経験のある設計を「譜代」の所長の営業所の担当に、新人設計を遠隔地で新人営業だらけの営業所の担当にする会社――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証
[第718回]
1993年5月、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の浜松での「研修」で、名古屋南営業所の「所長」・・といっても、実際には所長の実力などない人間だが、近藤路夫が自分の所属と氏名も名乗らず、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」と発言。私は、それまでに、(株)一条工務店の工事現場に行って、問題点をいくつも見てきたし、又、東京展示場においては、多くの他社の展示場に比べて劣っていると判断せざるをえないものも見てきたが、それらは発展途上会社として少しずつ改善していくよう従業員として努力するしかないと考えていたのだが、それを、この男はいったいどういうつもりで「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」だの「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」だのと言うのか、その理由がわからなかった。まず、その頃、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」だの「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」というのは正しいかというと明らかに間違いであった。その例を、反証としてこのブログであげてきた。
反証1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている。
《2》 柱の下に基礎がない。
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している。
反証2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない。
反証3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_7.html
【C】-6 《6》 断熱材の室内側防湿層を破る。
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」
反証4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_8.html
【C】-7 《9》 ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業。
反証5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_9.html
【C】-8 《10》 「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。
反証6-1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの?
反証6-2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、そうでなく単なる布基礎であった可能性が小さくない。
反証7 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社。
反証8 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_2.html
《13》 嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸他
反証9 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_4.html
《14》 出過ぎた口きく「設計」、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長
反証10 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社。
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。
反証11 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_5.html
《17》 「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社。
反証12 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html
《18》 ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長
反証13 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html
《19》 浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。
反証14 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_8.html
《20》 「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない。
反証15 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_9.html
《21》 「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」
反証16 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_10.html
《22》 親戚の契約は、(株)一条工務店ではさせられない。
(ア)RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。
(イ)設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。
(ウ)解体屋は隣家の塀も壊す。
(エ)従業員の親戚の家には初めての大工・職人。
(オ)引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせようとする。
(カ)一条インテリアでエアコンとカーテンレールを頼むと、一緒に頼んだから問題はないかというとそうではない。その他いろいろ・・
反証17 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》 「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家
反証18 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家。
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くい。
「(株)一条工務店が採用している防火サイディング(窯業系サイディング)の外壁はモルタル壁よりクラックがでず優れている」と(株)一条工務店では言うが、築年数10年未満なのに東京展示場の防火サイディングの外壁は汚れて汚い。普通、展示場はきれいなものを見せるもので、汚れてくると塗装するなりして美しくするものだが、(株)一条工務店は浜松の展示場はきれいにしても東京展示場は汚れてもきれいにしてくれない。
「(株)一条工務店は床の根太の間隔が他社より短く、根太の厚みが他社より厚いので床鳴りがしにくい」と言うにもかかわらず、東京展示場の2階ロビーは端から端まで床鳴りがする。展示場は来客に営業活動をして契約してもらうためのものであるから、床鳴りがするなら、しないように補修するべきであるが、「『浜松良ければそれで良し』の(株)一条工務店」は浜松にはきれいで床鳴りのしない展示場を建てても、東京の展示場の床鳴りは修理しない。
反証19 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201909article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社
・・・と、すでに、27項目あげてきた。「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」・「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」に対する「反証」である以上、1つあげれば、それで反証をあげたことになる。1つ反証をあげれば、それで、この近藤路夫という男の発言の間違いを指摘したことになるので、問題点をあげるのならまだまだあるのだが、それにしても、私は、1992年に(株)一条工務店に入社した時点で、最初から、この会社は、創業20年未満の会社で、発展途上会社であり、会社の内容も、建てている建物の内容も、問題点はあるものと思って入社しており、問題点はひとつひとつ改善していくしかないし、改善していければと思って入社しているので、従業員としてそこで働くにおいては問題点が1つや2つ、もしくは5つや6つ、あるいは10や20あったとしても、それは改善していくように努力すればいいことで、あったからどうとは考えていなかったのだ。ところが、近藤路夫は、現実に問題点はいっぱいあるにもかかわらず、「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と言いまくるので、「それは違うでしょ」と事実に即して言うと、この男は怒るのだ。「そういうことを言うからいかんのだああ~あ!」と。「そういうことを言う」からいかんのだろうか? 言わなければ問題点はなくなるのだろうか? そうではあるまい。しかし、後にこの近藤路夫という卑怯者の発言のからくりはわかった。(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、近藤路夫のように、実状はそうではないと心の中では知りながら、「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と言いまくる人間というのが好きなのだ。だから、実状に反して「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と近藤路夫のように言いまくる人間は条件のいい展示場に配属してもらえて、何かと優遇してもらえる。それに対して、問題点は指摘して改善していくようにしないといけない、と会社を良くしていくために、私は従業員であればそれは当たり前のことと考えていたのだが、それを指摘する人間は、オーナー経営者からやっつけられる・・というそういう会社だったのだ。なにしろ、(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎は『水滸伝』が好きだったそうで「梁山泊の精神」などと言っていたのだが、『水滸伝』において、初代「梁山泊」首領の王倫という男は、なにかと、みみっちい、心の狭い男で、自分より有能な人間に実力を発揮されるとおのれの立場が脅かされるのではないかとおそれる人間であったのだが、よく似ているかもしれない。近藤路夫のように、いくらなんでも、ある程度以上の年数、その会社に在籍していて、問題点がまったくないなどというわけはないということくらいわかっているはずなのに、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」・「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」とか言いまくれば、オーナー経営者からかわいがってもらえると心得るようなそういう人間が大好き♪ という人間だったようだ。それが初代社長大澄賢二郎の息子で関連会社の損害保険の会社の(株)日信の社長になっていたらしい大澄隆史が実行した「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ逃げる」という『水滸伝』の登場人物 呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)のやったことそのまんまとともに、「梁山泊の精神」というものだったようだ。そういう会社においては、近藤路夫のような、実状の問題点をひとつひとつ改善しようとする者を攻撃して、おのれは「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」などと叫ぶことで、それで「忠臣」になったふりをしてやろうとするようなみみっちい男が続出することになったのだ。『水滸伝』にも高俅という男が登場したが、(株)一条工務店にも高俅みたいのがいっぱいいた!!! うんざりするのが。まさに、それが「梁山泊の精神」だったのかもしれない。そして、「東海を征する者は天下を征する」とか言っていたように「静岡県・愛知県中心の会社」「静岡県・愛知県優遇の会社」であり、「やらまいか精神」というのも言っていたが、近藤路夫のように、「静岡県中西部・愛知県の人間が他の地域の人間よりも得することなら、どんなことでも『やらまいか』(やってみよう)」という「『やらまいか』精神」の会社でもあった。
2011年の東日本大震災の後、社長でも会長でも相談役でもないはずの大澄賢二郎が登場して、浜松市に「防潮堤の費用」と称し、「お世話になった浜松に恩返しをしたい」などと言って300億円を寄付したが、どう考えても「お世話になった」の浜松市だけではないはずなのだが、「寄付するとなると浜松市に」というその発想、創業20年弱の時点だけでなく、創業約40年になってもその姿勢・その態度・その意識は変わらない、少しは進歩したらどうかと思うのだが、少しは成長したらどうかと思うのだが、進歩させてなるものかという「遠州人根性」があるということか・・・。静岡県は首都圏である東京都・神奈川県と中京圏の愛知県との間にある県で新幹線も通っている県であるが、そのわりに保守的なところのある県だという話が、1980年代、「朝日ジャーナル」に載っていたのを読んだことがあるのだが、「浜松中心主義」「浜松優先主義」を頑固に守ろうという「保守主義」は(株)一条工務店という会社においてはなかなか変わらないようだ。浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した静岡県知事の川勝平太(早稲田大政治経済学部卒らしい)が、(株)一条工務店から「防潮堤の費用」と称して浜松市に300億円の寄付をもらって大喜びして大澄賢二郎を称賛していたが、そのカネは従業員・元従業員に本来払っておくべきものを払わずに貯め込んだカネの一部分であろうが!
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! 慶應大ア法学部卒の鈴木康友はそのくらいのこともわからないのか?!? 労基法違反の会社から行政が寄付をもらっていいのか??? 行政は労基法違反の会社に加担するのか??? 慶應大a法学部卒の鈴木康友はそのくらいのことも考えるオツムはないということか?!?
「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」「一条工務店の建物は同業他社に比べてすべての面にわたって優れている」に対する反証
《28》
私が入社した1992年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の東京圏には「設計」という職種の人間がいなかった。浜松や近藤路夫が所長になっていた名古屋地区にはいた。それだけでも不公平であろう。勤務している営業社員にとっても、顧客にとっても。 もっとも、「設計」という職種の人間がいても、「設計」を名のっている人間が営業を職種とする者よりも設計力があるとは限らない。たとえば、私が1993年、福島県いわき市の営業所に赴任した時、いわき市の営業所で営業の職種で在籍したMさん(男。当時、20代後半。工業高校建築学科卒)は、本人は「もともと、ミサワホームの中央設計室にいて、ミサワホームが(株)一条工務店を買収しようかと考えた時にミサワホームから浜松の一条工務店に派遣されて行って、その時、(株)一条工務店の大澄社長から一人だけ呼び出されて、『M上くん、きみ、一条工務店に来てくれないか』と直々にスカウトされて、社長からそこまで頼まれるのならと思って一条工務店に入社した」と称していたが・・「よく言うわ!♪!」・・実際はMさんは、(株)一条工務店に入社して浜松で設計をやったがうまくいかなくて工務課(工事担当)に変ったが、その後、さらに営業に変って出身地のいわきに戻ってきたということで、大澄社長からスカウトされて入社したわけでもなく、もとより、ミサワホームに在籍したことはまったくないらしい。「バカ言ってんじゃないわ♪!♪」。で、Mさんが設計であった時に、営業として担当のお客さんの図面を設計担当のMさんに書いてもらったという人が言うには「Mさんの図面はひどかったよお~お」と、「なにしろ、玄関はさんで、キッチンとダイニングが逆側にあるんだからね。『せめて、キッチンとダイニングを玄関から見て同じ側に配置してもらえない~い?』て言ったんだよ。そんな図面を平気で書くんだよ」と。但し、(株)一条工務店をやめた後、勤めた会社でも、東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕http://www.10kai.co.jp/ でも、フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。発祥は関西〕https://www.freedom.co.jp/ でも、「ひっでええ~え!!!」てプランニングの家、こんな家を設計している人間なんて「設計」じゃないよなあ・・て家、「図面」じゃなくてすでにできあがった家を見た!!! ほんと、「ひっでええ~え!」て家を。 そのM上さん設計の「玄関をはさんで、キッチンとダイニングが逆側にある家」と、「どっこいどっこい」というのか、「どっちもどっち」の家を。すでにできあがった家を。
1993年、東京展示場で契約してもらった場合には、営業が契約客から「ヒアリング」をした上でそれを書き込んで近藤路夫がいた名古屋南営業所に勤務していた「設計」の北川さん(男。当時、20代後半くらいらしい)にFAXで送信して、その後、電話でやりとりをして、北川さんが作図したものを、また、FAXで東京展示場に送ってきて、それを持って営業が契約客と打ち合わせをすることになっていた。それに対して、近藤路夫が在籍していた名古屋南営業所にはその場所に「設計」という職種の人間がいたのである。その頃、(株)一条工務店は「セゾン275S1」というタイプを東京都・神奈川県では「施工面積」という(株)一条工務店独自の計算方法の面積で坪55万円で販売していたのに対して、近藤路夫が勤務していた名古屋では、なんと!
! 坪49万5千円でウルトラダンピング販売をしていたのだ。しかも、(株)一条工務店は東京都で入社した営業社員には「一条工務店は昔からテレビ広告などは一切しないで、あくまで『いいものを作れば売れる』という姿勢でやってきた会社です」と吹き込んで、実は静岡県西部・愛知県においてはテレビ広告をドカンと一発やりまくっていたのだ!
! (株)一条工務店の静岡県中西部・愛知県の人間は嘘つきである。東京で坪55万円、実際にはこれは「施工面積」という(株)一条工務店の独自の面積の計算方式で、延床面積にすると、坪55万円ではなく60万円以上にはまちがいなくなったはずで、いわば、クルマにたとえれば「クラウン」の価格帯の商品だったのだが、それを浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円でウルトラダンピング販売することで、浜松・掛川・名古屋の営業は、東京の人間が他社のクラウンと競合で営業している商品を、いわば、カローラの値段で販売して、他社のカローラとの競合で営業やっていたのだった。 もし、カローラの価格帯で販売するのなら、(株)一条工務店のその頃の建物は、在来木造の他社に比べて、構造材として使っている木の量が多いとか、そういった売りがあったので、設計と直接会って話ができないといったマイナスの部分があっても、それでも「まあ、安めの価格帯で、これだけ多く木を使った家を建てられるんだから、しかたがないか」と顧客も思うかもしれないが、浜松・掛川・名古屋と違って東京都・神奈川県では(株)一条工務店は「クラウンの価格帯の商品」だったのだ。「クラウンの価格帯の商品」であれば、競合になるのもまた他社の「クラウンの価格帯の商品」になるわけで、他社の「クラウン」では、設計担当者は東京に在籍して、顧客と直接に会って打合せをする場合が多かったわけで、その点で、東京に「設計」がいないという(株)一条工務店は不利な条件があった。又、東京ではなくもっと「地方」の都市であれば、「東京や大阪などの大都市には設計担当はいるのですが、こちらには在籍していないので、東京の設計が図面を書くことになります」と言われると、そうかいなあと思う人もいたのではないかと思うが、東京で家を建てる人に「浜松や名古屋には設計担当者はいるのですが東京には設計担当はいませんので、FAXと電話でやりとりすることになります」なんて正直に言うと・・・、浜松か掛川で建てるのならともかく、首都であって日本で一番の大都市である東京(およびその近郊)で建てるのに、東京には住宅建築業の会社は他にいくらでも名前の通った会社があるのに、何もわざわざ物好きに、「浜松か名古屋なら設計担当はいるけれども東京には設計担当はいません」なんてそんな「浜松の会社」に頼むことないよなあ・・・ということになりかねない、なりやすい、というのか、他社と契約することにならなかったケースにおいても、この点は多かれ少なかれ、顧客は心の中では思ったはずだった。但し、ある程度以上のベテランの営業、もしくは、過去に他社ででも設計をやったことがある営業の場合は少々事情が違ったようだった。1993年12月、藤沢営業所の所長だったT葉さんと話をした時、Tさんが「一条で、こういうところはやりにくいとかいうのはあるか」ときいてくれたので、「設計担当と直接に会って打合せができないというのは、少々やりにくいですね」と言ったところ、Tさんから「な~にを言ってんだ」と言われたのだ。Tさんは二級建築士の資格を持っており、(株)一条工務店に入社する前、設計事務所に勤務したこともあって、自分で図面を作成するらしかった。営業のTさんがプランニングをして、そして、「設計」担当者にTさんが書いた図面を送って、これを製図してくれと指示して、それで建てていたらしい。だから、T葉さんは営業とはいっても実質「営業兼設計」であり、(株)一条工務店の「設計」担当なんてのは「図面の清書係」みたいなものだったようだ。「こうすればいいんだよ」と言われたのだが・・、たしかに、私自身も在籍後半においては、いくらかそれに近くなった。戸建住宅建築業の会社の「トップセールス」とか営業部長とかの談話をビデオにして販売している会社があるらしく、2001年、(株)一条工務店もそれを購入して、各地域で営業社員に見せたのだが、その際、東日本ハウス〔⇒(株)日本ハウスホールディングスhttps://www.nihonhouse-hd.co.jp/〕の「トップセールス」という男性の話で、「入社1年目の設計になんか負けるか! 入社1年目の役に立たない設計を、それを営業がめんどうみてあげていけば、そのうち、戦力として役立ってくれる設計に育ってくれる」と話していたのだが、私もそれを聞いた時には大いにその通りだと思った。1998年、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫から「余計なことすんな」と暴言をはかれたが、その点で天野の認識は間違っており、東日本ハウス〔⇒(株)日本ハウスホールディングスhttps://www.nihonhouse-hd.co.jp/ 〕のなんとかさんがビデオで話していたことの方が正しい。(天野の言うことなんてきいていたら仕事にならない。)・・というよりも、普通、新人は所長などが引き受けて面倒を見るものではないかと思うのだが(株)一条工務店の所長はそうではなく経験のある設計を自分の担当にしてきたのであり、私は入社以来、自分が新人の時から新人をまわされてきて、そのめんどうを見てきたのであり、営業本部長の天野隆夫はまがりなりにも営業本部長であるからには「ありがとう」の一言くらい言うべきであり、それを言えないだけでなく「余計なことすんな」などという暴言まで吐いたということは、天野隆夫こそ営業本部長という職種をするべきではなく、(株)一条工務店の会社のためを考えるならば、天野隆夫こそ営業本部長などという役職を「余計なことすんな」と言われなければならないはずである。 Tさんが、「こうやればいいんだよ」と教えてくれたやり方でやればいいのかもしれないというのはわかった。又、↑に述べた「キッチンとダイニングが玄関をはさんで逆側にある図面」を書いたといういわき市の営業所で営業職になっていたM上さんもまた、元設計であることから、自分の担当の客には自分で図面を作成することがあったようだった。しかし、T葉さんは二級建築士の資格を持っていて過去に設計事務所に勤務して自分自身が設計の立場で仕事をしたこともある人らしく、いわき市の営業所では営業になっていたM上さんも二級建築士の資格を持っていて「本当にひどい図面」を書いていたとしても過去に「設計」の職種についていた人であり、そういう人は自分が担当の顧客と実質「営業兼設計」で打ち合わせをして、その上で「この図面で進めて」と「設計」担当に指示して「清書」してもらえばいいし、その時点で「設計」担当が、「ここはこうした方がいいのじゃないですか」というものがあれば意見を言い、それがもっともならばそれを採用して進めてもいいでしょう。いわき地区の営業所長だったK野さんは建築関係の学校なんて出ていなかったし建築関係の資格も持っていなかったと思うが、営業として相当実績を残してきた人であり、自分で図面も書いていて、これは「設計」に書かすよりも自分で書いたものを提案した方がいいと判断すると自分で図面を作成して打合せをしていた。しかし、すべての営業が、建築士の資格を持っていて過去に設計をやっていたという人や建築士の資格などは持っていなくても営業として相当の実績を残してきたK野さんなどと同等の設計能力があるわけではないのです。建築関係の学校なんて出ていないし、建築関係の会社に勤めるのも初めてという営業もいるわけで、そういう者に、いきなり、過去に設計をやっていた人などと同等のことをやらそうとしても、それは難しいのではないか、それは少々無茶じゃないか・・と思ったのでした。私自身も、(株)一条工務店に11年余り在籍し、途中で、インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリストと製図の試験がある資格試験に2つ合格し、そして、考えてみれば、「設計」なんて職種につかせてもらって、名刺に「第一設計部」なんてえらそうに書いてあると、お客さんによっては「設計」という職種の人間というのは、他の職種の人間よりもエライ・・みたいに勘違いしている人がいて、お客さんに勘違いする人がいると、自分でも勘違いしだす「バカでも入れる私大の建築学科」出てきただけのやつで新卒入社したその日からお殿様扱いしてもらう権利があるんだと勘違いするやつ・・てのも出てくる。住宅建築業の会社で実際に苦労して働いた経験もなくそこで身に着けた知識も能力もなく、何の資格も合格しておらず、「バカでも入れる私大の建築学科」出てきましたあと言えばアホは喜ぶ・・みたいに思っているだけのヤツ・・なんてのに、そんなものに負けるか! アホくさ!!! と私は思うようになったし、実際、(株)一条工務店のヘボ設計の過半数よりはいい図面を書く自信がある! と思うようになった。東日本ハウスの「トップセールス」の人が言うように、「『入社1年目の設計』になんて負けるか!」というのは事実だった。そして、別に、「バカでも入れる私大の建築学科」なんて出てなくても、図面は書けるのだ。司法試験の制度が現在の法科大学院大学の制度ではなく旧型司法試験の制度であった時代には、法学部を卒業しなくても司法試験に合格して弁護士になる人はあったはずだ。有名人だと橋下徹も早稲田大学の法学部ではなく政治経済学部経済学科卒だったはずだ。「バカでも入れる私大の建築学科」なんて出なくても図面は書けるし、設計能力に影響を与える「学校という所でやっていること」について考えれば、小学校から高校までの数学や物理の成績も、小学校の図画工作や中学校の美術の成績も、中学校や高校の日本史などの文化史の分野についての学習も、高校の生物の成績も、(株)一条工務店の「バカでも入れる私大の建築学科」卒のヤツなんかより、私の方がずっといい成績をとってきた。(株)一条工務店に入社以来、木構造について学び、製図試験がある資格試験に合格する過程においても設計能力を磨きしてきた者として、「バカでも入れる私大の建築学科」出てきたということで「お殿様」として扱ってもらう権利があるみたいに思ってるようなアホなんかに、そんなのに負けてどうするんだ! と思うようになったし、実際、そんなのに負けてたまるかいな・・と思う・・・が、しかし、私がそう思えるようになったのは、あくまで、在籍後半においてであって、入社して1年目や2年目においては、T葉さんは二級建築士で設計事務所に勤務した経験もある人だから自分で設計して、そして、浜松・名古屋にいる「設計」担当には、「この内容で清書して」と指示して、「設計」担当は「清書係」として使えばいい、と好意で教えてくれたのだけれども、好意で教えてもらって決して文句を言うことはないのだけれども、しかし、やっぱり、それは今は営業をやっていても過去に設計をやっていたことがある人かいわき地区の所長だったK野さんのように営業として実績があって自分自身で努力して何年かかけて書けるようにした人かでないと、入社1年目か2年目の営業にそれを要求するのは厳しいのではないか。但し、それなら、「バカでも入れる私大の建築学科」出て1年目の人間にできるか? ・・・というと、できないわな、普通は。「建築学科卒」を矢鱈とありがたがる人がいるけれども、出て悪いとは言わんが、当然のことながらそこまでのものと違うわな。
小堀住研(株)は、その頃までは、高級志向タイプの「新 桂」と高価格帯のもののみ残した在来木造のものについては、各都道府県ごとにあった支店の「設計課」の人間が客宅に営業に同行して行き、直接、顧客と会って図面の打合せをしていた。「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」を「売り」にしていたが、実際にそうなっていたかどうかはその家によるであろうけれども、それを売りにしていただけあって、営業と設計とで顧客とあって顧客の要望をみたして夢のある提案をすることを目指していた。「高品質低価格」タイプの「ハウス55」の場合は、プラン集があってその中から顧客の敷地の条件と顧客の要望に合うものを選び、それに修正を加えて建築する図面を作っていくという方法であったが、その修正作業は営業がやっていたが、あらかじめ作られた図面があってそれに修正を加えるというものであれば、一から図面を作るだけの能力はない営業でもできた。そういうプラン集があらかじめあってそこから選んで修正を加えていくという方法のものは、小堀住研(株)のほかにも積水ツーユーホームとかミサワホームとかその他何社かの会社にあった。それに対して、(株)一条工務店の「セゾン」「百年」というのは、使用する部材については極力決められたものを使うようにされていて、そうでないものを使うとかなり割高にされたようで、その点で、「完全自由設計」とか「注文住宅」とか言いながら、実際には規格住宅のような面もあったが、プランニングについては、プラン集があらかじめあるわけではなく、顧客の要望を聞いて作っていく方式であったから、そのやり方の場合において、設計担当が地元にいないというのは、それは顧客にとって「かなり不安」を感じるものだった。
1992年、私が(株)一条工務店に入社した1年目、東京展示場で契約した場合、営業担当が契約客から「ヒアリング」をしてその内容を書き出し、近藤路夫が在籍した名古屋南展示場にいた「設計」の北川さんという男性(当時、20代後半だったらしい)にFAXで送り、その後は電話でやり取りをして、北川さんが作成した図面を東京展示場にFAXで送信をして、それを営業が客に見せて打合せを進める、ということになっていた。近藤路夫がいた名古屋南営業所では、東京都・神奈川県では坪55万円のものを坪49万5千円でダンピング販売していたのみならず、東京圏には「設計」がいなかったにもかかわらず、近藤路夫がいた名古屋南展示場には「設計」がいたのだ! 東京圏の営業には「一条工務店は、各営業所に設計を配置して設計に費用をかけるのではなく、その分、家に費用をかけるようにしている会社です」とか言わせておいて、自分の所には「設計」を配置していたのだった。
東京圏で建てる人にとって、設計担当と直接会って打合せができないだけでなく、その設計担当者が東京圏にいない、浜松だとか名古屋だとかいった「東海地方」にいる人間だというのは、これは相当不安というか、「不安」ならまだいいのですが、「恐怖」でした。なにしろ、「(株)一条工務店の遠州人」というのはどういう人間かということを考えると、そんな人に設計されて大丈夫か? と不安どころか恐怖を感じるのは当然です。(株)一条工務店の営業本部長兼東京営業所長だった天野隆夫は「渋谷といったら小岩の東の方だらあ。そうだら。ぼく、東京は詳しいんだから。」「新宿というと、平井の北の方だら。どうだ、ぼく、東京はよく知ってるんだから」と、日常的に何度も何度も、胸を張って大きな声で言いまくる人でした。そういう人が東京営業所長になっていたのです、(株)一条工務店という会社は。「渋谷といったら小岩の東の方だらあ」「新宿といったら平井の北の方らあ」と胸張って言う人が東京営業所長だったのです。「遠州人の東京観」というのはそういうものだったのです、そういうもの!
そして、たしか、静岡県の営業所長で課長だった石橋さんだったと思うのだが、東京都江東区木場にあった東京事務所に行きたいので場所を教えてほしいと江東区潮見にあった東京展示場に電話をしてきたことがあり、電話に出た私が説明したのだが、「新幹線で東京駅に降りられましたら、北の方、進行方向に向かって歩いていただくと、東京メトロ東西線という地下鉄の大手町駅がありますから、そこから東西線に乗って東向き、西船橋行きに乗って、いくつ目かに、門前仲町の次の駅に木場駅がありますから、そこで降りて地上に出ていただくと目の前です。1階に三和銀行のATMがあるビルです」と話したところ、「その大手町駅というのは東京駅からどう行けばいいらあ」と言うので、「新幹線の東京駅で八重洲口側、新幹線が着く側に出ていただいて、北向き、新幹線の進行方向の向きに歩いていただくと、東西線の大手町駅のあたりに行くはずです」と説明したところ、「じゃあ、東京駅から大手町駅まではタクシーに乗ればいいら」とのたまわれるので、「タクシーに乗るほどのものではありませんので」と話したのだが、「なんでら。タクシーに乗るのが一番いいら」と言ってきかないので、そのうち、根負けして、それなら好きにすればいいらあ、そんなにタクシーに乗りたいなら乗ればいいらあ! と思うようになり、まあ、実際に東京駅まで行ってみたらわかるかもしれないし、それでもタクシーに乗りたいと思っても、東京駅のタクシー乗り場でタクシーの運転手に「東西線の大手町駅まで行ってほしいら」と言うと、笑われるか嫌がられるか怒られるかだと思うので、体験してもらうしかないだろう・・と思ったことがあった。(東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人、大阪駅から梅田駅までタクシーに乗る人て・・あんまりないと思うが、まあ、そんなにタクシーに乗りたいのなら乗ればいいらあ・・・。)「(株)一条工務店の遠州人」というのはそういうものだったのだ。〔⇒[第688回]《(株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_1.html 、[第347回]《旧高木家長屋門[狛江市立古民家園・下]と狛江駅前公衆便所・・じゃなく交番。遠州人のタクシー利用法》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201509article_2.html 【4】遠州人てすごいらあ! 東京駅から狛江市までタクシーに乗ろうとする人、東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人―「狛江」という地名を聞いて思い出すこと。 〕
さらに、この1993年5月の「研修」の時、名古屋南営業所の「所長」だったらしいが自分では所属も名前も名乗らずにひとにだけ所属と氏名を名のらせた無礼者の近藤路夫は、「東京でも大阪でも八寸角の大黒柱はいいに決まってるんだ。こんなこともわからんのかあ」「東京でも大阪でも、20坪の敷地でも30坪の延床面積の家でも、二間続きの和室は絶対に必要なんだ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と絶叫したのだが、「遠州人の住宅観」というのは「そういうもの」だったのだ。それが「遠州人」、この場合、「(株)一条工務店の遠州人」のことですべての遠州人がそうだまでは言わないが、少なくとも「(株)一条工務店の遠州人」の頭の中の「常識」はそういう非常識なものだったのだ。私は(株)一条工務店の東京展示場で、来場客から、展示場に(株)一条工務店が入れていた八寸角の大黒柱を見て、「うわあ~あ。こんなの入れたら、家が狭くなりますねえ~え」と言われたことが何度もある。(株)一条工務店は柱はオール四寸角というのを「売り」にしていたのだが、ところが、東京圏においては「四寸(12cm)の柱なんて使ったら、その分、ずいぶん家が狭くなってしまいますねえ」と何度も言われた。もちろん、オール四寸角の柱というのが悪いことばかりというのではない。真壁の和室においては、3寸5分(10.5cm)の柱が見えるのと四寸角(12cm)の柱が見えるのとでは、間違いなく四寸角の柱が見えた方が見た目は良く風格がある。八寸角の大黒柱(展示場では集成材の八寸角の大黒柱を使用していたが、実際に顧客の家には七寸角のムクの大黒柱を入れていた)は、相当広い敷地があって純和風の家で相当広い延床面積で建てる人のお宅に入れる場合には東京圏など都市圏においても悪くない・・というより意匠として生きてくるでしょう。しかし、「地方」においては、それほど高級住宅でなくても、それほど特別に広い家でなくても、七寸角・八寸角の大黒柱は好まれる場合が多く、「柱は太い方がいいに決まってるんだ」という観念、「高級な家は壁が厚いものだ」という観念があり、「3寸5分角の柱でも強い家ができるならいい」と考えるか、「家の強度がどうかにかかわらず柱は太い方がいい、壁は厚いほうがいいに決まってるんだ」と考えるのかというと、「地方」では「家の強度がどうかにかかわらず柱は太い方がいい、壁は厚いほうがいいに決まってるんだ」という思想・観念の地域が少なくないようだ。ところが、東京においては、土地の値段も高いし、持っている土地の面積というのが「地方」に比べると狭いし、それほど延床面積の広い家は建てられない人が多く、そうなると、限度のある延床面積の家を少しでも広く使いたいと考えると、強度と関係なく「柱は四寸角ですよお。四寸角ですよお」「四寸角の柱はいいに決まってる」とか言われても、「四寸の柱を使うと家が狭くなりますよねえ」と言いたくなることもあり、八寸角の大黒柱なんて見ると、「そりぁ、相当広い家を建てられるのならこういうのもいいかもしれないけれども、うちなんかは、こんなのジャマだわ、こんなのジャマ!」「なんかもう、いかにもイナカて感じ。田舎のにおいがぷんぷんする」と思われ、そして、そう言われるのだった。(私が言ったのではない、私が言われたのだ。)関西ではどうかというと、昔から、関西は東京以上に合理的な土地柄であり、住宅でもプレハブメーカーは関西発祥の会社が多く、「別に太い柱でなくても強い家ができるのならそれでいいじゃないか」という傾向が強い。『美味しんぼ』にサザエには「ツノ」が大きくいっぱい出ているサザエとあまり「ツノ」が出ていないサザエがあるが、東京では「ツノ」が大きくいっぱい出ているサザエが好まれるのに対して、関西では「ツノ」はあまり出ていないサザエが好まれるという話が出ていたが、それは、東京では「ツノ」がいっぱい出ているものの方が勢いがあって良さそうに見えるし、見栄えがいいので高く評価されるのに対して、関西では、サザエの「ツノ」なんて食べるわけではないのだから、実際に食べるわけでもないものが大きいよりも実際に食べる部分が大きい方がいいに決まってるという発想だと思う。昔から、関西と東京ではいずれも都市圏であっても、そのあたりに考え方の傾向がいくらか違いがあり、関西人は関西の方が東京よりも都会であると思っているし、ましてや、「柱は四寸ですよお」「八寸角の大黒柱、いいでしょお」とあまりにも言われると、これもまた、相当広い敷地がある人が和風の凝った家を相当広い延床面積で建てる場合にならいいけれども、並みの広さの家を並みのサラリーマンが建てる場合には、「うわっ。田舎の家みたい」と思い、敬遠されることになるだろう。「親戚中が集まった時に使える二間続きの和室」なんて「遠州人」は言うわけだが、ところが、東京でそんなことを来場客に言っても、「親戚中が集まることなんてないよ。家に呼ばないもの。そういうことを言うというあたり、やっぱり、お宅は浜松ねえ」と言われるのだった。(私が言われたのであって、私が言ったのではないのだが、ところが、「遠州人」は「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と言った人間にではなく、言われた人間に怒るのだ。「言われた人間に怒らないで、怒るのなら言った人に怒ってください」と言ってもそれでも言われた人間に怒るのだ、「遠州人」というユニークな民族は!
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!)私は「地方」で建てる人が、八寸角の大黒柱を好むのがいかんなどとは少しも思っていないし、「地方」で建てる人が八寸角もしくは七寸角の大黒柱をいいと思う気持ちはわかるし、私だって「地方」で家を建てて住むのなら、二間続きの和室や八寸角の大黒柱のある家を建てるかもしれない。しかし、住宅というのは、その地域によって事情は違うのだ。ところがどっこい、「遠州人」は天地がひっくり返ってもそれを理解しない。近藤路夫は叫ぶのだった。「そういうことを言うからいかんのだああ~あ」と。「八寸角の大黒柱は東京でも大阪でも絶対にいいんだあ」「二間続きの和室は東京でも大阪でも、20坪の敷地でも30坪の延床面積の家でも絶対に必要なんだあ。こんな常識もわからんのかあ~あ!!!」と。この近藤路夫の発言を東京圏在住の親戚・友人・知人何人かに話してみたのだが、全員が「その人、ちょっとアタマおかしいのと違うのお」「その人、酔っ払いか何かなのお?」と言ったのだった。結論を言うと、「遠州人の世界観」「遠州人の住宅観」「遠州人の『常識』」というのは東京圏の人間からすれば「その人、ちょっとアタマおかしいのと違うのお」「その人、酔っ払いか何かなのお?」というものなのだ。東京圏の住人から見ると「その人、アタマ、おかしいのと違う?」というのが近藤路夫で、そういう人が(株)一条工務店の「営業所長」になっていた、ならせていたのであり、そういう人が「研修」していたのだった。近藤路夫が「研修」を受講する側というのならまだわからないこともないが、近藤路夫は「研修」の講師役で来たのであり、そういう人に「研修」の講師役をさせようと考えた(株)一条工務店の経営者というのは「ほとんどビョーキ」というのか「病的」というのか、まともな精神状態ではないと考えざるをえない。精神病理学上の問題であろう。そういう人が「(株)一条工務店の遠州人」なのである。だから、「東京もん」には関西嫌い・大阪嫌いの人間が多いので(ついでに「アンチ阪神」もけっこう多いみたい)、関西発祥の会社が「大阪にだけ設計はいて、大阪の本社で集中して図面は作っています」と言うと、それだけで嫌がる人というのがいると思うが、そういう意識がそれほど強くない人であれば、もしくは東京にも関西出身の人もおり、在東京圏関西人が東京で家を建てるケースもあるので、そういう人ならば、大阪にいる「設計」に図面を作らせるというのは、「設計」と直接会って話ができないというのはマイナスであっても、都市圏の「設計」が担当することに問題はそれほどないだろう。ところが、浜松にいる「設計」に担当されるということは、「二間続きの和室は20坪の敷地でも30坪の延床面積の家でも絶対に必要なんだ。こんな常識がわからんのかあ」という「常識」を持っている人間に設計させるということ・・・と違うのか? という大変な恐怖を感じるのである。東京圏に住んでいて東京圏で普段から仕事をしている人間ならば、私ならば、たとえ、その敷地そのものを見なかったとしても、横浜市港北区というとどんなところか、鎌倉市というとどんなところか、府中市というとどんなところか、町田市というとどんなところか、上尾市というとどんなところか、市原市というとどんなところか・・とある程度はどんなところか想像できる。ところが、「(株)一条工務店の遠州人」はどうかというと、「渋谷ていったら小岩の東の方だらあ。新宿て平井の北の方だら。ぼく、東京はよく知ってるんだから」というそういう東京観なのである。「東京駅から大手町駅までは、やっぱり、タクシーの乗るのが一番いいらあ」というそういう人なのだ。(別に、東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人が悪人だとか言うつもりはありませんよ。悪人とは思いませんが・・、悪人とは思わないけれども・・・なんだかな・・・)そんな認識の人が「(株)一条工務店の遠州人」なのである。名古屋はどういう街かというと、「東京圏・関西圏に次ぐ都市圏」という性格と「大きな田舎」という性格と両方の性格のある街ではないか。「東京・大阪の仲間」という性格と「浜松・豊橋・岐阜の仲間」という性格の両方がある街ではないかと思う。単に「名古屋」ならそうなのだが、それが「一条工務店オリジナルの人間にとっての名古屋」になると「浜松・豊橋・岐阜の仲間」「大きな田舎の名古屋」という性格、「浜松とあんまり変わらん」という性格が断然強くなってくるのだ。そういう人に「設計」されるとなると・・・、「二間続きの和室は20坪の土地でも30坪の延床面積の家でも絶対に必要なんだ。こんな常識もわからんのくわああ~あ!!!」とかいう意識・思想でひとの家を設計されてしまうのかと思うと、なんかもう災難!!!( 一一)( 一一) 。
東京圏にいないそういう遠州人に設計されるとどうなるか? 「『アタマが浜松』の家」を作られるのではないか? 「『遠州好み』の家」にされてしまうのではないか? この場合、「遠州好み」というのは「古田織部が好んだ」という意味の「織部好み」と同じ「小堀遠州が好んだ」という意味での「遠州好み」ではない、「遠州地方と全然関係のない場所で建てる人に無理矢理にでも遠州地方の人間の好みを押しつけないと気がすまない」という意味である。「なんで、東京で家を建てるのに「遠州好み」の家にされなきゃならんのだあ・・・という家」にされてしまうのではないかという不安・・というよりも恐怖を感じたのだった。
それで。ともかくも、名古屋南営業所にいた北川さんという「設計」が東京地区の契約客の図面作成を担当していたのだった・・・が、新たな問題が出てきた。名古屋南営業所に「設計」として新卒新人が入社していたのだった。そして、彼が図面を書き出した。それはいい・・のだけれども、新卒入社1年目の設計とある程度経験のある設計と2人が名古屋南営業所にいることになった時、どういうことにされたか。
知らんとは言わさんぞ、近藤路夫! おのれが営業として勤務している営業所には経験のある設計を担当させて、そして、距離も離れていてクルマで行こうとしても簡単ではない東京の営業と東京での契約客には、新卒入社1年目の「設計」を担当にさせたのだ。やりやがったな、近藤路夫! 汚い手を使いやがる、近藤路夫!
こういう(株)一条工務店の「オリジナル営業」「遠州人営業」の汚いところは、誰がそう決めたか曖昧なように見せるというやり口であるが、近藤路夫に、「ただでさえ、東京の営業は地元に設計がいなくて、直接顔を合わせて打合せをすることができずに苦労しているのに、なんで、地元に設計のいるあんたの所に新人を担当させずに経験のある設計を担当させて、電話とFAXでしか打合せのできない東京の営業と東京の客に新人を担当させるんだよ!?! それが営業所長のやることか!?! あんた、所長なら、自分の担当に新人の設計をあてて、入社1年目の営業だらけの東京展示場には経験のある設計を担当させるようにするもんだろ。新人に新人を担当させて、所長には経験のある設計を担当させるなんて、そんなバカな話があるか。それが所長の役職と役職手当をもらっている人間のやることか!?!」と言ってやりたいところだった・・・が、そう言ったならば、おそらく、彼は「知らん。私がそう決めたのと違う」とか言って逃げるだろう。つくづく汚いやつだ。しかし、実際のところ、近藤路夫が直接に決めたかどうかなんて、たいした問題ではないのだ。近藤路夫が直接に決めたのではなく、「本社」の誰かが決めたとしても、実際問題として、「譜代」で「オリジナル」で「遠州人」の近藤路夫に「忖度」して決めたのであって、決めた人間にとっては、東京地区の営業が、ただでさえ直接会って打合せができずに苦労しているのに、ましてや、その相手がまだよくわかっていない経験もない新卒入社1年目の人間になるというのは、かなりきつい・・・・なんてことは、「本社」の人間、要するに「浜松・掛川・名古屋のまわしもの」にとっては「どうでもいいこと」だったのである。まったく、汚いことをしやがる。
こういうことを言うと、たとえば、総務部長だった天野雅弘などは「たまたま、そうなったけれどもだな」とかカマトト言って、「たまたま」その時だけそうなったかのようにごまかすであろうけれども・・・。 「たまたま」その時だけそうなったのか? アホか、そんなことあるわけないだろうが。
1993年5月頃、松戸展示場にて、営業本部長兼松戸営業所長の天野隆夫から「『この営業所は営業所長がいないから』と言ったそうじゃないか。ぼくが営業所長なんだぜ。わかってんのかあ」と文句を言われたのだが、文句を言う人間と言われる人間は逆のはずだ。その頃、(株)一条工務店の営業所は、その地域に営業所長がいる展示場と、そうではなく営業本部長の天野隆夫が表記上では<>付で、<天野隆夫>として書かれていた展示場があったのだが、営業所長がその地区にいる展示場の営業所長の上役は誰かというと営業本部長の天野隆夫であり、営業所長は<天野隆夫>となっていた展示場では営業本部長の天野隆夫のすぐ下の立場の人間は誰かと言うと、東京展示場の場合は「主任」の宮崎さんだったわけで、「主任」とかそのくらいの役職の人が「リーダー」にされていた展示場においては、もし、営業所長がその地区にいる展示場の営業とバッティングしたとかいう場合には、「主任」対「所長」「課長」の対決となると、「主任」は最初から尻尾巻いて逃げてしまうのだった。実際問題として、1992年9月だったか10月だったか、東京営林局に勤めていて東京に住んでいて浜松で建てたいという方が自分自身の勤務場所でもあったウッディランド東京に出展していた東京展示場に来場されて私が対応して話を進めた際にも、土浦営業所の所長の田中義一がまったく何の関係もないのに、過去に東京営林局に勤務している人に1人、田中義一が担当で建ててもらったことがあるというだけのことから、「そのお客さんは土浦営業所の担当とさせていただきます」と無茶苦茶なことを言いだして取り上げ、その上で、2週間以上も放置して有望見込客を激怒させた、ということがあったが、そういうことになるのだ。私は田中義一のおかげで有望見込客を奪われただけでなく、田中義一のかわりにお客様から怒鳴りつけられ、「その田中とかいう人に、うちには二度と連絡してこないようによく言ってください。うちはその田中とかいう人に担当してくださいなどとは一言も言ってませんから」と言われたのだが、それでも、「リーダー」の宮崎さんは「田中所長には言わなくていいから。言わないで」と言って、無法者の田中義一のテカとして田中にへこへこへこへこしまくったのだった。〔⇒[第709回]《「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証12-ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html 〕 もしも、営業本部長の天野隆夫が「ぼくが営業所長なんやで。わかってないのか」とか文句を言うのなら、とりあえず、田中義一にその時に何か言ったらどうなんだい。違うか。な~んにもしないで、むしろ、私が「本来なら私が担当だったはずの有望見込客を全然関係ないのに土浦の田中所長に横取りされただけでなく、横取りするだけして何もしないで放置された」と天野隆夫に言っても、天野隆夫は「土浦で契約になったかどうかわからんだろうがあ」などとトンチンカンなことを言うばかりだったのだ。営業所長なら営業所長としてやるべきことをやってもらいたいもので、営業所長ならやるべきことをやらないで、「ぼくが営業所長なんやで。わからんのか」とは笑止である!!!
「営業本部長の天野隆夫」はその地区に所長がいる営業所の「所長」「課長」の言うことと、<天野隆夫>が営業所長の営業所の営業の言うことと、どちらの言うことをきくか!?! それは明らかではないか、「所長」「課長」の言うことばかりきくではないか!!! な~にが、「この僕が営業所長なんやで。わからんのか」だ。よく言ってくれるわ。「ぼくがこの営業所の所長なんやで」という文句は、天野隆夫は私にではなく茨城県地域の所長であった田中義一に言うべきであったはずである。田中は東京営業所の所長を営業本部長の天野隆夫であるとは認識せず、東京展示場のアタマは「リーダー」であった主任の宮崎さんだと認識して、それで、自分は本来まったく何の関係もない東京に住んでいて浜松で建てるという人を「その人は土浦営業所の担当にさせていただきます」などと言い出したのだった。天野隆夫は「おい、東京営業所の所長はぼくなんやで。わからないのか」と私によりも田中義一に言うべきであったはずだ・・・が、それを言わないのが天野隆夫だったのだ。
又、私は、<天野隆夫>を別にすれば東京営業所は主任の宮崎さんだけが役職をもらっていて他は役職をもらっていた人間はいない営業所、松戸営業所は役職をもらっていた人間は1人もいない営業所で、そういう営業所においては、「所長」「課長」がその地域の所長になって在籍している営業所とぶつかった時に、所長がその地域にいる営業所、特に「譜代」の所長がその地域にいる営業所とぶつかった時に不利な扱いにされてしまうというのは明らかであり、それゆえ、役職をもらっている人間がいない社歴の浅い人間ばかりの営業所の営業は協力・団結して所長の横暴に立ち向かわないといけないという趣旨で営業所内で「この営業所は所長がいない営業所だから、どうしても、所長がいる営業所からなめられてしまうんだ」と口にしたのだが、ところが、それを聞いて、役職をもらっている人間のいない営業所の人間、社歴の浅い人間ばかりの営業所の人間は団結して「所長の横暴」に立ち向かおうとするのではなく、「〇〇さんがこんなこと言ってましたあ」と営業本部長に「報告」するやつてのが(株)一条工務店にはいたのだった。そして、そういう人間、スト破りというのか「狗(いぬ)」というのか(『鬼平犯科帳』に出てくる「大滝の五郎蔵」みたいの? )は「報告」してくれたということで営業本部長からプラスに評価してもらえる、というそういう会社だったのだ。(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、そういう「報告」をするような人間が好きだったようなのだ。又、営業本部長というのは、そういう「所長の横暴」を注意するべき存在だと私は思いこんでいたのだったが、ところが、(株)一条工務店の営業本部長というのはそうではなく「所長の横暴」に加担して、「所長の横暴」に対抗しようとする者を弾圧する存在だった。・・なんか、情けねえ会社・・・( 一一)
それから、「営業所長」にも、「譜代」の所長と「外様」の所長があると(株)一条工務店では言われていた。井伊・本多・榊原・酒井といった徳川四天王みたいな「譜代」の所長と、そうではなく「外様」の所長とがいたらしい。1990年代、福島県浜通り地区の所長だったK野さんは年間の営業成績で全国1位をとったりした人であったけれども「外様」で、中通り地区の所長だった片山は「譜代」であるだけでなく「社長の腰巾着」と言われて特に「大澄社長のお気に入り」と言われていただけあって、やりたい放題だった。浜通り地区は、いわき市にあった猪野建材という材木屋と浜松の(株)一条工務店とが(株)一条工務店南福島という共同出資会社を作ってやっていた所で、猪野建材の経営者が浜松の(株)一条工務店はロイヤルティー料を取るばかりでたいして利益がないと不満を感じたということだったかで共同出資会社を解消したのだが、その後、猪野建材が作ったやまとホームという住宅会社に行くのか、(株)一条工務店の方に行くのかという際に、(株)一条工務店の方に行った人が多かったらしいのだが、もともと、猪野建材から(株)一条工務店南福島に移った人だったK野さんも(株)一条工務店に移ったらしく、最初から(株)一条工務店に入った人ではなく、「遠州人」でもないということで、「外様」と見られていたらしい。それに対して、中通りの所長の片山は「譜代」であるだけでなく、「社長の腰巾着」と言われ、実際、見ていても、「この男、よくやるなあ」とあきれるくらい、あほくさいくらいあさはかな「腰巾着」だった。茨城県の所長は↑で”エピソード”を述べた田中義一で、これもまた「譜代」だったのだ。「譜代」2人に南と西に配置された「外様」の所長だったのだが、「外様」と言っても、かつて、外様大名の伊達政宗が主導して譜代の一部分を味方にひきこみ、新教国のオランダと結ぶ徳川政権に対抗して旧教のイスパニアと手を組んで、徳川政権をひっくり返そうと画策したがうまくいかないと判断してとりやめたとかそんなお話がたしかあったと思うが、そういう類の「外様」ではなく、あくまで、「体制」に従順な「外様」で「譜代」には一貫して逆らわない「外様」だったのだが、だ。 1993年頃、(株)一条工務店は各地に「業務課」と称してローン担当の女性社員を配属したのだが、ところが、1993年、茨城県と福島県浜通り地区の担当の業務課としてF田が水戸営業所だったか土浦営業所だったか、要するに「譜代」の田中義一が所長である茨城県の営業所に勤務したのだった。そのあたりからしても、わかりますでしょ。「譜代」が所長の営業所に「ローン担当」を配属して、「外様」が所長の営業所は「譜代」が担当の営業所に勤務したローン担当の「片手間」か「おまけ」「ついで」みたいに担当させた、そんなものだったのだ。なんで、「外様」の所長の営業所にローン担当が配属されずに「譜代」が所長の営業所にローン担当が配属されるのか? なんで、「外様」が所長の営業所は「譜代」の営業所に配属されたローン担当が「ついで」か「片手間」みたいに担当するのか? その翌年の1994年、今度は、福島県浜通り地区は、福島県中通り地区の「譜代」で「腰巾着」の片山が所長の営業所に木内がローン担当として配属され、浜通りはまたもやローン担当は配属されずに、中通りの「譜代」が所長の営業所に配属されたローン担当が「外様」が所長の浜通りも担当することにされた。そして、「譜代」が所長の営業所に配属されたローン担当の木内は、「譜代」が所長として管轄の営業所の営業が担当のお客様にではなく、「外様」が所長の営業所の営業であった私が担当のお客様Iさんの住宅金融公庫の契約について、融資額を申込時より増額するという大事な問題を忘れるという大きなミスを犯した。〔⇒[第681回]《(株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か【3/3】真面目に対応せず人を誹謗中傷》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_11.html 〕木内が「譜代」の所長の管轄の営業所の営業が担当のお客様にではなく「外様」が所長の営業所の営業だった私が担当のお客様の仕事で大きなミスをしたというのは、それは「たまたま」だったとでも言いたいか? 「バカ言ってんじゃないわ」、「たまたま」であるわけないだろうが!!! (株)一条工務店は常にその調子だったのだ。 その地区に「譜代」の所長がいる営業所と、<天野隆夫>が営業所長となっていて実際には「主任」かそこらの人が「リーダー」の展示場では、「譜代」の所長がいる展示場の勝ち! 「譜代」の所長がいる展示場と「外様」の所長の展示場では、「譜代」の所長の展示場の勝ち! ・・それが、(株)一条工務店という会社の一貫した姿勢だったのだ。違うと言うのなら、どこがどう違うのか、言ってみやがれってんだ!
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この例のような、
● 「主任」が「リーダー」の東京営業所 対 「譜代」の所長の茨城県の営業所。
● 「外様」が所長の福島県浜通り 対 「譜代」が所長の茨城県。
● 「外様」が所長の福島県浜通り 対 「譜代」「腰巾着」が所長の福島県中通り。そして、
● 「主任」が「リーダー」の東京展示場 対 「譜代」「オリジナル」「遠州人」が所長の名古屋南営業所、
だったのだ。ひとつだけなら、「たまたま」という可能性もゼロとは言い切れない・・などとアホなことを思うかもしれないが、こうやって並べてみると「たまたま」などというものではないことがよくわかる。だから、ある程度以上経験のある設計と新卒入社1年目の設計と2人いたら、経験のある設計は地元で「譜代」「一条オリジナル」が所長の名古屋南営業所の担当にして、わかってないことだらけの新卒新人は新人営業だらけの東京展示場の担当にさせる、と。普通、新人営業と新人設計を組ませるということはあまりしないと思うし、小堀住研(株)でも、新人営業の入社1棟目はある程度経験のある設計に担当させ、新人設計の入社1棟目はある程度経験のある営業の担当のお客様を担当としていたのだが、(株)一条工務店はそうではなく逆で、「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させて、新人営業だらけの東京展示場には新人の設計を担当とさせたのだった。
私の入社1棟目も名古屋南展示場に勤務していた新卒新人が担当だったのだが、彼が悪いのではない。彼は真面目に仕事をしていたと思う。まだ、手書きの図面だった時代、線1本にも真面目に一生懸命書いたという印象が出ていた図面だった。しかし、話をしても、「よくわからないんですぅ。すいませ~ん」と言ったり、実際、そういうものだった。それならそれで、経験のある設計は新人が「よくわからないんですぅ」というものについて、新人を指導できないものかとも思ったのだが、「譜代」の所長の営業所の仕事に忙しかったのではないか。
又、↑のように4例並べてみると、[第710回]《「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証13-浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html で述べた話、1993年、私が担当で千葉県市原市で建てていただいた契約客Y様を浜松市のインテリア館に案内して、イタリア製だったかのネストテーブルを購入してもらったところ、3か月後くらいだったか、インテリア館の女性社員から電話がかかってきて、同じ物を2人のお客様にを売ってしまったから売れませんと信じられない話を言ってきたことがあったのだが、私はそのネストテーブルの購入を申し込む際、まさか、2人のお客様に同じ物を売ってしまうなどということがしばしばあるとは思わなかったが、私は東京から、契約客は千葉県の県庁所在地の千葉市よりまだ向こう側(浜松から遠い側)から静岡県の西部の浜松まで行ってもらっているのであり、私がもう一度浜松まで行くといっても簡単に行けるものではないし、ましてや契約客のYさんに千葉市より東側・南側から浜松まで行ってもらうのは簡単ではないので、より間違いがないようにインテリア館担当者に念を押すように申込の手続きをしており、すでに購入申し込みを受けている家具については現物に「売約済み」だったかの札がつけられていたが、そういう札はついていないことを何度も確認しただけでなく、インテリア館の担当者も購入の申し込みを受ける際に、他の人から購入の申し込みを受けていることはないかを書類上で念を押すように十分に確認をして申込を受け付けたはずで、(株)一条工務店の場合、床柱を工場見学会の際にお客様に自分の家に入れるものを選んでもらっているが、その際、(株)一条工務店の営業にはすでに他の人が選んだ床柱でこれがいいと自分が担当のお客様が思ったものがあった時に先に貼ってあるシールをはがして自分が担当のお客様のシールを貼るという不心得者がいるという話を聞いたことがあり、いいかげんな採用をしている(株)一条工務店においてはそういう人がいておかしくないのだが、インテリア館の家具はインテリアの担当者に言って申し込まないと申し込めないので床柱のようにその場で先に貼ってあるシールをはがして貼りかえるというのはやろうと思っても一般従業員にはできないが、↑の4例など見ると、やはり、静岡県か愛知県かどこかの営業所長が「俺の担当の◇◇さんに売ってあげて。先に購入申し込んだというのは東京の営業の担当だろ。東京の営業の担当客なんて、ダブルブッキングしてましたとか適当なこと言って断ればそれでいいから」とか言って、(株)一条工務店で「所長」にならせてもらっている人間がどんな連中かということを考えても、「譜代」「遠州人」が私の担当客が購入申し込みをした家具を横取りしたという可能性は小さくないと今も思っている。かつ、そういう場合だが、私はその頃はそういう不心得者営業所長がいた場合、営業本部長兼東京営業所長の天野隆夫にでも言えば、会社のためにそういう不心得者所長に注意してくれるのではないかと期待していたのだったが、実際には逆で、天野隆夫は不心得者の仲間であり不心得者の味方であり不心得者の手下だった。天野は「ここの所長はぼくなんやで」と発言したが、そうだった、「浜松・掛川のまわしもの」「『自分の所さえよければ東京圏の営業なんかどうでもいい』と心得ている『遠州人』、『譜代』のまわしもの」が東京営業所・松戸営業所の所長だった。
↑の述べてきた話は事実だけではなく推測も混じっている。推測も混じっているけれども、決して、「デマカセ」とか「いいかげん」「デタラメ」ではない。その推測は基本的なところはまず間違っていないはずだ。もし、違うとでも言いたいのなら、いったい、どこがどう違うのか、言ってみやがれってんだ。違わないはずだ。
昔から言いますでしょ。「ひとを殴った人間は自分がひとを殴ったことを比較的簡単に忘れるが、殴られた方は簡単に忘れはしない」と。FAXと電話ででしか打合せができないという不利な条件がもともとあるのに、さらに、経験のある設計を近藤路夫ら愛知県地域の営業に取り上げられて、新卒新人を押しつけられた東京展示場の人間は、愛知県地域の営業に対して、「また、やりやがったな」とそのやり口をそう簡単には忘れません。「殴った側」の近藤路夫は簡単に忘れるから、だから、「一条工務店の家は完璧にすばらしい」「一条の建物には問題点はどこにもまったくない」などと、勝手な文句を口にすることができたのです。よく言ってくれたものだと思います・・・・。
(2019.9.17.)
★ (株)一条工務店の浜松営業はどんな連中か。
【1】 (株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴 「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ」 「東京駅から大手町駅に行くにはタクシーに乗るのが一番だらあ」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_1.html
【2】 (株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか。「悪くないと思った」と言うと気に入らない人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_2.html
【3】 「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した? 住友林業は機械プレカットしているのに、「『住友林業はプレカットしてないでしょ』でそれだけで売れる」と言い張る浜松流オリジナル営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_3.html
【4】 集成材vsムク材。対住友林業は楽勝か難敵か https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_4.html
★ 「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」の反証
反証1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている。
《2》 柱の下に基礎がない。
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している。
反証2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない。
反証3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_7.html
【C】-6 《6》 断熱材の室内側防湿層を破る。
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」
反証4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_8.html
【C】-7 《9》 ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業。
反証5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_9.html
【C】-8 《10》 「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。
反証6-1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの?
反証6-2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、どうも、そうなっていなかった可能性が小さくない。
反証7 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社。
反証8 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_2.html
《13》「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸他
反証9 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_4.html
《14》 出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長
反証10 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社。
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。
反証11 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_5.html
《17》「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社。
反証12 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html
《18》ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長
反証13 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html
《19》浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。
反証14 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_8.html
《20》「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない。
反証15 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_9.html
《21》「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」
反証16 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_10.html
《22》 親戚の契約は、(株)一条工務店ではさせられない。-RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体屋は隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせ葉とする。一条インテリアでエアコンとカーテンレールを頼むと、一緒に頼んだから問題はないかというとそうではない。
反証17 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》 「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家
反証18 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家。
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くて床鳴りがする。
反証19 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201909article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社
反証20 〔今回〕
《28》 「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させ、新人営業だらけの営業所には新人設計を担当させる会社。
☆ 佐野展示場の新人類1
[第664回]自分に該当するものがなければ営業所ごとの報告を止める男はどうしたものか-やったことないことは【4】https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201901article_9.html
[第665回]平日の来客を粗末にする営業・他の従業員に労働契約外の業務をさせる男、「聖教新聞」の押売り!https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201901article_10.html
[第686回]職場でアダルトビデオを見る男と、DVDプレーヤー付パソコンをアダルトビデオで試す男。職場の新人類現象https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_6.html
[第417回]トヨタの車に乗らない理由―「朝来て『おはよう』と言うと同時におっぱいもみもみい」のネッツトヨタ栃木https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201606article_2.html
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[第547回]深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由の侵害【3】忘年会の金を払わない男、人に立替させようとする姑息男https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_3.html (イ)
☆ (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か
【1/3】浜松独善主義の会社、宅建業法違反を要求する店長次長、軽犯罪法違反を従業員にさせて自分はやらない店長他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_9.html
【2/3】「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_10.html
【3/3】 (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間かー真面目に対応せず人を誹謗中傷https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_11.html
☆ コーヒー出すにはどういうお盆
【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_5.html
【2/2】東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html

住宅業界残酷物語 (Yell books)
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「住」のマーケティング (日経マーケディア)
1993年5月、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の浜松での「研修」で、名古屋南営業所の「所長」・・といっても、実際には所長の実力などない人間だが、近藤路夫が自分の所属と氏名も名乗らず、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」と発言。私は、それまでに、(株)一条工務店の工事現場に行って、問題点をいくつも見てきたし、又、東京展示場においては、多くの他社の展示場に比べて劣っていると判断せざるをえないものも見てきたが、それらは発展途上会社として少しずつ改善していくよう従業員として努力するしかないと考えていたのだが、それを、この男はいったいどういうつもりで「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」だの「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」だのと言うのか、その理由がわからなかった。まず、その頃、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」だの「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」というのは正しいかというと明らかに間違いであった。その例を、反証としてこのブログであげてきた。
反証1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている。
《2》 柱の下に基礎がない。
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している。
反証2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない。
反証3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_7.html
【C】-6 《6》 断熱材の室内側防湿層を破る。
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」
反証4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_8.html
【C】-7 《9》 ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業。
反証5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_9.html
【C】-8 《10》 「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。
反証6-1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの?
反証6-2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、そうでなく単なる布基礎であった可能性が小さくない。
反証7 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社。
反証8 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_2.html
《13》 嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸他
反証9 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_4.html
《14》 出過ぎた口きく「設計」、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長
反証10 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社。
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。
反証11 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_5.html
《17》 「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社。
反証12 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html
《18》 ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長
反証13 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html
《19》 浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。
反証14 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_8.html
《20》 「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない。
反証15 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_9.html
《21》 「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」
反証16 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_10.html
《22》 親戚の契約は、(株)一条工務店ではさせられない。
(ア)RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。
(イ)設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。
(ウ)解体屋は隣家の塀も壊す。
(エ)従業員の親戚の家には初めての大工・職人。
(オ)引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせようとする。
(カ)一条インテリアでエアコンとカーテンレールを頼むと、一緒に頼んだから問題はないかというとそうではない。その他いろいろ・・
反証17 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》 「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家
反証18 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家。
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くい。
「(株)一条工務店が採用している防火サイディング(窯業系サイディング)の外壁はモルタル壁よりクラックがでず優れている」と(株)一条工務店では言うが、築年数10年未満なのに東京展示場の防火サイディングの外壁は汚れて汚い。普通、展示場はきれいなものを見せるもので、汚れてくると塗装するなりして美しくするものだが、(株)一条工務店は浜松の展示場はきれいにしても東京展示場は汚れてもきれいにしてくれない。
「(株)一条工務店は床の根太の間隔が他社より短く、根太の厚みが他社より厚いので床鳴りがしにくい」と言うにもかかわらず、東京展示場の2階ロビーは端から端まで床鳴りがする。展示場は来客に営業活動をして契約してもらうためのものであるから、床鳴りがするなら、しないように補修するべきであるが、「『浜松良ければそれで良し』の(株)一条工務店」は浜松にはきれいで床鳴りのしない展示場を建てても、東京の展示場の床鳴りは修理しない。
反証19 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201909article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社
・・・と、すでに、27項目あげてきた。「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」・「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」に対する「反証」である以上、1つあげれば、それで反証をあげたことになる。1つ反証をあげれば、それで、この近藤路夫という男の発言の間違いを指摘したことになるので、問題点をあげるのならまだまだあるのだが、それにしても、私は、1992年に(株)一条工務店に入社した時点で、最初から、この会社は、創業20年未満の会社で、発展途上会社であり、会社の内容も、建てている建物の内容も、問題点はあるものと思って入社しており、問題点はひとつひとつ改善していくしかないし、改善していければと思って入社しているので、従業員としてそこで働くにおいては問題点が1つや2つ、もしくは5つや6つ、あるいは10や20あったとしても、それは改善していくように努力すればいいことで、あったからどうとは考えていなかったのだ。ところが、近藤路夫は、現実に問題点はいっぱいあるにもかかわらず、「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と言いまくるので、「それは違うでしょ」と事実に即して言うと、この男は怒るのだ。「そういうことを言うからいかんのだああ~あ!」と。「そういうことを言う」からいかんのだろうか? 言わなければ問題点はなくなるのだろうか? そうではあるまい。しかし、後にこの近藤路夫という卑怯者の発言のからくりはわかった。(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、近藤路夫のように、実状はそうではないと心の中では知りながら、「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と言いまくる人間というのが好きなのだ。だから、実状に反して「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」と近藤路夫のように言いまくる人間は条件のいい展示場に配属してもらえて、何かと優遇してもらえる。それに対して、問題点は指摘して改善していくようにしないといけない、と会社を良くしていくために、私は従業員であればそれは当たり前のことと考えていたのだが、それを指摘する人間は、オーナー経営者からやっつけられる・・というそういう会社だったのだ。なにしろ、(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎は『水滸伝』が好きだったそうで「梁山泊の精神」などと言っていたのだが、『水滸伝』において、初代「梁山泊」首領の王倫という男は、なにかと、みみっちい、心の狭い男で、自分より有能な人間に実力を発揮されるとおのれの立場が脅かされるのではないかとおそれる人間であったのだが、よく似ているかもしれない。近藤路夫のように、いくらなんでも、ある程度以上の年数、その会社に在籍していて、問題点がまったくないなどというわけはないということくらいわかっているはずなのに、「一条工務店の建物は、すべての面にわたって他社の建物よりも絶対的にいい。」・「一条工務店の建物はすべての面にわたって完璧に優れている」とか言いまくれば、オーナー経営者からかわいがってもらえると心得るようなそういう人間が大好き♪ という人間だったようだ。それが初代社長大澄賢二郎の息子で関連会社の損害保険の会社の(株)日信の社長になっていたらしい大澄隆史が実行した「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ逃げる」という『水滸伝』の登場人物 呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)のやったことそのまんまとともに、「梁山泊の精神」というものだったようだ。そういう会社においては、近藤路夫のような、実状の問題点をひとつひとつ改善しようとする者を攻撃して、おのれは「一条工務店の建物は他社と比べてすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物はすべての面で問題点はまったくない」などと叫ぶことで、それで「忠臣」になったふりをしてやろうとするようなみみっちい男が続出することになったのだ。『水滸伝』にも高俅という男が登場したが、(株)一条工務店にも高俅みたいのがいっぱいいた!!! うんざりするのが。まさに、それが「梁山泊の精神」だったのかもしれない。そして、「東海を征する者は天下を征する」とか言っていたように「静岡県・愛知県中心の会社」「静岡県・愛知県優遇の会社」であり、「やらまいか精神」というのも言っていたが、近藤路夫のように、「静岡県中西部・愛知県の人間が他の地域の人間よりも得することなら、どんなことでも『やらまいか』(やってみよう)」という「『やらまいか』精神」の会社でもあった。
2011年の東日本大震災の後、社長でも会長でも相談役でもないはずの大澄賢二郎が登場して、浜松市に「防潮堤の費用」と称し、「お世話になった浜松に恩返しをしたい」などと言って300億円を寄付したが、どう考えても「お世話になった」の浜松市だけではないはずなのだが、「寄付するとなると浜松市に」というその発想、創業20年弱の時点だけでなく、創業約40年になってもその姿勢・その態度・その意識は変わらない、少しは進歩したらどうかと思うのだが、少しは成長したらどうかと思うのだが、進歩させてなるものかという「遠州人根性」があるということか・・・。静岡県は首都圏である東京都・神奈川県と中京圏の愛知県との間にある県で新幹線も通っている県であるが、そのわりに保守的なところのある県だという話が、1980年代、「朝日ジャーナル」に載っていたのを読んだことがあるのだが、「浜松中心主義」「浜松優先主義」を頑固に守ろうという「保守主義」は(株)一条工務店という会社においてはなかなか変わらないようだ。浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した静岡県知事の川勝平太(早稲田大政治経済学部卒らしい)が、(株)一条工務店から「防潮堤の費用」と称して浜松市に300億円の寄付をもらって大喜びして大澄賢二郎を称賛していたが、そのカネは従業員・元従業員に本来払っておくべきものを払わずに貯め込んだカネの一部分であろうが!


「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」「一条工務店の建物は同業他社に比べてすべての面にわたって優れている」に対する反証
《28》
私が入社した1992年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の東京圏には「設計」という職種の人間がいなかった。浜松や近藤路夫が所長になっていた名古屋地区にはいた。それだけでも不公平であろう。勤務している営業社員にとっても、顧客にとっても。 もっとも、「設計」という職種の人間がいても、「設計」を名のっている人間が営業を職種とする者よりも設計力があるとは限らない。たとえば、私が1993年、福島県いわき市の営業所に赴任した時、いわき市の営業所で営業の職種で在籍したMさん(男。当時、20代後半。工業高校建築学科卒)は、本人は「もともと、ミサワホームの中央設計室にいて、ミサワホームが(株)一条工務店を買収しようかと考えた時にミサワホームから浜松の一条工務店に派遣されて行って、その時、(株)一条工務店の大澄社長から一人だけ呼び出されて、『M上くん、きみ、一条工務店に来てくれないか』と直々にスカウトされて、社長からそこまで頼まれるのならと思って一条工務店に入社した」と称していたが・・「よく言うわ!♪!」・・実際はMさんは、(株)一条工務店に入社して浜松で設計をやったがうまくいかなくて工務課(工事担当)に変ったが、その後、さらに営業に変って出身地のいわきに戻ってきたということで、大澄社長からスカウトされて入社したわけでもなく、もとより、ミサワホームに在籍したことはまったくないらしい。「バカ言ってんじゃないわ♪!♪」。で、Mさんが設計であった時に、営業として担当のお客さんの図面を設計担当のMさんに書いてもらったという人が言うには「Mさんの図面はひどかったよお~お」と、「なにしろ、玄関はさんで、キッチンとダイニングが逆側にあるんだからね。『せめて、キッチンとダイニングを玄関から見て同じ側に配置してもらえない~い?』て言ったんだよ。そんな図面を平気で書くんだよ」と。但し、(株)一条工務店をやめた後、勤めた会社でも、東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕http://www.10kai.co.jp/ でも、フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。発祥は関西〕https://www.freedom.co.jp/ でも、「ひっでええ~え!!!」てプランニングの家、こんな家を設計している人間なんて「設計」じゃないよなあ・・て家、「図面」じゃなくてすでにできあがった家を見た!!! ほんと、「ひっでええ~え!」て家を。 そのM上さん設計の「玄関をはさんで、キッチンとダイニングが逆側にある家」と、「どっこいどっこい」というのか、「どっちもどっち」の家を。すでにできあがった家を。
1993年、東京展示場で契約してもらった場合には、営業が契約客から「ヒアリング」をした上でそれを書き込んで近藤路夫がいた名古屋南営業所に勤務していた「設計」の北川さん(男。当時、20代後半くらいらしい)にFAXで送信して、その後、電話でやりとりをして、北川さんが作図したものを、また、FAXで東京展示場に送ってきて、それを持って営業が契約客と打ち合わせをすることになっていた。それに対して、近藤路夫が在籍していた名古屋南営業所にはその場所に「設計」という職種の人間がいたのである。その頃、(株)一条工務店は「セゾン275S1」というタイプを東京都・神奈川県では「施工面積」という(株)一条工務店独自の計算方法の面積で坪55万円で販売していたのに対して、近藤路夫が勤務していた名古屋では、なんと!


小堀住研(株)は、その頃までは、高級志向タイプの「新 桂」と高価格帯のもののみ残した在来木造のものについては、各都道府県ごとにあった支店の「設計課」の人間が客宅に営業に同行して行き、直接、顧客と会って図面の打合せをしていた。「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」を「売り」にしていたが、実際にそうなっていたかどうかはその家によるであろうけれども、それを売りにしていただけあって、営業と設計とで顧客とあって顧客の要望をみたして夢のある提案をすることを目指していた。「高品質低価格」タイプの「ハウス55」の場合は、プラン集があってその中から顧客の敷地の条件と顧客の要望に合うものを選び、それに修正を加えて建築する図面を作っていくという方法であったが、その修正作業は営業がやっていたが、あらかじめ作られた図面があってそれに修正を加えるというものであれば、一から図面を作るだけの能力はない営業でもできた。そういうプラン集があらかじめあってそこから選んで修正を加えていくという方法のものは、小堀住研(株)のほかにも積水ツーユーホームとかミサワホームとかその他何社かの会社にあった。それに対して、(株)一条工務店の「セゾン」「百年」というのは、使用する部材については極力決められたものを使うようにされていて、そうでないものを使うとかなり割高にされたようで、その点で、「完全自由設計」とか「注文住宅」とか言いながら、実際には規格住宅のような面もあったが、プランニングについては、プラン集があらかじめあるわけではなく、顧客の要望を聞いて作っていく方式であったから、そのやり方の場合において、設計担当が地元にいないというのは、それは顧客にとって「かなり不安」を感じるものだった。
1992年、私が(株)一条工務店に入社した1年目、東京展示場で契約した場合、営業担当が契約客から「ヒアリング」をしてその内容を書き出し、近藤路夫が在籍した名古屋南展示場にいた「設計」の北川さんという男性(当時、20代後半だったらしい)にFAXで送り、その後は電話でやり取りをして、北川さんが作成した図面を東京展示場にFAXで送信をして、それを営業が客に見せて打合せを進める、ということになっていた。近藤路夫がいた名古屋南営業所では、東京都・神奈川県では坪55万円のものを坪49万5千円でダンピング販売していたのみならず、東京圏には「設計」がいなかったにもかかわらず、近藤路夫がいた名古屋南展示場には「設計」がいたのだ! 東京圏の営業には「一条工務店は、各営業所に設計を配置して設計に費用をかけるのではなく、その分、家に費用をかけるようにしている会社です」とか言わせておいて、自分の所には「設計」を配置していたのだった。
東京圏で建てる人にとって、設計担当と直接会って打合せができないだけでなく、その設計担当者が東京圏にいない、浜松だとか名古屋だとかいった「東海地方」にいる人間だというのは、これは相当不安というか、「不安」ならまだいいのですが、「恐怖」でした。なにしろ、「(株)一条工務店の遠州人」というのはどういう人間かということを考えると、そんな人に設計されて大丈夫か? と不安どころか恐怖を感じるのは当然です。(株)一条工務店の営業本部長兼東京営業所長だった天野隆夫は「渋谷といったら小岩の東の方だらあ。そうだら。ぼく、東京は詳しいんだから。」「新宿というと、平井の北の方だら。どうだ、ぼく、東京はよく知ってるんだから」と、日常的に何度も何度も、胸を張って大きな声で言いまくる人でした。そういう人が東京営業所長になっていたのです、(株)一条工務店という会社は。「渋谷といったら小岩の東の方だらあ」「新宿といったら平井の北の方らあ」と胸張って言う人が東京営業所長だったのです。「遠州人の東京観」というのはそういうものだったのです、そういうもの!
そして、たしか、静岡県の営業所長で課長だった石橋さんだったと思うのだが、東京都江東区木場にあった東京事務所に行きたいので場所を教えてほしいと江東区潮見にあった東京展示場に電話をしてきたことがあり、電話に出た私が説明したのだが、「新幹線で東京駅に降りられましたら、北の方、進行方向に向かって歩いていただくと、東京メトロ東西線という地下鉄の大手町駅がありますから、そこから東西線に乗って東向き、西船橋行きに乗って、いくつ目かに、門前仲町の次の駅に木場駅がありますから、そこで降りて地上に出ていただくと目の前です。1階に三和銀行のATMがあるビルです」と話したところ、「その大手町駅というのは東京駅からどう行けばいいらあ」と言うので、「新幹線の東京駅で八重洲口側、新幹線が着く側に出ていただいて、北向き、新幹線の進行方向の向きに歩いていただくと、東西線の大手町駅のあたりに行くはずです」と説明したところ、「じゃあ、東京駅から大手町駅まではタクシーに乗ればいいら」とのたまわれるので、「タクシーに乗るほどのものではありませんので」と話したのだが、「なんでら。タクシーに乗るのが一番いいら」と言ってきかないので、そのうち、根負けして、それなら好きにすればいいらあ、そんなにタクシーに乗りたいなら乗ればいいらあ! と思うようになり、まあ、実際に東京駅まで行ってみたらわかるかもしれないし、それでもタクシーに乗りたいと思っても、東京駅のタクシー乗り場でタクシーの運転手に「東西線の大手町駅まで行ってほしいら」と言うと、笑われるか嫌がられるか怒られるかだと思うので、体験してもらうしかないだろう・・と思ったことがあった。(東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人、大阪駅から梅田駅までタクシーに乗る人て・・あんまりないと思うが、まあ、そんなにタクシーに乗りたいのなら乗ればいいらあ・・・。)「(株)一条工務店の遠州人」というのはそういうものだったのだ。〔⇒[第688回]《(株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_1.html 、[第347回]《旧高木家長屋門[狛江市立古民家園・下]と狛江駅前公衆便所・・じゃなく交番。遠州人のタクシー利用法》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201509article_2.html 【4】遠州人てすごいらあ! 東京駅から狛江市までタクシーに乗ろうとする人、東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人―「狛江」という地名を聞いて思い出すこと。 〕
さらに、この1993年5月の「研修」の時、名古屋南営業所の「所長」だったらしいが自分では所属も名前も名乗らずにひとにだけ所属と氏名を名のらせた無礼者の近藤路夫は、「東京でも大阪でも八寸角の大黒柱はいいに決まってるんだ。こんなこともわからんのかあ」「東京でも大阪でも、20坪の敷地でも30坪の延床面積の家でも、二間続きの和室は絶対に必要なんだ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と絶叫したのだが、「遠州人の住宅観」というのは「そういうもの」だったのだ。それが「遠州人」、この場合、「(株)一条工務店の遠州人」のことですべての遠州人がそうだまでは言わないが、少なくとも「(株)一条工務店の遠州人」の頭の中の「常識」はそういう非常識なものだったのだ。私は(株)一条工務店の東京展示場で、来場客から、展示場に(株)一条工務店が入れていた八寸角の大黒柱を見て、「うわあ~あ。こんなの入れたら、家が狭くなりますねえ~え」と言われたことが何度もある。(株)一条工務店は柱はオール四寸角というのを「売り」にしていたのだが、ところが、東京圏においては「四寸(12cm)の柱なんて使ったら、その分、ずいぶん家が狭くなってしまいますねえ」と何度も言われた。もちろん、オール四寸角の柱というのが悪いことばかりというのではない。真壁の和室においては、3寸5分(10.5cm)の柱が見えるのと四寸角(12cm)の柱が見えるのとでは、間違いなく四寸角の柱が見えた方が見た目は良く風格がある。八寸角の大黒柱(展示場では集成材の八寸角の大黒柱を使用していたが、実際に顧客の家には七寸角のムクの大黒柱を入れていた)は、相当広い敷地があって純和風の家で相当広い延床面積で建てる人のお宅に入れる場合には東京圏など都市圏においても悪くない・・というより意匠として生きてくるでしょう。しかし、「地方」においては、それほど高級住宅でなくても、それほど特別に広い家でなくても、七寸角・八寸角の大黒柱は好まれる場合が多く、「柱は太い方がいいに決まってるんだ」という観念、「高級な家は壁が厚いものだ」という観念があり、「3寸5分角の柱でも強い家ができるならいい」と考えるか、「家の強度がどうかにかかわらず柱は太い方がいい、壁は厚いほうがいいに決まってるんだ」と考えるのかというと、「地方」では「家の強度がどうかにかかわらず柱は太い方がいい、壁は厚いほうがいいに決まってるんだ」という思想・観念の地域が少なくないようだ。ところが、東京においては、土地の値段も高いし、持っている土地の面積というのが「地方」に比べると狭いし、それほど延床面積の広い家は建てられない人が多く、そうなると、限度のある延床面積の家を少しでも広く使いたいと考えると、強度と関係なく「柱は四寸角ですよお。四寸角ですよお」「四寸角の柱はいいに決まってる」とか言われても、「四寸の柱を使うと家が狭くなりますよねえ」と言いたくなることもあり、八寸角の大黒柱なんて見ると、「そりぁ、相当広い家を建てられるのならこういうのもいいかもしれないけれども、うちなんかは、こんなのジャマだわ、こんなのジャマ!」「なんかもう、いかにもイナカて感じ。田舎のにおいがぷんぷんする」と思われ、そして、そう言われるのだった。(私が言ったのではない、私が言われたのだ。)関西ではどうかというと、昔から、関西は東京以上に合理的な土地柄であり、住宅でもプレハブメーカーは関西発祥の会社が多く、「別に太い柱でなくても強い家ができるのならそれでいいじゃないか」という傾向が強い。『美味しんぼ』にサザエには「ツノ」が大きくいっぱい出ているサザエとあまり「ツノ」が出ていないサザエがあるが、東京では「ツノ」が大きくいっぱい出ているサザエが好まれるのに対して、関西では「ツノ」はあまり出ていないサザエが好まれるという話が出ていたが、それは、東京では「ツノ」がいっぱい出ているものの方が勢いがあって良さそうに見えるし、見栄えがいいので高く評価されるのに対して、関西では、サザエの「ツノ」なんて食べるわけではないのだから、実際に食べるわけでもないものが大きいよりも実際に食べる部分が大きい方がいいに決まってるという発想だと思う。昔から、関西と東京ではいずれも都市圏であっても、そのあたりに考え方の傾向がいくらか違いがあり、関西人は関西の方が東京よりも都会であると思っているし、ましてや、「柱は四寸ですよお」「八寸角の大黒柱、いいでしょお」とあまりにも言われると、これもまた、相当広い敷地がある人が和風の凝った家を相当広い延床面積で建てる場合にならいいけれども、並みの広さの家を並みのサラリーマンが建てる場合には、「うわっ。田舎の家みたい」と思い、敬遠されることになるだろう。「親戚中が集まった時に使える二間続きの和室」なんて「遠州人」は言うわけだが、ところが、東京でそんなことを来場客に言っても、「親戚中が集まることなんてないよ。家に呼ばないもの。そういうことを言うというあたり、やっぱり、お宅は浜松ねえ」と言われるのだった。(私が言われたのであって、私が言ったのではないのだが、ところが、「遠州人」は「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と言った人間にではなく、言われた人間に怒るのだ。「言われた人間に怒らないで、怒るのなら言った人に怒ってください」と言ってもそれでも言われた人間に怒るのだ、「遠州人」というユニークな民族は!


東京圏にいないそういう遠州人に設計されるとどうなるか? 「『アタマが浜松』の家」を作られるのではないか? 「『遠州好み』の家」にされてしまうのではないか? この場合、「遠州好み」というのは「古田織部が好んだ」という意味の「織部好み」と同じ「小堀遠州が好んだ」という意味での「遠州好み」ではない、「遠州地方と全然関係のない場所で建てる人に無理矢理にでも遠州地方の人間の好みを押しつけないと気がすまない」という意味である。「なんで、東京で家を建てるのに「遠州好み」の家にされなきゃならんのだあ・・・という家」にされてしまうのではないかという不安・・というよりも恐怖を感じたのだった。
それで。ともかくも、名古屋南営業所にいた北川さんという「設計」が東京地区の契約客の図面作成を担当していたのだった・・・が、新たな問題が出てきた。名古屋南営業所に「設計」として新卒新人が入社していたのだった。そして、彼が図面を書き出した。それはいい・・のだけれども、新卒入社1年目の設計とある程度経験のある設計と2人が名古屋南営業所にいることになった時、どういうことにされたか。
知らんとは言わさんぞ、近藤路夫! おのれが営業として勤務している営業所には経験のある設計を担当させて、そして、距離も離れていてクルマで行こうとしても簡単ではない東京の営業と東京での契約客には、新卒入社1年目の「設計」を担当にさせたのだ。やりやがったな、近藤路夫! 汚い手を使いやがる、近藤路夫!
こういう(株)一条工務店の「オリジナル営業」「遠州人営業」の汚いところは、誰がそう決めたか曖昧なように見せるというやり口であるが、近藤路夫に、「ただでさえ、東京の営業は地元に設計がいなくて、直接顔を合わせて打合せをすることができずに苦労しているのに、なんで、地元に設計のいるあんたの所に新人を担当させずに経験のある設計を担当させて、電話とFAXでしか打合せのできない東京の営業と東京の客に新人を担当させるんだよ!?! それが営業所長のやることか!?! あんた、所長なら、自分の担当に新人の設計をあてて、入社1年目の営業だらけの東京展示場には経験のある設計を担当させるようにするもんだろ。新人に新人を担当させて、所長には経験のある設計を担当させるなんて、そんなバカな話があるか。それが所長の役職と役職手当をもらっている人間のやることか!?!」と言ってやりたいところだった・・・が、そう言ったならば、おそらく、彼は「知らん。私がそう決めたのと違う」とか言って逃げるだろう。つくづく汚いやつだ。しかし、実際のところ、近藤路夫が直接に決めたかどうかなんて、たいした問題ではないのだ。近藤路夫が直接に決めたのではなく、「本社」の誰かが決めたとしても、実際問題として、「譜代」で「オリジナル」で「遠州人」の近藤路夫に「忖度」して決めたのであって、決めた人間にとっては、東京地区の営業が、ただでさえ直接会って打合せができずに苦労しているのに、ましてや、その相手がまだよくわかっていない経験もない新卒入社1年目の人間になるというのは、かなりきつい・・・・なんてことは、「本社」の人間、要するに「浜松・掛川・名古屋のまわしもの」にとっては「どうでもいいこと」だったのである。まったく、汚いことをしやがる。
こういうことを言うと、たとえば、総務部長だった天野雅弘などは「たまたま、そうなったけれどもだな」とかカマトト言って、「たまたま」その時だけそうなったかのようにごまかすであろうけれども・・・。 「たまたま」その時だけそうなったのか? アホか、そんなことあるわけないだろうが。
1993年5月頃、松戸展示場にて、営業本部長兼松戸営業所長の天野隆夫から「『この営業所は営業所長がいないから』と言ったそうじゃないか。ぼくが営業所長なんだぜ。わかってんのかあ」と文句を言われたのだが、文句を言う人間と言われる人間は逆のはずだ。その頃、(株)一条工務店の営業所は、その地域に営業所長がいる展示場と、そうではなく営業本部長の天野隆夫が表記上では<>付で、<天野隆夫>として書かれていた展示場があったのだが、営業所長がその地区にいる展示場の営業所長の上役は誰かというと営業本部長の天野隆夫であり、営業所長は<天野隆夫>となっていた展示場では営業本部長の天野隆夫のすぐ下の立場の人間は誰かと言うと、東京展示場の場合は「主任」の宮崎さんだったわけで、「主任」とかそのくらいの役職の人が「リーダー」にされていた展示場においては、もし、営業所長がその地区にいる展示場の営業とバッティングしたとかいう場合には、「主任」対「所長」「課長」の対決となると、「主任」は最初から尻尾巻いて逃げてしまうのだった。実際問題として、1992年9月だったか10月だったか、東京営林局に勤めていて東京に住んでいて浜松で建てたいという方が自分自身の勤務場所でもあったウッディランド東京に出展していた東京展示場に来場されて私が対応して話を進めた際にも、土浦営業所の所長の田中義一がまったく何の関係もないのに、過去に東京営林局に勤務している人に1人、田中義一が担当で建ててもらったことがあるというだけのことから、「そのお客さんは土浦営業所の担当とさせていただきます」と無茶苦茶なことを言いだして取り上げ、その上で、2週間以上も放置して有望見込客を激怒させた、ということがあったが、そういうことになるのだ。私は田中義一のおかげで有望見込客を奪われただけでなく、田中義一のかわりにお客様から怒鳴りつけられ、「その田中とかいう人に、うちには二度と連絡してこないようによく言ってください。うちはその田中とかいう人に担当してくださいなどとは一言も言ってませんから」と言われたのだが、それでも、「リーダー」の宮崎さんは「田中所長には言わなくていいから。言わないで」と言って、無法者の田中義一のテカとして田中にへこへこへこへこしまくったのだった。〔⇒[第709回]《「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証12-ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html 〕 もしも、営業本部長の天野隆夫が「ぼくが営業所長なんやで。わかってないのか」とか文句を言うのなら、とりあえず、田中義一にその時に何か言ったらどうなんだい。違うか。な~んにもしないで、むしろ、私が「本来なら私が担当だったはずの有望見込客を全然関係ないのに土浦の田中所長に横取りされただけでなく、横取りするだけして何もしないで放置された」と天野隆夫に言っても、天野隆夫は「土浦で契約になったかどうかわからんだろうがあ」などとトンチンカンなことを言うばかりだったのだ。営業所長なら営業所長としてやるべきことをやってもらいたいもので、営業所長ならやるべきことをやらないで、「ぼくが営業所長なんやで。わからんのか」とは笑止である!!!
「営業本部長の天野隆夫」はその地区に所長がいる営業所の「所長」「課長」の言うことと、<天野隆夫>が営業所長の営業所の営業の言うことと、どちらの言うことをきくか!?! それは明らかではないか、「所長」「課長」の言うことばかりきくではないか!!! な~にが、「この僕が営業所長なんやで。わからんのか」だ。よく言ってくれるわ。「ぼくがこの営業所の所長なんやで」という文句は、天野隆夫は私にではなく茨城県地域の所長であった田中義一に言うべきであったはずである。田中は東京営業所の所長を営業本部長の天野隆夫であるとは認識せず、東京展示場のアタマは「リーダー」であった主任の宮崎さんだと認識して、それで、自分は本来まったく何の関係もない東京に住んでいて浜松で建てるという人を「その人は土浦営業所の担当にさせていただきます」などと言い出したのだった。天野隆夫は「おい、東京営業所の所長はぼくなんやで。わからないのか」と私によりも田中義一に言うべきであったはずだ・・・が、それを言わないのが天野隆夫だったのだ。
又、私は、<天野隆夫>を別にすれば東京営業所は主任の宮崎さんだけが役職をもらっていて他は役職をもらっていた人間はいない営業所、松戸営業所は役職をもらっていた人間は1人もいない営業所で、そういう営業所においては、「所長」「課長」がその地域の所長になって在籍している営業所とぶつかった時に、所長がその地域にいる営業所、特に「譜代」の所長がその地域にいる営業所とぶつかった時に不利な扱いにされてしまうというのは明らかであり、それゆえ、役職をもらっている人間がいない社歴の浅い人間ばかりの営業所の営業は協力・団結して所長の横暴に立ち向かわないといけないという趣旨で営業所内で「この営業所は所長がいない営業所だから、どうしても、所長がいる営業所からなめられてしまうんだ」と口にしたのだが、ところが、それを聞いて、役職をもらっている人間のいない営業所の人間、社歴の浅い人間ばかりの営業所の人間は団結して「所長の横暴」に立ち向かおうとするのではなく、「〇〇さんがこんなこと言ってましたあ」と営業本部長に「報告」するやつてのが(株)一条工務店にはいたのだった。そして、そういう人間、スト破りというのか「狗(いぬ)」というのか(『鬼平犯科帳』に出てくる「大滝の五郎蔵」みたいの? )は「報告」してくれたということで営業本部長からプラスに評価してもらえる、というそういう会社だったのだ。(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、そういう「報告」をするような人間が好きだったようなのだ。又、営業本部長というのは、そういう「所長の横暴」を注意するべき存在だと私は思いこんでいたのだったが、ところが、(株)一条工務店の営業本部長というのはそうではなく「所長の横暴」に加担して、「所長の横暴」に対抗しようとする者を弾圧する存在だった。・・なんか、情けねえ会社・・・( 一一)
それから、「営業所長」にも、「譜代」の所長と「外様」の所長があると(株)一条工務店では言われていた。井伊・本多・榊原・酒井といった徳川四天王みたいな「譜代」の所長と、そうではなく「外様」の所長とがいたらしい。1990年代、福島県浜通り地区の所長だったK野さんは年間の営業成績で全国1位をとったりした人であったけれども「外様」で、中通り地区の所長だった片山は「譜代」であるだけでなく「社長の腰巾着」と言われて特に「大澄社長のお気に入り」と言われていただけあって、やりたい放題だった。浜通り地区は、いわき市にあった猪野建材という材木屋と浜松の(株)一条工務店とが(株)一条工務店南福島という共同出資会社を作ってやっていた所で、猪野建材の経営者が浜松の(株)一条工務店はロイヤルティー料を取るばかりでたいして利益がないと不満を感じたということだったかで共同出資会社を解消したのだが、その後、猪野建材が作ったやまとホームという住宅会社に行くのか、(株)一条工務店の方に行くのかという際に、(株)一条工務店の方に行った人が多かったらしいのだが、もともと、猪野建材から(株)一条工務店南福島に移った人だったK野さんも(株)一条工務店に移ったらしく、最初から(株)一条工務店に入った人ではなく、「遠州人」でもないということで、「外様」と見られていたらしい。それに対して、中通りの所長の片山は「譜代」であるだけでなく、「社長の腰巾着」と言われ、実際、見ていても、「この男、よくやるなあ」とあきれるくらい、あほくさいくらいあさはかな「腰巾着」だった。茨城県の所長は↑で”エピソード”を述べた田中義一で、これもまた「譜代」だったのだ。「譜代」2人に南と西に配置された「外様」の所長だったのだが、「外様」と言っても、かつて、外様大名の伊達政宗が主導して譜代の一部分を味方にひきこみ、新教国のオランダと結ぶ徳川政権に対抗して旧教のイスパニアと手を組んで、徳川政権をひっくり返そうと画策したがうまくいかないと判断してとりやめたとかそんなお話がたしかあったと思うが、そういう類の「外様」ではなく、あくまで、「体制」に従順な「外様」で「譜代」には一貫して逆らわない「外様」だったのだが、だ。 1993年頃、(株)一条工務店は各地に「業務課」と称してローン担当の女性社員を配属したのだが、ところが、1993年、茨城県と福島県浜通り地区の担当の業務課としてF田が水戸営業所だったか土浦営業所だったか、要するに「譜代」の田中義一が所長である茨城県の営業所に勤務したのだった。そのあたりからしても、わかりますでしょ。「譜代」が所長の営業所に「ローン担当」を配属して、「外様」が所長の営業所は「譜代」が担当の営業所に勤務したローン担当の「片手間」か「おまけ」「ついで」みたいに担当させた、そんなものだったのだ。なんで、「外様」の所長の営業所にローン担当が配属されずに「譜代」が所長の営業所にローン担当が配属されるのか? なんで、「外様」が所長の営業所は「譜代」の営業所に配属されたローン担当が「ついで」か「片手間」みたいに担当するのか? その翌年の1994年、今度は、福島県浜通り地区は、福島県中通り地区の「譜代」で「腰巾着」の片山が所長の営業所に木内がローン担当として配属され、浜通りはまたもやローン担当は配属されずに、中通りの「譜代」が所長の営業所に配属されたローン担当が「外様」が所長の浜通りも担当することにされた。そして、「譜代」が所長の営業所に配属されたローン担当の木内は、「譜代」が所長として管轄の営業所の営業が担当のお客様にではなく、「外様」が所長の営業所の営業であった私が担当のお客様Iさんの住宅金融公庫の契約について、融資額を申込時より増額するという大事な問題を忘れるという大きなミスを犯した。〔⇒[第681回]《(株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か【3/3】真面目に対応せず人を誹謗中傷》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_11.html 〕木内が「譜代」の所長の管轄の営業所の営業が担当のお客様にではなく「外様」が所長の営業所の営業だった私が担当のお客様の仕事で大きなミスをしたというのは、それは「たまたま」だったとでも言いたいか? 「バカ言ってんじゃないわ」、「たまたま」であるわけないだろうが!!! (株)一条工務店は常にその調子だったのだ。 その地区に「譜代」の所長がいる営業所と、<天野隆夫>が営業所長となっていて実際には「主任」かそこらの人が「リーダー」の展示場では、「譜代」の所長がいる展示場の勝ち! 「譜代」の所長がいる展示場と「外様」の所長の展示場では、「譜代」の所長の展示場の勝ち! ・・それが、(株)一条工務店という会社の一貫した姿勢だったのだ。違うと言うのなら、どこがどう違うのか、言ってみやがれってんだ!


この例のような、
● 「主任」が「リーダー」の東京営業所 対 「譜代」の所長の茨城県の営業所。
● 「外様」が所長の福島県浜通り 対 「譜代」が所長の茨城県。
● 「外様」が所長の福島県浜通り 対 「譜代」「腰巾着」が所長の福島県中通り。そして、
● 「主任」が「リーダー」の東京展示場 対 「譜代」「オリジナル」「遠州人」が所長の名古屋南営業所、
だったのだ。ひとつだけなら、「たまたま」という可能性もゼロとは言い切れない・・などとアホなことを思うかもしれないが、こうやって並べてみると「たまたま」などというものではないことがよくわかる。だから、ある程度以上経験のある設計と新卒入社1年目の設計と2人いたら、経験のある設計は地元で「譜代」「一条オリジナル」が所長の名古屋南営業所の担当にして、わかってないことだらけの新卒新人は新人営業だらけの東京展示場の担当にさせる、と。普通、新人営業と新人設計を組ませるということはあまりしないと思うし、小堀住研(株)でも、新人営業の入社1棟目はある程度経験のある設計に担当させ、新人設計の入社1棟目はある程度経験のある営業の担当のお客様を担当としていたのだが、(株)一条工務店はそうではなく逆で、「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させて、新人営業だらけの東京展示場には新人の設計を担当とさせたのだった。
私の入社1棟目も名古屋南展示場に勤務していた新卒新人が担当だったのだが、彼が悪いのではない。彼は真面目に仕事をしていたと思う。まだ、手書きの図面だった時代、線1本にも真面目に一生懸命書いたという印象が出ていた図面だった。しかし、話をしても、「よくわからないんですぅ。すいませ~ん」と言ったり、実際、そういうものだった。それならそれで、経験のある設計は新人が「よくわからないんですぅ」というものについて、新人を指導できないものかとも思ったのだが、「譜代」の所長の営業所の仕事に忙しかったのではないか。
又、↑のように4例並べてみると、[第710回]《「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証13-浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html で述べた話、1993年、私が担当で千葉県市原市で建てていただいた契約客Y様を浜松市のインテリア館に案内して、イタリア製だったかのネストテーブルを購入してもらったところ、3か月後くらいだったか、インテリア館の女性社員から電話がかかってきて、同じ物を2人のお客様にを売ってしまったから売れませんと信じられない話を言ってきたことがあったのだが、私はそのネストテーブルの購入を申し込む際、まさか、2人のお客様に同じ物を売ってしまうなどということがしばしばあるとは思わなかったが、私は東京から、契約客は千葉県の県庁所在地の千葉市よりまだ向こう側(浜松から遠い側)から静岡県の西部の浜松まで行ってもらっているのであり、私がもう一度浜松まで行くといっても簡単に行けるものではないし、ましてや契約客のYさんに千葉市より東側・南側から浜松まで行ってもらうのは簡単ではないので、より間違いがないようにインテリア館担当者に念を押すように申込の手続きをしており、すでに購入申し込みを受けている家具については現物に「売約済み」だったかの札がつけられていたが、そういう札はついていないことを何度も確認しただけでなく、インテリア館の担当者も購入の申し込みを受ける際に、他の人から購入の申し込みを受けていることはないかを書類上で念を押すように十分に確認をして申込を受け付けたはずで、(株)一条工務店の場合、床柱を工場見学会の際にお客様に自分の家に入れるものを選んでもらっているが、その際、(株)一条工務店の営業にはすでに他の人が選んだ床柱でこれがいいと自分が担当のお客様が思ったものがあった時に先に貼ってあるシールをはがして自分が担当のお客様のシールを貼るという不心得者がいるという話を聞いたことがあり、いいかげんな採用をしている(株)一条工務店においてはそういう人がいておかしくないのだが、インテリア館の家具はインテリアの担当者に言って申し込まないと申し込めないので床柱のようにその場で先に貼ってあるシールをはがして貼りかえるというのはやろうと思っても一般従業員にはできないが、↑の4例など見ると、やはり、静岡県か愛知県かどこかの営業所長が「俺の担当の◇◇さんに売ってあげて。先に購入申し込んだというのは東京の営業の担当だろ。東京の営業の担当客なんて、ダブルブッキングしてましたとか適当なこと言って断ればそれでいいから」とか言って、(株)一条工務店で「所長」にならせてもらっている人間がどんな連中かということを考えても、「譜代」「遠州人」が私の担当客が購入申し込みをした家具を横取りしたという可能性は小さくないと今も思っている。かつ、そういう場合だが、私はその頃はそういう不心得者営業所長がいた場合、営業本部長兼東京営業所長の天野隆夫にでも言えば、会社のためにそういう不心得者所長に注意してくれるのではないかと期待していたのだったが、実際には逆で、天野隆夫は不心得者の仲間であり不心得者の味方であり不心得者の手下だった。天野は「ここの所長はぼくなんやで」と発言したが、そうだった、「浜松・掛川のまわしもの」「『自分の所さえよければ東京圏の営業なんかどうでもいい』と心得ている『遠州人』、『譜代』のまわしもの」が東京営業所・松戸営業所の所長だった。
↑の述べてきた話は事実だけではなく推測も混じっている。推測も混じっているけれども、決して、「デマカセ」とか「いいかげん」「デタラメ」ではない。その推測は基本的なところはまず間違っていないはずだ。もし、違うとでも言いたいのなら、いったい、どこがどう違うのか、言ってみやがれってんだ。違わないはずだ。
昔から言いますでしょ。「ひとを殴った人間は自分がひとを殴ったことを比較的簡単に忘れるが、殴られた方は簡単に忘れはしない」と。FAXと電話ででしか打合せができないという不利な条件がもともとあるのに、さらに、経験のある設計を近藤路夫ら愛知県地域の営業に取り上げられて、新卒新人を押しつけられた東京展示場の人間は、愛知県地域の営業に対して、「また、やりやがったな」とそのやり口をそう簡単には忘れません。「殴った側」の近藤路夫は簡単に忘れるから、だから、「一条工務店の家は完璧にすばらしい」「一条の建物には問題点はどこにもまったくない」などと、勝手な文句を口にすることができたのです。よく言ってくれたものだと思います・・・・。
(2019.9.17.)
★ (株)一条工務店の浜松営業はどんな連中か。
【1】 (株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴 「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ」 「東京駅から大手町駅に行くにはタクシーに乗るのが一番だらあ」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_1.html
【2】 (株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか。「悪くないと思った」と言うと気に入らない人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_2.html
【3】 「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した? 住友林業は機械プレカットしているのに、「『住友林業はプレカットしてないでしょ』でそれだけで売れる」と言い張る浜松流オリジナル営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_3.html
【4】 集成材vsムク材。対住友林業は楽勝か難敵か https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_4.html
★ 「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」の反証
反証1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている。
《2》 柱の下に基礎がない。
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している。
反証2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない。
反証3 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_7.html
【C】-6 《6》 断熱材の室内側防湿層を破る。
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」
反証4 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_8.html
【C】-7 《9》 ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業。
反証5 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_9.html
【C】-8 《10》 「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。
反証6-1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの?
反証6-2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201904article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、どうも、そうなっていなかった可能性が小さくない。
反証7 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社。
反証8 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_2.html
《13》「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸他
反証9 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_4.html
《14》 出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長
反証10 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201905article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社。
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。
反証11 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_5.html
《17》「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社。
反証12 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_7.html
《18》ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長
反証13 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_6.html
《19》浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。
反証14 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_8.html
《20》「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない。
反証15 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_9.html
《21》「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」
反証16 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_10.html
《22》 親戚の契約は、(株)一条工務店ではさせられない。-RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体屋は隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせ葉とする。一条インテリアでエアコンとカーテンレールを頼むと、一緒に頼んだから問題はないかというとそうではない。
反証17 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》 「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家
反証18 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201908article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家。
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くて床鳴りがする。
反証19 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201909article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社
反証20 〔今回〕
《28》 「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させ、新人営業だらけの営業所には新人設計を担当させる会社。
☆ 佐野展示場の新人類1
[第664回]自分に該当するものがなければ営業所ごとの報告を止める男はどうしたものか-やったことないことは【4】https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201901article_9.html
[第665回]平日の来客を粗末にする営業・他の従業員に労働契約外の業務をさせる男、「聖教新聞」の押売り!https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201901article_10.html
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☆ (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か
【1/3】浜松独善主義の会社、宅建業法違反を要求する店長次長、軽犯罪法違反を従業員にさせて自分はやらない店長他https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_9.html
【2/3】「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_10.html
【3/3】 (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間かー真面目に対応せず人を誹謗中傷https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_11.html
☆ コーヒー出すにはどういうお盆
【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_5.html
【2/2】東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201902article_6.html

住宅業界残酷物語 (Yell books)
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「住」のマーケティング (日経マーケディア)
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