加茂家住宅・加茂花鳥園(掛川市)見学【2/7】花菖蒲園と加茂家長屋門。人間のブタとイヌの意味。

[第774回]
  静岡県掛川市原里の加茂荘・加茂花鳥園見学の2回目です。
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  藤井恵介監修『日本の民家2 中部』(2004.5.28.講談社)の写真を見て、加茂家住宅の前に菖蒲が植わっている庭が少々あるということかと思って行ってみると、菖蒲は「少々ある」という程度ではなく、菖蒲園だけでも見学の価値がある規模でした。↑ ↑
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↑ 加茂花鳥園 というだけあって、がいます。
元庄屋さんの名字が加茂さんで、鳥の鴨もいる加茂花鳥園です。
  《ウィキペディア―菖蒲》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%96%E8%92%B2 を見ると、ショウブ には、サトイモ科のショウブとアヤメ科のハナショウブがあるようで、この加茂花鳥園のものは、アヤメ科のハナショウブのようです。加茂花鳥園で「花菖蒲」と言われて、菖蒲と花菖蒲の違いは、花が咲いている時の菖蒲が花菖蒲で花が咲いてなければ菖蒲なのか? ・・なんて思ったのですが、花菖蒲がアヤメ科のもので、加茂花鳥園で植わっているものはアヤメ科の花菖蒲なので、そういう表現がされたようです。
  カリンというと、カリンのど飴のカリン・・・と思いがちですが、床柱に使われるカリンて、カリンのど飴のカリンか・・・と実は最初は思ったのですが、これも違う。カリンにはバラ科のカリンとマメ科のカリンがあって、床柱に使われるカリンはマメ科のカリン、カリンのど飴のカリンはバラ科のカリンで、まったく別のもの。(株)一条工務店 では、床柱は「工場見学会に参加していただければ」という条件で黒檀集成材が「標準仕様」であるものを「ムクのカリンの床柱をサービス」とし、工場見学会では、黒檀を表面に貼って内部は何の木かわからない木の集成材の床柱とムクのカリンの床柱とを持ち比べてもらって重さの違いを実感してもらう、ということをやっていて、一般に、ムクのカリンの床柱はムクの紫檀・ムクの黒檀に比べると値段は少々安かったのだが、《ウィキペディアーカリン(マメ科)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E3%83%9E%E3%83%A1%E7%A7%91) を見ると、《 材木として利用されるために伐採が続いており、違法な伐採が行われている地域もある。また、開発により自生地の環境が脅かされている。ベトナムの個体群は300年前に絶滅し、スリランカで行われた大規模な調査では本種は見つからなかった。マレー半島の個体群は絶滅した可能性が高い。インド、インドネシア、フィリピンの個体群も減少している。ニューギニアに残る本種最大の個体群も、深刻な伐採にさらされている。国際自然保護連合のレッドリストでは絶滅危惧にランクされている。》とあり、カリン(マメ科)は決していっぱいあるわけではないようだ。
※《ウィキペディア―ハナビョウブ(アヤメ科)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%96
《ウィキペディアーショウブ(サトイモ科)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%83%96
《ウィキペディアーカリン(マメ科)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E3%83%9E%E3%83%A1%E7%A7%91) 
《ウィキペディアーカリン(バラ科)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E3%83%90%E3%83%A9%E7%A7%91)

  ところで・・・、「ミニブタ」は豚とは違うのだろうか? 豆柴は柴犬とは違うのだろうか? ・・・て考えたことありませんか。
  《ミニブタを飼いたい! と思ったら知っておきたい10のこと(前編)》https://mag.anicom-sompo.co.jp/10602 によると、《 ミニブタは品種ではなく、小型の豚の総称。成長した時の体重がおよそ100kg以下のブタの仲間がミニブタと呼ばれています。品種でいうと、ポットベリーやゲッチンゲンなどが該当します。・・》だそうで、《本当に小柄で20kg台の子もいれば、100kg近くになることも。同じ品種でも個体差が大きく、またどこかで他品種との雑種となっている可能性もあり、成長した時の体重が読みにくいのです。20kg程度なら中型犬の大きさですが、100kgとなると成年男性の平均体重も超えてしまいます。》ということで、20㎏くらいならペットとして飼えても、100㎏にまでなられたあかつきには、もう、まるまるブタやんけ・・・そこまで太ったらもう、食うてまうぞお・・て感じ。
  豆柴はというと、《富士野荘 豆柴とは? 成犬時の大きさ、価格、血統書、選び方など》https://www.mame-shiba-inu.com/what-is-mame-shiba-inu-dog/ によると、《豆柴とは、小型の柴犬です。近代になって、誰かが作りだしたと言うものではありません。豆柴の先祖を辿ってみれば分かることですが、どこか特定の犬舎だけにたどり着くことはありません。・・こうした柴犬の中に大昔からいた小型の柴犬を、現代の住宅事情や室内犬としての需要に応じて、改良・繁殖したものが豆柴です。》

  ブタ人間というのは豚なのか人間なのか。イヌ人間というのは犬なのか人間なのか。 人間について、「ブタ」と言う時、それは、消費にしか関心がない、人間としての矜持を失った人間のことを言う。職場においても、自分の収入が増えるならそれでいい、それ以外には何の関心もないような人間を、「ブタ」と言う。ブタと言うからには、おそらく、人間ではなくブタなのだろう。 単に、デブのことをブタと言う場合もある。
  人間について、「イヌ」という場合、これは2通りの意味がある。
  1つは、権力・体制に喜ばれようと、反権力側の者に、職場においては経営者に喜ばれようとして従業員のため会社のためを思って発言・行動する者に向かって、指示されなくても、ワンわんワンわんワンわん・・と吠えかかることで、自分だけ経営者に好かれようとするヤカラのことを言い、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ などには、このタイプの男というのが、わんさといた。そんな人間を大事にするのが会社のためとは思えないのだが、そういう人間というのかイヌを大事にしたがる経営者というのがいる。(株)一条工務店の経営者というのはそういう人間が大好き、(株)一条工務店はそういう人間が大好きな経営者の会社だった。
  もう1つの意味としては、「常に人間を序列化して自分を下から2番目の位置に置きたがるやつ」のことを「イヌ」と言う。これは、岩井志麻子という作家が書いていたのを見て、なるほど・・と思ったのだが、そういう人間、独立自尊の精神に欠けるやつがいる。 私と同じ小学校・中学校から同じ北野高校に行って、私より先に慶應大学の経済学部に行ったS本という男がいたのだが、今から考えると、こいつは、この2番目の意味での「イヌ」だった。こういうタイプの男とは、もしも、つきあおうとするなら、そいつを自分より下に扱ってやらないといけない。もしも、対等の立場、同じ立場でつきあおうとするならば、「この相手は自分を同じ立場としてつきあおうとする人間だということは、こいつは自分よりも下に置くべき存在だ」と考えるようになる。そうされたくなければ、このタイプの男とつきあう場合は、そいつを必ず、自分より下だという扱いにしてやらないといけない。人とつきあうのに上だとか下だとかいうことでつきあいたくない、特に小学校の時から知っているような相手とは同じ立場でつきあいたいと思っても、イヌとはそういうつきあい方はできない。もしも、相手を自分より下の扱いにするということが嫌ならば、そんな相手とはつきあわないようにするしかない。だから、私はS本とはつきあわないことにした。小学校・中学校・高校と同じ学校に行った人間であり、「つきあわないことにする」というのは悲しいと思ったが、しかたがない。常に人を序列化して考える思考が抜けない人間であり、ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』の中で、友を持つことができない人間として述べている人間でもある。白土三平『カムイ外伝』には、「人は生まれ変わるが、イヌは死んでもイヌ」とカムイが言う言葉が出ている。たしか、S本は慶應大経済学部を卒業した後、兵庫県の職員に就職したと思ったが、おそらく、今でも「イヌ」であろうし、死んでも「イヌ」であろう・・と思う。そういうヤツというのは他にもいるかもしれない・・・。 S本みたいな「人間を序列化した上で自分を下から二番目に置きたがるヤツ」というのは時々いるのだが、そういうイヌというのは、F=ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』で「友を持つことができない人間」と指摘しているタイプの人間であるが、「慶應心理学」はそういう人間のことを「独立自尊の精神がある」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか「診断」するようである。
  「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直ってあなた達に噛みついてくるであろうから」と『新約聖書』「福音書」にイエスの言葉が載っているが、まさにその通りである。イヌやブタには「聖なるもの」をやるべきではない。おそらく、それらを足で踏みつけにし、向き直って噛みついてくるであろう。ジャン=ジャック=ルソーは『エミール』において、教育の目的として、「自分は自分で守らないと誰も守ってなんてくれないぞ」ということを教えることができれば、その教育は正しい教育だ、ということを語っている、という話を慶應大学の「近代思想史」という講義で聞いたのだが、それで、『エミール』を実際に読破しようとしたのだけれども、なにしろ、岩波文庫で3分冊、それも1冊が相当分厚い本で3分冊で、途中で挫折してしまったのだが、大学の先生が講義の中で言われたことだから、そう無茶苦茶ではないだろう、おそらく、そういうことをルソーは述べていたのだろう。しかし、それは間違ってはいないとは思うが、「自分は自分で守らないと誰も守ってなんてくれないぞ」ということ、というのは、それは学校という所で教える・学ぶということはあって悪いということはないが、むしろ、学校という所でではなく、実際に人生を生きてみて、それで、学ぶことではないかと思うようになった。「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直ってあなた達に噛みついてくるであろうから」という文句は、(株)一条工務店やその他の勤務した会社において、おのれの骨と肉のきしみによって実感として学んだ。別の見方をすると、イヌ・ブタに「聖なるもの」をやるような行為をずいぶんとやってしまった、ということだ。アホと違うか・・というと、アホかもしれない。遠山啓は『教育問答 かけがえのないこの自分』(太郎次郎社)において、父親のない子供は父親から世間知というものを学ぶことができないので、自分自身で人生において何度も痛い目にあって世間知を身につけるしかなく、その点で父親のない子供は不利だと書いていたが、私の場合は父親はあったが、息子には巧妙・卑劣な策謀を弄する男だったが、よその人間に対しては「世間知」というものがない父親、よその人間には無茶苦茶おぼこい男だったので、父親から「世間知」というものを学ぶことができず、自分自身で痛い目に何度もあって、「おのれの骨と肉のきしみで」覚えてきた。父親から「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな」と教えられて学んできた人も世の中にはいるのではないかと思うが、うらやましい限りである。上記の「ブタ」、「イヌ」2種についても、把握できている父親から学べた息子はうらやましい。
〔  職場には、ほかにも、「ひまわり」(別名「長嶋みたいなやつ」)とか、「草」(普段は、一般従業員として勤務しているが、何かの際に上役に「情報」を送ることで優遇されるやつ。)とか、妖怪変化みたいのとかいっぱいいる・・・。〕

 花菖蒲というと紫色・・という印象があったが、そうと限らないらしい。↓ 
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  加茂荘 加茂花鳥園の入口を入り、土産物などを置いている建物を突っ切って出た所に広がる花菖蒲園の中ほど左側に加茂家住宅の入口の長屋門があります。↓
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↑  加茂家住宅の外側、花菖蒲園の側から見たもの。
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↑ 加茂家住宅の内側から見た長屋門

  「門」というと、東京の浅草の雷門とか、東大の本郷の赤門とかを思い浮かべますが、パリのエトワール凱旋門について、『地球の歩き方 パリ』(ダイヤモンド社)に「登って楽しい凱旋門♪」なんて書いてあったので、そんなの、登ってどないすんねん、合格発表の時に、東大の赤門によじ登って、「つくつくぼーし、つくつくぼーし♪」なんて鳴いてみせるとうけるか? うかつなことやって合格取り消されたりしては困るから、入学後に・・? 受験に成功したのか失敗したのか、なんか「変な人」扱いされる可能性があるからやめておいた方がいいかも・・・。それなら、パリのエトワール凱旋門は登っていいのか? ・・というと、いいのだ。なにしろ、パリのエトワール凱旋門(俗に言う「パリの凱旋門」)というのは、「門」とはいっても、一人前にひとつのビル、5階建てのビルくらいの大きさの建物で、中に入ることができて上に登ることができて、屋上からは四方八方に延びる街路とともにパリの市街が一望できる。なるほど、だから、「登って楽しい凱旋門」だったのだと納得。東大の本郷の赤門によじ登って「つくつくぼーし、つくつくぼーし♪」と鳴いて、「危ない人」と見られるのとは意味が違ったのだ。
  加茂邸の長屋門はパリのエトワール凱旋門ほどは大きくはないが、「門」といっても我が家の門扉なんてのとは違ってひとつの建物。「長屋門」とはうまく言ったもので、「門」とはいえ、ひとつの建物で、長屋みたいな門で、出入口の脇には門番さんの部屋がある。これまで、長屋門は何か所かで見せてもらってきたのですが、門番さんの部屋の内部というのを見る機会がなかなかなかったのですが、ここでは外側から見て右手の門番さんの部屋の内部を見学できます。↓
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  外側(花菖蒲園の側)から見て右手に門番さんの部屋がありますが、左側には、加茂家住宅を建てる時に大工さんが住んだ部屋があったらしい、と係員の方から聞いたが、左側にも部屋があったのでしょう。
※ 長屋門については、
旧高木家長屋門(東京都狛江市)[第347回]《旧高木家長屋門[狛江市立古民家園・下]と狛江駅前公衆便所・・じゃなく交番。遠州人のタクシー利用法》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201509article_2.html
旧近藤家長屋門〔東葉学園東葉門〕(千葉県船橋市)[第706回]《旧近藤家長屋門・「ゆらぎ地蔵」・ゆらぎ地蔵前の池跡と飯山満緑地公園の池(船橋市)。「飯山満」の由来。高層岩山マンションは横暴!》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201907article_3.html

  花菖蒲園の中ほどの左側(山側)に加茂家住宅があり、花菖蒲園の奥の方の左側(山側)に見える建物は、現地でもらった案内図では「古寺」と書かれている建物、かつては寺のお堂だったのかと思われますが、今は寺としては使用されていなくて、今回は、「第12回 『志戸呂焼・細井陶游』『石彫地蔵・土屋誠一』 二人展」が展示されていた建物があります。↓
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  そのさらに向こう側に神社らしきものが見えたが、地図で見ると、千勝神社という神社のようだ。

  温室側のトイレの小屋組みが和小屋組みだったのだが、この花菖蒲園の原野谷川の側の建物、現地でもらった案内図では「BBQテラス」と書かれた建物 ↓
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↑ この建物の屋根もまた、↓
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和小屋組みでできている。

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  ↑ この門は、倒れないように両側の支柱の柱を支えるべく、両側の支柱の両側に支えの柱を2本建てて、それに貫を通して固定しています。 子供の頃、近所の神社の石の鳥居は、2本の柱だけで立っているのを何ら不思議に思わずにその下を通っていたのでしたが、建築屋に勤めて、よく考えてみると、2本だけの柱で建物を支えるというのは難しいはずなのです。その2本を相当深く地中に埋めて掘立柱として支えているのか? そうでないなら、なぜ、倒れないのか?  神社の鳥居を見て回ると、↑ の門のように、左右の柱の両側に2本ずつ小柱が建っていて、左右の柱とその両側の小柱2本と3つにかけて貫が入れられている鳥居を見ることがありましたが、左右の柱だけで立っている鳥居というのも現実にあると思うのです。あれは、いったい、どうやって立っているのか?・・・これ、考え出すと、今晩、寝られなくなっちゃうね・・・。建築屋の仕事をしなければたいして気にならなかったかもしれませんが、気になりますなあ・・・。

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  ↑  遠くに見える左右につながっている線は、新東名高速道路です。 新東名高速道路ができて、東京―名古屋間に2本の高速道路ができても、それでも、けっして「すいている」ということはなく、あってちょうどくらいですが、新東名+伊勢湾岸道+新名神+名神 経由で行くと、東京―大阪間は、これまでの、東名+名神 よりひと回り距離を短縮できて時間も短縮できて、「なんとか行ける」という感じになりました・・・が、それでもやっぱり、東京都・千葉県から行くとすると、北は常磐道の いわきあたりまで、西は東名・新東名の浜松・掛川あたりまでで、それ以上は・・疲れる。
  内田康夫の「浅見光彦シリーズ」では、浅見光彦は青森とか金沢とか平気でクルマでぶっとばして往復するが、乗ってるクルマがソアラもしくは登場人物の「内田康夫」の所有するセドリックで、私なんかとは乗っているクルマが違うのかもしれないが、ごくろうさんて感じがする。 さすがに『遺骨』では山口県長門市まで行くのに、藤田編集長からクルマで行くことを勧められたものの、新幹線で新山口(旧 小郡)まで行ってレンタカーを借り、『鯨の啼く海』ではフェリーで那智勝浦まで行ったようだが、「浅見さ~ん、助けてえ」と女性から言われると・・というより、言われなくても、女性のためなら、取るもの取りあえず、ソアラでぶっとばして飛んでいくが、男から「浅見~、俺、殺人犯と間違えられそうだあ、助けてくれえ」と言われると、「警察に泊まってみるのもいい経験だよ」とか言うという、なんか、この男、女に対する態度と男に対する態度と、態度が全然違うやんけ・・・。 東京~那智勝浦~高知 のフェリーに一度乗ってみたい・・と思っていたのだが、ふと気づくと、浅見光彦も『平家伝説殺人事件』で東京から高知、『鯨の哭く海』で東京から那智勝浦まで乗ったフェリーはなくなってしまっていたようだ。
  それで・・、新東名高速道路+伊勢湾岸道+新名神高速道路ができたおかげで、東京―大阪間を往復する場合は、いくらかなりとも条件は良くなったのだが、又、加茂花鳥園は新東名高速道路の森掛川インターチェンジからクルマで片道5分ほどで、多少離れた場所から加茂花鳥園に行くのも便利になったのだが、加茂花鳥園から見た ↑ の景観としては・・、まあ、景観としては、ない方がいいだろうなあ・・・。

  次回は、加茂家住宅・・

※ 加茂荘 加茂花鳥園 http://kamoltd.co.jp/

  (2020.6.16.)

☆ 加茂荘花鳥園・加茂邸(掛川市)見学
1.「森掛川」I.C.より加茂荘花鳥園。温室と鳥舎。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202006article_2.html
2. 花菖蒲園と長屋門。〔今回〕
3.加茂家住宅(1) 正玄関、土間、大黒柱・梁、庭の池と亀島と花。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202006article_4.html 
4.加茂家住宅(2) 座敷、広縁・濡縁、廊下交差箇所の納まり。「差鴨居」「本鴨居」「胴梁」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_1.html?1594081790
5.加茂家住宅(3) 床の間 2か所。一般の柱と同材同寸法の床柱と長押の関係。床の手前の横の位置の付書院。きれいな襖絵。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_2.html
6.加茂家住宅(4) 加茂家住宅の神棚は「竈の神さま」なのか。「浜松流神棚」を他地域に押しつける一条の営業 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_3.html
7.加茂家住宅(5) 窓の格子。「理由のある」桟の作りと「理由のない」作り。味噌蔵・米蔵。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_4.html
日本の家 (2) 中部 - 藤井 恵介, 和田 久士
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建築用木材の知識 (これだけは知っておきたい) - 今里 隆
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鯨の哭く海 (祥伝社文庫) - 内田康夫
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《 「現在『遺書』と考えられている物は自筆だったのですから、書き置きであることだけは間違いないでしょう。しかし、それを遺書に使うはずがない。もし心中なさるとしたら、そのことをしっかり書いて、ご自分たちの意思を遺言として残したはずです。それにもかかわらず、お兄さんたちは亡くなり『遺書』を残した。これは矛盾以外の何物でもありません。そう思いませんか?」
 浅見の三段論法に、順子も仕方なさそうに「ええ」と頷いた。
「そう言われれば、それは確かに、そう思いますけど。でも、矛盾だとしても、兄たちは亡くなったのだし、一応、遺書・・・と思われる物はあったのですから」
  順子はどうしてもそこから抜け出すことができない。浅見はそのことに呆れるよりもむしろ感動を覚えた。人間はある出来事に直面すると、何が起こったのか自分の中で論理的に消化しようとする本能がある。そうして納得すると、今度はその論理で自己武装を施し、自分の内部から発生する疑惑さえ押さえつけてしまうらしい。捜査当局がそうなるのは分からないでもないが、家族までがその思い込みに陥ったことに、浅見は人間の弱点をまざまざと見る思いがした。》
《 「兄が心中したのは、現実です」
「それは違うでしょう。お兄さんが亡くなったのは事実ですが、心中であるのか、それ以前に自殺なのか、事実は分かっていません。そう断定したのは警察であって、断定がイコール事実とは限らないのですよ」・・・》
( 内田康夫『鯨の哭く海』2018.角川文庫 ) 

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