注入防蟻木材による像と滝野川公園。地震の科学館。花森東京病院。医者はいい身分―平塚神社【3/15】
[第615回]
東京メトロ南北線「西ヶ原」駅の南東側に「花と森の東京病院」という、「なんちゅうネーミングやねん、いったい」て感じの名前の病院がある。
[5] 花と森の東京病院、東京高等蚕糸学校発祥之地。
病院の方は「花と森の東京病院」http://www.hanamorithp.jp/ て、どっからそんな名前考えてんて感じ。現地の看板にもホームページにも日本医大の関連病院だと書いてあるので、そうなのだろう。

↑ 「花と森の東京病院」
壁面には「東京病院」と書いてある。「花と森の」という文字はない。
↑の上の方についてる輪っかは、あれは何だろうと思って拡大して撮影してみたのだが↓
↑ 拡大しても、いまひとつ、よくわからん。
↑ 「東京高等蚕糸学校発祥之地」という石碑が「花と森の東京病院」の敷地内に建っている。クリックすると大きくなるので大きくして見てください。
患者としてかかった場合にいい病院なのかろくでもない病院なのかは、かかったことがないからわからん。
しかし、今、思うのだが、「医学部に行ったやつ」てのは、なんだかんだ言っても、「最初から医者ができる」というところがいいよなあと思うのだ。やっぱり、「学歴はカネで買える」とも言える。 私は経済学部・商学部・経営学部という所だけは行かされたくないと思って育ったのだが、その行かされたくない所に行かされてしまい、結局、卒業したが、そういう学部を卒業すると、「中卒・高卒と一緒」にされてしまうのだ。そうなると、いったい、何のために、小学校の1年からほかの人間が遊んでいる時もひたすら勉強してきたのかわからないことになる。
森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)では、日本の企業は江戸時代の商店の時代から、番頭さんとしてオーナーの一族でない者に相当の権限を持たせて運営に参加させるということをしてきたが、明治に入ってから、それまでの「番頭政治」とは異なり「学卒者」を登用するようになったことが述べられている。
≪ 岩崎弥太郎社長は、とくに東京大学の卒業生であることを加藤、末延、磯野、荘の四人を、海外留学を条件に採用しました。「官尊民卑」の意識が牢固としていた当時、東京大学出身の学士を民間会社に雇い入れるためには、海外留学のような破格な条件をつける必要があったのです。岩崎弥太郎はそれほどまでして、学識ある人材の吸収につとめました。彼は、友人の福澤諭吉に対し、学識のない俗子弟も学識を持つ学者書生も一長一短あるが、「俗子弟を養うて之に学者の気象を得しむるは難し。学者を慣らして其外面を俗了するは易し」と語っています。
岩崎の学識尊重は、一つは盟友福澤諭吉の影響にもよりますが、もう一つの理由は、政府、外国商館・外人船員との交渉、対外取引で通用する文書・会計帳簿の作成、海外からの情報、知識、ノウハウの取得など、江戸時代の家業では経験する必要のなかった業務を近代的海運会社であるがゆえにこなす必要に迫られながら、「俗子弟」では、それに対応できなかったことにあったと考えられます。≫
私の場合、ひとより年齢をいって大学を卒業したので「誰もが行きたがる有名大企業」には就職できないとは思いましたが、慶應大学の商学部の先生が「東大・京大や慶應・早稲田などの卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、そのくらいの大学の卒業生をなかなか採用できない、というくらいの会社に行った方が、経験を積む機会があり活躍の場があってかえっていい面がある」と講義の中で言われることがありましたが、そういうこともあるかと思い、そして、慶應大学の就職部に行って、どのくらいの会社なら採用してもらえる可能性があるでしょうかと尋ねたところ、「けっこう大きいが無名の所か、有名だけれどもあまり大きくない所・・というくらいなら採用してもらえる可能性があるかもしれない」と言われ、その条件で探して、従業員数千人以上なので小さくはなく、ともかく一部上場で、知っている人はしっているが誰もが知っているとまではいかないかもしれないという程度の知名度の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕に入社しましたが、ところが、「うちは一部上場ですから」と顧客には言っている会社でしたが、入社してみると、「え? これが『一部上場』なの?」というところがある会社でした。 「大卒しかとらない会社」と小堀住研(株)は昔から言いまくってきたはずでしたが、入社すると、なぜか、高卒の人がけっこういました。私は慶應大学に小堀住研(株)が出していた求人票を見て応募したのですが、求人票には「応募資格」として、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」か「4年制大学の建築学科・土木学科卒の人」で「資格」として「普通自動車第1種免許」を取得していることとされていて、その募集に応募して採用されたわけであり、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」のコースに応募して採用されたのであり、最初、営業の職種に配属されましたが、住宅建築業の会社でもミサワホームなどは高卒の人が多い会社らしかったが、私はミサワホームの営業か小堀住研(株)の営業かどちらに応募しようかと考えて小堀住研(株)の営業に応募したわけではなく、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」の募集に応募して採用されて入社したわけであって、高卒の人を募集していたミサワホームには最初から応募するつもりはなかったのですが、ところが、入社すると、なぜか、「底辺の高校卒の人」というのがいた。小堀住研(株)の入社式の後、立食パーティーで、社長1人・副社長1人・専務1人のあと、常務が3人いて、その3人のうち2人は銀行から来た人だったが、唯一、銀行から来たのでない常務だった慶應大学卒のKさんが「うちの会社もまだまだ人材が不足してますから」と言われたのを聞いて、その時はどういうことかよくわからなかったが、入社してしばらく勤務すると、たしかになあと思うようになったし、そして、小堀住研(株)でも≪「俗子弟」では、それに対応できな≫いものが相当あるにもかかわらず、対応すべき「人材」を確保できておらず、慶應大学の商学部の先生が言われたように、たしかに、「東大・京大・慶應・早稲田などの大学の卒業生ばかりの会社」よりも経験を積む場も実力を発揮する場もありそうでした・・・・が、「底辺の高校卒の人」というのがなぜか幅をきかせており、又、「大卒しかとらない会社」でも社長は高卒だったが、パナソニックでも松下幸之助は小学校しか出てない人であっても「社長は特別」であるのと同様、創業者の「甥っ子」と言っていたが実際は「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だからしい「社長は特別」だと思っていたのですが、今から考えると、小堀住研(株)の社長の中島昭午は、そうではなく、「高卒の社長」は「底辺の高校卒の人」の方がいいみたい! で、「たとえ、会社をつぶすことがあっても、底辺の高校卒の人の方がいい」というのは、これは「高卒の経営者」が持つ習性だったのかもしれません。
その後、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入社しましたが、(株)一条工務店では入社してすぐの時期に営業本部長から「〇〇くんが応募してくれた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言ってくれたので、そう言ってくれるのなら悪くないのではないかと思ったし、実際、(株)一条工務店もまた、「浜松の工務店」から「全国規模の会社」に変化していこうという状況の会社であったわけで、≪「俗子弟」では、それに対応できな≫いものが相当出てきていた会社でした。しかし、(株)一条工務店の「高卒のオーナー経営者」は、「一流大学」卒の人間を採りたがるわりに使うのを嫌がる経営者だった。「使う能力」がないのかもしれないし、従業員の間で「まったく、人の使い方を知らない会社だ」と言われていたのですが、1992年に私が入社した時、総務の「責任者」はオーナー社長の義理の弟の嫁で、ほかは山本というヌケタの男が1人、特にヒラから「主任」にならせてもらうだけの実績を残したわけでもないのに「主任」の肩書をもらっていて、それ以外は高卒の女性が何人かいただけであり、その「総務」が総務といいながら総務と人事をやっていたので、浜松地方の工務店ならともかくこれから全国規模の会社になっていこうという会社においては、人事総務がこういうことではいけないとわかりましたし、ヌケタが使い物にならないのは最初から明白でしたし、私は大学卒業までに「労務管理論」「労働法」「労働経済学」や「カウンセリング」「心理学」などを学んできた者であり、私に人事総務をやってくれという話があるかもしれないと思ったのですが、それから10年経った2002年、総務部長になっていた一族らしい天野雅弘から「バカか。そんなもの、総務とか人事なんて一族でもない者にさせるわけないだろう。いったい、何考えてんだ」と怒鳴りつけられたのですが、「いったい、何考えてんだ」というのは天野雅弘の方で、「社長の義理の弟の嫁」が総務の責任者だとか、一族の若造で技術系の能力はなく営業では使い物にならないから総務で「主任」にならせておくとか、その程度の人間が総務だとか人事だとかでは無理です。やはり、私のような旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部で「労務管理論」「労働法」「労働経済学」「心理学」などと学んできたような私のような人間を1人は総務・人事に配属して担当させるようにしないと、「社長の義理の弟の嫁」とか「一族の誰かの親戚で技術系の能力はなく営業では使い物にならない男だから総務」とかしかいないというのではだめです。 この程度のこともわからんのか! と思うのですが、わからんのでした。わからん人間がオーナー経営者の会社でした。人事・総務では使いたくないらしいというのは、比較的早い段階で感じましたが、営業本部長がインテリアコーディネーターを取ってくれと言い、又、「他の人と違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」ということで負担を払って居住地の変わる転勤をして福島県の営業所にも勤務しましたし、ということは、インテリアコーディネーターとしての知識・能力と慶應大学商学部卒の人間が持つマーケティング的発想・経済学的認識と実際の複数地域での営業経験と同社の従業員のレベルで考えれば間違いなく上の方の語学力とを生かして、商品開発であり、新規出店計画の担当であり、もしくは、海外から購入する物の担当なり、海外拠点進出の際の担当なりをさせようという考えかと思い、相当の努力をして、片方で営業の仕事をこなしながら大変な努力と工夫の上でインテリアコーディネーター他の資格も取得して、他の人間がしない居住地の変更をともなう転勤もして負担も払ってきましたが、ところが、(株)一条工務店は私に負担を払わせるばかりで「やらず、ぶったくり」にしたのです。慶應大学の商学部の先生は「東大・京大や慶應・早稲田などの卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、そういう大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が経験を積むこともでき、活躍の場もあっていい面がある」と言われたのですが、私が勤めたような会社においては、経験を積む場も活躍の場もあっていいはずの状況の会社でありながら、そういう仕事はすべて中卒か高卒の人にまわすわけで、それを中卒か高卒の人ができるかというと・・・→できないのですが、そうすると、総務部長の天野雅弘が「おまえはぼくらが知らないことを知っているし、ぼくらができないことをできるじゃないか。そこが腹立つんじゃ。むかつくんじゃ、この野郎。俺は正直だから実際に口に出して言うけれども、黙っていても、他の人間も、みんなそう思ってるんだからな」と言うのです。「腹立つ」とか「むかつく」とかそういうことを言って会社の経営を考えているようでは「その程度の会社」ですが、「高卒の社長の考えること」というのは、「一流大学卒」の人間を使って「腹立つ」「むかつく」くらいなら中卒・高卒の人間を優遇して会社をつぶした方がいい・・・というところでしょう。 そういう会社に長く勤めて・・・→疲れました。 「雨ニモ負けず、風ニモ負ケズ」「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」「韓信の股くぐり」を続けて、「やらずぶったくり」にされて、疲れました。父が「住友銀行とか野村證券とかああいう会社は給料もええけど、よう働かせよるぞお~お」と言っていたので、そうかいなあとそれを聞いた時は思ったのですが、(株)一条工務店だって「よう働かせよる」が給料は高くないのです。同じ「よう働かせよる」のなら給料が高い方がいいに決まってますでしょ。給料安いのに「よう働かせよる」会社がいいですか? そうじゃないでしょ。
森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)には、
≪ 家業グループ、とりわけ新興のそれにやや遅れて、富豪たちの共同出資によって設立された株式会社で、「学卒」者の採用が開始されます。中でも、近代産業の建設を目的として設立され、したがって、テクノロジーを必要とする株式会社では、いくつかの財閥と同様、まず、「学卒」技術者を採用し、やや遅れて事務系社員にまで「学卒」採用をひろげるというのが一般的パターンでした。しかし、高等教育を学んだ技術者は、「官尊民卑」の風潮や官庁の方が経営基盤の固まっていない民間会社よりも給料が高いという理由で、官業や軍工廠の方を選びました。だから、この一般的パターンが定着するまでにはかなり時間を要し、大体において明治20年(1887年)ごろまで待たなければなりませんでした。・・≫
≪ 財閥、非財閥を通して見て、高等教育機関出身の「学卒」者に対する企業側の需要は、まず、技術者に集中し、次いで事務系に移っていくという段取が存在しました。この理由は、流通・金融部門以外の近代産業を経営するさいに、テクノロジーは不可欠の要因である上、テクノロジーの知識の持主は容易に代替しえないこと、これに対し、原料・機械・資金等の調達や製品の販売等のいわゆる営業部門の活動は、高等教育によって得られる学識を必ずしも必要としなかったことなどから説明されます。・・・・ ≫
と出ていますが、この本を読むと、なるほど、日本の企業はこういう歩みを経てきたのか、江戸時代においては、「番頭政治」としてオーナー一族でない者を番頭とならせて店を運営させるということを日本の企業はしてきたが、明治に入って、まず、技術系の「学卒」者を活用し、そして、それに遅れて事務系の「学卒」者を活用するようになって今日に至るということか・・・・と、本を読んだだけでは思いそうですね。 ところが、実際に、「会社」ちゅうところに勤めてみますと、実は、日本の企業というのは、「江戸時代よりまだ前」の会社というのがあるのです。(株)一条工務店は私が入社した時には営業本部長の天野隆夫は「慶應大学卒の人がうちの会社になんて来てくれるのかと思ってびっくりした」と喜んでくれた・・・かのように見えましたが、それを活用するのは断固として拒否するのです。1990年代なかば頃でしたでしょうか、(株)一条工務店に私より古くから在籍した某さん(男。当時、40代)に、「それにしても、一条工務店という会社は、『一流大学』卒の人間をとりたがるようで、採ってもそれを活用しようとしているとは思えないのですが、はたして、『一流大学』卒の人間を採りたいのか採りたくないのかどちらなのでしょうねえ」と言ったことがあるのですが、某さんが言うのは「そりぁ、採りたいのですよ。採った上で冷や飯くわせて腐らせて、それで、『あんな大学だめだ』と言いたいんですよ。高卒の社長の考えることなんてそんなものでしょ。そんなのわかるでしょうよ」ということだった。「あ・・・。そうかもしれませんね・・・」と言ったのだが、そうかもしれない。 (株)一条工務店およびその類の会社においては、「江戸時代よりまだ前」の状態。「一族でもない人間に人事だの総務だのなんてさせるわけないだろうが」というのは本音。「学卒」者を活用して会社が繁栄することよりも、会社ががたがたしてもかまわんから使いたくない、しかし、「うちの会社にも◇◇大学卒の人間いてますよ」と言いたい! というそんなとこ。 だから、「うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言いながら、しかるべく活用しない。まともな処遇にしない。しかも、「慶應大学卒の人ですから他の人とは違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」などと言って、その内容はいかにももっともそうに聞こえる内容ではあるが、実際には、中卒高卒の人間を優遇して、慶應義塾の卒業生が中卒高卒の人間としょーもないことで争うのも大人げないと思って我慢していると、こいつは何でも我慢するだろうとなめてかかる。 そんな会社に勤めて、しょーもない中卒高卒のおっさん(これを称して「たたき上げ」と言うらしいのだが)を相手に、馬鹿馬鹿しい苦労をするよりも、「東大・京大か慶應・早稲田あたりの大学卒の人間ばかり」の会社に勤めて、そういう人間を相手に競争してその競争に勝ったり負けたりした方がよっぽどいい・・・と思うな。
≪ 高等教育機関の卒業生、すなわち「学卒」者を管理者的人材として採用し、さまざまな社内キャリアを経験させた後、ミドルおよびトップ・マネジメントに就任させるのは、今日にいたるまで一貫して変わらぬ大企業の人事慣行です。それを学歴偏重として批判するのは当たりません。特定の大学の卒業生だけを、能力・適性とは関係なしに採用したり、優遇したりするなら、学歴偏重のそしりを受けてもしかたがないが、「学卒」者の持つ教養・学識を経営戦力として活用しようとする意図自体に間違いはありません。現場の経験主義的熟練からだけでは管理者的人材は育たないのです。
たとえば、現代の中国では、四人組時代に高等教育体系を破壊され、知識層のモラールを喪失せしめられた結果、近代化が必要とする管理者的人材の不足に苦しんでいます。一般に、開発途上国は管理者的人材という隘路で足踏みをさせられます。それらと比較的してみても、「学卒」者にミドルおよびトップ・マネジメントの人材供給源を求め続けたわが国大企業の選択は、賢明であったといえます。≫(森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)というのですが、「現代の中国」に限らず、現在の日本においても、そういう会社がけっこうあるのではないかと思えます。
・・・・で、医学部はいいなあと思ったのは、ともかく、医学部を卒業すると、「病院」という所に勤める時、最初から「医者」として勤務できるのだ。経済学部・商学部・経営学部といった学部でやっていることというのは、私は実際に会社という所に勤めて、これは会社という所において役に立つものだと思うようになったのだが、たとえ、役に立つものでもオーナー経営者がそれを認めないとしかたがないのだ。高卒のオーナー経営者にとっては中卒か高卒の人間がいいのだ。ということは、そんな所でどんなに滅私奉公しても「くたびれもうけ」、あほくさいだけ! その点、 医学部を卒業して「医者」として就職したならば、「病院」に就職して、看護師として就職した人・◇◇技士として就職した人・掃除人として就職した人・運転手として就職した人・守衛として就職した人などと一緒に競争させられて、掃除人との掃除の競争に勝って看護師と看護の仕事の競争に勝ったら医者させてもらえる・・・なんてものではない。最初から、医者として扱ってもらえるわけだ。 だから、その点、医学部はいいわと思うようになった。
また、私などは父親から「大学は勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ。大学は勉強せんとアルバイトするもんじゃ。うちの会社の工場に来ておる キ~ンダイのやつとか、ピ~ンダイのやつとか、大阪経大のやつとか、みんな、アルバイトしとる。おまえも甘ったれておってはならぬぞ、チャンコロ。大学は勉強する所とは違うんじゃ、勉強すんな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ。アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっている人間やと慶應大学医学部の小此木啓吾先生というえらいえらい先生がそうおっしゃってる」と言われてアルバイトばっかりさせられた。で、その「アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっておる」と主張する慶應大学医学部助教授の慶應内部進学の小此木啓吾はおのれは大学生の時、「大学ちゅうところは勉強する所とは違うんじゃ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ」と言われてアルバイトばっかりやったのか?・・・というと、アホか、そんなもの、やってるわけないだろうが! 慶應の医学部なんて所を、あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお・あるばいとおと私みたいにアルバイト漬けにされて卒業できるわけないだろうが。 だから、小此木啓吾という男は、ひとには勝手なこと言ておきながら、自分にはその基準を適用しない卑怯者の内部進学なのである。「作家で精神科医」の なだ いなだ が『お医者さん』(中公新書)で書いていたが、月に酒代で5万円使う男がいて、この男は月に5万円も酒代に使われたのでは生活できないと家族に言われ、「アル中」だと「診断」される。ところが、この男は納得いかない。この男が飲みに行く所に、月に10万円、酒代に使う男がいるのに、その男は「アル中」とは言われない。なぜ、10万円酒代に使う人間が「アル中」ではなく、5万円使う人間が「アル中」と言われないといけないのか。10万円使う男は、実は年収が5万円使う男の倍以上ある為、10万円使っても「アル中」ではないという「診断」される、という。これと似ている。私なら、「大学は勉強する所とは違うんじゃ、甘ったれるな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ」とアルバイトしてもアルバイトしても言われるのに対して、慶應内部進学の小此木啓吾はアルバイトなんてちっともしなくてもそんなことは言われない! 小此木啓吾の☆☆シンドローム・▽▽症候群・・・といった「ビョーキ本」シリーズの「理論」なんてそんなものである。小此木啓吾はそういうものを「精神分析学」と称しているのである。医者屋のバカ息子が私立金権医学部に行くと、大学生の時にはアルバイトなんかするわけないわけで、ゴルフとかやって暮らす。それに対して、私は「あるばいとお・あるばいとお。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ。増長すんな、チャンコロ。アルバイトせんか、チャンコロ。大学はアルバイトする所なんじゃ、チャンコロ。あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお」と言われてアルバイトばっかりさせられる。どっちがいいかというと、裏口入学やってゴルフやって遊んでるやつの方がええわな。あほくさい話だが。私は高校卒業する頃、東大理科三類とか京大医学部とかに通るかどうかとかいう話は別として、「国立・公立の大学であれば」というくらいならば、通る可能性がある大学医学部はあった。慶應の商学部みたいなもんに行かされてしまったおかげで「大学は勉強する所と違うんじゃ、チャンコロ。甘ったれるな、チャンコロ。アルバイトせんか、チャンコロ。あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお」と言われ続けて暮らした。 医学部はほんとにええと思うわ。医学部に行った人間というのは「この世の極楽」じゃないか? 「医者の世界は大変なところがある」とか言う者もいるが私が勤めた三流企業だって「大変なところ」はいっぱいあったわ。 何を言うとんねん、何を。
【1/ 】で述べた私立金権関西医大に「患者」を薬漬け・検査漬けにしてせしめたカネで裏口入学した医者屋のM川のドバカ息子にしても、バカ大学のが学生のくせしてアルバイトなんてせずに、ゴルフなんてやっとったらしい。父親がバカ息子とゴルフバック買いに行った話を得意がってしておった。それに対して、我が家の父親は、私の従兄妹で専修大の体育会に進学した者がいたのだが、そいつがゴルフ場のキャディーのアルバイトをしたという話を聞いてきて、「あんたもキャディーやんなさい。甘ったれておってはならぬぞ、甘ったれておっては。チャンコロ。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ。心得違いを起こすなよ、勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ!」と言われ続けたものだった。ゴルフはゴルフでも、「患者」を薬漬け・検査漬けにしてせしめたカネでゴルフバック買ってバカ大学の学生が大学生なのにゴルフやるヤツと、国立大学に十分行けた可能性があるのに、「勉強すんな、チャンコロ。大学はアルバイトするものであって勉強する所とは違うねんぞ、心得違い起こすなよ、チャンコロ。勘違いするなよ、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ」と言われ続ける人間と、どちらがいいかというと、ドバカ大学のドバカ学生のくせしてゴルフやって遊んでるヤツの方が得していると思うが、日本の「世の中」というのは、「そんなもの」なのだろうか? この世に神は存在しないのか? 「患者」を薬漬け・検査漬けにして苦しめたカネで私立金権医大に行ったやつはゴルフやって遊んで、国立大学でも十分行けた可能性のある者は、「ゴルフ場のキャディーやんなさい。あんた」と言われる。この世に神は存在しないのか?
日本医大というのは、私は昔は知らなかったが、東京の私立の医大の中では比較的評価は高い医大らしいが、それであっても、私なんかは自分が進学する場合においては「対象外」だった。寄付金をいくら払う必要があるのかないのかなんて関係なく、我が家は、たとえ、国立大学の医学部であっても、「医学部は6年間行かないといけないから、いけません。4年で卒業できる学部の大学にしなさい。うちは医学部に行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな、チャンコロ」と言われてきたものだった。私立の医大なんて、寄付金がどうこうにかかわらず、ありえない話だった。そんな「大学」出たような医者屋には「甘ったれるな!」と言ってやりたい。私なんかは、高校卒業する年、東大を落ちたところ、父は「電卓、でんたく、デンタク、でんたっく。あんたが受けた大学に行くための電車賃が◇◇円。願書を取り寄せる切手代、封筒代が〇〇円。願書を送る切手代・封筒代が◇◇円。東大受けるために泊まったホテル代が☆☆円。・・・・・・わしは、あんたのおかげでこれだけ、損させられた」と毎日毎日言われ続けたものだったが、私立金権医大なんか行くようなヤカラはそんなこと言われることもなく考えたこともないだろう。 そういうのが医者になって、それで、「東大でた医者なんかよりも、私立大学でた医者の方が患者のためを思って仕事しているんだ」とか勝手なこと言ってるのではないか。世の中、公平ではないと思う。
[6]滝野川公園
「花と森の東京病院」の南東側の隣に「滝野川公園」がある。↓

※ 《北区 滝野川公園》https://www.city.kita.tokyo.jp/d-douro/bunka/koenichiran/takinogawa.html
女性の像らしきものが建っている。 緑色をしているので、青銅か金属の像だろうと思って近寄って根元を見ると、↓
↑ 木である。 加圧注入材を使用したもののようだ。
根元が加圧注入処理材の木材だということは、上の方の女性の像も加圧注入処理材を使った木材だろうか? ・・・と思い、望遠機能を使って撮影した。↓
↑ やはり、加圧注入処理材を使った木材のようだ。加圧注入木材の使用は、[第355回]《「加圧注入木材を構造材に使用した家に住むと住人は健康を害する」という住友林業が何度も言った嘘について》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html で写真を掲載した高山市の宮前橋もそうですが橋の欄干とか、フィールドアスレチックの遊具ですとか、公園のベンチですとか、ガーデニング用の木レンガとかではこれまでも見てきましたが、人間の刻んだ像に使用するのはここで初めて見ました。
加圧注入したものは、加圧注入してから切ったり削ったりすると、注入できていない内部が表に出てくるので、一般人が木を削って像を作った場合、その表面に表面塗布処理することはできても、加圧注入した木材を買ってくることはできても、切ったり削ったりしたものをそこから加圧注入してもらおうとしても、やってもらえないのが普通だが、こういう区立の公園に立つ像の場合は、「彫刻家」という人が削って、そして「区」が依頼しておこなうので、削ってから注入するということができた、ということか。
但し、中ほどに金属製の格子が入った部分があるが、あれは何なのか? その点がどうもよくわからない。 それと、頭の上にのっかってるの。あれは何だろうな?
「加圧注入材」とは、かつては、CCAという液、これは銅とヒ素とクロムでできたものに木材をつけて、さらに圧力を加えて溶液を木材の中に浸透させるという措置をしたものを使用していたが、その後、CCAを注入した木材を使用した家に住んでも、居住者にとってはむしろ表面塗布処理材の方が放散されるものが多く、表面塗布処理材の方が問題が大きかったのですが、CCAを注入した木材は、その後、その建物を解体して廃材となった場合に、自然環境破壊につながる可能性があるということで使われなくなり、代替品としてACQというものが使われるようになった。 ACQとは何ぞや? というと、銅と第4アンモニウム塩を配合したもの・・ということらしい。 比較的古くからあるものの場合は、CCA、比較的最近のものの場合はACQを使用していると思われます。
※ 《ウィキペディア―クロム銅ヒ素系木材保存剤》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%A0%E9%8A%85%E3%83%92%E7%B4%A0%E7%B3%BB%E6%9C%A8%E6%9D%90%E4%BF%9D%E5%AD%98%E5%89%A4
《ACQ加圧注入加工とは・・・》https://www.garden-assist.com/acq.html
《越井木材工業株式会社 薬剤の安全性について》http://www.koshii.co.jp/product/yakuzai.html
木材の防腐防蟻の方法については、1.表面塗布処理の方法、2.注入処理木材の使用、3.桧・ヒバ・米桧・米ヒバ・クリなど、もとより腐り・白蟻に強い木材を使うというもの、この3種類が考えられます。 木構造の建物では、「シックハウス症候群」「化学物質過敏症」といったものの原因になるということはないかと言われたことがありましたが、一般に、表面塗布処理と加圧注入処理との比較であれば、表面塗布処理のものの方が放散量は大きく、加圧注入処理のものの方が放散量は小さいとされているのですが・・・・・、ところが、「住友林業の営業」という嘘つきが、それを逆に言いまくったようで、「住友は嘘つかない」という信仰を持つ人というのが世の中にはいて、2000年前後、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいた時も、訪問すると、「ああいう一条さんのような加圧注入の防腐防蟻剤を使っていたのでは住む人間の健康に良くないと住友林業の人が教えてくれた」などと言う人があり、「それは違いますよ。シックハウス症候群、化学物質過敏症の原因となるので対処しないといけないと言われているのは表面塗布処理のもののことで、加圧注入処理のものは放散は少ないと言われているのです」と私は言ったが、そのおっさんは「いや。違う。加圧注入のものは健康に良くないんだ。住友林業の人が教えてくれたんだ。あんた、そんなことも知らないの?」と言うので、「何を言ってるのですか。住友林業の人間こそ何も知らないのですよ。何もわかってないのですよ」と言ったのですが、「いや、住友は絶対に嘘つかない。私はあんたみたいにそういう嘘を言う人間が大嫌いなんだ。そういう嘘を言う人間には頼みたくない。住友林業の人のように、本当のことを教えてくれる人に頼みたい」などと言われてしまった。「私は嘘なんてついてませんよ。私はきっちりと調べた上で話をしているのです。嘘ついてるのは住友林業の営業の方でしょう」と言ったのですが、「い~や! 住友は絶対嘘つかない!」と言ってきかない、ということがあった。まあ、よくも無茶苦茶言うものだと思った。 栃木県の佐野市近辺というのは、住友林業がけっこう強い地域で、かつ、読売新聞の購読者が多い地域でもある。新聞の購読者数は、私が生まれ育った大阪府の住居周辺では「朝日が普通。普通は朝日。そうでなければ、毎日。『読売なんて三流のアカ新聞』はその次」であった。東京で新聞屋の配達をやったことがあるのだが、目黒区の東横線「中目黒」から田園都市線「池尻大橋」あたりにかけての地域では「朝日と読売が同数くらい」で、福島県浜通り地区では「朝日・読売と福島民報・福島民友の4誌が同数くらい」であったのに対し、栃木県佐野市近辺では「下野新聞という地方新聞はあるけれども購読者は多くない。読売の購読者が圧倒的に多い」という場所だった。佐藤優が書いていたが、拘置所で両隣が死刑囚だという部屋に入れられたが、その片方の住人が、どうも、他の人とは違うようだ、その人は他の入所者や刑務官からなにか尊敬されているようですなところがある、この人は何者なんだ・・・? と思って見ていると、段ボール箱に新聞紙を貼ってくず入れにしているのを見ると「朝日新聞」を読んでいる。インテリなんだな・・・と思ったという。その「インテリなんだな」という隣人は、連合赤軍事件の坂口弘だったらしいのだが、佐藤優が隣人が「朝日新聞を読んでいる。インテリなんだな」と思ったのと同様に、我が家の近所で古紙回収の業者がまわる日に近所を歩くと、「おっ、ここの家、読売新聞を出している。ここのおっさん前からアホやと思っていたが、やっぱりアホやったな。やっぱり、読売よんどった。アホや、アホや」というそういう印象を受ける。そんな感じなのだ。佐野市に3年半住み、3年半、住民票を置いてその地の住人とつきあってきた場所なので、その地域の人間をあまり悪く言いたくはないのだけれども、しかし、実際問題として、「住友林業が強い地域」≒「読売新聞の購読者が多い地域」≒「権威主義的パーソナリティーの人間が多い地域」(言っちゃなんだが、「アホや!」) この3つには相関関係がある。 読売の購読者が多い地域と住友林業が強い地域には相関性があり、自分自身で実際にどうか考えるのではなく、「住友林業は嘘つかない」と信仰を持つ人間というのは、それだけ、「権威主義的人間」であり、言っちゃなんだが、アホや! ・・・・と言いたいのだが、住宅屋の営業やっている限り、そう言うわけにもいかないので言わずに、なんとか、「住友林業の嘘つき」との競合に負けないようにと努力したものだった・・・・が、「住友林業は絶対ウソつかない」て、よくもまあ、そんなウソを信仰するものだとあきれた。
加圧注入処理材と表面塗布処理材との違いについては、[第355回]《「加圧注入木材を構造材に使用した家に住むと住人は健康を害する」という住友林業が何度も言った嘘について》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html で述べたので、そちらをご覧いただければと思う。 加圧注入処理材は、表面塗布処理材に比べれば放散は少ないらしいが、《ウィキペディア―クロム銅ヒ素系木材保存剤》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%A0%E9%8A%85%E3%83%92%E7%B4%A0%E7%B3%BB%E6%9C%A8%E6%9D%90%E4%BF%9D%E5%AD%98%E5%89%A4 によると、まったくないわけでもないらしい。
[7] 東京都北区防災センター・「地震の科学館」
今回は入る時間はなかったが、滝野川公園の南東側の隣に「地震の科学館」なんてのがある。↓
※ 《東京都北区防災センター(地震の科学館)》http://www.city.kita.tokyo.jp/bosai/bosai-bohan/bosai/shobosho/kagaku/
地震体験・煙体験とかができるらしい。 月曜・祝日以外の午前9時から午後5時まで、らしい。
次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_6.html 、平塚神社と平塚亭。
(2018.7.14.)
☆ 平塚神社・平塚天神社と浅見光彦
1.裏口は嫌い。西ケ原駅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_3.html
2.国立印刷局、滝野川警察署、七社神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_4.html
3.花森東京病院、滝野川公園、地震の科学館 〔今回〕
4.平塚神社全景、門柱、平塚亭 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_6.html
5.平塚神社参道、社殿、蝉坂からの階段と社務所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_7.html
6.ユニークな狛犬、扇に日の丸の紋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_8.html
7.社殿の裏の岡。猫の死骸を「かわいそう」と思うか「気持ち悪い」と思うか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_9.html
8.菅原神社(平塚天神社)、大門先・元稲荷神社、御料稲荷神社、石室神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_10.html
9.城官寺、上中里駅、蝉坂、上中里不動尊、摩利支天 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_11.html
10.旧古河庭園(1)洋館、つつじ園 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_12.html
11.(2)心字池、雪見灯篭、石橋、兜門、染井門 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_13.html
12.(3)茶室、黒ボク石積、崩石積、書庫 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_14.html
13.滝野川小学校、「御子柴邸」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_15.html
14.滝野川会館。「一里塚」バス停から「上中里」駅まで https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_16.html
15.上中里駅陸橋、尾久操車場・田端機関区、銭湯 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_17.html
東京メトロ南北線「西ヶ原」駅の南東側に「花と森の東京病院」という、「なんちゅうネーミングやねん、いったい」て感じの名前の病院がある。
[5] 花と森の東京病院、東京高等蚕糸学校発祥之地。
病院の方は「花と森の東京病院」http://www.hanamorithp.jp/ て、どっからそんな名前考えてんて感じ。現地の看板にもホームページにも日本医大の関連病院だと書いてあるので、そうなのだろう。
↑ 「花と森の東京病院」
壁面には「東京病院」と書いてある。「花と森の」という文字はない。
↑の上の方についてる輪っかは、あれは何だろうと思って拡大して撮影してみたのだが↓
↑ 拡大しても、いまひとつ、よくわからん。
↑ 「東京高等蚕糸学校発祥之地」という石碑が「花と森の東京病院」の敷地内に建っている。クリックすると大きくなるので大きくして見てください。
患者としてかかった場合にいい病院なのかろくでもない病院なのかは、かかったことがないからわからん。
しかし、今、思うのだが、「医学部に行ったやつ」てのは、なんだかんだ言っても、「最初から医者ができる」というところがいいよなあと思うのだ。やっぱり、「学歴はカネで買える」とも言える。 私は経済学部・商学部・経営学部という所だけは行かされたくないと思って育ったのだが、その行かされたくない所に行かされてしまい、結局、卒業したが、そういう学部を卒業すると、「中卒・高卒と一緒」にされてしまうのだ。そうなると、いったい、何のために、小学校の1年からほかの人間が遊んでいる時もひたすら勉強してきたのかわからないことになる。
森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)では、日本の企業は江戸時代の商店の時代から、番頭さんとしてオーナーの一族でない者に相当の権限を持たせて運営に参加させるということをしてきたが、明治に入ってから、それまでの「番頭政治」とは異なり「学卒者」を登用するようになったことが述べられている。
≪ 岩崎弥太郎社長は、とくに東京大学の卒業生であることを加藤、末延、磯野、荘の四人を、海外留学を条件に採用しました。「官尊民卑」の意識が牢固としていた当時、東京大学出身の学士を民間会社に雇い入れるためには、海外留学のような破格な条件をつける必要があったのです。岩崎弥太郎はそれほどまでして、学識ある人材の吸収につとめました。彼は、友人の福澤諭吉に対し、学識のない俗子弟も学識を持つ学者書生も一長一短あるが、「俗子弟を養うて之に学者の気象を得しむるは難し。学者を慣らして其外面を俗了するは易し」と語っています。
岩崎の学識尊重は、一つは盟友福澤諭吉の影響にもよりますが、もう一つの理由は、政府、外国商館・外人船員との交渉、対外取引で通用する文書・会計帳簿の作成、海外からの情報、知識、ノウハウの取得など、江戸時代の家業では経験する必要のなかった業務を近代的海運会社であるがゆえにこなす必要に迫られながら、「俗子弟」では、それに対応できなかったことにあったと考えられます。≫
私の場合、ひとより年齢をいって大学を卒業したので「誰もが行きたがる有名大企業」には就職できないとは思いましたが、慶應大学の商学部の先生が「東大・京大や慶應・早稲田などの卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、そのくらいの大学の卒業生をなかなか採用できない、というくらいの会社に行った方が、経験を積む機会があり活躍の場があってかえっていい面がある」と講義の中で言われることがありましたが、そういうこともあるかと思い、そして、慶應大学の就職部に行って、どのくらいの会社なら採用してもらえる可能性があるでしょうかと尋ねたところ、「けっこう大きいが無名の所か、有名だけれどもあまり大きくない所・・というくらいなら採用してもらえる可能性があるかもしれない」と言われ、その条件で探して、従業員数千人以上なので小さくはなく、ともかく一部上場で、知っている人はしっているが誰もが知っているとまではいかないかもしれないという程度の知名度の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕に入社しましたが、ところが、「うちは一部上場ですから」と顧客には言っている会社でしたが、入社してみると、「え? これが『一部上場』なの?」というところがある会社でした。 「大卒しかとらない会社」と小堀住研(株)は昔から言いまくってきたはずでしたが、入社すると、なぜか、高卒の人がけっこういました。私は慶應大学に小堀住研(株)が出していた求人票を見て応募したのですが、求人票には「応募資格」として、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」か「4年制大学の建築学科・土木学科卒の人」で「資格」として「普通自動車第1種免許」を取得していることとされていて、その募集に応募して採用されたわけであり、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」のコースに応募して採用されたのであり、最初、営業の職種に配属されましたが、住宅建築業の会社でもミサワホームなどは高卒の人が多い会社らしかったが、私はミサワホームの営業か小堀住研(株)の営業かどちらに応募しようかと考えて小堀住研(株)の営業に応募したわけではなく、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」の募集に応募して採用されて入社したわけであって、高卒の人を募集していたミサワホームには最初から応募するつもりはなかったのですが、ところが、入社すると、なぜか、「底辺の高校卒の人」というのがいた。小堀住研(株)の入社式の後、立食パーティーで、社長1人・副社長1人・専務1人のあと、常務が3人いて、その3人のうち2人は銀行から来た人だったが、唯一、銀行から来たのでない常務だった慶應大学卒のKさんが「うちの会社もまだまだ人材が不足してますから」と言われたのを聞いて、その時はどういうことかよくわからなかったが、入社してしばらく勤務すると、たしかになあと思うようになったし、そして、小堀住研(株)でも≪「俗子弟」では、それに対応できな≫いものが相当あるにもかかわらず、対応すべき「人材」を確保できておらず、慶應大学の商学部の先生が言われたように、たしかに、「東大・京大・慶應・早稲田などの大学の卒業生ばかりの会社」よりも経験を積む場も実力を発揮する場もありそうでした・・・・が、「底辺の高校卒の人」というのがなぜか幅をきかせており、又、「大卒しかとらない会社」でも社長は高卒だったが、パナソニックでも松下幸之助は小学校しか出てない人であっても「社長は特別」であるのと同様、創業者の「甥っ子」と言っていたが実際は「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だからしい「社長は特別」だと思っていたのですが、今から考えると、小堀住研(株)の社長の中島昭午は、そうではなく、「高卒の社長」は「底辺の高校卒の人」の方がいいみたい! で、「たとえ、会社をつぶすことがあっても、底辺の高校卒の人の方がいい」というのは、これは「高卒の経営者」が持つ習性だったのかもしれません。
その後、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入社しましたが、(株)一条工務店では入社してすぐの時期に営業本部長から「〇〇くんが応募してくれた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言ってくれたので、そう言ってくれるのなら悪くないのではないかと思ったし、実際、(株)一条工務店もまた、「浜松の工務店」から「全国規模の会社」に変化していこうという状況の会社であったわけで、≪「俗子弟」では、それに対応できな≫いものが相当出てきていた会社でした。しかし、(株)一条工務店の「高卒のオーナー経営者」は、「一流大学」卒の人間を採りたがるわりに使うのを嫌がる経営者だった。「使う能力」がないのかもしれないし、従業員の間で「まったく、人の使い方を知らない会社だ」と言われていたのですが、1992年に私が入社した時、総務の「責任者」はオーナー社長の義理の弟の嫁で、ほかは山本というヌケタの男が1人、特にヒラから「主任」にならせてもらうだけの実績を残したわけでもないのに「主任」の肩書をもらっていて、それ以外は高卒の女性が何人かいただけであり、その「総務」が総務といいながら総務と人事をやっていたので、浜松地方の工務店ならともかくこれから全国規模の会社になっていこうという会社においては、人事総務がこういうことではいけないとわかりましたし、ヌケタが使い物にならないのは最初から明白でしたし、私は大学卒業までに「労務管理論」「労働法」「労働経済学」や「カウンセリング」「心理学」などを学んできた者であり、私に人事総務をやってくれという話があるかもしれないと思ったのですが、それから10年経った2002年、総務部長になっていた一族らしい天野雅弘から「バカか。そんなもの、総務とか人事なんて一族でもない者にさせるわけないだろう。いったい、何考えてんだ」と怒鳴りつけられたのですが、「いったい、何考えてんだ」というのは天野雅弘の方で、「社長の義理の弟の嫁」が総務の責任者だとか、一族の若造で技術系の能力はなく営業では使い物にならないから総務で「主任」にならせておくとか、その程度の人間が総務だとか人事だとかでは無理です。やはり、私のような旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部で「労務管理論」「労働法」「労働経済学」「心理学」などと学んできたような私のような人間を1人は総務・人事に配属して担当させるようにしないと、「社長の義理の弟の嫁」とか「一族の誰かの親戚で技術系の能力はなく営業では使い物にならない男だから総務」とかしかいないというのではだめです。 この程度のこともわからんのか! と思うのですが、わからんのでした。わからん人間がオーナー経営者の会社でした。人事・総務では使いたくないらしいというのは、比較的早い段階で感じましたが、営業本部長がインテリアコーディネーターを取ってくれと言い、又、「他の人と違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」ということで負担を払って居住地の変わる転勤をして福島県の営業所にも勤務しましたし、ということは、インテリアコーディネーターとしての知識・能力と慶應大学商学部卒の人間が持つマーケティング的発想・経済学的認識と実際の複数地域での営業経験と同社の従業員のレベルで考えれば間違いなく上の方の語学力とを生かして、商品開発であり、新規出店計画の担当であり、もしくは、海外から購入する物の担当なり、海外拠点進出の際の担当なりをさせようという考えかと思い、相当の努力をして、片方で営業の仕事をこなしながら大変な努力と工夫の上でインテリアコーディネーター他の資格も取得して、他の人間がしない居住地の変更をともなう転勤もして負担も払ってきましたが、ところが、(株)一条工務店は私に負担を払わせるばかりで「やらず、ぶったくり」にしたのです。慶應大学の商学部の先生は「東大・京大や慶應・早稲田などの卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、そういう大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が経験を積むこともでき、活躍の場もあっていい面がある」と言われたのですが、私が勤めたような会社においては、経験を積む場も活躍の場もあっていいはずの状況の会社でありながら、そういう仕事はすべて中卒か高卒の人にまわすわけで、それを中卒か高卒の人ができるかというと・・・→できないのですが、そうすると、総務部長の天野雅弘が「おまえはぼくらが知らないことを知っているし、ぼくらができないことをできるじゃないか。そこが腹立つんじゃ。むかつくんじゃ、この野郎。俺は正直だから実際に口に出して言うけれども、黙っていても、他の人間も、みんなそう思ってるんだからな」と言うのです。「腹立つ」とか「むかつく」とかそういうことを言って会社の経営を考えているようでは「その程度の会社」ですが、「高卒の社長の考えること」というのは、「一流大学卒」の人間を使って「腹立つ」「むかつく」くらいなら中卒・高卒の人間を優遇して会社をつぶした方がいい・・・というところでしょう。 そういう会社に長く勤めて・・・→疲れました。 「雨ニモ負けず、風ニモ負ケズ」「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」「韓信の股くぐり」を続けて、「やらずぶったくり」にされて、疲れました。父が「住友銀行とか野村證券とかああいう会社は給料もええけど、よう働かせよるぞお~お」と言っていたので、そうかいなあとそれを聞いた時は思ったのですが、(株)一条工務店だって「よう働かせよる」が給料は高くないのです。同じ「よう働かせよる」のなら給料が高い方がいいに決まってますでしょ。給料安いのに「よう働かせよる」会社がいいですか? そうじゃないでしょ。
森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)には、
≪ 家業グループ、とりわけ新興のそれにやや遅れて、富豪たちの共同出資によって設立された株式会社で、「学卒」者の採用が開始されます。中でも、近代産業の建設を目的として設立され、したがって、テクノロジーを必要とする株式会社では、いくつかの財閥と同様、まず、「学卒」技術者を採用し、やや遅れて事務系社員にまで「学卒」採用をひろげるというのが一般的パターンでした。しかし、高等教育を学んだ技術者は、「官尊民卑」の風潮や官庁の方が経営基盤の固まっていない民間会社よりも給料が高いという理由で、官業や軍工廠の方を選びました。だから、この一般的パターンが定着するまでにはかなり時間を要し、大体において明治20年(1887年)ごろまで待たなければなりませんでした。・・≫
≪ 財閥、非財閥を通して見て、高等教育機関出身の「学卒」者に対する企業側の需要は、まず、技術者に集中し、次いで事務系に移っていくという段取が存在しました。この理由は、流通・金融部門以外の近代産業を経営するさいに、テクノロジーは不可欠の要因である上、テクノロジーの知識の持主は容易に代替しえないこと、これに対し、原料・機械・資金等の調達や製品の販売等のいわゆる営業部門の活動は、高等教育によって得られる学識を必ずしも必要としなかったことなどから説明されます。・・・・ ≫
と出ていますが、この本を読むと、なるほど、日本の企業はこういう歩みを経てきたのか、江戸時代においては、「番頭政治」としてオーナー一族でない者を番頭とならせて店を運営させるということを日本の企業はしてきたが、明治に入って、まず、技術系の「学卒」者を活用し、そして、それに遅れて事務系の「学卒」者を活用するようになって今日に至るということか・・・・と、本を読んだだけでは思いそうですね。 ところが、実際に、「会社」ちゅうところに勤めてみますと、実は、日本の企業というのは、「江戸時代よりまだ前」の会社というのがあるのです。(株)一条工務店は私が入社した時には営業本部長の天野隆夫は「慶應大学卒の人がうちの会社になんて来てくれるのかと思ってびっくりした」と喜んでくれた・・・かのように見えましたが、それを活用するのは断固として拒否するのです。1990年代なかば頃でしたでしょうか、(株)一条工務店に私より古くから在籍した某さん(男。当時、40代)に、「それにしても、一条工務店という会社は、『一流大学』卒の人間をとりたがるようで、採ってもそれを活用しようとしているとは思えないのですが、はたして、『一流大学』卒の人間を採りたいのか採りたくないのかどちらなのでしょうねえ」と言ったことがあるのですが、某さんが言うのは「そりぁ、採りたいのですよ。採った上で冷や飯くわせて腐らせて、それで、『あんな大学だめだ』と言いたいんですよ。高卒の社長の考えることなんてそんなものでしょ。そんなのわかるでしょうよ」ということだった。「あ・・・。そうかもしれませんね・・・」と言ったのだが、そうかもしれない。 (株)一条工務店およびその類の会社においては、「江戸時代よりまだ前」の状態。「一族でもない人間に人事だの総務だのなんてさせるわけないだろうが」というのは本音。「学卒」者を活用して会社が繁栄することよりも、会社ががたがたしてもかまわんから使いたくない、しかし、「うちの会社にも◇◇大学卒の人間いてますよ」と言いたい! というそんなとこ。 だから、「うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言いながら、しかるべく活用しない。まともな処遇にしない。しかも、「慶應大学卒の人ですから他の人とは違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」などと言って、その内容はいかにももっともそうに聞こえる内容ではあるが、実際には、中卒高卒の人間を優遇して、慶應義塾の卒業生が中卒高卒の人間としょーもないことで争うのも大人げないと思って我慢していると、こいつは何でも我慢するだろうとなめてかかる。 そんな会社に勤めて、しょーもない中卒高卒のおっさん(これを称して「たたき上げ」と言うらしいのだが)を相手に、馬鹿馬鹿しい苦労をするよりも、「東大・京大か慶應・早稲田あたりの大学卒の人間ばかり」の会社に勤めて、そういう人間を相手に競争してその競争に勝ったり負けたりした方がよっぽどいい・・・と思うな。
≪ 高等教育機関の卒業生、すなわち「学卒」者を管理者的人材として採用し、さまざまな社内キャリアを経験させた後、ミドルおよびトップ・マネジメントに就任させるのは、今日にいたるまで一貫して変わらぬ大企業の人事慣行です。それを学歴偏重として批判するのは当たりません。特定の大学の卒業生だけを、能力・適性とは関係なしに採用したり、優遇したりするなら、学歴偏重のそしりを受けてもしかたがないが、「学卒」者の持つ教養・学識を経営戦力として活用しようとする意図自体に間違いはありません。現場の経験主義的熟練からだけでは管理者的人材は育たないのです。
たとえば、現代の中国では、四人組時代に高等教育体系を破壊され、知識層のモラールを喪失せしめられた結果、近代化が必要とする管理者的人材の不足に苦しんでいます。一般に、開発途上国は管理者的人材という隘路で足踏みをさせられます。それらと比較的してみても、「学卒」者にミドルおよびトップ・マネジメントの人材供給源を求め続けたわが国大企業の選択は、賢明であったといえます。≫(森川英正『日本経営史』(1981.1.13.日経文庫)というのですが、「現代の中国」に限らず、現在の日本においても、そういう会社がけっこうあるのではないかと思えます。
・・・・で、医学部はいいなあと思ったのは、ともかく、医学部を卒業すると、「病院」という所に勤める時、最初から「医者」として勤務できるのだ。経済学部・商学部・経営学部といった学部でやっていることというのは、私は実際に会社という所に勤めて、これは会社という所において役に立つものだと思うようになったのだが、たとえ、役に立つものでもオーナー経営者がそれを認めないとしかたがないのだ。高卒のオーナー経営者にとっては中卒か高卒の人間がいいのだ。ということは、そんな所でどんなに滅私奉公しても「くたびれもうけ」、あほくさいだけ! その点、 医学部を卒業して「医者」として就職したならば、「病院」に就職して、看護師として就職した人・◇◇技士として就職した人・掃除人として就職した人・運転手として就職した人・守衛として就職した人などと一緒に競争させられて、掃除人との掃除の競争に勝って看護師と看護の仕事の競争に勝ったら医者させてもらえる・・・なんてものではない。最初から、医者として扱ってもらえるわけだ。 だから、その点、医学部はいいわと思うようになった。
また、私などは父親から「大学は勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ。大学は勉強せんとアルバイトするもんじゃ。うちの会社の工場に来ておる キ~ンダイのやつとか、ピ~ンダイのやつとか、大阪経大のやつとか、みんな、アルバイトしとる。おまえも甘ったれておってはならぬぞ、チャンコロ。大学は勉強する所とは違うんじゃ、勉強すんな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ。アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっている人間やと慶應大学医学部の小此木啓吾先生というえらいえらい先生がそうおっしゃってる」と言われてアルバイトばっかりさせられた。で、その「アルバイトを嫌がる人間はモラトリアム人間病という病気にかかっておる」と主張する慶應大学医学部助教授の慶應内部進学の小此木啓吾はおのれは大学生の時、「大学ちゅうところは勉強する所とは違うんじゃ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ」と言われてアルバイトばっかりやったのか?・・・というと、アホか、そんなもの、やってるわけないだろうが! 慶應の医学部なんて所を、あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお・あるばいとおと私みたいにアルバイト漬けにされて卒業できるわけないだろうが。 だから、小此木啓吾という男は、ひとには勝手なこと言ておきながら、自分にはその基準を適用しない卑怯者の内部進学なのである。「作家で精神科医」の なだ いなだ が『お医者さん』(中公新書)で書いていたが、月に酒代で5万円使う男がいて、この男は月に5万円も酒代に使われたのでは生活できないと家族に言われ、「アル中」だと「診断」される。ところが、この男は納得いかない。この男が飲みに行く所に、月に10万円、酒代に使う男がいるのに、その男は「アル中」とは言われない。なぜ、10万円酒代に使う人間が「アル中」ではなく、5万円使う人間が「アル中」と言われないといけないのか。10万円使う男は、実は年収が5万円使う男の倍以上ある為、10万円使っても「アル中」ではないという「診断」される、という。これと似ている。私なら、「大学は勉強する所とは違うんじゃ、甘ったれるな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ」とアルバイトしてもアルバイトしても言われるのに対して、慶應内部進学の小此木啓吾はアルバイトなんてちっともしなくてもそんなことは言われない! 小此木啓吾の☆☆シンドローム・▽▽症候群・・・といった「ビョーキ本」シリーズの「理論」なんてそんなものである。小此木啓吾はそういうものを「精神分析学」と称しているのである。医者屋のバカ息子が私立金権医学部に行くと、大学生の時にはアルバイトなんかするわけないわけで、ゴルフとかやって暮らす。それに対して、私は「あるばいとお・あるばいとお。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ。増長すんな、チャンコロ。アルバイトせんか、チャンコロ。大学はアルバイトする所なんじゃ、チャンコロ。あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお」と言われてアルバイトばっかりさせられる。どっちがいいかというと、裏口入学やってゴルフやって遊んでるやつの方がええわな。あほくさい話だが。私は高校卒業する頃、東大理科三類とか京大医学部とかに通るかどうかとかいう話は別として、「国立・公立の大学であれば」というくらいならば、通る可能性がある大学医学部はあった。慶應の商学部みたいなもんに行かされてしまったおかげで「大学は勉強する所と違うんじゃ、チャンコロ。甘ったれるな、チャンコロ。アルバイトせんか、チャンコロ。あるばいとお・あるばいとお・あるばいとお」と言われ続けて暮らした。 医学部はほんとにええと思うわ。医学部に行った人間というのは「この世の極楽」じゃないか? 「医者の世界は大変なところがある」とか言う者もいるが私が勤めた三流企業だって「大変なところ」はいっぱいあったわ。 何を言うとんねん、何を。
【1/ 】で述べた私立金権関西医大に「患者」を薬漬け・検査漬けにしてせしめたカネで裏口入学した医者屋のM川のドバカ息子にしても、バカ大学のが学生のくせしてアルバイトなんてせずに、ゴルフなんてやっとったらしい。父親がバカ息子とゴルフバック買いに行った話を得意がってしておった。それに対して、我が家の父親は、私の従兄妹で専修大の体育会に進学した者がいたのだが、そいつがゴルフ場のキャディーのアルバイトをしたという話を聞いてきて、「あんたもキャディーやんなさい。甘ったれておってはならぬぞ、甘ったれておっては。チャンコロ。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ。心得違いを起こすなよ、勉強すんな、チャンコロ、勉強すんな、チャンコロ!」と言われ続けたものだった。ゴルフはゴルフでも、「患者」を薬漬け・検査漬けにしてせしめたカネでゴルフバック買ってバカ大学の学生が大学生なのにゴルフやるヤツと、国立大学に十分行けた可能性があるのに、「勉強すんな、チャンコロ。大学はアルバイトするものであって勉強する所とは違うねんぞ、心得違い起こすなよ、チャンコロ。勘違いするなよ、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ」と言われ続ける人間と、どちらがいいかというと、ドバカ大学のドバカ学生のくせしてゴルフやって遊んでるヤツの方が得していると思うが、日本の「世の中」というのは、「そんなもの」なのだろうか? この世に神は存在しないのか? 「患者」を薬漬け・検査漬けにして苦しめたカネで私立金権医大に行ったやつはゴルフやって遊んで、国立大学でも十分行けた可能性のある者は、「ゴルフ場のキャディーやんなさい。あんた」と言われる。この世に神は存在しないのか?
日本医大というのは、私は昔は知らなかったが、東京の私立の医大の中では比較的評価は高い医大らしいが、それであっても、私なんかは自分が進学する場合においては「対象外」だった。寄付金をいくら払う必要があるのかないのかなんて関係なく、我が家は、たとえ、国立大学の医学部であっても、「医学部は6年間行かないといけないから、いけません。4年で卒業できる学部の大学にしなさい。うちは医学部に行かすような金持とは違います。甘ったれなさんな、チャンコロ」と言われてきたものだった。私立の医大なんて、寄付金がどうこうにかかわらず、ありえない話だった。そんな「大学」出たような医者屋には「甘ったれるな!」と言ってやりたい。私なんかは、高校卒業する年、東大を落ちたところ、父は「電卓、でんたく、デンタク、でんたっく。あんたが受けた大学に行くための電車賃が◇◇円。願書を取り寄せる切手代、封筒代が〇〇円。願書を送る切手代・封筒代が◇◇円。東大受けるために泊まったホテル代が☆☆円。・・・・・・わしは、あんたのおかげでこれだけ、損させられた」と毎日毎日言われ続けたものだったが、私立金権医大なんか行くようなヤカラはそんなこと言われることもなく考えたこともないだろう。 そういうのが医者になって、それで、「東大でた医者なんかよりも、私立大学でた医者の方が患者のためを思って仕事しているんだ」とか勝手なこと言ってるのではないか。世の中、公平ではないと思う。
[6]滝野川公園
「花と森の東京病院」の南東側の隣に「滝野川公園」がある。↓
※ 《北区 滝野川公園》https://www.city.kita.tokyo.jp/d-douro/bunka/koenichiran/takinogawa.html
女性の像らしきものが建っている。 緑色をしているので、青銅か金属の像だろうと思って近寄って根元を見ると、↓
↑ 木である。 加圧注入材を使用したもののようだ。
根元が加圧注入処理材の木材だということは、上の方の女性の像も加圧注入処理材を使った木材だろうか? ・・・と思い、望遠機能を使って撮影した。↓
↑ やはり、加圧注入処理材を使った木材のようだ。加圧注入木材の使用は、[第355回]《「加圧注入木材を構造材に使用した家に住むと住人は健康を害する」という住友林業が何度も言った嘘について》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html で写真を掲載した高山市の宮前橋もそうですが橋の欄干とか、フィールドアスレチックの遊具ですとか、公園のベンチですとか、ガーデニング用の木レンガとかではこれまでも見てきましたが、人間の刻んだ像に使用するのはここで初めて見ました。
加圧注入したものは、加圧注入してから切ったり削ったりすると、注入できていない内部が表に出てくるので、一般人が木を削って像を作った場合、その表面に表面塗布処理することはできても、加圧注入した木材を買ってくることはできても、切ったり削ったりしたものをそこから加圧注入してもらおうとしても、やってもらえないのが普通だが、こういう区立の公園に立つ像の場合は、「彫刻家」という人が削って、そして「区」が依頼しておこなうので、削ってから注入するということができた、ということか。
但し、中ほどに金属製の格子が入った部分があるが、あれは何なのか? その点がどうもよくわからない。 それと、頭の上にのっかってるの。あれは何だろうな?
「加圧注入材」とは、かつては、CCAという液、これは銅とヒ素とクロムでできたものに木材をつけて、さらに圧力を加えて溶液を木材の中に浸透させるという措置をしたものを使用していたが、その後、CCAを注入した木材を使用した家に住んでも、居住者にとってはむしろ表面塗布処理材の方が放散されるものが多く、表面塗布処理材の方が問題が大きかったのですが、CCAを注入した木材は、その後、その建物を解体して廃材となった場合に、自然環境破壊につながる可能性があるということで使われなくなり、代替品としてACQというものが使われるようになった。 ACQとは何ぞや? というと、銅と第4アンモニウム塩を配合したもの・・ということらしい。 比較的古くからあるものの場合は、CCA、比較的最近のものの場合はACQを使用していると思われます。
※ 《ウィキペディア―クロム銅ヒ素系木材保存剤》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%A0%E9%8A%85%E3%83%92%E7%B4%A0%E7%B3%BB%E6%9C%A8%E6%9D%90%E4%BF%9D%E5%AD%98%E5%89%A4
《ACQ加圧注入加工とは・・・》https://www.garden-assist.com/acq.html
《越井木材工業株式会社 薬剤の安全性について》http://www.koshii.co.jp/product/yakuzai.html
木材の防腐防蟻の方法については、1.表面塗布処理の方法、2.注入処理木材の使用、3.桧・ヒバ・米桧・米ヒバ・クリなど、もとより腐り・白蟻に強い木材を使うというもの、この3種類が考えられます。 木構造の建物では、「シックハウス症候群」「化学物質過敏症」といったものの原因になるということはないかと言われたことがありましたが、一般に、表面塗布処理と加圧注入処理との比較であれば、表面塗布処理のものの方が放散量は大きく、加圧注入処理のものの方が放散量は小さいとされているのですが・・・・・、ところが、「住友林業の営業」という嘘つきが、それを逆に言いまくったようで、「住友は嘘つかない」という信仰を持つ人というのが世の中にはいて、2000年前後、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいた時も、訪問すると、「ああいう一条さんのような加圧注入の防腐防蟻剤を使っていたのでは住む人間の健康に良くないと住友林業の人が教えてくれた」などと言う人があり、「それは違いますよ。シックハウス症候群、化学物質過敏症の原因となるので対処しないといけないと言われているのは表面塗布処理のもののことで、加圧注入処理のものは放散は少ないと言われているのです」と私は言ったが、そのおっさんは「いや。違う。加圧注入のものは健康に良くないんだ。住友林業の人が教えてくれたんだ。あんた、そんなことも知らないの?」と言うので、「何を言ってるのですか。住友林業の人間こそ何も知らないのですよ。何もわかってないのですよ」と言ったのですが、「いや、住友は絶対に嘘つかない。私はあんたみたいにそういう嘘を言う人間が大嫌いなんだ。そういう嘘を言う人間には頼みたくない。住友林業の人のように、本当のことを教えてくれる人に頼みたい」などと言われてしまった。「私は嘘なんてついてませんよ。私はきっちりと調べた上で話をしているのです。嘘ついてるのは住友林業の営業の方でしょう」と言ったのですが、「い~や! 住友は絶対嘘つかない!」と言ってきかない、ということがあった。まあ、よくも無茶苦茶言うものだと思った。 栃木県の佐野市近辺というのは、住友林業がけっこう強い地域で、かつ、読売新聞の購読者が多い地域でもある。新聞の購読者数は、私が生まれ育った大阪府の住居周辺では「朝日が普通。普通は朝日。そうでなければ、毎日。『読売なんて三流のアカ新聞』はその次」であった。東京で新聞屋の配達をやったことがあるのだが、目黒区の東横線「中目黒」から田園都市線「池尻大橋」あたりにかけての地域では「朝日と読売が同数くらい」で、福島県浜通り地区では「朝日・読売と福島民報・福島民友の4誌が同数くらい」であったのに対し、栃木県佐野市近辺では「下野新聞という地方新聞はあるけれども購読者は多くない。読売の購読者が圧倒的に多い」という場所だった。佐藤優が書いていたが、拘置所で両隣が死刑囚だという部屋に入れられたが、その片方の住人が、どうも、他の人とは違うようだ、その人は他の入所者や刑務官からなにか尊敬されているようですなところがある、この人は何者なんだ・・・? と思って見ていると、段ボール箱に新聞紙を貼ってくず入れにしているのを見ると「朝日新聞」を読んでいる。インテリなんだな・・・と思ったという。その「インテリなんだな」という隣人は、連合赤軍事件の坂口弘だったらしいのだが、佐藤優が隣人が「朝日新聞を読んでいる。インテリなんだな」と思ったのと同様に、我が家の近所で古紙回収の業者がまわる日に近所を歩くと、「おっ、ここの家、読売新聞を出している。ここのおっさん前からアホやと思っていたが、やっぱりアホやったな。やっぱり、読売よんどった。アホや、アホや」というそういう印象を受ける。そんな感じなのだ。佐野市に3年半住み、3年半、住民票を置いてその地の住人とつきあってきた場所なので、その地域の人間をあまり悪く言いたくはないのだけれども、しかし、実際問題として、「住友林業が強い地域」≒「読売新聞の購読者が多い地域」≒「権威主義的パーソナリティーの人間が多い地域」(言っちゃなんだが、「アホや!」) この3つには相関関係がある。 読売の購読者が多い地域と住友林業が強い地域には相関性があり、自分自身で実際にどうか考えるのではなく、「住友林業は嘘つかない」と信仰を持つ人間というのは、それだけ、「権威主義的人間」であり、言っちゃなんだが、アホや! ・・・・と言いたいのだが、住宅屋の営業やっている限り、そう言うわけにもいかないので言わずに、なんとか、「住友林業の嘘つき」との競合に負けないようにと努力したものだった・・・・が、「住友林業は絶対ウソつかない」て、よくもまあ、そんなウソを信仰するものだとあきれた。
加圧注入処理材と表面塗布処理材との違いについては、[第355回]《「加圧注入木材を構造材に使用した家に住むと住人は健康を害する」という住友林業が何度も言った嘘について》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html で述べたので、そちらをご覧いただければと思う。 加圧注入処理材は、表面塗布処理材に比べれば放散は少ないらしいが、《ウィキペディア―クロム銅ヒ素系木材保存剤》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%A0%E9%8A%85%E3%83%92%E7%B4%A0%E7%B3%BB%E6%9C%A8%E6%9D%90%E4%BF%9D%E5%AD%98%E5%89%A4 によると、まったくないわけでもないらしい。
[7] 東京都北区防災センター・「地震の科学館」
今回は入る時間はなかったが、滝野川公園の南東側の隣に「地震の科学館」なんてのがある。↓
※ 《東京都北区防災センター(地震の科学館)》http://www.city.kita.tokyo.jp/bosai/bosai-bohan/bosai/shobosho/kagaku/
地震体験・煙体験とかができるらしい。 月曜・祝日以外の午前9時から午後5時まで、らしい。
次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_6.html 、平塚神社と平塚亭。
(2018.7.14.)
☆ 平塚神社・平塚天神社と浅見光彦
1.裏口は嫌い。西ケ原駅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_3.html
2.国立印刷局、滝野川警察署、七社神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_4.html
3.花森東京病院、滝野川公園、地震の科学館 〔今回〕
4.平塚神社全景、門柱、平塚亭 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_6.html
5.平塚神社参道、社殿、蝉坂からの階段と社務所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_7.html
6.ユニークな狛犬、扇に日の丸の紋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_8.html
7.社殿の裏の岡。猫の死骸を「かわいそう」と思うか「気持ち悪い」と思うか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_9.html
8.菅原神社(平塚天神社)、大門先・元稲荷神社、御料稲荷神社、石室神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_10.html
9.城官寺、上中里駅、蝉坂、上中里不動尊、摩利支天 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_11.html
10.旧古河庭園(1)洋館、つつじ園 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_12.html
11.(2)心字池、雪見灯篭、石橋、兜門、染井門 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_13.html
12.(3)茶室、黒ボク石積、崩石積、書庫 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_14.html
13.滝野川小学校、「御子柴邸」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_15.html
14.滝野川会館。「一里塚」バス停から「上中里」駅まで https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_16.html
15.上中里駅陸橋、尾久操車場・田端機関区、銭湯 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_17.html
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