コーヒー出すにはどういうお盆【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社
[第675回] 会社と営業の話(162)-1
(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ という会社は、1992年に私が入社した頃から、「ムクの木を使ってますよお」「ふと~い木を使ってますよお」といったアピールはしても、その片方で、展示場の作り方などにおいてはこれはないだろう・・・というものもある会社だった。
都市型の会社、大手ハウスメーカーは、たいてい、いくつかの総合住宅展示場に出展している建物を見ると、「南道路を想定した建物」もあれば、「東道路を想定した建物」「西道路を想定した建物」「北道路を想定した建物」もあるのだが、(株)一条工務店の住宅展示場はどこに行っても、南道路で南玄関の建物ばかり、しかも、南玄関で南面の中央に玄関がある。 玄関を入って右てにLDK、右手前にリビングそれに続いてダイニング、その向こうにキッチン、玄関入って左側に2間続きの和室、玄関の正面に階段があって、階段の向こうに左(西を想定)からトイレ、洗面所兼通路、「洗面所兼通路」の向こうにユニットバス。2階に階段で上がると、玄関側から見て右手(東を想定)に「主寝室」、左手(西を想定)に「子供部屋」でこれが続きの広い部屋になっていて、「将来、間仕切壁を設けて区切ることもできますよお」というもので、南側に大きめのバルコニー・・とそういう間取りしかない。たまにあったのが、玄関入って右手にLDKで左手に2間続きの和室ではなくそれが左右逆転したもの。そのくらいで、外観も
「和風でないから『洋風』(いなかのヨーフー)」(タイル張りでない「セゾン」)
「1階部分にタイル貼ってるから洋風」(1階外壁タイル張りの「セゾン」)か
「日本瓦が屋根に載ってるから和風」(「百年」)
のこの3種類のみ。 もうちょっと、なんとかならんのか・・とも思ったが、そういう会社だった。1993年、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「デザインがいいということは構造が悪くて耐久性が悪いということだ」などと言っていたがそれはおかしい。まるで、「美人は薄命、ブスは耐久性があるということです。その点、うちの娘はブスもブスもブスぶすブス! スーパー高耐久性ブスですからね、体の弱い美人よりもうちの娘のようなスーパー高耐久性ブスの方がいいに決まってるでしょ」とか言ってるみたいな発言だ。天野のそういう発言を聞くと「ブスなんか長生きするんじゃねえ!」とでも言いたくなってくる・・・が天野の発言がおかしいからそうなってくるのだ。住宅というものは、構造・使い勝手・デザイン・経済性の4つをともに実現してこそ住宅、建築は構造・使い勝手・デザイン・経済性の4つをともに実現してこそ建築であり、「腕白でもいい、たくましく育ってくれたら――丸大ハム」はいいとして、「ブスでもええ、耐久性さえあれば―― 一条工務店」・・・なんてのはその発想がおかしいのだ、その発想が。
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最近はその頃とは変わってきたかとは思うが、その頃の(株)一条工務店の設計が間違っていたのは、プランニングの時、平面図だけ考えて作っていたと思うのだが、間取りを考える時には、平面図だけ考えて作成するのではなく、平面図と立面図、平面図と展開図をラフでもいいからともに書きながら作成するか、書かなくてもいいからともかく頭の中では平面図と立面図、平面図と展開図をともに描きながら考えて作成するものであり、先に平面図を決めて、決まった平面図を立面図やパースにするという順番でやるから、だから、外観デザインについては、「1階にタイルを貼りますか貼りませんか」というそれだけの選択しか残らなくなるのだ。そのあたりの発想が建築としてはおかしいと思うのだ・・・が(株)一条工務店ではこういったことを言うと怒られる。 「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」などと営業本部長の天野隆夫から何度も言われたが、営業は「バカでも入れる私大の建築学科」卒の「設計さま」の奴隷ではない。天野隆夫のそういった発言は人権侵害であるし、天野隆夫が何を言おうが、プランニングというものは(株)一条工務店のアホ設計みたいに平面図だけ考えてやるものではなく、少なくとも、平面図と立面図、平面図と展開図をともに考えながらやるものだ。(株)一条工務店のアホ設計は平面図だけ考えて図面を作るから、だから、筋交いと換気扇の穴がぶつかったり、筋交いと水道管・ガス管とがぶつかったりして筋交いを削ることになり、住宅展示場に置いていた『間違いのない家づくり』と称した「アプローチブック」で、「これは換気扇の穴をあけるために筋交いを切断してしまっているんですね。切断された筋交いでは地震が来た時にはその筋交いはまったく効きません。大変危険ですね。こういったことがないかどうか、建築現場を見に行きましょう」なんて来場客に話しているまさにその筋交い切断が他社の建築現場にはそれほどなくて(株)一条工務店の建築現場にある!・・・なんてことになるのだ。普通、まがりなりにも「設計」なら、筋交いと換気扇の穴との関係くらい考えて設計しろよなあ、そのくらい考えられなくてそれで「設計士さま」だのとくそどあつかましくも言うよなあ~あ・・と思うのだが、それが(株)一条工務店の営業本部長が「どんなことでも服従しろ」と言うところの、「バカでも入れる私大の建築学科卒」の「設計士さま」なのである。(株)一条工務店の営業本部長は「バカでも入れる私大の建築学科」というのが大好きである!・・・・が、《アホのくせしてふんぞり返ることしか能のない「バカでも入れる私大の建築学科」卒のアホ設計》を増長させるのが(株)一条工務店のアホ経営者は好きらしいが、それは会社のためにならない・・・というよりも、そこまでの問題以前に、「曲がりなりにも『設計』なら、筋交いと換気扇の穴の関係くらい考えて設計しろよ、そのくらい!!!」と思うのだが、それを言うと、(株)一条工務店という会社においては、またもや、「設計にはどんなことでも服従しろ!」とか言われることになる。私が何を言われても我慢してきたことから、天野隆夫は「設計にはどんなことでも服従しろ」とかそういった言葉を浴びせることに快感を覚えていたようだが、ひとを採用して従業員にしたならば、従業員には何を言っても許されるというものかというと、それは違うと思うぞ。
で、(株)一条工務店の福島県いわき市の住宅展示場のキッチンで見たのは、「日東紅茶」のティーパック。 普通、こんなの、住宅展示場のキッチンに置くかあ~あ?!? と思ったのだが、「一条オリジナル営業」は、言うと怒るので、黙っていた。(株)一条工務店の経営者というのは、会社のためを思って言うと怒るのだ。だから、だんだんと口をきかなくなった。「営業は売るのが仕事だろうが」などと営業本部長の天野隆夫から言われたことがあったのだが、それはそうだろうが、それなら、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、私が応募した時、「いやあ、〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学の卒業生が応募してくれるのかあと思った」と言ったのだが、私は、創業からの年数は浅い会社で・未上場の会社で・地方に本社のある会社で・入社時においては従業員数も千人未満の会社で・浜松ではともかく東京や大阪では知名度のない会社であったが、そこまで喜んでもらえるのなら悪くないのではないかとも思った。そう思ってもらえるのなら、そう思って採用してくれた会社のために貢献したいと思ったものだった。しかし、「営業は売るのが仕事だろうが」というのは間違いではないとしても、「売る」だけに採用するのなら、慶應大学の商学部の卒業生でなくても、(株)一条工務店のオーナー経営者が好きな中卒か高卒の人間でもできないこともないわけであり、慶應大学の商学部の卒業生を採用したからには、そういう人間を採用したということでそういう扱いにしてそういう働きをさせないことには、何のために採用したのかわからないことになるはずだ・・・・が、天野隆夫ら(株)一条工務店のオーナー経営者一族が考えたのは、むしろ、「うちの会社にも◇大学卒の人間いるんですよお」ということにして中卒や高卒の人間が営業しやすくすること、「〇〇くんは慶應大学出てるんだぞ」と言って、しかし、俺の方が上の役職なんだぞと言いたい・・とかその程度の使い方しかできない男であり、(株)一条工務店のオーナー経営者一族というのはその程度の人間だったのだ。 で、「日東紅茶のティーパック」だが、私は日東紅茶に別段恨みはないし、ティーパックの紅茶は便利でありティーパックの紅茶を入れて飲むことはあるのだけれども、しかし、住宅展示場のキッチンにそういうものを置くかなあ~あ・・・・と思ったのだ。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームhttps://yamadahomes.jp/ 〕の住宅展示場には「日東紅茶のティーパック」なんて置かなかった。いくらなんでも、もう少し夢のあるものを置いていた。住宅展示場というものは、「ケ」の空間か「ハレ」の空間かというと「ハレ」の場所だと思うのだ。日東紅茶のティーパックで入れた紅茶を飲むことがあって悪いとは言わんが、「ハレ」の場所には普通もうちょっと気のきいたものを置くものではないだろうか・・・と思うのだが、(株)一条工務店でそんなことをもしも口に出して言うと、「そんなにエスバイエルがいいならエスバイエルに行けよお」とか天野隆夫は言い出すので、言えないが、しかし、「ちょっとおしゃれなもの」「ちょっと日常的でないもの」「いくらかなりとも夢を感じるもの」を住宅展示場には置くというのは、それは小堀住研(株)だけではなく、(株)一条工務店以外のほとんどの住宅会社はそうだったはずなのだ。(株)一条工務店に在籍中も同業他社の展示場を見学したこともあったし、(株)一条工務店を退職後に住宅展示場をのぞきに行ったこともあったが、ある時、三井ホームhttp://www.mitsuihome.co.jp/ の住宅展示場に行ってキッチンを見ると、そこには「フォートナム アンド メイソン」の紅茶缶が置いてあった。そうだよなあ~あ・・と思った。『美味しんぼ(おいしんぼ)』で、海原雄山とか山岡士郎が競う「まぼろしの紅茶」とかそこまでのものでなくても、とりあえず、住宅展示場のキッチンに置く紅茶となると「フォートナム アンド メイソンの紅茶缶」とかそのあたりだよなあ~あ・・・、「日東紅茶のティーパック」て、そりぁ、「遠州好み」(この場合、「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州人の好み」)はもしかすると、「日東紅茶のティーパック」なのかもしれないけれども、普通はやっぱり、住宅展示場というのは夢を感じる所であり、夢をどれだけ実現できるだろうかと考える所なのだから、しつこいようだが日東紅茶に恨みはないけれども、「日東紅茶のティーパック」はないだろうが・・・と思ったのだ・・・が、「遠州好み」の人間の発想に逆らうと、「そういうことを言うからいかんのだあ」とか怒鳴りつけられるから、逆らうとうるさいから黙ってよ・・・と思い、だんだん口をきかなくなる、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」になっていったのだが、(株)一条工務店という会社は、「慶應大学の出身の人がうちの会社に来てくれるのかあ」と初代社長の義理の弟の営業本部長が思って入社させても、結局、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」にならせるために入社させたようなものだった。そういう会社なのだ。(三井ホームは、住宅展示場のキッチンには「フォートナム アンド メイソンの紅茶缶」を置いているとか、そのあたりはいいと思うのだが、しかし、「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」というあほくさいコピーを横断幕にして展示場に掲げたりしているあたり、「そのへんの設計事務所のおっさん」のことを「建築家」とか言ってもちあげ奉るあたりは、「なんかイナカくせえ!」て感じする。)
来客にお茶やコーヒーを出す際のお盆について、[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html で述べた。 お盆もまた、まがりなりにも住宅建築業の会社なら、「やっぱり、住宅の会社だけあって、垢ぬけてる♪」とか「あれ、いいですね♪ どこで手に入れたものなのですか?」とか思われるようなそういうセンスのいいものを使うべきではないか・・・と思ったのだが、そうではなかった。
「遠州好み」に逆らうとうるさいから、これはこうした方がいいということはありませんか・・など言おうものなら、「営業は売るのが仕事だらあ」とか、「営業は口をきくな」とか営業本部長の天野隆夫に言われるので、それなら口きかんわ・・と思うようになった。天野隆夫に「おまえは口きくな」と何度言われたことか。「営業は黙って売ってりぁ、それでいいら」と天野隆夫は言うのだったが、しかし、売るためにはこうした方が売れる・こうした方が売れやすい売りやすいというのもはあるわけで、売るのが仕事ならそれを発言して何が悪いのか。又、営業は売るのが仕事であったとして、入社して最初は営業の仕事をするとしても、私は5年も10年も一戦の営業をするつもりで入社していないし応募していないし、そもそも、慶應大学の商学部の卒業生を採用して5年も10年も一線の営業をさせるのであれば、「うちの会社に慶應大学の卒業生が来てくれるのかと思った」などと言ってその「慶應大学商学部の卒業生」を採用した意味がなくなるはずなのだ。やっぱり、そういう人間を採用したからには、それを生かしてこそ優秀な経営者と言えるのではないのか、と思うのだが、そういうことを言われると、そういうことを言われること自体が面白くない、ということだったのかもしれない。入社3年目に入った頃、「一条工務店はトップの学歴コンプレックスが甚だしいから、慶應大学出て一条に長くいても、あんまりいいことないと思うよお」と言ってくれた人がいた。又、その後、某所長が「まったく、ひとの使い方を知らん会社だなあ」とつぶやくのを聞いた。いずれも、当たっていると思う。会社のためを思って滅私奉公をしても、それに報いる能力のある経営者ではなかった。
私は、慶應大学の商学部を卒業したが、もともとは哲学・心理学の研究者になりたいと思っていた者で、もし、そういう方向に行くことなく社会科学系の学部に行くのなら経済学部・商学部よりも法学部の方がいいと思っていた人間だったので、ともかく、商学部を卒業したとはいえ、「(商学部+法学部+哲学・心理学)÷3」のような商学士として卒業した。商学部の専門科目としても、労務管理論・労働法・労働経済学などや法律科目を多く履修したし、心理学やカウンセリングなども学んできた者であるので、会社という所に勤めたならば、人事・総務関係がいいと当初は考えていた。実際には、人事でも採用を担当するような場合は、営業の仕事などもある程度はわかっていないとできないであろうし、最初は何で入ってもいいし、ほかの職種も経験していいと考えていた。(株)一条工務店に入社してすぐの時期に見ていると、(株)一条工務店の採用はいいかげん・・というよりも無茶苦茶であり、違法なことを平気でやっているし、こんな会社なら私は会社にとって重宝するだろうと思った。総務の責任者は誰かというと、初代社長の大澄賢二郎の義理の弟だという営業本部長(その頃の肩書は「次長」)の天野隆夫の嫁の天野順子で、総務は他に「主任」の肩書をもらっていた男性のヌケタの山本とその他は高卒の女性社員が何人かいるだけだった。総務の山本は「技術系の能力はなく営業では使い物にならないから総務」という男で、山本が使い物にならないのはこれは最初からわかっていることだった。山本が一応「ヒラの上」の「主任」の肩書をもらっていても「総務の責任者」は「初代社長の義理の弟の嫁」の天野順子だったというのも山本を見ればそれは重々わかった。しかし、「浜松地方の工務店」ならば「初代社長の義理の弟の嫁が総務の責任者」でもやっていけるかもしれないが、全国企業として会社を大きくしていこうという会社であれば、やっぱり、人事や総務には私のように旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の社会科学系学部を卒業して労務管理論・労働法・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできたような者を1名は配置して計画的に運営されるようにしないといけないはずだ・・・と思ったのだが、(株)一条工務店のオーナー経営者にはそういう意思はないようだった。他方において、営業本部長の天野隆夫が私にインテリアコーディネーターの資格を取ってくれと言い、そして、「転勤はありません」と求人広告に明記して募集・採用して入社した者に、入社2年目に福島県いわき市の営業所に行ってくれと言って転勤させ、「〇〇くんは慶應大学の卒業生ですからほかの人とは違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」とも言ったのであるから、ということは、人事総務の方ではなく、慶應大学商学部で商業学・マーケティングや経済学などを学んできた者として、(株)一条工務店の従業員としては優秀な方である語学力も生かして、インテリアコーディネーター資格取得者としての知識・技術・能力と複数地域での県民性が異なりニーズも異なる地域での実際の勤務経験を生かして、商品開発の仕事・新規出店計画の仕事・外国から輸入するものを扱う仕事などそういった方面で使いたいということか・・・と思い、「転勤はありません」という会社でもほかの人よりも負担を払って転勤に応じ、苦労して努力して工夫してインテリアコーディネーターの試験にも通り、又、会社という所においては上役から10のことをやってくれと言われて10のことをやる人もおれば7くらいしかできない人もおり12か13のことをやる人もいるので、私は10やってくれと言われたならそれ以上のことをやろうと考えてインテリアコーディネーターだけでなくインテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得し、休暇には身銭を切ってヨーロッパに建築やインテリアの見学に足を運ぶなどしてきたのだが・・・・、この会社はいったいいつまで私に一線の営業を続けさせるのか? ・・・というと、結局、最後までさせたのだった。ひとをまともに使う気はない会社だったようだ。それなら、なぜ、私にインテリアコーディネーターの資格を取れと言ったのかというと、ひとを馬鹿にしていたのではないか。京大・阪大くらいに進学しようとしている人間でも慶應・早稲田くらいなら落ちることはある、関関同立なんて落ちたら目かんで死なんといかんわ・・・なんて思ってるやつがいるが、実はその「目、かんで死なんといかん」とかいうような所を落ちてみたりすることだってある・・・のだが、さすがに日東駒専とか亜拓大東帝国なんてのをもしも受けたなら・・あほくさいから白紙で答案用紙を出すとかしたなら落ちるだろうけれどもそうでなければさすがにまあ落ちんだろう・・・と思うのだが、もしかして、(株)一条工務店の中卒の営業本部長は、旧帝大系国立大学や早慶くらいの卒業生というのは、インテリアコーディネーターの試験というのは日東駒専とか亜拓大東帝国の試験みたいなもので何もしなくても通るとか思っていたということはないだろうか。大学の入試にあるような内容を、自分が合格したか合格できそうだったかするような大学よりうんと易しい所の試験を受けるというのなら、特別のことをしなくても通る可能性はあるが、インテリアコーディネーターの試験というのはそういう内容ではないので、新たに学習しないと通らない試験である。特に、1次は知識を問う試験なので問題はないが、2次は製図の試験があるので設計など図面を作成する仕事をしている者はよくても、営業の仕事をしている者は合格するためにはその学習をする必要があり、社会科学系学部卒の者にとっては負担が大きい。 又、インテリアコーディネーターというのは女性が取得すると高く評価され、男性の場合は建築学科卒で一級建築士か二級建築士を取得している者が取得すれば「プラスα」として評価されるが、社会科学系学部卒の者が合格・取得しても、私は「商学部などで商業学・マーケティングや経済学を学んできた者がインテリアコーディネーターの知識・技術を身に着けた」というのは価値があると思うのだが、日本の会社においてはなかなかそう評価してもらえない資格であり、それを考えると、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得することにために時間と労力をかけるのであれば、何か他のものに時間と労力をかけるようにした方が人生・生活に生きたのではないかとも思える。それを仕事で生かすことがない資格試験に時間と労力を費やすのであれば、それは人生の無駄遣いというものであろう。会社の経営者は従業員に人生の無駄遣いをさせる権利があるのかというとそんな「権利」なんてないと思うのだ。やっぱり、そういう資格を取得した者として使いたいと思って取ってくれと言ったなら、そういう扱いにしないといけないのではないだろうか・・・と思うが、「ひとの使い方を知らない会社」で「トップの学歴コンプレックスが甚だしい会社」だった。
蛇足かもしれないが、「日東駒専」という言葉には2通りの意味があるらしい。 ひとつは、東京の私立大学では、早慶の次のグループとして、JARK(上智・青山・立教・国際基督教大学)とかMARCH(明治・青山・立教・中央・法政)というのがあり、他方、誰でも入れるバカ大学の代表として「日東駒専」(日大・東洋大・駒沢大・専修大)というのがあったが〔私の感想では、法政というのは、特に小堀住研(株)の千葉支店→東京支店の業務課にいた法政大法学部卒というE間なんか見ると、MARCHのグループより「日東駒専」のグループではないかという印象があるが〕、最近ではその下に「亜拓大東帝国」(亜細亜大・拓殖大・大東文化大・帝京大・国士館大もしくは国学院大)というなんか怖そうな名称のグループができ、さらにその下に「なんとか江戸桜」(・・・江戸川学園なんとかと、桜美林大とどこやら)というのができてきたので、「日東駒専」は「下の方」ではなく“中堅”になってしまった・・・とか「日刊ゲンダイ」に出ていたが、そういう入試の難易度があんまり高くない同程度の東京圏の私立大学といういう意味と、もうひとつは、「三流以下企業では、東大卒の人間を日大・駒沢大・専修大卒の人間と一緒の扱いにしてしまう会社というのがある」といい、そういう会社のことを「日東駒専の会社」と言うことがあるらしい。(株)一条工務店もまた、「日東駒専の会社」であった。というより、「それ以上」もしくは「それ以下」かもしれん。
2001年、栃木県南部営業所佐野展示場 において、栃木県南部営業所の「副所長」に木下(きした)が就任していたが、2001年、(株)一条工務店は、それまで、栃木県にいる人が青森県や三重県の「所長」になったりしていたが、労働基準監督署から栃木県に普段いる人が栃木県何か所と青森県何か所と三重県何か所の所長などというのでは、それではだめで、実際にその地域にいる人から責任者を指定してくださいと指摘されたようで、栃木県は北部と南部に分かれてそれぞれに「責任者」が指定され、その「責任者」に、「所長」と「副所長」の2つの役職で任命したものだが、その役職に就く時には普通に就任しておいて、自分が指示した内容が本社の経営者が気に入らないとなると、「ぼくは高卒だから、そんなもの知ったことではない」などと言い出して責任をとらない木下のような男をそういった役職に就けていいとは思えないのだが、ところがどっこい、(株)一条工務店という会社は、そういう「ぼくは高卒だからそんなものわかるわ~けがない」とかふんぞりかえって言う木下のような男が大好きという会社だった。 「自分が『副所長』として指示したものについて責任をとらない責任者」などというものを「責任者」と言えるのか? ・・・というと、普通はそんなものを「責任者」とは言えない・・・が、(株)一条工務店のオーナー経営者一族というのはそういう人間が大好きだった。おのれが指示したことに責任をとらないとれない取る意思がないというようなことなら「責任者」にならなければいいはずであるが、ところがどっこい、なりたいらしいのだ。(株)一条工務店という会社は、そういう高卒や中卒の人が多く、そういう人が大好きな経営者の会社だった。これは述べ出すと長くなるので、述べるのは他の場所で別の機会にするが、2001年、木下の指示で私がやったことが気に入らないとオーナー経営者が言い出した。私に文句を言われても、「副所長」(役割としては「営業所長」)の指示でやったことについては、私に文句を言わないで「営業所長」の役割で指示した「副所長」に文句を言ってもらえわないと困る。 会社の職制に従って行動して、それを気に入らないなどと言われても、気に入らないと言う者が間違っているはずである。会社の職制に従って上役の指示で指示の通りやったことというのは「会社がやったこと」であるはずだ。ところが、木下は「ぼくは高卒だから、そんなこと言われても知らない」「ぼくは高卒なんだから、そんなことわかるわけがない」「ぼくは高卒なんだから、そんなものできるわけがない」と言ってふんぞり返るのである。それだけではない。総務部長の天野雅弘から「木下は高卒だからしかたがないだろうが。おまえは慶應でてるんだから、何でもおまえが責任とるのが当然だろうが。何を考えとるんじゃ、おまえはあ!」と怒鳴りつけられた。それで、私は言ったのだ。 「私に責任を取らせたいのであれば、私を営業所長にしてください。どうして、私を営業所長にならせてくれないのですか」と。そうでしょ。 「私に責任を取らせたいということなら私に営業所長にならせるべきです。そうではなく、他の人を営業所長にならせたならば、営業所長になった人に責任をとってもらってください」と。 高卒であろうが中卒であろうが、いったん、営業所長になったなら営業所長としての役割を果たさないといけないし、営業所長としての責任をとらないといけない。高卒の人だから営業所長にはなってはならないということはないが、「高卒だからわかるわけがない」「高卒だからできるわけがない」と言い張り、「高卒の人間がなんで責任とらなきゃならんのだ」と言うような人間は営業所長になるべきではないしならせるべきではないはずである。所長なり副所長なりの役職に就かせてもらい、肩書と役職手当はもらっておきながら、「責任はおまえが慶應でてるんだから、役職が何であるかにかかわらず、おまえが取るのが当然だろうが。なんで、高卒の木下が責任とらなきゃならんのだ。常識で考えろ!」などと総務部長の天野雅弘は発言したのだが、「常識で考えろ」と言われなければならないのは天野雅弘の方である。私は言ったのだが。 「私に責任を取らせたいのであれば私を営業所長にしてくださいよ。どうして、私を営業所長にならせてくれないのですか。私ではなく、ほかの人を営業所長にならせたのであれば、営業所長になった人に責任をとってもらうべきでしょう。違いますか。栃木県南部で『副所長』になっているのは私ではなく木下さんでしょ。高卒だから副所長として責任ある対応ができないということなら副所長になるべきではないしならせるべきではありませんね。木下さんは高卒だけれども副所長としてこの人はやっていけると会社が判断したから副所長にならせていた人ですね。違うのですか」と言いました。天野雅弘は「おまえは、そうやって筋の通ることを言うだろうが。そこが気に食わんのじゃ」と言うのでしたが、 「筋の通らんことを言い張るのが気に入らないというのならわかりますが、どうして、筋の通ることを言うのが気に入らんと言われなければならないのですか」と言いました。それでも、天野雅弘はきかず、そして、「だいたい、おまえが慶應でてるというのがそれが何より気に食わんのじゃ、この野郎! 俺らは高卒じゃい。俺らはどんなにしても慶應みたいなもん、行けんのじゃ。何が気に食わんと言って、おまえが慶應でてるというのが、それが何より気に食わんのじゃ」と言ったのでした。なんだか、もう無茶苦茶・・・・。 気にいるとか気にいらんとかいうのは、それはヒラの従業員では、気に入る人もおれば気にいらない人もいるかもしれないしいてもいいと思いますし、人間、誰しも気に入る人ばかりではないでしょうけれども、総務部長とかそういった役職についた人間は、気に入るとか気にいらないとかいったことで判断・行動してはいけないのです。気に入るか気にいらないかは総務部長とかそういった立場になってそういう立場で発言・行動する時には関係ないはずであり、関係あってはいけないのです・・・・が、関係あるのが(株)一条工務店でした。「俺は正直だから、はっきりと言うが、誰しも思ってるんだからな。おまえが慶應でてるというのがそれが何より気に食わんのじゃ」と天野雅弘は言うのでしたが、「正直でよろしい◎」とほめてあげるべきだったのでしょうか? ほめるものでもないのではないか・・・と思うのだが、その程度の人が総務部長とか営業本部長とかになっている会社だったのだ。今も大きくは変わっていないはずである。
( ↑ 横山光輝『水滸伝 第2巻』2006.4.10.潮出版社 )
滅私奉公・破私奉公してきた相手から恩を仇で返すような仕打ちをされた、まさに私が(株)一条工務店の経営者からされたような仕打ちを受けた『水滸伝』の↑の男は「黄信(こうしん)」。浜松市はそんな会社から300億円の寄付をもらい、大喜びしているのは慶應大ア法学部卒の鈴木康友。
2001年、栃木県南部営業所の「副所長」(役割としては「所長」と同じ)になった木下(きした)〔男。当時、40代前半〕は、↑に述べたように、「副所長」として発言・指示しても本社のオーナー経営者がそれが気に入らないと言い出すと、「ぼくは高卒だから、そんなものわかるわけがない」「ぼくは高卒だから知らない」と言いまくる卑怯者であり、普段、「私が栃木県南部の責任者です」と発言しておきながら、当然、「副所長」の役職手当も受け取っておきながら、責任を取らない男、責任を問われる時には「ぼくは高卒だからそんなものわかるわけがない」などと言って逃げる卑怯者で、一般にそういう男を「責任者」とは言わないはずである。木下は総務部長の天野雅弘が「木下は高卒なんだから責任とることないじゃないか。おまえが慶應でてるんだから所長でなくてもおまえが責任とるものだろうが」と発言するという木下はそういう無責任な「責任者」であり、責任者と言えない人間だった・・・・が、営業としては浜松で営業の仕事についてきた人間であったが、その後、「リーダー」となって栃木県南部や茨城県南西部あたりで勤務してきた人間で、学歴は高卒の人間でも、その際、それぞれの地域によって実状は異なるということを実地で学んできたところがある人で、又、浜松にいた時も、「営業所長」から「木下くん、◇◇さんてお客さん、追いかけとるな。あれ、俺がやるわ」などと突然言われて、自分が追客中の有望客を横取りされたことがあったなど、そういった経験もしてきたらしく、その点で、浜松出身とはいえ、必ずしも「ひまわり」ではない面もある人間だった。 「ひまわり」ではなく、栃木県の営業職の社員と北部営業所副所長のK原さんも含めて、南部営業所副所長になった木下は在籍年数で見て最も古い従業員であったが、(株)一条工務店に古くからいる「一条オリジナル営業」「一条工務店の土台を築いてきたと自称している人たち」とは違って、「浜松でいいものはどこでもいいに決まってるんだ」とか「浜松で良ければ他の場所でもいいに決まってるんだ」とかいった発言はしない人で、「それぞれの地域によってお客さんの感じ方は違う」と私などが言うと、遠州人にしては珍しく、「うん、そうだそうだ」と言う人だった。その点、必ずしも、「浜松的」ではなかったし、「浜松が決めたことは、ほかの地域の人間は何でも服従しなければならない」とかいった考え方は持っていない人だった。だから、[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html で述べたように、(株)一条工務店の住宅展示場では、お盆は浜松が決めて送ってきたものを使っていたが、それは「和」か「洋」かというと、「和」のものであり、お茶を出すにはいいとしても、コーヒーを出す時には似合わない・・・といったことに気づいたのだ。その点は、「高卒だからわかるわけがない」ということはなく、高卒でもわかったのだ。えらい!・・・とほめてあげるほどのものでもないかもしれないが、「一条オリジナル浜松流」の人はそういうことは考えない人の方が多いのだ・・・・が、特別に優秀かどうかはさておき、そういったことを自ら考える頭がいくらかなりともある・・・ということは、(株)一条工務店のオーナー経営者からにらまれる可能性があるということでもある。 私は、入社する時、営業本部長の天野隆夫から「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学の卒業生がうちの会社に来てくれるのかあと思った」と言われたのだが、そこまで喜んでもらえるのならこの会社に勤めて努力して悪くないのではないか・・・とそれを聞いた時には思ったのだが、しかし、そのうち、もしかして、この会社のオーナー経営者というのは、《「慶應大学の商学部を卒業しただけのことはある」という人間》ではなく《「慶應大学卒」という肩書を持った中卒か高卒の人間》というのを欲しがっていたのではないのか? ・・・と感じ出した。 《「慶應大学卒」という肩書を持った中卒か高卒の人間》は欲しかったが、《「慶應大学の商学部を卒業しただけのことはある」という人間》は気に入らない・・ということか・・と感じた。実際、そうだったのではないか。そして、高卒の人で浜松出身の人でも、「空の広さは浜松の広さと同じだ」と思っている人と、そうではなく「浜松は日本の一部分であって、浜松と似た地域もあればそうでない地域もある」といくらかなりとも認識するような人というのでは、後者の人はその分だけ気に入らないという経営者のようだ、と気づいた。だから、木下にしても、その分だけ、(株)一条工務店の経営者にとってはそれほど気にいる方の人間ではなかったのではないか。
2001年、栃木県南部営業所「副所長」にならせてもらっていた木下が、コーヒーを出すには「洋」のお盆を用意して出した方がいいと思うと言い出した時、それなら、どういうものがいいだろうか・・・と私は考えたのだが、その時、まず思い浮かんだのが、「アレシー」だった。 イタリアのブランド、「アレシー」の店は東京では青山に「アレシーショップ」があった。↓

(↑ アレシーショップ〔東京都港区青山〕があった場所。但し、インターネットで検索すると青山のアレシーショップのHPが出てこないので、今、どうなったかわからない。 )
栃木県南部営業所佐野展示場では、「営業補助」としてきていた女性社員に木下は買いにいってもらうように頼んだのだが、私ならどういうものを選ぶかということを考えた。 それで、とりあえず、「アレシー ショップ」に行って「お盆」を捜してみたのだが、↓のものがあった。 特に自分が使う必要があったのではないが、購入したものが↓である。
しかし、「お盆」「トレイ」には、テーブルの上に置いて、その上に物を置いて使う「お盆」「トレイ」と、その「お盆」「トレイ」に食器に入れた料理なり飲み物なりを乗せて運ぶためのものと2種類あり、↑の写真の「お盆」「トレイ」はテーブルの上に置いたままにして、その上に載せて使用するという使い方にはいいが、その「お盆」「トレイ」に物を載せて運ぶという使い方をするには、少々重い。 もともと、「アレシー」というのは、イタリアの金属製のキッチン用品の店であり、必ずしもその範疇に入りきらないものも販売しているかもしれないが、ともかく、「金属製のキッチン用品」というのが「アレシー」というブランドの本体であるわけです。そして、金属というのは木やプラスチックに比べて、重いという特徴がある。 だから、金属製の「お盆」「トレイ」というのは、テーブルに置きっぱなしにして使用する場合はいいが、その「お盆」「トレイ」に料理や飲み物を乗せて運ぶ場合には、「重い」という問題点が出てきます。
そこで、それなら、展示場でコーヒーを出したりする場合には、どういう「お盆」「トレイ」がいいのだろうか・・・と私は考えてきたのだった。 2年前ではなくその前の12月、JR船橋駅の1階のロビーというのかホールというのかに東武船橋店が、イタリア製の「お盆」「トレイ」を展示販売していたことがあった。 その時に見て、これなんかいいのではないかと思ったのがあった。それを次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html 、写真付きで述べたい。
(2019.2.9.)
☆ コーヒーなど出すお盆はどういうものがいいか
1.《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社〔今回〕
2.東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html
[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html
(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ という会社は、1992年に私が入社した頃から、「ムクの木を使ってますよお」「ふと~い木を使ってますよお」といったアピールはしても、その片方で、展示場の作り方などにおいてはこれはないだろう・・・というものもある会社だった。
都市型の会社、大手ハウスメーカーは、たいてい、いくつかの総合住宅展示場に出展している建物を見ると、「南道路を想定した建物」もあれば、「東道路を想定した建物」「西道路を想定した建物」「北道路を想定した建物」もあるのだが、(株)一条工務店の住宅展示場はどこに行っても、南道路で南玄関の建物ばかり、しかも、南玄関で南面の中央に玄関がある。 玄関を入って右てにLDK、右手前にリビングそれに続いてダイニング、その向こうにキッチン、玄関入って左側に2間続きの和室、玄関の正面に階段があって、階段の向こうに左(西を想定)からトイレ、洗面所兼通路、「洗面所兼通路」の向こうにユニットバス。2階に階段で上がると、玄関側から見て右手(東を想定)に「主寝室」、左手(西を想定)に「子供部屋」でこれが続きの広い部屋になっていて、「将来、間仕切壁を設けて区切ることもできますよお」というもので、南側に大きめのバルコニー・・とそういう間取りしかない。たまにあったのが、玄関入って右手にLDKで左手に2間続きの和室ではなくそれが左右逆転したもの。そのくらいで、外観も
「和風でないから『洋風』(いなかのヨーフー)」(タイル張りでない「セゾン」)
「1階部分にタイル貼ってるから洋風」(1階外壁タイル張りの「セゾン」)か
「日本瓦が屋根に載ってるから和風」(「百年」)
のこの3種類のみ。 もうちょっと、なんとかならんのか・・とも思ったが、そういう会社だった。1993年、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「デザインがいいということは構造が悪くて耐久性が悪いということだ」などと言っていたがそれはおかしい。まるで、「美人は薄命、ブスは耐久性があるということです。その点、うちの娘はブスもブスもブスぶすブス! スーパー高耐久性ブスですからね、体の弱い美人よりもうちの娘のようなスーパー高耐久性ブスの方がいいに決まってるでしょ」とか言ってるみたいな発言だ。天野のそういう発言を聞くと「ブスなんか長生きするんじゃねえ!」とでも言いたくなってくる・・・が天野の発言がおかしいからそうなってくるのだ。住宅というものは、構造・使い勝手・デザイン・経済性の4つをともに実現してこそ住宅、建築は構造・使い勝手・デザイン・経済性の4つをともに実現してこそ建築であり、「腕白でもいい、たくましく育ってくれたら――丸大ハム」はいいとして、「ブスでもええ、耐久性さえあれば―― 一条工務店」・・・なんてのはその発想がおかしいのだ、その発想が。
※ 《YouTube-丸大食品CMわんぱく.wmv 》https://www.youtube.com/watch?v=L8QGpL8tLWo
最近はその頃とは変わってきたかとは思うが、その頃の(株)一条工務店の設計が間違っていたのは、プランニングの時、平面図だけ考えて作っていたと思うのだが、間取りを考える時には、平面図だけ考えて作成するのではなく、平面図と立面図、平面図と展開図をラフでもいいからともに書きながら作成するか、書かなくてもいいからともかく頭の中では平面図と立面図、平面図と展開図をともに描きながら考えて作成するものであり、先に平面図を決めて、決まった平面図を立面図やパースにするという順番でやるから、だから、外観デザインについては、「1階にタイルを貼りますか貼りませんか」というそれだけの選択しか残らなくなるのだ。そのあたりの発想が建築としてはおかしいと思うのだ・・・が(株)一条工務店ではこういったことを言うと怒られる。 「営業は設計にはどんなことでも服従しろ」などと営業本部長の天野隆夫から何度も言われたが、営業は「バカでも入れる私大の建築学科」卒の「設計さま」の奴隷ではない。天野隆夫のそういった発言は人権侵害であるし、天野隆夫が何を言おうが、プランニングというものは(株)一条工務店のアホ設計みたいに平面図だけ考えてやるものではなく、少なくとも、平面図と立面図、平面図と展開図をともに考えながらやるものだ。(株)一条工務店のアホ設計は平面図だけ考えて図面を作るから、だから、筋交いと換気扇の穴がぶつかったり、筋交いと水道管・ガス管とがぶつかったりして筋交いを削ることになり、住宅展示場に置いていた『間違いのない家づくり』と称した「アプローチブック」で、「これは換気扇の穴をあけるために筋交いを切断してしまっているんですね。切断された筋交いでは地震が来た時にはその筋交いはまったく効きません。大変危険ですね。こういったことがないかどうか、建築現場を見に行きましょう」なんて来場客に話しているまさにその筋交い切断が他社の建築現場にはそれほどなくて(株)一条工務店の建築現場にある!・・・なんてことになるのだ。普通、まがりなりにも「設計」なら、筋交いと換気扇の穴との関係くらい考えて設計しろよなあ、そのくらい考えられなくてそれで「設計士さま」だのとくそどあつかましくも言うよなあ~あ・・と思うのだが、それが(株)一条工務店の営業本部長が「どんなことでも服従しろ」と言うところの、「バカでも入れる私大の建築学科卒」の「設計士さま」なのである。(株)一条工務店の営業本部長は「バカでも入れる私大の建築学科」というのが大好きである!・・・・が、《アホのくせしてふんぞり返ることしか能のない「バカでも入れる私大の建築学科」卒のアホ設計》を増長させるのが(株)一条工務店のアホ経営者は好きらしいが、それは会社のためにならない・・・というよりも、そこまでの問題以前に、「曲がりなりにも『設計』なら、筋交いと換気扇の穴の関係くらい考えて設計しろよ、そのくらい!!!」と思うのだが、それを言うと、(株)一条工務店という会社においては、またもや、「設計にはどんなことでも服従しろ!」とか言われることになる。私が何を言われても我慢してきたことから、天野隆夫は「設計にはどんなことでも服従しろ」とかそういった言葉を浴びせることに快感を覚えていたようだが、ひとを採用して従業員にしたならば、従業員には何を言っても許されるというものかというと、それは違うと思うぞ。
で、(株)一条工務店の福島県いわき市の住宅展示場のキッチンで見たのは、「日東紅茶」のティーパック。 普通、こんなの、住宅展示場のキッチンに置くかあ~あ?!? と思ったのだが、「一条オリジナル営業」は、言うと怒るので、黙っていた。(株)一条工務店の経営者というのは、会社のためを思って言うと怒るのだ。だから、だんだんと口をきかなくなった。「営業は売るのが仕事だろうが」などと営業本部長の天野隆夫から言われたことがあったのだが、それはそうだろうが、それなら、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、私が応募した時、「いやあ、〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学の卒業生が応募してくれるのかあと思った」と言ったのだが、私は、創業からの年数は浅い会社で・未上場の会社で・地方に本社のある会社で・入社時においては従業員数も千人未満の会社で・浜松ではともかく東京や大阪では知名度のない会社であったが、そこまで喜んでもらえるのなら悪くないのではないかとも思った。そう思ってもらえるのなら、そう思って採用してくれた会社のために貢献したいと思ったものだった。しかし、「営業は売るのが仕事だろうが」というのは間違いではないとしても、「売る」だけに採用するのなら、慶應大学の商学部の卒業生でなくても、(株)一条工務店のオーナー経営者が好きな中卒か高卒の人間でもできないこともないわけであり、慶應大学の商学部の卒業生を採用したからには、そういう人間を採用したということでそういう扱いにしてそういう働きをさせないことには、何のために採用したのかわからないことになるはずだ・・・・が、天野隆夫ら(株)一条工務店のオーナー経営者一族が考えたのは、むしろ、「うちの会社にも◇大学卒の人間いるんですよお」ということにして中卒や高卒の人間が営業しやすくすること、「〇〇くんは慶應大学出てるんだぞ」と言って、しかし、俺の方が上の役職なんだぞと言いたい・・とかその程度の使い方しかできない男であり、(株)一条工務店のオーナー経営者一族というのはその程度の人間だったのだ。 で、「日東紅茶のティーパック」だが、私は日東紅茶に別段恨みはないし、ティーパックの紅茶は便利でありティーパックの紅茶を入れて飲むことはあるのだけれども、しかし、住宅展示場のキッチンにそういうものを置くかなあ~あ・・・・と思ったのだ。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームhttps://yamadahomes.jp/ 〕の住宅展示場には「日東紅茶のティーパック」なんて置かなかった。いくらなんでも、もう少し夢のあるものを置いていた。住宅展示場というものは、「ケ」の空間か「ハレ」の空間かというと「ハレ」の場所だと思うのだ。日東紅茶のティーパックで入れた紅茶を飲むことがあって悪いとは言わんが、「ハレ」の場所には普通もうちょっと気のきいたものを置くものではないだろうか・・・と思うのだが、(株)一条工務店でそんなことをもしも口に出して言うと、「そんなにエスバイエルがいいならエスバイエルに行けよお」とか天野隆夫は言い出すので、言えないが、しかし、「ちょっとおしゃれなもの」「ちょっと日常的でないもの」「いくらかなりとも夢を感じるもの」を住宅展示場には置くというのは、それは小堀住研(株)だけではなく、(株)一条工務店以外のほとんどの住宅会社はそうだったはずなのだ。(株)一条工務店に在籍中も同業他社の展示場を見学したこともあったし、(株)一条工務店を退職後に住宅展示場をのぞきに行ったこともあったが、ある時、三井ホームhttp://www.mitsuihome.co.jp/ の住宅展示場に行ってキッチンを見ると、そこには「フォートナム アンド メイソン」の紅茶缶が置いてあった。そうだよなあ~あ・・と思った。『美味しんぼ(おいしんぼ)』で、海原雄山とか山岡士郎が競う「まぼろしの紅茶」とかそこまでのものでなくても、とりあえず、住宅展示場のキッチンに置く紅茶となると「フォートナム アンド メイソンの紅茶缶」とかそのあたりだよなあ~あ・・・、「日東紅茶のティーパック」て、そりぁ、「遠州好み」(この場合、「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州人の好み」)はもしかすると、「日東紅茶のティーパック」なのかもしれないけれども、普通はやっぱり、住宅展示場というのは夢を感じる所であり、夢をどれだけ実現できるだろうかと考える所なのだから、しつこいようだが日東紅茶に恨みはないけれども、「日東紅茶のティーパック」はないだろうが・・・と思ったのだ・・・が、「遠州好み」の人間の発想に逆らうと、「そういうことを言うからいかんのだあ」とか怒鳴りつけられるから、逆らうとうるさいから黙ってよ・・・と思い、だんだん口をきかなくなる、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」になっていったのだが、(株)一条工務店という会社は、「慶應大学の出身の人がうちの会社に来てくれるのかあ」と初代社長の義理の弟の営業本部長が思って入社させても、結局、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」にならせるために入社させたようなものだった。そういう会社なのだ。(三井ホームは、住宅展示場のキッチンには「フォートナム アンド メイソンの紅茶缶」を置いているとか、そのあたりはいいと思うのだが、しかし、「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」というあほくさいコピーを横断幕にして展示場に掲げたりしているあたり、「そのへんの設計事務所のおっさん」のことを「建築家」とか言ってもちあげ奉るあたりは、「なんかイナカくせえ!」て感じする。)
来客にお茶やコーヒーを出す際のお盆について、[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html で述べた。 お盆もまた、まがりなりにも住宅建築業の会社なら、「やっぱり、住宅の会社だけあって、垢ぬけてる♪」とか「あれ、いいですね♪ どこで手に入れたものなのですか?」とか思われるようなそういうセンスのいいものを使うべきではないか・・・と思ったのだが、そうではなかった。
「遠州好み」に逆らうとうるさいから、これはこうした方がいいということはありませんか・・など言おうものなら、「営業は売るのが仕事だらあ」とか、「営業は口をきくな」とか営業本部長の天野隆夫に言われるので、それなら口きかんわ・・と思うようになった。天野隆夫に「おまえは口きくな」と何度言われたことか。「営業は黙って売ってりぁ、それでいいら」と天野隆夫は言うのだったが、しかし、売るためにはこうした方が売れる・こうした方が売れやすい売りやすいというのもはあるわけで、売るのが仕事ならそれを発言して何が悪いのか。又、営業は売るのが仕事であったとして、入社して最初は営業の仕事をするとしても、私は5年も10年も一戦の営業をするつもりで入社していないし応募していないし、そもそも、慶應大学の商学部の卒業生を採用して5年も10年も一線の営業をさせるのであれば、「うちの会社に慶應大学の卒業生が来てくれるのかと思った」などと言ってその「慶應大学商学部の卒業生」を採用した意味がなくなるはずなのだ。やっぱり、そういう人間を採用したからには、それを生かしてこそ優秀な経営者と言えるのではないのか、と思うのだが、そういうことを言われると、そういうことを言われること自体が面白くない、ということだったのかもしれない。入社3年目に入った頃、「一条工務店はトップの学歴コンプレックスが甚だしいから、慶應大学出て一条に長くいても、あんまりいいことないと思うよお」と言ってくれた人がいた。又、その後、某所長が「まったく、ひとの使い方を知らん会社だなあ」とつぶやくのを聞いた。いずれも、当たっていると思う。会社のためを思って滅私奉公をしても、それに報いる能力のある経営者ではなかった。
私は、慶應大学の商学部を卒業したが、もともとは哲学・心理学の研究者になりたいと思っていた者で、もし、そういう方向に行くことなく社会科学系の学部に行くのなら経済学部・商学部よりも法学部の方がいいと思っていた人間だったので、ともかく、商学部を卒業したとはいえ、「(商学部+法学部+哲学・心理学)÷3」のような商学士として卒業した。商学部の専門科目としても、労務管理論・労働法・労働経済学などや法律科目を多く履修したし、心理学やカウンセリングなども学んできた者であるので、会社という所に勤めたならば、人事・総務関係がいいと当初は考えていた。実際には、人事でも採用を担当するような場合は、営業の仕事などもある程度はわかっていないとできないであろうし、最初は何で入ってもいいし、ほかの職種も経験していいと考えていた。(株)一条工務店に入社してすぐの時期に見ていると、(株)一条工務店の採用はいいかげん・・というよりも無茶苦茶であり、違法なことを平気でやっているし、こんな会社なら私は会社にとって重宝するだろうと思った。総務の責任者は誰かというと、初代社長の大澄賢二郎の義理の弟だという営業本部長(その頃の肩書は「次長」)の天野隆夫の嫁の天野順子で、総務は他に「主任」の肩書をもらっていた男性のヌケタの山本とその他は高卒の女性社員が何人かいるだけだった。総務の山本は「技術系の能力はなく営業では使い物にならないから総務」という男で、山本が使い物にならないのはこれは最初からわかっていることだった。山本が一応「ヒラの上」の「主任」の肩書をもらっていても「総務の責任者」は「初代社長の義理の弟の嫁」の天野順子だったというのも山本を見ればそれは重々わかった。しかし、「浜松地方の工務店」ならば「初代社長の義理の弟の嫁が総務の責任者」でもやっていけるかもしれないが、全国企業として会社を大きくしていこうという会社であれば、やっぱり、人事や総務には私のように旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の社会科学系学部を卒業して労務管理論・労働法・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできたような者を1名は配置して計画的に運営されるようにしないといけないはずだ・・・と思ったのだが、(株)一条工務店のオーナー経営者にはそういう意思はないようだった。他方において、営業本部長の天野隆夫が私にインテリアコーディネーターの資格を取ってくれと言い、そして、「転勤はありません」と求人広告に明記して募集・採用して入社した者に、入社2年目に福島県いわき市の営業所に行ってくれと言って転勤させ、「〇〇くんは慶應大学の卒業生ですからほかの人とは違っていろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」とも言ったのであるから、ということは、人事総務の方ではなく、慶應大学商学部で商業学・マーケティングや経済学などを学んできた者として、(株)一条工務店の従業員としては優秀な方である語学力も生かして、インテリアコーディネーター資格取得者としての知識・技術・能力と複数地域での県民性が異なりニーズも異なる地域での実際の勤務経験を生かして、商品開発の仕事・新規出店計画の仕事・外国から輸入するものを扱う仕事などそういった方面で使いたいということか・・・と思い、「転勤はありません」という会社でもほかの人よりも負担を払って転勤に応じ、苦労して努力して工夫してインテリアコーディネーターの試験にも通り、又、会社という所においては上役から10のことをやってくれと言われて10のことをやる人もおれば7くらいしかできない人もおり12か13のことをやる人もいるので、私は10やってくれと言われたならそれ以上のことをやろうと考えてインテリアコーディネーターだけでなくインテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得し、休暇には身銭を切ってヨーロッパに建築やインテリアの見学に足を運ぶなどしてきたのだが・・・・、この会社はいったいいつまで私に一線の営業を続けさせるのか? ・・・というと、結局、最後までさせたのだった。ひとをまともに使う気はない会社だったようだ。それなら、なぜ、私にインテリアコーディネーターの資格を取れと言ったのかというと、ひとを馬鹿にしていたのではないか。京大・阪大くらいに進学しようとしている人間でも慶應・早稲田くらいなら落ちることはある、関関同立なんて落ちたら目かんで死なんといかんわ・・・なんて思ってるやつがいるが、実はその「目、かんで死なんといかん」とかいうような所を落ちてみたりすることだってある・・・のだが、さすがに日東駒専とか亜拓大東帝国なんてのをもしも受けたなら・・あほくさいから白紙で答案用紙を出すとかしたなら落ちるだろうけれどもそうでなければさすがにまあ落ちんだろう・・・と思うのだが、もしかして、(株)一条工務店の中卒の営業本部長は、旧帝大系国立大学や早慶くらいの卒業生というのは、インテリアコーディネーターの試験というのは日東駒専とか亜拓大東帝国の試験みたいなもので何もしなくても通るとか思っていたということはないだろうか。大学の入試にあるような内容を、自分が合格したか合格できそうだったかするような大学よりうんと易しい所の試験を受けるというのなら、特別のことをしなくても通る可能性はあるが、インテリアコーディネーターの試験というのはそういう内容ではないので、新たに学習しないと通らない試験である。特に、1次は知識を問う試験なので問題はないが、2次は製図の試験があるので設計など図面を作成する仕事をしている者はよくても、営業の仕事をしている者は合格するためにはその学習をする必要があり、社会科学系学部卒の者にとっては負担が大きい。 又、インテリアコーディネーターというのは女性が取得すると高く評価され、男性の場合は建築学科卒で一級建築士か二級建築士を取得している者が取得すれば「プラスα」として評価されるが、社会科学系学部卒の者が合格・取得しても、私は「商学部などで商業学・マーケティングや経済学を学んできた者がインテリアコーディネーターの知識・技術を身に着けた」というのは価値があると思うのだが、日本の会社においてはなかなかそう評価してもらえない資格であり、それを考えると、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得することにために時間と労力をかけるのであれば、何か他のものに時間と労力をかけるようにした方が人生・生活に生きたのではないかとも思える。それを仕事で生かすことがない資格試験に時間と労力を費やすのであれば、それは人生の無駄遣いというものであろう。会社の経営者は従業員に人生の無駄遣いをさせる権利があるのかというとそんな「権利」なんてないと思うのだ。やっぱり、そういう資格を取得した者として使いたいと思って取ってくれと言ったなら、そういう扱いにしないといけないのではないだろうか・・・と思うが、「ひとの使い方を知らない会社」で「トップの学歴コンプレックスが甚だしい会社」だった。
蛇足かもしれないが、「日東駒専」という言葉には2通りの意味があるらしい。 ひとつは、東京の私立大学では、早慶の次のグループとして、JARK(上智・青山・立教・国際基督教大学)とかMARCH(明治・青山・立教・中央・法政)というのがあり、他方、誰でも入れるバカ大学の代表として「日東駒専」(日大・東洋大・駒沢大・専修大)というのがあったが〔私の感想では、法政というのは、特に小堀住研(株)の千葉支店→東京支店の業務課にいた法政大法学部卒というE間なんか見ると、MARCHのグループより「日東駒専」のグループではないかという印象があるが〕、最近ではその下に「亜拓大東帝国」(亜細亜大・拓殖大・大東文化大・帝京大・国士館大もしくは国学院大)というなんか怖そうな名称のグループができ、さらにその下に「なんとか江戸桜」(・・・江戸川学園なんとかと、桜美林大とどこやら)というのができてきたので、「日東駒専」は「下の方」ではなく“中堅”になってしまった・・・とか「日刊ゲンダイ」に出ていたが、そういう入試の難易度があんまり高くない同程度の東京圏の私立大学といういう意味と、もうひとつは、「三流以下企業では、東大卒の人間を日大・駒沢大・専修大卒の人間と一緒の扱いにしてしまう会社というのがある」といい、そういう会社のことを「日東駒専の会社」と言うことがあるらしい。(株)一条工務店もまた、「日東駒専の会社」であった。というより、「それ以上」もしくは「それ以下」かもしれん。
2001年、栃木県南部営業所佐野展示場 において、栃木県南部営業所の「副所長」に木下(きした)が就任していたが、2001年、(株)一条工務店は、それまで、栃木県にいる人が青森県や三重県の「所長」になったりしていたが、労働基準監督署から栃木県に普段いる人が栃木県何か所と青森県何か所と三重県何か所の所長などというのでは、それではだめで、実際にその地域にいる人から責任者を指定してくださいと指摘されたようで、栃木県は北部と南部に分かれてそれぞれに「責任者」が指定され、その「責任者」に、「所長」と「副所長」の2つの役職で任命したものだが、その役職に就く時には普通に就任しておいて、自分が指示した内容が本社の経営者が気に入らないとなると、「ぼくは高卒だから、そんなもの知ったことではない」などと言い出して責任をとらない木下のような男をそういった役職に就けていいとは思えないのだが、ところがどっこい、(株)一条工務店という会社は、そういう「ぼくは高卒だからそんなものわかるわ~けがない」とかふんぞりかえって言う木下のような男が大好きという会社だった。 「自分が『副所長』として指示したものについて責任をとらない責任者」などというものを「責任者」と言えるのか? ・・・というと、普通はそんなものを「責任者」とは言えない・・・が、(株)一条工務店のオーナー経営者一族というのはそういう人間が大好きだった。おのれが指示したことに責任をとらないとれない取る意思がないというようなことなら「責任者」にならなければいいはずであるが、ところがどっこい、なりたいらしいのだ。(株)一条工務店という会社は、そういう高卒や中卒の人が多く、そういう人が大好きな経営者の会社だった。これは述べ出すと長くなるので、述べるのは他の場所で別の機会にするが、2001年、木下の指示で私がやったことが気に入らないとオーナー経営者が言い出した。私に文句を言われても、「副所長」(役割としては「営業所長」)の指示でやったことについては、私に文句を言わないで「営業所長」の役割で指示した「副所長」に文句を言ってもらえわないと困る。 会社の職制に従って行動して、それを気に入らないなどと言われても、気に入らないと言う者が間違っているはずである。会社の職制に従って上役の指示で指示の通りやったことというのは「会社がやったこと」であるはずだ。ところが、木下は「ぼくは高卒だから、そんなこと言われても知らない」「ぼくは高卒なんだから、そんなことわかるわけがない」「ぼくは高卒なんだから、そんなものできるわけがない」と言ってふんぞり返るのである。それだけではない。総務部長の天野雅弘から「木下は高卒だからしかたがないだろうが。おまえは慶應でてるんだから、何でもおまえが責任とるのが当然だろうが。何を考えとるんじゃ、おまえはあ!」と怒鳴りつけられた。それで、私は言ったのだ。 「私に責任を取らせたいのであれば、私を営業所長にしてください。どうして、私を営業所長にならせてくれないのですか」と。そうでしょ。 「私に責任を取らせたいということなら私に営業所長にならせるべきです。そうではなく、他の人を営業所長にならせたならば、営業所長になった人に責任をとってもらってください」と。 高卒であろうが中卒であろうが、いったん、営業所長になったなら営業所長としての役割を果たさないといけないし、営業所長としての責任をとらないといけない。高卒の人だから営業所長にはなってはならないということはないが、「高卒だからわかるわけがない」「高卒だからできるわけがない」と言い張り、「高卒の人間がなんで責任とらなきゃならんのだ」と言うような人間は営業所長になるべきではないしならせるべきではないはずである。所長なり副所長なりの役職に就かせてもらい、肩書と役職手当はもらっておきながら、「責任はおまえが慶應でてるんだから、役職が何であるかにかかわらず、おまえが取るのが当然だろうが。なんで、高卒の木下が責任とらなきゃならんのだ。常識で考えろ!」などと総務部長の天野雅弘は発言したのだが、「常識で考えろ」と言われなければならないのは天野雅弘の方である。私は言ったのだが。 「私に責任を取らせたいのであれば私を営業所長にしてくださいよ。どうして、私を営業所長にならせてくれないのですか。私ではなく、ほかの人を営業所長にならせたのであれば、営業所長になった人に責任をとってもらうべきでしょう。違いますか。栃木県南部で『副所長』になっているのは私ではなく木下さんでしょ。高卒だから副所長として責任ある対応ができないということなら副所長になるべきではないしならせるべきではありませんね。木下さんは高卒だけれども副所長としてこの人はやっていけると会社が判断したから副所長にならせていた人ですね。違うのですか」と言いました。天野雅弘は「おまえは、そうやって筋の通ることを言うだろうが。そこが気に食わんのじゃ」と言うのでしたが、 「筋の通らんことを言い張るのが気に入らないというのならわかりますが、どうして、筋の通ることを言うのが気に入らんと言われなければならないのですか」と言いました。それでも、天野雅弘はきかず、そして、「だいたい、おまえが慶應でてるというのがそれが何より気に食わんのじゃ、この野郎! 俺らは高卒じゃい。俺らはどんなにしても慶應みたいなもん、行けんのじゃ。何が気に食わんと言って、おまえが慶應でてるというのが、それが何より気に食わんのじゃ」と言ったのでした。なんだか、もう無茶苦茶・・・・。 気にいるとか気にいらんとかいうのは、それはヒラの従業員では、気に入る人もおれば気にいらない人もいるかもしれないしいてもいいと思いますし、人間、誰しも気に入る人ばかりではないでしょうけれども、総務部長とかそういった役職についた人間は、気に入るとか気にいらないとかいったことで判断・行動してはいけないのです。気に入るか気にいらないかは総務部長とかそういった立場になってそういう立場で発言・行動する時には関係ないはずであり、関係あってはいけないのです・・・・が、関係あるのが(株)一条工務店でした。「俺は正直だから、はっきりと言うが、誰しも思ってるんだからな。おまえが慶應でてるというのがそれが何より気に食わんのじゃ」と天野雅弘は言うのでしたが、「正直でよろしい◎」とほめてあげるべきだったのでしょうか? ほめるものでもないのではないか・・・と思うのだが、その程度の人が総務部長とか営業本部長とかになっている会社だったのだ。今も大きくは変わっていないはずである。
( ↑ 横山光輝『水滸伝 第2巻』2006.4.10.潮出版社 )
滅私奉公・破私奉公してきた相手から恩を仇で返すような仕打ちをされた、まさに私が(株)一条工務店の経営者からされたような仕打ちを受けた『水滸伝』の↑の男は「黄信(こうしん)」。浜松市はそんな会社から300億円の寄付をもらい、大喜びしているのは慶應大ア法学部卒の鈴木康友。
2001年、栃木県南部営業所の「副所長」(役割としては「所長」と同じ)になった木下(きした)〔男。当時、40代前半〕は、↑に述べたように、「副所長」として発言・指示しても本社のオーナー経営者がそれが気に入らないと言い出すと、「ぼくは高卒だから、そんなものわかるわけがない」「ぼくは高卒だから知らない」と言いまくる卑怯者であり、普段、「私が栃木県南部の責任者です」と発言しておきながら、当然、「副所長」の役職手当も受け取っておきながら、責任を取らない男、責任を問われる時には「ぼくは高卒だからそんなものわかるわけがない」などと言って逃げる卑怯者で、一般にそういう男を「責任者」とは言わないはずである。木下は総務部長の天野雅弘が「木下は高卒なんだから責任とることないじゃないか。おまえが慶應でてるんだから所長でなくてもおまえが責任とるものだろうが」と発言するという木下はそういう無責任な「責任者」であり、責任者と言えない人間だった・・・・が、営業としては浜松で営業の仕事についてきた人間であったが、その後、「リーダー」となって栃木県南部や茨城県南西部あたりで勤務してきた人間で、学歴は高卒の人間でも、その際、それぞれの地域によって実状は異なるということを実地で学んできたところがある人で、又、浜松にいた時も、「営業所長」から「木下くん、◇◇さんてお客さん、追いかけとるな。あれ、俺がやるわ」などと突然言われて、自分が追客中の有望客を横取りされたことがあったなど、そういった経験もしてきたらしく、その点で、浜松出身とはいえ、必ずしも「ひまわり」ではない面もある人間だった。 「ひまわり」ではなく、栃木県の営業職の社員と北部営業所副所長のK原さんも含めて、南部営業所副所長になった木下は在籍年数で見て最も古い従業員であったが、(株)一条工務店に古くからいる「一条オリジナル営業」「一条工務店の土台を築いてきたと自称している人たち」とは違って、「浜松でいいものはどこでもいいに決まってるんだ」とか「浜松で良ければ他の場所でもいいに決まってるんだ」とかいった発言はしない人で、「それぞれの地域によってお客さんの感じ方は違う」と私などが言うと、遠州人にしては珍しく、「うん、そうだそうだ」と言う人だった。その点、必ずしも、「浜松的」ではなかったし、「浜松が決めたことは、ほかの地域の人間は何でも服従しなければならない」とかいった考え方は持っていない人だった。だから、[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html で述べたように、(株)一条工務店の住宅展示場では、お盆は浜松が決めて送ってきたものを使っていたが、それは「和」か「洋」かというと、「和」のものであり、お茶を出すにはいいとしても、コーヒーを出す時には似合わない・・・といったことに気づいたのだ。その点は、「高卒だからわかるわけがない」ということはなく、高卒でもわかったのだ。えらい!・・・とほめてあげるほどのものでもないかもしれないが、「一条オリジナル浜松流」の人はそういうことは考えない人の方が多いのだ・・・・が、特別に優秀かどうかはさておき、そういったことを自ら考える頭がいくらかなりともある・・・ということは、(株)一条工務店のオーナー経営者からにらまれる可能性があるということでもある。 私は、入社する時、営業本部長の天野隆夫から「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学の卒業生がうちの会社に来てくれるのかあと思った」と言われたのだが、そこまで喜んでもらえるのならこの会社に勤めて努力して悪くないのではないか・・・とそれを聞いた時には思ったのだが、しかし、そのうち、もしかして、この会社のオーナー経営者というのは、《「慶應大学の商学部を卒業しただけのことはある」という人間》ではなく《「慶應大学卒」という肩書を持った中卒か高卒の人間》というのを欲しがっていたのではないのか? ・・・と感じ出した。 《「慶應大学卒」という肩書を持った中卒か高卒の人間》は欲しかったが、《「慶應大学の商学部を卒業しただけのことはある」という人間》は気に入らない・・ということか・・と感じた。実際、そうだったのではないか。そして、高卒の人で浜松出身の人でも、「空の広さは浜松の広さと同じだ」と思っている人と、そうではなく「浜松は日本の一部分であって、浜松と似た地域もあればそうでない地域もある」といくらかなりとも認識するような人というのでは、後者の人はその分だけ気に入らないという経営者のようだ、と気づいた。だから、木下にしても、その分だけ、(株)一条工務店の経営者にとってはそれほど気にいる方の人間ではなかったのではないか。
2001年、栃木県南部営業所「副所長」にならせてもらっていた木下が、コーヒーを出すには「洋」のお盆を用意して出した方がいいと思うと言い出した時、それなら、どういうものがいいだろうか・・・と私は考えたのだが、その時、まず思い浮かんだのが、「アレシー」だった。 イタリアのブランド、「アレシー」の店は東京では青山に「アレシーショップ」があった。↓
(↑ アレシーショップ〔東京都港区青山〕があった場所。但し、インターネットで検索すると青山のアレシーショップのHPが出てこないので、今、どうなったかわからない。 )
栃木県南部営業所佐野展示場では、「営業補助」としてきていた女性社員に木下は買いにいってもらうように頼んだのだが、私ならどういうものを選ぶかということを考えた。 それで、とりあえず、「アレシー ショップ」に行って「お盆」を捜してみたのだが、↓のものがあった。 特に自分が使う必要があったのではないが、購入したものが↓である。
しかし、「お盆」「トレイ」には、テーブルの上に置いて、その上に物を置いて使う「お盆」「トレイ」と、その「お盆」「トレイ」に食器に入れた料理なり飲み物なりを乗せて運ぶためのものと2種類あり、↑の写真の「お盆」「トレイ」はテーブルの上に置いたままにして、その上に載せて使用するという使い方にはいいが、その「お盆」「トレイ」に物を載せて運ぶという使い方をするには、少々重い。 もともと、「アレシー」というのは、イタリアの金属製のキッチン用品の店であり、必ずしもその範疇に入りきらないものも販売しているかもしれないが、ともかく、「金属製のキッチン用品」というのが「アレシー」というブランドの本体であるわけです。そして、金属というのは木やプラスチックに比べて、重いという特徴がある。 だから、金属製の「お盆」「トレイ」というのは、テーブルに置きっぱなしにして使用する場合はいいが、その「お盆」「トレイ」に料理や飲み物を乗せて運ぶ場合には、「重い」という問題点が出てきます。
そこで、それなら、展示場でコーヒーを出したりする場合には、どういう「お盆」「トレイ」がいいのだろうか・・・と私は考えてきたのだった。 2年前ではなくその前の12月、JR船橋駅の1階のロビーというのかホールというのかに東武船橋店が、イタリア製の「お盆」「トレイ」を展示販売していたことがあった。 その時に見て、これなんかいいのではないかと思ったのがあった。それを次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html 、写真付きで述べたい。
(2019.2.9.)
☆ コーヒーなど出すお盆はどういうものがいいか
1.《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社〔今回〕
2.東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html
[第397回]《コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_4.html
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