蘇我比咩神社(千葉市中央区)参拝【1/2】手水舎から拝殿。ソガかスカか。ヒメとは? ーあけおめ2

[第895回]2022年(令和4年)の第2回
  千葉市中央区蘇我2丁目 の 蘇我比咩神社(そがひめじんじゃ) に参拝してきました。
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  鳥居の手前の提灯には「蘇我比咩神社」と書かれており、
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↑ 御朱印にも「蘇我比咩神社」、ホームページhttp://www.sogahime.com/ にも「蘇我比咩神社」、 少し西の南北の通りから神社の南側に入る道のカドに出ている看板も、
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「蘇我比咩神社」と出ていますが、『街の達人7000 でっか字千葉 便利情報地図』(2020.7.3版 昭文社)には「比祥神社」、『街の達人コンパクト 千葉 便利情報地図』(2018.3版 昭文社)も「比祥神社」と記載されています。

  「◇◇ひめ神社」という名称の神社では「ひめ」に「姫」でない字を用いる場合「比賣」「比売」と表記する神社が多いと思うのですが、「蘇我ひめ神社」は「比咩」なのか「比祥」なのか。
  小川環樹・西田太一郎・赤塚忠 編著『角川 新字源』(角川書店)によると、
「祥」の方は、音は「ショウ」と読み、意味は《さいわい。めでたいこと。よいこと。》らしい。
  「咩」は《Weblio 辞書 漢字辞典 咩》https://www.weblio.jp/content/%E5%92%A9 には《音読み:ビ、 ミ》、
《コトバンク 咩 中日辞典 第3版の解説》https://kotobank.jp/zhjaword/%E5%92%A9 には《[擬]((ヒツジの鳴き声))めえめえ.》と書かれている。『角川 新字源』では一生懸命探したが見つからない。
  どっちにしても、相当無理して充てた字のようで、「蘇我ひめ神社」の「ひ」には比較の「比」を充てて、「め」の方には、羊の鳴き声の「メエメエ」から「咩」を充てたものと、「さいわい」「めでたい」を意味する「祥(ショウ)」を充てたか・・ということらしい。


( ↑ 千葉市中央区蘇我2丁目2-7 蘇我比咩神社。)
  今回はクルマで行きましたが、電車でならばJR内房線・外房線・京葉線「蘇我」駅が最寄駅だけれども近くはなく、バスの便はあります。京成千原線だと「大森台」が最寄ということになるのでしょうけれども、JR「蘇我」駅よりもっと遠い。
※ 蘇我比咩神社 http://www.sogahime.com/ 

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↑ 蘇我比咩神社 敷地全景。

  鳥居をくぐってすぐ右側に、
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↑ 手水舎
( ↑ 写真はクリックすると大きくなります。)
 《 手水舎の彫り物は近くにあった八幡神社の解体に伴い譲り受けたもの。八幡様には昔から立派な彫り物が多くあり、それが千葉市の管轄下にあったため解体を余儀なくされた。宮司がそれを惜しみ、彫り物を譲り受けて地域の名残を残した。》
( 蘇我比咩神社HP「参拝する 境内」http://www.sogahime.com/visit#keidai 「その他」 )
  神社では「奉納」と書かれたものと「奉献」と書かれたものを見かけますが、ここは「奉納」と書かれています。

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  ↑ 御本社 拝殿

  正面から見ると、これが本殿か? とも見えますが、横に回って見ると、拝殿の後ろに幣殿・本殿があります。
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↑  左(西)側面。 幣殿拝殿

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↑  右(東)側面。
  左から、拝殿・幣殿・本殿

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↑ 本殿の屋根。
(1)千木(ちぎ)の先端が地面と垂直。
(2)千木に穴が開いている。
(3)鰹木(かつおぎ)の本数が奇数。
・・この3点は、男の神さん の社殿の特徴とも言われるものですが、「蘇我比咩(ひめ)神社」と名前からすると女の神さん みたいな名前なのだが、ここの祭神は男の神さんなのだろうか。 ・・千木の先端が地面と垂直か平行か、千木に穴が開いているか開いていないか、鰹木の本数が奇数か偶数かというのは、それで男の神さんか女の神さんかというのは、あくまでも「どちらかといえば」なので、千木・鰹木が男の神さんの特徴を持っていても女の神さんを祀っている場合はあるようですから、それだけで決まらないのでしょうけれども、ここの神さんというのは何者なのか。
  現地の説明書きによると・・・、
  ヤマトタケルの一行が三浦半島から房総半島に海を船で渡ろうとした時、船が進まず危険な状態になった時、オトタチバナほか5人の姫が海に身を投じたが、身を投じた5人の姫の中に蘇我大臣の娘たる比咩(ひめ)がおり、その姫がこの下の海岸に打ち上げられ、里人の手厚い看護により蘇生することができ、無事、都に帰ることができた。
  又、ヤマトタケルが大和に帰る途中で亡くなったことを聞き、社を建てた。 この里人の行為を聞いた応神天皇は、蘇我一族をこの周辺の国造として派遣して政治をおこなわせた。
  蘇我一族は、「春日神社」「比咩(ひめ)神社」を守護神としており、両神社の文霊をいただき、蘇我比咩神社とした。「春日様」「下総国香取神明様」として下総国の守護神として敬神された。
  江戸時代には徳川家康も10石を献じた。
  この場所は、江戸・上総・香取への交通の要所で、宿場町であったので参詣する賑わいを見せた。
  明治に大火事があり、社殿・社宝などを失った。
  海難防止・民政安定・家運繁栄・五穀豊穣・諸病消除・延命息災など神意あらたかな神として敬拝されている。
・・・・・ということが書かれている。
( 原文のまま、引用すると長くなるので、文意を変えないようにして、内容を述べた。)

  なぜ、この場所に「蘇我」という地名がついているのか。蘇我大臣の娘がこの海岸に流れ着き、後、蘇我一族がこの付近の国造として派遣されたことからなのか。
  他の本で、「我、蘇れり(よみがえれり)」ということで「蘇我」だと書かれたものを見たことがある。それは、な~んか、こじつけみたいな感じがしないでもない。

  スサノオのみこと の「スサ」とは出雲の国の須佐(スサ)、砂浜の海岸のことを言うのではないかという説があるようだ。 蘇我(そが)もまた、「スカ」⇒「ソガ」ということはないか。 「スカ」とは横須賀の「スカ(須賀)」。 横浜と横須賀はともに「横に広がった浜」のことを意味し、特に「スカ」の方は砂浜を意味するのではないかと言われるらしい。そうなると、「スカ(須賀)」⇒「ソガ」⇒「蘇我」  の可能性はありそうだ。今は千葉市中央区蘇我1~5丁目 よりも西側に、蘇我町・川崎町があるが、蘇我町には東京電力千葉火力発電所があり、川崎町は名前の通り、川崎製鉄(株)⇒JFEスチール(株) の工場がある所だが、いずれも埋め立て地で、かつては蘇我1~5丁目が海に面した場所だったはずだ。 だから、「スカ(須賀)」という地名がついて、「スカ」が「ソガ」に変わって「蘇我」の字が充てられて、それに蘇我大臣の娘がどうたらこうたら・・というお話が創られた・・・という可能性はありそうな感じだ
  蘇我比咩神社 の 道路を隔てた東側に、
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↑ 「蘇我町内会自治会館」があり、その前に「蘇我小学校発祥之地」という石碑が建っているが、「蘇我小学校発祥之地」の左に「明治六年曽我野小学校之跡」とも掘られている。「曽我野(ソガノ)」という地名があったのだ。
  蘇我比咩神社 の南西に 千葉曽我野郵便局がある。

( ↑ 千葉曽我野郵便局。  
( 日本郵政グループ 千葉曽我野郵便局 https://map.japanpost.jp/p/search/dtl/300105090000/ )

  さらに、千葉曽我野郵便局より南に、曽我野陣屋 がかつてあったらしい。

↑ 曽我野陣屋跡

  《ウィキペディアー曽我野藩》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BE%E6%88%91%E9%87%8E%E8%97%A9 によると、曽我野藩は《 明治初期に下総国千葉郡曾我野村(現在の千葉県千葉市中央区蘇我)に成立した藩。藩庁は曾我野陣屋である。》ということで、《 曾我野は江戸時代を通じて幕府直轄領であった。明治2年(1869年)に葛飾県の管轄となったが、明治3年(1870年)3月、下野国高徳藩知事であった戸田忠綱は曾我野に移封となり、曾我野藩を立藩した。翌明治4年(1871年)7月14日の廃藩置県によって曾我野藩は曾我野県となり、同年11月には印旛県となった。 》とある。

  蘇我比咩神社 の道路を隔てた東側の蘇我町内会自治会館の前の石碑「蘇我小学校発祥之地 明治六年曽我野小学校之跡」の「明治六年」というと、「岩波(1873)ほど大きくない明六社」、明六社が設立された年。 1873年、明治の初めの時点においては「曽我」「曽我野」という字を使用していたわけだ。
  千葉市中央区の地名としては、蘇我5丁目の東の 鵜の森町とその東の大巌寺のあたりには、かつては森があって鵜が住んでいたという話がある。
  蘇我1~5丁目の南側は、中央区塩田町(しおだちょう)、その南側は中央区浜野町(はまのちょう)。塩田(しおだ)は塩田(えんでん)があったと考えるより、むしろ、海・浜に近い場所なので、その付近の田の土には塩分が多かったという意味ではないか。 そして、浜野(はまの)は、浜辺の野、浜辺に広がった平地の意味で、同様に曽我野(そがの)は、スカの野、スカに広がった平地の意味ではないか。
  スカの「ス」は「砂洲」「砂州」の「洲」「州」で、「スカ」は横須賀と同じ「スカ(須賀)」、砂地の浜のことではないか。 その砂地の浜の平地の意味の「スカノ」、もしくは「何何の」の「の」で「スカの・・」が地名になって「スカノ」それが「ソガノ」になって「曽我野」の字が充てられていたのではないか。 「明治六年 曽我野小学校之跡」と彫られた石碑があるように、明治六年(1873年)の時点では地名は「曽我野」だったのではないか。
  ・・で、いつから「曽我」が「蘇我」になったのか。
  戦中、軍国主義の時代からか?
  君津と木更津で「きみ、さらず」だとか言いだしている人までいるらしいが、それはまずないだろう。考えられるとすると、君津も木更津も「津」で、いずれも港で、いずれも「き」が頭につく、「き◇◇津」「き◇津」ということは「木」か? 木を積みだした港で、「さら」「み」は何だろうか?
「木を積みだして江戸に運んだ港」なら考えられる話だ。
  「そが」はもともとは「曽我野」だったのではないか。「浜野」の北側の「スカ野(須賀野)」が「スガ野(須賀野もしくは菅野)」⇒「ソガ野」⇒「曽我野」になったのではないか。 蘇我大臣の姫がどうたらこうたら・・というのは、明治以降、軍国主義が進む上で創作されたか、もしくは、すべてが創作ではなく何かあったとしても、明治以降、軍国主義が進む上で定着してきたもの・・ということではないのか?
  「我、蘇れり」なんて、さらに怪しいし、「我、蘇れり」と蘇我稲目・蘇我蝦夷・蘇我入鹿の蘇我一族の「蘇我」と、どっちやねん?・・てことにもなる。

  蘇我比咩神社HPの「参拝する 境内」http://www.sogahime.com/visit#keidai の「本殿・拝殿」には
《 蘇我比咩大神千代春稲荷大神を主祭神とし、天照皇大神・春日神(経津主神・武甕槌神・天児屋根神・天児屋根比売神)・八幡神(応神天皇・比咩大神・神功皇后)を配祀しています。》
と書かれているが、春日・稲荷が祀られているらしいというのはわかったが、蘇我比咩大神とは何者なのか?  おそらく、一番の主祭神ではないかと思われるが、その一番の主祭神が一番はっきりしない。
  「ひめ」と言うからには、やっぱり「蘇我の姫」か。「蘇我の姫」でなくとも、「スカ(須賀)の姫」か? 海からスカ(須賀)に流れ着いた女性なのか?  そのわりには、本殿の千木と鰹木は男の神さまの仕様になっているが。 明治に火災があって社殿を失い、その後、建てられたものらしいから、今の本殿の仕様から考察しても意味はないのかもしれない。

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↑ 提灯には「五七の桐」(ごしちのきり、ごしちぎり)が描かれている。
《ウィキペディアー桐紋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%90%E7%B4%8B には、
《 政治上においては、皇室・朝廷の副紋として五七桐が多用されていることがあり、標準的な図案だけではなく、豊臣秀吉(太閤桐)のようにその変種を使用した例もある。図案は五七桐に限らず、五三桐も使用された。大日本帝国憲法下の日本政府は皇室の菊紋章を多用した。日本国憲法下の政府(主に内閣総理大臣および内閣)は桐紋章を用いている。》
と書かれている。軍国主義の時代に、ヤマトタケルの一行で海に身を投じた姫がこの浜で蘇ったというお話から皇室の紋が使われているということなのか? ・・木更津もそうだが、そのあたり、軍国主義のニオイが気持ち悪い。

  御本社の本殿の左に、
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↑ 倉庫のように見えるが、しめ縄が張られていて、御神灯が2基、前にある・・ということは、山車か御輿かが収納されているのだろうか?

  2010~2011年にかけて、蘇我5丁目の東側の 鵜の森町にあった新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも、2013年11月に正式に倒産。〕という工務店に勤めていて、蘇我1~5丁目、蘇我比咩神社の付近にもチラシのポスティングを相当やったものだった。社長の長谷川(男。当時、40代前半)は「私は社長ですから従業員みたいに働きませんよ。誤解しないでください」などと言っていたように、自分ではそういったことをやらない男だったし、出勤も従業員と違って「来る気になった時刻に来る」みたいなものだったので、自分ではそういったことはやらないし、私がこの付近にポスティングをしていたことも知らなかっただろう。
  それから、単に「ポスティング」というと、そんなもの、中学生でもできる仕事・・て感じがするかもしれませんが、そうでもないのですよ。私がこの地域でやっていたのは、もし、その家の人がいたならば話しかけた上で渡すが付近にいない時には郵便箱に入れるようにしていたのですが、話しかけない場合、こちらの姿を見せるのか見せないのか。見られないようにするなんて人もいるようですが、私は「見てください」という態度で入れていたのです。そのあたりも、長谷川は知らないでしょう。新華ハウジング(有)の自称「工事責任者」だが工事現場を見にいかない・工事の進行状況を把握していない・工事現場の状況に責任を取らない植草英二(男。2010~2011年当時、30代なかば)が「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~おん!」と大きな声で何度も何度も叫んでいたが、そういう文句は、とりあえず、今現在やっている職種を人並みにこなしてから言うべきもので、自称「工事責任者」だが工事現場を見にいかない・工事の進行状況を把握していない・工事現場の状況に責任を取らない男がヌケヌケとデブデブと言うものではありません。そんな態度・そんな根性だから太るのでしょう。新庄ビッグボスも清宮に「ちょっと痩せた方が女の子にもてるよ」と言うておったように、植草もちょっと痩せた方が良さそうです。「単に郵便受けに入れるだけ」なら「中学生でもできる」でしょうけれども〔新華ハウジング(有)のS井さん(男。当時、40代前半)はできなかったようだけれども〕、私がポスティングしていた時は「単に入れるだけ」ということではなかったのですよ。そのあたりを長谷川や植草はわからないでしょ。植草はだから太るのです。無神経な人間だからデブになるのです。もうちょっと、神経を繊細にした方がいいでしょう。
  途中で職種を変わる人というのはありますし、それまでの職種より別の職種の方に適性がある人というのもありますが、しかし、18歳で高校を卒業して就職しようとする人、22歳なり23歳なりで大学を卒業して就職しようとする人が「やったことはありませんが、こういう仕事なら自分はできると思います」というのは言ってもいいが、すでに30代のなかばを過ぎたような男が「やったことないですけど、ぼく、営業で~きま~すもお~おん」などと大きな声で叫ぶ・・というのでは、私が採用担当者でそういう男が応募してきたならば、まず不採用ですね。要するに「私はその職種をなめてます」と宣言しておるわけでしょ。 それまでにやったことがある人が、自分はこういう会社でこういう物を売る営業の仕事をやってきて、こういう営業成績でしたが、その時の場所の条件・時代の条件はこういうものでした。この会社でこういう物を売る営業をやるならば、かつてやった場合と比べて、物と会社の条件で有利な部分・不利な部分としてこういうものが考えられ、自分自身の条件として、かつてその仕事をやった時と比べてこの部分が今の方が向上していますが、こういうマイナスもないとはいえず、それらを加味して考えると、このくらいの成果は出せるのではないかと考えています・・と言うのならば、それならば、その見通しが甘めか厳しめかということはあっても、「この人はそういう分析をしているのか」ということになります、少なくともそういった分析をできる人とできない人ならばできる人の方がその分だけプラスの評価をしてもいいかと思いますが、「やったことないですけど、ぼく、で~きま~すもお~おん」などと30代のなかばも過ぎたような男に叫ばれたあかつきには、「ああ、そうですか」とでも言うしかない。「ああ、そうですか」と。何よりも、「やったことない」者が「やったことないですけど、で~きま~すもお~おん」などと大声で叫びまくるというのは、実際にその仕事をやってきた人間に対して失礼であり、それすらも認識できないアホ!・・ということであり、営業というのは「人の気持ちを理解すること」であると考えるならば、そういう無神経な口を平気できく男というのは「ぼく、営業には向いてませんから」と言っているようなところがあります。営業というのは、お客様から好かれないといけない。その為には・・・新庄ビッグボスも、格好にこだわるべきだと言うておるでしょ。YouTube で元日本ハムの岩本のチャンネルに新庄が出て、岩本が「ぼくにはまったくコーチのお声がかかりません」と言うと、新庄が「まず、この腹が・・」と言っていたが、植草もまた、本気で営業やる気持ちがあるなら・・実際にはやらないと思って言っていたのでしょうけれども、本気でやる気があるなら「とりあえず、やせろ。デブ」・・てことになるでしょう。
※ 《YouTube-【ファイターズ】新庄新監督が清宮にダイエット指令!?MVP最終候補の大谷翔平には”素晴らしい” (21/11/09 19:00)》https://www.youtube.com/watch?v=C2vWxtmBKZI 6:12~6:59
「ちょっとデブじゃね?」「ちょっとやせない?」
「かえないと」「やせた方がもてるよ」



( ↑ 千葉市中央区鵜の森町1-3
新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔2013年11月に正式に倒産。〕がかつてあった場所。
銀行の抵当権が入っていて競売された。 )
  社長の長谷川は「働いてばっかりしても仕方がないから」と言っていたのだが、その言葉の意味が、年中、働いてばっかりではなく、「働く時は働く、休養とるときは休養とる、遊ぶ時は遊ぶ」という姿勢で仕事に取り組みましょうと従業員に対して言い、かつ、そうできるように経営者として勤務状況を考えようということなら、その「働いてばっかりしても仕方がないから」という言葉は悪くはないが、長谷川の場合はそうではなく、自分と嫁と子供だけが「働いてばっかりしても仕方がないから」を実行してハワイに始終、バカンスに行っていたのであり、それではいかんのではないか。 ハワイでバカンスやってる男から国際携帯電話で「おい、◇◇、なまけてないかあ」などと言われてもなあ・・・( 一一)  「私は社長ですから従業員みたいに働きませんよ。誤解しないでくださいよ」とか言っていたようだが、もしも、若い時に誰よりも働いた社長が80代くらいになっても社長でいるというような人がそうするのなら、それも悪くはないかもしれないが、まだ、40代前半の若造がそういう口をきいて、その言葉の通り実行していたのでは・・・、何よりも、自分自身も他の従業員と同じように働いたならそこから学ぶもの・そこから知るものがあるのに、それを知ることができない状態になる。自分自身が動かない社長は自分自身が従業員と同じように働く社長なら身に着く認識を身に着けることができない。そのあたりを考え違いをしていたのではないかな・・。
  又、社長の嫁の友人だとして縁故入社して事務の仕事についていた大竹加代子(女。2010~2011年当時、40代前半)は特に会計系の資格を持っているわけでもなく、そういう大学学部を卒業しているわけでもなく、過去にそういう職務経験があるわけでもないにもかかわらず、私の倍以上の給料を盗っていたなおかつ、大竹加代子と新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は私が時間外労働をしても時間外給与は支払わず、大竹加代子は自分自身には時間外手当をつけて受け取っていた。 やはり、社長の嫁の友人だとして縁故入社した滝口恵(女。2011年当時、30代前半)は特にこの会社でおこなうような仕事についての職歴があるわけでもないにもかかわらず、理由もなく同様に入社した従業員よりも給与が高かったようで、かつ、他の従業員が仕事の必要性から時間外に無賃労働で働いていても、さらには担当外の従業員が滝口恵が担当の仕事を時間外にやっていても滝口恵だけは毎日、定時に退社していた。かつ、滝口恵が担当の仕事で、それに対する報酬を滝口恵が受け取っていた仕事を担当外の従業員に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でさせていた。かつ、滝口恵は自分が担当の仕事で自分がその仕事に対する報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でやってもらっていたことに対して、「すいません」の一言を口にしたことが一度もなかった。又、「ありがとうございます」という一言も口にしたことがなかった。滝口恵の辞書には「すいません」と「ありがとうございます」の言葉は存在しないようだった。滝口恵の親は娘に、自分の担当の仕事を担当外の人にやってもらったならば「どうも、すいません」なり「ありがとうございました」なり言うものだ・・ということくらいも教えない親だったようだ。「親の顔が見たい」という気持になるが、実物を見せられてもどうしようもない。どうせ、娘と似たような顔と根性をしているのだろう。 滝口恵は自分が担当の仕事でそれに対する報酬を滝口が受け取っている仕事を残して定時に退社し、「まだふさわしい結婚相手とめぐりあうことができずにいる担当外の従業員」「結婚はできたが子供がまだできずにいる担当外の従業員」に終業時刻後に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働で滝口の担当の仕事をしてもらっておいて、おのれの仕事を他の従業員にさせて定時に退社した滝口恵は、担当外の従業員が労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働をさせられているまさにその時に、オットと「妊活」(=性交)やって3人目の子供を孕んで出産した。まさに、その3番目の子供というのは他の従業員にできていたかもしれない子供を食い殺すことで産まれた鬼畜の子供である。その鬼の子がまたもや、その鬼の子に子供を食い殺された者から「子供手当」を強奪しようとしているのである。
  「子供のある者は将来、社会に貢献する人間を育てるという仕事をしているのだから」などとヌケヌケと言う人が時々ありますが、まず第一に「将来、社会に貢献する人間を育てている」と言うのなら、その子供が、将来、社会に貢献しなかったなら、むしろ、社会に迷惑をかけたならどう責任とるのでしょうか? 「将来、社会に貢献する」だのなんだのというくそど厚かましい文句は、その子供が実際に社会に貢献してから言ってもらいたいものです。実際には、その子供が大人になったならば、またもや、性交だけやって子供を作って「私は子供があるんだから」と、まだ結婚できずにいる者・結婚はできたが子供に恵まれない者を迫害する人間になることでしょう。カエルの子はカエルです。「将来、社会に貢献する人間を育てている」ではなく「その親と同様に社会に迷惑をかける人間を育てている」のです。その2011年から3年後の2014年、私は右足の甲を骨折して3か月少々、松葉杖での生活を送ったのですが、滝口恵の子供は「手のかかる子供」ではなく「ちょっとは役に立つ子供」になっていたのではないかと思うのですが、あれだけ世話になった私に何一つしなかったのですが、これはいったいどういうことなのでしょうか。8年後の2019年、胆嚢炎で胆嚢を摘出する手術を受けて1週間ほど入院したのですが、私にあれだけ世話になった滝口恵の子供は「手のかかる子供」ではなく「役に立つ子供」の年齢になっていたはずですが、世話になる時だけ世話になっておいて、私が怪我したり病気になって入院した時にはまったく何もしないというのは、あれはいったいどういう了見なのでしょうか。・・「子供」を大義名分にかかげて周囲の従業員に被害を及ぼすオバハン帝国主義症候群 と その子供というのは「そんなもの」ということか・・そういうのを「将来、社会に貢献する子供を育てているのだから」などとウルトラふてぶてしい・ウルトラど厚かましい・ウルトラ根性ババなことを言う人がいるのですが、それにしても滝口恵シンドローム はちょっとあまりにも重症ではないか。「ほとんどビョーキ」というよりも「間違いなく病的」だった。あれは「普通の人間ではない」ものだった。私は滝口恵は「普通の人ではない」と思ったし、「カタギじゃない」と思ったので、できるだけ関わらないようにしていたが、社長は、たとえ「嫁の友人」であっても、他の従業員に迷惑かけるだけの人を入社させるべきではないし、もしも、入社させたのならば、きっちりと社長が注意しないといけない。注意できないようでは社長と言えない。社長がそんな状態では・・・どうなるかというと・・→つぶれた。
  職場という所では、もしも、自分が「子供の為に」という大義名分で人に負担をかけたならば、別の機会には自分が周囲の人の為に何かやるべきで、完全にフィフティーフィフティーでなくても、ともかく「お互い様」になるようにしないといけない。滝口恵のように自分は世話になるのが専門と入社したその日から信念持っているという人は採用するべきではないし、採用してしまったなら、社長はきっちりと注意しないといけない。自分はそうやって人に迷惑かけるのが専門と信念持っているバカ女がそのクローンみたいな子供を拡大再生産しても、それは「社会に貢献する子供を育てている」のではないし、「少子高齢化対策に貢献している」のでもない。むしろ、そのような間違った了見の人間を育てられたら迷惑であり、反社会的勢力を生産していると言うべきものであろう。
  縁故の滝口恵は徳島市の(株)フィットhttps://www.fit-group.jp/company/outline/ の研修を受けに行く際に、縁故でない従業員が夜行バスで東京から徳島まで行ったにもかかわらず、縁故新入社員の滝口恵だけが飛行機で徳島まで往復したが、これはいかんだろう。会社は従業員に対して公平でないといけない。又、滝口恵は夜行バスで往復した従業員に「すいません」の一言すらも当たり前みたいに言わなかったが、この女のアタマは「普通ではない」のではないか。この女のアタマの中はいったいどういう構造になっているのか、一度、CTスキャンでもして調べてみた方がいいのではないか。
  東京都の泰明小学校は「アルマーニの制服」などを制服に制定するという「アホちゃうか?」てこと、「なんで、公立なのに慶應幼稚舎みたいなことすんねん? アタマおかしいのとちゃうか」てことをやったようだが、泰明小学校の生徒に対して「これがアルマーニか」ツンツンとやる人も出現したという記事を見たが、滝口恵の子供が「子供手当」を強奪したならば、「これが子供手当か」ツンツン・・とやってやった方が本人のため、何よりその子供のためではないか・・という感じがする。鬼女と鬼女の子供が受け取る「子供手当」は人間として許しがたい。
  公明党はまたもや「子供手当」などというものを支給しようと画策しているようだが、「ふさわしい相手にめぐりあえずにいる人間」「結婚相手とはめぐりあうことができたが子供が欲しいと思いながらできずにいる人間」に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働で担当外の仕事をさせておいておのれの担当でおのれがその仕事に対する報酬を受け取っている女が定時に退社して、「ふさわしい相手にめぐりあえずにいる人間」「結婚相手とはめぐりあうことができたが子供が欲しいと思いながらできずにいる人間」が労基法違反の時間外労働で担当外の仕事をさせられているまさにその時間にオットとさらに「妊活」やってすでに2人の子供がある女が3人目を孕んで出産した、そういう子供に、そういう女の子供、そういう女のオットの子供に、子供にめぐまれない人間から徴収した税金を財源として「子供手当」をくれてやろうとしているのであり、まさに公明党は反社会的勢力と評価されるべきである。
  なんだか、「後先考えずに性交やって子供作ったら勝ち」みたいな社会になってきた。「そこのけ、そこのけ、『子供』が通る」みたいな社会になってきた公明党は「子供」を大事にしようという”主張”らしいが、「子供」を大義名分にかかげれば何でもまかり通ると考えるバカママ・アホ父を増殖しようとする公明党は反社会的勢力と言うべきであろう。

  それから、雇用均等室は「子供」を大義名分にかかげて我儘放題をやりまくり、担当外の従業員・労働者に迷惑かけまくりの女を支援するための機関であり、雇用均等室は労働者の敵であり、特に男性労働者とその妻・母・娘である女性にとって敵であり、反社会的勢力である。

  「雇用均等室」を叩きつぶせ!

  2011年4月に新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)に縁故入社した滝口恵は自分が担当で自分がその仕事に対する報酬を受け取っている仕事を自分がせずに担当外の従業員に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でやってもらっておきながら、おのれはおのれが担当でおのれが報酬を受け取っている仕事が残っていても定時に退社していた・・のだが、それだけではない。会社で「勤務時間」というものは「始業時刻」から「終業時刻」まで働くということを意味し、帰り支度は「終業時刻」を過ぎてからおこなうものであり「勤務時間」「終業時刻」というのは滝口恵が毎日毎日やっていたような「終業時刻」よりも何十分か前に仕事をやめて「終業時刻」よりも前に帰り支度を終えて「終業時刻」の前しばらくは何も仕事をしないで「終業時刻」が来るのを待って「終業時刻」が来ると同時にタイムカードを打刻して退社してよいという意味ではない。ところが、縁故の滝口恵はそれを毎日やっていたのだ。それでは「勤務時間中の怠業」ということになるはずだ。
  普通の会社では「終業時刻」が来るよりも前に帰り支度をやって「終業時刻」が来ると同時にタイムカードを押して帰るなどという滝口恵みたいな態度は認められない。そんなことをやっている人・団体というのは、私はこれまで自分自身の眼で見たのは滝口恵を含めて2者、聞いた話としては2者のみである。それらが何者かについては別稿できっちりと説明したいと思っているが最終学校卒業以来、「夜討ち朝駆け」「滅私奉公」「破私奉公」を続けてきた者としては滝口恵の勤務態度、特に退社の際の態度はあきれかえるものだった。
  それだけではない。2011年7月、滝口恵は滝口恵のための翌日のオープンハウスの準備を他の従業員がまだやっているのに滝口恵だけが先に帰ろうとして、その「自分だけ先に帰る女」が後に残って準備作業をしている従業員について「この会社の男どもは何を考えてるんでしょうね。作業服も着て来ないなんて」などと会社事務所内で叫ぶのだったが、自分が作業服なり作業用の服を着て来て作業した上で言うのならまだしも、自分も作業服なんか来てこないで、準備は男性社員にやってもらうものと決めつけてそういった口をきくのだった。こういう人は採用すべきではないし、採用したならしたで社長はきっちりと注意しないといけない。又、社長の嫁は自分の友人だということで縁故入社させた者のやることについては責任ある態度を取らないといけない
※ ⇒[第899回]《「終業時刻」より前、「勤務時間中」に帰り支度をして「終業時刻」と同時にタイムカードを打刻して退社する人の例。自分だけ先に帰る女が後に残って仕事する従業員に「すいません」ではなく「ちゃんとやっといてよお」と言うバカ女症候群。隣席の者が気管を傷めて咳をすると「いったいどうしたんですか」と言う四六時中喫煙男、「俺は子供の健康はきっちり考える人間なんだ」と言って職場の同僚の顔に煙草の煙を吹きかけるおっさん。「職員に向って何だあ」と職員に向って暴言を吐く全法務労働組合副委員長。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202201article_7.html
  滝口恵は「こんなの、パートのおばさんにさせればいいんだ」などという暴言を吐いたこともあったが、滝口恵こそ「パートのおばさん」の勤務態度・勤務状況であった。「パートのおばさん」はおまえだろうが、お・ま・え! 「パートのおばさん」に「こんなの、パートのおばさんにさせればいいんだ」などという口をきかれたあかつきには、さぞかし「パートのおばさん」が気を悪くすることだろう。又、滝口恵のオットは嫁がそういった社会人としてあまりに非常識な態度を取り・社会人として非常識な口をきいているということについて、嫁に注意するべきであり、又、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の従業員に対してオットとして謝罪するべきものだが、今に至るまで謝罪の言葉がない。
  社長の嫁は自分の友人ならどんなに非常識な人間でも入社させていいというものではないはずだ。それがわからないようならば「社長の嫁」という立場を失う可能性がある・・・と思っていたら⇒新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は2013年11月に正式に倒産し、社長 長谷川新二の嫁の河野利華は「社長の嫁」という立場を失うことになった。

  野村克也じいさんと門田博光(かどた ひろみつ)〔元南海ホークス外野手〕との対談がYouTube に入っていたが、そこで、野村が「あんた(門田)、遠征に行った時なんか、夜、暗い所でひとりで何回も何回もバット振っておっただろうが。おれはそういうのを見ておるよ」、「一流選手というのは成績が良かったらそれでいいというものじゃない。誰誰を見習えと若手選手に言えるような態度の選手じゃないとだめなんだ」と言い、門田が努力家で常にバットの素振りを欠かさなかった、それを「おれは見ておるよ」と言っていた。
  野村じいさんが若手選手だった時には、入団1年目の終わりに解雇と言われ、「辞めさせられるなら南海電車に飛び込みます」と言ってもう1年置いてもらえることになり、2年目、二軍監督がよく見てくれる人で、捕手としては肩が弱いが打撃は悪くないからと一塁手で二軍戦に出してもらい、肩を強くする方法を自分で考えて鍛錬して強くして、そして、二軍監督に「強くなりましたから見てください」と訴えて捕手に戻してもらった後、2年目の終わり、一軍が優勝したことから「ごほうび」としてのハワイキャンプがあり、それに二軍から捕手を一人連れていこうという話になった時に二軍監督が推薦してくれてハワイに一緒に行けたが、「ごほうび」としてのものだったので、ハワイで遊びまくる選手が多く、特に二番手捕手には宿舎にハワイの若い女性が「ハ~イ」と言って訪ねてきたりして、監督の鶴岡はそれを苦々しく見ていたらしい。野村は遊びにいくカネもなく、夜遅くまで宿舎の庭でバットの素振りをおこない、それもできるだけ監督に認めてもらおうと監督室の窓の外でバットを振り続けたところ、そのうち、窓が開いて鶴岡が顔を出し「こんな遅くまでバットを振っとるのは誰や。野村か」と言って引っ込むということがあったらしい。そのうち、ハワイのチームと試合をやることになったが、レギュラー捕手が怪我をした。レギュラー捕手が怪我をしても二番手捕手が出るから自分は出番はないと思っていたら、ハワイで遊び歩いていた二番手捕手を見ていた鶴岡は二番手捕手ではなく三番手の野村に「野村、でい」と言って試合に出してくれたところ、ハワイのチームは野球はそれほど強くなくて試合で活躍できた。日本に戻り、パリーグの試合が開幕する直前、レギュラー捕手が「治りました」と言って戻ってきたが、それでも鶴岡は野村をスタメンで出して、そこから野村は捕手のポジションをつかむことができた・・・と野村じいさんがどこだったかで書いていた。自分がそうやって監督に認めてもらって使ってもらった人間だから、監督の立場になった時も、他の人間が練習なんかしていない時間でも只管バットを振り続けていた門田の姿を見て「おれはあんたが夜遅くまでバット振っておったのを見ておったよ。おれは知っとるよ、あんたがおそ~くまでひとりバットを振りつづけていたのを」と対談で話していた。司会者が「お二人、仲、悪くないんですか」と言うと、野村が「何も仲、悪くないよ。誰がそんなこと言ってたの」なんて言っていたが、「南海の三悪人」なんて言っても、それは誉め言葉だったのだろう。自分が遅くまでバット振った
  自分がやってきた者には見る、見えるものがあるものが、「私は社長であって従業員じゃありませんから、従業員みたいに働いたりはしませんよ」とか言うような40代前半の社長には、従業員が大変な思いをして大変な努力をしてポスティングしたりしていても、見えていない・知らないというものだったのだろう。やっぱり、40代くらいの社長は自分も働かないとだめだよ・・( 一一)
  そうでないと、見えない。見える能力が身につかない・・・と思う。
  蘇我比咩神社の近くにもポスティングはしたのだが、会社から直線距離で近くても、その間に電車の線路が2つ(外房線と内房線)あると、そこの住人の意識として、実際以上に遠い場所にある会社という印象を持たれることになっていたか・・と思う。それから考えると直線距離ではもう少し遠くても、間に線路がない場所に力を入れた方が良かったのかもしれない・・・が、こういうことも実際にやってみた人間だから私は感じ取ることができたのであって、「私は従業員みたいに働きませんよ」なんてことを言っていると、な~んかピントがずれとるような方針を出したりする・・という結果になったようだ。
  「会計事務所の鈴木」という禿げたおっさんが、2011年5月、社員総会に来て、社長の長谷川は「会計事務所の鈴木」には、従業員、特に大工の仕事をしていた従業員が購入したものの代金を会社に請求する際に、いったい何を買ったのかわからないケースが多く、処理しにくいので、それを会計事務所の立場で、このようにしてもらいたいということを言ってほしいと頼んで来てもらったはずだったが、ところが「会計事務所の鈴木」はそうではなく、「皆さんはいい社長を持って大変恵まれておられる」とかなんとかかんとか、社長の長谷川をヨイショする文句ばっかり言いまくった。あんた、そんなことを話してくれとは会社は頼んでない、社長は頼んでないでしょうが・・・と思った。「ち~が~う~だ~ろ。このハゲ~え!」と思ったものだった。
※ 《YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ!》https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
  その時、私が感じた「会計事務所の鈴木」に対する不快感は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の従業員なら誰もが感じたであろう・・と思ったのだが、それで、そのすぐ後、「かいけ~事務所の鈴木」から電話がかかってきて取り次ぐ際に「『は~げ~事務所の鈴木』さんからです」と言ったら「縁故従業員の大竹加代子」が「失礼ですよ。そんな言い方は」などと言うので、それで、それまで、大竹加代子もまた従業員の一人だろうと思っていたが、大竹は縁故従業員であって私など一般従業員の倍以上の給料を盗っていただけあり感覚が大きく違うようだな・・と気づいた。大竹加代子は私が「かいけ~事務所の鈴木」に感じた不快感を共有していなかったようだった。大竹加代子は「かいけ~事務所の鈴木」に対する不快感を一般従業員と共有していなかった。 「は~げ~事務所の鈴木」と言ったら失礼か?・・どこが失礼なものか! 失礼な態度を取ったのは鈴木の方であろうが!  そのあたりを感じない大竹加代子は「やっぱり縁故社員」「やっぱり特別扱い社員」だったんだな・・と感じた。
  「かいけ~事務所の鈴木」は社長をヨイショしてくれと言われて呼ばれたのではないのであり、会計事務所の立場で、会社の仕事のために必要な物を買った場合に、それが何なのかわからない伝票が多すぎて処理に困っているということを話して、どうしてもらいたいのかということを話してくださいと頼まれて来たのに、そっちを話さないで、社長の長谷川をヨイショするばっかりだった。「大変、会社の為を思って考えている社長で皆さんは仕合せです。それを忘れないでください」などと「かいけ~事務所の鈴木」は言いまくったが、そんなことは鈴木が言うことではないし、会計事務所の人間が言うことではない。鈴木よりもっと身近に長谷川とつきあっている従業員に対してそういった発言は失礼であろう。「ち~が~う~だ~ろ! このハゲ~え!」てものだ。それを感じることができなかった大竹加代子というのは、やっぱり縁故社員、やっぱり特別扱い社員だということもあるが、あんまり有能じゃないてこと・・だったということもあるかもしれない。


  蘇我比咩神社 は、現在、北側に東西にある程度広い道が走っているが、南側に進む道は広くない。 南側から西に行く道があり、旧道かと思われる道からのカドに、
DSC00318.JPG
と出ているが、ここで曲がっても神社に参拝者用駐車場があるわけでもない・・と思っていた。だから、今回も他の場所にクルマは停めてきたのだが、よく見ると、
DSC00319.JPG
↑ 2台ほど停められる場所が用意されているみたいだ。 「参拝者用駐車場」という表示はないが、短時間の参拝なら停めさせてもらってもいいのではないか。↑ の写真に写っているクルマとそのおじさんも停めていたし。

  次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202201article_3.html は、摂社・末社・・

  (2022.1.3.)

☆ 蘇我比咩神社(千葉市中央区)参拝~2022年(令和4年)のおけおめ2
1.手水舎から拝殿。ソガかスカか。ヒメとは? 〔今回〕
2.八大龍王社・八幡宮・大三輪神社・大山阿夫利神社・浅間大神・保存樹木・三峰神社。教育勅語はズッコイ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202201article_3.html 

☆2022年(令和4年)のあけおめ1
富士山とともに。(静岡県富士市岩淵より見た富士山)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202201article_1.html 

労働法入門 第7版 (有斐閣双書) - 外尾 健一
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