中銀タワー(解体工事中)見学【3/8】北側から見て。道路側に窓、隣接ビル側は壁。補修用梯子、階と階の間の充填。50年で解体はひょっとこ建築の宿命か。真っ黒ビルは街を暗くする。「マンション住民に戸建住宅の設計させるとマンションみたいな戸建の家にする」説。未熟で基本を理解していない設計を「世界でただひとつの家」と勘違いしている人。

[第916回]
  中銀(なかぎん)カプセルタワービル(黒川紀章 設計)(解体工事中)〔東京都中央区〕見学の3回目です。
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↑ 北側のそれほど広くない道の側から見たものです。


  窓が丸窓で独創的と言えば独創的ではあるのですが、丸の形の窓というものは1か所だけとかおしゃれを目的として入れるのならともかく、潜水艦の窓とか宇宙船の窓とかならともかく、すべての窓が丸窓というのは、はたして、そのビルの部屋を利用する時に使いやすいかどうか。そもそも、この丸窓というのは開閉できるのか?
  どうも、「建築家」を名乗る人、それもビル建築において、構造を担当する「構造家」・設備を担当する「設備家」・意匠を担当する「建築家」の3分類の意味での「建築家」ではなく、「世界の丹下健三」とか「世界的建築家 磯崎新」とか「女優と結婚した黒川紀章」とか「高卒の安藤忠雄」とかいった「名建築家」の方の「建築家」といった人が設計した建物の場合、使い勝手や構造よりもデザインを重視した・・というのならまだしも、おのれの好みの為に構造や使い勝手を犠牲にして独りよがりな建物を作って、それがいかに使いにくくても「名建築家の設計による建物」だということで「言うことをきかす」ということを通す・・という建物が多い。
  「世界の丹下健三」設計の東京カテドラル聖マリア大聖堂なんてのは竣工時から雨漏れがしたというし、見に行ってみると木製の玄関扉を屋外に設けて陽に当たり雨にあたりして変色していたが、「建築家」ではなく「建築屋」の建物なら施主から「これ、図面を作成する時点でこうなるということくらいわからなかったんですかあ」と文句言われるところですが、ところがどっこい「建築家」「世界の丹下健三」設計となると、陽にあたり雨にあたって変色する玄関扉からして「さすがは世界の丹下♪」「よっ、名建築♪」ということになるのです。・・竣工時から雨漏れのする建物なんて、「建築屋」が作ったなら「ぶっ壊して建て替えろ! こらあ!」てものですよ。裁判おこされる可能性だってあります。ところがどっこい、「世界の丹下健三設計」というフレーズがつくと、それもまた「名建築ゆえに」とか言って擁護する人がわんさと出てくる( 一一)

  京都あたりのお寺には丸の窓の建物があったかもしれない。しかし、それは使いやすいわけではないということを承知の上で、あえて、数を限って丸の窓を設けていたはずです。ところが「世界的建築家」とかいった人の場合は、使いやすいかどうか、十分長く使える耐久性を確保できるかどうか・・なんて考えないのが””名建築家””とでも思っておるのか? ・・て感じの建物が多い!
  「世界の丹下健三」設計の東京カテドラル聖マリア大聖堂 の 屋外に面した木製扉にしましても、もしも、私ならば、屋内なら木製扉は悪くないとしても、屋外に面した所ならば材質は木ではない「木目調の扉」を使用するか、あえて木製扉を屋外に面して使用するのならば、扉の位置を内側に少し下げるか、もしくは前に庇を出して、陽に当たる量を少なくし雨に当たる可能性を小さくするか・・といったことを考えます。そのあたりを一切考えないのが、そのあたりが「世界的建築家」「世界の◇◇」とか「東大建築学科教授」とかなんかそういう人たち。

  それで、「有名建築家 黒川紀章設計の中銀カプセルタワービル」について見ますと、
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↑ 北側道路に向って丸窓があり、東側は壁だがガラリみたいのが見えますが、これはエアコンの室外機を外から見た美観を考えて、また、中程度以上の地震が来た時に屋外機が壁の外側につけられていたのでは振り落とされて危険と考えて屋内側に埋め込みのように施工しているのでしょうか。
  それなら、↓
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↑ その上の階にはガラリのようなものが見えないが、エアコンの室外機がある階とない階があるのか?

  丸窓が ↑ のように北側の道路を向いている階と東側を向いて丸窓がある階があります。↓
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これは、今現在は東側はすでに解体されていますが、そのあたりも含む写真で見ると、↓
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↑ 解体された所を見ると、隣接するビルも道路側には窓があっても隣のビルの側の壁にはほとんど窓がない。 中銀カプセルタワービルもまた、中より下の方の階では道路側に丸窓を設けて、隣にビルがある側は壁にして窓はなく、上の方の階は隣のビルの最上階より高い位置だったので隣のビルの方を向いて丸窓を設けた・・・ということかな・・。
  ロシア連邦から「非友好国」と認定されて、ロシア連邦産の天然ガスが入ってこなくなるのではないか、そうなると燃料代が上がるのではないか・・とか言われていますが、対策として、まず、人工照明が当たり前みたいな生活はやめるべきですね。昼間は自然の採光によって生活できるようにということをもっと考えるべきです「マンション住まいの人間に戸建住宅の設計をさせるとマンションみたいな間取にする」という説があるのですが、たとえば、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ の自称「設計士(さま)」〔日本には「建築士」とか「建築施工管理技士」とかいう資格はありますが「設計士」だの「設計士さま」だのなんて資格は存在しませんからね。〕の設計した戸建住宅なんてのは、せっかく住居系用途地域に広い整形の土地があるのに、なんで、こんなへんてこりんな建物作って昼間から人工照明の生活にして、せっかく地べたがある所に家を建てるのに土の部分をすべてモルタルしいてしまうの? バッカじゃなかろかルンバ♪ ・・て自称「設計士(さま)」が複数いました。なぜ、そういうことをするのか? 
第1に、「実力がないから」「未熟だから」であり、
第2に、「ひとの言うことを聞かないから」、私などや大工職人などの言うことを完全に無視するのがそれが「設計士(さま)」、それが「設計事務所の先生」とか勝手に思っておるのです。「バカでも入れる私大の建築学科」か「試験なんて最初からない建築専門学校」とか出たばっかりという若造が。それが設計のやることだとか思っておるのです。アホです。建築に携わる者で優秀な者になろうとするなら、もっと色々な人間の意見に耳を貸して学ぶべきです・・・が「設計士(さま)」とか言いだしたやつというのは、そういうことを言いだしたやつというのは人の言うことを聞かなくなりますね。そして、「バッカじゃなかろかルンバ♪」てことをやって得意がります。〔⇒《YouTube-野村監督「バッカじゃなかろかルンバ」(原曲入り)》https://www.youtube.com/watch?v=ewJ6WwU76Rs 〕
そして第3に、「マンション住まいの人間に戸建住宅の設計をさせるとマンションみたいな間取にする」。 間取だけではありません。 東京都2013年にでしたか、府中市でフリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区〕 のE本(男。当時、20代後半?)が設計担当で建てた家を見にいきましたが、
(1)せっかく、整形で広い敷地があって、周囲は2階建ての家ばかりの第一種低層住居専用地域なのに、自然の採光を採らない、昼間から人工照明で生活する家にしてしまっている。
(2)配置を考え、窓の位置を考えて作れば自然の通風をはかることができる場所で自然環境も悪くない所なのに、自然の通風を一切考えない家にしてしまっている。
(3)せっかく、地べたがある所に家を建てるのに、建物が建たない所をことごとくモルタル塗りにしてしまっている。これなら、戸建住宅に住む理由がないではないか。土の部分を残し、いくらかなりとも樹木を植えて日陰をつくるようにすれば健康的に生活できるのに、こんな家にするならマンションに住んでおけばいいことであろう。
(4)マンションの内装設計ならば隣家との関係なんて考えて設計することはないが、戸建住宅はそうではない。あまりにも隣家のことばっかり考えて自分の家が住みにくくすることはないが、しかし、竣工後、そこに住んで生活して隣ともつき合っていくということを考えるならば、配置についても、隣の家からするとどう思うかといったことも考えて作るべきものであるはずだが、そういった配慮がまったくない。なおかつ、隣家との間が狭ければメンテナンスもしにくい・・といったことを全く考えていない。
結論として、私の基準から判断するなら「欠陥住宅」だと思いますよ。施主がそれで「いい家ができた」と喜んでおられるのなら、私が文句言うことはないのかもしれないが、そういう問題が多い家のことを「世界でただ一つの家」とかいうコピーで自慢している・・というのは、なんだかなあ・・と思いますね。 そんな設計やるやつに限って、自分を「設計士(さま)」とか思っておるのです。だから、E本は施主や業者と待ち合わせをすると必ず遅刻する。自分は「設計士(さま)」だから、自分は「設計事務所の先生」なのだから、ひとを待たせるのは当然だ、ひとが自分を待つのが当然だと思っていたようです。「まるで、弁護士みたいなやつだなあ」と思いました。 その府中市のお宅では、外壁の色をどうするか決めるために現地で打ち合わせをしましょうということにして、午前10時00分から打ち合わせをしましょうと言っておいて、現地(工事現場)に施工業者の工事担当者・外壁塗装業者・職人・施主に現地に午前10時00分までに来させておいて、おのれは電話1本入れることなく午前11時30分を過ぎて当たり前みたいな顔してやってきた・・そうです。そういう男のことをフリーダムアーキテクツデザイン(株)では「設計士(さま)」とか言うそうです。「バッカじゃなかろかルンバ♪」と思います。それをアフター課の阿諏訪(男。当時、40代前半)は「榎本さんは忙しいんだから。どのくらい忙しいかというと、自分が担当でない仕事まで手を出すくらい忙しいんだから」などと言っていたのですが、阿諏訪は何をアホなことを言っているのか。自分が担当の仕事をきっちりとこなせている者が自分が担当でないものまで手を出してやっているのなら「えらいねえ」とほめてあげていいかもしれませんが、榎本の場合はおのれが担当のものをこなせていないのです。おのれが担当の仕事をこなせずにひとに迷惑かけているのです。おのれが担当の仕事をこなせていないにもかかわらず「自分が担当でないものまで手を出している」などというのは、それは阿諏訪みたいにほめるものではなく、そうではなく「自分が担当の仕事をきっちりとこなせていないのに、担当でないものに手を出すな」と注意してあげるべきものです。私は榎本の態度はそういったものが多すぎると気づき、これは対処しないといけないと思い、榎本が所属している班の班長に言って、班長から注意するように言おうと思い、榎本の所属する班の班長は誰かと調べたら、榎本の所属する班の班長はというと・・→ 榎本だった( 一一)
「弁護士みたいなやつやなあ」と思いました。弁護士というのは依頼者と打合せの約束をすると必ず遅刻します。約束した時刻に自分が遅刻して相手を待たせたならば、とりあえず「すいませんでした」くらい言うものではないかと思うのですが、弁護士の辞書には「すいません」という言葉はありません。そういう時、弁護士はどう言うかというと「弁護士は忙しいですから」と、そう言うのです。それなら俺は暇人だと言いたいのか? ・・ということです。そもそも、午後2時30分から打ち合わせをしましょう、それまでに来てくださいと言うから、午後2時過ぎにそいつの所属する法律事務所の近くまで行き、あまり前に行って部屋を占拠しては迷惑かもしれないと外で時間をつぶして、10分前の午後2時20分に行って待っていると、午後2時40分を過ぎているのに隣の部屋で「わああっはっはあ~あ」と誰やらと大声で笑って歓談している。悲壮な問題をかかえて法律事務所に行っている人間が隣で待っているのに、薄いパーテーション用の壁しかない隣の部屋で「わあっはっはあ」とは何でしょうね。そして、15分近く待たせたあげく、「ああ、どうもお」・・・て、アホか! 人を待たせたならば言うことは、とりあえず、「すいません」と違うのか? 何が「ああ、どうもお」だ? 「弁護士は忙しいですから」と言うのだが、忙しいわけないだろうが。おまえ、さっきから、すでに待ち合わせの時刻を過ぎているのに隣の部屋で誰やらと「わあっはっはあ」とか大声あげて歓談しておっただろうが! そもそも、法廷に遅刻してくる弁護士というのは、いったい何に忙しいんだ?!?!? ・・そういうのが弁護士です。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の榎本を見て「弁護士みたいなやつだなあ」と思いました。
どんなにおえらい「弁護士先生様」であっても、人と約束したならその時刻までに行くべきもので、もしも、「弁護士は忙しいですから」ということで午後2時50分からでないと打合せができないのであれば、依頼者との約束を午後3時00分からとすればいいのです。依頼者には「午後2時30分から打ち合わせをしましょう。送らないように来てください」と言っておいて、おのれは午後2時45分くらいになって「ああ、どうもお」・・・。「時計はお持ちですか」と言ってやればよかったなあと思っています。ほんと、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ の榎本という男はその点で「弁護士みたいや」て男でした。なおかつ、しろうと以下のプランニングしかできないくせして態度だけでかい・・という点も本人訴訟に劣る内容のことしかできないくせして態度だけでかいと「弁護士みたいや」て感じがします。
  アフター課の阿諏訪は「榎本さんは忙しいんだから」などと言うのですが、もしも忙しいから午前11時30分にしか行けないのであれば、施工会社担当者・外壁塗装業者・職人・施主には午前10時00分までに来てくださいなどと言わずに、施工会社担当者・外壁塗装業者・職人・施主にも午前11時30分から打ち合わせをしましょうと言えば良かったはずなのです。「榎本さんは忙しいんだから」という阿諏訪の言い草からすると、阿諏訪は施工会社担当者・外壁塗装業者・職人、それに施主というのはものすごい暇人だと言いたいということになります。「おめえ、バカにしてんのか!」ということになります。
   横浜市港北区で3階建ての家を引き渡したら、竣工後半年もしないうちに、明らかに、設計に問題があるから発生した外壁クラックが出ていたのですが、「モルタル壁の場合、わずかなクラックは素材の性質上でるもの」とは言われるのですが、これまで、「素材の性質上、どうしても出るクラック」と「構造に問題があるから発生したクラック」があって後者はいけないが前者についてはやむをえないものだと建築業界に入って教えられたものの、「素材の性質上、どうしても出るクラック」は見てきたのですが後者の「構造に問題があるから発生したクラック」というのを見たことがなかったのですが、それがフリーダムアーキテクツデザイン(株)が設計の横浜市港北区の某様邸にあったのです。そのお宅の設計担当者は、田井だったか榎本だったか、たしか田井だったと思うのですが、ひでえ~え・・・と思ったものでした・・が、私はそれに気づいたが気づかんやつもいたようでした。「バカでも通る私大の建築学科」卒か「試験なんて最初からない建築専門学校卒」かの自称「設計事務所の先生」のくせして。・・さらには、構造に問題がある建物の場合、特に外壁はモルタル壁ではなくサイディング壁にしておいた方がごまかしがきくと思うのだがなあ・・とかいうような知恵も働かんのかいなあ・・とも思いましたが、働かんみたいです( 一一)
住居系用途地域に地べたのある所に家を建てるのに「人工照明・人工空調の家」にしてしまわないと気がすまないフリーダムアーキテクツデザイン(株)の自称「設計士(さま)」の家を、フリーダムアーキテクツデザイン(株)は「世界でただひとつの家」とかホームページで言っていますが、『C級サラリーマン講座』では二階堂課長が食べ物屋に入って「すごいよお。感心した。今まで味わったことがない世界でただひとつの味だよ。まずい。ここまでまずい料理なんて他にねえ」とか言う場面がありますが、その類の「世界でただひとつの家」というのは、そういうのは「売り」にするものではないと私は思うのですが、得意にしている若造がフリーダムアーキテクツデザイン(株)には何人もいたようです。なんで、「マンション住まいの人」で「マンションみたいな家」しか設計できない人間が戸建住宅の設計をやりたがるのか不思議です。榎本にしても、戸建住宅の設計などやらずに、たとえ設計やるにしてもマンションの内装の設計か地下室の内装の設計でもやった方が向いていると思うのですが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の経営者はそのあたりを認識できないのだろうか・・と思うのだが、認識できない人が経営者なのかもしれません。

  自分が建築会社の従業員である場合には、客の側がどうということではなく建築会社の従業員としてどう対処すべきかということを考えないといけないのですが、そこを離れて考えてみるならば、客の側だって考えるべきものはあります。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の自称「設計士(さま)」が得意がって設計する「へんてこりんなだけで住みにくい家」がいいと思う感性というのは、それは合成着色料で本来ならありえない気色悪い色に染められてしまった食品もどき を喜ぶ人みたいなもので、その感性がいいのかどうか、もう一度、考えてみた方がいいのではないかと思います。又、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の自称「設計士(さま)」設計の「マンションみたいな戸建住宅」を建てて喜んでいる人というのは、もしかして、この人、マンションに住んだ方がいいのではないのか? ・・とか思ってみたりもします。自分が勤めてちびっとでも給料もらったことがある会社で契約してカネを払ってくれた人を悪くは言いたくないのですが、実際のところ、せっかく地べたがある家に住むからには「地べたがある家」のいい所を実現した設計の家に住む方がいいと思います。フリーダムアーキテクツデザイン(株)のへぼ設計は、そのあたりを少しは考えてみた方がいいのではないか・・と私は思う・・が考えんだろうなあ~あ( 一一)

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↑ これは「非常用階段」ではなく「補修用梯子」・・かな。 一般人は火災とかで避難するとしても、こんな梯子では降りられない人が多いでしょう。
  考えてみると、1980年代初め、大阪府の万博会場跡のエキスポランドのジェットコースターのペンキ塗装工事でジェットコースターの横の「側道」と言うのか補修用の通路を丸太を2本かついで一番高い所まで登った時、片側(レール)側はペン屋(ペンキ屋)の職人がペンキ塗装をするための足場としての丸太が吊るされているものの、その下はペンキが路上に落ちないように覆ったカバーだけで、レールと逆の側に手摺があるとはいえ、その場に座ってすがりついたら手摺になるかもしれないが、丸太をかついで歩くには立たないと運べないわけで、立った状態では手摺があると言っても寄りかかれるようなものではなく、手摺側にでも倒れかかったら間違いなく地上まで落ちてしまうというものだった。それから考えるならば、↑ の梯子の方がよっぽど安全なくらいだ・・・が、それにしても「名建築家 東大での黒川紀章」なんてのは、こういう屋外の梯子なんて昇り降りなんてしないでしょう。 そのあたりが私はおかしいと思うのです。法隆寺宮大工棟梁の西岡常一さんの本に「法隆寺宮大工口伝」として、たしか、「自分の手を動かして作業をしない者は建築について口出すべからず」というものがあったと思うのです。それから考えるならば、「世界の丹下健三」とか「世界的建築家 黒川紀章」とかそういう人達というのは「建築について口出すべからず」で口出すな! ・・ということになるはずなのです。
木に学べ 法隆寺・薬師寺の美(小学館文庫) - 西岡常一
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木のいのち木のこころ〈天〉 - 西岡 常一
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  『京の大工棟梁と七人の職人たち』(草思社)では、宮崎県の方での工事で台風が来た時に避難して工事現場にいなかった大工に高齢の棟梁が「おまえのようなやつは大工やめてしまえ」と怒鳴りつけたという話が出ていました。大きな台風が来るというのなら、そういう時にこそ工事現場に留まって風で建物がどういう影響を受けるか自分の眼で見て学ぶものだろう、それを、せっかくの機会に避難してその場から離れてしまうとは、それでも大工か・・と棟梁は言ったらしかったが、たしかにそういう面はあるのでしょうけれども、しかし、片方で危険だということで多くの人間が避難している場所に留まって見ていて命までなくしてしまったら元も子もないことになります・・・が、「世界の丹下健三」とか「世界的建築家 黒川紀章」とかそういった人たちというのは、構造については「構造家」、設備については「設備家」に任せきっているわけで、台風が来たなら建築家なら、そういう時こそ工事現場に留まって風によって建物はどういう影響を受けるのかおのれの眼で見て学ぼう・・・なんて考えるわけない・・というのは、そのあたりを考えると、現在の「世界的建築家」というのは飛鳥・白鳳の時代の大工に劣っているのではないのか・・という気がしないでもありません。
京の大工棟梁と七人の職人衆 - 一子, 笠井
京の大工棟梁と七人の職人衆 - 一子, 笠井

  ところで、↓ この上の階と下の階との間のこれ ↓ なんでしょうね。
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↑ 上の階の「カプセル」と下の階の「カプセル」の間を塞いでいるのですが、上の階の「カプセル」と下の階の「カプセル」を塞いでいる箇所と塞がれずに空いている箇所とがあるのです。 
  その違いは何が理由なのでしょう。

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↑ よく見ると、錆びたり黒ずんだり、クラックが入ったり、テープみたいのを貼って補修したりと、けっこう傷んでいます。
中銀カプセルタワービルは、《ウィキペディアー中銀カプセルタワービル》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB によると、《黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅(マンション)である。1972年(昭和47年)竣工。》とマンションで、そして、竣工は大阪万博の1970年の2年後、1972年ということですから解体工事中の2022年においては築50年。 マア、ひょっとこビルとしては長くもった方・・かな。
  「ひょっとこビル」というのは、「世界の丹下健三」設計の新橋の静岡放送静岡新聞ビル、それにやはり「世界の丹下健三」設計の三田のクウェート大使館 を見て、正直な感想として思った表現です。
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( ↑ 静岡放送静岡新聞ビル。 )
今回、帰りに新橋の静岡放送静岡新聞ビル の前を通って帰りましたので、そちらは後に述べることにします。三田のクウェート大使館も見学に行ったことがあり写真もあるのですが、どのカードに入っていたか捜すのに手間がかかるので見つかったら1枚くらい公開してみたいと思います。
  1970年の大阪万博の時は私は小学校の高学年で大阪府に住んでいましたので、大阪万博には6回見学に行ったのですが、1970年の9月のなかばに大阪万博が閉幕して、その後、太陽の塔と日本庭園とエキスポランドは残して、他の国や企業の展示館は解体すると聞いたので、「ええ~え、これだけの建物を壊してしまうのお~お」と思い、「もったいない」と思ったものでしたが、建築業界に勤めて、そして、2010年から愛知産業大学の通信課程の建築学科に入れてもらって学習して建築を見ているうちに、ふと、もしかして、大阪万博の各国の建物とか企業の展示館というのは、
(1) 万博用建築というのか、「半年ならもつ」「1年くらいでももつ可能性は十分ある」が、長く使用するには耐久性に問題がある、という建物が多かったということはないのか?  そうでなくても、半年くらいの使用なら魅力的な部分が多く目に入るが、長く使っていると「ボロが出てくる」なんてことないのか? といったことを思うようになったのです。
(2) もうひとつ、普通の住宅でも、あまりに奇抜なデザインのものというのは「飽きがくる」ことがあると言われることがありますが、大阪万博で建てられていた各国の展示館・企業の展示館というのは、半年限定なら魅力的なデザインでも、長く見ていてもいいかどうかとなると、また別だったかもしれない、と。
  大阪万博に出展していた黒川紀章 設計の建物としては、東芝IHI館とタカラビューティリオンがあり、タカラビューティリオンは外見も見れば内部にも入って見学しましたが、東芝IHI館は、黒い鉄球に3本の鉄の棒がついて、その上にまた黒い鉄球があって、それにまた3本の鉄の棒がついて・・という繰り返しで上に行けば行くほど広がっていき、そこに円盤状のものがついていて、くりくりと回って降りて来て、座席に観客が乗ると、また、くりくりと上がっていくというものでしたが、座席に座るところまでは行きましたが、くりくり上がっていくと、上がって行った所で映画が上映されて上映が終わるとくりくりと回転して降りてくるというもので、上映中は自分だけ外に出たいと思っても出ることはできないというものでしたので、特に見たい映画でもないものを何十分も見ないといけないというのでは、それにつきあうくらいならもっと他の展示場を見に行きたいと思って上空に上がっていくより前に退出しました。
  東芝IHI館とタカラビューティリオンについては、うちの父親の勤め先の会社がその頃に社屋を竹中工務店で建て替え、東芝IHI館は竹中工務店が施工したということで、うちの父親の勤め先の社屋の工事の担当だった竹中工務店の人が東芝IHI館のことを話していたことがあり、そこから「これがそうなの?」と思って見たりもしたのを覚えています。 外観も「画期的」と言えば画期的かもしれませんし、座席部分の円盤状になったものがくりくりと回転して上がって行くというのも「独創的な発想」なのかもしれませんが、しかし、半年間限定の万国博覧会ならばそれでいいとしても、外観デザインについてはすでに市街地になった場所に建てた場合にも既存市街地に調和するかどうかというと別問題ですし、映画館だと考えると、いちいち、くりくりと回転させていかないと上映できない、途中で入ることも出ることもできないという建物というのは使いやすいかどうか、という問題はあります。 映画はできるだけ上映開始より前に着席して上映が終わってから出るようにした方がいいのかもしれませんが、「入れ替えなし」で途中から入るのも途中で出るのも自由という映画館もあります。途中で う〇こ したくなる人だってあるかもしれません。実際、上映中に体調を悪くする人が出てくる可能性だってあります。火災なりなんなりが発生したとしても、くりくり回転させないと観客は退出できないとなると、火災が発生しなければいいけれども発生したらどうなるんだ? その時、くりくり回転するやつが故障して回転しなかったらどうなんだ? 映画館として考えるならば、映画館として流行らなければ、くりくりと回転させるのに要する費用だけ出費が大きいことになりますし、映画館として流行ったとしても、今度は入館可能客数に限度があって、又、そう簡単に増築はできないという問題があります。そういったことを考えると、「習作」だ「ひとつの試み」だとするなら悪くないのかもしれませんが、実際の映画館として考えるなら、必ずしも実用できではないのではないか。
  タカラビューティリオンは親戚にタカラスタンダードに勤めていた人がいたこともあって見に行きましたが、今、インターネット上で《万博記念公園 タカラビューティリオン》https://www.expo70-park.jp/cause/expo/takarabeautilion/ を見ると、
《 地下 1 階、地上 4 階建てで、鋼管とステンレスカプセルの結合により構成された独創的な建築で、観客は各カプセルの展示室を巡るようになっていた。
 建築の主構造には、鋼管と角に丸みをつけた正六面体のステンレスカプセルの結合によって構成されたユニットが用いられ、屋根、床、窓の部分もそれぞれパネル化されていた。
 この建築は工場ですべて製作され、現場では 7 日間というスピードで組み立てられた。一組の鋼管ユニットをクレーンで吊り上げ、スペースに合わせてボルトで締めるという簡単な作業で組み立て、必要に応じてレイアウトの自由、増減の自由、さらに質の選択の自由など無限の可能性を持つものであった。そうした意味で、これは未来都市、未来建築の新しい考え方を示したもので、建築の“新陳代謝”を実現したものであった 》 と出ていますが、中銀カプセルタワービル と少々似たところがあるようにも思えます。

  三田の「世界の丹下健三」設計のクウェート大使館も、ひょっとこビルの宿命とでもいうのか、あちらこちらにクラックが出ているのが見えました。中銀カプセルタワービル もまた、「建築家 黒川紀章の代表作のひとつ」と言われてきたものを、まだ百年も経っていないのに解体してしまうのか・・というのか、「ちょっと前に『現代建築論』のテキストで見たばっかりやんけ」て感じなのですが、もしかすると、そろそろ、解体しないと危ない・・もしくは、そろそろ解体しないと「ボロが出てくる」時期に差しかかっていたのかもしれませんね。

  中銀カプセルタワービルはなぜ解体するのか?  「そろそろ、解体しないとボロが出てくる」という可能性は小さくない感じがしますが、南側(海側)を見ると、↓
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↑ これは「住友不動産 汐留 浜離宮ビル」、別名を「ベルサール汐留」と、サッカーチームみたいな名前、もしくは「アパートみたいな名前」がついているビルです。
  黒色の建物というのは、黒の部分の面積が小さければそれほど問題はないかもしれませんが、全体が黒の場合は「空襲に備えて目立たないように」とかいった事情があるなら別ですが、問題点として「冬場に見ると悪くはなくても、夏、見ると暑苦しいように見える」、実際に内部が暑いかどうかという話ではなく、外観が「暑苦しい」という印象を受ける、ということがあります。 そして、もうひとつ、この「ベルサール汐留」のように巨大な建物の場合には、その建物だけでなくその周囲の街全体が暗い印象を受けることになる場合がある、という問題があると思います。

  ・・ついでに、「仮面ライダー」が乗ってるバイクの会社、浜松のスズキ(株)とスズキ(株)の元会長だかの「上級国民」のじいさんがモデル・・なのかどうか知らんが、鈴木財閥の娘 、鈴木園子なんてのが登場する『名探偵コナン』に、全員真っ黒な服をユニフォームとして着るのが特徴の「悪の組織」が登場するけれども、あれもまた、冬はいいとして夏は暑苦しいと思うな。思いませんか?  そもそも、特徴あるユニフォームを来た「悪の組織」なんて、なんで、そろいのユニフォームなんて着るのかな・・と思いません? 『鬼平犯科帳』には盗っ人の一団が同じユニフォームを着て大店(おおだな)を襲う場面が出てきますが、あれもまた、「盗人のユニフォーム着てどこそこに集合だあ」なんてことやったら目立ってしゃあないのではないか・・と思うのだが。セコムの人から聞いた話では「きょうびの泥棒」てのは「泥棒みたいな格好」なんてしてないそうです。空き巣の場合はセールスマンかリフォーム屋かみたいな格好して入る人が多いらしく、入る時は窓から入っても、出る時には玄関から出て、その際、中に向って「どうも、ありがとうございました」と礼儀正しく挨拶して帰るらしく、その時点で通行人が見かけても泥棒には見えないらしい。『名探偵コナン』に登場する「黒の組織」なんて、そんなユニフォーム着ていたら目立ってしかたないと思うな。夏は暑いだろうし。

  「ベルサール汐留」と言われると、「サッカーチームみたいな名前」もしくは「アパートみたいな名前」です。1992年に(株)一条工務店に入社した時、同社では「セゾン」と「百年」という商品名を使用していたのですが、西武セゾングループと全然関係のない浜松の工務店に「セゾン」なんて名前をつけられてしまうと「いかにも、西武のパチモンて感じ」がして、西武セゾングループの店がそれほどない浜松ではいいかもしれませんが、東京で「セゾン」なんて商品名をつけていると「西武と似た名前をつけてだましたろいう会社やなあ~あ」と思われるのは眼に見えていましたが、「浜松よければすべてよし」という方針の会社でしたから、東京圏の営業が展示場で「ここは西武かあ?」と入口で言われ、「おい、一条工務店なんて書いてあるぞ。ここは西武じゃねえぞ。出ろ出ろ。早く出ろ。こんな所、入っちゃだめだ。ここは西武じゃねえぞ、一条工務店なんて入っちゃだめだ。早くでろお」と叫ばれる・・なんてこと、もしくはそれに似た反応をされても、それでも「浜松よければすべてよし」という方針の会社でした。
  (株)一条工務店は私が入社した1992年より少し前においては、「セゾンリヴェール」「セゾンエスポワール」といった、いかにも「アパートみたいな名前」の商品名をつけていました。フランス語で名前をつけるとハイカラ・・みたいに思うだろうという、いかにもイナカモンの発想の命名です。フランス語が悪いというわけではないが「フランス語で名前をつけるとハイカラと思われるだろう」という浅はかな発想・イナカモンの思考というのは浜松では喜ばれるかもしれないが、東京圏・関西圏では、むしろ「イナカくせえ」て感じがしましたね。特に、教養水準が低い人には喜ぶ人もあるかもしれないけれども、教養水準が低くない人から見れば、単に「アパートみたいな名前」でしかなかったと思います。
  やっぱり、会社名とか商品名・ブランド名というのは、それが顧客に受け入れられやすい名称をつけるべきです・・が、そのあたりについて「浜松よければすべてよし」という思考しかできない人にこういうことを言うと怒りますから、怒られてまで言うことないなあ・・と思うようになり、だんだんと口をきかなくなってしまいました。入社して2年目にさしかかる頃、営業本部長の天野隆夫から「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと驚いた」と話したことがあり、創業から年数が短い会社で・その時点で従業員数千人未満の会社で・未上場の会社で・地方に本社がある会社で・その時点では静岡県愛知県ではさておき東京圏では無名の会社でしたが、そこまで喜んでもらえるのなら悪くないかもしれないと思い、そこまで喜んでもらった会社と喜んでくれた人のために役立ちたいと思ったものでしたが、営業本部長の天野隆夫から「おまえは口きくな」と何度も言われましたが、よくまあそういうことを言うもんだと思いましたし、「人間、言っていいことと悪いことがありますよ。たとえ、上役でもひどすぎるのと違いますか」と周囲の従業員から言われたことがありますが、そういう「人間、言っていいことと悪いことがありますよ。たとえ、上役でもひどすぎるのと違いますか」というようなことを私に言って楽しむために(株)一条工務店と営業本部長の天野隆夫は私を採用したようでした。(株)一条工務店という会社は哀しい会社でしたね。「人の使い方を知らん会社だ」と言う従業員は何人もいました。「ベンチがアホやから野球ができん!」と思ったことは何度もあったけれども言わずに我慢して勤めてきましたが、言ってやった方が良かったかもしれませんね。最近、調子いいみたいですが、会社の本質というのはそんなに簡単には変わらないと思いますよ。
レビットのマーケティング思考法―本質・戦略・実践 - セオドア レビット, Levitt,Theodore, 坤, 土岐, DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部
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  「ベルサール汐留」というのも、「ベルサール」てどういう意味やねん? 「住友不動産汐留浜離宮ビル」でいいのと違うのか・・て気もするのですが・・・、東京もん には「住友は大阪の会社だから」とか言いだすアンチ大阪のおっさん・おばはんがいますから、だから、「住友」ではなく「ベルサール」ということにしたのでしょうか。

  中銀カプセルタワービル は解体して、その後、どうするのか。「住友不動産汐留浜離宮ビル」「ベルサール汐留」みたいな高層ビルを建てようと考えているのでしょうか。・・それならば、今の敷地面積では狭いのではないか。それなら、都市計画として考えるならば、中銀カプセルタワービルだけの敷地面積で考えるのではなく隣のビル3つくらいと協同して高層ビルにした方がいいということはないか。 ・・といったことも思ったりもします。

  平尾和洋・末包伸吾・大窪健之・藤木庸介・松本裕・山本直彦『テキスト 建築意匠(建築設計のための理論と実践)』(2006.12.10.学芸出版社) の 末包 慎吾(すえかね しんご)「第3章 戦後日本の建築」には、
  《 丹下健三の東京計画1960が嚆矢となり、アーバンデザインの気運が盛り上がると同時に、1960年に東京で開催された世界デザイン会議において、当時の若手建築家を中心に「メタボリズム」(新陳代謝)と呼ばれるグループが結成されました。その宣言文を起草した建築評論家の川添登を中心に、建築家では、菊竹清訓、黒川紀章、大高正人、槙文彦が参加しました。川添は、同年に『建築の滅亡』(1960)を著し、50年代の戦後復興を終えて高度経済成長に伴う大衆消費社会を迎えつつあった社会状況のもと、恒久的な、あるいは川添自身の言葉によれば「神殿」としての「アーキテクチュア」はもはやあり得ないという立場を表明しました。メタボリズムは、こうした見地に立ち、都市とともに新陳代謝していく新しい建築のあり方の実践を通して未来都市像を描こうとしました。》
  《 黒川(紀章)は、科学、芸術、現代思想などから多彩なキーワードを抽出する一方で、作品では最も直接的に新陳代謝のイメージを形態化しました。メタボリズムの代表的な作品のひとつとなった黒川の中銀カプセルタワー(1972.)は、予めほぼ完成された個室カプセルを、現場でエレベーターシャフトとバイプスペースを含む塔に取り付けるものでした。》
  《 1970年の大阪万博では、菊竹(清訓)のエキスポタワー、お祭り広場を覆うスペースフレームに挿入された黒川(紀章)の住宅カプセルなど、メタボリズムの技術信仰が象徴的に実現されました。一方で、万博に構想段階から参加した丹下(健三)は、科学技術の成果の展示場としての万博の意味がすでに薄れ、お祭り広場は、むしろ人間のソフトなコミュニケーションを生む場として計画された面があったと述べます。・・・》
と出ています。
テキスト建築意匠 - 和洋, 平尾, 健之, 大窪, 裕, 松本, 伸吾, 末包, 庸介, 藤木, 直彦, 山本
テキスト建築意匠 - 和洋, 平尾, 健之, 大窪, 裕, 松本, 伸吾, 末包, 庸介, 藤木, 直彦, 山本
  「メタボリズムの代表的な作品のひとつ」だそうですが、中銀カプセルタワービル (1972年竣工)というのは、考えてみれば、タカラビューティリオン(1970年竣工)と似たところのあるビルだが半年限定で解体されたタカラビューティリオンに比べれば相当長くもった、と考えることだってできる。

  平尾和洋・末包伸吾・大窪健之・藤木庸介・松本裕・山本直彦『テキスト 建築意匠(建築設計のための理論と実践)』(2006.12.10.学芸出版社) の 藤木庸介「第4章 建築表記の射程」には、
《  近代以降のアンビルトを概観する上で、都市はその最も重要な対象の一つと言えます。ル・コルビュジェの輝く都市(1961)や、丹下健三の東京計画(1960)は、未来の社会生活に対応する新たな都市システムをアンビルトとして提起しています。また、菊竹清訓や黒川紀章らによる一連のメタボリズムの活動は、建築可能な都市機能の具体的提案であり、後日、実際にその幾つかは実現をみることとなります。》
と出ています。「アンビルト」とは
《 「アンビルト」(unbuilt)は「建てられざる」と訳すことができます。つまりは「建てられない」建築ではなく「建てられざる」建築的思考を指すのであり、その多くはドローイングとして表記されますが、模型やその他の表現をとることもあります。アンビルトの目的は、建てられざる自らの建築的思考を、目に見える形で他社に伝えようとするものであり、今は実現し得ない、あるいは実現に時間を要する建築的アイディアの伝達手法であると言えるでしょう。しかし、はっきりとその目的を解釈することができないようなものもあり、多くのアンビルトを一言で概説することはできません。但しこれらを、実在とは無関係な架空の建築的概念と解釈するのは誤りであり、多様なドローイングに内包された建築的メッセージが、実在に作用する重要な視点となることを見逃すべきではありません。》
と書かれているのです・・が、まず結論として丹下健三の東京計画(1960)というのは、東京湾に人工島をいくつもつくって、また、大きな突堤のように埋め立て地をいくつも作って、それらを橋で結ぶというもので、「どうだ、すごいだろお」みたいに今も丹下都市建築設計事務所のホームページには出ていたように思いますが、要するに環境破壊計画であってそれ以外の何物でもないでしょう。「世界の丹下健三」て東大でててもアホちゃうか・・というのか、その程度の人間を「世界の丹下」とか言って持ち上げて喜んでいる建築オタクというのは、『ラーメン才遊記』『ラーメン再遊記』にしばしば登場する「ラーメンオタク」略して「ラオタ」と変わらんというのか、むしろ「ラオタ」よりもたちが悪いという感じがします。もしも、「世界の丹下健三」の「東京計画(1960)」なんて本気で実現していたとしたならば、2011年の東日本大震災の時には相当の被害を受けることになったでしょう。「東京湾に魚なんているの?」なんて言う人がいるという話が『築地魚河岸三代目』には出てきますが、東京湾に魚はいるのです。魚はいるし海苔だって今も採れているのです。『築地魚河岸三代目』では、東京湾横断道路と海ほたるができたことで東京湾の漁獲に影響が出ているという話もでています。 ところが、海、特に「湾」の内側の海というのは無駄な場所のように思っている人がいて、埋め立てて陸地にすればいいと思い込んでいる人がいるのです。「世界の丹下健三」の「東京計画(1960)」もそのひとつのようです。そんな自然環境破壊計画を「世界の丹下健三」の「アンビルト」だ「メタボリズム」だと言ってヨイショするのはやめてもらいたいですね。「世界の丹下健三」というのは、東大でててもバカじゃねえのか! という印象を受けます。
日本環境報告 (朝日文庫) - 本多 勝一
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干潟の民主主義―三番瀬、吉野川、そして諌早 - 永尾 俊彦
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  平尾和洋・末包伸吾・大窪健之・藤木庸介・松本裕・山本直彦『テキスト 建築意匠(建築設計のための理論と実践)』(2006.12.10.学芸出版社) の 松本裕(ゆたか)「11章 近現代の都市」では、
  《 以上のような都市計画理念の展開を踏まえ、建築家・磯崎新は『日本の都市空間』の中で、都市デザインの計画的方法概念の推移過程を次の4つ:(1)実体論的段階、(2)機能論的段階、(3)構造論的段階、(4)象徴論的段階 に分類しています。
 まず「実体論的段階」は「都市を物的存在そのものと考え、都市計画はそれを物理的に美しく仕立てあげる手法だとイメージした時期」を指します。・・・
 次の「機能論的段階」は「都市の実体から機能を抽出し、定式化した」時期と定義されます。・・・
 それに対し「構造論的段階」では、都市のパターンを、有機体のアナロジー(人体の構造、植物の幹、枝葉など)で構造的に据えようとする試みが展開されました。事例としては、スミッソン夫妻の道路パターンを基本とする「クラスター・シティ」、都市軸と脊椎動物の生成過程とのアナロジーに基づく丹下健三研究室の「東京計画1960」などが挙げられます。但し、同じ丹下健三設計の「広島平和公園計画」(1955)の場合、被爆による焼け野原に敷地の形状からすれば不自然ともいえる人工的な軸線が「原爆ドーム」を起点として配された点で、「実体論的段階」の事例として捉えることができるでしょう。・・
 ・・・フィジカル・パターンつまり物理的形態としての都市に対して、アクティヴィティ・パターンつまり行動する人間にとっての都市の存在を示唆しています。この両者の統合を目的に、(1)人間のイメージと結びついた視覚構造や(2)シンボル化されたエレメントといった概念を計画・方法論に導入した段階が4番目の「象徴論的段階」であり、次節で述べるケペッシュ、リンチ、シールなどの都市イメージに関する試みに繋がっていきます。》
と述べられています・・・が、『テキスト 建築意匠』(2006.学芸出版社)は愛知産業大学の建築学科の「現代建築論」と「建築デザイン論」のテキストだったのですが、私はこの『テキスト 建築意匠』(2006.学芸出版社)を前から読み進めていって、実際のところ、途中でうんざりしてきたのです。結局のところ、「らーめんオタク」がなんだかんだぐじゃぐじゃ言ってるのと一緒〔もしくは、岡野武志弁護士のYouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/results?search_query=%E5%B2%A1%E9%87%8E%E6%AD%A6%E5%BF%97%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB のコメント欄には不毛な法律オタクみたいのがわんさといますが、それとたいして変わらない程度で〕、実際にそうであってもそうでなくても、そんなものはオタクが仲間同士でぐじゃぐじゃ言って楽しんでいるだけのことで、「だから、何やねん!」て感じがしてきたのです。
  実際のところ、「世界の丹下健三」の建築を見て、この人、彫刻が好きなら、何もゼネコンの能力を使って建物で彫刻やらなくても、自分自身の手で掘るなり、ブロンズ像のように型をこねるなりして、最大でも広隆寺の弥勒菩薩像か、それともダンテの「考える人」か、そのくらいの大きさのものを趣味で作っておけばいいだろうが! と私は思うようになった。趣味で作った彫刻、掘ったり切ったり刻んだりして作った「彫刻」であれ、型をこねて作った「彫刻」であれ、広隆寺の弥勒菩薩像かダンテの「考える人」かそのくらいの大きさの物を作っておけばいいことだろうが。
  建物は丹下健三のおもちゃじゃないよ! ましてや、都市は丹下健三や磯崎新や黒川紀章のあんたらのおもちゃじゃないよ! ・・とそう思った。思いませんか? 
  それから、都市は「世界の丹下健三」とか「都知事選に出たら落選するということがわからん黒川紀章」とかそういった人たちのおもちゃではないぞ! 都市計画というのは、「世界の丹下健三」とか磯崎新とか黒川紀章とかそういった人たちだけが集まって、なんとかリズムだの何とか段階だとか「らーめんオタク」みたいにぐじゃぐじゃ言って楽しむためのものではないよ! と。 そう思いませんか?
迷惑なんだよ、我々が生活する街をそいつらのおもちゃに使われたのでは。

  柴田孝之が『司法試験機械的合格法』だったか『司法試験 一発合格の秘訣』だったかそのDVDでだったかで書いていたか述べていたかの話だが、もしも、あなたが法律に関しての問題で弁護士に相談したとして、その弁護士が「この問題は何何説によるとなんたらで、何何説の立場に立てばなんたらで・・」と延々と話されたとしたら、あなたはどう思いますか・・と述べていたものがあった。今、実際に生きていく上において困っているという人にとっては、何何説がどうの何何説に立てばどうのと言われても「どっちでもいいよ」となりませんか・・と。私もそう思う。いい弁護士というのは、そういう何何説に立てばどうとかそういったことをよく知っている弁護士ではなく、今、困っている人を助けることができる弁護士がいい弁護士ではないですか・・と。私もそう思う。
  ある労働局において、「セクシュアルハラスメントには対価型と環境型があって、対価型になるか環境型になるかが問題で・・」とか言いだした職員がいて、「それはどちらでもいいですよ」と私が言っても、「いや、これが大事で・・」とか言ってきかないやつがいて困ったことがありました。「対価型」に分類されるか「環境型」に分類されるかなんて、どっちに分類されるかなんて、どうでもいいんですよ、実際に労働現場において直面している労働者の立場からすれば。そのあたりをわからんのが親方日の丸で「けっこうな仕事」につかせてもらっている労働局職員なのです。
  丹下健三とか黒川紀章とか磯崎新とかなんとかかんとかが勝手な自分たちだけの間で通じる用語を使って「らーめんオタク」のごとく「建築オタク」がなんだかんだ不毛な議論をして楽しむために都市はあるのではないのだ。国民の立場からすれば、そんなもの「どうでもいいよ」て感じがする。実際のところ、そいつら、一回、便所の水ででも顔あらってこい・・てものです。そんな感じがする。

  「丹下健三の東京計画1960」てのが実行されなかった、という点だけはまだしも良かった・・と思う。東京も東京湾も丹下健三や丹下都市建築設計事務所のものではないのだ。勘違いしてもらっては困る。
我々、国民は丹下健三と丹下健三都市建築事務所の地所に住ませてもらっているのとは違うのです「勘違いしたらあかんよ、勘違いしたら!」〔⇒《 佐々木郎希に吠えた主審へ必殺抗議人 平田監督の猛抗議》https://www.youtube.com/watch?v=h5ssbaSprjo 〕

  言っちゃなんですがね。 黒川紀章が都知事選に立候補なんてしても誰も投票しないだろう・・と、そのくらいのこともわからない人というのが、それが黒川紀章であり、その程度の社会認識の人なのです。建築についてはまったくだめとは言いませんよ。しかし、片方で、黒川紀章が都知事選に立候補なんてしても誰も投票しないだろう・・と、そのくらいのこともわからない、というそういう人なのです。この間の千葉県知事選に出て当選したら小池百合子都知事に求婚するとか言っていたおっさんと同程度、もしくはあのおっさんの方がこのあたりの認識についてはまともかもしれない。マック赤坂さんの方がよっぽどまともですよ、そのあたりについては。そんな人に都市計画を決められたくないですね。そう思いませんか?

  この際、言ってしまいましょうか。中銀カプセルタワービルというのは「名建築家 黒川紀章設計による」とか「メタボリズムの代表作品」とかそういうフレーズがついていることで「付加価値」がついていますけれどもね、もしも、それがなかったとしたならば・・・
言ってしまおうか。イナバ物置をいくつか積み上げただけ・・みたいな建物・・。 
そんな感じしませんか?
※ イナバ物置 https://www.inaba-ss.co.jp/monooki/
イナバ物置 シンプリー MJX-219D 全面棚タイプ プラチナシルバー スライド扉 小型 おしゃれ
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↑ 「中銀カプセルタワービル解体工事に関するお知らせ」という標示がでています。やはり、石綿(アスベスト)は使用されていたようです。但し、違法に使っていたということではなく、このビルが建てられた頃においては石綿(アスベスト)は耐火性能がある・強いといったプラスの評価が高く、石綿(アスベスト)を吸い込んだ場合の健康被害の面はそれほど言われていなかった時期の建物だったからでしょう。
地球環境報告 (岩波新書) - 石 弘之
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  次回は、道路を隔てた向かいから見たものを述べたいと思います。

※ 《ウィキペディアー黒川紀章》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%B7%9D%E7%B4%80%E7%AB%A0
《ウィキペディアー中銀カプセルタワービル》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%8A%80%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%AB 

  (2022.4.28.)

☆ 中銀カプセルタワービル(黒川紀章設計)見学。
1.解体工事は始まったが4/21現在、中銀タワーの姿は見えた。あいみ互いの「コシノ某と安藤忠雄」。黒川紀章はなぜ女優と結婚したか、若尾文子はなぜ黒川紀章と結婚したか。「すかした」の意味はわからないであろう「建築家のつくる家」を得意とする自称「建築家」の東京人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_4.html
2.北側の道からはカプセルタワーが見えた。警備員に劣る警察官の立哨。警備員を自分達の小使いと勘違いしている法務省職員。建築・解体現場の高所作業なんて自分はやらない「名建築家」。「名建築」は本当に名建築なのか、それとも権威主義による幻覚なのか。工事現場監督の仕事をしていない(株)フジタ工業の「工事監督」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_5.html
3.北側から見て。道路側に窓、隣接ビル側は壁。補修用梯子、階と階の間の充填。50年で解体はひょっとこ建築の宿命か。真っ黒ビルは街を暗くする。「マンション住民に戸建住宅の設計させるとマンションみたいな戸建の家にする」説。未熟で基本を理解していない設計を「世界でただひとつの家」と勘違いしている人。〔今回〕
4.道路を隔てた向かいから見て。屋上の「塔」に隠された貯水槽など。住居表示では「銀座」でも「汐留浜離宮ビル」とする会社と山梨県なのに「西東京工場」とする会社の違い。建築の基本を理解していないことを「世界でただひとつの家」などという詭弁。エアコン室外機・灯油タンク・ダクト・樋は隠すかデザイン化する必要はあるか。「リフォームのナカヤマ」の押売り的営業。東京地裁の裁判官と「地方」の裁判所の裁判官はどちらがいいか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_8.html
[別稿]ロシア軍ウクライナ侵攻により採用取消された在日ロシア人と「リフォームのナカヤマ」に採用取消された何年か前の私の話。後の就職席にまで誹謗中傷を加える卑劣な者。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_9.html
5.南面・西面。隣室のプライバシー配慮の為の覆い? 「解体中」だからこそ遠慮なく見学可。「建築家」建物は長持ちしないか? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_1.html
6.浜離宮・芝離宮・世界貿易センタービル・浜離宮建設産業ビル・朝日新聞社本社・築地本願寺・聖路加病院。舌やノドがヒリヒリする料理は高級料理ではなく化学調味料使い過ぎの可能性有。縁がなかった朝日新聞社。「あんたに世話になることは絶対にないんやからな」と言ってすぐに「息子の結婚式に出てくれ」と頼んでくるスポーツマン。「(株)一条工務店の遠州人」はロシア連邦の「はう国境線」みたいなもの。浜松での研修にひとりだけ遅刻してきて大きな顔して着席する浜松営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_2.html
7.新幹線で東京に来た人間の眼に入る位置のモニュメント建築「静岡新聞静岡放送東京支社ビル」・銀座の手前に駅を設けた旧新橋停車場・日本では厳しそうなフーターズ。銀座か新橋かで自転車買ってどうすんだろ。「うち」と「よそ」しか2社しか住宅建築業の会社がない「一条オリジナル」の世界観。戸建住宅建築は敷地が道路と高低差がある場合は門の位置・アプローチの取り方を考え、車庫はあらかじめ設けておいた方がいい場合はアドバイスするのが専門家ではないのか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_3.html
8.歌舞伎座ビル・銀座三越・晴海通り。大阪出店に際しての三越の傲慢。銀座通りと昭和通りの違い。銀座ピアスビルhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_4.html

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