ロシア軍ウクライナ侵攻により採用取消された在日ロシア人と「リフォームのナカヤマ」に採用取消された何年か前の私の話。後の就職先にまで誹謗中傷を加える卑劣な者。
[第918回]
【1】 ロシア軍のウクライナ侵攻に対し、EU・NATO加盟国がロシア連邦に経済制裁をおこなうのに合わせて「アメリカ合衆国のメカケ」である日本もまた経済制裁をおこない、ロシア連邦から「非友好国」と指定されるに至った。 ソビエト連邦末期のゴルバチョフのペレストロイカからソビエト連邦の解消により15の連邦共和国の独立に至る流れに逆行して、ロシア連邦が「社会主義でないソ連社会帝国主義」を復活させようとしているかのようだ。 かつてのソビエト連邦の時代においては東欧諸国やモンゴルなどは「ソ連の側」であったが、今では「ロシア連邦の側」はベラルーシと北朝鮮とエリトリアだけで、「中立国」が中国とインドとアラブ諸国・・となっている。
それで、日本もまたロシア連邦に「経済制裁」をおこなっているけれども、「経済制裁」というものはおこなうと相手が打撃を受けるとともに自分の側も打撃を受ける場合があり、物によっては相手はたいして打撃を受けず自分の側の打撃が大きいという場合もある。日本がロシア連邦におこなっている「経済制裁」というのは、ロシア連邦の政治家に対して打撃になるのか、もしかして、特にウクライナ侵攻に賛成しているわけでもない市民に打撃になってウクライナ侵攻を推進している政治家にはたいして打撃になっていないなんてことはないか。そのあたりは、どうもよくわからないところもある。
もしも、ロシア連邦国民全体に対して「経済制裁」をおこなうのであれば、それならば日本に在住しているロシア人に対してはどうなのか、という問題が出てくる。しかし、日本に在住しているロシア人の大部分は別にウクライナ侵攻に賛成したり加担したりしたわけでもないのではないか。だから、日本に在住しているロシア人の大部分の人に対しては「制裁」しても意味はない、むしろ、日本に対して好意的な人に対して攻撃するようなことになる可能性が考えられる・・が。
インターネット上のYouTube の動画を見ていたら、《YouTube-在日ロシア人に“誹謗中傷”ウクライナ侵攻直後に「内定取り消し」も|TBS NEWS DIG》https://www.youtube.com/watch?v=gvqs2CGLprY には、ロシア人の留学生が内定取り消しを通告された、という話が出ている。
そういえば、1976年3月頃、FM大阪で「シャリアピンステーキ物語」という放送があり、ロシアのバスの声楽家 フョードル=シャリアピンの話がされていたことがありましたが、「シャリアピンステーキ」というのはフョードル=シャリアピンが来日して東京の帝国ホテルに宿泊した際に、虫歯の治療をしていたことから通常よりも柔らかいステーキを作ってほしいと頼んで作られたステーキらしく、今も帝国ホテルの1階の「ラ・ブラスリー」というレストランで「シャリアピンステーキ」はメニューにある・・ようだ・・が、けっこう高いのでもっと安ければすぐに食べに行ってみたいものだが、「なにしろ、わしぁ貧乏やからな」てとこで、なかなか食べてみることはできない。
「ヴォルガの舟歌」とか貧乏人の労働者の歌を得意として歌っていた歌手が帝国ホテルなんて金持ち宿泊所に泊まって何千円もする特注のステーキを作らせるとは森鴎外『青年』(新潮文庫)では登場人物の大学生が「アートとライフが別のやつはだめだな」と言う場面があったが、そのあたりのシャリアピンというのは「アートとライフが別になっている」てことないのか・・なんてことを思ったりもしたが、インターネット上の記事によると特注のステーキを作らせたというのは虫歯が原因だったらしい。又、今の帝国ホテルを見ると、「地主はええなあ、ほんまにええなあ。わしは小作人で労働者で貧乏で。イギリス人はええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ。わしぁ日陰の月見草やからな」みたいな、そんな歌だらけのロシア民謡を歌っている歌手が泊まるというのは、それこそ「アートとライフが別になっている」のではないのか、と思うが、シャリアピンが宿泊した帝国ホテルの建物というのは、今は玄関ホール部分のみが愛知県犬山市の明治村に移築されているフランク=ロイド=ライト設計の帝国ホテルであり、明治村に行ってフランク=ロイド=ライト設計の帝国ホテルの中に入ってみれば、たとえ、ポリシーを曲げてでも、たとえ貧乏人であれ「労働者」であれ船曳人夫であれ、無理して身銭切ってでも泊まってみたい~いと思うようになる建物であり、「ヴォルガの舟歌」とか「ドビヌーシカ」とかを歌う者が泊まってはいけないホテルということはない・・と私は思う・・ように明治村の旧帝国ホテルを見て思った。私自身にしても、「高級ホテル」なんて泊まるガラじゃないと思ってきたが、愛知県犬山市の明治村に移築されているフランク=ロイド=ライトの旧帝国ホテルを見て、もしも、この建物に今も宿泊できるのなら、ポリシーを曲げてでも、身の程知らずのカネを身銭切って払ったとしても泊まってみたい、泊まりたいと思った。「フランク=ロイド=ライトの帝国ホテル」はそういう建物だ。あれはすごい! 今の帝国ホテルの建物は「普通の建物」だがフランク=ロイド=ライトの帝国ホテルはあれば別格というのか「普通の建物」ではない。
※ 《YouTube-フョードル・シャリアピン - トピック》https://www.youtube.com/watch?v=GYSPzlipZes

フョードル・シャピリアン~声の肖像 - シャリアピン, モーツァルト, プッチーニ, ボイト 他, アンリ・ビュセール, アルバート・コーツ, ロザリオ・ブールドン 他, パリ・オペラ座管弦楽団, ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団, ロンドン交響楽団, フョードル・シャリアピン, マリア・コヴァレンコ, ミシェル・コゼット 他

フョドール・シャリアピンの芸術(グランドマスター・シリーズ・エクストラ -GR編-) - シャリアピン(フョードル), ロッシーニ, グノー, ムソルグスキー, グリンカ, ボロディン, リムスキー=コルサコフ, ラフマニノフ

フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル - 信道, 明石, 修, 村井
その「シャリアピンステーキ物語」の最後に、親日家だったというフョードル=シャリアピンが「日本人とロシア人は世界で最もすばらしい2つの民族だ。この2つの民族は決して争うことがあってはいけない」と語ったと話されていたのだが・・・、シャリアピンのその言葉のようにはなかなかいかないようで悲しいことだ・・・が、「採用します。来ていただきたい」と言われてそのつもりで準備していたにもかかわらず、その後、採用取り消しを通告される・・ということは在日ロシア人でなくてもあることで、実は私もされたことがある。どこの会社にされたかというと、2000年代、「リフォームのナカヤマ」にされたのだ。
この稿を公開しようと考えたのは、前回、[第917回]《中銀カプセルタワービル【4/ 】道路を隔てた向かいから見て。屋上の「塔」に隠された貯水槽など。住居表示では「銀座」でも「汐留浜離宮ビル」とする会社と山梨県なのに「西東京工場」とする会社の違い。建築の基本を理解していないことを「世界でただひとつの家」などという詭弁。エアコン室外機・灯油タンク・ダクト・樋は隠すかデザイン化する必要はあるか。「リフォームのナカヤマ」の押売り的営業。東京地裁の裁判官と「地方」の裁判所の裁判官はどちらがいいか。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_8.html で「リフォームのナカヤマ」の「押売的営業」に強く不快感を覚えた件について述べたことより、「リフォームのナカヤマ」に応募して「採用」されたにもかかわらず、服のサイズの連絡をして、保証人も書いてもらった後になってから「採用取り消し」を言ってこられた、面接で会った担当者は「私は採用してうちでやってもらいたいと思ったのですが」と言い、そういう判断であったにもかかわらず、なぜか「取り消し」にされてしまった。こういうものを「採用取り消しは不当だ」と裁判所に訴えたとしたらどうなるか。どうなるか、よくわからないが、日本の裁判所というものを私はあまり高く評価していないし、面接で会った人は「来てもらいたいと私は思ったのですが」と言っていたわけですから、「リフォームのナカヤマ」の従業員でも、もしも入社したとしたならば「一緒にやっていきたい」と思ってくれる人はいたはずだが、「いったん採用したものでも取り消せ」と言いたい人間が同社のどこかにいた、ということであり、それが誰でどういう理由でそういったことを考えたのか、と考えると、そんなに特別に優良企業というわけでもなし、もういいか・・と考えたのだったが気分の悪い話だった。
だから、在日ロシア人の男性が「採用内定」と言われていたが、よくわからない理由で「取り消し」にされたというのは気の毒ではあるが、しかし、そういうことは「在日ロシア人」に限ったことではなく「日本人でもあること」である。
前回、「リフォームのナカヤマ」について述べたことを、ここに引用する。前回、読んでいただいた方は同じものなので再読していただく必要はない。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「リフォームのナカヤマ」のやつなんて、契約もらおうと飛込訪問で一軒一軒まわってくるだけでなく、「すいません。営業じゃないんです。近所で工事をすることになったので挨拶に来たんです」と言って表に出させて、それで「どこで工事されるんですか」と言うと、そこを左に曲がって右に曲がってずう~っといった先のなんたらかんたら・・・て、ちっとも「近所」じゃないだろうが、という場所です。近所で工事をするから工事の挨拶に来たのではなく、「近所で工事をするので挨拶に来たんです」ということで表に出てこさせた上で、お宅も外壁の工事をやりましょうと言うのです。やられた・・と思うと、その分だけ気分を害するので、その分だけ、そんなやつに頼むか
という気持に私などはなるのですが「リフォームのナカヤマ」はそうは考えないようでした。それだけではなく、「今、・・・について詳しいものが近くにいるので、後で来させて見させますよ」と言うので、頼む気がないのだから来てもらう必要もないので「いや、来てもらわなくていいですよ」と断っても、それでもまた「すいませ~ん。・・・について専門の者を連れてきましたからお願いします」と言う。「専門の者」をわざわざ連れて来たということなら、それなら顔を出すだけ出そうかと思って出て行くと、その「専門の者」というのがちっとも「専門の者」ではなく、まったく何もわかっていない。おそらく、それは「専門の者を連れてきましたから」と言うことで出てこさせるために、実際には別にその分野の「専門の者」でも何でもない者を「専門の者」だと言っていたのでしょう。2回もやられてしまった、こん畜生、気分悪いな・・と思っていたら、そいつらが、「どうぞ、入ってください」とこちらは言っていないのに勝手に敷地の奥の方まで入っていく。それは「お帰りください」と言われないように、言われても出ないことで粘れるようにということです。品の悪い営業だなと思いました。3回目やられた。中にはそういう営業を好む人もいるのでしょうけれども、私はそういうやり方をする人というのは好きではないのです。「リフォームのナカヤマ」というのは「ほとんど押売り」なのです。そこまでのやりとりで、こちらは「こいつはリフォーム工事の担当を頼まない方がいい人間」と判定しました。さらには、隣家との距離がほんのちょっとしかない我が家の隣家との間の外壁を「タイル貼りに変えたらどうでしょうか」などと言うので、「何を言ってるんですか。こんな所をタイル貼りにしても誰が見るんですか」と言ったのだが、ところが「リフォームのナカヤマ」というのはその程度のことを言われてもめげない。「いいですよ。ものすごくいいですよお」などと言うので、「なんで、いいんですか。何を言ってるんですか」と言ったのだが、ところがどっこい、「リフォームのナカヤマ」はそれでもめげない。「客の為」なんてちっとも考えていない。「いいじゃないですか。この面の壁をすべてタイル貼りにしましょうよ。いいですよお。ものすごくいいですよ」と言うので「誰にとっていいのですか。お宅にとってもうかるからいいと言うのですか」と言ったのだ。言っても言っても理解しないのが「リフォームのナカヤマ」だった。
こいつ、本当によく言うよなあ・・とあきれました。ビル建築ならば ↓ の写真の中銀カプセルタワービルの東隣の2軒のビルの裏面みたいな面にカネかけて全面タイル貼りにしろなどと言うのですよ( 一一) ほんと、こいつ、よく言うよなあ・・とあきれました。

それを「いいじゃないですか」「いい~ですよお」だのと言うのです。もし、判断能力のないお年寄りとかならそれで契約とるつもりだったのでしょう。許しがたい詐欺師野郎です。営業と詐欺は違いますが、この時の「リフォームのナカヤマ」の連中の態度は「押売的」であるとともに詐欺師です。但し、リフォーム屋の場合は建設業の認可さえなくてもリフォーム屋をやるのは認められると聞きますし〔新築屋は建設業の届け出くらいしていないと営めないのですが、リフォーム屋は建設業の届け出すらなくてもできるらしいのです〕、いいかげんな業者・いいかげんな営業が新築屋以上に多いかもしれません。2005年、千葉県などで複数の店舗を持つ(株)ウッディホームhttps://www.woodyhome.com/ の船橋店にいた時、営業の遠藤(男。当時、50代)が担当の市川市行徳の契約客宅の工事を見にいったところ、肉眼で見てはっきりと傾いている家の内装工事のリフォームの800万円以上かけさせて、洗面台からなんたらかんたらを新しくさせた・・て、言っちゃなんだが、建て替えた方がいいのではないかと思われる家に800万円もかけさせる、しかも、お施主さんが道路から見て「遠藤さん、この家、傾いてないですかねえ」と言っているのに、遠藤は「いえ、傾いてないですよ、全然」などと言ってしらばっくれる。それでは詐欺だろうが、詐欺! この詐欺師! 8百何十万円もかけるのならば、アイダ設計ならあともうちょっと出せば新築できるのではないか。
〔 さらに言えば、私は自分が住んでいる家のリフォームでも「グレードアップのリフォーム」ならば自分がやりたければやればいいし、やりたくなければやらなくてもいいし、やるとしても都合がいい時期にやればいいのだけれども、「補修工事のリフォーム」というのはやりたくなくてもやらないわけにいかないし、カネがなくてもやらないわけにいかないし本当に大変だということを経験して実感してきたのだが、そういう経験と実感のない人というのが住宅建築業の会社に勤めている人でもいるのです。2011年に東日本大震災が起こり、千葉県でも倒壊まではしなくても部分的に損傷を受けた家はけっこうあったはずです。たとえば、浦安市の埋め立て地の地域、JR京葉線「舞浜」「新浦安」駅が最寄駅の戸建住宅の建つ地域などは、もとからが埋め立て地ですから地盤はいいわけなくて、影響はあったはずで、東日本大震災の後、行ってみると道路から「液状化」で水が噴き出したのかと思われる跡がありました。被害は道路だけではないはずです。ところが、2014年、アイダ設計の行徳店の店長やっていた小川くん(男。当時、20代)は「浦安市の舞浜とか新浦安とかの地域なんて金持ちが住む地域なんだからアイダ設計でなんて建てるわけないんだから」などと勝手に決めつけていましたが、この男は賢くないなあ〔「賢くない」というのは住宅建築業の会社の従業員として、特に住宅建築業の営業として、という意味です。他の部分で賢いか賢くないかは論じていません〕・・と思いました。なんで、勝手に決めつけるの?
小川くんの認識が間違っているのは、まず、浦安市の「舞浜」「新浦安」が最寄駅の地域というのは「金持ちが住む地域」と勝手に決めつけていますが、田園調布とは違うのです。小川くんは知らないようでしたが、埋め立て地とはいえ、東京に行くのに便利で近い場所なので人気があって、土地の値段はけっこう高い値段がしたとはいえ、田園調布なんかと違って「普通の人」が住んでいる地域なのです。どんな「普通の人」が住んでいるかというと、たとえば、うちの親戚でも住んでいる人間が複数いるのです。だって、うちの親戚だって住んでるんだもん、その程度の地域なのです。そういう人というのは、せいいっぱい頑張って「舞浜」「新浦安」のあたりの「土地+建物」 を購入したのです。「せいいっぱい頑張って購入した」ということは、そんなに無茶苦茶余裕があるわけではないのです。そこに東日本大震災が起こったのです。「グレードアップのリフォーム」ならばおのれの懐具合を考えて予算を考えて進めるかやめるか決められますが、ところが地震で損傷を受けて「補修のリフォーム」の必要が出てくると「やらないわけにはいかない」のです。それも予定していなかったのに「やらないわけにいかない」のです。「舞浜」「新浦安」に住んでる人というのは、埋め立て地の分譲地を買った人ですから、それも、「せいいっぱい頑張って購入した」人ですから、そこに突然、大地震が起こって家が損傷を受けた、「補修のリフォーム」をしないわけにいかない・・となった時、それは大変こたえるのです。「カネみたいなもん、あり余ってる」と(株)一条工務店の「初代社長」みたいなこと言うひとも中にはあるかもしれませんが、そうでない人の方が多いと思います。うちの親戚もそうです。なにしろ「普通の人間」ですからね。「普通の人間」が「せいいっぱい頑張って購入した」という「土地と建物」で建物が大地震で損傷を受けたという場合、地震保険に加入していた人と加入していなかった人があると思いますが、加入していた場合でも「火災保険の半分まで」という制約が地震保険にはあります。どうしたものか・・と思った時ですが、三井ホームとか三菱地所ホームとか、あるいは(株)一条工務店とかいうのはリフォーム屋と競合にはならないのです。「補修のリフォーム」より間違いなく高いし、「ちょっとだけ」高いのではなく、「補修のリフォーム」が少々高い値段がかかったとしても、それでもリフォームと比べたら相当高いのです。それに対してアイダ設計の場合はリフォーム屋と競合になるのです。それこそ、(株)ウッディホームの船橋店の遠藤がどう考えても「だました」としか思えない契約、社長の細木さんは「遠藤くんが高額物件の契約を取った。高額物件の遠藤くんだ」などとアホなこと言って喜んでいましたが〔社長が実質詐欺の契約をそんなこと言って喜んではいかんのではないか、と思ったのですが喜んで称賛していました。細木さんは倫理研究所(=倫理法人会)の熱心な信者でしたが倫理研究所の「倫理」なんてそんなものです〕、はっきりと肉眼で見て傾いているのがわかる、測量機器で測量したら傾いていたという程度の傾きではなく、肉眼でひと目見ただけでたいていの人間にわかるくらい傾いている家を、何とかしないと倒れたら隣家に対して賠償しなきゃならないことになるのではないかというような家を、それをどうもしないだけでなく、柱の横にもう1本柱材をぺったんことくっつけるなどという意味のないことまでさせて、それで八百何十万円も取ったのですよ。あの詐欺師は。詐欺師と言うと怒るかもしれないけれども、現実に詐欺師でしょうが。意味のないものにカネかけさせて。もしも、実際に契約する前に、この家は傾いていますよ、これは「補修のリフォーム」で直すというのは簡単ではありませんよ、それをそのままにした上で洗面台に浴室にシステムキッチンに何にと入れ替えて八百何十万円もかけていいのでしょうかといったことを正直に話した上で、それでもやってくださいと言われてやったのなら詐欺ではないけれども、「遠藤さん、この家、傾いているように思うんだけどねえ」とお施主さんが言っているのに「傾いてないですよ。全然♪ どこが傾いてんですか」などととぼけてみせる、私が「遠藤さん、あの家は傾いていますよ」と言っても遠藤は「なんで、そんなこと言わなきゃいかんのよ。黙って契約してもらえばいいことだろうが」などと平気で言ったのですから、詐欺です。詐欺師です。少なくとも私の基準では詐欺です。その家、「リフォーム」で八百何十万円もかけたのです。三井ホームで新築するなら、(株)一条工務店で新築するなら、「あとちょっと」では新築できませんが、その点、アイダ設計なら「あとちょっとだせば新築できる」というケースがけっこうあるのです。だから、「いいかげんな『リフォーム』にカネかけるくらいなら、あともうちょっと出してアイダ設計で新築した方がよっぽどいいのではないか」というケースがあるのです。それをアイダ設計の行徳店の店長だった小川くん(男。当時、20代)は「そんなもの、舞浜とか新浦安とかに住んでる人がアイダ設計でなんて建て替えるわけない」などと勝手に決めつけていて、しかも、言ってあげてもききそうになかったのです。
もうひとつ、小川くんは「舞浜」「新浦安」付近にアイダ設計が建てたなら周囲の家に見劣りすると思ったかもしれませんが、そうでもないのです。あのあたりは三井不動産と京成不動産が分譲していたはずですが、結論として「建売」ですからね。土地だけの区画もあったかどうか私はわかりませんが、三井ホームは三井不動産から独立した会社ですから、三井不動産の方のものを買った場合は建物は三井ホームのものだったようですが、三井ホームといっても請負で三井ホームで建てる場合の建物と同じではないわけです。だって、建売ですもん。私は実物を見て知っているのです。うちの親戚の家もそうですが、(株)ウッディホームにいました時、あまり詳しいことを言ってしまうとどこかわかってしまってもよくないとは思いますが、「新浦安」だったかの土地建物を購入された方のお宅にうかがったこともあるのですが、中古住宅を購入されて住んでみたら、購入前に気づかなかった問題が見つかったということでした。とりあえず、不動産売買の契約がどうなっていたか確認された方がいいと思いますと私はその方には言ったのです。「土地だけの契約」で建物は現実にそこにあるけれどもどんな問題点があっても売主は責任は負いませんという契約なのか、「土地+建物」としての契約なのか。そのどちらで購入された場合であっても、その建物にそのまま住めるだろうと思って買われた方というのは、やっぱり、せいいっぱい頑張って買ったという場合が多く、そこに「補修のリフォーム」の費用をかけるというのは、やっぱりきついのです。だからといって、アイダ設計で建て替えるかという問題はあるとしても、ひとつの選択肢ではあるのです。比較的高い建築会社で建て替えるような費用なんてないか、あってもかけたくないという場合、「補修のリフォーム」の費用をかけるか、そうではなくてアイダ設計で建て替える・・というのは選択肢のひとつとしてはあると思うのです。
そのあたりを考えてみるのが営業ではないのか・・と私なんかは思うし、そのあたりを考えることができる人間とできない人間で差が出るのではないかとも思いますが、頭の固い人はそういうことを考えようという思考がないようです。小川くんの場合は、小川くんの父親が私より5歳ほど年下でアイダ設計で土木部長だかをやっていたことからの縁故入社らしく、弟もアイダ設計に勤めていて、父親は一般従業員に対して「うちの一族はみんな、血のけが多いんだから覚えておけよお」などと脅すような文句を日常的に口にしていたそうで、アイダ設計の小川三兄弟というのは亀田三兄弟みたいなもので、腫れ物にさわるみたに思っていた従業員が少なくなかったみたいでしたが、そうでなかったら私にしても教えてあげたのですよ。それこそ、うちの親戚の者でも、東日本大震災で住んでいる家は何らかの損傷を受けた可能性は考えられるのだけれども、「補修のリフォーム」をするとしてもけっこうかかるでしょうし、そういう場合に建て替えるとしても、最初に購入する時においてもけっこう頑張って購入しているし、地震があったからといって、またもや、三井ホームとかで建て替えるなんて、そんなカネはかけたくない・・と間違いなく思うはずなのです・・・が「アイダ設計ならばリフォーム屋との競合になる」、「補修のリフォーム」にカネかけるなら、「あとちょっとだせばアイダ設計なら新築できる」というケースがあるわけで、そういう場合に契約してもらえる可能性というのはあるはずなのですよ。さらに、アイダ設計という会社はそのあたりについては融通をきかす会社で、「見得」があって「アイダ設計で建てた」と思われるのは嫌だという人が相手の時には会社の看板とかできるだけ出さないようにして建てるとかいったことには対応する会社だったのですから、「補修のリフォームにカネかけるなら、あとちょっと出してアイダ設計で新築した方がいいか」という人の契約を取得する・・ということは可能性としてありえたはずなのです。それを「舞浜とか新浦安とかに住んでる人なんてアイダ設計で建て替えるなんてあるわけない」と勝手に決めつけている・・というのは「頭が固い」「思考が硬い」のです。父親からして、私より5歳ほど年下だったらしいのだけれども、「うちの一族はみんな血の気が多いんだから気をつけろよ」などとチンピラみたいな文句を日常的に他の従業員に言っていたというのだが、言葉だけでなく雰囲気もそんな感じだということでしたが、私ならそういう文句は口にしないな。そういう文句をあらかじめ口にしていたならば、本当に闘わないといけない時、本当に争わないといけないことがあった時に争いにくくなる、闘いにくくなる。それをわかっているならば、そういうチンピラみたいな文句は口にしておかない方がいい。普通の会社に勤めて「亀田オヤジ」みたいなこと口にしてどうすんだよ。私ならそのあたりを考える。アホやろ、そいつ・・・て感じでした・・が、そんなもので、アイダ設計というのは三井ホームとか(株)一条工務店とかと違って「リフォーム屋と競合になる」「リフォーム屋との競合で新築の契約を取得できる可能性がある」という会社だった《特に私はリフォーム屋の(株)ウッディホームで現実にそういうお客さんを見て実感した》のですが、アイダ設計にはそれに気づいていない営業がいて、そういう人で「店長」になっている人がいたのでした。 〕
それで、「リフォームのナカヤマ」については、私などは自分自身が住宅建築業の営業の仕事を長くやってきた人間だから、営業の人間が来たならできるだけ顔を出して断るものならきっちりとお断りの返事をしてあげるようにした方がいいと思ってきたけれども、又、「少々しつこい」くらいなら「契約してもらおうという意欲がまったくない」よりよっぽどいいと思っていましたが、その後、「リフォームのナカヤマ」に関しては、その後、何度来ても絶対に表に出ないようにした。「リフォームのナカヤマ」がやっていることというのは、それはイソップの寓話の「北風と太陽の話」の「北風」みたいな態度であり、「すいませんが、外套を脱いでいただけませんか」とお願いすれば脱いでくれる可能性があったような人に、強風を吹かせることで「何がなんでもこいつには脱がされてたまるもんかあ」と必死になって外套を押さえつけるようにしむける・・というそういう態度でした。ああいうのはやらない方がいいよ、あんなことしたら、会社の評判まで下げるよ・・と私などは思ったのですが「リフォームのナカヤマ」というのはそういうやり口をやらないとおれないシンドローム の会社だったのでしょう・・と思っていたら、「リフォームのナカヤマ」は一時はけっこう勢いがあったと思ったのにつぶれて、やはりつぶれたエスバイエル(株)と同じくヤマダ電機に買収されて、今では新築部門のエスバイエル(株)と「リフォームのナカヤマ」はいずれも(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ になったようです。やっぱり、あれは「つぶれるやり方」だったのか・・どうか、そのやり方でやって契約する人だってゼロではないでしょうから、そこまで断定はできないかもしれませんが、あのやり方で契約してもらえてもしてもらえなくても私はああいうやり方は気にくわん! (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫などもその「リフォームのナカヤマ」のやり方みたいのが好きだったようですが、そういう人というのは、そのやり方が成果が出るからではなく、その人がそういう根性しているから、そのやり方で売れても売れなくてもその人がそれをやらなきゃおれないシンドロームの「ほとんどビョーキ」の人だからそれをやるみたいですね。「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直って噛みついてくるであろうから」と『新約聖書』「福音書」にイエスの言葉が出ていますが、その言葉の通りで、うかつに親切心だして言うと「彼らはそれらを踏みつけにした上で、向き直って噛みついてくる」ことでしょう。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「リフォームのナカヤマ」については、その後、何の縁だったかで私が応募することがあって「採用」の通知をもらい、入社までに服を用意する必要があるので服のサイズを教えてくださいとか言われてサイズを話して「保証人」の署名もしてもらって入社する予定にしていたところ、採用担当者から電話があって「私はうちの会社に来て勤めていただきたいと思っていたのですが、上役から採用するなと言われてしまいまして、誠に申し訳ありませんが、今回はこちらから採用を辞退させていただくということでお願いしたい、と言ってきたのだ。
どうも、これまで私が勤めた会社の人間で私に対して卑劣な誹謗中傷を広めている者がいるようなのだ。それも、個人として「困った人」がいるということであれば、実際問題として世の中には「困った人」というのはいるし、そういう人とはできるだけかかわらないようにするとかいった対処しかやりようがないであろうけれども、その程度のことではなく、会社として私に対して誹謗中傷をおこなっているのではないかと思われるようなものがあるのだ。
今現在では、前勤務先に問い合わせてはいけないことになっていたと思うのだが、もしも私が経営者であるか、もしくは人事部長か採用担当者であったならば、その立場の者として最も大事なことといえば、それは眼と耳とであれば「耳よりも眼を信じる」ということだ。「眼よりも耳を信じる」症候群の人というのは、そうい:う人は採用担当者とか人事担当者はやめた方がいいと思うのだ。
野村じいさんだって、江夏が阪神から南海に移籍してきた時、江夏は「江夏がいるから優勝できない」と言われ、江夏自身は、それこそ、1969年だったか、9月まで阪神と巨人が優勝を争った年などは、9月に真ん中の日のダブルヘッダーを挟んで3日間に阪神と巨人の4連戦があった時、首位の巨人に2.0ゲーム差話されていた阪神は初戦:江夏、第二戦:村山、第三戦:バッキ―の先発で、第四戦で中1日で再び江夏の先発で4連勝を狙い、結果としては第三戦でバッキ―が王に対しての内角攻めに荒川がつかみかかり乱闘となって、乱闘の中でバッキ―が指を骨折し、次いで登板した権藤が王の頭部に死球をぶつけた後、長嶋にホームランを打たれて負けたが、江夏は初戦は延長まで投げて完投勝ち、中1日の第四戦も先発して勝ったといった、そういう相当無理もして投げてきたにもかかわらず「追い出された」形になり、「なんで阪神を出なきゃならんのだ」と江夏は怒ったが、「あんな問題があるやつ、つかえまへん」などと言われて出されたが野村は実際に会って話してみて「そんなことない」と言ったというが、耳と眼とどちらを信じるかという時におのれの眼よりも耳を信じる人間というのは人事担当者とか採用担当者とかはやめた方がいいと思う・・・が、眼よりも耳を信じる人間というのは現実に存在している。それも決して少数派ではない。
個人としては、1990年代、(株)一条工務店 の福島県いわき市の営業所にいた時、同じ営業所にいた「がばいじいちゃん」佐藤のじいさん は自分ひとりで営業の仕事をこなせない人であり、周囲の従業員が助けてあげていたのだが、いわき地区の営業所にいた人間で佐藤のじいさんを一番助けてあげていたのは誰だったかというと私だ。ところが、この人とかかわると、こちらが被害を受けることがある。たとえば、私が外出中に私あてにお客様から電話があったとすると、この人は伝えるのを「忘れる」ことがある。「なんで、伝えなかったんだ」と言っても「おまえが悪いんだ」と言うのだ。普通、伝え忘れたといったことがあると「申し訳ない」でも「すいません」でも「ごめん」でも言うものではないかと思うのだが、この人は絶対に言わない。「おまえが悪いんだ」と被害者に向って言うのだ。お客様に対しても同様の態度を取ることがあり、本来、自分の方がミスをしたのなら「すいません」でも「申し訳ありません」でも言えば、「申し訳ありません」と言って謝っているのだからそれ以上責めてもしかたがないとなる場合でも絶対に謝らない。そういう態度を私なども何度も取られてきた。
それだけではなく、佐藤のじいさんは自分の対応が不適切であったことから私に迷惑をかけた・・となると、謝るのが嫌なものだから逆に私に対して誹謗中傷を広めたりすることがあるのだ。そういう人なので、だから、私は佐藤のじいさんとは深く関わらないようにしたかったのだ。それで、福島県浜通り地区の営業所長だった草野次男さんに、「いわき市には営業所(展示場)が4店舗もあるのですから、佐藤さんを私と同じ営業所(展示場)に配属しないでください。佐藤さんを他の展示場に配属するか、私をいわき市の他の展示場に移すかどちらかしてください」と訴えたのだった・・・が、ところが営業所長の草野次男さんは「おめえはそこでえ」と言って、嫌がらせとしか思えないのだが、逆に私がその人を私にくっつけないでくださいと訴えた人を私にくっつけて離れないようにしたのだった。これは労働契約上の「保護義務違反」と評価されるものであるが、わざわざ、嫌がらせとして、その人に困っているのでその人と別の営業所の配属にしてくださいと訴えているのに、わざわざくっつけるということを(株)一条工務店はしたのだった。
又、いくらなんでも、あんな「がばいじいちゃん」の言うことなんか本気にする人間なんておらんだろう・・などと思っているとそうでもないのだ。そこが難儀なのだ。本当に「往生しまっせ」てものだ。
※ 「がばいじいちゃん」⇒《YouTube-VKFエンターテインメント 2015.10.11 がばいじいちゃんvs春山香代子》https://www.youtube.com/watch?v=5eY77YVBCIY
『福翁自伝』で福沢諭吉は自分は人に対してどんなことがあっても手をあげたことがないし、人に手をあげて「言うことをきかす」といったようなことはするべきではないと思ってきたということを述べている。但し、唯一、慶應義塾、まだ大学になる前の「塾」としての慶應義塾の塾生で酒を飲んで夜遅くに帰ってくる者がいて、けしからん、しばらく正座しておれと言って正座させたところ、福沢諭吉が戻ってくると平気でうたたねをしておったということから、こいつ、けしからんとポカンと一発殴ってしまったということがあったと正直に述べていたのだが、私もまた、「体育会系」の人が奨励する「殴るということこそがスポーツなんだ」とかいうような考え方は間違いだと長く考えてきたし、スポーツであれ何であれ、そういう「指導」は指導と考えるべきではないし、『毛沢東語録』(河出書房新社)には人民義勇軍の「三大規律」「八項注意」というものが書かれていて、そこには「話は穏やかに」「殴らない、怒鳴らない」「捕虜を虐待しない」「婦人をからかわない」「人民からは針1本、糸1本とらない」「敵から奪ったものは公共のものとするか分配する」「借りたものは必ず返す」「壊したものは必ず直すか弁償する」・・といったことが書かれているが、そういう姿勢の団体とその逆の団体とでは結果にも差が出ると思われる。だから、私はずっと「話は穏やかに」「殴らない、怒鳴らない」と心がけてきたのだが、又、犬養毅が5・15事件の際に「話せばわかる」と言ったという言葉は有名だが、しかし、会社という所に勤めてみると、話してわからせようとしても無理( 一一) ・・という人が現実にいるということがわかった。わからせるには殴るか何かしないと無理という人が現実にいるということがわかったが、しかし、だからといって「殴る役」をさせられるのは嫌なので、そういう人とはできるだけかかわらないようにして、又、それでも無理な場合は会社・使用者に対して、その人とは別の場所に勤務させてもらえないかといったことを求めるというようにするしかないと思うようになった。(株)一条工務店で福島県浜通り地区においては佐藤のじいさんは、私はまとわりつけばめんどう見てくれると思ったようで、又、めんどう見てもらってきた人間に対しては感謝の気持ちをもって良さそうなものだったが、ところがそうではなくて、自分が私に迷惑をかけると自分が責められるのではないかと思って、「すいません」とか「ごめん」でも言えばいいところを逆に私に対して誹謗中傷をひろめたりといったことをやった人であり、だから、私はこの人のめんどうは見れないと判断して、営業所長の草野次男さんに「佐藤さんとは別の営業所の配属にしてください」と求めたのだった・・が、私がそう言うと逆に嫌がらせとしてそういう人を私にくっつけるというのが(株)一条工務店という会社だったのだ。

新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文

毛沢東語録 (平凡社ライブラリー) - 毛 沢東, 実, 竹内
人間、生きておれば、なんでこの人に嫌われなきゃならんのだという相手に嫌わることがある。殺されたのではないかと思われる事件があった時に新聞には「人から恨まれるような人ではなかったという」とか書かれている時があるが、又、推理小説にもそのようなことが書かれているようなことがあるが、人間というのは人に恨まれるようなことをしたから恨まれるというものではなく、恨まれるようなことなんてしていないのにという場合に恨まれることだってあるのだ。だから、そういう記事を書いた人というのはそのあたりについての認識を間違えていると思う。そして、私自身についても私が恨まれるようなことなんてしていないのに、むしろ、感謝されてもいいはずなのに恨まれることがあっても、又、個人が私についてありもしない悪口を言うことがあっても、「いちいち気にしない」ですますようにした方がいいと思ってきた。フリードリヒ=ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』では「ツァラトゥストラ」は「汝らの氏名は蠅叩きとなることではない」と述べているが、実際、蠅叩きとなってしょーもないやつをポンポコ叩いて人生の時間を費やすというのは愚かではないかと思ってきた。しかし、それではすまない場合というのがあるようなのだ。個人ではなく、組織としてやっているとしか思えないものがある。
私が応募した会社に対して私に対する誹謗中傷を加えている者がいるらしく、又、私が応募して採用された会社に私に対する誹謗中傷を加えている者がいるらしいのだ。(株)エイブルhttps://www.able.co.jp/ は私を採用した会社だが、どこからか私に対する誹謗中傷を仕入れてきていた。まったく、ちっぽけな野郎だなあ・・ですませる限度を超えている。
そして、「リフォームのナカヤマ」(・・→(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ )は面接で会った相手は私を採用したいと判断し、採用の通知をおこない、服のサイズも測り、そして保証人の署名まで用意させておいて、その上で「採用取り消し」を言ってきたのだ。
それ以外の会社に対しても、同様の就業妨害をされていると思われるものがある。

内部告発と公益通報―会社のためか、社会のためか (中公新書) - 櫻井 稔
![セルピコ [DVD] - アル・パチーノ(野沢那智), ジョン・ランドルフ(宮川洋一), ジャック・キーホー(宮田光), ビフ・マクガイア(西村晃), トニー・ロバーツ(野島昭生), シドニー・ルメット](https://m.media-amazon.com/images/I/51mIGV2UNQL._SL500_.jpg)
セルピコ [DVD] - アル・パチーノ(野沢那智), ジョン・ランドルフ(宮川洋一), ジャック・キーホー(宮田光), ビフ・マクガイア(西村晃), トニー・ロバーツ(野島昭生), シドニー・ルメット
私がこのブログにおいて過去に勤めたことがある会社について述べたものなどは、すべて事実であり、すべて本当のことであるのに対して、私が受けた誹謗中傷は「あることないこと」ならまだいいのだが、「ないことないこと」言われていると考えるしかないものだ。
1980年代前半、私がアルバイトで勤めたある会社で、ある女性社員の人から「女の子の多い会社って、うるさいよお~お」と教えてもらったことがあったのだが、しかし、私自身が正社員として会社という所に勤めた経験からすれば、「うるさい」のは「女の子」に限ったことではなく、男もまた「うるさい」のだ。 元外務省の佐藤優氏がモデルの『憂国のラスプーチン』という漫画で佐藤優氏がモデルの憂木護という人物に担当の女性弁護士が「男の人は『女は嫉妬深い』と言いますけれども、男の人の嫉妬ってすごいですねえ」と話し、佐藤優氏がモデルの憂木護が「そうですよ。『女の腐ったの』は女にいるのではなく男にいますから」と語るという場面があったが私もそう思う。「女の腐ったの」は女にいるのではなく男にいるし、会社という所に勤めると、その「女の腐ったの」に困らされることが少なからずある。

憂国のラスプーチン 全6巻完結セット (ビッグ コミックス) - 佐藤 優

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫) - 佐藤 優
ヴィクトル=ユーゴー『レ・ミゼラブル』では、刑務所を出所した後、マドレーヌと名のり事業に成功して経営者になったジャン=バルジャンは、自分自身が過去に窃盗で刑務所に入った経験がある人間であるからこそ、雇ってほしいという人があれば、人間にとって大事なのは過去よりも現在であるとして、現在、真面目に働きたいという人である限り、過去に少々何かあっても関係なく採用するようにという姿勢をとってきたが、ところが、ジャン=バルジャンが知らないうちに「私生児がある」という理由で追い出されてしまったのが、それが後にジャン=バルジャンが養父として育てることになるコゼットの母親だった。
仕事を失うということがどれだけ大変なことか、ということを考えると後に勤めた会社にまで卑劣な誹謗中傷を加える者・就業しようとした会社に就業妨害を目的に誹謗中傷を加える品性の賤しい者というのは許しがたいし、そういう人間が経営者の会社というものも、会社として評価できる会社ではないであろう。
【2】 そういえば、2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県南部営業所の佐野展示場に南部営業所の「副所長」(という肩書だが役割は「所長」)の木下(男。当時、40代前半)が、佐野展示場の事務所で「業者でうちの会社をやめた人を採用する業者があるけれども『うちの会社をやめた人を採用したら仕事をもらえると思うたら違うで。逆やで。うちの会社をやめた人を採用したら仕事をまわさんで』と言ってるんだ」などと言っていたのだが、貧困な思考である。自社を辞めることになった人が出た場合には、もし、つきあいのある会社でその人を採用しようという会社があったなら、「できるだけ、採用してあげてほしい」と頼んでいいはずのものであろう。それを「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんぞ」とは何だ、その言い草は!
業者は(株)一条工務店の仕事を通じて知り合った人が(株)一条工務店をやめたという場合に、(株)一条工務店にその人がいた時につきあっていた時のことから、この人ならと思って採用したか、中には他でもとからやめたその人と知り合いだったという場合もあるようだが、(株)一条工務店をやめた人が業者の担当者になった場合、その後も(株)一条工務店に勤務している人間と知り合いなので、「あの人に仕事をまわしてあげよう」ということになったり、「あの人になら頼んで大丈夫だろう」と思って依頼したりして、それでそうでない場合よりもうまくいくという場合がある。もちろん、ケースバイケースではあるが、「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんから覚えとけよ」とは、よくもまあ、そういうことを言うもんだと思う。木下はおそらく(株)一条工務店の上役からそう言えと言われて言っていたのであろう。私が営業所長(もしくは「副所長」)であったなら、上役から「『うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんから覚えておけよ』と業者に言え」などと上役から言われても、「はい、はい」と言ってそこで話は止めて、実際に業者にそんな哀しいことは言わない。それが所長の仕事だろう。木下はそれをそのまま言うというあたりが、あまり賢くないのであり、そのあたりが「高卒の所長」の特徴がでている、「やっぱり高卒の所長やな」と言わざるをえない・・が、(株)一条工務店の経営者としては、私のように上役から「『うちの会社をやめた人間を採用したら仕事まわさんから覚えておけよ』と業者に行っておけ」と言われても会社の為を思って、「はい、はい」とその場で返事しておいて実際にはそんなアホなことは言わないという人間はおもしろくないようで、木下のように言われた通り、アホなことを言う人間を喜ぶようだ。要するに、(株)一条工務店のオーナー経営者というのは「高卒中卒の所長」を喜ぶ経営者なのだ。
1980年代、私がまだ20代だった時、最初に正社員型で勤めた会社で人事総務部の課長になっていた東大卒の某さんが部長から「誰誰に・・と言ってこい」と言われても、「はい、わかりました」と言ってそのままは言わないようにしたり、あるいは、そんなことやるわけにいかんだろうと思った時には「はい、わかりました」と言ってやらずに、「なんでやってないんだ」と言われたら頭に手をやって「ああ、申し訳ありません。忘れてましたあ」と実際には忘れていたわけではないのに言ったりといったことをしていたので、この人はこういう人ができる人なんだと思って見ていたことがありました。その時点では私はそれはできなかった。しかし、それから何年か後、私自身が普通にやるようになった。特別、何か練習したわけでもない。何か練習したわけでもないが、(株)一条工務店の中卒の営業本部長とかは、いくらなんでも、そんなこと言うわけにいかんだろうがということを言えといったりするわけだし、「そんなこと言うわけにはいきませんでしょ」と言っても理解する頭のない人なのだから、そうなると、「はい」と返事した上で「すいません。忘れてました」ということにするか、そうでなくても、10やれと言ってきたことを1か2だけやってやったことにするとか、そういった対応をするしかないではないか。これは会社という所においては所長とか部長・課長とかいった役職をもらった人間の仕事のひとつ、能力のひとつだと思うのだ。それをできなければ所長とか部長とか課長とかの価値はないことになる。どうすれば、そういう能力が身につくのかといっても、普通に会社員やっておれば、「そんなわけにいかんだろう」ということを言わそうとする上役とかでてくるわけだから、身につくとかつかないとかでなくてやらなきゃしかたがないではないか・・と思うのだが、ところが(株)一条工務店の「高卒の所長」にはそれをできない人が多いのだ。 「学歴で人を差別してはいかん」とか言う人がいるが、別に「差別」を奨励するわけではないが、(株)一条工務店だけではなく、高卒の人で役職をもらった人というのを見ていると、そういうところで「あかんなあ~あ」と思われる人が多いというのは事実だ。人にもよるということはあるかもしれないが、しかし、「あかんなあ~あ」という人を(株)一条工務店では大量に見せられた。(株)一条工務店の場合は高卒の人の中でも、むしろ、そういう「あかんなあ~あ」というような人をオーナー経営者一族は喜ぶという面があったみたいで、その結果として、この人は高卒でも比較的悪くないのではないか・・と思われる人はオーナー経営者にはあまり好かれない・・という傾向があったみたいだ。「この程度のオーナー経営者の会社にはこの程度の人間」というのが評価されたということなのかもしれない。そんな会社によくまあ11年余りもいたものだ・・と思う。アホちゃうか、という面もあるが、よくまあ、そんな会社であそこまで頑張ったものだ、よく頑張ったねと自分で自分をほめてやりたい気もしないことないのだが、同時に「アホちゃうか」という面も現実に認めざるをえない・・と思う。
「業者」といっても2通りあって、(株)一条工務店が請けた仕事の下請けの仕事をまわしている「業者」と、そういうことではなく、解体とか外構とかいった仕事は(株)一条工務店の場合は、(株)一条工務店として仕事を請けるのではなく、営業が解体業者・外構業者をお施主様に紹介して仕事をしてもらうようにしていたので、解体・外構の業者としては(株)一条工務店の浜松の人間が浜松に1割よこせとか言うが、「なんで、(何もしてない)浜松の人にあげなきゃならないの」と思うのが普通で、実際「なんで、(何もしてない)浜松の人にあげるんですか」と言った業者もあったようだ。そうではなく、もしも、あげるのであれば、実際に自分の所の会社にまわしてくれた人に渡したいと考えるものだ。(株)一条工務店をやめた人間を採用したならば、(株)一条工務店の営業と知り合いであるから、仕事をまわしてちょうだいよと言われれば(株)一条工務店の営業は人情として、それまで一緒に仕事をしていた人に仕事をまわしてあげたいと思うものだし、又、(株)一条工務店の仕事の流れを知っている人に頼んだ方がそうでない人に頼むよりうまくいく場合は少なくない。
不動産会社の場合は、(株)一条工務店は建築屋なので、不動産会社は上でも下でもないのだが、土地さえあれば(株)一条工務店で建てるのだけれども、という見込客は存在し、不動産会社の営業としても、どこに行けば土地を捜している人と出会えるかというと、建築業はやっていても不動産部門は持っていないという会社の営業の所に行けば出会える可能性が考えられるわけで、それで、(株)一条工務店を辞めて不動産会社もしくは建築もやっているが不動産部門の方が中心という会社に勤めた人は(株)一条工務店の展示場に来てかつての同僚に「土地捜している人がいたら言ってよ。いい土地捜して持って来るから」と言ったりしていたのだ。頼む方だって、全然知らない人だと「不動産屋」というのは胡散臭いという印象があるのに対して、かつての同僚であれば、どういう人かある程度はわかっているので、それで、お互いにプラスになるということがある。
(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、そういうのをされたくないらしかった。なんで? ・・と思うのだが、やめた人というのは(株)一条工務店の会社の仕打ちに対して怒りの気持ちを持っている人が多く、自分が働いた「場所」には思い入れがあり、一緒に仕事をした同僚には遺恨があるわけでもなく、仲良く仕事をしていた間柄である場合も少なくないのだが、そういう「やめた人」に出入りされると会社の問題点を口にされて、それで「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」して新しく入社させた人間に会社の問題点を話されるということを嫌がっていた、ということがあったのだろう。
そして、もうひとつ、栃木県の佐野展示場でやめた某さんが退職以後に顔を出した時に「今は、毎月、一条工務店にいた時の最低でも倍は収入がある」なんて言っていたのだが、そういう話をされるのを嫌がっていたということもあったかもしれない。そういう話を聞くと「一条工務店てやっぱり給料安いんだなあ」と認識することになるからだろう・・けれども、そんなことはその人が言わなくても、早かれ遅かれわかることだと思うのだ。そう思いませんか。
ローマには「コロッセオが滅ぶ時ローマも滅び、その時、世界も滅ぶ」というお話があるそうだが、山一證券なんて会社はそう簡単にはつぶれんだろう、もしも山一證券がつぶれる時には日本の多くの会社はつぶれ、(株)一条工務店なんてちっぽけな会社は間違いなくつぶれていることであろう・・・「山一証券がつぶれる時、日本の多くの会社もつぶれ、(株)一条工務店も間違いなくつぶれる」と思っていたら、世の中には不思議なこともあるもんで、山一證券がつぶれたのに(株)一条工務店はつぶれてない。これはまた不思議なこともあるもんだ・・と思ったものだった。しかし、山一證券は会社がつぶれても、倒産する時に従業員には再就職先を紹介してくれたらしい。それに対して(株)一条工務店は逆で、会社はつぶれず、昔に比べれば大きくなったはずだが、大きくなっていいのはオーナー経営者一族とその取り巻きだけであって、一般の従業員はというと、初代社長の大澄賢次郎が「一条工務店は大企業になった。人みたいなもん、求人広告さえ出せばいっくらでも採用できる。求人広告にはいくらでもカネをかけろ。求人広告にはいくらでもカネかけてどんどん出して中途入社の従業員はどんどん入れて、片っ端から辞めさせろお!」と叫んでいたそうで、やめさせられて出て行った人が多い。総務部長の天野雅弘は「ぼく、営業やったら売れるもん」などと厚かましい文句を口にしていたが、そうではないだろうが。そうではなく、天野雅弘のような「一族」従業員は営業やったとしても「特別扱いの営業」であり「売れる」のではなく「売らせてもらう」ことになっていたはずだ。一族ではない従業員でもそれに近い人はいた。八百長野郎が何を言ってやがるてものだ。
まず、日本の労働法では人を新規に採用している会社は人を辞めさせてはならないはずで、片方で人を辞めさせている会社が他方で求人募集を出しているということがおかしいのだ。「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」すれば優秀な人材が残ると初代社長の大澄賢次郎は思ったらしいが、それは違う。そういったことをされることで、従業員の愛社精神は日に日に低下していくし、そんな会社が似合う人間が残るような傾向もある。もうひとつ、「片っ端からやめさせろお」と片っ端からやめさせるので、残っている人間というのは、「残っている」というだけでもその期間に在籍した営業社員の中では上の方の成績の者なのだが、そのそれぞれの期間においては上の方の成績の人間ですら、やめさせられずにすんだという程度の給料しかもらっていない。「片っ端からやめさせろお」ということをやる使用者・経営者としてのメリットはというと、営業社員全体を見た時に、「真ん中より上」の営業社員にも「真ん中より上」の給料ではなく「一番下」くらいの給料しか払わずにすませることができる、という点がある。
又、多く給料を取得する従業員の給料が上がった場合に底辺の従業員の給料は上がるか下がるか、これを小泉信三『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)では、公的企業や大企業の労働組合がある会社の労働者の給料が上昇することによって、企業が人件費に出費することができるカネから大企業の労働者に支払う金額が増えることで、逆に下請け企業・中小零細企業の労働者の賃金は引き下げられることになる、という面があることを指摘していたのだが、落合が自分の年棒をアップさせようとして「上から引っ張り上げることで底辺の選手の年棒を上げるのだ」と言っていたことがあったが、もしもトップクラスの野球選手の年棒が上がったとしたなら、底辺の選手の年棒はそれに引っ張られて上がるのか、それとも、球団が選手の年棒として払える金額はある程度決まっているのでトップの選手に多く支払うと底辺の選手の年棒はそのしわ寄せで下がるのか。これは経済学上、面白い問題だと思って見ていたのだが、実際には両方の面があると思う。(株)一条工務店が営業社員を「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」していたのは、オーナー経営者一族にとっては、営業社員を営業成績によって並べた際に、真ん中より下の営業社員は辞めさせるようにすれば、「真ん中より上」くらにの従業員に支払う金額を「一番下くらいの営業社員に払う金額」ですますことができ、それに引っ張られて「上の方の営業成績の営業社員」の給料も引き下げることができる。そうやって人件費を削るという「企業努力」によってオーナー経営者一族とその取り巻きの年収を増やすことができたわけだ。フィリピーナでその分け前をもらった女もいたみたいだ。「うまいやり口」というより「汚いやり口」と言うべきだろう。そして、その「おすそわけ」として東京大学は東大農学部弥生キャンパスに「一条ホール」というものを建ててもらい、「浜松市」は「防潮堤の費用」と称して300億円を「寄付」してもらったのだ。いわば、東京大学と浜松市は詐欺師から分け前もらったようなものであり、「反社会的勢力」とでも言ってやるべき存在だ。
「遠州屋、ヌシもワルよのお。いっしっし」
「いえいえ、お市長さまほどではおじゃりませぬ。くっくっく」
・・・・なんて会話をしたかどうかは、それは知らんけどな( 一一)
※ 東京大学弥生キャンパス(農学部)「一条ホール」⇒《東京大学 「弥生講堂 一条ホール」について。不良企業の宣伝広告に加担する東京大学と浜松市と杉山英男》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_6.html
※ 浜松市が「寄付」をもらった口実の中田島砂丘「一条搾取堤」⇒
☆ 「中田島砂丘」(浜松市南区中田島町 ほか)見学
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。ダムで砂丘がやせて、テトラポッドで砂流出を防ぐ。「アタマが浜松」思考から抜け出せない人。ガチンコで資格試験に通った者はずるくない。カネで買ったような建築学科卒の者や医科大裏口入学の者がずるい! ダンピング坪単価とテレビ広告で売る浜松営業こそずるい! https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか? それが「福沢精神」なのか? それが「独立自尊」か?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。木質系プレハブもコンクリート系プレハブも鉄骨系プレハブと一緒にして建築現場の仮設小屋だと決めつける一条浜松流営業のデタラメをありがたがって聞くのはやめてください。一条の「がばいじいちゃん」(仮名)を見捨てる無慈悲な会社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。法学部卒の浜松市長鈴木康友さん、それでいいのか?堆砂垣は昔はなかった。ダムで砂丘がやせた。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_2.html
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。息子・関連会社社長が女性を刺し殺した件で辞任したはずの社長が平気で顔を出す「一条堤」と平気で受け入れる浜松市長と静岡県知事と浜松商工会議所。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_4.html
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_5.html
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「当店は丹波産黒豆を使ってます」と丹波産以外も使っているのに言うラーメン屋みたいな建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_6.html
「業者」といっても(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の子会社ではなく、「下請け」と(株)一条工務店のオーナー経営者は思っているかもしれないが、「請ける」ことで(株)一条工務店の家の一部分の仕事をしていても(株)一条工務店の家の仕事だけをやっているわけではなく、他社の仕事もやっているという「業者」が多く、そういう相手に「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんからな」などとそこまで言うというのは、それはやめた人に対する就業妨害として人権侵害であるだけでなく、それは「他社に対する干渉」というものではないか。
(株)一条工務店に新たに入社してきた人を見て、「なんで、こんな人を採用したの?」と思ったことは何度もある。それは能力的な面でその職種に適性があるとは思えない人であった場合と人間性の面でいかがなものかと思った場合とがあり、入社後、私が思った通りになり、「やっぱりなあ」と思ったことが少なくない。最初から向いていないと思われる人をなぜわざわざ「採用してやめさせる」ということをするのかと疑問に思うが、ともかく、「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」というのを(株)一条工務店のオーナー経営者というのはやりたかったらしい。馬鹿でねえの・・て感じがするがそういう経営者だった。
私が見ていて、もしも私が経営者だったなら(あるいは私が人事部長だったなら、私が採用担当者ならば)この人は採用しないと思った人で、やっぱり・・という人がやめた場合であっても、その人が退職後、他の会社に応募した場合に、他の会社がどう判断するかはそれはその会社の人間が決めることであり、「ひとさまの御商売に口出す筋合いはございません」と私が経営者ならば考える。男女の関係でも私が「俺やったら要らんなあ~あ・・」と思うような人でも、他の男がいいと思うのならば、それこそ There is no accounting for taste. 「人の好みは説明のしようがない」⇒「蓼食う虫も好き好き」 てもので、「なんで、あんなんええのお~ん? あんなん、やめた方がええでえ~え」なんて言わない。私が過去に応募した会社でも、「前に勤めていた会社でどうであっても、よそはよそ、うちはうちですから」と言われたことがある。実際、そうだと思うのだ、「よそはよそ、うちはうち」であるとともに、「うちはうち、よそはよそ」であり、よその会社がどういう判断をするかについてまで口出すというのは思い上がりも甚だしいし「大きなお世話」というものであろう。自分の所で成果を出せなかった人が転職してよその会社で採用されて実績を残せたならば、その時には大いに喜んであげればいいことではないのか・・と思うのだが、(株)一条工務店の高卒の社長とか中卒の営業本部長とかいいうのは「ケツの穴が小さい」というのか「肝っ玉が小さい」と言うのか何と言うのか。卑しい精神構造をしていると言わざるをえない。
『聖書』には「家造りらが要らぬものだと捨てた石、それが隅の親石になった」( イザヤ書5:1~7 ルカによる福音書20:1~19)という言葉が書かれている。ある「家造り」の会社が「要らぬものだと捨てた」人が他の会社で要となる働きをする可能性はあることだ。他の会社で活躍することになったなら、それは元いた会社の経営者は喜んであげるべきものではないか・・と思うのだが、「ケツの穴の小さいやつ」というのか「肝っ玉の小さいやつ」というのかが日本の会社には少なくないようだ。 1990年代、(株)一条工務店では福島県中通り地区の所長になっていて大澄社長の腰巾着と言われていた片山(男。当時、40代?)が主張して、営業社員で契約棟数が少ない従業員は「転勤」ということにしたのだが、ところが転勤すると転勤先で元からその地域にいた人を上回る営業成績を残す人が出たらしい。いいことではないか。人間には向き不向きということもある。ある場所に向いていないが他の場所に向く人というのもあっておかしくない。又、場所が変わることで気持ちが変わるという場合もあるかもしれない。前にいた営業所では人間関係がうまくいかず、転勤先ではうまくいったという場合だってあるかもしれない。その転勤は大いに成功したということだろう。
実際には、2001年に(株)一条工務店で、東日本ハウス〔現 日本ハウスホールディングス〕の「トップセールス」というおっさんの講演のビデオを見せられたのだが、そこで、
営業能力 × その営業所の市場性 = 契約棟数
といったことをその「トップセールス」のおっさんは言っていた。「かける」というのは比喩であり、
その営業所の市場性 + 営業の能力=契約棟数
という面もあるかもしれない。後者は「普通にやったらこのくらいの契約をあげることができる」というものに、「普通」より優れた営業能力がある人の場合はその分を「たす」ことができる、それが契約棟数になると考えたものだ。1992年、東京展示場で私が接客して進めかけた某様宅についてインネンつけて自分がやると言いだして奪い取った上で2週間以上も放置してぶっつぶした土浦展示場所長の田中義一みたいに「自動販売機以下のやつ」というのもいるから、常に「たす」とは決まっておらず「ひく」の場合もある。
実際には「かける」の面も「たす」の面もあると思うが、どちらにしても、前にいた営業所の「営業所の市場性」の部分が相当悪かったという人が、それほど悪くない営業所に転勤して、前と同じだけの営業能力を発揮したとすれば、結果として「売れる営業」に変身するということはありうることだ。特に(株)一条工務店は「一条工務店の場合、展示場による条件の違いが甚だしい」と従業員の間で言われていた会社であり、これは十分ありうることである。どちらにしても、前いた場所で営業成績が上がらなかった人が転勤した先で営業成績が上がるようになったということなら、それは本人にとっても会社にとっても「大変けっこうだ」と言えることだろう・・と思ったら、ところがどっこい、腰巾着 片山は気に入らなかったらしいのだ。転勤させてやめさせるつもりだった人間が好成績を残すというのはけしからんと言いだしたらしい。それで、なんと、片山は全国各地域ごとに意図的に「売れない展示場」を1つずつ作って、転勤した人は「売れない展示場」に押し込めて売れなくしてやろうと主張したというのだ。これは「聞いた話」だが、おそらく、だいたいそんなところだろう。私がオーナー経営者ならば、まず、その片山という不逞者をこそ左遷してやりたいところである。普通、会社というものは「売れない店」「売れない展示場」をどうやってなくすかということを考えるものである。それを片山は全国各地域に意図的に1つずつ「売れない展示場」を作ろう、などと主張したというのだ。やっぱり、片山のような高卒で自分の営業成績さえ良かったらいいというタイプの人を所長にならせてはだめだ! (株)一条工務店の所長はその程度のこともわからんのか。片山は営業として「けっこう売った」としても、それでも思考は「人間として程度の低い高卒のおっさん」であってそれ以外の何物でもないのだ。顔見ただけでもそんな顔していた。私は最初に片山の顔を見て、なんだ、こいつ( 一一) ・・と思ったが、その程度の人間だったのだ。片山みたいな人間を「腰巾着」にして大事にしているというあたりからして、「初代社長」大澄賢次郎という男と言うのは「(経営者として)あんまり賢くないなあ」という感じがする。
ある場所で営業成績が上がらなかった人が他の地域の展示場に移ったら成績が出るようになったということなら、それは「大変けっこうだ」と考えるべきではないのか。「売れなくしてやめさせてやるつもりで転勤させたのに、転勤先で営業成績を上げるというのはけしからん」て、普通、そんなこと考えるかあ~あ? 「売れなくしてやめさせてやるつもりで転勤させたのに、転勤先で営業成績を上げるというのはけしからん」などというそういう思考をする片山こそけしからんのではないのか!?! 同じく、自分の所の会社で成果を出せなかった人が他の会社に勤めて成果を出せたなら、それは「たいへん良かった」と喜んであげるべきものではないのか? そのあたりが、「ケツの穴の小さい人間」「肝っ玉の小さい人間」だらけの(株)一条工務店というのは、なんとも哀しい経営者の哀しい会社だなあ・・と思った。今もその体質は変わらないであろう。最近、調子がいいみたいだけれども、しかし、会社の体質というのはそう簡単には変わらないものだよ。
※ インターネットで検索していると、↓のようなものが見つかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
《土気あすみが丘教会 「捨てられた石が隅の親石に」(2017年2月5日 礼拝説教)》https://asumi-church.sakura.ne.jp/bokushi_message/416/
イスラエル旅行をした時、カイサリアという町に行きました。そこは、パウロがローマに向かって船出をした地中海沿岸の町。ヘロデ大王が栄えさせた町でした。そこには後の十字軍の時代の石造りの古い要塞があり、その入り口は石で固められた、とんがった楕円の形をしているのですが、楕円のとんがりの部分を支える石を指して、ガイドさんが「これが聖書のいう隅の親石という説がある」と教えてくれました。その部分に石が無ければ、門全体、建物全体が崩れてしまう。すべてのバランスを支える石ということで、「隅の親石」なのだそうです。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさないぞ」などと自分の所の仕事をしている業者に言って脅す(なんだか、ウクライナに協力したら天然ガスの送達を停止するぞ・・みたいな)といった行為で退職者の就業妨害をおこなうこと、再就職先にまで誹謗中傷をおこなって嫌がらせをおこなう、応募先の会社にまで誹謗中傷をおこなって採用されないようにしむけるという行為、それらは「生存権の侵害」というものであり、許しがたい反社会的行為である。
(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ に私よりずっと後で和歌山県の方で入社した伊香(いこう)という男〔2001年当時、30代。〕がいて、2001年、栃木県地域の営業社員の総会だったかで壇上でマイク持って「住友林業の営業と一条工務店の営業とでは、住友林業の営業の平均年収は一条工務店の営業の平均年収の倍です。一条工務店の営業はそれだけ売ってないということで、住友林業の営業はそれだけ優秀で一条工務店の営業はそれだけなまけているということです。一条工務店の営業も住友林業の営業と同じレベルに売れば住友林業の営業と同じだけの年収をもらえるんです」などとトンチンカンなことを言って自分だけオーナー経営者に媚びようとする賤しい行為をおこなったが、(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、こういう人間としての程度が低い男が大好きだ。馬鹿言ってんじゃないわ♪
1展示場あたりの営業の数は(株)一条工務店は住友林業(株)の展示場の倍以上いたのだ。たとえば、コンビニの店員を一般的な人数の倍とか3倍とか配属したとしたならば、その店は他の店の倍とか3倍とか売れるようになるか? 吉野家とかすき家とか松屋とかそういう店の店員の数を一般的な店の店員の倍とか3倍とか配属したならば、その店は倍とか3倍とか売れるようになるか? ならんだろう コンビニの店員を立地が悪い場所に一般的な人数の3倍配属した店があって、立地がいい場所に一般的な人数を配属した店があったなら、立地がいい場所に一般的な人数を配属した店の店員は「売れる営業」で立地が悪い場所に3倍の人数を配属した店の店員は「売れない営業」なのか? そういう問題ではないだろう。
戸建住宅建築とコンビニや牛丼屋とまったく同じということではないとしても、ある地域で1年あたり(株)一条工務店で建ててくれる可能性がある見込客の数というものがあり、それに対して営業の数を多く配属したとしても、もしも、元の人数が適切な数よりも少なすぎるという地域ならば増やせば増やしただけ契約数も増えるであろうけれども、すでに適切な数以上の営業がその地域にいる場合に、さらに営業の数を増やしたとしても、全体としての契約数はいくらか増えることもあったとしても、営業一人当たりの契約数は減っていくことになる。これを経済学では「収穫逓減の法則」と言う。(株)一条工務店は営業については「労働集約型」の経営をやることで全体としての契約数を増やすという作戦を取ってきたのであり、営業について「労働集約型」でやったならば営業社員1人あたりの契約数は少なくなって当然だ。(株)一条工務店は住友林業(株)よりも「労働集約型」の営業をやっていたのであり、その結果、営業社員1人あたりの契約数が少なくなっても当然であり、「住友林業(株)の営業が(株)一条工務店の営業よりも優秀だからなのです」という伊香(いこう)の発言は不適切であるとともに日夜、努力して営業活動をおこなっている(株)一条工務店の営業社員に対して失礼であろう。伊香は私よりも入社はずっと後だが、しかし、その時点では入社してすぐとかいうことではなかったはずであり、又、伊香は(株)一条工務店に入社する前、住友林業(株)にいたといったことを聞いているが、それならなおのこと、このくらいのことは当然わかっていたはずで、わかった上で「住友林業の営業と一条工務店の営業とでは、住友林業の営業の平均年収は一条工務店の営業の平均年収の倍です。一条工務店の営業はそれだけ売ってないということで、住友林業の営業はそれだけ優秀で一条工務店の営業はそれだけなまけているということです。一条工務店の営業も住友林業の営業と同じレベルに売れば住友林業の営業と同じだけの年収をもらえるんです」などと何十人の前で発言して自分だけオーナー経営者に媚びようとしたのである。なんとも人間性の賤しい程度の低い男である( 一一) (株)一条工務店のオーナー経営者というのはこの手の人間のカスが大好きだ( 一一)
(2022.4.30.)
2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻以来、YouTube にネトウヨみたいな複数の「ユーチューバー」がもてはやされているように思われるのは、ロシア軍の侵攻は認めがたいのは当然のことではあるが、片方で「ネトウヨみたいなユーチューバー」についても気色悪い印象を受けるところがある。
(2022.5.1.)
☆ 中銀カプセルタワービル(黒川紀章設計)見学。
1.解体工事は始まったが4/21現在、中銀タワーの姿は見えた。あいみ互いの「コシノ某と安藤忠雄」。黒川紀章はなぜ女優と結婚したか、若尾文子はなぜ黒川紀章と結婚したか。「すかした」の意味はわからないであろう「建築家のつくる家」を得意とする自称「建築家」の東京人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_4.html
2.北側の道からはカプセルタワーが見えた。警備員に劣る警察官の立哨。警備員を自分達の小使いと勘違いしている法務省職員。建築・解体現場の高所作業なんて自分はやらない「名建築家」。「名建築」は本当に名建築なのか、それとも権威主義による幻覚なのか。工事現場監督の仕事をしていない(株)フジタ工業の「工事監督」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_5.html
3.北側から見て。道路側に窓、隣接ビル側は壁。補修用梯子、階と階の間の充填。50年で解体はひょっとこ建築の宿命か。真っ黒ビルは街を暗くする。「マンション住民に戸建住宅の設計させるとマンションみたいな戸建の家にする」説。未熟で基本を理解していない設計を「世界でただひとつの家」と勘違いしている人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_6.html
4.道路を隔てた向かいから見て。屋上の「塔」に隠された貯水槽など。住居表示では「銀座」でも「汐留浜離宮ビル」とする会社と山梨県なのに「西東京工場」とする会社の違い。建築の基本を理解していないことを「世界でただひとつの家」などという詭弁。エアコン室外機・灯油タンク・ダクト・樋は隠すかデザイン化する必要はあるか。「リフォームのナカヤマ」の押売り的営業。東京地裁の裁判官と「地方」の裁判所の裁判官はどちらがいいか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_8.html
5.南面・西面。隣室のプライバシー配慮の為の覆い? 「解体中」だからこそ遠慮なく見学可。「建築家」建物は長持ちしないか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_1.html
6.浜離宮・芝離宮・世界貿易センタービル・浜離宮建設産業ビル・朝日新聞社本社・築地本願寺・聖路加病院。舌やノドがヒリヒリする料理は高級料理ではなく化学調味料使い過ぎの可能性有。縁がなかった朝日新聞社。「あんたに世話になることは絶対にないんやからな」と言ってすぐに「息子の結婚式に出てくれ」と頼んでくるスポーツマン。「(株)一条工務店の遠州人」はロシア連邦の「はう国境線」みたいなもの。浜松での研修にひとりだけ遅刻してきて大きな顔して着席する浜松営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_2.html
7.新幹線で東京に来た人間の眼に入る位置のモニュメント建築「静岡新聞静岡放送東京支社ビル」・銀座の手前に駅を設けた旧新橋停車場・日本では厳しそうなフーターズ。銀座か新橋かで自転車買ってどうすんだろ。「うち」と「よそ」しか2社しか住宅建築業の会社がない「一条オリジナル」の世界観。戸建住宅建築は敷地が道路と高低差がある場合は門の位置・アプローチの取り方を考え、車庫はあらかじめ設けておいた方がいい場合はアドバイスするのが専門家ではないのか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_3.html
8.歌舞伎座ビル・銀座三越・晴海通り。大阪出店に際しての三越の傲慢。銀座通りと昭和通りの違い。銀座ピアスビルhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_4.html
【1】 ロシア軍のウクライナ侵攻に対し、EU・NATO加盟国がロシア連邦に経済制裁をおこなうのに合わせて「アメリカ合衆国のメカケ」である日本もまた経済制裁をおこない、ロシア連邦から「非友好国」と指定されるに至った。 ソビエト連邦末期のゴルバチョフのペレストロイカからソビエト連邦の解消により15の連邦共和国の独立に至る流れに逆行して、ロシア連邦が「社会主義でないソ連社会帝国主義」を復活させようとしているかのようだ。 かつてのソビエト連邦の時代においては東欧諸国やモンゴルなどは「ソ連の側」であったが、今では「ロシア連邦の側」はベラルーシと北朝鮮とエリトリアだけで、「中立国」が中国とインドとアラブ諸国・・となっている。
それで、日本もまたロシア連邦に「経済制裁」をおこなっているけれども、「経済制裁」というものはおこなうと相手が打撃を受けるとともに自分の側も打撃を受ける場合があり、物によっては相手はたいして打撃を受けず自分の側の打撃が大きいという場合もある。日本がロシア連邦におこなっている「経済制裁」というのは、ロシア連邦の政治家に対して打撃になるのか、もしかして、特にウクライナ侵攻に賛成しているわけでもない市民に打撃になってウクライナ侵攻を推進している政治家にはたいして打撃になっていないなんてことはないか。そのあたりは、どうもよくわからないところもある。
もしも、ロシア連邦国民全体に対して「経済制裁」をおこなうのであれば、それならば日本に在住しているロシア人に対してはどうなのか、という問題が出てくる。しかし、日本に在住しているロシア人の大部分は別にウクライナ侵攻に賛成したり加担したりしたわけでもないのではないか。だから、日本に在住しているロシア人の大部分の人に対しては「制裁」しても意味はない、むしろ、日本に対して好意的な人に対して攻撃するようなことになる可能性が考えられる・・が。
インターネット上のYouTube の動画を見ていたら、《YouTube-在日ロシア人に“誹謗中傷”ウクライナ侵攻直後に「内定取り消し」も|TBS NEWS DIG》https://www.youtube.com/watch?v=gvqs2CGLprY には、ロシア人の留学生が内定取り消しを通告された、という話が出ている。
そういえば、1976年3月頃、FM大阪で「シャリアピンステーキ物語」という放送があり、ロシアのバスの声楽家 フョードル=シャリアピンの話がされていたことがありましたが、「シャリアピンステーキ」というのはフョードル=シャリアピンが来日して東京の帝国ホテルに宿泊した際に、虫歯の治療をしていたことから通常よりも柔らかいステーキを作ってほしいと頼んで作られたステーキらしく、今も帝国ホテルの1階の「ラ・ブラスリー」というレストランで「シャリアピンステーキ」はメニューにある・・ようだ・・が、けっこう高いのでもっと安ければすぐに食べに行ってみたいものだが、「なにしろ、わしぁ貧乏やからな」てとこで、なかなか食べてみることはできない。
「ヴォルガの舟歌」とか貧乏人の労働者の歌を得意として歌っていた歌手が帝国ホテルなんて金持ち宿泊所に泊まって何千円もする特注のステーキを作らせるとは森鴎外『青年』(新潮文庫)では登場人物の大学生が「アートとライフが別のやつはだめだな」と言う場面があったが、そのあたりのシャリアピンというのは「アートとライフが別になっている」てことないのか・・なんてことを思ったりもしたが、インターネット上の記事によると特注のステーキを作らせたというのは虫歯が原因だったらしい。又、今の帝国ホテルを見ると、「地主はええなあ、ほんまにええなあ。わしは小作人で労働者で貧乏で。イギリス人はええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ。わしぁ日陰の月見草やからな」みたいな、そんな歌だらけのロシア民謡を歌っている歌手が泊まるというのは、それこそ「アートとライフが別になっている」のではないのか、と思うが、シャリアピンが宿泊した帝国ホテルの建物というのは、今は玄関ホール部分のみが愛知県犬山市の明治村に移築されているフランク=ロイド=ライト設計の帝国ホテルであり、明治村に行ってフランク=ロイド=ライト設計の帝国ホテルの中に入ってみれば、たとえ、ポリシーを曲げてでも、たとえ貧乏人であれ「労働者」であれ船曳人夫であれ、無理して身銭切ってでも泊まってみたい~いと思うようになる建物であり、「ヴォルガの舟歌」とか「ドビヌーシカ」とかを歌う者が泊まってはいけないホテルということはない・・と私は思う・・ように明治村の旧帝国ホテルを見て思った。私自身にしても、「高級ホテル」なんて泊まるガラじゃないと思ってきたが、愛知県犬山市の明治村に移築されているフランク=ロイド=ライトの旧帝国ホテルを見て、もしも、この建物に今も宿泊できるのなら、ポリシーを曲げてでも、身の程知らずのカネを身銭切って払ったとしても泊まってみたい、泊まりたいと思った。「フランク=ロイド=ライトの帝国ホテル」はそういう建物だ。あれはすごい! 今の帝国ホテルの建物は「普通の建物」だがフランク=ロイド=ライトの帝国ホテルはあれば別格というのか「普通の建物」ではない。
※ 《YouTube-フョードル・シャリアピン - トピック》https://www.youtube.com/watch?v=GYSPzlipZes

フョードル・シャピリアン~声の肖像 - シャリアピン, モーツァルト, プッチーニ, ボイト 他, アンリ・ビュセール, アルバート・コーツ, ロザリオ・ブールドン 他, パリ・オペラ座管弦楽団, ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団, ロンドン交響楽団, フョードル・シャリアピン, マリア・コヴァレンコ, ミシェル・コゼット 他

フョドール・シャリアピンの芸術(グランドマスター・シリーズ・エクストラ -GR編-) - シャリアピン(フョードル), ロッシーニ, グノー, ムソルグスキー, グリンカ, ボロディン, リムスキー=コルサコフ, ラフマニノフ

フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル - 信道, 明石, 修, 村井
その「シャリアピンステーキ物語」の最後に、親日家だったというフョードル=シャリアピンが「日本人とロシア人は世界で最もすばらしい2つの民族だ。この2つの民族は決して争うことがあってはいけない」と語ったと話されていたのだが・・・、シャリアピンのその言葉のようにはなかなかいかないようで悲しいことだ・・・が、「採用します。来ていただきたい」と言われてそのつもりで準備していたにもかかわらず、その後、採用取り消しを通告される・・ということは在日ロシア人でなくてもあることで、実は私もされたことがある。どこの会社にされたかというと、2000年代、「リフォームのナカヤマ」にされたのだ。
この稿を公開しようと考えたのは、前回、[第917回]《中銀カプセルタワービル【4/ 】道路を隔てた向かいから見て。屋上の「塔」に隠された貯水槽など。住居表示では「銀座」でも「汐留浜離宮ビル」とする会社と山梨県なのに「西東京工場」とする会社の違い。建築の基本を理解していないことを「世界でただひとつの家」などという詭弁。エアコン室外機・灯油タンク・ダクト・樋は隠すかデザイン化する必要はあるか。「リフォームのナカヤマ」の押売り的営業。東京地裁の裁判官と「地方」の裁判所の裁判官はどちらがいいか。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_8.html で「リフォームのナカヤマ」の「押売的営業」に強く不快感を覚えた件について述べたことより、「リフォームのナカヤマ」に応募して「採用」されたにもかかわらず、服のサイズの連絡をして、保証人も書いてもらった後になってから「採用取り消し」を言ってこられた、面接で会った担当者は「私は採用してうちでやってもらいたいと思ったのですが」と言い、そういう判断であったにもかかわらず、なぜか「取り消し」にされてしまった。こういうものを「採用取り消しは不当だ」と裁判所に訴えたとしたらどうなるか。どうなるか、よくわからないが、日本の裁判所というものを私はあまり高く評価していないし、面接で会った人は「来てもらいたいと私は思ったのですが」と言っていたわけですから、「リフォームのナカヤマ」の従業員でも、もしも入社したとしたならば「一緒にやっていきたい」と思ってくれる人はいたはずだが、「いったん採用したものでも取り消せ」と言いたい人間が同社のどこかにいた、ということであり、それが誰でどういう理由でそういったことを考えたのか、と考えると、そんなに特別に優良企業というわけでもなし、もういいか・・と考えたのだったが気分の悪い話だった。
だから、在日ロシア人の男性が「採用内定」と言われていたが、よくわからない理由で「取り消し」にされたというのは気の毒ではあるが、しかし、そういうことは「在日ロシア人」に限ったことではなく「日本人でもあること」である。
前回、「リフォームのナカヤマ」について述べたことを、ここに引用する。前回、読んでいただいた方は同じものなので再読していただく必要はない。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「リフォームのナカヤマ」のやつなんて、契約もらおうと飛込訪問で一軒一軒まわってくるだけでなく、「すいません。営業じゃないんです。近所で工事をすることになったので挨拶に来たんです」と言って表に出させて、それで「どこで工事されるんですか」と言うと、そこを左に曲がって右に曲がってずう~っといった先のなんたらかんたら・・・て、ちっとも「近所」じゃないだろうが、という場所です。近所で工事をするから工事の挨拶に来たのではなく、「近所で工事をするので挨拶に来たんです」ということで表に出てこさせた上で、お宅も外壁の工事をやりましょうと言うのです。やられた・・と思うと、その分だけ気分を害するので、その分だけ、そんなやつに頼むか
という気持に私などはなるのですが「リフォームのナカヤマ」はそうは考えないようでした。それだけではなく、「今、・・・について詳しいものが近くにいるので、後で来させて見させますよ」と言うので、頼む気がないのだから来てもらう必要もないので「いや、来てもらわなくていいですよ」と断っても、それでもまた「すいませ~ん。・・・について専門の者を連れてきましたからお願いします」と言う。「専門の者」をわざわざ連れて来たということなら、それなら顔を出すだけ出そうかと思って出て行くと、その「専門の者」というのがちっとも「専門の者」ではなく、まったく何もわかっていない。おそらく、それは「専門の者を連れてきましたから」と言うことで出てこさせるために、実際には別にその分野の「専門の者」でも何でもない者を「専門の者」だと言っていたのでしょう。2回もやられてしまった、こん畜生、気分悪いな・・と思っていたら、そいつらが、「どうぞ、入ってください」とこちらは言っていないのに勝手に敷地の奥の方まで入っていく。それは「お帰りください」と言われないように、言われても出ないことで粘れるようにということです。品の悪い営業だなと思いました。3回目やられた。中にはそういう営業を好む人もいるのでしょうけれども、私はそういうやり方をする人というのは好きではないのです。「リフォームのナカヤマ」というのは「ほとんど押売り」なのです。そこまでのやりとりで、こちらは「こいつはリフォーム工事の担当を頼まない方がいい人間」と判定しました。さらには、隣家との距離がほんのちょっとしかない我が家の隣家との間の外壁を「タイル貼りに変えたらどうでしょうか」などと言うので、「何を言ってるんですか。こんな所をタイル貼りにしても誰が見るんですか」と言ったのだが、ところが「リフォームのナカヤマ」というのはその程度のことを言われてもめげない。「いいですよ。ものすごくいいですよお」などと言うので、「なんで、いいんですか。何を言ってるんですか」と言ったのだが、ところがどっこい、「リフォームのナカヤマ」はそれでもめげない。「客の為」なんてちっとも考えていない。「いいじゃないですか。この面の壁をすべてタイル貼りにしましょうよ。いいですよお。ものすごくいいですよ」と言うので「誰にとっていいのですか。お宅にとってもうかるからいいと言うのですか」と言ったのだ。言っても言っても理解しないのが「リフォームのナカヤマ」だった。こいつ、本当によく言うよなあ・・とあきれました。ビル建築ならば ↓ の写真の中銀カプセルタワービルの東隣の2軒のビルの裏面みたいな面にカネかけて全面タイル貼りにしろなどと言うのですよ( 一一) ほんと、こいつ、よく言うよなあ・・とあきれました。
それを「いいじゃないですか」「いい~ですよお」だのと言うのです。もし、判断能力のないお年寄りとかならそれで契約とるつもりだったのでしょう。許しがたい詐欺師野郎です。営業と詐欺は違いますが、この時の「リフォームのナカヤマ」の連中の態度は「押売的」であるとともに詐欺師です。但し、リフォーム屋の場合は建設業の認可さえなくてもリフォーム屋をやるのは認められると聞きますし〔新築屋は建設業の届け出くらいしていないと営めないのですが、リフォーム屋は建設業の届け出すらなくてもできるらしいのです〕、いいかげんな業者・いいかげんな営業が新築屋以上に多いかもしれません。2005年、千葉県などで複数の店舗を持つ(株)ウッディホームhttps://www.woodyhome.com/ の船橋店にいた時、営業の遠藤(男。当時、50代)が担当の市川市行徳の契約客宅の工事を見にいったところ、肉眼で見てはっきりと傾いている家の内装工事のリフォームの800万円以上かけさせて、洗面台からなんたらかんたらを新しくさせた・・て、言っちゃなんだが、建て替えた方がいいのではないかと思われる家に800万円もかけさせる、しかも、お施主さんが道路から見て「遠藤さん、この家、傾いてないですかねえ」と言っているのに、遠藤は「いえ、傾いてないですよ、全然」などと言ってしらばっくれる。それでは詐欺だろうが、詐欺! この詐欺師! 8百何十万円もかけるのならば、アイダ設計ならあともうちょっと出せば新築できるのではないか。
〔 さらに言えば、私は自分が住んでいる家のリフォームでも「グレードアップのリフォーム」ならば自分がやりたければやればいいし、やりたくなければやらなくてもいいし、やるとしても都合がいい時期にやればいいのだけれども、「補修工事のリフォーム」というのはやりたくなくてもやらないわけにいかないし、カネがなくてもやらないわけにいかないし本当に大変だということを経験して実感してきたのだが、そういう経験と実感のない人というのが住宅建築業の会社に勤めている人でもいるのです。2011年に東日本大震災が起こり、千葉県でも倒壊まではしなくても部分的に損傷を受けた家はけっこうあったはずです。たとえば、浦安市の埋め立て地の地域、JR京葉線「舞浜」「新浦安」駅が最寄駅の戸建住宅の建つ地域などは、もとからが埋め立て地ですから地盤はいいわけなくて、影響はあったはずで、東日本大震災の後、行ってみると道路から「液状化」で水が噴き出したのかと思われる跡がありました。被害は道路だけではないはずです。ところが、2014年、アイダ設計の行徳店の店長やっていた小川くん(男。当時、20代)は「浦安市の舞浜とか新浦安とかの地域なんて金持ちが住む地域なんだからアイダ設計でなんて建てるわけないんだから」などと勝手に決めつけていましたが、この男は賢くないなあ〔「賢くない」というのは住宅建築業の会社の従業員として、特に住宅建築業の営業として、という意味です。他の部分で賢いか賢くないかは論じていません〕・・と思いました。なんで、勝手に決めつけるの?
小川くんの認識が間違っているのは、まず、浦安市の「舞浜」「新浦安」が最寄駅の地域というのは「金持ちが住む地域」と勝手に決めつけていますが、田園調布とは違うのです。小川くんは知らないようでしたが、埋め立て地とはいえ、東京に行くのに便利で近い場所なので人気があって、土地の値段はけっこう高い値段がしたとはいえ、田園調布なんかと違って「普通の人」が住んでいる地域なのです。どんな「普通の人」が住んでいるかというと、たとえば、うちの親戚でも住んでいる人間が複数いるのです。だって、うちの親戚だって住んでるんだもん、その程度の地域なのです。そういう人というのは、せいいっぱい頑張って「舞浜」「新浦安」のあたりの「土地+建物」 を購入したのです。「せいいっぱい頑張って購入した」ということは、そんなに無茶苦茶余裕があるわけではないのです。そこに東日本大震災が起こったのです。「グレードアップのリフォーム」ならばおのれの懐具合を考えて予算を考えて進めるかやめるか決められますが、ところが地震で損傷を受けて「補修のリフォーム」の必要が出てくると「やらないわけにはいかない」のです。それも予定していなかったのに「やらないわけにいかない」のです。「舞浜」「新浦安」に住んでる人というのは、埋め立て地の分譲地を買った人ですから、それも、「せいいっぱい頑張って購入した」人ですから、そこに突然、大地震が起こって家が損傷を受けた、「補修のリフォーム」をしないわけにいかない・・となった時、それは大変こたえるのです。「カネみたいなもん、あり余ってる」と(株)一条工務店の「初代社長」みたいなこと言うひとも中にはあるかもしれませんが、そうでない人の方が多いと思います。うちの親戚もそうです。なにしろ「普通の人間」ですからね。「普通の人間」が「せいいっぱい頑張って購入した」という「土地と建物」で建物が大地震で損傷を受けたという場合、地震保険に加入していた人と加入していなかった人があると思いますが、加入していた場合でも「火災保険の半分まで」という制約が地震保険にはあります。どうしたものか・・と思った時ですが、三井ホームとか三菱地所ホームとか、あるいは(株)一条工務店とかいうのはリフォーム屋と競合にはならないのです。「補修のリフォーム」より間違いなく高いし、「ちょっとだけ」高いのではなく、「補修のリフォーム」が少々高い値段がかかったとしても、それでもリフォームと比べたら相当高いのです。それに対してアイダ設計の場合はリフォーム屋と競合になるのです。それこそ、(株)ウッディホームの船橋店の遠藤がどう考えても「だました」としか思えない契約、社長の細木さんは「遠藤くんが高額物件の契約を取った。高額物件の遠藤くんだ」などとアホなこと言って喜んでいましたが〔社長が実質詐欺の契約をそんなこと言って喜んではいかんのではないか、と思ったのですが喜んで称賛していました。細木さんは倫理研究所(=倫理法人会)の熱心な信者でしたが倫理研究所の「倫理」なんてそんなものです〕、はっきりと肉眼で見て傾いているのがわかる、測量機器で測量したら傾いていたという程度の傾きではなく、肉眼でひと目見ただけでたいていの人間にわかるくらい傾いている家を、何とかしないと倒れたら隣家に対して賠償しなきゃならないことになるのではないかというような家を、それをどうもしないだけでなく、柱の横にもう1本柱材をぺったんことくっつけるなどという意味のないことまでさせて、それで八百何十万円も取ったのですよ。あの詐欺師は。詐欺師と言うと怒るかもしれないけれども、現実に詐欺師でしょうが。意味のないものにカネかけさせて。もしも、実際に契約する前に、この家は傾いていますよ、これは「補修のリフォーム」で直すというのは簡単ではありませんよ、それをそのままにした上で洗面台に浴室にシステムキッチンに何にと入れ替えて八百何十万円もかけていいのでしょうかといったことを正直に話した上で、それでもやってくださいと言われてやったのなら詐欺ではないけれども、「遠藤さん、この家、傾いているように思うんだけどねえ」とお施主さんが言っているのに「傾いてないですよ。全然♪ どこが傾いてんですか」などととぼけてみせる、私が「遠藤さん、あの家は傾いていますよ」と言っても遠藤は「なんで、そんなこと言わなきゃいかんのよ。黙って契約してもらえばいいことだろうが」などと平気で言ったのですから、詐欺です。詐欺師です。少なくとも私の基準では詐欺です。その家、「リフォーム」で八百何十万円もかけたのです。三井ホームで新築するなら、(株)一条工務店で新築するなら、「あとちょっと」では新築できませんが、その点、アイダ設計なら「あとちょっとだせば新築できる」というケースがけっこうあるのです。だから、「いいかげんな『リフォーム』にカネかけるくらいなら、あともうちょっと出してアイダ設計で新築した方がよっぽどいいのではないか」というケースがあるのです。それをアイダ設計の行徳店の店長だった小川くん(男。当時、20代)は「そんなもの、舞浜とか新浦安とかに住んでる人がアイダ設計でなんて建て替えるわけない」などと勝手に決めつけていて、しかも、言ってあげてもききそうになかったのです。
もうひとつ、小川くんは「舞浜」「新浦安」付近にアイダ設計が建てたなら周囲の家に見劣りすると思ったかもしれませんが、そうでもないのです。あのあたりは三井不動産と京成不動産が分譲していたはずですが、結論として「建売」ですからね。土地だけの区画もあったかどうか私はわかりませんが、三井ホームは三井不動産から独立した会社ですから、三井不動産の方のものを買った場合は建物は三井ホームのものだったようですが、三井ホームといっても請負で三井ホームで建てる場合の建物と同じではないわけです。だって、建売ですもん。私は実物を見て知っているのです。うちの親戚の家もそうですが、(株)ウッディホームにいました時、あまり詳しいことを言ってしまうとどこかわかってしまってもよくないとは思いますが、「新浦安」だったかの土地建物を購入された方のお宅にうかがったこともあるのですが、中古住宅を購入されて住んでみたら、購入前に気づかなかった問題が見つかったということでした。とりあえず、不動産売買の契約がどうなっていたか確認された方がいいと思いますと私はその方には言ったのです。「土地だけの契約」で建物は現実にそこにあるけれどもどんな問題点があっても売主は責任は負いませんという契約なのか、「土地+建物」としての契約なのか。そのどちらで購入された場合であっても、その建物にそのまま住めるだろうと思って買われた方というのは、やっぱり、せいいっぱい頑張って買ったという場合が多く、そこに「補修のリフォーム」の費用をかけるというのは、やっぱりきついのです。だからといって、アイダ設計で建て替えるかという問題はあるとしても、ひとつの選択肢ではあるのです。比較的高い建築会社で建て替えるような費用なんてないか、あってもかけたくないという場合、「補修のリフォーム」の費用をかけるか、そうではなくてアイダ設計で建て替える・・というのは選択肢のひとつとしてはあると思うのです。
そのあたりを考えてみるのが営業ではないのか・・と私なんかは思うし、そのあたりを考えることができる人間とできない人間で差が出るのではないかとも思いますが、頭の固い人はそういうことを考えようという思考がないようです。小川くんの場合は、小川くんの父親が私より5歳ほど年下でアイダ設計で土木部長だかをやっていたことからの縁故入社らしく、弟もアイダ設計に勤めていて、父親は一般従業員に対して「うちの一族はみんな、血のけが多いんだから覚えておけよお」などと脅すような文句を日常的に口にしていたそうで、アイダ設計の小川三兄弟というのは亀田三兄弟みたいなもので、腫れ物にさわるみたに思っていた従業員が少なくなかったみたいでしたが、そうでなかったら私にしても教えてあげたのですよ。それこそ、うちの親戚の者でも、東日本大震災で住んでいる家は何らかの損傷を受けた可能性は考えられるのだけれども、「補修のリフォーム」をするとしてもけっこうかかるでしょうし、そういう場合に建て替えるとしても、最初に購入する時においてもけっこう頑張って購入しているし、地震があったからといって、またもや、三井ホームとかで建て替えるなんて、そんなカネはかけたくない・・と間違いなく思うはずなのです・・・が「アイダ設計ならばリフォーム屋との競合になる」、「補修のリフォーム」にカネかけるなら、「あとちょっとだせばアイダ設計なら新築できる」というケースがあるわけで、そういう場合に契約してもらえる可能性というのはあるはずなのですよ。さらに、アイダ設計という会社はそのあたりについては融通をきかす会社で、「見得」があって「アイダ設計で建てた」と思われるのは嫌だという人が相手の時には会社の看板とかできるだけ出さないようにして建てるとかいったことには対応する会社だったのですから、「補修のリフォームにカネかけるなら、あとちょっと出してアイダ設計で新築した方がいいか」という人の契約を取得する・・ということは可能性としてありえたはずなのです。それを「舞浜とか新浦安とかに住んでる人なんてアイダ設計で建て替えるなんてあるわけない」と勝手に決めつけている・・というのは「頭が固い」「思考が硬い」のです。父親からして、私より5歳ほど年下だったらしいのだけれども、「うちの一族はみんな血の気が多いんだから気をつけろよ」などとチンピラみたいな文句を日常的に他の従業員に言っていたというのだが、言葉だけでなく雰囲気もそんな感じだということでしたが、私ならそういう文句は口にしないな。そういう文句をあらかじめ口にしていたならば、本当に闘わないといけない時、本当に争わないといけないことがあった時に争いにくくなる、闘いにくくなる。それをわかっているならば、そういうチンピラみたいな文句は口にしておかない方がいい。普通の会社に勤めて「亀田オヤジ」みたいなこと口にしてどうすんだよ。私ならそのあたりを考える。アホやろ、そいつ・・・て感じでした・・が、そんなもので、アイダ設計というのは三井ホームとか(株)一条工務店とかと違って「リフォーム屋と競合になる」「リフォーム屋との競合で新築の契約を取得できる可能性がある」という会社だった《特に私はリフォーム屋の(株)ウッディホームで現実にそういうお客さんを見て実感した》のですが、アイダ設計にはそれに気づいていない営業がいて、そういう人で「店長」になっている人がいたのでした。 〕
それで、「リフォームのナカヤマ」については、私などは自分自身が住宅建築業の営業の仕事を長くやってきた人間だから、営業の人間が来たならできるだけ顔を出して断るものならきっちりとお断りの返事をしてあげるようにした方がいいと思ってきたけれども、又、「少々しつこい」くらいなら「契約してもらおうという意欲がまったくない」よりよっぽどいいと思っていましたが、その後、「リフォームのナカヤマ」に関しては、その後、何度来ても絶対に表に出ないようにした。「リフォームのナカヤマ」がやっていることというのは、それはイソップの寓話の「北風と太陽の話」の「北風」みたいな態度であり、「すいませんが、外套を脱いでいただけませんか」とお願いすれば脱いでくれる可能性があったような人に、強風を吹かせることで「何がなんでもこいつには脱がされてたまるもんかあ」と必死になって外套を押さえつけるようにしむける・・というそういう態度でした。ああいうのはやらない方がいいよ、あんなことしたら、会社の評判まで下げるよ・・と私などは思ったのですが「リフォームのナカヤマ」というのはそういうやり口をやらないとおれないシンドローム の会社だったのでしょう・・と思っていたら、「リフォームのナカヤマ」は一時はけっこう勢いがあったと思ったのにつぶれて、やはりつぶれたエスバイエル(株)と同じくヤマダ電機に買収されて、今では新築部門のエスバイエル(株)と「リフォームのナカヤマ」はいずれも(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ になったようです。やっぱり、あれは「つぶれるやり方」だったのか・・どうか、そのやり方でやって契約する人だってゼロではないでしょうから、そこまで断定はできないかもしれませんが、あのやり方で契約してもらえてもしてもらえなくても私はああいうやり方は気にくわん! (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫などもその「リフォームのナカヤマ」のやり方みたいのが好きだったようですが、そういう人というのは、そのやり方が成果が出るからではなく、その人がそういう根性しているから、そのやり方で売れても売れなくてもその人がそれをやらなきゃおれないシンドロームの「ほとんどビョーキ」の人だからそれをやるみたいですね。「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく、彼らはそれらを足で踏みつけにし、向き直って噛みついてくるであろうから」と『新約聖書』「福音書」にイエスの言葉が出ていますが、その言葉の通りで、うかつに親切心だして言うと「彼らはそれらを踏みつけにした上で、向き直って噛みついてくる」ことでしょう。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「リフォームのナカヤマ」については、その後、何の縁だったかで私が応募することがあって「採用」の通知をもらい、入社までに服を用意する必要があるので服のサイズを教えてくださいとか言われてサイズを話して「保証人」の署名もしてもらって入社する予定にしていたところ、採用担当者から電話があって「私はうちの会社に来て勤めていただきたいと思っていたのですが、上役から採用するなと言われてしまいまして、誠に申し訳ありませんが、今回はこちらから採用を辞退させていただくということでお願いしたい、と言ってきたのだ。
どうも、これまで私が勤めた会社の人間で私に対して卑劣な誹謗中傷を広めている者がいるようなのだ。それも、個人として「困った人」がいるということであれば、実際問題として世の中には「困った人」というのはいるし、そういう人とはできるだけかかわらないようにするとかいった対処しかやりようがないであろうけれども、その程度のことではなく、会社として私に対して誹謗中傷をおこなっているのではないかと思われるようなものがあるのだ。
今現在では、前勤務先に問い合わせてはいけないことになっていたと思うのだが、もしも私が経営者であるか、もしくは人事部長か採用担当者であったならば、その立場の者として最も大事なことといえば、それは眼と耳とであれば「耳よりも眼を信じる」ということだ。「眼よりも耳を信じる」症候群の人というのは、そうい:う人は採用担当者とか人事担当者はやめた方がいいと思うのだ。
野村じいさんだって、江夏が阪神から南海に移籍してきた時、江夏は「江夏がいるから優勝できない」と言われ、江夏自身は、それこそ、1969年だったか、9月まで阪神と巨人が優勝を争った年などは、9月に真ん中の日のダブルヘッダーを挟んで3日間に阪神と巨人の4連戦があった時、首位の巨人に2.0ゲーム差話されていた阪神は初戦:江夏、第二戦:村山、第三戦:バッキ―の先発で、第四戦で中1日で再び江夏の先発で4連勝を狙い、結果としては第三戦でバッキ―が王に対しての内角攻めに荒川がつかみかかり乱闘となって、乱闘の中でバッキ―が指を骨折し、次いで登板した権藤が王の頭部に死球をぶつけた後、長嶋にホームランを打たれて負けたが、江夏は初戦は延長まで投げて完投勝ち、中1日の第四戦も先発して勝ったといった、そういう相当無理もして投げてきたにもかかわらず「追い出された」形になり、「なんで阪神を出なきゃならんのだ」と江夏は怒ったが、「あんな問題があるやつ、つかえまへん」などと言われて出されたが野村は実際に会って話してみて「そんなことない」と言ったというが、耳と眼とどちらを信じるかという時におのれの眼よりも耳を信じる人間というのは人事担当者とか採用担当者とかはやめた方がいいと思う・・・が、眼よりも耳を信じる人間というのは現実に存在している。それも決して少数派ではない。
個人としては、1990年代、(株)一条工務店 の福島県いわき市の営業所にいた時、同じ営業所にいた「がばいじいちゃん」佐藤のじいさん は自分ひとりで営業の仕事をこなせない人であり、周囲の従業員が助けてあげていたのだが、いわき地区の営業所にいた人間で佐藤のじいさんを一番助けてあげていたのは誰だったかというと私だ。ところが、この人とかかわると、こちらが被害を受けることがある。たとえば、私が外出中に私あてにお客様から電話があったとすると、この人は伝えるのを「忘れる」ことがある。「なんで、伝えなかったんだ」と言っても「おまえが悪いんだ」と言うのだ。普通、伝え忘れたといったことがあると「申し訳ない」でも「すいません」でも「ごめん」でも言うものではないかと思うのだが、この人は絶対に言わない。「おまえが悪いんだ」と被害者に向って言うのだ。お客様に対しても同様の態度を取ることがあり、本来、自分の方がミスをしたのなら「すいません」でも「申し訳ありません」でも言えば、「申し訳ありません」と言って謝っているのだからそれ以上責めてもしかたがないとなる場合でも絶対に謝らない。そういう態度を私なども何度も取られてきた。
それだけではなく、佐藤のじいさんは自分の対応が不適切であったことから私に迷惑をかけた・・となると、謝るのが嫌なものだから逆に私に対して誹謗中傷を広めたりすることがあるのだ。そういう人なので、だから、私は佐藤のじいさんとは深く関わらないようにしたかったのだ。それで、福島県浜通り地区の営業所長だった草野次男さんに、「いわき市には営業所(展示場)が4店舗もあるのですから、佐藤さんを私と同じ営業所(展示場)に配属しないでください。佐藤さんを他の展示場に配属するか、私をいわき市の他の展示場に移すかどちらかしてください」と訴えたのだった・・・が、ところが営業所長の草野次男さんは「おめえはそこでえ」と言って、嫌がらせとしか思えないのだが、逆に私がその人を私にくっつけないでくださいと訴えた人を私にくっつけて離れないようにしたのだった。これは労働契約上の「保護義務違反」と評価されるものであるが、わざわざ、嫌がらせとして、その人に困っているのでその人と別の営業所の配属にしてくださいと訴えているのに、わざわざくっつけるということを(株)一条工務店はしたのだった。
又、いくらなんでも、あんな「がばいじいちゃん」の言うことなんか本気にする人間なんておらんだろう・・などと思っているとそうでもないのだ。そこが難儀なのだ。本当に「往生しまっせ」てものだ。
※ 「がばいじいちゃん」⇒《YouTube-VKFエンターテインメント 2015.10.11 がばいじいちゃんvs春山香代子》https://www.youtube.com/watch?v=5eY77YVBCIY
『福翁自伝』で福沢諭吉は自分は人に対してどんなことがあっても手をあげたことがないし、人に手をあげて「言うことをきかす」といったようなことはするべきではないと思ってきたということを述べている。但し、唯一、慶應義塾、まだ大学になる前の「塾」としての慶應義塾の塾生で酒を飲んで夜遅くに帰ってくる者がいて、けしからん、しばらく正座しておれと言って正座させたところ、福沢諭吉が戻ってくると平気でうたたねをしておったということから、こいつ、けしからんとポカンと一発殴ってしまったということがあったと正直に述べていたのだが、私もまた、「体育会系」の人が奨励する「殴るということこそがスポーツなんだ」とかいうような考え方は間違いだと長く考えてきたし、スポーツであれ何であれ、そういう「指導」は指導と考えるべきではないし、『毛沢東語録』(河出書房新社)には人民義勇軍の「三大規律」「八項注意」というものが書かれていて、そこには「話は穏やかに」「殴らない、怒鳴らない」「捕虜を虐待しない」「婦人をからかわない」「人民からは針1本、糸1本とらない」「敵から奪ったものは公共のものとするか分配する」「借りたものは必ず返す」「壊したものは必ず直すか弁償する」・・といったことが書かれているが、そういう姿勢の団体とその逆の団体とでは結果にも差が出ると思われる。だから、私はずっと「話は穏やかに」「殴らない、怒鳴らない」と心がけてきたのだが、又、犬養毅が5・15事件の際に「話せばわかる」と言ったという言葉は有名だが、しかし、会社という所に勤めてみると、話してわからせようとしても無理( 一一) ・・という人が現実にいるということがわかった。わからせるには殴るか何かしないと無理という人が現実にいるということがわかったが、しかし、だからといって「殴る役」をさせられるのは嫌なので、そういう人とはできるだけかかわらないようにして、又、それでも無理な場合は会社・使用者に対して、その人とは別の場所に勤務させてもらえないかといったことを求めるというようにするしかないと思うようになった。(株)一条工務店で福島県浜通り地区においては佐藤のじいさんは、私はまとわりつけばめんどう見てくれると思ったようで、又、めんどう見てもらってきた人間に対しては感謝の気持ちをもって良さそうなものだったが、ところがそうではなくて、自分が私に迷惑をかけると自分が責められるのではないかと思って、「すいません」とか「ごめん」でも言えばいいところを逆に私に対して誹謗中傷をひろめたりといったことをやった人であり、だから、私はこの人のめんどうは見れないと判断して、営業所長の草野次男さんに「佐藤さんとは別の営業所の配属にしてください」と求めたのだった・・が、私がそう言うと逆に嫌がらせとしてそういう人を私にくっつけるというのが(株)一条工務店という会社だったのだ。

新訂 福翁自伝 (岩波文庫) - 福沢 諭吉, 富田 正文

毛沢東語録 (平凡社ライブラリー) - 毛 沢東, 実, 竹内
人間、生きておれば、なんでこの人に嫌われなきゃならんのだという相手に嫌わることがある。殺されたのではないかと思われる事件があった時に新聞には「人から恨まれるような人ではなかったという」とか書かれている時があるが、又、推理小説にもそのようなことが書かれているようなことがあるが、人間というのは人に恨まれるようなことをしたから恨まれるというものではなく、恨まれるようなことなんてしていないのにという場合に恨まれることだってあるのだ。だから、そういう記事を書いた人というのはそのあたりについての認識を間違えていると思う。そして、私自身についても私が恨まれるようなことなんてしていないのに、むしろ、感謝されてもいいはずなのに恨まれることがあっても、又、個人が私についてありもしない悪口を言うことがあっても、「いちいち気にしない」ですますようにした方がいいと思ってきた。フリードリヒ=ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』では「ツァラトゥストラ」は「汝らの氏名は蠅叩きとなることではない」と述べているが、実際、蠅叩きとなってしょーもないやつをポンポコ叩いて人生の時間を費やすというのは愚かではないかと思ってきた。しかし、それではすまない場合というのがあるようなのだ。個人ではなく、組織としてやっているとしか思えないものがある。
私が応募した会社に対して私に対する誹謗中傷を加えている者がいるらしく、又、私が応募して採用された会社に私に対する誹謗中傷を加えている者がいるらしいのだ。(株)エイブルhttps://www.able.co.jp/ は私を採用した会社だが、どこからか私に対する誹謗中傷を仕入れてきていた。まったく、ちっぽけな野郎だなあ・・ですませる限度を超えている。
そして、「リフォームのナカヤマ」(・・→(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ )は面接で会った相手は私を採用したいと判断し、採用の通知をおこない、服のサイズも測り、そして保証人の署名まで用意させておいて、その上で「採用取り消し」を言ってきたのだ。
それ以外の会社に対しても、同様の就業妨害をされていると思われるものがある。

内部告発と公益通報―会社のためか、社会のためか (中公新書) - 櫻井 稔
![セルピコ [DVD] - アル・パチーノ(野沢那智), ジョン・ランドルフ(宮川洋一), ジャック・キーホー(宮田光), ビフ・マクガイア(西村晃), トニー・ロバーツ(野島昭生), シドニー・ルメット](https://m.media-amazon.com/images/I/51mIGV2UNQL._SL500_.jpg)
セルピコ [DVD] - アル・パチーノ(野沢那智), ジョン・ランドルフ(宮川洋一), ジャック・キーホー(宮田光), ビフ・マクガイア(西村晃), トニー・ロバーツ(野島昭生), シドニー・ルメット
私がこのブログにおいて過去に勤めたことがある会社について述べたものなどは、すべて事実であり、すべて本当のことであるのに対して、私が受けた誹謗中傷は「あることないこと」ならまだいいのだが、「ないことないこと」言われていると考えるしかないものだ。
1980年代前半、私がアルバイトで勤めたある会社で、ある女性社員の人から「女の子の多い会社って、うるさいよお~お」と教えてもらったことがあったのだが、しかし、私自身が正社員として会社という所に勤めた経験からすれば、「うるさい」のは「女の子」に限ったことではなく、男もまた「うるさい」のだ。 元外務省の佐藤優氏がモデルの『憂国のラスプーチン』という漫画で佐藤優氏がモデルの憂木護という人物に担当の女性弁護士が「男の人は『女は嫉妬深い』と言いますけれども、男の人の嫉妬ってすごいですねえ」と話し、佐藤優氏がモデルの憂木護が「そうですよ。『女の腐ったの』は女にいるのではなく男にいますから」と語るという場面があったが私もそう思う。「女の腐ったの」は女にいるのではなく男にいるし、会社という所に勤めると、その「女の腐ったの」に困らされることが少なからずある。

憂国のラスプーチン 全6巻完結セット (ビッグ コミックス) - 佐藤 優

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて―(新潮文庫) - 佐藤 優
ヴィクトル=ユーゴー『レ・ミゼラブル』では、刑務所を出所した後、マドレーヌと名のり事業に成功して経営者になったジャン=バルジャンは、自分自身が過去に窃盗で刑務所に入った経験がある人間であるからこそ、雇ってほしいという人があれば、人間にとって大事なのは過去よりも現在であるとして、現在、真面目に働きたいという人である限り、過去に少々何かあっても関係なく採用するようにという姿勢をとってきたが、ところが、ジャン=バルジャンが知らないうちに「私生児がある」という理由で追い出されてしまったのが、それが後にジャン=バルジャンが養父として育てることになるコゼットの母親だった。
仕事を失うということがどれだけ大変なことか、ということを考えると後に勤めた会社にまで卑劣な誹謗中傷を加える者・就業しようとした会社に就業妨害を目的に誹謗中傷を加える品性の賤しい者というのは許しがたいし、そういう人間が経営者の会社というものも、会社として評価できる会社ではないであろう。
【2】 そういえば、2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県南部営業所の佐野展示場に南部営業所の「副所長」(という肩書だが役割は「所長」)の木下(男。当時、40代前半)が、佐野展示場の事務所で「業者でうちの会社をやめた人を採用する業者があるけれども『うちの会社をやめた人を採用したら仕事をもらえると思うたら違うで。逆やで。うちの会社をやめた人を採用したら仕事をまわさんで』と言ってるんだ」などと言っていたのだが、貧困な思考である。自社を辞めることになった人が出た場合には、もし、つきあいのある会社でその人を採用しようという会社があったなら、「できるだけ、採用してあげてほしい」と頼んでいいはずのものであろう。それを「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんぞ」とは何だ、その言い草は!
業者は(株)一条工務店の仕事を通じて知り合った人が(株)一条工務店をやめたという場合に、(株)一条工務店にその人がいた時につきあっていた時のことから、この人ならと思って採用したか、中には他でもとからやめたその人と知り合いだったという場合もあるようだが、(株)一条工務店をやめた人が業者の担当者になった場合、その後も(株)一条工務店に勤務している人間と知り合いなので、「あの人に仕事をまわしてあげよう」ということになったり、「あの人になら頼んで大丈夫だろう」と思って依頼したりして、それでそうでない場合よりもうまくいくという場合がある。もちろん、ケースバイケースではあるが、「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんから覚えとけよ」とは、よくもまあ、そういうことを言うもんだと思う。木下はおそらく(株)一条工務店の上役からそう言えと言われて言っていたのであろう。私が営業所長(もしくは「副所長」)であったなら、上役から「『うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんから覚えておけよ』と業者に言え」などと上役から言われても、「はい、はい」と言ってそこで話は止めて、実際に業者にそんな哀しいことは言わない。それが所長の仕事だろう。木下はそれをそのまま言うというあたりが、あまり賢くないのであり、そのあたりが「高卒の所長」の特徴がでている、「やっぱり高卒の所長やな」と言わざるをえない・・が、(株)一条工務店の経営者としては、私のように上役から「『うちの会社をやめた人間を採用したら仕事まわさんから覚えておけよ』と業者に行っておけ」と言われても会社の為を思って、「はい、はい」とその場で返事しておいて実際にはそんなアホなことは言わないという人間はおもしろくないようで、木下のように言われた通り、アホなことを言う人間を喜ぶようだ。要するに、(株)一条工務店のオーナー経営者というのは「高卒中卒の所長」を喜ぶ経営者なのだ。
1980年代、私がまだ20代だった時、最初に正社員型で勤めた会社で人事総務部の課長になっていた東大卒の某さんが部長から「誰誰に・・と言ってこい」と言われても、「はい、わかりました」と言ってそのままは言わないようにしたり、あるいは、そんなことやるわけにいかんだろうと思った時には「はい、わかりました」と言ってやらずに、「なんでやってないんだ」と言われたら頭に手をやって「ああ、申し訳ありません。忘れてましたあ」と実際には忘れていたわけではないのに言ったりといったことをしていたので、この人はこういう人ができる人なんだと思って見ていたことがありました。その時点では私はそれはできなかった。しかし、それから何年か後、私自身が普通にやるようになった。特別、何か練習したわけでもない。何か練習したわけでもないが、(株)一条工務店の中卒の営業本部長とかは、いくらなんでも、そんなこと言うわけにいかんだろうがということを言えといったりするわけだし、「そんなこと言うわけにはいきませんでしょ」と言っても理解する頭のない人なのだから、そうなると、「はい」と返事した上で「すいません。忘れてました」ということにするか、そうでなくても、10やれと言ってきたことを1か2だけやってやったことにするとか、そういった対応をするしかないではないか。これは会社という所においては所長とか部長・課長とかいった役職をもらった人間の仕事のひとつ、能力のひとつだと思うのだ。それをできなければ所長とか部長とか課長とかの価値はないことになる。どうすれば、そういう能力が身につくのかといっても、普通に会社員やっておれば、「そんなわけにいかんだろう」ということを言わそうとする上役とかでてくるわけだから、身につくとかつかないとかでなくてやらなきゃしかたがないではないか・・と思うのだが、ところが(株)一条工務店の「高卒の所長」にはそれをできない人が多いのだ。 「学歴で人を差別してはいかん」とか言う人がいるが、別に「差別」を奨励するわけではないが、(株)一条工務店だけではなく、高卒の人で役職をもらった人というのを見ていると、そういうところで「あかんなあ~あ」と思われる人が多いというのは事実だ。人にもよるということはあるかもしれないが、しかし、「あかんなあ~あ」という人を(株)一条工務店では大量に見せられた。(株)一条工務店の場合は高卒の人の中でも、むしろ、そういう「あかんなあ~あ」というような人をオーナー経営者一族は喜ぶという面があったみたいで、その結果として、この人は高卒でも比較的悪くないのではないか・・と思われる人はオーナー経営者にはあまり好かれない・・という傾向があったみたいだ。「この程度のオーナー経営者の会社にはこの程度の人間」というのが評価されたということなのかもしれない。そんな会社によくまあ11年余りもいたものだ・・と思う。アホちゃうか、という面もあるが、よくまあ、そんな会社であそこまで頑張ったものだ、よく頑張ったねと自分で自分をほめてやりたい気もしないことないのだが、同時に「アホちゃうか」という面も現実に認めざるをえない・・と思う。
「業者」といっても2通りあって、(株)一条工務店が請けた仕事の下請けの仕事をまわしている「業者」と、そういうことではなく、解体とか外構とかいった仕事は(株)一条工務店の場合は、(株)一条工務店として仕事を請けるのではなく、営業が解体業者・外構業者をお施主様に紹介して仕事をしてもらうようにしていたので、解体・外構の業者としては(株)一条工務店の浜松の人間が浜松に1割よこせとか言うが、「なんで、(何もしてない)浜松の人にあげなきゃならないの」と思うのが普通で、実際「なんで、(何もしてない)浜松の人にあげるんですか」と言った業者もあったようだ。そうではなく、もしも、あげるのであれば、実際に自分の所の会社にまわしてくれた人に渡したいと考えるものだ。(株)一条工務店をやめた人間を採用したならば、(株)一条工務店の営業と知り合いであるから、仕事をまわしてちょうだいよと言われれば(株)一条工務店の営業は人情として、それまで一緒に仕事をしていた人に仕事をまわしてあげたいと思うものだし、又、(株)一条工務店の仕事の流れを知っている人に頼んだ方がそうでない人に頼むよりうまくいく場合は少なくない。
不動産会社の場合は、(株)一条工務店は建築屋なので、不動産会社は上でも下でもないのだが、土地さえあれば(株)一条工務店で建てるのだけれども、という見込客は存在し、不動産会社の営業としても、どこに行けば土地を捜している人と出会えるかというと、建築業はやっていても不動産部門は持っていないという会社の営業の所に行けば出会える可能性が考えられるわけで、それで、(株)一条工務店を辞めて不動産会社もしくは建築もやっているが不動産部門の方が中心という会社に勤めた人は(株)一条工務店の展示場に来てかつての同僚に「土地捜している人がいたら言ってよ。いい土地捜して持って来るから」と言ったりしていたのだ。頼む方だって、全然知らない人だと「不動産屋」というのは胡散臭いという印象があるのに対して、かつての同僚であれば、どういう人かある程度はわかっているので、それで、お互いにプラスになるということがある。
(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、そういうのをされたくないらしかった。なんで? ・・と思うのだが、やめた人というのは(株)一条工務店の会社の仕打ちに対して怒りの気持ちを持っている人が多く、自分が働いた「場所」には思い入れがあり、一緒に仕事をした同僚には遺恨があるわけでもなく、仲良く仕事をしていた間柄である場合も少なくないのだが、そういう「やめた人」に出入りされると会社の問題点を口にされて、それで「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」して新しく入社させた人間に会社の問題点を話されるということを嫌がっていた、ということがあったのだろう。
そして、もうひとつ、栃木県の佐野展示場でやめた某さんが退職以後に顔を出した時に「今は、毎月、一条工務店にいた時の最低でも倍は収入がある」なんて言っていたのだが、そういう話をされるのを嫌がっていたということもあったかもしれない。そういう話を聞くと「一条工務店てやっぱり給料安いんだなあ」と認識することになるからだろう・・けれども、そんなことはその人が言わなくても、早かれ遅かれわかることだと思うのだ。そう思いませんか。
ローマには「コロッセオが滅ぶ時ローマも滅び、その時、世界も滅ぶ」というお話があるそうだが、山一證券なんて会社はそう簡単にはつぶれんだろう、もしも山一證券がつぶれる時には日本の多くの会社はつぶれ、(株)一条工務店なんてちっぽけな会社は間違いなくつぶれていることであろう・・・「山一証券がつぶれる時、日本の多くの会社もつぶれ、(株)一条工務店も間違いなくつぶれる」と思っていたら、世の中には不思議なこともあるもんで、山一證券がつぶれたのに(株)一条工務店はつぶれてない。これはまた不思議なこともあるもんだ・・と思ったものだった。しかし、山一證券は会社がつぶれても、倒産する時に従業員には再就職先を紹介してくれたらしい。それに対して(株)一条工務店は逆で、会社はつぶれず、昔に比べれば大きくなったはずだが、大きくなっていいのはオーナー経営者一族とその取り巻きだけであって、一般の従業員はというと、初代社長の大澄賢次郎が「一条工務店は大企業になった。人みたいなもん、求人広告さえ出せばいっくらでも採用できる。求人広告にはいくらでもカネをかけろ。求人広告にはいくらでもカネかけてどんどん出して中途入社の従業員はどんどん入れて、片っ端から辞めさせろお!」と叫んでいたそうで、やめさせられて出て行った人が多い。総務部長の天野雅弘は「ぼく、営業やったら売れるもん」などと厚かましい文句を口にしていたが、そうではないだろうが。そうではなく、天野雅弘のような「一族」従業員は営業やったとしても「特別扱いの営業」であり「売れる」のではなく「売らせてもらう」ことになっていたはずだ。一族ではない従業員でもそれに近い人はいた。八百長野郎が何を言ってやがるてものだ。
まず、日本の労働法では人を新規に採用している会社は人を辞めさせてはならないはずで、片方で人を辞めさせている会社が他方で求人募集を出しているということがおかしいのだ。「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」すれば優秀な人材が残ると初代社長の大澄賢次郎は思ったらしいが、それは違う。そういったことをされることで、従業員の愛社精神は日に日に低下していくし、そんな会社が似合う人間が残るような傾向もある。もうひとつ、「片っ端からやめさせろお」と片っ端からやめさせるので、残っている人間というのは、「残っている」というだけでもその期間に在籍した営業社員の中では上の方の成績の者なのだが、そのそれぞれの期間においては上の方の成績の人間ですら、やめさせられずにすんだという程度の給料しかもらっていない。「片っ端からやめさせろお」ということをやる使用者・経営者としてのメリットはというと、営業社員全体を見た時に、「真ん中より上」の営業社員にも「真ん中より上」の給料ではなく「一番下」くらいの給料しか払わずにすませることができる、という点がある。
又、多く給料を取得する従業員の給料が上がった場合に底辺の従業員の給料は上がるか下がるか、これを小泉信三『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)では、公的企業や大企業の労働組合がある会社の労働者の給料が上昇することによって、企業が人件費に出費することができるカネから大企業の労働者に支払う金額が増えることで、逆に下請け企業・中小零細企業の労働者の賃金は引き下げられることになる、という面があることを指摘していたのだが、落合が自分の年棒をアップさせようとして「上から引っ張り上げることで底辺の選手の年棒を上げるのだ」と言っていたことがあったが、もしもトップクラスの野球選手の年棒が上がったとしたなら、底辺の選手の年棒はそれに引っ張られて上がるのか、それとも、球団が選手の年棒として払える金額はある程度決まっているのでトップの選手に多く支払うと底辺の選手の年棒はそのしわ寄せで下がるのか。これは経済学上、面白い問題だと思って見ていたのだが、実際には両方の面があると思う。(株)一条工務店が営業社員を「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」していたのは、オーナー経営者一族にとっては、営業社員を営業成績によって並べた際に、真ん中より下の営業社員は辞めさせるようにすれば、「真ん中より上」くらにの従業員に支払う金額を「一番下くらいの営業社員に払う金額」ですますことができ、それに引っ張られて「上の方の営業成績の営業社員」の給料も引き下げることができる。そうやって人件費を削るという「企業努力」によってオーナー経営者一族とその取り巻きの年収を増やすことができたわけだ。フィリピーナでその分け前をもらった女もいたみたいだ。「うまいやり口」というより「汚いやり口」と言うべきだろう。そして、その「おすそわけ」として東京大学は東大農学部弥生キャンパスに「一条ホール」というものを建ててもらい、「浜松市」は「防潮堤の費用」と称して300億円を「寄付」してもらったのだ。いわば、東京大学と浜松市は詐欺師から分け前もらったようなものであり、「反社会的勢力」とでも言ってやるべき存在だ。
「遠州屋、ヌシもワルよのお。いっしっし」
「いえいえ、お市長さまほどではおじゃりませぬ。くっくっく」
・・・・なんて会話をしたかどうかは、それは知らんけどな( 一一)
※ 東京大学弥生キャンパス(農学部)「一条ホール」⇒《東京大学 「弥生講堂 一条ホール」について。不良企業の宣伝広告に加担する東京大学と浜松市と杉山英男》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201701article_6.html
※ 浜松市が「寄付」をもらった口実の中田島砂丘「一条搾取堤」⇒
☆ 「中田島砂丘」(浜松市南区中田島町 ほか)見学
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。ダムで砂丘がやせて、テトラポッドで砂流出を防ぐ。「アタマが浜松」思考から抜け出せない人。ガチンコで資格試験に通った者はずるくない。カネで買ったような建築学科卒の者や医科大裏口入学の者がずるい! ダンピング坪単価とテレビ広告で売る浜松営業こそずるい! https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか? それが「福沢精神」なのか? それが「独立自尊」か?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。木質系プレハブもコンクリート系プレハブも鉄骨系プレハブと一緒にして建築現場の仮設小屋だと決めつける一条浜松流営業のデタラメをありがたがって聞くのはやめてください。一条の「がばいじいちゃん」(仮名)を見捨てる無慈悲な会社。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202106article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。法学部卒の浜松市長鈴木康友さん、それでいいのか?堆砂垣は昔はなかった。ダムで砂丘がやせた。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_2.html
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。息子・関連会社社長が女性を刺し殺した件で辞任したはずの社長が平気で顔を出す「一条堤」と平気で受け入れる浜松市長と静岡県知事と浜松商工会議所。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_4.html
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_5.html
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「当店は丹波産黒豆を使ってます」と丹波産以外も使っているのに言うラーメン屋みたいな建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202107article_6.html
「業者」といっても(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の子会社ではなく、「下請け」と(株)一条工務店のオーナー経営者は思っているかもしれないが、「請ける」ことで(株)一条工務店の家の一部分の仕事をしていても(株)一条工務店の家の仕事だけをやっているわけではなく、他社の仕事もやっているという「業者」が多く、そういう相手に「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさんからな」などとそこまで言うというのは、それはやめた人に対する就業妨害として人権侵害であるだけでなく、それは「他社に対する干渉」というものではないか。
(株)一条工務店に新たに入社してきた人を見て、「なんで、こんな人を採用したの?」と思ったことは何度もある。それは能力的な面でその職種に適性があるとは思えない人であった場合と人間性の面でいかがなものかと思った場合とがあり、入社後、私が思った通りになり、「やっぱりなあ」と思ったことが少なくない。最初から向いていないと思われる人をなぜわざわざ「採用してやめさせる」ということをするのかと疑問に思うが、ともかく、「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」というのを(株)一条工務店のオーナー経営者というのはやりたかったらしい。馬鹿でねえの・・て感じがするがそういう経営者だった。
私が見ていて、もしも私が経営者だったなら(あるいは私が人事部長だったなら、私が採用担当者ならば)この人は採用しないと思った人で、やっぱり・・という人がやめた場合であっても、その人が退職後、他の会社に応募した場合に、他の会社がどう判断するかはそれはその会社の人間が決めることであり、「ひとさまの御商売に口出す筋合いはございません」と私が経営者ならば考える。男女の関係でも私が「俺やったら要らんなあ~あ・・」と思うような人でも、他の男がいいと思うのならば、それこそ There is no accounting for taste. 「人の好みは説明のしようがない」⇒「蓼食う虫も好き好き」 てもので、「なんで、あんなんええのお~ん? あんなん、やめた方がええでえ~え」なんて言わない。私が過去に応募した会社でも、「前に勤めていた会社でどうであっても、よそはよそ、うちはうちですから」と言われたことがある。実際、そうだと思うのだ、「よそはよそ、うちはうち」であるとともに、「うちはうち、よそはよそ」であり、よその会社がどういう判断をするかについてまで口出すというのは思い上がりも甚だしいし「大きなお世話」というものであろう。自分の所で成果を出せなかった人が転職してよその会社で採用されて実績を残せたならば、その時には大いに喜んであげればいいことではないのか・・と思うのだが、(株)一条工務店の高卒の社長とか中卒の営業本部長とかいいうのは「ケツの穴が小さい」というのか「肝っ玉が小さい」と言うのか何と言うのか。卑しい精神構造をしていると言わざるをえない。
『聖書』には「家造りらが要らぬものだと捨てた石、それが隅の親石になった」( イザヤ書5:1~7 ルカによる福音書20:1~19)という言葉が書かれている。ある「家造り」の会社が「要らぬものだと捨てた」人が他の会社で要となる働きをする可能性はあることだ。他の会社で活躍することになったなら、それは元いた会社の経営者は喜んであげるべきものではないか・・と思うのだが、「ケツの穴の小さいやつ」というのか「肝っ玉の小さいやつ」というのかが日本の会社には少なくないようだ。 1990年代、(株)一条工務店では福島県中通り地区の所長になっていて大澄社長の腰巾着と言われていた片山(男。当時、40代?)が主張して、営業社員で契約棟数が少ない従業員は「転勤」ということにしたのだが、ところが転勤すると転勤先で元からその地域にいた人を上回る営業成績を残す人が出たらしい。いいことではないか。人間には向き不向きということもある。ある場所に向いていないが他の場所に向く人というのもあっておかしくない。又、場所が変わることで気持ちが変わるという場合もあるかもしれない。前にいた営業所では人間関係がうまくいかず、転勤先ではうまくいったという場合だってあるかもしれない。その転勤は大いに成功したということだろう。
実際には、2001年に(株)一条工務店で、東日本ハウス〔現 日本ハウスホールディングス〕の「トップセールス」というおっさんの講演のビデオを見せられたのだが、そこで、
営業能力 × その営業所の市場性 = 契約棟数
といったことをその「トップセールス」のおっさんは言っていた。「かける」というのは比喩であり、
その営業所の市場性 + 営業の能力=契約棟数
という面もあるかもしれない。後者は「普通にやったらこのくらいの契約をあげることができる」というものに、「普通」より優れた営業能力がある人の場合はその分を「たす」ことができる、それが契約棟数になると考えたものだ。1992年、東京展示場で私が接客して進めかけた某様宅についてインネンつけて自分がやると言いだして奪い取った上で2週間以上も放置してぶっつぶした土浦展示場所長の田中義一みたいに「自動販売機以下のやつ」というのもいるから、常に「たす」とは決まっておらず「ひく」の場合もある。
実際には「かける」の面も「たす」の面もあると思うが、どちらにしても、前にいた営業所の「営業所の市場性」の部分が相当悪かったという人が、それほど悪くない営業所に転勤して、前と同じだけの営業能力を発揮したとすれば、結果として「売れる営業」に変身するということはありうることだ。特に(株)一条工務店は「一条工務店の場合、展示場による条件の違いが甚だしい」と従業員の間で言われていた会社であり、これは十分ありうることである。どちらにしても、前いた場所で営業成績が上がらなかった人が転勤した先で営業成績が上がるようになったということなら、それは本人にとっても会社にとっても「大変けっこうだ」と言えることだろう・・と思ったら、ところがどっこい、腰巾着 片山は気に入らなかったらしいのだ。転勤させてやめさせるつもりだった人間が好成績を残すというのはけしからんと言いだしたらしい。それで、なんと、片山は全国各地域ごとに意図的に「売れない展示場」を1つずつ作って、転勤した人は「売れない展示場」に押し込めて売れなくしてやろうと主張したというのだ。これは「聞いた話」だが、おそらく、だいたいそんなところだろう。私がオーナー経営者ならば、まず、その片山という不逞者をこそ左遷してやりたいところである。普通、会社というものは「売れない店」「売れない展示場」をどうやってなくすかということを考えるものである。それを片山は全国各地域に意図的に1つずつ「売れない展示場」を作ろう、などと主張したというのだ。やっぱり、片山のような高卒で自分の営業成績さえ良かったらいいというタイプの人を所長にならせてはだめだ! (株)一条工務店の所長はその程度のこともわからんのか。片山は営業として「けっこう売った」としても、それでも思考は「人間として程度の低い高卒のおっさん」であってそれ以外の何物でもないのだ。顔見ただけでもそんな顔していた。私は最初に片山の顔を見て、なんだ、こいつ( 一一) ・・と思ったが、その程度の人間だったのだ。片山みたいな人間を「腰巾着」にして大事にしているというあたりからして、「初代社長」大澄賢次郎という男と言うのは「(経営者として)あんまり賢くないなあ」という感じがする。
ある場所で営業成績が上がらなかった人が他の地域の展示場に移ったら成績が出るようになったということなら、それは「大変けっこうだ」と考えるべきではないのか。「売れなくしてやめさせてやるつもりで転勤させたのに、転勤先で営業成績を上げるというのはけしからん」て、普通、そんなこと考えるかあ~あ? 「売れなくしてやめさせてやるつもりで転勤させたのに、転勤先で営業成績を上げるというのはけしからん」などというそういう思考をする片山こそけしからんのではないのか!?! 同じく、自分の所の会社で成果を出せなかった人が他の会社に勤めて成果を出せたなら、それは「たいへん良かった」と喜んであげるべきものではないのか? そのあたりが、「ケツの穴の小さい人間」「肝っ玉の小さい人間」だらけの(株)一条工務店というのは、なんとも哀しい経営者の哀しい会社だなあ・・と思った。今もその体質は変わらないであろう。最近、調子がいいみたいだけれども、しかし、会社の体質というのはそう簡単には変わらないものだよ。
※ インターネットで検索していると、↓のようなものが見つかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
《土気あすみが丘教会 「捨てられた石が隅の親石に」(2017年2月5日 礼拝説教)》https://asumi-church.sakura.ne.jp/bokushi_message/416/
イスラエル旅行をした時、カイサリアという町に行きました。そこは、パウロがローマに向かって船出をした地中海沿岸の町。ヘロデ大王が栄えさせた町でした。そこには後の十字軍の時代の石造りの古い要塞があり、その入り口は石で固められた、とんがった楕円の形をしているのですが、楕円のとんがりの部分を支える石を指して、ガイドさんが「これが聖書のいう隅の親石という説がある」と教えてくれました。その部分に石が無ければ、門全体、建物全体が崩れてしまう。すべてのバランスを支える石ということで、「隅の親石」なのだそうです。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「うちの会社をやめた人間を採用したら仕事をまわさないぞ」などと自分の所の仕事をしている業者に言って脅す(なんだか、ウクライナに協力したら天然ガスの送達を停止するぞ・・みたいな)といった行為で退職者の就業妨害をおこなうこと、再就職先にまで誹謗中傷をおこなって嫌がらせをおこなう、応募先の会社にまで誹謗中傷をおこなって採用されないようにしむけるという行為、それらは「生存権の侵害」というものであり、許しがたい反社会的行為である。
(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ に私よりずっと後で和歌山県の方で入社した伊香(いこう)という男〔2001年当時、30代。〕がいて、2001年、栃木県地域の営業社員の総会だったかで壇上でマイク持って「住友林業の営業と一条工務店の営業とでは、住友林業の営業の平均年収は一条工務店の営業の平均年収の倍です。一条工務店の営業はそれだけ売ってないということで、住友林業の営業はそれだけ優秀で一条工務店の営業はそれだけなまけているということです。一条工務店の営業も住友林業の営業と同じレベルに売れば住友林業の営業と同じだけの年収をもらえるんです」などとトンチンカンなことを言って自分だけオーナー経営者に媚びようとする賤しい行為をおこなったが、(株)一条工務店のオーナー経営者というのは、こういう人間としての程度が低い男が大好きだ。馬鹿言ってんじゃないわ♪
1展示場あたりの営業の数は(株)一条工務店は住友林業(株)の展示場の倍以上いたのだ。たとえば、コンビニの店員を一般的な人数の倍とか3倍とか配属したとしたならば、その店は他の店の倍とか3倍とか売れるようになるか? 吉野家とかすき家とか松屋とかそういう店の店員の数を一般的な店の店員の倍とか3倍とか配属したならば、その店は倍とか3倍とか売れるようになるか? ならんだろう コンビニの店員を立地が悪い場所に一般的な人数の3倍配属した店があって、立地がいい場所に一般的な人数を配属した店があったなら、立地がいい場所に一般的な人数を配属した店の店員は「売れる営業」で立地が悪い場所に3倍の人数を配属した店の店員は「売れない営業」なのか? そういう問題ではないだろう。
戸建住宅建築とコンビニや牛丼屋とまったく同じということではないとしても、ある地域で1年あたり(株)一条工務店で建ててくれる可能性がある見込客の数というものがあり、それに対して営業の数を多く配属したとしても、もしも、元の人数が適切な数よりも少なすぎるという地域ならば増やせば増やしただけ契約数も増えるであろうけれども、すでに適切な数以上の営業がその地域にいる場合に、さらに営業の数を増やしたとしても、全体としての契約数はいくらか増えることもあったとしても、営業一人当たりの契約数は減っていくことになる。これを経済学では「収穫逓減の法則」と言う。(株)一条工務店は営業については「労働集約型」の経営をやることで全体としての契約数を増やすという作戦を取ってきたのであり、営業について「労働集約型」でやったならば営業社員1人あたりの契約数は少なくなって当然だ。(株)一条工務店は住友林業(株)よりも「労働集約型」の営業をやっていたのであり、その結果、営業社員1人あたりの契約数が少なくなっても当然であり、「住友林業(株)の営業が(株)一条工務店の営業よりも優秀だからなのです」という伊香(いこう)の発言は不適切であるとともに日夜、努力して営業活動をおこなっている(株)一条工務店の営業社員に対して失礼であろう。伊香は私よりも入社はずっと後だが、しかし、その時点では入社してすぐとかいうことではなかったはずであり、又、伊香は(株)一条工務店に入社する前、住友林業(株)にいたといったことを聞いているが、それならなおのこと、このくらいのことは当然わかっていたはずで、わかった上で「住友林業の営業と一条工務店の営業とでは、住友林業の営業の平均年収は一条工務店の営業の平均年収の倍です。一条工務店の営業はそれだけ売ってないということで、住友林業の営業はそれだけ優秀で一条工務店の営業はそれだけなまけているということです。一条工務店の営業も住友林業の営業と同じレベルに売れば住友林業の営業と同じだけの年収をもらえるんです」などと何十人の前で発言して自分だけオーナー経営者に媚びようとしたのである。なんとも人間性の賤しい程度の低い男である( 一一) (株)一条工務店のオーナー経営者というのはこの手の人間のカスが大好きだ( 一一)
(2022.4.30.)
2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻以来、YouTube にネトウヨみたいな複数の「ユーチューバー」がもてはやされているように思われるのは、ロシア軍の侵攻は認めがたいのは当然のことではあるが、片方で「ネトウヨみたいなユーチューバー」についても気色悪い印象を受けるところがある。
(2022.5.1.)
☆ 中銀カプセルタワービル(黒川紀章設計)見学。
1.解体工事は始まったが4/21現在、中銀タワーの姿は見えた。あいみ互いの「コシノ某と安藤忠雄」。黒川紀章はなぜ女優と結婚したか、若尾文子はなぜ黒川紀章と結婚したか。「すかした」の意味はわからないであろう「建築家のつくる家」を得意とする自称「建築家」の東京人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_4.html
2.北側の道からはカプセルタワーが見えた。警備員に劣る警察官の立哨。警備員を自分達の小使いと勘違いしている法務省職員。建築・解体現場の高所作業なんて自分はやらない「名建築家」。「名建築」は本当に名建築なのか、それとも権威主義による幻覚なのか。工事現場監督の仕事をしていない(株)フジタ工業の「工事監督」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_5.html
3.北側から見て。道路側に窓、隣接ビル側は壁。補修用梯子、階と階の間の充填。50年で解体はひょっとこ建築の宿命か。真っ黒ビルは街を暗くする。「マンション住民に戸建住宅の設計させるとマンションみたいな戸建の家にする」説。未熟で基本を理解していない設計を「世界でただひとつの家」と勘違いしている人。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_6.html
4.道路を隔てた向かいから見て。屋上の「塔」に隠された貯水槽など。住居表示では「銀座」でも「汐留浜離宮ビル」とする会社と山梨県なのに「西東京工場」とする会社の違い。建築の基本を理解していないことを「世界でただひとつの家」などという詭弁。エアコン室外機・灯油タンク・ダクト・樋は隠すかデザイン化する必要はあるか。「リフォームのナカヤマ」の押売り的営業。東京地裁の裁判官と「地方」の裁判所の裁判官はどちらがいいか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_8.html
5.南面・西面。隣室のプライバシー配慮の為の覆い? 「解体中」だからこそ遠慮なく見学可。「建築家」建物は長持ちしないか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_1.html
6.浜離宮・芝離宮・世界貿易センタービル・浜離宮建設産業ビル・朝日新聞社本社・築地本願寺・聖路加病院。舌やノドがヒリヒリする料理は高級料理ではなく化学調味料使い過ぎの可能性有。縁がなかった朝日新聞社。「あんたに世話になることは絶対にないんやからな」と言ってすぐに「息子の結婚式に出てくれ」と頼んでくるスポーツマン。「(株)一条工務店の遠州人」はロシア連邦の「はう国境線」みたいなもの。浜松での研修にひとりだけ遅刻してきて大きな顔して着席する浜松営業。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_2.html
7.新幹線で東京に来た人間の眼に入る位置のモニュメント建築「静岡新聞静岡放送東京支社ビル」・銀座の手前に駅を設けた旧新橋停車場・日本では厳しそうなフーターズ。銀座か新橋かで自転車買ってどうすんだろ。「うち」と「よそ」しか2社しか住宅建築業の会社がない「一条オリジナル」の世界観。戸建住宅建築は敷地が道路と高低差がある場合は門の位置・アプローチの取り方を考え、車庫はあらかじめ設けておいた方がいい場合はアドバイスするのが専門家ではないのか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_3.html
8.歌舞伎座ビル・銀座三越・晴海通り。大阪出店に際しての三越の傲慢。銀座通りと昭和通りの違い。銀座ピアスビルhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_4.html
この記事へのコメント