中田島砂丘見学【5/9】陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」。

[第859回]
  中田島砂丘は、陸側に樹木や草が生えている丘があって、海側に土だけの丘があると思ったら、どうも、その海側の「土だけの丘」というのは、(株)一条工務店が従業員・元従業員に払っておくべきカネを払わずに貯め込んだカネの一部を浜松市に「寄付」した300億円のカネに、他の遠州地域の会社も同調していくらか寄付をして、そのカネで人工的に造成した「防潮堤」と称するものだったようで、↓ の図に従えば、その「防潮堤」の海側の砂がこんもりともりあがった広場のような場所が本来の「中田島砂丘」らしい。
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  「砂丘」と言えば・・・鳥取砂丘♪・・と誰もが思い浮かぶのだが、ヤフーニュースを見ていたところ、鳥取砂丘も鳥取港の埋め立て地の設置や堤防で川からの砂の流れていく先が変わったからだかで砂丘がやせてきているという記事を少し前に見たような気がしたのだが、今、見つけることができない。
《ウィキペディアー鳥取砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%A0%82%E4%B8%98 には
《 鳥取砂丘には、3本の砂丘列が日本海とほぼ平行に走っている。天然記念物に指定される前までは、陸側の砂丘列から数えて、第一、第二、第三砂丘列と呼称していた。現在では逆に海側から、第一、第二、第三としている。これには、砂移動の減少が原因で陸側の砂丘列が消滅してしまった場合でも呼称に都合が良いよう、という理由がある。》
《 江戸時代に入ると、人間の側から砂丘に手を加えるようになっていく。1897年(明治29年)から陸軍歩兵第四十連隊の演習地として利用され、第二次世界大戦後までほとんど自然のまま放置されていた。1927年(昭和2年)の地元新聞(因伯時報)のアンケート結果によれば、鳥取砂丘は鳥取県八景に洩れており10位にも入っておらず、不毛の厄介者として扱われていたようである。戦後のある鳥取市長は砂丘について「木も生えないようなところは鳥取の恥部である」と述べている。戦後の食糧不足で、1953年(昭和28)に海岸砂地地帯農業振興臨時措置法が制定され、全国に砂防的造林が本格化し、砂丘開発が大規模に行われるようになった。
砂丘近辺の民家は砂丘から飛んでくる砂の害に悩まされていたため、防風林の植林が行われたが、これが観光資源かつ貴重な自然である砂丘の規模縮小や生態系の変化の原因となったため、防風林の面積を減らしながら地元住民との共生を図っている。もともとの砂丘の規模は防風林の植林以前よりは小さく、周辺には樹木が多く生えていたが、タタラ製鉄の燃料のためこれらを伐採した結果、砂丘が人為的に広がったという経緯がある。2000年代以降、夏季には猛暑の年が多く、その影響で防風林の立ち枯れが進んでおり、砂丘南側の道路が砂で埋まるなど、砂丘の砂の飛散に悩まされることが多くなっている。鳥取県では対策としてクロマツの植林に乗り出しているものの、成長が遅いため、対策が追い付いていない。》
と書かれている。 「鳥取砂丘」というと鳥取で一番の「売り物」「目玉商品」かと思っていたら、かつてはそうではなかったらしい。
  子供の頃、「小学〇年生」とかいう月刊誌を購読していたのだが、その付録に「世界一・日本一クイズ」というのがあって、「世界一・・の▽▽は?」というのがずらずら書かれていて、たとえば、「日本で一番大きな仏像は?」⇒「奈良の大仏」と書いてあったと思うのだ。千葉県の鋸山日本寺の大仏は、まだ整備されてなかったようだ。「世界一長い鉄道は?」⇒「シベリア鉄道」とか、そういうのが書かれていた。「世界一長い川は?」というのは、ミシシッピ川説と、ナイル川説・アマゾン川説があったように思う。「日本一長い川は?」も石狩川説と信濃川説があったように記憶している。なんで、2説以上あるんだ? その国に「忖度」したのか・・どうかはよくわからない。「日本一流域面積の広い川は?」なんてのになると、淀川には琵琶湖の面積を含めるべきか否か? 琵琶湖ほどではないとしても、天竜川というのは遡っていくとどこに行くかというと諏訪湖に行くようで、天竜川の流域面積に諏訪湖は含めるべきなのかどうか・・・。琵琶湖を流域面積に含めると、淀川は「長さ」では勝てないが「流域面積」だと圧勝するのではないか・・。 その付録のクイズ本に「日本一大きな砂丘は?」⇒「鳥取砂丘」と書いてあったように思うのだ・・・が、ところが、《ウィキペディアー鳥取砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%A0%82%E4%B8%98 には、
《 観光可能な砂丘としては日本最大で、一般に立ち入れない場所も含めると青森県下北郡東通村の猿ヶ森砂丘に次ぐ規模を誇る。》と書いてある。どうも、鳥取砂丘は二番目らしく、知名度は低いが青森県の下北郡東通村の猿ヶ森砂丘が一番大きいらしい。
※ 《ウィキペディアー猿ヶ森砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E3%83%B6%E6%A3%AE%E7%A0%82%E4%B8%98
  知名度という点では、鳥取砂丘に次いで知名度があるのは石川県の金沢市の海側、河北郡内灘町などの内灘砂丘が有名だが、これは「内灘砂丘」として知られているというよりも、「内灘闘争」で知られている・・・と言っても、おそらく「最近の若い者は」知らんだろうけれども・・、私もそれほどよく知らないのだけれども、内田康夫『砂冥宮』に登場するのを読んで思いだした。1960年代後半、私が小学校の低学年くらいの頃、新聞の一面に「内灘闘争」だか「内灘」だかいう大きな活字が出ていて、砂丘というのか砂浜というのかの写真が掲載されていたのを見た記憶がある。
  内田康夫『砂冥宮』によると、内灘砂丘は今では、砂丘を削り取ってそこを住宅地などにしているそうで、まったく砂丘が残っていないわけではないが、かつてに比べるとずいぶんと小さくなっているらしい。
※ 《ウィキペディアー内灘砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E7%81%98%E7%A0%82%E4%B8%98
砂冥宮 (実業之日本社文庫) - 内田 康夫
砂冥宮 (実業之日本社文庫) - 内田 康夫

  さて、陸側の丘を見ると、 樹木が植わっており、特に松の木が見られます。↑↓
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  戸建住宅建築業の業界に勤める前は、「松」というと、「松は松だろう」くらいにしか思っていなかったのですが、木質系の戸建住宅建築業の会社に勤めて以来、実は、松にも種類があって、特に日本で生えている松には、黒松と赤松がある・・ということを学んだのです。
  今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)には、
《 松の語源には色々あり、神のその木に天降るを「待つ」から転じたもとの説や、葉が二またに分かれている姿から「股」転じて「マツ」となった説、更に貝原益軒の「まつは、たもつの意、上略なり、久しく寿を保つ木なり」からきたとの諸説があるが、長寿や節操を象徴するものとして古来より尊ばれてきた。》
とあり、赤松(女松、雌松)と黒松(男松、雄松)との違いは、
《 赤松(女松、雌松ともいう)
 産地:本州、四国、九州屋久島まで各地に自生する低地性の樹で、松の中では質的にも量的にも代表的なものである。
 岩手県の南部松、福島県の津島松、宮崎県の日向松が有名である。長野県の霧上松、九州霧島山系の霧島松は数少ない高地性のものである。
 常緑高木で樹高40m、直径1.5~2mにも達する。
 性状:辺材は淡黄白色。心材は帯黄淡褐色で心辺材の区別がやや不明りょうである。
 木理はおおむね通直で肌目はあらい。大きな生節が多く、やにつぼもしばしば見られる。青変が出やすく特に辺材に多い。脂気が多く比較的重硬で力強く、弾力もある。保存性は中くらいであるが水中ではきわめて高い。
 用途:主に構造材、屋根下地材、床下地材、松ぐいなどに用いられる。
 良材は造作材、建具材にも使用される。》
《 黒松(男松、雄松ともいう)
 産地:赤松と同様、北海道を除く全国海岸地帯に自生し内陸部には非常に少ない。熊本県の茂道松、宮崎県の穆佐松(むかさまつ)などが有名で、その他 千葉県、島根県、静岡県にも良材が産するが、現在では量的にすくなくなっている。
 性状:辺材は帯黄白色、心材は淡褐色で心辺材の区別が不明りょうである。一般に赤松より辺材部が多い。
 木理はおおむね通直で肌目があらい。赤松に比し重硬で、樹脂多く、大きな生節ややにつぼが出やすい。力の強い材であるが辺材は特に青変が起きやすい。未乾燥材では樹脂がしみ出しやすい。
 用途:赤松とほとんど同様である。》 とある。
  同書では、針葉樹を(1)杉、(2)松、(3)檜 に分けて記載しているが、松には、赤松・黒松の他、唐松(落葉松)、栂(ツガ、トガ)、栂椹(トガサワラ)、蝦夷松(エゾマツ)、姫小松・五葉松、樅(モミ)が記載されている。
建築用木材の知識 (これだけは知っておきたい) - 今里 隆
建築用木材の知識 (これだけは知っておきたい) - 今里 隆
  赤松・黒松の「赤」「黒」というのはどこを言うかというと、葉はどちらも緑であり、木材としては赤松・黒松ともに《辺材は帯黄白色、心材は淡褐色》であり、樹皮の色のことを言うらしい。そんなに違うのか?・・なんて思っていたのだが、今となっては20年近く前だが、東京都世田谷区の九品仏(くほんぶつ)浄真寺に行った時に、黒松が植わっていて、見ると本当に樹皮が黒かったのだ。 その後、赤松の方は、岐阜県高山市の村山天満宮 の向かいの「国府町保存樹」の赤松は樹皮がはっきりと赤いのを見て〔⇒[第280回]《村山天神(高山市国府町)3。浸透桝で雨水処理。赤松は赤い。何度もかかってきた電話を無視して帰宅する男》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html 〕、なるほど、赤松は樹皮が赤く、黒松は樹皮が黒いんだあ・・・とわかったのだが・・、しかし、東京都世田谷区の九品仏(くほんぶつ)浄真寺の黒松は見ただけではっきりと樹皮は黒かったし、岐阜県高山市の村山天神の前の「国府町保存樹」の赤松も見るとはっきりと樹皮は赤かったのだけれども、黒か赤かはっきりとわかる松もあるけれども、はっきりとどっちとわかるものばかりではなく、これはどちらだろうかと判別に迷うものもある。
  中田島砂丘の陸側の丘に植わっている松も、現地では樹皮は赤っぽいように思い、赤松かな・・と思ったのでしたが、今、↑の写真を見返すと、赤っぽいように思える樹皮のものもあれば、黒っぽいように思えるものもあって、結論に困る。 特に、今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)を読むと、黒松は《全国海岸地帯に自生し内陸部には非常に少ない。》とあり、黒松は《産地:赤松と同様、北海道を除く全国海岸地帯に自生し内陸部には非常に少ない。熊本県の茂道松、宮崎県の穆佐松(むかさまつ)などが有名で、その他 千葉県、島根県、静岡県にも良材が産するが、現在では量的にすくなくなっている。》と記載があり、この中田島砂丘は「海岸地帯」であり「静岡県」であることを考えると、黒松が生えていても悪くないようにも思える。・・もしかすると、両方、植わっているのかもしれないけれども・・。

  さて、この「陸側の丘」に生えている松、黒松なのか赤松なのか、黒松と赤松の両方が植わっているのか、判断が難しいのだが、これは自然に生えているものなのか。それとも、防風林として植えられたものなのか。あるいは、防風林として最初は植えられたが、その後、自然に増えたのか。

 (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ では、最上階の小屋組みに、松丸太梁を「しばりに入れる」という交差させて入れるということをしていたのだが、その松は「何松ですか?」と福島県いわき市の営業所にいた時に見込客からきかれたことがあった。
 (株)一条工務店が用意してお客様に配っていた「パブリシティー広告集」に掲載されていた「記事」には「黒松」と書かれていたのだが、そこに活字として書かれているからにはそうなのだろうと思って「黒松らしいです」と話したところ、「こういうところで使う松は、黒松じゃなくて赤松じゃないとだめなんだよね。なんで、黒松を使うんだろう?」と言われて、「え? そうなの?」なんて思った・・ということがあったが、今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)の ↑ の文章を読んでも、赤松はいいが黒松はだめとは書かれてはいない。用途も赤松は《用途:主に構造材、屋根下地材、床下地材、松ぐいなどに用いられる。良材は造作材、建具材にも使用される。》で、黒松も《用途:赤松とほとんど同様である。》とある。 他に、岡野健(たけし)『木材のおはなし』(1988.2.29. 日本規格協会)を見ても、上村武『棟梁も学ぶ木材のはなし』(1994.2.28. 丸善)を見ても、菅原 聡『人間にとって森林とは何か―荒廃をふせぎ再生の道を探る』 (1989.9.20. 講談社ブルーバックス)を見ても、あるいは、いわき市在住の大工である吉田正毅(せいぎ)さんの著作『棟梁が語る家造り』(1993.11.10.改訂版 連合出版)を見ても、森谷春夫『大工棟梁の知恵袋』(1994.8.22. 講談社 +α(プラスアルファ)文庫 )を見ても、赤松は良くて黒松はだめ・・と書かれたものは見当たらない・・・けれども、お客様の爺さんが「松は赤松はいいけれども、黒松じゃだめなんだよね」と言うからには、実際にどうであるかにかかわらず、そのお客様にとってはそういう認識だったのだろう。
木材のおはなし (おはなし科学・技術シリーズ) - 岡野 健
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人間にとって森林とは何か―荒廃をふせぎ再生の道を探る (ブルーバックス) - 菅原 聡
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棟梁が語る家造り―損な買物をしないために - 吉田 正毅
棟梁が語る家造り―損な買物をしないために - 吉田 正毅
  ・・・で、それを、黒松じゃなくて赤松にしてくださいなんて言ってもそうしてもらえるものではないし、うかつに(株)一条工務店でそういうことを言うと、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うならエスバイエルに行けよお」とエスバイエル(株)なんか何の関係もないのに言われる可能性が大きいので、うかつなことは口にできない。・・小堀住研(株)のいいところと思ったのは、新卒社員研修の時に「もし、わからないことがあったなら、課長かそれとも、その問題の担当部署に問い合わせて理解しておく。決してわからないままにしておかない。お客様から質問されたなら、いいかげんなことをでまかせで答えるようなことは決してしてはならない。もし、自分がわからないことであったなら、『申し訳ありません。それはわかりませんので、調べてご連絡いたします』と答えて、課長にきくか、担当の部署に問い合わせるか、自分自身で調べるかした上で1週間以内にきっちりとしたものを答えるようにする」と教えられたもので、配属された営業課の課長のUさんからもそう言われたし、Uさんは質問すると答えてくれた。但し、すべての営業課長がそうだったわけではないらしく、同じ年に入社したM田(男。明治学院大卒)が配属された船橋営業所の課長のFさんに質問したところ、Fさんから「おまええ~え。そんな難しいこときくなあ~あ」と言われた・・・と言っていたので、たぶん、Fさんはその時、質問されたことについて知らなかったのだろう。もっとも、新卒入社した人間というのは、課長といった役職をもらった人なら、何でも知ってるのだろうと思って質問するが、質問される側に立ってみると、そんなもん、「何でも知ってる」わけないわけで、知らないことだってあるわけだから、「おまええ~え。そんな難しいこときくなあ~あ」と言いたい時だってあるのかもしれない。しかし、小堀住研(株)では質問して悪いと言われたことは一度もなかった。それに対して、(株)一条工務店という会社は「質問するとよくない会社」だということが入社して1年、2年経つと骨身にしみてわかった、わからされた。何か、質問すると、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うならエスバイエルに行け、エスバイエルに」と言われるのだ。エスバイエル(株)なんか全然関係ないのに。だから、(株)一条工務店ではうかつに質問できない。ある見込客の爺さんから「梁には赤松が良くて、黒松じゃだめなんだよな」と言われたのだが、(株)一条工務店では「パブリシティ広告集」の冊子に「黒松」と書かれていた記事があって、他に記載されたものはなく、私より前から在籍している従業員に訊いても誰も知らなかった。営業本部長の天野隆夫なんかに訊いたならば、「エスバイエルに行けよ、エスバイエルに」とエスバイエル(株)なんか全然何の関係もないのに言われるというのは目に見えていたから、そういう相手には訊いてはならない。・・・で、結局、今に至るまでよくわからない。
  とりあえず、見込客から「赤松ですか、黒松ですか」といったことを訊かれた時には、「黒松」と答えて、それから「黒松じゃだめなんだよ。赤松じゃないと」と言われても、だからといって、そのお客様の家だけ赤松にするというわけにもいかないから、「日本の松のようですが、どうでしたかねえ」とか曖昧な返事をして逃げた・・のだが、できれば、きっちりとした答え方をしたかったが、(株)一条工務店という会社にいる以上は、きっちりとした答えは無理だとあきらめた。
  そもそも、「パブリィティ―広告集」には「黒松」と書かれていたのだけれども、そこに記載されていた「黒松」というのが正しいのかどうかもよくわからないし、その時点では「黒松」であったとしても、後に変わったかもしれないし、「黒松か赤松かまで考えてない」かもしれない。「パブリシティー広告集」に掲載されていた「業界紙」の記者が書いていたことがすべて正しいという保証はない。ましてや、業界紙の記者にその時の(株)一条工務店の担当者が答えた内容が正しいという保証はない。
  又、そのお客さんの爺さんは黒松はだめで赤松じゃないとだめなんだ・・という知識をどこかで仕入れてきたらしいが、その知識が正しいのかどうかもわからない。科学的知識ではなく「その地域の言い伝え」というものの可能性もある。 今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)には、《檜は古来より最良の建築材として評価され、特に神社仏閣や貴族の邸宅に重用されてきた。》 《 檜を使用した歌舞伎や能楽などの舞台を「檜舞台」、檜造りの建物を「檜普請」と称し、また、人生における晴れやかな場所をも「ヒノキ舞台」と言われるように、檜は最高のものの象徴であり、檜を使用することが正統で格調高いものとされたのであろう。》と書かれているのだが、片方で《 檜の名の由来は一説には、この木をすり合わせたり、きりをもんだりして火を生じたので「火の木」すなわち「ヒノキ」となったと伝えられ、事実、発火用材に使用されたという。》とも書かれており、福島県いわき市の営業所にいた時、同じ営業所の人が青森県で建てるお客様に契約していただき、青森県に上棟に行った時には、青森県の人からは檜(桧、ひのき)はあまり良くないように言われ、むしろ、「青森ヒバ」が言いと言われた・・というのだが、そのあたりについては、檜(桧、ひのき)という木は日本列島の北は福島県、南は台湾の中部までの地域で生える木であって、青森県では桧は生えておらず、青森県ではヒバが特産であり、檜(桧、ひのき)・ヒバはともにヒノキチオールという物質を含んでいて、このヒノキチオールを白蟻が嫌うことから、白蟻に強い木材とされているのだが、ヒノキチオールの含有量は檜(桧、ひのき)よりも、むしろ、ヒバの方が多いらしく、その点ではヒバの方が白蟻により強いという長所があると考えてよさそうで、檜(桧)とともにヒバもまた高い評価を得ている木であるのだが、まあ、そんなことよりも、地元で採れない木と地元の特産の木では、地元で採れる木の方をいいように言いたい・・というのは人情であろう。青森県では「檜(桧、ひのき)は火の木で、檜(桧、ひのき)を使って家を建てると火事が起こる」とか言ったりもすると聞いたが、それは、地元で採れない木ではなく地元で採れる木の方をいいように言いたいということがあったのではないかな・・・。 「赤松だといいんだけど、黒松ではだめだと言うよ」といういわき市の爺さんの話も、もしかすると、青森県の人が檜よりもヒバの方がいいんだと言うような、その類の話かもしれない・・が、そのあたりについてはよくわからない。
  小堀住研(株)は「大卒しか採らない会社」と言っていたけれども、実際に入社してみると高卒の人がけっこういたのだが、「大卒しか採らない会社」と言うだけあって、嘘・デタラメを言うのを得意としていて、それが営業だと思っている営業というのは少なかった・・のだが、(株)一条工務店の場合は営業本部長の天野隆夫が「営業はアタマのないやつがええんや、頭のないやつが。ぼくなんかでも、学校出てない(最終学歴:中卒)だから、だから、気さくで人間味があって、それで誰からも好かれるんだ。おい、そう思うだろ。思いますと言え」と言う人で、そうやって無理矢理「思います」と言わされるという会社だった。無理矢理「思います」と言わせて何が楽しいのかと思うのだが、無理矢理言わさないとおれない人だった。
  そして、小堀住研(株)では「住宅の営業というのは、お客様の相談に乗りそれに対応しなければならないのだから、まず、住宅についての知識がないといけない」と言われ、「新入社員はまず住宅についての知識を身に着けることが大事」と言われたのだが、そして、私はこれはその扱っている商品の内容や客層によって多少の違いはあるとしても、基本的にはどこの住宅建築業の会社においてもあてはまることであろうと考えたのだったが、ところが、(株)一条工務店では営業本部長の天野隆夫が「営業に知識なんか関係ないで。知識みたいなもん、なくてもいっこうにかまわない。住宅の知識なんて何の関係もない」と言っていた。実際にはそうでもなく、1990年代、福島県いわき市の営業所にいた時には、「☆☆さんが契約してもらえそうでしてもらえないというお客さんが多いというのは、それは、知識がないからですよ。知識がない営業だからお客さんが契約していいかどうかためらうんです」と言われていた営業さんもいた。但し、住宅について、こんなこともできるんですよお・・といったことを話すと、結果として、いろいろなことができる比較的延べ床面積が広い家を建てるお客様に契約してもらえることがあるが、他方で「木南さん」(仮名)が得意としたような延床面積20坪前後のお客様の契約はそれが原因で逃してしまうことになる可能性もあった。(株)一条工務店は延べ床面積50坪くらいの契約も延べ床面積20坪のお客様の契約も1棟の扱いとして同じ評価にしていたのだが、本来、会社にどれだけの利益をもたらせたかと考えると、「粗利(あらり)」で見ると、延べ床面積20棟の契約と延べ床面積50坪代の契約なら、後者の方が多くの利益をもたらせていたはずなのだが、ところが、延べ床面積20坪を得意としていた人というのは「私なんか、オプション全然ない家ばっかりですよ」とそれを得意にしていたが(それは「全然ない」というよりも、延べ床面積20坪の家にはオプションなんてほとんどつけようないのだが)、オプションの分はお客さまは(株)一条工務店にその代金を払っているのであり会社はその部分についても利益を得ているわけであり、オプション何にもなしの家ばっかり契約しているというのは、オプションの分の利益を会社にもたらせていないということであり、それは得意にすることと違うはずだが、なぜか得意にする人は得意にするようだった。(株)一条工務店は小堀住研(株)と違って「変わったことをやるのを嫌がる会社」だったので、あまり、様々なことをお客様に話してしまうと「変わったこと」をやらなきゃならなくなってしまい対応できない場合が出てくる可能性があったのだが、そうであったとしても、何ら話ができない営業だと、「小さいオプションなんてつけようがないような家」しか契約してもらえなくなり、1棟あたりの「粗利(あらり)」が少ない家の契約しか取れないことになる。
  しかし、それにしても、「営業に知識なんか関係ないで。知識みたいなもん、なくてもいっこうにかまわない。住宅の知識なんて何の関係もない」というようなそういうことを言う人が(株)一条工務店では営業本部長になっていただけに、そういうタイプの営業がいて、お客様にもデタラメを言うのを得意としていた人がいた。私などは「言い間違い」や「記憶違い」で不正確なことを言ってしまったということは時にはあったかと思うが意図的に嘘を言うようなことはしなかったはずだが、そうではなく、意図的に嘘を言う営業というのがいた。そういう「浜松流」はいいことないと私は思ったが、「売れない営業のグチ10箇条 浜松流はここにいは合わない」などと印刷したものを送りつけてきて、「嘘つき営業」を全国に押しつけようとする者がいる会社だった。松丸太梁にしても、お客さんが「赤松じゃないとだめなんだよな。黒松ではだめなんだ」と言うようなら、「そうですか。うちで使ってるのは赤松です」と実際には黒松なのか赤松なのか知らないのにデマカセ言うやつというのがいたのではないかと思う。そういう人間が営業本部長の天野隆夫が好むタイプの営業なのだが、私はそういうデタラメ言うやつというのは好きではない・・が、こういうことを口に出してしまうと、「そんなこと言うならエスバイエルに行け、おまえはあ」と営業本部長の天野隆夫から言われることになる。そこではエスバイエル(株)なんか何の関係もないのに。
  小堀住研(株)の研修では「お客様からきかれたことについて、自分ではわからないという時に、デタラメ・デマカセを言うということは絶対にしてはいけません。信用をなくします。そうではなく、『それは私は、今、わかりませんので調べてお答えいたします』と言って、すぐに課長にきくか、その問題の担当部署にきくか、自分で調べるかした上で、きっちりとしたことを1週間以内に返答するというようにしてください。決して、わからないものについていいかげんなことを言ってはいけません」と教えられた。又、「世の中には、いいかげんなことを言ってだますのが営業だというような、そんな営業もあるかもしれないけれども、小堀住研の営業はそういう営業とは営業が違うから」とも言われた。「契約前に見込客から、お宅ではこういうことはできますか」ときかれたなら、できるものはできる、できないものはできないときっちりと答えないといけない、決して、できないものをできますと言って契約を取るようなことはしてはいけない、と教えられた。私はそれは小堀住研(株)という会社においてはそうであっても、戸建住宅建築業の会社でも他の会社ではそうではないというものとは思わず、これは小堀住研(株)であてはまるとともに、(株)一条工務店においてもあてはまるものであるはずだ・・と思い込んでいた。ところが、(株)一条工務店の営業本部長で東京営業所長の天野隆夫はそうは考えていなかったようで、「おまえ、そんなこと言うならエスバイエルに行け、エスバイエルに」と言うのだった。(株)一条工務店では違うのか?・・というと、1993年、営業本部長の天野隆夫から「お客さんが契約前に、『こういうことはできますか』と言ったなら、契約前には何でも『できます』と言って契約すればいいだろうが。それで、いったん契約したなら、『それは、うちではできませんから』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。何、考えとるんじゃ、おまえはあ~あ!」と言って怒鳴りつけられた。これは大変、ショックだった。えらい会社に入社してしまったものだ・・と思った。こんな会社に勤めていいのだろうかと思った。そもそも、「何、考えとるんじゃ、おまえはあ~あ!」と怒鳴りつけられなければならないのは営業本部長の天野隆夫の方であろう。そして、たしかに、天野隆夫が営業やったことがあるという浜松地域においては、その類の営業、そのタイプの営業が多いようだったが、それでも、それはあくまでも「天野隆夫の営業のやり方」であって、浜松からある程度以上離れた地域の営業の場合は、誰もがそんな営業のやり方をやっているわけではなかった。だから、営業本部長の天野隆夫は「一条には一条の営業のやり方があるんだから」と言って、「見込客に嘘をつく営業」「見込客から契約前に、『・・はできますか』と尋ねられると『できます』と言って契約させた上で、『うちではそれはできませんから』と言って『適当に建ててしまう』というやり方の営業」を「一条工務店の営業のやり方」と言うのだったが、それはあくまでも「天野隆夫のやり方」もしくは「浜松流の営業のやり方」であって、浜松から離れた地域においては、事実として、そんなやり方の営業ばかりではなかった。だから、天野隆夫が「一条工務店のやり方」と言っていたやり方というのは、やはり、(株)一条工務店においても住宅営業としては邪道の営業のやり方であったはずである。
  「天野隆夫タイプの営業」「浜松流の営業」ならば、そのお客様が黒松ならいいと思っているか赤松ならいいと思っているかを見て、黒松がいいと思っているなら「うちの松丸太梁は黒松です」と言い、赤松がいいと思っておれば「うちの松丸太梁は赤松です」と答えるか、もしくは、お客様が赤松ならいいと思っているのなら、「それなら、◇◇様のお宅には赤松の丸太梁を使うようにします」と答えて、実際には、製材された木を見て黒松か赤松かなんて見てわかる人間なんてあんまりいないのだから、黒松を使っていても「◇◇様から言われましたので、◇◇様のお宅には赤松の丸太貼りを届けるようにしました」といいかげんなこと言うか。そういうのを得意にするのが営業本部長の天野隆夫と「浜松流」だった・・・が、私はそういうやり口はあまりいいとは思わない。そういうことをやっているということがわからないかもしれないが、たとえ、わからなくても、私はそういうことはやりたくない・・・という方針でやってきた。たとえ、八百長やるやつがいたとしても、私はやらない。八百長で勝つやつがいたとしても私はやらない。今は昔、若の鵬が「週刊現代」に書いていたが、琴欧州がカド番の時に、陥落しないように星を買いまくったら、買いすぎて全勝優勝してしまったという時があったが、その時、琴欧州から依頼された恵那桜が稀勢の里に負けてくれといくら頼んでも稀勢の里は断り、最後、「800万円だしますから」と言うと、「うるさ~い! 向こう、行けえ!」と稀勢の里は怒鳴りつけたそうで、それを見て、若の鵬は東西の支度部屋の境目の所に行って、琴欧州に「あれは無理だよ。先生(中盆の恵那桜)、かわいそうだよ」と言い、それで琴欧州はあきらめて稀勢の里には実力で勝った・・そうだが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫の教えることをきくと、「うるさ~い! 向こう行けえ!」と言ってやりたくなる。
  浜松の営業は「営業のやり方を教えてやる」などと言ってそういうやり口を非浜松地域の営業に教えたがるのだが、そして、非浜松地域の営業が、そんなやり方ではだめだと思うと、「売れない営業のグチ10箇条 浜松流はここには合わない」などとけっこう高そうな材質の素材に書いたものを全国の営業所(展示場)に送りつけてきて、それを壁に貼っておけなどと言うのだった・・・が、やっぱり、「浜松流」は浜松では合うのかもしれないが非浜松地域には「合わない」と考えるのが正しい。それぞれの地域に沿ったやり方をやるべきであり、浜松流嘘つき営業は、浜松の人はそんな営業を喜ぶのかもしれないが、箱根の関より東、鈴鹿の関・不破の関より西の人間はそんな営業を喜ばないと思うぞ。
  その後、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の「本社」から、「あなたが営業をやる上において心がけているものを教えてください」というアンケートがきたので、「浜松流はここには合わない」と書いて送り返してやった・・。だって、実際、浜松以外の地域には合わないんだもん、そんな「嘘つき営業」・「騙す営業」なんて。
  それから、1992年8月に、同年4月に新卒入社して浜松の営業所に配属された小野田くんという男が、本人の希望で東京展示場に転勤してきたのだが、浜松の営業所に配属してもらって入社5か月で通算契約ゼロ棟の小野田くんの口から「営業のやり方を教えてやる」という文句をずいぶんと何度も聞いたのだが、小野田くんは自称「平松所長の直弟子」だったが、浜松営業所の所長の平松さんの隣の席に座っていたらしいが、しかし、たとえ、隣の席に座っていても、「通算契約棟数2位の人」と「通算契約棟数2位の人の隣の席に座っていた通算契約棟数ゼロ棟の男」とは同じではないと思うのだが、同じではないと認識できていないようで、「営業のやり方を教えてやる」と何度も何度も叫ぶのをずいぶんと耳にしたものだった・・・が、もしも、私が平松さんの立場なら、所長としてまず教えないといけないことは「通算契約棟数全国2位の人間」と「通算契約棟数全国2位の人間の隣の席に座っていた通算契約棟数ゼロ棟の人間」は違うんだぞ・・ということではないかと思うのだが、それを教えることができない平松さんは、他の点については別としてその点については評価できないし、その点については評価したくない。

  松丸太梁というのは、天井を貼らずに吹き抜けにして、松丸太梁が見えるようにすると、けっこう風情があっていいのではないか・・と思ったのだが、(株)一条工務店では「松脂が落ちてひどいから」と言って、天井を貼らずに松丸太梁を見せるということはしなかった。もうひとつ、米松(べいまつ)(ダグラスファー)の角材の梁にはしていなかったが松丸太梁には、最初はCCA、後にACQという薬剤を加圧注入して使用していた。CCA、ACQを注入すると緑っぽい色がついたので、それで、丸太梁を見せるとなるとその緑色も見えることになるという問題があった。何の為にCCA、ACQを注入していたかというと、土台・柱・筋交い(すじかい)・大引き・根太・床束の場合は腐り・白蟻防止だが、松丸太梁の場合は、松食虫の被害を防ぐためだったらしい。 緑っぽい色が見えてもいいから、丸太梁が見える所を1か所くらい設けても悪くないようにも思ったのだが、「松脂がいっぱい落ちて大変なことになりますよ」と言われたのだった・・・が、小堀住研(株)では意図的に梁が見える施工にすることがあって、特に松脂がいっぱい落ちるなんてことはなかったのだが、なぜ、(株)一条工務店では松脂がいっぱい落ちるのだろうか・・と思ったのだが、今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)には、黒松は《未乾燥材では樹脂がしみ出しやすい。》・・と書かれているのだが、そのあたりがあるかもしれない・・ですね・・。
  鉄骨造と違って在来木造の場合は「躯体を魅せる」ということができる・・・という長所があるのだが、(株)一条工務店はそれをやりたがらない。「間違いのない家造り」と称していたのだが、「間違いのない家造り」という考えはそれは間違っていないのだが、しかし、「間違いのない家造り」は、それが「面白味のない家造り」「冒険しない家造り」「独創性のない家造り」になる可能性もある。 もう、10年くらい前になるか、千葉県習志野市の総合住宅展示場内の積水ハウス(株)の鉄骨造の方の展示場を見にいったところ、鉄骨造だが梁を見せるという施工をしていた。鉄骨の梁なんて見せていいことあるのか・・というと、見せる部分だけ、ペンキ塗装かと思うのだが白に塗装して「魅せる」ようにしていた。これは、なかなか、よく考えている・・と思ったものだった。一般に木を構造材とする建物は躯体を魅せるということができても、鉄骨の躯体を見せても面白くもない・・ように思えるのだが、白のペンキ塗装を鉄骨の梁に施して見せると、鉄骨造でも躯体を意図的に見せることが魅力的になったりするのだった。
 (株)一条工務店は「構造が大事ですから、契約前は構造を見ていただいて契約してもらって、間取りとかデザインは契約後に考えましょう」と言って契約させて、いったん契約したが最後、営業本部長の天野隆夫が実際にはっきりと言ったように「もう、契約したんだから、さっさと適当に建ててしまえ」というやり口をする・・という営業が少なからずいたようだった。その点では、私が担当した契約客の方は「天野隆夫型の営業」「浜松流の営業」が担当した客さんよりも良かったはずだ。
  「構造を重視する」というのと「『構造が大事ですから』と言って契約させて、もう契約したんだからさっさと適当に建ててしまえ」というのは同じではないと思う・・・が、そういうことを口にすると「そんなこと言うならエスバイエルに行け、おまえはあ」と営業本部長の天野隆夫から言われることになるのだった。エスバイエル(株)は特に関係ないはずであるのに。

  松丸太梁に使用する松は、赤松はいいけれども黒松はだめなのか? この話は大工でもなければ材木屋でもなく、「建築家」でもない、いわき市の「普通のおじさん」が言ったことだが、こちらは建築業者であるからには、そうであるのかないのか、ある程度、きっちりとした答えを持っておきたいものだ・・・が、そうなると、私などは社会科学系学部卒の者ですから、技術系の学部卒の人でそういった問題に詳しい人がいないのか。あるいは、(株)一条工務店は東大の農学部と「共同研究」とかやっているのだから、農学部の先生とかで詳しい人にきくことはできないものか・・・なんて思ったりします。しませんか? 仮に赤松の方が黒松より良かったとしても、だからといって黒松を使っていたならただちにその家屋が倒壊するということではないとしても、それでも、実際にどうか、知っておきたいと思いませんか?
  そうなると、私が個人としてやっているのではないのですから、(株)一条工務店の上役に「お客様からこういうことを言われたのですが、実際はどうなのでしょうか」と質問したくなりませんか? ・・質問すると答えてもらえる・・と思いませんか。普通、会社として仕事をしているからには、お客様から言われたことに対して、どう考えたものかというのは営業社員が1人で考えることではなく、会社として対応すべきものだと思いませんか。・・・ところが、そういうところで、「お客様から、松丸太梁は黒松ではだめで赤松じゃないとだめだと言われたのですが、実際はどうなのでしょうか」と質問したとすると、どうなるか・・・というと、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うなら、エスバイエルに行け、おまえはあ~あ」と怒鳴りつけられるのです。自民党の河野太郎が原子力発電についての自民党での委員をやっていた時、原子力発電は費用の節約になり、地球温暖化防止に役立つように言われてきたけれども、どうも、違うように思えたので、それで、質問すると答えてもらえるだろうと思って先輩議員に質問したところ、「おまえは共産党か」と言われた・・と書いていたのを見ましたが、なんか、そんな感じ。(株)一条工務店という会社は、質問すれば答えてもらえるだろうと思って質問すると、「そんなこと言うならエスバイエルに行け」と言われる会社だったのです。エスバイエル(株)なんか全然何の関係もない問題で。どうも、(株)一条工務店という会社は「質問すると良くない会社」のようだ・・ということがわかりましたので、その後、普通の会社なら質問して確認しておくべきものでもこの会社では質問してはいけないんだと思い、質問はしないことにしました。・・なんか、情けない会社だと思います。そんな会社を、何年か前、我が家の補修に来たリフォーム屋のおっさんは「天下の一条さん」などと言い、最近、腕時計の電池交換をしてもらった時計屋のおっさんは、「十年勤続表彰」で(株)一条工務店でもらった腕時計に「永年勤続表彰 一条工務店」と刻印されているのを見て、「いい会社じゃないですかあ」などと言うので、あんたら、アホか( 一一)・・と思ったものでした。

   私が見込客のおじさんから、松丸太梁は黒松じゃだめで赤松じゃないとだめなんだ・・と言われた・・のを、はたして、実際にそうなのだろうか、どうなのだろう・・と考えるというのは、私がそういうことを真剣に考えること自体が(株)一条工務店の経営者はおもしろくないらしかったのです。でも、それなら、さっさときっちりとどうなのか、答えてくれれば問題はすむのになんで答えてくれないのか・・と思ったのですが、なぜ、答えてくれないのか・・というと、たぶん、「知らんから」でしょう。「知らんから」答えられないのでしょう。そんなとこです、そんなとこ・・( 一一)
  それなら、私以外の営業はそういったことは気にならないのか・・というと、もともと、「騙す営業」タイプの人、要するに「浜松流」の営業というのもいますから、そういう人は気にしたりしません。しかし、そうでない営業だっているわけです。(株)一条工務店の営業は誰もが「騙す営業タイプの営業」かというとそうではないと思います。営業本部長みたいな営業ではない人も少なくないのです。
  (株)一条工務店の私以外の営業は、お客様から、「松丸太梁には赤松じゃないとだめなんだよね。黒松ではだめなんだよ」と言われて、そうなのか?・・・と考えないのか・・というと、考える人もいるし、お客様に対してきっちりと返答したいという人も中にはいるのです・・が、ひとつにはその人がいる展示場によって、そういったことを発言するお客様が多い展示場とそうではない展示場というのがある・・ということもあったようです。
  1993年の途中に私が福島県いわき市の営業所(展示場)に赴任した時、福島県浜通り地区では、いわき市平尼子町の総合住宅展示場に2店舗、出展していて、他に原町市、現在は南相馬市に1展示場を持っていましたが、その後、いわき市鹿島町飯田 に新しく総合住宅展示場ができて、そこに2店舗出展し、いわき市に4店舗、原町市(現 南相馬市)に1店舗、計5店舗持つようになりました。しかし、私が配属された展示場というのは、入口に(株)一条工務店の別の展示場があって、来場客はまずそこに入場して、その後、他の会社の展示場も何社か見て帰るか、奥まった所にあった私が配属された展示場にも入場して帰るかという人が多く、私がいた奥まった場所の展示場は来場客が入口の展示場に比べて極端に少なかった。新しくできた総合住宅展示場に出展した2店舗は洋風と和風の外観で、外観の好みで別れたようでしたが、私がいた所は、洋風と和風で別れるのではなく、入口に近い洋風の展示場の方に先に入場して、奥まった所には和風の外観でと決めている人か、もしくは、入口に近い展示場では営業全員が接客していて相手にしてもらえなかったお客様かが来場するというもので、どう考えても条件は悪い展示場でした。2001年に、比較的入社して浅い伊香という男が栃木県に来て、本社から話すように指示されてきたらしかったのですが、「どこの展示場の人と話しても、誰もが『うちの展示場は条件が良くないですから』と言います。誰でも言うことなんですよ。条件なんてどこでも一緒なんです」などと人を馬鹿にした発言をしたが、伊香はわかっていて言ったのなら良心的ではないし、わからずに言ったのならアホです。そうではありません。たとえ、条件がいい展示場の者と話しても、「うちは条件がいいですから」とは言わない人間がけっこう多い。中には正直な人もいて、たとえば、1999年だったか、栃木県佐野展示場に在籍した某1さんの知り合いの人で埼玉県の展示場にいた某2さんなどは「一条工務店の場合、展示場による条件の違いが甚だしいですから。私も入社して1年目などはけっこう契約をあげることができましたけれども、それは配属された展示場の条件が比較的良かったからです。今度、配属された展示場は前にいた所よりも条件が悪いですから、これからは前みたいに契約はあげられないと思います」と正直に話していたのですが、正直に話す人はそのように言うものです。そういう人も中にはいます。しかし、比較的条件がいい展示場にいる人でも、自分は条件がいいから契約をあげられたんだと言われたくないものだから、「うちは決して条件はいいことないですよ」とたいてい言います。又、それも、営業力のうちだと言う人もいます。しかし、「誰でも、自分の所は条件がいいとは言わない」というのと、「実際に、条件がいい展示場と条件が悪い展示場がある」というのは別の話です。伊香は意図的に「話のすりかえ」をして言っていたのです。伊香はおそらくわかっていて、「条件が良くないなんてどこの人でも言うことです。条件がいい展示場・条件が悪い展示場なんてありません」と発言することで、自分だけ展示場の条件に意図的に差をつけてイヌとか草とかひまわりとかに契約を上げさせようとしている(株)一条工務店のオーナー経営者一族に好かれようとしていたのでしょう。本多勝一『アメリカ合州国』(朝日文庫)では、アンクル=トムとはストウ夫人の小説『アンクル=トムズケビン(トムじいやの小屋)』のアンクル=トムは、かつては黒人奴隷として虐げられても、「右の頬をぶたれれば左の頬を差し出す」ようなヒューマニストと評価されていたが、今ではそうではなく、アメリカ合衆国の黒人の間では、アンクル=トムというのは「自分も有色人種のくせに白人におべっかを使って自分だけ優遇してもらおうとする最低の裏切者」のことを言い、アメリカ合衆国の黒人の間では「アンクル=トム」というのは最低の人間の代名詞だということになっているらしいが、伊香はいわば(株)一条工務店における「アンクル=トム」だったわけだ。
アメリカ合州国 (朝日文庫) - 本多 勝一
アメリカ合州国 (朝日文庫) - 本多 勝一
  いわき市の4展示場の中で私が配属された展示場が一番条件が悪い展示場だということは、浜通り地区の所長だった草野さんが表明してくれている。所長の草野T男さんは、いわき市に平尼子町(たいらあまこまち)の総合住宅展示場の入口に1店舗のみ開業した時は、その展示用に自分を配属したが、入口の洋風の展示場に続いて奥まった人がなかなか行かない場所に2番目の展示場ができると、そこには自分は行かずに他の営業に行かせた。それに続いて、新しく鹿島町飯田に総合住宅展示場ができて洋風外観の展示場ができると自分はそこに行き、その後、同じく鹿島町飯田の総合住宅展示場に和風外観の展示場ができるとそこに行った。なぜかというと、鹿島町飯田の総合住宅展示場にできた洋風外観の展示場と和風外観の展示場ではその場所の条件は同じようなもので、洋風外観の展示場は洋風外観を好む人が入場することが多く、和風外観の展示場は和風外観を好む人が入場することが多く、所長の草野さんは和風外観を好む人の方がどちらかというと得手だったようで、それで、自分が得手な方の展示場に自分を配属したのだった。それなら、平尼子町の総合住宅展示場では奥に和風の展示場ができた時にはなぜ自分がそこに行かなかったかというと、それは洋風外観か和風外観かという問題ではなく、どう考えても入口入ってすぐの場所にある展示場と奥まった巡回経路からずれた場所にある展示場では奥まった場所にある展示場は不利だというのは明らかだったからだ。・・そのどう考えても不利な展示場だから所長の草野T男さんが自分を配属しなかった和風外観の展示場に私は5年間もずうう~っとおらされたのだ。その不利な展示場で有利な展示場にいる人間の平均を上回る営業成績を苦労して努力して残したのだ。だから、もしも、少しでも私より数字の上で優れた営業成績を残した人ならば、私より条件がいい展示場にいた人でも、それでも数字では上だからというというのなら、まだわからないことはない。しかし、もしも、同じ数字ならば条件が悪い場所においてその数字を残した方が上と評価されるのが当然のはずだ。違うか。違わないはずだ。
  私は、福島県浜通り地区の所長の草野さんに話したことがある。「私がいわき市の営業所に来てから、1人だけ移るとかいう移動とか新しく中途入社した人の配属とか、新卒入社した人の配属とかではなく、全体をシャッフルするような移動が2回ありましたよね。全体をシャッフルするような移動が2回あって、それぞれ、それまでいた展示場と異なる所に移っていますね。それなのに、なぜ、私一人だけが、誰もが いわき の展示場では間違いなく一番条件が悪いと言う展示場にずうう~っとおらされなければならないのですか。会社は従業員に公平でないといけないはずですし、又、私も入社以来、あまりにも特定の展示場にばかりいるのではなく、異なるタイプの展示場を経験してみたいと思うのですが、なぜ、私一人だけが誰もが一番条件が悪いと言う展示場にずううっとおらされなければならないのですか」と、そう言ったのです。すると、所長の草野さんは「売れる営業が条件がいい展示場に行くんでえ~え」と言うのです。たしかに、営業成績が良くなかった営業から行きたい展示場に配属されるというのはおかしい、そうではなく努力して成果を出した営業が自分が行きたいと思う展示場に配属してもらうべきだというのは一理あります。しかし、それをあまりにも続けるなら、最初に条件が悪い所に配属されてしまった者は未来永劫に渡って条件が悪い場所におらされることになり、最初に条件がいい所に配属してもらった者は永遠に条件がいい場所に配属してもらえるという結果になりかねません。東京では「大貧民」と言うトランプのゲームを関西では「ど貧民」と言うことが多いのですが、いわば、「大貧民」「ど貧民」ゲームみたいなものです。どう考えても、「大富豪」の条件で営業させてもらうやつの方が「ど貧民」の条件で営業させられる者よりも有利なのは明らかです。さらには、「ど貧民」の展示場でも「大富豪」の展示場や「富豪」の展示場に配属してもらったやつに負けない営業成績を私は残したのですから、そうであれば、次は「大富豪」でなくても「富豪」か「平民」くらいの展示場に配属してもらっていいはずです・・・が、「ど貧民」の展示場で「大富豪」「富豪」の展示場のやつに負けない営業成績を残しても、それでも「ど貧民」の展示場に配属されるというのは、それはどう考えても理不尽・不合理です。トランプの「大貧民」ゲームですら、「大貧民」「ど貧民」が「大富豪」「富豪」よりもいい成績を残せば「ど貧民」から解放されるのです。「ど貧民」の展示場で「大富豪」「富豪」の展示場にいたやつに劣らない営業成績を残したからには「大富豪」の展示場でなくても「富豪」か「平民」の展示場に配属してくれたっていいじゃないか・・と主張するのはおかしなことではないはずです。
  又、「営業成績を残した者が条件のいい展示場に配属されるんでえ」というのは一理あるように見えても、それで常に条件がいい展示場にばかり自分を配属している所長というのは、所長として営業成績を残したといっても、「一条工務店の土台を築いてきた人たち」などと自称しても、結局、自分を条件がいい展示場に配属してきたから、その結果として条件が悪い展示場に配属された者よりも優秀な営業成績をのこしてきただけの人間みたいなものになります。落合がロッテオリオンズに入団した年、元ロッテオリオンズの監督だった金田がキャンプに来て、落合のことを「この選手は絶対にプロでは成功しません」と言ったそうで、その後、三冠王を3度獲得した後、落合は「自分は社会人野球を経て入団したからまだいいが、高卒でプロ入りするような選手もいるわけで、そういう選手がそのようなことを言われたなら、いったいどう思ったか」と言い、金田の発言についてはその後も長く覚えていたらしく、落合が巨人に移籍した時、「巨人の選手のレジェンドというと誰を思い浮かべますか」と質問されて、「王さん、長嶋さん、それに金田」と金田だけ呼び捨てで言いよったとか、通算安打数が2000本に近づいた時には「金田が会長をやってる名球会なんか入りたくない」という意味で「杉浦さんが加入できていない名球会なんて意味がない」と言い、「1999本、ヒットを打ったら(「名球会入り」となる)2000本打つ前にいつでも辞めてやる」と言ったとか、インターネットで検索すると、そんな話がけっこう出ていて・・・おもろい(^^♪・・のだが、南海ホークスの杉浦・西鉄ライオンズの稲尾は、たとえ、自分の体がきつくても、他の投手が投げたくないという場面でこそ投げるのがエースだと無理をして投げたのに対して、金田はここで自分が出て行くと勝ち星が自分につくという場面になると出て行って他の投手の勝ち星を横取りしてそれで400勝あげた・・とか、そういう話もけっこう出ていて・・・なかなかおもろいな・・(^^♪・・・と思うのだが、要するに、条件が悪い展示場で悪戦苦闘している営業に、自分がその条件が悪い展示場に勤めて契約取って見せて、それで、こうやれば契約してもらえるんだよとやり方を見せてあげるということをしてきた所長ならば価値はあるが、そうではなく、「営業成績を残した営業が条件がいい展示場に配属されるんでえ~え」と言って常に条件がいい場所にばっかり自分を配属して、条件が悪い場所には他の人間にばっかり配属してきた男が「一条工務店の土台を築いてきた人たち」などと自称したり「所長」さまだとふんぞり返ったりしても、なんか、あんまり値打ちのない所長というのか、「長嶋みたいなやつ」というよりも、「金田みたいなやつ」でしかないことになる。《ウィキペディアー稲尾和久》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%B0%BE%E5%92%8C%E4%B9%85 には《 豊田(豊田泰光)は国鉄時代の同僚金田正一と(西鉄時代の同僚の)稲尾について、「カネやんはチームより自分本位。これで通してきたことが大きかったと思います。勝てそうな状況になると『よっしゃ、ワシが行くで』となる。私は西鉄で誰も行きたがらないしんどい場面で『私の出番でしょう』と出ていく稲尾和久の減私奉球ぶりを知っていますから。ずいぶん違うもんだなあと認識を新たにしました。まあ、カネやんとしては自分の数字がすべてということだったのでしょうね」と述べている。》というが、(株)一条工務店の「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と自称している人たちというのは、条件が悪い展示場に自分が行って売って見せるというオトコギのようなものはなく、常に条件がいい場所にばっかり自分は行き、そして、条件が悪い展示場の営業と見込客の「バッティング」をすると、もしくは「バッティング」したということにして、「バッティング」した場合は所長が担当だと主張してそれまで他の営業が追客してきた見込客を横取りすることで自分の契約棟数を稼いできたという、要するに「金田みたいなやつ」でしかなかったようだ。但し、福島県浜通り地区の所長だった草野さんについては、私は条件がいい場所にばかり自分を配属していたからそれだけで売っていた人だとは思っていない。なぜなら、私が担当の契約客が所長の草野さんがいる展示場を見にいった時に接客してもらった時もあり、「この間、・・の展示場を見にいったら所長の草野さんが接客してくれたんですけれども、草野さんが・・・と言ったんですよ」といった話を契約客から聞くと、なるほど、そういう言い方をするのかと感心するようなものがあったし、数字がどうかではなく、たいしたものだと思うものはあったので、他の所長はどうかは別として草野さんは年間契約棟数全国1位の営業成績を取った年もあった人だったが、条件がいい場所にばっかり自分を配属してきたからというだけで売れていた人というわけではない、と私は思っている・・・けれども、それでも、所長ならば自分を条件の悪い所に時としては配属して、こうやれば契約してもらえるんだよというものを社歴が浅い従業員に見せてあげる・・というものがあってもいいのではないかとも思ったのだが、それを(株)一条工務店で「所長」になっている人に期待するのは「八百屋で魚を求めるようなもの」かもしれない。(株)一条工務店の所長というのは「巨人みたいなやつ」というのか「金田みたいなやつ」ばっかり!・・だったようだ。(株)一条工務店は毎年、1月初めに「年誌」というものを作成して従業員に配布していたが、そこに最初は「一条工務店の土台を築いてきた人たち」、そのうち「MVPメンバー」と記載して、何人かのおっさんどもの顔写真と氏名を掲載していたが、「一条工務店の土台を築いてきた人たち」にしても「MVPメンバー」にしても、落合が「杉浦さんが入っていないような名球会などに何の意味もない」と言い、人の勝ち星を横取りして貯め込んだ「400勝投手の金田」が会長やる名球会なんて入りたくもないと言った(らしい・・インターネットに出ていた話によると)ように、「一条工務店の土台を築いてきた人たち」にしても「MVPメンバー」にしても、あんまり値打ちを感じられないものである。
※ 《YouTuve-昭和34年・南海ホークス日本一&御堂筋パレード》https://www.youtube.com/watch?v=vXULBR0R9mA
《YouTuve-1959年 南海ホークス選手名鑑 (南海野球株式会社)日本シリーズ優勝》https://www.youtube.com/watch?v=W3B9G95uzdc
  私が「私がいわき市の営業所に来てから、1人だけ移るとかいう移動とか新しく中途入社した人の配属とか、新卒入社した人の配属とかではなく、全体をシャッフルするような移動が2回ありましたよね。全体をシャッフルするような移動が2回あって、それぞれ、それまでいた展示場と異なる所に移っていますね。それなのに、なぜ、私一人だけが、誰もが いわき の展示場では間違いなく一番条件が悪いと言う展示場にずうう~っとおらされなければならないのですか。会社は従業員に公平でないといけないはずですし、又、私も入社以来、あまりにも特定の展示場にばかりいるのではなく、異なるタイプの展示場を経験してみたいと思うのですが、なぜ、私一人だけが誰もが一番条件が悪いと言う展示場にずううっとおらされなければならないのですか」と言ったのに対して、所長の草野さんは「売れる営業が条件がいい展示場に行くんでえ~え」と言ったので、それで私は「なるほど。たしかに、営業成績を残した営業が条件のいい展示場に配属してもらえるんでえ・・というのは一理あるでしょう。たしかに、草野所長はいわき地区の営業で誰よりも多くの契約を獲得されました。だから、所長が一番条件がいい展示場に配属されるんだというのは一理あります。しかし、私だって最低ではないはずです。私だって、所長には及ばないとしても、少なくとも真ん中より上の契約棟数をあげたはずですし、副所長とか副長といった肩書をもらっている人で私がいる展示場よりもずっと条件がいい展示場に配属してもらっている人と同じくらいの契約棟数をあげているはずです。同じ契約棟数なら条件が悪い展示場であげた者の方が上のはずです。もし、営業成績を残した者が条件がいい展示場に配属されるものなんだというのなら、私はここにいる理由はありませんね。どこか他の展示場に行かせてくださいよ」と話したのです。すると、草野さんは「ここの展示場は、総合住宅展示場の奥の方にあって来場者数が少ないし、和風の展示場で和風の展示場というのは、木にこだわる人とか、家相にうるさい人とかが多くて、新人にはきついので、だから、ここの展示場は経験があって実力がある人にいてもらわないといけないんだ」と、そうおっしゃったのです。・・ぼけ~っと聞いてると、なんか、ほめられたみたいに思いませんか? ところが、そうはイカのチン〇ンだかキン〇マだか・・・。それで、私は言ったのです。「なるほど。ここの展示場は総合住宅展示場の奥まった場所にあって来場客数が少なくて、又、和風の展示場で和風のお客さんというのは木にうるさかったり、家相にこだわる人が多かったりして新人では厳しいから、だから、経験があって実力がある人にいてもらわないといけない・・と。なるほど。それなら、所長、ここに来てくださいよ。所長が一番経験があって実力があるじゃないですか。私、草野所長の実力がないなんて、そんな畏れ多いこと言うつもりは毛頭ありませんよ。私、常々、草野所長ほど実力がある営業はないと思って心の底から思って尊敬しております。今すぐ、所長、ここに来てくださいよ。私、所長がおられる展示場に今すぐ行きますよ。今すぐ入れ替わりましょうよ」と言ったのです。・・そうなりますでしょ。「ここの展示場は、総合住宅展示場の奥の方にあって来場者数が少ないし、和風の展示場で和風の展示場というのは、木にこだわる人とか、家相にうるさい人とかが多くて、新人にはきついので、だから、ここの展示場は経験があって実力がある人にいてもらわないといけないんだ」ということなら、所長がそこに勤務して売ってみせるべきでしょ。そうすると、今度はまた、「営業成績を残したものが一番条件がいい展示場に配属されるんでえ~え」と草野さんはおっしゃるのです。それで「それなら、私はいわき地区の営業の中では少なくとも真ん中よりも上の営業成績を残しているはずですから、私がここにいなければならない理由はありませんね」と言ったところ、またもや、「ここの展示場は、総合住宅展示場の奥の方にあって来場者数が少ないし、和風の展示場で和風の展示場というのは、木にこだわる人とか、家相にうるさい人とかが多くて、新人にはきついので、だから、ここの展示場は経験があって実力がある人にいてもらわないといけないんだ」と言い、それに対して「なるほど。ここの展示場は総合住宅展示場の奥まった場所にあって来場客数が少なくて、又、和風の展示場で和風のお客さんというのは木にうるさかったり、家相にこだわる人が多かったりして新人では厳しいから、だから、経験があって実力がある人にいてもらわないといけない・・と。なるほど。それなら、所長、ここに来てくださいよ。所長が一番経験があって実力があるじゃないですか。私、草野所長の実力がないなんて、そんな畏れ多いこと言うつもりは毛頭ありませんよ。私、常々、草野所長ほど実力がある営業はないと思って心の底から思って尊敬しております。今すぐ、所長、ここに来てくださいよ。私、所長がおられる展示場に今すぐ行きますよ。今すぐ入れ替わりましょうよ」と言うと、またもや、「営業成績を残したものが一番条件がいい展示場に配属されるんでえ~え」と言い、「それなら、私はいわき地区の営業の中では少なくとも真ん中よりも上の営業成績を残しているはずですから、私がここにいなければならない理由はありませんね」と言うとまたもや、「ここの展示場は、総合住宅展示場の奥の方にあって来場者数が少ないし、和風の展示場で和風の展示場というのは、木にこだわる人とか、家相にうるさい人とかが多くて、新人にはきついので、だから、ここの展示場は経験があって実力がある人にいてもらわないといけないんだ」と言い・・はてしなく、この繰り返し・・・・。
  「所長でなくても、もし、ここの展示場は《『来場者数も少ないし』、『木にこだわる人とか家相にうるさい人とかが多くて』新人にはきつい》からと言うのなら、私でなくても他にも『経験と実力がある人』はいるでしょう。所長以外にも私よりも在籍年数が長い人も何人かいるでしょう。なんで、その人たちは私に『来場者数も少ないし、木にこだわる人とか家相にうるさい人とかが多くて新人にはきつい』という展示場を私に押しつけて、その人たちはここよりずっと条件がいい展示場にいるんですか。昨年の契約棟数で見ると私と同じだったり私より少ないくせに、前に昇進しやすい時期に条件がいい展示場にいて契約取ったからということで昇進して『副長』とか『主任』とかにならせてもらって役職手当もらっている人が何人かいるでしょう。その人たちは役職手当もらっているのに、なんで、『来場者数も少ないし』、『木にこだわる人とか家相にうるさい人とかが多くて』新人にはきついという展示場に勤務しないのですか。役職手当のタダ取りですか。なんで、その人たちは役職手当もらってるんですか。《『来場者数も少ないし』、『木にこだわる人とか家相にうるさい人とかが多くて』新人にはきつい》という所をなんとかしようとしないで、比較的条件がいい展示場に配属してもらわないと売れないような人間が何のために役職手当をもらってるんですか」とも言ったのだが、「おめえはここでえ」と草野次男さんは言い、私が「一条工務店は多く売った人間が条件のいい展示場に配属されるんだと言うのなら、私はどう考えてもここにおらされる筋合いはないはずですよ」と言っても、「おめえはここでえ、おめえは」と言ってきかなかったのだ。
  だから、(株)一条工務店では「いい営業成績を残した者が条件がいい展示場に配属されるんだ」ということを言っていますが、結論としてそれは嘘だ。私は「ど貧民」みたいな展示場で「大富豪」「富豪」の展示場に配属してもらっていた「長嶋みたいなやつ」に劣らない営業成績を残しても、それでも「ど貧民」展示場に私はずうう~っとおらされたのですからね。片方で「いい営業成績を残した」わけでもないのに条件がいい展示場に配属してもらう「長嶋みたいなやつ」というのが(株)一条工務店には存在するのだ。「わしぁ、日陰の月見草や・・。ええなあ、長嶋は。ほんまにええなあ、うらやましいなあ、ほんまに・・・」
※ 《YouTuve-氷川きよしさんと阪神ファンのコラボによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=Vt2yXzBWMiA
 《YouTuve-38度線の目の前で商魂込めて歌ってきた 2019/10/10 CS Final 第2戦 巨人対阪神 ラッキーセブン》https://www.youtube.com/watch?v=77veMUsGSKA

  いわき市には4展示場あって、原町市(現 南相馬市)の1展示場は場所が離れているから別として、いわき市の4展示場については、私がずうう~っとおらされた展示場が一番条件が悪いというのはいわき市の営業誰もが言うことだったが、他の3展示場については、その時期によってどこがいいかは変わったようで、又、いわき市鹿島町飯田の総合住宅展示場には洋風外観の展示場と和風外観の展示場があったが、人によってどちらが得手不得手というものもあったようだった。しかし、他の3展示場のどこかにいて私がいた展示場に移ってきた人もおり、私がいた展示場から他の3展示場のどこかに移った人もいて、そういう人は誰もが「どう考えても、ここは絶対にずば抜けて条件悪いですよ」と言うのだった。会社は、そういう「ずば抜けて条件悪い」という場所でも腐ることなく努力して成果を残した者にはそれを評価しないといけないはずだが、それをやらないのが(株)一条工務店だった。

  それで、所長の草野さんが発言した「ここの展示場は総合住宅展示場の奥まった場所にあって来場者数も少ないし」と「和風の展示場で、和風のお客さんというのは、木にうるさかったり、家相にこだわったりする人が多くて、新人ではきびしいから」というのは間違いということではないでしょう。実際、私がいたその「総合住宅展示場の奥まった場所にあって来場者数が少ない展示場」で「和風の展示場」にいて、「入口すぐの来場者数が多い展示場」で「洋風外観の展示場」に移った営業が正直に教えてくれたのですが、
「この展示場は、どう考えても絶対に間違いなく条件が悪いですよ」と言うとともに、「来場客数が違うということもありますけれども、それだけじゃなくて、向こうの展示場の来場客というのは、営業はものすごく楽ですよ」と言うのです。
  その人が言うには、いわき市平尼子町のJTいわきハウジングパーク(今は総合住宅展示場はなくなって、スーパーの「マルト」の平尼子店https://www.maruto-gp.co.jp/shop/iwaki/2152/ になっている)の入口はいってすぐの場所の展示場と奥の私がずうう~っとおらされた展示場とでは、来場客数が明らかに違い、そこに配属されている営業の数はそれほど違わないことを考えると、営業1人あたりで持てる見込客の数が違うということがあるけれども、それだけではないというのです。そうではなく、入口のそばの展示場の来場客と奥まった和風の展示場の来場客とでは、どちらもいわき市にある展示場だから量は違っても同じようなお客さんだろうと思うと全然違うという。 入口に近い所の展示場に入るお客さんというのは「向こうの展示場に来るお客さんというのは、こっちの展示場に来る人みたいに、そんなに木にうるさい人とか、家相がどうのと言う人とか、そんな人、あんまりないですよ。向こうの展示場はこっちに比べるとものすごい楽ですよ」と言うのです。どうも、そうみたいです。
  ですから、(株)一条工務店が小屋組みに使用していた松丸太梁についても、黒松ではだめで赤松じゃないとだめなんだとか・・そういうことを言う人というのも、私がいた展示場の来場客では珍しいことではなくても、入口に近い方の展示場の来場客はそんなこと言う人はあんまりないそうでした。・・そりぁ、営業は楽だわなあ。
  ・・・で、営業本部長の天野隆夫から言われるのです。黒松か赤松かという話は、これは話すとまたもや「そんなこと言うならエスバイエルに行け」とか言われると思いましたから言いませんでしたけれども、ともかく、その類のことについては「そういうことを言うのは、おまえだけであって、他の者は言わないから」などと言うのでしたが、私だけが言うのではなく、私だけがそういうことを言うお客さんだらけの展示場にばっかり配属されてきたのであって、そういうことを言わない楽なお客さんばっかりの展示場にばっかり配属されてきた営業は、私のようなことは言わない・・・というそういうことなのです。
  「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とか、私はうちの親から毎日毎日耳鳴りがするくらいに言われまくってきたものでしたが、それは間違っていると思う。苦労やなんて、そんなもの買い込んで倉庫がいっぱいになったから、そろそろ、それを売ったろか・・なんて思っても、誰も買ってくれまへん。そんな売れない商品なんて買わない方がよろしい。あほくさいだけです・・・が、会社に勤めた場合には、その会社に勤めた最初の年と、その営業所に配属されて最初の年にどれだけの数字が残ったかではなくどれだけの努力をしたか・・というのは大事だと思うのです。楽な展示場にずうう~っといたのでは身につかないものがあります。だから、福島県浜通り地区の所長だった草野さんの表現によると「木にうるさかったり、家相にこだわったりする人が多い」という展示場で「来場客数も少ない」という展示場でなんとか契約をいただこうと努力する経験というのは、楽な場所に最初に勤めた人とは違って、そういう経験から身につくものというのはあるでしょう。しかし、それでも、なんで、私だけがそこにずうう~っとおらされなければならないのか。
  ましてや、そういう場所に勤務したから身に着けたものを、営業本部長から「そういうことを言うのはおまえだけだ」とか文句言われなければならないのか。・・・結論としてはアホが営業本部長やってるからということでしょう。情けない結論だけれども、そういうことでしょう。

  小堀住研(株)は私が入社した1980年代後半、すでに地盤調査をして地盤が弱いという場合は地盤補強をして建てていたのですが、(株)一条工務店は1992年の時点では「そ~んなの、地盤調査なんて、要らない要らない♪」と言っていて、「もし、地盤が弱そうと思ったならべた基礎にでもしておけば十分だよ♪」と言っていたのです・・・が、その後、スウェーデン式サウンディング試験などによる地盤調査をおこない、『地盤調査報告書』をお施主様に渡して地盤が弱い場合は地盤補強をして建てるようになり、「家というものは、地面の下と地面の上の両方の構造がきっちりとしていないと間違いのない家はできないのです」とか言うようになりました。なんだか、私が入社した年に私に言ったことと正反対のことを平気で言う会社でした。
  それで、小堀住研(株)の営業課長だった I さんが口にしたのを聞いたように思ったのですが、他の人も言っていたように思うのですが、「昔は松杭による地盤補強なんてやりましたけれども、今では松杭での地盤補強なんてもうやりませんから」と。(株)一条工務店でも、誰が言っていたか忘れてしまったが、やはり、同様のことを言っていたと思うのです。「昔は松杭による地盤補強なんてやったけれども、今は、松杭での補強なんて、もうやりませんから」と。
  
  今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)には、赤松の用途は《 用途:主に構造材、屋根下地材、床下地材、松ぐいなどに用いられる。良材は造作材、建具材にも使用される。》で、黒松はというと《用途:赤松とほとんど同様である》と書かれており、「松ぐい」というのが書かれているのですが、小堀住研(株)でも(株)一条工務店でも、地盤補強の方法として、べた基礎・W配筋べた基礎でもまだだめな時には、QCB杭 もしくは、鋼管杭による補強 の方法を取り、松杭というのはやらない・・・ということは、松杭による地盤補強というのは、もう過去のものなのか・・・なんて思ったのです。(株)一条工務店で誰だったか、「松杭はもう過去のものですね」なんて言うていた人間がいたように思ったのですが、誰だったか忘れてしまいました。
  ・・しかし、実はそうでもないのです。今でも、松杭は地盤補強の方法として使われているのです。・・ほんとかあ?・・なんて言っても、ほんとですよ。だって、アイダ設計では松杭による補強をやってるんだもん・・・(^^)/

  「木は腐る」というが、「どうして腐るのでしょうね」と(株)一条工務店が作成したビデオの中で女性ナレーターが話していたが、「どうして腐る」のかというと、木の養分・酸素・湿気があると腐ると言われている。だから、木を腐らないようにするには、木の養分を無くすということができるのかというと難しい、酸素も無くならないとすると、できるだけ木材を乾燥させて、かつ、床下や壁体内の通気をはかり、建物の構造材部分が湿っけることがないようにするということが対策として考えられ、他に、腐りにくい樹種の木材を使う、防腐防蟻剤を加圧注入の方法か表面塗布の方法かで塗るといったことが考えられる。 しかし、松杭というのは、材質としては松だから木材で、地中に埋めると地中には水分はあるはずだから、松杭なんか持たないのではないか・・・というと、そうでもないらしいのだ。
  地中でも酸素はあると思うのだが、《丸太杭について (株)室岡林業》https://muro-rin.com/marutakui/ を見ると、《地下水が高いところは腐らない》と書かれているので、水がない場所に向いているわけでもないようだ。又、《樹種は針葉樹(杉・唐松)がよい》とも書かれており、赤松・黒松と限られたわけでもなく、杉・唐松も丸太杭の材料として使われるらしい。

  今里 隆『これだけは知っておきたい 建築業木材の話』(1985.5.6. 鹿島出版会)には《 黒松(男松、雄松ともいう) 産地:赤松と同様、北海道を除く全国海岸地帯に自生し内陸部には非常に少ない。・・》と書かれているのですが、実際にはある程度、内陸に入った所でも植えられている場合はあると思います。九品仏浄真寺でも植えられていましたし。「自生」の場合は《内陸部には非常に少ない》のかもしれません。
  《ウィキペディアー鳥取砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%A0%82%E4%B8%98 では、鳥取砂丘では《2000年代以降、夏季には猛暑の年が多く、その影響で防風林の立ち枯れが進んでおり、砂丘南側の道路が砂で埋まるなど、砂丘の砂の飛散に悩まされることが多くなっている。鳥取県では対策としてクロマツの植林に乗り出しているものの、成長が遅いため、対策が追い付いていない。》と出ている。鳥取砂丘では、猛暑による防風林の立ち枯れにより砂丘の砂の飛散を防ぐために、黒松の植林に乗り出したというが、赤松ではなく黒松ということは、やはり、黒松の方が海岸地帯には向いているということなのだろうか。中田島砂丘ではどうか・・というと、現地で陸側の丘に植わっている松を見て、赤松かな・・と思ったのでしたが、撮ってきた写真を見ると、黒松か・・と思えるものもあるので、どちらなのか断定できない。もしかすると、それほどよく考えずに植えて、両方が混在するようになったという可能性だってあるかもしれない。
※ 《ウィキペディアー中田島砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%94%B0%E5%B3%B6%E7%A0%82%E4%B8%98



  次回、「一条堤」石碑 ほか・・・。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_3.html

 (2021.7.6.)

☆ 「中田島砂丘」(浜松市南区中田島町 ほか)見学
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。ダムで砂丘がやせて、テトラポッドで砂流出を防ぐ。「アタマが浜松」思考から抜け出せない人。ガチンコで資格試験に通った者はずるくない。カネで買ったような建築学科卒の者や医科大裏口入学の者がずるい! ダンピング坪単価とテレビ広告で売る浜松営業こそずるい! https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか? それが「福沢精神」なのか? それが「独立自尊」か?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。木質系プレハブもコンクリート系プレハブも鉄骨系プレハブと一緒にして建築現場の仮設小屋だと決めつける一条浜松流営業のデタラメをありがたがって聞くのはやめてください。一条の「がばいじいちゃん」(仮名)を見捨てる無慈悲な会社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。法学部卒の浜松市長鈴木康友さん、それでいいのか?堆砂垣は昔はなかった。ダムで砂丘がやせた。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」 〔今回〕
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。息子・関連会社社長が女性を刺し殺した件で辞任したはずの社長が平気で顔を出す「一条堤」と平気で受け入れる浜松市長と静岡県知事と浜松商工会議所。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_4.html
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_5.html
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「当店は丹波産黒豆を使ってます」と丹波産以外も使っているのに言うラーメン屋みたいな建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_6.html


☆ 浜松シリーズ
☆ 中村家住宅(浜松市西区雄踏町宇布見 〔うぶみ〕)
1.浜松IC・浜松西ICから中村家住宅まで。長屋門。茅葺と瓦葺のミックスの屋根。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_2.html
2.「和小屋組と扠首(さす)組が合わさった小屋組」、「浜松なのにイナカくさくない」、元 梁材を「柱」にするのではなく上り口に使用。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_3.html
3.「押板」・畳敷きの部屋の囲炉裏・女性的な造りの和室。茶室。「浜松に『浜松流』、他の場所にはその場所流」と考えることができない浜松中心主義は困りもの。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_4.html
4.「鏡戸」「板戸」。内側の雨戸、縦桟の格子。「面取り」した柱とそうでない柱。噛み合わせを設けて継いだ木材。細くない「貫」。飲食店なのに不衛生なしつらえの「花の舞」。嫌がらせの配置をされて学ぶ者と去る者。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_5.html
5.胞衣塚・天神社跡地・茶室・屋敷神祠・井戸屋形、満開の桜。中家住宅(大阪府熊取町)・大国家住宅(岡山県和気町)について。3月下旬、中村家住宅の桜はきれい。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
6.中村家 北西の天神社。元 中村家の氏神だった天神社。岩長姫は長寿の神? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_7.html

☆ 深奥山方広寺(浜松市北区引佐町奥山)と「信教の自由」を侵害する者
1. 八百長の通算契約棟数全国1位。遠州地方の営業の我田引水。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_1.html
2. 商品を大事に思う心。住宅営業にとっての知識。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_2.html
3. 払うべきカネを払わない者。掛川の人口は4万人ではない。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_3.html
4. 営業は自分で考えるもの+協力を求めてそれで契約になるのなら。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_4.html
5. うかつに「売れる人」と言うな。営業は大貧民ゲーム。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_5.html
6. 山門。 「もうかってる」会社が人をやめさせてよいのか。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_6.html
7. 弁天堂。 利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_7.html
8. 椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「病」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_8.html
9. 三重塔。 堂宇を増やすのが寺の発展なのか。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_9.html
10. 鐘楼、本堂。 裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_10.html
11. 上天台舎利殿、観音堂。 「親に感謝」は「教育勅語」の思想。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_11.html
12. 開山堂、勅使門、半僧坊真殿。 本人が希望しないお守りは害がある。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_12.html
13. 七尊堂(富士浅間・春日・伊勢・稲荷・八幡・梅宮・北野)と稲荷社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_13.html
14. 不良ボーズによる宗教の強制は国民に信仰心を妨げる https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_14.html 
15. (株)一条工務店の従業員の給料へつった金が、深奥山方広寺門前のじいさんとその孫の小遣いに化けた https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_15.html
(番外)『ゴルゴ13』と考える「信教の自由」。「信教の自由」を侵害する深奥山方広寺は宗教失格。「信教の自由」を侵害する営業は三流の営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202001article_4.html

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