静岡県富士市岩淵の天満天神宮。契約金ネコババする人と真面目に勤務する従業員を一緒にする某一条工務店。バックなんてもらってない者に「相当バックもらってるでしょう」と若造に言わせる某一条工務店。人が嫌がることをオトコギを発揮してやると、パチンコなんてやったことない人間に「パチンコやりに行ったんだろう」などという営業所長。「申し訳なかった」の一言も言わない会社。富士川S.A.と刈谷P.A.の観覧車ー清源院と天満天神宮【4/4】

[第878回]冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り 第60念
  清源院 と天神天満宮 参拝の4回目。
  もともとは天満天神宮に訪問・参拝するのが第一の目的だった・・が、地図を見ていると、小休本陣 常盤家 があり、天満天神宮に行こうとすると、その経路の 清源院というお寺があって、そのお寺は曹洞宗のお寺で、山号は曹洞宗の「曹」と渓谷の「渓」で曹渓山 だということらしいとわかった。
DSC06509.JPG
↑ が、曹洞宗 の 曹渓山 清源院 の本堂。


  本堂に向って(西に向かって)左手(南側)に、水子・子育 観世音菩薩が立っていらっしゃる。↓
DSC06527.JPG
↑ その水子・子育 観世音菩薩さま の向こうに、小山に登る階段があって、鳥居があるのが見える。どうも、この鳥居をくぐって登っていった先に 天満天神宮 が存在するみたいだ。

DSC06512.JPG
  ↑ 鳥居があり、鳥居には「天満宮」と書かれているので、この階段を登っていった上、天満天神宮 があるということだろう。
DSC06514.JPG
DSC06515.JPG
↑ 鳥居の額には「天満宮」と書かれている。

  階段を登る左手前に石碑があるが、↓
DSC06513.JPG
↑ 「森こゆる 鶉の群れは 富士川の
   冬の出水のうへにみたれつ
              寛   」

 と書かれているようだが、「寛」て誰だろうか?

  この小山の上に天満天神宮 があるようなので、坂を登っていきます。
DSC06516.JPG
・・どうも、午後に西向きに撮影すると逆光になってしまう。
DSC06517.JPG
↑ 「天満天神宮」の祠が見えてきました。


( ↑ マーカーが、天満天神宮。 )
DSC06519.JPG
DSC06518.JPG
  ↑ 右から左へ、「天満天神宮」と書かれています。

  手前に赤い幟(のぼり)が立っていますが、↓
DSC06521.JPG
↑ 「奉納 天満大自在天神」 と書かれています。

   後ろにまわって見ると、
DSC06520.JPG
  神社の祠というのは、後ろにまわってもいいものなのか、後ろには行くべきではないのか、後ろにもまわって背面からも拝むべきものなのか・・・、これはけっこう考えたのですが、それはその神社によって異なるのではないでしょうか。
  三輪山の大神神社(おおみわじんじゃ)などは社殿は拝殿だけであって背後の山が御神体であるようですから、拝殿の背後から拝殿を拝んでもしかたがないでしょう。それに対して、大阪市の今宮戎神社というのは祭神が「えべっさん」という極めて庶民的な神さんで、この神さんは「しょっちゅう昼寝している」「耳が遠い」とも言われる神さんらしく、正面から拝んだだけでは願い事をよう聞いておらんかもしれんので、それで、後ろにもまわって後ろからも「えべっさん、お願いしまっせ」と念を押すという話がある。天満宮の場合、京都の北野天満宮・大阪の大阪天満宮には背面にも拝むようにしつらえられた場所があるので、背面にまわって拝んで良いのだろう。北野天満宮の場合は、本殿の後ろの部分にかつては仏像が配置されていたのが明治の神仏分離で他の場所に移されたというなごりがあるみたいだが、御本社の後ろの位置にも摂社・末社が並んでいることもあって背後にまわっていけないというようなことはまったくない。大阪府豊中市の服部天神宮では、最寄駅は阪急宝塚線「服部天神」駅だけれども、もともと、能勢街道・池田街道に近い場所に設けられた天神宮で、能勢街道・池田街道と阪急宝塚線との間の位置にあり、阪急の駅の側から行って参拝して逆側に行くと、あれ?・・と思うが、阪急の駅の側(西側)とは逆側、能勢街道・池田街道の側(東側)の方が正面だったようで、今では両側から拝めるようになっているようだ。天神・天満・北野系の神社は背後にまわってはいけないという神社は少ないようで、背後にまわらないことになっている神社というのは本殿があってももともとは背後の山が御神体とかそういう神社が多いようだ。
  この静岡県富士市岩淵の天満天神宮の場合は、別に背後にまわっていけないことはないが、参道は正面からだけで、背後から拝むというようにはなっていない。

  スタジオワーク〔最勝寺 靖彦(さいしょうじ やすひこ)・二藤 克明(にとう かつあき)・糸日谷 昌子(いとひや しょうこ)・井上 心(いのうえ こころ)〕『眠れなくなるほど面白い 図解 建築の話』(2020.4.10.日本文芸社)によると、
《 (お寺の場合は)チベット仏教(密教)を信仰するブータンやチベットでは、仏塔の周囲を時計回りに歩きながら祈ります。イスラム教のメッカ巡礼でも人々が渦を巻いて回りながら祈っている姿が見られます。
   日本も古くからそうでした。伊勢神宮の正殿、中央床下に立つ心御柱(しんのみはしら)は、倭姫命(やまとひめのみこと)が聖なる杖を突き挿し、周囲を回ったのが始まりとされます。・・
  ・・
  回るという行為には、円の内側を聖、外側を俗と見なす考え方があります。何度も回れば、聖域の力が強まり、神や仏を呼び込めるということでしょう。回る礼拝が少なくなったのは、平安時代以降のこと。正方形に近かった堂宇(お堂)が扁平化し、庇が設けられたことで、正面からの礼拝が圧倒的に多くなったのです。》
と出ており、「盆踊り」というのは、中央の台の部分に《今年亡くなった人の名を書いて下げる》ようにして、《人々が回ることで中心の像にパワーを与え、今年亡くなった人の荒魂を下す》 《人のつくる輪が聖域と俗域をわける》 という意味がある・・と出ています。
  そういうお寺や神社というものもあるのでしょう。
  ここの場合は小山の上に社殿が設けられていて、別に社殿の背後にまわっていけないということはないけれども、特に後ろから拝むというようにはなっておらず、「回る」場所でもないでしょう。
眠れなくなるほど面白い 図解 建築の話 - スタジオワーク
眠れなくなるほど面白い 図解 建築の話 - スタジオワーク

   天満宮は神社で、清源院は曹洞宗の寺。 本来、神社と寺は別で、特に曹洞宗という宗派は仏教の中でも、もともとは相当、根源的、正統的な宗派・・だったはずだが、曹洞宗はそういう根源的な宗派であっただけに、派の勢力を拡張しようとしてもやりにくくて、そこから妥協して天狗とか河童とかそういった妖怪・物の怪と手を組むことが多くなった・・らしいが、天神=菅原道真 と手を組む理由は何か?
  もしかして、この神社は元から天神・天満系の神社だったというわけでもなく、あくまで、「この地域の神社」だったのかもしれないい。明治維新の後、特に祭神というものは指定されていない「村の社」に、八幡・伊勢・天神・稲荷・熊野・諏訪・祇園・白山・日吉・春日・愛宕・三島・鹿島・金毘羅・住吉・・といった「主要祭神」のいずれかを明治維新政府がわりふって決めたということがあったが、ここの場合はその時に天神社になったか。しかし、八幡・伊勢・天神・稲荷・熊野・諏訪・祇園・白山・日吉・春日・愛宕・三島・鹿島・金毘羅・住吉・・といった系統の神社もその地域によって多い神社・少ない神社というのがあり、地図を見ていると静岡県は天神社はけっこうあるように見えるので、その地域による好みのようなものもあるかもしれない。
  又、農業がおこなわれる地域や、この場所ならば付近に富士川が流れており、富士川は舟による運送の便にもなり恵もあるだろうけれども時には災害ももたらすことがあったかもしれないから、天候の神さま を祀る社が川から近い場所の小山に祀られたが、後に天神つながりで菅原道真も祀るようになった・・という可能性もあるか。
  菅原道真の子孫が流されたと言われる地域では、たとえば、横浜市の永谷天満宮では道真の息子が流されて、京を思って付近の山に登って西の方をしばしば見ていたという話があって、その山のあたりに天神社が設けられているが、ここも小山になっていて、西を見ても京都まではさすがに見えないけれども、もしも、菅原道真に何らかのゆかりがある人がいたとして、京都の方角を見て、京都に帰りたい・・と思うことがあった・・というのなら、ありうる話でもあるだろう。私も、20代の頃、東京の三田のあたりを走る新幹線を見て、この電車に乗ったら大阪に帰れるんだ・・と思ったりしたものだった。北海道の紋別市で国鉄が廃止されるという時、新聞に載っていた話だが、鉄道というのは線路があって、それがつながっているので、地方の住人にとっては、たとえ1日に数本しか来ない列車であっても、そこに線路があるというのは気持ちの上で安心感がある。この線路をたどっていくと札幌にも函館にもつながっている、青函連絡船を通って青森まで行くと、さらにそこから東京にも大阪にもつながっているんだと思うと「ほっとする」気持になるが、バスの場合は30分に1本来るバスでもそういう気持にはなれない・・という話が新聞に載っていたのを見たことがある。特に「流された」わけではなくても、故郷を離れた者が小山に登って故郷の方を見ても故郷の場所まで見えるわけではなかったとしても、それでも故郷の方角を見て、帰りたいという思いで過ごすということはあることだと思う。 横浜市都筑区の横浜市地下鉄ブルーライン・グリーンライン「センター北」駅のすぐ北側に、関西人には馴染みがある阪急があって、その阪急の屋上に梅田の阪急ファイブにあるのと似た感じの観覧車がある。横浜市地下鉄ブルーラインは新幹線「新横浜」駅に直通しており、横浜市地下鉄ブルーラインの「新横浜」駅より北側や「あざみ野」駅で接続する東急田園都市線は関西出身者に人気がある地域だという話があるが、「センター北」駅付近に居住の東京圏在住関西人は観覧車に乗って西の方を見ながら「大阪に帰りたい」と思い続ける・・のかもしれない。
  20代の時、建築現場の交通誘導警備(ガードマン)の仕事をアルバイトでやったことがあったのだが、ある東京都内の工事現場に来ていたおっさんが、大阪出身だと言い、「大阪の方が絶対にいいよなあ」と私に言い、「大阪に帰りたいよなあ」と言いながら、「帰れないよなあ」と言うので、あのおっさん、帰りたいけれども帰れないような何やったんやろうなあ・・と思ったことがあった。だから、小山の上の祠というのは、一番最初のルーツが何であったかにかかわらず、故郷を離れて付近に住んだ者、もしくは、故郷を離れて付近に来た者が故郷を思いながら、故郷の地まで見えなかったとしても、故郷の方角がこちらかなと思う方向を見ながら故郷に帰りたい帰りたいと思いながら見るという場所になっていた・・ということは可能性としてあるかもしれない。その思いがいつしか菅原道真と結びついた・・というようなこともないとはいえない・・か・・。

  今現在は清源院の境内から天満天神宮の祠がある場所に登るようになっているが、元からそうだったのか。 清源院と天満天神宮はどちらが先からあるのだろうか。
  最初から天神社だったかどうかはさておき、「小山の上の祠」の方が先にあって、その手前にお寺が設けられたのか。 お寺の地主神社が天神社に変わったという感じではない。地主神社だと小山の上ではなく、京都の清水寺の本堂の後ろの、今では「恋愛成就の神さま」として売り出して「御守り売り場」みたいになってしまって「おねーちゃんがいっぱい」で男が行っちゃいかんみたいな雰囲気の清水寺の地主神社にしても本堂の後ろにあるように、寺のお堂の後ろあたりとかにあることが多いのではないかな。地主神社という感じではない。
  もともとは別だったのではないか。最初から天神社だったかどうかはわからないが、先に小山の上に神社がある場所の手前に、山岳地に設けられることはけっこうある曹洞宗のお寺が設けられた・・ということか・・。


  登りに見える風景と下りに見える風景は違います。
DSC06522.JPG
  さらに歩むと、左に(北側に)清源院 の お堂の屋根が見えます。↓
DSC06523.JPG
  さらに、清源院の屋根の向こうに富士山が見える。↓
DSC06524.JPG

  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ で、福島県福島市の営業所に転勤して行った人から聞いたことだが、福島市付近の営業所にいた人で、外構工事などを手配した時に業者からの「バック」でもらった金額が(株)一条工務店 の給料よりも高いという男がいたと聞いた。いくらなんでも、(株)一条工務店の給料よりも多い金額をもらったというのはひどすぎないか。 そこまでもらうということは、1件あたりの金額はいったいどれほどなのか。 ええ・・と思っていたら、その後、1990年代なかばだったと思うが、浜松の本社の人間と何の話だったか電話をすることがあった時、浜松の本社の若造が私に「業者からのバックも相当ももらってるでしょうから」などと言うので、びっくりしたということがあった。そんなもの、もらってないよ、俺は。・・あきれた。
 (株)一条工務店という会社は従業員の間で「まったく、ひとの使い方を知らない会社だ」と言われる会社だった。・・実際のところ、「ベンチがアホやから野球ができん!」と言ってやりたい経営者の会社だった。・・で、そう思わされただけで言ってないはずなのだが、この会社の経営者というのは、私は言っていなくても、言われているだろうなあ・・と思うのか、言われたかのように被害妄想を持つのかしていたかもしれない。
  しかし、たとえ、本当に、かつ、面と向かって「ベンチがアホやから野球ができん」と言われたとしても、私は影日向(ひなた)なくこの会社に尽力してきた者であり、「雨ニモ負ケス、風ニモ負ケス」、「滅私奉公」を繰り返してきた者であり、「業者からのバック」なんて、そんなもの、ちっとももらっていないのに、それを何の論拠もなく「業者からのバックも相当もらってるでしょうから」などと言う若造は無礼・失礼であるだけではなく、そういう口を平気できくようなバカ若造に「本社」として電話に出して話をさせている(株)一条工務店の経営者というものは、自分たちがそういう態度をとっているからには、そういう態度を会社から取られた者から「ベンチがアホやから野球ができん!」と言われたとして、なんか文句あるか!!!  文句を言う方がおかしくないか!?! とりあえず、その無礼な口をきいた若造に謝らせた上で、会社経営者としても「申し訳ない」の一言くらいは言うべきものではないのか!?! (株)一条工務店の経営者の辞書には「ごめん」「すいません」「申し訳ない」という言葉はないようだが、普通、毎日毎日、バックみたいなもんもらわずに、滅私奉公を繰り返してきた者に対して、言うべき文句というのがあるのではないのか。
  うちの母親の実家が、昔、比較的はぶりがよかった時期に、いなかから女中さんに奉公に来た女の子がいた時、祖母(母の母)は最初に「あんた、悪いけど、この部屋をちょっと掃除してくれるか」と言ってある部屋の掃除を頼み、その際、あらかじめ、机の脚元に小銭を何枚か落しておく・・ということをやったというのだが、そうすると、「奥さん、これ、落ちてました」と言って持ってくる子と、黙っておのれの懐に入れる子とがあったそうで、そういうことをすることで、「ほお、この子はそういう子か」と見るようにしていたというのだが、私は(株)一条工務店に入社以来、一貫して「奥さん、これ、落ちてました」と言って届ける方の勤務態度で勤めてきたはずだった・・が、「ベンチがアホ」の会社の経営者は、そういう人間に向って「バックも相当もらってるでしょうから」とそういう口をバカ若造に言わせるのだった。そういう会社経営者が「ベンチがアホやから」と言われても・・・なんか、文句あるか!?! 文句あるならどういう文句があるのか言ってみろ、アホ!!!

   さらには、2000年頃だったかのことだ。
   お客様と契約する際に、私がいた時の小堀住研(株)では、比較的安い金額の契約の場合は100万円、ある程度以上の金額の場合は300万円とかを「着手金」として銀行振り込みで入金いただき、その後、残りを3分割で払っていただくようにしていたが、住宅金融公庫などを利用する場合は金融公庫の支払い時期に小堀住研(株)が代理受領できるようにしてもらえばそれでいいとしていて、銀行振り込みで支払ってもらうようにしていが、最初の着手金だけは現金で払いたいという希望の方には現金で受け取るということをしていたが、(株)一条工務店の場合はすべての契約について、契約時にいただく金額は一律に100万円としていて、必ず銀行振り込みで払っていただくということにしていて、現金で渡したいと希望される方でもそれはお断りして銀行振り込みにしていただくというようにしていて、住宅金融公庫を利用される場合には、つなぎ融資を組んでいただいて支払ってもらうというようにしていた。
   2000年頃のことだが、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県栃木市の展示場にいた人で、契約していただく際にお客様に「最初の着手金については現金でいただくことになっております」と言って、契約客から現金100万円を受け取って、「これが仮の領収証です。後から正式な領収証が郵送で届きます」と言って自分の名刺の裏に「100万円、受け取りました」と書いて渡して、その100万円を持って「消えた」という人がいたらしい。
   しかし、「消えた」といっても、日本国内で「消えた」からには、いつかはどこかで出てくることになるであろうし、もっと多額の金額ならともかく、100万円なら使いだすとすぐになくなる。たとえば、少し前に、東京都の恵比寿だったか一等地の土地の所有者でもないのに所有者であるとかたって積水ハウス(株)から何億円のカネをだましとった「地面師」がそのカネを持ってフィリピンに逃亡したとか、さらに前、青森県の職員に取り入って何兆円のカネを取得してチリに逃亡した女性がいたとか、そのように何億・何兆のカネを持って海外に逃亡するとでもいうのならまだしも、たかだか100万円のカネを持って日本国内に逃亡しても、いつかは見つかるし、100万円くらい持っていても使いだすとすぐになくなる。何よりも、(株)一条工務店に入社する時に「保証人」というのを立てて入社しているのだから、会社はその保証人の所にそのカネを返してくださいと言いにいくことになるだろう。・・だから、それはいいか悪いかといえばいいわけないのだけれども、いい悪いの問題と別に、「なんか、しょーもないことやっとる」という感じがする・・し、それよりも以前の問題として、(株)一条工務店の採用担当者というのは、何を見て採用しているのか? な~んも見てないのと違うのか。バッカじゃないか・・というよりも、アホやろ。
  そういうことをやった人が、「そういうことをやった人」という扱いを受けたとしても、それはやった本人が悪いだろう。しかし、私はそんなことやったことはないにもかかわらず、「業者からのバックだって相当もらってるはずですから」とまったく何の論拠もなく本社のバカ若造が電話で言うのだった・・が、こういうことをバカ若造に言わせている(株)一条工務店の経営者というのは、そのバカ若造にそういう文句を言われた者に「申し訳ない」の一言くらいは言う必要があるのではないのか!?! (株)一条工務店のオーナー経営者一族の辞書には「すいません」「ごめん」「申し訳ない」といった言葉はないらしいが、そんな欠陥辞書では困るので、まともな辞書を購入して用意するようにした方がいいだろう。カネなら従業員の給料へつったカネをいっぱい持っているのだから。それこそ、従業員の給料へつったカネから浜松市に300億円も「おすそわけ」するくらい、従業員の給料へつったカネをいっぱい持っているのだから。
  100万円もって消えた人は、会社の備品として備えている切手を持ち出して換金する・・なんてこともしたそうで、切手なんて換金してもたいした金額にならないのではないか、いい悪い以前に、「(労力+リスク)と利益を比較考量して考えるなら」、たいして儲かる話ではないのではないか・・と私などは考えるのだが、ところが「塵も積もれば山となる」そうなのだ。それだけ、マメなら、そのマメなところを活かして真面目に営業活動をやれば、成果も出たのではないのか・・と思えないこともないが、そういうことをした人もあったらしい。・・しかし、「そういうことをした人もあった」かもしれないが、悪いのは「そういうことをした人」と「そういうことをした人」を採用した採用担当者と経営者であり、私はやっていないのだから、やっていない者を「そういうことをした人」と一緒にするのは、それは失礼・無礼であろう。

  1980年代後半、小堀住研(株)で松戸営業課の課長だったUさんの契約客から紹介をいただして、紹介客にもご契約いただいた時、紹介していただいた方の所にUさんが知らないうちに郵送でお礼が届けられたということがあったそうで、Uさんの所にその紹介者から「私はあなたがよくやってくれたと思うから、だから、あなたの営業成績になればいいと思って紹介したんですよ。別にお礼がほしかったのではありませんよ。紹介した人が契約になったのなら、あなたが来てお礼を言ってくれるものでしょう。黙って郵送でお礼を送りつけるというのはそれは失礼でしょう」と怒られたそうで、Uさんとしては、当然、お礼に顔は出すつもりにしていたけれども、その前に会社から郵送でお礼を送られてしまったらしく、本社の係に「営業担当者の自分に渡してもらって、自分がそれを持ってお礼に行くものだと思っていたら、自分に無断で紹介者に郵送で送られたが、なんで、そんなことをするのか」と抗議したようだった・・が、どういう返事だったかというと「営業さんに持っていってもらおうとすると紹介してくれたお客さんに渡さないで自分の懐に入れる人がいますから、だから、会社から直接郵送するようにしているのです」と言われたらしい。Uさんとしては「俺はそんなことしてない。俺はそんなことしない」と心外だったようだ。「もし、そんなことするやつがいるのなら、そういうことをするやつを取り締まるべきだろう。俺はやってないのに、やってない人間に『自分の懐に入れる人がありますから』とは何だ、それは」と相当不快だったようだった・・・が、会社のその係の人間としては、おのれの懐に入れる人とそうでない人を見分ける能力がないから一律に会社から直接郵送することにしていた、ということなのだろう。
  私もそういうことをやったことはない。会社の経営者というものは、もし「この部屋を掃除してくれるか」と頼んで、その前に机の脚元に小銭を何枚か落としておいて、掃除してもらったなら、「奥さん、これ、落ちてました」と言って持ってくる者と、黙って自分の懐に入れる者と見分ける能力というものを持つべきだ。花登 筺(はなと こばこ)『鮎のうた』では、大阪船場の糸問屋 糸原商店で、入ったばかりの「おなごし」の「おゆう どん」(あゆ)が先輩の「おなごし」からいびられるのを「ごりょんさん」が見て、「船場の店では、一日(ついたち)と十五日の月に2日が休みで、その日だけは奉公人も出かけることができるようになっておるんやけども、あんたら一番下のおなごし と 下から二番目のおなごしは、お留守番でずっとおらんといかんのやけれども、あんた、お咲どん(下から二番目のおなごし)に、『お咲さん、わてが見てますから、少しの間だけ、そのへん、見てこられたらどうですか』と言うてみ」と知恵をつけるが、そうしたところ「お咲どん」は「あんたも、しおらしいこと言うことあるやないの」と言って喜んで、近所を歩いてくるが、戻ってくると、今度は「ごりょんさん」の部屋に忍び込んで、「ごりょんさん」が持っていた「おかき」の箱を持ち出して中の「おかき」を食べた上で、「おゆう どん」(あゆ)がいる部屋の「おゆう どん」(あゆ)がいる後ろのあたりにその「おかき」の箱を置いていき、「ごりょんさん」が帰ってくると真っ先に飛んでいって「おかえりやすう」と言い、「おゆう どん」(あゆ)に「ごりょんさん」の「おかき」を「ごりょんさん」の部屋から持ち出して食べたという濡れ衣を着せようとする・・が、帰ってきた「ごりょんさん」は「おゆう どん」(あゆ)に「わてのおかきを食べたのは、おゆうどん、あんたか?」と尋ね、「おゆう どん」(あゆ)が納得いかないままに、「へえ」と答えると、「ごりょんさん」は、「嘘つきなさんな」と言う。「わての部屋に入っておかきの箱を持ち出して食べたのはお咲どんやろ。あんたとは違う」と言う。「わてが帰ってきた時に『お帰りやす』言うて飛んできたお咲どんの口から、おかきの匂いがぷうう~んとした。あんたの口からはまったく匂いはせん。わての部屋からおかきを持ち出して食べたのはお咲どんや。あんたとは違う。あんた、わてがこんなこともわからんとでも思うたんか」と。「ええか。わては、あんたに、お咲どんに『お咲さん、わてが見てますから、少しの間だけ、そのへん歩いてこられたらどうですか』と言ってちょっとだけ機嫌とってみと言うて知恵はつけた。そやけどな。だからと言って、自分がやってもおらん濡れ衣を着せられて、それを『やりました』なんて言えとはわては言うてへんで。自分がやってもおらんことを『やりました』なんて、そんなこと、言わんでよろしい」と「ごりょんさん」は言うのだった。私は(株)一条工務店という会社に入社以来、一貫して、机の脚元に小銭が落ちていたならば「奥さん、これ、落ちてました」と言って届ける勤務の仕方を続けてきたはずだった・・にもかかわらず、(株)一条工務店の浜松の本社の若造はその私に向って何の論拠もなく「業者からのバックも相当受け取ってるはずですから」などという口をきいた。その発言について、(株)一条工務店の経営者から「申し訳なかった」という一言すらもなかった。今に至るまでない。机の脚元に小銭が落ちていたならば「奥さん、これ、落ちてました」と言って正直に届ける勤務態度を続けてきた者、「ごりょんさん」が外出中に「ごりょんさん」の部屋中にはいって「おかき」を持ち出して食べるような「お咲どん」のような態度ではなく、誰も見ていなくても決してそんなことはせず店のために働く「おゆうどん」のような態度を一貫して取ってきた者に対して、(株)一条工務店のオーナー経営者一族の態度はあまりにもひどいものであった。そういう態度をとってきた経営者が「ベンチがアホやから野球ができん」と思われたなら、悪いのはそう思った者の方か? そうではあるまい。「アホ」な「ベンチ」の方であろうが! 違うか? 違わんだろうが。「アホ」な「ベンチ」こそ反省する必要があるはずだ。

  1998年後半だったか1999年前半だったか、1998年後半だったように思うのだが、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県佐野市の展示場に在籍していた時のことだ。 栃木県宇都宮市で地域振興整備公団の分譲地だったかの申込だったか当選発表だったかが分譲地でおこなわれていて、そこに行って、来場した人に(株)一条工務店のカタログを渡してアプローチするように栃木県地域の営業所長の五十嵐が考えて、栃木県内の展示場に、毎週、交替でそこに詰めるように、各展示場から1名、行くようにしてくれと言ってきた。話を受けたのは「リーダー」になっていた武田さんだったが、その時点で佐野営業所には営業は武田さんと私とを含めて5人いたのだが、武田さんはその時点で辞めるつもりにしていたようで、転職のための求職活動をしていたのか、佐野営業所に割当の日は私用で休みとしていた。佐藤さん(男。当時、30代なかば)が「そんなもの、行く人間なんて〇〇さんしかいないじゃねえかよお」と私しか行く人間はないと言うので、どういうことなんだ? と思った。私と武田さん以外の3人は、その佐藤さん(男。当時、30代なかば)ともうひとり、渡辺さん(男。当時40代前半)の2人は、辞めるのか辞めないのか・・みたいなことを言っていて、転職先の検討もしていたみたいな感じだったのだが、はっきりと辞めるとも言っていなかった。もう1人の上岡(男。当時、40代前半)は所長の五十嵐と経歴が似ていることから五十嵐のお気に入りだったがモノグサな性格の男なので、佐野市勤務で藤岡町在住の男が宇都宮市までなんか行くわけなかった。「行くわけない」と言っても、私ならば、たとえ、従業員の側で行きたいと思わない場合でも、会社の使用者が行ってくれと言うのなら行かないわけにいかないだろうと考えるところだったが、そのあたりは私と上岡では思考が完全に違った。
   宇都宮市までは佐野市からは同じ栃木県でもずいぶんと遠く、宇都宮市まで営業に行くくらいならば、今までいた福島県の見込客をそのまま追客した方が合理的で効果も出そうな感じだった。 ↑ の佐藤さん(男。当時、30代なかば)の場合は自宅が群馬県大田市で、大田市から佐野市まで通勤していたということもあり、そこからさらに宇都宮市まで行くということには感覚的にも抵抗はあっただろう。
   私は「リーダー」の武田さんに「それは、権利としてのものなのか、義務としてのものなのか、どちらなのですか」と言ったのだ。もしも、各営業所に「権利」として順番が振り当てられるのであれば、佐野営業所(展示場)に勤務している者にとては、宇都宮市の分譲地までわざわざ行くというのは大変で負担が大きすぎるので、その「権利」は辞退して宇都宮市か石橋町か、もっとその分譲地に近い場所の営業所の人にその「権利」を渡していいのではないか、そうではなく「義務」として順番に詰めないといけないというものであればしかたがないから、誰かが行って当番として詰めないとしかたがないが、「権利」的なものならもっと近い場所の営業所に譲った方が互いにいいと考えたのだ。それで、武田さんに「それは、権利としてのものなのか、義務としてのものなのか、どちらなのですか」と言ったのだが、言っても「さあ」と言って答えない。「五十嵐所長にきいてみてもらえませんか」と言っても、きかない。
   そうすると、私の半分未満の在籍年数の佐藤さん(男。当時、30代なかば)が「そんなもの、行く人間なんて、〇〇さんしかいないじゃねえか」と私しか行く人間いないと指名するので、それで、佐藤さん(男。当時、30代なかば)と渡辺さん(男。当時、40代前半)の二人はもう辞めるつもりでいるから、だから、辞める人間が新たに接客してもしかたがないと考えていて、上岡(男。当時、40代前半)はどう考えているのかわからないが、自分のことしか考えない人間で、性格がモノグサであって佐野市から宇都宮市までなんて行くわけない人間だったので、それで、私しか行く人間はないと言ったということか・・と考えたのだった。そうなると、「自分は所長のお気に入りだから、自分がやりたいことだけやる。自分はやりたくないものはやらない」というのが通じると思っている上岡は除外して、もう辞める予定の佐藤さんと渡辺さんも除外して、私用でその日は休むという武田さんも行けないということで、私が行くしかないということになった。
   ・・で、結局はどうだったのかというと、自分と渡邊さんはもう辞めるから接客してもしかたがないから行かないと言ったはずの佐藤さんは、まだ辞めなかった。佐藤さんも宇都宮市まで行きたくないだけだったのだ。その点については佐藤さんも上岡と一緒だったのだ。なんだ、それは。
  ・・で、そんな連中ばっかりならば、おまえら、みんなそれやってろ・・と思い、私が宇都宮市まで行って分譲地で来場者を宇都宮市付近の営業所の男と2人で相手にしたのだが、そこで住所・氏名を記載してもらっても、追客しようとすると佐野市から宇都宮市まで往復するのは往復するだけでも時間がかかって効率が悪く、普段、佐野市の展示場に来場した方でも宇都宮市付近の人がたまに来られた場合には追客は断念したりすることがあるくらいであり、すぐに契約してもらえるわけでもないのに、佐野市の展示場に勤務している者にとっては宇都宮市に在住の見込客というのは、「契約の可能性がないとまでは言えない」という人は負担でしかなかった。だから、他の人間が嫌がって行かなかったのを、そういう自分のことしか考えない営業していてはだめで、営業所として運営を考えないといけないと考えて、いわば、私が犠牲になって宇都宮市まで行ったのだった。当然、所長は私がそういった負担をかぶっているということは知っていないといけないはずだった・・が、「ベンチがアホ」というのか「アホなベンチ」の五十嵐にそれを理解できるだろうなどと期待するのは、それは八百屋で魚を求めるようなものである。「アホ」なんだから、その人は。

   五十嵐は「高卒の営業所長」だけあって「やることが高卒」だった。毎晩、午後9時を過ぎてから日報を五十嵐がいた宇都宮市だったか石橋町だったかの展示場にファックスで送れと言うのだった・・が、そんなことやったら、毎晩、労働基準法違反の時間外労働、1週40時間、1日8時間の労働時間制限を超えて働かせているという証拠ができるだろうが、片方で「『労働基準法は守らない』というのが会社の方針で、会社のルールだ」と営業本部長の天野隆夫が明言する会社だったが、それでも違法であるから証拠が残らないようにするのかと思ったら、栃木県地域の所長の五十嵐は、わざわざ、証拠になるものを作っていた。
   それで、所長の五十嵐は、私が宇都宮市の分譲地で接客した人の所に佐野市から何度も往復していたのでは往復するだけで大変で佐野市近辺の見込客の仕事ができなくなってしまうので、ある日曜日を1日だけ、宇都宮市の見込客専用の日として一日かけて一通り回るようにしたことをとがめて、「なんで、日曜日の昼に訪問するんだ」と文句を言ってきたので「ですから、平日の夜に訪問すると1件か2件、うまくまわれても3件が限度で、佐野から宇都宮まで何度も何度も往復したのでは仕事になりませんから、だから、日曜日を1日使って、その1日だけで宇都宮市の人の所は一通り回るようにしたのです」と説明すると、「何、言ってんだ。平日に行けばいいだろうが、おまえはあ」と文句を言うだけではなく、私の日報を持ち出して「おい。この時間におまえは宇都宮市でパチンコやっていたんだろう。わかるんだからなあ」と、産まれてから、小学校に行く前に近所の神社のお祭りの時の屋台のパチンコしかパチンコというものはやった経験がない男に向かって言うのでした。
  「やってませんよ。パチンコなんて。なんで、わかるんですか」と言うと、「わかるんだよ、俺は。おまえはパチンコやりに宇都宮まで行ったんだろう。嘘つくな。俺はわかるんだからな」と言うので、私はこの人は「浜松出身」ではなく自分自身で栃木県で努力して営業してきた人だから「浜松産まれ」「遠州人」の「オリジナル営業」の所長よりはマシかと思ったら、そうではないようだな。こいつは、アホやな! とよくよくわかった。又、この人に日報おくっても労基法違反の証拠を作成しているという以外にはまったく意味ないなあ・・ともわかった。
  しかし、パチンコなんて、小学校に行く前に近所の神社のお祭りの時の屋台のパチンコしかやったことがない男に向って、「おまえはパチンコやっていたんだろう。わかるんだからなあ」とは、よくまあ言ったものだ。「おまえ、アホだろう。わかるんだからなあ」と言ってやればよかった・・、なんであの時、言わなかったのだろうと今は後悔している。
  だから、意図的に机の脚元に小銭を落としておいて「あんた、この部屋、掃除してくれるか」と言って掃除させてみて、「奥さん、これ、落ちてました」と言って持ってくる子と、そうではなく黙っておのれの懐に入れる子とを見分ける・・ということをできる「ごりょんさん」とそうではなく、産まれてから小学校に行く前に近所の神社の祭りの時の屋台のパチンコ以外パチンコというものはやったことがないという男に向って、その男の「お気に入り」の男などはモノグサなものだから自分に得しないものなら宇都宮までなんて絶対に行かないからしかたなしに私が行ったのに、営業所全体のために自分を犠牲にして宇都宮市まで行った者に向って「おまえ、パチンコやっていたんだろう。俺はわかるんだからなあ」と言うアホというのは、それは、片方で、机の脚元に落しておいた小銭をその子はどうするかを「ごりょんさん」に見られていたということとともに、正直に「奥さん、これ、落ちてました」と言って届けるという勤務態度を取り続けてきた者に向って五十嵐のような態度を取るアホ営業所長というのは、「こいつ、アホやな」と見られるということになる。自分が見ることができるかどうかだけではなく、「見る能力がない人やな」と見られることになる。
  その営業所の人間、特に五十嵐の「お気に入り」の人間なんていうのは、五十嵐が「お気に入り」にするくらいだから、勝手な男で、自分に得するものでなければ営業所として必要なものでも絶対にしないという人間で、自分の倍以上も在籍している「副店長」の私にでも平気で勝手に用事を押しつけるようなことをする男だったわけだが、そういうのを知らない・見えないアホ、開きメクラだったのだ。営業所のためを思って自分を犠牲にして勤務していた私に向ってそういう口をきいた五十嵐は、その件について「申し訳なかった」の一言くらい言ったらどうかと思うのだが・・この男は絶対に言わない。「なんで、そんなもの、言わなきゃならんのだ」とか思っているだろう。そういう男なのだ、自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」というのは。
  そういう連中が「ベンチがアホやから野球ができん」と思われたならば、悪いのは思った人間の方だろうか。違うだろう。「アホ」な「ベンチ」の方と違うのか。「ベンチがアホやから」と思われたくなければ、「アホ」な「ベンチ」であることを改めることであろう。おのれが「アホ」のくせして、人の所為にするんじゃねえよ! アホ!

  YouTube に元プロ野球選手が登場して話している動画がけっこう出ているが、田尾(元中日・西武・阪神)はプロ野球ニュースに出ていた時から理論的でもっともなことを言うと思っていたがYouTube でも同じく理論的でもっともなことを言っている。又、楽天の監督をやった時、ある二軍コーチが選手に「正座しろ」といったことをさせていたので「そういうのはやめてください」と言った、その選手だって妻もあれば子もある人間だし、たとえ独身の選手でもそういったことをさせるのはやめてくださいと言ったとか、そういう話を聞くと、田尾が1年だけで解任されて他のチームでも監督・コーチをやることがなかったのは残念な気がする。 「これはおもしろい♪」と思ったのが元ヤクルト監督の真中で、ヤクルトの監督やめてから、なんだかニコニコしているが、本音がでてきて面白い。それ以上に面白いのが愛甲(ロッテ・中日)。何回見ても噴き出す。どう面白いか・・と言っても、視聴してみると実感する。⇒(YouTube デーブ大久保チャンネル 愛甲)https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%96%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%80%80%E6%84%9B%E7%94%B2
  その デーブ大久保のチャンネル《YouTube-第十一話 星野監督は機嫌がいいと○ネタばかり言っていた》https://www.youtube.com/watch?v=NS8qk7ZEMxY 7:17~ で 愛甲がロッテオリオンズの選手だった時のことを話していたが、愛甲が、GMの広岡からこういう報告があって・・と、酒がどうこうということで二軍に行かされたことがあり、その際、愛甲は酒はまったく飲まないということを通訳がバレンタインに話したところ、バレンタインはそれを聞いて机に手をついて頭下げて「すまん」と言った・・といった話をしている。
⇒《YouTube-第十一話 星野監督は機嫌がいいと○ネタばかり言っていた》https://www.youtube.com/watch?v=NS8qk7ZEMxY 7:17~
そういうところで「すまん」と言えるか言えないかというそのあたりがバレンタイン監督と五十嵐との違いだろう。自分が悪かったと思えば、その件について「すまん」と言えば良さそうなもので、たいして難しいことではない・・ように見えるがそれは難しくない人にとってのことで、バレンタインにとっては難しくないことだが、五十嵐さんにとってはむっちゃくちゃ難しいことなのだ( 一一)
  何で読んだか忘れたが、行きたいと思う大学にすべての人が行けるわけではなく、こんな学校なんか行きたくないと思うような所しか通ることができなかったという人もいると思うが、そういう際、はっきりと、それなら行かないと決心できるならいかなくてもいいが、もしも迷うようならば行っておいた方がいいのではないか・・と書いていた。ひとつは、迷って行かなかったとして後で後悔する度合いと、迷って行って後で後悔する度合いとでは行かなかった場合に後悔する度合いの方が後悔の度合いが大きいと思われるという点で、もうひとつは、高卒の人と大卒の人を比べると、高卒の人でも優秀な人はいるかもしれないし、人によっても違いはあるだろうけれども、一般に、高卒の人には大卒の人と比べて「精神的に余裕がない」人が多いように思う・・・といったことを書いていた。1980年代、「朝日ジャーナル」に長谷川明というい「評論家」が「モラトリアムの勧め」と題して、最近、大学生というものはモラトリアム人間でいかんとか言う人がいるけれども、そう言わなくてもいいのではないか、こういう大学に行ってこういうことをしたいと思ってそういう大学に行ければいいが、行けなかった時に、こんな大学行くもんかと思ってやめるのならやめてもいいけれども、迷うようなら行っておいた方が後から後悔する度合いは小さいのではないかということと、別に、4年間、モラトリアムの期間を過ごすのがいかんとか言う人がいるけれども、そんなに言わなくてもいいのではないかということを述べていたが、そこだったか、他の場所で他の人が書いていたか記憶が曖昧になってしまったが、そういったことを書いていた人がいた。
  たしかに、(株)一条工務店の「高卒の所長」を見ると、五十嵐さんにしても、まったく無能ということはないし、実際、五十嵐さんは自分自身で(株)一条工務店の発祥の地の静岡県や隣接県の愛知県ではなくそれとは異なり条件も異なる部分もある栃木県で自分自身で営業の仕事をしてきた人だけに、話すことを聞いても、そこから身に着けたものは間違いなくある人だとわかるのだが、↑ で述べたように「高卒の人を見ると、大卒の人間に比べて精神的に余裕がないところを感じることがある」というのは、あてはまるように思う。 2001年、栃木県小山市の営業所にいた某さんの知り合いだということで(といっても、飲み屋で知り合ったというだけの知り合いらしいが)佐野展示場に中途入社した小嶋(男。当時、40代)という男は困った男で、日曜日の午後、住宅展示場に一番多く人が来場する時間帯に、展示場の目の前の来客用駐車スペースに自分のクルマをわざわざ「斜めどめ」して2台分占拠して、そこに来客が駐車できないようにしてとめており、それを見て、「この男はおかしい」「この男はまともではない」と思ったということがあったが、五十嵐さんなどはそんなことは絶対にしない(私もしないし、別に特別に優秀でなくても、特に営業経験が豊富でなくても、営業経験なくても普通そんなことする人間なんてあんまりないけどな・・)。五十嵐さんの場合、栃木県の石橋町の(株)一条工務店の栃木工場の従業員用駐車場にクルマを停めるような場合には、いかにも「俺が営業所長なんだぞお」と言いたいらしいなあ・・て感じで一番いい場所にいつも停めているのだが、総合住宅展示場内の(株)一条工務店の展示場に来る場合には、展示場のすぐ前は来客に停めてもらう場所だから従業員が停めるのはもってのほかであり、所長であれ何であれ、そんな所に停めてはならないということは頭でよりも体が身についている(私だってそうだし、何年か営業やった人間はたいていそのはずだけれどもな。時々、けっこうな年数やってるにもかかわらず身についてない人もいるけれども)。それがいいような悪いようなで・・というのか、それは悪いということはないのだが、従業員用駐車場に停める場合に、「おれは所長だぞお」というように一番いい場所に停めなきゃ気がすまないという姿勢を見ると、「ああ、やっぱり、この人は高卒の所長だなあ」という印象を持つ。私ならば、自分が立場上、一番いい場所に停めてもいい立場である場合でも、「別にそんなの、どっちだっていいじゃん」と思ったり、むしろ、そうでない場所に停めて、ちょっと様子を見てやろうか・・とか考えてみたりするものだ・・が、そういう時に「高卒の所長」というのは「おれが所長だぞお」という態度を取らなきゃおれない症候群・・が出てくる人が大変多いのだ。これは五十嵐さんだけではなく、他にもそんな人はいっぱいいるので五十嵐さんだけが他の人間より悪いということではないし、片方で展示場に行くような時には、来客用の場所に停めたりは天地がひっくり返ってもしないというのが徹底して身についているというあたりは、当たり前のこととはいえ、さすがだなあ・・というところである・・が、やっぱり、片方で「高卒の所長やなあ」てところはあるのだ。自分が間違ったことを言ってしまったとわかれば、「すまん」でも「ごめん」でも「悪かった」でも「申し訳なかった」でも、言い方は何でもいいから、一言、そういう意志表示をしたらどうかと思うのだが、「謝ったら負け」みたいな意識(まるで、けーさつみたいや)を持っていて、言えない言わない。一言、「すまん」「申し訳ない」と言っても、それでその人の値打ちが地に落ちるというものでもないのだが、それを言えない。そのあたりに、高卒の人の「精神的に余裕がない」というところが出ているのか?・・・と感じるようなそんな人が(株)一条工務店にはけっこういた。・・いっぱいいた。

   佐野展示場にいた5人のうち、武田は私用でその日は休むと言ったが、後から考えてみると、辞めるつもりで転職のための活動をしていたのかもしれない。 どうも、(株)一条工務店という会社は転勤に応じると、この人間はどこに行ってくれと言うといくらでも言うことを聞く人間だとなめてかかる経営者の会社だったようだ。 営業系の職種だけではない。 1993年初旬、東京都江東区亀戸に新しくできた展示場に来場された方から「大島で建てることはできますか」と尋ねられた営業がいて、「大島」というと「東京都江東区の大島(おおじま)」かと思うとそうではなく、「伊豆諸島の大島(おおしま)」、「伊豆大島(いずおおしま)」だったということがあった時、接客した担当者が営業本部長で東京営業所長兼任の天野隆夫にそれを話すと「契約したら建てられるようにしてやる」と言われたということで、どういう意味なんだ? ・・と思ったのだが、どうも、大工で日本全国どこにでも出張で行ってくれと言われると行ってくれる人がいたらしく、大工さえおれば、それ以外の職人は現地で調達するなり何なりとできる・・という構想だったみたい・・というのか、たいていの場所に職人はいるわけで、それまでつきあいがない人間でも市役所の建築科かそういう所に業者・職人を紹介してくださいと言えば、市役所の建築科などには名刺入れが机の上においてあってそこに名刺を入れてまわる業者とかもあり、紹介してもらうということだってできるみたいだった・・が、そんな方法でいいのか・・といっても、それぞれの地域で最初の1軒目はそんなものだから、「契約とったら何とかする」なんて言われて、「大丈夫かいやあ・・」なんて思っても、そういうやり方をやってきたのが(株)一条工務店という会社だから、「そんなもの」なのかもしれない。
  但し、これまでは施工していなかった地域だけれども、それまで施工していた地域の隣くらいの場所ならば、「なんとかする」というのもわかるが、伊豆大島となると離島であり、行く人間も何か月か泊りがけになる・・が、伊豆大島でなくても何か月か泊りがけの出張でも行ってほしいといえば行ってくれる大工がいたようなのだ。福島県いわき市の営業所にいた時、他の営業の担当の家の上棟の手伝いに行った時に手伝いに来ていた大工の人で、「あんた、どんな所をやってきたの?」ときかれて、「離れた所ばっかりだ」と答えていた人がいたのだが、その人かもしれない。ひとによって、自宅からあまり遠い所では嫌だという人もいるが、あまりにも自分の都合ばっかり言っていて仕事をまわしてもらえないとなっても困る。しかし、何か月か泊りがけとなると、嫁さんも子供もある人は嫌がる場合が多い。そういう時に、独身の大工で何か月か泊りがけで行ってほしいと言われれば「いいですよ」と言って行ってくれる人がいたらしいのだ。そうなると、「あの人は独身だからどこでも行くから」と評価されてしまうことになるようだった。それはおかしくないか。独身であっても、何もいつまでも独身でいると言っているわけではないし、自分に仕事をまわしてくれる会社の為なら協力しようと思って協力すると、その人にはそんな仕事ばっかりまわすというのは、それは物の考え方としておかしくないか。
  私は(株)一条工務店に応募した時、「ビーイング」の求人広告には「転勤はありません」と記載されていたのだが、しかし、慶應大学商学部卒と記載した履歴書を提出して応募したならば、ありうるのは「総合職」「全国社員」としての採用か不採用のどちらかで、「一般職」「地域限定社員」としての採用というのは希望してもないと思っていたので、求人広告に何と書いてあっても、慶應大学商学部卒と記載した履歴書を提出して入社したからには採用される場合には「総合職」「全国社員」としての採用であって、「一般職」「地域限定社員」としての採用はありえないと考えていたので、当然、「総合職」「全国社員」としての採用であると考えていた。それゆえ、私は「総合職」「全国社員」として入社したと思っているから福島県いわき市の展示場に転勤してもらいたいと言われた時も転勤したし、栃木県佐野市の展示場に転勤してもらいたいと言われた時も転勤した・・のだが、こちらとしては、当然のことながらそうやって転勤に応じて、負担を払ってきた者はそれに対して会社は評価するのは当然のことだと認識していたし、まさか、そんなところで「やらずぶったくり」をやる会社なんてないと思い込んでいた。ところが、(株)一条工務店は違った。(株)一条工務店という会社は会社のためを思って転勤すると、逆になめられてしまって、「こいつは言うことをきく人間だ」と思われてしまうようだった。
  1998年に栃木県佐野市の展示場に転勤した武田さん(男。当時、30代)は年齢は私より若いが茨城県の展示場に私より少しだけ先に入社した人だったが、本人にどこに長くいましたかときくと、「同じ所に1年以上いたことないですよ」という話で、どうも、「転勤してもらいたいんだけどいいか」と言われて「いいですよ」と会社の為なら協力しようと思って応じてきたら、私などとは違って近場での移動だったが、あっちに行ったりこっちに行ったりと茨城県内での移動だったが場所を変わってばっかりで同じ展示場に続けて1年以上おらせてもらったことがない・・ということだった。近場での移動であれば「いいですよ」と応じる人だと、(株)一条工務店の経営者というのは、この人間は「近場での移動ならいくらでも応じる人間」だと評価してそういう扱いにしてしまうらしかった。
   やっぱり、会社というものは、会社の為に遠方への転勤でも応じてきた者にはそれに見合った評価、近場での移動なら応じるとして協力してきた者にはそれに見合った評価をするべきではないのか。ところが、(株)一条工務店という会社は、会社の都合をきいて転勤すると、「この人間は言うことをきく人間だから」と思い込むらしいのだ。そうなると「協力させられただけ」の人間はそのうち思うようになる。「ふざけんな!」と。
   武田さんは佐野展示場への転勤には「転勤してもらっていいか」と営業本部長の天野隆夫から言われて「いいですよ」と答えたけれども、あくまでももっと近場での移動だと思っていたら栃木県佐野市だった・・ということだったらしい。
  渡邊さんと佐藤さんの2人も、渡邊さんは小山から、佐藤さんは群馬県の大田市からと、通勤可能圏とはいえけっこう離れた場所から佐野市まで通っていた。もともと地元の住人だったのは上岡くんひとりだけだったが、彼はモノグサな性格であり、いつでも自分の都合をひとにきいてもらえるものと考える我儘な性格で、気に入らないと暴れるという「爆発力がある」という特徴がある男だった。
  大田市から通っていた佐藤さんにとっては佐野市まで来るだけでも大変なのに宇都宮市まで佐野からさらに行くとなると、うんざりするという気持はわからないこともないが、佐藤さんでなくても私でも宇都宮市まで佐野から行くと思うと、うんざりするものだった。
  なんで、私に行ってもらおうと佐藤さんが考えたかというと、佐野から宇都宮まででも行こうという気力のある人間なんて私くらいしかいないだろうと思ったらしい。1986年、(株)一条工務店の初代社長のドバカ息子で関連会社の(株)日信の社長になっていた大澄隆史が東京から高速道路をクルマでぶっとばして往復するという「羽柴秀吉の中国大返し」みたいなことをやって、浜松市在住の女性を刃物で刺し殺して「相手が悪い」と主張するという『水滸伝』の中の登場人物 「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」みたいなこと、まさに「梁山泊の精神」を実行したその直後、10月から消費税が上がり、住宅建築業の業界は「需要の先食いをした」とも言われ、本当に景気が悪くなった・・のだが、そこで、住宅展示場の何か月前・何年か前の過去の来場者とか、自社には来場しなかったが総合住宅展示場に来場された方のお宅に訪問してアプローチをかけるということをやれと(株)一条工務店の本社は言ってきたのだった・・が、佐野展示場にいた5人の中でそれをやったのは私ひとりだけだった。そんなもの、やったって契約にならないと思って「コストと利益を比較考量して」考えると相当の労力がかかるのでやらないという人ばっかりだったようだ・・が、私は佐野展示場に赴任してすぐの時に、住宅建築業の営業はその地域について理解しないといけないと考えて、それで、その地域について理解するには付近の名所旧跡に行って悪いということはないし、「佐野らーめん」食べ歩きなんてやりたければやっても悪いということはないだろうけれども、それよりも、実際にその地域の見込客と多く接することだと思い、それで契約になってもならなくても、ともかく多くの見込客と接することがその地域を理解することになると思って、過去の来場者や総合住宅展示場の来場者へのアプローチをやった。しかし、それをやるのは私ひとりだけだった。「そんなものやる人間なんて〇〇さんくらいのものだ」と佐野展示場の佐藤さん(男。当時、30代)は言うのだったが、たしかに、そういうそのもの自体が契約にはつながりにくいことでも精力的にやるような人間というのは佐野展示場にいた人間では私だけだったかもしれない・・・が、しかし、だからといってそういう発言は失礼であろう。
  私は佐藤さんの倍以上在籍している人間で、通算契約棟数もそれに見合った棟数を上げている人間で、「会社都合の転勤」に応じて「副店長」として赴任の扱いで佐野展示場に来た人間である。私の半分も在籍していない人間が自分の倍以上も在籍している者に向ってそういう口をきいていいものではないだろう。
  誰もが行きたがらなかったら、なんで私が行かなきゃならないんだ?  ・・インターネット上に出ていたものを見ると、金田(国鉄⇒巨人)は他の投手が投げていて、ここで出て行けば勝ち星がつくという場面になると出て行って人の勝ち星を奪って400勝をあげたのに対して、稲尾(西鉄)と杉浦(南海)はそうではなく、つらい場面で誰もが投げたくないという場面であってこそ、「そういう時にこそ投げるのがエース」と言って投げた・・という。これはインターネット上に出ていた話で、私が物心がついてプロ野球の試合をテレビや新聞記事で見るようになった時にはこの3人は3人とも全盛期を過ぎていたので、その通りなのかどうかはわからない・・が、しかし、稲尾や杉浦が実際にどうであったかにかかわらず、「わかった。誰もが行きたくないのなら、俺が行くよ。誰もがやりたくないと言うのなら、俺がやってやるよ」というオトコギのようなものを発揮する従業員がいないと、会社が成り立たないということなら、それならしかたがないから私がやろうではないか・・と私は考えたのだった。・・西鉄ライオンズの三原監督はそうやって誰もが投げたくない場面でも「そういう時こそ投げるのがエース」とマウンドに行って投げた稲尾に「神様、仏様、稲尾様」と言ってというのだが、(株)一条工務店の栃木県の営業所長の五十嵐はそうやって他の人間が行きたくないというものなら、わかった、わかった、それなら俺が行ってやるよ・・と行った私に向って、「おまえ、宇都宮にパチンコやりに行ったんだろう。わかるんだからな」と、小学校に行く前に近所の神社の屋台のパチンコをやった時以来、パチンコというものを一度としてやったことがない私に向ってそういう口をきいたのだった。・・「この野郎!」というよりも、「こいつ、どうしようもないアホやな」と思った。「この人、もうちょっと賢い人かと思っていたが、買いかぶっていたようだな」と分かった。
  別に「神様、仏様、稲尾様」とまで言っていらんけれども、その営業所の人間が誰もが嫌がって行かないのなら、「わかった、わかった。それなら俺が行くから、おまえら好きなようにやってろ」というオトコギを発揮して行った者に対しては、やっぱり、営業所長ならばそれに対しての態度ちゅうもんがあるのと違うのか・・と思うが、そういうことを五十嵐さんなんかに期待しても、「アホはしゃあない( 一一) 」ということか・・・。

  今回、東名高速道路「富士川」(下り・西行き)サービスエリアから富士川の方へ出て、富士山を見たが、「富士川」サービスエリアから外にでなくても、富士山はなかなかよく見える。↓
DSC06448.JPG
日によって曇っていて見えにくい日もあるので、いつ行ってもよく見えるとは限らないが、晴れている日にはサービスエリア内からでもよく見える。


  東名高速道路「富士川」サービスエリア には「上り・東行き」サービスエリア観覧車がある。↓
DSC06456.JPG
・・サービスエリアに「ここまでやる?」なんて思ってい東名高速道路を走ると、ほかにも、
DSC06547.JPG
↑ 愛知県刈谷市 の 東名高速道路「刈谷」パーキングエリア 観覧車
  神社の「摂社」と「末社」はどう違うか・・というのは、それほど厳密ではないようで、独立した社の神さんが「摂社」で、長屋の神さんが「末社」かというとそうとも決まっていなくて、独立した社の神さんでも「末社」とされている場合はある。同様に、サービスエリアとパーキングエリアの違いというのも、これもあんまり厳密ではないみたいで、一般に、サービスエリアの方がパーキングエリアよりもいろいろあることが多いみたい・・だけれども、「刈谷」パーキングエリアなんて、「パーキングエリア」だけれども、↑ のように観覧車まである。

  こういう観覧車などがその場所の景観に調和するかどうかは、それはその場所によっても違うだろう。「刈谷」パーキングエリアは外に出たことがないので、外から見てどうなのかは、それはわからない。
※ 富士川サービスエリア(下り) https://sapa.c-nexco.co.jp/sapa?sapainfoid=34
  富士川サービスエリア(上り)https://sapa.c-nexco.co.jp/sapa/guide?sapainfoid=33#panel
  ハイウェイオアシス情報 https://sapa.c-nexco.co.jp/guide/highwayoasis
  刈谷ハイウェイオアシス http://www.kariya-oasis.com/

  花登 筺(こばこ)『鮎のうた』の 糸原商店 の「ごりょんさん」は、主人の留守中に「ごりょんさん」の部屋中に入って中においていた「おかき」の箱を持ち出して「おかき」を食べた「おなごし」と、その「おなごし」から濡れ衣を着せられそうになった「おなごし」とをきっちりと見分ける能力があった。「あんた、わてがそんなこともわからんとでも思ってるのか」と「ごりょんさん」が言うと、船場の「ごりょんさん」というのはそのくらい見破ることができてこそ「ごりょんさん」なんやという矜持があったようだ・・が、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ のオーナー経営者と(株)一条工務店の営業所長どもには、そういうものが完全に欠落している。
※ 《YouTube-NHK連続テレビ小説第24作「鮎のうた」テーマ音楽》https://www.youtube.com/watch?v=3vgbbaVFcUw

  (2021.10.12.)

☆ 清源院と天満天神宮(静岡県富士市岩淵)
1.小休本陣常盤家から清源院まで。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_3.html 
2.東名「富士川」S.A.から清源院まで。転勤を伝えて住宅を購入させて別の場所に勤務させる某一条工務店。先任従業員が耕した後の場所で営業させてもらって、その自覚がない男。前からいる従業員が努力して用意したものは「あるもの」と思い込むオバサン従業員。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_4.html
3.水子・子育観世音菩薩。「子供」を大義名分にかかげて人の親や子を食い殺す女と男、およびその子供。「子供のない者は子供のある者に年玉よこせえ」と叫んで職場で追いかけてくるストーカーおやじ。「子供」帝国主義女と男に水子にされた、産まれてていたかもしれない子供を追悼する。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_5.html
4.静岡県富士市岩淵の天満天神宮〔今回〕

★  冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り
静岡県
(旧駿河地域)
富士市岩淵の天満天神宮 〔今回〕

(旧遠江地域)
深奥山 方広寺 七尊堂(浜松市北区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_13.html
浜松市西区雄踏町宇布見 の 中村家住宅北側の天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_7.html

愛知県
熱田神宮内 菅原社(外天神)と内天神社(名古屋市熱田区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_10.html

千葉県
葛飾天満宮(市川市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_1.html
2.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_2.html
3.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_3.html
市川市北方町4丁目の天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201608article_2.html
意富比神社 末社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201311article_1.html
下飯山満神明神社 摂社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201503article_4.html
白井市河原子の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_5.html
子守神社 摂社天神社(千葉市花見川区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201605article_3.html
千葉神社 摂社千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_2.html
(下)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201308article_1.html 
新町天満宮(千葉市中央区) 
【上】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_6.html
【下】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_7.html
大網白里市駒込の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_1.html
大網白里市大竹の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_2.html
平群天神社(南房総市 平久里中)
1.富楽里、道の駅おおつの里。平群天神社への道。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_2.html
2.伊予ヶ岳・夫婦クスノキ・天神縁起絵巻・鳥居から拝殿へ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_3.html
3.天神社社殿、木製打上花火筒、朝日山神照寺、民俗資料館跡? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_4.html
岩井市部天満神社(南房総市市部)参拝。拝殿・幣殿・本殿の3部形式の社殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_5.html

東京都 
亀戸天神社(江東区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_7.html
亀戸天神社 2回目 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201505article_1.html
湯島天神社(文京区)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201602article_10.html
中 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201602article_11.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201602article_12.html
北野神社(文京区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_2.html
平河天満宮(千代田区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201210article_3.html
西向天神社(新宿区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201502article_1.html
根津美術館 庭園内 渡唐天神祠(「飛梅祠」)(港区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_3.html 
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201312article_5.html
平塚神社 摂社菅原神社〔平塚天神社〕(北区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_10.html
谷保天満宮(国立市)
1.谷保駅から鳥居。「やほ」と「やぼ」。「面白い地名」とは? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_1.html
2.鳥居から坂を下り、拝殿・本殿と鶏。会社にいる『水滸伝』登場人物 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_2.html
3.五社、三郎殿、厳島神社(市登録有形建造物)、左右に2体ずついる狛犬、座牛 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_3.html
4.神楽殿・筆塚。ひとに「親孝行せえよお」と言ってストレス解消する教育勅語主義者https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_4.html
5.梅林、稲荷社、第六天神社。建築は構造・機能・デザイン・経済性をともに満たしてこそ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201903article_5.html
本町田 菅原神社(町田市本町田)
上 赤い鳥居・井手の澤の谷地・弁天社・御本社・牛の絵。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202102article_2.html
中 御本社・参集殿・神楽殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202102article_4.html
下 愛宕社・藤木稲荷・井手の澤古戦場碑。枝が垂れ下がる梅の木。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202102article_5.html
町田天満宮(町田市原町田)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202102article_1.html

神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_8.html
永谷天満宮(横浜市港南区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_7.html
北野神社(鎌倉市山崎)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201504article_2.html
下平間天満天神社(川崎市幸区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_14.html
幸区東古市場の天満天神社(川崎市幸区)と御幸公園
1.下平間交差点・古市場交差点を経て天満天神社。気分の悪い古市場交番も健在。「両親が離婚した」者は常に不利ではない、ということも理解できないバカ女。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_15.html
2.二度の移転で現在地に来た天満天神社と入口脇の梅。出入の厳重そうな東芝小向工場と管理不十分な(株)一条工務店・(株)日本産業の「いいかげんそう」工場 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_16.html
3.御幸公園。植樹された梅林。役立たず教師・予備校。医者屋族は特権民族なのか? 子猫を助けられなかった思い出。「武蔵小杉」のマンション山。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_17.html

岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
村山天神(高山市国府町)
1上枝駅から宮川沿い https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
2村山天神 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
3村山天神 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
4あじめ峡、他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
桜山八幡宮 摂社天満神社(高山市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
日の出天満宮(高山市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html

石川県
金沢神社(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_1.html
椿原天満宮(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_2.html
田井菅原神社(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_3.html 

京都府
北野天満宮(京都市上京区)
1 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_2.html
2 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_3.html
3  https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_4.html
4  https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_5.html
5  https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_6.html
北野天満宮2
1.北野天満宮への経路。阪急西院ビル。「西院」の由来。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_4.html
2.阪急「嵐山」・京福「嵐山」から「北野白梅町」へ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_5.html
3.JR「円町」から京都市営バスで「北野天満宮前」へ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_6.html
4.大鳥居から楼門、三光門から御本社、文子天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_7.html
5.東門、北門、地主社、伴氏社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_8.html
年中「緊急事態宣言」では緊急事態ではなく、それが普通になる。「緊急事態」「蔓延防止」とGoToトラベル・イートを交互に出したら、むしろ、一時期に集中することになる。「不要不急の」という表現は戦中にも使われた表現。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_9.html
就業時間中に松戸新田駅から40分もハイキングやる「銀行から来た総務のおっさん」と銀行から「融資」でなく「出資」を受けると会社はつぶれる例。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202105article_10.html

高台寺天満宮(京都市東山区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_7.html
曼殊院天満宮(京都市上京区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201608article_4.html
長岡天満宮(長岡京市)
1.八条ヶ池 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_10.html
2.拝殿・祝詞舎・本殿・手水舎他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_11.html
3.春日社八幡宮社・紅梅殿・白梅殿・社務所(連歌所)他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_12.html
4.梅園、長岡稲荷、錦景園他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201704article_1.html

大阪府
大阪天満宮(大阪市北区)
1.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_1.html
2.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_2.html
3.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_4.html
露の天神社(お初天神)(大阪市北区)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_5.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201403article_6.html
綱敷天神社(大阪市北区)
1.綱敷天神とは。「北野」の由来。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201604article_6.html
2.社殿と桜。堅魚木と千木。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201604article_7.html
3.「戦災の狛犬」、筆塚。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201604article_8.html
4.白龍社、歯神社。綱敷天神社の周囲https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201604article_9.html  
綱敷天神社 御旅社(大阪市北区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201405article_11.html
池田市天神1丁目・2丁目 http://shnkahousinght.at.webry.info/201405/article_10.html
西江寺 摂社天満大自在天神(箕面市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201611article_5.html
箕面市粟生間谷の天満宮
上 箕面市粟生間谷の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201709article_14.html
下 粟生間谷の天満宮の周辺 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201709article_15.html
上新田天神社(豊中市)
1 千里中央駅から。電柱看板の是非。卑怯者不動産屋店長https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_15.html
2 鳥居から参道階段を経て拝殿へ。「他力」とは https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_16.html
3 拝殿・本殿・牛・屋根・稲荷社他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_17.html
4 神社の社殿を背後から見下ろす下品な高層マンション https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_18.html
上宮天満宮(高槻市)
1.JR「高槻」駅から上宮天満宮へ。大きな一の鳥居をくぐり石段へ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_2.html
2.絵馬堂・神輿庫・御霊屋・割拝殿。セキュリティーの難しさ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_3.html
3.竹製の本殿。菅原道真と為理と孝標。山崎の戦い後に建てられた旧本殿 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_4.html
4.本殿裏末社。神社の「経営」「経営者」とは。捨て猫はどう対処すべきか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_5.html
5.摂社野身神社、車塚古墳、鉄骨で支えた石の鳥居。反則相撲の野彌宿祢 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_6.html
6.天満宮を見下ろす 地域の「気の流れ」を乱す 家相が悪い 高層マンションhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_7.html
7.「不純異性交遊」の男の大学は「同じ大学なのに」と考えるべきか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_8.html
8.東大はスーパー京大ではない、厚い本を使えばいいというものではない。高槻駅前 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_9.html
9.和訳でない問題で日本語訳を書くな、親が組みしやすいと親に吹き込む予備校 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_10.html
10.北山本山寺の石碑、景観重点地区、女性客の多い店でも入るのが商学士の使命 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_11.html 



☆ 小休本陣 常盤家主屋(静岡県富士市岩淵)
1.富士川サービスエリアから富士川橋まで。富士川と富士山。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202109article_2.html
2.富士川橋付近から小休本陣まで。「あいの宿」「小休(こやすみ)」とは。薬医門。門前から見える富士山は絶景。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202109article_3.html
3.座敷の前の土間、高くなった上段の間、上段の間から富士山が見える配置。槇の大木。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202109article_4.html
4.床柱と長押がぶつかる部分で長押を前に持ってくるか手前で止めるか。静岡県では長押を前まで持ってくる例。「浜松流」独善主義の会社。ダンピングとテレビ広告で売る静岡県・愛知県の営業 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_1.html
5. 静岡県型神棚。本来の営業担当を退け関係ない「浜松流」に遠方まで契約に行かせて「静岡県型」神棚を福島県に押しつける一条工務店と営業本部長。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_2.html

◎ 静岡県シリーズ
★ 駿河地域
☆ 登呂遺跡(静岡市駿河区登呂5丁目)
1.「日本平久能山」スマートI.C.から登呂遺跡へ。駿河と遠江は違う。静岡市に勝とうとする浜松市。京大・阪大の工学部を落ちて静岡大工学部に行った者で「誰がこんな所にいるもんか」と言って出て行く者の話をすると「こんな所とはなんだあ」と激怒する遠州人。片方で浜松は都会だと言い、他方で日本一のドイナカだとダブルスタンダードを主張する卑怯な「(株)一条工務店の遠州人」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_7.html
2.切妻屋根に似た竪穴式住居。高床式倉庫。棟持柱で支える祭殿。一体式屋根の竪穴住居と2つの部分に分かれた屋根の竪穴住居。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202108article_1.html
3. 登呂遺跡博物館。「エスキモーの家」か「弥生時代の人の竪穴住居」みたいな「浜松の家」の展示場に勤務した経験と傲慢な「遠州人」。認知度の低い時代に苦労して尽力した従業員を「すて石」にする「一族」の会社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202108article_2.html

★ 遠江地域
加茂荘花鳥園・加茂邸(掛川市)
1.「森掛川」I.C.より加茂荘花鳥園。温室と鳥舎。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202006article_2.html
2.花菖蒲園と長屋門。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202006article_3.html
3.加茂家住宅(1) 正玄関、土間、大黒柱・梁、庭の池と亀島と花。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202006article_4.html 
4.加茂家住宅(2) 座敷、広縁・濡れ縁、廊下交差箇所の納まり、差鴨居。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_1.html
5.加茂家住宅(3) 床の間 2か所。一般の柱と同材同寸法の床柱と長押の関係。床の手前の横の位置の付書院。きれいな襖絵。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_2.html
6.加茂家住宅(4) 加茂家住宅の神棚は「竈の神さま」なのか。「浜松流神棚」を他地域に押しつける一条の営業 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_3.html
7.加茂家住宅(5) 窓の格子。「理由のある」桟の作りと「理由のない」作り。味噌蔵・米蔵。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202007article_4.html 

☆ 大鐘家住宅と相良城跡(静岡県牧之原市〔旧 相良町〕)
(1)田沼意次の城下町相良の牧之原市片浜にある大鐘家住宅 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202009article_7.html
(2)井桁に組んだ梁・千木の載る長屋門・酔芙蓉。なぜ川勝平太は事故を起こした原子力発電を製造した会社の責任を問わずに、放射線量検査の方を拒否するのか https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_1.html
(3)地形に合わせた建物の配置。「母屋」「上屋」と「庇」「下屋」。表側の庭と裏側の「小堀遠州庭園」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_2.html
(4)床の間と床脇。床柱と長押の位置関係。遠州流を他の地域の人に押しつける(株)一条工務店。会社のために協力する従業員を罠にかける(株)一条工務店 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_3.html
(5)神棚の造りについて。その地域のやり方を無視する(株)一条工務店の営業。会社のルールを無視する営業本部長 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_4.html
(6)土蔵・資料館。大鐘家の裏の丘からの眺望。相良城跡と田沼意次。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_6.html 

☆ 中田島砂丘(浜松市南区)
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。一条浜松流営業のデタラメhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_2.html 
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_4.html
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_5.html
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_6.html
[第809回](株)一条工務店は創業以来、TVコマーシャルをやってきた。「借入金0」の論拠を示せ。中田島砂丘がやせる対策は防潮堤でいいのか?~インターネット上の嘘もしくは誤解を指摘する。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_5.html

☆ 中村家住宅(浜松市西区雄踏町宇布見 〔うぶみ〕)
1.浜松IC・浜松西ICから中村家住宅まで。長屋門。茅葺と瓦葺のミックスの屋根。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_2.html
2.「和小屋組と扠首(さす)組が合わさった小屋組」、「浜松なのにイナカくさくない」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_3.html
3.「押板」・畳敷きの部屋の囲炉裏・女性的な造りの和室。茶室。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_4.html
4.「鏡戸」「板戸」。内側の雨戸、縦桟の格子。「面取り」した柱とそうでない柱。噛み合わせを設けて継いだ木材。細くない「貫」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_5.html
5.胞衣塚・天神社跡地・茶室・屋敷神祠・井戸屋形、満開の桜。3月下旬、中村家住宅の桜。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
6.中村家 北西の天神社。元 中村家の氏神だった天神社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_7.html

☆ 深奥山方広寺(浜松市北区引佐町奥山)と「信教の自由」を侵害する者
1. 八百長の通算契約棟数全国1位。遠州地方の営業の我田引水。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_1.html
2. 商品を大事に思う心。住宅営業にとっての知識。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_2.html
3. 払うべきカネを払わない者。掛川の人口は4万人ではない。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_3.html
4. 営業は自分で考えるもの+協力を求めてそれで契約になるのなら。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_4.html
5. うかつに「売れる人」と言うな。営業は大貧民ゲーム。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_5.html
6. 山門。 「もうかってる」会社が人をやめさせてよいのか。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_6.html
7. 弁天堂。 利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_7.html
8. 椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「病」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_8.html
9. 三重塔。 堂宇を増やすのが寺の発展なのか。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_9.html
10. 鐘楼、本堂。 裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_10.html
11. 上天台舎利殿、観音堂。 「親に感謝」は「教育勅語」の思想。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_11.html
12. 開山堂、勅使門、半僧坊真殿。 本人が希望しないお守りは害がある。 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_12.html
13. 七尊堂(富士浅間・春日・伊勢・稲荷・八幡・梅宮・北野)と稲荷社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_13.html
14. 不良ボーズによる宗教の強制は国民に信仰心を妨げる https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_14.html 
15. (株)一条工務店の従業員の給料へつった金が、深奥山方広寺門前のじいさんとその孫の小遣いに化けた https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_15.html
(番外)『ゴルゴ13』と考える「信教の自由」。「信教の自由」を侵害する深奥山方広寺は宗教失格。「信教の自由」を侵害する営業は三流の営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202001article_4.html 
異邦人 (新潮文庫) - カミュ, 啓作, 窪田
異邦人 (新潮文庫) - カミュ, 啓作, 窪田
《 最初に聞こえたのは女の甲(かん)高い悲鳴だった。つづいて、「だましやがったな、だましやがったな。さあ、このおれをだますと、どういうことになるか、よく教えてやろう」というレエモンの声。鈍い物音がすると、女がわめいた。そのわめきようがあまりものすごかったので、すぐさま、踊り場は一ぱいの人だかりになった。マリイと私も部屋から出て見た。女は相変わらず叫びつづけ、男はなぐりつづけている。マリイが、こわい、といったが、私は返事をしなかった。マリイは巡査を呼びに行ったらと頼んだが、巡査はきらいなんだ、と私は答えた。それでも、とうとう鋳鉛工(ちゅうえんこう)である、三階の下宿人と一緒に、一人巡査が現れた。・・・・ 》
《 しばらくして、女が泣き出し、レエモンが戸を開けた。彼は口に巻煙草をくわえ、とぼけた顔をしていた。娘は戸のところへ飛び出して来て、レエモンがなぐった、と巡査にいいつけた。「君の名前は?」と巡査がいい、レエモンがそれに答えた。「尋問中は、くわえ煙草をやめたまえ」と巡査がいった。レエモンは、もじもじして、私の方に眼をやったが、煙草を離さなかった。そのとき、巡査は、いきなり、分厚い重い平手で、思い切り、頰桁(ほおつら)を張りとばした。煙草は数メートル先まで飛んで行った。レエモンは血相を変えたが、その場では一言も言いかえさず、やがて、吸殻をひろっていいか、とへり下った声で、尋ねた。巡査はひろってもいいと答えたが、それに付け加えて、「この次には、巡査ってものがあやつり人形じゃないことを、君も思い知るだろうな」といった。・・・・ 》
《 三時頃、戸をたたく音がして、レエモンが入って来た。・・・
・・・そして、あの巡査の頰打ちに対して、彼が、これに応ずることを期待していたかと、私に尋ねた。私は、全然何も期待していなかったし、それに自分は警察というやつがきらいなのだ、と答えた。レエモンは大層満足な様子だった。・・・ 》
( アルベル=カミュ『異邦人』窪田 啓作 訳。1954.初版発行。 1966.改版。新潮文庫 ↑ )
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「ごめん」で済むなら警察はいらない―冤罪の「真犯人」は誰なのか? - 柳原 浩
「ごめん」で済むなら警察はいらない―冤罪の「真犯人」は誰なのか? - 柳原 浩
《 2002年1月14日20時30分ごろ、被害者女性A(事件当時18歳)が、自宅に侵入してきた男によってナイフを突きつけられて脅され、強姦される事件(A事件)が発生。同年3月13日14時40分ごBろには、被害者女性B(当時16歳)が自宅で果物ナイフを突きつけられて脅され、強姦されそうになる事件(B事件)が発生した。以上2事件は、いずれも富山県氷見市で発生したものである。
2002年4月15日、B事件の被疑者として、タクシー運転手の男性甲(以下甲)が強姦未遂容疑で富山県警察氷見警察署に逮捕され、5月5日には別の事件で再逮捕された。逮捕のきっかけは甲が少女らの証言する犯人と似ていたこととされる。
取調べは任意で行われたにも関わらず、4月8日以降断続的に3日間、朝から晩まで長時間にわたった。4月15日の3回目の取り調べで、既に何が何だか分からなくなり疲れ切っていた甲に対し、取調官は「お前の家族も『お前がやったに違いない。どうにでもどうにでもしてくれ』と言ってるぞ」などという噓で自白を誤導した。絶望した甲は容疑を認め、自白したとして逮捕された。逮捕状は既に準備されていた。
・・・
甲が刑期を終えて出所した後の2006年(平成18年)8月、真犯人の男Xは別の強制わいせつ事件で鳥取県警察に逮捕され、同年10月には(A・B両事件とは別の強姦致傷・強姦未遂容疑で)氷見署に逮捕された。同年11月中旬、Xは氷見署の取り調べに対し、A・B両事件について自白し、両事件について詳細に供述した。両事件の犯行現場にあった足跡とXの足跡が一致したことや、犯行時刻は甲宅の電話の通話時刻と近接していた(甲の犯行は困難である)ことなどが判明したため、Xは両事件の真犯人として、2007年(平成19年)1月19日にA事件の強姦容疑と、B事件の強姦未遂容疑で氷見署によって再逮捕された。
富山県警は2007年1月17日、甲の親族へ経緯を説明して謝罪し、真犯人としてXを逮捕した1月19日に記者会見で事実を発表した。これを受け、富山地検高岡支部は同年2月9日、真犯人X(それ以前に婦女暴行傷害など10件で起訴)を両事件の被告人として起訴するとともに、甲の名誉回復を急ぐため、富山地裁高岡支部に校への無罪判決を求める29日に富山地検の検事正が甲に直接謝罪した。・・》
( 《ウィキペディアー氷見事件》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E8%A6%8B%E4%BA%8B%E4%BB%B6 )

《  被害女性2名は柳原さんの写真を見て「犯人だ」「似ている」と証言した。だが、1月に発生した事件では犯行中に被害者は目隠しをされていたし、3月に発生した事件では加害者はマスクをしており、両被害者共に犯人の顔をハッキリと見たという確証はない。これだけで柳原さんを犯人にするには不十分であると富山県警は判断していた。柳原さんの任意の取り調べにおいても、両日の事件が起こった日のアリバイも完全なものではなかった。
  しかし、4月に取調べをしていた柳原さんを見た被害者の女性が「こいつが犯人に間違いない。」と言い切り、「ほぼ間違いないと確信がある。」更に「この男を殺して欲しい。」「今でも許せない。」などと、被害者が怒りや憎悪の感情を爆発させたことで富山県警は柳原さんが犯人であると強く思うようになってしまった。
  柳原さんに対する警察の取調べはヒドいものであった。当初任意であった取調べであったものの、「お前がやったんだろ!!」と一方的に刑事が繰り返すだけで、一体何のことを言われているのか分からずにいた。ようやく2回目の取調べにおいて、自分は”何らかの暴行事件の加害者”の容疑の疑いがかかっていることが分かったのだ。もちろん「自分は無実だ」と訴えたが、「顔が犯人に似ている」というだけで全く聴いてもらえなかったのだ。
  さらに、朝から晩まで過酷な取調べが続いたことで肉体的にも精神的にも疲れ果て、さらに追い打ちをかけるかのように刑事が「家族はもうお前を見捨てているぞ。」と言われたことで、ついにやってもいない罪を認めてしまった。3回目の取調べのことであった。
  罪を認めてしまったことで逮捕・起訴された柳原さん。同年(2002年)6月に捜査が終了し富山地裁で起訴された。当然弁護士も付けられたが、「(罪を)認める方向で。」と弁護士さえ柳原さんが虚偽の自白をさせられていると信じてもらえなかった。柳原さんは完全に闘う気力を失い、裁判で起訴事実を認め懲役3年の実刑判決が下る。控訴はせずに服役し2005年1月に仮出所した。仮出所した。
  そして、それから約2年近くが経過しようとしていた2006年11月に鳥取県警が鳥取県米子市内で発生した強制わいせつ事件の被疑者として逮捕された大津英一容疑者(当時51歳)が逮捕された。取調べの中で大津容疑者は2002年に富山県氷見市で起きた罪についての余罪を自供したことで、富山県警が再捜査。当時現場に残されていた足跡痕が、大津容疑者が鳥取県米子市内で起こした暴行事件の現場の足跡痕と一致したため、自白以外の裏付けもあり大津容疑者が真犯人であることが判明した。同時に富山県警が改めて柳原さんに事情を聴いたところ、「事件には何ら関わっていない」ことを明白にした。これにて再審請求を行い、2007年に無罪判決が言い渡され確定した。事件が起きて以来、服役も含めて5年の歳月をついやした。・・・》
( 《氷見事件とは? 柳原浩は真犯人ではなく大津英一!?冤罪事件の真相とは?》https://dreaming-hill1539.yokohama/2020/03/26/himizikenn/ )

《  県や国の代理人はしぶしぶ損害賠償請求事件の公判に出て、形ばかりの防御をする。組織の後始末をする人たちはあくまで仕事であり、人事によって補充されるから、犯罪に等しいミスから生まれた自らの痛みは果てしなく希釈されて薄まっていく。
  一方で、冤罪被害者は選んだわけでもない事態を回復するために人生を投げ打つ覚悟で闘っても、決して組織と対等にはなれない。
  冤罪を回復する制度そのものが、個人が力尽き、諦めるのを期待するかのような不均衡を放置したまま維持されているように見える。
・・》
(《毛利甚八「【氷見事件】失った5年間は取り戻せない」(季刊刑事弁護64号〔2010年10月刊行〕収録)(2020年03月27日公開) 》https://www.keiben-oasis.com/6402
伊藤真の法学入門---講義再現版 伊藤真の法律入門シリーズ - 伊藤 真
伊藤真の法学入門---講義再現版 伊藤真の法律入門シリーズ - 伊藤 真
《 たとえば、ある裁判で無期懲役の判決がでたとします。刑事裁判といっても、事件後に証拠を集めて事実を推測していくのですから、その結論が絶対的真実とはいいきれません。絶対的真実などというものは誰にも証明できないことです。ですから、刑事裁判でえん罪事件は可能性としてゼロにすることはできません。近年も、富山氷見事件や足利事件がえん罪事件としてマスコミで報道されました。表に出てこないだけであって間違った判決というのは、実は無数にあるといわれています。残念ながら、それが現実です。 ・・・ 》
( 伊東真(いとう まこと)『伊藤真の法学入門 補訂版――講義再現版』2010.5.3.第一版  2017.2.25.補訂版。↑ )
それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD] - 加瀬亮, 瀬戸朝香, 山本耕史, もたいまさこ, 役所広司, 周防正行
それでもボクはやってない スタンダード・エディション [DVD] - 加瀬亮, 瀬戸朝香, 山本耕史, もたいまさこ, 役所広司, 周防正行
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
  2014年2月、
[第234回]《住宅建築業界職歴詐称を見破る方法(5)マルチ商法・新興宗教にはまる男、職場での「営業違反」の勧誘》
https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201402article_1.html 
で、千葉市中央区鵜の森町 にあった新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも、2013年11月に正式に倒産。)で、職場内や車中の相手が逃げられない場所で、アムウェイの勧誘を断っても断っても執拗に続ける男の話を掲載したが、傍若無人なアムウェイの勧誘に困る人は他にもいるようで、インターネット上の産経新聞2021.11.11.に掲載されていました。
《 (ヤフーニュース) アムウェイに違法勧誘 容疑で京都府教育庁職員ら逮捕 11/11(木) 22:01配信
産経新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/0f2ef89fd81ec1d8a600b02b5f6960508e41666e
  日本アムウェイ(東京)に入会させる目的を告げずに、マッチングアプリで知り合った女性(23)をエステに連れ出し、入会を勧誘したとして、京都府警は11日、特定商取引法違反の疑いで、京都府教育庁の主事、森口卓也(26)=京都市中京区=と自称自営業の岡田真理(38)=同市山科区=の両容疑者を逮捕した。2人は「勧誘することは事前に伝えていた」などと容疑を否認している。
  逮捕容疑は共謀して3月27日、マッチングアプリで知り合った京都市の女性に対し、アムウェイ入会への勧誘であることを隠して誘い出し、「この化粧水がおすすめ。会員になったら安く買える」などと入会を勧誘したとしている。
  府警によると、女性はその場で入会し、化粧水の購入を契約したが、翌日に府警に相談した。
  府警は森口容疑者がほかにもマッチングアプリで知り合った女性20人以上を勧誘したとみて調べている。
  府教育庁は「容疑が事実であるならば、公務員としてはあってはならない行為。事実を確認の上、厳正に対処する」とのコメントを発表した。》
と出ていた。その人間こそ、教育される必要がある人間であるにもかかわらず、「教育してやらんといかんからなあ」とかウルトラのぼせあがった口をききたがる人間というのは慶應の内部進学に多いのですが、それ以外にもいるようで、京都府教育庁にも教育される必要がある人間でありながら「教育庁」に勤めていた人がいたようだが、それでも、京都府教育庁は「容疑が事実であるならば、公務員としてはあってはならない行為。」と認識しているようだ。「公務員としては」ではなく民間企業従業員でも「あってはならない行為」である。
  毎度、アムウェイと倫理研究所(=倫理研究会)の押しつけには閉口させられる( 一一)
  ・・それから、2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県佐野市の営業所にいた「高木のおっさん」(創価学会員。2001年当時、50代。)は「聖教新聞を購読しろお」と叫んでストーカーとなって執拗に追いかけてきて困ったが、かつ(株)一条工務店という会社は「保護義務違反の(株)一条工務店」で通常ならそういうことをする人には「職場でそういったことはやめてください」と注意するものだが、(株)一条工務店は「あの人にちょっと言ってください」なんて頼んでも絶対に対処しない会社だった。
   アムウェイ・倫理研究所(=倫理法人会)・聖教新聞 、この ””職場の三大押売り”” は勘弁してほしい
( 一一)( 一一)( 一一)


ー・ー・ー・ー・ー
  「子供」のある家庭にだけ給付金を渡そうという公明党の主張によるものらしい自公政権の対応は、あれはどう考えてもおかしい。
「そこのけ、そこのけ『子持ち』が通る」
「『子供』作れば天下無敵!」 

みたいな態度は、どうかしている。
  (2021.11.12.)

  又、男であれ女であれ、すでに結婚できて子供もできた者に、
まだ、ふさわしい相手と巡り合うことができず、結婚できていない男女、結婚はできたが子供が欲しいと思いながらできずにいる男女から奪ったカネを渡せば、それが「少子高齢化対策」になるとか主張する者がいるようだが、
それは、どう考えても逆であろう。

  又、「将来、日本の社会に貢献する子供を育てているのだから」とかのぼせ上った口をきく者がいるが、笑止である。そういう口をきくのは実際に「日本の社会に貢献」というものをやってからにしてもらいたいものである。 実際問題として、その子供が、将来、「日本の社会に貢献」する人間になるか、日本の社会に迷惑かける人間になるかなんて、わからないじゃないですか。もしも、「日本の社会に貢献」しなかったなら、その時には「倍返し」で返してくれるんですか?  実際に貢献していないのに「将来、日本の社会に貢献する子供」などというのぼせ上った口をきくのはやめてもらいたいものです。
  (2021.11.15.)

 ともかく、性交やって子供つくれば、まだ結婚できていない人間・結婚はできたが子供ができない人間を自分たちの召使のように扱う権利がある、まだ結婚できていない人間・結婚はできたが子供はできない人間が払った税金からカネをもらう権利がある・・みたいに心得違いを起こす バカママ症候群・あほパパシンドローム を拡大再生産されても迷惑である。
バカ女は死ね!! - バカ女駆除協会
バカ女は死ね!! - バカ女駆除協会
  (2021.11.15.)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック