同僚を讒言する男とそれをきく営業本部長、ルールを破って人の追客中客を強奪して放置する所長と加担する営業本部長、自社が損する嘘をつきまくる営業、「研修」で得意がって嘘教える男、〇日に見積書を持って来てくれと頼んでその日はパジャマで奥にいる人、「下位互換」の会社は立場が弱い、「失投」が来る浜松・掛川・名古屋の営業と「一流投手の会心の球」しか来ない東京・松戸営業所。吾嬬町とは。大正民家園ー燈明寺・諏訪神社【8/10】

[第2014回]営業と会社の話
  「旧中川」にかかる平井橋を渡って「旧中川」の北西側・右岸・墨田区の側に行くと「平井橋西」交差点で、
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( ↑ 墨田区側から見た平井橋。 橋の右側が平井橋交番。右手前はセブンイレブン墨田区立花4丁目店https://www.e-map.ne.jp/p/711map/dtl/254315/?&p_s1=40000&p_f2=1&p_f3=1&p_f4=1&cond40=1&cond41=1&&his=ar,nm )
そこを左折して次の交差点を右折すると「立花通」で、そこを直進すると東武亀戸線「東あずま(ひがし あずま)」駅に至り、当初、そこから帰るつもりでしたが、地図を持参するのを忘れたことから、今回は別の方から帰ることになりました。「東あずま」では「あずま あずま」ではないかという感じもするいのですが「東 あずま」と書いて「ひがし あずま」と読むようです。
  「東あずま」駅の付近に「あずま」といった住居表示は見当たらず、「東あずま」駅の付近の住居表示は墨田区立花(たちばな)1~6丁目で、その西側は文花(ぶんか)1~3丁目ですが、ウィキペディアー東あずま駅https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E3%81%82%E3%81%9A%E3%81%BE%E9%A7%85 を見ると、《 駅名は付近一帯がかつて吾嬬町だったことに由来し、周辺の学校や吾嬬神社にその地名が残っている。》とあり、『街の達人 東京23区便利情報地図』(2022.3月2版7刷 昭文社)を見ると、吾嬬神社は「東あずま」駅より西、立花1丁目と文花2丁目の境目付近の立花1丁目にあるようです。ほかに、文花2丁目に「あづま幼稚園」「あずま百樹園」があるのが見えます。
※ 墨田区 あずま百樹園 https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/kouen/kunai_park_annai/sumida_park/park19.html
  「東あずま」駅よりけっこう西に「あづま幼稚園」と「あずま百樹園」があり、「東あずま」駅のすぐ東に「東吾嬬小学校」があります。さらに、文花1丁目の西側に押上1~3丁目があり、メソジスト吾嬬教会があると書かれており、又、押上1丁目と押上3丁目の間の道の名前が「新あづま通」と書かれていて、メソジスト吾嬬教会や新あづま通りは「東あずま」駅よりはずいぶんと西にありますから、それから考えると、「吾嬬」という地名はけっこう広い範囲の地名だったようで、東武亀戸線「東あずま」駅は「吾嬬」という地域の中では東の方だったようで、「東あずま」駅はかつての吾嬬町の東よりに設けられた駅だったことから「東あずま」駅と命名されたのかな・・とも思えます。
※ ウィキペディアー吾嬬町 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%BE%E5%AC%AC%E7%94%BA

  メソジスト吾嬬教会がある墨田区押上3丁目のあたりについては、1992年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の東京営業所(江東区潮見)にいた時、ある「思い出」があります。
  東武鉄道は「曳舟(ひきふね)」駅で亀戸線と伊勢崎線(現在は「東武スカイツリーライン」などと言うようですが)に分岐しますが、亀戸線の方だったように思います。線路に隣接した所に住まれている方が建て替えを検討しているということで、江東区潮見のウッディランド東京の中の(株)一条工務店の展示場に来られました。狭い敷地の家が並んでいる地域で、その方の土地も20坪程度で建てる建物も建蔽率・容積率ぎりぎり建てて20坪少しのものになりそうでした。このお宅に関してですが、
【1】 展示場に来場された後、訪問して玄関前で話をしたところ、見積書を出してほしいと言われ、その上で〇日の◇時に来てほしいと言われて、その時刻に訪問した所、比較的高齢の母親が出てきて「今、いないから」などと言うのです。
  それで、「見積書を作ってほしいと言われたので、それで作成して来てほしいと言われた日の来てほしいと言われた時刻に来たのです」と話したのですが、それでも「いないから」と言うのです。
  そうこうしているうちに、家の奥から、その「いないから」という40代の息子がパジャマ姿で出てきて、「帰れ、この野郎」などと怒鳴りつけてくるので、「あなた、ご自分が見積書を作成して〇日の◇時に来てくださいと依頼しておいて、その態度は何ですか。ご自分がきょうのこの時刻に来てくださいと言われたのでしょう。それなのに、その格好は何ですか」と言ったのでしたが、すると「よし。それなら受け取ってやるから、よこせ」と言って手を出すので、「なんですか、その態度は」と言ったが、「うるせえ、この野郎」と言ってきかない。何なんだ、このおかしな男は・・と思ったものでした。
(1) まず第一に、その頃の(株)一条工務店では、研修において「一条工務店のお客さんというのは契約客にしても見込み客にしても、いい人が多いですね」と教えられたのでしたが、嘘です。そういう人がいたとしても、それはその人がそうなのであって、一般的に「いい人が多い」などということはありません。
(2) 第二に、1992年頃、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ は東京においては無名で評価は相当低く、東京圏の住人にとっては「えたいの知れない浜松の工務店」であり(トヨタ自動車と関係ないのに豊田商事を名乗っている会社のごとく)「西武と関係ないのに商品名に『セゾン』などと名乗っている胡散臭い会社」であり、東京圏の住人の会社と建物の印象としては「住友林業の下位互換の下位互換」「住友林業の安もん」であって「下の会社」であり、それだけ「なめられていた」のであり、「なめていい会社」でそこの営業もまた「なめていい相手」だったのです。だから、そういう態度を取られるのでした。
(3) そして、私が応募した時に見た「ビーイング」の求人広告には「研修制度が充実していますから、売れなくて困ることはありません」などと書かれていたけれども、今はどうかわかりませんが、その頃の(株)一条工務店にはろくな研修がなかった。もしくは、浜松などではいくらかなりとも通じるものでも東京圏では通じないような「研修」しかなかった。研修に講師役で来る従業員が無能だった。「無能」と言われると怒るかもしれないが、怒ったって「実際、無能じゃないか」。
 「ビーイング」の求人広告には「研修制度が充実していますから、売れなくて困ることはありません」などと書かれていたけれども、 「『売れなくて困ることはありません』ということはありません」状態だった。「『ありません』ということは」の文字が誤植で脱落していた。
(4) なおかつ、会社ならば、営業を進めていく上で、今、「このように対処しているのですが、どうもうまくいかないのですが、どうしたものでしょうか」と言えば、上役などは「その場合、・・・としてみたらどうだろうか」とか適切な指導をしてくれるもの、それをできないなら上役と言えないはず・・ですが、ところが(株)一条工務店にはそういう指導ができる上役というものがいなかった。営業本部長の天野隆夫は東京営業所長を兼任していたが、「何何邸について、会社がこう進めろという進め方でやっているのですが、どうもうまくいかないのですが」などと言おうものなら、「ま~ったく営業力のないやつだなあ」などと言われるのがオチであって、「それなら、・・のようにしてみたらどうだろう」とかいったアドバイスなんかするような人間ではありませんから、この男には言わない方がいい・・とだんだんと思うようになりました。この人に言ってもしかたがないという人が営業所長だった。
(5) そして、(ア)(株)一条工務店は同業他社と比べて1展示場あたりの営業の数が多かった。かつ、(イ)(株)一条工務店には、その地域で自分自身が営業をやっている人が「所長」になっている営業所(展示場)とグラフには「所長 〈天野隆夫〉」と書かれていて、営業本部長の天野隆夫が所長を兼任で各営業所に実際にいる人間の中で最も社歴が長い人などが「リーダー」だとされている営業所(展示場)があり、後者の営業所は前者の営業所に比べて営業の数が多かった。なぜ、そうなるのかというと、自分自身がそこで営業やっている人は、その地域で(株)一条工務店で建ててくれるお客さんの数は営業の数が倍になったら倍に増えるわけでもなく、営業の数があまりにも多くなると「それほど増えるわけでもないπ(ぱい)を多人数で分けなければならない」ことになり、自分自身の契約棟数が少なくなり自分自身の評価が下がることになる、ということに気づいているので、あまり営業の数を増やさないのに対して、グラフに「所長 〈天野隆夫〉」と書かれている営業所の場合、営業所長を兼任している天野隆夫は自分自身は営業をやらず、単に「なんで売れんら」と言うだけの人間なので営業の数をどんどん増やす、「営業の数を増やせば営業1人あたりの契約数は減るが営業所全体の契約の数は増える」と考えていたようで、経済学上の「収穫逓減の法則」によると、営業の数が増えれば全体の契約は増えても営業1人あたりの契約は減っていく・・ということがそこで起こり、そのため、営業の数が東京営業所よりずっと少ない静岡県・愛知県の営業所よりも契約数が少なくなったとしてもあたりまえだった。
特に東京営業所は有望見込み客が少ない営業所なのに最大で13人もいた。その結果、小さいπ(ぱい)を多人数で分けることになり、もしも、大きいπ(ぱい)を小人数で分けるのならば追客は後回しになっているような見込み客でも必死で追客しなければならないことになり、その結果、さらに「なめられる」ことにもなった。情けないなあ・・と何度も思った。
その頃、静岡県・愛知県で営業やっていたような連中はこういった経験をしておらず、東京営業所の営業がこういう苦労をしていたことなんて「知ったものか」と思っていたようで知らなかった・・のか、それとも知っていて、自分たちは営業やりやすい所でやっておいしい汁を吸っていたのか、どっちかだった。
  それにしても、自分が「見積書を作ってほしい」と頼み「〇日の◇時に来てください」と依頼したにもかかわらず、その日のその時刻に行ったら出てこないで比較的高齢の・・といっても今では私も「比較的高齢」の年齢になってしまったから今の私くらいかもしれないが・・の母親に「今、いないから」などと言わせて、なおかつ、実際にはいて、そして自分が「〇日の◇時に来てください」と依頼しておいて、その時刻にパジャマ姿でいて、アポなしで訪問したのではなくその男が「来てください」と頼んだので、頼まれた日の頼まれた時刻に来た人間に向かってパジャマ姿で出てきて「帰れ、この野郎」などと言う男・・というのは、この男、程度低いな・・とも思ったし、又、「一条工務店のお客さんは、契約客にしても見込み客にしても、みんな、いい人です」などとお気軽なこと教えていた研修の講師役の従業員、誰だったか忘れてしまったが、あの野郎、自分はそういう「いい人が多いです」という見込み客が多い地域で営業させてもらっていたということから、そんなこと思っていたようですが許しがたい。だいたい、1990年代初めの(株)一条工務店の本社での「研修」というのは静岡県中西部・愛知県でのことしか知らない「静岡県・愛知県という井戸の中のカエル」みたいな人間ばっかりが講師役で来て勝手なことを吹いていたが、自分が「静岡県・愛知県という井戸の中のカエル」だという自覚がない、「病識がない」という人が多かった。 今も「一条工務店のお客さんは、契約客にしても見込み客にしても、みんな、いい人です」などとお気軽なこと教えていた研修の講師役の従業員、あの野郎、許しがたいと思っている。

【2】 それから9年後、出入りが激しい(株)一条工務店の営業の中で私は間違いなく古い方になり、又、複数地域で経験を積んで実績を残し、2001年、栃木県地域の営業全員が集まる会があった時に社歴が古い方から順番に座るようになっていた時には、栃木県地域にいた60人ほどの営業の中で古い方から5番目になっていた。本社での研修では私が入社した1992年には静岡県愛知県地域の営業「アタマが浜松」の営業ばっかりが講師役に来ていたが、2001年頃になるとある程度浜松から離れた地域の営業社員にも講師役に呼ばれて浜松の本社に行く人がいたようだったが、私には声はかからなかったから、だから、やっぱり「アホばっかり講師役をさせていた」のだろう。例として小山営業所の鈴木(男。当時、30代)なんて、あんなやつまで講師役に呼ばれていたようだったので、「その程度の人間が(株)一条工務店の講師なのか」と思ったことがあった。
  その2001年、私より2年前に(株)一条工務店に入社して、戸建住宅建築業の業界に入るのは私より後だが(株)一条工務店に入社したのは私より2年早い、浜松出身だが私が入社する直前まで東京営業所に勤務していた西尾(男。当時、30くらい)と話をする機会があったのだが、その際に西尾が「私も東京営業所にいた時には、『何らかの形で地方とつながりがある人』でないと、まず、契約してもらうことは難しかったですね」と言うので、「そうだと思います」と言ったのだったが、心の中では「おい~い、それ、今、言うのではなくて、私が入社した時に教えてくれよお~お」と思ったものだった。もう、すでに入社してもうすぐ10年で、東京圏だけでなく「地方」に属する地域でも営業をやってきて、自分でそれを実感し理解している者に言うのではなくて、1992年に(株)一条工務店の東京営業所に入社してすぐの人間にそれを教えてくれたらいいのに、なんで、それを今になって言うんだよお・・・と思ったものだった。
  もしかすると、1対1で話をする時に言うのはいいけれども、何人もを前にして話すと、値打ちのあることを言うと営業本部長の天野隆夫が怒るから言えないのかもしれません。私自身にしても、たとえば、1990年代の終わりだったか2000年だったか、栃木県地域の営業全員が集まった場で、栃木県地域の所長の五十嵐さんが、栃木県の最北部、西那須野営業所に勤務していたAさん(男。当時、40代?)が社歴はそれほど古くないけれども多くの契約をあげていたことから、「Aさんは、営業やるにおいて、こういうやり方をしているというものはある?」と尋ね、Aさんが「私は、展示場に来場された見込み客の方には、ここと競合になったらやりやすいという所と一条工務店との2社を残すようにして、直接対決で有利な所との勝負に持ち込んで契約にもっていくというようにしています」と話したところ、「Aさんはどこを残すようにしているの?」と五十嵐さんが尋ねたところ、Aさんは「私は住友林業を残すようにしています」と答えたのですが、それを聞いて所長の五十嵐さんは怪訝そうな顔をして「住友林業を残すのお?」と言ったのでしたが、どうも理解できないというような顔をして、それ以上、言わずにいました。私は説明してあげたかったのです。それはきっちりと説明しておかないと、私は阿久津さんの言ったことの意味がわかったけれども、その場にいた栃木県の営業で社歴が浅い人は意味がわからず、阿久津さんが言ったことをその通り、栃木県の中南部の営業所で実行しようとして失敗する人が出ることが十分考えられたのです。私が言いたかったのは「それは阿久津さんが西那須野営業所という栃木県でも福島県に近い場所の営業所に勤務されているからだと思います。一条工務店と住友林業は全国で競合になることが多い会社ですが、どちらが有利かというのは、その地域によって違います。福島県では浜通りも中通りも会津地方も、家は在来木造で建てるもの、構造材はムク材を使って建てるもの、できるだけ国産材を使って建てるものという考え方が強い地域ですから、柱材には通し柱と真壁和室の役柱には桧のムク材を使い、大壁の部屋の管柱には杉のムク材を使っている一条工務店と、通し柱には集成材を使い、管柱には輸入材の米ツガを使っている住友林業とでは、その点で一条工務店の建物の方を好む人が多く、又、外観デザインなども都市圏の住人と地方の住人ならば、地方の住人は軽快なデザインと重厚なデザインなら重厚なデザインを好む人が多く、その点でも一条工務店と住友林業とならば一条工務店の建物の方が重厚なデザインのもの、住友林業の方が軽快なデザインのものが多く、そこでも福島県では一条工務店の方を好む志向の人が多いと思われますが、阿久津さんがおられる西那須野営業所のあたりは栃木県といえども福島県に近い地域ですから、おそらく、その地域の人の感覚も福島県に近いのではないでしょうか。だから、栃木県でもその地域においては、一条工務店の営業にとって自分の所ともう1社を残して直接対決で契約に結びつけるという場合に残す相手として、住友林業を残すというのでいいということだと思います。しかし、栃木県でも中南部ではそうではありません。栃木県でも中南部では住友林業は一条工務店にとって強敵ですから、わざわざ、強敵を残すべきではありません。むしろ、住友林業よりも東日本ハウス(現 日本ハウスホールディングスhttps://www.nihonhouse-hd.co.jp/ )とか富士ハウス(今は倒産してなくなった)とかの方が一条工務店にとっては『取りいい相手』だと思いますし、強敵を意図的に残すというのは営業としていい判断ではないと思います」ということを言いたかった。高卒の営業所長の場合、「ある程度以上の大学」卒の人間が意見を言うのを極端に嫌う人というのがいますが、五十嵐さんは高卒の所長だけれども、別に私などが発言しても嫌がらない人で、私などが「・・と思います」と言っても自分もそう思うものについては「そうだな」と認める能力がある人でしたし、福島県の中通り地域の所長だった片山が五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と言ってまわっていたらしいけれども、私は直接に会ってみて、そんな感じでもないと思うようになりましたし、むしろ、片山こそ「大澄社長の腰巾着」と従業員の間で言われていた男で、実際、片山はそんな男であり、その程度の男でした。だから、私は栃木県地域の私より社歴が浅い営業のためにも、五十嵐さんのためにも、何より(株)一条工務店のために言ってあげたかったのです・・・が、言うとまた、営業本部長の天野隆夫から「余計なこと言うなあ~あ!」と怒鳴りつけられるだろうなあ・・・と思うと、会社のためになることを会社のためを思って言って、それで怒鳴りつけられたのではたまったものではないわなあ・・と思い、黙っていることにしました。(株)一条工務店というのはそういう会社です。役に立たないようなことしか言えないようなその程度の人は発言するようになり、役に立つことを言える人間は黙るようになる会社でした。この会社のために貢献したいと思って入社したのに、だんだんとだんだんと口をきかなくなる、だんだんとだんだんと「見ても見ざる・聞いても聞かざる・言うべきことでも言わざる」になっていく、とてもとても悲しい・哀しい会社でした。そんな悲しい哀しい会社が、その後、なんだか調子がいいみたいですが、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」とか野村じいさんも言うておったようですし、もしかすると、その「勝ちに不思議の勝ちあり」てやつかもしれません。そういう会社は日本にはほかにもあるかもしれませんが。
   2001年、栃木県南部の所長に木下(男。当時、40代前半)がなり、五十嵐さんはほかの地域に移りましたが、木下は営業は浜松でしかやっていない人でしたが、栃木県南部地域に来て所長にならせてもらって以降は、その地域で売ることを真剣に考えていたようで、一般に(株)一条工務店の静岡県・愛知県出身の展示場に勤務してきた遠州人は「アタマが浜松」の人が多く、「空の広さは浜松の広さと同じだ」と心の底から信じていて、「そうではないですよ。空の一部分の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは正しいけれども、空の広さは浜松の広さと同じだと言うのなら、それは間違っていますよ」などというと「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」とひきつけ起こして叫ぶ「浜松で通じることは日本全国どこでも通じるに決まってるんだあ。浜松でいいものは東京でも大阪でもいいに決まってるんだあ。八寸角の大黒柱は東京でも大阪でも絶対にいいんだあ。二間続きの和室は20坪の敷地でも30坪の家でも絶対に必要なんだあ。こんな常識すらもわからんのかあ~あ!」と言って激怒するという、そういうのが一般的な遠州人(この場合、「(株)一条工務店の遠州人」であり、遠州人一般がそうであるかどうかはまた別の問題かもしれませんが)で、特に(株)一条工務店の所長はたいてい高卒か中卒でしたから学問的に補正修正されるということもない人たちでしたが、木下の場合は高卒で遠州人でしたが、自分自身が栃木県や埼玉県などの地域でも売ろうという姿勢があったことから、浜松では通じるけれども他の地域では通じないというものもあるということを自分でわかっているという遠州人にしては珍しい人で、「浜松では・・でも、このあたりでは・・でしょう」といったことを言っても怒らない人、その点、遠州人にしては極めて珍しい人でした。「地球上の陸地の7割は浜松からできており、1割は島田・磐田・掛川・静岡といった浜松以外の静岡県の市町村と岡崎とか愛知県の市町村からできており、残りの2割はフィリピンでできている」とたいていの遠州人〔あくまで(株)一条工務店の遠州人〕は心の底から信じていおり、それが「(株)一条工務店の遠州人」の世界観ですが、木下の場合はそうでもないようで、その点については(「(株)一条工務店の遠州人」にしては)ものすごい優秀な人でした。それだけではなくて、(株)一条工務店は「研修制度が充実していますので、売れなくて困ることは絶対にありません」「ノルマはありません」と求人広告に掲載して募集していましたが、入社すると、ろくな「研修制度」はなく、あっても「遠州人の遠州人による遠州人のための研修」であり「浜松向け」のものであって他の地域には通じないものであり、所長というのは所長の手当をもらっているからには自分が担当の営業所に入社してきた新人に指導して売れるようにするべきではないのか・・と思えるのですが、総務部長の天野雅弘が「一条工務店の所長は売るのが仕事であって、指導したり管理したりするのは所長の仕事と違いますから」と言い、その認識のもとに(株)一条工務店の所長というのは「お~い、どうだあ。俺は売ってきたどお。売れねえのかあ」とか言うだけの男どもであり、「俺は売ってきたどお」と自分は売ってきたというのを自慢するだけならば、それは所長の能力ではなくて営業担当者の能力であり、所長ではなく営業担当であるならそれでいいかもしれないとしても、所長としてならば「所長の仕事をしていない」という評価になるはずでしたが「指導したり管理したりするのは所長の仕事と違います」と総務部長が言うので、結果として(株)一条工務店の所長というのは所長の役職手当をタダ取りしていたのでした・・・が、木下はそうではなくて自分が担当の営業所に入社した人に何とか売らせてあげようという努力をする人でした。2001年、中途入社の新入社員の営業の久保(男。当時、30代なかば)が担当していた見込み客の所に木下が同行して行くと言い、住友林業との競合で、見込み客から住友林業では「標準仕様」になっているもので(株)一条工務店の「標準坪単価」が安いものではオプションになるものが含まれているもので見積もりを出してほしいと久保は言われたらしく、木下は(株)一条工務店で最も安いグレードのもので見積もりを作っておくように久保に言い、「住友林業の仕様はこのグレードのものですよ」と言って話を有利に持っていこうと考えたらしかったが、ところが、久保はそうではなくて、住友林業では比較的安いグレードのものでも「標準仕様」になっているが(株)一条工務店ではけっこう高い方のグレードのものでしか「標準仕様」になっていないというものを、その高いグレードのものでのみ見積書を作って用意していたので、その見込み客の所に行くという時に木下はそれを見て「これでは、どうもできないじゃないか」と言って久保に激怒した・・ということがあった・・が、それなどは久保は住友林業の営業の策略に完全にひっかかっていたのです。戸建住宅建築業の会社で「坪単価方式」と言って「坪いくら」という金額を設定して、それに坪数をかけたものに「標準仕様」に含まれていないものをつけた場合や「標準仕様」のものよりグレードが高いものに変更した場合に差額をプラスして全体の金額を出すという方式にしている会社の場合、何を「標準仕様」に入れて何を入れないかというのは会社によって異なり、住友林業の営業は住友林業では安いグレードのものでも「標準仕様」に含まれているけれども(株)一条工務店ではかなり高いグレードのものでしか「標準仕様」に含まれていないというものを知っていて、「これが標準仕様に含まれているもので一条工務店さんで見積もりを出してもらってください」と見込み客に言ったようで、その見込み客は住友林業の営業に言われたように久保に言ったら、久保は言われた通りにやろうとしたようでしたが、それは住友林業の営業のペースで進んでいるのであり、その時点で「負けパターン」であり、それをそのままやったら手間だけかけさせられて住友林業で契約されることになる可能性が相当高いのであり、相手のペースで進んでいると思ったら、とりあえず、そのペースを崩してやらなきゃいかんのであり、住友林業の営業から一条工務店でも相当高いグレードのもので見積もりを出してもらってくださいと言われて、はいはいと言って住友林業の営業の言う通りやったらアホであり、木下もそのあたりに気づいたようで、それで、住友林業の一般的なものは一条工務店の安いグレードのものですよ・・という話をしようと思っていたら、久保は住友林業の営業の言いなりになって高いグレードのものの見積もりだけ用意していた・・ということだったようだ。
  それだけだったらまだしも、木下が激怒して佐野展示場を出ていった後、久保は「木下さんも困った人ですねえ。お客さんが・・を含んだもので見積もりを出してくれと言っているからそうしたのに、それを言ってもわからない人なんですから、あの人は困った人ですね」などと言って「高木のおっさん」(男。当時、50代)にぼやくので、「なんだ、こいつ」と思い、「だめだ、こいつは」とも思ったのでした。(株)一条工務店の多くの所長はその時の木下みたいに新人の営業に同行してなんとかその人の名前で契約とってあげようなんてことはしないのであり、「お~い、契約とってきたかあ。取れねえのかあ」と言うだけという人が多いのに、それを木下は同行して久保の名前でなんとか契約を取ってあげようとしてくれていたのに、なんでその所長の指示に従わないんだ! もしも、木下が安いグレードのもので見積書を作っておけと久保に言ったけれども、それが納得いかずに高いグレードのもので作りたかったのなら、木下が安いグレードのもので見積書を作れと言った時に「私は・・と思うのですが」と言えばいいだろうが。それを言わずに住友林業の営業の策略にまんまと乗って高いグレードのものだけ見積書を用意するとは、いったいなんだ、又、もしも、木下が所長だからそういうことを言いにくかったとでもいうことがあったなら、それなら私に言えばいいだろうが。そうすれば「久保さん、それはねえ・・・」と、久保がやろうとしていたことは住友林業の営業がやらせようとしていたことであり、そのままやったら相手の思うつぼであって、住友林業で契約されるための行為でしかないということを噛んで含めるように説明してあげるのだったが、それも言わない。その態度はいったい何だ! ・・と思ったのだが、久保がそういったことを言ったのに応じて「高木のおっさん」が「そうだ。あいつはだめだ」とか言って同調したので、「高木のおっさん」は久保以上に困った人間だとあきれた。「高木さん、一条工務店で十何年間も営業やってきた栃木県で一番古い営業のあなたがそんなこと言ってはだめでしょう」と私は言ってやりたかったのだが、言うとまた、営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて「余計なこと言うな、おまえはあ」と怒鳴りつけられますから、だから言えなかった・・が、困ったおっさんだった・・し、困った会社だった。営業本部長の天野隆夫は曲がりなりにも営業本部長ならば「高木のおっさん」の方に「高木さん、一条工務店で十数年間も営業やってきたあなたがそんなこと言ってはだめでしょう」と言わないといけないはずだったが、ところがどっこい、その逆を言うのが営業本部長の天野隆夫という男だったのだ( 一一)
  アホの久保がひっかかったそのケースなどは、住友林業の営業が「直接対決で取りいい相手を残して1対1の直接対決に持ち込んで契約にもっていく」ようにとはっきりと考えて(株)一条工務店が残されていたのかどうかまではわからないが、結果としてそのようになっていて、その結果に基づいて久保は行動していた。それで、人のことばかりではなく、私なども「住友林業との競合」と考えていて、どうも、相手ペースで進んでしまっていると感じ、それを何とか変えようとしても変えることができずに住友林業で契約されてしまったというケースにおいて、住友林業の営業から「栃木県南西部においては、住友林業と一条工務店なら住友林業の方が有利」と思われて直接対決の相手に選ばれていた!・・という可能性はないとは言えない。
  それで・・・、(株)一条工務店と住友林業(株)とで「もしも、営業の能力と努力が五分と五分であったなら」どちらが有利かというと、これはその地域によって異なるのであり、(株)一条工務店の「アタマが浜松」の人は「一条工務店の方がいいに決まってるんだ。そんなことすらもわからんのか」と言って怒りますから、だからそういう「アタマが浜松」の人・「空の広さは浜松の広さと同じだ」と思っている人・「浜松を中心として太陽・月・星といった天体は回っている」と思っている人には「逆らうとうるさい」だけなので逆らわないようにするとして、これはその地域によってどちらが有利かは違ったのです。(株)一条工務店は構造材はムク材を使っていて、柱材はすべて国産材というのは「地方」では住友林業(株)よりも高く評価されたのですが、都市圏に近づくとそうではなくなってくるということが大きくありましたが、それ以外に、住友系の会社があった地域というのは住友林業は強く、又、新聞の購読者の割合を見た時、栃木県佐野市などは「読売の読者が多い」地域であり、「読売の読者が多い地域」というのは、言っちゃ悪いが「『権威主義的パーソナリティー』の精神構造の人が多い地域」であり、「読売の読者の割合が多い地域」と「『権威主義的パーソナリティー』の精神構造の人が多い地域」と「住友林業を高く評価する人が多い地域」というこの3つはかなりの程度重なると思えました。まず、これは間違っていないはずです。
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司
権威主義的人間―現代人の心にひそむファシズム (有斐閣選書 (697)) - 曽良中 清司
現代社会学大系 12 権威主義的パーソナリティ - T.W.アドルノ, 田中 義久, 矢沢 修次郎
現代社会学大系 12 権威主義的パーソナリティ - T.W.アドルノ, 田中 義久, 矢沢 修次郎
  そういうことがありますが、西尾が言っていたように、西尾が東京営業所にいた1990年・1991年から私が東京営業所に入社した1992年の頃の東京営業所において、(株)一条工務店で契約してもらえる可能性があった人は3種類だったと思われます。それは、
(1)本社の西尾が2001年に言ったように「何らかの形で『地方』とつながりがある人」
(2)東京都江東区の東京展示場に来場した人でも、居住地・建築地が千葉県の千葉市より南・東の人、神奈川県なら横浜市・鎌倉市より西の人、埼玉県なら大宮市(現 さいたま市西区・北区・大宮区・見沼区)・上尾市・桶川市付近より北の人。
(3)江東区・江戸川区あたりで、敷地面積20坪くらいの土地の建て替えの人。
・・・この3種類の人が1992年時点で(株)一条工務店の東京営業所において(株)一条工務店の見込み客になってくれる可能性がある人だった。 私は(株)一条工務店に入社してすぐの頃はこのあたりの点についてよくわかっておらず、まったく、商品力がない売りにくい商品だなあと思い、不足の点を営業の努力で補おうと相当の努力をしたが、その地域の住人のニーズに合わない商品を営業が個人的に努力して補うというのはこれは大変なことで、簡単にできることではないということを思い知らされた。
(1) たとえば、1990年代、福島県いわき市の営業所にいた時、横浜市に居住していた方だが、定年退職になるので故郷のいわき市に戻ってきて建てて住みたいと考えた方があったのだが、息子も横浜市で勤めているということで、親としては自分が故郷のいわき市に戻るとともに息子も戻ってきてくれたら一番いいというところだったようだが、息子は東京圏で勤めていて、いわき市に戻って転職するのは嫌だということで、親の方としては親だけで故郷のいわき市に戻るか息子がいる横浜市にそのままいるかという選択を求められることになり、息子がいる所にいたいという結論になって建築計画は延期されることになったのだが、このようなケースはほかにもあると思うのだ。そういう方で、息子が勤めている東京圏の方で家を建てようということになる人もあるはずで、そういう人は東京圏で建てる場合でも、故郷の「地方」の家と東京の家との中間のような家もしくは融合形のような家を建てることが多いと思われる。そういう人は(株)一条工務店の見込み客になってくれる可能性がある人だと思う。 もしくは、1992年10月だったかに東京展示場に来場された方で、東京展示場を出店していたウッディランド東京を運営する林野庁に勤めていたが、定年退職して故郷の浜松で家を建てて住みたいと言われたのだが、今住んでいる所の営業所の営業と話をして契約した方がいいか、建築する浜松の営業と話をして契約した方がいいかという問題で住んでいる所の営業所に話をした方がいいだろうと考えていただいたということだった。こういう人は有望な見込み客である。この方は私が接客して、その後の約束もしていたのだったが、東京展示場の「リーダー」の「一級建築士の宮崎さん」が林野庁に勤めている人なら、前に東京営業所の所長だった土浦営業所の所長の田中所長が林野庁に勤めている人に契約してもらって建ててもらったことがあるから田中所長にうかがいをたてなきゃだめだと言い出し、「一級建築士の宮崎さん」が土浦営業所に電話したところ、その田中所長は「その方は土浦営業所で担当させてもらうことにします」と言い、「どうしてですか。土浦営業所も田中所長も何の関係もないじゃないですか。土浦で建てる方じゃないですよ。浜松で建てる人ですよ。どうして、土浦営業所が担当なんですか」と言っても、「そんなこと言ってもだめだよ。田中所長が俺が担当だと言ったら田中所長の担当なの」と宮崎さんは言い、「どうしてですか。田中所長なんて何もやってないじゃないですか。全然関係ないじゃないですか。このお客さんは田中所長と面識もまったくない人で、田中所長の親戚でも何でもない人ですよ。土浦営業所なら建築地の浜松とは正反対の場所ではないですか。一条工務店には200キロメートル以内の所は契約担当の営業が担当するけれども、200キロメートルを超えると契約後は建築地の営業が引き継ぐという決まりがありますが、東京から浜松ならぎりぎり200キロメートル以内か超えるかというくらいですが、土浦なら明らかに200キロメートルを超えるではありませんか。どうして、それなのに土浦営業所が担当なんですか」と言ったのだが、「だから、そんなこと言ったってだめだって。田中所長が俺が担当の契約だと言ったら田中所長の契約なんだって。この会社はそういう会社なんだって。田中所長が俺の担当の客だといったん言い出したら、どんなに理不尽でも従うしかないんだよ。そうでないと、その後、いつまでもいつまでも、ねちねちねちねち、にょちにょちにょちにょち、にゅりにゅりにゅりにゅり、にょちにゃちよちにゃちともう、し~つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい、もう、あの男は普通じゃないんだから、あの男は」と言うのだった。そして、そうやって土浦営業所の所長の田中は私が進めていた見込み客をまったく何の関係もないのに横取りした上で放置して、そしてその見込み客から苦情の電話が私の所にかかってきて、そして私が怒られることになったのだった。「リーダー」の宮崎さんにそれを話しても、「だったら、それでいいじゃん」などと言い、「なんで、いいのですか。お客さんを怒らせておいていいわけないでしょ。田中さんはそれでも所長ですか」と言っても、「それでも所長だから服従するしかないんだよ、この会社では。一条工務店はそういう会社なんだから、だから我慢して。理不尽だと思うだろうけれども我慢して。我慢できないだろうけれども我慢して。しかたがないんだから、この会社では。そういう会社なんだから」と言われたのだったが、(株)一条工務店で「所長」にならせてもらっていた人間、年誌に「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と自称して顔写真と氏名が掲載されていた人間というのは、そんな人間ばっかりだった。そいつらの契約というのは、そういうやり口で契約とってきたものだった。
  「さくらと一郎」の「昭和枯れすすき」という歌があるが、
「ま~ず~しさに~、負けた~あ♪
いいえ、世間に、負けた~あ♪」
「こ~の~街も、追われた~あ♪」
「いっそ、きれいに死のうか~あ♪」
という歌詞だが、(株)一条工務店においては、
「す~み~りんに、取られた~あ♪」
「いいえ、田中所長に、盗られた~あ♪」
「こ~の~家も、盗られた~あ♪」
「いっそ、きれいに・・ぶっ殺したろか、こんちくしょう!」

というものだった( 一一)
〔⇒《YouTubeー昭和枯れすゝき - さくらと一郎》https://www.youtube.com/watch?v=iHpdxhwgJpA 〕
「ち~か~ら~の限り、は~たらいから~
み~れ~ん~な~んか、いっぱいあるわ~あ♪」

(株)一条工務店の「所長」というのはそういう連中だったのだ。「指導したり管理したりするのは所長の仕事とは違います」というもので「指導したり」なんかしてくれる存在ではなく、ひとの見込み客横取りでおのれの営業成績あげてきたという人間のカスの集団だったのだ。
  「リーダー」の宮崎さんは「田中所長が俺が担当だといったん言い出したが最後、その見込み客は田中所長にあげないと、そうでないと、その後、いつまでもいつまでも、ねちねちねちねち、にょちにょちにょちにょち、にゅりにゅりにゅりにゅり、にょちにゃちよちにゃちにゃち、もう、し~つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい、もう、あの男は普通じゃないんだから、あの男は」と言うのだったが、その土浦営業所の田中義一さんみたいに「その後、いつまでもいつまでも、ねちねちねちねち、にょちにょちにょちにょち、にゅりにゅりにゅりにゅり、にょちにゃちよちにゃちにゃち、もう、し~つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい」とやれば、そうすれば自分は全然関係のないお客さんの契約を自分のものにできるのであるならば、それならば私だって「その後、いつまでもいつまでも、ねちねちねちねち、にょちにょちにょちにょち、にゅりにゅりにゅりにゅり、にょちにゃちよちにゃちにゃち、もう、し~つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい」とやるぞ。宮崎さんはそのあたりの認識を間違えている。むしろ、どんなに田中義一が「その後、いつまでもいつまでも、ねちねちねちねち、にょちにょちにょちにょち、にゅりにゅりにゅりにゅり、にょちにゃちよちにゃちにゃち、もう、し~つこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい」とやってきても、そんなことで盗られてたまるかあ! という態度で出ないと、いくらでも奪われることになってしまう。そんなことで見込み客を渡していたのでは東京営業所では契約は何も取れないことになってしまう。
  宮崎さんは「あの田中という男は普通じゃないんだから。もう、いついつまでも、し~つこいしつこいしつこいしつこい。もう、ねりにょりねりにょり、ねりにゃちにょりにゃちねりにょりねりにょり、にゅちにゅちにゅちねりともう、し~つこいしつこいしつこいしつこい」と言うが、なんか私は「ききわけがいい」みたいにおっしゃるが、「ききわけがいい」態度を取ったらことごとく奪い取られるのであれば、営業はそうやって契約を奪い取られたのでは生活できないのであるから、こちらも「もう、いついつまでも、し~つこいしつこいしつこいしつこい。もう、ねりにょりねりにょり、ねりにゃちにょりにゃちねりにょりねりにょり、にゅちにゅちにゅちねりともう、し~つこいしつこいしつこいしつこい」とやってやるしかないことになる。そうだろ。違うか? 違わんだろ。
  営業本部長の天野隆夫が「『この営業所には営業所長がいないから』と言ったそうじゃないか」と私に文句を言ってきたが、文句を言われなければならないのは天野隆夫の方だ。(株)一条工務店の営業所(展示場)には、それぞれの地域に実際に勤務している人が「所長」の展示場とグラフには「所長 〈天野隆夫〉」と書かれていて、普段は浜松にいる天野隆夫が名目上、「所長」になっていて、普段は「リーダー」だという「主任」くらいの人が所長のような役をやっている営業所(展示場)があったが、宮崎さんのような「主任」が「リーダー」の展示場にいると、「所長」が「リーダー」でもある展示場の人間は「リーダー」が「主任」くらいでしかない展示場に対しては「やりたい放題」であったのだ。天野隆夫が田中義一に対して「その見込み客はあなたはまったく何の関係もないではないですか。どうして、あなたが担当したいと言うのですか」と注意し、さらに横取りするだけ横取りして何もしないで放置してお客さんから苦情が来たのであるから、田中義一に対して「どうして、あなたは有望見込み客を放置してお客さんを怒らせるのですか」と注意するべきであり、もしも、天野隆夫がそのようにきっちりと田中義一に注意したのであれば、「ぼくがこの営業所の所長なんだでえ」と言えばいいが、そうではなくて、天野隆夫は何にもしない、何もしないで田中義一はやりたい放題だったのだ。それで、な~にが「この営業所の所長はぼくなんだでえ」だ。勝手なこと言うな! てものだ。
  そんなもので、福島県でなくても「地方」出身の人で「地方」に帰って家を建てるか東京圏で建てるかという人が、東京圏で建てることにしたという場合とか、もしくは浜松でなくても「地方」出身の人がその「地方」に帰って建てようと決めたが、完成までは東京圏にいるので東京圏で打ち合わせができた方がいいから東京営業所の営業と話をして契約しようということになった場合とか、そういう方は(株)一条工務店の見込み客になってもらえる可能性があった。
(2) 東京営業所に来られる来場客というのは、東京圏の住人が多いわけで、そういう人は「三世代がゆったりのびのび住める家」と書かれた東京展示場のコピーを見て入場して、「これのどこが『三世代で住める家』なんですかあ」と言われたものでした。「お母さんと嫁さんが一緒に料理できる間隔を広めにとったキッチン」とか「親戚中が集まった時に対応できる二間続きの和室」とか「人がいっぱい来た時には補助席にもなるベイウインドウ」とか、そういう「浜松アタマ」の人が「お客さんにそう言ってるかあ」と言って強制的に言わせようとすることを言ったりすると、「やっぱり、おたくは浜松ねえ」とか言われるのでした。「このように言われるんですよ」などと言おうものなら、たとえば、名古屋南営業所の所長の近藤路夫などは「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」とか言ってひきつけ起こして怒りますが、「そんなこと言うからいかんのだあ」と言って怒られても、言ったのは私ではなくて東京展示場に来場した来場客であって、私は「言われた」のであって私が言ったのではないのですから、「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と言ってひきつけ起こして怒るのなら、私にではなく東京展示場の来場客に怒ってほしいと思います。
新版 ひきつけ・けいれんは小児てんかんを疑え (健康ライブラリー) - 金澤 治
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   江東区潮見のウッディランド東京は、ふと気づくとなくなってしまっていましたが、林野庁が設営した「国産材の利用促進をはかるための展示施設」であったことから「観光客」の割合が大きい展示場で、高校生の女の子が家庭科の実習で来たりもしました。そういう接客も「接客1」にカウントされてしまい、「これだけ、接客してるのに、なんで契約とれんら」とか言われるのでしたが、家庭科の実習で来た高校生とか、建築専門学校の生徒が専門学校の講師からウッディランド東京を見てくるように言われて彼女と一緒に見学に来たとかいうような、そういうやつを接客したからといって、そういう人に契約してもらうことができるか・・というと、これは「極めて難しい」というよりも、その人は十年以上後に見込み客になる可能性がゼロではないかもしれないが、当分の間は見込み客ではないのであり、そういう人を大量に接客させられて「なんで売れんら」「なんで売れんら」言われても、そんなこと言うなら、あんた、やってみたら・・・てものですが、遠州人のずるいところとして、「なんで売れんら」言うばっかりで自分はそういう所で営業やって契約とってみようとは絶対にしないのでした。
遠州人は卑怯です。
  私は最初、「浜松向け商品」を東京で売るために、浜松と東京との差を埋めるために営業がその分を努力して埋めようと考えたのでしたが、しかし、これは実際には並大抵のことではありません。親戚の家とかなら別ですが、「浜松のえたいのしれない工務店」「西武でもないのに『セゾン』とか名乗っている胡散臭い会社」の契約を東京の人間にしてもらおうというのは決して簡単ではありませんでした。
  しかし、東京圏とはいえ、千葉県なら千葉市より東・千葉市より南ならば、実際問題として茨城県・栃木県・群馬県・山梨県とそう違わないのです。埼玉県でも上尾・桶川あたりより北になると群馬県・栃木県とそう変わらない。神奈川県でも鎌倉市よりも西の方、静岡県に近いあたりになると、(株)一条工務店で建てても悪くないような人が住んでいるのです。
  だから、東京展示場に来られる来場客でも、住んでいる場所も建てる場所も、千葉市より東・千葉市より南の千葉県、上尾・桶川あたりより北の埼玉県、藤沢・茅ケ崎あたりから西の神奈川県ならば、(株)一条工務店で建ててもらえる見込み客になってもらえる可能性があるのでした。ただし、(株)一条工務店の場合、神奈川県ならば藤沢と茅ケ崎に展示場を設けていましたし、千葉県には(株)一条工務店千葉という共同出資会社があり、東京展示場に来られるのではなく、そちらの方に行かれてしまうことも少なくありませんでした・・が、そういう人に来てもらえた場合には、(株)一条工務店で建ててもらえる見込み客になってもらえる可能性がありました。
  1993年1月に私が担当で契約いただいた千葉県市原市のYさんなどはそのケースです。こういう方は(株)一条工務店の見込み客になっていただける可能性がある人でしたが、そういう人は東京展示場の来場客の中では決して多くはありません。それだけではなく、(株)一条工務店は同業他社と比べて1展示場あたりの営業の数が多く、特に「所長 〈天野隆夫〉」となっている東京展示場のような展示場はその地域に自分もいて自分も営業をやっている人が所長の展示場よりも1展示場あたりの営業の数が多いことから、「少ないπ(ぱい)を多人数で分ける」ことになり、有望見込み客と出会える可能性は小さいのでした。「建てる可能性がない人なんかない」とか言う人がいますが、「可能性はゼロではない」としても「ゼロではない」からといって家庭科の実習で来た高校生の女の子に契約してもらうとか、舞浜の東京ディズニーランドに行こうと思ったら混んでいたのでやめて、葛西臨海公園に行こうと思ったらそこも混んでいたのでやめて、新木場の夢の島熱帯園に行こうとしたらそこも混んでいるからやめて、それで潮見のウッディランド東京に来ましたあ~あ・・という観光客に契約してもらえるのかというと、そう簡単ではないのであり、ウッディランド東京という「国産材の展示を目的としての施設」にある展示場に来場した方から「ほお~お。『浜松の家』というのは、こんなようにできているのですかあ」と、なんだか登呂遺跡か何かそういう建物を見学する人みたいに言われて、そういう人の相手を大量にさせられて、そういう人に契約してもらえるのかというと、そういう人はもしも実際に家を建てる時には「登呂遺跡を建てている工務店」に頼むのではなくて、「東京で『東京の家』を建てる会社」に頼むことになる可能性が大きく、””「登呂遺跡の家」を建てる浜松の工務店”” の営業は「登呂遺跡」を見物に来る人の接客ばっかりさせられて、へとへとになるものの、そういう人はなかなか契約はしてくれないのでした。実際のところ、(株)一条工務店の東京展示場では「登呂遺跡」の説明させられるのに疲れました・・・。
  1992年10月頃でしたか、東京展示場に電話をいただいた神奈川県相模原市のS野さんは、それに該当しました。私が電話を取ったのですが、(株)一条工務店以外の住宅建築業の会社ならば、電話を取ったその時から営業活動は始まっているという認識で、営業担当は「電話を取った者」であり、そうであるからこそ、電話には誰もがすぐに出ていたのでしたが、ところが(株)一条工務店の東京営業所では「リーダー」の宮崎さんが「電話でカタログをほしいと言われたような人には、必ず郵送で送ること。持っていくのは禁止。送る際に営業が自分の氏名を書くのも禁止。電話で営業が自分の名前を名乗るのも禁止。郵送した後、訪問するのも禁止。お客さんの方で来るのを待って、展示場に来たら、来場した時に接客する順番だった者が担当」という変な「ルール」にしていたことから、私が苦心して来てもらえるように電話での話し方についても努力し、来てもらえるように郵送で送るものにも工夫をして努力して送って、その結果として藤沢や茅ケ崎の展示場に行かずに東京展示場に来てもらうことができたのでしたが、接客の順番は新卒入社1年目の橋本薫(男。当時、20代)でしたので橋本の担当の見込み客になってしまい、そして、契約してもらうと橋本は最後に契約してもらう際に同行した服部(男。当時、20代後半)には「服部さんのおかげで契約してもらえました。ありがとうございました」などと言いながら、最初に電話を取り、郵便物を送った私には「ありがとう」も「すいませんでした」も一言として口にしなかったので、「そうか、おまえはそういう男か」と思いました。そういう男だったようです。橋本は日体大卒の男でしたが、こういう態度のことを「体育会系の礼儀作法」とか「さわやかスポーツマンシップ」とか、言うみたいです。
  落合が「『一流投手が投げる会心の球』なんて、そんなもの、誰だってヒット打てるわけないのだから、打たなくていいんだよ。そうではなくて『失投』を打つんだ。『失投』をどれだけ逃さずにヒット打つかで成績は変わるんだ」とどこでだったか話していましたが、1992年の東京展示場には来場客の数はそれなりにあっても「ヒットを打てる可能性がある球」に該当する来場客は少なかったのです。そのあたりを(株)一条工務店の静岡県中西部や愛知県で営業させてもらっていた営業は理解できないのか、実際はわかっているけれどもわからないふりをしていたのか、全国のことを考えず自分たち静岡県愛知県の人間に有利なように有利なようにばかりしていたのでした。
  (株)一条工務店の東京営業所は有望見込み客(π)に対して営業の数が多すぎることから「収穫逓減の法則」が適用されて、営業ひとりあたりの契約はどうしても少なくなりがちでしたが、そういう有望見込み客がまったくないというわけではなかった。そういう人のことです。

(3) そして、3つめのタイプですが、東京都内で敷地面積20坪程度という所で建て替えたい、もしくはそういう土地を購入したので、そこに新築したいという人というのがありました。江東区潮見のウッディランド東京に出展していた(株)一条工務店 の東京展示場にもそういう人が来られることがありました。東京展示場があった江東区というのは、もともとは「江戸の東」という意味で「江東区」だったはずですが、それが海側の埋め立て地の対部分が江東区になったことで、東京都の海側の埋め立て地の部分と、昔からの江東区の部分とからなる区になりましたが、昔からの江東区の部分にはそういう土地がけっこうありましたし、今もあるはずです。そういった所をまとめてマンションにしたような所もありますが、今も狭い敷地に戸建住宅が建っている所があります。 墨田区にもそういう所はあるのですが、江東区には準防火地域でそういう所があるのに対して、墨田区の場合は防火地域が多く、防火地域に木構造のものを建てるということはできないということではないのですが、防火対策に相当のことをしなければならないので壁が相当厚くなるという問題と、それに応じて費用もかかるという点があり、必ずしも建てやすくありません。だから、東京展示場から近い場所では、江東区と江戸川区、それに私が接客した人では文京区で建てるという人で敷地面積20坪程度という方がありました。
   なぜ、そういう人が(株)一条工務店の見込み客になる可能性があったかというと、ハウスメーカーという所で「高品質低価格」タイプで「規格住宅」(「企画住宅」)でプラン集があってそこから敷地の条件と施主の希望に合ったものを選んで建てるという方式のものというのが、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)の「ハウス55」とか、ミサワホーム・積水ハウス・パナホーム・積水ツーユーホームその他、けっこういろいろな会社で用意していたのですが、ところが、そういったものというのは、一番小さいものでも延べ床面積は100㎡・30坪程度のものから上なのです。だから、敷地面積20坪の土地で建蔽率50%・容積率100%という所であったなら、そういう土地には小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)の「ハウス55」とかは対応できないし、ほかのハウスメーカーの同タイプの商品もまた対応できないのです。
  今では、アイダ設計とかそういった敷地に建てるのを得意とする会社というのも出てきていますが、1992年の頃はそういった敷地に建てるのを得意とする会社というのは、ハウスメーカーであまり見当たらなかったのです。 もしも、先祖代々、懇意にしている地縁血縁の大工・工務店があったならそこに頼むかもしれませんが、「地方」の中でも地方であれば、そういう地縁血縁の大工・工務店があるということが多いのですが、東京都内だと地縁・血縁の大工・工務店というものはないという人が多く、又、個人大工や工務店よりもハウスメーカーのような所に頼みたいという人が東京ではけっこう多いのです。
  そうなった時、(株)一条工務店は延床面積20坪くらいのものでも建築可の会社で、ハウスメーカーというほどではないとしても個人大工・工務店よりはハウスメーカーの方に近いかもしれないという会社でしたから、そういう敷地に建てたいという人が見込み客になってくれる可能性がありました。
  しかし、問題点もあり、(株)一条工務店の建物というのは、その時点での主たる建物の「セゾン275S1」というのは1階天井高275cmというのを「売り」にしていたもので、それだけに全体の高さが高くなってしまうので、狭小敷地で法規制がけっこう厳しい所ではそれに引っかかる可能性も大きくなり、1階250cm・2階250cmにして建てるということもできたのですが、「標準仕様」で1階275cmのものを1階も250cmにして建てて値段は一緒・・だと何だか損した気分になってしまうということがあり、そして、「地方」向けの家である(株)一条工務店は「トイレは2階に設けてもいいが、風呂は2階に設ける場合はシャワールームか、もしくは給湯専用ボイラーによるものに限るということにしていたので、狭小敷地で制約が多い家の場合に風呂を2階に持っていきたいというような人の場合、他社ならば2階にでも追い炊き機能ありのボイラーでの風呂を設置しますよというものを(株)一条工務店で建てたら給湯専用だとなると、それなら(株)一条工務店でない所で建てましょうとなることがけっこうあった。
  そして、何よりも、東京営業所では「リーダー」の宮崎さんが「施工面積30坪未満の家と3階建ては工事課が大変だから契約取らないで」と言うので、そうなると、契約可能なものは小堀住研⇒エスバイエルの「ハウス55」とかそういったハウスメーカーの「高品質低価格」タイプの「規格ブラン集(企画プラン集)」から選んで建てるという方式のもので対応できる大きさのものしか(株)一条工務店でも建ててはだめということになり、私が入社した1992年から神奈川県の茅ケ崎営業所に勤務していて、1993年9月から福島県いわき市の営業所に赴任した「木南さん」(仮名)(男。当時、40代)が得意とした「延べ床面積20坪の家」というのは契約不可になってしまい、その広さのものを建てることができたならば、江東区・江戸川区・文京区などで敷地面積20坪くらいの土地に建てる人というのは、ハウスメーカーで対応できる会社がその頃はなかったことから、(株)一条工務店は検討してもらえる可能性があったのですが、浜松などでは建てていいことになっていたのに、東京営業所ではそれはだめと言われると、東京営業所で契約できるものというのは、本当に少なくなってしまうのでした。
  又、3階建てについては、最近では東京圏でも在来木造での3階建てがけっこう建てられるようになってきましたが、1992年頃は、浜松などでは「家は在来木造で建てるもの」という観念が強く、かつ、浜松などでも、たとえば、浜松駅から遠くない所・・とかだと敷地面積はそれほど広くないが「場所がいい」ことからそこで建てたいという人で、3階建てを(株)一条工務店に頼んでくれる人があったようですが、東京圏においては1992年頃においては3階建てというとツーバイフォー工法での3階建てが多く、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)の木質パネル構法でも「システム認定」として小屋裏3階、2階の上の屋根の勾配を急こう配にして、その下に直下会の2分の1までの広さの部屋を設けるという3階建ては認定を取得していたようで、そういうものを建てられる方もあり、小堀住研⇒エスバイエル でも展示場としては私が見たものでは「ハウス55」では東京の中央区の晴海、「新 桂」という自由設計の建物の方では千葉県市川市の展示場で木質パネル構法による3階建てのものを用意していたのですが、在来木造の3階建ての建物というのは、その頃は東京圏で建てているものはあまり見かけることはなく、(株)一条工務店でも浜松では浜松市倉松町の本社・浜松工場の敷地内で3階建て在来木造の建物の耐震実験をやりましたという実験棟がありましたが、東京圏においては3階建ての展示場もなく、実績がないということで木構造の3階建てを建てるのならば在来木造よりもツーバイフォー工法でと考える人が多かった。そして、何よりも、「リーダー」の宮崎さんが「3階建ては工事課が大変だから、3階建ての契約は取らないようにして」と言い、その結果、浜松や名古屋の営業は3階建ての契約を取ることができても東京営業所の営業は3階建ての契約を取ることだできず、そこでも不公平な状態になっていたのです。
  押上の東武亀戸線の線路の脇のお宅というのは、そのケース、敷地面積20坪程度という人だったのですが、もうひとつ、問題があって、ハウスメーカーで「規格プラン集」(「企画プラン集」)から選んで建てるという方式のものの場合は、「ハウス55」もそうですが積水ハウス・パナホーム・積水ツーユーホームその他の会社のものは対応できないのでしたが、住友林業(株)は在来木造で対応していたようなのです。そうなると、(株)一条工務店というのは、東京都の江東区・墨田区・江戸川区や文京区などの人にとってどういう会社かというと「住友林業の下位互換の下位互換みたいな会社」ですから、「上位互換の会社」である住友林業(株)とだと、どうしても不利だったのです。・・この話も、浜松・掛川・名古屋の営業に話すと「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」とひきつけ起こして叫びますが、それなら、「住友林業の下位互換の下位互換の会社」という位置づけの工務店が「上位互換の会社」との競合に勝って契約してもらうにはどうすればいいのか、やって見せてもらうとありがたいのでしたが、浜松・掛川・名古屋といったあたり、(株)一条工務店の評価が高い地域、住友林業(株)と(株)一条工務店では同格か(株)一条工務店の方が上と評価してもらえている地域でしか営業やったことない方たちは、「そういうことを言うからいかんのだあ」とかなんとかかんとか勝手なこと言うばかりで、「住友林業の下位互換の下位互換の会社」という評価をされている状態でどうすれば「上位互換の会社」との競合に勝てるのか・・なんて、まったく考えもしないのでした。押上の線路の脇のお宅は結局、住友林業(株)で契約されたようでしたが、「上位互換の会社」との競合にどうすれば勝てるのか、いい方法があるなら教えてもらいたいものでしたが、もしも教えてもらえるのならば1回や2回、頭を下げてもいいと思っていたのですが、浜松・掛川・名古屋の営業で教えてくれる人は誰もありませんでした。
  それだけではありません。名古屋南営業所の所長だった近藤路夫は「そんなもの、住友林業との競合だと『いただき』てものだ。『ちょちょいのちょ~い』だ」と言い、私が「東京では住友林業との競合だと、まるで横綱に立ち向かう序の口力士みたいな感じなのですが、どうすれば『ちょちょいのちょ~い』にできるのでしょうか。できれば教えていただきたいのですが」とへりくだって・下手に出てお願いしたのですが、そうすると近藤路夫さんはどうおっしゃったかというと、「そんなもん、『一条工務店はプレカットしていますでしょ。住友林業はプレカットしていますか。してませんでしょ』と、それだけで契約してもらえる。ちょちょいのちょ~いてもんだ」とおっしゃるのでした・・・が、「住友林業はプレカットしていませんでしょ」と近藤路夫さんはおっしゃるのでしたが、ところが残念なことに住友林業(株)は機械プレカットをした構造材を使って建てていたのでした。
  しかも、1992~1993年当時、住友林業(株)https://sfc.jp/ は千葉県地域では、千葉県の(株)ひらい https://www.hirai-gnet.co.jp/ という材木会社 兼 木質系建築会社 の工場で機械プレカットした木材を使用して建てていたのですが、この(株)ひらい という会社は、なんだか、ずいぶんと多くのハウスメーカー・建築会社と提携して建てていた会社で、ユニバーサルホームhttps://www.universalhome.co.jp/  という住宅のシステムを考えて、営業と施工はそれぞれの地域の会社に「ユニバーサルホーム」という名前で展示場を出店して営業して施工もしてもらうということをしていた会社ですが、この「ユニバーサルホーム」としての展示場も千葉県で持って運営していて、又、フリーダムアーキテクツデザイン(株)https://freedom.co.jp/ という設計会社が設計した家の建築施工もやったことがあり、(株)ひらいhttps://www.hirai-gnet.co.jp/ としても戸建住宅は建てており、そして何よりも、浜松の(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ と共同出資会社として(株)一条工務店千葉 という会社を作って「一条工務店」という名前で在来木造の戸建住宅を建てていて、たとえば、千葉市の園生町(そんのうちょう)に住宅展示場を持っていて、(株)一条工務店では「標準仕様」では布基礎でべた基礎はオプションだったのを(株)一条工務店千葉 ではべた基礎が「標準仕様」で、私が追客中だった見込み客が(株)一条工務店千葉 の展示場に見にいかれたことがあったのですが、そうすると「向こうは向こう、こっちはこっちでやってますから関係ありません」などと(株)一条工務店千葉 の営業が言いよったとか、そして、何よりも、「住友林業の家」の構造材を機械プレカットして出荷していたのはどこかというと「住友林業の指定工場」になっていた(株)ひらい の工場であり、そこから千葉県の住友林業(株)https://sfc.jp/ie/ の営業は「一条工務店は住友林業の下請けですから」と言うておったのですが、結論として、(株)一条工務店千葉 という共同出資会社と千葉県の住友林業(株)とは(株)ひらい という同じ材木会社のプレカット工場で加工された木材を使用して建てていたわけであり、「『住友林業はプレカットしてますかあ』『してませんでしょお』と言えば、それだけですぐに契約してもらえる。ちょちょいのちょ~いてもんだ」と名古屋南営業所の近藤路夫さんはおっしゃるのでしたが、住友林業(株)は「プレカットしてますかあ?」というと、していたし、千葉県では(株)一条工務店千葉 と同じ(株)ひらい のプレカット工場で加工した木材を使用して建てていたのです。それを「住友林業はプレカットしてませんでしょお」と言えば「ちょちょいのちょ~いで契約してもらえる」とは、まあ、ずいぶんといいかげんな男だこと、こういう営業とは契約したくないもんだなあ・・・と思いましたが、そういう人が(株)一条工務店の営業所長だったのです。「ちょちょいのちょ~い」だそうです( 一一)
  要するに、近藤路夫さんは、そんないいかげんな営業でも「ちょちょいのちょ~い」と契約してもらえるような地域の営業所にばっかり配属してもらってきた人だったのでしょうね( 一一) 「ちょちょいのちょ~い」と。
  この近藤路夫さんの発言は「研修」の場で講師役というのか議長役というのかで来て発言なさったものであり、「よく言うわ♪」と思います。「バカ言ってんじゃないわ♪」と思います。〔「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」⇒《YouTube-3年目の浮気 ヒロシ&キーボー》https://www.youtube.com/watch?v=H8vISMbjK7g 〕
  あんなものは研修とは言えません。1990年代、(株)一条工務店は営業は歩合給を払うのだからということで時間外手当は払わずサービス残業としていましたが、歩合給を払うから時間外手当・深夜残業の割増し・休日出勤手当を払わなくていいのかというと、そうではなく、日本国の労働法は歩合給を払うからということで時間外手当を払わなくていいとは認めていないはずで時間外手当というのは、労働契約で定められた時間、労働を提供しますと労働契約を締結して働いている者が、そこで契約されていない時間に働いたなら・働かせたならば、その分は別に払うべきでしょという意味だけではなく、時間外に働かせたならば時間外手当を払わないといけない・深夜に働かせたならば割増で払わないといけないということで使用者に制約を加えることで、労働者に健康を害するような過酷な労働をさせることに対して歯止めをかけるという意味があるものであり、報酬については歩合給である程度以上のものが払われるならば、少々、多くの時間働いても従業員にはそれに見合った報酬が支払われるということになったとしても、歩合給が払われるから時間外手当・休日出勤手当は払わないということが認められるならば、労働者・従業員の健康を害するような過酷な労働を労働者に強いることに対しての歯止めがなくなってしまうことになります
  (株)一条工務店では営業本部長の天野隆夫が「『労働基準法は守らない』というのが一条工務店の会社の方針だ」と宣言・公言していたのです。1990年代の末だったか2000年か2001年になっていたかの頃、「『みなし残業制』を導入」と言いだし、基本給の部分に少したした金額を「みなし残業代を含む」ということにして、現実にはそれでサービス残業・休日出勤・深夜残業させ放題・・にしたのでした。「みなし残業」という制度はそういう使い方をするものとは本来は違うはずなのですが、その頃から、(株)一条工務店だけではなく、ほかにも住宅建築業の会社で「みなし残業」制度をそのように使う会社が出てきたようで、インターネット上の求人募集を見ても、「給与 ・・万円(みなし残業代含む)」と記載されているものがあり、要するに、それまでは基本給として払っていた金額を「(みなし残代含む)」ということにすることでサービス残業は合法化される・・ということのようで、労働法上、「みなし残業」という制度はそういう使い方をされるべきものではないはずでしたが、現実にそういうことをしている会社が少なからずあるようです。それはそれとして、営業活動については歩合給をもらえるのならば時間外手当なしというのも、まったくわからないことはありませんし、従業員の側も、時間外手当はもらわないのだからということで勤務時間内か勤務時間外か関係なく動けるので、その方がやりやすいという時もないわけではないでしょう。しかし、近藤路夫の与太話を聞いてあげるために、千葉県から浜松まで週休日に早朝に出てはるばる往復させられたというのは、これは営業活動ではありませんから、これは当然、休日出勤手当は支払われないといけません。
休日出勤手当も払われずに、近藤路夫の「『住友林業はプレカットしてますか』『プレカットしてませんでしょ』だけで簡単に契約とれる。ちょちょいのちょ~い」だのというデタラメ聞かされるために、わざわざ週休日に浜松まで往復させられたというのは、たとえ営業は契約取れた時には歩合給をもらえたとしても不当です。そう思いませんか? このようなサービス残業が認められるならば、与太話を聞かせるために、いっくらでも浜松まで人を呼びつけにできることになってしまいます。

【3】 私は(株)一条工務店に入社して1年以内に、ほかの人と比較しても悪くないレベルに(株)一条工務店がこういうことを見込み客に話しなさいと指示した内容については十分にマスターして話せるようになったと思います。又、ひとによっては言われた通りのことをそのまま話すしかできない人で、同時におかしな内容でも言われた通りのことを平気で話すことができる人というのもいましたが、私はそういうことができる人間ではないので、自分自身で関連する本を読んだり、自分自身で(株)一条工務店の工事現場や他社の工事現場を見に行ったりして確認して、その上で話すようにしましたから、だから、そのままでないことから(株)一条工務店の「一条オリジナル」「浜松流総本舗」からするとむかつく部分もあったかもしれませんが、実際に自分で考えながらやりましたから、口真似しているだけの人間とは違って自分が話す内容について自信がありました。
  たとえば、1993年4月に新卒入社して浜松の営業所に配属され、「通算契約棟数全国2位」の平松さん(男。当時、40代?)の「隣の席に座っていた」小野田くん(男。当時、20代)は、本人の希望・都合をきいてもらって1993年8月なかばから東京営業所(展示場)に移ってきましたが、移ると同時に「俺、見込み客をとらないといけないから」と言って、展示場に出る事務所の入口に陣取って、来場客をことごとく小野田くんが接客するという身勝手なふるまいを取るということをしたので、「リーダー」の宮崎さんは、曲りなりにも「リーダー」ならば、「小野田くん、見込み客を取らないといけないのは小野田くんだけではなくて、みんながそうなのだから、小野田くんだけが接客するなどということはそれは許されないことでしょ。浜松の営業所では平松さんはそんなことを認めていたの? 私は平松さんはそんな身勝手なことを認める人ではないと認識しているのだけれども、小野田くんは浜松でもそんなことやっていたということなの?」と注意するべきであり、私が「リーダー」であったなら言いますが、ところが「リーダー」の宮崎さんは新人ばっかりいっぱいくっつけられても嫌な顔することなく、何をきいても親切に教えてくれる人でしたが、しかし、こういったことをきっちりと言うということができない人でした。
  小野田くんはそれをいいことに、他の営業だって見込み客を取らないといけないのに、後から東京営業所にやってきた者が「浜松がえり」だという「ブランドもん」だという自信とともに、(株)一条工務店以外の会社ならまず通じないこと、(株)一条工務店でも普通の営業所なら通じないようなことを繰り返していたのでした。その小野田くんは来場客に「集成材はムク材の1.5倍強いんですけれども・・」などと話しており、又、私にも「〇〇さん、集成材はムク材の1.5倍強いって知ってますか」などと言ってきたのでしたが・・・・、知らんよ、そんなもの( 一一)
  「集成材はムク材の1.5倍強いんです」と住友林業(株)の営業が言いまくっておるということは知っていた。そして、世の中には「住友は嘘つかない」という信仰を持っている人がいて、「集成材の方がいいんでしょ。住友林業の人が言ってたよ。あんた、そんなことも知らないの?」などと言う来場客・見込み客もいました。しかし、「あんた、そんなことも知らないの?」などと言われても・・・、知らんよ、そんなもの。
  だって、普通に考えてみてくださいよ。4寸角(12cm角)の柱なり、3寸5分角(10.5cm角)の柱なりがあったとして、それを5枚にスライスして、それをもう一度、フエキ糊ででも、木工用ボンドででも、セメダインででも、アロンアルファででも、ご飯粒ででも、鼻くそ ででも、もう一度くっつけたとしてですよ。1.5倍の強度になると思いますか? 5割増しの強度になると思いますか? ―――普通は、ならないと考えるものではありませんか。どうして、「集成材はムク材の1.5倍の強度がある」と信じているのですか?
  しかし、戸建住宅建築業の業界においては、けっこう、この「集成材はムク材の1.5倍の強度がある」ということを言う人が多かった。2008年、東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕https://www.10kai.co.jp/ の花見川店の店長の田中(男。当時、60歳)が東海住宅(株)の千葉県佐倉市上志津の東海住宅(株)が造成した分譲地で1区画だけ建物を建てて建売として販売していた建物の柱を指さして、「これは集成材でして、ムク材の1.5倍強いんですよ♪」などと得意がって言うので、この男もよく言うよなあ・・・とあきれたことがあった。自分が勤めている会社の「店長」が言うことなので、その場では黙っていましたが、アホか、「ホワイトスプルースの集成材」が「桧のムク材」の1.5倍強いわけないだろうが( 一一)  そもそも、田中はその「集成材はムク材の1.5倍強い」という話をいったいどこで仕入れたのか? 私は、この話がけっこう広まっているので、建築の構造についての本をずいぶんと読んで、この件について書かれたものを捜したが、な~かなか見つからない。・・そして、とうとう、その「原理」がわかった。結論として「集成材はムク材の1.5倍強い」という住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の小野田くんが広めた神話は嘘だった( 一一)
  それならば、この神話が広まった震源地はどこなのか? ・・たぶん、住友林業(株)の営業だと思いますよ。たぶん・・・。
  もう一度、言いますが、普通に考えて、4寸角(12cm角)の柱なり、3寸5分角(10.5cm角)の柱なりがあったとして、それを5枚にスライスして、それをもう一度、フエキ糊ででも、木工用ボンドででも、セメダインででも、アロンアルファででも、ご飯粒ででも、鼻くそ ででも、もう一度くっつけたとしてですよ。1.5倍の強度になると思いますか? 5割増しの強度になると思いますか? ・・なるわけないだろうが。アホか・・( 一一)
  それならば、住友林業(株)https://sfc.jp/ の営業と(株)一条工務店の営業の小野田くんは、なぜ、「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」と言いまくって、その神話を広めているのか・・というと、住友林業(株)の営業については、それは住友林業(株)の建物は通し柱に集成材を使用していたので、それで、ムク材を使用している(株)一条工務店などとの競合の際に有利になるように、そういう神話を広めていたのです。よくわからないのは、ムク材を通し柱にも管柱にも使用していた(株)一条工務店の営業なのに「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ。そんなことも知らないのですか?」と脅迫調の言い方で言って広めていた小野田くんで、小野田くんはムク材を使用している(株)一条工務店の営業なのに、なんで、ムク材を使用している会社にとって得にならない神話を一生懸命広めるのか、マカ不思議でした・・が、小野田くんはそういう男でした。「私は父親が大工でして」とか言ってましたが、小野田くんはたしか母子家庭だったはずで父親はいなかったはずですが、どうして、いない父親が大工なのか、これもマカ不思議でした。母子家庭だからいないはずなのに大工だというその父親は、いったいどういう論拠から「集成材はムク材の1.5倍強い」などと考えたのでしょうか。実際に木材を5枚にスライスしてみて、それを鼻くそでくっつけたら5割増しの強度になったのでしょうか?
  この集成材とムク材はどちらが強いかといった話は、このブログでもほかの所ですでに述べたはずですが、もう一度、整理しましょう。
(1) 「集成材とムク材」と似た話で「合板とムク板」の問題もあります。先にその「合板とムク板」の比較の話を述べます。小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) の木質パネル構法の木質パネルは「米ツガ」もしくは「米松」のツーバイフォー材(枠材)と合板を接着剤で張りつけたものです。これを建築現場で釘打ちして建てていきます。ツーバイフォー材に接着剤で貼りつける作業は工場でおこないますが、ここではそこの接着の問題ではなくて、合板の方のことを述べますが、なぜ、そこで使われるものは合板であってムク板ではないのか?
  1990年、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)にいた時、東京支店の支店長の高倉さんが「合板でないとムク板ではだめなんだ」と教えてくれたのでしたが、なぜ、ムク板ではだめなのか。最初、ムク板よりも合板の方が強いのかと思ったのでしたが、これも集成材とムク材の比較と似たもので、ムク板があったとして、これを何枚かにスライスして、それを再度、フエキ糊なり、木工用ボンドなり、セメダインなり、アロンアルファなり、ご飯粒なり鼻くそなりでくっつけたとすると、1.5倍・・でなくても、ムク板の時よりも強くなるか? ・・というと、普通に考えてなりませんよね。
  それなら、なぜ、小堀住研(株)の木質パネルで使用する板は合板でないとだめでムク板ではだめなのか・・というと、それは合板というのは、ベニヤと呼ばれる薄い板を木の目が交互になるように接着剤で貼って作ったもので、木の目が交互になるように薄い板を貼り合わせた結果、合板はムク板とは違って、どちらの方向にも強いものになり、方向性がなくなるらしいのです。それに対して、ムク板の場合は合板よりも弱いわけではないけれども、自然にはえていた木から作られたもので、合板は工業製品であえるのに対して、ムク板は農産物の扱いであり、ムク板は合板よりも弱いわけではないけれども、強い向きと弱い向きというものがあり、方向性があるので、それで木質パネル構法の木質パネルで使用する板には合板の方がムク板よりも向いているということだったようです。小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) の木質パネル構法に限ったことではなく、ミサワホームとかスウェーデンハウスとかいった会社の木質パネルでも、三井ホームとか三菱地所ホームとか積水ツーユーホームとかいった会社のツーバイフォー工法で使用している合板においても、同じことがあてはまります。

(2) 装飾用に使われる木、造作材の場合はというと、外観・風合いがすばらしいけれども、「狂い」が大きく、大変「あばれる」木材でムク材としては使えないというようなものを、それほど「あばれない」木材に接着剤で薄く貼りつけて使用するということがあります。これは強いか弱いかの問題ではなく、「狂い」「あばれ」というものが出やすい木材だけれども、見た目が美しく・風合いがすばらしいという木材を使う場合のことで、強いか弱いかの問題ではありません。

(3) 「集成材の方が木材を無駄に使わないので自然に優しい」とか言う人があるようですが、そうとも限りません。同じ量の丸太があったとして、それをどれだけ木材として使用できるかというと、ムク材として使う場合よりも集成材として使用する方が多くのものを使えることになるので、その分だけ「自然に優しい」かのようにも見えますが、しかし、その木材が廃棄物になった場合、燃焼させる場合には、ムク材は木でできていますが、集成材は木だけではなく化学物質の接着剤で貼りつけられているので、そこでダイオキシンなどが発生することが考えられます。2000年頃にはダイオキシンというものがずいぶん有害なものとして言われたものでしたが、最近では、ダイオキシンの有害性はその時に言われたほどではないとも言われてきたようですが、それにしても、集成材の場合はムク材とは違って、接着剤で貼りつけられていることから、接着剤に使用している化学物質も燃やすことになる、という点があります。同じ物を燃やすのでも大規模な焼却炉で燃やす場合と小規模なもので燃やす場合ならば、なぜか大規模なもので燃やした方がダイオキシンなどの発生量は少ないらしく、山梨県上野原市の(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業の上野原市の「西東京工場」には小学校や中学校に昔あったような焼却炉がありましたが、ムク材はそこで燃やしていいらしいけれども、集成材・合板はその小規模な焼却炉で燃やしてはいけないことになっていたようです。こうなると、ムク材・ムク板と集成材・合板とどっちが「自然に優しい」かはよくわからなくなってきます。

(4)  「ムク材と集成材とは、どっちが高級品か」というと、高田秀三編『これだけは知っておきたい 住宅の設計と施工の知識』(鹿島出版会)によると、集成材の方がムク材よりも同じ材木から使える状態の木材にできる量が多いので、材料費は安いけれども、しかし、集成材はムク材と違って、切って貼ってという手間がかかるので、その分の費用がかかるから、だから、その結果として、どちらの方が費用がかかるかとは「いちがいに言えない」というものだ、ということでした。
  住友林業(株)の営業は「集成材の方が高級品なんです」とか言っているようで、その話を住友林業(株)の展示場で聞いた人が(株)一条工務店の展示場にやってきて「集成材の方が高級品なんでしょ。住友の人が言ってたよ。あんた、そんなことすらも知らないの」などと言うことがありましたが、知らんよ、そんなもの。そもそも、その言っていた住友林業(株)の営業がどれだけわかって言っているのか極めて疑問・・というよりも、住友林業(株)でそのように吹き込まれて言っているだけのことで、実際にどちらが高いのか安いのか調べて把握した上で言っているとは思えない。
これだけは知っておきたい住宅の設計と施工の知識 - 高田 秀三
これだけは知っておきたい住宅の設計と施工の知識 - 高田 秀三

(5) 柱と梁とで違いもあります。 梁の場合、太いのでムク材の太い梁は乾燥させるのが難しい。 それに対して集成材の梁は薄い板にして乾燥させた上で接着剤で貼りつけるということができるので、集成材の梁の方が乾燥させるということはやりやすい。その結果、木材の場合は乾燥したものの方が乾燥できていないものよりも他の条件が同じならば強いので、集成材の方がより乾燥できている分だけ強いということはありうるでしょう。
  又、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) は小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)では、「PBDM]という「コンピュータを使って集成梁の設計手法」によって集成材の梁を使っていると言っていて、これはどういうことかというと、梁というのはその上の方と下の方に特に強い力がかかるので、何枚かの薄い状態にして乾燥させた後、貼りつけて集成材の梁にする際に、上端と下端に特に強いものがくるように配置を考えて貼りつけるというようにした集成梁だというのです。へ~え・・・、集成材の梁でも小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)で使っている集成梁は、そういう特に品質のいいものなんだあ~あ・・・と思いそうになりますが、でも、その上端と下端とに特に強い部分が来るように貼りつける・・・て、その「特に強いもの」というのは、いったいどうやって調べるのですか? そういうのは簡単に調べることはできるのですか?
  そう思うと、どうもその「PBDM]なるものについて、実際どうなのかなあ・・と疑問を感じたりもします・・・が、集成材の梁の場合、薄い状態で乾燥させて、その上で貼りつけることができるということから、ムク材の梁よりも乾燥させやすいという長所はあるようです。
  もうひとつ、木材というものは多かれ少なかれ、乾燥すると「そる」ものですが、集成材の梁の場合は、これも木の目が交互になるように貼って作るので、そろうとしても互いに逆の向きにそろうとするので、結果として「そらない」・・という長所があると言われます・・が、ムク材の梁というのは、多かれ少なかれどちらかに「そる」と言うけれども、しかし、一般に、芯材側と辺材側では辺材の側の方が乾燥すると収縮する度合いが大きいので、ムクの梁として使用する場合、辺材側を下、芯材側を上にして施工すれば、特に梁の途中に上階の柱が載っているというような場合、その梁の途中で上から下に押さえつける力が加わることになりますが、梁の方は芯材側はそれほど収縮せず、辺材側の方が大きく収縮することから、そのムク材の梁は端部よりも中央部が上に上がろうとする力が働くことになり、その結果、その梁の中央部で上に載っている柱が下に押さえつける力と相殺して、下がらなくなるのであり、法隆寺宮大工だった西岡常一さんの本など読んでも、法隆寺宮大工口伝には「木は寸法で組まず、くせで組め」というものがあり、そういった木材のくせを考えて施工するのが木造建築なんだ・・ということですから、ムクの梁が乾燥した時にどちらかの側に「そる」ことがあっても、そういう木材をうまく使って建てるというのが木造建築だから、それでいいのだ、とも言われるようです。
  ただし、ムク材の梁は芯材側を上・辺材側を下にして施工すれば、乾燥して収縮した際に上が凸になるように曲がろうとするので、梁の途中に上階の柱が載っていたりすると、そこで上から下に押す力が加わり、互いに相殺することで曲がらなくなる、ゆえに曲がらない集成材の梁よりも上に凸になるように曲がろうとするムク材の梁を使う方が合理的なのだ・・・という主張は機械プレカットで加工したものを使うのが一般的になってきた現在の戸建住宅においては、必ずしもそうとは言えないところもあるのです。(株)一条工務店 の上棟を行う工事現場に行くと、なぜか、芯材側が下・辺材側が上、下に凸・上に凹になるように曲がろうとするように加工された梁が届いていることがしばしばあったのです。大工は「なんで、これ、逆に加工するんだろうなあ」と言っていたのですが、私は(株)一条工務店の工場部門である(株)日本産業 の山梨県上野原市の工場に行ってその理由がわかった。この梁を加工する際にどちらを上に加工するかという話をしたところ、けっこう長く工場に勤務している人から「よく知ってるねえ」と言われ、「工場にいる人間で、そんなこと知ってる人間なんて、誰ひとりとしていないよ」と、そう言われたのです。元々は在来木造というのは大工さんが手加工で継手(つぎて)・仕口(しぐち)やホゾ・ホゾ穴を加工していたのですが、私が(株)一条工務店に入社した1992年の頃は機械プレカットで加工して建てる会社と手加工の所と両方ありましたが、現在ではハウスメーカーから個人大工・工務店を通じて機械加工で建てる方が一般的になってきたのです・・が、機械加工のいいところとして「加工のできにバラツキがない」ということが言われるのですが、そういう長所はあるとしても、短所というのか問題点もあって、それは工場で機械プレカットの作業をしている人というのは「工場労働者」であり、大工でもなければ建築技術者でもなく、木材の性質というものはどうなのか、建築の構造はどうなっているのかなんて、そういうことは知らない人なのです。又、(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業では「速く、速く」と速さが矢鱈と求められ、その結果、だんだんとそこで作業をしている人間は考えなくなっていくのです。(株)一条工務店の経営者はその方がいいと思っているのかもしれませんが、工場での機械プレカットの作業で速さばかり求められて作業をしている人間は、自分がおこなっている作業の意味合いも考えなくなり、そもそも、自分が何をやっているのかも考えなくなっていきます。さらに、人件費を節約するために外国人の労働者、この場合、「外国人労働者」というのは日本よりも物価と賃金の水準が安い国の労働者という意味ですが、日本より物価と賃金の水準が安い国の労働者を採用して作業させており、そういう人は日本の家というものがどのようにできているのかなど知りませんし、言われたことをやってカネを稼いで本国に帰るだけですから、そういう人がムクの梁はどちらを上に加工すべきかなんて考えるわけがないのです。又、日本より賃金水準が安い国の労働者を日本国内で使うことにより、日本人の労働者の賃金水準も引き下げることにつながり、その結果、日本人の労働者もまた、質が低下することは十分に考えられます。こういうことを会社のためを思って指摘すると、(株)一条工務店の経営者は怒りますから、そうすると、怒られてまで言うことないよな・・と思うようになり、だんだんと口をきかなくなっていくのです。なんとも悲しい・哀しい会社だと思います。

(6) それで、柱材の話です。 柱は梁桁材の場合と力の加わり方は違います。梁桁材の場合は集成材は上下に何枚か重ねて貼りつけるのですが、木の目が交互に逆になるように貼りつけることでムク材よりも集成材はそりにくくなるのですが、柱材の場合、集成材の小口を見ると、木の目は逆向きに貼られている部分が多いけれども必ずしも木の目は交互になっていないところもあります。
  ムクの柱材は、お寺とかの建物だと「芯さり材」とか、元々は太い1本の木だったものを4本に切断して使ったりとかそういったこともするようですが、(株)一条工務店の建物では「芯持ち材」と言って、1本の桧や杉の木を小口面を見ると正方形になるように加工したものを使っていますが、そういう「芯持ち材」の場合は小口面を見ると基本的には中央付近に芯があって四方に年輪が広がっているようになっています。「基本的」にはというのは、ムク材の場合は農産物なので、桧とか杉とかが柱材に使われることが多いというのは、まっすぐに伸びる性質の木なので柱材に使いやすいという点があるのですが、農産物であり、山林にはえていた木というのは「まっすぐに伸びる性質がある」とはいえ、実際には必ずしも厳密にはまっすぐでない場合もあり、中には片方の側の小口では芯が必ずしも中心付近にないという場合もあります。そうはいっても、ムク材の芯持ち材の柱を使った場合は、柱の中心付近に芯があって、そこから周囲に年輪が広がり、強度もそれに応じたものになっているはずなのですが、集成材の柱の場合は、梁桁材の集成材と同じように、何枚かのものを接着剤で貼りつけたものですから、中心から周囲に広がるようにはできていないのです。ですから、この点では、むしろ、柱材の場合はムク材の方が合理的ではないのか・・とも思えます。
   乾燥については、柱材の場合、人工乾燥という方法が今では使われていて、戸建住宅建築業においても人工乾燥はおこなわれていて、(株)一条工務店では「中温除湿乾燥」という方法、私が入社した1992年頃は「低温除湿乾燥」という言い方をしていたのですが、ある時から「中温除湿乾燥」という表現にかわったのですが、要するにサウナ風呂みたいなものです。人間がサウナ風呂に入ってしばらくすると汗が出てくるようなそんな感じで、杉の並柱を乾燥庫にしばらく入れておくと水分を放出して乾燥されるという方法です。人口乾燥の方法はこの「サウナ風呂みたいな方法」だけではなく、ほかにも何種類かあるみたいで、小堀住研(株)でも木質パネルの枠材(ツーバイフォー材)を人工乾燥していますと言っていたのですが、小堀住研(株)のカタログに掲載されていた人工乾燥の機械と(株)一条工務店の人工乾燥庫とでは外観が全然違うので、どうしてだろうかと思ったのでしたが、人工乾燥でも何種類かの方法があって、別の種類の方法をとっていたようです。人工乾燥によって「20%以下」にまで含水率を下げることができると(株)一条工務店はカタログに記載していたのですが、実際にはきっちりと「20%以下」になっていない場合もあるようですが、そのくらいまで下げるというもののようです。小堀住研(株)のカタログには「19パーセント以下」と記載していたのですが、この1%の違いて、いったい何だろうか・・と思ったのですが、これは今もよくわかりませんが、そのくらいまで含水率を下げると、木が含んでいる水分でも、自由水と言って湿度が上がったり下がったりするのに応じて木から出たり入ったりしている水分だけでなく、結合水といって木の細胞と結びついてそう簡単に出たり入ったりしない水分まで取れるらしく、この結合水までとれた木材というのは、その後、湿度があがったり雨にぬれたりすることがあっても、自由水の方を含むことはあっても結合水の方を吸収することはなくなるそうで、人工乾燥で「20%以下」だか「19%以下」だか、きっちりとその数字になっていなくても、そのくらいの目安で乾燥させれば、木材の性質が人工乾燥していないものとは変わるらしい。
  だから、梁桁材の場合はムク材の場合は厚みがあることから乾燥が簡単にできないのに対して、柱でも並柱の場合は人工乾燥での乾燥ができるので、相当含水率を下げることができるようなのです・・が、桧の役柱(真壁和室で柱が壁から外にでて見える部分の柱)は人工乾燥させるわけにはいかないようで、自然乾燥になるので、人工乾燥させる杉の並柱ほどは含水率は下げられないということになるでしょう・・けれども、だから、和室の桧の役柱の場合は集成材の方が含水率は低いかもしれませんが、しかし、和室の桧の役柱の集成材というのは、外見は桧であっても、桧は表面の皮みたいな部分だけであって、その中に入っているのは桧ではなくて、桧よりも値段も安い木が何枚か貼り合わされていているわけで、↑ の最初の方で東海住宅(株)の店長の人相の悪いおっさんが見込み客に「お客さん、この柱は集成材でして、ムク材の1.5倍強いんですよ」などとぬけぬけと言うので、ホワイトスプルースの集成材が桧のムク材の1.5倍強いわけないだろうが、アホか・・と思ったという話を述べましたが、それと同様で、「桧の集成材」と言われているものは、スプルースとか比較的安い木を使って貼り合わせた集成材の表面に桧を皮のように貼りつけたもので、表面の皮のようなものはきれいなところを選んで貼るので節はないのですが、実際に桧のムク材と「桧の集成材」を見比べると、桧のムク材はどうしても小さな節があったりしますが、見比べると「桧のムク材」の方が「本物感」とでもいったものを感じることはできます。又、桧はいい香りがすると言われますが、実際に住むといちいち柱に花を近づけてくんくんにおいをかいでいる暇はないのではないかと思いますが、いい香りがするというのはムク材のことであって集成材の場合はそうはいかないでしょう。
  それで・・・、梁の場合は、集成材の梁はムク材の梁と違って薄い板の状態で乾燥させて、それから貼り合わせるということができるので、ムク材の梁よりも乾燥できるという長所はあるのですが、柱の場合はムク材の柱でも並柱は人工乾燥することで十分に乾燥させることができるのです。 そうすると、「集成材はムク材の1.5倍強い」という住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の小野田くんが広めまくった話というのは、あれはいったい何なのか?
  私は(株)一条工務店に入社して以来、住友林業(株)の展示場から出てきて(株)一条工務店の展示場に入ってきた来場客から、「おたくはムク材みたいなもんを使ってるの? ムク材よりも集成材の方が1.5倍強いんでしょ。住友の人が言ってたよ。あんた、こんなことも知らないの」などと何度も言われて、相当気分を害したのでしたが、しかし、反論するには、その「集成材はムク材の1.5倍強い」という説がどこから来たものなのか、違うと言うのならばどういう理由で違うのか論破できるようにしないと反論できないと思い、(株)一条工務店の上役とか先輩社員とかに何人もに「集成材はムク材の1.5倍強いというのは、どういう理由によるものなのでしょうか」と質問したのでしたが、誰もまともに答えてくれなかったのです。 特に、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は東京営業所の所長・松戸営業所の所長を兼任していましたので、東京営業所・松戸営業所に彼が来所した時に、この人は在来木造の会社である(株)一条工務店で上から何番目かの役職の人なのだから、この人ならきっちりと答えてくれるのではないか、この人ならきっちりとしたことを教えてくれるのではないかと期待して質問してみると、そうすると、こう言われたのです。「そんなこと言うなら、エスバイエルに行け、おまえはあ!」とそういって怒鳴りつけられたのでした。いったい、どういう意味なのだろうか? エスバイエル(株)〔←小堀住研(株)〕は「集成材はムク材の1.5倍強い」なんてまったく言っていない。「集成材はムク材の1.5倍強い」と言いまくっているのは住友林業(株)であってエスバイエル(株)はそういうことはまったく言っていないのに「エスバイエルに行け」とはどういう意味なのだろうか? これは本当に真剣に考え、真剣に悩みました・・・が、「『集成材はムク材の1.5倍強い』という話はどういう理屈によるものなのか、天野部長に質問したら『エスバイエルに行け』と言われたのでしたが、エスバイエル(株)の人間に尋ねてみろという意味なのでしょうか、『集成材はムク材の1.5倍強い』というのは住友林業の営業がよく言うようですが、エスバイエルではそういうことは言っていないので、エスバイエルにききに言ってもしかたがないように思うのですが、天野部長が言われたのはどういう意味なのでしょう」と(株)一条工務店の従業員でもベテランの方の某さんに話してみたところ、某さんの答えはこうでした。「そんなの、天野部長になんかきくのが間違っているんですよ。なんで、あんなのにきくのですか。なにしろ、あれはアホですから、あんなのにきいても答えられるわけないでしょうが。なにしろ、あれは頭が薄いんですから」ということでした。なるほど、そうだったのか、こちらは住友林業(株)がしょっちゅう言っているらしい「集成材はムク材の1.5倍強い」という話について、ムク材を使っている会社の従業員として反論したいと思うものの、いいかげんなことを言うわけにもいかないので、実際にはどういうことなのか、この人ならば在来木造で建てている会社の(株)一条工務店でも上から何番目かの人なのだから、きっちりとしたことを答えてくれるのではないかと期待して質問したのに、その質問に対する答えが「エスバイエルに行け」とはいったいどういう意味なのだろうか・・と何年もにわたって真剣に悩んだものだったが、実は悩むような性質のものではなくて「なにしろ、あれはアホですから」というのがその理由だったらしい。
   そして、今から考えてみると「エスバイエルに行け」ではなくて「住友林業にききに行け」というのが正しい答えだったのではないか。住宅展示場というのは記名してくれと求められるけれども、まだ名前や住所は書きたくないのでと言っても入れてくれるので、住友林業(株)の住宅展示場でも自分が(株)一条工務店の住宅展示場に勤務している総合住宅展示場に出展している住友林業(株)の展示場に行って尋ねるわけにはいかないだろうから、ある程度以上離れた場所の住友林業(株)の住宅展示場何か所かに行って住友林業(株)の営業と話をしてみたならば、おそらく、向こうから「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」と言ってくるであろうから、「それはどういう理屈によるものなのですか?」と質問してみれば、それに対して何か言うか、それとも理由は答えずにわあわあ言うだけか、何か反応するであろうから、だから、「エスバイエルに行け」ではなくて「住友林業に行け」と言って住友林業の営業に質問してみればよかった・・のだった。しまった、失敗した。
   結論として、住友林業(株)の展示場に行って営業が「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」と言ったとしても、「嘘でも百回言えば真実」みたいに言いまくっているだけであって、言っている人間自身、「なぜ、1.5倍強いのか」わからずに言っているはずなのです。器用な人というのが世の中にはいるものです。私などは、元々、学者になるつもりでいた人間で、学部で言えば「理学部型人間」だったと思っているのですが、斎藤次郎・森毅(つよし)『元気がでる教育の話』(中公新書)では、京大の理学部長をやっていたなんとかさんが「俺はにぶい」と自慢しておられたそうで「『わかる』というのは自分の頭の内面の問題であり、それを教室みたいな所で一方向的にわからされてたまるか」と、そう言っておられたらしいのですが、私も似たようなことを思っていたのです。
元気が出る教育の話―学校・世の中・自分 (1982年) (中公新書) - 斎藤 次郎, 森 毅
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そういう人間にとっては、(株)一条工務店なんて会社は、それまで自分の会社が言っていたことと、ある時から突然、逆のことを言いだしたりということを平気でするので、なんか、いいかげんな会社だなあ・・とも思い、また、そういうことを平気でできる人間というものを軽蔑したのでしたが、2001年に栃木県佐野市の営業所にいた「高木のおっさん」(男。当時、50代。最終学歴:高卒。創価学会員)なんかは「今までは・・だったが、これからは・・ということだな」とか言って、それまで話していたことと正反対のことを平気でお客さんに話すようで、それに抵抗を感じないみたいでしたので、そういう人も世の中にはいるんだなあ・・と思ったものでした。(株)一条工務店のオーナー経営者一族はそういう人が好きだったみたいですが、私はそういういいかげんな人間がいいというようには思いません・・が、こういうことを言うとまた「腹立つ」とか言われることになるのでしょう。

   住友林業(株)の営業が「集成材はムク材の1.5倍強い」というお話を広めていたのは、それは上役からそう言えと言われて言っていただけであって、言っている人間自身、なぜなのかわからずに言っていたと思われます。私は、その「集成材はムク材の1.5倍強い」といいう住友林業(株)の営業が言いまくっていた話を聞いて、それは実際にどうなのかと思って、建築の構造についての本、建築材料や木材について書かれた本を一生懸命調べたのですが、「学者」と言われるような立場の人が書いている本で「集成材はムク材の1.5倍強い」などと書かれたものは、どこにも見つからなかったのです。 他方で、それを否定するようなものも見つからなかったので、いったい、どういうことなのだろうかと何年も何年も考え続けたのでした。又、先輩社員とかいうような立場の人に尋ねても誰もまともに答えられないようでしたし、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫さんなんかに質問すると、こちらとしては、この人は在来木造の会社の上から何番目かの人なのだから、この人なら知っているのではないか、この人ならきっちりとしたことを答えてくれるのではないか・・と思って質問しているわけですが、「エスバイエルに行け」と言われてしまい、エスバイエル(株)の展示場に行ってエスバイエル(株)の営業に質問してみろという意味なのだろうか・・と思っても、エスバイエル(株)の営業もたぶん知らないであろうし、住友林業(株)の人間が言っていることについて、住友林業(株)の人間にきくのではなく、エスバイエル(株)の人間にきけというのも変な話ですし、結局、「天野部長なんかにきくのがおかしいでしょう。あれはアホなんですから、あんなのにきいてもだめとわからないんですか」と言われることになったのでした。私がこれだけ調べても「集成材はムク材の1.5倍強い」という話の論拠はなかなか出てこなかったし、建築についての「学者」・建築材料についての「学者」と言われるような人が書いた本を何冊も読んでも「集成材はムク材の1.5倍強い」などと書かれた者は見つからなかったのですから、住友林業(株)の営業だって知らないで言っていた可能性が大きいと思われます。
  もうひとつ、「(株)一条工務店の小野田くんにきく」という方法もあったかもしれません。「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ。〇〇さんはそんなことすらも知らないんですか」と小野田くんは言うのでしたが、知らんものは知らんのだ。小野田くんがそこまで言うからには小野田くんは「集成材はムク材の1.5倍強い」というその論拠をよく知っているはずでしたから、小野田くんに「集成材はムク材の1.5倍強いというのは、どういう理由によるものなのですか」と質問させていただけば、わかるように説明してもらえたのではないでしょうか。小野田くんは「私は父親が大工でして」と実際には母子家庭の息子で父親はいなかったということだったはずなのに、いない父親が大工だったという人ですから、さぞかしよく知っていたのでしょう。礼儀をつくして質問するべきだったと今になって後悔しています。

  ここで、ひとつ、認識しておかないといけないこととして、ムク材にもいろいろなものがあり、集成材にもいろいろなものがあるので、ムク材はどう、集成材はどうと、それだけでどうだとは言えないという面もあるということは認識しておく必要はあるでしょう。

  それで、「集成材はムク材の1.5倍強い」という話はどこからきた話か、とうとうわかった。
  上村武『棟梁も学ぶ木材のはなし』(丸善)という本に「許容応力度」という単位について出ていたのです。建築に際して、ビル建築などでは「構造計算」というものをして建てますが、在来木造の戸建住宅の場合は2階建てまではその「構造計算」はやらずに建ててもいいことになっているのですが、3階建ての場合は在来木造でも「構造計算」をして建てないといけないことになっています。
  その「構造計算」をする際に、それぞれの部材について、これの強度は・・、これの強度は・・と決められた数値があり、その数値をもとにして計算することになっているのです。
  しかし、鉄鋼とかだと強度はいくらと設定しやすいのですが、木材の場合、同じ樹種の木であっても、乾燥されているものか乾燥されていないものかによっても強度は違うし、同じ樹種でも個体によって強度は違うわけです。だから、「構造計算」をおこなう際に「この材料はこの数値の強度があるという前提で計算してよい」とされている「許容応力度」という数値を設定するに際して、ムクの木材の場合は「その数値よりも強度が弱いものは全体の5パーセント未満」という数値をその木材の「許容応力度」ということにして「構造計算」をしてください、ということになっているのです。
  だから、実際には使われている木材の多くはその「許容応力度」の数値よりも強いのですが、たまたまであっても弱いものがあって、その結果として建物が崩壊するとかいったことがあってはいけないので、ムク材の場合は「その数値より弱いものは全体の5%未満」という数値が「許容応力度」とされているらしいのです。
棟梁も学ぶ木材のはなし - 上村 武
棟梁も学ぶ木材のはなし - 上村 武

  それに対して、集成材の場合は違うようなのです。国の官庁の管轄も、ムク材・ムク板の場合は農林業の産物ということで農林水産省の管轄らしいのですが、集成材・合板になると工業製品だということで経済産業省の管轄になるらしい。認定も農産物だとJAS認定のものが、工業製品だとJIS認定になります。
  集成材・合板は工業製品だという前提らしいのです。工業製品ですから「それより弱いものは全体の5%未満」という数値ではなくて、実際の強度に近い数値を「許容応力度」に設定して「構造計算」ができるらしいのです。
  だから、その「許容応力度」という数値で見ると「集成材はムク材の1.5倍強い」というようなことになるみたいなのです。
  別に、ムクの桧なり杉なりの4寸角(12cm角)なり3寸5分角(10.5cmメートル角)なりの柱を5枚にスライスして、それをもう一度、フエキ糊なり、木工用ボンドなり、セメダインなり、アロンアルファなり、ご飯粒なり、鼻くそなりでくっつけたならば5割増しの強度になるという話ではないのです。
  あくまでも「構造計算」をする際の「許容応力度」という数値は集成材の方がムク材よりも大きい数値に設定されているという話であって、実際に施工されている集成材の柱とムク材の柱を比較したら集成材の柱の方がムク材の柱よりも5割増しの強度があるということではないのです。
  これを東海住宅(株)の「ヤクザみたいな顔」した店長のおっさんが「お客さん、この柱はね、集成材でしてムク材の1.5倍強いんですよ」とか言ったならば、人相の悪い顔してるだけあって、いいかげんなこと言う野郎だなあ・・と思うところが、「住友は嘘つかない」とかいう神話を信じているおっさんに対して、その「天下の住友」とかいうやつの従業員が「嘘でも百回言えば真実」みたいに話すと、「おたくはムク材みたいなもん、使ってんの。集成材はムク材より1.5倍強いんでしょ。住友の人が言ってたよ。住友は絶対に嘘つかないから。あんた、そんなことも知らないの」とか言われることになるのです( 一一)
  そういう経験を何度もすると、住友林業がいいと思っている人って「アホちゃうか」と思うようになりました。そして、栃木県佐野市の営業所にいた時、「読売の読者が多い地域」と「住友林業をいいと思う人が多い地域」には共通点があり、それは「権威主義的パーソナリティーの傾向が強い人」というのは「読売の読者」になりやすく、そして「住友林業を高く評価する人」になりやすいのではないか・・と思えるようになったのです。「住友」でも住友林業以外のほかの「住友」がどうかはまた別ですよ。あくまで、住友林業(株)の戸建住宅部門についての話です。
権威と権力――いうことをきかせる原理・きく原理 (岩波新書 青版 C-36) - なだ いなだ
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   それで、一番よくわからんのが、(株)一条工務店の営業の小野田くんです。住友林業(株)の営業が「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」と言いまくっていたのは、これは実際には「構造計算」をする際の「許容応力度」という数値をそういう数値に設定しているということであって、実際に建築材として施工している集成材がムク材の1.5倍強いという意味とは別なのだけれども、あたかも実際に戸建住宅で構造材として使用している木材についてすべての集成材がすべてのムク材の5割増しの強度があるかのように誤解するような話し方で話すことで、「住友林業の家」をいいように思ってもらって契約してもらおうとして言っていたと思われるのですが、ムク材を柱材にも梁桁材にも使用している(株)一条工務店の営業の小野田くんが「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ。〇〇さんはそんなことすらも知らないんですか」とその業界には小野田くんよりも3年早くから勤務している従業員に向かって言うということは、これは、たぶん、喧嘩売っていたのだろうと思うのですが、喧嘩売るにしても、なんで、ムク材を使っている会社の従業員が、実際に使用している柱材の集成材がムク材のものの5割増しの強度があるわけでもないのに、「集成材はムク材の5割り増しの強度があるんですよ」と私など従業員に得意がって話すとともに、来場客・見込み客に向かっても話しまくるのでしょうか?・・・そういうことをやってもムク材を使っている(株)一条工務店にとっては損することはあっても得することはないと思われるのに、なんで、小野田くんは「住友林業の営業みたいなこと」やりまくるのか。まったくマカ不思議でした。「平松所長の隣にいました」というのが小野田くんにとっては「ちょっと自慢」だったようですが、たとえ、「通算契約棟数全国2位の人」の隣の席にいたとしても、「通算契約棟数全国2位の人」と「通算契約棟数全国2位の人の隣の席に座っていた通算契約棟数ゼロ棟の人」は別だと思うのですが、どうも「通算契約棟数全国2位の人の隣の席に座っていた通算契約棟数ゼロ棟の人」というのが自慢になるみたいに思っていたようで、平松さんは小野田くんにそう教えたのでしょうか。あんまり、そんなこと教えない方がいいのではないのかなあ・・と思ったのですが、教えていたのでしょうかねえ・・・・。

   住友林業(株)という会社について「住友は絶対に嘘つかないから」などという神話を信じているおっさんがけっこういましたが、実は私も10代から20代初めくらいまでは「三井」「三菱」「住友」「安田」といった名前が会社名の一部分に入っている会社というのは、「絶対に嘘わ言わない」とまでは思わなかったけれども、「あまりにも露骨な嘘」とか「すぐばれる嘘」とかは言わないのではないかと思っていたのですが、住友林業(株)についてはそうでもないようだということを(株)一条工務店に勤務して実感しました。又、前職が住友林業(株)に勤めていたという伊香(いこう)という男が2001年、栃木県に来て栃木県地域の営業全員を前にして「住友林業の営業の年収は一条工務店の営業の年収の倍ですが、住友林業の営業の契約棟数も一条工務店の営業の契約棟数の倍なのです。住友林業の営業は一条工務店の営業よりそれだけ優秀だということなんです。だから、一条工務店の営業も住友林業の営業と同じだけ優秀になれば住友林業の営業と同じだけの年収を得られるのです」と(株)一条工務店の営業を侮辱する発言をおこなったが、それは違う。まず、(株)一条工務店は同業他社と比べて1展示場あたり、もしくは1地域あたりの営業の数が倍以上いるのです。営業の数を多くしたからといって、その数に応じて(株)一条工務店でその地域で建ててくれる人のかずが多くなるわけではありません。経済学では「収穫逓減の法則」と言いますが、農夫の数が少ないところから人数が増えていくならば、最初は人数が増えるに応じて収穫も増えていくが、そのうち、耕作に適した土地は前からの農夫がすでに耕作していることから、耕作にそれほど適さない土地も耕さなければならないことになり、農夫の数が増えることで全体の収穫数は増えても農夫ひとりあたりの収穫数はだんだんと減っていく。戸建住宅建築業の営業においても、ある地域における営業の数がその地域において(株)一条工務店で建ててもらえる棟数に対応できるだけの人数になるまでは営業の数に応じて契約棟数は増えていくが、それ以上に営業が増えても全体としての棟数は増えても営業ひとりあたりの棟数はむしろ減っていくのです。住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の営業では、住友林業(株)の営業は(株)一条工務店の営業の倍の棟数を契約して倍の年収を得ているのは住友林業(株)の営業が(株)一条工務店の営業より優秀だからだと伊香は(株)一条工務店の営業を侮辱する発言をおこなったが、それは違う。私は福島県いわき市の営業所(展示場)にいた時、隣の住友林業(株)の展示場の店長だか所長だかから「一条さんはいったい何人いるんですか」と(株)一条工務店の従業員の数が多いから総合住宅展示場の駐車場に停める従業員のクルマの数が多くて来客が停められる場所が少なくなってしまうと文句を言われたこともあったが、住友林業(株)の営業社員から見ても(株)一条工務店の1展示場あたりの営業の数は明らかに他社より多かったのだ。だから、同業他社の営業から「一条さん、けっこう建ててますね」とか言われたが、それは全体としてのことで1営業あたりで見ると「πを多くの人数で分ける」結果としてそう多くはならなかったのであり、伊香(いこう)が言ったような「(株)一条工務店の営業よりも住友林業(株)の営業が優秀だから」というような理由からではない。
1. 2001年、(株)一条工務店で栃木県において、栃木県の営業全員を集めた場で、NHKが放映した「プロジェクトX」という番組でヤマト運輸を扱った放送のビデオを見せられたのだが、そこで、ヤマト運輸が最初に宅急便を始めたころのセールスドライバーの苦労が放映されていたのだが、「郵便局の前に行って、荷物を出そうとしているおばあちゃんに『おばあちゃん、その荷物、私に運ばせてもらえませんか』と言ったら、『これはね。これは孫に送る大事な荷物だから、あなたには頼めません。郵便局に頼みます』とそう言われました」と涙を流しながらその時のことをセールスドライバーが話しているのが放映されていた。NHKが作るこの種の番組はヤラセが多いと言われ、「プロジェクトX」もその前にあった「サラリーマンライフ」と同様にヤラセがけっこうありそうにも思えるのですが、たとえ、部分的にヤラセがあったとしても、このヤマト運輸の話は百パーセントその通りでなかったとしても、それに似たことはあったのではないか。そして、私が(株)一条工務店に入社したころの私など東京営業所や松戸営業所の営業にとっては、まさにこの話のヤマト運輸の人間のような立場であり、その話における郵便局というのが住友林業(株)だったり(株)一条工務店の浜松・掛川・名古屋の営業だったのです。特別、ものすごい努力をしなくても、住友林業(株)や(株)一条工務店の静岡県中西部・愛知県の営業にとってはそこを目指してきてくれる見込み客があったわけであり、そんなもの、ほとんどなかった私がいたころの(株)一条工務店の東京営業所・松戸営業所とでは条件が全然違ったのです。普通に考えてみてくださいよ。「住友は絶対に嘘つかないから」と勝手に妄想もっとるおっさんがけっこう居住している地域で住友林業の営業やるのと、「ここは入っちゃだめな会社なのお」と総合住宅展示場に来場した奥さんに玄関から中に向かって叫ばれる会社〔1993年の(株)一条工務店の松戸展示場〕・「おい、ここは西武じゃねえぞ。『セゾン』なんて言うから西武かと思ったら一条工務店なんて書いてあるぞ。こんな所、入っちゃだめだ。早く出ろ、早く出ろ」と言われる会社〔1993年の(株)一条工務店の亀戸の展示場〕・「ほほお、浜松の家というのはこんな具合でできとるのですかあ。東京の家とはずいぶんと違いますねえ」と展示場で登呂遺跡でも見学に来た人みたいに言われる会社〔1992年の(株)一条工務店の江東区潮見の展示場〕で営業してきた者とでは、特別のことしなくてもそこで建てようと考えている見込み客が来てくれる展示場にいて、かつ、いいかげんなこと言っても「住友は嘘つかないから」と信じてくれるおっさんがいっぱいいる会社で営業やってきた者とその逆の会社・営業所に勤務して営業やってきた者では、デタラメ言っても「住友は絶対に嘘言わないから」とか言ってもらえる所で営業やってきた者の方が営業として優秀だと思いますか? そんなわけないだろうが。私は郵便局の窓口の仕事をアルバイトで少しやったことがありますけれども、特別の営業活動なんかしなくても、お客さんは来て切手とかハガキとか買ってくれるし、特別の営業活動なんてしなくても書留郵便とか出してくれました。それでも窓口にいる人間によって売り上げがまったく変わらないということはないかもしれないけれども、よほど変なことしなければ、切手やはがきを買いに来た人が買うのをやめるということはめったにありません。それに対して、(株)一条工務店の東京営業所(江東区潮見)では家庭科の実習で見学に来た高校生の女の子だとか、建築専門学校で講師から見学に行ってこいと言われて彼女とデートに来た専門学校生とかに契約してもらえと(株)一条工務店の遠州人から要求されるのですから、展示場におれば「住友は嘘つかない」などとアホなこと言ってる住友林業教の信者みたいなおっさんがやってくる会社で営業やってる人間と、家庭科の実習に来た高校生の女の子とか建築専門学校の講師から見学に行ってこいと言われて彼女とデートに来た専門学校生とかに契約してもらえと遠州人から要求される会社で営業やっていた人間とでは、住友林業(株)の殿様営業やっていた者が優秀だと思いますか? 棟数が多いか少ないかの前に、対応する見込み客の質が全然違うではないですか。
2.「住友は絶対に嘘つかないから」と言うおっさんというのが日本にはけっこういたのです。「バッカじゃなかろかルンバ♪」て気がしますが、現実にそういう人は多くいたのです。・・が、住友林業(株)以外の住友がどうかは知りませんが住友林業(株)の戸建住宅部門においては、住友はけっこう嘘つきます。その例として、↑に述べた「集成材はムク材の1.5倍強い」という神話があります。
この「集成材はムク材の1.5倍強いのか」という点については、
[第597回]《「(スプルースの)集成材はムク材の1.5倍強い」て誰が言った?-光明寺(鎌倉市)参拝【10/11】 》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201804article_10.html でも述べました。
3. ほかに、構造材の防腐防蟻処理のしかたについて、(株)一条工務店は大壁の部分の通し柱と1階部分の管柱、1階部分の筋交い・土台・大引き・根太・床束に加圧注入方式による防腐防蟻処理をしていたのに対して、住友林業(株)は表面塗布処理の方法での防腐防蟻処理をおこなっていたのですが、シックハウス症候群・室内化学汚染といった問題において、田辺新一『室内化学汚染-シックハウスの常識と対策』(1998.7.20.講談社現代新書)によると、加圧注入の方法のものは放散量はわたずかで、表面塗布処理のものが問題になっている・・ということだったのですが、ところが、2000年頃、栃木県佐野市でのことですが、アポなしで訪問した客宅で「一条工務店のようなああいう加圧注入の方法での防腐防蟻をした家になんか住んだら健康に悪いと住友林業の人が言ってたよ。やっぱり、頼むのならこういうことをきっちりと教えてくれる人に頼みたいと思うんだ」などと言われるので、「それは違いますよ。逆ですよ」と言うと、「いいや。そうじゃない。なんてったって住友は絶対に嘘つかないから。あんた、嘘つくのはやめた方がいいよ。俺はあんたみたいな嘘を言う営業は大嫌いなんだ。あんた、よく気をつけた方がいいよ」などと言われ、「嘘なんか言ってませんよ。嘘言ってるのは住友林業の人間の方でしょ」と言っても、「いいや。住友は絶対に嘘つかないんだ。住友は絶対に間違ったこと言わないから。おれはお前のような嘘をつく営業が一番嫌いなんだ」などと言われたということがありました。世の中、そういう人っているみたいです。福島県いわき市の営業所にいた時には、地震の話をすると「あ、あんた、よそから来た人でしょ。このへんは地震はないから。地元の人間だったらみんなわかってることなんだ」と言われ、「いや、日本全国地震のない所なんかありませんよ」と言っても、「いや、福島県には地震はないから。特にうちは双葉郡の大熊町なんだけど、原発のすぐそばなんだよ。ほんと、すぐそこなんだ。だから、うちはどんな地震が起こったって絶対に大丈夫なんだ」と自信もって言われたのでしたが、正直なところ「おっさん、アホか」と心の中で思いましたが、それから二十数年後、東日本大震災が起こり福島第一原発事故が発生し、その方のお家の所は未来永劫に住めない場所になってしまったようです。ひとつには原発の近くの住人・原発の従業員の人というのはそうでない人と比べて原発は安全だ・原発がある所は安全な所なんだという信仰を持っている人が多いということがあるようですが、栃木県佐野市付近は住友系の会社があった地域らしいということと、どういう経緯でか権威主義的人格の人の割合が多いということから住友林業教の信者が多い地域ということがありましたが、それにしても、住友林業(株)の営業は嘘を言っても「やっぱり、家を建てるなら、こういうことを教えてくれる人に頼みたいと思うんだ」などと言ってもらえて、こちらはきっちりと調べて本当のことを言っても「住友の人がそうじゃないと言ってたよ。俺はおまえのような嘘をつくやつが大嫌いなんだ」などと言われることになってしまうのでした。本当のことを言っても「俺はおまえのような嘘をつくやつが大嫌いなんだ」と言われる会社に勤めてきて悔しい思いをしてきて、そういう相手にどうすれば理解してもらえるかと悪戦苦闘を続けてきた者よりも〔それで、そういう人にどう対処すればと考えて考えてした結果として、さすがにそこまでの人については「もう、アホはほっとけ」と思うようになりましたが〕・・嘘を平気で言っても「住友は絶対嘘は言わないから。住友は絶対に信用できるから」と言って「こういうことを教えてくれるような人に頼みたいと思ってるんだ」などと言ってもらえる、そんな会社で営業やってきた人間の方が営業として優秀だと思いますか? そんなわけないだろうが。バカか。
加圧注入材と表面塗布処理については、
[第355回]《「加圧注入木材を構造材に使用した家に住むと住人は健康を害する」という住友林業が何度も言った嘘について》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_5.html
[第615回]《注入防蟻木材による像と滝野川公園。地震の科学館。花森東京病院。医者はいい身分―平塚神社【3/15】》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201807article_5.html
[第647回]《奈良公園の加圧注入材。住友林業と一条工務店の嘘。注入直後の木をさわるのは非健康的―東大寺【9/10】》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201811article_20.html
で述べた。
4.  1980年代後半、小堀住研(株)にいた時に、ミサワホームの営業が「小堀(住研)はミサワの下請けですから」と見込み客に言うておるらしいという話を聞いたことがありました。はあ? ・・と思ったものでしたが、我が家は1960年代後半に大阪府の北摂地域で小堀住研(株)で在来木造の家を建てたのですが、その際、小堀住研(株)は「うちはミサワなんかと違って、きっちりとした木造の家を建てている会社ですから」と言うておって、そして、我が家が建てて入居してすぐあと、近所でミサワホームで建てた家ができましたが、そこの建物は我が家はそのまま普通に住んでいたにもかかわらず、さっさと取り壊して建て替えられたものでしたが、競合会社であって上とか下とかの関係ではないと思っていたのですが、何をミサワホームの営業言っていたのかというと、小堀住研(株)は営業やって設計やって契約してもらって建てて引き渡してと全体を自分のところでやっていた会社だったのですが、ミサワホームはそうではなくて、本体のミサワホームと別に「◇◇ミサワ」といった名前の代理店の会社が各都道府県にあって、それぞれの代理店の会社が直接の営業やって建てていたらしいのですが、小堀住研(株)は、一時期、自分の会社で在来木造の建物を営業から設計・工事やって引き渡しまでの全体をやりながら、同時に、どこだかの都道府県でミサワホームの代理店をやっていたことがあったらしく、そのことを、すでにその代理店はやめて久しいにもかかわらず、「小堀はミサワの下請けだった」と言いまくる営業がミサワホームにいたらしく、私がいた営業所の営業課長のMさんは「ずいぶん昔のことを言いやがって、いったい、いつの営業なんだ」と言ってバカにしていたのですが、それと似た感じで、「一条工務店は住友林業の下請けですから」と言う営業が住友林業にいて、程度低いなあ・・とあきれたことがありました。これは、どういうことかというと、千葉県に(株)ひらい という材木会社があって、(株)ひらい は建築会社として自分の所で建築もやっているようですが、浜松の(株)一条工務店と共同出資会社として(株)一条工務店千葉 という会社を作って「一条工務店」という名前で千葉県地域で家を建てていたのですが、同時に住友林業(株)の「指定工場」になって住友林業(株)の家で建てる材木を用意してプレカット加工して住友林業(株)の工事現場に送るという仕事もしていたようなのです。そのことを住友林業(株)の営業は「一条工務店は住友林業の下請けですから」とか言うておったのですが、なんか程度低いなあ・・と思ったし、「住友」という名前を会社名の一部分につけている会社の営業がそんなこと言うのか・・とがっかりしたものでした。
この「小堀住研はミサワホームの下請け」「一条工務店は住友林業の下請け」とミサワホーム・住友林業の営業が言っている話の真偽については、
[第316回]《 一条は住林の下請?小堀はミサワの下請?あほくさい文句を口にする3流住宅営業+「建築家の作る家」て何?》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201502article_3.html で述べました。
5. そして、何より、元住友林業(株)の営業だという伊香(いこう)が、(株)一条工務店の営業に、総合住宅展示場のゴミ捨て場から同業他社が出したゴミの袋を拾ってきて、それを開封して中に捨ててある見積書とかを引っ張り出して、そこから他社が何をどういう値段で出しているかを調べるということをやるように勧めたのでした・・が、伊香は「ゴミというものは、すでに捨ててあるものですから、だから、それを持ち帰っても何ら問題はないんですね」などと話していたのだったが、問題は「ない」ことないと思うぞ、問題は「ある」と思うぞ。
窃盗罪になるかどうかというと、「刑法第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」に「財物」と書かれていることから経済的価値が高くない物なら盗られても窃盗罪だとして警察に訴えることはできないんだとか言う警察官がいますが、それならば、「愛する人」からもらった手紙とかを盗まれたとしても、そんなものはもらった者・出した者にとっては大事でもそうでない者にとっては経済的価値はないから、だから、窃盗罪にはならないという理屈になってしまいますが、実際はこの「他人の財物を」という「財物」という部分について特に一般的な経済的価値がなくても当事者にとって大事だと思うものは「財物」に該当すると考えられているようで、又、考えるべきです。だから、ゴミは財物ではないから窃盗罪には該当しないという理屈にはならない。それから、総合住宅展示場のゴミ集積場にゴミ袋に入れて出したものというのは、「燃えるゴミ」として焼却してもらうように依頼したゴミ収集業者に持って行ってもらうためにそこに置いている物であって、住友林業(株)の営業とか住友林業(株)から(株)一条工務店に転職した伊香とかに持って行ってそこに入っている物を調査してもらうためにそこに置いているわけではなく、あくまでも、ゴミ収集業者が取りに来るまでの間、その場所に「占有離脱」した状態で置かれているという物であり、それを持ち去るということは「占有離脱物横領罪」に該当する可能性が考えられるのではないか。 又、それらは刑事上のことですが、民事上は「プライバシーの侵害」ということになるはずです。もしも、女性が使い古しの市下着を「燃えるゴミ」に袋に入れてゴミ収集車に持っていって焼却してもらおうとして出していたら、伊香なり住友林業(株)の営業なりはそれを「これは捨てられた物ですから持ち帰っても何ら問題はないんですね」と言って持ち帰ったとしてもいいのか? よくはないだろ。もしも、それが「若い魅力的な女性」がではなくて俺様が捨てたものならいいのか? いいわけないだろうが! 道端にお金が落ちていたとしたら、それを拾って自分の物にして使ったなら「占有離脱物横領罪」になるはずですが、1980年代、東京都港区三田の慶應大学の生協に、なぜか大学生ではないのに近所の慶應女子高の生徒がよく来ていたのだが、その1人が財布から小銭を出そうとしたら転がり落ちて、それが棚の下に入ってしまったところ、即座にその慶應女子高女は「見捨てよう!」と高らかに宣言した・・ということがあったが、内部進学のやつというのは私らプロレタリアートとは違って簡単にお金を「見捨てる」んだなあ・・とあきれた・・ということがあったが、慶應女子高女の財布から落ちたものに関しては、あいつらは落とすと同時に「見捨てよう」と所有権を放棄するわけだから、あいつらが落とした物についてはすでに所有権は放棄された「所有者が存在しない物」だからもらったっていっこうにかまわん・・という理屈になると思うのだが、私が落とした物を拾ってそのまま自分の物にしてしまった場合は「占有離脱物横領罪」になります。もっと大きな問題として、他社が総合住宅展示場のゴミ収集所にゴミの袋に入れて捨てた物の中に、間違えて1万円札が何枚か入っていた・・なんてことがあったら、どうしますか? 他社のゴミ袋を「これはゴミとして所有権は放棄された物だから持ち帰っていいんです」なんて言って持ち帰ったら、そこに1万円札が何枚か入っていたとしたら、その会社に「おたくのゴミ袋を開封したら1万円札が入ってましたよお」と言って届けるのですか、それとも、届けずに使ってしまうのですか、それとも、その段階で警察に「よそのゴミの袋を開封したら1万円札が入ってましたあ」と言って届けるのですか?  伊香はどうするつもりで言っているのか?  この伊香という男は住友林業(株)の時からそういうことをやっていたらしいが、その話をした時点では(株)一条工務店の従業員だったのだが、住友林業(株)がなのか(株)一条工務店がなのか、どっちにしろ、住友林業(株)の営業てのは、そんなことするらしいのです。得意がって。それは占有離脱物横領罪に該当すると考えるべきだと私は考えます。一般人が市が集めているゴミ収集所に出した「空き缶」とか古新聞・古雑誌とかも、市が依頼した業者でない業者が持っていったら問題になりますでしょ。個人がゴミを出す場合でも、「燃えるゴミ」として集めて焼却してくださいという趣旨で出しているのであって、それを持ち帰って「個人情報」調べられたらたまったものじゃない。総合住宅展示場のゴミ集積場というのは私有地で、総合住宅展示場はゴミ収集業者が取りに来るまでの間、そこに置いておくための場所として総合住宅展示場の運営者が用意した場所であって、他社が持ち去るために設けた場所ではないし、伊香は「それは所有権が放棄されたものだから、持ち帰って見てもかまわないんです」などと言うけれども、そうではないはずで、あくまで、ゴミ収集業者に「これを燃やしてください」と依頼しているのであって、ゴミ収集業者がそれを回収に来るまでの間は、総合住宅展示場のゴミ集積場に「置いてある」状態であって「所有権が放棄された」わけではなく、それを持ち去ったならば「占有離脱物横領罪」に該当する犯罪だと考えるべきものでしょう。伊香は住友林業(株)に在籍していた時と(株)一条工務店に在籍していた時の両方でそれをやっていたようですが、どちらに在籍していた時にしても、それは有罪な行為と考えられるものです。
  慶應大学で「近代思想史」の講義の時にN教授に聞いた話ですが、パリに留学していた時に、セーヌ川の近くに古書を売っている店が並んでいて、そこをのぞいていた時に、ある店で「向こうの店では同じ本をもう少し安い値段で売っていたよ」と言ったところ、店の親父が怒ったというのです。「俺は泥棒じゃない」というようなことをその古本屋の親父は言ったという。たとえ、よその店が自分の所よりも同じ物を安い値段で売っていたとしても、俺はこの値段について俺が適切だと思う値段をつけて売っているのであって、俺はこの値段がこの物には適切だと思っているのだ。俺はこの値段について自信があるんだ。よそがどんな値段をつけているかなんか、俺には関係ない・・というそういうようなことを言ったらしい。N教授はそれを聞いて感心したということだったが、その逆が伊香ではないか。同業他社がどういう物にどういう値段をつけているか知りたいというのは、それはわからないことはない。しかし、そのやり方が犯罪になるかどうか、民事上、どうなるかにかかわらず、それはやりすぎではないか。よそがどうであるかにかかわらず、自分の所はこれはこの値段でやるんだというそういう姿勢というものもあっていいのではないか。ビジネスをするにおいて、他社がどういう値段で見積もりを出しているかということに関心を持たない方がいいということではないが、伊香が推奨した行為というのは、それは「他社を気にしすぎの行為」であって、客の立場からすれば、あんたは我が家のためにどうするかではなくて、よそがどうかの方が気にかかるのか? ・・ということになる。だから、「元住友林業(株)の営業」だという伊香が住友林業(株)の営業の立場であっても、(株)一条工務店の営業の立場であっても、法的にどうかと別の問題として、私が客の立場なら、あんまり「いい営業」とは思わないし、「優秀な営業」とも思わない。
  この総合住宅展示場のゴミ集積場から同業他社のゴミの袋を持ち帰って開封するという行為が問題あるかないかについては、
☆ よそのゴミ袋をあさって現金がでてきたら、届ける? 着服?
1.[第566回]他社の見積を欲しがる営業。 一条vs住林 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201708article_1.html
2.[第567回] 他社を気にしすぎの営業。警察に不必要に関わって犯人扱いされてはかなわん。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201708article_2.html
3.[第568回]ああ、C級サラリーマン講座従業員。 開封したゴミ袋に死体の一部がはいっていたとかあったらどうする? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201708article_3.html 
で述べました。
6. 伊香は「住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の営業を比べると、住友林業(株)の営業は(株)一条工務店の営業の倍の年収があるけれども、契約棟数も倍。ということは、それだけ住友林業(株)の営業は(株)一条工務店の営業より優秀だということで、(株)一条工務店の営業も住友林業(株)の営業と同じだけの能力を身につけて同じだけ働けば住友林業(株)の営業と同じだけの年収をもらえるということだ」などという暴言を何十人前にしてマイクに向かって発言したのだったが、よく言うわ。 (株)一条工務店の営業の間では「もうちょっと広告とかもやってくれたらもう少し売りやすいんだけどな」といったことが話に出たが、同時に「もっとも、そうなると、今よりも多くの契約をあげるように要求されることになるかもしれないけれども」といった話が出た。(株)一条工務店では静岡県中西部・愛知県にだけテレビ広告をドカンと一発♪ やりまくってきたのだから、静岡県中西部・愛知県の営業の評価はほかの地域の営業と比べて半分の扱いにするとかしていいはずだったが、それを同じ扱いにしていた。又、東京都・神奈川県で坪55万円で売らされていたものを浜松・掛川では坪48万円で檀ピング販売、名古屋南営業所や名古屋市の八事(やごと)営業所では坪49万5千円でダンピング販売していたのだから、浜松・掛川・名古屋の営業は箱根の関より東、不破の席・鈴鹿の席より西の地域の営業の半分以下の評価でいいはずだったが同じ評価にされていた。そもそも、(株)一条工務店は「棟数」で評価していたが、同じ棟数でも粗利益が大きい物でも小さい物でも1棟は1棟として同じ評価にしていたのが、おかしい。「20坪キラー」のおっさんが得意として契約とっていた粗利益の小さい契約と延べ床面積が50坪台の契約が同じ評価というのはおかしい・・のだが、(株)一条工務店は同じにしていた。住友林業(株)は(株)一条工務店よりも宣伝広告にも費用をかけていたし、何より「住友」というだけでも売りやすい売れやすい要素になっていたのであり、「一条工務店の営業が住友林業の営業より年収が少ないのは、それは売らないから悪い」という暴言は、それは理屈が通らないものであり、理屈が通らないものだと気づくこともできないのであれば、元住友林業(株)の営業だという伊香は無能だということであり、わかっていながらそのようなことを言っていたということであれば不誠実だということである。自分も(株)一条工務店の営業でありながら、そのような発言を営業社員を集めた場でマイクを持っておこなうということは、それは「スト破り」のような行為であり、裏切り者の行為ということになる。そのような者を優秀と認めることはできない。「伊豆の香り」と書いて「伊香(いこう)」という名前だったようだが、「伊豆の香り」よりもむしろ「イヌの香り」がした。(株)一条工務店という会社に何年か勤めたことで、「イヌの香り」がする人間がかなりの程度わかるようになった。できれば、こんな能力なんか身につけたくなかったが、ある程度以上身についてしまった。
  2・3・4・6を見ても、「住友は絶対に嘘つかない」などということはなく、むしろ「住友林業(株)の営業」は嘘つきまくっているし、又、2・3・4・5・6を見ても、「住友林業(株)の営業」は優秀とも思えないし、良心的ともまったく思えない。
・・ちなみに、最近、元ヤクルトスワローズの古田敦がYouTubeで述べていたが、古田は立命館大学を卒業する年、ドラフトで指名してもらえず、社会人野球のトヨタ自動車に行き、その後にヤクルトスワローズに入団したが、トヨタ自動車では「イエスマンになるな」と教えられたそうで、「イエスマンばかりの組織は必ず衰退する」と教えられ、なるほど、トヨタという有名大企業の言うことだからそうなのだろう・・・と思ったというのだが、ヤクルトスワローズに入団して捕手として試合に出るようになった時、ベンチで監督の野村から「なんで、今の場面でストレートを投げさせたんだ。あの場面はスライダーを投げさせるべきもんだろ」と激しく怒られたらしいのだが、打たれた球は野村はストレートだったと思ったらしいが実はスライダーだったそうで、それで、トヨタ自動車で「決してイエスマンになるな」「イエスマンばかりの組織は必ず衰退する」と教えられたことを思い出して「監督、打たれた球はストレートではなくて、スライダーでした」と話した・・・ところ、野村はさらに激怒して古田の顔を指さして「おまえは何だあ!」と叫び、俺は何だろ?・・と思ったら「おまえは俺の部下だろうが。部下ならば『はい』とだけ言っておればいいんだあ」と言われ、それから2年間、「はい」とだけ言って生き延びた・・が、その時、「トヨタは嘘を教えていたと知った」・・そうだ(^^)/  古田は「トヨタは嘘つかない」ということはない、ということをそこで学んだらしいが、「住友は嘘つかない」などという神話を信じているおっさんがいっぱいおった( 一一) たぶん、今もいるのではないか。
  それについけてもよくわからないのは、「住友林業(株)の営業」が「集成材はムク材の1.5倍強い」という神話を一生懸命広めているのは、それは実際には「許容応力度」の数値の設定がムク材は「その数値より弱いものは全体の5%以下」だったか「未満」だったかに数値を設定されているのに対して集成材は実際の強度に近い数値を「許容応力度」に設定していることにより、「許容応力度」で比較すると「集成材はムク材の1.5倍強い」という話になってしまっているということであって、実際に使用されている1本1本の柱の強度が集成材がムク材の1.5倍強いわけではないのに、まるで実際に使用されている集成材の柱が実際に使用されているムク材の柱の1.5倍強いかのように言いまくることで「嘘でも百回言えば真実」になるわけではないはずだが、そんな感じで言いまくることで集成材を通し柱に使用している住友林業(株)の営業をしやすくしようとしていたということはわかるのだが、よくわからんのはムク材の柱を使用していた(株)一条工務店の営業であったにもかかわらず、「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」と言いまくっていた小野田くんで、なんで、ムク材を使用していてムク材を使っているという方を「売り」にしている会社の営業なのに「集成材はムク材の1.5倍強いんですよ」とお客さんに話していたのか、マカ不思議というのか、理解に苦しむものだ。

  それで、この「集成材はムク材の1.5倍強い」という住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の小野田くんが広めていた神話 について、私は住友林業(株)の営業がそういうことを言うておるらしい・・ということは来場客・見込み客から何度も聞いて知っていましたが、なぜ、集成材はムク材の1.5倍強いのか、その理屈がわからないので「そうであるのかないのかわからない」ということにしていたのですが、(株)一条工務店の小野田くんは、住友林業(株)の営業ならば実際に施工されている柱材が集成材のものがムク材のものより1.5倍強いというわけではないのに、あたかも実際に施工されている集成材の柱がムク材のものの1.5倍強いかのように話して見込み客の方が「住友は嘘つかない」という神話を信じて、その「集成材はムク材の1.5倍強い」という神話も信じてもらえればそれが契約につながるので得するとして、(株)一条工務店の営業がそんなこと言いまくって得するわけないのに・・と思うのだったが、住友林業(株)の営業が言いまくっていた神話を信じてそれを一生懸命お客さんに話していたのでしたが、私はそんなことはしないようにしていた。きっちりと自分で調べて、これは確かそうだと思ったものは話したが、「よくわからない」ものは話さなかった。だから、小野田くんみたいないいかげんなこと言う営業とは私は違うという矜持を持っていた。
   又、(株)一条工務店の本社がある浜松に行き、浜松市の住宅展示場に行くと、浜松の営業というのは本当にいいかげんなことをお客様に話しており、こいつら、本当にいいかげんな人間だなとあきれたことがありましたが、そいつらよりずっときっちりとした話をして、きっちりとした仕事をしてきた自信があります。
  しかし、1992年において、「施工面積」という(株)一条工務店が独自に設定していた延べ床面積より広めになり、「坪あたり」では延べ床面積の「坪あたり」より安めの金額になるように設定した見積もり上の単位で、「セゾン275S1」というものが東京都・神奈川県では坪55万円で売らされていたのに対して、浜松・掛川では坪48万円でダンピング販売をおこなっていて、名古屋南営業所とか名古屋市の八事(やごと)営業所とかでは坪49万5千円でダンピング販売をおこなっていたのであり、同じものを高い金額で売らされるのと安い金額でダンピング販売するのとでは安い金額でダンピング販売した方が多く売れて当然であり、又、静岡県中西部・愛知県では(株)一条工務店はテレビ公告をドカンと一発♪ やりまくっていたのに対して、東京圏ではテレビ公告などまったくおこなわず、名前の知れている会社と「無名の浜松の工務店」とでは条件は大きく違いました。
  又、名前のつけ方にしても、「・・工務店」という名前は浜松など「地方」では在来木造の建物を建てる工務店ということで受け入れられやすいようですが、知名度・認知度が低い時期においては、東京圏では東京には名前の通ったハウスメーカーがいくつもあるのに、何も物好きに「浜松の工務店」に頼むことないだろ・・と思われる名前でした。浜松などでは「・・工務店」という名前は受け入れられやすい名前でも、東京では「・・ハウス」「・・ホーム」「・・林業」という名前と比べて「工務店」は評価が下がる名前でした。ゼネコンさんでも、大林組あたりならいいでしょうけれども、無名の会社が「・・組」と名乗っていると、ヤクザか? とか思われかねません。会社名というのはそういったことも考えて命名すべきですが、(株)一条工務店は今では東京圏でも知られてきましたから「・・工務店」でも問題はないでしょうけれども、1992~1993年においては東京圏では「営業やりにくい名前」でした。 又、「セゾン275S1」という商品名についても、西武セゾングループがその地域にあまり存在していないという所ではその名前は悪い名前ではないのかもしれませんが、東京圏で西武でもないのに「セゾン」という商品名をつけていると、「西武のパチモン」と見られ、「西武でないのに『西武みたいな名前』を名乗る胡散臭い会社」と思われる名前でした。(株)一条工務店の遠州人はそうやって遠州地方やその両側の地域においては有利になるが、東京圏では不利になるような名前をつけていたのです。最初、浜松で始める時点でこの名前がいいと思って初めても、全国展開していくと、他の地域ではその名前は必ずしもやりやすい名前ではないという場合もあります。そのあたりについての認識がない、自分たちにそのあたりについての認識がないということを理解できていない、「病識がない」人たちでした。自分たちがほかの地域の営業より得することならどんなことでも「やらまいか」(やってみよう)という「やらまいか精神」を発揮していたのでした。
※ 会社名・商品名の重要さについては、
[第394回]《適切な会社名と不適切な会社名≪上≫地名と会社の仕事の関係。傲慢な「東京・・」。内容と名称の不一致。他》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_1.html
[第395回]《適切な会社名と不適切な会社名≪下≫会社名は何をやる会社か、どの地域で商売するのかわかりやすく!他》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201603article_2.html
  名古屋南営業所の近藤路夫が「構造について、きっちりと説明できてないんだろう」などと言ったが、決してそんなことはない。少なくとも近藤路夫よりは間違いなくずっといい「構造についての説明」をおこなっていた。
  そうではなくて、近藤路夫は「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」などと実際には住友林業(株)は機械プレカットで加工して建てていたのに、事実と異なることをデタラメ・デマカセ言っても、それでも「ちょちょいのちょ~い♪」と契約してもらえるという、そういう条件がいい場所にばっかり近藤路夫は勤務してきたということである。それがわからんアホに「研修」の講師役だか議長役だかをさせるのは不当である。(株)一条工務店は静岡県中西部・愛知県は他の地域よりもずっと安い価格で販売してきており、同業他社と競合する場合でも、同業他社の商品でも、東京都・神奈川県で競合になる商品よりも浜松・掛川・名古屋の営業は一回り・・というよりも二回りくらい安い価格帯の商品との競合で営業やっていた。
  テレビ公告などの公告を無名の地域におこなって売れるようにするというのならわかるのだが、(株)一条工務店はすでに知名度・認知度が上がり、ある程度以上の評価を得ている静岡県中西部・愛知県にのみテレビ公告をドカンと一発♪ やりまくっていた。その上で「一条工務店は昔からテレビ公告などは一切しないで、いいものを作れば売れるという考え方でやってきた会社です」と研修で親友社員に嘘を教えこんで、嘘を来場客・見込み客に話させて、そして、浜松出身の見込み客から「何、嘘を言ってるんだよ。一条工務店、いっぱいテレビ公告やってるじゃないか。たしかに東京ではやってないけれども、浜松ではものすごくテレビ公告やってるでしょ。嘘言っちゃだめだよ」などと言われることになった。まさか、自分が勤めた会社の研修でそういうすぐばれる嘘を吹き込まれて、嘘を言わされるとは思っていなかったが、(株)一条工務店はそういう会社だった。

 さて、どのような状態に持っていけば見込み客に契約してもらえるのか。
《1》 ひとつの考え方として、六角形なり八角形なりを想定し、その中心から六角形・八角形の各頂点の方向に直線を引きます。中心から伸びるすべての直線で、各頂点を超える状態になったら契約してもらえる可能性が大きい・・と考えることができる・・という考え方があります。
  この「項目別に各項目が契約してもらえる基準を超えたら」という視点はけっこう有効な考え方ではあると思いますが、人間の意識というのは、そんなに常に論理的ではなく、それこそ、プラグマティズムの哲学者のジェームズさんは「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」とおっしゃっていますし、住宅建築において契約するかどうかという問題においても、この点ですばらしく、この点でも悪くないから契約する・・という見方もあるとして、他方で、契約したいと思ったら、契約する理由というものをお客さん自身が一生懸命探してくれるという面もあり、嫌だと思われてしまったら、その逆に契約しない理由を捜されてしまうことになりかねません。
《2》 それで、六角形とか八角形とかではなく、上下の直線で考えてみて、その見込み客が最初に展示場に来場した時に、もしも、0の時点であったとして、営業が努力して10を超える状態に持っていったならば、契約してもらえる可能性が大きい・・と考えるという見方もあります。
  その場合ですが、(株)一条工務店の場合は、浜松・掛川・名古屋とかの営業所(展示場)では、最初の時点で 0 ではなくて、すでに7とか8とかの人がけっこうおられたのではないかと思われます。ほかの地域においても、すべての見込み客が 0 から始まるわけではなく、3から始まる人もあれば、5から始まる人もあり、中にマイナス2とかマイナス3とかから始まる人もあります。近藤路夫が「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」で「ちょちょいのちょ~い」と契約とれる・・などと傲慢な口をきいていたというのは、それは近藤路夫が勤務してきた展示場には、来場時、近藤と初対面の時点ですでに8とか9とかの人というのが多かったのではないか。だから、「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」だのとデタラメ、嘘っぱちを言いまくっても、それでも契約してもらえたのでしょう。
  見込み客がいくつ「堪忍袋」を持っているか・・という考え方もあります。本命が(株)一条工務店という見込み客、最初から「よっぽどのこと」がなかったら(株)一条工務店で契約して建てたいという見込み客が来場したとすると、「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」などと事実と反対のことを平気で言いまくっても、それでも「ちょちょいのちょ~い」と近藤が思うような感じで契約してもらえる・・という可能性があります。「よっぽどのことがなかったら(株)一条工務店で契約して建てよう」と考えて来場したというような人の場合は、「堪忍袋」を1つか2つ割ってしまっても契約してもらえます。近藤路夫の契約はそういうものが多かったのではないか。だから、「ちょちょいのちょ~い」などとお気軽なことを口にするのでしょう。

  それに対して、近藤路夫が得意としていた「ちょちょいのちょ~い」などというような、そんな見込み客は東京展示場・松戸展示場には来場していませんでした。 だから、近藤路夫が講師役だか議長役だかを厚かましくもやっていたような「研修」は「ちょちょいのちょ~い」とかいうような展示場にいた人間以外には役に立たない。むしろ、害があったのです。
  たとえば、1993年、私が千葉県松戸市岩瀬のハウジングギャラリー松戸内の松戸展示場にいた時、向かいの住友林業(株)の展示場から出てきた家族の子供が、次は向かいの(株)一条工務店の展示場に入るものだと思い込んで、(株)一条工務店の松戸展示場に走って上がり込み、奥の方まで入ってきたのですが、その夫婦の奥さん、子供の母親が玄関の三和土(たたき)の所まで来て、「ちょっと、◇◇。ここは入らないの。ここは入っちゃだめえ。出てきなさ~い。ここは入っちゃだめな所なのお。早く、出なさ~い」と大声で中に向かって叫ばれた・・ということがありました。
  住宅展示場の入口で中に向かって大声で「ここは入っちゃだめな所なのお。早く、出なさ~い!」と叫ぶ・・というのも、それもどんなものか・・という見方もあるかもしれませんが、1993年頃の東京都や千葉県での(株)一条工務店はそのように見られていたのです。「ここは、入っちゃだめえ」「ここは入っちゃだめな所なのお」と、そう思われていたのです。そう思われていた所で営業の仕事をしてきた者に対して、「ちょちょいのちょ~い♪」とかいう所でばかり営業させてもらってきた近藤路夫とかそういった人間が勝手な口ばっかりきいてきたのです。
  その方は、柏市のマンションに住まれていましたが、奥様の両親が横浜市で戸建住宅に住まれていて、そこを、その頃、旭化成が言っていたような「二世帯住宅」に建て替えて親世帯と娘世帯で「新しいタイプの都市型二世帯住宅」にして住むということを検討されていたのです。
実際問題として、「地方向け『三世代がゆったりのびのび住める家』」の(株)一条工務店ではきつい・・という印象を受けました。 (株)一条工務店が言うところの「三世代がゆったりのびのび住める家」とか「おじいちゃん・おばあちゃんと一緒に住める家」と旭化成などが言う「都市型の新しいタイプの二世帯住宅」とは内容がまったく違うのです。それを「一条オリジナル」の人は理解しないのです。
「住」のマーケティング (日経マーケディア) - 日経流通新聞
「住」のマーケティング (日経マーケディア) - 日経流通新聞
  その方は旭化成などが言う「新しいタイプの都市型の二世帯住宅」を奥さんの親夫婦が住まれている家の所に建てることを検討されていたのでしたが、ハウジングギャラリー松戸 に来場された時点で、すでに、どこに頼もうかという候補を想定しておられて、
「新しいタイプの都市型二世帯住宅」として旭化成
同タイプの二世帯住宅を建てる会社として戸建住宅最大手の積水ハウス
ご両親が木造志向であろうということから在来木造最大手の住友林業
住友林業はどちらかというと和風というイメージがあり、洋風の外観で木造でというケースを考えて三井ハウス。
この4社を検討して、この4社の展示場を見た上で、この中からどこかを選んで建てるということを考えておられたのです。
「ハウジングギャラリー松戸に来た」方ではなくて、「ハウジングギャラリー松戸の住友林業の展示場と三井ハウスの展示場に来た」という方で、(株)一条工務店の展示場に入場する予定はなかったのでしたが、住友林業(株)の展示場を出た後、小学校にはいったばかりくらいの男の子が(株)一条工務店の展示場に走り込んできたことで、それで「早く出なさ~い」「ここは入らないの」「ここは入っちゃだめな所なのお」と叫ばれるに至ったのでした。
  子供は「早く出なさ~い」と言っても出てきません。私は「奥さん、まあ、そう言われずに、ここまで来られたのですから、どうぞ、中に入って見ていってくださいよ」と話し、別に入ったからといって「食われる」わけでも「拉致される」わけでも「監禁される」わけでもなさそうで、実際、ここまで来たからには見ていっても別にいいかと思われて入場してもらい、説明もさせてもらい、そして、一生懸命、説明してもらったのだからということで、自分の所の住所と氏名と建築予定地の親の方の横浜市の住所と氏名も書いていってもらえました。
  ・・しかし、その後、私は横浜市の方と柏市の方の両方に訪問し、横浜市の御両親の所では深夜まで構造についての話をさせていただき、ご両親は熱心に聞いていただけました。しかし、そうは言っても、やっぱり、最初にハウジングギャラリー松戸に来場された時点で、旭化成・積水ハウス・住友林業・三井ハウスの4社の中からどこかで「都市型の新しいタイプの二世帯住宅」を建てるということを検討されていた方にとっては、営業担当者が一生懸命やってくれたとしても、又、「聞いたことがない浜松の工務店」であっても別に「食われる」わけでもなく「拉致される」とか「監禁される」とかいうことでもなさそうだと思ってもらえましたが、それでも、すでにこの4社の中のどこかで建てようと決めておられた方に、「聞いたことがない浜松の工務店」が契約してもらうところまで持っていくというのは困難でした。
  この時の私は相当頑張ったと思います。横浜市の御両親のお宅では(株)一条工務店の「構造アプローチ」もきっちりと話を聞いてもらえましたし、「間違いのない家づくり」という点についてもアピールできたはずです。しかし、それよりも、一番大きな問題は「都市型の新しいタイプの二世帯住宅」にしようということを検討されているのに、そういうノウハウが(株)一条工務店には会社にない。「一条オリジナル」の人と話をすると、「二世帯住宅なのに、玄関が2つあるだの、キッチンが2つあるだの、そんなおかしな話があるけええ」とか言い出しますから、そういう「二世帯住宅」もあるかもしれないけれども、そういう「二世帯住宅」ではなくて旭化成などが言い出したような「新しいタイプの都市型の二世帯住宅」というものを、これを「一条オリジナル」にわからせるというのは並大抵なことではないのであり、営業の努力でなんとかしようと思っても、決して簡単なことではありませんでした。「新しいタイプの都市型の二世帯住宅」の契約を獲得しようというのは「アタマが浜松」の人が支配している「浜松の工務店」においては決してたやすくない。
  この方などは、(株)一条工務店の展示場に来場された時点で、旭化成がプラス5・積水ハウスがプラス3・住友林業がプラス2・三井ハウスがプラス3・・くらいで、(株)一条工務店はこの4社から比べると、マイナス10 くらいの位置だったのです。それを私が頑張って、この4社のちょっと次くらい、この4社を別にすれば「一条工務店の営業さんも一生懸命やってくれたね」というくらいの位置まで持っていけたのです。だから、私の「構造アプローチ」が悪いのだろうと近藤路夫は言いたいようでしたが、違います。少なくとも近藤路夫なんぞよりよっぽどいい「構造アプローチ」をやっています。近藤路夫は初来場時にすでにプラス8かプラス9くらいの見込み客を「住友林業はプレカットやってますか?」「やってないでしょ」とか実際は住友林業(株)はプレカットやって建てていたにもかかわらずデタラメ言って、それでもプラス8かプラス9の見込み客をプラス10まで持っていって契約してもらっていたのです。しょせん、近藤路夫の「構造アプローチ」などというものは、プラス9をプラス10まで持っていった、せいぜい1プラスした程度のものでしかなく、私はマイナス10からプラス5かプラス6くらいまでは持っていった、15か16くらいは私が頑張ってプラスした、というものだったはずです。
  しかし、マイナス10 から営業が必死で頑張ってプラス5かプラス6まで持っていっても、それでも、もともと、プラス7とかプラス8とかだった同業他社には勝てないのです。私は(株)一条工務店に入社した1年目・2年目、そういう条件で苦労して営業の仕事に取り組んだのでした。近藤路夫とかは、もともとプラス8とかプラス9の見込み客を相手にしていたから、だから「ちょちょいのちょ~い♪」などという口をきけたのであって、近藤路夫が私より優秀な「構造アプローチ」などしていないのです。
  横浜から深夜に帰ってくるのは大変でした。遠州人は「東京および横浜および松戸市川船橋などの広さは浜松の広さよりずっと狭い」と思い込んでいますが、そんなことありません。横浜市から松戸展示場までクルマで戻り、そこから家に帰った時はすでに翌日の1時をまわっていたように記憶しています。へとへとになっても、なんとか契約してもらおうと努力しましたが、しかし、元から(株)一条工務店は候補に入っていない方に契約してもらおうとするというのは、これは近藤路夫が得意としるプラス8かプラス9の見込み客をプラス10にして「ちょちょいのちょ~♪」と契約してもらう・・というものと比べて、どう考えても割が合うものではありませんでした。

《3》 落合が「一流投手の投げる会心の球なんて、そんなもの、誰だってヒット打てるわけないのだから打たなくていいんだ。そうではなくて、失投をいかに逃さずにヒットを打つかが問題なんだ」とどこだったかで話していたが、戸建住宅建築業の営業の仕事についても、これと似たことがあてはまるように思うのだ。
  野球にたとえるならば「一流投手の投げる会心の球」とか「くそボール球」とかをヒット打とうとしても、それは簡単ではない。↑ の《2》で述べた話、最初の出発点がマイナス10 の人をプラス10まで持っていこうとしても簡単ではない。マイナス10からプラス5かプラス6くらいまで持っていったその努力と能力は「たいしたもの」と言えばたいしたものなのだけれども、そういう努力をするとどうなるかというと、静岡県・愛知県で最初の出発点がプラス8とかプラス9とかの来場客がけっこう来るような展示場にいる近藤路夫みたいな人間が「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」などと実際には住友林業(株)はその時点で機械プレカットで加工して建てていたにもかかわらず、そういう嘘を言っても、それでも「ちょちょいのちょ~い♪」と、1か2だけプラスすることでプラス10に達して契約されてしまい、「おまえの構造アプローチがなってないから契約してもらえないんだろうが」などと「住友林業はプレカットやってますか?」「やってませんでしょ」などと実際には住友林業(株)はその時点で機械プレカットで加工して建てていたにもかかわらず、そういう嘘を言っても、それでも「ちょちょいのちょ~い♪」と、1か2だけプラスすることでプラス10に達して契約したようなヤカラから言われることになってしまう。
  ・・それにしても、近藤路夫という男は、よくそういう口をきくものだ・・が、(株)一条工務店で「所長」とかならせてもらっていた男、もしくは年誌に「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と自称して氏名と顔写真が掲載されていたような連中にはそういう人間が多かった( 一一)  ・・もしかすると、そういう人間がオーナー経営者一族の好みだったのかもしれない( 一一)

  それで、↑ の「旭化成などが言いだした都市型の新しいタイプの二世帯住宅」を横浜市で建てようということを検討されていた方に対して、私がおこなった「構造アプローチ」はそれは悪いものではなかったはずで、近藤路夫のような性質の悪い男が何を言っても一切気にする必要はない。むしろ、近藤路夫の方が見込み客に対して無茶苦茶言っていたのである。
  問題は、近藤路夫は最初の出発点でプラス8かプラス9の見込み客をプラス10まで、1か2だけたして持っていくことで契約したのに対して、私は最初の出発点でマイナス10くらいの人を必死で頑張ってプラス5かプラス6くらいまで持っていったが、それでもプラス10にはたどりつけなかった、ということだ。だから、最初の出発点でマイナス10の人なんか相手にしたのがアホであって、近藤路夫のように最初の出発点でプラス8かプラス9くらいの人を相手にするべきだったのではないか。いわば、「一流投手が投げる会心の球」をなんとか打とうとするのではなく、「打ちごろの失投の球」を打つようにすべきだった・・・という見方もできる・・のですが、残念ながら、(株)一条工務店では、静岡県・愛知県の営業にとっては「打ちごろの失投の球」みたいな見込み客が展示場にけっこう来てくれるようでしたが、ところが、1992年から1993年にかけての東京展示場や松戸展示場には、そんな「打ちごろの失投の球」みたいな見込み客なんか、ほとんど来てくれないのでした。
  だいたい、ラグビーの得点やっている人間が、野球の得点やっている人間に向かって、「なんだ、おまえら、そんなちびっとしか得点できんのか。なんで、我々ラグビーやってる者みたいに得点できんら」とか言いまくったとしても、ふざけんな! と言うしかないのでした。
  浜松・掛川の人間は東京都の人間が坪55万円で売らされていたものを坪48万円でダンピング販売していたのであり、いわば、東京の営業は「浜松向けのクラウン」をクラウンの値段で売らされていたのに対して、浜松・掛川や名古屋の営業、浜松営業所の古橋・掛川営業所の近藤正夫は「浜松・掛川向けのクラウン」をカローラの値段で売っていたのです。だから、古橋や近藤正夫は東京都の営業が同業他社の競合になった商品よりも二回りほど安い商品との競合で営業やって売っていたのです。「浜松向けのクラウン」を「東京や関西向けのカローラ」との競合でカローラの値段で売ったら、そりぁ売れますよね。「浜松向けのクラウン」を東京で同業他社の「東京向けのクラウン」との競合でクラウンの値段で売らされたら、そりぁきついでしょ。そのくらいのことは普通の人間はわかるのですが、「(株)一条工務店の遠州人」はわかった上でそういうズルイことをやっていたのです。「(株)一条工務店の遠州人」は根性ババです。「(株)一条工務店の遠州人」は根性がう〇こ です。

   たいていの戸建住宅建築業の会社は、同じものを安く売った人間は高く売らされた人間よりも1棟あたりの評価は低いのですが、ところが、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ では、1992年から1993年、「セゾン275S1」というものを、東京都・神奈川県では坪55万円、千葉県では坪52万円で売らされていたのに対して、浜松の営業所の古橋(男。当時、40くらい?)や掛川営業所の近藤正夫はそれを坪48万円と大幅なダンピング販売していたのであり、名古屋南営業所の近藤路夫(男。当時、50くらい?)は坪49万5千円でダンピング販売していたのでした。普通、こんな大幅な値引きを認める会社はありませんが、(株)一条工務店は古橋とか近藤正夫と近藤路夫のダブル近藤とかにはそれを認めていたのです。その上で、坪48万円とか坪49万5千円とかでダンピング販売しているやつの1棟と、坪55万円で売らされていた東京都の営業とで1棟あたりの評価を同じにして、そして、ダンピング販売していたダブル近藤とかを「一条工務店の土台を築いてきた人たち」などというフレーズをつけて年誌に氏名と顔写真を掲載していたのでした( 一一)  名古屋市の八事(やごと)営業所にいた松下(男。当時、30代前半)は東京都の営業が坪55万円で売らされていたものを坪49万5千円でダンピング販売させてもらっていたにもかかわらず営業成績不振で、それで松戸展示場に転勤してきました。
   こんなおかしな話はないでしょう・・と思うのだが、そのおかしなことをやらなきゃ気がすまないのが「一条オリジナル」であり「(株)一条工務店の遠州人」だったのです。「(株)一条工務店の遠州人」は卑怯です。「(株)一条工務店の遠州人」は根性ババです。「(株)一条工務店の遠州人」は根性がう〇こ でできています。
  「(株)一条工務店の遠州人」は「そんなもの、テレビ広告なんてやってるかどうかなんて営業の成績には一切関係ない」とか「会社の知名度なんてなくても契約できる」とか勝手な文句を言いまくるのでしたが、もしも、その文句をテレビ広告なんかまったくやっていない地域で営業やって営業成績を残した人が言うのであれば、会社の知名度・認知度がない地域の営業が営業成績を残して言うのであれば、その人がその条件で営業成績を残したのであれば、どうやってその営業成績を残したのか教えてもらいたい、指導いただきたいと思うもので、そのためなら少々頭を下げるくらい下げてもいいし、少しくらいならえらそうにされてもしかたがない・・と思うところですが、そうではなくて、自分たちの所だけテレビ公告をドカンと一発♪ やりまくってきた静岡県中西部・愛知県の営業がテレビ広告だけでなく雑誌の広告とかも一切やってもらえない東京都などの営業に向かって「そんなもの、テレビ広告なんてやってるかどうかなんて営業の成績には一切関係ない」とか勝手な文句を言いまくるのでした。
  浜松駅からタクシーに乗ると「一条工務店」という名前を出すだけで(株)一条工務店の本社まで行ってもらえて、そして「一条さんはずいぶんと大きくなりましたねえ」とか言われ、あるいは私が実際に経験したことだが「一条工務店」という名前を出しただけで「お客さんは家を作る仕事をしている人だと思うので、教えてほしいんだけど、私は現在〇歳で、年収は〇百万円しかないのだけれども、こういう人間でも家は建てられるものでしょうか」とか相談されたりするという、そういう地域で営業している連中が、たとえば ↑ で述べたように、1992年から1993年にかけての東京圏の(株)一条工務店は松戸展示場では「ここは入っちゃだめな所なのお」「入っちゃだめえ」「早く出なさ~い!」「早く出ないとだめな所なのお!」と玄関から中に向かって叫ばれる会社であり、亀戸の展示場にいた男から聞いた話では、亀戸の展示場(1993年1月にオープンして「東京展示場」という名前にした)では玄関から入りかけて、「おい、ここ、西武じゃねえぞ。『一条工務店』なんて書いてあるぞ。出ろ、出ろ、出ろ。こんな所、入っちゃだめだ。早く出ろ。入っちゃだめだ、こんな所」とおっさんが言って出ていった・・とか〔東京圏で西武でもないのに「セゾン」なんて入口に書いて展示場を出していたならば「西武でもないのに『セゾン』などと名乗っている胡散臭い会社」と評価されるわけで、遠州人(「(株)一条工務店の遠州人」)は意図的にそうしたのか否かにかかわらず、結果として、東京圏の営業が営業しにくくなるように「セゾン」などという「西武でないのに西武みたいな名前」をつけていたのであり〕、そういう評価の会社であったのですが、もしも、「ここは入っちゃだめな所なのお」「早く出なさ~い」と言われ、「おい、ここ、『一条工務店』なんて書いてあるぞ。西武じゃねえぞ、ここは。早く出ろ、出ろ。こんな所、入っちゃだめだ、早く出ろ。入っちゃだめだ、こんな所」と言われる地域で営業して実績を残した人が「会社の知名度なんてなくても契約できる」と言うのであれば、その人のやり方をぜひとも教えていただきたい、ご教示願いたいと思うところですが、そうではなくて、会社の評価が無茶苦茶高い、会社の名前さえ出せばそのへんの人から「申し訳ないのですが、私のような者でも家を建てることができるものか、ちょっと相談に乗ってもらえないでしょうか」と言ってもらえる地域で営業させてもらってきた古橋だの近藤正夫だのそういった連中が勝手なことを言いまくっていたのでした。 まったくつくづく、「(株)一条工務店の遠州人」というのは根性がう〇こ です。ほんとに汚い。クソです、クソ!!!
警察の特殊部隊の名前は sit らしいが、「(株)一条工務店の遠州人」はShit!です。
※ SIT Special Investigation Team
 SAT  Special Assault Team
assault (名詞)襲撃、急襲。
investigation (名詞)調査、研究、検討
 Shit  シット (Shit) は、英語で糞便を意味する卑語。(ウィキペディアーShit https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%88

  多数のハウスメーカーは全国一律料金で付帯工事については地域によっていくらか違いがあるというくらいであったのに対して、(株)一条工務店では東京都・神奈川県では坪55万円に設定していたものを、浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円でダンピング販売をしていたのですが、「(株)一条工務店 の遠州人」「一条オリジナル」はその理由を「物価が違う」などと言っていたのですが、浜松・掛川や名古屋というのは東京よりも何でも安い値段で売ってますか? たとえば、これ ↓ とか、
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あるいは、これ ↓ とか
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↑ これとか、浜松・掛川では東京都・神奈川県よりも1割2分安い値段で売ってるか? 名古屋で1割安い値段で売ってるか? 売ってないだろうが。 何より、(株)一条工務店は洗面台とか便器とかボイラーとかを、その頃は栃木・浜松・福岡の工場、後にそれに山梨県上野原市の工場に配送センターを設けて、全国の分をその3か所(⇒4か所)に購入して、そこから建築現場に送っていたのだが、東京都の家に送るものと浜松・掛川・名古屋で建てる人に送るものとで「物価が違う」か? 違わんだろ。 「一条工務店で使っている柱は東濃桧」と工場見学会に行く際にバスの中でお客さんに見てもらっていたビデオで女性ナレーターが話していたが、工場に行くと「東濃桧」とスタンプが押された桧の柱もあったが、同時に「美作桧」「吉野桧」「博多桧」とスタンプが押された桧の柱もあり、美作桧・吉野桧・博多桧が悪いわけではないが東濃桧とちゃうやんけ・・と思ったものだったが、それらの桧の柱材というのは東京都で建てる人に使うものと浜松・掛川・名古屋で建てる人の家で使うもので「物価が違う」のか? 違わんだろうが。・・こういうことを言うと「人件費が違う」とか言い出すのだが、「バカ言ってんじゃないわ♪」〔⇒《YouTube-3年目の浮気 ヒロシ&キーボー》https://www.youtube.com/watch?v=H8vISMbjK7g 〕・・東京都の従業員が浜松・掛川の従業員の1割2分増しの給料なんかもらってたか? もらってないだろうが。ふざけんな!

  1993年前半、(株)一条工務店の松戸展示場で、この年に入社した某が私に「東京都で55万円・千葉県で52万円のものが、浜松では48万円て、いくらなんでも浜松で安すぎるのと違いますかあ。そう思いませんか」と私に言うので、「そうなんだよ。たとえ、地域によって価格に差をつけるとしても、いくらなんでも差が大きすぎるんだよ」と私が言ったところ、そこにいた松戸営業所長で営業本部長を兼任していた天野隆夫が「黙れえ! 口きくなあ! おまえは黙れえ!」と私に言ったのだ。なんだ、これは、こういうのを何と言うかというと、「団結権侵害」と言います。そもそも、天野隆夫は松戸営業所長で東京営業所長であったはずなのに、なんで、浜松・掛川・名古屋のパシリみたいな態度を取りまくるのか。天野隆夫は松戸営業所長・東京営業所長であるならば、天野隆夫こそが「東京都で55万円・千葉県で52万円のものが、浜松では48万円て、いくらなんでも浜松で安すぎるのと違いますかあ。そう思いませんか」と言うべき立場だったのではないのか。ところが、この天野隆夫という男は浜松・掛川・名古屋のテカ・パシリだったのだ。だいたい、な~にが「黙れ」だ、な~にが「おまえは口きくな」だ。今日に至るまで天野隆夫からこの発言について謝罪がないが、あまりいい育ちの男ではなさそうだ。この場合、「育ちがいい」「育ちが悪い」というのは金持ちか貧乏かとは別の問題だ。

  YouTube の「里崎チャンネル」https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%87%8C%E5%B4%8E%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB で里崎が「一軍の成績と二軍の成績は意味が全然違うからね。二軍でこれだけの成績を残しましたと言っても、それが一軍で通じるかというと別だからね」と話していたが、(株)一条工務店の静岡県中西部・愛知県で「私は◇棟売った」とか言ってるやつというのは、たとえば掛川営業所の所長の近藤正夫などは、それはいわば「私は二軍で3割打った」とか一軍選手に向かって自慢している者みたいなものだ。
(株)一条工務店の通算契約棟数全国1位の掛川営業所所長の近藤正夫などというものは、これは言ってみれば「二軍の首位打者」みたいなものだった。

  それで、名古屋南営業所の近藤路夫みたいに最初の出発点がプラス8とかプラス9とかの見込み客が来場してくれれば、1か2をたしてそういう人をプラス10までもっていって契約してもらって「売れる営業」になることができたでしょうけれども、東京展示場や松戸展示場には、そんな人、来ないのでした。
  来ないものはしかたがない。「ホームランを打てる球」をピッチャーが投げてくれないのであれば、せめて、「なんとか苦労して工夫すればヒットを打てるかもしれない球」をねらうしかない。その「なんとか苦労して工夫すればヒットを打てるかもしれない球」というのが、それが、↑ の「(株)一条工務店の東京営業所(展示場)で見込み客になる可能性が考えられる人」の(1)(2)(3)だったのです。
  しかし、(2)については、このあたりから外側の人なら(株)一条工務店の見込み客になる可能性があると思われるあたりには(株)一条工務店の別の展示場がたいていあったのです。だから、「このあたりから外の人」というのは東京展示場ではなくて、そっちに行ってしまう可能性が小さくなかった。
  (1)についても、「地方」で建てるか東京圏で建てるか思案して「地方」で建てる人は、その「地方」の人間と話をした方がその場所のことをよく知っているだろうからとその「地方」の営業所に行ってそちらの営業と折衝されてしまう可能性があり、又、東京圏で建てることになった場合でも、必ずしも「地方とつながりがある人」はその「地方」で建てるような家と都市型の家の中間のような家とか融合形のような家を建てるとは限らず、「地方」で建てるなら(株)一条工務店のような所に頼むが東京圏で建てるならば「東京の家」を建てるようなハウスメーカーに頼んだ方がいいと考える人もあったので、「地方とつながりがある人」が東京圏で建てる人だから(株)一条工務店のお客さんになってくれるとは決まっていません。
  そして、(3)の敷地面積20坪程度の人・・というのは、これは(株)一条工務店で私が東京展示場に入社した直前に神奈川県の茅ケ崎の展示場に移り、1993年の9月に福島県いわき市の展示場に移った「20坪キラーの木南さん(仮名)」が得意とするタイプのお客さんだったのですが、私などはこういう小さい家というのはあまり得意な方ではなかったのですが、東京展示場の置かれている条件を考えるとそうも言ってられないのでしたが、これにも問題があったのです。

  小堀住研(株)は営業の歩合を粗利益の何パーセントという払い方をしていたが、(株)一条工務店は1棟あたりいくらとしていて、大きな家や小さくてもカネをかけた家で粗利益が大きい家の契約でも「20坪キラーの木南さん(仮名)」が得意としていた延べ床面積20坪程度の手間ばっかりかかって粗利益が小さい家の契約でも営業の報酬は同じにしていたが、「施工面積」で60坪以上(途中から70坪以上)のものは2棟扱いとしていた。私も福島県いわき市の営業所にいた時には60坪以上の契約で2棟扱いとしてもらったことが複数回ある・・・が、この計算法自体が都市部よりも地方の営業が得する計算法だった。東京都内やその近郊においては面積で広い家を建てる人というのもないわけではないが地方に比べると少ない。それに対して、土地がそれほど広くなくて建てる家もそれほど大きくないがカネをかけた家を建てる人というのは東京都やその近郊にはあるのに対して地方にいくと少なくなる。この計算法自体が「遠州人の陰謀」だったのだ。
  だから、静岡県中西部・愛知県の営業と比べて、この計算法が東京の営業には不利なものだったのだが、それだけではない。静岡県中西部・愛知県でも小さい家を建てる人というのはないわけではないし、3階建てを建てる人というのもないわけではない。「20坪キラーの木南さん(仮名)」は福島県でも「20坪の家」の契約を取るのを得意にしていて、福島県いわき市の営業所で設計から工事課から大工から他の営業から「あの人、東京の街中ならともかく、こんな一反歩(いったんぶ)もあるような所に建てる人がいっぱいあるような所で、いったいどうやって20坪の家建てる人なんて捜してくるの」と不思議かられていたが、農家でも母屋と別に「隠居家」というものを建てる人があり、逆に若夫婦のために母屋と別棟で小さい家を敷地内に建てる人というのもあったのだ。だから、そういう契約をもらってくるのは悪いことではないのだけれども、母屋の方の契約を何棟かもらう人が小さい方の契約ももらうのならいいのだけれども、「20坪キラーの木南さん(仮名)」の場合は小さい方ばっかり契約してもらってくるので、「あの人、変わってるよねえ」と大工とかから不思議がられていた。
  3階建てなんてものは敷地が狭い所で有効に建てようというものだから、東京とかで建てられるもので浜松なんて所ではないだろう・・と思うとそうでもなくて、私が担当営業に頼んで見せてもらったお家として、浜松駅からすぐ近くの場所で3階建てを建てて住まれた方があった。なかなかよくできていたと思う。
  だから、20~30坪くらいの家というのは、一般には都市圏の方が多いが地方でも建てる人はないわけではなく、3階建ても一般には東京とかで建てる人が多そうに思えるが地方でも建てる人はあった。かつ、1990年代初めにおいては東京圏・関西圏においてはツーバイフォー工法では「3階建てができる」というのをひとつの「売り」にしていたが、在来木造の3階建てというのはその頃は認知されておらず、その点で東京圏では3階建てを建てようという人に対しては在来木造の(株)一条工務店はツーバイフォー工法の会社に比べて不利だった。
  そういった事情があったのだが、ともかく、東京営業所で(株)一条工務店が契約してもらえる可能性がある見込み客の3タイプの1つとして、東京都の江東区・江戸川区や文京区など市街地での建て替えで敷地面積が20坪程度の人・・というものがあったのだ。ところが、(株)一条工務店では、片方で営業の評価が2棟扱いになる60坪以上の家は地方に多くて東京では少ないとともに、他方において、「施工面積」で30坪未満の家というのは「工事課が大変だから、契約取らないで」と東京営業所の「リーダー」の宮崎さんが指示していたのだった。東京営業所の「リーダー」の宮崎さんは「30坪未満の家」とともに「3階建ても工事課が大変だから契約取らないで」とも指示していた。
  これではますます不公平だ。だいたい、浜松にはきれいな新しい展示場を作って、東京都江東区の東京展示場は展示場としては古い方の展示場で、外壁は汚れて筋がいっていて、しかも、その部分だけでも塗装を新しくしてもらえませんかと言ってもやってもらえず、「一条工務店では、よそよりも厚い根太(ねだ)を使い、よそよりも短い間隔で根太を入れていますから、だから、床鳴りがしにくいんです」とお客さんに話せと言われているので話すと、2階の床は端から端まで鳴りまくり、来場客から「あら、この音、何の音かしら。こっちでも鳴るわ。これ、何の音かしら。あら、これは何の音なんでしょう。こっちでもほら。これ、何の音なんでしょう」と言われたものだったが、「これ、いったい何の音なんでしょう?」と言われても、床が鳴っているからには「床鳴り」だろうが。それも直してもらえない、そういう展示場で仕事をさせられていたのであえり、会社はグラフを作成して「なんで売れんら」「なんで売れんら」と言うのだが、とりあえず、床鳴り直してもらえないものか・・と思ったものだったが、浜松にはきれいな新しい展示場を作って、東京には端から端まで床鳴りがする展示場で「なんで売れんら」「なんで売れんら」とか言うのだったが、これは不公平だろうが。とりあえず「なんで、床鳴り直してくれんら」「なんで、外壁の汚れをきれに塗装しなおしてくれんら」と言うべきだった。 

  なんで、浜松・掛川・名古屋の営業は3階建てでも「20坪の家」でも「3階建ての家」でも契約取らせてもらって、東京営業所の営業は「30坪未満の家の契約は禁止」「3階建ての契約は禁止」とされなければならないんだ?  それで、営業成績の評価は同じ基準で評価されなければならないというのは、おかしくないか?  特に、東京都内で「敷地面積20坪台の家」というのは、東京営業所において(株)一条工務店が契約してもらえる可能性がある3つのタイプのうちの1つであり、その1つを奪われるということは東京営業所の営業においては死活問題のはずだが、なんで、浜松・掛川・名古屋の営業は「20坪台の家」でも「3階建ての家」でも契約取らせてもらえて、東京営業所の営業は契約禁止なんだ? グラフを作って競争させるのならば、競争は公平な条件でおこなわれなければならないはずであり、片方の人間は「20坪台の家」でも「3階建ての家」でも契約可で、他方の人間は「20坪台の家」と「3階建ては契約禁止」なんて、不公平が過ぎるではないか。これではまるで、片方のチームの選手が打席に立ったらストライクゾーンが狭くて、他方のチームの選手が打席に立ったらストライクゾーンが広いみたいなもので、まるで「巨人みたいや」「長嶋みたいや」てものだった。本当につくづく「(株)一条工務店の遠州人」は静岡県中西部・愛知県の人間だけが得するためならどんなことでも「やらまいか」という「やらまいか精神」を常に発揮する連中だった。
  私は「リーダー」の宮崎さんに「浜松では3階建ての家を契約して建ててますよ。なんで、浜松では20坪台の家でも3階建ての家でも契約してよくて、東京営業所では20坪台の家や3階建ての家の契約をしてはいけないのですか。東京でだめなら、どうして浜松の営業はいいのですか」と言ったのだが、それでも宮崎さんは「そんなこと言ったって、工事課が大変なんだから」と言うのだった・・・が、後から考えてみると、(株)一条工務店の東京事務所の工事課というのは「大変なんだから」と言うばかりであり、そんなに大変だと言うのなら、東京事務所工事課は別にやっていらんから俺が自分で営業兼工事課やるから契約取らせてくれよ・・と言ってやればよかったかな・・と思ったりもします。

  しかし、ここで問題が出てきたのです。私のように「リーダー」が「20坪台と3階建ての家の契約取らないで」と言ったならば、「浜松では契約とっていいのに、東京では取ってはいけないというのでは不公平でしょう」とそれはおかしいのではありませんかと指摘はしても、それでも「リーダー」が「20坪台と3階建ての家の契約取らないで」と言ったからにはその指示に従うという人間と、そうではなくて「リーダー」の指示に従わない人間がいたのです。
  私が東京展示場で接客した方で、東京都文京区で敷地20坪くらいの土地の家を建て替えようと計画されていた方があったのですが、「リーダー」の宮崎さんが「その人は追客しないで」と言うので、ある程度以上有望な見込み客でしたが断念しました。
  ところが、それからたいして経たないうちに、東京営業所(展示場)の営業の服部(男。当時、20代後半。入社1年目)が「宮崎さ~ん。▽▽さんの家なんですけれども、20坪程度の家なんですけども、天野部長に話したら契約取れなんて言うんですよお。いったい、どうしたもんでしょうねえ。困っちゃいました。どうしたもんでしょうねえ。どうしたらいいでしょうか」などと「リーダー」の宮崎さんに言うのです。
  ・・・この男もよくやるよなあ・・とあきれた( 一一)  そういうことを言うとどうなるか。宮崎さんは「部長がそう言うなら、それならしかたねえ」と契約していいということにしてしまったのです。 私だって、その時の服部みたいなことをやっていいならできましたよ。「リーダー」で主任の宮崎さんに話すと「工事課が大変だから20坪台の家と3階建ての契約は取らないで。20坪台の家のお客さんと3階建ての家のお客さんは追わないで」と宮崎さんは言うのであり、「浜松では20坪台の家でも3階建てでも契約取っていいのに、東京営業所では取ってはだめというのでは不公平ではありませんか」と言っても、「そんなこと言っても工事課が大変なんだから取らないで」と言われるのでしたが、ところが、東京営業所長で営業本部長(その時点での肩書は「次長」)の天野隆夫に話すと「取れ。いいから取れ」と言うということが最初からわかっていたのです。「取れ。契約取ったら何とかしてやるから、ともかく契約取れ」と天野隆夫は言うでしょうし、そう言うからには「何とか」してくれるかと思ったら営業担当に「何とかしろ」と言われる・・・とかありそうでしたが、東京営業所長で営業本部長の天野隆夫に言えば「取れ」と言うということは予測できたのです。しかし、それでも、私は入社した時点でその営業本部長の天野隆夫から「東京営業所では主任の宮崎くんの指示に従って動いてもらう」と言われていたので、そうであるからには、その「主任の宮崎くん」の指示に従わないといけないと判断して、それで「リーダー」で主任の宮崎さんが「20坪台の家と3階建ては工事課が大変だから契約取らないで。そういうお客さんは追わないで」と言うからには、しぶしぶでも従い、私だって20坪台の見込み客である程度有望と思えた人があったけれども、あきらめたのです。
  ところが、(株)一条っ工務店の東京営業所の服部(男。当時、20台後半)は、「リーダー」の宮崎さんに話すと「そういうお客さんは工事課が大変だから契約取らないで。追わないで」と言うが営業所長で営業本部長の天野隆夫の方に話すと「いいから、取れ」と言うということが予測できて、なおかつ、いったん、東京営業所長で営業本部長の天野隆夫が「いいから、取れ」と言ったということになると、主任で「リーダー」の宮崎さんは東京営業所長で営業本部長(その時の肩書は「次長」)が「取れ」と言っているものを「次長が取れと言っても取っちゃだめ」とは言えないし、言わないということが予測できたので、それで、先に東京営業所長で営業本部長の天野隆夫の方に「こういうお客さんがいるんですけれども、どうしたもんでしょうねえ」というように話して、天野隆夫に「いいから、取れ」という発言をさせた上で、「宮崎さ~ん。困っちゃいましたあ。どうしたもんでしょうねえ」などとナマ言ったのだった( 一一)   何が「困っちゃいました」だ、ちっとも困ってないだろうが。計画通りだろうが( 一一)
  こういうことを言うと、「その服部さんのやっていることが営業力でしょうが」とか言い出す人がいますが、私だって、この時に服部がやったことと同じことをやろうと思えばできましたよ。できたけれども、会社という所において、「東京営業所では主任の宮崎くんの指示に従ってやってもらう」と営業本部長が言ったからには、その「主任の宮崎くん」が言うことには、たとえ、それはおかしいのではないかと思うことがあっても、その「主任の宮崎くん」に「それは、おかしくないですか」と言ってもいいけれども、それでもその宮崎さんがこうしてくれと言うからにはその指示に従うべきもので、会社員というものは、自分の上の役職の人間を飛ばして、その上の人間に「次長、こういうお客さんがいるんですけど、どうしたもんでしょうねえ」などと言うということは、これはやってはいけないことのはずであり、だから、私はやろうと思えばできたけれども、それはやらなかったのです。営業力があるかないかの問題ではないのです。服部てのは、そういう手を使うのかと思いました( 一一) 汚い手を使う男だな・・と思いました・・が、(株)一条工務店の経営者というのはそういう手を使う男が好きみたいでした。・・なんか、あほくさいですね。

  そして、その後、服部が20坪台の契約を取ったことから、「リーダー」の宮崎さんも「こうなったらもう、20坪台でも3階建てでも取っていいよ」と言うようになりました。
  私が最初に接客して、ある程度以上、見込みがあるお客さんだったけれども、主任で「リーダー」の宮崎さんが「そのお客さんは追わないで」と言ったのでしかたなくあきらめた文京区で20坪くらいの敷地に建てる見込み客の方は、その後は宮崎さんが「そのお客さんは追わないで」と言うので、しかたなく、来場後は何もしませんでしたが、私が初回に接客した時の対応が悪くなかったと考えてよいのか、再来場されました。
  しかし、一条工務店の「会社のルール」として2回目の来場時に接客した1年目のT城さんが契約を取りました。1回目の来場時に努力した私には何もつきませんでした。
  服部のようなやり口が認められて「売れる営業」と評価されるということならば、(株)一条工務店という会社では上役の言うことはきいたら損だということになります。(株)一条工務店という会社はそういう会社でした。そういうやり口を認めるのが営業本部長の天野隆夫でした。営業本部長がそういう態度なら、私も服部みたいな態度を取ってやればいいのか・・と思ったりもしたのですが、会社員として社会人として自分自身を貶め卑しめるようなことはしたくない・・と考えたのですが、それはこの会社では通じなかったのかもしれません。


【4】  この押上の家ですが、東武亀戸線だったか京成押上線だったか、東武亀戸線の方だったのではないかなと思うのですが、面している道と逆側に線路が走っている敷地の家でした。
  それまで、東京営業所では「リーダー」の宮崎さんが「20坪台の家と3階建ては工事課が大変だから、契約取らないで。そういうお客さんは追わないで」と言っていたのでしたが、服部が「宮崎さ~ん。▽▽さんの家なんですけれども、20坪程度の家なんですけども、天野部長に話したら契約取れなんて言うんですよお。いったい、どうしたもんでしょうねえ。困っちゃいました。どうしたもんでしょうねえ。どうしたらいいでしょうか」などとナマ言うという手口で契約とったことから、宮崎さんも「もう、こうなったら取ってええ」と言い出したので、それなら、取ってやらなきゃ損だ。服部にだけ勝手なことされてたまるか・・と思い、そして、追客した人だったのですが、それでも、「20坪台の家」「敷地面積20坪程度の土地の家」というのは、あまり歓迎されないので、それで、営業会議というものを東京営業所で営業社員が集まって週に1回おこなっていた時に、見込み客についての進捗状況を発表する際に、「この方は敷地も20坪程度で、建てる家も20坪程度のものの方ですが、後ろに東武(だったか京成だったか)の線路が走っていて電車から見える場所で、もし、契約いただいて建てさせてもらえば会社の宣伝にもなると思いますので、追客させてください」とそう言ったのだ。服部が契約とった所は別に電車から見える場所でもない所で、それでも「宮崎さ~ん。▽▽さんの家なんですけれども、20坪程度の家なんですけども、天野部長に話したら契約取れなんて言うんですよお。いったい、どうしたもんでしょうねえ。困っちゃいました。どうしたもんでしょうねえ。どうしたらいいでしょうか」とナマ言うという手口で契約とったので、別にこういうことを言わなくても追客してよかったのですが、それでも、その少し前までは「20坪台の家と3階建ての契約は禁止」と「リーダー」の宮崎さんが言っていて、その時点でも宮崎さんは自分が元工事課でだるということもあって、本心としては20坪台の家と3階建ての契約はあんまり取ってもらいたくないと思っていたみたいだったので、こう話したのでした。
  ところが、それから少し経って、営業本部長(その時点での肩書は「次長」)で東京営業所長を兼任していた天野隆夫が東京営業所に来ると、私に「押上の所の線路沿いの家の人、契約してもらったわけでもないのに、この家を建てることで会社の宣伝になるとか言ってたそうじゃないか。契約してもらったわけでもないのに、何をおまえは甘いこと考えてんだ。何考えてるら」と私に文句を言うのでした。
「そんなこと、私は一言も言ってませんよ。私は、もしも契約して建ててもらえたら電車からも見える場所で会社の宣伝にもなることだから追客させてくださいとは言いましたけれども、契約してもらったわけでもないのに『この家は電車から見えて会社の宣伝になっていいわ』と言ったなんて、私はそんなこと、一言として言ってませんよ」と言ったところ、営業本部長の天野隆夫は「だから、反省しろと言ってるだろ。わからないのか」と言うので「何を反省するのですか」と言うと、「だから、契約してもらったわけでもないのに、『電車から見えて会社の宣伝になるからいいわ』と言っていたんだろうが。反省しろと言うのがわからんのか」と天野隆夫が言うので、「ですから、そんなこと、一言として私は言ってませんと言っているでしょ。わからないのですか」と言ったのだが、それでも天野隆夫は「だから、契約してもらったわけでもないのに『この家は建築中に電車から見えて会社の宣伝になっていい』とか甘いこと思ってたんだろうが。何を考えてるら、おまえはあ」と言うので、「ですから、私はそんなこと、一言として口にしていませんと言っているでしょ。どうして、わからないのですか」と言ったのだが、言っても言っても天野隆夫という男は理解しないのだった。
  東京営業所の営業会議の時に私が「この方は敷地も20坪程度で、建てる家も20坪程度のものの方ですが、後ろに東武(だったか京成だったか)の線路が走っていて電車から見える場所で、もし、契約いただいて建てさせてもらえば会社の宣伝にもなると思いますので、追客させてください」と発言した時、その場に東京営業所長兼任で営業本部長(その時点での肩書は「次長」)の天野隆夫はその場にいなかった。私が「この方は敷地も20坪程度で、建てる家も20坪程度のものの方ですが、後ろに東武(だったか京成だったか)の線路が走っていて電車から見える場所で、もし、契約いただいて建てさせてもらえば会社の宣伝にもなると思いますので、追客させてください」と発言したのはその時だけであり、天野隆夫に私が直接に言ったことはない。ということは、その営業会議にいた人間の誰かが、天野隆夫に私の発言を曲げて話した・・か、それとも、天野隆夫に伝えた人間は私の発言通りに伝えたけれども天野隆夫が私の発言の内容を捻じ曲げたか、どちらかということになる。
  私の発言を天野隆夫に捻じ曲げて伝えたのは誰だ?  職場の同僚をおとしめようとして、東京営業所長兼任の営業本部長に私の発言を曲げて伝えた男は誰だ?
  また、曲がりなりにも営業本部長ならば、職場の同僚をおとしめようとして人の発言を曲げて伝えるようなヤカラの言うことを本気にする男、本人が「私はそんなこと、一言として言ってません」とはっきりと言っているのに、言っても言ってもきかない営業本部長というのもまた、営業本部長としての資質に問題があるのではないか。違うか? そう思いませんか?

  天野隆夫は東京営業所の営業社員に対して「主任の宮崎くんの指示に従ってやってくれ」と自分が言っていたのですから、そうであるからには、自分が「主任の宮崎くんの指示に従ってやってくれ」と言ったからにはその「主任の宮崎くん」が「20坪台の家と3階建ては工事課が大変だから契約取らないで。追客しないで」と東京営業所の従業員に指示していたからには、営業本部長の天野隆夫もまた自分が「主任の宮崎くんの指示に従ってやってくれ」と言ったその「主任の宮崎くん」の指示を尊重する必要があるのではないのか?  服部が「こういうお客さんがあるんですけど、宮崎さんは取っちゃだめだと言うんですけども、何とかならないもんでしょうかねえ」とか言ってきたとしても、服部の担当の客だけ「取れ」と言うのではなくて、20坪台の家でも3階建ての家でも工事課が大変であったとしても契約取れるものは取るべきだと考えるのならば、服部個人に対して認めるのではなくて、服部のその発言に対しては「宮崎くんがだめだと言っているのならだめだ」と断るべきであり、その上で、その後、改めて、「今後は20坪台の家でも3階建ての家でも、契約してもらえるものなら契約してもらうようにしてください」と指示するべきであろう。営業本部長が自分が「主任の宮崎くんの指示に従ってやってくれ」と指示しておきながら、その「主任の宮崎くん」の指示に反することをやりたいと言う者を認めてはいかんだろうが。違うか? ところが、それを認めるのが(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫であり、又、誰かわからんが私が営業会議で言ってもいないことなのに、まだ契約してもらったわけでもないのに「この家は建築中の電車から見えるから会社の宣伝になっていいわ」と言って調子に乗っていたなどと讒言する者がいると、それを歓迎して、そして言ってもいない私に「契約してもらったわけでもないのに、この家は電車から見えて宣伝になっていいわとか言ってたんだろ。反省しろ、おまえはあ」などと言ってくるというのは、これもまた営業本部長としてやってはいけないことのはずだ・・がその営業本部長としてやってはいけないことをやるのが(株)一条工務店の天野隆夫という男だった。そういう男が営業本部長になっている会社だった( 一一)

  ↑ に述べた、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ が東京展示場を出展していたウッディランド東京を運営していた林野庁に勤めていて、東京に住んでいたが定年退職にともない故郷の浜松で家を建てて浜松に帰りたいということで、東京展示場に来場された方で、その人は土浦営業所の所長の田中とはまったく何の関係もないのに、田中が「その人はこちら(土浦営業所)でやらせていただきます」と言って取り上げたあげく、何ら対処せずに放置してお客さんを怒らせ、そして、その見込み客から私の所に怒りの電話がかかってきて、そして(株)一条工務店内においては被害者であってまったく悪くない私が怒鳴りつけられたのだったが、その電話で「浜松まで行って浜松の営業さんと話をすることにします」と言われてしまったのだが、東京営業所の宮崎さんが土浦営業所の田中から言われたのは、林野庁・東京営林局に勤めている人の場合は、過去にその職場に勤めていた人で田中が担当で建てた人があるので、(株)一条工務店の「会社のルール」では入居者の紹介客というのは、その入居者から担当営業が「紹介状」を書面として書いてもらっていて、なおかつ、その見込み客が(株)一条工務店のどこかに展示場に来場するよりも前に会社にその「紹介状」が営業から提出されていた場合のことで、もしも、担当営業が入居者から「こういうお客さんがあるよ」と教えてもらっていても、教えてもらっただけで訪問も何もしていない状態で「紹介状」を書いてもらっていない場合や「紹介状」を書いてもらっていた場合でも、その「紹介状」を担当営業が会社に提出するより前に見込み客が(株)一条工務店のどこかの展示場に来場されたという場合には来場された展示場で接客した営業が担当となり、紹介客とは認めないという「会社のルール」だけれども、「土浦田中ルール」として、田中が担当で契約してもらったお客さんが勤めている会社の従業員の人が(株)一条工務店で建てようと検討されて(株)一条工務店のどこかの展示場に来場されたという場合には、その展示場の営業は土浦営業所に連絡する義務があり、居住地は土浦からずいぶんと離れていて、建築地も土浦とずいぶんと離れていても、なおかつ、その見込み客は居住地の近くの営業所か建築地の近くの営業所が担当することを希望されていて、土浦営業所が担当することなんてまったく希望されていなくても、それでも土浦営業所の田中が担当だ! ・・という《「田中義一のルール」は「会社のルール」に優先する》というものだったが、その見込み客の方は「浜松に行って浜松の人と話をすることにします」と電話で言われたので、宮崎さんに「このままでは浜松に行かれてしまいますよ。浜松の営業所に電話を入れて、その方は土浦営業所の担当だから対応しないようにと言わなくていいですか」と言うと、宮崎さんは「言わなくていい、言わなくていい。浜松で契約してもらえばいい」と言うので、「どうしてですか。私が担当して契約してもらうのはだめで、どうして浜松の営業なら契約していいのですか。林野庁と東京営林局に勤めている人は、前にそこに勤めている人をひとり、田中さんが担当で契約したから、その後は林野庁と東京営林局に勤めている人は土浦営業所が担当ということになっているのでしょう。私が担当で契約していけないなら浜松の営業だって契約してはいけないでしょう。浜松の展示場に電話して、こういう人が行かれるけれども、『土浦営業所が担当ですから』と言えと言わなくていいのですか」と言ったのだが、「言わなくていい、言わなくていい。浜松で契約してもらえばいい。許せないと思うだろうけども我慢して。お願いだから我慢して」と言うのだったが、「それなら、お客さんが『土浦営業所の田中さんに、うちはあなたとはまったく関係ありませんから、うちに連絡してこないでください』と言ってくださいと言われているのですが、土浦営業所に電話して、田中さんにお客さんがこう言われていますと私が伝えようと思いますが電話して言っていいですか」と言うと、「言わないで、言わないで。お願いだから言わないで。電話しなくていいから」と言うので、「お客さんが『その田中という人に、絶対にうちに連絡してこないでくれ』と言ってくださいと言われているのですから言った方がいいのではありませんか。そうでなかったら、田中さんが連絡して怒られますよ」と言うと、宮崎さんは「言わなくていい、言わなくていい。言わなくても田中所長は連絡しないから」と言うので、「それじゃ、なんですか。田中所長という人はひとの大事な有望見込み客を奪うだけ奪って放置して何もしないというそういう人なんですか。又、私は田中さんのおかげでお客さんから怒られたのですが、田中さんのかわりに怒られた私に対して、田中さんは『ごめん』か『すいません』か『申し訳ない』か何か一言でもあっていいのではないのですか」と言ったのだが、宮崎さんは「我慢して。お願いだから我慢して。田中所長という人はそういう人だから。そういう人間だから。この会社では田中所長には逆らえないから。この会社はそういう会社だから。田中所長には会社のルールなんか通じないから。あの人は会社のルールなんか通じる人じゃないから。お願いだから耐えてちょうだい」と言うのだった・・・が、宮崎さんがそう言うのでその時は我慢したけれども、我慢したのは間違っていたと思う。田中のようなやつを許しておいては会社のためにならない。
  ところが・・・だ。それからたいして経たない時に、これは「運が悪かった」というものでもないし、「運が悪かった」と考えるべきものでもないとは思ったが「運が悪かった」とでも思うしかないのかと思っていたところに、東京営業所長で営業本部長兼任の天野隆夫が東京展示場に来て「契約でないのか」と言いうので、「まあ、運が悪いものもありましたからね」と、この男は田中がおかしなことをしなければ私が担当で契約してもらえた可能性が大きいものを田中がつぶしたばかりということを知らんのか・・と思って言ったところ、「何言ってんだ。運が悪いなんて、そんなこと誰でもあるだろ」などと言うのだった。アホか! 「誰でもある」などということがあるものか!!! 「誰でも」なんかあるか!!! ないわ、そんなもの!!!  田中にその時、そんなことされたのは私だけだ。「誰でもあるだろ」とは何だ、その発言は。営業本部長ならば田中に対して注意するべきものだろうが。言えなかったら営業本部長と言えないだろうが。それをその態度はなんだ!!!! 
  それで、「会社のルールでは、単に自分が担当で契約した契約客・入居者がその会社に勤めているとか、その程度のことで、その会社に勤めている人は誰でも、(株)一条工務店の展示場に来場されたら、その会社に勤めている人で先に(株)一条工務店で建てた入居者の家の営業担当が担当するなんてルールはありませんよね。そんなことされたら、林野庁なんて所属の従業員は相当あるのだから、田中さんは、何もしなくても全国から田中さんの名前での契約が湧いてくることになりますよね。こういうものは、会社としてきっちりとした方がいいのではありませんか」と言ったのだが、天野隆夫は「だから、どうしたってんだ。田中所長が担当してその人が契約したとは決まってないだろ」などと言うので、「だから、契約されてませんよ。田中さんはひとの大事な見込み客を奪うだけ奪って何もしないで放置してお客さんを怒らせたんですよ。こんなおかしな営業がありますか。こんなことする人間を営業と言えますか」と言ったのだが、ところが天野隆夫は「だから、どうしたってんだ」と言うのです。「『だから、どうした』とは何ですか」と言ったのだが、結論として、(株)一条工務店という会社では、相手が「所長」といった肩書をもらっている人間の場合は、営業本部長は「所長」のテカだということだった。だから、営業本部長の天野隆夫が東京営業所長だから、東京営業所長に話せばいいだろうなどと考えたのは間違っていた。東京営業所長は土浦営業所長のテカ・パシリだった。 各地の「所長」のテカでしかない営業本部長というのは、それは営業本部長と言えるのか? そんな営業本部長あるのか。
  私は田中にしても「高卒のおっさん」であり、「慶應大学商学部卒」と記載した履歴書を提出して入社した以上、「高卒のおっさん」相手に喧嘩するのも大人げないと思って我慢に我慢を重ねたが、それは間違っていた。むしろ、そういうところで私が我慢するものだから、天野隆夫などから、この人間は何をやっても何をされても我慢する人間だ、こいつには無限大に我慢する役をさせればいい・・と思われてしまった。そういうところで我慢に我慢を重ねたのは間違っていた。


  「押上の線路沿い」というと、私にとってはこういう思いがある場所である。(株)一条工務店の営業本部長という男は、まったくつくづくろくな人間ではなかったな。その時、東京営業所にいた私を事実に反して讒言した男にとっては「いい営業本部長」だったかもしれないが・・・。


  『街の達人 東京23区便利情報地図』(2022.3月2版7刷 昭文社)を見ると、平井橋を渡ってすぐの「平井橋西」交差点を右折して「旧中川」沿いに「旧中川」を上流側に歩くと左手に、「大正民家園」があると出ており、ここに行ってみたかったのですが、この地図帳を持っていくのを忘れてしまい、適当にあるけばたどりつくかと思って歩いたもののたどりつけず、今回はあきらめました。
  「大正民家園」という名前からすると、東京都小金井市の江戸東京たてもの園(前川國男自邸などがある)とか、愛知県犬山市の明治村(フランクロイドライト設計の旧帝国ホテル玄関ホール部分などがある)とかのように、大正の元号の時代の民家がいくつか移築されている施設か・・と思いそうですが、地図を見る限り、江戸東京たてもの園や明治村ほど広くはないように見えます。「墨田区 大正民家園 旧小山家住宅https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/tatibanataisyou/index.html の「あらまし」https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/tatibanataisyou/aramasi.html を見ると、大正6年(1917年)〔「人、悔いなし(1917)、ロシア革命」、ロシア革命の年〕に建てられた木造の建物で、小山さんという方が住まれていたものだが、現在は墨田区の所有になっていて、建物は墨田区登録有形文化財に指定を受けており、全体が墨田区指定有形文化財の指定を受けているもので、1999年から立花大正民家園として開園し、
《 細い木割りをもつ格子戸や出格子窓と黒漆喰壁(くろしっくいかべ)から構成される正面、別々に設けられた玄関と土間口、奥座敷上手の縁側-
 これらは、この地域の住宅の特徴を受け継ぐとともに、変わりゆく町並みに江戸時代からの農家と町屋の雰囲気を今に伝えています。
 大正12年(1923年)の関東大震災、昭和20年(1945)の東京大空襲の災害もまぬがれた住宅です。》
というもので、「墨田区 大正民家園 旧小山家住宅」「ごあんない」https://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/tatibanataisyou/goannai.html によると、
《 庭園 午前9時から午後4時30分まで
  住宅 午後0時30分から午後4時30分まで
定休日:12月29日から1月3日まで 》
で無料で見学させてもらえるらしい。東武亀戸線「東あずま」駅とJR総部本線「平井」駅のどちらからも徒歩8分と書かれている。平井橋の付近で東武亀戸線「東あずま」駅からとJR総武線「平井」駅からと同じくらいということなので、燈明寺や諏訪神社の場合はいくらかJR総武線「平井」駅の方が近い、ということになりそうです。
※ 江戸東京たてもの園 https://www.tatemonoen.jp/
※ 博物館明治村 https://www.meijimura.com/ 
1917年(大正6年)「人、悔いなし(1917)ロシア革命」小山家住宅 竣工。
1923年(大正12年)「幾人、見つかる(1923)関東大震災」関東大震災。
1941年(昭和16年)「行くよ、勇んで(1941)真珠湾」太平洋戦争開始。
1944年(昭和19年)~1945年(昭和20年)東京大空襲。
1945年(昭和20年)広島原爆・長崎原爆投下。ポツダム宣言受諾。「敗戦」「終戦」
1999年(平成11年)「立花大正民家園」として開園。

  今回は、平井橋を渡った後、そのまま直進しました。少し歩くと右手(東側)にお地蔵さんらしきものが見えます。『街の達人 東京23区便利情報地図』(2022.3月2版7刷 昭文社)を見ると、北向地蔵尊と書かれています。
  北向地蔵尊の所を右折して少し歩いて右折して行ったあたりに「大正民家園」があるかと思って歩いたのですがたどりつけませんでしたが、白髭神社がありました。
  次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501343357.html 、その白髭神社 について述べます。 「旧中川」を隔てて南東側が江戸川区で北西側が墨田区ですが、江戸川区平井 の平井諏訪神社でもらった東京都神社庁江戸川区支部「江戸川区の神社 東京都神社庁包括神社五十六社」 に江戸川区の神社が掲載されているのですが、地域によって、その祭神を祀る神社が多いものと少ないものがあるようで、この東京都神社庁江戸川区支部「江戸川区の神社 東京都神社庁包括神社五十六社」 や『東京23区便利情報地図』(2022.3月2版7刷 昭文社)を見ると江戸川区には白髭神社は多い方の神社のようですが、「旧中川」を隔てた墨田区の側にも白髭神社があります。江戸川区平井にも白髭神社はありますが、平井2丁目で総武線の線路や平井駅より南側です。

  (2023.11.3.)

☆ 燈明寺(平井聖天)と平井諏訪神社〔東京都江戸川区平井〕
1.平井駅から蔵前橋通りを横断し、諏訪神社の前を通って燈明寺へ。計画性のないチムニー(株)「ファーストグルメ」平井店。「(一条工務店の某営業のように)郵便物を盗むことは犯罪行為です 小石川警察署・・」。「無責任の体系」のチムニー(株)の面接。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/500980727.html
2.門をくぐり正面に聖天堂、右手に金堂。門の内側右に弘法大師像? 左に水子地蔵。「子供」を大義名分にかかげれば何でもまかり通ると考える「子供」帝国主義の女とその夫に殺されたわが子の恨みをはらしていただくよう、水子地蔵様に祈願してきました。反社会的勢力雇用均等室を叩き潰せ! https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501018586.html
3.門から入り、左に鐘楼、正面に聖天堂・右に本堂。「裏でなく 正門で入ろう 大学は」。八百長医者屋民族の嘘。この人間がこう言ったら実態はこんな感じかと推測するか、言った通りと推測するか。父親がなかったから父親がいるとどんなに大変か理解できないバカ女症候群。 
4.「歓喜堂」「聖天堂」。RC造の1階の上の「歓喜堂」「聖天堂」。聖天堂から見た鐘楼・本堂。大聖歓喜天・ガネーシャとは。冠をつけている方が観音で足を踏まれている方が歓喜天なのか、両方が大聖歓喜天なのか。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501111583.html
5.不動明王を祀る本堂。不動明王とは。真言宗の新義と古義の経緯とは。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501141339.html
6.平井諏訪神社。江戸川区一の社殿、区登録有形文化財の稲荷社は彫刻がきれい。平井富士塚。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501193898.html
7.旧中川にかかる平井橋・荒川放水路で分断された中川・高校教諭は親に苦しむ生徒に助力するものと違うのか・「両親が離婚した」娘はみんなでほめなきゃならんのか・「両親が離婚した」らエライのか・「京大でも通りました」と母親が言ってまわる阪大生には何かしてあげるべきなのか・クロマティ高校卒の男は浪人する権利があるのか・あまりにも「一番」追いかける人は、結局、何がやりたいのか?・おばさんの似顔絵入りウチワと30代の女の「握手しましょ」はどっちが「利益供与」かhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501232436.html
8.同僚を営業本部長に讒言する男とそれをきく営業本部長、会社のルールを破って人の追客中客を強奪して放置する所長とそれに加担する営業本部長、自社が損する嘘をつきまくる営業、「研修」で得意がって嘘教える男、〇日に見積書を持って来てくれと頼んでその日はパジャマで奥にいる人、「下位互換」の会社は立場が弱い、「失投」が来る浜松・掛川・名古屋の営業と「一流投手の会心の球」しか来ない東京・松戸営業所。吾嬬町とは。大正民家園〔今回〕
9.墨田区立花の白髭神社。自分が店員に腹立つことがあっても、会社が提携している店と勝手に喧嘩していいものではないであろう。いったん、もめても修復すべく働きかけるのが「営業力」、往復40分歩かせて交通費をけちる会社の判断は間違い。小村井交差点https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501343357.html
10.亀戸線「小村井」~「亀戸」駅。自分が勤務する新展示場開設に尽力してくれた相手に「すいません」言わない営業・構造安全基準が甘い設計会社・気持ちが落ち着く方法17 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/501359257.html 

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