渉成園訪問【7/9】「渉成園4名橋」侵雪橋・北大島の石橋・西岸の小川の石橋・棹回廊。盧菴・閬風亭・漱枕居。「宗教は毒薬」とはマルクスは言っていないのに誤解して人に教える「医者」階級・「医者」民族。

[第930回]
  京都市下京区 の 渉成園見学の7回目です。
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↑ これは北大島の中での石橋です。名前は特についていないようですが、風情があっていいと思います。
ちなみに、阪急宝塚線から箕面線が分岐する駅の名前は「石橋」でしたが、最近、「石橋阪大前」と名称変更したようですが、石橋駅付近は大学ができて開けた場所ではなく大学の方が後から来た場所なので少々違和感があります。大阪モノレールに「柴原阪大前」という駅ができて、北大阪急行に「箕面船場阪大前」という駅ができる予定になったということで、石橋駅も阪大前なんだと言いたいということで改称したのでしょうか。北大阪急行の「箕面船場阪大前」は元 大阪外大の箕面キャンパスが箕面市の粟生地区にあったものを箕面市の新船場地区に移転させたことによるものですが、大阪モノレールは「柴原阪大前」は大阪大学の豊中キャンパスの南東側にある駅ですから、同じく豊中キャンパスの最寄駅として、むしろ、石橋駅の側から行った方が正門みたいな正規ルートみたいな感じで、柴原の側から入るのは「裏口」というわけではないとしても表門ではないみたいな感じですから、石橋の方が正規の阪大前なんですと言おうと考えたのでしょうか。
  そういうのを落ち着いて考えてみると、京王帝都電鉄の「駒場東大前」なんてのは、あれはたしかに東大駒場キャンパスの目の前ではあるけれども、別に「東大前」とつけなくても「駒場」でもいいとも思えます。東急東横線「日吉」は慶應大学の日吉キャンパスの目の前にありますが「慶應大前」とはつけずに単に「日吉」です。大阪モノレール彩都線「彩都西」駅は少し前まで、目の前に大阪外大箕面キャンパス⇒大阪大学外国語学部 があったのですが「彩都西大阪外大前」ではなく「彩都西」でした。「◇◇大前」とつける駅名とつけない駅名というのはどこに違いがあるのでしょう。これ、考え出しても、夜、寝れなくなることはなくて夜になったらたぶん寝ますが、どこに違いがあるのでしょうね。

  そして、こちらが、↓
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↑ 「十三景の六」「侵雪橋(しんせつきょう)」です。
《 印月池の西北岸から縮遠亭のある島(北大島)へ渡る木造の反橋(そりはし)です。 頼 山陽は、『渉成園記』のなかで雪に積もった橋のありさまを玉龍にたとえて表現しています。》
( 『名勝 渉成園ー枳殻邸ー』2011.3.3.第2版 発行:真宗大谷派 宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所)
  ↑ の侵雪橋の手前側が「十三景の五」「五松塢(ごしょうう」です。

  侵雪橋(しんせつきょう)を印月池の北岸から見ると、
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  侵雪橋を渡って印月池の東側に行くと、東側を流れる小川、臨池亭・滴翠軒の前の池と印月池を結ぶ小川があって、その小川にかかる石橋が ↓
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これが、なかなかいい。 もっとも、特に名称はついていないみたいですが。
侵雪橋と棹回廊と先ほどの北大島の石橋とこの2つの石を組み合わせた石橋とで「渉成園4名橋」と言う・・・と私が名づけても、「ああ、そうですか」てもので、そこが「頼 山陽が選んだ」というフレーズとの違いでしょう。
山梨県に行くと「武田信玄が作った」というフレーズのものが多く、「ほうとう」というのは、甲斐地方は昔から米があまりとれない地域だけれども野菜はとれるということから、「腹持ちがいい麵料理を作ろう」ということで「武田信玄が作った」ということになっているのですが・・山梨県人には悪いが、たぶん、「ほうとう」を考え出したのは武田信玄ではなくて、どこかの料理人かどこかの家庭の主婦かそういう人だと思う・・。たぶん・・・。

  私が高校を卒業した頃、私はそれまでに学んできたものから考えて、一番大事なものは人間のありようだと考え、文学と哲学ならば、この2つははっきりと分かれるものではないが、文学よりも哲学の方が論理的だと考え、そして、哲学と心理学ならば心理学の方が実際に生きている人間を活かすのに役立つことにより重心があるのではないかと考えた。宗教学は文学・哲学・倫理学の背景に宗教学があり、これらはつながった存在であってどこの学科に進んだとしても他のものが関係ないということはありえない。そういったことから考えて、心理学がいいと思ったのだが、心理学を学ぶには京都大学でも東京大学でも文学部心理学科と教育学部教育心理学科があり、その違いが今一つよくわからなかった。「精神医学」「心身医学」と「精神分析学」と「心理学」がどう違うのかもよくわからなかったのだが、又、「精神分析学科」というものは存在せず、「精神分析学」を学びたいと思ったら文学部心理学科・教育学部教育心理学科に行った方がいいのか医学部に行った方がいいのか、そのあたりもよくわからなかった。北野高校の教諭はそのあたりについても調べておいて生徒に説明できるようにしてあげた方が良心的だと思うが、そういう能力と意思がない連中だった。あいつらを買いかぶっていたのが私の高校生活における失敗のひとつであり、大学進学における失敗のひとつだった。そして、心理学と言っているものには「文学・哲学系の心理学」(民主主義の側の心理学)と「『精神医学』系の心理学」(ファシズムの側の「心理学」)があることを後に知った。そもそも、京都大や東京大の文学部心理学科・教育学部教育心理学科を卒業したとしてどういう仕事につくことになるのか・・と考えてみると、私立金権医大裏口入学卒のやつが内科医になったがものにならんものだから「精神科医」に転職した・・てやつの下働き? ・・そう考えると、文学部心理学科・教育学部教育心理学科なんてあほくさいことこのうえない・・のではないか・・とか思うようにもなったのだ。
  それで、ともかく、文学・哲学の背景には宗教があり、倫理学の根底には宗教と宗教学があり、文学・哲学・倫理学のもとでの心理学・教育心理学というもの(《「精神医学」系の心理学》ではなくて)は価値があると考えたのだが、私が高校を卒業した頃、うちの父親の親友で医者屋のM川という男〔1970年代終わり当時、50代前半。自称「金沢大医学部卒」だが嘘くさい。「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネでドバカ息子を私立金権関西医大に裏口入学させたということを自慢していたが、自分もその私立金権関西医大裏口入学卒か、そうでなければ「かわいいキンタマ」(崎医大+知医大+沢医大+埼医大=かわいいキンタマ)くらいではないか。1970年代終わり当時、大阪府豊中市在住〕が「『宗教はアヘンであ~る』とマルクスは言うてお~る」と言い張ってしかたがなかった。それを聞いて、日頃「共産党は死刑にしろお! 日教組は刑務所に叩きこめえ! 朝日新聞の記者は全員、死刑であ~る。ロスケどもをやっつけろお! ど~んが~んどんがらがった、ちゃちゃちゃちゃちゃああ~あんじゃあ~あ♪ とってちってたあ~あ!」と毎日のように家で叫んでいたおっさん( 一一) だったうちの父親はそれに感化されて、「『宗教はアヘンであ~る』とマルクスは言うてお~る。焼き討ちじゃあ~あ、焼き討ちじゃあ~あ、焼き討ちじゃあ~あ! とってちってたあ~あ」と叫ぶようになったのだった。そして、私は子供の頃からうちの母親から「親というものは、子供が大学に行く時に、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行ってやりたい勉強をしてつきたい仕事につけるようにと思うから、だから、無理矢理にでも勉強させようとするものなんや」と言われて、そんなヨタ話を本気にしてしまった同級生が遊んでいる時も只管勉強してきて、その努力の果実をすべて奪い取られた。結果として、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくない学部に、そんな所に行かされるくらいなら大学なんか行かない方がいいと思っていた所に暴力と脅迫と強制で行かされた。「親は惜しみなくすべてを奪う」。
  まず、マルクスさんであれ何さんであれ、その方がおっしゃった文句が適切だと思ったのなら、その考え方を採用していいと思うが、自分がその考え方が適切だと思わないのならば、何さんが何をおっしゃったとしても、従わないといけない筋合いはないはずなのだ。
  そして、不思議なのは、マルクスさんが「宗教はアヘンである」とおっしゃったとしても、日頃から「共産党は死刑にしろお! 日教組は刑務所に叩きこめえ! 朝日新聞の記者は全員、死刑であ~る。ロスケどもをやっつけろお! ど~んが~んどんがらがった、ちゃちゃちゃちゃちゃああ~あんじゃあ~あ♪ とってちってたあ~あ!」と毎日叫んでいる「ほとんどビョーキ」みたいなおっさんが、なにゆえ、その部分限定で「教条的マルクス主義者」になるのか? なんかわけわからんかった。
  「M川先生は医者やねんぞお。医者というものは絶対に正しいねんぞお。医者というのは普通の人間とは違う階級のお方であって、医者というのは普通の人間にはない能力をお持ちやねんぞお。特にM川先生は人格者で聖人で特別の医者で超能力者やねんぞお。M川先生はパッと人の顔を見ただけで、その人間が考えていることを読み取る能力があるねんぞお。M川先生はその人間の将来を読み取る能力があるねんぞお。わかっとんのか、チャンコロ、ろすけ、イタコ! わかっとんのか浪商チャンコロ! おまえなんかとはM川先生は階級が違うねんぞ、階級が。わかっとんのか。おまえは浪商の階級の人間でチャンコロの民族の人間。わしはドイツ人の民族で慶應の階級の人間。M川先生はドイツ人の民族で医者の階級。医者というのは特別に特別にエライえらいエライえらいという階級やねんぞお。ひれ伏してどんなことでもどんなことでも、何でも何でも従わんとバチあたるねんぞお。おまえなんか、M川先生のお顔をひと目見せていただくだけでもありがたいと思わんといかんねんぞお。このチャンコロろすけイタコ浪商プエルトリコめが、よくも生まれてきやがったな、このチャンコロろすけイタコ!!!」と言うのだった。その「M川先生」というのは「医者」という「普通の人間とは違う特別にエライ階級のお方」であるから「パッとひと目みただけで、その人間が考えていることを読み取る能力がある」、「パッと見ただけでその人間の将来を予測する能力がある」と言うのだったが、もしも、そういう能力があるのであったなら、その能力というのは、それは医者の能力ではなくて、ユリゲラーとか冝保愛子とか麻原彰晃とか小此木啓吾とか大川隆法とかいったような人、「霊能者」とか、もしくは妖怪物の怪の類の人の能力ではないのか・・・。そう思いませんか( 一一)
  それで、その「えっらいエッライえっらいエッライ、普通の人間にはない特別の能力をお持ちのお方」という「医者」の階級の「M川先生」という男が「『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお~る」とおっしゃった・・ということから、うちの父親は「宗教学科には行ってはいか~ん」「哲学科も行ってはいか~ん」と言い出したのだ。他にも「宗教はアヘンであるとマルクスは言うておるとM川先生がおっしゃってお~る」だけでなく「M川先生がおっしゃったこと」として「哲学科に行く人は頭のおかしい人です」と言い、「うちは文学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「うちは大学院になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「うちは学校の先生になんかならすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「うちは工学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」「うちは医学部なんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな。医学部のような6年かかる学部ではなくて4年で卒業できる学部にしなさい」「マスコミに勤めるのなら産経新聞かNHKにしなさい。朝日はアカやから勤めてはいかん。毎日もアカやから勤めてはいかん。アカじゃあ、アカじゃあ、アカじゃあ~あ!」「京大はアカやから行ってはいかん。京大はアカじゃあ~あ!」「国家公務員は転勤が多いからなってはいかん」「商社は外国に行かんといかんから勤めてはいかん」「うちは司法試験なんか受けさせるような金持ちとは違います。裁判官だの弁護士だのなんてなってはいかん」「うちは公認会計士なんか受けさせるような金持ちとは違います」・・と言うのだった。そう言った上で「わし、今まであんたに『こういう所に行け』とか『こういう所には行ってはいかん』とか『こういう仕事にはついてはいかん』とかなんて、たったの一言でも言うたことはないやろ。いくらなんでも、そのくらいのことはわかってもらわんといかん」・・と言うのだった・・が、あんた、今、言うたやろうが! あんた、まさに今、言うたばっかりやろうが。あんた、さっきから言いまくってきたやろうが・・・と思ったのだが、言いまくってきたということについて「病識がない」のか、「わしはものごっつい寛容で気持ちの優しいキリストの人間・釈迦の人間・孔子で孟子の人間であって、今まであんたに『こういう所に行け』とか『こういう所には行ってはいかん』とか『こういう仕事にはついてはいかん』とかなんて、たったの一言でも言うたことはないやろ。いくらなんでも、このくらいのことはわかってもらわんといかん。てってこっこテッテテッテらったらったらったらテッテコッコてっててってラッタラッタらったらあ~あ♪ 撃ちてしやまん、一億火の玉、欲しがりません、勝つまではあ! とってちってたあ~あ!」と言うのだった。結局、その「キリストで釈迦で孔子で孟子で聖徳太子やねん、わしはあ」というおっさんとそのおっさんが信奉する「医者の先生」のおかげで、小学校の1年から同級生が遊んでいる時もずっと勉強してきた努力の成果をすべて奪い取られた。私が親なら、いくらなんでも、そこまでやったらかわいそう過ぎると思うし、そんなことはやらない・・が、「釈迦でキリストで孔子で孟子で聖徳太子でスーパーマンやねん、わしはあ」というおっさんというのは私なんかとは違うようだった。
  それで、その「『宗教はアヘンである』とマルクスは言うてお~る」という「M川先生がおっしゃってお~る」という説だが、まず、その「えっらいエッライえっらいエッライ医者の先生」という「M川先生」の説が間違っているのだ。
高神覚昇『般若心経講義』(角川文庫)では、カール=マルクスが「宗教はアヘン」と言ったのはキリスト教のような宗教について述べたものであって、仏教のような宗教について述べたものではないと書かれているが、たしかに、カール=マルクスが『ヘーゲル法哲学批判序説』(岩波文庫)の中で「宗教はアヘン」という言葉を使用した時、そこに思い描かれている宗教というのはキリスト教やユダヤ教のことであって仏教のことではなかったでしょう。しかし、そんなことよりも、もっと根本的なことがあるのです。
蔵原惟人『宗教・その起源と役割』(新日本新書)に的確に説明されているのだが、
1.カール=マルクスは「宗教はアヘン」という表現を使ったことがあるのか、というと『ヘーゲル法哲学批判序説』(岩波文庫)の中で一度だけ使用している。あちらこちらで何度も使用しているわけではないが、一度だけ『ヘーゲル法哲学批判序説』という書物の中でこの表現を使っている。エンゲルスは使用したことはない。「『宗教はアヘン』とレーニンが言った」と さいとう たかを『ゴルゴ13』の中で登場人物の中国人が言う場面があったが、レーニンは「宗教はアヘン」という表現を使用したことはない。さいとう たかを の勘違いであろう。
2.この「宗教はアヘン」という表現はカール=マルクスだけが使った表現なのかというとそうではない。わかっているだけでも、詩人のハイネ・哲学者のヘーゲルなどが使用している。どうも、マルクスなどが生きた時代のドイツでよく使われていた表現であったらしく、マルクスもその時代のドイツでよく使われていた表現であったものを『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で一度使ったというものであったらしい。
3.この「宗教はアヘン」とう表現を最初に使ったのは誰なのか、というと誰なのかよくわからないらしいが、カール=マルクスではない可能性が大きいようだ。カール=マルクスは、あくまでもその時代のドイツでよく使われていた表現を『ヘーゲル法哲学批判序説』の中で一度だけ使用したということであって、カール=マルクスが最初にこの表現を使ったのではないようだ。
4.そして、大事なことだが、「アヘン」という言葉には2通りの意味があり、それは「毒薬」という意味と「なぐさめ」という意味で、たしかに、世の中には毒薬のような宗教もあるけれども、カール=マルクスは毒薬のような宗教を批判する時にはこの「宗教はアヘン」という表現は使用しておらず、そうではなく、キリスト教やユダヤ教のような宗教のことを「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味で「宗教はアヘン」という表現を使用している。決して「毒薬」という意味では使用していない。
5.それなら、宮沢俊義『憲法講話』(岩波新書)によると、ソビエト連邦の憲法では「信教の自由は保障する。無神論は支持する」だったか、無神論を肯定する文言があったと思うのだが、それはなぜなのか。マルクスとエンゲルスとレーニンの3人では宗教批判が一番厳しかったのはレーニンだったらしいが、それはレーニンが生きた時代のロシアにおいては、他の国よりも宗教と政治の結びつきが強かったからということがあったようだ。
  そういうことで、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」、そして「すべての人が宗教によるなぐさめがなくても、現実に生きる社会において幸福の果実をつかめるようになったならば、なぐさめとしての宗教は必要なくなっていくであろう」といったことは言っていたと思うが、「なぐさめを必要としない社会を築くことなく、なぐさめだけを奪い取ることはおこなってはならないことである」と言っていた・・はずだ。
  だから、「えっらいエッライえっらいエッライ、医者という特別にえらい階級のお方」という「M川先生」といううちの父親の親友がカール=マルクス『ヘーゲル法哲学批判序説』の内容を間違えていたのだった・・というよりも、たぶん、その「えっらいエッライえっらいエッライ医者のM川先生」というのは『ヘーゲル法哲学批判序説』なんて読まずに言いまくっていた可能性が大きいと思われる。 うちの父親はそういう人間にのせられる男であり、そういう人間を「神さまや、あのお方は間違いなく救世主や」などと言うようになる男だった( 一一)
  時々、野蛮人で「宗教はアヘンであるとマルクスは言うてお~る。焼き討ちじゃあ、焼き討ちじゃあ、焼き討ちじゃああ~あ!」とうちの父親みたいなことを言いたがる、「焼き討ち織田信長大好き人間」がいるのだが、そういう人というのは精神構造が脆弱な人が多いと私は思っている。
  なんか、話が他の方に行ってしまったが、「ほうとうは武田信玄が作った」のではなく、山梨県のどこかの料理人か家庭の主婦かが作ったものが広まったのではないかと思うし、「『宗教はアヘン』とマルクスは言うておる」としても「宗教は毒薬だ」という意味ではマルクスは言っておらず、「宗教は貧しい人たちにとってのなぐさめである」という意味でカール=マルクスは言っていたはずである。そして、
侵雪橋・棹回廊・北大島の石橋、西岸の小川にかかる2枚の石からなる石橋の4つ
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↑ 「侵雪橋(しんせつきょう)」「十三景の六」
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↑ 「回棹廊(かいとうろう)」「十三景の十二」
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↑ 「北大島の石橋」
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↑ 「印月池の西側、臨池亭・滴翠軒の前の池と印月池を結ぶ小川にかかる石橋」
この4つを「渉成園の4名橋」と私が言うてお~る・・
・・と私が言っても、「頼 山陽が言うてお~る」というのと違って誰もありがたがってくれる人はない・・・。
ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説 (岩波文庫 白 124-1) - カール・マルクス, 城塚 登
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宗教―その起原と役割 (1978年) (新日本新書)
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権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36) - なだ いなだ
権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36) - なだ いなだ
「建築家」とか「☆☆大学建築学科教授」とか「一級建築士」とか称して言うと「ひとは言うことをきく」と思っている権威主義者というのが、現在、けっこういて、そんなのに乗せられている愚かな人間というのもけっこういるのだけれども、「頼 山陽が選んだ渉成園の十三景」については、実際に選んだのが頼 山陽であったか他の人であったかにかかわらず、なかなか・・と思われるものが選ばれていると思う。

  これは愛知産業大学の建築学科のスクーリングの時にM先生が話されたことでもあるのだが、「建築家」というのは国家資格でも何でもなくて「言ったもの勝ち」なのだ。「建築家 町野木造」とか書かれた名刺をパソコンででも作ってプリントして配れば「建築家」なのだ。「スタンドカラーシャツを着れば建築家」は、スタンドカラーシャツというのはネクタイはしないという前提のものだから、図面を作成する作業をする場合は前にネクタイが垂れてこない方が作業しやすいし、建築現場で回転する機械が動いているような場所ではネクタイをしていて巻き込まれると危険なのでネクタイをしないという前提のシャツを着るというのは合理的だが、「ヒゲはやせば建築家」とか「まっかなツードアのスポーツカーに乗れば建築家」とか「ちょっと変わった帽子かぶってへんてこな服装すれば建築家」とか「大久保清みたいな格好すれば建築家」とか「羽根つきの暴走族みたいなクルマにのると建築家」とか、「アホのくせにえらそうにすれば建築家」とか、「構造と使い勝手を無視した素人以下のプランニングをやれば建築家」とか、そんな感じの設計事務所のおっさんとかそのへんにいると思うが、あほくさい限りである。その点、「建築士」の場合は一級建築士・二級建築士・木造建築士のいずれかの試験に合格して登録して名乗れるので、合格していないのに名乗ると詐称になるが、「建築家」の場合は「名のったもの勝ち」でほとんど意味はないのに対して「建築士」は資格試験に通って登録して「建築士」というのでそれなりに意味がありそうに思えないこともないが、逆に「試験に通ったからといって何だ」みたいな人が多い。オウム真理教の構成員だった誰やらが大学の天文学科卒で、麻原彰晃から星座占いができることにしろと言われて、「天文学科と星座占いは関係ないです」と言うと、「関係なくても天文学科卒だから星座占いができると言えば人は信じる」と言われてそうだということにさせられた〔そのあたりは「高卒の人の発想」で、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の初代社長が「東大出のプロゴルファー志望」「東大出の弁護士志望」というのを従業員扱いして採用して、実際には仕事していない人間を「うちの会社にも東大出の人間いるんですよお」と言えば評価されるだろうなどとアホなことを考えたのと同系の思考である。私なんかは東大卒の人で優秀な人もいるだろうけれども、実際に仕事をしない人間、そこの会社で働く気がない人間に給料やってもしかたがないと考えるが、実際には「一流大学」卒の人間を採用しても活かすのは絶対嫌だという「高卒のおっさん」が「うちの会社にも東大出の人間いるんですよお」ということにするためだけに「東大出のプロゴルファー志望」なんてアホなやつを採用するという思考と、「天文学科卒」だから「星座占いもできるだろう」と人は考えるであろうという思考はいずれも「高卒のおっさん」の思考で、その点については麻原彰晃と大澄賢次郎は共通している。〕・・という記事をどこかで見たが、それと変わらない「建築士」がいる。建築士の試験に通って登録したというのは悪いことではないが、建築士の資格試験に出題される問題と関係ないようなものにまでわかるようなふりして「言うことをきかす」ようにしようとするが実際はわかっていないというヤカラが多い。フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://www.freedom.co.jp/ では「なんとかアーキテクト」とかわけのわからんカタカナの肩書を名乗らせていたが、それは「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば「デタラメやっても人は言うことをきく」という信仰を持っていてそれをやりたいやりたい症候群の””重症患者””なのだが、残念ながら建築士の試験に通らないものだから、かわりに「なんちゃらアーキテクト」とか舌かみそうなカタカナの名称をでっちあげていたのである。「☆☆大学建築学科教授」の場合はそんなことはないか・・というと、まともな人もいるとは思うが、「なんちゃらアーキテクト」と変わらん程度の人、「大久保清みたいな格好すれば建築家」と変わらん人というのもいる。
  「建築家」を名乗ればえらそうにして報酬もらえると考えている「そのへんの設計事務所のおっさん」、「先生」と呼んでもらいたがるシンドロームの建築の実際についてわかってないおっさんは「バカでも入れる私大の建築学科」卒か試験なんて最初からない「建築専門学校卒」かが多い、いわば「カネで買った学歴」の人間だらけだが、その点、「☆☆大学建築学科教授」の場合は東大の工学部建築学科とか京大の工学部建築学科とか卒業しているのではないか・・とか思うと、「建築家 安藤忠雄」なんてのは東大工学部教授だが自分自身の学歴は大阪市のあんまり聞いたことない府立工業高校卒だし~い、なんか「建築家 安藤忠雄の設計による」とかいうフレーズがつくとありがたがる人がいるが、「安藤忠雄の代表作」ということになっている「水の教会」「光の教会」なんてのは、「水の教会」の方は北海道のトマムに星野リゾートという会社が作った「結婚式場専用教会」であり、『聖書』なんて1ページも読んだことがない人間が「キリスト教式」の結婚式をあげたいと言って結婚式をやるための「教会」、教会もどきであり、私ならそんな仕事は引き受けたくないと考えるところだが、「建築家 安藤忠雄」は平気で引き受けて設計をやりそれだけなら「この人はそういう仕事をやる人なんだな」というところだが、そういう「『聖書』なんて1ページも読んだことがない人が『キリスト教式』の結婚式をあげるための結婚式専用教会」の設計をやるのなら、「結婚式場専用教会」ではない教会の設計の方は頼まれても断るべきであるはずだが、ところが「建築家 安藤忠雄」という節操のない男は片方で大阪府茨木市の日本基督教団春日丘教会の教会堂の設計も引き受けて、それが「光の教会」と言われている。なんとも節操のない男である。日蓮宗の妙覚寺の僧の日奥(にちおう)は《(豊臣)秀吉が京都東山の方広寺につくった大仏の千僧供養会(せんぞうくようえ)に》それは日蓮宗の考え方に反するとして《出仕を拒み、妙覚寺を去りました》ということがあったが〔村上重義『日本の宗教』(1981.岩波ジュニア新書)〕、安藤忠雄は日奥(にちおう)とは逆の人間ということだ。それが「建築家」であり「東京大学工学部建築学科教授」なのだ。江戸幕府の家臣であった榎本武揚と勝海舟が、自分が使えていた徳川家を倒して政権を握った明治維新政府で高い役職につかせてもらっているという点に、福沢諭吉は伯夷叔斉のようにまでやらなくてもいいが、榎本武揚と勝海舟の態度はいくらなんでも節操がなさすぎるのではないかと『痩せ我慢の説』(『日本の名著 福沢諭吉』中公バックス 所収)という文書を両名に送りつけるとともに書物として発行したが、両名から福沢諭吉に返答はなかった・・というが、安藤忠雄もまた、片方で「結婚式場専用教会」という教会もどきの設計を引き受けて、他方で日本基督教団の教会の教会堂の設計も引き受けるというその態度は節操がなさすぎる。〔安藤忠雄建築設計事務所http://www.tadao-ando.com/ に『痩せ我慢の説』を送りつけてやろうか・・(^○^) 〕
日本の宗教: 日本史・倫理社会の理解に (読みなおす日本史) - 重良, 村上
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日本の名著 (33) 福沢諭吉 (中公バックス) - 福沢 諭吉, 永井 道雄
日本の名著 (33) 福沢諭吉 (中公バックス) - 福沢 諭吉, 永井 道雄
  私は六本木の国立新美術館の安藤忠雄展で再現された建物は見たけれども茨木市の実物は見ていないのだが、場所から考えると自然環境の悪くない場所のはずだが、そういうところでわざわざコンクリートの箱の中に入って礼拝するという奇妙な発想のものを造って、それが「光の教会」と、「『建築家 安藤忠雄』の代表作」ということになっているが、思考がおかしいと思う。「水の教会」「光の教会」とセットみたいに言われるが、『聖書』なんて1ページも読んだことがないやつが「キリスト教式」の結婚式をあげるための「結婚式場専用教会」の設計とそうではない日本基督教団の教会の教会堂の設計とを両方引き受けるという節操のない男には、私が春日丘教会の人間ならばそんなやつに設計を依頼したりはしない。キリスト教会の設計をやりたいと思うなら、建築の本を何冊も読むより前に旧新両約聖書を一通り、腰を落ち着けて読むべきであり、それもできないとしても、せめて『旧約聖書』の『創世記』『出エジプト記』『ヨブ記』と『新約聖書』の4つの『福音書』くらいは読んでからにするべきだ。「『聖書』なんて1ページも読んだことがない人が『キリスト教式』の結婚式をあげるための『結婚式専用教会』」の設計をやることに抵抗を感じない人間、そこで「キリスト教式」の結婚式をあげた男女が平気で離婚することに何ら抵抗を感じない人間で、片方で日本基督教団の教会の教会堂の設計も平気で引き受ける男というのが「建築家 安藤忠雄」であり「東京大学工学部建築学科教授」であり、そのエピゴウネンみたいな「建築学科教授」が他にもいるように思う。「☆☆大学建築学科教授」と名のれば「人は言うことをきく」みたいに思っている人がいるように思う。

  なお、カール=マルクスが言っているように、宗教には「実際の社会で幸福の果実をつかむことができない人にとってのなぐさめ」という面があると思うが、「なぐさめ」という意味あいだけではない・・かもしれないとも思っている。だから、「なぐさめ」を必要としない社会を築くことができたとしたならば、宗教はなくなるのではなく、より本来的な姿になる・・かもしれないが、「なぐさめを必要としない社会」というのはそう簡単に築けるわけでもないのではないか・・とも思う。

  「わかっとんのか。わしはドイツ人の民族で慶應の階級。おまえはチャンコロの民族で浪商の階級。M川先生はドイツ人の民族で医者の階級やねんぞお~お。医者というのは普通の人間とは違う特別にエライ階級やねんぞお。医者という普通の人間とは異なる特別にえらい階級のお方のことをおまえなんかと同じ階級やと思うてはならぬぞ、浪商! おまえと同じ民族やと思うてはならぬぞ、チャンコロ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな! とってちってたあ~あ!」
とうちの父親から毎日毎日言われ続けてきて、そして、
「民族の恨みを忘れるな(不忘民族恨)」
「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」

と思うようになった。又、「階級の違い、民族の違いというものは、これは天の神さまがお造りになったものであって、それを変えようと思うても決して変えることはできないし、変えようとする者を天の神さまというお方は決して決してお許しにはならぬぞ、チャンコロ! わかっとんのか浪商!」と毎日毎日言われてきたので、そう言われてきた結果、
「造反有理(造反には理由がある)(反逆は正しく、抑圧は間違っている)」
「革命無罪(革命は無罪だ)」

と思うようになった。
毛沢東 (文庫クセジュ) - フランソワ・マルモール, 杉辺利英
毛沢東 (文庫クセジュ) - フランソワ・マルモール, 杉辺利英

  侵雪橋を渡った西岸には傍花閣があり、傍花閣の西には傍花閣を山門とした持仏堂の園林堂があります。傍花閣と園林堂については[第927回]《渉成園【4】臨池亭・滴翠軒・檜垣の灯籠。桜と本来は楼門らしい傍花閣と園林堂。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_2.html で述べましたのでそちらを御覧ください。

  園林堂の南に、↓
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「盧菴(ろあん)」〔1957年(昭和32年)再建。〕(1959年のBOACスチュワーデス殺人事件の2年前。)(1950年の朝鮮戦争勃発の7年後、1964年の東京オリンピック・東海道新幹線開通・名神高速道路開通の7年前。朝鮮戦争勃発と東京オリンピック・東海道新幹線開通の真ん中。)
《 二階建ての茶室です。階下は七畳で、西側に床をかまえ、二方に縁がついています。・・・・
  「盧菴(ろあん)」は江戸時代の文書では「露庵」と書かれており、中国・唐代末(9~10世紀)の禅僧・雲門文堰(うんもんぶんえん)の言行録から「露」の一字をとり、室内にその扁額(へんがく)をかけていたようですが、現在では違う字をあてています。》
( 『名勝 渉成園ー枳殻邸ー』2011.3.3.第2版 発行:真宗大谷派 宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所)
黒い福音 (新潮文庫) - 清張, 松本
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  「盧菴(ろあん)」と廊下でつながった南側にあるのが、
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「閬風亭(ろうふうてい)」〔1865年(慶應1年)頃再建。〕〔明治維新の1868年の3年前頃。「嫌でごわす(1858)とムラビヨフ」、1858年、愛琿(アイグン)条約の7年後頃。1860年、桜田門外の変の5年後頃。〕
《 殿舎の南端の大広間。軒を深くさし出し、規模の大きな建物ながら、穏やかな姿を見せています。・・・・
 「閬風(ろうふう)」とは、中国・崑崙(こんろん)山脈の丁部にあるといわれる山の名前で、仙人が住むとされており、賓客をお迎えする大書院にふさわしい名前がつけられています。》
  北中島から見ると、↓
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  『名勝 渉成園ー枳殻邸ー』〔2011.3.3.第2版 発行:真宗大谷派 宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所〕によると、この「閬風亭(ろうふうてい)」が建っているあたりに、かつては「偶仙楼(ぐうせんろう)」という建物が建っていて、「十三景の九」に選ばれていたらしい。
《 現在の閬風亭(ろうふうてい)付近にあったとされる高楼で、江戸時代初期の古絵図には、伏見城から移築されたという桃山風の大書院に付随した高楼が描かれています。
  安政の大火(1858年)での焼失後、再建されたようですが、蛤御門の変による類焼(1864年)の後、再び建てられることはありませんでした。》 「嫌でごわす(1858)とムラビヨフ」アイグン(愛琿)条約条約の1958年に京都では安政の大火があったらしい。

  「閬風亭(ろうふうてい)」の前付近から印月池(いんげつち)を見ると、↓
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↑ 写真はクリックすると大きくなるので大きくして見てください。 左に「源融(みなもとのとおる)ゆかりの塔」がある島が見え、その右に南大島(臥龍堂)が見えます。 背景のビルが無粋・・といえば無粋ですが、京都でも街中にありますので、このくらいはやむをえないのか・・。
  かつては縮遠亭から東山の阿弥陀が峰が見えたが樹木が茂って見えなくなった・・というのですが、今では、むしろ、樹木が高く茂っている部分では周囲のビルを樹木が隠しているようなところがあります。

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↑ 「漱枕居」〔1865年(慶應1年)頃再建。〕
↑ は「閬風亭(ろうふうてい)」の前付近から見たものです。
「十三景の十一」
《 印月池の西南に位置し、水上にのりだすように建てられています。四畳半と三畳敷の続く座敷と土間からなり、三畳の東には左右に手摺付の縁があります。
  漱枕居の名は、旅路にあることを意味する「漱流枕石(そうりゅうちんせき)」の語から採られています。・・・》
( 『名勝 渉成園ー枳殻邸ー』2011.3.3.第2版 発行:真宗大谷派 宗務所(東本願寺)本廟部 参拝接待所)
  北大島から見ると、↓
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  次回は、大玄関、渉成園の入口についてなど・・

  (2022.6.7.)

☆ 渉成園(京都市下京区)訪問。
1.建築の見学後、早めに文章にしないと記憶と印象が薄れる。「吐き出す物」がある人間は吸収しにくい。差別政策としての知能指数。遠山『競争原理を越えて』は実状を見ないで書かれた本、賛成できかねる部分がある。数学科・史学科は価値があって社会科学系学部卒は高卒と同じ扱いにしろという主張は横暴で不適切。「高卒のおっさん」偏重が公平ではない。本を読む際に自分を省みる為でなく人を攻撃する道具を仕入れる為に読む人がいる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_3.html
2.京都駅から真宗本廟を経て渉成園西門。「エイブル看板」は街並と調和を考えた色にできないか。パンタグラフの変遷。「昭和」を江戸時代みたいに言うな、「戦前の昭和」と「戦後の昭和」を一緒にするな。東海道本線は「東京と神戸を結ぶ為の鉄道」として作られたのではない。「東京もん」の悪質な大阪嫌い。仏旗と一条三色旗の意味。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_5.html
3.入園口から高石垣を見て庭園北口へ。渉成園の桜。松花堂は弁当屋ではない、ティファニーは軽食屋ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_1.html
4.臨池亭・滴翠軒・檜垣の灯籠。桜と本来は楼門らしい傍花閣と園林堂。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_2.html
5.代笠席・印月池・侵雪橋・五松塢・回棹廊・丹楓渓と渉成園の桜。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_3.html
6.回棹廊・紫藤岸・傍花閣と桜。北大島の縮遠亭。源融ゆかりの塔・臥龍堂(南大島)・漱枕居・閬風亭。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_4.html
7.「渉成園4名橋」侵雪橋・北大島の石橋・西岸の小川の石橋・棹回廊。盧菴・閬風亭・漱枕居。〔今回〕
8.庭園南口・双梅檐・大玄関・馬繋ぎ。南側の門。「裏口入学した・させた」なんて自慢することと違うやろ!https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_6.html
9.東側・河原町通り・北側の通り・西側の仏願寺。京都駅。そして真宗本廟(東本願寺)の「ええ?」・・・https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_7.html

☆ 真宗本廟(東本願寺)参拝
1.京都駅から北に歩けば、真宗本廟(東本願寺)。京都駅から程よい距離。東本願寺の前の道はトラックの休憩所ではない。使用者はトラック運転手の休憩場所・待機場所をきっちりと確保せよ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_7.html
2.阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂、鐘楼、手水屋形。正門はどちらか・・。裏口入学する者は正規に入試に合格しようとする者を妨げる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_8.html 
3.境内から阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂。「法話」。「しんらん交流センター」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_9.html
4.大寝殿・菊門・玄関門。「ギャラリー」。 街の景観との調和は悪くはないが、交番は交番とわかりやすい意匠にする必要はないか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_10.html  

宗教批判をめぐる―宗教とは何か〈上〉 (洋泉社MC新書) - 田川 建三
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マタイ福音書によせて―宗教とは何か〈下〉 (洋泉社MC新書) - 田川 建三
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