岐阜県吉城郡細江村の民家「又兵衛」(熱田神宮内)-飛騨・高山シリーズ第5回【15/15】
[第564回] 飛騨・高山シリーズ第5回【15/15】
これまで、高山には、新宿から濃飛バス・京王バスの高速バスで往復することがほとんどでしたが、名古屋から高山まで、「特急 ワイドビュー ひだ」に乗っていくという、「ちょっと贅沢」な行き方をしました。その理由は、名古屋~岐阜~美濃太田~高山 という高山本線に一度は乗ってみたかったということと、名古屋市熱田区の熱田神宮に行きたかったということがあったからです。
場所としては、名古屋と岐阜県の飛騨地方とは別なのですが、熱田神宮に、岐阜県吉城郡細江村 から移築した という建物がありましたので、それについて、「高山シリーズ」のひとつ として掲載したいと思います。吉城郡細江村 とはどこかというと、今現在は、「細江村」は存在しないし、「吉城郡」も存在しない。 今現在の行政区画としては、吉城郡は高山市の国府町など北の方の一部分と飛騨市の大部分が吉城郡のようで、細江村は飛騨市の一部で、「平成に大合併」で古川町・神岡町などが合併して飛騨市になる前は、古川町に属していたようだ。
※ 《ウィキペディア-吉城郡》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%9F%8E%E9%83%A1
《ウィキペディア-細江村》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E6%B1%9F%E6%9D%91
高山本線で、高山から富山側の駅は、「上枝(ほずえ)」「飛騨国府」「飛騨古川」「杉崎」「飛騨細江」と続きます。


( ↑ 「旗」マークが、高山本線の「飛騨細江」駅です。 )
内田康夫『風の盆 幻想』にも話が出てきますが、飛騨市の高山本線「飛騨細江」駅のすぐ北のあたりで、国道は41号と360号に分かれ、鉄道の高山本線に沿って走る国道は2桁の41号ではなく3桁の360号の方で、41号は飛騨細江のあたりから分岐して神岡に行き、神岡から猪谷の方に行くようです。
このブログでの「高山シリーズ」は、基本的には、高山訪問に際して述べたもので、旧細江村は、現 飛騨市、旧 古川町 で、「平成の大合併」の前も後も高山市ではないが、今や、高山市は乗鞍岳の山頂まで高山市になってきているし、私の感覚では、乗鞍岳とか穂高岳とかなんて高山ではないし、平湯は高山市になったようだが、平湯が高山で国府町も高山なら飛騨古川だって高山の仲間に入れたっていいじゃないかという感じがしないでもない。 飛騨古川は飛騨市になったわけだが、「飛騨地方」ということで「仲間」にいれてもいいのではないかと思い、「飛騨・高山シリーズ」の中でとりあげることにした。 この場合、「飛騨」と「高山」の意味は、「飛騨」は高山市以外の飛騨地方で高山市に比較的近い所、「高山」は「平成の大合併」より前の高山市の市域を中心として現在の高山市の範囲 と考えているが、そのうち、又、定義を変更するかもしれない。 なぜ、単に「飛騨地方」ではいけないのかというと、私の感覚では、飛騨地方でも、高山と白川郷は、どちらがいいとか悪いとかいう問題ではなく、相当違うように思うのだ。 相当違うものを一緒にして論じるのもどうかと思う。 逆に、旧 美濃国でも、長良川の沿線、長良川鉄道(旧 越美南線)の沿線、行政区画としては、今やほとんどが郡上市になってしまって、これも感覚が狂うのだが、郡上市の美濃白鳥から郡上八幡あたりまでなどは、旧 美濃国とはいえ、愛知県に近い岐阜県よりも、むしろ、飛騨に近いようなところがあるのではないか、美濃的か飛騨的かというと、飛騨的ではないかという感じがしないでもない、と思うので、美濃でも飛騨に近い美濃は飛騨の「仲間」として論じても悪くもないのではないか、と思ったのだ。 しかし、そうやって拡げていくと、それなら、富山県の五箇荘とか八尾とかも飛騨の仲間に入れるのかとかいうことになってきて、いくらでも広がってしまうので、どこまでにするかという問題もあるが、飛騨市の旧 古川町あたりまでは、高山の隣接地域として一緒に論じても悪くないと思う。 何より、旧 国府町を高山として論じて、旧 古川町はだめというのも変だという気がするのだ。 白山は岐阜県と石川県の境目、飛騨と加賀の境目にある山だが、白山も高山の仲間に入れるのかとまで言われると、乗鞍岳を高山と言われると違和感があるのと同じく、白山を高山と言われると、違和感があり、どこまでというのは難しいが、そのあたりは、「まあ、適当に」ということで、述べる。
飛騨市が成立した時、古川と神岡ではずいぶんと離れている・・・ような感じがしたのですが、それは時刻表の地図くらいを見て考える人間が思うことのようで、鉄道では、今は神岡線はなくなってしまいましたが、かつては、神岡は富山県と岐阜県の境目付近の猪谷から高山本線と分岐して南に進み、飛騨古川から猪谷までは神岡を経由せず、それより西側を宮川沿いに走るので、鉄道だと飛騨古川から神岡まではずいぶんと経由して行く感じでしたが、道路だと、高山駅付近から飛騨細江駅付近までの距離くらいを、飛騨細江駅付近から北東に国道41号を走ると神岡につくようで、それほど遠いわけでもないようです。
それで、愛知県名古屋市熱田区の熱田神宮に何があるかというと、「又兵衛」なる建物がある。↓
↑ ≪ 又兵衛 登録文化財
合掌造りの原型と言われる江戸時代初期の様式を遺している。 各部の材に手斧(ちょうな)仕上げの特徴が残り 馬屋を台所の南に設けている 岐阜県吉城郡から移築され茶室や披露宴会場として利用されている≫
と書かれています。
『週刊日本の神社 熱田神宮』(2014.7.14.ディアゴスティーニ・ジャパン)には、「境内探訪」の稿で、「又兵衛」の内部の写真が掲載されており、
≪ 合掌造りの原型といわれる江戸時代前期の建物。 岐阜県吉城(よしき)郡細江(ほそえ)村の民家として使われていたものを移築し、茶室として使用。登録文化財。≫
と出ています。 熱田神宮の大口の氏子さんが熱田神宮で結婚式をあげるとかですと、この建物の中に「披露宴会場」として入れるのかもしれませんが、私なんかは、「大口のお客さん」ではありませんので、外から見せてもらうくらいです。
最初、飛騨地方の江戸時代に造営された民家を、なにゆえに、熱田神宮という神社が神社の境内に移築して保存するのかと思ったのですが、古民家を移築・保存することを主たる目的としたものではなく、移築した上で神社の行事や神社の「大口のお客さん」の行事に使用するために移築したもののようです。
杉山英男が、『地震と木造住宅』(丸善)でだったと思いますが、「昔の家は良かったが、最近の家は造りが良くない」といったことを言う人がいるが、それは必ずしも正しくない、「昔の家」で今現在生きている人間が見るものというのは、豪農の家・豪商の家・上級武士の家など、「昔の家」の中では比較的いい家が残っていて、「昔の家」の中でも、あまり造りのよくない家は、すでに残っていないので見ることはできないのに対して、「今の家」については、良いものも悪いものも見るので、それで、「昔の家」は造りがいいというように思えてしまうのであって、昔の家すべてが良かったわけではない、といったことを述べていたと思いますが、↑の「又兵衛」という建物も、その比較的造りが良い方の家だったと思われます。
「又兵衛」という名称はなぜついたのか、その説明は見当たりませんが、熱田神宮が移築して利用する際に、妥当な名称として考えたのか、それとも、移築する前に、細江村でこの建物を使用していた農家の主人の名前が、代々、「又兵衛」だったのでしょうか。
熱田神宮は、南門・東門・西門と3方から入れますが、「又兵衛」は西の鳥居をくぐって東に進んだ北側にあります。↓

鉄道の駅では、JR「熱田」・名鉄「神宮前」・地下鉄名城線「伝馬町」「神宮西」の4つの駅から徒歩圏です。
地下鉄名城線は名古屋駅を通らないので、名古屋駅から行く場合は、東山線で「栄」、もしくは桜通線で「久屋大通」で名城線に乗り換える必要があります。 栄駅で名城線に乗ろうとした時、名古屋港行きが来た時は、金山駅から「神宮西」「伝馬町」とは別の方向に行く電車ですから、金山で再度乗り換えるか、栄で名古屋港行きでない名城線の電車に乗るようにする必要があります。
(↑ 熱田神宮 拝殿。 )
熱田神宮には、三種の神器の1つの草薙剣がある・・・と言われますが、熱田神宮の本殿にあると言われているということであって、熱田神宮に行ったとしても、実際にそれを見ることができるわけではありません。
チムニー(株)http://www.chimney.co.jp/shop/ にいた時、 チムニー(株)の新店舗で、かつて、梁桁材として使用されていたとわかる松丸太を縦に置いていた店があったので、「なんじゃ、こりぁ」と思い、「1000万円超えプレーヤー」という「デザイナー」に、「普通、こういう曲がった木を柱に使ったりはしませんね。 こういうのはちょっとどうでしょうね」と言ったところ、「そういう曲がっているのがいいんですよお」とわけのわからんことを言ったので、この人、あんまり賢くないなと思ったということがありました。 チムニー(株)http://www.chimney.co.jp/shop/ は「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」「知夢仁」などの名前で店を出しており、「チムニー」という名の店は店の中に装飾の料理用煙突(チムニー)を飾りとして設置した「洋風居酒屋」ですが、「はなの舞」「花の舞」「炎」は「和風」のしつらえで、それは「高山風」だというのです・・・・が、そう言われて、私は高山の「民家」などをずいぶんと見てきたのですが、松丸太を縦にして柱のように使っているような家なんて1軒もありませんでした。
柱というものは、上からの荷重を受けるものですから、曲がっていてはだめなんです。 梁の場合は、上に凸になるように入れると、上からの荷重がかかった時に元に戻ろうとする力が働き、又、中央部では、重力で下に下がろうとする性質がありますから、上に凸になっていた方が下がりにくく、合理的だと言われたりもするもので、柱は桧・杉などのまっすぐに伸びる木が使用されることが多く、松丸太は、梁桁材として使用されることが多く、柱に使われることはあまりないはずですが、「1000万円超プレーヤー」の「デザイナー」の「先生」て、いったい何考えとんじゃ、て感じがします。 私の3倍も4倍ものカネ盗ってて、何をアホなこと言うてんねん・・・て感じですが、別に飛騨まで見に行かなくても、名古屋にも「又兵衛」があるわけですし、東京圏でも、たとえば、合掌造りなら横浜の三渓園にもありますし、見に行けばいいと思うのですが、「デザイナー」とか「1000万円超プレーヤー」とか「せんせい」とか、「あーきてくと」とか、もしくは「いっきゅうけんちくしい~い!」とか名乗りだすと見に行かないみたいです。私みたいな「日陰の月見草」と違って。 1000万円超のカネもらう人は、杉山英男先生の本とかも読まないみたいです、私みたいな「日陰の月見草」と違って。
それから、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ では、「なんじゃらアーキテクト」とかいう舌かみそうな名称を従業員の名刺に入れたりしているようですが、そんな「資格」は日本にはありません。フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪は「榎本さんは設計士なんだから」などとアホなことを言って、未熟な若造の設計担当を一生懸命持ち上げていましたが、同社には「設計課」という部署はあっても、「設計士」などという部署もなければ役職名もなく、日本には、一級建築士・二級建築士・木造建築士・一級施工管理技士・二級施工管理技士といった資格はあっても、「設計士」などという資格は存在しませんからね。 ありもしない資格もどきを捏造して、「設計士(さま)なんだから」などと言い出すというのは、それは、阿諏訪が高校を卒業した後、設計事務所という所に勤めたからであり、それは、設計事務所と称する勤め先に勤めた人間の「職業病」です。 《「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば「ひとは言うことをきく」と勝手な信仰を持っているおっさん》というのが、設計事務所のおっさん にはいるのです。 ところが、そういうテアイを見て、よし、俺もそれをやったろ・・・と思ったものの、「いっきゅうけんちくしい~い」という国家資格の試験にな~かなか通らないというできの悪いのというのがいるわけで、「二級建築士」で通してやろうとする男もでてくるのですが、それにすらも通らないという、どうしようもないできの悪いのというのもいるわけです。 そういうのが名のるのが「設計士(さま)」とか「なんじゃらアーキテクト」とかそういうのです。 「設計」という職種名はあっても「設計士(さま)」なんて職種名はないし、一級建築士・二級建築士・木造建築士・1級建築施工管理技士・2級建築施工管理技士という国家資格はあっても、「設計士(さま)」なんて、そんな資格は国家資格としても民間資格としてもありませんからね。
どうも、「設計事務所」という所に勤めると、たいしたことないヤツが「先生ヅラ」したくなる・・・という、なんか「職業病」みたなものがあるみたいです。 私だって、もしも、大学を卒業した後すぐに、高校の先生とか中学校の先生とか、あるいは、弁護士とかそういう先生業についたなら、「先生」みたいな感じになったかもしれませんが、いいか悪いかわかりませんが、そういう職業にはつかなかったのです。そのおかげで、あんまり、「先生」みたいにはなりませんでした。 住宅建築業の会社に勤めて、「営業」と名刺に書いたものを持ちますと、見込客には営業には機嫌を取ってもらって当たり前みたいに思う人とかいます。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→や(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕にいました時、「営業と口きく必要はない」なんて言った来場客もいました。この人、「営業と口きく必要はない」なら、いったい、誰と口きくんだろうなあ・・・なんて思いました。 「営業」という職種名で仕事をするとそうなるのです。 しかし、「先生」じゃありませんから、いろいろな人から教えてもらえるのです。業者さんから・職人さんから教えてもらう場合もありますし、「設計」の人間から学ぶものもあれば工事課の人間から学ぶ場合もあり、先輩の営業社員から学ぶ場合もあり、なにより、お客さんから教えてもらう場合があります。
ところが、私立五流大学、ともかく、入学試験会場に行って氏名と受験番号さえ書けばアホでも通る、入学金さえ払えば、アホでも入れて、よほどのことがない限り卒業できるという、私立大学の建築学科を卒業して、住宅建築業の会社に就職しますでしょ。そうすると、右も左もわからん若造が、その時から、「設計士さま」を名のってみたりするのです。 右も左もわからんヤツがですよ。 (株)一条工務店なんて、営業本部長の天野隆夫が「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」なんて言いましたもので、営業本部長がそこまで言うのならしかたがないと思って、入社1年目の設計担当者の言うとおりしましたところ、私が苦労して苦労して工夫して努力してやっと仮契約まで持って行った大事な仮契約客を3軒連続で解約されました。 野村克也がどの本かで書いていましたが、南海ホークスでけっこう活躍jした投手 西岡三四郎が、ピッチングコーチと合わないのでトレードに出してほしいと言ってきた際、それならトレードに出してもいいけれども、「ひとこと、手前みそなことを言わせてもらうと」と断った上で、「もしも、俺以外のキャッチャーなら、きみは今までと同じだけは勝てないよ」と言ったというのですが、(株)一条工務店に入社して以来、同社は「設計」は三流以下投手・へんくつ投手・新人投手ばっかりを私にまわしてきたわけで、私は「捕手」(営業)として、苦労して工夫して努力してなんとかうまくリードして図面を作らせて引渡しまで持っていったのに、それをアホ営業本部長がそういうことを言うようでは、天野隆夫が営業本部長をやっているようでは(株)一条工務店ではまともな家はできまへん・・・ということになる。 そういうアホ大学の建築科を出てきたばっかりのくせしてからに「設計士の先生」とやらになりたがるヤツ・・というのがいるのですが、そういうのは、なにしろ、「設計士の先生」ですから、畏れ多くも「先生」に教えるなどとそんな僭越なことできませんわな・・・・。だから、誰も教えなくなって、何も学ばないのです。 「設計」という職種名の人間とか、設計事務所に勤務する人間とかには、そういうの、けっこういますよ。
「設計事務所」という所に勤めると、「先生」なんて呼ばれることがあるのです。私にしても、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ におりました時、初めて関わる業者さんに電話して、「わたしどもは、設計事務所なのですが」などと言うと、「先生」なんて相手が言ったりしまして、「先生」て誰やねん? 誰のこと言うてんねん?・・・て、俺か???・・・なんか、気色の悪いこと言うおっさんやなあ・・・とか思ったりしたものですが、その時の私のように、「なんか、気色の悪い」と思えばいいのですが、「先生」と言われて、それで、「先生様」になったみたいに思ってしまう人もいるみたいです。で・・・、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪が「榎本さんは設計士(さま)なんだから」などとアホなことを言ったのは、それは「設計事務所の職業病」です。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合、多くのハウスメーカーと違って営業と設計が分業されていないので、担当者は「営業兼設計」ですが、彼らが自分を「営業」と思っているか「設計」と思っているかというと、「設計士(さま)」とか勝手に思っておるわけです。これではだめです。(株)一条工務店の第一設計部のヘボ設計などを見ると、ちょっとは営業の経験をさせてやった方が本人のためと違うのかという感じの人がいましたし、おまえが粗末に扱っているお客さんのその契約をいただくために、営業の人間がどれだけ大変な思いをしたかわかってないだろと言ってやりたくなる人もいましたが、その点、自分自身が営業でもある「営業兼設計」もしくは「設計兼営業」であるフリーダムアーキテクツデザイン(株)の担当者というのは、自分が営業でもある経験が設計に生きるのではないか、その点で、「設計」専業で、「設計」という職種についただ最後、誰もに機嫌をとってもらうのが当然みたいに思っているような人間とは違うのではないかと最初は思ったのですが、そうではなく、 「営業」がいる会社(多くのハウスメーカー)においては、「設計」がいいかげんな対応をした時に、営業の人間が「おい、これは何だ」と苦情を言うことで、設計も成長していくことがあるのに対して、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合は、「営業兼設計」ではなく《営業のいない「設計」》、「こんな対応ではだめだろ」と苦情を言ってくれて、それによって「設計」が成長することがあるというそういう「営業」がいない会社、《「捕手」がいないためにでまかせで投げている「投手」みたいなもの》という性質があるとわかりました。
1980年代後半、小堀住研(株)に入社しました年、松戸営業課長の某さんが、同課の営業担当者に、「おい、(設計担当者の)◇◇、あいつ、きっちりとした図面書いてるか。 まともなもの書かないなら、営業の方から、『なんだ、これは』と言ってやらないとだめだぞ」と言っていたことがありました。 (株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の神奈川県の営業所で営業所長をしていたTさんは、前職として「設計」として勤務していたこともあったらしく、自分で図面を作った上で、(株)一条工務店の「設計」に、この内容で清書しろと指示したりもしていたようです。 私はそこまではやりませんでしたが、しかし、住宅建築業においては、「設計」はピッチャーで、「営業」はキャッチャーみたいなところがありまして、野村克也が楽天の監督をしていた時に、打たれた田中将大に、試合後、「もっと、捕手の言うことをきかんか」と言ったのが新聞のスポーツ欄に載っていたことがありましたが、「捕手の力」というのは野球だけでなく、住宅建築業においても大きいと私は思っています。 実際のところ、「捕手の力」なしで、「相手を打ち取れる」(顧客が納得がいく図面を作成する)ことができる「投手」(「設計」)がいったい何人いたかというと、たいしていてないと思うのです。それを、「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」などと営業本部長が言ったりしますと、勤め先に上役が言うことだからしかたがないと思って、私立五流大学の建築学科を卒業してきたばかりの新人の言うとお~りやったりしますと、苦労して苦労してやっと仮契約まで持っていったというお客様を次々と解約されたりする・・・ということになるのです。そして、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の本社からは「設計」にではなく「営業」に、「解約が出たのはあなたのどこが悪かったか、レポートに記載して提出してください」などと言ってくるのです。営業本部長が私立五流大学をでたばっかりの新人の言う通りしろと命令したから、そんなことやってうまくいくわけないだろうがと思いながらも、しかたなしに営業本部長の言う通りにやったら解約されたのだろうが。それを、「あなたのどこが悪かったか、レポートに記載して提出してください」とは何だ! と思うのですが (こちらとしては、「投手」がもっと「捕手」の認識・感覚を尊重して動いてくれておれば、仮契約から契約に進み、解約にならなかったお客さんを解約されたのですから、会社か営業本部長かどちらかに損失補填してもらいたいところです)、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ というのはそういう会社 でした。
(株)一条工務店の営業本部長は「ちょっと変わってる」のであり、自分自身が営業の仕事をそれほど経験があるわけでもない人で、オーナー社長の義理の弟として20代の時に浜松限定でちょろっとだけ「特別扱いの営業」をやった経験があるだけの人ですから(「特別扱いの営業」というのは、営業の経験があるうちに入るかどうか微妙だと私は思います)、住宅の営業がわかっていないのですが、そういう会社のそういうケースは別として、「ハウスメーカー」に勤めると、「設計」といえども、対応が悪いと他の職種の人間から批判を浴びたり苦情を言われたりもするのです・・・・が、ところが、「設計事務所」という所に勤めると、「先生」とか「設計士(さま)」とかになってしまうことがあるみたいです。 これは本人のためによくないと思います・・・が、「設計事務所の職業病」を身につけた人というのは、なかなか、その職業病は治らないみたいです。
その結果のひとつの例が、チムニー(株)の「デザイナー」「1000万円超プレーヤー」の「せんせい」の、松丸太梁を縦において、「この曲がっているのがいいんですよ」という、「バッカじゃなかろかルンバ♪」というのか「よく言うわ~♪」というのか、です。 いっそ、おもしろいから、指摘せずにその後もその類をそのままやらせた方がいいのかもしれません。 たぶん、いつまでも気づかずに、いくらでも、バカやると思います・・・。
※ 「バッカじゃなかろかルンバ♪」 ⇒ 《YouTube-野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs
「バカ言ってんじゃないわ♪」「よく言うわ~♪」 ⇒ 《YouTube-三年目の浮気》https://www.youtube.com/watch?v=DgBvi-cZbJM
↑ これ、高くないけど、なかなかおいしい。 もっとも、「黒糖げんこつ」て名前と見た目から考えると、コリコリ、カリカリした歯ごたえか・・・と見えるが、食べてみるとそうではなく、柔らかいので、最初、面食らう・・・
(2017.11.12.)
☆☆☆☆☆高山シリーズ第5回
1.内田康夫『風の盆 幻想』と巡る高山(1)喫茶店「ロスト」を探す https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_5.html
2. 同 (2)高山ラーメン https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_6.html
3. 同 (3)「高山の郊外にあるK病院」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_7.html
4. 同 (4)高山市役所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_8.html
5.旧 野首家住宅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_9.html
6.旧 新宮村 郷倉 ほか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_10.html
7.山岳資料館(旧 高山測候所)、飛騨民俗村とは・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_1.html
8.飛騨合掌苑 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_2.html
9.「飛騨民俗村 文学散歩道」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_3.html
10.飛騨高山美術館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_4.html
11.名古屋から高山へ「ワイドビュー飛騨」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_5.html
12.高山駅から飛騨民俗村へ[上]https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_6.html
13. 同 [下]https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_7.html
14.新上野橋から三福寺橋、山小屋て、なぜ洋風なの? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_8.html
15.「旧 吉城郡細江村の民家」(熱田神宮内) 〔今回〕
☆☆☆☆高山シリーズ第4回
1.日の出天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html
2.大八賀神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_14.html
3.東山遊歩道(1)高山別院照蓮寺から東山白山神社へ
4. 〃 (2)東山白山神社・大雄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_16.html
5. 〃 (3)雲龍寺・久昌寺・栄鏡院 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_17.html
6. 〃 (4)洞雲院・素玄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_18.html
7. 〃 (5)東山神明神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_19.html
8. 〃 (6)天照寺・法華寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_20.html
9. 〃 (7)善応寺1.本堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_21.html
10.〃 (8)善応寺2.地蔵堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_22.html
11.〃 (9)宗猷寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_23.html
12.〃(10)町年寄川上家別邸跡 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_24.html
13.煥章館と煥章館2階から見た東山 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_25.html
14.十六銀行 高山支店、早朝は無人の安川交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_26.html
15.新装「高山駅」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_27.html
16.片流れ屋根のモデルハウス https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201611article_4.html
☆☆☆高山シリーズ第3回
1.藤井美術民芸館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_1.html
2.高山陣屋[1]床の間、釘隠し・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_2.html
3.高山陣屋[2]白洲、土縁庇・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_3.html
4.高山市政記念館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_4.html
〔番外 宮川にかかる欄干に加圧注入木材使用の橋と 防腐防蟻剤について。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html 〕
5.桜山八幡宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_6.html
6.桜山八幡宮 摂社 天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
7.山桜神社、古い町並美術館、手長足長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_8.html
8.宮川交番、高山警察署、高山市役所 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_9.html
9.飛騨国分寺、「和風ドーマー」、二重サッシ他
10.新宿‐高山のバスの予約をインターネットで「後部」を希望すると。「労災」のおかげで歩行困難にされた話 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_11.html
☆☆ 高山シリーズ第2回は、
(1)国府町村山天神参拝1上枝駅から宮川沿い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
(2)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
(3)同3浸透桝で雨水処理 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_7.html
(7)松本家住宅・ヒラノグラーノhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_8.html
(8)松本家住宅・宮地家住宅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_9.html
(9)宮地家住宅・平田記念館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_11.html
(11)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_12.html
(12)同3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_16.html
〔(16)~(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_18.html
(17)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_22.html
(21)飛騨総社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_23.html
☆ 高山シリーズ第1回 は、
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
★ 熱田神宮内 菅原社(外天神)、内天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_10.html
これまで、高山には、新宿から濃飛バス・京王バスの高速バスで往復することがほとんどでしたが、名古屋から高山まで、「特急 ワイドビュー ひだ」に乗っていくという、「ちょっと贅沢」な行き方をしました。その理由は、名古屋~岐阜~美濃太田~高山 という高山本線に一度は乗ってみたかったということと、名古屋市熱田区の熱田神宮に行きたかったということがあったからです。
場所としては、名古屋と岐阜県の飛騨地方とは別なのですが、熱田神宮に、岐阜県吉城郡細江村 から移築した という建物がありましたので、それについて、「高山シリーズ」のひとつ として掲載したいと思います。吉城郡細江村 とはどこかというと、今現在は、「細江村」は存在しないし、「吉城郡」も存在しない。 今現在の行政区画としては、吉城郡は高山市の国府町など北の方の一部分と飛騨市の大部分が吉城郡のようで、細江村は飛騨市の一部で、「平成に大合併」で古川町・神岡町などが合併して飛騨市になる前は、古川町に属していたようだ。
※ 《ウィキペディア-吉城郡》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%9F%8E%E9%83%A1
《ウィキペディア-細江村》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E6%B1%9F%E6%9D%91
高山本線で、高山から富山側の駅は、「上枝(ほずえ)」「飛騨国府」「飛騨古川」「杉崎」「飛騨細江」と続きます。
( ↑ 「旗」マークが、高山本線の「飛騨細江」駅です。 )
内田康夫『風の盆 幻想』にも話が出てきますが、飛騨市の高山本線「飛騨細江」駅のすぐ北のあたりで、国道は41号と360号に分かれ、鉄道の高山本線に沿って走る国道は2桁の41号ではなく3桁の360号の方で、41号は飛騨細江のあたりから分岐して神岡に行き、神岡から猪谷の方に行くようです。
このブログでの「高山シリーズ」は、基本的には、高山訪問に際して述べたもので、旧細江村は、現 飛騨市、旧 古川町 で、「平成の大合併」の前も後も高山市ではないが、今や、高山市は乗鞍岳の山頂まで高山市になってきているし、私の感覚では、乗鞍岳とか穂高岳とかなんて高山ではないし、平湯は高山市になったようだが、平湯が高山で国府町も高山なら飛騨古川だって高山の仲間に入れたっていいじゃないかという感じがしないでもない。 飛騨古川は飛騨市になったわけだが、「飛騨地方」ということで「仲間」にいれてもいいのではないかと思い、「飛騨・高山シリーズ」の中でとりあげることにした。 この場合、「飛騨」と「高山」の意味は、「飛騨」は高山市以外の飛騨地方で高山市に比較的近い所、「高山」は「平成の大合併」より前の高山市の市域を中心として現在の高山市の範囲 と考えているが、そのうち、又、定義を変更するかもしれない。 なぜ、単に「飛騨地方」ではいけないのかというと、私の感覚では、飛騨地方でも、高山と白川郷は、どちらがいいとか悪いとかいう問題ではなく、相当違うように思うのだ。 相当違うものを一緒にして論じるのもどうかと思う。 逆に、旧 美濃国でも、長良川の沿線、長良川鉄道(旧 越美南線)の沿線、行政区画としては、今やほとんどが郡上市になってしまって、これも感覚が狂うのだが、郡上市の美濃白鳥から郡上八幡あたりまでなどは、旧 美濃国とはいえ、愛知県に近い岐阜県よりも、むしろ、飛騨に近いようなところがあるのではないか、美濃的か飛騨的かというと、飛騨的ではないかという感じがしないでもない、と思うので、美濃でも飛騨に近い美濃は飛騨の「仲間」として論じても悪くもないのではないか、と思ったのだ。 しかし、そうやって拡げていくと、それなら、富山県の五箇荘とか八尾とかも飛騨の仲間に入れるのかとかいうことになってきて、いくらでも広がってしまうので、どこまでにするかという問題もあるが、飛騨市の旧 古川町あたりまでは、高山の隣接地域として一緒に論じても悪くないと思う。 何より、旧 国府町を高山として論じて、旧 古川町はだめというのも変だという気がするのだ。 白山は岐阜県と石川県の境目、飛騨と加賀の境目にある山だが、白山も高山の仲間に入れるのかとまで言われると、乗鞍岳を高山と言われると違和感があるのと同じく、白山を高山と言われると、違和感があり、どこまでというのは難しいが、そのあたりは、「まあ、適当に」ということで、述べる。
飛騨市が成立した時、古川と神岡ではずいぶんと離れている・・・ような感じがしたのですが、それは時刻表の地図くらいを見て考える人間が思うことのようで、鉄道では、今は神岡線はなくなってしまいましたが、かつては、神岡は富山県と岐阜県の境目付近の猪谷から高山本線と分岐して南に進み、飛騨古川から猪谷までは神岡を経由せず、それより西側を宮川沿いに走るので、鉄道だと飛騨古川から神岡まではずいぶんと経由して行く感じでしたが、道路だと、高山駅付近から飛騨細江駅付近までの距離くらいを、飛騨細江駅付近から北東に国道41号を走ると神岡につくようで、それほど遠いわけでもないようです。
それで、愛知県名古屋市熱田区の熱田神宮に何があるかというと、「又兵衛」なる建物がある。↓
↑ ≪ 又兵衛 登録文化財
合掌造りの原型と言われる江戸時代初期の様式を遺している。 各部の材に手斧(ちょうな)仕上げの特徴が残り 馬屋を台所の南に設けている 岐阜県吉城郡から移築され茶室や披露宴会場として利用されている≫
と書かれています。
『週刊日本の神社 熱田神宮』(2014.7.14.ディアゴスティーニ・ジャパン)には、「境内探訪」の稿で、「又兵衛」の内部の写真が掲載されており、
≪ 合掌造りの原型といわれる江戸時代前期の建物。 岐阜県吉城(よしき)郡細江(ほそえ)村の民家として使われていたものを移築し、茶室として使用。登録文化財。≫
と出ています。 熱田神宮の大口の氏子さんが熱田神宮で結婚式をあげるとかですと、この建物の中に「披露宴会場」として入れるのかもしれませんが、私なんかは、「大口のお客さん」ではありませんので、外から見せてもらうくらいです。
最初、飛騨地方の江戸時代に造営された民家を、なにゆえに、熱田神宮という神社が神社の境内に移築して保存するのかと思ったのですが、古民家を移築・保存することを主たる目的としたものではなく、移築した上で神社の行事や神社の「大口のお客さん」の行事に使用するために移築したもののようです。
杉山英男が、『地震と木造住宅』(丸善)でだったと思いますが、「昔の家は良かったが、最近の家は造りが良くない」といったことを言う人がいるが、それは必ずしも正しくない、「昔の家」で今現在生きている人間が見るものというのは、豪農の家・豪商の家・上級武士の家など、「昔の家」の中では比較的いい家が残っていて、「昔の家」の中でも、あまり造りのよくない家は、すでに残っていないので見ることはできないのに対して、「今の家」については、良いものも悪いものも見るので、それで、「昔の家」は造りがいいというように思えてしまうのであって、昔の家すべてが良かったわけではない、といったことを述べていたと思いますが、↑の「又兵衛」という建物も、その比較的造りが良い方の家だったと思われます。
「又兵衛」という名称はなぜついたのか、その説明は見当たりませんが、熱田神宮が移築して利用する際に、妥当な名称として考えたのか、それとも、移築する前に、細江村でこの建物を使用していた農家の主人の名前が、代々、「又兵衛」だったのでしょうか。
熱田神宮は、南門・東門・西門と3方から入れますが、「又兵衛」は西の鳥居をくぐって東に進んだ北側にあります。↓
鉄道の駅では、JR「熱田」・名鉄「神宮前」・地下鉄名城線「伝馬町」「神宮西」の4つの駅から徒歩圏です。
地下鉄名城線は名古屋駅を通らないので、名古屋駅から行く場合は、東山線で「栄」、もしくは桜通線で「久屋大通」で名城線に乗り換える必要があります。 栄駅で名城線に乗ろうとした時、名古屋港行きが来た時は、金山駅から「神宮西」「伝馬町」とは別の方向に行く電車ですから、金山で再度乗り換えるか、栄で名古屋港行きでない名城線の電車に乗るようにする必要があります。
(↑ 熱田神宮 拝殿。 )
熱田神宮には、三種の神器の1つの草薙剣がある・・・と言われますが、熱田神宮の本殿にあると言われているということであって、熱田神宮に行ったとしても、実際にそれを見ることができるわけではありません。
チムニー(株)http://www.chimney.co.jp/shop/ にいた時、 チムニー(株)の新店舗で、かつて、梁桁材として使用されていたとわかる松丸太を縦に置いていた店があったので、「なんじゃ、こりぁ」と思い、「1000万円超えプレーヤー」という「デザイナー」に、「普通、こういう曲がった木を柱に使ったりはしませんね。 こういうのはちょっとどうでしょうね」と言ったところ、「そういう曲がっているのがいいんですよお」とわけのわからんことを言ったので、この人、あんまり賢くないなと思ったということがありました。 チムニー(株)http://www.chimney.co.jp/shop/ は「はなの舞」「花の舞」「炎」「チムニー」「知夢仁」などの名前で店を出しており、「チムニー」という名の店は店の中に装飾の料理用煙突(チムニー)を飾りとして設置した「洋風居酒屋」ですが、「はなの舞」「花の舞」「炎」は「和風」のしつらえで、それは「高山風」だというのです・・・・が、そう言われて、私は高山の「民家」などをずいぶんと見てきたのですが、松丸太を縦にして柱のように使っているような家なんて1軒もありませんでした。
柱というものは、上からの荷重を受けるものですから、曲がっていてはだめなんです。 梁の場合は、上に凸になるように入れると、上からの荷重がかかった時に元に戻ろうとする力が働き、又、中央部では、重力で下に下がろうとする性質がありますから、上に凸になっていた方が下がりにくく、合理的だと言われたりもするもので、柱は桧・杉などのまっすぐに伸びる木が使用されることが多く、松丸太は、梁桁材として使用されることが多く、柱に使われることはあまりないはずですが、「1000万円超プレーヤー」の「デザイナー」の「先生」て、いったい何考えとんじゃ、て感じがします。 私の3倍も4倍ものカネ盗ってて、何をアホなこと言うてんねん・・・て感じですが、別に飛騨まで見に行かなくても、名古屋にも「又兵衛」があるわけですし、東京圏でも、たとえば、合掌造りなら横浜の三渓園にもありますし、見に行けばいいと思うのですが、「デザイナー」とか「1000万円超プレーヤー」とか「せんせい」とか、「あーきてくと」とか、もしくは「いっきゅうけんちくしい~い!」とか名乗りだすと見に行かないみたいです。私みたいな「日陰の月見草」と違って。 1000万円超のカネもらう人は、杉山英男先生の本とかも読まないみたいです、私みたいな「日陰の月見草」と違って。
それから、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ では、「なんじゃらアーキテクト」とかいう舌かみそうな名称を従業員の名刺に入れたりしているようですが、そんな「資格」は日本にはありません。フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪は「榎本さんは設計士なんだから」などとアホなことを言って、未熟な若造の設計担当を一生懸命持ち上げていましたが、同社には「設計課」という部署はあっても、「設計士」などという部署もなければ役職名もなく、日本には、一級建築士・二級建築士・木造建築士・一級施工管理技士・二級施工管理技士といった資格はあっても、「設計士」などという資格は存在しませんからね。 ありもしない資格もどきを捏造して、「設計士(さま)なんだから」などと言い出すというのは、それは、阿諏訪が高校を卒業した後、設計事務所という所に勤めたからであり、それは、設計事務所と称する勤め先に勤めた人間の「職業病」です。 《「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば「ひとは言うことをきく」と勝手な信仰を持っているおっさん》というのが、設計事務所のおっさん にはいるのです。 ところが、そういうテアイを見て、よし、俺もそれをやったろ・・・と思ったものの、「いっきゅうけんちくしい~い」という国家資格の試験にな~かなか通らないというできの悪いのというのがいるわけで、「二級建築士」で通してやろうとする男もでてくるのですが、それにすらも通らないという、どうしようもないできの悪いのというのもいるわけです。 そういうのが名のるのが「設計士(さま)」とか「なんじゃらアーキテクト」とかそういうのです。 「設計」という職種名はあっても「設計士(さま)」なんて職種名はないし、一級建築士・二級建築士・木造建築士・1級建築施工管理技士・2級建築施工管理技士という国家資格はあっても、「設計士(さま)」なんて、そんな資格は国家資格としても民間資格としてもありませんからね。
どうも、「設計事務所」という所に勤めると、たいしたことないヤツが「先生ヅラ」したくなる・・・という、なんか「職業病」みたなものがあるみたいです。 私だって、もしも、大学を卒業した後すぐに、高校の先生とか中学校の先生とか、あるいは、弁護士とかそういう先生業についたなら、「先生」みたいな感じになったかもしれませんが、いいか悪いかわかりませんが、そういう職業にはつかなかったのです。そのおかげで、あんまり、「先生」みたいにはなりませんでした。 住宅建築業の会社に勤めて、「営業」と名刺に書いたものを持ちますと、見込客には営業には機嫌を取ってもらって当たり前みたいに思う人とかいます。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→や(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕にいました時、「営業と口きく必要はない」なんて言った来場客もいました。この人、「営業と口きく必要はない」なら、いったい、誰と口きくんだろうなあ・・・なんて思いました。 「営業」という職種名で仕事をするとそうなるのです。 しかし、「先生」じゃありませんから、いろいろな人から教えてもらえるのです。業者さんから・職人さんから教えてもらう場合もありますし、「設計」の人間から学ぶものもあれば工事課の人間から学ぶ場合もあり、先輩の営業社員から学ぶ場合もあり、なにより、お客さんから教えてもらう場合があります。
ところが、私立五流大学、ともかく、入学試験会場に行って氏名と受験番号さえ書けばアホでも通る、入学金さえ払えば、アホでも入れて、よほどのことがない限り卒業できるという、私立大学の建築学科を卒業して、住宅建築業の会社に就職しますでしょ。そうすると、右も左もわからん若造が、その時から、「設計士さま」を名のってみたりするのです。 右も左もわからんヤツがですよ。 (株)一条工務店なんて、営業本部長の天野隆夫が「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」なんて言いましたもので、営業本部長がそこまで言うのならしかたがないと思って、入社1年目の設計担当者の言うとおりしましたところ、私が苦労して苦労して工夫して努力してやっと仮契約まで持って行った大事な仮契約客を3軒連続で解約されました。 野村克也がどの本かで書いていましたが、南海ホークスでけっこう活躍jした投手 西岡三四郎が、ピッチングコーチと合わないのでトレードに出してほしいと言ってきた際、それならトレードに出してもいいけれども、「ひとこと、手前みそなことを言わせてもらうと」と断った上で、「もしも、俺以外のキャッチャーなら、きみは今までと同じだけは勝てないよ」と言ったというのですが、(株)一条工務店に入社して以来、同社は「設計」は三流以下投手・へんくつ投手・新人投手ばっかりを私にまわしてきたわけで、私は「捕手」(営業)として、苦労して工夫して努力してなんとかうまくリードして図面を作らせて引渡しまで持っていったのに、それをアホ営業本部長がそういうことを言うようでは、天野隆夫が営業本部長をやっているようでは(株)一条工務店ではまともな家はできまへん・・・ということになる。 そういうアホ大学の建築科を出てきたばっかりのくせしてからに「設計士の先生」とやらになりたがるヤツ・・というのがいるのですが、そういうのは、なにしろ、「設計士の先生」ですから、畏れ多くも「先生」に教えるなどとそんな僭越なことできませんわな・・・・。だから、誰も教えなくなって、何も学ばないのです。 「設計」という職種名の人間とか、設計事務所に勤務する人間とかには、そういうの、けっこういますよ。
「設計事務所」という所に勤めると、「先生」なんて呼ばれることがあるのです。私にしても、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ におりました時、初めて関わる業者さんに電話して、「わたしどもは、設計事務所なのですが」などと言うと、「先生」なんて相手が言ったりしまして、「先生」て誰やねん? 誰のこと言うてんねん?・・・て、俺か???・・・なんか、気色の悪いこと言うおっさんやなあ・・・とか思ったりしたものですが、その時の私のように、「なんか、気色の悪い」と思えばいいのですが、「先生」と言われて、それで、「先生様」になったみたいに思ってしまう人もいるみたいです。で・・・、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のアフター課の阿諏訪が「榎本さんは設計士(さま)なんだから」などとアホなことを言ったのは、それは「設計事務所の職業病」です。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合、多くのハウスメーカーと違って営業と設計が分業されていないので、担当者は「営業兼設計」ですが、彼らが自分を「営業」と思っているか「設計」と思っているかというと、「設計士(さま)」とか勝手に思っておるわけです。これではだめです。(株)一条工務店の第一設計部のヘボ設計などを見ると、ちょっとは営業の経験をさせてやった方が本人のためと違うのかという感じの人がいましたし、おまえが粗末に扱っているお客さんのその契約をいただくために、営業の人間がどれだけ大変な思いをしたかわかってないだろと言ってやりたくなる人もいましたが、その点、自分自身が営業でもある「営業兼設計」もしくは「設計兼営業」であるフリーダムアーキテクツデザイン(株)の担当者というのは、自分が営業でもある経験が設計に生きるのではないか、その点で、「設計」専業で、「設計」という職種についただ最後、誰もに機嫌をとってもらうのが当然みたいに思っているような人間とは違うのではないかと最初は思ったのですが、そうではなく、 「営業」がいる会社(多くのハウスメーカー)においては、「設計」がいいかげんな対応をした時に、営業の人間が「おい、これは何だ」と苦情を言うことで、設計も成長していくことがあるのに対して、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合は、「営業兼設計」ではなく《営業のいない「設計」》、「こんな対応ではだめだろ」と苦情を言ってくれて、それによって「設計」が成長することがあるというそういう「営業」がいない会社、《「捕手」がいないためにでまかせで投げている「投手」みたいなもの》という性質があるとわかりました。
1980年代後半、小堀住研(株)に入社しました年、松戸営業課長の某さんが、同課の営業担当者に、「おい、(設計担当者の)◇◇、あいつ、きっちりとした図面書いてるか。 まともなもの書かないなら、営業の方から、『なんだ、これは』と言ってやらないとだめだぞ」と言っていたことがありました。 (株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の神奈川県の営業所で営業所長をしていたTさんは、前職として「設計」として勤務していたこともあったらしく、自分で図面を作った上で、(株)一条工務店の「設計」に、この内容で清書しろと指示したりもしていたようです。 私はそこまではやりませんでしたが、しかし、住宅建築業においては、「設計」はピッチャーで、「営業」はキャッチャーみたいなところがありまして、野村克也が楽天の監督をしていた時に、打たれた田中将大に、試合後、「もっと、捕手の言うことをきかんか」と言ったのが新聞のスポーツ欄に載っていたことがありましたが、「捕手の力」というのは野球だけでなく、住宅建築業においても大きいと私は思っています。 実際のところ、「捕手の力」なしで、「相手を打ち取れる」(顧客が納得がいく図面を作成する)ことができる「投手」(「設計」)がいったい何人いたかというと、たいしていてないと思うのです。それを、「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」などと営業本部長が言ったりしますと、勤め先に上役が言うことだからしかたがないと思って、私立五流大学の建築学科を卒業してきたばかりの新人の言うとお~りやったりしますと、苦労して苦労してやっと仮契約まで持っていったというお客様を次々と解約されたりする・・・ということになるのです。そして、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ の本社からは「設計」にではなく「営業」に、「解約が出たのはあなたのどこが悪かったか、レポートに記載して提出してください」などと言ってくるのです。営業本部長が私立五流大学をでたばっかりの新人の言う通りしろと命令したから、そんなことやってうまくいくわけないだろうがと思いながらも、しかたなしに営業本部長の言う通りにやったら解約されたのだろうが。それを、「あなたのどこが悪かったか、レポートに記載して提出してください」とは何だ! と思うのですが (こちらとしては、「投手」がもっと「捕手」の認識・感覚を尊重して動いてくれておれば、仮契約から契約に進み、解約にならなかったお客さんを解約されたのですから、会社か営業本部長かどちらかに損失補填してもらいたいところです)、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ というのはそういう会社 でした。
(株)一条工務店の営業本部長は「ちょっと変わってる」のであり、自分自身が営業の仕事をそれほど経験があるわけでもない人で、オーナー社長の義理の弟として20代の時に浜松限定でちょろっとだけ「特別扱いの営業」をやった経験があるだけの人ですから(「特別扱いの営業」というのは、営業の経験があるうちに入るかどうか微妙だと私は思います)、住宅の営業がわかっていないのですが、そういう会社のそういうケースは別として、「ハウスメーカー」に勤めると、「設計」といえども、対応が悪いと他の職種の人間から批判を浴びたり苦情を言われたりもするのです・・・・が、ところが、「設計事務所」という所に勤めると、「先生」とか「設計士(さま)」とかになってしまうことがあるみたいです。 これは本人のためによくないと思います・・・が、「設計事務所の職業病」を身につけた人というのは、なかなか、その職業病は治らないみたいです。
その結果のひとつの例が、チムニー(株)の「デザイナー」「1000万円超プレーヤー」の「せんせい」の、松丸太梁を縦において、「この曲がっているのがいいんですよ」という、「バッカじゃなかろかルンバ♪」というのか「よく言うわ~♪」というのか、です。 いっそ、おもしろいから、指摘せずにその後もその類をそのままやらせた方がいいのかもしれません。 たぶん、いつまでも気づかずに、いくらでも、バカやると思います・・・。
※ 「バッカじゃなかろかルンバ♪」 ⇒ 《YouTube-野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs
「バカ言ってんじゃないわ♪」「よく言うわ~♪」 ⇒ 《YouTube-三年目の浮気》https://www.youtube.com/watch?v=DgBvi-cZbJM
↑ これ、高くないけど、なかなかおいしい。 もっとも、「黒糖げんこつ」て名前と見た目から考えると、コリコリ、カリカリした歯ごたえか・・・と見えるが、食べてみるとそうではなく、柔らかいので、最初、面食らう・・・
(2017.11.12.)
☆☆☆☆☆高山シリーズ第5回
1.内田康夫『風の盆 幻想』と巡る高山(1)喫茶店「ロスト」を探す https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_5.html
2. 同 (2)高山ラーメン https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_6.html
3. 同 (3)「高山の郊外にあるK病院」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_7.html
4. 同 (4)高山市役所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_8.html
5.旧 野首家住宅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_9.html
6.旧 新宮村 郷倉 ほか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201710article_10.html
7.山岳資料館(旧 高山測候所)、飛騨民俗村とは・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_1.html
8.飛騨合掌苑 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_2.html
9.「飛騨民俗村 文学散歩道」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_3.html
10.飛騨高山美術館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_4.html
11.名古屋から高山へ「ワイドビュー飛騨」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_5.html
12.高山駅から飛騨民俗村へ[上]https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_6.html
13. 同 [下]https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_7.html
14.新上野橋から三福寺橋、山小屋て、なぜ洋風なの? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_8.html
15.「旧 吉城郡細江村の民家」(熱田神宮内) 〔今回〕
☆☆☆☆高山シリーズ第4回
1.日の出天満神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html
2.大八賀神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_14.html
3.東山遊歩道(1)高山別院照蓮寺から東山白山神社へ
4. 〃 (2)東山白山神社・大雄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_16.html
5. 〃 (3)雲龍寺・久昌寺・栄鏡院 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_17.html
6. 〃 (4)洞雲院・素玄寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_18.html
7. 〃 (5)東山神明神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_19.html
8. 〃 (6)天照寺・法華寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_20.html
9. 〃 (7)善応寺1.本堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_21.html
10.〃 (8)善応寺2.地蔵堂 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_22.html
11.〃 (9)宗猷寺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_23.html
12.〃(10)町年寄川上家別邸跡 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_24.html
13.煥章館と煥章館2階から見た東山 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_25.html
14.十六銀行 高山支店、早朝は無人の安川交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_26.html
15.新装「高山駅」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_27.html
16.片流れ屋根のモデルハウス https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201611article_4.html
☆☆☆高山シリーズ第3回
1.藤井美術民芸館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_1.html
2.高山陣屋[1]床の間、釘隠し・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_2.html
3.高山陣屋[2]白洲、土縁庇・・ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_3.html
4.高山市政記念館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_4.html
〔番外 宮川にかかる欄干に加圧注入木材使用の橋と 防腐防蟻剤について。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html 〕
5.桜山八幡宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_6.html
6.桜山八幡宮 摂社 天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
7.山桜神社、古い町並美術館、手長足長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_8.html
8.宮川交番、高山警察署、高山市役所 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_9.html
9.飛騨国分寺、「和風ドーマー」、二重サッシ他
10.新宿‐高山のバスの予約をインターネットで「後部」を希望すると。「労災」のおかげで歩行困難にされた話 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_11.html
☆☆ 高山シリーズ第2回は、
(1)国府町村山天神参拝1上枝駅から宮川沿い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
(2)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
(3)同3浸透桝で雨水処理 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_7.html
(7)松本家住宅・ヒラノグラーノhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_8.html
(8)松本家住宅・宮地家住宅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_9.html
(9)宮地家住宅・平田記念館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_11.html
(11)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_12.html
(12)同3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_16.html
〔(16)~(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_18.html
(17)同2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_22.html
(21)飛騨総社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_23.html
☆ 高山シリーズ第1回 は、
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
★ 熱田神宮内 菅原社(外天神)、内天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_10.html
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