千葉市中央区鵜の森町。新華ハウジング跡地(1)最低限の対価が払われない仕事をしても「働いた」にならない、「仕事が楽しかったら給料なんかいらな~い」と従業員に叫ばせる(株)フィットは半宗教団体、自分の時間外手当はつけて私の時間外手当はサービス残業にする女、「社長の嫁の母」として従業員に命令して会社が倒産すると「私は関係ない」と言う二刀流女、駅から会社の至近のバス停まで乗れない従業員、会社の業務と関連する資格試験を受けても落ちたら関係ない試験を落ちたのと同じ、火事場泥棒弁護士―塩田天満宮(千葉市)【4/7】-
[第1064回]冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り 第68念‐4(We want justice.)
塩田天満宮に参拝した後、2010年から2011年にかけて「働いた」千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の跡地、社用が従業員に給料払わずに逃げて、土地建物を抵当権を持っていた千葉銀行が売却して、他の所が買い取った所を見てきました。 「見てきた」と言っても外の道を一周してきただけですが、まあ、これまで勤めてきたほかの会社もそうですが、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は給料と言えない給料でよくあれだけ「働いた」なあ・・と思います。従業員に払う給料は安いにもかかわらず、倫理研究所(=倫理法人会)にくれてやるカネはあるとは、なんとも変わった倫理だこと・・と思うが、そんな「リンリでマンマが食えるか」・・というと、食えないから倒産したのか・・・。
もっとも、あれを「働いた」と言えるのか、という問題もあります。「働く」というのは労働を提供して、それに対して報酬としてのカネを受け取るということを言うわけで、報酬は受け取っているがろくに労働していないやつは「働いた」と言えないのではないか。それと逆で労働は相当提供しているがそれに対応する報酬を受け取っていないという場合は「働く」ということをしたとは言えないのではないか。
たとえば、1980年代前半に住んでいた横浜市港北区箕輪町 、東急東横線「日吉」駅の南東にあった日吉台学生ハイツ は元自衛隊・防衛庁の右翼、亜細亜大卒のおっさんが運営する宿舎で、「カウンセラー」と称していた新倉(にいくら)というおっさん は夕食時間にたらふく酒を飲んでべろんべろんになった上で日吉台学生ハイツのロビーをうろつき、帰宅した入居者にからんで「◇◇く~ん。いいかねえ。日本という国は単一民族の国なんだよお。日本は単一民族の国でねえ、ソ連が北から喉から手が出るほど欲しがってる国なんだよお。だからねえ、その国を守らないといけないからねえ、だから、日教組の人間とか朝日新聞の人間とかは生かしておくわけにはいかないんだよお。労働基準法を守れなどという甘ったれたやつは死刑にしないといけないんだよお。わかるかねえ。日本はねえ、狭い国土に多くの人間がひしめき合っているからねえ、そういう国で生きていくためには労働基準法を守れなどと言う甘ったれたやつは殺さないといけないんだよお。身体が悪いと言って働けないとかいう人間は殺さないといけないんだよお。わかるかねえ」となんか恐ろしい””思想””を吹聴していたのだったが、おのれこそ、新倉(にいくら)こそ、24時間勤務で24時間休み、また24時間勤務で24時間休みという勤務で、24時間勤務の時は日吉台学生ハイツで泊まっていたのだが、日吉台学生ハイツで泊る24時間勤務の日というのは夕食時間後も勤務時間であったはずであるのに、おかまいなしに夕食時にべっろんべっろんになるまで酒を飲んで酔っ払い、その酔っ払い状態の男が日吉台学生ハイツのロビーで入居者にからんで「労働組合の人間は全員、刑務所に叩きこむ必要があるんだよお。わかるかねえ。労働基準法を守れなどというやつは刑務所に入れる必要があるんだよお」とか言っていたのです。おまえの方こそ、問題があるだろうが、と思いましたが、日吉台学生ハイツはそんな男をロビーに徘徊させていたのでした。彼は給料もらっていたようですが、働いてないと思いますよ。ああいうのを「働いている」と言っていいか、給料もらっているから「働いている」と言っていいか?・・というと極めて疑問です。
他方で、会社を宗教団体にしてしまえば従業員は給料安くても喜んで働く、給料払わなくても従業員の方がカネ払ってでも働く・・と考える「会社の経営者」がいるようで、そういう人間が取り入れようとする、そういう経営者を取り込もうとするのが倫理研究所(=倫理法人会)です( 一一) 元々、倫理研究所(=倫理法人会)の前身の「ひとのみち」は神道系新興宗教団体でしたが中小零細企業の経営者・自営業者に取り入ることで勢力を拡張した団体で、戦後、PL教団(パーフェクトリバティー)・実践倫理研究所と倫理研究所(=倫理法人会)の3つに分かれて復活したが、倫理研究所(=倫理法人会)の大きな問題点として個人を勧誘するのではなく、中小零細企業のあまり知的水準が高くない経営者に取り入り、「社長が倫理研究所の研修に行きなさいと命令してるんだあ」「社長が太陽を拝みなさいと命令してるんだあ」と従業員に言わせて従業員に倫理研究所に参加させるという活動方針を取っている、要するに、信教の自由を侵害することで存在している団体である、という点にがあります。倫理研究所(=倫理法人会)は最初から信教の自由を侵害することを活動の根幹としている団体であり、存在自体が反社会的である団体です。

( ↑ 「週刊ダイヤモンド 2009. 新宗教」ダイヤモンド社。 「20大新宗教全データ」より)
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![週刊ダイヤモンド 2009年9/12号 [雑誌] - ダイヤモンド社, 週刊ダイヤモンド編集部](https://m.media-amazon.com/images/I/61EZsR0D3BL._SL500_.jpg)
週刊ダイヤモンド 2009年9/12号 [雑誌] - ダイヤモンド社, 週刊ダイヤモンド編集部
↑ この図を見ると、戦前の「ひとのみち」は戦後、ピーエル(PL)教団と実践倫理宏正会と倫理研究所に分かれたが、ピーエル教団はパーフェクトリバティー(PL)教団と人道教団 に分かれたらしい。
戦前の「ひとのみち」は「戦中、弾圧を受けた」ということから反権力・反体制の要素があったのかと誤解している人がいるが、そうではない。もともと、「ひとのみち」は体制迎合・国家主義協力の団体だったが「教育勅語に卑俗な解釈を加えた」ということで否定されたのであって反権力でも反体制でもない、むしろ、権力・体制のイヌだった団体のはずで、「教育勅語に卑俗な解釈を加えた」という点については、今でも倫理研究所(=倫理法人会)は「理事長の丸山先生(丸山敏秋)に親孝行を教えてもらいなさい」などと言っているが(親の世話をしないといけない週休日をとりあげてその「丸山先生」とかのお話をききに行けということこそ親孝行と正反対の行為であろうが)、教育勅語では「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、親に孝に親に孝に親に孝に孝に孝に、戸締り用心火の用心、マッチ一本火事の元、とってちってたあ~あ!」という文章を見ても「親孝行せえよお、親孝行せんとバチあたるぞバチあたるぞバチあたるぞあたるぞ、まんまんまんまんまんまんま~ん」と言っているのは誰か、そういう文句を言って「親孝行を教えてやろう」と言っているのは明治天皇であって丸山敏秋ではないのであり、天皇へーか が「親孝行せえよお、親孝行せえよお、親孝行せんとバチあたるぞバチあたるぞバチあたるぞ、まんまんまんまんまんま~ん」と「教えてやろう」とおっしゃっておるのであって、それを「ひとのみち」⇒「倫理研究所」の理事長の丸山敏秋が天皇にとってかわってやろうとしているという、まさにその行為・その態度こそ不敬であり、倫理研究所(=倫理法人会)は超党派右翼議員と一緒になって「親孝行を教えてやってやってやろうと言ってあげてやているんだ」とか言いながら、実際は「教育勅語」の趣旨を踏みにじっているのです( 一一) だから、政府や軍部によって「弾圧」されていいのかという問題はあったとしても、もともと、そういう団体なのです( 一一)
なんで、そんな団体に中小零細企業の経営者は取り込まれるのか・・というと、結論として⇒アホやから・・でしょう。別の表現をすると、知的水準が高くない中小零細業者の経営者というのは「精神の独立」ができていない、「独立自尊の精神」が欠けている人が多いからでしょう。倫理研究所(=倫理法人会)の活動は戦前の「ひとのみち」と似ています。かなわんなあ~あ・・と思うのですが、そんな団体に毒された経営者の会社なんて、どうせ、たいした会社じゃないんだから・・と思って「損切り」して辞めてほかの所に移ったとしても、倫理研究所(=倫理法人会)は「追いかけてくる」のです。倫理研究所(=倫理法人会)みたいなもんにはまっているあほな経営者の会社なんか、たいした会社でもないのだからと思って勤め先を変わると、移った次の勤め先に倫理研究所(=倫理法人会)は追いかけてくるのです。そうなると、逃げてはいけない。倫理研究所(=倫理法人会)は逃げると追いかけてきますから、逃げずに戦うしかないことになります。
倫理研究所(=倫理法人会)に入っていなくても、思想的・思考的に似ている会社というのもあります。千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも2013年11月に正式に倒産〕は2011年前半から徳島県徳島市の(株)フィット と提携して「フィット」の推奨するシステムをやりだしたのでしたが、その「フィットのやり方」というのがくせものです。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川が言うには「フィットでは、朝、みんなで朝礼して『仕事が楽しかったら給料なんか要らな~い』と全員で叫ぶんだ。うちの同じように、朝、『仕事させてもらえるんなら給料なんか要らな~い』と全員で叫ぶようにしようぜえ」と言い出したのでしたが、それが「フィットのやり方」のひとつで「フィットのやり方」は他にもいくつかあるようでしたが、倫理研究所(=倫理法人会)と共通する思考だなと気づいたので、私は社長の長谷川新二に「フィットは倫理研究所で紹介されたのですか」と尋ねたのでしたが「いや、違うよ。フィットは倫理研究所と関係ないよ」ということでしたが、倫理研究所(=倫理法人会)と(株)フィットは別だったようですが別のものでも、どちらも社長の思考に「フィット」する団体だった、ということで新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)に入ってきたみたいでした。ただし、そういう団体を引っ張り込むだけに、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川は「私は社長ですから従業員みたいに働きませんよ。勘違いしないでくださいよ」などと言っていたようで、従業員を働かせて社長と嫁と社長の子供とでハワイにしょっちゅうバカンスに行っていたようで、「ああ忙しい忙しい」と言って何に忙しいのかというと急いで空港に行かないとハワイにバカンスに行く飛行機に間に合わない・・というそういう「忙しい」みたいでしたが、そういう思想・思考がいいのか・・というと、いいと思うから長谷川はそうしていたのでしょうけれども、それが直接の原因でないとしても、現実に倒産したわけですから、なおかつ、田沼たかし とか倫理研究所(=倫理法人会)推薦議員は会社つぶして従業員の給料払わずに逃げている社長あてになおさらカネもらおうと郵便送ってきていたわけですから、そんな「リンリでマンマが食えるか」というと食えないから倒産したのでしょうけれども、そんな会社に労働を提供しても、給料払わずに社長は逃げるのですから、そういう会社に労働を提供しても「働く」と言えるか疑問です。
☆ [第114回]《「給料いらない」など言う奴は論外(芹沢達也)と「給料なんかいらな~い」絶叫朝礼の徳島市F社の認識の間違い》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201207article_2.html
「働く」というのは労働を提供するとともに、報酬としてのカネを受け取るということを言うのであり、労働を提供するだけでは「働く」とは言わない。お寺に行くと住職の奥さんが拭き掃除しているのを見たことがありますし、若いお坊さんが吹き掃除していたり庭を掃いているのを見たことがあり、神社に行くと神社の職員が庭を掃いているのを見たことがあるのですが、それに対して教会の牧師さんというのは「皆さんでやってもらって」と言って自分では教会の敷地の植木が伸びていても刈らない、あくまで「皆さんでやってもらって」と言う人が多い印象があります。田園調布教会の牧師なんて、””あの””田園調布駅から徒歩5分以内の場所の戸建住宅を社宅として提供してもらって住んで、そこから徒歩圏にある教会の掃除とかは「皆さんでやってもらって」とおっしゃるのでしたが、ええ仕事やなあ・・と今になってみると思うが、俺も牧師になればよかったかなあ、勝手なことばっかり言ってそれで「牧師説教」とか言って通じるのだから、ほんまにええ仕事やなあ、危険業務はないし、屋内でできるし・・とか思ってりもするが、教会の掃除を「皆さん」がやって悪いことはないのですが、掃除したとしてもカネ払って掃除しているのであって、労働は提供してもカネは払って労働を提供しているのであって労働を提供してカネを受け取るという「働く」ということをしたことにはならないと思うのです。労働を提供するとともにカネもらってこそ「働く」と言うのですから。この考え方からいくと、最低でも人間ひとり1か月分食べていけるだけの給料を払わない会社で労働を提供しても「働いた」ことにはならない。「人間ひとり1か月分食べて行けるだけ」の額ではごく一時的ならともかく、長い目で見るならば、そんな会社に勤めていたのでは結婚してやっていけない、最近は夫婦共働きの夫婦が増えたとはいえ、夫婦とも人間ひとりぎりぎり食べていけるだけしか給料を受け取らないのでは子供を育てることもできず、高齢になった後、仕事をできなくなった時に食べていけないようでは、そんな仕事をしていても「働いている」「働いた」ことにならない。この基準からいけば新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)で労働を提供しても「働いた」ことにはならない、と考えるべきだったのではないか。そう思えば、この会社は長くいてもしかたがない会社・・というより長くいるべきではない会社と思うようになりました・・が、そう思ったところに東日本大震災と福島第一原発事故が起こり、その状況で「無職」にならない方がいいか、厳密な意味では「働いている」ことにならない勤め先でも、ともかく「無職ではない」方がいいか・・とか思ったりもしましたが、これまで勤めてきた会社では、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)だけではなく、労働を提供しているけれども、そんな安い給料では「働いた」ことにならないのではないか、という会社が多かった、よくまあ、あんな安い給料であんな過酷な労働を提供したものだ・・とあきれます。北朝鮮では金正恩一族だけが豪勢な暮らしをして人民は貧しい苦しい生活をしている・・と言う人がいますが、伝わっている話によると北朝鮮は好ましい状態ではなさそうですが、それって日本の会社も同じと違うのか、私が勤めてきたような不良企業に勤めていたならば、不良企業の経営者一族のために生きているようなものではないのか・・間違いなくそういう面はあったはずです。
借家住まいだと、結局、家主のために生きているようなものだから、たとえローンを組んででも持ち家を持つべきだ・・と言う人がいます。もっとも、逆に家主業やると、家主業というのはけっこう大変で、家主業というのは不労所得で食ってると思っている人がいますが、中にそんな人もあるのかもしれませんが、実際はそうではない場合が多く家主業というのはけっこう大変です・・が、たとえローンを組んででも持ち家を持てば何年か後にはそれが自分のものになるのに対して借家にいくら家賃を払っても自分の物にはならない、ということはあります。それを考えるなら、なんとしても持ち家に住むべきだという考え方になりますが、同様に、ひとに雇われて給料もらって生きているのでは、結局、その会社のオーナー経営者のために生きているようなものであり、あほくさい限りで、そんなことなら何とかして自分が経営者になって生きるようにすべきだという考え方が出てきます。慶應大学の商学部の経済学系の教授は「資本家が労働者を搾取して自分の腹だけを膨らませてきたというマルクスが描いた資本主義社会とは、資本主義でも異なった社会になってきている」と講義の最中に言われるのでしたが、どこがやねん? あんた、まともに世の中、見とるんか? ・・という感じがします。私がろくでもない会社にばっかり勤めてきたから、それこそ「マルクスが描いた””古典的資本主義””みたいな会社」にばかり勤めてきたから、だから、そう思うのかもしれませんが、いくら、必死になって滅私奉公しても、結局のところ、身勝手なオーナー経営者のためになるだけではないか、どんなに必死で働いても不良企業の不良オーナー経営者のために生きていることになるだけ、というそういう””古典的資本主義””の会社というのが今も存在しています。慶應大学の教授先生というのは、そういう会社で働いた経験がないのでしょうね。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がかつてあった千葉市中央区鵜の森町は、その東隣の中央区大巌寺とともに、かつては鵜が生息していた所らしく、中央区大巌寺にある浄土宗の関東十八檀林のひとつの大巌寺の境内には鵜の像があります・・が今は鵜が棲息するような場所はありません。
☆ 大巌寺⇒[第220回]《龍澤山 大厳寺(だいがんじ)(千葉市)―千葉県の寺社1 淑徳大学。「考えさせて」と言えば返事しないと》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201312article_8.html?1757307269

新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)では、事務員の大竹加代子(女。2010年頃当時、40代前半)は経理関係の職歴があるわけでもなく、会計関係の大学学部を卒業しているわけでもなく、会計関係の資格を持っているわけでもなかったにもかかわらず、社長の長谷川新二の嫁の河野利華の友人だということで、私の倍以上の給料を盗っていただけでなく、私には時間外労働はサービス残業・休日出勤もサービス残業にしておきながら大竹加代子が時間外労働・休日出勤した時には時間外手当・休日出勤手当を事務担当従業員としてつけていた。大竹加代子の賃金が基本なら私は少なくともその差額分を不当に奪われたことになるし、私の賃金が基本なら大竹加代子は不当にカネを強奪していたことになる。本来、私に支払われるべきカネを大竹加代子が奪ったと考えることもできる。 大竹加代子は賃金の計算をする係として、おのれが時間外労働・休日出勤した場合は時間外賃金・休日出勤手当を計上して私がやった時はサービス残業にするとは、この女もなかなかええ根性しておるのお。
ここより北東、千葉市中央区宮崎町と中央区大森町の境目付近の宮崎町、千葉市中央消防署宮崎出張所 のすぐ後ろ(北側)あたりに社長の長谷川新二の嫁で、最後の頃、ビルダーズジャパン(株)の代表取締役になった河野利華の母親が住んでいたが、河野利華の母親は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)にやってきて、隣の月ぎめ駐車場の前に自分のクルマを駐車して月ぎめ駐車場を借りている人から新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)に苦情を招いた上で、私など従業員に直接、なんだかんだ命令なさったのだったが、ところが新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)が運営できなくなると「私は知らない。私は関係ない」などとぬけぬけと言うようになったのだ。そうではないはずだ。単に「社長の嫁の母親」ではなく、娘の河野利華はビルダーズジャパン(株)の代表取締役になっていたのであり、その母親は会社に気が向いた時に来て「社長の嫁の母親」という役職のもとに従業員に直接命令していたのであり、「知らない」だの「私は関係ない」だのというゴタクは通じないはずだが、そういう勝手な文句を言いまくっていた。焼き討ちにでもしてこましたろか・・と思う人がいたとしても、気持ちはわかる・・から、だから、消防署のすぐ近くに住んでおったのだろうか。私は焼き討ちにでもしてやりたい気持ちではあるがやらないが、やるならもっと合法的なことをやる、
「敵進めば我退く、
敵退けば我進む。
敵が略奪すれば攻撃せよ。
敵が火をつければその火を消せ」
と、これは毛沢東が『新持久戦論』に述べていたものだったと思うが、別に毛沢東を引っ張り出さなくても、こういった考え方で、辛抱強く悪いやつは懲らしめないといけない。消防署のすぐ近くにいるとどこかの誰か、私以外の誰か、「焼き討ちにしてやる」と思って者に焼き討ちにされても消防車が来るのは速いかもしれないが、「おのれ、焼き討ちにでもしてやりたい」という恨みを人から買っているのだから、もしも放火された時には消防署の近くだとその火は消えやすいかもしれないが、買った恨み・怨念はなかなか簡単には消えるものではない。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)があった中央区鵜の森町1番3 の土地は2000年に新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川が千葉市より購入し、建物は2006年に長谷川が保存登記をした後、いずれも2012年8月に債権者の千葉銀行により、差し押さえ、千葉地方裁判所により競売開始決定され市原市の三井ハウジング(株)を経て2014年に(株)秀和設備 という千葉市の会社が購入して所有者となったようです。
ヤフー地図には「アパート」と書かれていますが、2階部分は集合住宅として使用されているのかもしれませんが、前に木切れのようなものが置かれ、後ろの空き地だった所と東側の月ぎめ駐車場だった土地もこの会社が購入して使用しているのか、後ろにも廃材かと思われるものが置かれています。建築屋が使用していた建物を購入したのは、解体業者なのか何業者なのかわからないけれども、建築関係の会社なのかとも思ったが、前回、近くに来た時には2階の部分に新興宗教団体の名前の看板が出ていたので、そういう所が買ったのかと思ったが、登記事項証明書を見ると購入者は新興宗教団体ではなく工事関係の会社らしき名前なのでよくわからない。まあ、買った所がどういう所かは、こちらには関係ないことだ。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は工務店として分譲地で土地を買って建物を建てて建売として販売していたので、そういう会社はほかの物はさておき、土地についてはそこに資産があるというのがわかるわけで、私は千葉第一法律事務所の弁護士の秋元康に千葉市緑区の土気にそういう土地があるのを知っていたので、それを差し押さえたいと何度も何度も何度も言ったのだが、秋元は「そういう土地は銀行が抵当権を入れていますからだめですねえ」と言い、私が「わかりませんでしょ。調べてみないと、やってみないとわかりませんでしょ」と何度も何度も何度も言っても、そのたびに「だ~めで~すねえ~え。それは」と言って拒み、私の方では弁護士に依頼したからには弁護士を無視して動くわけにはいかないと思って、それで秋元康に何度も何度も何度も言い続けて、それで時間が経ち、そのうち、自分で裁判所に差し押さえの手続きをやりたいと自分で言いに行ったところ、銀行の抵当権といったものは入っていなかったがすでに債権者である業者何軒かによって差し押さえがおこなわれて競売にかけられてそのカネは分配されました、ということだった。それは私が裁判所に差し押さえの手続きの申請をするほんの直前のこと、タッチの差だった。秋元康に止められなければ、秋元康に弁護士として依頼していなければ、最初からすべて本人によりおこなっておれば、民法上「先取特権」というものがあり、一番有利な先取特権は税金らしく、賃金債権よりも税金が優先されるらしいが、業者への支払いよりも従業員・労働者の賃金債権の方が有利な先取特権として認められたはずであり、業者さんには悪いけれども、私の賃金債権をそこから取れたはずだった・・が、千葉第一法律事務所と弁護士の秋元康のおかげで取れるものまで取れないことになった。ろくでもない弁護士に依頼すると本人が自分でやるよりもマイナスになる。弁護士には「本人でやるのは無茶だ」とか言う弁護士がいますが、実際は 着手金泥棒・やらずぶったくり・火事場泥棒 弁護士は本人が自分でやるよりマイナスになる。

モンダイの弁護士: 弁護士って、ほんとうに人権を守る正義の人なのか (別冊宝島Real 28)

懲戒除名: 非行弁護士を撃て - 内田 雅敏
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の後ろ側(南側)の土地はかつては空き地になっていて、千葉神社がでっかい看板を立てていたが、今は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)があった土地・建物を購入した所が南側の土地も買い取ったのか、[第182回]《千葉神社・千葉天神 参拝 〔下〕千葉天神、「家作」「長屋」型末社、中央区鵜の森町の千葉神社「神札」》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html で写真を掲載した「千葉神社」と書かれたでっかい神札みたいな看板はなくなり、廃材が置かれていた。

↑ かつて2010年頃は、向かいに「さかなやさん」とポップ体で書いた看板が出た「◇◇鮮魚店」があったが、店主は私より年上だったから息子が後を継がなければ店は閉店することになるのか、2025年の今は看板の文字は消えて鮮魚店を営業しているようには見えない。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がかつてあった千葉市中央区鵜の森町1番3 の少し東、かつてカインズホームがあった、今は「うのもりモール」というスギ薬局などが入ったミニショッピングモールがある所より少しだけ北、末広街道沿いに「富士見台」バス停がかつてあって今もある。↓

↑ 「富士見台」バス停。 南から北を見たもの。左側が「蘇我駅東口」行きの乗り場、右側の向こうにバス停の札が見える所が蘇我駅東口から来たバスから降りる所。
この南北の道を末広街道と言うようですが、[第186回]《私が体験した取り締まりのための交通取締 [1]千葉市。 取り締まらない労基署、取り締まる警察。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201306article_3.html 【2】[2]私がスピード違反でカネとられた所。千葉市中央区南町1丁目。 末広街道。JFE体育館・とんでん蘇我店付近。・・・・は、この写真の道を北にしばらく行った所です。「末広街道」というのは、↑をもう少し北に行き、JR「蘇我」駅の東をされに北に行くと蘇我駅の北東のあたりで 千葉市中央区末広 という所を通るからのようです。

↑ 逆側、末広街道を南向きに進む側の「富士見台」バス停。 手前の札が小湊鉄道バス、その後ろの札が京成バスのもの。
小湊鉄道バスは、クリックしてもらえば写真は大きくなるので大きくして見てもらえばいいが行先が、千葉県がんセンター・千葉南高校・学園前駅経由鎌取駅・イオンタウンおゆみ野・明徳学園で、後ろの京成バスの行先は鎌取駅です。日中、本数もけっこうあります。 この写真に写っている信号がある交差点が「鵜の森」交差点で、その向こう側の左に、かつてはカインズホームがあって今は「うのもりモール」があり、交差点のすぐ東に新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がありました。このバスにJR「蘇我」駅から「富士見台」バス停まで乘れない営業というのは、その男は営業ではないでしょう。
YouTube など見ると、最近、「撮り鉄」なる人たちが出現し、電車・列車の写真を撮ろうとするのは悪いわけではないものの、電車・列車だけを撮影するために一般乗客とか通行人に「そこ、邪魔あ」「どけえ!」とか言ったり、さらには業務をおこなってる駅員にも「そこ、写るよ。そこどいて。邪魔あ」とか叫ぶ姿が動画に出て、「撮り鉄を撮る」という新たなジャンルが出現してきたらしい・・・が、建築の写真を撮ってきた者としては、建築は人が使ってこそ建築であり、有名建築物・歴史的建築物であれ「普通の建物」であれ、普通に人がそのへんにいる方が自然であり、愛知産業大学の建築学科でも「建築のパースを描く場合、必ず、そこには人を描いてください」と教えられたものだったが、なんで「撮り鉄」という人たちは鉄道の写真に人が写るのを嫌がるのだろうなあ・・と思う。
・・それで、特に細工しなければ普通の通行人はいる方が自然だが、他方で正面から顔が写るように撮ってしまってはその人に失礼で肖像権の侵害とかなる場合もありうる。だから、至近距離ではない距離で後ろ姿が映るくらいが一番いいのではないかと思う。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)では会社の封筒を作るのに従業員何人かの顔写真を封筒の下に入れたものを作成し、入口に設置した清涼飲料水の自動販売機にも従業員の顔写真をビルダーズジャパン(株)で取締役になった自称「工事責任者」の植草が入れたが、なんだか当たり前みたいにひとの顔をそういう所に入れられるというのは、必ずしもうれしくない。 男ならいいだろうと思う人もいるかもしれないが、本人に承諾を得ることもなく、そういう所に勝手に入れるというのは失礼でもあり、承諾なく勝手に入れるというのはずいぶんと甘く軽く見られたものであり、うれしいものではない。
2010年10月、新華ハウジング(有)の従業員で、今は宅地建物取引士になったがその頃は宅地建物取引主任者だった国家資格の試験を3人が受験願書を出したが、
● 受験願書を出しながら試験当日になってあきらめて受けなかった・・S井(男。2010年当時、40代前半)
● 「今年はユーキャンで勉強したから絶対に通る」と聞かれもしないのに言いまくって受験したが、試験を受けた後、「落ちたあ」と言って落ちた・・カジロ(男、2010年当時、40代前半)
● 試験を受けた後、「通りました」と言ったわりに落ちた・・工事部:H(男。2010年当時、20代)
がいた。 宅建主任くらい、さっさと通れよお、通らないなら通らないでしかたないが、落ちるのに「今年は通る」などと誰からも聞かれもしていないのに言いまくるなよお・・と思うが、そういうことを言いまくる人は世の中にはいる。だいたい、その「ユーキャンで勉強したから」という言い回しだが、2006年に(株)エイブルにもそっくりそのまま同じ文句を口にしていた人がいたのだが、新華ハウジング(有)のカジロと一緒で「今年はユーキャンで勉強した」わりに落ちたのだったが、母数が多くないから断定はできないが、その「ユーキャン」というので勉強すると「今年は通る」という気持ちになって落ちるのだろうか。そういうシステムのものなのだろうか。落ちるのなら「今年は通る」と思っても意味ないように思うのだがなあ・・、「今年は通る」ような気持になるかどうかが大事なのではなく通るかどうかが大事であるはずで、なんかユーキャンて、あんまり意味ないような感じがするのだが・・
この3タイプのほかに、もうひとつ、通らない方のタイプがいる。1990年、東京都目黒区の自由が丘住宅公園に出展していた小堀住研(株)の東京支店自由が丘営業所(展示場)にいた近藤寿一(男。当時、20代前半)は、まだ20代前半の若い年齢でありながら宅地建物取引主任者の試験に合格することは早々とあきらめて、かわりに合格もしていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」と見込客・契約客にぎゃーぎゃー言いまくっていた。なんで、そんなことするのかというと、「前に所属した営業課の営業課長の某(名前、忘れてしまった)から『おまえは近大しか出てないし、卒業した学部も建築学科とかではなく経済学部しか出てないし、売りにするものがないから宅建主任(宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士)を持っていることにしろ』と言われたんです」と言い、それで合格もしていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」とぎゃーぎゃー言いまくっていた・・が、これは軽犯罪法第1条違反になると思うのだ。 軽犯罪法では、
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
十五 官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作つた物を用いた者
( 法令リード 軽犯罪法 https://hourei.net/law/323AC0000000039 )
と規定されており、近藤は宅地建物取引業の会社で宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の資格を持っていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」と叫ぶと宅建業法違反になるが小堀住研(株)は建築業の会社で関連会社の小堀住宅流通(株)が不動産業の会社で小堀住研(株)は宅地建物取引業の会社ではないから「ぼく、宅建主任もってます」と持ってないのに言いまくっても問題ないと思い込んでいたと思われるが、宅地建物取引業(<不動産業)の会社で詐称すると宅建業法違反になるが建築業の会社で詐称しても宅建業法違反にはならない・・としても国家資格の詐称は軽犯罪法第1条違反になるはずなのだ。小堀住研(株)の東京支店のその何と言ったかの営業課長というのは犯罪を奨励・命令していたのだが、近藤もまた、すでに20歳を過ぎた人間であまり評価が高い方ではない大学とはいえ4年制大学を卒業した「学士」なのだから、国家資格の詐称はやめるべきだ・・・と思うが、私が「国家資格の詐称はやめるべきだ」と言ってもやめない人がけっこう多いのだ( 一一)
だいたい、だ。 東洋大学なんて卒業していても中退でも除籍でも、ひとの評価はたいして変わらないのに、なんで詐称するかなあ・・と思うし、詐称がばれたならばれたで「申し訳ありませんでした」と即座に誤れば不起訴になる可能性が小さくなかったのではないかと思うのに、わざわざぐちゃぐちゃおかしなことやって話をおかしくしてしまう伊東市の変なおばさんとか、なんでそんなことするかなあ~あ・・と思うことをする人というのが、世の中にはいるが、なんでそんなことするのだろうなあ・・・。
小堀住研(株)の東京支店自由が丘展示場にいた近藤寿一にしても、もしも「ぼく、宅建主任もってます」と言いたいのならば、あまり評価は高くない大学しか出てないわけだから、旧帝大系国立大学卒とかの人間と比べれば学習能力は劣るかもしれないが、近藤はまだその時点で20代の前半だったのだから、宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士 なんて、そんなに無茶苦茶難しい資格ではないのだから、受けて通った上で「ぼく、宅建主任もってます」と言えばいいのだ。なんで、受けて通って言おうとしないで、合格してもいないのに「ぼく、宅建主任もってます」とぎゃーぎゃー言いまくるのだ? それをやりだしたら、通るものも通らなくなる。まだ、20代前半の人間なのに、その後の人生を資格詐称する人間としての人生を送ることになる。貴闘力がYouTube で高安のことを話していたが、先場所だったかその前だったか、高安はあと一歩で優勝できるというところで負けてしまってぎりぎりのところで優勝できなかったが、貴闘力は「高安、優勝できなかったかあ~あ・・・」と言い、「10日過ぎくらいで1番、八百長で星を買っておけば優勝できたんだけれどもなあ。・・・でも、いいじゃん。1つ買えば優勝できるという場面でも、それでも自分は八百長で星を買うようなことはしなかったんだ、とこれからの人生、胸はって生きていけるじゃないか」と、貴闘力はそう話していた・・・が、近藤寿一(「すしいち」と呼ばれていたが実際は「のぶかず」みたいだ)に宅建主任の資格を詐称するように勧めた課長はその逆の人生を送るように近藤に勧めたわけだ。近藤はその時点でまだ、20代前半だったのだから、旧帝大系国立大学などを卒業したような人間と比べれば学習能力は劣るかもしれないが、宅建主任なんてそんなに無茶苦茶難しい方の試験でもないのだから、努力すれば旧帝大系国立大学卒の人間なら2年で通るものを3年かかるかもしれないが、旧帝大系国立大学卒の者なら3年で通るものを4年かかるかもしれないが、本当に「ぼく、宅建主任、もってます」と言いたいなら、1年余計にかかっても2年余計にかかっても努力して合格して登録した上で「もってます」と言えばいいだろうが。持ってもいない国家資格を詐称する人生を始めてしまうと、その後、そういう人生を送ることになるぞ・・と思ったが、近藤はそちらの方の人生を進んだようだった。言ってあげてもだめな人のようだな・・と思った。・・そもそも、「経済学部しか」とは何だ、その言いぐさは。
世の中には学歴を詐称する人・資格を詐称する人というのは、実はいっぱいいるのだ。私も子供の頃は学歴や資格を詐称する人はいるとしてもそんなにいっぱいいるものではないだろうと思い込んでいたのだったが、そうではない。そうではなく、いっぱいいるのだ( 一一)
しかし、なんで詐称するのかなあ・・と思うケースが多い。1991年だったと思うが、ワシントン条約で輸出入が禁止されている絶滅危惧種の熱帯魚を密輸したという人が捕まったというニュースがテレビで流れていて、筑紫哲也が「これだけ、ものすごい技術を駆使して密輸するくらいなら、この熱帯魚を養殖する技術をその努力で開発したらどうかと思いますがねえ」と話していたのだが、私もそう思った。ちょっとの細工ではなく、本当にものすごい努力と苦労をして密輸を図っていたのであり、そこまでものすごい努力・苦労・細工をするのなら、その努力でその魚を養殖する方法を考えたらどうなんだ? ・・と思った。それと似たことをする人がけっこうおり、持ってもいない・合格してもいない資格を「もってます」と言いまくると、辻褄合わせるために・ばれないようにするために、ものすごい細工・工夫をして嘘がばれないようにする必要が出てきて、ばれないようにするための工夫・細工についてものすごい努力をする人というのが、けっこういるのだが、(ワシントン条約で輸出入禁止になっている熱帯魚を密輸するためにもんのすごい工夫・細工をする人というのは、そこまでものすごい工夫・細工をする努力ができるのならば、その努力でその熱帯魚を養殖する技術を開発したらどうなのか・・というのと同じで)嘘がばれないようにするためにそこまでものすごい努力・細工・工夫をするのなら、それだけのものすごい努力をすることができる人ならば、その努力でその程度の試験・資格ならその試験に通るための努力をして合格して登録して「もってます」と言えば良さそうなものだが、なんで、詐称してばれないようにする努力ならものすごい努力、涙ぐましい努力をできるのに、その試験に通るための努力はやらないのか? ほんと、不思議な人というのがいるのだが、近藤に「宅建主任もってます」と持ってないのに言えと指示した営業課長の男はなんとも罪なことをするものだ、と思う・・が、その程度の男なのだろう( 一一) その程度の人を営業課長にならせた小堀住研(株)にも責任があるだろう。
資格試験を受けると言って願書を出しておきながら受けない・・て、なんでそんなことするんだ? と思うが、入学試験にしろ資格試験にしろ、試験日が近づいてくると「受けても通らないのではないか」とか不安を感じだすことがあるようだが、それでも「ともかく受けに行く」べきだ。 資格試験を受けると言って願書を出しておきながら当日になると「受けても今年は通らないから」と言って受けに行かなかった人間というのは、新華ハウジング(有)の桜井(男。当時、2010年当時40代前半)だけでなく、2001年、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいた須藤雅美(女。当時、20代後半)もまた、インテリアコーディネーターの試験を受けると言って願書を出しておきながら試験当日になって「今年は受けても通らないから」と言って試験会場に行かなかったが、なんで、そんなことするんだ? と私は思う。私が小学生のころ、1960年代後半、『巨人の星』という漫画があって、花形満が4番を打つ神奈川県の紅葉高校に東京都の青雲高校が対抗試合をおこなった際、途中から登板した星飛雄馬の剛速球に紅葉高校の打者は手も足も出ず打席で立っているだけだったが、ネクストバッターズサークルにいた花形は打席の打者に「バッター、ともかくバット振れ!」と叫ぶ場面があった。「そのバットは飾り物か? ともかく、バット振れ」と。その時の花形は捕手の伴宙太は星の剛速球を捕ることはできても眼の前でバットを振られてもそれでも捕れるか疑問と考え、捕手が捕れなければ三振しても振り逃げすればいいということで「バッター、ともかくバット振れ」と言ったわけだが、そうでなくても、ともかくバット振ればボールに当たるかもしれないし、ボールに当たってフライになれば野手がエラーして落とす可能性だってないわけではなく、ゴロを打てば内野手が捕りそこなうかもしれないし、捕っても投げ損なうかもしれないし、きっちり投げても一塁手が撮り損なう可能性だってないわけではない。単につったってるだけでなく、「ともかくバット振れ」というのは正しかったのだろう。 入学試験にしても資格試験にしても、試験日が近づくと「受けても落ちるのではないだろうか」と不安になることはあるかもしれない・・・が、そこで認識すべきことは、「ともかく試験場に行って、ともかく、できる限りのことをやれ」ということだ。当たり前のことのようで、必ずしも当たり前ではない。ともかく試験場に行って、ともかく受験番号と氏名を書き、ともかく答えられるだけの回答を書き、マークシート方式ならともかくどれか塗る・・ということをきっちりとすることだ。これをきっちりとできるかどうか、できる人間はその分だけ合格に近いということで、できない人はその分だけ合格に遠いということだ。それが「通る側の要素」であり合格するためには「通る側の要素」を増やし「落ちる側の要素」を減らすべきだ・・が教えてあげてもきかない人に教えようとしても難しそうで、「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく彼らはそれらを踏みつけにし、向き直ってあなたにかみついてくるであろう」という『新約聖書』「福音書」の中のイエスの言葉があるが、その言葉のようになる可能性は小さくないと思われる。
(1) 資格を詐称などすると、通るものも通らなくなる。世の中には「ぼく、頭わるいですから」とか言って詐称することを正当化しようとする人がいるが、勝手なこと言うな、と言いたい。1984年の初めだったが、除草剤の散布作業アルバイトをした時、そこの会社の正社員のおじさんで少し前に普通自動車第1種免許を取ったというおじさんがいて、私もその1年ほど前に普通自動車第1種免許を取得していたことから「おめえも取ったのか。俺も取ったんだよ。同じ仲間だなあ」なんておじさんは言ってくれたのだったが、そのおじさんは学科試験に3回も落ちてしまい4回目でやっと通ったそうだが、この話をすると「なんで、クルマの免許の学科試験なんか落ちるんですか」と言う人がけっこういるのだけれども、学科試験が苦手な人というのはいるのだ。特に運転系の資格だと2001年にあきる野市にフォークリフトの試験に行った時も、自己採点する際に正解を聞いて「ああ~あ」とかうなってる人が後ろにいたのだが、運転は私なんかよりうまくても、あんた、そんなの日本語の問題でしょうよ・・と私などは思うものを間違える人がいたのだ。できる人にとっては「なんで、そんなの落ちるの」と思うような試験を落ちる人は落ちるのだ。その除草剤散布作業の会社にいたおじさんも学科試験というものがともかく苦手な人で自動車の免許の学科試験くらいに3回も落ちてしまったのだけれども、それでも運転できるようになりたいからおじさんは頑張ったのだ。頑張って4回目で合格したんだよ。そうやって苦手でも頑張って通る人はいるのに、まだ20代の前半で、あまり高く評価されない方の大学とはいえ4年制大学というものを卒業した男が何を詐称なんかしてやがる・・てものだ。宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は受験資格が「高卒以上」だったことから(今はそれもなくなったのではないか)最終学歴が高卒の人で「高卒でも受けられる試験だから受けて取った」という人がけっこういる資格で、又、1990年代、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所にいたK野さんなんかは、言っちゃ悪いがこの頭の悪いおっさんがよく宅建主任の試験に通ったなあ・・て感じだったが、おっさんは横浜市で勤めていたが実家に田んぼがあって百姓を継がないといけないが今は農家は兼業農家が普通でいわき市に戻った時の勤め先が必要で、ともかく宅建主任をとれば不動産屋で雇ってくれるのではないかと考えて、言っちゃ悪いがあんまり頭のよくないおっさんが40くらいの年齢で一生懸命努力して通ったのだ。言っちゃ悪いがあのおっさんが合格するのは私が合格するよりもはるかに大変だっただろうなあ・・と思った。宅建主任(現 宅地建物取引士)はそうやって努力して取得した人が何人もいる資格だ。お勉強があまり得意でない人なら旧帝大系国立大学卒くらいの人間なら2年で通るものを3年かかるとか、3年で通るものを4年かかるとかいったことがあるかもしれないが、たとえかかったっていいじゃないか。元気な20代前半の男が詐称なんかするんじゃねえ! 甘ったれるな! と言ってやりたいところだ。
(2) 願書を出したものの、試験日が近づくと不安になって「受けても通らないのじゃないか」と思ったりする、ということはあることかもしれない。しかし、それでも、ともかく受けに行く、ということが大事だ。「ともかく受けに行く」というのは簡単なことのようだが、「受けに言ってもだめじゃないか」とか思いかけた時、そこで踏ん張って「ともかく、試験会場まで行く」という気持ちになる、というのはこれは大事なことだ。「ともかく受けに行く」ということができる人間はできない人間よりその分だけ合格が近いということだ。
(3) 私なら「通りそうだ」と思っても受ける前に「今年は通る」などときかれもしないのにひとに話したりはしない。「通りそうだ」と思っても落ちることはいくらでもあることだ。逆に「通りそうだと思っても落ちることはある」と認識できている人間はその分だけ合格する要素があるということだ。私なら通りそうと思っても、きかれもしないのに「今年は通る」などとは言わない。
(4) 私なら入学試験であれ資格試験であれ試験を受けた後、通ったと思ったとしても「通りました」などとひとに話さない。だいたい、いちいちひとに正確に報告する義務も義理もない。千代の富士は「調子はどうですか」ときかれると「ぼちぼちですね」か「まあまあですね」のどちらかしか言わなかったというし、中畑は調子が悪い時こそ「絶好調です」と答えたというが、試験を受けた後で、どうだったかひとからきかれても、通ったとも落ちたともいちいち答える義務も義理もない。
2001年に(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘(ハゲ天野)から「宅建主任にしてもインテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストにしても、俺らはどんなにしても通らんのにあんたは簡単に通る。ずるい」などと言われたのだが、なんで、ずるいんだよ
俺は裏口で通ったんじゃねえぞ! 「簡単に」なんか通ってないぞ。大変な努力をしてやっと通ったんだぞ。よくもまあ「ずるい」などと言ってくれるもんだ。 だいたい、「アリとキリギリス」の話というものもあるが、子供の頃、同級生が遊んでいる時に勉強していた者と同級生が勉強している時に遊んでいた者とで学習能力に違いが出ても当たり前であろう。何が「ずるい」ものか。キリギリスの方こそ「ずるい」であろうが。特に宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験で出題されるものはその多くが法律の問題だが(株)一条工務店の中卒高卒優遇主義者は「バカでも入れる私大の建築学科」卒の者が「バカでも入れる私大の建築学科」出ただけで二級建築士の受験資格が与えられるというのを不当だと言わずに法学部および商学部・経営学部など社会科学系楽部出身の人間はそうでない人間より法律について学んできたものがあるのだから、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)など法律の問題が出る試験にはその分、通りやすくても当たり前であるはずなのだが、それを「ずるい」と言うのだが、その思考こそおかしいのではないか。むしろ、「バカでも入れる私大の建築学科」卒のやつを「カネで学歴を買いやがってからに、ずるい」と言えよ、なぜ言わないんだ・・と思う。又、私はインテリアコーディネーターについては元々は取得することを考えていなかった資格で、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫から取ってくれと言われたことから勤め先の会社の上役が取ってくれという資格は取らなきゃいかんだろうと思って、それで努力して苦労して工夫して合格して登録した資格であり、それを総務部長から「インテリアコーディネーターにしても通りやがってこの野郎!」などと言われるというのはどう考えてもおかしい!


何より、↑の(1)~(4)の認識にしても、大学受験の際におのれの骨と肉のきしみと引き換えに学んで身につけた認識である。こう言うと、そんなもの、別に最初からわかってるとか言う人も出てくるかもしれないが、理屈で最初からわかっているのと、おのれの骨と肉のきしみで学んで理解したのとは同じではない。おのれの汗と涙と引き換えで学び身につけた認識はそういった汗と涙を流していない者が簡単に見についてたまるものか・・と思うが、まあ、そういうものだ。私は普通自動車第一種免許を取得した後、何年か原付は運転しても自動車は運転しないで、9年ほど経ってから自動車に乗り出したが、その際にペーパードライバーの講習を自動車学校で受けたのだが、隣に乗ってくれた指導員の人が「教習所のクルマに何時間も乗るよりも実際に自分で運転してみてヒヤッとする経験をした方が上手くなりますよ」と言ってくれたのだけれども、「ヒヤッとする経験」ならいいのだけれどでもひとを死なせてしまったり自分が死んだりしては困るから「教習所のクルマ」に乗っていたのだけれども、しかし、その「ヒヤッとする経験」をすると上手くなるというのはたしかだと思うのだが、入学試験や資格試験にしても、痛い目にあった経験がある人間と同じだけのことをそういう経験がない者にできると思う方が「ずるい」。(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘はよく言ってくれると思う( 一一) 「バカ言ってんじゃないわ♪」と思う。「違うだろ、このハゲ~え」と思う。
※ 「バカ言ってんじゃないわ♪」⇒YouTube-3年目の浮気 ヒロシ&キーボー https://www.youtube.com/watch?v=Xx47Nv4ndKA
「違うだろ、このハゲ」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ! https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
↑ の「富士見台」バス停だが、私は新華ハウジング(有)に面接に来る時に「蘇我」駅の東口からバスに乗ってこのバス停で降りて訪問した。ひっきりなしに来るバスではないが特別本数が少ないわけでもなく、使える路線のはずだ。
ところが、だ。 2010年10月の日曜日、普通、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験は10月の第2日曜日に実施されるのだが。私は1989年に千葉県野田市の東京理科大で1回目に受けて落ち、1992年に東京都大田区の蒲田の専門学校で2回目に受けて通ったが、新華ハウジング(有)は営業は日曜は出勤で水曜休みの会社だったが、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験は学科試験のみのもので午前中のものだったように思うのだが、↑の(3)のカジロが「蘇我」駅から新華ハウジング(有)に電話してきて、蘇我駅にいるからクルマで迎えにきてくれと言うので、「蘇我駅の東口から新華ハウジングのすぐそばの『富士見台』というバス停までバスがありますから、それに乘るといいですよ」と教えてあげたのだ。
教えてあげた意味合いは2通りだ。ひとつは、実際に新華ハウジング(有)のすぐそばにバス停があり、蘇我駅から新華ハウジング(有)のすぐそばの「富士見台」というバス停までバスが走っている、ということで、これはカジロは新華ハウジング(有)で営業の職種として給料もらっていたのだから、お客さんで新華ハウジング(有)の会社まで行きたいがどう行けばいいか教えてほしいという人がいるはずなのだから、かつ、自家用車で行きたい人もいるだろうけれども電車・バスで行きたい人もいるはずだから、営業として自分が勤めている会社に行くためには、どこからどういうバスに乗ればいいか知らないというのはおかしい。 それをカジロは知らないらしかったので教えてあげたのだ。そのくらいは、本来、特に営業の職種についている人間ならわかっていないとおかしいし、知らなかったら調べるべきものだ。調べられないなら営業ではない。
もうひとつ、教えてあげたものは、それはカジロは会社の業務で外出していたのではなく個人の用事で出勤日の午前中、休んで資格試験を受けに行ったのであり、個人の用事で休ませてもらってすいませんという性質のものであり、個人の用事で休んだ者が普通に出勤してすでに業務をおこなっている者に業務を中断して個人の用事で休んだ者を駅まで迎えに来てくれなどと言うものではない、ということを教えてあげたのだ。カジロはすでに40を過ぎていた人間であり、住宅建築業の会社に勤務した経験があると自称していて者であり、こういうことを理解できないというのは社会人として会社員としておかしい。
会社の経営者は、こういったことをきっちりと教えてあげることができる従業員とそうでない従業員ではこういうことをきっちりと教えてあげることができる従業員はそれに見合って評価して当然のはずだが、三流以下企業においては、それができない経営者の会社があるが、そういうことがあってもしかたがないかと思って私は長く勤めてきた。
1980年代の後半、東京コンピュータサービス(株)という会社に勤めていた時、同社はコンピュータ関連の会社だったので、コンピュータのプラミングの試験を受けることを従業員に奨励していて、合格した場合には受験料を会社で支給する、ということにしていたが、最初に聞いた時には「合格した時には」かと思ったのだが、その会社に在籍中に合格した人が転職して他の会社に行ってもその資格は会社に残るのではなく転職した人についていくものなのだから、むしろ、受験料を会社が支給してくれるというのはありがたいものという性質であろうし、「合格した場合は」ということにしておかないと、受けても通らない人が「受けるだけ」でも支給してくれと言い出す可能性があるし、そもそも、「会社の仕事に関連する資格」を受けに行ったとしても、「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」と言えるのは合格した場合のみであり、落ちた場合は「会社の仕事と何の関係もない資格を受けに行った」のと「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」のとどこか違いがあるかというと何の違いもないはずだ。カジロにしても、落ちたからには「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」のではなく「単に会社の出勤日に昼過ぎまで私用で休んだ」だけだったのだ。試験というものについて、このあたりの認識ができていないようでは、それは「落ちる側の要素」と評価されるものでもあった。たとえ、「会社の業務と関係ある資格試験」であっても、落ちた場合は「単に使用で休んだ」のと何の変りもない、「会社の業務と何の関係もない資格試験を会社の仕事日に休んで受けに行った」のと何の変りもないことであり、それを理解できない、認識できないようでは社会人としての姿勢・認識が甘い、と言わざるをえない。
「会社の仕事日に会社を休んで阪神タイガース検定受けてきて通りましたあ」と言われても労働基準法で有給休暇は認められているのだから休んで受けに言って悪いことはないとしても「えらいねえ」とほめるものではないが、その会社での仕事と関係ある資格の試験を受けて通ったという場合は、それでも私用であるが「会社の仕事をする上での試験」「会社の仕事と関連がある試験」の場合は関係ない資格試験とは同じというわけではない、と考える会社が多い・・が、
「会社の仕事日に会社を休んで阪神タイガース検定受けてきて落ちましたあ」というのは、有休休暇は日本の労働基準法で認められているものだから受けていかんとは言わんがほめるものでもない・・のと同じことで「会社の仕事日に会社を休んで宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験を受けて落ちましたあ」と言われても、阪神タイガース検定うけて落ちましたあと何ら変わるものはない。会社の仕事と関連する資格の試験であっても、通ってこそ「仕事と関連する資格の試験を受けたんですう」という主張というのか言い訳というのかが通じるのであって、落ちた場合は関係ない資格試験を受けて落ちたのと何ら変わるところはない、それをわからない人はわからせてあげた方が好ましい・・のだが、わからせてあげようとしてもわからない人をわからせるのは・・⇒しんどい。
※ 「しんどい」⇒YouTube-リゲイン エナジードリンク『3、4時間』篇 15秒 すみれ サントリー CM https://www.youtube.com/watch?v=4SQcURsCQ_g

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※ 阪神タイガース検定 https://web.archive.org/web/20180809014051/http://torakentei.jp/
※ 宅地建物取引士 試験概要 https://www.retio.or.jp/exam/exam_detail/
最近になってふりかえってみて、小学校の先生というのは小学生とガチンコで喧嘩する人が多いなあ~あ・・・と感心する。「小学校の先生」でない仕事についている人間なら、小学生を相手にガチンコで喧嘩したらアホや・・と思っているから小学生相手にガチンコで喧嘩したりはしないのが普通だが、「小学校の先生」というのは、なぜか小学生相手にガチンコで喧嘩する人が本当に多い。
私はこれまで、もう成人した大人が小学生相手に喧嘩したりしたらアホや・・と思ってきたし、それと同様に、じいさん・女性・中卒高卒の人が相手の場合は相手が間違っている場合でも、職場などで相当譲歩してきたことが多い。
「じいさん」というのは、この人はもう歳なんだから、しかたがないなあ~あ、と思い、ああはなりたくないなあとか思いながら、自分もいつかはあんなになるのかなあ、なりたくないなあ・・とか思いながら、子供を相手にガチンコで喧嘩してもアホやというのと同じ理由で譲歩したことが多い。
相手が女性の場合に男が女を相手にガチンコで喧嘩したら誰もいいように思わないであろうし、おばさんというのは「おばさん はそんなもの」と考えるしかない場合が少なくないので、これも理屈から考えればこちらが譲歩する理由はない場合に譲歩してきたことは多い。 もっとも、ほかの2つと違って、男性と女性の場合は女性の方が気を使っている場合もあるので、男性で「ぼくは女性が苦手なんですよ」とか言う男を見ると、「あんた、そんなこと言っても世の中の人間は半分が男で半分が女なのだから、苦手などと言ってるわけにいかないでしょ」と思うとともに、「自分の方が苦労しているばかりではなく、自分が気を使ってもらっている場合だってあるのではありませんか」と思うことがある・・が、男性は女性を相手に戦えないので、それでしかたなしに譲歩していることがあり、その時、譲歩するかわりに、この相手は「損切り」という判断をしている場合があるのだが、「損切り」されていることに気づかずに得意になって、自分は相手から譲歩を勝ち取ったみたいに思う女というのがおり、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川の嫁の河野利華の友人だとして2011年4月に入社した滝口恵などもそれで、この人は困った人だなと私は思ったし、「社長の嫁の友人」だからということで無理に採用すると会社にマイナスになる人であろうし、無理に採用する必要があるとは思えない人と思えたが、そのあたりを社長は理解しないといけないはずだったが、世の中には理解しないといけないことを理解できない人もいるようだ。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の男性従業員は滝口に「におわせる」ような遠回しの表現や婉曲表現で何度か注意していたのだが、感覚が鈍いのか育ちが悪いのか頭が悪いのか、滝口は理解できないようだった。
滝口恵は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の奥の方で突然、「ぎゃあ~あ」と下品な大声をあげたので、いったい何かと思うと炊事場にゴキブリがいたということで下品な大声をあげたらしかった・・・が、こういうものは「静かにしろ」と経営者は注意するべきものだが、社長の長谷川は注意できない男だったようだ。さらに、滝口は「これだけ、男がいるんだから、ゴキブリの処理は男にやらせばいいんだ」などと叫んだのであきれた。「おまえは慶應の内部進学か?」違うだろ。おまえは久が原かどこか「高級住宅地」の「ヤクザみたいな家」に住んでる慶應内部進学か? 違うだろ。安アパートの住人だろうが。 新華ハウジング(有)に何しに来てるんだ。カネ払って来てるのか。違うだろ。何人、男がいても、おまえのためにゴキブリの処理するためにいるのと違うのだ。仕事する気がないなら帰っていいよ。明日からこなくてもいいよ・・と言うべきものだ。滝口のようなオバサンではなく、「かわいい女性」が男とより親しくなりたいと思った時に、自宅に男を招き入れたいという場合に「わたし、ゴキブリの処理ができなくてえ」とか言うことでそれを「大義名分」というのか「言い訳要素」というのかにして部屋の中に男を入れる口実にする・・ということはあるのかもしれないし、そういう誘いに乗って女の部屋に入る男もいるかもしれない・・が、滝口はそうではないだろ。オバサンだろ。オバサンで夫持ちの女だろ。なおかつ、新華ハウジング(有)には仕事に来てるのだろ。そうである以上、ゴキブリの処理は滝口の仕事であるはずで、それをやりたくないと言うなら、帰れ! 明日から来なくていいから帰れ! ・・・というものだ。そういうバカ女を採用するな、というものだ。何より、客商売の店で、その時は来客がなかったとはいえ、いつ来客があるかもしれないという場所でおばさんが下品な大声あげるんじゃない・・てことも理解できないアホ女は採用するな。
☆ [第543回]《「ゴキブリも退治できない人間が母親になるな!」 及、灰原哀は江戸川コナンの敵であると判断される理由》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201706article_1.html
☆ YouTube-神バス 不登校女子の現実 こんなお母さんいたら救われるなあ https://www.youtube.com/shorts/1wfxZPO8Fy4 0:30~
「ゴキブリ殺せないなら出ていってください!」
それで、小堀住研(株)でも(株)一条工務店でも、相手が中卒高卒の人である場合には、この人とガチンコで争うとこちらの評価が下がると思ってずいぶんと我慢してきたものだ。小堀住研(株)は「小堀住研は大卒しか採らない会社なんですう」と何十年も前から言いまくってきた会社だったはずだが、1980年代後半に入社すると、なぜか高卒の人がいたのだ。それも、受ければ旧帝大系国立大学くらいに合格しておかしくないという人が多い高校卒でなぜか大学には進学しなかったというような「高卒」の人ではなく、明らかに底辺の方の高校卒で、その人は特別に進学校卒で旧帝大系国立大学卒の人に劣らない教養があるというような人ではなく、「正真正銘底辺の高卒の人」というのがいたのだ。「大卒しか採らない会社」と言われて4年制大学卒で新卒入社した人間は「なんで、あいつ、ここにいるんだ」と言って怒っている人間が多かったが、「高卒の人」の方ではおかまいなしだった。おかまいなしというよりも、仮に「大卒と高卒を同じ扱いにする」のならば大学卒1年目と高卒5年目を同じ扱いにするというのが「大卒と高卒を同じ扱いにする」ということだと思うのだが、そして大卒で入った者が誰もがそう思っていたのだが、小堀住研(株)では高卒1年目と大卒1年目を同じ扱いにしようとしていたことから、大学卒で入った者は余計に不快感をもっていた、がそういう会社だった。「うちは一部上場ですから」と言っていたが、中に入ってみると、一部上場のわりに・・という会社だったが、そのうち格下げになって一部でなくなりさらに上場廃止になって倒産した。今、後継会社があるが、それは倒産した会社をヤマダ電機が「いぬき」で買い取った上で、やはり、「いぬき」で買い取った「リフォームのナカヤマ」とともにヤマダホームズ(株)という会社にしたというもので、小堀住研(株)は「メカケの子」と言われた2代目の社長の中島昭午と銀行がつぶした。
私は慶應大学の4年の時、ひとより年齢をいっていたことから、大学の就職部に行って、どういう所なら採用してもらえる可能性があるでしょうかと意見をきいたことがあったが、その際、こういう所なら採用される可能性があるかもしれないといった意見をいくつか教えてもらい、それとともに「採用された時には『慶應大学の卒業生として採用』になる」と言われた。実際、慶應大学商学部卒と記入した履歴書を提出して応募したからには「総合職・全国社員」として採用されるか不採用にされるかどちらかで、「一般職」「地域限定社員」としての採用というものは希望してもないと考えた。だから、(株)一条工務店でも「ビーイング」に出ていた求人広告には「転勤はありません」と書かれていたが、それでも転勤してくれと言われば私の場合は「全国社員」「総合職」として入社しているのだから「地域限定社員」「一般職」として入社した人とは異なり、転勤はできませんと言うわけにはいかないと考えて転勤に応じてきた。
会社において、誰と一緒の営業所にしてほしい、誰と一緒は嫌だといったことは基本的には言えないが、はっきりと理由がある場合には言える。はっきりと、その相手から身体的あるいは精神的に傷つけられるような行為を受ける場合、その相手と一緒の部署だと業務をおこなう上で妨げになるといった場合には、こういう理由があるからその人とは一緒にしないでもらいたいということは言える。 (株)一条呼応無添で、1990年代、福島県いわき市の営業所にいた時、佐藤K二さん(男。1990年代当時、40代)が同じ営業所にいて、いわき市の従業員から「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と言われていた。しかし、この「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」という文句を軽々と言う人というのは私にとってはむかつく人間だった。2001年、総務部長の天野雅弘が私に「アルツハイマーとは何だあ」と文句を言ったのだが、「『アルツハイマーとは何だあ』とは何だあ」と私は天野雅弘に言ってやりたい。私および、いわき地区の何人かの従業員は「佐藤のじいさん」にずいぶんと被害にあってきたのだが、いわき付近の人間というのは気持ちの優しい人が多く、少々困った人でも、この人を追い出しても、こんな人、ほかに勤める所なんか特にないだろう、追い出してはかわいそうだと思って、それで、みんなで「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と実際にアルツハイマー病であるのかないのかわからないけれども、そういうことにして、みんなでかばってあげようということにしていたのだ。そうやってみんなでかばってきてあげたのであり、その中でも一番めんどうを見てあげたのが私だったのだ。それを一番めんどうを見てあげた人間で、一番被害にあってきた人間である私に向かって何もしていない天野雅弘が「アルツハイマーとは何だあ」とは何だあ!!! ・・!!!

アルツハイマー病 (岩波新書 新赤版 561) - 黒田 洋一郎

狂牛病と人間 (岩波ブックレット NO. 557) - 山内 一也
私は福島県浜通り地区の所長だった草野次男さんに「佐藤K二さんと一緒の営業所にはしないでください」と言ったのだ。これは単に好き嫌いとかで言っていたのではない。業務に支障がでていたのだ。佐藤さんは実際にアルツハイマーであるのかないのかわからないが、たとえば、同じ営業所の営業あてにお客さんから電話がかかってきて佐藤さんがその電話を取ると、電話を切った後、忘れやすい人なのだからそういう人は特にすぐに担当営業あてにメモを書いて担当営業の机の上に貼りつけるか連絡ノートに記入するかするべきなのだが、ところがそういう人に限って電話を切ると「どうれ、しょんべんでもしてくるべえ」と言ってトイレに行くのだ・・が、佐藤さんは「にわとり」というあだ名をつけられていたように三歩歩くと前のことを忘れる人でトイレから帰ってくるとその前のことはすべて忘れているのだ。そうすると、「担当の何何が戻ってきましたら、すぐかけさせるようにします」とお客さんに話して電話を切ったからには、そのお客さんは担当営業が営業所に戻ればすぐに電話をくれるものだと思い込むが、ところがどっこい、「にわとり」の佐藤さんはトイレに行って戻ってくると前のことは忘れているから担当営業にそのお客さんから電話があったということなど伝えない。お客さんの方はずうっと待っているのに電話をもらえないから、そのうち、怒って電話してきて「戻ったら電話させますと佐藤さんという人が言ったのに、どうして電話してくれないんですか」と担当営業に言うのだが、ところが担当営業はそのお客さんから留守中に電話があったなどということは聞いていないから、だから、かけずにいるとお客さんの方はずうっと待っているのになんでかけてくれないんだと怒る。お客さんに平謝りした後、「佐藤さん、◇◇さんから電話あったのに、どうして教えてくれないんですか」と言うと、佐藤のじいさんは「そんなもの、知らね。おめえがきかないからいけねえんだ」とか言って謝りもしない。このくそじじい、その首、へし折ったろか・・・という気になるのだが、そういう時に私もそうだがいわき地区の人間というのは気持ちが優しい人が多く、そういう土地柄の所に住むと元はその地域の生まれだったわけではない人間もその土地柄に人間が感化されるところがあり、このくそじじいめえ~え・・と相当怒りながらも、この人はアルツハイマーなのだからしかたがないんだ・・と実際に佐藤の爺さんがアルツハイマーであるのか狂牛病であるのかないのかにかかわらず、そういうことにして許してあげてきたのだ。それを総務部長の天野雅弘がそうやって我慢して許してあげてきた人間に向かって「アルツハイマーとは何だあ」と文句を言うのだった。(株)一条工務店の経営者はそういう人間だったのだ。総務部長天野雅弘は「『にわとり』とは何だあ」などと言うのですが、「にわとり」と言われたくなければ、三歩あるく前のことを忘れないでほしいのです、もしくは三歩あるくと前のことを忘れるのなら三歩あるく前にメモを書くようにしてほしいのです・・が、そういう人に限ってメモしないのです。だから、その「にわとり」さんに困っていたのですよ。「『にわとり』とは何だあ」と「にわとり」さんのその対応・態度には怒らずに「にわとり」さんの被害者に向かって怒るのが(株)一条工務店の総務部長でした。そんな人が総務部長になっている会社でした。客から電話が入ってもメモをとらずにトイレに行って戻ってくると忘れている、客から苦情を言われた担当営業が「どうして伝えてくれないの」と言っても「おら、知らね」とか言って毎度とぼける、それで自分はすませてもらえる権利があると思い込んでいる、そういう人について被害にあった従業員が「このアルツハイマーめえ」「この にわとり があ」と怒るのですが、総務部長ならその状態をなんとかしようと考えるべきであって、「このアルツハイマーめえ」「この にわとり があ」と怒る被害者の方が悪いのではないはずなのですが、(株)一条工務店の総務部長は「アルツハイマーとは何だあ」「にわとり とは何だあ」と被害にあった従業員の方に怒るのです。「ちがうだろ、このハゲ~え」と言いたいところですね。
※ 「ちがうだろ、このハゲ~え」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ!https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
ただ、「アルツハイマーだからしかたがない」ということにして「いいことにしてあげる」というのは いわき地域の人間は他の地域に比べて気持ちの優しい人が多いから、ということもあるのだけれども、ずるい人もいたとも私は思っている。いわき市に4つ・原町(現 南相馬市)に1つ、営業所(展示場)があったが、佐藤のじいさん と同じ営業所にいると被害も大きく、そうであるにもかかわらずめんどう見てあげざるをえないことになったのだが、いわき市及び原町市(現 南相馬市)の従業員の中で佐藤のじいさんから被害にあっていた度合いが一番大きく、一番めんどう見てあげていたのは私だ。同じ営業所(展示場)にいない人でたとえば木南さん(仮名)(男。1990年代当時、40代)は「佐藤さんも困ったもんだけれども。まあ、気持ちは悪くないんですけれどもね」などと言うのだったが、そんなこと言うからしかたなしに「悪いのはあたま」と私は言ってあげたのだが、悪いのは「あたま」だけではなく「気持ちは悪くない」などということはない。周囲の人間が「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」ということにして許してくれるものだから、佐藤のじいさんはそれに味をしめていたのだ。「気持ちは悪くない」などということは、ない。木南さん(仮名)は いわき地区の営業所にいたとはいえ、佐藤のじいさんと同じ営業所に配属されなかったから、だから私のように佐藤のじいさんから直接に被害を受けることはなく、佐藤のじいさんのめんどう見さされることもなかったのだ。自分は直接に被害を受けていないものだから、私みたいにめんどう見さされることもなかったから、だから「佐藤さんも困ったもんだが、気持ちは悪くないんですよね」などとお気軽なことを言っていたのだった。こういうことをお気軽に言う人というのは不愉快だ。
私は所長の草野次男さんに「佐藤さんと別の営業所にしてください」とお願いしたのだ。「なんで、何度も何度も佐藤さんを私にくっつけるのですか。ほかのひとにくっつけてくださいよ。私はもう十分、めんどう見てあげましたから」と言ったのだ。どう考えても不公平だったのだ。「佐藤さんのめんどう見ていると、こちらの仕事に支障をきたすのです。それでいて、あの人は必ず、恩を仇で返しますから」と、私はそうはっきりと言ったのだ。ところが、(株)一条工務店という会社は「保護義務違反の(株)一条工務店」で、なおかつ、営業本部長の名前が天野隆夫で、営業本部長の名前と同じく天野邪鬼(あまのじゃく)の会社で、こういうことがあるから困っているのです、あの人と一緒にされたのでは業務に支障が出るのです、なおかつ、自分の業務に支障をだしてまであの人の面倒見てあげると、必ず恩を仇で返す人なのです、もう私は十分、佐藤さんのめんどう見ましたから、今度は誰かほかの人とくっつけてください・・とお願いすると、「嫌がることをさせたがるタイプ」の経営者なのか、わざわざくっつけようとしてくるのだった。(株)一条工務店はそういう会社だったのだ。
「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」ということにして「いいことにしてあげよう」というのは、いわき市及び浜通り地区の住人に気持ちの優しい人が多いから、だから、追い出したりしないで佐藤さんが実際にアルツハイマーであるのかないのか狂牛病であるのかないのかにかかわらず「アルツハイマーだからしかたがない」ということにしてみんなで助けてあげようという気持ちになるというのは、それはいいことのようにも思えるのだけれども、しかし、それならみんなで均等に負担するべきもので、私の負担が重すぎたのだ。私に「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と最初に行ったK井さん(男。1990年代当時、30代)にしても、私にはそう言って我慢してあげろよと言っても自分が佐藤さんから被害にあうと私には「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と言ったくせに「このくそじじい~いめえ~え」と本気で怒っていたのだった。私が佐藤さんの被害にあうと「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と我慢してやれと言っても自分が佐藤さんから被害にあうと「このくそじじいめえ」と怒るのだ・・が、そんなものか。木南さん(仮名)は「佐藤さんも困ったものですけれども、気持ちは悪くないんですよね」などとお気軽なこと言うのだったが木南さん(仮名)は佐藤のじいさんと同じ営業所(展示場)の配属になったことがないから、だから、そんなお気軽なことを言えるのだ。何度も同じ営業所に配属されて被害にあってきた私からすれば、よくそんな口をきけるもんだ・・と思う。「気持ちは悪くない」ことはないと思うよ。「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と誰もが言って許容してもらえるということに味しめているし、ひとに何かやってもらおうとするとぼけたふりしてやってもらって、「申し訳ない」も「すいません」も「ごめん」もないからね。「気持ちは悪くない」ではなくて、あつかましくてずるいのだと思いますよ。
私がいわき市の営業所から栃木県佐野市の営業所に移ってすぐ、佐藤のじいさん は市街化調整区域に家を建てようとして(株)一条工務店はあやうく いわき市で家を建てられなくなるところだった・・らしいが、だから、私は言ったのだ。誰に言ったかどうも記憶がはっきりしなくなってしまったが、(株)一条工務店の上役になる人に私は言ったはずだ。「この人は、誰か比較的しっかりした人と同じ営業所に配属して、常に何かやらないか見ておくようにしないと、いつか必ず何か問題おこしますよ。できれば、佐藤さんより年上で・佐藤さんより入社が先で・佐藤さんより役職が上の人がいいと思います。私はだめです。私は佐藤さんより歳が下で・佐藤さんより入社が後で・(株)一条工務店は私に役職をつけたくないらしいし、私は佐藤さんからなめられていますから私の言うことはききませんから私ではだめです。誰か比較的しっかりした人で佐藤さんより歳が上で・佐藤さんより入社が先で・佐藤さんより役職が上の人・・というと所長しかいないことになるかもしれませんが、それなら、せめてこの3つのうち2つ満たす人で比較的しっかりした人に常に見ておくようにしてもらうようにしないと危ないですよ」と私はきっちりと言ったはずです・・・が、せっかく会社のためを思って言ってもきかないのが(株)一条工務店だった( 一一) ( 一一)
私が一緒にいると、気づいた時には私が言ってもこの人はきかないと思っても、それでもともかく「佐藤さん、それでいいの?」「それで問題ないの?」と一言は言ってきたから、だから、私がいわき市にいた時にはやらなかったのが、私がいわき市からいなくなるとすぐに問題が出た・・ということは、私ではなめられているから私が言ってもだめだと思っていても、それでもいくらか役に立っていたということ・・だったのかもしれないが、そうやって会社のために身を削って貢献してきた従業員を粗末な扱いにする会社と経営者だった。
大人が小学生相手にガチンコで喧嘩してもしかたがないだけでなく、何やってんの・・とバカにされる・・のが普通だ、小学校の先生を職業としている人以外は。男性はガチンコで女性と喧嘩するわけにはいかない、現役世代の人間はじいさん 相手にガチンコで喧嘩できない・・と同じく、「慶應大学商学部卒」と書いた履歴書を出して応募して採用された者は高卒のおっさん 相手にガチンコで喧嘩すると自分の評価が下がってしまうことになるから、だから、ほどほどのところで譲歩するしかなくなる・・が、そう思って我慢もするのだが、三流以下企業では、そうすると「こいつは何でも我慢する人間だ」となめられることになる。いわき市にいた「佐藤のじいさん」にしても、めんどう見てもらって「ありがとう」と思ってくれるのならまだいいが、逆になめられていた、こいつは自分自身の仕事を犠牲にしておれのために働く人間だ・・と「佐藤のじいさん」は思い込んでしまっていた、と思われ、そして、「佐藤のじいさん」はめんどう見てあげると必ず「恩を仇で返す」という行動パターンがあった・・だから、私は「佐藤のじいさん」と別の営業所にしてください、と所長の草野次男さんに何度もお願いしたのだったが、天野邪鬼(あまのじゃく)の(株)一条工務店はこう言って、あの人と別の営業所にしてくださいと訴えると、なおさら、何が何でもその人とくっつけようという態度に出る、そういう会社だった( 一一) 変な精神構造をしていると思う。
カジロが宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験を受けて落ちた日、昼過ぎまで休みにしてその後に出勤してきたのは、今、考えてみると、もしかすると、彼は宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)試験受験は仕事と認めてもらえると思っていたのかもしれないが、それはだめです。 まず第一に、落ちたのでしょ。宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は宅地建物取引業(<不動産業)の資格だが住宅建築業も近い資格であり、取得を歓迎する会社が多い資格ではあるけれども、それは通った場合のことであって、誰も落ちてくれとは頼んでないのであり、落ちた場合は関係のない資格、たとえば阪神タイガース検定うけて落ちた・・というのと何ら変わらない。阪神タイガース検定受けて落ちましたあ・・と言って試験終了後に出勤したら、朝から出勤していたことになるか・・というと、なるわけないでしょうが。それと同じ。
通った場合は、その仕事に関係する資格の場合、勤め先の会社から合格・取得したことを歓迎されることが多く、阪神タイガース検定に合格しましたあ・・と言われても、だから、なんやねん・・となるが、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)に通りましたあ、と言えば「よかったね」くらい言ってもらえる可能性が大きい・・・けれども、それでもやっぱり、私用だ。私だって、新華ハウジング(有)で必要な資格だから受けてくれと言われて損害保険募集人試験・損害保険募集人商品専門試験(総合)を受けて通ったけれども、私用だという扱いで休みの扱いにして受けている。
ともかく、昼過ぎまで私用で休んだ者が会社に出勤するのに駅から会社までの間、駅から会社のすぐ近くのバス停まで走っているバスがあるのにクルマで迎えにきてほしいと、朝から普通に出勤してすでに業務に入っている者に言うということがまず非常識だ。
駅から会社のすぐ近くのバス停までバスが走っているということを知らなかったのなら、それも営業の仕事をする者として非常識だ。
ただ、こういう場合に、私は言ってもきかない人が相手の時に、「慶應大学商学部卒」と履歴書に書いて入社した者は高卒の人を相手に喧嘩したら、それは大人が小学生相手に喧嘩するようなもので、評価を下げることになるから、だから、一言は言っても、それでもきかない人には理不尽なことでも我慢してきいてあげてきたのだった。カジロにも、この男、非常識な男だな・・と思いながらもクルマで迎えに行ってあげたのだ・・が、それは間違っていた、と思うようになった。 こういう人に言うことをきくといくらでも調子に乗るのだ。だから、きいてはいけなかった・・が、しかし、それでも私はひとことはカジロに注意しているのだ。 普通の人間は、そこで言われたらわかるし、言われたらきくのだ。それでもきかない人に言うのは経営者の仕事だ。それをカジロに注意するべき社長が注意できずにいたことに問題がある。
「社長の嫁の友人」ということでの縁故入社の滝口恵もまた、男性は女性を相手に喧嘩できない・争えないことをいいことに、自分は男性に何でもきいてもらえる、自分は男性に「言うことをきかせる」能力がある・・と思い込んでいたが、滝口恵もまた、考え方を間違えている。 多くの男性は女性を相手に争うとおのれの値打ちを下げてしまうので、それで譲ってしまうのだが、それで滝口は自分は相手を負かしたように思うようだったが、実はそういう場合、女に譲る男性というのは「損切り」しているのだ。「損切り」とは、ここではその場では譲るが、そのかわり、その後は、この人はそういう人なのだと認識して、できる限りつきあわない、その人はできる限り相手にしないようにする、ということだ。滝口は見ていただけでも複数の男性から「損切り」されていたのだが、当人は「損切り」されたとは認識せず、自分は男性を言い負かす能力がある、自分は男性に「言うことをきかせる」能力がある、と勘違いしていた。 食べ物屋で悪い対応をされた時、その場で文句を言う人がいるが、私はたいてい、その場では何も言わずに、そのかわり、その店はその後は利用しないようにする、という対応をとることが多い。男性が女性に対して「損切り」するのはそれに似ている。「損切り」されて滝口は得したと思っているようだが、基本的には「損切り」した男はその女に得させたつもりはない。それを理解できない女というのは、営業の職種には不向きな人と考えるべきだ、と私は思うが、この認識がない人もいるようだ。
まあ、しかし、昼過ぎまで私用で休んで、その後に会社に出てきて、会社のすぐそばに駅から出ているバス停留所があるのに、それを朝から出勤して業務についている従業員にクルマで迎えに来てもらおうと考える男というのは、世の中、あんまりないと思うがなあ・・と思うが、三流以下企業に勤めると宇宙人みたいな人間と出会うことが少なからずある( 一一)
次回 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518091413.html 、もう少し、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)などについて述べる。
私は高校j卒業する頃までは、司法試験に合格した人がなる裁判官・検事・弁護士のうち、裁判官というのは人間的に品行が良く清廉な人柄の人がなるものかと思っていたのだが、又、そのように思う人がいるから検事は「権力のイヌ」みたいな印象があって、潮見敏隆『法律家』(岩波新書)など見ると、司法試験受験者・合格者の間での人気は裁判官に比べて検事は落ちるようだったが、実際に接してみると日本の裁判官というのは決してそんな清廉な人間ではなく、むしろ、人間的に問題があるから裁判官やっているのではないか、みたいな人が少なくないように思う。 北村なんとか 言う弁護士がYouTube で、ある裁判で書記官が「この被告人はまず無実ですよ。でも、この裁判官は間違いなく有罪判決だしますよ。この人は必ず有罪判決だす裁判官ですから」と言うので見ていたら、実際にその裁判官はその被告人は無実であろうと思われる裁判で有罪判決を出した、と語っていたが、そうなる理由として日本の裁判所の裁判官は無罪判決を出すと裁判官としての出世にマイナスになるらしい、ということがあるようだ。 だから、裁判官はともかく自分の所に持ってこられた事件は有罪にするらしいのだ。なんとも、困った国だ。外国のどこやらはなってないとかインターネット上に書いている人がいるが、日本はどうなのか? 決してそんなにすばらしい状態ではなさそうだ。
和歌山のカレー事件は、どうも、あのおばさんは犯人ではない可能性が高そうだね。テレビであのおばさんが報道陣に水をかける怒った姿が映っていて、この人はこんなことする人なんですよお・・みたいに思われたが、家のまわりを四六時中、記者が取り囲んで家の中まで写そうとしたりしたらしく、怒っても不思議はなさそうで、そういう時の怒った顔を見ても判断材料にはならないのではないか。

鑑定不正---カレーヒ素事件 - 河合 潤

死刑執行された冤罪・飯塚事件 - 飯塚事件弁護団

【完全版】袴田事件を裁いた男――無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落 - 尾形 誠規

足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本) (講談社文庫) - 小林篤

殺人犯はそこにいる (新潮文庫) - 清水 潔
※ YouTube-Malcolm X(マルコム=X) - Opening scene https://www.youtube.com/watch?v=6qHGVTVHVdY
(2025.9.7.)
☆ 塩田天満宮(千葉市中央区塩田町)
1.国道357号から南へ、京葉貨物線踏切を超え、塩田天満宮へ。We want justice. https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517835549.html
2.社殿、牛の像、梅鉢の紋の入った水槽、鬼瓦。「天満宮」と書かれた灯籠。本殿は拝殿の後ろの部分かその後ろの別棟か。天満宮は背後にまわるのをとがめる神社は少ない。広陵高校は反社会的勢力の監督を副校長に昇進させて「野球部の問題」を「学校の問題」に拡大したか。「進学校の運動部」型でなく「不良高校の運動部」型を主張する慶應大学体育会と教授。体育会は嗜虐性変態性欲による反社会的勢力か。序列主義による言論抑圧の慶應大学は学問する所としては環境が悪い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517900402.html
3.梅鉢の紋の入った賽銭箱。不当に人を呪って利益を得ようとするなら「人を呪わば穴二つ」となる可能性があるが""We want justice."" 「自ら虫けらとなる者は後で踏みつけられても文句は言えない」の場合はそれとは異なる。疱瘡神社。浜野川沿いの公園。塩浜橋。「弁護士は役に立たない」。警察は市民の個人情報蒐集のためなら即座に飛んでくるが110番通報すると来ない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517919536.html
4.鵜の森町の新華ハウジング(有)跡地の現在(1)最低限の対価が払われない仕事をしても「働いた」にならない、「仕事が楽しかったら給料なんかいらな~い」と従業員に叫ばせる(株)フィットは半宗教団体、自分の時間外手当はつけて私の時間外手当はサービス残業にする女、「社長の嫁の母」として従業員に命令して会社が倒産すると「私は関係ない」と言う二刀流女、駅から会社の至近のバス停まで乗れない従業員、会社の業務と関連する資格試験を受けても落ちたら関係ない試験を落ちたのと同じ、火事場泥棒弁護士〔今回〕
5.千葉市中央区鵜の森町。新華ハウジング跡地(2)人面獣心なり、向こう3年のうちに祟りをなさん。その女が仕事で使う物をほかの従業員に立て替えさせようとする男。「大丈夫な人」と「大事にしないといけない人」に人間を2分する男。銀行から出向で来た人は出向先では「資本家のバカ息子」、1人を3人で取り囲んで大声あげて恫喝するのは暴行罪、土下座の強要は強要罪、土下座しなければ懲戒解雇だと脅すのは脅迫罪、「女性社員の尻を撫でまわす権利」などというものは社長が認定してもただちに無効 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518091413.html
6.千葉市中央区鵜の森町。新華ハウジング跡地(3)自社に来場した来場客を他の工務店に紹介させて契約させる(株)アイダ設計の部長様、その工務店が倒産してカネだけ払って家できない紹介された客あわれ(泣)。自社の来場客を他社で契約させるために他社に行ってわざわざその近くのサイゼリアで、わざわざ外からよく見える窓際の席で談笑する男。先輩社員と公的機関などにこちらがお願いする立場で訪問するのに遅刻してきてゆっくり歩いてきて「すいません」も言えないバカ女症候群。近くにあっても通報しても来ない白旗交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518144244.html
7.法務局の人権相談はほとんど役に立たない・・だけならまだしも、「知ったことじゃない」と発言する法務局職員税金泥棒。終業時刻より前に帰り支度をする全法務労働組合給料泥棒。「ヤクザをかたって職場で暴力をふるいカネを要求する行為」は「特に違法なことはしていないヤクザ」よりよっぽど問題がある。職場の暴力を「梁山泊の精神」と言って肯定する(株)一条工務店。「ヤクザをかたる半ヤク」はカタギなのか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518656889.html
★ 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り
千葉県
葛飾天満宮(市川市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_1.html
2.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_2.html
3.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_3.html
市川市北方町4丁目の天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201608article_2.html
意富比神社 末社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201311article_1.html
下飯山満神明神社 摂社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201503article_4.html
白井市河原子の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_5.html
子守神社 摂社天神社(千葉市花見川区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201605article_3.html
千葉神社 摂社千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_2.html
(下)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201308article_1.html
新町天満宮(千葉市中央区)
【上】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_6.html
【下】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_7.html
大網白里市駒込の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_1.html
大網白里市大竹の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_2.html
平群天神社(南房総市 平久里中)
1.富楽里、道の駅おおつの里。平群天神社への道。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_2.html
2.伊予ヶ岳・夫婦クスノキ・天神縁起絵巻・鳥居から拝殿へ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_3.html
3.天神社社殿、木製打上花火筒、朝日山神照寺、民俗資料館跡? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_4.html
岩井市部天満神社(南房総市市部)。拝殿・幣殿・本殿https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_5.html
埼玉県
さいたま市岩槻区本宿の「天神宮」「北野天満神社」
1.本宿の天神宮まで。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_7.html
2.鳥居から拝殿、本殿。摂社、本殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_8.html
3.「幟竿」と記念碑https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_9.html

菅原道真 見果てぬ夢 - 三田 誠広
塩田天満宮に参拝した後、2010年から2011年にかけて「働いた」千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の跡地、社用が従業員に給料払わずに逃げて、土地建物を抵当権を持っていた千葉銀行が売却して、他の所が買い取った所を見てきました。 「見てきた」と言っても外の道を一周してきただけですが、まあ、これまで勤めてきたほかの会社もそうですが、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は給料と言えない給料でよくあれだけ「働いた」なあ・・と思います。従業員に払う給料は安いにもかかわらず、倫理研究所(=倫理法人会)にくれてやるカネはあるとは、なんとも変わった倫理だこと・・と思うが、そんな「リンリでマンマが食えるか」・・というと、食えないから倒産したのか・・・。
もっとも、あれを「働いた」と言えるのか、という問題もあります。「働く」というのは労働を提供して、それに対して報酬としてのカネを受け取るということを言うわけで、報酬は受け取っているがろくに労働していないやつは「働いた」と言えないのではないか。それと逆で労働は相当提供しているがそれに対応する報酬を受け取っていないという場合は「働く」ということをしたとは言えないのではないか。
たとえば、1980年代前半に住んでいた横浜市港北区箕輪町 、東急東横線「日吉」駅の南東にあった日吉台学生ハイツ は元自衛隊・防衛庁の右翼、亜細亜大卒のおっさんが運営する宿舎で、「カウンセラー」と称していた新倉(にいくら)というおっさん は夕食時間にたらふく酒を飲んでべろんべろんになった上で日吉台学生ハイツのロビーをうろつき、帰宅した入居者にからんで「◇◇く~ん。いいかねえ。日本という国は単一民族の国なんだよお。日本は単一民族の国でねえ、ソ連が北から喉から手が出るほど欲しがってる国なんだよお。だからねえ、その国を守らないといけないからねえ、だから、日教組の人間とか朝日新聞の人間とかは生かしておくわけにはいかないんだよお。労働基準法を守れなどという甘ったれたやつは死刑にしないといけないんだよお。わかるかねえ。日本はねえ、狭い国土に多くの人間がひしめき合っているからねえ、そういう国で生きていくためには労働基準法を守れなどと言う甘ったれたやつは殺さないといけないんだよお。身体が悪いと言って働けないとかいう人間は殺さないといけないんだよお。わかるかねえ」となんか恐ろしい””思想””を吹聴していたのだったが、おのれこそ、新倉(にいくら)こそ、24時間勤務で24時間休み、また24時間勤務で24時間休みという勤務で、24時間勤務の時は日吉台学生ハイツで泊まっていたのだが、日吉台学生ハイツで泊る24時間勤務の日というのは夕食時間後も勤務時間であったはずであるのに、おかまいなしに夕食時にべっろんべっろんになるまで酒を飲んで酔っ払い、その酔っ払い状態の男が日吉台学生ハイツのロビーで入居者にからんで「労働組合の人間は全員、刑務所に叩きこむ必要があるんだよお。わかるかねえ。労働基準法を守れなどというやつは刑務所に入れる必要があるんだよお」とか言っていたのです。おまえの方こそ、問題があるだろうが、と思いましたが、日吉台学生ハイツはそんな男をロビーに徘徊させていたのでした。彼は給料もらっていたようですが、働いてないと思いますよ。ああいうのを「働いている」と言っていいか、給料もらっているから「働いている」と言っていいか?・・というと極めて疑問です。
他方で、会社を宗教団体にしてしまえば従業員は給料安くても喜んで働く、給料払わなくても従業員の方がカネ払ってでも働く・・と考える「会社の経営者」がいるようで、そういう人間が取り入れようとする、そういう経営者を取り込もうとするのが倫理研究所(=倫理法人会)です( 一一) 元々、倫理研究所(=倫理法人会)の前身の「ひとのみち」は神道系新興宗教団体でしたが中小零細企業の経営者・自営業者に取り入ることで勢力を拡張した団体で、戦後、PL教団(パーフェクトリバティー)・実践倫理研究所と倫理研究所(=倫理法人会)の3つに分かれて復活したが、倫理研究所(=倫理法人会)の大きな問題点として個人を勧誘するのではなく、中小零細企業のあまり知的水準が高くない経営者に取り入り、「社長が倫理研究所の研修に行きなさいと命令してるんだあ」「社長が太陽を拝みなさいと命令してるんだあ」と従業員に言わせて従業員に倫理研究所に参加させるという活動方針を取っている、要するに、信教の自由を侵害することで存在している団体である、という点にがあります。倫理研究所(=倫理法人会)は最初から信教の自由を侵害することを活動の根幹としている団体であり、存在自体が反社会的である団体です。
( ↑ 「週刊ダイヤモンド 2009. 新宗教」ダイヤモンド社。 「20大新宗教全データ」より)
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![週刊ダイヤモンド 2009年9/12号 [雑誌] - ダイヤモンド社, 週刊ダイヤモンド編集部](https://m.media-amazon.com/images/I/61EZsR0D3BL._SL500_.jpg)
週刊ダイヤモンド 2009年9/12号 [雑誌] - ダイヤモンド社, 週刊ダイヤモンド編集部
↑ この図を見ると、戦前の「ひとのみち」は戦後、ピーエル(PL)教団と実践倫理宏正会と倫理研究所に分かれたが、ピーエル教団はパーフェクトリバティー(PL)教団と人道教団 に分かれたらしい。
戦前の「ひとのみち」は「戦中、弾圧を受けた」ということから反権力・反体制の要素があったのかと誤解している人がいるが、そうではない。もともと、「ひとのみち」は体制迎合・国家主義協力の団体だったが「教育勅語に卑俗な解釈を加えた」ということで否定されたのであって反権力でも反体制でもない、むしろ、権力・体制のイヌだった団体のはずで、「教育勅語に卑俗な解釈を加えた」という点については、今でも倫理研究所(=倫理法人会)は「理事長の丸山先生(丸山敏秋)に親孝行を教えてもらいなさい」などと言っているが(親の世話をしないといけない週休日をとりあげてその「丸山先生」とかのお話をききに行けということこそ親孝行と正反対の行為であろうが)、教育勅語では「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、親に孝に親に孝に親に孝に孝に孝に、戸締り用心火の用心、マッチ一本火事の元、とってちってたあ~あ!」という文章を見ても「親孝行せえよお、親孝行せんとバチあたるぞバチあたるぞバチあたるぞあたるぞ、まんまんまんまんまんまんま~ん」と言っているのは誰か、そういう文句を言って「親孝行を教えてやろう」と言っているのは明治天皇であって丸山敏秋ではないのであり、天皇へーか が「親孝行せえよお、親孝行せえよお、親孝行せんとバチあたるぞバチあたるぞバチあたるぞ、まんまんまんまんまんま~ん」と「教えてやろう」とおっしゃっておるのであって、それを「ひとのみち」⇒「倫理研究所」の理事長の丸山敏秋が天皇にとってかわってやろうとしているという、まさにその行為・その態度こそ不敬であり、倫理研究所(=倫理法人会)は超党派右翼議員と一緒になって「親孝行を教えてやってやってやろうと言ってあげてやているんだ」とか言いながら、実際は「教育勅語」の趣旨を踏みにじっているのです( 一一) だから、政府や軍部によって「弾圧」されていいのかという問題はあったとしても、もともと、そういう団体なのです( 一一)
なんで、そんな団体に中小零細企業の経営者は取り込まれるのか・・というと、結論として⇒アホやから・・でしょう。別の表現をすると、知的水準が高くない中小零細業者の経営者というのは「精神の独立」ができていない、「独立自尊の精神」が欠けている人が多いからでしょう。倫理研究所(=倫理法人会)の活動は戦前の「ひとのみち」と似ています。かなわんなあ~あ・・と思うのですが、そんな団体に毒された経営者の会社なんて、どうせ、たいした会社じゃないんだから・・と思って「損切り」して辞めてほかの所に移ったとしても、倫理研究所(=倫理法人会)は「追いかけてくる」のです。倫理研究所(=倫理法人会)みたいなもんにはまっているあほな経営者の会社なんか、たいした会社でもないのだからと思って勤め先を変わると、移った次の勤め先に倫理研究所(=倫理法人会)は追いかけてくるのです。そうなると、逃げてはいけない。倫理研究所(=倫理法人会)は逃げると追いかけてきますから、逃げずに戦うしかないことになります。
倫理研究所(=倫理法人会)に入っていなくても、思想的・思考的に似ている会社というのもあります。千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも2013年11月に正式に倒産〕は2011年前半から徳島県徳島市の(株)フィット と提携して「フィット」の推奨するシステムをやりだしたのでしたが、その「フィットのやり方」というのがくせものです。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川が言うには「フィットでは、朝、みんなで朝礼して『仕事が楽しかったら給料なんか要らな~い』と全員で叫ぶんだ。うちの同じように、朝、『仕事させてもらえるんなら給料なんか要らな~い』と全員で叫ぶようにしようぜえ」と言い出したのでしたが、それが「フィットのやり方」のひとつで「フィットのやり方」は他にもいくつかあるようでしたが、倫理研究所(=倫理法人会)と共通する思考だなと気づいたので、私は社長の長谷川新二に「フィットは倫理研究所で紹介されたのですか」と尋ねたのでしたが「いや、違うよ。フィットは倫理研究所と関係ないよ」ということでしたが、倫理研究所(=倫理法人会)と(株)フィットは別だったようですが別のものでも、どちらも社長の思考に「フィット」する団体だった、ということで新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)に入ってきたみたいでした。ただし、そういう団体を引っ張り込むだけに、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川は「私は社長ですから従業員みたいに働きませんよ。勘違いしないでくださいよ」などと言っていたようで、従業員を働かせて社長と嫁と社長の子供とでハワイにしょっちゅうバカンスに行っていたようで、「ああ忙しい忙しい」と言って何に忙しいのかというと急いで空港に行かないとハワイにバカンスに行く飛行機に間に合わない・・というそういう「忙しい」みたいでしたが、そういう思想・思考がいいのか・・というと、いいと思うから長谷川はそうしていたのでしょうけれども、それが直接の原因でないとしても、現実に倒産したわけですから、なおかつ、田沼たかし とか倫理研究所(=倫理法人会)推薦議員は会社つぶして従業員の給料払わずに逃げている社長あてになおさらカネもらおうと郵便送ってきていたわけですから、そんな「リンリでマンマが食えるか」というと食えないから倒産したのでしょうけれども、そんな会社に労働を提供しても、給料払わずに社長は逃げるのですから、そういう会社に労働を提供しても「働く」と言えるか疑問です。
☆ [第114回]《「給料いらない」など言う奴は論外(芹沢達也)と「給料なんかいらな~い」絶叫朝礼の徳島市F社の認識の間違い》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201207article_2.html
「働く」というのは労働を提供するとともに、報酬としてのカネを受け取るということを言うのであり、労働を提供するだけでは「働く」とは言わない。お寺に行くと住職の奥さんが拭き掃除しているのを見たことがありますし、若いお坊さんが吹き掃除していたり庭を掃いているのを見たことがあり、神社に行くと神社の職員が庭を掃いているのを見たことがあるのですが、それに対して教会の牧師さんというのは「皆さんでやってもらって」と言って自分では教会の敷地の植木が伸びていても刈らない、あくまで「皆さんでやってもらって」と言う人が多い印象があります。田園調布教会の牧師なんて、””あの””田園調布駅から徒歩5分以内の場所の戸建住宅を社宅として提供してもらって住んで、そこから徒歩圏にある教会の掃除とかは「皆さんでやってもらって」とおっしゃるのでしたが、ええ仕事やなあ・・と今になってみると思うが、俺も牧師になればよかったかなあ、勝手なことばっかり言ってそれで「牧師説教」とか言って通じるのだから、ほんまにええ仕事やなあ、危険業務はないし、屋内でできるし・・とか思ってりもするが、教会の掃除を「皆さん」がやって悪いことはないのですが、掃除したとしてもカネ払って掃除しているのであって、労働は提供してもカネは払って労働を提供しているのであって労働を提供してカネを受け取るという「働く」ということをしたことにはならないと思うのです。労働を提供するとともにカネもらってこそ「働く」と言うのですから。この考え方からいくと、最低でも人間ひとり1か月分食べていけるだけの給料を払わない会社で労働を提供しても「働いた」ことにはならない。「人間ひとり1か月分食べて行けるだけ」の額ではごく一時的ならともかく、長い目で見るならば、そんな会社に勤めていたのでは結婚してやっていけない、最近は夫婦共働きの夫婦が増えたとはいえ、夫婦とも人間ひとりぎりぎり食べていけるだけしか給料を受け取らないのでは子供を育てることもできず、高齢になった後、仕事をできなくなった時に食べていけないようでは、そんな仕事をしていても「働いている」「働いた」ことにならない。この基準からいけば新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)で労働を提供しても「働いた」ことにはならない、と考えるべきだったのではないか。そう思えば、この会社は長くいてもしかたがない会社・・というより長くいるべきではない会社と思うようになりました・・が、そう思ったところに東日本大震災と福島第一原発事故が起こり、その状況で「無職」にならない方がいいか、厳密な意味では「働いている」ことにならない勤め先でも、ともかく「無職ではない」方がいいか・・とか思ったりもしましたが、これまで勤めてきた会社では、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)だけではなく、労働を提供しているけれども、そんな安い給料では「働いた」ことにならないのではないか、という会社が多かった、よくまあ、あんな安い給料であんな過酷な労働を提供したものだ・・とあきれます。北朝鮮では金正恩一族だけが豪勢な暮らしをして人民は貧しい苦しい生活をしている・・と言う人がいますが、伝わっている話によると北朝鮮は好ましい状態ではなさそうですが、それって日本の会社も同じと違うのか、私が勤めてきたような不良企業に勤めていたならば、不良企業の経営者一族のために生きているようなものではないのか・・間違いなくそういう面はあったはずです。
借家住まいだと、結局、家主のために生きているようなものだから、たとえローンを組んででも持ち家を持つべきだ・・と言う人がいます。もっとも、逆に家主業やると、家主業というのはけっこう大変で、家主業というのは不労所得で食ってると思っている人がいますが、中にそんな人もあるのかもしれませんが、実際はそうではない場合が多く家主業というのはけっこう大変です・・が、たとえローンを組んででも持ち家を持てば何年か後にはそれが自分のものになるのに対して借家にいくら家賃を払っても自分の物にはならない、ということはあります。それを考えるなら、なんとしても持ち家に住むべきだという考え方になりますが、同様に、ひとに雇われて給料もらって生きているのでは、結局、その会社のオーナー経営者のために生きているようなものであり、あほくさい限りで、そんなことなら何とかして自分が経営者になって生きるようにすべきだという考え方が出てきます。慶應大学の商学部の経済学系の教授は「資本家が労働者を搾取して自分の腹だけを膨らませてきたというマルクスが描いた資本主義社会とは、資本主義でも異なった社会になってきている」と講義の最中に言われるのでしたが、どこがやねん? あんた、まともに世の中、見とるんか? ・・という感じがします。私がろくでもない会社にばっかり勤めてきたから、それこそ「マルクスが描いた””古典的資本主義””みたいな会社」にばかり勤めてきたから、だから、そう思うのかもしれませんが、いくら、必死になって滅私奉公しても、結局のところ、身勝手なオーナー経営者のためになるだけではないか、どんなに必死で働いても不良企業の不良オーナー経営者のために生きていることになるだけ、というそういう””古典的資本主義””の会社というのが今も存在しています。慶應大学の教授先生というのは、そういう会社で働いた経験がないのでしょうね。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がかつてあった千葉市中央区鵜の森町は、その東隣の中央区大巌寺とともに、かつては鵜が生息していた所らしく、中央区大巌寺にある浄土宗の関東十八檀林のひとつの大巌寺の境内には鵜の像があります・・が今は鵜が棲息するような場所はありません。
☆ 大巌寺⇒[第220回]《龍澤山 大厳寺(だいがんじ)(千葉市)―千葉県の寺社1 淑徳大学。「考えさせて」と言えば返事しないと》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201312article_8.html?1757307269
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)では、事務員の大竹加代子(女。2010年頃当時、40代前半)は経理関係の職歴があるわけでもなく、会計関係の大学学部を卒業しているわけでもなく、会計関係の資格を持っているわけでもなかったにもかかわらず、社長の長谷川新二の嫁の河野利華の友人だということで、私の倍以上の給料を盗っていただけでなく、私には時間外労働はサービス残業・休日出勤もサービス残業にしておきながら大竹加代子が時間外労働・休日出勤した時には時間外手当・休日出勤手当を事務担当従業員としてつけていた。大竹加代子の賃金が基本なら私は少なくともその差額分を不当に奪われたことになるし、私の賃金が基本なら大竹加代子は不当にカネを強奪していたことになる。本来、私に支払われるべきカネを大竹加代子が奪ったと考えることもできる。 大竹加代子は賃金の計算をする係として、おのれが時間外労働・休日出勤した場合は時間外賃金・休日出勤手当を計上して私がやった時はサービス残業にするとは、この女もなかなかええ根性しておるのお。
ここより北東、千葉市中央区宮崎町と中央区大森町の境目付近の宮崎町、千葉市中央消防署宮崎出張所 のすぐ後ろ(北側)あたりに社長の長谷川新二の嫁で、最後の頃、ビルダーズジャパン(株)の代表取締役になった河野利華の母親が住んでいたが、河野利華の母親は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)にやってきて、隣の月ぎめ駐車場の前に自分のクルマを駐車して月ぎめ駐車場を借りている人から新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)に苦情を招いた上で、私など従業員に直接、なんだかんだ命令なさったのだったが、ところが新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)が運営できなくなると「私は知らない。私は関係ない」などとぬけぬけと言うようになったのだ。そうではないはずだ。単に「社長の嫁の母親」ではなく、娘の河野利華はビルダーズジャパン(株)の代表取締役になっていたのであり、その母親は会社に気が向いた時に来て「社長の嫁の母親」という役職のもとに従業員に直接命令していたのであり、「知らない」だの「私は関係ない」だのというゴタクは通じないはずだが、そういう勝手な文句を言いまくっていた。焼き討ちにでもしてこましたろか・・と思う人がいたとしても、気持ちはわかる・・から、だから、消防署のすぐ近くに住んでおったのだろうか。私は焼き討ちにでもしてやりたい気持ちではあるがやらないが、やるならもっと合法的なことをやる、
「敵進めば我退く、
敵退けば我進む。
敵が略奪すれば攻撃せよ。
敵が火をつければその火を消せ」
と、これは毛沢東が『新持久戦論』に述べていたものだったと思うが、別に毛沢東を引っ張り出さなくても、こういった考え方で、辛抱強く悪いやつは懲らしめないといけない。消防署のすぐ近くにいるとどこかの誰か、私以外の誰か、「焼き討ちにしてやる」と思って者に焼き討ちにされても消防車が来るのは速いかもしれないが、「おのれ、焼き討ちにでもしてやりたい」という恨みを人から買っているのだから、もしも放火された時には消防署の近くだとその火は消えやすいかもしれないが、買った恨み・怨念はなかなか簡単には消えるものではない。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)があった中央区鵜の森町1番3 の土地は2000年に新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川が千葉市より購入し、建物は2006年に長谷川が保存登記をした後、いずれも2012年8月に債権者の千葉銀行により、差し押さえ、千葉地方裁判所により競売開始決定され市原市の三井ハウジング(株)を経て2014年に(株)秀和設備 という千葉市の会社が購入して所有者となったようです。
ヤフー地図には「アパート」と書かれていますが、2階部分は集合住宅として使用されているのかもしれませんが、前に木切れのようなものが置かれ、後ろの空き地だった所と東側の月ぎめ駐車場だった土地もこの会社が購入して使用しているのか、後ろにも廃材かと思われるものが置かれています。建築屋が使用していた建物を購入したのは、解体業者なのか何業者なのかわからないけれども、建築関係の会社なのかとも思ったが、前回、近くに来た時には2階の部分に新興宗教団体の名前の看板が出ていたので、そういう所が買ったのかと思ったが、登記事項証明書を見ると購入者は新興宗教団体ではなく工事関係の会社らしき名前なのでよくわからない。まあ、買った所がどういう所かは、こちらには関係ないことだ。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は工務店として分譲地で土地を買って建物を建てて建売として販売していたので、そういう会社はほかの物はさておき、土地についてはそこに資産があるというのがわかるわけで、私は千葉第一法律事務所の弁護士の秋元康に千葉市緑区の土気にそういう土地があるのを知っていたので、それを差し押さえたいと何度も何度も何度も言ったのだが、秋元は「そういう土地は銀行が抵当権を入れていますからだめですねえ」と言い、私が「わかりませんでしょ。調べてみないと、やってみないとわかりませんでしょ」と何度も何度も何度も言っても、そのたびに「だ~めで~すねえ~え。それは」と言って拒み、私の方では弁護士に依頼したからには弁護士を無視して動くわけにはいかないと思って、それで秋元康に何度も何度も何度も言い続けて、それで時間が経ち、そのうち、自分で裁判所に差し押さえの手続きをやりたいと自分で言いに行ったところ、銀行の抵当権といったものは入っていなかったがすでに債権者である業者何軒かによって差し押さえがおこなわれて競売にかけられてそのカネは分配されました、ということだった。それは私が裁判所に差し押さえの手続きの申請をするほんの直前のこと、タッチの差だった。秋元康に止められなければ、秋元康に弁護士として依頼していなければ、最初からすべて本人によりおこなっておれば、民法上「先取特権」というものがあり、一番有利な先取特権は税金らしく、賃金債権よりも税金が優先されるらしいが、業者への支払いよりも従業員・労働者の賃金債権の方が有利な先取特権として認められたはずであり、業者さんには悪いけれども、私の賃金債権をそこから取れたはずだった・・が、千葉第一法律事務所と弁護士の秋元康のおかげで取れるものまで取れないことになった。ろくでもない弁護士に依頼すると本人が自分でやるよりもマイナスになる。弁護士には「本人でやるのは無茶だ」とか言う弁護士がいますが、実際は 着手金泥棒・やらずぶったくり・火事場泥棒 弁護士は本人が自分でやるよりマイナスになる。

モンダイの弁護士: 弁護士って、ほんとうに人権を守る正義の人なのか (別冊宝島Real 28)

懲戒除名: 非行弁護士を撃て - 内田 雅敏
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の後ろ側(南側)の土地はかつては空き地になっていて、千葉神社がでっかい看板を立てていたが、今は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)があった土地・建物を購入した所が南側の土地も買い取ったのか、[第182回]《千葉神社・千葉天神 参拝 〔下〕千葉天神、「家作」「長屋」型末社、中央区鵜の森町の千葉神社「神札」》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html で写真を掲載した「千葉神社」と書かれたでっかい神札みたいな看板はなくなり、廃材が置かれていた。
↑ かつて2010年頃は、向かいに「さかなやさん」とポップ体で書いた看板が出た「◇◇鮮魚店」があったが、店主は私より年上だったから息子が後を継がなければ店は閉店することになるのか、2025年の今は看板の文字は消えて鮮魚店を営業しているようには見えない。
新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がかつてあった千葉市中央区鵜の森町1番3 の少し東、かつてカインズホームがあった、今は「うのもりモール」というスギ薬局などが入ったミニショッピングモールがある所より少しだけ北、末広街道沿いに「富士見台」バス停がかつてあって今もある。↓
↑ 「富士見台」バス停。 南から北を見たもの。左側が「蘇我駅東口」行きの乗り場、右側の向こうにバス停の札が見える所が蘇我駅東口から来たバスから降りる所。
この南北の道を末広街道と言うようですが、[第186回]《私が体験した取り締まりのための交通取締 [1]千葉市。 取り締まらない労基署、取り締まる警察。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201306article_3.html 【2】[2]私がスピード違反でカネとられた所。千葉市中央区南町1丁目。 末広街道。JFE体育館・とんでん蘇我店付近。・・・・は、この写真の道を北にしばらく行った所です。「末広街道」というのは、↑をもう少し北に行き、JR「蘇我」駅の東をされに北に行くと蘇我駅の北東のあたりで 千葉市中央区末広 という所を通るからのようです。
↑ 逆側、末広街道を南向きに進む側の「富士見台」バス停。 手前の札が小湊鉄道バス、その後ろの札が京成バスのもの。
小湊鉄道バスは、クリックしてもらえば写真は大きくなるので大きくして見てもらえばいいが行先が、千葉県がんセンター・千葉南高校・学園前駅経由鎌取駅・イオンタウンおゆみ野・明徳学園で、後ろの京成バスの行先は鎌取駅です。日中、本数もけっこうあります。 この写真に写っている信号がある交差点が「鵜の森」交差点で、その向こう側の左に、かつてはカインズホームがあって今は「うのもりモール」があり、交差点のすぐ東に新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)がありました。このバスにJR「蘇我」駅から「富士見台」バス停まで乘れない営業というのは、その男は営業ではないでしょう。
YouTube など見ると、最近、「撮り鉄」なる人たちが出現し、電車・列車の写真を撮ろうとするのは悪いわけではないものの、電車・列車だけを撮影するために一般乗客とか通行人に「そこ、邪魔あ」「どけえ!」とか言ったり、さらには業務をおこなってる駅員にも「そこ、写るよ。そこどいて。邪魔あ」とか叫ぶ姿が動画に出て、「撮り鉄を撮る」という新たなジャンルが出現してきたらしい・・・が、建築の写真を撮ってきた者としては、建築は人が使ってこそ建築であり、有名建築物・歴史的建築物であれ「普通の建物」であれ、普通に人がそのへんにいる方が自然であり、愛知産業大学の建築学科でも「建築のパースを描く場合、必ず、そこには人を描いてください」と教えられたものだったが、なんで「撮り鉄」という人たちは鉄道の写真に人が写るのを嫌がるのだろうなあ・・と思う。
・・それで、特に細工しなければ普通の通行人はいる方が自然だが、他方で正面から顔が写るように撮ってしまってはその人に失礼で肖像権の侵害とかなる場合もありうる。だから、至近距離ではない距離で後ろ姿が映るくらいが一番いいのではないかと思う。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)では会社の封筒を作るのに従業員何人かの顔写真を封筒の下に入れたものを作成し、入口に設置した清涼飲料水の自動販売機にも従業員の顔写真をビルダーズジャパン(株)で取締役になった自称「工事責任者」の植草が入れたが、なんだか当たり前みたいにひとの顔をそういう所に入れられるというのは、必ずしもうれしくない。 男ならいいだろうと思う人もいるかもしれないが、本人に承諾を得ることもなく、そういう所に勝手に入れるというのは失礼でもあり、承諾なく勝手に入れるというのはずいぶんと甘く軽く見られたものであり、うれしいものではない。
2010年10月、新華ハウジング(有)の従業員で、今は宅地建物取引士になったがその頃は宅地建物取引主任者だった国家資格の試験を3人が受験願書を出したが、
● 受験願書を出しながら試験当日になってあきらめて受けなかった・・S井(男。2010年当時、40代前半)
● 「今年はユーキャンで勉強したから絶対に通る」と聞かれもしないのに言いまくって受験したが、試験を受けた後、「落ちたあ」と言って落ちた・・カジロ(男、2010年当時、40代前半)
● 試験を受けた後、「通りました」と言ったわりに落ちた・・工事部:H(男。2010年当時、20代)
がいた。 宅建主任くらい、さっさと通れよお、通らないなら通らないでしかたないが、落ちるのに「今年は通る」などと誰からも聞かれもしていないのに言いまくるなよお・・と思うが、そういうことを言いまくる人は世の中にはいる。だいたい、その「ユーキャンで勉強したから」という言い回しだが、2006年に(株)エイブルにもそっくりそのまま同じ文句を口にしていた人がいたのだが、新華ハウジング(有)のカジロと一緒で「今年はユーキャンで勉強した」わりに落ちたのだったが、母数が多くないから断定はできないが、その「ユーキャン」というので勉強すると「今年は通る」という気持ちになって落ちるのだろうか。そういうシステムのものなのだろうか。落ちるのなら「今年は通る」と思っても意味ないように思うのだがなあ・・、「今年は通る」ような気持になるかどうかが大事なのではなく通るかどうかが大事であるはずで、なんかユーキャンて、あんまり意味ないような感じがするのだが・・
この3タイプのほかに、もうひとつ、通らない方のタイプがいる。1990年、東京都目黒区の自由が丘住宅公園に出展していた小堀住研(株)の東京支店自由が丘営業所(展示場)にいた近藤寿一(男。当時、20代前半)は、まだ20代前半の若い年齢でありながら宅地建物取引主任者の試験に合格することは早々とあきらめて、かわりに合格もしていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」と見込客・契約客にぎゃーぎゃー言いまくっていた。なんで、そんなことするのかというと、「前に所属した営業課の営業課長の某(名前、忘れてしまった)から『おまえは近大しか出てないし、卒業した学部も建築学科とかではなく経済学部しか出てないし、売りにするものがないから宅建主任(宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士)を持っていることにしろ』と言われたんです」と言い、それで合格もしていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」とぎゃーぎゃー言いまくっていた・・が、これは軽犯罪法第1条違反になると思うのだ。 軽犯罪法では、
第1条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
十五 官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作つた物を用いた者
( 法令リード 軽犯罪法 https://hourei.net/law/323AC0000000039 )
と規定されており、近藤は宅地建物取引業の会社で宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の資格を持っていないのに「ぼく、宅建主任もってますから」と叫ぶと宅建業法違反になるが小堀住研(株)は建築業の会社で関連会社の小堀住宅流通(株)が不動産業の会社で小堀住研(株)は宅地建物取引業の会社ではないから「ぼく、宅建主任もってます」と持ってないのに言いまくっても問題ないと思い込んでいたと思われるが、宅地建物取引業(<不動産業)の会社で詐称すると宅建業法違反になるが建築業の会社で詐称しても宅建業法違反にはならない・・としても国家資格の詐称は軽犯罪法第1条違反になるはずなのだ。小堀住研(株)の東京支店のその何と言ったかの営業課長というのは犯罪を奨励・命令していたのだが、近藤もまた、すでに20歳を過ぎた人間であまり評価が高い方ではない大学とはいえ4年制大学を卒業した「学士」なのだから、国家資格の詐称はやめるべきだ・・・と思うが、私が「国家資格の詐称はやめるべきだ」と言ってもやめない人がけっこう多いのだ( 一一)
だいたい、だ。 東洋大学なんて卒業していても中退でも除籍でも、ひとの評価はたいして変わらないのに、なんで詐称するかなあ・・と思うし、詐称がばれたならばれたで「申し訳ありませんでした」と即座に誤れば不起訴になる可能性が小さくなかったのではないかと思うのに、わざわざぐちゃぐちゃおかしなことやって話をおかしくしてしまう伊東市の変なおばさんとか、なんでそんなことするかなあ~あ・・と思うことをする人というのが、世の中にはいるが、なんでそんなことするのだろうなあ・・・。
小堀住研(株)の東京支店自由が丘展示場にいた近藤寿一にしても、もしも「ぼく、宅建主任もってます」と言いたいのならば、あまり評価は高くない大学しか出てないわけだから、旧帝大系国立大学卒とかの人間と比べれば学習能力は劣るかもしれないが、近藤はまだその時点で20代の前半だったのだから、宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士 なんて、そんなに無茶苦茶難しい資格ではないのだから、受けて通った上で「ぼく、宅建主任もってます」と言えばいいのだ。なんで、受けて通って言おうとしないで、合格してもいないのに「ぼく、宅建主任もってます」とぎゃーぎゃー言いまくるのだ? それをやりだしたら、通るものも通らなくなる。まだ、20代前半の人間なのに、その後の人生を資格詐称する人間としての人生を送ることになる。貴闘力がYouTube で高安のことを話していたが、先場所だったかその前だったか、高安はあと一歩で優勝できるというところで負けてしまってぎりぎりのところで優勝できなかったが、貴闘力は「高安、優勝できなかったかあ~あ・・・」と言い、「10日過ぎくらいで1番、八百長で星を買っておけば優勝できたんだけれどもなあ。・・・でも、いいじゃん。1つ買えば優勝できるという場面でも、それでも自分は八百長で星を買うようなことはしなかったんだ、とこれからの人生、胸はって生きていけるじゃないか」と、貴闘力はそう話していた・・・が、近藤寿一(「すしいち」と呼ばれていたが実際は「のぶかず」みたいだ)に宅建主任の資格を詐称するように勧めた課長はその逆の人生を送るように近藤に勧めたわけだ。近藤はその時点でまだ、20代前半だったのだから、旧帝大系国立大学などを卒業したような人間と比べれば学習能力は劣るかもしれないが、宅建主任なんてそんなに無茶苦茶難しい方の試験でもないのだから、努力すれば旧帝大系国立大学卒の人間なら2年で通るものを3年かかるかもしれないが、旧帝大系国立大学卒の者なら3年で通るものを4年かかるかもしれないが、本当に「ぼく、宅建主任、もってます」と言いたいなら、1年余計にかかっても2年余計にかかっても努力して合格して登録した上で「もってます」と言えばいいだろうが。持ってもいない国家資格を詐称する人生を始めてしまうと、その後、そういう人生を送ることになるぞ・・と思ったが、近藤はそちらの方の人生を進んだようだった。言ってあげてもだめな人のようだな・・と思った。・・そもそも、「経済学部しか」とは何だ、その言いぐさは。
世の中には学歴を詐称する人・資格を詐称する人というのは、実はいっぱいいるのだ。私も子供の頃は学歴や資格を詐称する人はいるとしてもそんなにいっぱいいるものではないだろうと思い込んでいたのだったが、そうではない。そうではなく、いっぱいいるのだ( 一一)
しかし、なんで詐称するのかなあ・・と思うケースが多い。1991年だったと思うが、ワシントン条約で輸出入が禁止されている絶滅危惧種の熱帯魚を密輸したという人が捕まったというニュースがテレビで流れていて、筑紫哲也が「これだけ、ものすごい技術を駆使して密輸するくらいなら、この熱帯魚を養殖する技術をその努力で開発したらどうかと思いますがねえ」と話していたのだが、私もそう思った。ちょっとの細工ではなく、本当にものすごい努力と苦労をして密輸を図っていたのであり、そこまでものすごい努力・苦労・細工をするのなら、その努力でその魚を養殖する方法を考えたらどうなんだ? ・・と思った。それと似たことをする人がけっこうおり、持ってもいない・合格してもいない資格を「もってます」と言いまくると、辻褄合わせるために・ばれないようにするために、ものすごい細工・工夫をして嘘がばれないようにする必要が出てきて、ばれないようにするための工夫・細工についてものすごい努力をする人というのが、けっこういるのだが、(ワシントン条約で輸出入禁止になっている熱帯魚を密輸するためにもんのすごい工夫・細工をする人というのは、そこまでものすごい工夫・細工をする努力ができるのならば、その努力でその熱帯魚を養殖する技術を開発したらどうなのか・・というのと同じで)嘘がばれないようにするためにそこまでものすごい努力・細工・工夫をするのなら、それだけのものすごい努力をすることができる人ならば、その努力でその程度の試験・資格ならその試験に通るための努力をして合格して登録して「もってます」と言えば良さそうなものだが、なんで、詐称してばれないようにする努力ならものすごい努力、涙ぐましい努力をできるのに、その試験に通るための努力はやらないのか? ほんと、不思議な人というのがいるのだが、近藤に「宅建主任もってます」と持ってないのに言えと指示した営業課長の男はなんとも罪なことをするものだ、と思う・・が、その程度の男なのだろう( 一一) その程度の人を営業課長にならせた小堀住研(株)にも責任があるだろう。
資格試験を受けると言って願書を出しておきながら受けない・・て、なんでそんなことするんだ? と思うが、入学試験にしろ資格試験にしろ、試験日が近づいてくると「受けても通らないのではないか」とか不安を感じだすことがあるようだが、それでも「ともかく受けに行く」べきだ。 資格試験を受けると言って願書を出しておきながら当日になると「受けても今年は通らないから」と言って受けに行かなかった人間というのは、新華ハウジング(有)の桜井(男。当時、2010年当時40代前半)だけでなく、2001年、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいた須藤雅美(女。当時、20代後半)もまた、インテリアコーディネーターの試験を受けると言って願書を出しておきながら試験当日になって「今年は受けても通らないから」と言って試験会場に行かなかったが、なんで、そんなことするんだ? と私は思う。私が小学生のころ、1960年代後半、『巨人の星』という漫画があって、花形満が4番を打つ神奈川県の紅葉高校に東京都の青雲高校が対抗試合をおこなった際、途中から登板した星飛雄馬の剛速球に紅葉高校の打者は手も足も出ず打席で立っているだけだったが、ネクストバッターズサークルにいた花形は打席の打者に「バッター、ともかくバット振れ!」と叫ぶ場面があった。「そのバットは飾り物か? ともかく、バット振れ」と。その時の花形は捕手の伴宙太は星の剛速球を捕ることはできても眼の前でバットを振られてもそれでも捕れるか疑問と考え、捕手が捕れなければ三振しても振り逃げすればいいということで「バッター、ともかくバット振れ」と言ったわけだが、そうでなくても、ともかくバット振ればボールに当たるかもしれないし、ボールに当たってフライになれば野手がエラーして落とす可能性だってないわけではなく、ゴロを打てば内野手が捕りそこなうかもしれないし、捕っても投げ損なうかもしれないし、きっちり投げても一塁手が撮り損なう可能性だってないわけではない。単につったってるだけでなく、「ともかくバット振れ」というのは正しかったのだろう。 入学試験にしても資格試験にしても、試験日が近づくと「受けても落ちるのではないだろうか」と不安になることはあるかもしれない・・・が、そこで認識すべきことは、「ともかく試験場に行って、ともかく、できる限りのことをやれ」ということだ。当たり前のことのようで、必ずしも当たり前ではない。ともかく試験場に行って、ともかく受験番号と氏名を書き、ともかく答えられるだけの回答を書き、マークシート方式ならともかくどれか塗る・・ということをきっちりとすることだ。これをきっちりとできるかどうか、できる人間はその分だけ合格に近いということで、できない人はその分だけ合格に遠いということだ。それが「通る側の要素」であり合格するためには「通る側の要素」を増やし「落ちる側の要素」を減らすべきだ・・が教えてあげてもきかない人に教えようとしても難しそうで、「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく彼らはそれらを踏みつけにし、向き直ってあなたにかみついてくるであろう」という『新約聖書』「福音書」の中のイエスの言葉があるが、その言葉のようになる可能性は小さくないと思われる。
(1) 資格を詐称などすると、通るものも通らなくなる。世の中には「ぼく、頭わるいですから」とか言って詐称することを正当化しようとする人がいるが、勝手なこと言うな、と言いたい。1984年の初めだったが、除草剤の散布作業アルバイトをした時、そこの会社の正社員のおじさんで少し前に普通自動車第1種免許を取ったというおじさんがいて、私もその1年ほど前に普通自動車第1種免許を取得していたことから「おめえも取ったのか。俺も取ったんだよ。同じ仲間だなあ」なんておじさんは言ってくれたのだったが、そのおじさんは学科試験に3回も落ちてしまい4回目でやっと通ったそうだが、この話をすると「なんで、クルマの免許の学科試験なんか落ちるんですか」と言う人がけっこういるのだけれども、学科試験が苦手な人というのはいるのだ。特に運転系の資格だと2001年にあきる野市にフォークリフトの試験に行った時も、自己採点する際に正解を聞いて「ああ~あ」とかうなってる人が後ろにいたのだが、運転は私なんかよりうまくても、あんた、そんなの日本語の問題でしょうよ・・と私などは思うものを間違える人がいたのだ。できる人にとっては「なんで、そんなの落ちるの」と思うような試験を落ちる人は落ちるのだ。その除草剤散布作業の会社にいたおじさんも学科試験というものがともかく苦手な人で自動車の免許の学科試験くらいに3回も落ちてしまったのだけれども、それでも運転できるようになりたいからおじさんは頑張ったのだ。頑張って4回目で合格したんだよ。そうやって苦手でも頑張って通る人はいるのに、まだ20代の前半で、あまり高く評価されない方の大学とはいえ4年制大学というものを卒業した男が何を詐称なんかしてやがる・・てものだ。宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は受験資格が「高卒以上」だったことから(今はそれもなくなったのではないか)最終学歴が高卒の人で「高卒でも受けられる試験だから受けて取った」という人がけっこういる資格で、又、1990年代、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所にいたK野さんなんかは、言っちゃ悪いがこの頭の悪いおっさんがよく宅建主任の試験に通ったなあ・・て感じだったが、おっさんは横浜市で勤めていたが実家に田んぼがあって百姓を継がないといけないが今は農家は兼業農家が普通でいわき市に戻った時の勤め先が必要で、ともかく宅建主任をとれば不動産屋で雇ってくれるのではないかと考えて、言っちゃ悪いがあんまり頭のよくないおっさんが40くらいの年齢で一生懸命努力して通ったのだ。言っちゃ悪いがあのおっさんが合格するのは私が合格するよりもはるかに大変だっただろうなあ・・と思った。宅建主任(現 宅地建物取引士)はそうやって努力して取得した人が何人もいる資格だ。お勉強があまり得意でない人なら旧帝大系国立大学卒くらいの人間なら2年で通るものを3年かかるとか、3年で通るものを4年かかるとかいったことがあるかもしれないが、たとえかかったっていいじゃないか。元気な20代前半の男が詐称なんかするんじゃねえ! 甘ったれるな! と言ってやりたいところだ。
(2) 願書を出したものの、試験日が近づくと不安になって「受けても通らないのじゃないか」と思ったりする、ということはあることかもしれない。しかし、それでも、ともかく受けに行く、ということが大事だ。「ともかく受けに行く」というのは簡単なことのようだが、「受けに言ってもだめじゃないか」とか思いかけた時、そこで踏ん張って「ともかく、試験会場まで行く」という気持ちになる、というのはこれは大事なことだ。「ともかく受けに行く」ということができる人間はできない人間よりその分だけ合格が近いということだ。
(3) 私なら「通りそうだ」と思っても受ける前に「今年は通る」などときかれもしないのにひとに話したりはしない。「通りそうだ」と思っても落ちることはいくらでもあることだ。逆に「通りそうだと思っても落ちることはある」と認識できている人間はその分だけ合格する要素があるということだ。私なら通りそうと思っても、きかれもしないのに「今年は通る」などとは言わない。
(4) 私なら入学試験であれ資格試験であれ試験を受けた後、通ったと思ったとしても「通りました」などとひとに話さない。だいたい、いちいちひとに正確に報告する義務も義理もない。千代の富士は「調子はどうですか」ときかれると「ぼちぼちですね」か「まあまあですね」のどちらかしか言わなかったというし、中畑は調子が悪い時こそ「絶好調です」と答えたというが、試験を受けた後で、どうだったかひとからきかれても、通ったとも落ちたともいちいち答える義務も義理もない。
2001年に(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘(ハゲ天野)から「宅建主任にしてもインテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストにしても、俺らはどんなにしても通らんのにあんたは簡単に通る。ずるい」などと言われたのだが、なんで、ずるいんだよ
何より、↑の(1)~(4)の認識にしても、大学受験の際におのれの骨と肉のきしみと引き換えに学んで身につけた認識である。こう言うと、そんなもの、別に最初からわかってるとか言う人も出てくるかもしれないが、理屈で最初からわかっているのと、おのれの骨と肉のきしみで学んで理解したのとは同じではない。おのれの汗と涙と引き換えで学び身につけた認識はそういった汗と涙を流していない者が簡単に見についてたまるものか・・と思うが、まあ、そういうものだ。私は普通自動車第一種免許を取得した後、何年か原付は運転しても自動車は運転しないで、9年ほど経ってから自動車に乗り出したが、その際にペーパードライバーの講習を自動車学校で受けたのだが、隣に乗ってくれた指導員の人が「教習所のクルマに何時間も乗るよりも実際に自分で運転してみてヒヤッとする経験をした方が上手くなりますよ」と言ってくれたのだけれども、「ヒヤッとする経験」ならいいのだけれどでもひとを死なせてしまったり自分が死んだりしては困るから「教習所のクルマ」に乗っていたのだけれども、しかし、その「ヒヤッとする経験」をすると上手くなるというのはたしかだと思うのだが、入学試験や資格試験にしても、痛い目にあった経験がある人間と同じだけのことをそういう経験がない者にできると思う方が「ずるい」。(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘はよく言ってくれると思う( 一一) 「バカ言ってんじゃないわ♪」と思う。「違うだろ、このハゲ~え」と思う。
※ 「バカ言ってんじゃないわ♪」⇒YouTube-3年目の浮気 ヒロシ&キーボー https://www.youtube.com/watch?v=Xx47Nv4ndKA
「違うだろ、このハゲ」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ! https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
↑ の「富士見台」バス停だが、私は新華ハウジング(有)に面接に来る時に「蘇我」駅の東口からバスに乗ってこのバス停で降りて訪問した。ひっきりなしに来るバスではないが特別本数が少ないわけでもなく、使える路線のはずだ。
ところが、だ。 2010年10月の日曜日、普通、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験は10月の第2日曜日に実施されるのだが。私は1989年に千葉県野田市の東京理科大で1回目に受けて落ち、1992年に東京都大田区の蒲田の専門学校で2回目に受けて通ったが、新華ハウジング(有)は営業は日曜は出勤で水曜休みの会社だったが、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験は学科試験のみのもので午前中のものだったように思うのだが、↑の(3)のカジロが「蘇我」駅から新華ハウジング(有)に電話してきて、蘇我駅にいるからクルマで迎えにきてくれと言うので、「蘇我駅の東口から新華ハウジングのすぐそばの『富士見台』というバス停までバスがありますから、それに乘るといいですよ」と教えてあげたのだ。
教えてあげた意味合いは2通りだ。ひとつは、実際に新華ハウジング(有)のすぐそばにバス停があり、蘇我駅から新華ハウジング(有)のすぐそばの「富士見台」というバス停までバスが走っている、ということで、これはカジロは新華ハウジング(有)で営業の職種として給料もらっていたのだから、お客さんで新華ハウジング(有)の会社まで行きたいがどう行けばいいか教えてほしいという人がいるはずなのだから、かつ、自家用車で行きたい人もいるだろうけれども電車・バスで行きたい人もいるはずだから、営業として自分が勤めている会社に行くためには、どこからどういうバスに乗ればいいか知らないというのはおかしい。 それをカジロは知らないらしかったので教えてあげたのだ。そのくらいは、本来、特に営業の職種についている人間ならわかっていないとおかしいし、知らなかったら調べるべきものだ。調べられないなら営業ではない。
もうひとつ、教えてあげたものは、それはカジロは会社の業務で外出していたのではなく個人の用事で出勤日の午前中、休んで資格試験を受けに行ったのであり、個人の用事で休ませてもらってすいませんという性質のものであり、個人の用事で休んだ者が普通に出勤してすでに業務をおこなっている者に業務を中断して個人の用事で休んだ者を駅まで迎えに来てくれなどと言うものではない、ということを教えてあげたのだ。カジロはすでに40を過ぎていた人間であり、住宅建築業の会社に勤務した経験があると自称していて者であり、こういうことを理解できないというのは社会人として会社員としておかしい。
会社の経営者は、こういったことをきっちりと教えてあげることができる従業員とそうでない従業員ではこういうことをきっちりと教えてあげることができる従業員はそれに見合って評価して当然のはずだが、三流以下企業においては、それができない経営者の会社があるが、そういうことがあってもしかたがないかと思って私は長く勤めてきた。
1980年代の後半、東京コンピュータサービス(株)という会社に勤めていた時、同社はコンピュータ関連の会社だったので、コンピュータのプラミングの試験を受けることを従業員に奨励していて、合格した場合には受験料を会社で支給する、ということにしていたが、最初に聞いた時には「合格した時には」かと思ったのだが、その会社に在籍中に合格した人が転職して他の会社に行ってもその資格は会社に残るのではなく転職した人についていくものなのだから、むしろ、受験料を会社が支給してくれるというのはありがたいものという性質であろうし、「合格した場合は」ということにしておかないと、受けても通らない人が「受けるだけ」でも支給してくれと言い出す可能性があるし、そもそも、「会社の仕事に関連する資格」を受けに行ったとしても、「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」と言えるのは合格した場合のみであり、落ちた場合は「会社の仕事と何の関係もない資格を受けに行った」のと「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」のとどこか違いがあるかというと何の違いもないはずだ。カジロにしても、落ちたからには「会社の仕事に関連する資格を受けに行った」のではなく「単に会社の出勤日に昼過ぎまで私用で休んだ」だけだったのだ。試験というものについて、このあたりの認識ができていないようでは、それは「落ちる側の要素」と評価されるものでもあった。たとえ、「会社の業務と関係ある資格試験」であっても、落ちた場合は「単に使用で休んだ」のと何の変りもない、「会社の業務と何の関係もない資格試験を会社の仕事日に休んで受けに行った」のと何の変りもないことであり、それを理解できない、認識できないようでは社会人としての姿勢・認識が甘い、と言わざるをえない。
「会社の仕事日に会社を休んで阪神タイガース検定受けてきて通りましたあ」と言われても労働基準法で有給休暇は認められているのだから休んで受けに言って悪いことはないとしても「えらいねえ」とほめるものではないが、その会社での仕事と関係ある資格の試験を受けて通ったという場合は、それでも私用であるが「会社の仕事をする上での試験」「会社の仕事と関連がある試験」の場合は関係ない資格試験とは同じというわけではない、と考える会社が多い・・が、
「会社の仕事日に会社を休んで阪神タイガース検定受けてきて落ちましたあ」というのは、有休休暇は日本の労働基準法で認められているものだから受けていかんとは言わんがほめるものでもない・・のと同じことで「会社の仕事日に会社を休んで宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験を受けて落ちましたあ」と言われても、阪神タイガース検定うけて落ちましたあと何ら変わるものはない。会社の仕事と関連する資格の試験であっても、通ってこそ「仕事と関連する資格の試験を受けたんですう」という主張というのか言い訳というのかが通じるのであって、落ちた場合は関係ない資格試験を受けて落ちたのと何ら変わるところはない、それをわからない人はわからせてあげた方が好ましい・・のだが、わからせてあげようとしてもわからない人をわからせるのは・・⇒しんどい。
※ 「しんどい」⇒YouTube-リゲイン エナジードリンク『3、4時間』篇 15秒 すみれ サントリー CM https://www.youtube.com/watch?v=4SQcURsCQ_g

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※ 阪神タイガース検定 https://web.archive.org/web/20180809014051/http://torakentei.jp/
※ 宅地建物取引士 試験概要 https://www.retio.or.jp/exam/exam_detail/
最近になってふりかえってみて、小学校の先生というのは小学生とガチンコで喧嘩する人が多いなあ~あ・・・と感心する。「小学校の先生」でない仕事についている人間なら、小学生を相手にガチンコで喧嘩したらアホや・・と思っているから小学生相手にガチンコで喧嘩したりはしないのが普通だが、「小学校の先生」というのは、なぜか小学生相手にガチンコで喧嘩する人が本当に多い。
私はこれまで、もう成人した大人が小学生相手に喧嘩したりしたらアホや・・と思ってきたし、それと同様に、じいさん・女性・中卒高卒の人が相手の場合は相手が間違っている場合でも、職場などで相当譲歩してきたことが多い。
「じいさん」というのは、この人はもう歳なんだから、しかたがないなあ~あ、と思い、ああはなりたくないなあとか思いながら、自分もいつかはあんなになるのかなあ、なりたくないなあ・・とか思いながら、子供を相手にガチンコで喧嘩してもアホやというのと同じ理由で譲歩したことが多い。
相手が女性の場合に男が女を相手にガチンコで喧嘩したら誰もいいように思わないであろうし、おばさんというのは「おばさん はそんなもの」と考えるしかない場合が少なくないので、これも理屈から考えればこちらが譲歩する理由はない場合に譲歩してきたことは多い。 もっとも、ほかの2つと違って、男性と女性の場合は女性の方が気を使っている場合もあるので、男性で「ぼくは女性が苦手なんですよ」とか言う男を見ると、「あんた、そんなこと言っても世の中の人間は半分が男で半分が女なのだから、苦手などと言ってるわけにいかないでしょ」と思うとともに、「自分の方が苦労しているばかりではなく、自分が気を使ってもらっている場合だってあるのではありませんか」と思うことがある・・が、男性は女性を相手に戦えないので、それでしかたなしに譲歩していることがあり、その時、譲歩するかわりに、この相手は「損切り」という判断をしている場合があるのだが、「損切り」されていることに気づかずに得意になって、自分は相手から譲歩を勝ち取ったみたいに思う女というのがおり、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川の嫁の河野利華の友人だとして2011年4月に入社した滝口恵などもそれで、この人は困った人だなと私は思ったし、「社長の嫁の友人」だからということで無理に採用すると会社にマイナスになる人であろうし、無理に採用する必要があるとは思えない人と思えたが、そのあたりを社長は理解しないといけないはずだったが、世の中には理解しないといけないことを理解できない人もいるようだ。新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の男性従業員は滝口に「におわせる」ような遠回しの表現や婉曲表現で何度か注意していたのだが、感覚が鈍いのか育ちが悪いのか頭が悪いのか、滝口は理解できないようだった。
滝口恵は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の奥の方で突然、「ぎゃあ~あ」と下品な大声をあげたので、いったい何かと思うと炊事場にゴキブリがいたということで下品な大声をあげたらしかった・・・が、こういうものは「静かにしろ」と経営者は注意するべきものだが、社長の長谷川は注意できない男だったようだ。さらに、滝口は「これだけ、男がいるんだから、ゴキブリの処理は男にやらせばいいんだ」などと叫んだのであきれた。「おまえは慶應の内部進学か?」違うだろ。おまえは久が原かどこか「高級住宅地」の「ヤクザみたいな家」に住んでる慶應内部進学か? 違うだろ。安アパートの住人だろうが。 新華ハウジング(有)に何しに来てるんだ。カネ払って来てるのか。違うだろ。何人、男がいても、おまえのためにゴキブリの処理するためにいるのと違うのだ。仕事する気がないなら帰っていいよ。明日からこなくてもいいよ・・と言うべきものだ。滝口のようなオバサンではなく、「かわいい女性」が男とより親しくなりたいと思った時に、自宅に男を招き入れたいという場合に「わたし、ゴキブリの処理ができなくてえ」とか言うことでそれを「大義名分」というのか「言い訳要素」というのかにして部屋の中に男を入れる口実にする・・ということはあるのかもしれないし、そういう誘いに乗って女の部屋に入る男もいるかもしれない・・が、滝口はそうではないだろ。オバサンだろ。オバサンで夫持ちの女だろ。なおかつ、新華ハウジング(有)には仕事に来てるのだろ。そうである以上、ゴキブリの処理は滝口の仕事であるはずで、それをやりたくないと言うなら、帰れ! 明日から来なくていいから帰れ! ・・・というものだ。そういうバカ女を採用するな、というものだ。何より、客商売の店で、その時は来客がなかったとはいえ、いつ来客があるかもしれないという場所でおばさんが下品な大声あげるんじゃない・・てことも理解できないアホ女は採用するな。
☆ [第543回]《「ゴキブリも退治できない人間が母親になるな!」 及、灰原哀は江戸川コナンの敵であると判断される理由》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201706article_1.html
☆ YouTube-神バス 不登校女子の現実 こんなお母さんいたら救われるなあ https://www.youtube.com/shorts/1wfxZPO8Fy4 0:30~
「ゴキブリ殺せないなら出ていってください!」
それで、小堀住研(株)でも(株)一条工務店でも、相手が中卒高卒の人である場合には、この人とガチンコで争うとこちらの評価が下がると思ってずいぶんと我慢してきたものだ。小堀住研(株)は「小堀住研は大卒しか採らない会社なんですう」と何十年も前から言いまくってきた会社だったはずだが、1980年代後半に入社すると、なぜか高卒の人がいたのだ。それも、受ければ旧帝大系国立大学くらいに合格しておかしくないという人が多い高校卒でなぜか大学には進学しなかったというような「高卒」の人ではなく、明らかに底辺の方の高校卒で、その人は特別に進学校卒で旧帝大系国立大学卒の人に劣らない教養があるというような人ではなく、「正真正銘底辺の高卒の人」というのがいたのだ。「大卒しか採らない会社」と言われて4年制大学卒で新卒入社した人間は「なんで、あいつ、ここにいるんだ」と言って怒っている人間が多かったが、「高卒の人」の方ではおかまいなしだった。おかまいなしというよりも、仮に「大卒と高卒を同じ扱いにする」のならば大学卒1年目と高卒5年目を同じ扱いにするというのが「大卒と高卒を同じ扱いにする」ということだと思うのだが、そして大卒で入った者が誰もがそう思っていたのだが、小堀住研(株)では高卒1年目と大卒1年目を同じ扱いにしようとしていたことから、大学卒で入った者は余計に不快感をもっていた、がそういう会社だった。「うちは一部上場ですから」と言っていたが、中に入ってみると、一部上場のわりに・・という会社だったが、そのうち格下げになって一部でなくなりさらに上場廃止になって倒産した。今、後継会社があるが、それは倒産した会社をヤマダ電機が「いぬき」で買い取った上で、やはり、「いぬき」で買い取った「リフォームのナカヤマ」とともにヤマダホームズ(株)という会社にしたというもので、小堀住研(株)は「メカケの子」と言われた2代目の社長の中島昭午と銀行がつぶした。
私は慶應大学の4年の時、ひとより年齢をいっていたことから、大学の就職部に行って、どういう所なら採用してもらえる可能性があるでしょうかと意見をきいたことがあったが、その際、こういう所なら採用される可能性があるかもしれないといった意見をいくつか教えてもらい、それとともに「採用された時には『慶應大学の卒業生として採用』になる」と言われた。実際、慶應大学商学部卒と記入した履歴書を提出して応募したからには「総合職・全国社員」として採用されるか不採用にされるかどちらかで、「一般職」「地域限定社員」としての採用というものは希望してもないと考えた。だから、(株)一条工務店でも「ビーイング」に出ていた求人広告には「転勤はありません」と書かれていたが、それでも転勤してくれと言われば私の場合は「全国社員」「総合職」として入社しているのだから「地域限定社員」「一般職」として入社した人とは異なり、転勤はできませんと言うわけにはいかないと考えて転勤に応じてきた。
会社において、誰と一緒の営業所にしてほしい、誰と一緒は嫌だといったことは基本的には言えないが、はっきりと理由がある場合には言える。はっきりと、その相手から身体的あるいは精神的に傷つけられるような行為を受ける場合、その相手と一緒の部署だと業務をおこなう上で妨げになるといった場合には、こういう理由があるからその人とは一緒にしないでもらいたいということは言える。 (株)一条呼応無添で、1990年代、福島県いわき市の営業所にいた時、佐藤K二さん(男。1990年代当時、40代)が同じ営業所にいて、いわき市の従業員から「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と言われていた。しかし、この「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」という文句を軽々と言う人というのは私にとってはむかつく人間だった。2001年、総務部長の天野雅弘が私に「アルツハイマーとは何だあ」と文句を言ったのだが、「『アルツハイマーとは何だあ』とは何だあ」と私は天野雅弘に言ってやりたい。私および、いわき地区の何人かの従業員は「佐藤のじいさん」にずいぶんと被害にあってきたのだが、いわき付近の人間というのは気持ちの優しい人が多く、少々困った人でも、この人を追い出しても、こんな人、ほかに勤める所なんか特にないだろう、追い出してはかわいそうだと思って、それで、みんなで「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と実際にアルツハイマー病であるのかないのかわからないけれども、そういうことにして、みんなでかばってあげようということにしていたのだ。そうやってみんなでかばってきてあげたのであり、その中でも一番めんどうを見てあげたのが私だったのだ。それを一番めんどうを見てあげた人間で、一番被害にあってきた人間である私に向かって何もしていない天野雅弘が「アルツハイマーとは何だあ」とは何だあ!!! ・・!!!

アルツハイマー病 (岩波新書 新赤版 561) - 黒田 洋一郎

狂牛病と人間 (岩波ブックレット NO. 557) - 山内 一也
私は福島県浜通り地区の所長だった草野次男さんに「佐藤K二さんと一緒の営業所にはしないでください」と言ったのだ。これは単に好き嫌いとかで言っていたのではない。業務に支障がでていたのだ。佐藤さんは実際にアルツハイマーであるのかないのかわからないが、たとえば、同じ営業所の営業あてにお客さんから電話がかかってきて佐藤さんがその電話を取ると、電話を切った後、忘れやすい人なのだからそういう人は特にすぐに担当営業あてにメモを書いて担当営業の机の上に貼りつけるか連絡ノートに記入するかするべきなのだが、ところがそういう人に限って電話を切ると「どうれ、しょんべんでもしてくるべえ」と言ってトイレに行くのだ・・が、佐藤さんは「にわとり」というあだ名をつけられていたように三歩歩くと前のことを忘れる人でトイレから帰ってくるとその前のことはすべて忘れているのだ。そうすると、「担当の何何が戻ってきましたら、すぐかけさせるようにします」とお客さんに話して電話を切ったからには、そのお客さんは担当営業が営業所に戻ればすぐに電話をくれるものだと思い込むが、ところがどっこい、「にわとり」の佐藤さんはトイレに行って戻ってくると前のことは忘れているから担当営業にそのお客さんから電話があったということなど伝えない。お客さんの方はずうっと待っているのに電話をもらえないから、そのうち、怒って電話してきて「戻ったら電話させますと佐藤さんという人が言ったのに、どうして電話してくれないんですか」と担当営業に言うのだが、ところが担当営業はそのお客さんから留守中に電話があったなどということは聞いていないから、だから、かけずにいるとお客さんの方はずうっと待っているのになんでかけてくれないんだと怒る。お客さんに平謝りした後、「佐藤さん、◇◇さんから電話あったのに、どうして教えてくれないんですか」と言うと、佐藤のじいさんは「そんなもの、知らね。おめえがきかないからいけねえんだ」とか言って謝りもしない。このくそじじい、その首、へし折ったろか・・・という気になるのだが、そういう時に私もそうだがいわき地区の人間というのは気持ちが優しい人が多く、そういう土地柄の所に住むと元はその地域の生まれだったわけではない人間もその土地柄に人間が感化されるところがあり、このくそじじいめえ~え・・と相当怒りながらも、この人はアルツハイマーなのだからしかたがないんだ・・と実際に佐藤の爺さんがアルツハイマーであるのか狂牛病であるのかないのかにかかわらず、そういうことにして許してあげてきたのだ。それを総務部長の天野雅弘がそうやって我慢して許してあげてきた人間に向かって「アルツハイマーとは何だあ」と文句を言うのだった。(株)一条工務店の経営者はそういう人間だったのだ。総務部長天野雅弘は「『にわとり』とは何だあ」などと言うのですが、「にわとり」と言われたくなければ、三歩あるく前のことを忘れないでほしいのです、もしくは三歩あるくと前のことを忘れるのなら三歩あるく前にメモを書くようにしてほしいのです・・が、そういう人に限ってメモしないのです。だから、その「にわとり」さんに困っていたのですよ。「『にわとり』とは何だあ」と「にわとり」さんのその対応・態度には怒らずに「にわとり」さんの被害者に向かって怒るのが(株)一条工務店の総務部長でした。そんな人が総務部長になっている会社でした。客から電話が入ってもメモをとらずにトイレに行って戻ってくると忘れている、客から苦情を言われた担当営業が「どうして伝えてくれないの」と言っても「おら、知らね」とか言って毎度とぼける、それで自分はすませてもらえる権利があると思い込んでいる、そういう人について被害にあった従業員が「このアルツハイマーめえ」「この にわとり があ」と怒るのですが、総務部長ならその状態をなんとかしようと考えるべきであって、「このアルツハイマーめえ」「この にわとり があ」と怒る被害者の方が悪いのではないはずなのですが、(株)一条工務店の総務部長は「アルツハイマーとは何だあ」「にわとり とは何だあ」と被害にあった従業員の方に怒るのです。「ちがうだろ、このハゲ~え」と言いたいところですね。
※ 「ちがうだろ、このハゲ~え」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ!https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
ただ、「アルツハイマーだからしかたがない」ということにして「いいことにしてあげる」というのは いわき地域の人間は他の地域に比べて気持ちの優しい人が多いから、ということもあるのだけれども、ずるい人もいたとも私は思っている。いわき市に4つ・原町(現 南相馬市)に1つ、営業所(展示場)があったが、佐藤のじいさん と同じ営業所にいると被害も大きく、そうであるにもかかわらずめんどう見てあげざるをえないことになったのだが、いわき市及び原町市(現 南相馬市)の従業員の中で佐藤のじいさんから被害にあっていた度合いが一番大きく、一番めんどう見てあげていたのは私だ。同じ営業所(展示場)にいない人でたとえば木南さん(仮名)(男。1990年代当時、40代)は「佐藤さんも困ったもんだけれども。まあ、気持ちは悪くないんですけれどもね」などと言うのだったが、そんなこと言うからしかたなしに「悪いのはあたま」と私は言ってあげたのだが、悪いのは「あたま」だけではなく「気持ちは悪くない」などということはない。周囲の人間が「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」ということにして許してくれるものだから、佐藤のじいさんはそれに味をしめていたのだ。「気持ちは悪くない」などということは、ない。木南さん(仮名)は いわき地区の営業所にいたとはいえ、佐藤のじいさんと同じ営業所に配属されなかったから、だから私のように佐藤のじいさんから直接に被害を受けることはなく、佐藤のじいさんのめんどう見さされることもなかったのだ。自分は直接に被害を受けていないものだから、私みたいにめんどう見さされることもなかったから、だから「佐藤さんも困ったもんだが、気持ちは悪くないんですよね」などとお気軽なことを言っていたのだった。こういうことをお気軽に言う人というのは不愉快だ。
私は所長の草野次男さんに「佐藤さんと別の営業所にしてください」とお願いしたのだ。「なんで、何度も何度も佐藤さんを私にくっつけるのですか。ほかのひとにくっつけてくださいよ。私はもう十分、めんどう見てあげましたから」と言ったのだ。どう考えても不公平だったのだ。「佐藤さんのめんどう見ていると、こちらの仕事に支障をきたすのです。それでいて、あの人は必ず、恩を仇で返しますから」と、私はそうはっきりと言ったのだ。ところが、(株)一条工務店という会社は「保護義務違反の(株)一条工務店」で、なおかつ、営業本部長の名前が天野隆夫で、営業本部長の名前と同じく天野邪鬼(あまのじゃく)の会社で、こういうことがあるから困っているのです、あの人と一緒にされたのでは業務に支障が出るのです、なおかつ、自分の業務に支障をだしてまであの人の面倒見てあげると、必ず恩を仇で返す人なのです、もう私は十分、佐藤さんのめんどう見ましたから、今度は誰かほかの人とくっつけてください・・とお願いすると、「嫌がることをさせたがるタイプ」の経営者なのか、わざわざくっつけようとしてくるのだった。(株)一条工務店はそういう会社だったのだ。
「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」ということにして「いいことにしてあげよう」というのは、いわき市及び浜通り地区の住人に気持ちの優しい人が多いから、だから、追い出したりしないで佐藤さんが実際にアルツハイマーであるのかないのか狂牛病であるのかないのかにかかわらず「アルツハイマーだからしかたがない」ということにしてみんなで助けてあげようという気持ちになるというのは、それはいいことのようにも思えるのだけれども、しかし、それならみんなで均等に負担するべきもので、私の負担が重すぎたのだ。私に「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と最初に行ったK井さん(男。1990年代当時、30代)にしても、私にはそう言って我慢してあげろよと言っても自分が佐藤さんから被害にあうと私には「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と言ったくせに「このくそじじい~いめえ~え」と本気で怒っていたのだった。私が佐藤さんの被害にあうと「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と我慢してやれと言っても自分が佐藤さんから被害にあうと「このくそじじいめえ」と怒るのだ・・が、そんなものか。木南さん(仮名)は「佐藤さんも困ったものですけれども、気持ちは悪くないんですよね」などとお気軽なこと言うのだったが木南さん(仮名)は佐藤のじいさんと同じ営業所(展示場)の配属になったことがないから、だから、そんなお気軽なことを言えるのだ。何度も同じ営業所に配属されて被害にあってきた私からすれば、よくそんな口をきけるもんだ・・と思う。「気持ちは悪くない」ことはないと思うよ。「佐藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と誰もが言って許容してもらえるということに味しめているし、ひとに何かやってもらおうとするとぼけたふりしてやってもらって、「申し訳ない」も「すいません」も「ごめん」もないからね。「気持ちは悪くない」ではなくて、あつかましくてずるいのだと思いますよ。
私がいわき市の営業所から栃木県佐野市の営業所に移ってすぐ、佐藤のじいさん は市街化調整区域に家を建てようとして(株)一条工務店はあやうく いわき市で家を建てられなくなるところだった・・らしいが、だから、私は言ったのだ。誰に言ったかどうも記憶がはっきりしなくなってしまったが、(株)一条工務店の上役になる人に私は言ったはずだ。「この人は、誰か比較的しっかりした人と同じ営業所に配属して、常に何かやらないか見ておくようにしないと、いつか必ず何か問題おこしますよ。できれば、佐藤さんより年上で・佐藤さんより入社が先で・佐藤さんより役職が上の人がいいと思います。私はだめです。私は佐藤さんより歳が下で・佐藤さんより入社が後で・(株)一条工務店は私に役職をつけたくないらしいし、私は佐藤さんからなめられていますから私の言うことはききませんから私ではだめです。誰か比較的しっかりした人で佐藤さんより歳が上で・佐藤さんより入社が先で・佐藤さんより役職が上の人・・というと所長しかいないことになるかもしれませんが、それなら、せめてこの3つのうち2つ満たす人で比較的しっかりした人に常に見ておくようにしてもらうようにしないと危ないですよ」と私はきっちりと言ったはずです・・・が、せっかく会社のためを思って言ってもきかないのが(株)一条工務店だった( 一一) ( 一一)
私が一緒にいると、気づいた時には私が言ってもこの人はきかないと思っても、それでもともかく「佐藤さん、それでいいの?」「それで問題ないの?」と一言は言ってきたから、だから、私がいわき市にいた時にはやらなかったのが、私がいわき市からいなくなるとすぐに問題が出た・・ということは、私ではなめられているから私が言ってもだめだと思っていても、それでもいくらか役に立っていたということ・・だったのかもしれないが、そうやって会社のために身を削って貢献してきた従業員を粗末な扱いにする会社と経営者だった。
大人が小学生相手にガチンコで喧嘩してもしかたがないだけでなく、何やってんの・・とバカにされる・・のが普通だ、小学校の先生を職業としている人以外は。男性はガチンコで女性と喧嘩するわけにはいかない、現役世代の人間はじいさん 相手にガチンコで喧嘩できない・・と同じく、「慶應大学商学部卒」と書いた履歴書を出して応募して採用された者は高卒のおっさん 相手にガチンコで喧嘩すると自分の評価が下がってしまうことになるから、だから、ほどほどのところで譲歩するしかなくなる・・が、そう思って我慢もするのだが、三流以下企業では、そうすると「こいつは何でも我慢する人間だ」となめられることになる。いわき市にいた「佐藤のじいさん」にしても、めんどう見てもらって「ありがとう」と思ってくれるのならまだいいが、逆になめられていた、こいつは自分自身の仕事を犠牲にしておれのために働く人間だ・・と「佐藤のじいさん」は思い込んでしまっていた、と思われ、そして、「佐藤のじいさん」はめんどう見てあげると必ず「恩を仇で返す」という行動パターンがあった・・だから、私は「佐藤のじいさん」と別の営業所にしてください、と所長の草野次男さんに何度もお願いしたのだったが、天野邪鬼(あまのじゃく)の(株)一条工務店はこう言って、あの人と別の営業所にしてくださいと訴えると、なおさら、何が何でもその人とくっつけようという態度に出る、そういう会社だった( 一一) 変な精神構造をしていると思う。
カジロが宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験を受けて落ちた日、昼過ぎまで休みにしてその後に出勤してきたのは、今、考えてみると、もしかすると、彼は宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)試験受験は仕事と認めてもらえると思っていたのかもしれないが、それはだめです。 まず第一に、落ちたのでしょ。宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は宅地建物取引業(<不動産業)の資格だが住宅建築業も近い資格であり、取得を歓迎する会社が多い資格ではあるけれども、それは通った場合のことであって、誰も落ちてくれとは頼んでないのであり、落ちた場合は関係のない資格、たとえば阪神タイガース検定うけて落ちた・・というのと何ら変わらない。阪神タイガース検定受けて落ちましたあ・・と言って試験終了後に出勤したら、朝から出勤していたことになるか・・というと、なるわけないでしょうが。それと同じ。
通った場合は、その仕事に関係する資格の場合、勤め先の会社から合格・取得したことを歓迎されることが多く、阪神タイガース検定に合格しましたあ・・と言われても、だから、なんやねん・・となるが、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)に通りましたあ、と言えば「よかったね」くらい言ってもらえる可能性が大きい・・・けれども、それでもやっぱり、私用だ。私だって、新華ハウジング(有)で必要な資格だから受けてくれと言われて損害保険募集人試験・損害保険募集人商品専門試験(総合)を受けて通ったけれども、私用だという扱いで休みの扱いにして受けている。
ともかく、昼過ぎまで私用で休んだ者が会社に出勤するのに駅から会社までの間、駅から会社のすぐ近くのバス停まで走っているバスがあるのにクルマで迎えにきてほしいと、朝から普通に出勤してすでに業務に入っている者に言うということがまず非常識だ。
駅から会社のすぐ近くのバス停までバスが走っているということを知らなかったのなら、それも営業の仕事をする者として非常識だ。
ただ、こういう場合に、私は言ってもきかない人が相手の時に、「慶應大学商学部卒」と履歴書に書いて入社した者は高卒の人を相手に喧嘩したら、それは大人が小学生相手に喧嘩するようなもので、評価を下げることになるから、だから、一言は言っても、それでもきかない人には理不尽なことでも我慢してきいてあげてきたのだった。カジロにも、この男、非常識な男だな・・と思いながらもクルマで迎えに行ってあげたのだ・・が、それは間違っていた、と思うようになった。 こういう人に言うことをきくといくらでも調子に乗るのだ。だから、きいてはいけなかった・・が、しかし、それでも私はひとことはカジロに注意しているのだ。 普通の人間は、そこで言われたらわかるし、言われたらきくのだ。それでもきかない人に言うのは経営者の仕事だ。それをカジロに注意するべき社長が注意できずにいたことに問題がある。
「社長の嫁の友人」ということでの縁故入社の滝口恵もまた、男性は女性を相手に喧嘩できない・争えないことをいいことに、自分は男性に何でもきいてもらえる、自分は男性に「言うことをきかせる」能力がある・・と思い込んでいたが、滝口恵もまた、考え方を間違えている。 多くの男性は女性を相手に争うとおのれの値打ちを下げてしまうので、それで譲ってしまうのだが、それで滝口は自分は相手を負かしたように思うようだったが、実はそういう場合、女に譲る男性というのは「損切り」しているのだ。「損切り」とは、ここではその場では譲るが、そのかわり、その後は、この人はそういう人なのだと認識して、できる限りつきあわない、その人はできる限り相手にしないようにする、ということだ。滝口は見ていただけでも複数の男性から「損切り」されていたのだが、当人は「損切り」されたとは認識せず、自分は男性を言い負かす能力がある、自分は男性に「言うことをきかせる」能力がある、と勘違いしていた。 食べ物屋で悪い対応をされた時、その場で文句を言う人がいるが、私はたいてい、その場では何も言わずに、そのかわり、その店はその後は利用しないようにする、という対応をとることが多い。男性が女性に対して「損切り」するのはそれに似ている。「損切り」されて滝口は得したと思っているようだが、基本的には「損切り」した男はその女に得させたつもりはない。それを理解できない女というのは、営業の職種には不向きな人と考えるべきだ、と私は思うが、この認識がない人もいるようだ。
まあ、しかし、昼過ぎまで私用で休んで、その後に会社に出てきて、会社のすぐそばに駅から出ているバス停留所があるのに、それを朝から出勤して業務についている従業員にクルマで迎えに来てもらおうと考える男というのは、世の中、あんまりないと思うがなあ・・と思うが、三流以下企業に勤めると宇宙人みたいな人間と出会うことが少なからずある( 一一)
次回 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518091413.html 、もう少し、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)などについて述べる。
私は高校j卒業する頃までは、司法試験に合格した人がなる裁判官・検事・弁護士のうち、裁判官というのは人間的に品行が良く清廉な人柄の人がなるものかと思っていたのだが、又、そのように思う人がいるから検事は「権力のイヌ」みたいな印象があって、潮見敏隆『法律家』(岩波新書)など見ると、司法試験受験者・合格者の間での人気は裁判官に比べて検事は落ちるようだったが、実際に接してみると日本の裁判官というのは決してそんな清廉な人間ではなく、むしろ、人間的に問題があるから裁判官やっているのではないか、みたいな人が少なくないように思う。 北村なんとか 言う弁護士がYouTube で、ある裁判で書記官が「この被告人はまず無実ですよ。でも、この裁判官は間違いなく有罪判決だしますよ。この人は必ず有罪判決だす裁判官ですから」と言うので見ていたら、実際にその裁判官はその被告人は無実であろうと思われる裁判で有罪判決を出した、と語っていたが、そうなる理由として日本の裁判所の裁判官は無罪判決を出すと裁判官としての出世にマイナスになるらしい、ということがあるようだ。 だから、裁判官はともかく自分の所に持ってこられた事件は有罪にするらしいのだ。なんとも、困った国だ。外国のどこやらはなってないとかインターネット上に書いている人がいるが、日本はどうなのか? 決してそんなにすばらしい状態ではなさそうだ。
和歌山のカレー事件は、どうも、あのおばさんは犯人ではない可能性が高そうだね。テレビであのおばさんが報道陣に水をかける怒った姿が映っていて、この人はこんなことする人なんですよお・・みたいに思われたが、家のまわりを四六時中、記者が取り囲んで家の中まで写そうとしたりしたらしく、怒っても不思議はなさそうで、そういう時の怒った顔を見ても判断材料にはならないのではないか。

鑑定不正---カレーヒ素事件 - 河合 潤

死刑執行された冤罪・飯塚事件 - 飯塚事件弁護団

【完全版】袴田事件を裁いた男――無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落 - 尾形 誠規

足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本) (講談社文庫) - 小林篤

殺人犯はそこにいる (新潮文庫) - 清水 潔
※ YouTube-Malcolm X(マルコム=X) - Opening scene https://www.youtube.com/watch?v=6qHGVTVHVdY
(2025.9.7.)
☆ 塩田天満宮(千葉市中央区塩田町)
1.国道357号から南へ、京葉貨物線踏切を超え、塩田天満宮へ。We want justice. https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517835549.html
2.社殿、牛の像、梅鉢の紋の入った水槽、鬼瓦。「天満宮」と書かれた灯籠。本殿は拝殿の後ろの部分かその後ろの別棟か。天満宮は背後にまわるのをとがめる神社は少ない。広陵高校は反社会的勢力の監督を副校長に昇進させて「野球部の問題」を「学校の問題」に拡大したか。「進学校の運動部」型でなく「不良高校の運動部」型を主張する慶應大学体育会と教授。体育会は嗜虐性変態性欲による反社会的勢力か。序列主義による言論抑圧の慶應大学は学問する所としては環境が悪い。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517900402.html
3.梅鉢の紋の入った賽銭箱。不当に人を呪って利益を得ようとするなら「人を呪わば穴二つ」となる可能性があるが""We want justice."" 「自ら虫けらとなる者は後で踏みつけられても文句は言えない」の場合はそれとは異なる。疱瘡神社。浜野川沿いの公園。塩浜橋。「弁護士は役に立たない」。警察は市民の個人情報蒐集のためなら即座に飛んでくるが110番通報すると来ない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/517919536.html
4.鵜の森町の新華ハウジング(有)跡地の現在(1)最低限の対価が払われない仕事をしても「働いた」にならない、「仕事が楽しかったら給料なんかいらな~い」と従業員に叫ばせる(株)フィットは半宗教団体、自分の時間外手当はつけて私の時間外手当はサービス残業にする女、「社長の嫁の母」として従業員に命令して会社が倒産すると「私は関係ない」と言う二刀流女、駅から会社の至近のバス停まで乗れない従業員、会社の業務と関連する資格試験を受けても落ちたら関係ない試験を落ちたのと同じ、火事場泥棒弁護士〔今回〕
5.千葉市中央区鵜の森町。新華ハウジング跡地(2)人面獣心なり、向こう3年のうちに祟りをなさん。その女が仕事で使う物をほかの従業員に立て替えさせようとする男。「大丈夫な人」と「大事にしないといけない人」に人間を2分する男。銀行から出向で来た人は出向先では「資本家のバカ息子」、1人を3人で取り囲んで大声あげて恫喝するのは暴行罪、土下座の強要は強要罪、土下座しなければ懲戒解雇だと脅すのは脅迫罪、「女性社員の尻を撫でまわす権利」などというものは社長が認定してもただちに無効 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518091413.html
6.千葉市中央区鵜の森町。新華ハウジング跡地(3)自社に来場した来場客を他の工務店に紹介させて契約させる(株)アイダ設計の部長様、その工務店が倒産してカネだけ払って家できない紹介された客あわれ(泣)。自社の来場客を他社で契約させるために他社に行ってわざわざその近くのサイゼリアで、わざわざ外からよく見える窓際の席で談笑する男。先輩社員と公的機関などにこちらがお願いする立場で訪問するのに遅刻してきてゆっくり歩いてきて「すいません」も言えないバカ女症候群。近くにあっても通報しても来ない白旗交番 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518144244.html
7.法務局の人権相談はほとんど役に立たない・・だけならまだしも、「知ったことじゃない」と発言する法務局職員税金泥棒。終業時刻より前に帰り支度をする全法務労働組合給料泥棒。「ヤクザをかたって職場で暴力をふるいカネを要求する行為」は「特に違法なことはしていないヤクザ」よりよっぽど問題がある。職場の暴力を「梁山泊の精神」と言って肯定する(株)一条工務店。「ヤクザをかたる半ヤク」はカタギなのか?https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518656889.html
★ 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り
千葉県
葛飾天満宮(市川市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201301article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_1.html
2.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_2.html
3.https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201511article_3.html
市川市北方町4丁目の天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201608article_2.html
意富比神社 末社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201302article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201311article_1.html
下飯山満神明神社 摂社天神社(船橋市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201503article_4.html
白井市河原子の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_5.html
子守神社 摂社天神社(千葉市花見川区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201605article_3.html
千葉神社 摂社千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_2.html
(下)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201305article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201308article_1.html
新町天満宮(千葉市中央区)
【上】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_6.html
【下】 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_7.html
大網白里市駒込の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_1.html
大網白里市大竹の天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202012article_2.html
平群天神社(南房総市 平久里中)
1.富楽里、道の駅おおつの里。平群天神社への道。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_2.html
2.伊予ヶ岳・夫婦クスノキ・天神縁起絵巻・鳥居から拝殿へ。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_3.html
3.天神社社殿、木製打上花火筒、朝日山神照寺、民俗資料館跡? https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_4.html
岩井市部天満神社(南房総市市部)。拝殿・幣殿・本殿https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202101article_5.html
埼玉県
さいたま市岩槻区本宿の「天神宮」「北野天満神社」
1.本宿の天神宮まで。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_7.html
2.鳥居から拝殿、本殿。摂社、本殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_8.html
3.「幟竿」と記念碑https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_9.html

菅原道真 見果てぬ夢 - 三田 誠広
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