平塚神社の門柱はユニーク・「浅見シリーズ」に登場する平塚亭-平塚神社と浅見光彦【4/15】
[第616回]
東京メトロ南北線「西ヶ原」駅の本郷通りの南東よりの出口を地上に出ると、その背後の左に国立印刷局東京工場、その北西隣に滝野川警察署、その向こうに七社神社。 出口の背後の右に「花と森の東京病院」、東京高等蚕糸学校発祥之地、その隣に滝野川公園。さらにその隣に北区防災センター・地震の科学館。 そして、そのさらに隣に東京消防庁滝野川消防署があって、そのさらに隣。 ついにやってきました。平塚神社と「和菓子 平塚亭」。
平塚神社と平塚亭は何で有名かというと、内田康夫の「浅見光彦シリーズ」に何度も何度も登場するし、平塚神社は『金沢殺人事件』では境内で人が殺されるし、お約束のごとく浅見光彦もまた警察から疑いの目で見られるし、『平家伝説殺人事件』では、平塚神社の背後、今は立入禁止になっているあたりでいちゃつくアベックの呼びかけを耳にして浅見は犯人を思い浮かべる。 日本全国、あちらこちらに行く浅見光彦だが、この平塚神社と平塚亭だけは別格。
≪ 浅見の家は北区西ヶ原にある。桜で有名な飛鳥山公園に近い。国電の京浜東北線を王子で降りて飛鳥山を越えてゆくか、ひとつ手前の上中里で降りるか、どちらにしても似たような距離を歩くことになる。浅見は大抵の場合は車で動き回るけれど、駐車場探しに苦労しそうな仕事では電車を使う。そして、降りる駅は上中里に決めている。生まれ育って三十年も見慣れた風景だが、浅見は、上中里から西ヶ原にかけての一帯の街並みが好きだ。おそらく、東京二十三区のどこよりも開発が立ち遅れていると思われるこの街には、旧い東京のたたずまいが色濃く残っている。上中里駅から旧電車通りへ登ってゆくダラダラ坂の右側には、源頼朝を祀る平塚神社の宏大な境内が続く。境内入口の茶店『平塚亭』は江戸期からの歴史をもち、昔ながらの素朴な和菓子を商っている。≫
( 内田康夫『平家伝説殺人事件』1985.6.10.角川文庫 )
≪ 車だから――と、塚原自身は最後の方はコーラに専念して、浅見にだけ酒を勧めた。その車で送られて、浅見は帰ってきた。
「通り道だから」と塚原は言ったが、浅見は恐縮して、自宅の五、六百メートルばかり手前の表通りで降ろしてもらった。
元は都電が走っていた表通りから、浅見の家へは車一台がやっと――という細い路地になる。しかも一方通行の出口で、車はずっと回り道をしてこなければならない。
「ここでいいですか?」
進入禁止の標識を見て、塚原は申し訳なさそうに言った。
「もちろんです」
「なんなら、回りましょうか」
「とんでもない」
浅見は恐縮しきって、車を降りた。
その方が浅見もありがたい。自宅に帰り着くまで、夜風で多少なりとも酔いを醒ましたかった。・・・・≫
≪ 時計を見ると、もうすぐ二時になろうとしていた。「下町」と称される部分が占める面積の多い東京・北区の中では、この辺りは、まあ高級な方に属するといってもいい、比較的静かな高台の街だ。この時間になると、少しばかりある店もシャッターを下ろし、街灯が点々とともる以外は、どの家も暗く、闇の底に眠っている。クーラーのモーターの音だけが、微かに響いていた。・・・・≫
( 内田康夫『佐渡伝説殺人事件』1997.10.15.徳間文庫 )
なるほど、浅見光彦の住んできた家というのは、王子と上中里の中間あたりで、本郷通りから一方通行の逆向きの細い道を5、600m入ったあたりということか・・・ということは、もしかして、この家か? なんて家を見つけることができるかもしれない。
≪ 「しかし、どうして小百合さんは、浅見の家の電話番号が分かったのかな?」
「それはきみのせいだろう」
「えっ? 僕のせいとはどういう意味だ?」
「小説に書いているじゃないか。浅見家が北区西ヶ原にあると」
「あっ・・・・」
内田は愕然とした。小説の巻末に〔この作品はフィクションであり、登場する人物、団体は実在のものと一切関係ありません〕と断り書きをしてあるけれど、そんなものは効果がないらしい。≫
( 内田康夫『熊野古道殺人事件』2010.4.25.角川文庫 )
と書かれているように、内田の小説をもとに探すと、浅見家を見つけることができるのかもしれない? ・・・・が、ともかく、今回は、平塚神社と平塚亭である。
※ 平塚神社HP http://hiratsuka-jinja.or.jp/
《ウィキペディア―平塚神社》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%A1%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
[8] 平塚神社(1)
↑ 本郷通り 向かいから見た平塚神社と平塚亭。(右寄りの入口が平塚神社の入口。左よりの平屋の建物が平塚亭。)
↑ 「平塚神社前」交差点。 平塚神社の前から本郷通りを見る。 直進すると右手の旧古河庭園の入口、その向こうの三叉路を右に行くのが本郷通りでそれを進むと、駒込から「本郷追分」に至る。その三叉路を左に行くとJR「田端」駅の西側に出る。 ↑の「平塚神社前」交差点を左に行く道が「蝉坂」で蝉坂を直進すると、JR「上中里」駅に至る。 本郷通りを後ろに進むと、滝野川警察署の前を通り飛鳥山公園の西側からJR「王子」駅に至る。
↑ 旧古河庭園の入口は本郷通りを直進して右側にあるが、この「平塚神社前」交差点の「対岸」にある時間パーキングの向こうに旧古河庭園の一部分が見える。
↑ 平塚神社の入口はちょっとユニーク。 鳥居ではなく、↑は何だろうな? ↓
↑ 敷地に入ってすぐ右、「平塚神社」石碑。
[9] 和菓子 平塚亭
神社参拝は、本来なら参拝が先で、神社の前の和菓子屋の話はその後とするものだと思いますが、今回は、西ケ原駅→花と森の東京病院→滝野川公園→北区防災センター・地震の科学館・・・・と来ましたし、そして、今回、平塚亭でありがとうございました。阿弥陀堂浅見光彦やその母 雪江が大好きだというお団子を買って帰りたいと思ったものの、休業日でしまっていて買えなかった、ということもあり、先に平塚亭の方のお話にいきます。
( ↑ 本郷通り 向かいから見た「平塚亭」 )
( ↑ 平塚亭。 北西側から )
( ↑ 平塚亭。 南東側から )
( ↑ 平塚亭。 平塚神社境内より見たもの )
≪ 浅見は『平塚亭』に寄って、串団子を甘辛五本ずつ、買った。ここの団子を母親の雪江が好物で、母を籠絡するにはこれに限った。この日、″籠絡″の必要性があったわけでもないのに、どういうわけか団子を買う気になったのは、虫の知らせの続きのようなものかもしれない。思いもかけぬ珍客が、浅見の帰宅を待ち侘びていたのだ。
門扉を開けてくれたお手伝いの須美子が、少し不安の入った声で、「あの、お客様ですけど」と言った。・・・ ≫
( 内田康夫『平家伝説殺人事件』1985.6.10.角川文庫 )
≪ 「先日はどうも失礼しました」
倉持は慇懃な挨拶をして、「その際、お願いしたように、お目にかかってご相談したいことがあるのですが」と言った。
「承知しました。それで、いつがいいのでしょうか」
「できれば早いほうがよろしい。お差し支えなければ、これからでもお邪魔しますが」
「えっ、これからですか・・・・それじゃ、平塚亭で待ち合わせるのはどうですか?」
浅見はそう言った。倉持老人のあの気配から察して、どうせ真っ当な依頼が持ち込まれるはずがない。恐怖のおふくろさんのいるこの家に来てもらっても困る。
平塚亭というのは、この辺りの鎮守、平塚神社の境内にある団子屋のことだ。ふつうは店売りしかしないのだが、浅見だけは特別扱いで、店の奥に一脚だけあるテーブルに通してくれる。
倉持も「ああ、平塚亭ですな」とよく知っていた。倉持の家がある中里からも浅見の家からも、徒歩で十分もあれば行ける。・・・・≫
( 内田康夫『北の街物語』2016.8.25.中公文庫 )
≪ ――どうです、何か収穫はありましたか?
その日の内に、赤坂署の堀越から電話が入った。どうやら、浅見の『捜査』に期待をかけているらしい。昨日から何度電話してもお留守だった――と言っていた。
「いくらか、手がかりのようなものが出てきましたよ」
――ほんとですか?
「ええ、しかし、まだ海のものとも山のものとも分かりませんがね」
――いやいや、何でもいいんです。こっちには何もありゃしないんですから。じゃあ、これからすぐそちらへ行きます・・・・と言っても、お宅は行くわけにはいかないのでしたな。
「それじゃ、上中里の平塚亭で、団子でも食いながら会いましょう」
――団子、ですか・・・・・。
左党の堀越は、あまりゾッとしない声を出した。
平塚亭は『平塚神社』の境内にある古びたちっぽけな茶店だ。甘辛団子をはじめ、昔ながらの和菓子を商っていて、かなりの繁盛だが、その割に店構えは一向に大きくならない。浅見が子供の頃と少しも変わらないどころか、母親の雪江が浅見家に嫁いできた頃も同じようなものだったというから、よほど頑固な経営をしているに違いない。店内は狭く、むろん空調装置だの音響効果だのという、洒落たものは何もないので、アベックや長っちりの客は寄り付かない。それだけに、かえって落ち着いて話ができるというものだ。
「何です? その収穫というのは」
堀越は先に来ていて、浅見の顔を見るなり、挨拶もそこそこに話の続きを催促した。浅見は店のおばさんが向こうへ行くまで待った。女系家族四代目の、日頃は陽気でお喋りのおばさんも、心得たもので、邪魔にならないように、お茶とお団子を置いてさっさと行ってしまった。・・・・ ≫
( 内田康夫『赤い雲伝説殺人事件』1985.2.10.廣済堂文庫 )
≪ 「ここじゃまずいな。そうだ、平塚亭へ行こう。団子をご馳走するよ」
われながら、色気のない提案だが、大酒飲みの聡には、団子や大福をあてがうにかぎる。団子ならいくら食ったって高が知れているのだ。
平塚亭というのは、JR京浜東北線の上中里駅に近い、平塚神社の境内にある茶店で、ここの団子が雪江未亡人の好物だ。大福みたいなおばさんは、赤ん坊のころから浅見を知っていて、いつもおまけしてくれる。
平塚亭で聡が語ったところによると、聡が「平百合の君」の家をつき止めたのは、ほんの偶然からであった。・・・・ ≫
( 内田康夫『薔薇の殺人』1994.10.25.角川文庫 )
・・・・と、ともかく、「浅見光彦シリーズ」では平塚亭は頻繁に登場する。
その甘辛串団子というものを、ぜひ、一度、買って帰って食べてみたい♪ ・・・と思ったのだが、残念ながら、休業日でした。↓
神社の前の和菓子屋というのは、日曜・祝日は営業日で平日に休みかと思ったら、平塚神社の場合は神社とはいえ、「浅見光彦シリーズ」の読者でなければそれほど良く知っているわけでもないという神社だからか、日曜が休みだったのかもしれない。
私には平塚亭は縁がなかったのか、それとも、もう一度、ここに来いということなのか、どちらなのか・・・。 もう一度、来ることができればその方がいいのですが。 ローマの「トレビの泉」では、「泉に背を向けて硬貨を泉に投げ込むと、ローマにもう一度来ることができる」というお話があって、高校の英語のサイドリーダーの授業の時に使用したテキストでは、後ろ向きになって入れようとするがひとの目が気になって恥ずかしくてなかなか入れられない、という話が書かれていたのですが、実際に「トレビの泉」に行ってみると、そこに行くと後ろ向きになって硬貨を入れるものだと思っている人だらけで、みんながやっているので、およそ恥ずかしいとかいうようなものではなかった。今は昔、1980年代、「朝日ジャーナル」に載っていた話だが、慶応大学では留年しそうだという時に3つの対策があるとされ、1つは単位を落としそうな科目の教授の家に一升瓶を持って行くというもの、2つ目は福澤諭吉の墓参りをするというもので、この2つでもだめな場合に最も強力なものがあって、「東京の日本橋にある三越本店の入口に鎮座しているライオンに、三越の開店時間中に人が見ている前でまたがると留年しない」というものだそうで、私は三越本店まで行ってそのライオンを見てきたのですが、三越本店のライオンの所に書いてあった説明書きによると、ロンドンのトラファルガー広場にあるライオンを真似て作られたもので、「このライオンにひとに見られることなくまたがることができれば願いがかなう」というのが本来のもので、実際には人通りが多い所なのでひとに見られることなくまたがるということは簡単ではないというもので、それをアレンジした話が「三越本店の前のライオンに三越の開店時間中に人が見ている前でまたがると留年しない」だったようだ・・・・が、さすがに実際にまたがった人間を見たことはない。 で、それはさておき、「トレビの泉」の話だが、もう一度、ここに来ることはあるのだろうか、もう一度、来ることができればいいのだが、来ることはできるのだろうか・・・・なんてことは、若い時はそれほど考えなかった。来たければ来ればいいじゃん、いやなら来なければいいし、それだけのことでしょ・・と思い、「もう一度、ローマに来ることができる」という願いを込めて・・・という話にそれほど実感がなかったが、今、そういうことを実感として思うようになったということは、それだけ、年齢をいったということかもしれない。
次回、平塚神社 参道を進みます。
(2018.7.14.)
☆ 平塚神社・平塚天神社と浅見光彦
1.裏口は嫌い。西ケ原駅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_3.html
2.国立印刷局、滝野川警察署、七社神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_4.html
3.花森東京病院、滝野川公園、地震の科学館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_5.html
4.平塚神社全景、門柱、平塚亭 〔今回〕
5.平塚神社参道、社殿、蝉坂からの階段と社務所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_7.html
6.ユニークな狛犬、扇に日の丸の紋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_8.html
7.社殿の裏の岡。猫の死骸を「かわいそう」と思うか「気持ち悪い」と思うか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_9.html
8.菅原神社(平塚天神社)、大門先・元稲荷神社、御料稲荷神社、石室神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_10.html
9.城官寺、上中里駅、蝉坂、上中里不動尊、摩利支天 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_11.html
10.旧古河庭園(1)洋館、つつじ園 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_12.html
11.(2)心字池、雪見灯篭、石橋、兜門、染井門 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_13.html
12.(3)茶室、黒ボク石積、崩石積、書庫 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_14.html
13.滝野川小学校、「御子柴邸」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_15.html
14.滝野川会館。「一里塚」バス停から「上中里」駅まで https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_16.html
15.上中里駅陸橋、尾久操車場・田端機関区、銭湯 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_17.html
≪ 尾行されている気配は感じなかったのだが、おそらく無線で連絡を取り合っているのだろう。駅前商店街に入ったとたん、左右からスッと、挟みつけるように、二人の男が寄ってきた。
二人はまるで親しい知人にでも話しかけるように、さり気なく手帳を見せて、「浅見さんですね?」と言った。
「ちょっと署までご同行願えませんか」
一応、願望を表明しているけれど、その言葉には強制力がある。 ・・・・
石神井署まで、三人は通夜の帰りの同窓生のように、むっつりした顔を並べて歩いた。浅見を除く二人は人相がきついせいか、向こうからやって来る人は、三人にぶつかりそうになると、急いで道を空けた。・・・ ≫
( 内田康夫『薔薇の殺人』1994.10.25.角川文庫 ↑ )
≪ 署長の意見には前川も同調し、岩瀬副本部長も異論はなかった。今泉、堀越の両刑事は口をはさむのを遠慮しているが、少なくとも現時点では中尾慎一を最有力容疑者と考えていることは確かだった。
「うーん・・・・」と浅見は頭を抱えた。
「違うと思いますけどねえ。いや、あの時間に忍び込むというのだから、確かに、ひょっとすると中尾君に殺意はあったかもしれませんが、実行はどうも・・・・。しかしまあ、皆さんが疑うのをいけないとは言いませんけどね」
「一応、不法侵入で任意出頭ということにでもしましょうか?」
と署長が副本部長に訊いた。浅見は眉をひそめた。
「いや、それはやめましょうよ。その件では追及しないって約束したのですから」
「しかし、高山夫人側から告発があったということならば、拒否できないでしょう。部屋から何か盗み出されていたことにしてもいいですよ」
(汚い手を使うな――)と思ったが、警察のそういうやり口は珍しいことでもない。浅見としても、警察がそうしたいというのを、何がなんでもやめさせる権限はなかった。 ≫
( 内田康夫『赤い雲殺人事件』 1985.2.10.廣済堂文庫 )
東京メトロ南北線「西ヶ原」駅の本郷通りの南東よりの出口を地上に出ると、その背後の左に国立印刷局東京工場、その北西隣に滝野川警察署、その向こうに七社神社。 出口の背後の右に「花と森の東京病院」、東京高等蚕糸学校発祥之地、その隣に滝野川公園。さらにその隣に北区防災センター・地震の科学館。 そして、そのさらに隣に東京消防庁滝野川消防署があって、そのさらに隣。 ついにやってきました。平塚神社と「和菓子 平塚亭」。
平塚神社と平塚亭は何で有名かというと、内田康夫の「浅見光彦シリーズ」に何度も何度も登場するし、平塚神社は『金沢殺人事件』では境内で人が殺されるし、お約束のごとく浅見光彦もまた警察から疑いの目で見られるし、『平家伝説殺人事件』では、平塚神社の背後、今は立入禁止になっているあたりでいちゃつくアベックの呼びかけを耳にして浅見は犯人を思い浮かべる。 日本全国、あちらこちらに行く浅見光彦だが、この平塚神社と平塚亭だけは別格。
≪ 浅見の家は北区西ヶ原にある。桜で有名な飛鳥山公園に近い。国電の京浜東北線を王子で降りて飛鳥山を越えてゆくか、ひとつ手前の上中里で降りるか、どちらにしても似たような距離を歩くことになる。浅見は大抵の場合は車で動き回るけれど、駐車場探しに苦労しそうな仕事では電車を使う。そして、降りる駅は上中里に決めている。生まれ育って三十年も見慣れた風景だが、浅見は、上中里から西ヶ原にかけての一帯の街並みが好きだ。おそらく、東京二十三区のどこよりも開発が立ち遅れていると思われるこの街には、旧い東京のたたずまいが色濃く残っている。上中里駅から旧電車通りへ登ってゆくダラダラ坂の右側には、源頼朝を祀る平塚神社の宏大な境内が続く。境内入口の茶店『平塚亭』は江戸期からの歴史をもち、昔ながらの素朴な和菓子を商っている。≫
( 内田康夫『平家伝説殺人事件』1985.6.10.角川文庫 )
≪ 車だから――と、塚原自身は最後の方はコーラに専念して、浅見にだけ酒を勧めた。その車で送られて、浅見は帰ってきた。
「通り道だから」と塚原は言ったが、浅見は恐縮して、自宅の五、六百メートルばかり手前の表通りで降ろしてもらった。
元は都電が走っていた表通りから、浅見の家へは車一台がやっと――という細い路地になる。しかも一方通行の出口で、車はずっと回り道をしてこなければならない。
「ここでいいですか?」
進入禁止の標識を見て、塚原は申し訳なさそうに言った。
「もちろんです」
「なんなら、回りましょうか」
「とんでもない」
浅見は恐縮しきって、車を降りた。
その方が浅見もありがたい。自宅に帰り着くまで、夜風で多少なりとも酔いを醒ましたかった。・・・・≫
≪ 時計を見ると、もうすぐ二時になろうとしていた。「下町」と称される部分が占める面積の多い東京・北区の中では、この辺りは、まあ高級な方に属するといってもいい、比較的静かな高台の街だ。この時間になると、少しばかりある店もシャッターを下ろし、街灯が点々とともる以外は、どの家も暗く、闇の底に眠っている。クーラーのモーターの音だけが、微かに響いていた。・・・・≫
( 内田康夫『佐渡伝説殺人事件』1997.10.15.徳間文庫 )
なるほど、浅見光彦の住んできた家というのは、王子と上中里の中間あたりで、本郷通りから一方通行の逆向きの細い道を5、600m入ったあたりということか・・・ということは、もしかして、この家か? なんて家を見つけることができるかもしれない。
≪ 「しかし、どうして小百合さんは、浅見の家の電話番号が分かったのかな?」
「それはきみのせいだろう」
「えっ? 僕のせいとはどういう意味だ?」
「小説に書いているじゃないか。浅見家が北区西ヶ原にあると」
「あっ・・・・」
内田は愕然とした。小説の巻末に〔この作品はフィクションであり、登場する人物、団体は実在のものと一切関係ありません〕と断り書きをしてあるけれど、そんなものは効果がないらしい。≫
( 内田康夫『熊野古道殺人事件』2010.4.25.角川文庫 )
と書かれているように、内田の小説をもとに探すと、浅見家を見つけることができるのかもしれない? ・・・・が、ともかく、今回は、平塚神社と平塚亭である。
※ 平塚神社HP http://hiratsuka-jinja.or.jp/
《ウィキペディア―平塚神社》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%A1%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE
[8] 平塚神社(1)
↑ 本郷通り 向かいから見た平塚神社と平塚亭。(右寄りの入口が平塚神社の入口。左よりの平屋の建物が平塚亭。)
↑ 「平塚神社前」交差点。 平塚神社の前から本郷通りを見る。 直進すると右手の旧古河庭園の入口、その向こうの三叉路を右に行くのが本郷通りでそれを進むと、駒込から「本郷追分」に至る。その三叉路を左に行くとJR「田端」駅の西側に出る。 ↑の「平塚神社前」交差点を左に行く道が「蝉坂」で蝉坂を直進すると、JR「上中里」駅に至る。 本郷通りを後ろに進むと、滝野川警察署の前を通り飛鳥山公園の西側からJR「王子」駅に至る。
↑ 旧古河庭園の入口は本郷通りを直進して右側にあるが、この「平塚神社前」交差点の「対岸」にある時間パーキングの向こうに旧古河庭園の一部分が見える。
↑ 平塚神社の入口はちょっとユニーク。 鳥居ではなく、↑は何だろうな? ↓
↑ 敷地に入ってすぐ右、「平塚神社」石碑。
[9] 和菓子 平塚亭
神社参拝は、本来なら参拝が先で、神社の前の和菓子屋の話はその後とするものだと思いますが、今回は、西ケ原駅→花と森の東京病院→滝野川公園→北区防災センター・地震の科学館・・・・と来ましたし、そして、今回、平塚亭でありがとうございました。阿弥陀堂浅見光彦やその母 雪江が大好きだというお団子を買って帰りたいと思ったものの、休業日でしまっていて買えなかった、ということもあり、先に平塚亭の方のお話にいきます。
( ↑ 本郷通り 向かいから見た「平塚亭」 )
( ↑ 平塚亭。 北西側から )
( ↑ 平塚亭。 南東側から )
( ↑ 平塚亭。 平塚神社境内より見たもの )
≪ 浅見は『平塚亭』に寄って、串団子を甘辛五本ずつ、買った。ここの団子を母親の雪江が好物で、母を籠絡するにはこれに限った。この日、″籠絡″の必要性があったわけでもないのに、どういうわけか団子を買う気になったのは、虫の知らせの続きのようなものかもしれない。思いもかけぬ珍客が、浅見の帰宅を待ち侘びていたのだ。
門扉を開けてくれたお手伝いの須美子が、少し不安の入った声で、「あの、お客様ですけど」と言った。・・・ ≫
( 内田康夫『平家伝説殺人事件』1985.6.10.角川文庫 )
≪ 「先日はどうも失礼しました」
倉持は慇懃な挨拶をして、「その際、お願いしたように、お目にかかってご相談したいことがあるのですが」と言った。
「承知しました。それで、いつがいいのでしょうか」
「できれば早いほうがよろしい。お差し支えなければ、これからでもお邪魔しますが」
「えっ、これからですか・・・・それじゃ、平塚亭で待ち合わせるのはどうですか?」
浅見はそう言った。倉持老人のあの気配から察して、どうせ真っ当な依頼が持ち込まれるはずがない。恐怖のおふくろさんのいるこの家に来てもらっても困る。
平塚亭というのは、この辺りの鎮守、平塚神社の境内にある団子屋のことだ。ふつうは店売りしかしないのだが、浅見だけは特別扱いで、店の奥に一脚だけあるテーブルに通してくれる。
倉持も「ああ、平塚亭ですな」とよく知っていた。倉持の家がある中里からも浅見の家からも、徒歩で十分もあれば行ける。・・・・≫
( 内田康夫『北の街物語』2016.8.25.中公文庫 )
≪ ――どうです、何か収穫はありましたか?
その日の内に、赤坂署の堀越から電話が入った。どうやら、浅見の『捜査』に期待をかけているらしい。昨日から何度電話してもお留守だった――と言っていた。
「いくらか、手がかりのようなものが出てきましたよ」
――ほんとですか?
「ええ、しかし、まだ海のものとも山のものとも分かりませんがね」
――いやいや、何でもいいんです。こっちには何もありゃしないんですから。じゃあ、これからすぐそちらへ行きます・・・・と言っても、お宅は行くわけにはいかないのでしたな。
「それじゃ、上中里の平塚亭で、団子でも食いながら会いましょう」
――団子、ですか・・・・・。
左党の堀越は、あまりゾッとしない声を出した。
平塚亭は『平塚神社』の境内にある古びたちっぽけな茶店だ。甘辛団子をはじめ、昔ながらの和菓子を商っていて、かなりの繁盛だが、その割に店構えは一向に大きくならない。浅見が子供の頃と少しも変わらないどころか、母親の雪江が浅見家に嫁いできた頃も同じようなものだったというから、よほど頑固な経営をしているに違いない。店内は狭く、むろん空調装置だの音響効果だのという、洒落たものは何もないので、アベックや長っちりの客は寄り付かない。それだけに、かえって落ち着いて話ができるというものだ。
「何です? その収穫というのは」
堀越は先に来ていて、浅見の顔を見るなり、挨拶もそこそこに話の続きを催促した。浅見は店のおばさんが向こうへ行くまで待った。女系家族四代目の、日頃は陽気でお喋りのおばさんも、心得たもので、邪魔にならないように、お茶とお団子を置いてさっさと行ってしまった。・・・・ ≫
( 内田康夫『赤い雲伝説殺人事件』1985.2.10.廣済堂文庫 )
≪ 「ここじゃまずいな。そうだ、平塚亭へ行こう。団子をご馳走するよ」
われながら、色気のない提案だが、大酒飲みの聡には、団子や大福をあてがうにかぎる。団子ならいくら食ったって高が知れているのだ。
平塚亭というのは、JR京浜東北線の上中里駅に近い、平塚神社の境内にある茶店で、ここの団子が雪江未亡人の好物だ。大福みたいなおばさんは、赤ん坊のころから浅見を知っていて、いつもおまけしてくれる。
平塚亭で聡が語ったところによると、聡が「平百合の君」の家をつき止めたのは、ほんの偶然からであった。・・・・ ≫
( 内田康夫『薔薇の殺人』1994.10.25.角川文庫 )
・・・・と、ともかく、「浅見光彦シリーズ」では平塚亭は頻繁に登場する。
その甘辛串団子というものを、ぜひ、一度、買って帰って食べてみたい♪ ・・・と思ったのだが、残念ながら、休業日でした。↓
神社の前の和菓子屋というのは、日曜・祝日は営業日で平日に休みかと思ったら、平塚神社の場合は神社とはいえ、「浅見光彦シリーズ」の読者でなければそれほど良く知っているわけでもないという神社だからか、日曜が休みだったのかもしれない。
私には平塚亭は縁がなかったのか、それとも、もう一度、ここに来いということなのか、どちらなのか・・・。 もう一度、来ることができればその方がいいのですが。 ローマの「トレビの泉」では、「泉に背を向けて硬貨を泉に投げ込むと、ローマにもう一度来ることができる」というお話があって、高校の英語のサイドリーダーの授業の時に使用したテキストでは、後ろ向きになって入れようとするがひとの目が気になって恥ずかしくてなかなか入れられない、という話が書かれていたのですが、実際に「トレビの泉」に行ってみると、そこに行くと後ろ向きになって硬貨を入れるものだと思っている人だらけで、みんながやっているので、およそ恥ずかしいとかいうようなものではなかった。今は昔、1980年代、「朝日ジャーナル」に載っていた話だが、慶応大学では留年しそうだという時に3つの対策があるとされ、1つは単位を落としそうな科目の教授の家に一升瓶を持って行くというもの、2つ目は福澤諭吉の墓参りをするというもので、この2つでもだめな場合に最も強力なものがあって、「東京の日本橋にある三越本店の入口に鎮座しているライオンに、三越の開店時間中に人が見ている前でまたがると留年しない」というものだそうで、私は三越本店まで行ってそのライオンを見てきたのですが、三越本店のライオンの所に書いてあった説明書きによると、ロンドンのトラファルガー広場にあるライオンを真似て作られたもので、「このライオンにひとに見られることなくまたがることができれば願いがかなう」というのが本来のもので、実際には人通りが多い所なのでひとに見られることなくまたがるということは簡単ではないというもので、それをアレンジした話が「三越本店の前のライオンに三越の開店時間中に人が見ている前でまたがると留年しない」だったようだ・・・・が、さすがに実際にまたがった人間を見たことはない。 で、それはさておき、「トレビの泉」の話だが、もう一度、ここに来ることはあるのだろうか、もう一度、来ることができればいいのだが、来ることはできるのだろうか・・・・なんてことは、若い時はそれほど考えなかった。来たければ来ればいいじゃん、いやなら来なければいいし、それだけのことでしょ・・と思い、「もう一度、ローマに来ることができる」という願いを込めて・・・という話にそれほど実感がなかったが、今、そういうことを実感として思うようになったということは、それだけ、年齢をいったということかもしれない。
次回、平塚神社 参道を進みます。
(2018.7.14.)
☆ 平塚神社・平塚天神社と浅見光彦
1.裏口は嫌い。西ケ原駅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_3.html
2.国立印刷局、滝野川警察署、七社神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_4.html
3.花森東京病院、滝野川公園、地震の科学館 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_5.html
4.平塚神社全景、門柱、平塚亭 〔今回〕
5.平塚神社参道、社殿、蝉坂からの階段と社務所 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_7.html
6.ユニークな狛犬、扇に日の丸の紋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_8.html
7.社殿の裏の岡。猫の死骸を「かわいそう」と思うか「気持ち悪い」と思うか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_9.html
8.菅原神社(平塚天神社)、大門先・元稲荷神社、御料稲荷神社、石室神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_10.html
9.城官寺、上中里駅、蝉坂、上中里不動尊、摩利支天 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_11.html
10.旧古河庭園(1)洋館、つつじ園 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_12.html
11.(2)心字池、雪見灯篭、石橋、兜門、染井門 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_13.html
12.(3)茶室、黒ボク石積、崩石積、書庫 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_14.html
13.滝野川小学校、「御子柴邸」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_15.html
14.滝野川会館。「一里塚」バス停から「上中里」駅まで https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_16.html
15.上中里駅陸橋、尾久操車場・田端機関区、銭湯 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_17.html
≪ 尾行されている気配は感じなかったのだが、おそらく無線で連絡を取り合っているのだろう。駅前商店街に入ったとたん、左右からスッと、挟みつけるように、二人の男が寄ってきた。
二人はまるで親しい知人にでも話しかけるように、さり気なく手帳を見せて、「浅見さんですね?」と言った。
「ちょっと署までご同行願えませんか」
一応、願望を表明しているけれど、その言葉には強制力がある。 ・・・・
石神井署まで、三人は通夜の帰りの同窓生のように、むっつりした顔を並べて歩いた。浅見を除く二人は人相がきついせいか、向こうからやって来る人は、三人にぶつかりそうになると、急いで道を空けた。・・・ ≫
( 内田康夫『薔薇の殺人』1994.10.25.角川文庫 ↑ )
≪ 署長の意見には前川も同調し、岩瀬副本部長も異論はなかった。今泉、堀越の両刑事は口をはさむのを遠慮しているが、少なくとも現時点では中尾慎一を最有力容疑者と考えていることは確かだった。
「うーん・・・・」と浅見は頭を抱えた。
「違うと思いますけどねえ。いや、あの時間に忍び込むというのだから、確かに、ひょっとすると中尾君に殺意はあったかもしれませんが、実行はどうも・・・・。しかしまあ、皆さんが疑うのをいけないとは言いませんけどね」
「一応、不法侵入で任意出頭ということにでもしましょうか?」
と署長が副本部長に訊いた。浅見は眉をひそめた。
「いや、それはやめましょうよ。その件では追及しないって約束したのですから」
「しかし、高山夫人側から告発があったということならば、拒否できないでしょう。部屋から何か盗み出されていたことにしてもいいですよ」
(汚い手を使うな――)と思ったが、警察のそういうやり口は珍しいことでもない。浅見としても、警察がそうしたいというのを、何がなんでもやめさせる権限はなかった。 ≫
( 内田康夫『赤い雲殺人事件』 1985.2.10.廣済堂文庫 )
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