『金田一少年の事件簿』に学ぶワイングラスの持ち方、及、”三井ホームの設計やってた”「雪隠建築家」
[第444回]
このブログでも、ワイングラス の持ち方について、『美味しんぼ(おいしんぼ)』に学び、又、『ルパン3世』にも学んできました。 さて、今度は、『金田一少年の事件簿』に学ぶことといたしましょう。
引用させていただくのは、天樹征丸(あまぎ せいまる)原作・さとう ふみや 漫画『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』(2016.8.17.講談社 コミックスマガジンKCM5740)所収の「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終話」です。 見ていただきましょう。↓
↑ 金田一 一、 かねだ いちかず・・じゃなくて、きんだいち はじめ が、いつも言う少々マンネリ化してきたセリフを、明智健吾がはずかしがらずに口にしています。さすがに、「じっちゃんの名にかけて」とは言いませんが。
さて、「ワイングラスの持ち方」についてですが、ワインについて詳しい方はご存知でしょう。私なんかよりよっぽどよく知ってられるかもしれません。 私のこのブログを継続的に読んでくださった方は、すでに何度かこの問題をとりあげていますので、ワインに詳しくない方でもおわかりになったのではないかと思いますが、ワインとワイングラスについて、よく知らないという方は、『金田一少年の事件簿 R(リターンズ)』の「ソムリエ明智健吾の事件簿」で理解する前に、まず、↓の絵を見て、さて、この(1)~(5)のうち、どの部分を持つべきか、まず、自分自身で考えていただきましょう。 すでにおわかりの方も、この際、再確認してみましょう。↓
さて、『金田一少年の事件簿』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」では、どういうシーンが出てくるか、見て見ましょう。↓
↑ 「殺された金堂(こんどう)氏」は、(4)を持っています。 これは、ワイン通を自称しながら、実際はちっともわかっていない人の持ち方だと、明智健吾は言っているわけです。
↑ 私は、この(1)~(5)のうち、一貫して(2)を持ってきたのです。(2)は間違っていません。 その理由ですが、
1. ワインは、振動と高温を嫌う性質があり、(4)や(5)を持ったのでは、手のひらの温度がボウルを通じてワインに伝わり、ワインの品質を低下させるから・・・・と一般に言われてきたようです。
但し、ワインは振動と高温を嫌うというのは間違いないのですが、ワイングラスに注がれてから飲むまでの短い時間、ボウルを手のひらで掴んだというくらいで急激に品質が低下するか、というと、それほどでもないのではないかという説もあるとかいうのですが、それなら、かつ、(4)や(5)を持った方が持ちやすいのならば、ワイングラスはこの形状をしている必要はないわけで、 「普通のガラスのコップ」でいいわけです。
たとえ、実際には、ワインをワイングラスに注いでから口に入れるまでの短い時間、ボウルを手のひらでつつんだくらいではワインの品質が急激に低下するということはなかったとしても、たとえ、それでも、ワインを大事にして少しでもおいしく飲みたいという気持ちがあれば、ボウルの下にステムという脚の部分がついたワイングラスでステムの部分を持って飲もうという気持ちになるのではないか、実際に、ボウルを持つことでどれだけワインの品質が低下するかしないかにかかわらず、ほんのわずかの品質低下でも防ぎたいという気持ちがあれば、この形状のグラスでステムを持つもので、(4)や(5)を持つような人間は、ある程度以上価値のあるワインを飲む資格はない、と本当の「ワイン通」なら考えるところかもしれません。
2. 私は、もともと、あんまり、ワインというようなタイプの人間ではなかったのです。 「ブルジョワ」か「プロレタリア」かというと、経済学上の正確な意味合いでではなく、あくまで、感覚的なものですが、まあ、「ブルジョワ」ではないわけです。 だいたい、ね。 大学でも「フランス文学科」なんて行く女ってのは、そりぁ、嫁入り道具と違うんかい? てイメージがあるわけです。 どっかの社長の息子とでも結婚してええ思いしてこましたろ、と。
「玉の輿のために、その1」 ⇒ フランス文学科
「・・・・・・・、その2 」⇒ 着付け
「・・・・・・・、その3」 ⇒ お茶(茶道)
「・・・・・・・、その4」⇒ おはな(華道)
て、なんか、そんな感じしませんか?
女性版俗物4種の神器( 一一) ・・で、カッコつけて、ワ~イ~ン~ とか飲んでみたりとか。
〔「あしたのために その1、その2、その3」⇒
《Dailymotion-あしたのジョー 第05話》http://www.dailymotion.com/video/x10ubux_%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC-%E7%AC%AC05%E8%A9%B1_shortfilms
《Dailymotion-あしたのジョー 第06話》http://www.dailymotion.com/video/x10wagh_%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC-%E7%AC%AC06%E8%A9%B1_shortfilms 〕
高校から大学に行く頃、同じ年代の女性で↑みたいなことやる人がいたわけです。 20歳前後の男性にとって、女性のことを気にするななんて言っても、そんなわけにはいきません。 で、フランス文学科・着付け・お茶(「お~い、お茶」のお茶ではなく、「けっこうなお点前ですこと、オホホ」の方のお茶)・おはな をたしなむ女性になっていく、かつては同じ教室で学んだ女性を見ると、もしかして、自分もそういう女性に合うような男性にならないと、「女の子にもてない」のだろうか? とか、考えたこともまったくないわけではありません・・・・が、でも、そんなこと言われたって、そういうガラじゃないのですから、どうしようもありません。
慶應大学に在学中、父が、突然、仕送りを送るのをやめたということがあり、食べるものもなく、水は日吉台学生ハイツの部屋の水道から上水道が出るのでそれを飲めるとして、1週間ほど何も食べず、道の自動販売機の下あたりに、50円玉か100円玉でも落ちてないかと思って見て回ったことがあります。その時、日吉で私が知る限り一番高いレストランから、同じ宿舎に住んでいた東大の学生が出てきたのを見かけました。 彼なら、ワ~イ~ン~ とか飲むのじゃないでしょうか。もしかすると、その時も、そのレストランで、ワ~イ~ン~ とか飲んで来たかもしれませんね。 彼が一番高いレストランで食事をしていた時、食べるものもなく、買うお金もなく、空腹を抱えて苦しんでいた者としては、やっぱり、ワインなんてガラじゃないですね。慶應の生協のアンケートに「贅沢は敵だという時代じゃないんだから、安い物を安くではなく、もっと、いい物を置いてほしい」と書いていた人がいましたが、私などは、「贅沢してはならぬぞ、チャンコロ! 」とか毎日のように父から言われてきましたので、「贅沢は敵だという時代じゃないんだから、もっと、いい物を置いてほしい」などとアンケートに書くような人というのは、私とは、「身分が違う」し、「民族も違う」でしょうし、「階級が違う」のではないかと思いました。 その頃、私の頭の中で流れていた音楽は、まず、ロシア民謡の「ドビヌーシカ」・・・。 「ドビヌーシカ」を愛唱歌とし、心に常に歌っていた者に、ワインなんて、似合うわけがないじゃないですか。〔⇒《YouTube―SHALYAPIN Folk Song 1910 & 1924 Дубинушка(ドゥビヌーシカ) ШАЛЯПИН(シャリアピン)》https://www.youtube.com/watch?v=xeLxsBpzYDg&index=3&list=PL6BD5C1249C6F676B 〕
〖 「いらいらしたから仕送り送るのんやめたってん」とうちの父親が言って送金してこず、1週間ほど水だけ飲んで暮らした時、日吉の街を歩いて自販機の周囲に硬貨でも落ちてないかと見てまわった時、日吉にある店の中でも高いほうのレストランから出てきた、兵庫県の甲陽学院高校から1浪で東大文一⇒法学部に行って、私と正反対でアルバイトなど何一つしないで国家公務員1種試験合格で外務省に入った加藤を見た時、私の頭の中では「ドビヌーシカ」の歌が鳴っていた。ロシア語で「ドビヌーシカ (Дубинушка)」とは「棍棒」という意味で、ヴォルガ河の船曳き人夫が舟を曳く際に樫の木の棍棒に縄をくくりつけて舟を曳いたその樫の木の棍棒で、労働争議が実力行使に及んだ時にはその樫の木の棍棒が労働者の武器となった、というものだ。加藤を見て「民族の違い」「階級の違い」というものを実感した。あいつらはもしも酒を飲むときには「ワイン~」とか飲むのだろう・・て感じがした。大学の夏休み、大阪の家に帰ると、うちの父親が「あんた、あしたから、うちの会社の工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ♪」と言って私に無断で「決めてきた」。私は「大学生」だった時、ずいぶんと様々な所にアルバイトに行かされて、行った先・行った先で「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトになんか来るのお」「なんで北野高校の卒業生がこんなアルバイトなんかやるのお」と言われまくった。
うちの父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされた帰り、阪急宝塚線・箕面線「石橋」駅(現「石橋阪大前」駅)で、同じ中学校・同じ高校に行き、大阪大法学部に行った川村哲二という男と会い、「どこ行ってきたん?」ときくので、「うちの父親の勤め先の化粧品会社の工場でアルバイトに行ってきた」と話したところ、「へえ、そんなもん、やってんのん」とバカにしたように言われた。こちらも「どこ、行ってきたん?」ときくと、川村は「阪大の(冷暖房完備の)図書館で(椅子に座って)法律の本を読んできた」と言ったのだった。「民族の違い」「階級の違い」を実感した。近くに住んでいて・同じ小学校・同じ中学校・同じ高校に行って同じくらいの社会的評価の大学に行っても、私は川村哲二が冷暖房のきいた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたまさにその時に冷暖房なんか効かない工場で乳液とかクリームとか作らされていたのであり、私が冷暖房なんか効かない化粧品屋の工場で乳液とかクリームとか安い時給で作らされていたのだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものだった。うちの父親から「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」と毎日毎日言われたものだったが、毎日毎日言われ続けて、「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」と思うようになった。川村哲二は大阪大学の法学部に入学して決して4年目ではなく、5年目に司法試験に合格して弁護士になったが、川村哲二のおかあさんは「うちの子は司法試験も現役で通りました」と太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所中に叫びまくったが、「司法試験に現役で通った」というのは大学入学後4年目に通ることを言い、普通は4年間で卒業する法学部を5年行って5年目に司法試験に通ったというのを「司法試験に現役で通った」とは言わない。川村哲二が大阪大学の法学部に高校卒業する時に通ったのを川村のお母さんは「うちの子は京大でも通りました。阪大なら絶対に通ると北野高校の先生から言われました」と太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所中に叫んでまわりなさるのだったが、最初は「お母さんというのは自分の息子をいいように言いたいということなんだな」と思っていたが、そのうち、「それにしても、ええかげんうるさいなあ、このおばはんはあ。 ほんまにもう、ほんまにほんまにほんまにもう、ええかげんうるさいなあ、ほんまにい~い!!!!!


」と思うようになった。あのなあ、普通、たとえ、模擬試験などで相当いい点数をとっていたとしても、北野高校の先生は「絶対に通ります」なんて、そんなこと言えへんで( 一一) そもそも、阪大は京大に比べて同じ学部ならいくらか易しい・いくらか入りやすいかもしれないが、それはあくまでも「京大に比べれば、いくらか阪大の方が易しいかもしれない」というくらいであって阪大は無茶苦茶易しいわけではなく、たとえ、京大を受けても通る可能性がある人間が受けたとしても「絶対に通る」なんてこと、ないで。阪大はそこまで無茶苦茶やさしいわけやないで。なにより、「北野高校の先生」は普通、そんなこと言えへんで。もしも、川村哲二の高校3年の時の担任の先生が体育の先生か何かで大学入試についてわかってない人だった場合に言ったとしても、大学入試についてわかってない人が言ったことなんか、何の意味もないで。もしも、私が「北野高校の先生」なら、模擬試験などでどんなにいい成績をとっていた生徒であっても「絶対に通ります」やなんて、そんなこと言えへんで。実際、模擬試験で相当いい成績をとっていた人間が本番の試験で落ちたなんてことは、ちっとも珍しくないことやで。私が「北野高校の先生」だったなら、むしろ、「最後の最後まで何があるかわからない」と言ってあげます。「最後の最後まで何があるかわからない」と認識して受けるなら、その認識はたとえ1%でも「合格する側の要素」であり、「絶対に通ります」などと勝手に決めつけているならば、たとえ模擬試験で相当の高得点を取っていた人であっても、その認識・意識はたとえ1%でも「落ちる側の要素」やと思うで。何より、誤解せんといてほしいねんけども、わし、川村くんに「お願いですから京大は受けんといてください。受けるのは阪大にしてください」やなんて頼んだこと、1回もないで。「京大でも通りました」と何度も何度も言いまくるのならば、実際に京大を受けて通って行けばいいだろうが。京大を受けずに阪大を受けることに決めたのは自分だろうが! 違うのか。「京大でも通りました」だの「阪大なら絶対に通りますと北野高校の先生が言われました」だのとおっしゃるくらいにおえらい方ならこのくらいわかるだろうが。わからんのか? 俺が「京大は受けんといてくれ。受けるのは阪大にしてくれ」と頼んだから京大を受けずに阪大を受けたのか? 「ちがうだろ、違うだろ、ちがうだろ。このボケ~え! 違うだろお~お!!!」てものだ。〔「違うだろ」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ! https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4 〕
だいたい、お母さんは自分の息子をいいように言いたいのであろうけれども、いくらなんでも、うるさすぎるのだ。もう、ええかげんうるさいんや、ほんまにもうほんまにい~い



私は東京から大阪に帰る時、多くは「ドリーム号」という夜行バスか東京駅を夜11時40分頃に出ていた大垣行夜行普通に乗って大垣から西明石行に乗り換えて大阪まで帰るかしたものだったが、うちの父親から「こら、おまえ、夜行バスなどという贅沢なものに乗ってはいかんだろうが、チャンコロ。贅沢すんな贅沢を。おまえは夜行バスなどという贅沢なもんに乗ってはいかんだろうが」と言われたものだった。その頃、東京ー大阪間の交通機関の料金は、
飛行機エコノミークラス>新幹線普通車自由席>在来線普通>夜行バス
という順番で、どう捜しても夜行バスより安い交通機関は見つからなかった。ありうるとすれば、東京駅八重洲口から大阪駅まで夜行バスに乗ったが、大阪行きではなく京都行に乗って京都駅から大阪まで歩くという方法くらいか。同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から慶應大学経済学部に行った阪本彰という男は私と違ってアルバイトなど一切せず、それでいて私より高い金額の仕送りを送ってもらって私より豪勢な生活をした上で毎回、新幹線で往復していた。「ええなあ、阪本は。ええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ・・・、わしゃ日陰の月見草や」と何度も思ったものだった。私はおカネがないので昼は慶應大学の生協食堂の140円のカレーライスを食べ、夕食は日吉台学生ハイツの食堂のカレーライス300円を食べて、朝は菓子パンと牛乳という生活をしていたところ、うちの父親から「こら、おまえ、何を贅沢しとるんじゃ。140円のカレーライスなどという贅沢なもん、食ってはいかんだろうが、贅沢してはいかんだろうが。贅沢は敵だあ、とってちってたあ~あ!」と言われたものだったが、生協食堂の140円のカレーライスより安いものは見つからなかった。Wakatte.TV というYouTube で、ふーみん と びーやま が大学を訪ねて学生にインタビューするという動画を公開しているが、あほ大学の学生がけっこうええもん食うとるのを見ると、「ええなあ、うらやましいなあ。ほんまにええなあ」と思う。
何年か前、大阪府の阪大豊中キャンパスから遠くない不動産屋の私とそう年代が変わらないかと思われるおばさんが「最近の阪大の学生て贅沢ですよお。私らの頃とは全然違いますよお」と言うので「私らの頃は、贅沢は敵だあの時代でしたからね」と言うと、「それは戦前のことで私らの頃とは違いますけれども」と言うのだったが私の場合はうちの父親から「贅沢は敵だあ。欲しがりません、勝つまでは。撃ちてしやまん、一億火の玉、とってちってたあ~あ!」と毎日、言われてきた。日吉台学生ハイツにいた同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から同じ大学に行った阪本彰とか、阪本彰の友人で大阪市の桃山学院高校という大阪のあほ高校から慶應大学商学部に行った井上とかがけっこうええもん食うておった時に私は140円のカレーライスを食って「贅沢すんな、おまえは。何を140円のカレーライスなどという贅沢なもん、食うておるんじゃ。甘ったれるなチャンコロろすけイタコ浪商!」とうちの父親から何度も何度も言われたものだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものを実感した。私は東京から大阪に帰る時はたいてい夜行バスか大垣行夜行普通に乗ったが、たまに新幹線に乗ったこともあったがその際、うちの父親が「新幹線の中でお弁当食べるとええ。あんたはとんかつ弁当や。わしはいつもうなぎ弁当食うねんけどな」と私にとんかつ弁当を食うように命令したが、何を食べるかなんて食べる人間がいいと思うものを選んで買えば良さそうなものなのに、この人、なんで、ひとの食べるものを決めるんだろう・・と思ったが、新幹線の東京駅と新大阪駅のお弁当売り場に行って見てわかった。東京駅のお弁当売り場でも新大阪駅のお弁当売り場でも、一番安いのがとんかつ弁当で一番高いのが うなぎ弁当だったのだ。そうか、なるほど・・とわかった。
生協食堂の140円のカレーライスは最初に食べた時はおいしいと思ったが、毎日毎日、朝もカレー・夕もカレー、次の日の昼もカレー、その日の夜もカレー・・とカレーライスばっかり食べているとそのうち嫌になった。私が生協食堂の140円のカレーライスを食べていた時に、それより豪勢なものを食っていた阪本彰とか井上とかを見ると、私が冬でも綿の服を着ていると、うちの父親から「こら、おまえは冬に綿の服なんぞ着てはいかんだろうが。おまえは冬なら綿よりもっと薄い服を着ろ。何を贅沢しとるんじゃチャンコロ! チャンコロは冬なら綿より薄い服を着ろ、チャンコロ!」と言われたものだったが、agriculture を アタマにアクセントを置いて agriculture と発音しないで、中ほどにアクセントを置いて agriculture と発音する慶應内部進学がブランドもんの服を着ているのを見ると、「ドビヌーシカ」の歌とともに、「聖なる戦い」の歌が耳に聴こえてきたものだった。〔 「聖なる戦い」⇒YouTube-[ソ連軍歌] 聖なる戦い 日本語歌詞付き Священная война https://www.youtube.com/watch?v=0mVN_kim94s )。
「ワイン~」などというものは、私が冷暖房などきかない化粧品屋の工場で汗をだらだら流しながら安い時給のアルバイトで乳液やクリームを作っていたまさにその時に冷暖房のきいた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたような川村哲二さんとか、私が東京駅八重洲口から出た大阪行き夜行バスに乗っていた時にいつも新幹線に乗っていた阪本彰さんとか、私が食べるものがなくて自販機の周囲に硬貨でも落ちてないか捜していた時に高いレストランで食事をしていた加藤さんとか、私が140円の生協食堂のカレーライスを食べていた時に常にもっと高い豪勢なものを食っていたあほ高校卒の井上さんとか、そいつらが飲むのがふさわしい飲み物ではないか、という印象がある。そいつらのことを思い出すと耳に「聖なる戦い」の歌が聴こえてくる。〔⇒YouTube-【ソ連軍歌】聖なる戦い 日本語版 Sacred War Japanese version (Song cover using ai) https://www.youtube.com/watch?v=ocenCJsOoXw 〕「ワイ~ン」などというものは、そいつらが飲むのものという印象が強く、「おまえは冬なら綿の服ではなく綿よりももっと薄い服を着るようにしろお~お」と何度も父親から言われてきた者としては・・どうしても反ワイン の立場になるものだ。
「抗日パルチザンの歌 野こえ山こえ」という歌もあり〔⇒YouTube-野こえ山を越え - Beyond the Field, the Voice of the Mountains (Japanese Lyr. Version & English Translation) https://www.youtube.com/watch?v=mse710ndbtw 〕、そこで「アタマンを叩きのめし~、将軍を追い払い~♪」という歌詞があるが、井上や加藤がアルバイトなど何ひとつしないで私が飢えている時に豪勢なものを食っていたのを思い出すと「井上を叩きのめし~、加藤を~追い払い~♪」・・という歌詞が頭にというより耳に聴こえてくるものだ。「お茶・おはなを叩きのめし~、フランス文学科を追い払い~♪」という歌詞が耳に聴こえてくるものだ。〔もっとも、この場合の「フランス文学科」とは女性版俗物4種の神器のフランス文学科のことであって、サルトル『言葉』や鼎談『反逆は正しい』とかジッド『女の学校』『ロベール』『ジュヌヴィエーヴ』とかユーゴ―『レ・ミゼラブル』とかのことではない。〕 どうも、ワインという飲料は井上や加藤が飲むものという印象がある。
似たような所に住んでいて・同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から同じくらいの社会的評価の大学に行って、それで私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で安い時給で乳液とかクリームとか作らされていたまさにその時、冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでおられた川村哲二さまは普通は4年間の阪大法学部に5年行って5年目に司法試験にお通りあそばした上で弁護士におなりあそばした。少しくらいのハンデがあっても「なにくそ」と思ってやるべきだとか言う人があるが、将棋でも飛車角落ちとか飛車角香車桂馬落ちとかなら努力して苦労して工夫してすることでなんとか挽回して逆転することも可能性としてないことないかもしれないが「王さん1枚で戦え」言われても、勝てない。私は彼と競争しているつもりはなかったが、「川村くん」と比較するなら、いわば「王さん1枚で戦え」言われたようなものだった。
今では神戸大学法科大学院大学の先生さまになっておられるらしい。川村哲二さまが阪大に1年留年して5年目に司法試験にお通りあそばした後、川村哲二さまのお母さんが「うちの子は司法試験も現役で通りました」とうちに言いに来られたらしいが、「司法試験に現役で通った」というのは大学に入学して4年の年に合格したことを言うのであって、普通は4年間の法学部を4年で卒業しないで5年目やって5年目に通ったというものを「司法試験にも現役で通りました」とは普通は言えへんで。伊東市の市長選挙に出る人は東洋大学法学部除籍を東洋大学法学部卒業と選挙の際に言うと公職選挙法違反になるようだが、 大学に入学して4年目ではなく5年目に通ったのを「司法試験にも現役で通りました」とか近所の家に太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして言いまくるというのは、それはかまわんのか・・と、一度、神戸大学法科大学院大学の先生さまに質問してみたいようにも思うのだがどうだろうか。川村哲二さんが司法試験に合格した時、「大阪新聞」だったか「夕刊フジ」みたいなものだったかに大阪府での司法試験合格者の氏名が掲載されていて、うちの父親はそれを切り抜いて送ってきて「川村くんの爪の垢を飲ませていただきなさい」と書いてきたのだったが、私は心の底から川村くんの爪の垢を飲みたかった。飲めば川村くんみたいに私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていたまさにその時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読ませてもらえるものなら、川村くんの爪の垢でもち〇ぽ の垢でも喜んで飲んだわ。「弁護士は役に立たない」のはなぜか、理由のひとつとして、私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって安い時給で乳液やらクリームやら作らされていた時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたお方が弁護士になっているのであって、決して逆ではない、川村くんが冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた時に冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていた者が弁護士になっているのではないから、ということが間違いなくあるはずだ。「ワイン~」なんて飲むやつというのは、そういうヤカラ・・というイメージがどうしてもある。
私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で安い時給で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていた時にまさにその時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んで司法試験に合格して弁護士屋になったやつ、そういうことをして実際は大学入学4年目ではなく5年目に通ったくせしやがってからに「司法試験も現役で通りました」と事実に反することを太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所に吹聴した母親の息子、迷惑なやつ、そいつの爪の垢を飲めと言われた者としては、そういう「長嶋みたいなやつ」はID野球・弱者の戦術でコテンパンにやっつけてやりたいところだが、あいにく、もう若くなくなってしまい、かつてのような元気はなくなってしまった。
※ YouTube-くたばれ読売で盛り上がった東京音頭 https://www.youtube.com/watch?v=_lGaI9y6XVA
(2025.11.21.) 〗

モンダイの弁護士: 弁護士って、ほんとうに人権を守る正義の人なのか (別冊宝島Real 28)

懲戒除名: 非行弁護士を撃て - 内田 雅敏
※ ドビヌーュカ(仕事のうた)⇒YouTube-仕事の歌 https://www.youtube.com/watch?v=yBp0cGJkEbw
〖 箱根の三井グループの保養所で泊りがけのアルバイトをした時には、「雑務」ということでの勤務であって「接客」は業務外だったはずだが、夕食時、追加でビールを欲しいと言う客があり、厨房のおばさんが「ビール持って行ってあげて」と言うので持って行くと、「私はアホ大学卒です」と顔に書いてあるおっさんが「おい、にーちゃん。どこの大学だあ」と言いよるので、答えずに黙っていると、「おい、にーちゃん、どこの大学だって。おい、きいてるだろ」と言ってしつこかった。そういえば、私はひとより歳を経て大学を卒業することになったことから就職は有利ではなかったが、今は別の場所に本社は移転したらしいがかつては東京駅の八重洲口側のビルに本社があった日立グループの日立金属(株) という会社に電話して「私は今、慶應大学の商学部の4年生ですが年齢が今、◇歳なのですが応募させていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねたところ、人事部の従業員の男性社員が「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います。何日でしたら来ていただくことができるでしょうか」と言われて日時を約束して行くと、人事部長だという男が出てきて「当社は応募していただくのは2年遅れまでというルールがございますので、応募していただくことはできません」と言い、それなら、なんで「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」などと言ったんだ? といううことになるが、なんで、わざわざ時間を取らせて日立金属(株)の本社まで足を運ばせておきながら、来社させてからそんなこと言うのだ? ということになるが、それならそれで「弊社の人事部の者が『ぜひ応募していただきたい』とお話して来ていただいておきながら誠に申し訳ありませんが」という一言がないとおかしいのではないか、と思ったがそういった言葉はまったく口にすることなく、「うちは日立ですからね」などと言い、「もっと下の会社を狙われた方がいいと思います。フン」などと言い、さらに「あ、エレベーターあっちです」などと暴言を吐いたのだった・・・が、日立金属(株)のあの男、いったい何様なんだ? 私は日立金属(株)という会社を「上の会社」とはその時も今もまったく思っていない。ひとが電話で「私は今、慶應大学の商学部の4年生ですが年齢が今、◇歳なのですが応募させていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねているのだから、「当社は応募していただくのは2年遅れまでというルールがございますので、応募していただくことはできません」というのならその時に言うべきことで、その時に「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」と答えて来社させた上で、「せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんが」とも言うことなく、「うちは日立ですからね」だの何だの言うというそういう態度を取る非常識な会社が「上の会社」であるとは思えない、相当「下の会社」であろう。そもそも、「うちは日立ですからね」などと言うが日立製作所(株)ではなく子亀会社の日立金属(株)であろうが。 そして、それから何十年か経って気づいた。あの男、あの人事部長の男、国立底辺大学卒だったのではないか、と。 ””日立の子亀会社〔日立製作所(株)以外の「日立何何」という名前の会社〕の人事部長、70%以上、茨城大卒。90%以上、国立駅弁大学、底辺の国立大学卒説”” というのは正しいのではないか、と思われるのだが、国立大学の中で底辺の大学卒の人事部長で「うちは日立ですからね」と自分自身ではなく勤め先の会社の名前、特に《「日立金属」ではなく「日立」と言いたい症候群》の男としては、自分より上の大学の人間に、実は採用を検討する気はないにもかかわらず「履歴書を用意していただいて、ぜひ来社していただきたい」と電話で行って来社させた上で、「うちは日立ですからね。フン!」「エレベーター、あっちです」と言ってやる、ということに快感おぼえていたのではないか。そういうビョーキ男だったのではないか、と思われる。 そういう「国立の中では底辺大学卒の男が人事部長になってる程度の低い会社シンドローム」の病人会社が日立金属(株)だったのではないか。ウィキペディアープロテリアル https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB によると、日立金属(株)はプロテリアル(株)に《 2023年に日立金属株式会社(ひたちきんぞく)から社名変更した。》そうで、《 2022年(令和4年)東京証券取引所プライム市場上場廃止。》して未上場の会社になり、《 2024年(令和6年)配管機器事業を分社化し、同社の全株式を岡谷鋼機株式会社へ譲渡。 2026年(令和8年)自動車鋳物事業を分社化し、米国ファンドへ売却。》で《米国ファンドへ売却》されたプロテリアル(株)は 《 主要株主 株式会社BCJ-52 100 %(2023年3月31日現在)》という会社になったらしい。もはや「うちは日立」ではなくなったてことか。 そうなると「うちは日立ですからね」とあほ人事部長が切り札みたいに言う文句を使えなくなってしまうのではないか。困ったねえ、「日立」以外にほかに取り柄なさそうな人事部長はいったいどうするんだい? 「うちは日立」でなくなったなら、日立でなくなった会社ならば、もはや、茨城大閥なんて消えるのは時間の問題だろうな・・( 一一)
その日立金属(株)〔現 プロテリアル(株)〕のおそらく国立の中では底辺大学卒の人事部長がとった態度と三井グループの箱根の保養所に来た「私は五流大学卒です」と顔に書いてあったおっさんの態度とは共通点がある。「うちは日立ですからね」であろうがなかろうが、ひとに「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」と言って来社させておいて、顔を合わすなり「せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんが」という一言すらも口にすることなく「当社には応募していただくのは2年遅れまでというルールがありますので応募していただくことはできません」「うちは日立ですからね」だのと言うのは許されることではない。それが「日立」なのか? それだと「日立」というのはずいぶんと程度の低い会社だということになるな・・( 一一) ( 一一) その態度と共通しているのが三井グループの保養所に来た「私は五流大学卒です」と顔に書いてあったおっさんだった。国立の中では底辺大学卒の人事部長が「うちは日立ですからね」などと言うておったと同様に、私立五流大学卒のおっさんとしては「うちは三井ですからね」とか、もしかすると思うておったのかもしれんが、「三井」なら「雑務」ということでの労働契約で勤務している人間に、程度の低いおっさんの相手する「接客」をさせてよいのか・・というと、そうではあるまい。「ここに客として来るようなやつは三井グループでも下の方の人間だから」とアルバイトに来ていた玉川学園大の学生が言っていたが、そうなのかもしれない。プロテリアル(株)という会社は会社名から「日立」を取除いたら何が残るのだろうか? 国立大の中では下の方の大学卒の人事部長の傲慢だけが残った・・なんてこと・・あるか、ないか・・・。
そのおっさんとしては、保養所で泊りがけのアルバイトで「雑務」なんてやっているような大学生は五流大学の学生だと思って、「そんな大学か」とバカにしたかったようで、もしも東大に行っていたならば「東大です」と言えば「犬吠埼灯台(いぬぼうざきとうだい)かい」とか言いよるであろうから、「残念、塩屋崎灯台(しおやざきとうだい)です」(⇒YouTube- 塩屋崎 美空ひばり https://www.youtube.com/watch?v=F9Tl2vb6usA )と答えればよかったのだろうけれども、東大に行っていなかったので言えなかった。それから何十年か経って、「そうだ。こう答えてやればよかった」と気づいた。その保養所に来ていた神奈川大の学生が「大学の名前をきかれた時には『東横線沿いのK大学です』と答える」と話していたのだが、そう言えばよかったのだ。「東横線沿いのK大学です」と言えば、保養所に客として来ていた三井グループの会社の下っ端のおっさんは「東横線沿いのK大学というと神奈川大かい?」と言うであろうから、「そんなところです」と言えば、「そうか」と優越感にひたって満足しよるであろうから「御主人さんはどこの大学でておられるのですか?」ときいてやれば、「俺は法政だ」とか「俺は専修だ」とか答えよるであろうから、ふ~みん みたいに「Fランや~あ。みじめ(笑)」とか「最底辺、あ~っはっはっはあ~あ♪」とか「地の底の大学やあ~あ。偏差値ひく~う♪」とか「マーチの『チ』は地の底のチ」とか言いたいところだが、言うとまずいから、そこは心にぐっとこらえて、「法政ですかあ。す、ご、いですね~え。私なんか、法政なんか行きたいと思っても絶対に行けませんでしたわ。すごい、すごい、すごい、すごい♪ さすがですよ。さすが、さすが、さすが、さすが♪ さ、す、があ~あ♪ 私なんか法政なんて、たとえ行きたいと思っても絶対に行けませんでしたよ。すごいですねえ~え。いったい、どうやって行かれたんですかあ」とでも言ってやれば大喜びして「手の舞、足の踏むところを知らず」みたいになりよるであろうから、そう言ってやればよかった・・と思ったがそう言えばよかったと気づくのが遅かった。嘘ではない、私は法政だの専修だのなんて、行きたいと思ったことなんか一度もなかったが、たとえ、行きたいと口にしたとしても「ふざけんな」と言われて受けさせてもらえないはずだった。「法政なんか、たとえ行きたいと思っても絶対に行かせてもらえませんでした」というのは嘘ではない。ほんとのことだ。 そう言ってやればよかったと気づいたが気づくのが遅かった。
箱根と言っても私が「雑務」の仕事を泊りがけでやったのは箱根でも下の方、宮城野橋というバス停から何分か歩いた所で、西側の谷を隔てた向こう側の山の中腹を箱根登山鉄道が走っていて、その山の上が強羅(ごうら)だ。慶應の内部進学のやつとかは向こう側の山の上の強羅とかのホテルで宿泊してワイン飲みよるわけで、三井グループでも下っ端のおっさんは箱根でも強羅より格下の宮城野橋の保養所でビール飲みよるわけだ。その「私は五流大学卒です」と顔に書いてある格下のおっさんにビール届けていたのが私だったのだ。⇒YouTube-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8 強羅で慶應内部進学が飲むのがワインで、宮城野橋で三井グループの下っ端の五流大学卒が飲むのがビールで、それを運ばされるのが私だった。ワインとビールとその下との関係だった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものだった。 〔⇒YouTube-Traditional: The song of the Volga boatman(ヴォルガの舟歌) (Recorded 1922)https://www.youtube.com/watch?v=1g1_U2MFODs
⇒YouTube-This Old Hammer Killed John Henry(この古いハンマーがジョン=ヘンリーを殺した)https://www.youtube.com/watch?v=omRJMtKOLOY 〕 慶應内部進学がワイン飲んでる・・(のではないかという感じの)強羅から東の谷底を見ると私が「雑務」をやった宮城野橋があり、そこの安い保養所でビール飲んで「おい、にーちゃん、どこの大学だってきいてるんだ」とかまだアルコール飲んでないだろうが・・というおっさんからからまれる「接客」の仕事・・は「雑務」の業務のうちに入っていないはずだったがそれをさせられていた。立地からして宮城野橋は強羅から谷底の方を見た下の方に立地していた。その強羅という場所に一度、行ってみようかと考えてみたこともあったが、やっぱり行きたくないなあ・・と思った。まさに「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」というものだ。内田康夫は軽井沢なんて所に住んだが、軽井沢だの強羅だのなんて慶應内部進学の民族がいそうな場所、「長嶋みたいなやつ」がいそうな所なんて、慶應内部進学は公立高校の生徒および公立高校出身者をドジンだと思っているのだが、ドジンがわざわざ行く所でもないだろうし行ってもしかたがないであろう。日陰の月見草には宮城野橋の方がまだいい・・・。
(2025.11.21.) 〗
ナポレオンがロシアに攻め込んだ時、ロシア人は「ナポレオンがいくら強くったって、俺たちにはウオッカがあるぜ」とか言っていたとかいう話があり、又、ロシア革命の時にアメリカ合衆国に亡命したドン=コサック合唱団〔⇒《YouTube―Don Kosaken Chor(ドン=コサック合唱団) - Stenka Rasin(ステンカ=ラージン)》https://www.youtube.com/watch?v=AEnSMa-lTzM 〕の指揮者セルゲイ=ジャーロフが、「ああ、ロシアに帰りたいなあ。アメリカ(合衆国の)金ぴかの御殿みたいなホテルにはあきあきしたよ。ああ、ロシアの居酒屋で一杯やりたいなあ」と語ったという話をどこかで読んだのですが、「ロシアの居酒屋」で飲む酒となると、ウオッカでしょうから、ワインは似合わないとして、ウオッカを飲めば似合いそうな感じもしないではありませんが、なにしろ、ウオッカというのは、「うかつに飲むと、四日酔いする」と言われるくらい強い酒らしく、二日酔いではなく四日酔いなんかしたあかつきには、仕事に差しさわりがでますし、四日酔いしてられるほど余裕もありませんから、そうなると、ワインと「庶民の酒 ウオッカ」と、どっちが「ブルジョワ」かなんだかよくわからなくなってきます・・・・が、あくまで、雰囲気の問題として、あんまり、ワ~イ~ン~ てガラじゃなかったわけです。
〔 もっとも、最近、ロシア軍のウクライナ侵攻からテレビによく出るようになったロシアの軍事が専門という東京大学准教授の小泉悠 さんが「最近のロシア人はあまりウオッカは飲まないみたいで、むしろ、ワインをよく飲むようです」と話していて、「クリミア併合以来の経済制裁で、西側の国からワインが入らなくなると、今度はロシアの自国でワインを作るようになって、そうなると、けっこう品質がいいワインができるようになったらしくて、考えてみると、ロシアは農業国で葡萄が取れるし、教養水準も低くないから自国で作ろうと思えば作れるんです」と話していて、今はロシア人はウオッカよりもワインの方を好むらしい。 ・・二日酔いならまだしも四日酔いなんてしたらたまらん。(2025.11.20.)〕
しかし、住宅建築業の会社に勤め、そんなこと言ってられなくなったわけです。 住宅にはキッチンというものがあるわけです。 個人の住宅にも小規模のワインセラーを設置する方もありますし、そこまでいかなくても、ワインの1本くらい飲もうという方はお施主様にあるわけですから、ワインとはどういうもので、どのように保存するべきかまったく知らないというわけにはいきません。 キッチンには食器を収納する食器棚が必要ですが、食器棚をどうするか考えるには、どういう食器を収納するかも考えないといけません。 で、ワイングラスって、なんで、こんな形をしてるのだろう、とか考えるわけです。 収納しにくいし、洗う時だってわりやすいのに。 そして、キッチンスペシャリストhttps://www.interior.or.jp/ks/ の資格を取ろうとすると、学科試験で、ワインとはどういう性質があり・・・、食器にはどういうものがあり・・・といった知識も問われます。 そうなると、自分がワインを飲むか飲まないかにかかわらず、まったく、知らないではすみません。 まったく知らないでは住宅建築業の業界で仕事をしていくのは困るでしょう。それで、学習したのです・・・が、それより前においても、ワインについてまったく知らない時点においても、私は、(2)を持っていたのです。
なぜなら・・・、そりぁあ、↑の形状のガラスの容器を見て、どこを持つか? 特別、よく考えずに持っても、(2)と違いますか? そんなもん、普通、(4)とか(5)とかなんて、持つか? 持たんだろう、普通は・・。
特別、難しく考えなくても、一番、持ちやすい所を持てば、結果として、(2)を持つと思うのだ。そうでない人もいるのかもしれないが、私の場合は(2)が持ちやすかったのだ。
3. それから、「頭寒足熱」とも言います。 人間にとっては、足元は温かく頭は涼しいのが健康に良いしここちよいのです。 たとえ、暑い夏だって、足の裏と手のひらは温かい方がここちよいのです(き○たま は暖めない方がいいですけど)。 ですから、冬場、暖かいお茶を湯呑にいれて、それを両手で抱えた上で飲むというのは気持ちいいとしても、だからといって、夏場、冷たい水なり麦茶なり清涼飲料水なりが入ったガラスのコップを一生懸命両手のひらで抱え込むかというと、そうはしませんでしょ。 同じく、ワイングラスにしても、ボウルの部分を手のひらで包むように持ったって、気持ちがいいわけないのです。 その理由からも、ステム(脚)の部分、(2)を持つことになりますでしょ。
いったい、何がうれしゅうて、わざわざ、(4)とか(5)を持ちますのん・・・・?
ところが。 持つ人はいるわけです。 『金田一少年の事件簿』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」で、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は、(4)を持っていたわけです。 持つ人、いるのです。(4)を。
『金田一少年の事件簿』「明智健吾の事件簿」は、(1)~(5)のうちのどれを正解としたか、答えは↓
但し、↑の絵は、(2)を持っていますが、(3)でも間違いではないようです。 『美味しんぼ』で山岡士郎がどういう持ち方をしているか見て見ましたら、(2)を持っている絵と(3)を持っている絵の両方がありました。 パーティーか何かで他の人と歓談しながらワインを飲むというような場合、(2)を持つ時は指ではさんで持つことになりますから、人によっては指が疲れるのではないかと思うのです。 中指・薬指・小指でステムの部分を押さえながら、親指と人差し指で作った輪でボウルの下端(3)を受けるような持ち方をした方が楽だという場合もあるのかもしれません。 [第371回]《間違っていないらしい天皇のワイングラスの持ち方。暴走族みたいな「建築家」、大久保清みたいな「建築家」》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_9.html で毎日新聞の写真で掲載した天皇のワイングラスの持ち方はその持ち方です。
ですから、結論としては、ワイングラスの持つ位置は、(2)もしくは(3) ということになりそうです。
インターネットで検索しますと、(1)を持っている人の写真が出ています。 ワイングラスは、ワインに手のひらの熱を与えないようにステム(脚)を持つと言われると、ステムでも下の方を持たないといけないと思って(1)を持っているというケースもあるかもしれませんが、そうではなく、きき酒会のような場で、私はこれを飲んでいますと人に示すような場合などは、見えやすいように(1)を持つということがあると、どこで読んだのだったか忘れてしまいましたが、どこかで読みました。 実際には、(1)(2)は、ボウルの中のワインに手のひらの熱を伝えるということはないし、(3)もそれほどないので、(1)(2)(3)は実際に飲む人が持ちやすい方法で持てばよいのかもしれません。 (1)はきき酒会か何かで自分が飲んでいるものをひとに見せるとかいう事情でもなければ、(2)(3)に比べて、持ちやすい持ち方ではないと思いますが。
(4)を、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は持っていたわけです。 そのあたり、金堂氏がワイン通であるかのように言いながら、実際にはワインについてわかっていない人間であるということを知っている犯人が、そこにつけこんで、他の人間なら飲まない部分に毒を入れて殺した、というのが『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』所収の「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」ですが、その話は同書をご覧いただくとして、(4)なんて、特別、ワインに詳しくなくても、普通、そんなところ、持たんだろう・・・と思うと、持つ人いるのです。 ましてや、(5)なんて、物好きに持つ人間なんておらんだろ、普通はあ・・・・と思うと、いたのです。(5)を手のひらで、グワッとわしづかみにするおっさんが。 どこにいたかとういと、千葉市中央区に本社があった新華ハウジング有限会社〔建設業。不動産業部門はビルダーズジャパン株式会社。2013年に倒産。他に、不明業としてジャムズグローバルスクエア(株) 〕の設計の仕事をしていた、「一級建築士」「建築家のつくる家」というコピーを名刺にいれていたN村設計事務所のその自称「建築家」のおっさんが、2010年12月の新華ハウジング(有)の忘年会で、(5)をお持ちになったのです。 なんだか、「建築家」て、おもしろいワイングラスの持ち方するね♪ ・・・バッカじゃなかろかルンバ♪とか言いたくなってくるのですが、ユニークだね♪ 〔⇒《YouTube― 野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り) 》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs 〕 しかし、一級建築士て、なんか、おもしろいワイングラスの持ち方するよね♪ もし、それが一級建築士というものなら、ですが。 まあ、一級建築士にもいろいろあるか・・・。
誰しも、知っていることもあれば知らないこともある、誰しも、わかるものもあればわからないものもある、というのは、その通りです。 しかし、「一級建築士」「建築家のつくる家」というフレーズを名刺に入れている真っ赤なスポーツカーに乗って、なんか変わった帽子かぶってる自称「建築家」のおっさんは、もともと、ワインなんて柄じゃない私が住宅建築業の世界で勤めて行く以上は知らないではすまないと思って学んだことを学んでいないわけです。 「一級建築士」だの「建築家」だのと名のっておきながら。 まあ、「一級建築士なんて掃いて捨てるほどいる」し、そもそも、建築士という資格はあっても、「建築家」なんて資格があるわけでもなく、言った者勝ちですから、言いたきゃ誰だって言えるのです。 そういう胡散臭い自称「建築家」がゴマンといますから、そんなのと一緒にされたくないので、私は言いませんけどね。 だいたい、「丹下健三のエピゴウネンになりたいなりたいと日夜思ってる男」なんてそんなものになりたいとは思いませんし。 で、世の中、学歴を詐称したり資格を詐称したりする人間なんてゴマンといるわけですが、「建築家」「一級建築士」と称するおっさんは、その「一級建築士」は詐称かというとそうではないと思いますが、「一級建築士ですからそうでない人より何でもよくわかっていますよお」というアピールの方は詐称だったわけです。 詐称でしょ、それ。ワインが何たるか、ちっともわかってなかったんでしょ。 違いますか。
一級建築士の資格を取得して悪いということはないが、もともと、「足の裏についたご飯つぶ」と言われる資格、大学の建築学科を卒業した者にとって、「とらなきゃ気持ちわるいが、とったからといって、それで食えるものでもない」という資格であり、1990年だったが、小堀住研(株)〔⇒エスバイエル(株)⇒ヤマダエスバイエルホーム(株)http://www.sxl.co.jp/ 〕の東京支店自由が丘営業所(展示場)にいた、東京電話大学だったかそんな感じの名前の私立大学の建築学科卒だというT橋K一郎(男。当時、30代半ば)が、自分のことを「『私どもの課長は、建築士の資格は持ってませんが、大学の建築学科を出てますから』とぼくのことを言えばいい」と私に言ったのだが、その文句って、要するに、「うちの課長のT橋K一郎は小学校から高校までちっとも勉強しなくてろくな大学に行けなかったどうしようもない男ですが、小学校から高校までちっとも勉強しなかった人間のくせしてからに、あつかましくも、私立大学のしかも法学部や経済学部なんかよりずっと高いカネがかかる建築学科なんて行った人間ですが、なにしろ、できの悪いヤツで、アホ大学卒だけあって、もう、30代の半ばですが、一級建築士はおろか、二級建築士も木造建築士も合格できない、どうしようもないアホもアホもアホアホアホなんですよ。30代の半ばにもなって一級建築士も二級建築士も通らないくせして、名前と受験番号さえ書けば合格の私立大学の建築学科出てますとか言ってそんなの自慢にしようとしてるんだから、バカだよねえ~え。」と言ってるのと一緒と違うのか? と思ったのだが、そういう人間に比べれば、「一級建築士」と名刺に入れて「売り」にしてるおっさんの方がマシなのかもしれんが、それにしても、一級建築士の資格を持っていたとしても、それは、一級建築士という資格試験の学科試験に出題される内容について勉強しました、製図試験に出題される問題を合格できるレベルの製図力がありましたということと、建築士の場合は、役所に手続きをするような際に、法律で、こういう行為は建築士でないとやってはいけません、これは二級建築士か一級建築士でないとやってはいけません、これは一級建築士でないとやってはいけませんと規定されたものがあるということで、そういう作業をするには建築士の資格を持っていなければいけませんが、別に、建築関係について何でも知っているわけでもないし、そもそも、「何でも知ってる人間」なんているわけないじゃないですか。 自己紹介として、一級建築士を持ってますと簡単に言うのはいいが、「一級建築士」「建築家のつくる家」とか「売り」にしだすと・・・、ちょっと違うと思うぞ、ということになります。
かつ、彼の場合、もうひとつ、「売り」があって、「三井ホームの家の設計をしていた」とかいうのがあったのです。輪をかけたようにアホです。三井ホームhttp://www.mitsuihome.co.jp/ というのは、住宅展示場に「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」と横断幕をかけたりしているのですが、現在はインテリア産業協会がおこなっている民間資格で一時は通産省認定の国家資格になっていたインテリアコーディネーターhttps://www.interior.or.jp/ic/ というのは、もともと、三井ホームが始めた三井ホームの社内資格らしく、1960年代終わりに私の親が小堀住研(株)で家を建てた頃はどこの会社でもインテリアコーディネーターなんてものはいなくて、「色合わせ」「仕様うちあわせ」は設計や営業が担当しておこなっていたのですが(その頃、三井ホーム(株)なんて会社は地球上に存在していませんし)、三井ホームがツーバイフォー工法という最初は構造に魅力がなかった構法で建て始めた頃、自社の建物に付加価値をつけるために、社内資格としてインテリアコーディネーターというものを始めてその社内資格を持たせた女性に「色合わせ」「仕様うちあわせ」をさせたのですが、それにつられたのかどうか、他の会社でも「色合わせ」「仕様打ち合わせ」を設計や営業ではない他の女性に担当させるようになったのですが、インテリアコーディネーターは三井ホームの社内資格でしかなかったので他の会社の担当者は持っていなかったのですが、そのうち、社内資格ではなく世間一般の資格になり国家資格にもなったのですが、それでも、三井ホーム以外の会社はそれほど重視していなくてインテリアコーディネーターの資格を持っていない人に担当させていたのですが、三井ホームの場合、その仕事をする人の資格がインテリアコーディネーターでしたから、インテリアコーディネーターの資格を持っている人が担当していたのです。かつ、ツーバイフォー工法というのは、構法に特色がないということから内装に力を入れて、在来構法の会社などより高いクロスを使ったりしていたのです。一般に、高いものを使うのと安いものを使うのでは高いものを使った方がよく見えておかしくありません。 そういうものだったのですが、今は、インテリアコーディネーターの資格が一般に浸透して、大手のハウスメーカーはインテリアコーディネーターの資格を持っている人に担当させることが多くなったので、「・・・とインテリアコーディネーターのつくる家」なんて言っても、今は大手ハウスメーカーはたいていそうなのですが、それでも、今だに、「・・・とインテリアコーディネーターがつくる家」とか言うとるわけですよ。
で、「建築家と」の方はどういうものかというと、このフレーズだと、三井ホームに頼むと、「少し前まで生きていた人」なら丹下健三とか黒川紀章とか、「今、生きている人」なら磯崎新とか槇文彦とか安藤忠雄とか隅研吾とか、なんか、そういう「建築家」が自分の家の設計を担当するのか? と思いそうになりますが、そうではなく、「そのへんの設計事務所のおっさん」が担当するのです。 もともと、三井ホームというのは、住宅建築業の会社としては後発の会社で、最初に住宅建築業を始めた時点で設計担当はいなかったわけです。 最初、設計担当がいなかった会社としては、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ なんてのは、かつては、「間取りをどうするかなんてことは、どうでもええことなんですよ」とか無茶苦茶言うとったのですが、1980年代から1990年代初めくらいまで、小堀住研(株)では、「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」と言い、「小堀の家」「小堀ならではのデザイン」を売りにして、その「小堀ならではのデザイン」の設計をできる設計担当がいますよ、というのを売りにしていたのに対し、三井ホームでは、自社で設計担当者を持たずに、「そのへんの設計事務所のおっさん」に設計の仕事をまわしてさせたわけで、その「そのへんの設計事務所のおっさん」のことを「建築家」と言いおったわけです。ものは言いようですよ、ものは言いよう! 「そのへんの設計事務所のおっさんが設計して、インテリアコーディネーターの資格を持っている人が担当して内装のコーディネートはします」ということを「建築家とインテリアコーディネーターのつくる家」と書いて今だに横断幕をかかげとるわけです、三井ホームは。 それが、「建築家」てやつなんです。
三井ホームはその「建築家とインテリアコーディネーターのつくる家」というのを今だに「売り」にしているようですが、「そのへんの設計事務所のおっさん」の方では、三井ホームのコピーのパクリというのか、三井ホームのぱちもんコピーというのかで「建築家のつくる家」という文句を名刺に入れとるわけです(私は、家というものは、建築家がつくるものではなく、建築屋とお施主様が協力して作るものだと思いますけれども。そのあたりが「建築家」というのはなんか変わっとるわけです。「建築家」がつくるものだと思うとるのです。あつかましいですね。)それに、毎度ばかばかしい「いっきゅうけんちくしい~い」というヤツを名刺に入れて、さらに追い打ちをかけるように、「三井ホームで設計の仕事をしていた」というフレーズまで言い出すわけです。 暴走族みたいな真っ赤な羽根つきのスポーツカーに乗って、ちょっとかわった帽子かぶって、大久保清みたいに「普通のサラリーマンとは違う格好」して、大久保清が「画家」を名のったごとく、「建築家」を名のりおるわけです。 ・・・そして、ワイングラスを、(5)の位置をグワッとわしづかみにするわけです。 「三井ホームの設計の仕事をしていた」「建築家」は。
世の中には、「ワインなんてうちは飲まないから」というお施主さんもおられます。 だから、ワインを飲まない人専門の設計担当として活躍すれば・・・とか思う人もいるかもしれませんね。 でも、私は、(5)をグワッとわしづかみにして得意がってるような「建築家」に家を頼みたくないね・・・・。 (5)をグワッとわしづかみするような、そういうキッチンを作られそうで、ね・・・。 そんな感じがしませんか? そんな感じの家を作られそうな感じがしませんか?
「殺された金堂氏」「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は、空調メンテナンスの仕事をする会社の経営者だったようですが、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」人に空調メンテナンスの仕事を頼むとどうなるか。
『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」は、その解答まで書いてくれているのです。↓
ワインとワイングラスについて、(5)をグワッとわしづかみにするような自称「建築家」は、他の問題についてもその調子ではないのか、と思われておかしくありません。 ワインを飲まない人だってあるかもしれないけれども、それなら、他の酒はどうなのか、ワインについて(5)をグワッとわしづかみにするような自称「建築家」は他の酒も他の飲み物も他の食べ物についてもその調子と違うのか、ということになる。 ・・となると、「キッチンのない家」の設計専門でやってもらおうか・・といっても、「キッチンのない家」てあるか?
昔から、大工にたいするけなし言葉として、「叩き大工」(継手・仕口といった加工をする能力がなく、何でも釘で打ちつける大工のこと)・「口大工」(普通は、大工というものは腕で仕事をするはずだが、腕で仕事をせずに、口で仕事する者のこと)、そして、「雪隠大工(せっちんだいく)」(座敷の仕事なんかさせるわけにいかないので、便所専門)という言葉があったが、「雪隠いっきゅうけんちくしい」「雪隠建築家」あるいは「雪隠三井ホーム」でやってもらうしかないか・・・・。
で、実際、N村が設計した市原市の I 邸は、[第231回]《住宅建築業界 職歴詐称を見破る方法(2)筋交いの向きがわからない者・自分の工事現場を見に行かない者 》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_13.html で述べたように、筋交いが逆向きに入っていたわけです。 なんで、逆向きに入れるかなあ~あ・・と思うと、N村は、筋交いの場所だけ指定して向きを指定しなかったというのです。 筋交いという耐力壁は方向性があって、効く方向と効かない方向があるのです。そうである以上、筋交いというものは、入れる場所を決める時には同時に方向も決めていないとおかしいはずです。建築は構造と機能とデザインの3つをとも実現してこそ建築であり、そうである以上、筋交いの向きを決めずに場所だけ決めたような図面を作っても設計したことになりません。それを、筋交いの場所だけ決めて向きを指定せずに話を進めて、工事に入ってしまった。 大工は「図面で指示されたように、俺は入れたんだ」と言うが、設計したN村が向きを指示していないのに、大工の手元にいった図面で逆向きを指示していたというのは、いったい、誰が指示したのかというと、「プレカット工場が決めています」と自称「工事責任者」の「ブタクサA」(仮名)は言うのです。「なんで、プレカット工場が筋交いの向きを決めるのですか」と私は何度も言ったが、「ブタクサA」(仮名)はきかなかった。〔⇒[第434回]《プレカット工場を異常に信用する男[1]プレカット工場が大丈夫だと言えば逆向きの筋交いでも大丈夫か?》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201607article_14.html 〕
N村は、筋交いの向きを決めることなしに場所だけ決めるような無神経な人間なのだから、そういう人には、筋交いという方向性がある耐力壁を使用する在来構法ではなく、方向性がない合板を耐力壁として使う枠組壁構法(ツーバイフォー工法)か木質パネル構法の設計をやってもらうしかないか・・・と思うと、枠組壁構法(ツーバイフォー工法)の三井ホームの設計を彼はやっていたわけだ。 だから、彼の「三井ホームで設計やってた」というキャッチフレーズは、良いとか悪いとかいう意味で考えるのではなく、「耐力壁として方向性がない合板を耐力壁に使う枠組壁構法(ツーバイフォー工法)ならいいかもしれないけれども、方向性がある筋交いという耐力壁を使う在来構法の設計をさせるのは危ないですよ」という意味だと理解するべきだったのだ。
大工のけなし言葉として、他に「ツーバイフォー大工」「型枠大工」というのもあるが、これは、本来はけなし言葉ではなく、ツーバイフォー工法の建物を扱う大工、鉄筋コンクリート造の建物の型枠(コンクリートを流し込むための枠)を作る大工という意味で、仕事の種類を意味する言葉なのだが、在来構法の大工には、ツーバイフォー工法の大工や型枠の大工は在来構法で家を建てる大工より下だという意識の人がいて、本来は仕事の種類のことを意味する「ツーバイフォー大工」もしくは「ツーバイ大工」、「型枠大工」をけなし言葉のニュアンスで言う人もあったらしい。 この表現をまねるならば、N村は「ツーバイいっきゅうけんちくしい」「ツーバイ建築家」ということになる。 「ツーバイ三井ホーム」は、もともと、三井ホーム(株)はツーバイフォーだからそれでいいかもしれない。(三井不動産(株)が販売の建売住宅で、施工:三井ホーム(株)で在来構法の家が中にあるようだが。)
今、調べてみたら、このブログでも、ワイングラスの持ち方について、すでに、
[第2回]ワイングラスはどこを持つべきものか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201101article_2.html
[第185回]『美味しんぼ』に学ぶ ワイングラス・ゴブレットの持ち方vs「建築家」式持ち方。及、20代の貧乏な生活 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201306article_2.html
[第371回]間違っていないらしい天皇のワイングラスの持ち方。暴走族みたいな「建築家」、大久保清みたいな「建築家」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_9.html
と3回述べていた。 まあ、しかし、特別、ワインに詳しくなくったって(5)をつかむ人なんて、あんまりないと思うけどねえ~え・・・・・。
☆ 『金田一少年の事件簿 R 10』(講談社)をアフィリエイトにつけようと思ったが、字数制限でつけられなくなった。 アマゾンだと https://www.amazon.co.jp/%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%81%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E7%B0%BFR-10-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%86-%E3%81%B5%E3%81%BF%E3%82%84/dp/4063957403 で注文できる。
(2016.8.30.)
このブログでも、ワイングラス の持ち方について、『美味しんぼ(おいしんぼ)』に学び、又、『ルパン3世』にも学んできました。 さて、今度は、『金田一少年の事件簿』に学ぶことといたしましょう。
引用させていただくのは、天樹征丸(あまぎ せいまる)原作・さとう ふみや 漫画『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』(2016.8.17.講談社 コミックスマガジンKCM5740)所収の「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終話」です。 見ていただきましょう。↓
↑ 金田一 一、 かねだ いちかず・・じゃなくて、きんだいち はじめ が、いつも言う少々マンネリ化してきたセリフを、明智健吾がはずかしがらずに口にしています。さすがに、「じっちゃんの名にかけて」とは言いませんが。
さて、「ワイングラスの持ち方」についてですが、ワインについて詳しい方はご存知でしょう。私なんかよりよっぽどよく知ってられるかもしれません。 私のこのブログを継続的に読んでくださった方は、すでに何度かこの問題をとりあげていますので、ワインに詳しくない方でもおわかりになったのではないかと思いますが、ワインとワイングラスについて、よく知らないという方は、『金田一少年の事件簿 R(リターンズ)』の「ソムリエ明智健吾の事件簿」で理解する前に、まず、↓の絵を見て、さて、この(1)~(5)のうち、どの部分を持つべきか、まず、自分自身で考えていただきましょう。 すでにおわかりの方も、この際、再確認してみましょう。↓
さて、『金田一少年の事件簿』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」では、どういうシーンが出てくるか、見て見ましょう。↓
↑ 「殺された金堂(こんどう)氏」は、(4)を持っています。 これは、ワイン通を自称しながら、実際はちっともわかっていない人の持ち方だと、明智健吾は言っているわけです。
↑ 私は、この(1)~(5)のうち、一貫して(2)を持ってきたのです。(2)は間違っていません。 その理由ですが、
1. ワインは、振動と高温を嫌う性質があり、(4)や(5)を持ったのでは、手のひらの温度がボウルを通じてワインに伝わり、ワインの品質を低下させるから・・・・と一般に言われてきたようです。
但し、ワインは振動と高温を嫌うというのは間違いないのですが、ワイングラスに注がれてから飲むまでの短い時間、ボウルを手のひらで掴んだというくらいで急激に品質が低下するか、というと、それほどでもないのではないかという説もあるとかいうのですが、それなら、かつ、(4)や(5)を持った方が持ちやすいのならば、ワイングラスはこの形状をしている必要はないわけで、 「普通のガラスのコップ」でいいわけです。
たとえ、実際には、ワインをワイングラスに注いでから口に入れるまでの短い時間、ボウルを手のひらでつつんだくらいではワインの品質が急激に低下するということはなかったとしても、たとえ、それでも、ワインを大事にして少しでもおいしく飲みたいという気持ちがあれば、ボウルの下にステムという脚の部分がついたワイングラスでステムの部分を持って飲もうという気持ちになるのではないか、実際に、ボウルを持つことでどれだけワインの品質が低下するかしないかにかかわらず、ほんのわずかの品質低下でも防ぎたいという気持ちがあれば、この形状のグラスでステムを持つもので、(4)や(5)を持つような人間は、ある程度以上価値のあるワインを飲む資格はない、と本当の「ワイン通」なら考えるところかもしれません。
2. 私は、もともと、あんまり、ワインというようなタイプの人間ではなかったのです。 「ブルジョワ」か「プロレタリア」かというと、経済学上の正確な意味合いでではなく、あくまで、感覚的なものですが、まあ、「ブルジョワ」ではないわけです。 だいたい、ね。 大学でも「フランス文学科」なんて行く女ってのは、そりぁ、嫁入り道具と違うんかい? てイメージがあるわけです。 どっかの社長の息子とでも結婚してええ思いしてこましたろ、と。
「玉の輿のために、その1」 ⇒ フランス文学科
「・・・・・・・、その2 」⇒ 着付け
「・・・・・・・、その3」 ⇒ お茶(茶道)
「・・・・・・・、その4」⇒ おはな(華道)
て、なんか、そんな感じしませんか?
女性版俗物4種の神器( 一一) ・・で、カッコつけて、ワ~イ~ン~ とか飲んでみたりとか。
〔「あしたのために その1、その2、その3」⇒
《Dailymotion-あしたのジョー 第05話》http://www.dailymotion.com/video/x10ubux_%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC-%E7%AC%AC05%E8%A9%B1_shortfilms
《Dailymotion-あしたのジョー 第06話》http://www.dailymotion.com/video/x10wagh_%E3%81%82%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC-%E7%AC%AC06%E8%A9%B1_shortfilms 〕
高校から大学に行く頃、同じ年代の女性で↑みたいなことやる人がいたわけです。 20歳前後の男性にとって、女性のことを気にするななんて言っても、そんなわけにはいきません。 で、フランス文学科・着付け・お茶(「お~い、お茶」のお茶ではなく、「けっこうなお点前ですこと、オホホ」の方のお茶)・おはな をたしなむ女性になっていく、かつては同じ教室で学んだ女性を見ると、もしかして、自分もそういう女性に合うような男性にならないと、「女の子にもてない」のだろうか? とか、考えたこともまったくないわけではありません・・・・が、でも、そんなこと言われたって、そういうガラじゃないのですから、どうしようもありません。
慶應大学に在学中、父が、突然、仕送りを送るのをやめたということがあり、食べるものもなく、水は日吉台学生ハイツの部屋の水道から上水道が出るのでそれを飲めるとして、1週間ほど何も食べず、道の自動販売機の下あたりに、50円玉か100円玉でも落ちてないかと思って見て回ったことがあります。その時、日吉で私が知る限り一番高いレストランから、同じ宿舎に住んでいた東大の学生が出てきたのを見かけました。 彼なら、ワ~イ~ン~ とか飲むのじゃないでしょうか。もしかすると、その時も、そのレストランで、ワ~イ~ン~ とか飲んで来たかもしれませんね。 彼が一番高いレストランで食事をしていた時、食べるものもなく、買うお金もなく、空腹を抱えて苦しんでいた者としては、やっぱり、ワインなんてガラじゃないですね。慶應の生協のアンケートに「贅沢は敵だという時代じゃないんだから、安い物を安くではなく、もっと、いい物を置いてほしい」と書いていた人がいましたが、私などは、「贅沢してはならぬぞ、チャンコロ! 」とか毎日のように父から言われてきましたので、「贅沢は敵だという時代じゃないんだから、もっと、いい物を置いてほしい」などとアンケートに書くような人というのは、私とは、「身分が違う」し、「民族も違う」でしょうし、「階級が違う」のではないかと思いました。 その頃、私の頭の中で流れていた音楽は、まず、ロシア民謡の「ドビヌーシカ」・・・。 「ドビヌーシカ」を愛唱歌とし、心に常に歌っていた者に、ワインなんて、似合うわけがないじゃないですか。〔⇒《YouTube―SHALYAPIN Folk Song 1910 & 1924 Дубинушка(ドゥビヌーシカ) ШАЛЯПИН(シャリアピン)》https://www.youtube.com/watch?v=xeLxsBpzYDg&index=3&list=PL6BD5C1249C6F676B 〕
〖 「いらいらしたから仕送り送るのんやめたってん」とうちの父親が言って送金してこず、1週間ほど水だけ飲んで暮らした時、日吉の街を歩いて自販機の周囲に硬貨でも落ちてないかと見てまわった時、日吉にある店の中でも高いほうのレストランから出てきた、兵庫県の甲陽学院高校から1浪で東大文一⇒法学部に行って、私と正反対でアルバイトなど何一つしないで国家公務員1種試験合格で外務省に入った加藤を見た時、私の頭の中では「ドビヌーシカ」の歌が鳴っていた。ロシア語で「ドビヌーシカ (Дубинушка)」とは「棍棒」という意味で、ヴォルガ河の船曳き人夫が舟を曳く際に樫の木の棍棒に縄をくくりつけて舟を曳いたその樫の木の棍棒で、労働争議が実力行使に及んだ時にはその樫の木の棍棒が労働者の武器となった、というものだ。加藤を見て「民族の違い」「階級の違い」というものを実感した。あいつらはもしも酒を飲むときには「ワイン~」とか飲むのだろう・・て感じがした。大学の夏休み、大阪の家に帰ると、うちの父親が「あんた、あしたから、うちの会社の工場にアルバイトに行くことに決めてきたっ♪」と言って私に無断で「決めてきた」。私は「大学生」だった時、ずいぶんと様々な所にアルバイトに行かされて、行った先・行った先で「なんで、慶應の学生がこんな所にアルバイトになんか来るのお」「なんで北野高校の卒業生がこんなアルバイトなんかやるのお」と言われまくった。
うちの父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされた帰り、阪急宝塚線・箕面線「石橋」駅(現「石橋阪大前」駅)で、同じ中学校・同じ高校に行き、大阪大法学部に行った川村哲二という男と会い、「どこ行ってきたん?」ときくので、「うちの父親の勤め先の化粧品会社の工場でアルバイトに行ってきた」と話したところ、「へえ、そんなもん、やってんのん」とバカにしたように言われた。こちらも「どこ、行ってきたん?」ときくと、川村は「阪大の(冷暖房完備の)図書館で(椅子に座って)法律の本を読んできた」と言ったのだった。「民族の違い」「階級の違い」を実感した。近くに住んでいて・同じ小学校・同じ中学校・同じ高校に行って同じくらいの社会的評価の大学に行っても、私は川村哲二が冷暖房のきいた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたまさにその時に冷暖房なんか効かない工場で乳液とかクリームとか作らされていたのであり、私が冷暖房なんか効かない化粧品屋の工場で乳液とかクリームとか安い時給で作らされていたのだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものだった。うちの父親から「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」と毎日毎日言われたものだったが、毎日毎日言われ続けて、「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」と思うようになった。川村哲二は大阪大学の法学部に入学して決して4年目ではなく、5年目に司法試験に合格して弁護士になったが、川村哲二のおかあさんは「うちの子は司法試験も現役で通りました」と太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所中に叫びまくったが、「司法試験に現役で通った」というのは大学入学後4年目に通ることを言い、普通は4年間で卒業する法学部を5年行って5年目に司法試験に通ったというのを「司法試験に現役で通った」とは言わない。川村哲二が大阪大学の法学部に高校卒業する時に通ったのを川村のお母さんは「うちの子は京大でも通りました。阪大なら絶対に通ると北野高校の先生から言われました」と太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所中に叫んでまわりなさるのだったが、最初は「お母さんというのは自分の息子をいいように言いたいということなんだな」と思っていたが、そのうち、「それにしても、ええかげんうるさいなあ、このおばはんはあ。 ほんまにもう、ほんまにほんまにほんまにもう、ええかげんうるさいなあ、ほんまにい~い!!!!!
だいたい、お母さんは自分の息子をいいように言いたいのであろうけれども、いくらなんでも、うるさすぎるのだ。もう、ええかげんうるさいんや、ほんまにもうほんまにい~い
私は東京から大阪に帰る時、多くは「ドリーム号」という夜行バスか東京駅を夜11時40分頃に出ていた大垣行夜行普通に乗って大垣から西明石行に乗り換えて大阪まで帰るかしたものだったが、うちの父親から「こら、おまえ、夜行バスなどという贅沢なものに乗ってはいかんだろうが、チャンコロ。贅沢すんな贅沢を。おまえは夜行バスなどという贅沢なもんに乗ってはいかんだろうが」と言われたものだった。その頃、東京ー大阪間の交通機関の料金は、
飛行機エコノミークラス>新幹線普通車自由席>在来線普通>夜行バス
という順番で、どう捜しても夜行バスより安い交通機関は見つからなかった。ありうるとすれば、東京駅八重洲口から大阪駅まで夜行バスに乗ったが、大阪行きではなく京都行に乗って京都駅から大阪まで歩くという方法くらいか。同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から慶應大学経済学部に行った阪本彰という男は私と違ってアルバイトなど一切せず、それでいて私より高い金額の仕送りを送ってもらって私より豪勢な生活をした上で毎回、新幹線で往復していた。「ええなあ、阪本は。ええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ・・・、わしゃ日陰の月見草や」と何度も思ったものだった。私はおカネがないので昼は慶應大学の生協食堂の140円のカレーライスを食べ、夕食は日吉台学生ハイツの食堂のカレーライス300円を食べて、朝は菓子パンと牛乳という生活をしていたところ、うちの父親から「こら、おまえ、何を贅沢しとるんじゃ。140円のカレーライスなどという贅沢なもん、食ってはいかんだろうが、贅沢してはいかんだろうが。贅沢は敵だあ、とってちってたあ~あ!」と言われたものだったが、生協食堂の140円のカレーライスより安いものは見つからなかった。Wakatte.TV というYouTube で、ふーみん と びーやま が大学を訪ねて学生にインタビューするという動画を公開しているが、あほ大学の学生がけっこうええもん食うとるのを見ると、「ええなあ、うらやましいなあ。ほんまにええなあ」と思う。
何年か前、大阪府の阪大豊中キャンパスから遠くない不動産屋の私とそう年代が変わらないかと思われるおばさんが「最近の阪大の学生て贅沢ですよお。私らの頃とは全然違いますよお」と言うので「私らの頃は、贅沢は敵だあの時代でしたからね」と言うと、「それは戦前のことで私らの頃とは違いますけれども」と言うのだったが私の場合はうちの父親から「贅沢は敵だあ。欲しがりません、勝つまでは。撃ちてしやまん、一億火の玉、とってちってたあ~あ!」と毎日、言われてきた。日吉台学生ハイツにいた同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から同じ大学に行った阪本彰とか、阪本彰の友人で大阪市の桃山学院高校という大阪のあほ高校から慶應大学商学部に行った井上とかがけっこうええもん食うておった時に私は140円のカレーライスを食って「贅沢すんな、おまえは。何を140円のカレーライスなどという贅沢なもん、食うておるんじゃ。甘ったれるなチャンコロろすけイタコ浪商!」とうちの父親から何度も何度も言われたものだった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものを実感した。私は東京から大阪に帰る時はたいてい夜行バスか大垣行夜行普通に乗ったが、たまに新幹線に乗ったこともあったがその際、うちの父親が「新幹線の中でお弁当食べるとええ。あんたはとんかつ弁当や。わしはいつもうなぎ弁当食うねんけどな」と私にとんかつ弁当を食うように命令したが、何を食べるかなんて食べる人間がいいと思うものを選んで買えば良さそうなものなのに、この人、なんで、ひとの食べるものを決めるんだろう・・と思ったが、新幹線の東京駅と新大阪駅のお弁当売り場に行って見てわかった。東京駅のお弁当売り場でも新大阪駅のお弁当売り場でも、一番安いのがとんかつ弁当で一番高いのが うなぎ弁当だったのだ。そうか、なるほど・・とわかった。
生協食堂の140円のカレーライスは最初に食べた時はおいしいと思ったが、毎日毎日、朝もカレー・夕もカレー、次の日の昼もカレー、その日の夜もカレー・・とカレーライスばっかり食べているとそのうち嫌になった。私が生協食堂の140円のカレーライスを食べていた時に、それより豪勢なものを食っていた阪本彰とか井上とかを見ると、私が冬でも綿の服を着ていると、うちの父親から「こら、おまえは冬に綿の服なんぞ着てはいかんだろうが。おまえは冬なら綿よりもっと薄い服を着ろ。何を贅沢しとるんじゃチャンコロ! チャンコロは冬なら綿より薄い服を着ろ、チャンコロ!」と言われたものだったが、agriculture を アタマにアクセントを置いて agriculture と発音しないで、中ほどにアクセントを置いて agriculture と発音する慶應内部進学がブランドもんの服を着ているのを見ると、「ドビヌーシカ」の歌とともに、「聖なる戦い」の歌が耳に聴こえてきたものだった。〔 「聖なる戦い」⇒YouTube-[ソ連軍歌] 聖なる戦い 日本語歌詞付き Священная война https://www.youtube.com/watch?v=0mVN_kim94s )。
「ワイン~」などというものは、私が冷暖房などきかない化粧品屋の工場で汗をだらだら流しながら安い時給のアルバイトで乳液やクリームを作っていたまさにその時に冷暖房のきいた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたような川村哲二さんとか、私が東京駅八重洲口から出た大阪行き夜行バスに乗っていた時にいつも新幹線に乗っていた阪本彰さんとか、私が食べるものがなくて自販機の周囲に硬貨でも落ちてないか捜していた時に高いレストランで食事をしていた加藤さんとか、私が140円の生協食堂のカレーライスを食べていた時に常にもっと高い豪勢なものを食っていたあほ高校卒の井上さんとか、そいつらが飲むのがふさわしい飲み物ではないか、という印象がある。そいつらのことを思い出すと耳に「聖なる戦い」の歌が聴こえてくる。〔⇒YouTube-【ソ連軍歌】聖なる戦い 日本語版 Sacred War Japanese version (Song cover using ai) https://www.youtube.com/watch?v=ocenCJsOoXw 〕「ワイ~ン」などというものは、そいつらが飲むのものという印象が強く、「おまえは冬なら綿の服ではなく綿よりももっと薄い服を着るようにしろお~お」と何度も父親から言われてきた者としては・・どうしても反ワイン の立場になるものだ。
「抗日パルチザンの歌 野こえ山こえ」という歌もあり〔⇒YouTube-野こえ山を越え - Beyond the Field, the Voice of the Mountains (Japanese Lyr. Version & English Translation) https://www.youtube.com/watch?v=mse710ndbtw 〕、そこで「アタマンを叩きのめし~、将軍を追い払い~♪」という歌詞があるが、井上や加藤がアルバイトなど何ひとつしないで私が飢えている時に豪勢なものを食っていたのを思い出すと「井上を叩きのめし~、加藤を~追い払い~♪」・・という歌詞が頭にというより耳に聴こえてくるものだ。「お茶・おはなを叩きのめし~、フランス文学科を追い払い~♪」という歌詞が耳に聴こえてくるものだ。〔もっとも、この場合の「フランス文学科」とは女性版俗物4種の神器のフランス文学科のことであって、サルトル『言葉』や鼎談『反逆は正しい』とかジッド『女の学校』『ロベール』『ジュヌヴィエーヴ』とかユーゴ―『レ・ミゼラブル』とかのことではない。〕 どうも、ワインという飲料は井上や加藤が飲むものという印象がある。
似たような所に住んでいて・同じ小学校・同じ中学校・同じ高校から同じくらいの社会的評価の大学に行って、それで私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で安い時給で乳液とかクリームとか作らされていたまさにその時、冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでおられた川村哲二さまは普通は4年間の阪大法学部に5年行って5年目に司法試験にお通りあそばした上で弁護士におなりあそばした。少しくらいのハンデがあっても「なにくそ」と思ってやるべきだとか言う人があるが、将棋でも飛車角落ちとか飛車角香車桂馬落ちとかなら努力して苦労して工夫してすることでなんとか挽回して逆転することも可能性としてないことないかもしれないが「王さん1枚で戦え」言われても、勝てない。私は彼と競争しているつもりはなかったが、「川村くん」と比較するなら、いわば「王さん1枚で戦え」言われたようなものだった。
今では神戸大学法科大学院大学の先生さまになっておられるらしい。川村哲二さまが阪大に1年留年して5年目に司法試験にお通りあそばした後、川村哲二さまのお母さんが「うちの子は司法試験も現役で通りました」とうちに言いに来られたらしいが、「司法試験に現役で通った」というのは大学に入学して4年の年に合格したことを言うのであって、普通は4年間の法学部を4年で卒業しないで5年目やって5年目に通ったというものを「司法試験にも現役で通りました」とは普通は言えへんで。伊東市の市長選挙に出る人は東洋大学法学部除籍を東洋大学法学部卒業と選挙の際に言うと公職選挙法違反になるようだが、 大学に入学して4年目ではなく5年目に通ったのを「司法試験にも現役で通りました」とか近所の家に太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして言いまくるというのは、それはかまわんのか・・と、一度、神戸大学法科大学院大学の先生さまに質問してみたいようにも思うのだがどうだろうか。川村哲二さんが司法試験に合格した時、「大阪新聞」だったか「夕刊フジ」みたいなものだったかに大阪府での司法試験合格者の氏名が掲載されていて、うちの父親はそれを切り抜いて送ってきて「川村くんの爪の垢を飲ませていただきなさい」と書いてきたのだったが、私は心の底から川村くんの爪の垢を飲みたかった。飲めば川村くんみたいに私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていたまさにその時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読ませてもらえるものなら、川村くんの爪の垢でもち〇ぽ の垢でも喜んで飲んだわ。「弁護士は役に立たない」のはなぜか、理由のひとつとして、私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって安い時給で乳液やらクリームやら作らされていた時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいたお方が弁護士になっているのであって、決して逆ではない、川村くんが冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んでいた時に冷房なんか効かない化粧品屋の工場で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていた者が弁護士になっているのではないから、ということが間違いなくあるはずだ。「ワイン~」なんて飲むやつというのは、そういうヤカラ・・というイメージがどうしてもある。
私が冷房なんか効かない化粧品屋の工場で安い時給で汗まみれになって乳液やらクリームやら作らされていた時にまさにその時に冷暖房の効いた図書館で椅子に座って法律の本を読んで司法試験に合格して弁護士屋になったやつ、そういうことをして実際は大学入学4年目ではなく5年目に通ったくせしやがってからに「司法試験も現役で通りました」と事実に反することを太鼓を叩きラッパを吹き鳴らして近所に吹聴した母親の息子、迷惑なやつ、そいつの爪の垢を飲めと言われた者としては、そういう「長嶋みたいなやつ」はID野球・弱者の戦術でコテンパンにやっつけてやりたいところだが、あいにく、もう若くなくなってしまい、かつてのような元気はなくなってしまった。
※ YouTube-くたばれ読売で盛り上がった東京音頭 https://www.youtube.com/watch?v=_lGaI9y6XVA
(2025.11.21.) 〗

モンダイの弁護士: 弁護士って、ほんとうに人権を守る正義の人なのか (別冊宝島Real 28)

懲戒除名: 非行弁護士を撃て - 内田 雅敏
※ ドビヌーュカ(仕事のうた)⇒YouTube-仕事の歌 https://www.youtube.com/watch?v=yBp0cGJkEbw
〖 箱根の三井グループの保養所で泊りがけのアルバイトをした時には、「雑務」ということでの勤務であって「接客」は業務外だったはずだが、夕食時、追加でビールを欲しいと言う客があり、厨房のおばさんが「ビール持って行ってあげて」と言うので持って行くと、「私はアホ大学卒です」と顔に書いてあるおっさんが「おい、にーちゃん。どこの大学だあ」と言いよるので、答えずに黙っていると、「おい、にーちゃん、どこの大学だって。おい、きいてるだろ」と言ってしつこかった。そういえば、私はひとより歳を経て大学を卒業することになったことから就職は有利ではなかったが、今は別の場所に本社は移転したらしいがかつては東京駅の八重洲口側のビルに本社があった日立グループの日立金属(株) という会社に電話して「私は今、慶應大学の商学部の4年生ですが年齢が今、◇歳なのですが応募させていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねたところ、人事部の従業員の男性社員が「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います。何日でしたら来ていただくことができるでしょうか」と言われて日時を約束して行くと、人事部長だという男が出てきて「当社は応募していただくのは2年遅れまでというルールがございますので、応募していただくことはできません」と言い、それなら、なんで「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」などと言ったんだ? といううことになるが、なんで、わざわざ時間を取らせて日立金属(株)の本社まで足を運ばせておきながら、来社させてからそんなこと言うのだ? ということになるが、それならそれで「弊社の人事部の者が『ぜひ応募していただきたい』とお話して来ていただいておきながら誠に申し訳ありませんが」という一言がないとおかしいのではないか、と思ったがそういった言葉はまったく口にすることなく、「うちは日立ですからね」などと言い、「もっと下の会社を狙われた方がいいと思います。フン」などと言い、さらに「あ、エレベーターあっちです」などと暴言を吐いたのだった・・・が、日立金属(株)のあの男、いったい何様なんだ? 私は日立金属(株)という会社を「上の会社」とはその時も今もまったく思っていない。ひとが電話で「私は今、慶應大学の商学部の4年生ですが年齢が今、◇歳なのですが応募させていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねているのだから、「当社は応募していただくのは2年遅れまでというルールがございますので、応募していただくことはできません」というのならその時に言うべきことで、その時に「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」と答えて来社させた上で、「せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんが」とも言うことなく、「うちは日立ですからね」だの何だの言うというそういう態度を取る非常識な会社が「上の会社」であるとは思えない、相当「下の会社」であろう。そもそも、「うちは日立ですからね」などと言うが日立製作所(株)ではなく子亀会社の日立金属(株)であろうが。 そして、それから何十年か経って気づいた。あの男、あの人事部長の男、国立底辺大学卒だったのではないか、と。 ””日立の子亀会社〔日立製作所(株)以外の「日立何何」という名前の会社〕の人事部長、70%以上、茨城大卒。90%以上、国立駅弁大学、底辺の国立大学卒説”” というのは正しいのではないか、と思われるのだが、国立大学の中で底辺の大学卒の人事部長で「うちは日立ですからね」と自分自身ではなく勤め先の会社の名前、特に《「日立金属」ではなく「日立」と言いたい症候群》の男としては、自分より上の大学の人間に、実は採用を検討する気はないにもかかわらず「履歴書を用意していただいて、ぜひ来社していただきたい」と電話で行って来社させた上で、「うちは日立ですからね。フン!」「エレベーター、あっちです」と言ってやる、ということに快感おぼえていたのではないか。そういうビョーキ男だったのではないか、と思われる。 そういう「国立の中では底辺大学卒の男が人事部長になってる程度の低い会社シンドローム」の病人会社が日立金属(株)だったのではないか。ウィキペディアープロテリアル https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AB によると、日立金属(株)はプロテリアル(株)に《 2023年に日立金属株式会社(ひたちきんぞく)から社名変更した。》そうで、《 2022年(令和4年)東京証券取引所プライム市場上場廃止。》して未上場の会社になり、《 2024年(令和6年)配管機器事業を分社化し、同社の全株式を岡谷鋼機株式会社へ譲渡。 2026年(令和8年)自動車鋳物事業を分社化し、米国ファンドへ売却。》で《米国ファンドへ売却》されたプロテリアル(株)は 《 主要株主 株式会社BCJ-52 100 %(2023年3月31日現在)》という会社になったらしい。もはや「うちは日立」ではなくなったてことか。 そうなると「うちは日立ですからね」とあほ人事部長が切り札みたいに言う文句を使えなくなってしまうのではないか。困ったねえ、「日立」以外にほかに取り柄なさそうな人事部長はいったいどうするんだい? 「うちは日立」でなくなったなら、日立でなくなった会社ならば、もはや、茨城大閥なんて消えるのは時間の問題だろうな・・( 一一)
その日立金属(株)〔現 プロテリアル(株)〕のおそらく国立の中では底辺大学卒の人事部長がとった態度と三井グループの箱根の保養所に来た「私は五流大学卒です」と顔に書いてあったおっさんの態度とは共通点がある。「うちは日立ですからね」であろうがなかろうが、ひとに「弊社は応募していただく方に年齢制限は設けておりませんので、履歴書を用意していただいてぜひ応募していただきたいと思います」と言って来社させておいて、顔を合わすなり「せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんが」という一言すらも口にすることなく「当社には応募していただくのは2年遅れまでというルールがありますので応募していただくことはできません」「うちは日立ですからね」だのと言うのは許されることではない。それが「日立」なのか? それだと「日立」というのはずいぶんと程度の低い会社だということになるな・・( 一一) ( 一一) その態度と共通しているのが三井グループの保養所に来た「私は五流大学卒です」と顔に書いてあったおっさんだった。国立の中では底辺大学卒の人事部長が「うちは日立ですからね」などと言うておったと同様に、私立五流大学卒のおっさんとしては「うちは三井ですからね」とか、もしかすると思うておったのかもしれんが、「三井」なら「雑務」ということでの労働契約で勤務している人間に、程度の低いおっさんの相手する「接客」をさせてよいのか・・というと、そうではあるまい。「ここに客として来るようなやつは三井グループでも下の方の人間だから」とアルバイトに来ていた玉川学園大の学生が言っていたが、そうなのかもしれない。プロテリアル(株)という会社は会社名から「日立」を取除いたら何が残るのだろうか? 国立大の中では下の方の大学卒の人事部長の傲慢だけが残った・・なんてこと・・あるか、ないか・・・。
そのおっさんとしては、保養所で泊りがけのアルバイトで「雑務」なんてやっているような大学生は五流大学の学生だと思って、「そんな大学か」とバカにしたかったようで、もしも東大に行っていたならば「東大です」と言えば「犬吠埼灯台(いぬぼうざきとうだい)かい」とか言いよるであろうから、「残念、塩屋崎灯台(しおやざきとうだい)です」(⇒YouTube- 塩屋崎 美空ひばり https://www.youtube.com/watch?v=F9Tl2vb6usA )と答えればよかったのだろうけれども、東大に行っていなかったので言えなかった。それから何十年か経って、「そうだ。こう答えてやればよかった」と気づいた。その保養所に来ていた神奈川大の学生が「大学の名前をきかれた時には『東横線沿いのK大学です』と答える」と話していたのだが、そう言えばよかったのだ。「東横線沿いのK大学です」と言えば、保養所に客として来ていた三井グループの会社の下っ端のおっさんは「東横線沿いのK大学というと神奈川大かい?」と言うであろうから、「そんなところです」と言えば、「そうか」と優越感にひたって満足しよるであろうから「御主人さんはどこの大学でておられるのですか?」ときいてやれば、「俺は法政だ」とか「俺は専修だ」とか答えよるであろうから、ふ~みん みたいに「Fランや~あ。みじめ(笑)」とか「最底辺、あ~っはっはっはあ~あ♪」とか「地の底の大学やあ~あ。偏差値ひく~う♪」とか「マーチの『チ』は地の底のチ」とか言いたいところだが、言うとまずいから、そこは心にぐっとこらえて、「法政ですかあ。す、ご、いですね~え。私なんか、法政なんか行きたいと思っても絶対に行けませんでしたわ。すごい、すごい、すごい、すごい♪ さすがですよ。さすが、さすが、さすが、さすが♪ さ、す、があ~あ♪ 私なんか法政なんて、たとえ行きたいと思っても絶対に行けませんでしたよ。すごいですねえ~え。いったい、どうやって行かれたんですかあ」とでも言ってやれば大喜びして「手の舞、足の踏むところを知らず」みたいになりよるであろうから、そう言ってやればよかった・・と思ったがそう言えばよかったと気づくのが遅かった。嘘ではない、私は法政だの専修だのなんて、行きたいと思ったことなんか一度もなかったが、たとえ、行きたいと口にしたとしても「ふざけんな」と言われて受けさせてもらえないはずだった。「法政なんか、たとえ行きたいと思っても絶対に行かせてもらえませんでした」というのは嘘ではない。ほんとのことだ。 そう言ってやればよかったと気づいたが気づくのが遅かった。
箱根と言っても私が「雑務」の仕事を泊りがけでやったのは箱根でも下の方、宮城野橋というバス停から何分か歩いた所で、西側の谷を隔てた向こう側の山の中腹を箱根登山鉄道が走っていて、その山の上が強羅(ごうら)だ。慶應の内部進学のやつとかは向こう側の山の上の強羅とかのホテルで宿泊してワイン飲みよるわけで、三井グループでも下っ端のおっさんは箱根でも強羅より格下の宮城野橋の保養所でビール飲みよるわけだ。その「私は五流大学卒です」と顔に書いてある格下のおっさんにビール届けていたのが私だったのだ。⇒YouTube-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8 強羅で慶應内部進学が飲むのがワインで、宮城野橋で三井グループの下っ端の五流大学卒が飲むのがビールで、それを運ばされるのが私だった。ワインとビールとその下との関係だった。まさに「民族の違い」「階級の違い」というものだった。 〔⇒YouTube-Traditional: The song of the Volga boatman(ヴォルガの舟歌) (Recorded 1922)https://www.youtube.com/watch?v=1g1_U2MFODs
⇒YouTube-This Old Hammer Killed John Henry(この古いハンマーがジョン=ヘンリーを殺した)https://www.youtube.com/watch?v=omRJMtKOLOY 〕 慶應内部進学がワイン飲んでる・・(のではないかという感じの)強羅から東の谷底を見ると私が「雑務」をやった宮城野橋があり、そこの安い保養所でビール飲んで「おい、にーちゃん、どこの大学だってきいてるんだ」とかまだアルコール飲んでないだろうが・・というおっさんからからまれる「接客」の仕事・・は「雑務」の業務のうちに入っていないはずだったがそれをさせられていた。立地からして宮城野橋は強羅から谷底の方を見た下の方に立地していた。その強羅という場所に一度、行ってみようかと考えてみたこともあったが、やっぱり行きたくないなあ・・と思った。まさに「民族の違いを忘れるな」「階級の違いを忘れるな」というものだ。内田康夫は軽井沢なんて所に住んだが、軽井沢だの強羅だのなんて慶應内部進学の民族がいそうな場所、「長嶋みたいなやつ」がいそうな所なんて、慶應内部進学は公立高校の生徒および公立高校出身者をドジンだと思っているのだが、ドジンがわざわざ行く所でもないだろうし行ってもしかたがないであろう。日陰の月見草には宮城野橋の方がまだいい・・・。
(2025.11.21.) 〗
ナポレオンがロシアに攻め込んだ時、ロシア人は「ナポレオンがいくら強くったって、俺たちにはウオッカがあるぜ」とか言っていたとかいう話があり、又、ロシア革命の時にアメリカ合衆国に亡命したドン=コサック合唱団〔⇒《YouTube―Don Kosaken Chor(ドン=コサック合唱団) - Stenka Rasin(ステンカ=ラージン)》https://www.youtube.com/watch?v=AEnSMa-lTzM 〕の指揮者セルゲイ=ジャーロフが、「ああ、ロシアに帰りたいなあ。アメリカ(合衆国の)金ぴかの御殿みたいなホテルにはあきあきしたよ。ああ、ロシアの居酒屋で一杯やりたいなあ」と語ったという話をどこかで読んだのですが、「ロシアの居酒屋」で飲む酒となると、ウオッカでしょうから、ワインは似合わないとして、ウオッカを飲めば似合いそうな感じもしないではありませんが、なにしろ、ウオッカというのは、「うかつに飲むと、四日酔いする」と言われるくらい強い酒らしく、二日酔いではなく四日酔いなんかしたあかつきには、仕事に差しさわりがでますし、四日酔いしてられるほど余裕もありませんから、そうなると、ワインと「庶民の酒 ウオッカ」と、どっちが「ブルジョワ」かなんだかよくわからなくなってきます・・・・が、あくまで、雰囲気の問題として、あんまり、ワ~イ~ン~ てガラじゃなかったわけです。
〔 もっとも、最近、ロシア軍のウクライナ侵攻からテレビによく出るようになったロシアの軍事が専門という東京大学准教授の小泉悠 さんが「最近のロシア人はあまりウオッカは飲まないみたいで、むしろ、ワインをよく飲むようです」と話していて、「クリミア併合以来の経済制裁で、西側の国からワインが入らなくなると、今度はロシアの自国でワインを作るようになって、そうなると、けっこう品質がいいワインができるようになったらしくて、考えてみると、ロシアは農業国で葡萄が取れるし、教養水準も低くないから自国で作ろうと思えば作れるんです」と話していて、今はロシア人はウオッカよりもワインの方を好むらしい。 ・・二日酔いならまだしも四日酔いなんてしたらたまらん。(2025.11.20.)〕
しかし、住宅建築業の会社に勤め、そんなこと言ってられなくなったわけです。 住宅にはキッチンというものがあるわけです。 個人の住宅にも小規模のワインセラーを設置する方もありますし、そこまでいかなくても、ワインの1本くらい飲もうという方はお施主様にあるわけですから、ワインとはどういうもので、どのように保存するべきかまったく知らないというわけにはいきません。 キッチンには食器を収納する食器棚が必要ですが、食器棚をどうするか考えるには、どういう食器を収納するかも考えないといけません。 で、ワイングラスって、なんで、こんな形をしてるのだろう、とか考えるわけです。 収納しにくいし、洗う時だってわりやすいのに。 そして、キッチンスペシャリストhttps://www.interior.or.jp/ks/ の資格を取ろうとすると、学科試験で、ワインとはどういう性質があり・・・、食器にはどういうものがあり・・・といった知識も問われます。 そうなると、自分がワインを飲むか飲まないかにかかわらず、まったく、知らないではすみません。 まったく知らないでは住宅建築業の業界で仕事をしていくのは困るでしょう。それで、学習したのです・・・が、それより前においても、ワインについてまったく知らない時点においても、私は、(2)を持っていたのです。
なぜなら・・・、そりぁあ、↑の形状のガラスの容器を見て、どこを持つか? 特別、よく考えずに持っても、(2)と違いますか? そんなもん、普通、(4)とか(5)とかなんて、持つか? 持たんだろう、普通は・・。
特別、難しく考えなくても、一番、持ちやすい所を持てば、結果として、(2)を持つと思うのだ。そうでない人もいるのかもしれないが、私の場合は(2)が持ちやすかったのだ。
3. それから、「頭寒足熱」とも言います。 人間にとっては、足元は温かく頭は涼しいのが健康に良いしここちよいのです。 たとえ、暑い夏だって、足の裏と手のひらは温かい方がここちよいのです(き○たま は暖めない方がいいですけど)。 ですから、冬場、暖かいお茶を湯呑にいれて、それを両手で抱えた上で飲むというのは気持ちいいとしても、だからといって、夏場、冷たい水なり麦茶なり清涼飲料水なりが入ったガラスのコップを一生懸命両手のひらで抱え込むかというと、そうはしませんでしょ。 同じく、ワイングラスにしても、ボウルの部分を手のひらで包むように持ったって、気持ちがいいわけないのです。 その理由からも、ステム(脚)の部分、(2)を持つことになりますでしょ。
いったい、何がうれしゅうて、わざわざ、(4)とか(5)を持ちますのん・・・・?
ところが。 持つ人はいるわけです。 『金田一少年の事件簿』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」で、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は、(4)を持っていたわけです。 持つ人、いるのです。(4)を。
『金田一少年の事件簿』「明智健吾の事件簿」は、(1)~(5)のうちのどれを正解としたか、答えは↓
但し、↑の絵は、(2)を持っていますが、(3)でも間違いではないようです。 『美味しんぼ』で山岡士郎がどういう持ち方をしているか見て見ましたら、(2)を持っている絵と(3)を持っている絵の両方がありました。 パーティーか何かで他の人と歓談しながらワインを飲むというような場合、(2)を持つ時は指ではさんで持つことになりますから、人によっては指が疲れるのではないかと思うのです。 中指・薬指・小指でステムの部分を押さえながら、親指と人差し指で作った輪でボウルの下端(3)を受けるような持ち方をした方が楽だという場合もあるのかもしれません。 [第371回]《間違っていないらしい天皇のワイングラスの持ち方。暴走族みたいな「建築家」、大久保清みたいな「建築家」》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_9.html で毎日新聞の写真で掲載した天皇のワイングラスの持ち方はその持ち方です。
ですから、結論としては、ワイングラスの持つ位置は、(2)もしくは(3) ということになりそうです。
インターネットで検索しますと、(1)を持っている人の写真が出ています。 ワイングラスは、ワインに手のひらの熱を与えないようにステム(脚)を持つと言われると、ステムでも下の方を持たないといけないと思って(1)を持っているというケースもあるかもしれませんが、そうではなく、きき酒会のような場で、私はこれを飲んでいますと人に示すような場合などは、見えやすいように(1)を持つということがあると、どこで読んだのだったか忘れてしまいましたが、どこかで読みました。 実際には、(1)(2)は、ボウルの中のワインに手のひらの熱を伝えるということはないし、(3)もそれほどないので、(1)(2)(3)は実際に飲む人が持ちやすい方法で持てばよいのかもしれません。 (1)はきき酒会か何かで自分が飲んでいるものをひとに見せるとかいう事情でもなければ、(2)(3)に比べて、持ちやすい持ち方ではないと思いますが。
(4)を、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は持っていたわけです。 そのあたり、金堂氏がワイン通であるかのように言いながら、実際にはワインについてわかっていない人間であるということを知っている犯人が、そこにつけこんで、他の人間なら飲まない部分に毒を入れて殺した、というのが『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』所収の「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」ですが、その話は同書をご覧いただくとして、(4)なんて、特別、ワインに詳しくなくても、普通、そんなところ、持たんだろう・・・と思うと、持つ人いるのです。 ましてや、(5)なんて、物好きに持つ人間なんておらんだろ、普通はあ・・・・と思うと、いたのです。(5)を手のひらで、グワッとわしづかみにするおっさんが。 どこにいたかとういと、千葉市中央区に本社があった新華ハウジング有限会社〔建設業。不動産業部門はビルダーズジャパン株式会社。2013年に倒産。他に、不明業としてジャムズグローバルスクエア(株) 〕の設計の仕事をしていた、「一級建築士」「建築家のつくる家」というコピーを名刺にいれていたN村設計事務所のその自称「建築家」のおっさんが、2010年12月の新華ハウジング(有)の忘年会で、(5)をお持ちになったのです。 なんだか、「建築家」て、おもしろいワイングラスの持ち方するね♪ ・・・バッカじゃなかろかルンバ♪とか言いたくなってくるのですが、ユニークだね♪ 〔⇒《YouTube― 野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り) 》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs 〕 しかし、一級建築士て、なんか、おもしろいワイングラスの持ち方するよね♪ もし、それが一級建築士というものなら、ですが。 まあ、一級建築士にもいろいろあるか・・・。
誰しも、知っていることもあれば知らないこともある、誰しも、わかるものもあればわからないものもある、というのは、その通りです。 しかし、「一級建築士」「建築家のつくる家」というフレーズを名刺に入れている真っ赤なスポーツカーに乗って、なんか変わった帽子かぶってる自称「建築家」のおっさんは、もともと、ワインなんて柄じゃない私が住宅建築業の世界で勤めて行く以上は知らないではすまないと思って学んだことを学んでいないわけです。 「一級建築士」だの「建築家」だのと名のっておきながら。 まあ、「一級建築士なんて掃いて捨てるほどいる」し、そもそも、建築士という資格はあっても、「建築家」なんて資格があるわけでもなく、言った者勝ちですから、言いたきゃ誰だって言えるのです。 そういう胡散臭い自称「建築家」がゴマンといますから、そんなのと一緒にされたくないので、私は言いませんけどね。 だいたい、「丹下健三のエピゴウネンになりたいなりたいと日夜思ってる男」なんてそんなものになりたいとは思いませんし。 で、世の中、学歴を詐称したり資格を詐称したりする人間なんてゴマンといるわけですが、「建築家」「一級建築士」と称するおっさんは、その「一級建築士」は詐称かというとそうではないと思いますが、「一級建築士ですからそうでない人より何でもよくわかっていますよお」というアピールの方は詐称だったわけです。 詐称でしょ、それ。ワインが何たるか、ちっともわかってなかったんでしょ。 違いますか。
一級建築士の資格を取得して悪いということはないが、もともと、「足の裏についたご飯つぶ」と言われる資格、大学の建築学科を卒業した者にとって、「とらなきゃ気持ちわるいが、とったからといって、それで食えるものでもない」という資格であり、1990年だったが、小堀住研(株)〔⇒エスバイエル(株)⇒ヤマダエスバイエルホーム(株)http://www.sxl.co.jp/ 〕の東京支店自由が丘営業所(展示場)にいた、東京電話大学だったかそんな感じの名前の私立大学の建築学科卒だというT橋K一郎(男。当時、30代半ば)が、自分のことを「『私どもの課長は、建築士の資格は持ってませんが、大学の建築学科を出てますから』とぼくのことを言えばいい」と私に言ったのだが、その文句って、要するに、「うちの課長のT橋K一郎は小学校から高校までちっとも勉強しなくてろくな大学に行けなかったどうしようもない男ですが、小学校から高校までちっとも勉強しなかった人間のくせしてからに、あつかましくも、私立大学のしかも法学部や経済学部なんかよりずっと高いカネがかかる建築学科なんて行った人間ですが、なにしろ、できの悪いヤツで、アホ大学卒だけあって、もう、30代の半ばですが、一級建築士はおろか、二級建築士も木造建築士も合格できない、どうしようもないアホもアホもアホアホアホなんですよ。30代の半ばにもなって一級建築士も二級建築士も通らないくせして、名前と受験番号さえ書けば合格の私立大学の建築学科出てますとか言ってそんなの自慢にしようとしてるんだから、バカだよねえ~え。」と言ってるのと一緒と違うのか? と思ったのだが、そういう人間に比べれば、「一級建築士」と名刺に入れて「売り」にしてるおっさんの方がマシなのかもしれんが、それにしても、一級建築士の資格を持っていたとしても、それは、一級建築士という資格試験の学科試験に出題される内容について勉強しました、製図試験に出題される問題を合格できるレベルの製図力がありましたということと、建築士の場合は、役所に手続きをするような際に、法律で、こういう行為は建築士でないとやってはいけません、これは二級建築士か一級建築士でないとやってはいけません、これは一級建築士でないとやってはいけませんと規定されたものがあるということで、そういう作業をするには建築士の資格を持っていなければいけませんが、別に、建築関係について何でも知っているわけでもないし、そもそも、「何でも知ってる人間」なんているわけないじゃないですか。 自己紹介として、一級建築士を持ってますと簡単に言うのはいいが、「一級建築士」「建築家のつくる家」とか「売り」にしだすと・・・、ちょっと違うと思うぞ、ということになります。
かつ、彼の場合、もうひとつ、「売り」があって、「三井ホームの家の設計をしていた」とかいうのがあったのです。輪をかけたようにアホです。三井ホームhttp://www.mitsuihome.co.jp/ というのは、住宅展示場に「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」と横断幕をかけたりしているのですが、現在はインテリア産業協会がおこなっている民間資格で一時は通産省認定の国家資格になっていたインテリアコーディネーターhttps://www.interior.or.jp/ic/ というのは、もともと、三井ホームが始めた三井ホームの社内資格らしく、1960年代終わりに私の親が小堀住研(株)で家を建てた頃はどこの会社でもインテリアコーディネーターなんてものはいなくて、「色合わせ」「仕様うちあわせ」は設計や営業が担当しておこなっていたのですが(その頃、三井ホーム(株)なんて会社は地球上に存在していませんし)、三井ホームがツーバイフォー工法という最初は構造に魅力がなかった構法で建て始めた頃、自社の建物に付加価値をつけるために、社内資格としてインテリアコーディネーターというものを始めてその社内資格を持たせた女性に「色合わせ」「仕様うちあわせ」をさせたのですが、それにつられたのかどうか、他の会社でも「色合わせ」「仕様打ち合わせ」を設計や営業ではない他の女性に担当させるようになったのですが、インテリアコーディネーターは三井ホームの社内資格でしかなかったので他の会社の担当者は持っていなかったのですが、そのうち、社内資格ではなく世間一般の資格になり国家資格にもなったのですが、それでも、三井ホーム以外の会社はそれほど重視していなくてインテリアコーディネーターの資格を持っていない人に担当させていたのですが、三井ホームの場合、その仕事をする人の資格がインテリアコーディネーターでしたから、インテリアコーディネーターの資格を持っている人が担当していたのです。かつ、ツーバイフォー工法というのは、構法に特色がないということから内装に力を入れて、在来構法の会社などより高いクロスを使ったりしていたのです。一般に、高いものを使うのと安いものを使うのでは高いものを使った方がよく見えておかしくありません。 そういうものだったのですが、今は、インテリアコーディネーターの資格が一般に浸透して、大手のハウスメーカーはインテリアコーディネーターの資格を持っている人に担当させることが多くなったので、「・・・とインテリアコーディネーターのつくる家」なんて言っても、今は大手ハウスメーカーはたいていそうなのですが、それでも、今だに、「・・・とインテリアコーディネーターがつくる家」とか言うとるわけですよ。
で、「建築家と」の方はどういうものかというと、このフレーズだと、三井ホームに頼むと、「少し前まで生きていた人」なら丹下健三とか黒川紀章とか、「今、生きている人」なら磯崎新とか槇文彦とか安藤忠雄とか隅研吾とか、なんか、そういう「建築家」が自分の家の設計を担当するのか? と思いそうになりますが、そうではなく、「そのへんの設計事務所のおっさん」が担当するのです。 もともと、三井ホームというのは、住宅建築業の会社としては後発の会社で、最初に住宅建築業を始めた時点で設計担当はいなかったわけです。 最初、設計担当がいなかった会社としては、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ なんてのは、かつては、「間取りをどうするかなんてことは、どうでもええことなんですよ」とか無茶苦茶言うとったのですが、1980年代から1990年代初めくらいまで、小堀住研(株)では、「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」と言い、「小堀の家」「小堀ならではのデザイン」を売りにして、その「小堀ならではのデザイン」の設計をできる設計担当がいますよ、というのを売りにしていたのに対し、三井ホームでは、自社で設計担当者を持たずに、「そのへんの設計事務所のおっさん」に設計の仕事をまわしてさせたわけで、その「そのへんの設計事務所のおっさん」のことを「建築家」と言いおったわけです。ものは言いようですよ、ものは言いよう! 「そのへんの設計事務所のおっさんが設計して、インテリアコーディネーターの資格を持っている人が担当して内装のコーディネートはします」ということを「建築家とインテリアコーディネーターのつくる家」と書いて今だに横断幕をかかげとるわけです、三井ホームは。 それが、「建築家」てやつなんです。
三井ホームはその「建築家とインテリアコーディネーターのつくる家」というのを今だに「売り」にしているようですが、「そのへんの設計事務所のおっさん」の方では、三井ホームのコピーのパクリというのか、三井ホームのぱちもんコピーというのかで「建築家のつくる家」という文句を名刺に入れとるわけです(私は、家というものは、建築家がつくるものではなく、建築屋とお施主様が協力して作るものだと思いますけれども。そのあたりが「建築家」というのはなんか変わっとるわけです。「建築家」がつくるものだと思うとるのです。あつかましいですね。)それに、毎度ばかばかしい「いっきゅうけんちくしい~い」というヤツを名刺に入れて、さらに追い打ちをかけるように、「三井ホームで設計の仕事をしていた」というフレーズまで言い出すわけです。 暴走族みたいな真っ赤な羽根つきのスポーツカーに乗って、ちょっとかわった帽子かぶって、大久保清みたいに「普通のサラリーマンとは違う格好」して、大久保清が「画家」を名のったごとく、「建築家」を名のりおるわけです。 ・・・そして、ワイングラスを、(5)の位置をグワッとわしづかみにするわけです。 「三井ホームの設計の仕事をしていた」「建築家」は。
世の中には、「ワインなんてうちは飲まないから」というお施主さんもおられます。 だから、ワインを飲まない人専門の設計担当として活躍すれば・・・とか思う人もいるかもしれませんね。 でも、私は、(5)をグワッとわしづかみにして得意がってるような「建築家」に家を頼みたくないね・・・・。 (5)をグワッとわしづかみするような、そういうキッチンを作られそうで、ね・・・。 そんな感じがしませんか? そんな感じの家を作られそうな感じがしませんか?
「殺された金堂氏」「実際にはワインのことを全く理解していなかった」金堂氏は、空調メンテナンスの仕事をする会社の経営者だったようですが、「実際にはワインのことを全く理解していなかった」人に空調メンテナンスの仕事を頼むとどうなるか。
『金田一少年の事件簿 R(リターンズ) 10』「ソムリエ明智健吾の事件簿 最終回」は、その解答まで書いてくれているのです。↓
ワインとワイングラスについて、(5)をグワッとわしづかみにするような自称「建築家」は、他の問題についてもその調子ではないのか、と思われておかしくありません。 ワインを飲まない人だってあるかもしれないけれども、それなら、他の酒はどうなのか、ワインについて(5)をグワッとわしづかみにするような自称「建築家」は他の酒も他の飲み物も他の食べ物についてもその調子と違うのか、ということになる。 ・・となると、「キッチンのない家」の設計専門でやってもらおうか・・といっても、「キッチンのない家」てあるか?
昔から、大工にたいするけなし言葉として、「叩き大工」(継手・仕口といった加工をする能力がなく、何でも釘で打ちつける大工のこと)・「口大工」(普通は、大工というものは腕で仕事をするはずだが、腕で仕事をせずに、口で仕事する者のこと)、そして、「雪隠大工(せっちんだいく)」(座敷の仕事なんかさせるわけにいかないので、便所専門)という言葉があったが、「雪隠いっきゅうけんちくしい」「雪隠建築家」あるいは「雪隠三井ホーム」でやってもらうしかないか・・・・。
で、実際、N村が設計した市原市の I 邸は、[第231回]《住宅建築業界 職歴詐称を見破る方法(2)筋交いの向きがわからない者・自分の工事現場を見に行かない者 》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_13.html で述べたように、筋交いが逆向きに入っていたわけです。 なんで、逆向きに入れるかなあ~あ・・と思うと、N村は、筋交いの場所だけ指定して向きを指定しなかったというのです。 筋交いという耐力壁は方向性があって、効く方向と効かない方向があるのです。そうである以上、筋交いというものは、入れる場所を決める時には同時に方向も決めていないとおかしいはずです。建築は構造と機能とデザインの3つをとも実現してこそ建築であり、そうである以上、筋交いの向きを決めずに場所だけ決めたような図面を作っても設計したことになりません。それを、筋交いの場所だけ決めて向きを指定せずに話を進めて、工事に入ってしまった。 大工は「図面で指示されたように、俺は入れたんだ」と言うが、設計したN村が向きを指示していないのに、大工の手元にいった図面で逆向きを指示していたというのは、いったい、誰が指示したのかというと、「プレカット工場が決めています」と自称「工事責任者」の「ブタクサA」(仮名)は言うのです。「なんで、プレカット工場が筋交いの向きを決めるのですか」と私は何度も言ったが、「ブタクサA」(仮名)はきかなかった。〔⇒[第434回]《プレカット工場を異常に信用する男[1]プレカット工場が大丈夫だと言えば逆向きの筋交いでも大丈夫か?》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201607article_14.html 〕
N村は、筋交いの向きを決めることなしに場所だけ決めるような無神経な人間なのだから、そういう人には、筋交いという方向性がある耐力壁を使用する在来構法ではなく、方向性がない合板を耐力壁として使う枠組壁構法(ツーバイフォー工法)か木質パネル構法の設計をやってもらうしかないか・・・と思うと、枠組壁構法(ツーバイフォー工法)の三井ホームの設計を彼はやっていたわけだ。 だから、彼の「三井ホームで設計やってた」というキャッチフレーズは、良いとか悪いとかいう意味で考えるのではなく、「耐力壁として方向性がない合板を耐力壁に使う枠組壁構法(ツーバイフォー工法)ならいいかもしれないけれども、方向性がある筋交いという耐力壁を使う在来構法の設計をさせるのは危ないですよ」という意味だと理解するべきだったのだ。
大工のけなし言葉として、他に「ツーバイフォー大工」「型枠大工」というのもあるが、これは、本来はけなし言葉ではなく、ツーバイフォー工法の建物を扱う大工、鉄筋コンクリート造の建物の型枠(コンクリートを流し込むための枠)を作る大工という意味で、仕事の種類を意味する言葉なのだが、在来構法の大工には、ツーバイフォー工法の大工や型枠の大工は在来構法で家を建てる大工より下だという意識の人がいて、本来は仕事の種類のことを意味する「ツーバイフォー大工」もしくは「ツーバイ大工」、「型枠大工」をけなし言葉のニュアンスで言う人もあったらしい。 この表現をまねるならば、N村は「ツーバイいっきゅうけんちくしい」「ツーバイ建築家」ということになる。 「ツーバイ三井ホーム」は、もともと、三井ホーム(株)はツーバイフォーだからそれでいいかもしれない。(三井不動産(株)が販売の建売住宅で、施工:三井ホーム(株)で在来構法の家が中にあるようだが。)
今、調べてみたら、このブログでも、ワイングラスの持ち方について、すでに、
[第2回]ワイングラスはどこを持つべきものか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201101article_2.html
[第185回]『美味しんぼ』に学ぶ ワイングラス・ゴブレットの持ち方vs「建築家」式持ち方。及、20代の貧乏な生活 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201306article_2.html
[第371回]間違っていないらしい天皇のワイングラスの持ち方。暴走族みたいな「建築家」、大久保清みたいな「建築家」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_9.html
と3回述べていた。 まあ、しかし、特別、ワインに詳しくなくったって(5)をつかむ人なんて、あんまりないと思うけどねえ~え・・・・・。
☆ 『金田一少年の事件簿 R 10』(講談社)をアフィリエイトにつけようと思ったが、字数制限でつけられなくなった。 アマゾンだと https://www.amazon.co.jp/%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%81%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E7%B0%BFR-10-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%86-%E3%81%B5%E3%81%BF%E3%82%84/dp/4063957403 で注文できる。
(2016.8.30.)



この記事へのコメント