大八賀神社(おおはちがじんじゃ)(高山市松之木町)参拝-高山シリーズ第4回≪2≫
[第458回] 高山シリーズ 第4回≪2≫
日の出天満神社(岐阜県高山市松之木町)は≪ 以前は松之木町の大八賀神社に属していたが、・・≫と岐阜県神社庁HP の「日の出天満神社 詳細」http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3318&shrname=%E2%98%85%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85 に書かれていますが、その 大八賀神社(おおはちがじんじゃ)(岐阜県高山市松之木町)を訪ねました。
日の出天満神社からは、北へ(国道158号の方へ)向かって進み、突き当りを右に行って、また、突き当りを右に行って、国道158号から南に進む道に合流した所で東に行く道をまっすぐに行くと、また、国道158号から南に進む道にぶつかり、そこの正面に、「大八賀神社 南参道」と書かれた石碑が立っている山道があります。↓
( ↑ 大八賀神社 南参道 入口。 クリックすると大きくなります。右の石碑には「大八賀神社 南参道」と書かれています。)

はたして、どこまで登るのか、登って行ってどんな神社があるのかと、期待と不安というより、不安と期待を持って登って行くと、西の方向、高山市街の方向の見晴らしはなかなかです。↓
↑ 右手に見える手前から向こうへの道が国道158号です。
そして、登って行った所には、けっこう大きな社殿があります。↓
大八賀神社(おおはちが じんじゃ)の現地での説明書きには、
≪ 祭神 菊理姫命(くくりひめのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
(相殿) 住吉大神(すみよしのおおかみ) ≫
と出ており、また、
≪ 大八賀郷の中央に位置する松ノ木の里は、鍋山城を前面に三仏城を背後にして戦略上要がいの地であった。≫と書かれています。 たしかに、行ってみると、大八賀神社の場所はそんな地形です。 日の出天満神社は、今現在は住宅地になっている所の一画にありますが、大八賀神社はそうではなく、周囲より高くなった山の中腹にあり、そこに砦があったとしても、十分考えられる立地です。≪ そのため、大八賀郷を開発された国津神を祀っていた ≫と出ています。
≪ 中世以後打ち続く戦乱のために神社は荒廃に帰していた。 豊臣秀吉の命により飛騨を平定した金森長近公は漆垣内の鍋山城に在城の際、民心の安定と田畑より五穀の豊じょうを願い 天正13年(1585) 加賀の国より白山大神を勧請され神社の再興がおこなわれた ≫という。
今現在は、≪ 祭神 菊理姫命(くくりひめのみこと)≫という書き方がされていますが、『古事記』『日本書紀』に登場する神であるククリヒメが白山の神と習合したため、ククリヒメが祭神になったというもので、ククリヒメを勧請したのか白山の神を勧請したのかというと、白山の神を勧請したのでしょう。 白山は何県にあるのかというと、石川県にあるという感覚でしたが、地図をよく見ると、石川県と岐阜県の境目付近、加賀国と飛騨国の境目付近にあります。 ≪ 加賀の国の白山大神を勧請され ≫という書き方がされている所を見ると、高山付近での認識でも、白山は加賀の国の山であり神社であるという認識なのかもしれませんが、準地元のような立地であり、東京の文京区で都営三田線に「白山」という駅があり、白山神社があり、他にも東京あたりにも白山神社はありますが、高山においては東京あたりの人間にとっての白山よりもはるかに地元の山、地元の神社という意識のものだったのではないでしょうか。
≪ 住吉の神は境外地に祀ってあったが、近年合祀した。 ≫ とあり、「相殿」というのは、もとから、その社殿で住吉の神を祀っていたわけではないが、同じ社殿で祀るようになったということなのでしょう。 高山市の地図を見回しても、住吉系の神社は多くありません。大阪の住吉大社は西に海を控えた場所で、海の神さまだったわけですが、山間部の高山で、かつ、山腹にある大八賀神社で祀られるというのは、どういう由来なのだろうとも思いますが、それ以上はここには書かれていません。
≪ 江戸時代に入ると、松ノ木は平和な農村として発展し神社に対する崇敬も高まり代官郡代による待遇も手厚く戸田采女正による元禄検地の際 境内地一 及八畝二十歩を賜っている ≫ と書かれている。
おそらく、もともとは、地元の神・郷土の神 だった神社に、白山の神 が合わさったという神社だったのではないか。 住吉の神 がどういう経緯だったのかはよくわからない。 日の出天満神社が大八賀神社に≪以前は・・・属していた≫というのは、地域の神から、一部分の地域の神が独立した、分離したのであって、天満神社が分離したわけではなく、一部分の地域の神が分離した、独立した際に、「伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、大神、石上(いそのかみ)、大和(おおやまと)、広瀬、竜田、住吉、日吉(ひえ)、梅宮、吉田、祇園、丹生川上(にぶかわかみ)、貴布禰(きふね)」などのどれかを名のった方がいいと考えた人がいて、それで、北野・天神・天満の「天満」を名のり、その際に、高山市の天神・天満・北野・菅原系神社である飛騨天満宮から勧請したということで、もともとは、郷土の神が分離したというものではないでしょうか。 ただ、それなら、大八賀神社では、ククリヒメを祭神にしていたわけですが、ククリヒメではだめだったのかということにもなりますが、大八賀神社と日の出天満神社は距離もそう離れていないので、同じ祭神でない方がいいと考えた、ということなのか。
社殿を見ると、中央に大きな社殿があってその両翼に小さ目の社殿がつくという形式です。 鰹木の本数は、中央の建物の上に6本、左の小さ目の建物の上に4本、右の小さ目の建物の上に4本、合計でも14本と偶数。 千木の先端は地面と平行。 鰹木の本数が奇数なら男の神さま、偶数なら女の神様、千木の先端が地面と垂直なら男の神さま、地面と平行なら女の神さまという説から考えると、この大八賀神社の社殿は、女の神さまということになり、祭神はククリヒメという女の神さまであり、また、白山の神ということで、昔からの山の神さまは女だという説にも一致します・・・・が、千木に穴があいているのは男の神さまで穴があいていないのは女の神さまという説もあるわけですが、千木に穴があいているので、その点から考えると男の神さまということになりますが、この「説」はひとつの目安であって絶対ではないということなので、難しく考えることもないのでしょう。
↑の2枚の写真のように、前の左右から見て、大きな社殿なので、これが拝殿であり本殿でもあるのかと思って左横に廻ってみると、↓
↑ 前から見えた建物は、あくまで、拝殿で、その後ろに幣殿と本殿があります。本殿の上にも千木と鰹木が載っています。
「南参道」から入ってきましたが、「南参道」というからには、もう1つ参道があるのかというと、国道158号に面して鳥居が立っており↓、北側から階段で上がる経路があります。↓
↑ 左の方の石碑には「大八賀神社」と書かれています。
「南参道」は大八賀神社の南側に参道の入口があるわけではなく、国道158号に面した鳥居から入る北から入る経路に対して、南の方から入る参道という意味で、実際は大八賀神社の南西から東に進んで、北西の方に向かって立っている社殿の右手にでる参道です。 北側から階段を登る経路の方が社殿の正面に出ますが、階段を登るのはけっこう大変で、南参道の方がゆったりとした坂道で登りやすく、景色もいい道です・・・が、後から作った道という感じではあります。

↑大八賀神社の北側を国道158号が東西に通っています。 少し西に南に行く道がある信号がある「松之木町中」というT字路があります。 これを南に行くと、左側に、先ほど、登り始めた「大八賀神社 南参道」がありますが、このT字路から南に行く道が国道361号で、この道をたどっていくとどこに行くかというと、地図を見ると長野県の木曽福島のあたりまで行くようです。
大八賀神社の東側にも国道258号から「松之木町東」というT字路から南に行く道があり、地図には「木曽街道」と書かれています。「木曽」と言うと、東京や大阪の人間は名古屋から塩尻まで行く中央西線が走っている木曽谷のことだろうと考えるのですが、高山市国府町には「木曽の大仏」という仏さんがおられまして、その場合の「木曽」は中央西線が走っている木曽谷のことではなく、高山市国府町に木曽という地名があってそのあたりのことです。 大八賀神社の東側で南下する「木曽街道」も 多治見-中津川-木曽福島-塩尻 というルートの木曽谷 のことではなく、高山市内かその南のあたりに「木曽」という地名があるのかと思って地図を見ますと、大八賀神社の東で南下する「木曽街道」はそのうち、大八賀神社の西側で南下する国道361号と合流し、国道361号が「木曽街道」を名のるようになって木曽福島まで行くようです。 大八賀神社の東で南下する「木曽街道」の方が旧道で西で南下する道の方が新しくできた国道ということなのでしょうか。
もう少し西に行くと南側にセブンイレブンがあり、その西に「松之木町西」という三叉路があります。 東から西、大八賀神社の方から三叉路の方に向かい、三叉路の南側の道を進むと、長坂辻を経て洞雲院と素玄寺の間に行き、そこからL型のクランク2つを経て江名子川を渡ると北に真宗大谷派高山別院があり、左右(南北)に高山市街の「古い町並み」があります。
三叉路で北側の道を進むと、「三福寺町」というT字路の交差点で県道458号とぶつかり、それを左折、西に進み、宮川を渡ると、「万人橋西」という四辻でJR高山本線の東側で高山本線と平行して走る県道460号にぶつかります。 「万人橋西」交差点を過ぎると、高山線のすぐ東で南北に走る市役所の西側、裁判所の東側の広い道に「桐生町西」という四辻でぶつかります。 この道を南下すると、JR高山駅、濃飛バス高山バスセンターに着きます。 この三叉路のあたりと大八賀神社の北側、なんか、見たことがあるような気がしたのですが、国道158号を東から西に来て、大八賀神社の北側を通り、その西の三叉路で北の方の道に進んで、「三福寺町」で西に行き、宮川を渡ってすぐの「桐生町西」交差点から南下するというのは、東京から高山に行く濃飛バス・京王バスがいつも通る経路なのです。 短い距離を走るということなら、大八賀神社の西の三叉路で北側の道に行かずに南側の道に行った方が近いはずですが、いつも、この大八賀神社の西のあたりで、どうして北側の遠回りの道の方に行くのだろうと思っていたのですが、少々迂回しても、長距離バスが高山の街中を通りぬけるのを避けているようです。 帰り、濃飛バスの車窓から「松之木町西」交差点を過ぎ、大八賀神社の北側の鳥居を見て、「お、ここだ、ここだ」と思ってなつかしさを感じました。
(↑ クリックすると大きくなります。 大きくして見てください。)
↑ 大八賀神社の左手で、社殿の後ろの山を登る「遊歩道」があります。 ↑の札には「遊歩道」と書かれています。 気持ちの良さそうな森で、雨が降っていて傘をさしており、かつ、荷物は少な目にしたつもりが、大八賀神社まで歩いてくると、それでも多かったと感じ、前日から歩き回って来て足がしびれてきたことからやめましたが、そうでなければ、少し、登ってみたい気持ちになる道でした・・・・・が、やめてよかったかもしれません。 なぜなら、この後、「東山遊歩道」を南に進み、宗猷寺の裏手(東側)に「木地師の集団墓地」があると「東山遊歩道」のリーフレットに書かれていたので、行ってみようかと思って途中まで進んだところ、そこに何が書いてあったかと言うと、「熊出没注意」・・・・・・。 熊はかんべんしてほしいな、熊は。 何かの雑誌に載っていたのですが、人間が素手で戦って勝てる動物は、何が限界か・・・という話で、結論として、人間が素手で戦って勝てる動物で最大のものは・・・・→ 猫・・・だそうです。 だから、「遊歩道」とはいえ、無計画に山に入らない方がよさそう・・・。
社殿の右手にも、山を登る遊歩道らしき道があります。↓
案内掲示板の写真を撮って来てよかった。 社殿の左の方の遊歩道を登って行くと「住吉明神跡」にたどりつくらしい。↓
(↑ クリックすると大きくなります。)
↑ もともと、海の神さんだった住吉大社の神が、山の上に存在したというのは、どういう経緯だったのだろうと興味深いし、そのあたりにも行ってみたい。 もともと、「遊歩道」が整備されているくらいの山を登るのが好きな人間ですので、次回は軽登山靴くらい用意して登ってみたい・・・・て気になるのですが、しかし、熊はかんべんしてほしいな、熊は。 なんとも、クマった、クマった。
大雄寺・洞雲院・素玄寺付近から日の出天満神社・大八賀神社のあたりまでの間で、屋根に↓のように電線を巻いている家を複数見かけたので、これは、冬場、屋根に積もった雪を電熱で溶かす工夫だろうか・・・・と思ったのですが、帰ってから写真をよく見ても、どこで発熱装置につながるのかよくわからない。 もしかすると、単に、無線の趣味のある人が屋根に無線のための線を引いていただけだったのか? ↓
日の出天満神社の近くで新築工事中の家を見かけた。 戦後は、全国的には、「木造」でも、貫式木造ではなく筋交い式木造が主になってきたが、貫式木造での新築だった。 このあたりでは、今も貫式木造が建てられているようだ。 又、屋根の下の所で、↓のようになっている家を見かけた。
↑ こういった意匠は神社や寺においてのみかと思っていたが、一般の戸建住宅でも使われるようだ。
大八賀神社は、岐阜県神社庁HPの「日の出天満神社 詳細」 に、≪以前は松之木町の大八賀神社に属していたが・・≫という文章があったので訪ねてみようと考えて訪問に至ったものだが、日の出天満神社と大八賀神社は、近くにあるのだが、行って見ると、雰囲気はずいぶんと違います。
国道258号の日の出天満神社の方に入る道がある松之木歩道橋のあたりに「東小学校前」だったかのバス停があり、大八賀神社の前に、その1つ東側のバス停があります・・・が、↓が「東小学校前」のバス停の時刻表ですが、1時間に1本程度のバスで、高山駅前まで行くならともかく、東小学校前の西側が長坂辻、その西側が高山別院の前に停まるというものらしいので、それなら歩こうかなという感じになります。
前回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html 、 日の出天満神社(高山市松之木町) について述べました。 合わせご覧いただければと思います。
※ 岐阜県神社庁 大八賀神社 詳細 http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=1699&shrname=%E2%98%85%E5%A4%A7%E5%85%AB%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85
岐阜県神社庁 日の出天満神社 詳細 http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3318&shrname=%E2%98%85%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85
(2016.10.20.)
☆☆☆☆高山シリーズ第4回
1.日の出天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html
2.大八賀神社 〔今回〕
3.東山遊歩道(1)高山別院照蓮寺から東山白山神社へ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_15.html
4. 〃 (2)東山白山神社・大雄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_16.html
5. 〃 (3)雲龍寺・久昌寺・栄鏡院 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_17.html
6. 〃 (4)洞雲院・素玄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_18.html
7. 〃 (5)東山神明神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_19.html
8. 〃 (6)天照寺・法華寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_20.html
9. 〃 (7)善応寺1.本堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_21.html
10.〃 (8)善応寺2.地蔵堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_22.html
11.〃 (9)宗猷寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_23.html
12.〃(10)町年寄川上家別邸跡 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_24.html
13.煥章館と煥章館2階から見た東山 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_25.html
14.十六銀行 高山支店、早朝は無人の安川交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_26.html
15.新装「高山駅」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_27.html
16.片流れ屋根のモデルハウス https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201611article_4.html
☆☆☆高山シリーズ第3回
1.藤井美術民芸館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_1.html
2.高山陣屋[1]床の間、釘隠し・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_2.html
3.高山陣屋[2]白洲、土縁庇・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_3.html
4.高山市政記念館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_4.html
〔番外 宮川にかかる欄干に加圧注入木材使用の橋と 防腐防蟻剤について。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html 〕
5.桜山八幡宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_6.html
6.桜山八幡宮 摂社 天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
7.山桜神社、古い町並美術館、手長足長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_8.html
8.宮川交番、高山警察署、高山市役所 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_9.html
9.飛騨国分寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_10.html
10.新宿‐高山のバスの予約をインターネットで「後部」を希望すると。「労災」のおかげで歩行困難にされた話 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_11.html
☆☆ 高山シリーズ第2回は、
(1)国府町村山天神参拝1上枝駅から宮川沿い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
(2)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
(3)同3浸透桝で雨水処理 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_7.html
(7)松本家住宅・ヒラノグラーノhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_8.html
(8)松本家住宅・宮地家住宅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_9.html
(9)宮地家住宅・平田記念館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_11.html
(11)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_12.html
(12)同3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_16.html
〔(16)~(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_18.html
(17)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_22.html
(21)飛騨総社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_23.html
☆ 高山シリーズ第1回
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
日の出天満神社(岐阜県高山市松之木町)は≪ 以前は松之木町の大八賀神社に属していたが、・・≫と岐阜県神社庁HP の「日の出天満神社 詳細」http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3318&shrname=%E2%98%85%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85 に書かれていますが、その 大八賀神社(おおはちがじんじゃ)(岐阜県高山市松之木町)を訪ねました。
日の出天満神社からは、北へ(国道158号の方へ)向かって進み、突き当りを右に行って、また、突き当りを右に行って、国道158号から南に進む道に合流した所で東に行く道をまっすぐに行くと、また、国道158号から南に進む道にぶつかり、そこの正面に、「大八賀神社 南参道」と書かれた石碑が立っている山道があります。↓
( ↑ 大八賀神社 南参道 入口。 クリックすると大きくなります。右の石碑には「大八賀神社 南参道」と書かれています。)
はたして、どこまで登るのか、登って行ってどんな神社があるのかと、期待と不安というより、不安と期待を持って登って行くと、西の方向、高山市街の方向の見晴らしはなかなかです。↓
↑ 右手に見える手前から向こうへの道が国道158号です。
そして、登って行った所には、けっこう大きな社殿があります。↓
大八賀神社(おおはちが じんじゃ)の現地での説明書きには、
≪ 祭神 菊理姫命(くくりひめのみこと)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
(相殿) 住吉大神(すみよしのおおかみ) ≫
と出ており、また、
≪ 大八賀郷の中央に位置する松ノ木の里は、鍋山城を前面に三仏城を背後にして戦略上要がいの地であった。≫と書かれています。 たしかに、行ってみると、大八賀神社の場所はそんな地形です。 日の出天満神社は、今現在は住宅地になっている所の一画にありますが、大八賀神社はそうではなく、周囲より高くなった山の中腹にあり、そこに砦があったとしても、十分考えられる立地です。≪ そのため、大八賀郷を開発された国津神を祀っていた ≫と出ています。
≪ 中世以後打ち続く戦乱のために神社は荒廃に帰していた。 豊臣秀吉の命により飛騨を平定した金森長近公は漆垣内の鍋山城に在城の際、民心の安定と田畑より五穀の豊じょうを願い 天正13年(1585) 加賀の国より白山大神を勧請され神社の再興がおこなわれた ≫という。
今現在は、≪ 祭神 菊理姫命(くくりひめのみこと)≫という書き方がされていますが、『古事記』『日本書紀』に登場する神であるククリヒメが白山の神と習合したため、ククリヒメが祭神になったというもので、ククリヒメを勧請したのか白山の神を勧請したのかというと、白山の神を勧請したのでしょう。 白山は何県にあるのかというと、石川県にあるという感覚でしたが、地図をよく見ると、石川県と岐阜県の境目付近、加賀国と飛騨国の境目付近にあります。 ≪ 加賀の国の白山大神を勧請され ≫という書き方がされている所を見ると、高山付近での認識でも、白山は加賀の国の山であり神社であるという認識なのかもしれませんが、準地元のような立地であり、東京の文京区で都営三田線に「白山」という駅があり、白山神社があり、他にも東京あたりにも白山神社はありますが、高山においては東京あたりの人間にとっての白山よりもはるかに地元の山、地元の神社という意識のものだったのではないでしょうか。
≪ 住吉の神は境外地に祀ってあったが、近年合祀した。 ≫ とあり、「相殿」というのは、もとから、その社殿で住吉の神を祀っていたわけではないが、同じ社殿で祀るようになったということなのでしょう。 高山市の地図を見回しても、住吉系の神社は多くありません。大阪の住吉大社は西に海を控えた場所で、海の神さまだったわけですが、山間部の高山で、かつ、山腹にある大八賀神社で祀られるというのは、どういう由来なのだろうとも思いますが、それ以上はここには書かれていません。
≪ 江戸時代に入ると、松ノ木は平和な農村として発展し神社に対する崇敬も高まり代官郡代による待遇も手厚く戸田采女正による元禄検地の際 境内地一 及八畝二十歩を賜っている ≫ と書かれている。
おそらく、もともとは、地元の神・郷土の神 だった神社に、白山の神 が合わさったという神社だったのではないか。 住吉の神 がどういう経緯だったのかはよくわからない。 日の出天満神社が大八賀神社に≪以前は・・・属していた≫というのは、地域の神から、一部分の地域の神が独立した、分離したのであって、天満神社が分離したわけではなく、一部分の地域の神が分離した、独立した際に、「伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、大神、石上(いそのかみ)、大和(おおやまと)、広瀬、竜田、住吉、日吉(ひえ)、梅宮、吉田、祇園、丹生川上(にぶかわかみ)、貴布禰(きふね)」などのどれかを名のった方がいいと考えた人がいて、それで、北野・天神・天満の「天満」を名のり、その際に、高山市の天神・天満・北野・菅原系神社である飛騨天満宮から勧請したということで、もともとは、郷土の神が分離したというものではないでしょうか。 ただ、それなら、大八賀神社では、ククリヒメを祭神にしていたわけですが、ククリヒメではだめだったのかということにもなりますが、大八賀神社と日の出天満神社は距離もそう離れていないので、同じ祭神でない方がいいと考えた、ということなのか。
社殿を見ると、中央に大きな社殿があってその両翼に小さ目の社殿がつくという形式です。 鰹木の本数は、中央の建物の上に6本、左の小さ目の建物の上に4本、右の小さ目の建物の上に4本、合計でも14本と偶数。 千木の先端は地面と平行。 鰹木の本数が奇数なら男の神さま、偶数なら女の神様、千木の先端が地面と垂直なら男の神さま、地面と平行なら女の神さまという説から考えると、この大八賀神社の社殿は、女の神さまということになり、祭神はククリヒメという女の神さまであり、また、白山の神ということで、昔からの山の神さまは女だという説にも一致します・・・・が、千木に穴があいているのは男の神さまで穴があいていないのは女の神さまという説もあるわけですが、千木に穴があいているので、その点から考えると男の神さまということになりますが、この「説」はひとつの目安であって絶対ではないということなので、難しく考えることもないのでしょう。
↑の2枚の写真のように、前の左右から見て、大きな社殿なので、これが拝殿であり本殿でもあるのかと思って左横に廻ってみると、↓
↑ 前から見えた建物は、あくまで、拝殿で、その後ろに幣殿と本殿があります。本殿の上にも千木と鰹木が載っています。
「南参道」から入ってきましたが、「南参道」というからには、もう1つ参道があるのかというと、国道158号に面して鳥居が立っており↓、北側から階段で上がる経路があります。↓
↑ 左の方の石碑には「大八賀神社」と書かれています。
「南参道」は大八賀神社の南側に参道の入口があるわけではなく、国道158号に面した鳥居から入る北から入る経路に対して、南の方から入る参道という意味で、実際は大八賀神社の南西から東に進んで、北西の方に向かって立っている社殿の右手にでる参道です。 北側から階段を登る経路の方が社殿の正面に出ますが、階段を登るのはけっこう大変で、南参道の方がゆったりとした坂道で登りやすく、景色もいい道です・・・が、後から作った道という感じではあります。
↑大八賀神社の北側を国道158号が東西に通っています。 少し西に南に行く道がある信号がある「松之木町中」というT字路があります。 これを南に行くと、左側に、先ほど、登り始めた「大八賀神社 南参道」がありますが、このT字路から南に行く道が国道361号で、この道をたどっていくとどこに行くかというと、地図を見ると長野県の木曽福島のあたりまで行くようです。
大八賀神社の東側にも国道258号から「松之木町東」というT字路から南に行く道があり、地図には「木曽街道」と書かれています。「木曽」と言うと、東京や大阪の人間は名古屋から塩尻まで行く中央西線が走っている木曽谷のことだろうと考えるのですが、高山市国府町には「木曽の大仏」という仏さんがおられまして、その場合の「木曽」は中央西線が走っている木曽谷のことではなく、高山市国府町に木曽という地名があってそのあたりのことです。 大八賀神社の東側で南下する「木曽街道」も 多治見-中津川-木曽福島-塩尻 というルートの木曽谷 のことではなく、高山市内かその南のあたりに「木曽」という地名があるのかと思って地図を見ますと、大八賀神社の東で南下する「木曽街道」はそのうち、大八賀神社の西側で南下する国道361号と合流し、国道361号が「木曽街道」を名のるようになって木曽福島まで行くようです。 大八賀神社の東で南下する「木曽街道」の方が旧道で西で南下する道の方が新しくできた国道ということなのでしょうか。
もう少し西に行くと南側にセブンイレブンがあり、その西に「松之木町西」という三叉路があります。 東から西、大八賀神社の方から三叉路の方に向かい、三叉路の南側の道を進むと、長坂辻を経て洞雲院と素玄寺の間に行き、そこからL型のクランク2つを経て江名子川を渡ると北に真宗大谷派高山別院があり、左右(南北)に高山市街の「古い町並み」があります。
三叉路で北側の道を進むと、「三福寺町」というT字路の交差点で県道458号とぶつかり、それを左折、西に進み、宮川を渡ると、「万人橋西」という四辻でJR高山本線の東側で高山本線と平行して走る県道460号にぶつかります。 「万人橋西」交差点を過ぎると、高山線のすぐ東で南北に走る市役所の西側、裁判所の東側の広い道に「桐生町西」という四辻でぶつかります。 この道を南下すると、JR高山駅、濃飛バス高山バスセンターに着きます。 この三叉路のあたりと大八賀神社の北側、なんか、見たことがあるような気がしたのですが、国道158号を東から西に来て、大八賀神社の北側を通り、その西の三叉路で北の方の道に進んで、「三福寺町」で西に行き、宮川を渡ってすぐの「桐生町西」交差点から南下するというのは、東京から高山に行く濃飛バス・京王バスがいつも通る経路なのです。 短い距離を走るということなら、大八賀神社の西の三叉路で北側の道に行かずに南側の道に行った方が近いはずですが、いつも、この大八賀神社の西のあたりで、どうして北側の遠回りの道の方に行くのだろうと思っていたのですが、少々迂回しても、長距離バスが高山の街中を通りぬけるのを避けているようです。 帰り、濃飛バスの車窓から「松之木町西」交差点を過ぎ、大八賀神社の北側の鳥居を見て、「お、ここだ、ここだ」と思ってなつかしさを感じました。
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↑ 大八賀神社の左手で、社殿の後ろの山を登る「遊歩道」があります。 ↑の札には「遊歩道」と書かれています。 気持ちの良さそうな森で、雨が降っていて傘をさしており、かつ、荷物は少な目にしたつもりが、大八賀神社まで歩いてくると、それでも多かったと感じ、前日から歩き回って来て足がしびれてきたことからやめましたが、そうでなければ、少し、登ってみたい気持ちになる道でした・・・・・が、やめてよかったかもしれません。 なぜなら、この後、「東山遊歩道」を南に進み、宗猷寺の裏手(東側)に「木地師の集団墓地」があると「東山遊歩道」のリーフレットに書かれていたので、行ってみようかと思って途中まで進んだところ、そこに何が書いてあったかと言うと、「熊出没注意」・・・・・・。 熊はかんべんしてほしいな、熊は。 何かの雑誌に載っていたのですが、人間が素手で戦って勝てる動物は、何が限界か・・・という話で、結論として、人間が素手で戦って勝てる動物で最大のものは・・・・→ 猫・・・だそうです。 だから、「遊歩道」とはいえ、無計画に山に入らない方がよさそう・・・。
社殿の右手にも、山を登る遊歩道らしき道があります。↓
案内掲示板の写真を撮って来てよかった。 社殿の左の方の遊歩道を登って行くと「住吉明神跡」にたどりつくらしい。↓
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↑ もともと、海の神さんだった住吉大社の神が、山の上に存在したというのは、どういう経緯だったのだろうと興味深いし、そのあたりにも行ってみたい。 もともと、「遊歩道」が整備されているくらいの山を登るのが好きな人間ですので、次回は軽登山靴くらい用意して登ってみたい・・・・て気になるのですが、しかし、熊はかんべんしてほしいな、熊は。 なんとも、クマった、クマった。
大雄寺・洞雲院・素玄寺付近から日の出天満神社・大八賀神社のあたりまでの間で、屋根に↓のように電線を巻いている家を複数見かけたので、これは、冬場、屋根に積もった雪を電熱で溶かす工夫だろうか・・・・と思ったのですが、帰ってから写真をよく見ても、どこで発熱装置につながるのかよくわからない。 もしかすると、単に、無線の趣味のある人が屋根に無線のための線を引いていただけだったのか? ↓
日の出天満神社の近くで新築工事中の家を見かけた。 戦後は、全国的には、「木造」でも、貫式木造ではなく筋交い式木造が主になってきたが、貫式木造での新築だった。 このあたりでは、今も貫式木造が建てられているようだ。 又、屋根の下の所で、↓のようになっている家を見かけた。
↑ こういった意匠は神社や寺においてのみかと思っていたが、一般の戸建住宅でも使われるようだ。
大八賀神社は、岐阜県神社庁HPの「日の出天満神社 詳細」 に、≪以前は松之木町の大八賀神社に属していたが・・≫という文章があったので訪ねてみようと考えて訪問に至ったものだが、日の出天満神社と大八賀神社は、近くにあるのだが、行って見ると、雰囲気はずいぶんと違います。
国道258号の日の出天満神社の方に入る道がある松之木歩道橋のあたりに「東小学校前」だったかのバス停があり、大八賀神社の前に、その1つ東側のバス停があります・・・が、↓が「東小学校前」のバス停の時刻表ですが、1時間に1本程度のバスで、高山駅前まで行くならともかく、東小学校前の西側が長坂辻、その西側が高山別院の前に停まるというものらしいので、それなら歩こうかなという感じになります。
前回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html 、 日の出天満神社(高山市松之木町) について述べました。 合わせご覧いただければと思います。
※ 岐阜県神社庁 大八賀神社 詳細 http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=1699&shrname=%E2%98%85%E5%A4%A7%E5%85%AB%E8%B3%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85
岐阜県神社庁 日の出天満神社 詳細 http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3318&shrname=%E2%98%85%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA%E5%A4%A9%E6%BA%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85
(2016.10.20.)
☆☆☆☆高山シリーズ第4回
1.日の出天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html
2.大八賀神社 〔今回〕
3.東山遊歩道(1)高山別院照蓮寺から東山白山神社へ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_15.html
4. 〃 (2)東山白山神社・大雄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_16.html
5. 〃 (3)雲龍寺・久昌寺・栄鏡院 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_17.html
6. 〃 (4)洞雲院・素玄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_18.html
7. 〃 (5)東山神明神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_19.html
8. 〃 (6)天照寺・法華寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_20.html
9. 〃 (7)善応寺1.本堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_21.html
10.〃 (8)善応寺2.地蔵堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_22.html
11.〃 (9)宗猷寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_23.html
12.〃(10)町年寄川上家別邸跡 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_24.html
13.煥章館と煥章館2階から見た東山 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_25.html
14.十六銀行 高山支店、早朝は無人の安川交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_26.html
15.新装「高山駅」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_27.html
16.片流れ屋根のモデルハウス https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201611article_4.html
☆☆☆高山シリーズ第3回
1.藤井美術民芸館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_1.html
2.高山陣屋[1]床の間、釘隠し・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_2.html
3.高山陣屋[2]白洲、土縁庇・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_3.html
4.高山市政記念館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_4.html
〔番外 宮川にかかる欄干に加圧注入木材使用の橋と 防腐防蟻剤について。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html 〕
5.桜山八幡宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_6.html
6.桜山八幡宮 摂社 天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
7.山桜神社、古い町並美術館、手長足長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_8.html
8.宮川交番、高山警察署、高山市役所 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_9.html
9.飛騨国分寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_10.html
10.新宿‐高山のバスの予約をインターネットで「後部」を希望すると。「労災」のおかげで歩行困難にされた話 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_11.html
☆☆ 高山シリーズ第2回は、
(1)国府町村山天神参拝1上枝駅から宮川沿い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
(2)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
(3)同3浸透桝で雨水処理 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_7.html
(7)松本家住宅・ヒラノグラーノhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_8.html
(8)松本家住宅・宮地家住宅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_9.html
(9)宮地家住宅・平田記念館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_11.html
(11)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_12.html
(12)同3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_16.html
〔(16)~(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_18.html
(17)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_22.html
(21)飛騨総社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_23.html
☆ 高山シリーズ第1回
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
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