渉成園見学【4/9】臨池亭・滴翠軒・檜垣の灯籠。桜と本来は楼門らしい傍花閣と園林堂。

[第927回]
  渉成園(京都市下京区)見学の4回目です。
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  この「庭園北口」をくぐって東に入ります。庭園北口を東に入ってすぐ右側(南側)に園林堂。左側(北側)に臨池亭と滴翠軒があります。

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↑ 左側(西側)の建物が「臨池亭」〔1884年(明治17年)再建。〕。奥(北)の右側(東側)の建物が「滴翠軒」〔1884年(明治17年)再建。〕。その右に見えるのが「檜垣の灯籠」
頼山陽は、滴水軒(てきすいけん)・傍花閣(ぼうかかく)・印月池(いんげつち)・臥龍堂(がりゅうどう)(焼失)・五松塢(ごしょうう)・侵雪橋(しんせつきょう)・縮遠亭(しゅくえんてい)・紫藤岸(しとうがん)・偶仙楼(ぐうせんろう)(焼失)・双梅檐(そうばいえん)・漱沈居(そうちんきょ)・回棹廊(かいとうろう)・丹楓渓(たんぷうけい)を十三景と称した。》
( 森谷尅久 監修・京都商工会議所編『京都・観光文化検定 公式テキストブック 改訂版』2005.4.6.淡交社)
という頼 山陽が選んだという「十三景」に「滴翠軒」が入っていて「十三景の一」とされているらしい。
新版 京都・観光文化検定試験公式テキストブック -  , 森谷 尅久, 京都商工会議所
新版 京都・観光文化検定試験公式テキストブック -  , 森谷 尅久, 京都商工会議所
  臨池亭と滴水軒はつながっているように見えるが、《 (臨池亭は)滴水軒と吹放しの廊下でつながり、池に臨んで建てられていることからその名前が付けられている。かつては滴翠軒も含めた2棟を併せて「臨池亭」と呼び、北の滴翠軒に対して南にあるこの建物(臨池亭)を「喫茶居(きっさきょ)」と称していました。・・ 》〔『名勝 渉成園(枳殻邸)』2011.3.3.真宗大谷派宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所 発行。〕ということですから、「頼山陽が選んだ十三景の一」は滴翠軒の建物だけを指すのではなく、臨池亭・滴翠軒とその前の池と周囲に配された灯籠や石、それに築山を併せて言うと考えた方がいいかもしれませんね。
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↑ 左が「臨池亭」。
《 書院群の北側に位置し、池に南面して建てられています。「滴翠軒」の名は、その池に落ちる小滝(滴翠)からつけられました。緩やかな屋根が深く軒を差し出し、縁側が池中に貼り出しているのが特徴です。 池の背景には「キリシマヤマ」と呼ばれる築山があり、南側の生垣とともに他の庭から切り離された作りにになっています。・・・》〔『名勝 渉成園(枳殻邸)』2011.3.3.真宗大谷派宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所 発行。〕

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 桜がきれい。
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↑ 臨池亭・滴翠軒の前の池と印月池とを結ぶ小川のほとり。桜とその他の草木がきれいです。桜の花の向こうに見えるのは傍花閣です。

  今回、渉成園の訪問から帰って、庭園としてではなく建築として一番印象に残ったものはというと、傍花閣(ぼうかかく)かな・・と思いました。同様に感じる人がいるのか、『週刊朝日百科 仏教を歩く5(2003年11月16日号) 親鸞』(朝日新聞社)でも「侵雪橋と印月池」「高石垣」と「傍花閣」が取り上げられ、『週刊[朝日ビジュアルシリーズ]仏教新発見21(2007年11月11日号) 西本願寺・東本願寺』(朝日新聞社)でも「侵雪橋と印月池」と「傍花閣」が取り上げられています。
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↑ 傍花閣〔1892年(明治25年)再建。〕
「一躍、清(1894)を攻撃す」日清戦争の2年前、「日暮れに(1902)結ぶ、日英同盟」日英同盟締結の10年前の再建。
《 奇抜なデザインで目を引く傍花閣。 一見 数寄屋風の住宅に見えるが、本来は西側に建つ仏堂・園林堂(おんりんどう)の楼門である。このあたりは桜も美しい。》(『週刊朝日百科 仏教を歩く5(2003年11月16日号) 親鸞』朝日新聞社)
《 渉成園のほぼ中央に位置する二階建ての建物で、園の持仏堂である園林堂(おんりんどう)の門に見立てられている。
  左右から階段が架けられた階上は望楼(ぼうろう)を兼ね、四畳半の部屋に四方を高欄(こうらん)でめぐらしたが付属する。》(『週刊[朝日ビジュアルシリーズ]仏教新発見21(2007年11月11日号) 西本願寺・東本願寺』朝日新聞社)
《 園林堂(持仏堂)の東方、山門にあたる位置に建てられています。 庭園内には珍しい楼門作りで、左右側面に山廊と呼ばれる階段の入口があり、》〔『名勝 渉成園(枳殻邸)』2011.3.3.真宗大谷派宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所 発行。〕、
《階上には四畳半の部屋を設けています。部屋の天井中央に磁石板に十二支を配した珍しい図様が描かれています。》というけれども、一般見学者は階上に登ることはできないので、それは見得ません。
《 奔放で軽快な構成と穏やかな数寄屋造を兼ね備えた、園内でも特に個性的な建築です。 傍らには桜並木が広がり、春にはその名にふさわしい佇まいを見ることができます。》〔『名勝 渉成園(枳殻邸)』2011.3.3.真宗大谷派宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所 発行。〕
  「頼山陽が選んだ渉成園の十三景」として「十三景の一」の「(臨池亭と)滴翠軒(及び檜垣の灯籠とキリシマヤマと池)」に続き、この「傍花閣」が「十三景の二」に選ばれているようです。
仏教を歩くNo5 親鸞 (週刊朝日百科)
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週刊 仏教新発見 21 西本願寺・東本願寺 (朝日ビジュアルシリーズ) - 朝日新聞社
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   傍花閣は本来は山門・楼門であったということですが、今は一般見学者は門の下を通行することはできません・・が、もしも通行したとして、その正面の位置に ↓
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園林堂(おんりんどう)〔1957年(昭和32年)再建。〕
《 傍花閣に対応する持仏堂です。 正面四間で、中央間には桟唐戸(さんからど)を吊り、仏堂風な意匠としています。 「園林」とは元来、中国宮廷に設けられた大規模な庭園の意ですが、仏典では「浄土」を表す表現として用いられ、桂離宮にも同じ「園林堂」という持仏堂があります。・・・》
というものらしい。
  《また、室内は、中央の仏間と三方にめぐった入側(いりかわ)ともに、棟方志功(版画家・1903~1975)が竣工の翌年に描き上げた「天に伸ぶ杉木」「河畔の呼吸」と題された44面の襖絵で飾られています。》というが、一般見学者は内部は見ることはできないので、入口でもらったパンフレットに写真が掲載されているので、棟方志功の襖絵はそれで見ることになる。

  庭園北口を入ってすぐの所から南側、園林堂を見ると、↓
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↑ はて、この樋は先端に竪樋を設けるのを忘れたのだろうか、それとも、出っ張った部分を切断するのを忘れたのであろうか・・・・と思ってよく見ると、そうではなく、意図的に横樋を長く伸ばしたもので、コンクリートの部分の外側、下が土になった所に雨水が落ちるように作られているようです。
(写真はクリックすると大きくなるので、大きくして見てください。)

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↑ 園林堂の北、庭園北口の南あたりから西を見て。説明書きはないが、土蔵でしょう。
ユニークなのは、2階建てのさらに上に、望楼の意味あいで3階を設けたのか、それとも換気棟なのか・・がついているところ。



※ 東本願寺(真宗本廟)HP 渉成園 https://www.higashihonganji.or.jp/about/guide/shoseien/

  次回、渉成園、庭園内をさらに巡ります。

  (2022.6.3.)


☆ 渉成園(京都市下京区)訪問。
1.建築の見学後、早めに文章にしないと記憶と印象が薄れる。「吐き出す物」がある人間は吸収しにくい。差別政策としての知能指数。遠山『競争原理を越えて』は実状を見ないで書かれた本、賛成できかねる部分がある。数学科・史学科は価値があって社会科学系学部卒は高卒と同じ扱いにしろという主張は横暴で不適切。「高卒のおっさん」偏重が公平ではない。本を読む際に自分を省みる為でなく人を攻撃する道具を仕入れる為に読む人がいる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_3.html
2.京都駅から真宗本廟を経て渉成園西門。「エイブル看板」は街並と調和を考えた色にできないか。パンタグラフの変遷。「昭和」を江戸時代みたいに言うな、「戦前の昭和」と「戦後の昭和」を一緒にするな。東海道本線は「東京と神戸を結ぶ為の鉄道」として作られたのではない。「東京もん」の悪質な大阪嫌い。仏旗と一条三色旗の意味。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_5.html
3.入園口から高石垣を見て庭園北口へ。渉成園の桜。松花堂は弁当屋ではない、ティファニーは軽食屋ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_1.html
4.臨池亭・滴翠軒・檜垣の灯籠。桜と本来は楼門らしい傍花閣と園林堂。〔今回〕
5.代笠席・印月池・侵雪橋・五松塢・回棹廊・丹楓渓と渉成園の桜。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_3.html
6.回棹廊・紫藤岸・傍花閣と桜。北大島の縮遠亭。源融ゆかりの塔・臥龍堂(南大島)・漱枕居・閬風亭。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_4.html
7.「渉成園4名橋」侵雪橋・北大島の石橋・西岸の小川の石橋・棹回廊。盧菴・閬風亭・漱枕居。「宗教は毒薬」とはマルクスは言っていないのに誤解して人に教える「医者」階級・「医者」民族。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_5.html
8.庭園南口・双梅檐・大玄関・馬繋ぎ。南側の門。「裏口入学した・させた」なんて自慢することと違うやろ!https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_6.html
9.東側・河原町通り・北側の通り・西側の仏願寺。京都駅。そして真宗本廟(東本願寺)の「ええ?」・・・https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_7.html 

☆ 真宗本廟(東本願寺)参拝
1.京都駅から北に歩けば、真宗本廟(東本願寺)。京都駅から程よい距離。東本願寺の前の道はトラックの休憩所ではない。使用者はトラック運転手の休憩場所・待機場所をきっちりと確保せよ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_7.html
2.阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂、鐘楼、手水屋形。正門はどちらか・・。裏口入学する者は正規に入試に合格しようとする者を妨げる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_8.html 
3.境内から阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂。「法話」。「しんらん交流センター」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_9.html
4.大寝殿・菊門・玄関門。「ギャラリー」。 街の景観との調和は悪くはないが、交番は交番とわかりやすい意匠にする必要はないか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_10.html 

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