渉成園訪問【8/9】庭園南口・双梅檐・大玄関・馬繋ぎ。南側の門。「裏口入学した・させた」て自慢することと違うやろ!

[第931回]
  渉成園(京都市下京区)訪問の第8回です。
  さて、前回は閬風亭(ろうふうてい)・漱枕居(そうちんきょ)の写真を掲載しましたが、そろそろ、「庭園南口」に近づいてきました。↓
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『名勝 渉成園-枳殻邸ー』(2011.3.3.第2版。発行:真宗大谷本廟(東本願寺)本廟部 参拝接待所)に掲載の「渉成園イラストMAP」を見ると、「参観順路」として「庭園北口」から入って「庭園南口」から出るように矢印が書かれているのですが、実際には「庭園北口」から入って「庭園北口」から出て帰る人がけっこう多いようで、「庭園南口」は「庭園北口」に比べて人が少ない。 しかし、せっかく来たのですから、こちらの方もまわってみるべきかと思います・・が、入口を見比べても、「庭園北口」は↓
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・・・ですから、「庭園北口」の方が正門みたいな感じで、それなら「庭園南口」はというと、裏口? ・・・てことはないとしても、「庭園北口」に比べると質素です。

  1970年代の終わり、渉成園訪問の6回目で登場したうちの父親の親友だった医者屋のM川という男(当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)が「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネで私立金権関西医大にドバカ息子を裏口入学させたというのを自慢してしかたがなかったのですが、最近、「できちゃった婚」する人が増えてきて、さらには「産んじゃった婚」やる人も増えてきたらしいのですが、〔さらには、『聖書』なんて1ページも読んだことないのに「キリスト教式」で結婚式をあげる人が増えてきて、そして「できちゃった婚」のくせに「バージンロード」なんてのを歩いて挙式する人が少なくない( 一一) ・・・らしいが〕(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ にいた時、1990年代、福島県いわき市の営業所にいた時、「できちゃった婚」で結婚する者がいた時に、いわき地区の営業所の人で「できちゃった婚で結婚するやつなんて、大威張りで結婚式やるな。もうちょっと恥ずかしそうに結婚しろ」と口にした人がありましたが、私などもそんな感覚でした。同様に「裏口入学で大学に行ったやつ・裏口入学で息子を大学に入れたやつが自慢するな。たとえ、裏口で大学に行く・行かすにしても、もうちょっと恥ずかしそうにしろ」とM川の言うことを聞いて思ったものでした。違いますか? 裏口入学て自慢するものですか? たとえ、やるにしても裏口で大学に入る人、裏口で息子を大学に入れた親というのは「もうちょっと恥ずかしそうにしろ!」と思いませんか?
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  ・・・で、渉成園の「庭園南口」は裏口入学ということではないのですが、「庭園北口」に比べると質素で人も少なく、ガイドブックの「渉成園イラストMAP」に「参観順路」として書かれていなかったなら、「ここ通っていいのかな」と気兼ねしそうな感じです。

  漱枕居(そうちんきょ)は「頼山陽が選んだ十三景の十一」に選ばれていますが、閬風亭(ろうふうてい)は「十三景」には選ばれておらず、閬風亭(ろうふうてい)が建っているあたりにかつて建っていたというが今はない「偶仙楼(ぐうせんろう)」が「十三景の九」に選ばれていたらしく、そして、閬風亭(ろうふうてい)の南のあたりの「双梅檐(そうばいえん)」「十三景の十」に選ばれていると『名勝 渉成園-枳殻邸ー』(2011.3.3.第2版。発行:真宗大谷本廟(東本願寺)本廟部 参拝接待所)には書かれています。

  「双梅檐(そうばいえん)」とは、
《 紅梅・白梅が20株ほど植えられた梅林です。毎年、2月から3月にかけて花を咲かせて香りを漂わせています。
  「檐」とは「ひさし」の意味で、蛤御門の変(1864年)による類焼以前は、今より閬風亭(ろうふうてい)(大書院)の規模が大きく、屋根がこのあたりまでかかっていたことに由来する名前です。》(『名勝 渉成園-枳殻邸ー』2011.3.3.第2版。発行:真宗大谷本廟(東本願寺)本廟部 参拝接待所) ということですが、桜より約1か月早い梅の花の季節は過ぎており、気づかずに通り過ぎて帰ってきてしまいました。

  「双梅檐(そうばいえん)」のあたりというと、↓
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↑ が閬風亭(ろうふうてい)で、
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↑ これは何かというと・・・トイレ(^^♪
  トイレの写真なんか撮ってどうするんだと思う方もあるかもしれませんが、当方は建築探偵団なので、トイレというどうしても必要なものだが、その施設の景観を考えると設置の仕方にけっこう苦労するものをどのように設けているのか・・といったあたりにけっこう関心があるのです。
  周囲に同化したデザインにするのか、むしろ、逆に自己主張をするようなものにするのか。ここでは周囲に同化して不自然感がない建物として作られています。
  ・・・で、「双梅檐(そうばいえん)」はというと、帰ってきてから『名勝 渉成園-枳殻邸ー』(2011.3.3.第2版。発行:真宗大谷本廟(東本願寺)本廟部 参拝接待所)を読んで、「あのあたりだったんだあ」と思ったというもので、現地では特に写真を撮りたいとも思わなかったのです。だから、残念ながらここで公開できる写真もありません。
  桜という木は花が咲いている時は華々しくきれいですが、葉が出てきて花が散ってしまうと、残りの季節は地味な木ですが、桜の場合、花が咲いている時が派手なので特にそう思うのですが、桜に限ったことではなく、梅も藤も花が咲いていない時に見ると地味です。それを考えると、庭には様々な樹木を植えるようにすれば、それぞれの季節によって順繰りに花が咲いていくので四季を通じて楽しめる。又、松などは花を見る木ではなく、年中通して楽しめるものですから、そういったものと組み合わせて植えるようにすれば、年中、庭を楽しめるということになるでしょう。
  しかし、個人の家の庭の場合、難しいのは花が咲く木がいくつか植わっている場合、植木屋さんに来てもらうのはいつにするべきなのか、という問題があります。本山とかのお寺の場合には、年がら年中、植木屋さんが来ていてチョキチョキやっているように見えます。お寺の場合はいいのです。しかし、個人の家の場合、年に1回、来てもらうことができればいい方でしょう。
  たいした木が植わっていない場合は自分で刈ったりしますが、松とかは植木屋さんにやってもらうようにした方がいいでしょう。「あそこの家、年に2回も植木屋さんが来てるわ」という言葉は、「金持ちやねんねえ」という意味がこもっているのですが、その木によって刈るのに適切な季節が微妙に違うので、それぞれの木に合わせて刈ってもらうようにするのが木には好ましいのでしょうけれども、実際問題として「普通のサラリーマン」はなかなか、年に2回も来てもらうだけの費用を払えないので、年に1回がいいところということになるのです。
  うちの父親は「この家はすべてわしが築いたものであって、あんたがこの家の為に何かやったというものは何ひとつとしてないんやからな。何ひと~つ、何ひと~つ」と毎日毎日、年中言いまくってきましたが、「よく言うわ」・・・と思いました。
  「隣り、植木がずいぶんと伸びとるなあ。みっともないなあ」とか言っておっさんは「わしの方が隣のおっさんよりエライんや」みたいに思って喜んでいたのです。しかし、我が家は年に1回だけしか植木屋さんには来てもらっていなかったのだけれども、1回来てもらっても木によってはまたすぐ伸びるのですが、我が家の植木は年中きれいでした。な~んでか?
  (答え)私が刈っていたから。・・・それを「あんたがこの家の為に何かやったものは何ひとつとしてないんやからな。心得違いを起こすなよ。チャンコロ!」とおっさんは毎日毎日、年中言いまくってきましたが、「よく言うわ」と思いました。
  だいたい、「あんた、私が刈った芝の上でゴルフのパットの練習やっとっただろうが」とも思ったのですが、それでも「あんたが何かやったものは何ひとつとしてないんやからなあ。心得違いをおこすなよ、チャンコロろすけ!」と言うのでしたが、「心得違い」を起こしていたのはどっちか・・・。

  うちの父親とうちの母親の弟(叔父)とは大変仲が良かったのですが、うちの父親と仲が良かった母方の叔父は「葬式になると何かやる男」でしたが、うちの父親の葬式の日には「あんたは兄弟はねーちゃんしかおらんのやから、今後、あんたはどこかに勤めるにしても保証人になってもらうのはうちに頼むしかないんやからなあ。その点、うちは息子は2人おるから、あんたに保証人になってもらわんでも兄弟で保証人になりあいすることができるから、あんたに頼むことは絶対にないからな。今後はあんたはうちに頼むことはあっても、うちがあんたに何か頼むことは絶対にないんやから、覚えとけよお!!!」とまさに葬式の日にそういうことを言いよった。「覚えておけよお!」と言われたからには、そりぁ忘れてはいかんなと思って覚えていたのだが、それからたいして経たないうちに「息子の結婚式に出てくれ」と頼んできよった( 一一)
  「うちは今後あんたに何か頼むということは絶対にないんやから、覚えておけよお」とひとの親の葬式の日に言ったのはどこのどいつや?
  そして、その叔父は「あんたはどこかに勤める時に保証人になってもらおうと思ってもうちしか頼む相手はないんやから、あんたは今後、うちには絶対に頭あがらんのやから覚えておけよお」とそういう口をきいて、そのあげくに一度も保証人になることなく、2019年、大阪北部地震の頃、15歳年上のうちの母親よりも先に死によった。要するに、上祐と一緒で「口だけの人間」やったということか。叔父はラグビー選手で、選手を引退した後は関西の私立大学のラグビーの監督をやるとともにラグビーで「大学教授」になっていたのだが、そういう態度のことを「体育会系の礼儀作法」と言うのだろうか。そういう態度のことを「さわやかスポーツマンシップ」とか言うということか。さすがは「大学教授」だけあってやることが違いまんなあ、ほんま( 一一)
  うちの父親というのは偏食が多い男でしたが、自分が偏食が多くても、だから、私にも食べるなと言うことはなく、逆に「これ、気持ち悪い。あんたが食べなさい」と言う男だった。「気持ち悪い」と言ってうちの父親が食べないというものでも、特別のゲテモノではなく、たとえば、レタスは全体が黄緑色のレタスはうちの父親は食べたのだが、先端が紫色をしているサニーレタスは「これ気持ち悪い」と言って、せっかく出しても食べない人で、それを「あんたが食べなさい」と言って私に食べさせるのだった。しかし、「これ気持ち悪い」から、だから「食べないでおき」と子供に言うのならともかく、「これ、気持ち悪い」から自分は食べないから「あんたが食べなさい」という親って、いったいどんな親なんや?・・⇒というと、うちの父親のような親だったのだ。
  それで、うちの父親というのは「レタスとキャベツならどっちがいいか?」と尋ねると「キャベツ」と答える人で、「蜜柑と林檎ならどっちがいいか?」と尋ねると「林檎」と答える人だったのだ。なぜかというと、「レタスは食べる時にむしらないといけないがキャベツはそういうことをしなくても、あらかじめ切ってあるから」で、「蜜柑は食べる前に皮をむかないといけないが、林檎は皮をむく必要がないから」でした。なんで?・・と思いませんか。私なら「レタスは包丁で切らなくても洗うだけで食べられるのに対して、キャベツは包丁で切らないといけないからレタスの方がめんどうくさくない」「蜜柑は手で皮をむけるが林檎はナイフで皮をむいて切らないといけないから蜜柑の方がめんどうくさくない」と考えるのですが、うちの父親の思考は逆だったのです。「キャベツはあらかじめ切ってあるから」「林檎はあらかじめむいてある、切ってあるから」なのです。しかし、おっさんが食べる時には切ってある・むいてあるとしても、それは誰かが切っている・むいているからなのです。だから、うちの父親は言うのです。「それは女の役目です。甘ったれなさんな」と。たしかに、うちの母親はキャベツを切り、林檎をむいてうちの父親に食べさせてきた。キャベツを切ってもいいし林檎をむいてもいいけれども、それを当たり前のように思っているうちの父親に対して相当気分を害していたようでしたが、「当たり前です。それは女の仕事です。」とうちの父親は言っていたのです。そして、うちの母親か姉かに切らせてきた、むかせてきたのです。しかし、姉2人が結婚して家からいなくなり、そして、私が20代の時、うちの母親が足を怪我して炊事場に立てなくなった時にはうちの父親はどうしたかというと、「切ってくれ」「むいてくれ」と私に言ったのです。私は性別としては男ですが、それでもうちの父親は言うのでした。「女のすることです。それは」と。「甘ったれとってはいかんぞ、甘ったれとっては。てってこっこテッテテッテらったらったらったら♪ テッテコッコてっててってラッタラッタらったらあ~あ♪ 撃ちてしやまん! 一億火の玉ア!」と。そして、私がキャベツを切り林檎をむいて、おっさんはそれを食べたのです。そして、おっさんはこう言ったのです。「あんたがわしにやってもらったことは、これまでにいっぱいあるけれども、わしがあんたに何かひとつでもやってもらったということは何ひとつとしてないんやからな。何ひと~つ、何ひと~つ、何ひと~つ!」と。あんた、今、私が切ったキャベツを食ったやろうが! あんた、まさに今、私がむいた林檎を食ったやろうが!!! ・・・と思ったのですが、そういうおっさんでした。母の弟の「ラガーマン」の叔父とうちの父親は大変仲が良かったのですが、仲がいいだけあって、やること言うことも大変よく似ています。
  うちの父親は「あんたはこれまでにもわしに世話になってきたことはいっぱいあるけれども、わしはあんたに何かやってもらったことは何ひとつとしてないし、今後ともわしはあんたに何かやってもらうということは絶対にないんやから、覚えておけよ」と叔父とそっくりの文句を何度も言っていました・・・が、「覚えておけよ」と言われたからには忘れちゃいかんと思って覚えているのですが、その文句の指示に従うならば、うちの父親の入っている墓の掃除なんかしてはいけないということになりそうですが、それでも、定期的に行って雑草を抜いたりしていますが、「わしは今後とも、あんたに何か世話になるということは絶対に何一つとしてないんやから、覚えておけよ」と言われたからには墓の掃除なんかしてはいけないということなのでしょうか。
  イトコの結婚式には出てくれと言われたからには出るものだと思ってでましたが、「今後、うちはあんたに何か頼むということは絶対にないし、あんたに何か世話になるということは絶対にないんやから、覚えておけよ」と「ラガーマン」のおっさん、「大学教授」のおっさんが言いよったからには出るべきではなかったのか。出るべきではないものに出てしまったのか・・・( 一一)
  高校に入学した頃、私は比較的早い時期から近視になってしまったのでラグビーはやりたいと思っても無理だと思っていましたが、北野高校のラグビー部の人間の練習を見て、もし近視になっていなかったら、ラグビーなんてできたらいいだろうなあ・・と思ったりもしたものでした・・・が、うちの叔父を見ると、ラグビーやったらあんなになるんやったら嫌やなあ・・・と思うようになったのです。「アタマがラグビー」になると、ああいう人間になるんかあ・・( 一一) と思うと、ラグビーなんてやらん方が良さそうやなあ・・・という気持になりました。

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  ↑ 「庭園南口」の付近での壁と「控え」(ひかえ)
(株)一条工務店 にいた時、誰だったか忘れてしまったが、「控えなんてとっても意味ないです。控えなんてあってもなくても一緒です」と言ったやつがいたのだが・・・、そんなことないと思いますよ。

  今現在、渉成園に訪問する者は西側の「入園口(西門)」から出入りしますが、一般訪問者は出入りしない門ですが、「庭園南口」の両側に南に面して門が1つずつあります。
  「庭園南口」の庭園側(東側)にある門が、↓
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  これは外側から見ると、↓
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  「庭園南口」の西側にある門が、↓
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  これは外側から見ると、↓
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  渉成園の南側の道 ↓
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↑ には門が2つ存在しますが、その2つでは西よりの門の方が大きく、「名勝 渉成園」と彫られた石碑も建っています。

  その大きい方の門の内側、北に ↓
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↑ これは何かというと、「大玄関(おおげんかん)」〔1884年(明治17年)頃移築〕
《 1880(明治13)年〔1881年の明治14年の政変の前年。「岩魚(いわな)ご(1875)っそり」千島樺太交換条約の1875年の5年後。「岩波(1873)ほど大きくない明六社」明六社設立の1873年の7年後。〕7月、明治天皇が京都に来られ、渉成園で休息された際、本山・東本願寺の境内に残る宮御殿とともに大宮御所から移築を約され、後に移されてきた玄関です。 正面四間・切妻造の壮大な車寄せに、二間の内玄関が設けられ、内部には八畳二間があります。
  また、車寄正面の馬車廻し南側には明治初期に建てられたと思われる「馬繋ぎ(厩)」が当時のまま残されています。》
( 『名勝 渉成園-枳殻邸ー』2011.3.3.第2版。発行:真宗大谷本廟(東本願寺)本廟部 参拝接待所。〔 〕内はブログ作成者による。)

  西側の大きい方の門の少し東に ↓
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↑ これが《車寄正面の馬車廻し南側には明治初期に建てられたと思われる「馬繋ぎ(厩)」が当時のまま残されています》という「馬繋ぎ(厩)」でしょうか。

  南側に2つある門のうち、西側のものが大きいので、今現在は西側の「入園口(西門)」から入っているが、「大玄関」の南の門から入って「大玄関」から建物内に入るというのが、この園の元々の入口だったということだろうか・・・とか考えたのだが、しかし、「大玄関」はあくまでも、明治の元号の時代になってから明治天皇がここに来場した際に、大宮御所のものを移築すると約束して、1884年(明治17年)に移築されたというものであり、渉成園が最初にできた頃にはこの「大玄関」はなかったわけですから、そうなると、元々の正規の入口というのはどこだったのでしょう。

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  これは何の建物なのかわかりませんが、この前を通って北に進むと、最初に出会った「高石垣」の前に行きます。↓
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仏教を歩くNo5 親鸞 (週刊朝日百科)
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週刊 仏教新発見 21 西本願寺・東本願寺 (朝日ビジュアルシリーズ) - 朝日新聞社
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プロ野球 勝てる監督・使える選手―ゼニを稼げる男と稼げない男の頭と体の使い方 - 江本 孟紀
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《 アマチュアリズムの牙城といわれるのがラグビー界であった。
  そのラグビーですら今はプロ化の波にさらされているが、それでもフェアプレー精神が金科玉条とされている。
  ノーサイドの笛が鳴ると同時に敵味方が健闘を讃え合う。なるほど、麗しい光景。しかし、実際の試合ではフェアプレーもヘチマもない。審判の目が届かないところでは「何でもアリ」がフェアプレーの真の姿なのだ。そういう世界に住む人間に模範的人物であれと求めてどうする。
・・・
  チームを優勝させた監督には企業などから依頼が殺到する。途端に監督は人格者になり「世の道、人の道」を説きはじめる。それに頷く人たちというのはいったい何なんだ。人事や組織論を書いた解説者や監督、大選手の著書を座右の銘にして、会社の経営を考える経営者が結構いるそうだが、そんなこっちゃから会社が左前になるのだ。・・・・》
( 江本孟紀(たけのり)『プロ野球 勝てる監督・使える選手』1998.4.10.三笠書房)↑
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  (2022.6.9.)

☆ 渉成園(京都市下京区)訪問。
1.建築の見学後、早めに文章にしないと記憶と印象が薄れる。「吐き出す物」がある人間は吸収しにくい。差別政策としての知能指数。遠山『競争原理を越えて』は実状を見ないで書かれた本、賛成できかねる部分がある。数学科・史学科は価値があって社会科学系学部卒は高卒と同じ扱いにしろという主張は横暴で不適切。「高卒のおっさん」偏重が公平ではない。本を読む際に自分を省みる為でなく人を攻撃する道具を仕入れる為に読む人がいる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202204article_3.html
2.京都駅から真宗本廟を経て渉成園西門。「エイブル看板」は街並と調和を考えた色にできないか。パンタグラフの変遷。「昭和」を江戸時代みたいに言うな、「戦前の昭和」と「戦後の昭和」を一緒にするな。東海道本線は「東京と神戸を結ぶ為の鉄道」として作られたのではない。「東京もん」の悪質な大阪嫌い。仏旗と一条三色旗の意味。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202205article_5.html
3.入園口から高石垣を見て庭園北口へ。渉成園の桜。松花堂は弁当屋ではない、ティファニーは軽食屋ではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_1.html
4.臨池亭・滴翠軒・檜垣の灯籠。桜と本来は楼門らしい傍花閣と園林堂。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_2.html
5.代笠席・印月池・侵雪橋・五松塢・回棹廊・丹楓渓と渉成園の桜。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_3.html
6.回棹廊・紫藤岸・傍花閣と桜。北大島の縮遠亭。源融ゆかりの塔・臥龍堂(南大島)・漱枕居・閬風亭。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_4.html
7.「渉成園4名橋」侵雪橋・北大島の石橋・西岸の小川の石橋・棹回廊。盧菴・閬風亭・漱枕居。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_5.html
8.庭園南口・双梅檐・大玄関・馬繋ぎ。南側の門。「裏口入学した・させた」なんて自慢することと違うやろ!〔今回〕
9.東側・河原町通り・北側の通り・西側の仏願寺。京都駅。そして真宗本廟(東本願寺)の「ええ?」・・・https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202206article_7.html

☆ 真宗本廟(東本願寺)参拝
1.京都駅から北に歩けば、真宗本廟(東本願寺)。京都駅から程よい距離。東本願寺の前の道はトラックの休憩所ではない。使用者はトラック運転手の休憩場所・待機場所をきっちりと確保せよ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_7.html
2.阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂、鐘楼、手水屋形。正門はどちらか・・。裏口入学する者は正規に入試に合格しようとする者を妨げる。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_8.html 
3.境内から阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂。「法話」。「しんらん交流センター」。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_9.html
4.大寝殿・菊門・玄関門。「ギャラリー」。 街の景観との調和は悪くはないが、交番は交番とわかりやすい意匠にする必要はないか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202010article_10.html 
  

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