸市内のその見込客宅に行くと、「今晩、大成パルウッドの人が来ることになっているのだが、2時間ほどで終わると思うので、その後だったら時間をとってもいい」と言われ、その後で時間をとって話を聞いてもらうことにした。それで、A元とその方の家を離れて時間をつぶし、2時間弱前に、「そろそろ、行こう」と言って、お客様宅の近くに行った。  お客様宅の目の前にクルマを停めて、競合メーカーの営業と鉢合わせはしたくないので、多少、離れた場所で、適切な場所に「そのあたりに停めて」と指示したが、A元は「どこですか」と理解せず、私が「競合の会社の人間と顔を突き合わせたくないから、停まって」と言っても、指示をきかずに進み、わざわざ、競合メーカーの人間の目の前に出て行った。 こいつ、絶対、アホだ! と思ったし、「クルマの運転は慣れている」だの「自信がある」だのというお話はいったいどこから出てきたのかとも思った。 こんなやつなら、客宅の近くではなく、相当離れた場所で停めさせて10分以上でも歩いて行くべきだった。 彼は新潟大学卒だと言っていたが、駅弁でもまがりなりにも国立大学卒の人間がここまでアホかとあきれた。 すでに、本命と対抗馬のどちらかくらいで決めようかと思っているような人に、なんとかくらいついて「大穴の大穴」くらいの位置まで着いたものの、そこから攻め手がなく、頭を抱えていたのであり、そういう状態で、新人を連れて行ってやってくれと言われても、相当の荷物、相当の負担になるので勘弁願いたかったが、これを連れていかないと行けないのかと、つくづく気持ちが重かった。
   それで、お客様宅に上がらせてもらって、話をしていた最中のことだ。 何だったかは忘れてしまったが、お客様が言われたものに、どう返答して対応したものか思案していたところ、アホのA山が横から、「はあ、それは・・・・・とですよねえ」とノー天気に言いだしたのだ。 勘弁してくれよ、お前の見込客じゃないだろ、先輩社員に同行させてもらって、こちらは、「大穴の大穴」の立場から、いかにして、本命、対抗馬、ダークホースを抜くかと思案しているのに、新人が横からノー天気にトンチンカンなことを言いだしたのだ。 彼が言いだしたことは、彼がその直前に本社での、中途入社新人向けの2泊3日での研修で教えられた内容だ。 彼がそこで口にしたことは私だって十分すぎるくらいにわかっているのだが、その場面で言ってもだめだと思うからそれはそのタイミングでは言わなかったのだ。  それを、人の話を横で聞いていて、「あ、研修で聞いたものみたい」と思うとそのまま口に出したらしい。 天までアホだ、こいつは。 勘弁してくれよ、いくら何でも、こんなのを連れて行けというのは。  すでに順調に進んでいて、ちょっとやそっとでひっくり返らないという状態のお客様のところならともかく、本命が順調に進めていて、たとえ、本命が大チョンボでもしたとしても有力対抗馬があり、こちらはダークホースですらない、「大穴の大穴」くらいの立場でしかないところから、なんとかできないものかと思案して思案してしている人の所に無理矢理ついて来て、そして・・・・・・。 はあ~あ・・・・。 勘弁してくれよ、次長さん。 勘弁してくれよ、営業本部長。
   新人の見込客宅への同行自体は断らないが、この見込客宅へは「勘弁してください」と私がお願いしているのに「かまわないから」と言って連れて行かせた、その「かまわないから」という発言は、その見込客は契約にならなくても「かまわないから」という主張らしいが、そんな主張は営業としてきけない。営業はなんとか契約にもっていこうと努力するもので、営業本部長から「(契約にならなくても)かまわないから」と言われる筋合いはない。 営業本部長のA野は「(営業本部長の)ぼくが連れて行ってくれと言ってるんだから」という言い方をして無理矢理つれていかせたが営業本部長ならそういう行為はするべきものではないはずだ。 私はこの会社に11年余いたが、先輩社員の営業活動を妨害するアホを無理に同行させた事について、営業本部長から「悪かった」「申し訳なかった」といった発言は最後までなかった。 その一言を言えてこそ営業本部長のはずだが、一条工務店は言えない人が営業本部長になっている会社である。



【3】避けたい契約客同行。 非常識で厚かましい不動産屋の「店長」。
   「連れて行くのは勘弁願いたいというのを無理矢理連れて行かされた」という経験は、後に、2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)(http://www.10kai.co.jp/ )の千葉市花見川区の花見川店でもあった。 佐倉市上志津の現場見学会兼説明会に来場された相当に有望な見込み客(予算OK。計画至近。職業、年収、人間とも問題なし。物件を相当に気に入ってもらえている。営業との人間関係も良し。)で、所有しているマンションを売却して、ローンを組んだカネと合わせて東海住宅の建築条件付き土地を買って建てたいという方に、建築業での経験は十分にあるが不動産業の経験はあまりない私が、マンションを売って買いたいというケースについて、どのように対処すればいいか、東海住宅(株)ではどういう業務の流れとなるか教えてほしいと店長のT中(男。当時、60代。)に言ったところ、T中は「俺が一緒に行って説明する」と言いながら、「きょうは疲れたから明日にしよう」、翌日になるとまた「もう、疲れた、明日だ、あした」と言い、私が「相当にホットな状態の人ですから、いくらなんでももう行かないといけません」と言っても、「うるせえなあ。明日だと言ってるだろうが」と言って無視し、これではせっかくの話がつぶれてしまうと、マンションの買い替えのやり方がわからなくても、ともかく顔を出さないとと、田中を無視して私がひとりで行ったところ、その間に、第二候補だった土地の業者が何回も来て、すでに話がそちらで進んでしまっていた。 特に、見学会説明会では、こちらが第一候補だったことから、当然、営業もそう理解したとお客様は思って帰ったにもかかわらず、東海住宅(株)の私が訪問しないものだから、奥さまは「うちはお金がないと思われたのかしら」と不審に思われだし、「そう思われているなら、何度も来てくれる人の所の土地を買って建てればいいのじゃない」ということになってしまっていた。 せっかくのホット客を店長の田中は意図的にぶっつぶしたのだ。
   この時点で、私は建築の住宅の営業としてはベテランであり、田中に客宅についてきてもらいたいとは言っていない。 建築の住宅の営業としてはベテランであるが、不動産の住宅の営業としては初心者でマンションを売却してそのカネを資金に充てて建築条件付き土地を買って建物を建てる、というケースをやったことがないので、そのやり方と東海住宅(株)ではどういう流れでやればいいかを教えてほしいと言ったのだ。また、マンションの売却を請ける以上、どういう価格で出すか、入社して6か月経っていない営業が店長に無断で金額を決めるわけにもいかないからT中にどうするべきか相談したのだ。それに対して、T中は「俺が一緒に行く」と言い、「一緒に行って、俺がお客さんに説明する」とT中が言うので、それで、連日、「お願いします」と私が言い続けたのだが、T中は行かなかったのだ。 第二候補の会社の営業担当は私より年齢は若く、建物の住宅の営業と不動産の住宅の営業を合わせた経験年数は私より短い人だったようだが、不動産の住宅の営業の部分については人並みの経験のある人だったようで、そうであるから、「普通の対応」をできて、その結果、普通の対応をせず、有望見込客から不審がられた東海住宅(株)をひっくり返して契約することができたというものだ。 田中は花見川店にとっての最優先見込客のお宅に行けないくらい疲れたとは昼間いったい何をしたのだ?
  それで、ともかく、東海住宅(株)のモデルルームがあるから見にいってもらいたいと当初の計画を話したが、それは、見学会説明会の日の帰りに、東海住宅の佐倉市の分譲地の方が第一候補であった時点での計画で、それで会って話をする過程で再逆転できればと思ってのものではあるが、すでに、相当に厳しい状態になってしまっていた。 そして、その日、花見川店に来場されたのはご主人だけで、奥さまは、もう、東海住宅に対して気持ちは切れていた。 御主人は律儀に来てくれたが、相当に厳しい状態だった。 そこに、アホ店長のT中が、T中が担当で契約した契約客(といっても、相当に私が協力してあげた人だが)を、一緒にモデルルームに連れていって案内してくれと言いだした。 私は「私がお連れするお客様が契約客なら、他の契約客の方を一緒にお連れしてもいいですけれども、折衝中の方で、しかも、かなり厳しい状態の方ですから、無理です」と断ったが、「うるせえなあ。連れて行けって言ってんだよ。 いいから連れていけよ」と言って無理矢理連れていかされた。 なんとか、再逆転できないものかと頭を抱えた状態で、他の営業の契約客まで一緒に連れていかされて、どうしようもない状態だったが、その契約客の方は、それがわかったようで、気の毒がって、「うちのことはいいですから、うちのことはどうぞ気を使わないでください」と言ってくださったが、本来、田中は、まがりなりにも店長ならT中がそういうことを気を使うべきもので、それができないなら、店長としての給料は返上するべきだ。 
   その方は、結局、当初は第二候補だった業者の建築条件付き土地を購入して建てられ、見学会説明会から帰られる時点では第一候補だった東海住宅(株)は、店長の田中がぶっつぶしたことにより契約にならなかった。私は、せっかく適切な接客・対応をして有望な状態でおかえりいただいた最有望見込客の契約をアホ店長の田中につぶされた。 T中は人相が悪く、自分でも、「マンションにチラシ入れのポスティングをしていたら、『ヤクザが来ている』と言われて110番通報されてパトカーが来た」等々の話をしばしばしていたが、人相どうこうよりも、「不動産屋のおっさん」というのは、こういうヤカラなのかと思った。 そういうヤカラらしい。
   しかし、営業担当が「そこからは、普通にやったら契約になる可能性が相当に高い」というところまで持って行った有望見込客を、↑このT中みたいに必死になってぶっ壊すような男を「店長」と言うのだろうか。 普通、こんな「店長」はない。
   私は建築の住宅の営業としてはベテランだったが不動産の住宅の営業としては初心者だったので、「店長」のT中には協力してもらわないといけないと思ってT中が担当となった見込客・契約客にはずいぶんと協力・貢献したものだが、それに対して、T中はこのような態度で応じた。 こんな態度を取られるのなら、あそこまで協力してやるのではなかった、ということになる。 いくらなんでも、あれでは「やらずぶったくり」だ。 「人相の悪い不動産屋のおっさん」と関わる場合は、やはり、普通の人間と同じ感覚ではだめだったようだ。「ヤクザ顔の不動産屋のおっさん」はやることも顔相当ということか。
   店長というものは、その店の営業が契約をあげやすいように配慮するのが業務であり、営業が第一候補の位置まで努力してもっていった見込客を、第二候補の会社の営業は「営業として普通のこと」をしただけでウルトラCをやったわけでもないのに逆転されるようなことを「店長」がするというのは論外。 かつ、営業がなんとか再逆転しようとしているのを、無理にその時に同行して行ってもらわなくてもいい契約客を同行させて、再逆転の試みも妨害するというのは、それは「店長」という給料をもらっている人間のやることではなく、むしろ、状況が悪くなってしまった見込客になんとか再逆転を試みようとしている営業に、既契約客の同行を頼もうとする横暴な営業がいた時には、それは頼んではだめだと注意するのが店長の仕事のはずだ。 T中は店長の手当は返上するべきである。 T中は「東海住宅(http://www.10kai.co.jp/ )は店長の人間の言うことはけっこうきいてくれる会社なんだ」と言っていたが、「いったん、店長になった人間について、彼らが何をやっているか見る能力のある人間がいない会社」というのがより適切な表現ではないか。 



再度【2】   一条工務店で、営業本部長が連れて行けと無理矢理言って連れていかされた、新潟大学卒だというA山は、客宅で、私とお客さまとが話している途中、横で聞いていて、「あ、研修で聞いた話だ」と思ったらしい。アホが。 思うのは思ってよい。 しかし、 小堀住研(株)で入社1年目、配属されてすぐの時期に営業課長のUさんが、一緒について来いと言って同行した先で、研修で聞いた話、あるいは、私が独自に学習して知っている話があったとしても、私は決して横から口出したりはしなかった。 だから、その点については、Uさんは私を信頼し、安心して連れて行ってくれたのだ。 A山は連れて行けない。 もともと、「この人は、順調に進んでいる人ではなく、ひとりで行ってもなかなか難しい状態の人ですから、新人を一緒に連れて行くのは勘弁してください」と私が言っているのに、それを営業本部長(その当時の役職は「次長」)のA野が無理に連れて行けと強制して一緒に行ったのであるのは、その話を横で聞いていてA元はわかっているはずだ。 それにもかかわらず、そういうことをしたのでは、次から連れて行ってもらえなくなる、という態度を取ったのだ。 10年以上経ってから思ったのだが、東海住宅(株)で、無理に一緒に連れて行かされた契約客の方は、その方は、私が相当に負担を被っていて困っているというのを見て理解されたのだ。 それで、「うちのことはいいですから。どうぞ、うちのことは気をつかわないでください。」と言われたのだ。 一条工務店のA山は、新人とはいえ、営業としてやっていこうという気持ちがあるなら、その感覚を持たないといけない。 先輩社員に先輩社員の担当のお客様宅に同行させてもらうなら、「先輩社員の営業活動を妨害しない」ということを第一に考えないといけない。 先輩社員が見込客と話している最中に、「何言うねん」と思うようなことを横から口出すというのは、もってのほかである。
   その前に、営業本部長(その時点では「次長」)のA野は、新人を客宅に同行させたいと思ったなら、「向こう2週間くらいの間で、この人なら同行させてもいいと思えるお客さんを探してくれないか」と言うべきで、その営業が、「この人は勘弁してください」「この方は、ひとりで行っても相当にきびしい人ですから、他の方の時にしてください」とはっきりと言っている以上は、それを無理に連れて行けというのは、営業本部長とか営業所長とかいう立場の人間のやることではない。 非常識である。 一条工務店で、その後、所属した営業所で、私より同社で先輩にあたる人でも、新人が入った時、「◇◇さん、そのお客さんのところに、△△さんを一緒に連れていってあげてもらえませんか」と言うと、「この人の所ならいいですよ」と言ったり、「今回は勘弁してください」と言ったりします。小堀住研(株)の営業課長だったUさんもすべてのお客様の所に私を同行させたのではなく、「この人の所は今回は俺がひとりで行くから、その間、・・・・をここでやっていろ」と指示することもあった。 担当営業がこの人の所に今回、連れて行くのは勘弁してください、と言っている以上は、営業本部長ともあろう者は、それをあえて連れて行けと言うべきではない、むしろ、営業本部長たるもの、営業がこの人のところは勘弁してくれと言っている以上は、そういう所には無理に連れて行かせてはいけない、と注意するべきものだ。
  私が無理に連れて行かされたということを、その会話を横で聞いていても理解せず、お客様宅で非常識な態度をとって、余計な口をきいた、競合メーカーの営業とわざわざ鉢合わせする場所にクルマを運転していったA山は、私がそれでどれだけ負担を被ったかも理解しなかっただろうし、彼のために私が無理をしたことも理解しなかったようだ。 彼はニコチン中毒で、松戸展示場の事務所で1日中、たばこを吸い続けていた。 最近、禁煙政策が進み、たばこを吸う人は相当に苦労することがあるようだが、私はタバコを吸わないが、たばこを吸う人が吸わない人間に気を使って吸うなら、吸ってはだめとまで言おうとは思わない。 しかし、A元は1日中、吸い続けでタバコは吸うのが普通と思っており、隣の席の非喫煙者は吸わない人間が悪いと思っているようだった。隣の席にいた非喫煙者の私はそのうち、気分が悪くなってきて、とうとう、A元のたばこのおかげ、その受動喫煙のおかげで、咳がでてきたことがあったが、すると、A山は「どうしたんですか。 気管が悪いんですか。気をつけた方がいいですよ」などと言いだした。 おまえのおかげだろうが、おまえのおかげ!  こいつ、よく、こんなアホで曲がりなりにも国立の新潟大学はいれたなあ・・・と考えるべきか、アホだから新潟大しか入れないのだと考えるべきか、どちらかわからんが、そういうやつだった。(自分が吸うタバコの受動喫煙で職場の隣席の人間が咳き込んでも、「どうしたんですか。気をつけた方がいいですよ」などと、ヌケヌケと言う人間は一切タバコは吸わない方がいいと思う。 私は、非喫煙者として、ヘビースモーカーの人に、職場で周囲の人間に配慮して吸う人に関しては、吸ってはだめとまで言わなくてもいいじゃないか、周囲に配慮して吸う人については寛容に対応して良いではないかと思うが、自分のタバコが原因で職場の隣席の人間が咳き込んでいるのに、「どうしたんですか。気管が悪いんですか。気をつけた方がいいですよ」などと口にするような人間にはタバコを吸う資格はないと思う。 )
   たとえ、この人の所なら新人を一緒に連れて行っても大丈夫だろうというケースであっても、先輩社員の意志を無視して横から「何を言ってくれるんだ」と思うようなことを口出す人間というのは、その後は連れて行ってもらえなくなっても、連れて行ってもらえない者が悪い、と私は思うが、一条工務店の営業本部長はそのあたり―私は営業の基礎の基礎だと思うが―を理解できない人だったようだ。


再度【1】   それで、だ。 こういった経験を踏まえて考えると、1980年代の終わり、小堀住研(株)に新卒入社した1年目、営業課長のUさんに同行させてもらってお客様宅に行った時、Uさんが出した図面を広げたり、じゃまになるものをよけたりはしても、Uさんの許可なく横から余計なことを口にしたりしなかった私は、「そんなの、当たり前じゃないの」と言えば当たり前なのだが、一条工務店の2年目で連れて行かされたA山のアホなどを見ると、必ずしも「当たり前」というものでもなく、「黙っている力」というのは、営業として必要な能力のひとつであり、その能力があったから、小堀住研(株)の1年目にUさんは私を一緒に連れて行ってくれた、という考え方もできると思うのだ。


再再度【1】と再再度【2】   小堀住研の松戸営業課の課長のUさんが「おめえは、本当に優秀だなあ」と冗談みたいに言うことがあったのです。それは基本的には冗談で、優秀というほどの話ではなく、私が配属される前、中途採用でUさんの営業課に配属されていた人で、物覚えが悪く、客宅に行ってもお客様から顰蹙を買う人がおられたらしく、その方よりは「優秀」だと冗談のように言っていたのです。その方とは直接お会いしたことがないので私は詳しいことはわからないし、その方にはその方で言い分はあったのかもしれませんが、経歴などは決して悪い方ではないが、過去に交通事故で頭を打ったか何かあったのではないかという感じだったそうで、Uさんは「こんなヤツ、客宅に連れていくの嫌だ」と思ったらしいのです。 私は一条工務店の2年目に営業本部長のA野さんから無理矢理客宅に連れて行かされたA山を見て、同様に思ったのです。 (1)一日中タバコばっかり吸って周囲の人間が体に変調をきたしてもおかまいなしで吸い続けずにおれず、(2)私がむせて気持ちが悪くなって咳をしても、「どうしたんですかあ。気をつけた方がいいですよ」などとわかって言っているのかわからずにか言い、(3)先輩社員に見込客宅に同行させてもらってそこで交されている会話を聞いていて頭に何か浮かんだら担当の先輩社員がどう考えているかなどおかまいなしに、先輩社員の意志・立場を無視してぽーっとした顔でそのまま頭に浮かんだことを口に出してしまう、(4)クルマの停め方にしても先輩社員からそこに停めろと指示されても指示に従わずに競合会社の営業と鉢合わせをするように運転する。 (5)この後、新しく船橋展示場を建てる際に上棟を手伝いに行った時も、A山は先輩社員の私に「遅刻しないように気をつけてください」と失礼なことを言って、そして、そう言った自分が遅刻してきた。(6)先輩社員にそういう失礼なことを言って自分が遅刻してきたのでは気まずいはずだが、「すいませんでした」も言えない。 こいつ、絶対、アホだ、「曲がりなりにも国立大学」出てるというのが嘘でなかったとしてもアホだ、と思った。 (7)日曜に来客が多かった時、営業本部長(その当時の役職名は「次長」)のA野さんは、営業が全員接客していると、「次長」(営業本部長)であってもお茶を入れて持って行ったりしてくれた。 しかし、昼休み、私が接客を終わって昼食を食べていて、ふと見ると、展示場の事務所内の炊事場で、営業本部長のA野さんがひとりで茶碗を洗っており、入社して半年も経っていない従業員何人かが昼食をすでにすませてくつろいでいた。 営業が全員、接客しているというような時に営業本部長にお茶入れてもらって出してもらっても悪くないと思う。しかし、入社して1年も経っていない従業員が何人も何もせずに事務所内にいるのに営業本部長に茶碗を洗わせるというのは、それは好ましくないのではないか。私が食事をすませた後であれば、「私がやります」と言うところだが、A山やその他にも何人か入社して半年も経っていない新人が何もせずにそこでプラプラしていたので、食事中の私が食事を中断しなくても、すでに食事をすませてくつろいでいる人間がやればいいことなので、それでA山の腕をつついて「おい」と言って炊事場のA野さんの方を示したがA山は無視したので、次にK下の肩をつついて「おい、おい」と言ってA野さんの方を示したがK下も「はあ」と言って無視した。再度、A山に、今度は前よりはっきりとA野さんの方を向かせて「おい、おい」と言ったが、A山は「はあ~あ、いったい何なんですか~あ!」と言ったので、こいつはだめだ、と思い、よくこんなアホを採用したなと思って、私が食事を中断して炊事場のA野さんの所へ行って、「次長、私がやります」と言ったが、A野さんは「いいよ。食べてるんだろ。気にしないで食事していいから」と言ってくれたのだが、A山については、どう考えてもこいつはチョモランマより高くアホだ。マリアナ海溝より深くアホだ。イスカンダルより遠くアホだ、と思った。(イスカンダルは⇒《YouTube―宇宙戦艦ヤマト OP FULL》https://www.youtube.com/watch?v=uGvIspfzLU4 )
  A山は新潟大卒というのは一条工務店の従業員としては学歴は間違いなく上の方ですが、ニコチン中毒で脳が侵されてしまって痴呆状態になったか何かじゃないのかという感じだった。Uさんは私が配属される前にいた某さんを「Uさん、あれはアホですよ。客の前に出さない方がいいですよ」とお客様から言われたと言っていたが、連れていかされた時のA山はそんな感じだった。 そういう人を客宅に同行させろというのは無理です。客宅に同行させてよいのは、最低で、そこでの会話を聞いて何か頭に浮かんでも、何も考えずに口から出てしまうような状態でない人に限ります。 営業の基本としての能力「黙っている力」が備わった人のみが、先輩社員が客宅に訪問するのに同行させてもらう資格がある、と考えるべきだと思います。 こういったことを考えると、「おめえは本当に優秀だなあ」というのは、特別に心配しなくても客宅に連れて行くことができるという程度のことで、「優秀」というほどの話ではなく当たり前といえば当たり前のことなのですが、一条工務店の2年目に無理に連れて行かされたの松戸展示場A山などは、そのレベルで「優秀」でなかった。 少なくとも(1)~(7)の点で、新卒時の私はA山より優秀」だったが、「優秀」とほめるほどのものではなく、「優秀」でないヤツの方がおかしい。


【4】困った工事担当者
   2011年のこと。 千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)[建設業]・ビルダーズジャパン(株)[不動産業]で「工事責任者」を自称していたU草A二(男。当時、30代なかば)を、補修工事の見込客だった千葉市中央区星久喜町のN様宅に一緒に連れて行った際のことだが、その時は、東日本大震災で傷んだ部分の補修工事の話だったのだが、相当に痛んできているので、建て替えなども将来のこととして考えているということを聞き、U草が「半分を貸家にしてその家賃でローンを返して半分の場所に住むという方法がありますよ」と営業担当の私を無視して言いだしたので、このブタ、いいかげんにしろよ、と思ったことがあった。 U草は、無神経に、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますもぉ~ん」と事務所内でしばしば大きな声で口にすることがあったが、営業できていないのだ。 営業というものは、自分が担当でない他の営業の担当のお客様には余計なことは言わないものだ。 工事や設計の職種の人間でも、営業担当が他にいる以上は、営業担当が対処するべきものについては、自分の範囲を超えて余計なことは言うべきではないのだ。 そのあたりをわきまえている工事・設計の職種の人間が、自分は営業でもできると思うと言うならわからないことはないが、U草のように、誰よりできていない人間が、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますもぉ~ん」と大きな声で何度も何度も言うのを聞くと、長生きするだろうなあ、このブタは・・・とは思うが、「営業できる」人間とはまず評価できない。 
   U草は、私が一条工務店で入社2年目の時に、迷惑蒙った松戸営業所のA元と同じことをやったのだ。U草は、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)が、徳島市の株式会社フィット(http://www.fit-group.jp/ )と提携してやろうとした、「フィットのやり方」を徳島市の研修で聞いて、そこで聞いた話をそのまま口にだしたのだ。 しかし、
1. そのお客様に言ってよいかどうかは、そのお客様の営業担当が判断することで、工事担当として行ったものが口出してはならないものだ。
2. 半分を貸家にして半分に住み、貸家の家賃でローンを払って建替える、という話は、特別に目新しいものではなく、そういうやり方はあるが、どこでも成功するものでもなく、うまくいく場所とそうでない場所がある。
3. 家主業というのは、けっこう大変なもので、誰でもできるわけでもない。
4. 人さまの土地建物について、半分を貸家にしろ、などということは、無神経に口にしてよいものではない。 家屋敷というものは、その人には相当に大事なもので、これは、かなり、デリケートな問題である。 U草はまったくわかっていない。 営業は、こういうことを言って、この人は気を悪くしないか、どうか・・・といったことを考えて考えてした上言ったり言わなかったりしているのであり、工事・設計他非営業職は営業担当者の判断を無視して勝手なことを言ってはならないのだ。 これは、営業の職種でなくても、住宅建築業の会社に何年か勤めてきた者にとっては常識である。  「研修」で何かをきくと、その時、どういう状況か、相手がどう思うかなどおかまいなしに無神経にポロポロ口にするU草のような者は困りもので、このあたりをきっちりとできている者が自分は営業でもできると思うと言うならまだしも、その困り者に「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますもぉ~ん」などと言われても、「ああ、そうですか」とでも言うしかない。
   そして、何より、この男、 「黙っている能力」 というものがない男だ、と、その時、思ったのだ。 営業として必須の能力である「黙っている能力」が、備わっていない、と。
   実際、私が今まで勤めてきた住宅建築会社の工事担当者・設計担当者、あるいは職人の中で、「担当営業に無断でお客様に勝手なことを言わない」というその能力において、U草は最も劣っている。最も劣っている人間が、そのおかげで迷惑蒙っている人間の気持などおかまいなしに、「ぼく、営業やったことないですけど、営業できますから」と大きな声で何度も何度も言うのだが、こういうのは我慢するよりも、一度、ローリングソバット でもお見舞いしてやった方が本人の為だろうか?〔「ローリングソバット」は⇒《YouTube―タイガーマスク vs ダイナマイト・キッド》https://www.youtube.com/watch?v=l7tKdVaTWnA 〕
この株式会社フィットに関する【4】については、別稿でまた、もう少し詳しく述べる。


☆「営業の大事な能力「黙っている力」については、何回かに分けて述べていこうと思います。 今回は、その第1回、始まりです。
    (2015.4.18.) 

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