住宅建築業の会社 小堀住研(株)のある日の「朝礼」。「銀行から出向で来た人」は出向先の非銀行の従業員に対して天下無敵。至近距離から長時間怒声を浴びせるのは暴行罪・土下座の強要は強要罪・社長による社内痴漢の積極的肯定は保護義務違反。「銀行から出向で来た人」=実質、資本家のバカ息子は反社会的勢力。他社に強制的に銀行口座を作らせて富士銀行口座に給与振込させる富士銀行は違法! 労働時間制限を超えての早出残業は違法。締め日を尊重する銀行マンと締め日直前に集合させる暇老人の銀行出向男。銀行とメカケの子は会社をつぶす

[第1066回]会社と営業の話。
  木質系住宅建築業 の 小堀住研(株)は一時期はいい家を造っていたはずだったが、1989年に初代社長でその時点では相談役になっていた小堀林衛が他界すると、「メカケの子」説と「メカケの娘の婿」説があった2代目社長の中島昭午が、黙っていても客の方で小堀遠州と関係あるのか・・と思ってくれる名前で特に現代和風を得意とする会社にとっては評価を高める役に立つ名前である「小堀」を会社名から取除き、エスバイエル(株)というツーバイフォー工法の会社でもないのにツーバイフォー工法の会社なのか・・と思わせるような名前に変えてしまい「出たがり」の中島は財界誌などに出まくって「最低価格帯のカテゴリーキラーを目指す」などとわけわからんことを言いまくって社長が意図的に会社と自社の商品の評価を下げて、あっという間に会社をつぶした。さらに、会社のカネで「中島昭午が歌う演歌集」( 一一)などというCD まで作成したようなので、あきれた。私は今までこの人のことを「特別に賢い」とかいうようには思っていなかったけれども、しかし、こ~こまでアホとは思わんかった( 一一) 「メカケの子」なのか「メカケの娘の婿」なのかは、バッカじゃなかろかルンバ♪ てことをする男だった( 一一)
※ 「中島昭午が歌う演歌集」⇒[第787回]《「社長が歌う演歌集」を会社のカネで出す会社・「バカでも入れる私大の建築学科」卒を清原化させたい症候群の経営者の会社・子供の頃から音楽の勉強させて「歌え、チャンコロ、黒田節!」は残酷と私は思うが・・・》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202005article_3.html 
[第540回]《小堀住研(エスバイエル)社長中島昭午が作ったお笑いCD-「バッカじゃなかろかルンバ」+「私バカよね」》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201704article_6.html
※ ニコニコ動画-バッカじゃなかろかルンバ! https://www.nicovideo.jp/watch/sm3536885 
  会社をつぶしたアホの2代目「中島昭午が歌う演歌集」には「私バカよね」は当然入っているかと思ったが、なぜか入ったいないみたいだ。私などが毎日、終バス・終電までへとへとになるまで働いていたのに、社長がこんなCD作ってからにお気軽なもんだな( 一一)
※ 中島昭午のための演歌・中島昭午が歌うべき演歌「わたし、バカよね♪」⇒YouTube-細川たかし『心のこり』https://www.youtube.com/watch?v=rgNquGVGHhU
   いったん、倒産した会社をヤマダ電機が「いぬき」で買い取り、やはり、一時期は調子が良いように見えたがつぶれた「リフォームのナカヤマ」もヤマダ電機に買い取られて、新築部門の小堀住研(株)とリフォーム部門の「リフォームのナカヤマ」を買い取ったヤマダ電機は親子バトルやった大塚家具も買い取って、元からの電気器具店に新築部門・リフォーム部門と家具の部門と合わせて総合住宅産業の道を進もうということらしい。
  ヤマダ電機は小堀住研(株)の「メカケの子」なのか「メカケの娘の婿」なのかの中島昭午よりは賢いみたいで、「エスバイエル」という名前は安物くさいマイナスのイメージしかないと判断し、ヤマダエスバイエルホームという名前を一時的に名乗ったものの、すぐに「エスバイエル」を会社名から取除いて「リフォームのナカヤマ」を買い取ったリフォーム部門と合わせて(株)ヤマダホームズと名称変更し、住宅展示場に行くと「小堀の・・」とかつて中島がドブに捨てた初代の名前を復活させて「売り」にしており、少なくともアホの中島よりはヤマダ電機は賢い♪ と思える。 もっとも、「小堀の住まい」として一時期、関西を中心として高級住宅として認知された時期にそれを認知した世代は今では住宅を建てる顧客層よりずっと高齢の世代で、今、住宅を建てようという世代が知っているかかなり疑問ではあるが、逆に知らない世代には「伝説の・・・」として売り込むという方法もありうるかもしれない。 最近、ヤマダ電機の店に行くと貼られている現代和風の住宅の写真は、かつての兵庫県西宮市の夙川の住宅展示場の建物のはずだで、千葉県松戸市和名ヶ谷にあったハウジングプラザ松戸内の松戸展示場はその姉妹版みたいな建物だったが、「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だかにとってはその価値もわからなかったのだろう。ましてやそこの従業員がその建物をどれだけ愛していたかなんかわからなかったのだろう。そんなバカ殿が社長になるからつぶれたんだよ( 一一)
小堀遠州 綺麗さびの極み (とんぼの本) - 小堀 宗実, 熊倉 功夫, 磯崎 新
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日本美の再発見 増補改訳版 (岩波新書) - ブルーノ・タウト, 篠田 英雄
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   今回は、その小堀住研(株)での1990年2月末でのかつては千葉駅前のビルにあった千葉支店での話。

  ちなみに、最近、伊東市の市長のおばさんが東洋大学卒であるのか中退か除籍かとか言って、実際は卒業していないらしいのに卒業したと言ったということでぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃやって、とうとう市会議員選挙までやることになったようだが、学歴詐称している人というのは実は日本にはいっぱいいるのだが、日常の会話の中で出てもいない大学を出たと言うおっさんというのはいっぱいいるとしても、それを市長の選挙とかの際に言ってしまうと公職選挙法違反とかいうことになって問題が大きくなるようだ・・が、普段の会話の中での場合だと、個人の学歴がどうなのか、ねちゃねちゃねちゃねちゃ、本人が言いたくないことを詮索された時に、つい、実際と少々違うようなことを言ったとしても、そう責められるものでもないようにも思うが、たとえ、日常の会話の中でのことでも、「よう言うわ」とあきれるような人というのもおり、なんか話がおかしい・・と思うケースもある。 我が家が1969年(昭和44年)、前回の大阪万博の前年に大阪府で小堀住研(株)で在来木造で戸建住宅を建てた時、小堀住研(株)の営業担当者は「小堀住研はミサワなんかと違って大卒しか採らない会社なんですう」と言いまくっていたのだった・・が、そう言いまくるものだからそうなのだろうと思い込んでいたら、ところが1989年に私自身が小堀住研(株)に入社してみると、なじかは知らねど従業員には高卒の人がいて、「しかも、本来いるはずのない高卒の人間がえらそうにしている」と大学新卒で入った人間は多くの人間が怒っていた。社長の中島昭午が高卒なのは『役員四季報』(東洋経済新報社)にも掲載さえていたことで、たいていの人間は知っていたが、それ以外は「大卒しか採らない会社」なのだろう・・と思ったら・・なんでやねん? という会社だった。「大卒しか採らない会社」なのに、なんでこんなに「高卒の人」がいっぱいいるの? という会社だった。
※ 「なじかは知らねど」⇒YouTube-ローレライ https://www.youtube.com/watch?v=AnuNOX6f7qs
  又、「小堀住研は大卒しか採らない会社なんですう」と言いまくるものだから、それを聞いて、うちの親なんか信じやすいものだから本気にしていたし、小学生だった私もそうなのだろうと思ったが、私が高校卒業した頃、隣家が境界付近に堀込車庫を作ると言い出し、そういうことをされると我が家の家が傾いてしまうがな・・ということで施工した小堀住研(株)の工事部の人間に見に来てもらったことがあったが、その人がけっこうしっかりしていると思ったらしいうちの母が「あなたはどこの大学を出てられるの?」と尋ねたところ、神戸大学だと答えたらしく、「さすが、神戸大でてるだけにしっかりしてる」と思ったらしいのだが・・・、しかし、「高校はどこなの?」ときくと報徳学園だと答えたようで、報徳学園なんか卒業して神戸大なんか行けるのかあ~あ? ええ~え? と母は思ったらしく、どうもうちの母はそういうのを正直に受け取るみたいで正面から「報徳学園から神戸大なんて行けたのお~お?」とこれも正面から尋ねたそうだが、「一生懸命勉強したんです」という返事だった・・らしいが、結論として違うのではないかと思う。たぶん・・・、だが「神戸の大学」だろう。「一生懸命勉強した」のだろうけれども、行った大学は「神戸大学」ではなく「神戸の大学」ではないのか、と思う。そんなところだろう。世の中には「京都の大学」を「京都大学」みたいに言う人、「神戸の大学」を「神戸大学」みたいなニュアンスで言う人というのがいる。そのあたりは考えてあげて、あんまりしつこくきいてやるなよお~お・・・と思うのだが、どうも、うちの母親はそのあたりを配慮しないでずけずけきくところがあった。何年か前、船橋市の三井住友信託銀行に行った際に、行員さんに「ここの支店長さんはどこの大学でてられるんですか」ときくと船橋店の行員は「東大です」と答えていたので、そういう信託銀行の支店長とかそういう人は東大とかそうでなくても、ある程度以上の大学を出ていることが多いので尋ねてもいいけれども、世の中にはあんまりいい大学でてないかもしれない人もいて卒業した大学の名前をきかれるのを嫌がる人だっているのだから、無理にきいてやるなよお~お・・と思うのだが、うちの母親はどうもずけずけきくようなところがあった・・が、小堀住研(株)の場合は小堀住研(株)の人間の方が「小堀住研は昔から大卒しか採らない会社なんですう」と言いまくってきたので、そうなんだ・・と聞いた側は思い、そこまで言いまくるからには「大卒」といっても「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」ではなく「少なくとも国公立大学か私立大学の場合は関西なら関関同立くらいまで」の大学卒なのだろう・・と聞いた客の側では思ったわけで、うちの母親もそう思ったから、だから「少なくとも国公立大学か私立大学の場合は関西なら関関同立くらいまで」の大学卒の人になら「あなたはどこの大学でてられるの?」ときいても悪くないだろうと思ってきいたみたいだった・・・が、実は小堀住研(株)は「大卒しか採らない会社」というのはかなりマユツバだったみたいで、大卒と言っても「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」卒の人の方が多い会社で高卒の人もいた会社だったのだ( 一一)
  なんか「嘘でも百回言えば真実」みたいに言いまくっておったみたいだが、しかし、住宅建築業の営業の場合、「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」卒の人の人と高卒中卒の人と、どちらがいいか・・という問題で、たとえばミサワホームなどは高卒の人が多い会社だったようで、又、(株)一条工務店は営業本部長の天野隆夫さんが「営業は学校でてない頭のない人間がええんや」とか「ぼくは大学でてない(最終学歴:中卒)から、だから気さくで人間性がいいから誰からも好かれるんや」と何度も言っていた会社だったが〔もっとも、天野隆夫さんのことを「気さく」だとか「人間性がいい」とか誰が言っていたかというと御本人であって、御本人以外にそう言っていた人間はひとりもいなかったが( 一一) むしろ、「誰や、そんなわけのわからん無茶苦茶なこと言ってるのは?!?」と古手の従業員で言う人がいたが( 一一) 〕、又、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「営業は羽付の暴走族みたいなクルマに乗ってるやつとか、頭をモヒカン刈りにしてるやつとか、そういうのんがいいんだ、そういう人間が」とか言っていたが〔それを聞いて「こういうのんが営業本部長やってるんだ、こういう人間が」と私は思ったのだが〕、(株)一条工務店などは「いなかのおっちゃん」が主たる客層であったのに対して、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が「営業は頭のない中卒か高卒の人間の方がええんや」とか「営業は羽根つきの真っ赤な暴走族みたいなクルマに乗ってるようなやつとか、頭をモヒカン刈りにしてるやつとか、そういうのんがええんや」とかいう考え方ではなく、小堀住研(株)の場合は一時期、都市圏の「中より上の会社員」やインテリ層などをターゲットとした会社だったことから営業担当者もお客様がけっこう評価が高い方の大学卒の人であるからには営業担当者も大卒の方がいい、という考え方をしていたようで、たとえ「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」卒の人でも高卒の人とどちらがいいかという時にたとえ「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」卒の人でもその方がいい、という考え方をとっていたみたいだった。会社の格を上げるため、ということもあったかもしれない。
   大卒でも高卒でも営業の仕事をきっちりできればいいだろうと思う人もいるようだが、実際のところ、1980年代から1990年代、小堀住研(株)の住宅展示場の勝手口もしくは事務所の入口の下駄箱にはきっちりと磨いた革靴が何足か入れられていて、かかとを踏んだような靴は1足もなかったのに対して、(株)一条工務店の住宅展示場の事務所の入口の三和土(たたき)には磨かれていない汚いかかとを踏んだ跡がはっきりと残っている革靴が何足も脱がれていたもので、「営業は革靴は決してかかとを踏んで履いてはいけません」と社員研修で教えても、たとえ「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」でもともかく「大卒」の人は研修で教えられるとそのようにすることが多いのに対して、「高卒のおっさん」に教えても、まずやらない。「高卒のおっさん」に革靴をかかとをふまずに履かそうとしても相当難しい。小堀住研(株)の入社直後の研修で「営業の基本動作を徹底することで、ミサワあたりの程度の低い営業と差をつける」と教えられたのだったが、しかし、ミサワの営業だってこういう「営業の基本動作」は学んでいるだろうから、いくら「営業の基本動作の徹底」をやってもそれほど「差をつける」ことはできないのではないだろうか・・とかその時は思ったのだが、そうではなかった。ミサワは「高卒の営業」が多い会社で、「高卒のおっさん」に「革靴はかかとは踏まないようにして履くものです」と教えても、やらない。「高卒のおっさん」は革靴を履く時にはかかとを踏むのだ( 一一) 2010年に千葉市中央区鵜の森町にあった新華ハウジング(有)〔建設業。2013年11月に正式に倒産〕にいたS井さん(2010年当時、40代前半)はミサワホームにいたという人だったが、やっぱり、元「ミサワの営業」だけあって 革靴はかかとを踏んではいていた。これは、なかなか、変わらんものなのだ。「高卒のおっさん」に「革靴はかかとは踏まずに履くものです」と教えようとしても、なかなか大変なのだが、たとえ「そんな大学なんて出ても高卒と変わらんやんけという大学」でも大卒の人は「革靴はかかとは踏まずに履くものです」と教えれば、たいてい言われたように かかとを踏まない履き方をするものなのです。だから、「かかとを踏まない革靴の営業」スタイルでいくか「かかとを踏む革靴の営業」スタイルでいくか、小堀住研(株)は「かかとを踏まない革靴の営業」スタイルを選択していたのであって、(株)一条工務店は「かかとを踏む革靴の営業」スタイルでやっていたのだった。(株)一条工務店の営業でかかとを踏んで革靴を履いている人に「かかとは踏まない方がいいですよ」と教えようとしてもきかないし、あまり言うと怒るから、逆らうとうるさいから言わない方がいい・・と思うようになった・・が、むしろ、逆に「革靴はこうやってかかとを踏んではくもんだ。こうやって、あらかじめ、かかとを踏んではいておけば靴ベラなんか要らないんだ。おまえみたいに靴ベラを使って革靴を履くなどというそんなおかしな営業があるかあ」と(株)一条工務店 https://www.ichijo.co.jp/ では先輩社員から教えられた・・というのか怒られたのだったが、それが「木造の革靴の履き方」「一条工務店の革靴の履き方」だと教えられたのだった・・が、それでも、せっかく高いカネかけて買った革靴のかかとを踏むのは嫌なので、「一条工務店の革靴の履き方」「木造の革靴の履き方」は受け入れがたかった。
できる男の靴学 (ゴマセレクト 120) - 出光興産鞄の中身プロジェクト
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マナーイズマネー (ゴマセレクト 100) - 三井物産広報室
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※ 「木造の革靴の履き方」⇒[第205回]《会社・業界によって異なる「営業の基本動作」(1)―革靴の履き方脱ぎ方・挨拶する時の手の位置 他 》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201310article_1.html
   かつて、一時期、高卒や中卒の経営者の間で松下幸之助という人が英雄みたいに扱われていた時期があったが、松下幸之助がえらい! と言われた理由として、「自分は小学校しか出てない人間でも一流大学卒の人間を使った」という点が「えらい♪」と言われたのだったが、そんなの当たり前やろうが、自分がどうであるかにかかわらず、会社を運営していこうと思ったら「一流大学」卒の人間を使っていかなきゃいかんだろうが・・と最初にその話を聞いた時は思ったのだったが、実際に高卒の経営者・高卒の部長・支店長・営業所長といった人を見ると、それができない人が多いということを知って、それで松下幸之助が「えらい♪」と言われた理由がよくわかった 1960年代から1980年代くらいまで、松下幸之助の話を聞いたのか読んだのかの高卒の経営者には自分も松下幸之助のようにやろうと思った人がけっこういたみたいで、小堀住研(株)の初代社長の小堀林衛さんもそうだったのかもしれない。・・・しかし、「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だからしい2代目社長の中島昭午になるとそういった気概は持ち合わせていなかったようだ。 結論として「あれはアホやで( 一一) 」という人だったと思う。
松下幸之助を怒らせる本 (1981年) (三一新書) - 平沢 正夫
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  1990年1月、小堀住研(株)は年誌とでもいう冊子を作成して従業員に配布したが、そこで2代目社長の中島昭午が「『一城一国の主になるんや』という叔父の言葉に動かされて、大学進学の志を捨てて私は叔父とともに小堀住研を始めた」などと書いていたのだったが、ぼけっと聞いてると見てると「はあん、そうかいなあ」とか思いそうになるが、落ち着いて考えてみると変な話だ。もしも、「『一城一国の主になるんや』と言う叔父の言葉に動かされて」それまでは理学部天文学科に行って宇宙の天体の研究をしたいと思っていたのをあきらめてとか、それまでは文学部国文学科に行って近代文学を学び文学の研究者になるか高校の国語の先生になることを考えていたのですが、会社経営のために経済学部に行きましたあ・・とか、会社運営のために会社法とか労働法とか学ぶために法学部に行きましたあとか、住宅建築について学ぶために工学部建築学科に行きましたあ・・とか言うならわかるよ。なんで、「一国一城の主になる」ために大学進学をやめるの? なんで? なんでやのん? な~んでえ~え? ・・と考えると、なんか理屈になってないみたいに思えてくる。むしろ、「一国一城の主になる」のなら、そうであればこそ、慶應大の経済学部・商学部でも神戸大の経済学部・商学部でも、なんなら中島昭午さんは滋賀県出身なのだから元彦根高等商業の滋賀大経済学部でも『銭の花』『鮎のうた』などの作者の花登 筺(はなと こばこ)と同じ同志社大の商学部でも行っておくべきやないのかあ? なんで「一国一城の主になる」ために「大学進学の志」を捨てなきゃならんのだあ??? 逆と違うのん?  なんでやのん? な~んでえ~え? ・・というと、従業員の間で言われていたのは、それは単に行ける大学がなかったから行かなかっただけ!!! ということだった・・らしい( 一一) ( 一一) ( 一一)  伊東市の市長とは違って、公職選挙法違反とかに問われることはない・・としても、中島昭午さんはなんかそういう話が何かと多い人のようで、小堀住研(株)の2代目社長の中島昭午さんは従業員の間で「天プラばっかりの高卒昭午」と言われていた( 一一)
1980年代終わりから1990年代にかけて小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)に銀行から大量に来ていた「銀行出身のやつ」については、「ま~た、銀行から何もわからんやつがいっぱい来るのか」と従業員の間で言われていた。1988年4月から富士銀行(現 みずほ銀行)から出向で来て住宅建築業について何か能力があるわけでもないのに東部営業本部長・常務取締役にならせてもらって高給盗った増田和二は、従業員の間で「(東部営業)本部長、アタマ、ぼけてる」と言われていた。実際、小堀住研(株)で何ひとつ功績残していないのに東部営業本部長・常務取締役にならせてもらうだけのアタマなんぞない人だった。そんな人に高給与えていたみたいだった( 一一)


  私が大学を卒業して住宅建築業の小堀住研(株)に入社して1年目、うちの父親の勤め先の化粧品会社の東京支店の支店長で取締役だったMさんが担当で、アトピー性皮膚炎について食品や薬品・化粧品や床材・住宅・電気掃除機など個々の問題から別個に取り組むのではなく全体を総合的に考えるべきだということで、化粧品会社と大学の薬学部の研究室とそのほか、製薬会社・電気掃除機の会社など有名企業が集まってダニやアレルギー・アトピーについての共同研究会を持ちましょうという話があった際に、常務の息子さん(私)が小堀住研(株)に勤めているのなら小堀住研(株)に話を持って行きましょうと言ってくれて、それで私はその時、千葉支店にいましたので、大阪府箕面市の家を小堀住研(株)で建てた時の担当者が取締役・営業部長になっていたのでその取締役・営業部長に話をすることもできたのですが、千葉支店の支店長を通して話をした方が千葉支店の支店長は会社にいい顔をできるだろうとうちの父親が言うので、それで私から私が所属した松戸営業課の課長の石井さんから千葉支店長の渡邊さんに話をしてもらったのでしたが、話をしてから1カ月半くらい経っても何の返事もせず、うちの父親の勤め先の会社の取締役のMさんから「いったい、どうなってるんですかあ。ほかの住宅メーカーからうちを入れてくださいと何社もから言われてそれを断ってるんですけれども、どうしたものですか」と何度もうちの父親は言われたようで、私も松戸営業課の課長の石井に「いったい、どうなってるのですか」と何度も何度も言ったものの、石井は「知らない」「わからない」と言うばかりで、「石井課長から支店長に言われたのですよね。これだけ、何も言わずに長い期間、返事をもらえないで待たされているのですから、課長から『けっこう経ちますが、どうなっていますか』ときいていただくわけにはいかないのですか」と言ったのですが、それでも石井は何も言わず、「ああ、この人は課長にならせてもらっていると言ってもこの程度の『課長』なんだ」と思ったが、そして、2か月近く経ってから、松戸営業課長の石井が「これ、要らない」と言うので、「なんですか、その言い方は」と私は言ったのです。「たとえ、断るにしても、好意を払ってくれた会社に対しては返事は礼儀正しく・きっちりと・はっきりとするものでしょう」と言うと石井は「だから、きっちりと返事してるじゃん」と言い、「どう、きっちりと返事してるんですか」と言うと「だから、『これ、要らない』と言ったじゃん」と言うので、「そんな返事のしかたはないでしょう」と言うと石井は「だって、要らないも~ん」と言い、私が「又、断るなら断るで、どうしてヒラの私に一人で取締役に会いに行かせたのですか。会社においては『相手が部長ならこちらも部長、相手が取締役ならこちらも取締役』といった考え方があるはずで、相手が取締役である以上、こちらも取締役か最低でも部長か支店長が会いにいくべきものと違うのですか。又、いったん、相手の取締役と自分の会社の従業員が会って話をしたならば、その後、断るなら断るで、相手が取締役ならこちらも取締役・相手が部長ならこちらも部長と、相手が取締役ならばこちらも取締役の誰か、もしくはせめて部長か支店長くらいが顔を出して『ずいぶんとお待たせしてしまい申し訳ありませんが、これはお断りさせていただきたいと思います』と頭を下げて謝るものでしょう。これが小堀住研のやり方ですか」と言ったのでしたが、石井は「うん。これが小堀住研のやり方」と言い、「だから、それではだめでしょう。まともな会社なら、こんな対応はしないでしょう。いくらなんでも失礼でしょう」と言ったのでしたが、石井は「そんなこと言ったって、要らないもん」などと言うのでした。「だから、『そんなこと言ったって要らないもん』などと言って断るなら、最初からヒラの私に取締役に会いに行かせるべきではないでしょう。違うのですか」と言ったのでしたが、それでも石井は「そんなこと言ったって」と言うばかりでした。石井は小堀住研(株)の従業員の間で「石井課長は優しいからいいよ」とか言われていたが、それは図面の書き方とか住宅営業のやり方とか嫌がらずに親切に教えてくれる人で私も石井さんに教えてもらったものはかなりあるのだけれども、その一方で、この対応では課長とは言えんだろう・・というものがあり、「なにかと一級建築士と言いたがる」ところは「建築専門学校卒」の人の特徴が出ていたし、この対応および、私が言っても言っても課長としての対応をできないところは、「やっぱり高卒の課長か」というものが現実にあった。
ダニ・カビ・結露: 住まいQ&A - 吉川 翠
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アレルギーとアトピー 矢田純一著 裳華房
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アトピーが治った。 - 横井 謙太郎, 清水 良輔
アトピーが治った。 - 横井 謙太郎, 清水 良輔

   小堀住研(株)は1989年(平成1年)、初代社長でその時は相談役になっていた小堀林衛が他界し「メカケの子」説と「メカケの娘の婿」説があった2代目社長の中島昭午が会社名から「小堀」を取り除きたいと考えたのかエスバイエル(株)と会社名を買えた後、安物路線に進み、そんなことやったら会社はつぶれるぞ・・と思ったらすぐに倒産しましたが、1990年(平成2年)2月、支店長の渡邊の上にあたる富士銀行(現 みずほ銀行)から出向で来た住宅建築業の経験など何もない常務取締役・東部営業本部長の増田が締め日直前に千葉支店に来る、それも前日の終業時刻を過ぎて突然、電話をしてきて翌朝に千葉支店に来るから千葉支店の従業員は全員千葉支店に営業の始業時刻より1時間早い時刻に千葉支店に集合と渡邊が言ってきたので、増田としてはうちの父親から小堀住研(株)にせっかく好意的に話を出したのに無礼な態度をとったことから謝りに来るのだろうと思ったのでした、が違った。

  千葉支店長に1989年(平成1年)7月から就任した渡邊士直は小堀住研(株)は昔から「大卒しか採らない会社」と言いまくっていたのに、なぜか熊本県の底辺の方の高校卒の人で、千葉支店に来て最初にやったのが「男性が触りたいと思うお尻をしているのは大変いいことだねえ」と言って女性社員の尻を撫でまわした、ということで( 一一) ・・・、次にやったのが千葉県は常磐線沿線と総武線・京成線沿線は同じ県でも異なる地域で、住宅展示場は松戸・柏と市川・船橋・千葉幸町と常磐線沿線2か所と総武線・京成線沿線3ヵ所あり、それに支店駐在の営業課と6営業課ありましたが、「千葉県」と言っても建てる場所は千葉市より東側・南側もありましたが施主の住所はほとんど千葉市より西側の人か常磐線沿いの松戸から柏までの人で、住宅建築業の会社でもスウェーデンハウス(株)などは千葉支店という名前の支店でも千葉市ではなく船橋市に千葉支店を置いているように千葉市に支店を置いたのでは見込客の配置から考えて展示場の配置から考えて立地として東に寄り過ぎていたのでしたが、支店長というものはそういったことを配慮するのが仕事のはずでしたが、実際問題として底辺の高校卒の人にはそういう配慮をしろと言っても無理で、私がこれまで勤めた会社においても旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学卒の人が支店長なり営業所長なりになれば、どうやって効率的に仕事をできるようにするかといったことを考えるのに対して、底辺の高校卒の人が支店長や営業所長になると「支店長様の命令」と言って従業員に命令してわざと仕事がしにくいようにして困らせるという人が多く、それが支店長だと思っている人が少なくありませんでしたが、渡邊さんもまたそういう人で、終業時刻が支店勤務の設計・工事・工務・アフターサービスの人間は午前9:00~午後6時00でしたが展示場勤務の営業職は午前10:00~午後7時00で、その頃は労働時間制限は1日8時間・1週48時間でしたが、小堀住研(株)は営業は水曜休み・非営業職は日曜休みでしたから労働時間制限ぎりぎりの労働時間が就業規則で設定されていたので、普段の労働時間より1時間早くに普段の勤務場所より2時間は長く通勤時間がかかる千葉支店に来いというのは労働基準法違反になったはずですが、大幅な労基法違反であるだけでなく、普段の生活リズムと異なる生活をさせられるのは大変で営業活動にマイナスになっていましたから、私が支店長ならそのあたりを考えて、支店全体の朝礼とかは月に1回で十分として、営業職と非営業職で始業時刻が異なるのですから営業職に負担をかけて普段より早い時刻に早出残業させるのではなく、たとえば午後1:00から支店全体の朝礼をおこなうことにして、営業会議は総武線沿線地区と常磐線沿線地区で分けておこない、常磐線沿線地区は松戸か柏のどちらかでおこなうこととするか、そうでなければどこからも遠くないような場所、電車移動ならば西船橋とかで会場を借りておこなうとか、そういったことを考えますが、「底辺の高校卒の支店長」というのは従業員が働きやすい環境を整えることで生産性を上げようという考えはなく、「支店長様の命令」としてどれだけ従業員を困らせてやるかということをするのが支店長、仕事できないようにされたくなければ支店長様の命令をきけと考えていますから、だから、渡邊さんは千葉支店長に就任すると同時にそれまで月に2回だった千葉支店での全体朝礼と営業会議を毎週おこなうことにして、しかも自分は千葉支店のすぐそばで借家を借りて松戸や柏の展示場に行くのを朝一番の仕事にする時にはいったん千葉支店に出社して「出社した」という実績を作った上で勤務時間内に移動して松戸なり柏なりの展示場に行くということをして、松戸や柏の従業員には千葉駅前の千葉支店に始業時刻より1時間前に毎週来るように言い出し、松戸の営業課長だった石井さんは「毎週、毎週、千葉まで行かされてからに、たまったもんじゃねえなあ」と松戸展示場でしばしばぼやいていたので、「石井課長から言ってもらえませんか」と私は言ったのでしたが、石井さんは「言わない」と言うので私は「どうして、言わないのですか」「どうして、言えないのですか」と言ったのでしたが、それでも石井さんは「言わない。なんでも」と言って言わなかったのでした。言えないのでは営業課長と言えないのではないか、と思いましたが、一線の仕事は普通以上にできる人で私にも嫌がらずに教えてくれる人でしたが「言えない」のではやはり一線の営業としては評価できても営業課長としての評価はできないのではないかと思えましたがそういう人でした。元中日ドラゴンズの田尾は中日で選手会長をしていた時に、名古屋の球場は負けた試合の後でもお客さんの前を通って帰らないといけないようになっていたけれども、それを何とかお客さんの前を通らなくても帰れるようにしてもらえませんか、とか選手から要望が出ていたことを自分が選手会長である以上は言わないといけないと思ってオーナーに話したら西武にトレードに出されたそうで「選手会長なんかやるもんじゃないなあ」と思ったそうだけれども、田尾は特別自分が言いたいわけでもないが自分が選手会長である以上、言わないわけにはいかないと思って言ったらしいのに対して、小堀住研(株)の松戸営業課の課長だった石井は何度も何度も「毎週、毎週、千葉まで行かされてからに、たまったもんじゃねえなあ」と言いまくっていたにもかかわらず、「課長から言ってもらえませんか」と私が言っても松戸営業課の課長でありながら言わず、言えず後になって、「石井が私に言った」ことを「私が石井に言った」と石井は会社に言っていたとわかった。この人はそういう人だった( 一一)  石井(男。1989年当時、30代なかば)のことを千葉支店の従業員では「やさしい」「親切」と言う人があったのですが、その「やさしい」「親切」だという石井は「石井が私に言った」ことを「私が石井に言った」と会社に言っていた、そういう男だった( 一一)  『憂国のラスプーチン』という漫画で、元外務省の佐藤優がモデルの憂木 護という男が裁判の弁護人を担当する女性弁護士から「しかし、男の人の妬みって、すごいですねえ」と言われ、「そうですよ」と答え、「なにしろ、『女の腐ったの』は女にではなく男にいますから」と答える場面があるが、実際、「女の腐ったの」は男にいる。私もそう思う。
憂国のラスプーチン(5) (ビッグコミックス) - 佐藤優, 伊藤潤二, 長崎尚志
憂国のラスプーチン(5) (ビッグコミックス) - 佐藤優, 伊藤潤二, 長崎尚志
『憂国のラスプーチン』全6巻のうち、どの巻に「『女の腐ったの』は女にではなく男にいますから」という憂木護の言葉が出ていたか、忘れてしまった。再読して捜せばいいのだろうけれども、どの巻に出ていたかはここでは特別大きな問題ではないだろう。

  この1990年(平成2年)2月末に締め日直前に支店長の渡邊さんが「あす、午前9時までに全員、千葉支店に集合」と前日の終業時刻を過ぎた時刻に電話してきた時も、石井さんが電話を受けてそれを私たちに言うので、「石井さんはどうして、そのまま受けるのですか。課長なら、『今、締め日直前ですよ。どうしても緊急の用事でなければせめて締め日を過ぎてからにしてもらえませんか』『営業は向こう1週間くらいの予定をたてて動いているのです。そういうことは、突然、前日の終業時刻を過ぎてから電話してきて言うのではなく、何日か前に言うようにしてもらえませんか』と言うべきではないのですか」と言いたいところでしたが、それまでから石井さんには何度もその類のことを言っても言っても「言わない。なんでも」と言われてきましたので、これは私が言うしかない、と思い、翌日、富士銀行(現 みずほ銀行)から出向で来たということで住宅建築業には何の経験も能力もないにもかかわらず東部営業本部長にならせてもらっていた増田和二さんと会ったら、まず増田さんの方から、うちの父親の勤め先のに対して無礼な態度をとったことを謝罪されるだろうから、それとともに「仕事の予定が狂いますから、今後は特に緊急の用事もないのに突然、締め日直前に普段の始業時刻より早い時刻に普段の勤務場所より遠い所に来てくれと言うのは避けていただけませんか」と私が言おうと考えました。銀行で実績があったかどうかにかかわらず、住宅建築業の経験はまったくないにもかかわらず、いきなり東部営業本部長・常務取締役という役職をもらって小堀住研(株)に出向でくるような人なら、こういうことは本来は言わなくてもわかっていないといけないはずだが、人間は誰しもわかっているべきことを見落とすことは時としてあることであろうから、その時には銀行から出向できて住宅建築業の経験はまったくないにもかかわらず、いきなり東部営業本部長・常務取締役という役職をもらうくらいの人なら、あるいはともかくも旧帝大系国立大学卒の人ならば、こう言って話せば理解されることだろう・・と思ったが違った。増田和二は住宅建築業の経験はまったくないにもかかわらず、いきなり東部営業本部長・常務取締役という役職をもらって小堀住研(株)に出向できた人間だったが「住宅建築業の経験はまったくないにもかかわらず、いきなり東部営業本部長・常務取締役という役職をもらって小堀住研(株)に出向できた人間」としての実力・能力は欠落している人で、「旧帝大系国立大学卒の人」を期待すると期待は全面的に裏切られる人だった。地方国立大学卒の人には「地方国立大学卒でも旧帝大系国立大学卒とそう変わらない人」と「ええ~え、この人が駅弁とはいえ国立大学でてるのお~お? という人」とがいますが、旧帝大系国立大学でも東北大の場合は「東大・京大・阪大の仲間」ではなく「秋田大・岩手大・山形大・福島大・茨城大の仲間」で、増田和二の場合は「地方国立大学卒でも旧帝大系国立大学卒とそう変わらない人」の方ではなく「ええ~え、この人が駅弁とはいえ国立大学でてるのお~お? という人」の方の人だった( 一一) 小堀住研(株)は「そんなの」を富士銀行からゴミ箱がわりに使われて送り込まれ、東部営業本部長・常務取締役などという役職をつけさせられていた( 一一)
  これは本来なら入社1年目の私ではなく営業課長になっているような人が言うべきですが小堀住研(株)は「大卒しかとらない会社」と言いまくりながら実際には営業課長は高卒の人が多い会社で石井さんは「高卒の営業課長」で他にも営業課長になっている人はその程度の人でしたから「高卒の営業課長」に言ってもらおうと思っても無理だと判断しました。元中日・西武・阪神の田尾が中日ドラゴンズから西武に移籍したのは、選手会長としてオーナーに名古屋の球場は負けた試合の後もお客さんの前を通らないと帰れないようになっているけれども、これを何とかしてもらえないですかとか何点か話したところ、西武から大島をトレードでもらえないかという話があった際に大島は出せないが田尾を出したいと言われて西武に行かされたらしく、選手会長として当たり前のことを言っただけなのに、なんであんなに嫌われなければならないんだと思った、選手会長なんかやるもんじゃないなと思ったとYouTube で話していましたが、しかし、千葉支店における渡邊さんの態度は目に余るものがあり、又、私は大学の4年の時に中国銀行(岡山の中国銀行ではなく、北京の方の中国銀行)の東京支店に会社訪問で行ったことがありましたが、その際に会ってもらった方は三井銀行から出向で中国銀行に「顧問」として来ていた人でしたが、「何か質問はありますか」と言われたので、私は「中国は社会主義の国で日本は資本主義の国ですが、社会主義の国の会社が資本主義の日本に支店を設けているという場合には労働組合というものは存在することになるのでしょうか」と質問して、口に出してから会社訪問では言わない方がいいことを言ってしまったかと思ったのでしたが、「いい質問ですね」と言われ、「それは本国の方は労働組合が国になったようなものですから本国では労働組合というものはない、けれども資本主義国にある支店においては労働組合はありうるのだけれども、ここはまだ東京支店ができて間がないので誰も作る余裕はないから今はできてないのです」と言われ、「『作っていいよ』と私は言ってるんだけどね。『今、従業員の間でこういう問題で困ってるんだけれども、なんとかしてもらえませんか』と言って悪いことなんか何もないよ。言っていいんだよ。こっちだって従業員を困らせたいわけじゃないんだから。言ってもらって気づくことだってあるんだから言っていいんだよ」と言われたことがあり、「銀行から出向で来た人」というのはそんなものかと思ったのでしたが、その方は慶應大学の経済学部卒で三井銀行に入り、けっこう高齢でしたが過去にドイツ系だったかフランス系だったかの外資系銀行にも顧問として行ったことがあって、その時は中国銀行に顧問として出向していた方でしたが、ドイツ系かフランス系かの外資系銀行にしても中国銀行にしても日本の状況をわからない外資系銀行から頼まれて行っていた人だったのに対して、銀行から出向で小堀住研(株)に来ていた人たちは小堀住研(株)が銀行に負い目があるから銀行から送り込まれていた人たちで、銀行でこの人は自分の所には要らないと判断された人だったらしく、「出向で他社に行った人」でも「頼まれて他の外資系銀行に出向で行った人」と「銀行に負い目がある会社にゴミ箱がわりにその会社を使って出向で送り込まれた人」は全然、人間が違いました。
  東部営業本部長の増田さんは、元々、住宅建築業についてわかっている人でもなく、何より「頼まれて来た人」ではなく「銀行に負い目があるから送り込まれた人」で、この違いは相当大きかったようで、又、仙台に行くとわかりますが東北大学というのは東大・京大・阪大の仲間ではなく秋田大・岩手大・福島大・茨城大の仲間であり、「旧帝大系国立大学を出た人」と期待すると「え~え? この人があ~あ?」という気持ちになる人がいますが増田はそういう人でした。

  増田和二は「千葉支店の営業成績が上がっているのは、すべて渡邊支店長が優秀であるおかげです」と千葉支店の従業員に喧嘩を売るような発言をしたので、これは言わないといけないと思い、又、私が言わないとこの会社の千葉支店の人間は言える人間がいないと思い、増田の発言が終わった後、「今、『千葉支店の営業成績が上がっているのはすべて渡邊支店長が優秀であるおかげです』と言われましたが、どういうところが優秀だと考えられるのですか」と質問しましたが、増田は「おまえは誰だあ!」と私に怒鳴りつけ、さらに渡邊が乱入して「黙れえ! おまえは黙れえ!」と言ってつかみかかってきて、さらに「石井~、おい石井~。こいつをつまみだせえ~え!」と叫び、石井が来て「おい、ここはそんなこと言う場じゃないだろ」と私に言うので、「今、常務がお話になったことについてお聞きしているのです。そんなこと言う場じゃないことないでしょ。おそらく常務が良いお話をしてくださったのでしょうから、その内容を理解したいと思ってお聞きしているのです」と言ったのでしたが、渡邊が「うるさい。おまえは黙れえ~え。こいつう」と言って掴みかかってきたのでした。増田は「後で答える」と言うので、「今、千葉支店の従業員にお話になったことについておききしております。今、千葉支店の従業員にお話になったことについての質問ですから、今、ここで話を聞いた千葉支店の従業員全員にお答えください」と言ったのだが、渡邊が「うるさい。この野郎! 石井~、こいつをつまみだせえ、石井~」と叫び、その間に増田はその場を離れ、千葉支店の多くの従業員がそこを離れた後になって、渡邊が来て「おい、こらあ。こっち来い、こらあ」と怒鳴りつけ、しかたがないからその場を離れて渡邊が行く所についていくと、別の階の小部屋に連れ込まれ、1人を増田・渡邊・石井の3人が取り囲み、増田が「あなたは渡邊支店長がどういうことをしたと言うのですか」と言うので「私はそういうことは言ってませんでしょ。私は常務が『千葉支店の営業成績が上がっているのはすべて渡邊支店長が優秀であるおかげです』と言われましたから、『どういうところが優秀だと考えられるのですか』とおききしておるのです。こういうところがというものがあるから言われているのでしょうから、それを聞いて、見習うべきものは見習いたいと思っておききしておるのです」と言ったのでしたが、ところが、小堀住研(株)の入社時の研修ではTQC推進本部営業部会の川崎が講師役として「小堀の家はいいとお客さんに言う場合、必ず『どこが』『どのように』ということを言ってください。『どこが』『どのように』ということを言わずに単に『いいですよ』『いいですよ』と言うだけではあまり効果はありません」と発言しており、その通りだと思いましたが、増田和二は住宅建築業の会社でまったく実績を残していないのにいきなり常務取締役・東部営業本部長になるくらいだから、このくらいのことは当然のことながら理解している人であろうと思い、「どこが」「どのように」ということを話してくれるものだと思ったのでした。
※ [第524回]《人をほめたい時、「なぜ」「どこが」を述べる男・述べられない男-部下を指導できない課長≪1≫》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201703article_2.html
  実際のところ、小堀住研(株)は従業員の間で「外面ばっかりいい会社」「まったく、見てくればっかりいい会社」と言われたりしていたのですが、一般に「うちは一部上場ですからね」と言いまくる会社というのは中に入ってみると「ええ~え、これがその””一部上場ですからね””なのお~お? ええ~え?」という会社がけっこう多いのですが、小堀住研(株)もそうで、「一部上場」でその頃は「住宅建築業界、施工棟数全国8位」で「大阪駅の南側すぐの超一等地に本社ビルがある」というあたりを見て「ミサワなんかと違って昔から大卒しか採らない会社」で「『技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀と言われてきた会社』と言いまくってきた会社」で、その内容がある会社なのだろう・・と思うと「ええ~え、この人が課長なのお」「ええ~え、この人が次長なのお」という人がいっぱいいる会社でしたし、入社直後の研修の際に顔を合わせた「課長」という人複数でも、「はあ? この人が課長???」という人を見たが、おそらく、その人は社長の一族か何かなのか、それともけっこう長くいて年齢もそれなりの年齢になったから「課長」にならせてあげた、という人なのだろう・・と思った(のだが、それだけではなく、その類なのだろうと思った「東京駐在」の前野和彦は「一族」とか「相当古くからいる人」ではなく「銀行から来た人」であることから、「はあ? この人が課長なのお???」の類の人で「一族」でも「相当古くからいる人」でもないが「銀行から来た人」であることから、「課長」のまだ上の「次長」にならせてもらっていた、なるほど「銀行から来た人」だから最初から小堀住研(株)に入社した人なら小堀住研(株)は「ヒラの上」が「課長」だから課長のところが「ヒラの上のもうひとつ上」の役職をつけて「無能だけれども次長」だったのか、とわかった、日本では「人を一人、殺すと懲役20年」というのが「相場」みたいになっているようだが、その頃の小堀住研(株)では前野和彦のような「銀行から来た無能なおっさんである程度歳いった人」が「次長」で「銀行から来た無能な若造」が「課長」という「相場」が設定されていたようだった)、又、人事部長といったものは「十大国立大学(旧帝大系国立大学+東京工大・一橋大・神戸大)+早慶」くらいの大学の法学部で労働法などを学んだ人か商学部・経営学部で労務管理論などを学んだ人か文学部・教育学部で心理学・教育心理学・カウンセリングなどを学んだ人かが会社で経験を積んでなるものか・・と思っていたら小堀住研(株)の人事部長の高田はおよそそんな人間ではなく「高卒の人間の中でも程度の低い人間」やんけ、頭の外側が薄いのはいいにするとしても頭の内側が薄いのはなんとかしてくれよ・・というおっさんだったが、おそらく「一族」だったのではないかと思うが、そういう人がけっこういる会社で、「ええ~え? これが『うちは一部上場ですから』の会社なのお」と思ったのだが、又、うちの父親の勤め先の会社に大学生の時にアルバイトに行ったことがあって、うちの会社の勤め先もたいした会社じゃないと思っていたのだが、小堀住研(株)は「一部上場」という点でうちの父親の勤め先よりその分だけ上の会社かと思ったが、「なんか、違うみたいやなあ」と思うようになったのだったが、1989年7月から千葉支店の支店長に赴任した渡邊士直はそれにしても、いくらなんでもひどいだろう・・という男だったが、そもそも、「大卒しか採らない会社」なのに「底辺の高校卒」の渡邊士直がなんで、そこにいるんだあ? うちの大阪府の北摂地区で小堀住研(株)で1960年代終わりに在来木造で家を建てた時は渡邊士直はまだ小堀住研(株)に入社していなかったはずで、それより以降の入社のはずだが、なんで「昔から大卒しか採らない会社」なのに、「底辺の高校卒」の人なのに、わざわざ、こんな人を採用したんだあ?・・という人だった。もしも、住宅建築業の営業の場合、その会社が顧客層と考える相手が都市圏のインテリ層であるということから営業担当者も大卒の方がいいという判断の場合、たとえば「東大中退」の人とかも世の中にはいるし、あるいはアトム法律事務所の岡野武志のおっさんみたいに大学という所に行こうと思えば行ける大学はあったが何らかの理由で大学には行かなかったという人とか、そういう人も世の中にはいるわけで、実際に大学に進学卒業しなくても、教養という点では「しょーもない大学」出た人間より優れているという人だっているので、そういう人を「大卒に準ずる」という扱いで採用している会社というのも日本にはあるのだが、渡邊士直さんはそういう人ではなく正真正銘「底辺の高校卒の人」だったわけで、なんで「大卒しか採らない会社」でそういう人を採用したのお? ・・と不思議に思えたのだった。そして、千葉支店に赴任してやることと言えば、まず、女性社員の尻を撫でまわす( 一一)  しかも、「支店長様の権利なんじゃ」と言って。そして、千葉支店のエリアは総武線・京成線沿線と常磐線沿線に実質2つに分かれていて別の地域であってその頃の小堀住研(株)の千葉支店は常磐線沿線の松戸・柏と総武線・京成線沿線の市川・船橋・千葉幸町に展示場があって、総武線・京成線沿線の一番東の千葉幸町展示場よりまだ東の位置に千葉支店があったことから、展示場勤務の営業は千葉支店まで行くのに相当苦労していたわけで、本来、支店長というのはそういう問題をどう対処するか考えるのが仕事のはずだった・・にもかかわらず、渡邊士直さんは千葉支店の支店長に赴任すると、自分の勤務時間が始業時刻午前9:00からであったことから、各展示場勤務の営業職の勤務時間は午前10:00からであるにもかかわらず、毎週木曜日の朝9:00に千葉支店に来いと要求するということを始めた。これは当然のことながら労働基準法違反であり犯罪であり、そのような「命令」をしてもそれが「業務命令」であっても「ただちに無効」であるが、労基法違反であるからには従業員の側では「そういうことはやめてください」と言ってもいいが、黙って無視してもかまわない・・ということになる・・が、そういうことをして意図的に従業員が働きにくいようにする人だった。「小堀住研は大卒しか採らない会社なんですう」と昔から言いまくってきた会社だったので、又、小堀住研(株)が大学に出していた求人票には「応募資格」として「営業系(営業・人事・総務・経理)・・4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒業見込の人、普通自動車第一種免許取得者。 技術系(設計・工事・工務・アフターサービス)・・4年制大学の建築学科もしくは土木学科卒業見込の人、普通自動車第一種免許取得者。」と明記されていて、それに応募して採用されて入社したはずであったが、入社して新卒社員の研修に参加してみると、女性で短大卒の人がいたが、そういう人は配属される職種も異なったわけで、職人で高卒や中卒の人がいても立場が違ったのと同様のものだったのだが、なんで、「底辺の高校卒」の渡邊士直さんがそこにいるの? なんでやのん? それも、高卒でもその地域ではトップの高校卒で大学に行く気になれば旧帝大系国立大学くらいに行けた可能性はあったのではないかと思われるような「高卒」ではなくて筋金入りの底辺の高校卒の人が、なんで、そこにいるの? 実際、大学新卒で入社した人間の間では「なんで、『大卒しか採らない会社』のはずなのに高卒の人間がいるんだ。それも、高卒の人間がえらそうにしているんだ」と不満の声が出ていたのだった。それで、(株)一条工務店の営業本部長のA野さんなどは「ぼくは学校でてないから(最終学歴:中卒)、だから人間性がいいんだ。そう思うだろ」とか言いまくっていたのだが、A野さんが「人間性がいい」かどうかはさておき(・・というよりも、A野さんのことを「人間性がいい」などと言う人間は御本人以外には誰もなかったのだが)、どうも、中卒の人・高卒の人というのは「俺は学校でてないから人間性がいいんだ」とか言って「人間性」を「売り」にする人というのが少なからず日本の会社にはいるのだが、渡邊士直さんが「人間性がいい」のかというと、どう見てもそうは思えなかったのだ。江本孟紀が東映フライヤーズから南海ホークスに移籍した時、プレーイングマネージャーだった野村克也はリンカーンなんて高級車に乗って球場にやってきて、宝石の入った指輪とかじゃらじゃらつけて、江本はそれを見て「趣味悪いなあ~あ( 一一) 」と思ったらしかったが、野村はそう思われていると気づいて「おまえはこういうことはやらんやろ。こういうことをやるのは、俺とか張本とか江夏とかみんな高卒の人間なんや。大卒の人間はこういうことはやらんのや。長嶋はやらんしおまえもやらん。大卒の人間はやらんのや。高卒の人間は自分に精神的に自信がないから、どうしてもこういうことをやるんや」と言ったそうで、江本は「『おまえは大卒やから』と言われても、ア法政の野球学部なんか勉強なんか何もやってないがな」と思ったが・・と書いておったが、渡邊士直さんは見るからに「品がないなあ」「センス悪いなあ」ということを次から次へとやる人だったのだ。幸福の科学の大川隆法の長男がYouTube に出ていて、「オウム真理教と幸福の科学は似ていると言われますが、オウム真理教は犯罪を犯して幹部が逮捕されるに至りましたが、幸福の科学はそうはならないというのはどこが違うと思いますか」ときかれて、「それは、大川隆法はなんだかんだ言っても東大でてますから、だから、いくらなんでもこれ以上はやったらまずいぞとか、気づくことができるんですよ」と話していたことがあったが、渡邊士直さんはそういうものがない人だった。 だから、大学で何を学んだかよりも、住宅というものは高額物件であり、高額物件の営業はそういう人間でないといけないということから小堀住研(株)は「大卒に限る」ということにしていたはずだったのだが、なんで筋金入りの底辺の高校卒の渡邊士直さんがいるのお? 女性社員の尻を撫でまわして「支店長様の権利なんじゃ」とか言いまくる人がなんでそこにいるのお?・・というものだった。それで、「人間性がいい」のかというと、1989年の秋、千葉支店の展示場勤務の営業で、実家が自営業だったかで故郷の地に帰って実家の仕事をするために退職するという人がいた時のことだが、営業会議において渡邊士直さんは「おまえは、辞めるというから契約とらなくていいと思っておるのだろう。そうじゃなくて、辞める時こそ契約とらなきゃいかんのだ」とか言い出したのだったが、もう、その月の終わりで辞めるという人に時間外無賃労働やって契約とってこい、自分が半月後には会社にいないということを承知の上で「私に家づくりの仕事をさせてください」と見込客に言えという男・・というのは、この人はそういう人間なのか・・とわかった。その時、退職するという人は何年か営業の仕事をしてある程度の契約をあげてきた人で、たとえ、新たに契約をとらなくても、それまでの契約客の契約後の仕事があるから、勤務時間内、そういう仕事をして、自分が担当の契約客の契約後の仕事をする以外の時間は同じ営業所の同僚の営業の営業活動に協力して、終業時刻後は早めに帰らせてあげてもいいのではないのか・・と私は思ったのだが、渡邊士直さんはそういう人に勤務時間外に労基法違反の時間外無賃労働をさせて新たな契約を取らせて、その契約客には「なんで、うちの契約をした直後に辞めるのお」と思わせることで、支店長としての渡邊士直さんの営業成績をあげようとしていたのだったが、この人はそういう人か・・・と私は思ったがそう思ったのは私だけではないはずだった。そういう、もう辞める人に勤務時間外に無賃で働かせて新たな契約を取らせてやろうと考えるような人間が「人間性がいい」のか? 違うように思うな。
  しかし、こういうことを言うと・・ではなく、言わなくても、「別に、そういう人だから支店長になっているのではなく、ほかのところでいい所があるから支店長になったのかもしれんじゃないか」と言う人もあったのだ。たしかに、たいていの人間はいいところも良くないところも併せ持って生きているものだ。・・そうか、千葉支店の支店長に渡邊士直さんは
(1)「女性社員の尻を撫でまわす人」だから支店長になっていた、のではなく、
(2)「7月1日より千葉支店支店長を命ず」という辞令をもらったら会社員ならさっさと移動するべきものを、7月の下旬になってやっと赴任したというような人」だから支店長になっていた、のではなく、
(3)「支店の位置がその支店内の展示場の配置から考えて南東の端よりまだ東で、常磐線沿線の展示場からは相当遠い場所であるにもかかわらず・・ではなく、そうであるからこそ、嫌がらせとして普段の始業時刻よりも早い時刻に普段の勤務場所よりも通勤時間が相当長くかかる場所に労基法違反の早出残業で来させて従業員に働きにくいようにしてやろうとする人」だから支店長になっていた、のでもなく、
(4)「他の会社から小堀住研(株)に便宜をはかってもらったなら、受けるにしても断わるにしても礼儀ただしくきっちりとさっさと返事はするべきものだが長く放置して『これ、要らない』と言うような人」「会社においては『相手が部長ならこちらも部長』『相手が取締役ならこちらも取締役』といったものがあるのに、それを取締役にヒラの人間に一人で会いに行かせるような男」だから支店長になっていた、のではなく、
(5)「故郷に帰って実家の仕事をするために退職するという人で向こう半月ほどの間で辞める人間に、勤務時間外に労基法違反の時間外労働をして見込客にもう辞める人間を担当で契約させることで支店長としての自分の営業成績だけ上げてやろうと考える人間性の男」だから支店長になっていた、のではなく、
(6)「何かとやることに品がないと思われる人」だから支店長になっていたのではなく、
(7)「小堀住研(株)は『高級住宅の小堀』として売ってきた会社で『値引きは(大幅なものは)しない会社』として売ってきた会社で『住宅建築業の会社の中でも””一部上場””のハイレベルの会社』として売ってきた会社であり、『大安売り』というようなチラシを新聞折込で入れると、その時は契約をいくらか取れても、その契約いくつかと引き換えに会社のイメージを下げることになって長い目で見るとマイナスになるということはないか・・とか考える頭はまったくない、その時、自分が支店長になっている支店の営業成績が上がればそれでいいと考える人」だから支店長になっていた、のではなく、
(8)「営業は向こう1週間くらいの計画を立てて仕事をしており、特に締め日の前は『この見込客は契約してもらえるだろうか』という相手をなんとか契約に持って行こうと必死で相当忙しく働いているのであり、それを締め日直前の日に前日の終業時刻を過ぎて突然、翌日の朝に千葉支店に行くから千葉支店の従業員を全員、特に営業の職種の人間は普段の始業時刻より1時間早い時刻に普段の勤務場所より相当通勤時間が長くかかる千葉支店に労基法違反の早出残業で出社させてくれ、と住宅建築業の経験なんかまったくない銀行から出向してきた東部営業本部長から言われれば『申し訳ありませんが、営業は向こう1週間くらいの間の計画を立てて動いています。又、締め日前は大変仕事が多忙です。特に明日でなければいけない緊急の用事でなければ、せめて締め日の後にしていただけませんか』というくらいは支店長ならば東部営業本部長に言うべきことで、それを言えないなら支店長とは言えないはずだが『言えない』だけでなく『言わない』人」だから支店長になっていた、のではなく、
それ以外の所で何か相当優秀なものがあるということなのか・・・と思い、一生懸命、捜したが、「大卒しか採らない会社」に特別扱いで採用しなければならないようなものがあるようには見えなかった・・が、そこに富士銀行から出向でやってきて2年目の増田和二さんが「千葉支店の営業成績がいいのは、すべて渡邊支店長のおかげです」と、その言い方だと千葉支店の他の従業員は何の努力もしてないみたいな言い方じゃないか、という言い方をされたので、それで、それならどういうところが優秀だとお考えになるのか、住宅建築業については何の経験もない人なのに銀行から出向でやってきていきなり「東部営業本部長」「常務取締役」になるような人ならば、さぞかし「管理者的能力」がおありのお方なのだろうから、そこまで言われるからにはその「ほかの点で優秀なところがある」ということに気づいて言われたのであろう、と考えたのだった。又、小堀住研(株)の新卒社員営業系向け研修ではTQC推進本部営業部会課長の「でぶの川崎」が「小堀の家はいいとお客さんに言う場合、必ず『どこが』『どのように』ということを言ってください。『どこが』『どのように』ということを言わずに単に『いいですよ』『いいですよ』と言うだけではあまり効果はありません」から教えられたのだが、当然のことながら、この程度のことは住宅建築業の経験などまったくないにもかかわらず東部営業本部長におなりになるくらいえらいお方であれば理解されていることであろう、「小堀住研は借金があるから銀行から人が来ているのではないのです。人材が不足しているから銀行から人が来ているのです」と太陽神戸銀行から出向してきて1年目の大野が入社式後の立食パーティーで発言したように「人材が不足しているから銀行から来ている」というくらいに優秀な「人材」のお方であるならば、当然のことながら、「どういうところを優秀だと考えられるのですか?」と質問すれば、「・・・という点が・・のように優秀だと言えます」とか答えてくれるだろう・・思ったのだった・・・が。
野村克也解体新書 完全版 - 江本孟紀
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・・・ところが増田和二という人は住宅建築業の経験がまったくないにもかかわらず東部営業本部長にいきなりならせてもらった人間のくせして「小堀の家はいいとお客さんに言う場合、必ず『どこが』『どのように』ということを言ってください。『どこが』『どのように』ということを言わずに単に『いいですよ』『いいですよ』と言うだけではあまり効果はありません」ということも理解できていない人だったようで不快そうにして一言も答えず、かわりに渡邊が「ごら、わかっとるか。俺は中島社長から渡邊は会社の女性社員である限り、いつでもどこでも誰にでもいくらでも好きなだけ尻を撫でまわして良いと社長から認められとるんじゃ。俺は今後とも間違いなく絶対に女性社員の尻を撫でまわすが、これは俺が中島社長から認められた俺の大事な人権なんじゃ。人権侵害は絶対に許さんのじゃ。どうじゃ、わかったか。俺が女性社員の尻を撫でまわすのがいかんと言うやつは懲戒解雇で会社を辞めさせられるんじゃ。わかったか、こら。土下座しろお! 土下座して『支店長様が女性社員の尻を撫でまわされたのがいかんなどと申しまして、申し訳ございませんでした。今後は支店長様が女性社員の尻を撫でまわされるのをいかんとは絶対に申しませんので、どうかお許しくださいませ』と言って泣いてお願いしろ、ごらあ」と怒鳴りつけ、「ごらあ、土下座しろと業務命令しとるのに、おまえは支店長様の業務命令がきけんのかあ。俺は支店長様なんじゃ、俺は女性社員の尻を撫でまわしてもかまわんのじゃ。これは中島社長がお決めになったことで、女性社員の尻を撫でまわすのは俺が中島社長から認められた俺の大事な人権なんじゃ。人権侵害は絶対に許さんのじゃ。許してほしければ土下座して泣いて頼め、ごら。土下座せんかあ、こらあ。土下座しろと支店長様が業務命令しておるのに、おまえは業務命令がきけんのかあ」と何度も何度も怒鳴りつけ、増田は一貫してそれに同調していたのでした。増田が小堀住研(株)で常務取締役・東部営業本部長になっていたのは小堀住研(株)で何か実績を残したからではなく富士銀行〔現 みずほ銀行〕から出向で来たからであり、増田和二の実質、使用者は富士銀行頭取ですから、
(1)1人を密室に連れ込み、1人を3人で取り囲んだ上で・長時間に渡って至近距離から怒鳴りつける、というのは暴行罪に該当する。
(2)土下座の強要は強要罪に該当する。
(3)「懲戒解雇にされたくなければ土下座して『今後は支店長様が女性社員の尻を撫でまわされるのをいかんとは決して申しませんのでどうかお許しくださいませ』と泣いて誓え」という要求は脅迫罪に該当する、
(4)渡邊は「女性社員の尻を撫でまわす権利」というものを社長の中島昭午から「渡邊士直の人権」として認められた、と言うのだったが、会社の社長にそのような「人権」を認める権利はなく、そのような公序良俗違反の行為を社長が認めてもただちに無効(民法第90条)であり、むしろ、会社は従業員に対して労働契約上、安全衛生保護義務というものがあり、社長の中島昭午の態度は「保護義務違反」と評価されるものであり、小堀住研(株)と中島昭午は債務不履行責任を問われるものであり、増田和二の上役である富士銀行と富士銀行頭取もまた債務不履行責任を問われるもの、と考えるべきであろう。
が、警察は会社側が言えば無実でも即座に受けつけて送検するでしょうけれども従業員側が訴えてもまず受け付けませんから訴えても無理でしょうけれども、それでも法律論理としては私はこれは暴行罪・強要罪・脅迫罪に該当するものと今も認識しています。
(5)富士銀行 頭取には増田和二の暴行罪・強要罪・脅迫罪について使用者責任がある、
と私は考えています。

  それから、渡邊士直は千葉支店の支店長に就任すると、毎週、松戸展示場に勤務する者なら普段の勤務場所に通勤するより通勤が1時間半くらい長く要する場所にある千葉支店に、就業規則上の始業時刻の午前10時00分よりも1時間前の午前9時00分に来いと当たり前みたいに要求するのだったが、現在では労働基準法上の労働時間制限は1日8時間・1週40時間だがその頃(1989~1990年)は1日8時間・1週48時間だったが、小堀住研(株)のその頃の就業規則上の就業時間は労働基準法上の労働時間制限ぎりぎりに設定されていて、営業は午前10時00分からであり、松戸展示場勤務の営業社員が千葉支店に行く場合、普段の通勤時間より1時間半長くかかるとすると、2時間30分の早出残業をさせられることになり、それは労働基準法違反であり、そのような「業務命令」をすることはできず、おこなっても「ただちに無効」であり、従業員の側からすれば、「それは労働基準法違反でありお断りいたします」と言って断ってもいいが、黙って行かなくてもいい性質のものであり、又、労働基準法は実体規定と罰則規定があり、使用者は労働基準法の実体規定に違反すると罰則規定により罰せられるという性質のもので犯罪である。
  世の中には、選挙違反と労働基準法違反はやりたい放題・・とか思っている人間がいるらしいが、そうではないはずなのだ。刑法の場合は実体規定と罰則規定が同じ条文に規定されているのに対して、建築基準法と労働基準法は実体規定と罰則規定が別の条文に規定されているのだが、労働基準法の実体規定というのは「付録でついてるようなもの」ではないはずなのだ。今となっては十年以上前だが、ある労働基準監督署で「これは労働基準法違反で、労働基準法違反については罰則規定がありますでしょ」と言ったところ、総合労働相談員の人が「労働基準法に罰則規定があるといっても、あんなもの、付録でついてるようなものだ」などと言うので、労働基準監督署の職員にそういうことを言われては困るなあ、と思ったということがあったが「付録でついているようなもの」ではないはずなのだ。
  刑法では実体規定と罰則規定が同じ条文に書かれているのに対して労働基準法では実体規定と罰則規定が別の条文に書かれているのはなぜなのか、と長く思ってきたのだが、ひとつは実体規定の方は守らないといけないのは使用者・経営者だけではなく従業員・労働者もまた守らないといけないものであり、それに対して罰則規定が適用されるのは使用者・経営者の側だけで従業員・労働者の側には罰則規定は適用されないので、それで使用者・経営者に対してだけでなく従業員・労働者に対しても適用される規定、従業員・労働者もまた守らないといけない規定である実体規定と罰則規定を分けている、ということではないかと思われた。ほかにも理由はあるかもしれないが、労働基準法の場合、実体規定は使用者・経営者だけが守らないといけない対象ではなく従業員・労働者もまた守らないといけない存在のものである。 中学校の「公民」で「法は最低限の道徳」と教えられたはずだが労働基準法違反の労働をする労働者・従業員は「最低限の道徳」である労働基準法の規定を破る不道徳な人間、ということになる。 私は小堀住研(株)の千葉支店にいた時、毎日毎日、夜遅くまで働き、帰りは終バスか終電になることが多く、週1回の週休の日というと朝から洗濯をして干して、クリーニング屋に1週間前に出したYシャツなどを取りに行き、新たにYシャツを預け、夕方になると干した洗濯物を取り入れ、仕事で使う革靴を磨き、スーパーで買い物があれば買いに行きすると、もうそれで1日終わってしまい、前の1週間の疲れなんかとれなかった。この表現がいいかどうかわからないが正真正銘「デートもできない小堀住研」とでもいった状態だった・・が、そういう勤め方をしていたということはほめるべきものかというとそうではなく、労働基準法のルーツは労働協約にあると言われるが、労働協約にルーツがある労働基準法の規定を守らずに無制限に労働基準法の時間制限をオーバーして働く従業員・労働者というのは、いわば、スキャップ(スト破り)のような行為を働いている、ということであり、せっせとよく働くということでほめるべきものではないのです。
  イトーヨーカドーの社長が「労働基準監督署はもっと労働基準法違反を取り締まるべきだ」と発言したところ、「おまえも経営者なのに、どっちの味方なんだ」と言われたというのだが、イトーヨーカドーの社長は「『どっちの味方なんだ』と言うのがおかしい。労働基準法は日本の国の法律なんだから守るべきものであり、法律を守らない者が罰せられるのは当然のことだ」と発言していたが、もっともなことだ。 ただ、労働基準法の場合、難しい問題があって、労働法の全体の考え方については、これは遵法精神をもって守るべきであり、又、労働法というものは使用者・経営者にとって「わずらわしいもの」ではなく「この考え方に沿って経営すれば比較的うまくいく」というものという性質があるもののはずなのだが、細かい規定については法律が改正されたり新たな条文ができたりすることがあり、中小零細の経営者についてはことごとく理解できかねる場合というものもあるが、そういうものは労働基準監督署が指導してくれるし、又、自動車の運転に際して、道路交通法に違反する運転をする者は取り締まるべきだと言うと「おまえもドライバーなのにどっちの味方なんだ」と言うのはおかしいわけで、細かい規定については十分に理解できずに運転しているドライバーもいるかもしれないし、また、違反にしても十何キロ程度のスピード違反・特に交通に支障がない場所での十数分の駐車違反と、たとえば1980年代前半、慶應大学のスチューデントカウンセラーズにいた慶應志木高校卒の高野という男は「原付で制限速度40キロの道を時速90キロ出して反対車線を走ってトラックを追い抜いたら、目の前に警察官がいて罰金とられた」とかやったそうで「そういうことをするあたり、やっぱり慶應の内部進学だなあ( 一一) 」思ったところ、反省するのではなく「あの警察官めえ~え」などと言っていたので「ああ、これが慶應の内部進学なんだなあ( 一一) 」とあきれたことがあったが〔慶應大学ではそういうヤカラが外部のやつらを教育してやらんといかんからなあ」などと言うのだったが( 一一)  慶應という大学はそういうヤカラがそこは自分たちの学校だと思っていて大学だけ慶應に行った人間を「外部の人間」と言う大学だったのだが、教育されなきゃんらなんおはおまえらの方だろうが・・と思ったが( 一一) 〕、慶應大学ではそういう人のことをとか「福沢精神を身につけている」とか「思考が柔軟」「受験勉強の悪影響を受けていない」とか「ギャルにもてもて」「企業はそういう人間を喜ぶ」と言い、慶應心理学ではそういう人のことを「独立自尊の精神がある」とか「自我が確立されている」「アイデンティティーを持っている」と「診断」するのだが、「なんでやねん!」(逆と違うのか)と言うと「受験勉強の悪影響ですね」「思考の硬さが気にかかります」とか「自我が確立されていないから、だからわざわざ無理して逆らってそういうことを言うということですね」とか「アイデンティティーをもっていないからそういうことを言うということですね」とか「モラトリアム人間(病)ですね」とか慶應心理学から「診断」されることになるのだが(「診断」されると次に「治療」される危険がある。お~こわ~あ・・)、そういう「思考が柔軟」「自我が確立されている」「ギャルにもてもて」「企業はそういう人間を喜ぶ」という慶應内部進学の人というのは原付で制限速度40キロの道を反対車線を走ってトラック追い抜いて、目の前にいた警察官から取り締まりを受けたら反省するのではなく「あの警察官めえ~え」とかおっしゃるらしい、そういう人を「自我が確立されている」「独立自尊の精神がある」「ギャルにもてもて」とか言うらしく、その「ギャル」とかいうやつ、よっぽどバカじゃないのか・・と思うのだが、そういうものらしいが、スピード違反でも晴れた日で路面も乾燥していて特に混雑していない道で平坦で特にカーブもなく見通しがいい場所で制限速度を十数キロ程度オーバーしたというスピード違反と慶應タイプの「ギャルにもてもて」「自我が確立されている」という人がやる「原付で制限速度40キロの道を反対車線を走ってトラック追い抜いたら」というのとでは、これは量的な違いではなく質的な違いがあると思うのだ。慶應タイプの「ギャルのもてもて」「企業はそういう人間を喜ぶ」「自我が確立されている」とかいうやつなんか、大いに取り締まってやるべきだ。 それに対して、「この程度のものを取り締まるのかあ」という取り締まりもあるわけで、労働基準法違反にしても、「晴れた日で路面も乾燥していて特に混雑していない道で平坦で特にカーブもなく見通しがいい場所で制限速度を十数キロ程度オーバーしたというスピード違反」のような労働基準法違反については、これは比較的寛容でもいいのではないか、とも思うのだ。ただ、どういうものを取り締まってどういうものは取り締まらないか、それこそ、警察官は市民を突き飛ばしてよいが一般市民はやってないことでも起訴されて処罰されるのが良いとする警察官がやってる現状を良いと考えるべきではないはずで、労働基準法についても労働基準監督官に完全にフリーハンドで判断をまかせてよいのか、という問題もあるだろうけれども、しかし、ともかく「原付で制限速度40キロの道を反対車線を走ってトラック追い抜いて、目の前にいた警察官から取り締まりを受けたら反省するのではなく『あの警察官めえ~え』とおっしゃる」という慶應タイプ・「本物の慶大生」「福沢精神を身につけている」「企業はそういう人間を喜ぶ」「ギャルにもてもて」とかいうそういう類の労働基準法違反というのは、これは遠慮なく取り締まってやるべきで、慶應の内部進学のやつだから親は社会的権力者だろうから「心理学」はそいつの味方だろうから取り締まってはいけないとか考えるべきではないはずで、「微細な違反でも遠慮なく処罰する」というのと「悪質・無自覚で根本的な違反を取り締まるな」というのは意味が違うはずなのだ。
  もうひとつ、難しいのは、日本には労働基準法違反で成り立っている会社というものが現実に存在するのだ。日本の法律に違反している以上、よいとは言えないはずだが、それなら、そういう会社はつぶしてしまえ、と言うべきなのか。 ろくでもない会社は存在するのだが、しかし、「ろくでもない会社」であっても、そこで働いて給料もらって生活している人間は現実にいるわけだ。「ろくでもない会社」であっても、つぶれてしまったら、それはそれで困る、ということにならないか、という問題がある。 しかし、これを認めてしまつお、その「ろくでもない会社」のろくでもない経営者は労働基準法違反は守らなくてよいと考えてしまって、ますます違法なやり方をすることになってしまう。そのあたりが難しいところではある・・のだが、イトーヨーカドーの社長が言うように、明らかに労働基準法違反であり、その程度も性質も悪質なものは取り締まるべきで、それを取り締まらないことから、労働基準法は守ったら損みたいに思う経営者が出てきてしまい、法律の存在自体が危うくなってしまっているわけだ。自動車の運転をしていて相当危ない運転をしているクルマを見て「ああいう運転をするドライバーはもっと取り締まるべきだ」と言うと「おまえも自動車を運転するのに、どっちの味方なんだ」なんて言いますか? 違うでしょ。違反は違反でもこんな微細なものを取り締まらなくても・・と思う時もあるかもしれないけれども、明らかに危険な運転のものは取り締まるべきで「おまえも自動車を運転するのに、どっちの味方なんだ」などと言うべきものではないはずで、同様に「もっと労働基準法違反は取り締まるべきだ」と経営者が言ったなら「おまえも経営者なのにどちらの味方なんだ」などと言うというのは、それはおかしい。
  それで、だ。 労働基準法というのは刑事法の色彩と民事法の色彩の両方の意味合いがある法律であり、又、就業規則は労働者・従業員の側だけが守らないといけないものではなく使用者・経営者の側もまた守らないといけないものであり、そもそも、労働基準法と就業規則に違反するような「業務命令」というものは「ただちに無効」であり、「ただちに無効」ということは、そのような業務命令はおこなってもおこなっていないのと同じ、ということである。
  それを、渡邊士直さんは千葉支店の支店長に就任して以来、毎週毎週、されたのだ。松戸営業課の課長の石井さんはこれも毎週毎週、「毎度毎度、千葉まで朝一番に呼びつけられて、たまったもんじゃないなあ」と松戸展示場の事務所で言いまくっていたのだったが、それで私は石井さんに「それ、石井課長から言っていただけないですか」と何度も言ったのだったが、ところが石井さんは渡邊士直さんの労働基準法と就業規則に対しての違反について松戸展示場の事務所でぼやくばかりで、私が「それ、石井課長から言っていただけないですか」と言っても言っても「言わない」と言い、「どうして言わないのですか。石井さんは課長ですよね。課長なら言うべきではないのですか」と言っても言っても言わない人だった( 一一) それを言えないなら課長と言えないではないか、課長の価値がないことになるのではないか、と思われたのだが、言わない人だった。各支店に業務課長という人がいて、「業務課」というのはどういう「業務」なんだ、というと各支店における人事・総務・経理を「業務課」がやっていたようだったのだが、人事・総務・経理の課長ならば、底辺の高校卒の程度の低い男が支店長になったのなら、「支店長、それは労働基準法と就業規則に違反するものですから、それはやめてください」と言わないといけないし言えないといけない。言える人が業務課長になっているはずで、言えない人なら業務課長になっている意味がないことになるはずだったが、千葉支店の業務課長の越智(おち)さんは言えない言わない人で、それでは業務課長の課長の役職手当タダ取りだろうがあ・・ということになる人だった。 1989年7月から越智(おち)さんが千葉支店の業務課長になる前、6月までは7月から東京支店の業務課長に転任した江間(えま)が業務課長だったが、6月までも月に2回、千葉支店の朝礼に各展示場勤務の営業も参加してくれということにされていたが、まだしも2週間に1回だったので我慢もしていたが、それでも「労働基準法と就業規則」の規定に違反するものであり、業務課長の江間(えま)はその時の支店長の長谷川さんは工事課出身だそうで卒業した学校も建築学科か土木学科らしい人だったのだから、江間(えま)は自分から「法政大学の法学部」卒だときかれもしないのに言う人だったから、まがりなりにも「法学部卒」ならば、「法学部卒」の人だからということで業務課長にならせてもらっていた人なのだから、それを言えないといけないはずだったのだが、言わない言えない人で、何のための法学部なんだ・・という感じだったが「法政の法学部」なんて「そんなもん」だったのか、「ア法政のアホウ学部」だったのか、業務課長としてやるべきこと・言うべきことをやらない言えない男だったが、それでもそういう男が業務課長にならせてもらって課長の役職手当もらっていた( 一一) 業務課長としての価値がない、業務課長としての役割を果たしていない江間のような ああいうやつからは業務課長の役職手当は剥奪してやるべきではないのか、と思うが本人にはその自覚はまったくないようだった( 一一) 
  私は浪人中、うちの父親の親友の勝田という医者屋の女から「高校は義務教育ではないんだから、あんたは本当は高校には行ってはいけないはずや。それなのにあんたが北野高校に行ったというのは、そこであんたは罪を犯してるんや」と言われたことがあり、その勝田のおばはんのバカ息子はどうなのかというと、バカ息子だけにバカ大学を2つも行きよったらしいのだが、普通、おのれのバカ息子は医者屋が「患者」を薬漬けにして稼いだカネでバカ大学を2つも行かせてからに、よその息子にはその地域で一番の公立高校に行ったのを「義務教育でない以上、あんたは高校には行ってはいかんはずや」などと言ったのでは、言われた側の親は「何を勝手なこと言うんだ」とそういうことを言った女に怒るものではないかと思うのだが、ところがうちの父親はそういうことを言われて大喜びしたのだった。「そうや♪ その通りや♪ ええ~えこと言いはるっ♪ 義務教育でない以上、おまえは高校には行ってはならんのにからに、それをおまえが北野高校に行ったというのは、勝田先生がおっしゃるように、それはおまえが思いあがっておるからであって、おまえがつけあがっておるからであって、おまえがのぼせあがっておるからなんじゃ。ええ~えこと言いはるっ♪ 勝田先生がおっしゃるように、ましてや、おまえは大学には行ってはいかんのじゃ、わかっとんのかチャンコロ浪商! 浪商のくせしやがってからに北野高校に行くな、浪商めがこのチャンコロろすけっ!!!」とうちの父親から言われたものだった・・・が、それから考えても、それから考えなくても、江間なんか大学に行く必要ないと思うのだ。江間は超ウルトラすーぱー甘ったれとるから、それでア法政のアホウ学部になんぞウルトラ甘ったれて行きおったのか。江間みたいのが「法政の法学部」ならば法政大学の法学部というのは叩き潰した方が世のため人のためではないか。江間なんか高校行く必要ないだろう。ウルトラ思いあがるな! この放精めが・・というものだ。実際、「江間みたいの」が法政大学法学部卒ならば、法政大学法学部というのは叩き潰した方が世のため人のためだと心から思う。

  渡邊士直は「俺は今後とも間違いなく絶対に女性社員の尻を撫でまわすが、これは中島(昭午)社長から『渡邊は、ともかく会社の女性社員であれば、いつでも誰でも好きな時に好きなだけ尻を撫でまわしてよい』と認められたもので、これは俺が中島社長から認められた俺の大事な人権なんじゃ。社長から認められた人権は決して奪われてはならないものなんじゃ。人権侵害は絶対に許すわけにはいかんのじゃ」と発言したのだが、そのような「人権」を社長の中島に創出する権利も権限も、ない。そういうアホなこと考えている男に社長になられていたのでは従業員が迷惑する・・・と思ったら、中島昭午はあっさりと会社をつぶして社長でなくなった( 一一)
セクシュアル・ハラスメント 新版 (有斐閣選書 156) - 福島 瑞穂
セクシュアル・ハラスメント 新版 (有斐閣選書 156) - 福島 瑞穂


   私は高校生くらいまで、三井・三菱・住友・安田といった名前が会社名の一部分に入っている会社の営業は「見え透いた嘘」「わかっている人間にはすぐばれる嘘」は言わないものだろうと思っていましたが、住宅建築業の会社に勤めてみると住友林業(株)の営業は本当によく嘘を言いますし、又、大企業で支店長くらいまでなった人間というのは渡邊のような「底辺の高校卒の支店長」の↑のような態度に同調するようなことはしないであろうと思い込んでいたのでしたが、富士銀行から「この人は銀行には要らない」ということで小堀住研(株)に出向で来た増田にとっては「底辺の高校卒の支店長」に同調することだけがそこで生きていくための増田にとっての生命線だったようで、それが暴行罪に該当しようが強要罪に該当しようが脅迫罪に該当しようが、どうせ警察は会社側がやったことについて捜査も送検もするわけないとでも思っていたのではないかと思います。私が中国銀行に会社訪問に行った時に会った三井銀行から出向で顧問として中国銀行に来ていたM山さんは同じ大学の卒業生だということもあってか中国銀行のこと以外のことも話してくださったのでしたが、「私も会社のためを思って発言して、ずいぶんと嫌われもして左遷もされましたよ」と言われ、「『おまえ、どうせ、そんなにたいして高い給料もらってないんだから、会社のためを思って発言して嫌われたのではあほくさいぞ。黙ってればいいだろ』と友人から言われたりもしましたが、私はそうは考えなかった。そうではなくて、『どうせ、たいして高い給料もらってるわけでもないのだから』会社のためを思って、これは違うぞと思ったら言わせてもらおうではないか、とそう考えた」と話されたのでしたが、増田さんはどちらも銀行員であってもM山さんのような気概というものは持ち合わせない人のようでした。
  増田と渡邊は渡邊が千葉支店に赴任するとすぐに女性社員の尻を撫でまわした件を私が本社になんとかしてくださいと訴えたと思っていて、それで「俺が女性社員の尻を撫でまわすのがいかんというやつは中島社長が絶対にお許しにはならんのじゃあ」「土下座して『今後は渡邊支店長様が女性社員の尻を撫でまわされるのをいかんとは天地がひっくり返っても絶対に申しませんのでどうかお許しくださいませ』と言って泣いて誓え」と言ってきたようでした・・が、1990年、(平成2年)2月のこの時は私はそういう話はまったくしておらず、あくまでも、増田が「千葉支店の営業成績が上がっているのは(千葉支店の従業員が労基法違反の長時間労働をして働いた結果ではなく)すべて渡邊支店長が優秀だからです」などと発言したので、それで「どういうところが優秀だと思われるのですか」と質問したのに、質問に対しては結局最後まで一切答えず、至近距離から「俺が女性社員の尻を撫でまわすのがいかんというやつは中島社長が絶対にお許しにはならんのじゃあ」「土下座して『今後は渡邊支店長様が女性社員の尻を撫でまわされるのをいかんとは天地がひっくり返っても絶対に申しませんのでどうかお許しくださいませ』とい言って泣いて誓え」と終始怒鳴り続けたのでした。そのあげく、増田は「ふん。女性社員の尻を撫でまわしたなんぞ、された本人がはっきりと訴えて、その上で社会問題になったというのでなければ、どうってことない」と発言して、「おい、ただですむと思うなよ」と私に対して暴言をはいてかえったのでした・・が、
(1) 私の方では、増田和二が「千葉支店の営業成績が上がっているのは(千葉支店の従業員が労基法違反の長時間労働をして働いた結果ではなく)すべて渡邊支店長が優秀だからです」などと発言したので、その「優秀だから」と考えるのはどういう点かと質問したのに、増田は一切答えず、
(2) 増田和二は小堀住研(株)の千葉支店長と東部営業本部長のうちの父親の勤め先の会社に対してのあまりにも無礼な態度について謝りに来たものであろうと思い込んでいたにもかかわらず、増田は「申し訳なかった」といった発言を一言としてすることなく、逆に「おい、ただですむと思うなよ」などと私に発言して帰ったのであり、
(3) 渡邊が会社の就業規則を無視して、渡邊の思いつきで労基法違反の早出残業をしばしばさせること、又、その日のように締め日直前においてまで、その前日の終業時刻を過ぎた後に突然電話を入れて「明日の朝9時までに千葉支店に全員集合」とか言い出すことが千葉支店の従業員にとっては業務に支障をきたしているので、東部営業本部長としてそのあたりを善処してもらいたい、ということを言いたかったのでしたが聞きもせず、「おい、ただですむと思うなよ」などと暴言を吐いて帰ったのでした。
  その際、私は増田和二は当然のことながら東部営業本部長としてうちの父親の勤め先の会社に対しての小堀住研(株)の特に千葉支店長の渡邊と東部営業本部長の増田の無礼な態度を謝罪して、「もし、なんならこれからでも私がお父さんの所にか、担当の取締役の人の所に謝りに行ってもいいけれども、そうした方がいいかな」とでも言うのではないか、と思っていた、思い込んでいたのでしたが、増田はそういったことは一言も口にすることなく、無礼な態度をとった渡邊を「千葉支店の営業成績が上がっているのは(千葉支店の従業員が労基法違反の長時間労働をして働いた結果ではなく)すべて渡邊支店長が優秀だからです」などと言って持ち上げたのでした。
  我が家は富士銀行はけっこう利用してきたお客さんでもあるのに富士銀行はその態度は何だ、という気持ちもあったのですが、富士銀行は自社の行員をほかの会社に出向させてそこで無礼な態度を取らせた場合、出向させた行員が富士銀行の顧客に無礼な態度を取っていることになる・・という認識が欠けていたように思えます。富士銀行は東京圏の人に話を聞くと「威張ってる」「待たせる」とあまり評判が良くないが、関西嫌い・大阪嫌いの東京もんは「住友は大阪の会社だから・・」と毛嫌いするのに対して富士銀行は「東京の会社」と評価され、慶應の学生には「富士銀行に就職が決まった」というとエライとほめてもらえるものと思い込んでいる人がいましたが、エライのならえらい人だけあるような態度を取れよ、どこがえらい人なんだよ、どう考えてもえらい人の態度ではないだろうが・・というのが富士銀行から小堀住研(株)に出向で来ていた増田和二(男。東北大学法学部卒)でした。

  かつては、給与の支払いは支払日に現金で渡されていたものでしたが、今では銀行振込の方が普通になりましたが、労働法の本を読むと今も「現金払いの原則」ということが書かれています。 銀行振込は「現金払いの原則」から考えて違法ではないのか? というと、いくつかの条件を満たせば合法ということになっています。 その条件とは、
1.労働者・従業員が指定する銀行・支店の口座で、労働者・従業員の名義の口座に振込こと。
2.給与支払い日に使用者が振込むのでなく、給与支払い日には労働者・従業員が銀行から引き出せるように振り込むこと。
3.労働者・従業員が同意していること。
この3つの条件が満たされている場合は銀行振込は「現金払いの原則」に反しない、ということになっています。
  ですから、たとえば、
1.2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ は、千葉銀行の八千代支店に口座を作ってくれと新たに入社する従業員に要求して、千葉銀行八千代支店の口座に給与を振り込んでいましたが、これは違法です。私に直接それを要求したその時点では常務取締役だった「ヤクザ顔の大澤」も違法です。
2.1994年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ は、総務の係がそれまでに転勤した従業員の家賃補助を超える部分について給与から天引きし忘れていたということで何か月分かまとめてドカンと無断で天引きしましたが、これは「控除払い禁止」に反するもので違法であるとともに、又、(株)一条工務店は1995年1月の阪神淡路大震災の後、「義援金」だと称して従業員から給与天引きでカネをとるという偽善金行為を働きましたが、これは「控除払いの禁止」に反するもので違法ですが、その分について給与支払い日に払われていないことになりますから、違法です。1993年、(株)一条工務店の東京営業所(展示場)(東京都江東区)にいた同僚は給与支払い日に銀行に行ったら振り込まれていなくて、本社の総務に問い合わせたら「忘れてたあ」と言われて後から振り込まれたそうですが、これも違法です。
  2010年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)では社長の嫁が給与振込の係をしていましたが、給与支払い日に銀行に行ったら振り込まれておらず、社長の嫁が「忘れてた」ということがありましたが、これも違法です。又、給与支払い日の前日に「社長のペット」と言われていた自称「工事責任者」の植草英二が電話してきて、「給与の支払いを3日ほど待ってもらえないですか」と言ってきて、表現は「お願い」ですが、実際は「お願い」ではなく要求に近いものであり、今から考えると、もしかすると従業員の中でも植草が言うところの「大事にしないといけない人」には要求しないで「大丈夫な人」に要求していたのかもしれませんが、これも違法です。
3.そして、1989年4月、小堀住研(株)では新卒社員の合同研修が大阪駅前の本社ビルでおこなわれた際に人事課長のGさんが「給与は銀行振込で支払われますが、振り込んでほしい銀行の支店名と口座名を言ってもらえばそこに振り込みますが、とりあえず、富士銀行の大阪支店に銀行口座を作ってもらってそこに振り込むこととします。富士銀行でいい人はそのままにしてもらえばいいですが、他の銀行の方がいいという人は振り込んでほしい銀行と支店名と口座番号を教えてください」と言って、富士銀行大阪支店の口座・通帳を無理矢理作らされたのでしたが、これも違法です。
  富士銀行は自分の所は大手で財閥系で有名企業で一流企業だからひとは言うことをきけ! という態度をとりますが、おまえらいったい何様なんだ・・・というものです。
  「元銀行の従業員の人」でも2通りあり、最終学校卒業の後、どこかの銀行に勤めたけれども、どうも銀行は自分に合わないと思ったか何らかの理由で他業界に転職しようと考えて、それで住宅建築業の小堀住研(株)に入社した、という人だっていそうでしたが、小堀住研(株)にいたかどうかはわかりませんが、銀行以外の業種に転職した人は間違いなくいるはずで、小堀住研(株)には住宅建築業以外の業種から転職してきた人はいましたが、そういう人はヒラから始めますが、ところが「元銀行の従業員の人」でも「銀行から出向で来た人」の場合は事情が違って小堀住研(株)に入社した1日目から役付きで、その人が中途採用で応募して入社した場合よりもはるかに高い役職につくのです。何様なんだ・・て感じですが、無能な人間がおのれの身の程より高い役職についていたのです。増田和二しかり、前野和彦しかりで、ま~だまだそういうのがいっぱいいました。そして、そういう「銀行から出向で来た人」というのはその銀行にいる限りは労働者・従業員でしたが、小堀住研(株)に出向で来ると特権階級であり、「金持のバカ息子」「大株主のバカ息子」の立場になります。 銀行から出向で来た「金持のバカ息子」「大株主のバカ息子」はこの事実を自覚し、「ま~た、銀行から何もわからないやつがいっぱい来るのか」と言われて嫌がられていた、ということを認識して身を慎むべきでしたが、「銀行から来た人」にはそういう意識は完全に欠落していました。
  富士銀行は自分たちは国民に対してそういった態度をとっていいと思い込んでいたようでしたが、そうなのか? 「違うだろ、このボケ~え!」てことはないか?
※ 「ちがうだろ」⇒YouTube-このハゲ〜!違うだろ!違うだろ!違うだろ! https://www.youtube.com/watch?v=vOWQvoBC9D4
  「おごる平家は久しからず」「秋の日はつるべ落とし」「長い目で見るならばハリコの虎」という言葉があり、1991年、ソビエト連邦なんて簡単になくならないだろうと思っていたらなくなりましたしね。 富士銀行の従業員は自分たちは他社に出向すれば、出向先の従業員に対して自分たちは特権階級だと認識していますが、特権階級に対して来られた側がどう思っていたかなんて考える頭はありませんが、彼ら「銀行から来た人」=支配階級に対して、被支配階級の立場に立たされた最初からその会社に入社した従業員はいい印象は持たないのが普通のはずです。 「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」と文字にしなくても文章にしなくても、最初からそこの会社に入社した従業員は思います。
※ 「ドビヌーシカ」⇒YouTube-【ロシア語】仕事の歌 (Дубинушка) (日本語字幕)https://www.youtube.com/watch?v=rk0C1GputJ8
増田和二のおかげで小堀住研(株)の千葉支店の従業員は余計な労働・仕事のために必要でない労働を無賃でさせられていたのであり、富士銀行は自分たちは一般の会社の従業員にそういったことをさせる権利があるみたいに思っていたようでしたが、そうなのか?
  とりあえず、富士銀行の横暴に対して、違法に作らせた富士銀行の大阪支店の口座を解約したいと思い、富士銀行の柏支店に電車賃を払って行って「これを解約したいのですが」と言ったところ、富士銀行柏支店の若造は何と言ったかというと、「解約しなくていいです」とそう言いやがった。「解約したいと言っているのです」と言っても、「解約しなくても、入っているお金を出勤することはできますから解約しなくていいです」と若造は言うのです。私は「ですから、1000円しか入ってないものを出したいのではないのです。おたくの銀行が私の勤め先の会社に出向で送り込んできて常務取締役になっている人が横暴なふるまいをするから、だから、私はこれを解約したいのです」と言ったのだが、ところが若造は「それなら、それは大阪支店の口座ですから大阪支店に行って解約してください。ここでは解約できません」と言うので、「これは私がおたくの銀行の大阪支店に行って作りたいと言って作ったものではないのです。私はお宅の大阪支店が大阪のどこにあるかも知らないし知りたくもないのです。千葉県の柏とかそのあたりから大阪支店まで往復すれば新幹線に乗ったとしても1日要しますし、新幹線の代金も何万円かします。当然、この口座に入っている金額の何十倍も払うことになります。なんで、そんなものかけなきゃならんのですか。こちらの支店で解約してください」と言ったのだが、そうすると若造は「いったん、うちの支店に口座の支店を変更して、その上で解約するのならここの支店で解約できますが、そうされるとうちの支店の成績がマイナスになりますから解約しなくていいです」と言うのです。
「こちらの支店の成績がプラスになるかマイナスになるかなんか知りませんよ。おたくの銀行が違法なことやったから発生した問題でしょ。お宅がなんとかしてください」と言ったのだ。「それじゃ、とりあえず、口座の支店を移します。少しかかりますから待ってください」と言って2時間だか3時間だか待たされたあげく、「解約はまた別の日にお願いします」と言われて、1週間後か2週間後の別の週休日に行くつもりで、めんどうくさくなってそのままになってしまった・・ような気がする・・が、富士銀行の従業員は自分たちは非銀行の会社に出向すると非銀行の会社の従業員に対して殿さまの態度をとる権利があると心から思い込んでいるようだが、そうなると被支配者・不可触選民の立場にならされた非銀行の会社の従業員としては「階級の苦しみを忘れるな(不忘階級苦)」ということで、特権階級の銀行なんぞ使わないといけない義務はないことになるはずなのだ。我が家は富士銀行はけっこう利用してきた、富士銀行にとってはけっこういいお客さんだったはずだが、富士銀行の方ではそうは思っていなかったようで、富士銀行の従業員の増田和二が横暴を働く方がはるかに大事! だったようだ。
銀行・証券ここまで書いたら潰される: 金融業界の裏側 (カッパ・ビジネス) - 小沼 啓二
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  富士銀行は「なにかと威張ってる」「なにかと待たせる」と評判悪かったが、小堀住研(株)で松戸営業所(展示場)に勤務した期間、松戸市および千葉県においては富士銀行よりも千葉銀行・京葉銀行(旧 千葉相互銀行)の方が千葉県内では支店の数がはるかに多く、千葉県内で移動する仕事の人間には便利だったので給与振込も千葉銀行に変更したが、1990年4月から東京都目黒区の自由が丘展示場に移動してくれと言われ、大田区にアパートを借りたところ、そこに一番近い銀行が第一勧銀の支店だったので第一勧銀に給与振込先も変更した、富士銀行なんぞ二度と使わんぞ・・と思ったが、ところが「富士銀行以外で」ということで選んだ第一勧銀が富士銀行と合併して みずほ銀行 になってしまった。 日本国民の皆さん、一度、考えてみてほしいと思うのだが、銀行の従業員が銀行が融資したのか出資したのかの非銀行の会社に出向で行っておのれの身の程より高い役職につかせてもらったとして、そいつらはあくまでも出向した先の非銀行の会社から優遇してもらうことはできたとして、出向先の非銀行の会社の従業員ひとりひとりに対してまでおのれの身勝手を要求する権利があるのだろうか? そういう「権利」を主張したやつとその銀行=反社会的勢力 に対しては、国民は決して服従することなく自分自身が思いつく方法で闘うべきではないだろうか。富士銀行=反社会的勢力 は許すまじ・・と思ったが、せめてできることとして、「銀行を利用する必要がある時は、できる限り富士銀行以外の銀行で」というのを実行した・・としても、難儀なことに「富士銀行以外の銀行で」ということで利用することにした第一勧銀が富士銀行と合併してしまった・・ということになった。しかし、そうなると、今度は「銀行を利用する場合はできるだけ富士銀行の後継銀行の みずほ銀行以外の銀行で」というのを実行するべきだ。 ともかく、国民は何らかの方法で横暴な銀行は懲らしめてやらねばならぬ。
※ [第414回]《給与振込の銀行・支店を会社が指定するのは違法であり犯罪です。 違法でもやる厚顔無恥な人達。》https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201605article_4.html

  ・・それにしても、「中島昭午が歌う演歌集」なんて、よくそんなもの、作ったな( 一一)
  長浜北高校の応援部のホームページだかのコメント欄に、中島昭午のことをエスバイエル(株)社長として「そうそうたるメンバー」などと書いていた人がいたが、どこが「そうそうたるメンバー」やねん・・と思ったら、それからたいしてたたないうちにエスバイエル(株)はつぶれた( 一一) 「おごる平家は久しからず」「長い目で見るとハリコの虎」ということだったのか。「長い目で」というほど長くはなかった。
長浜北高校の人、あんまりいいかげんなことは書かない方がいいと思うよ。

  1987年に東京駅前の丸ビルにあった中国銀行 東京支店で会ってもらった、三井銀行から中国銀行に「顧問」として出向されていたM山さんはけっこう年齢はいっておられたように感じたが、「まだまだ、やる気まんまん」だったので年寄りという感じではなかったが、それに対して、1988年~1991年にかけて富士銀行から小堀住研(株)に出向で行き、住宅建築業について何もわかってないくせに東部営業本部長・常務取締役にならせてもらっていた、東部営業本部長の能力なんかないのにならせてもらっていた増田和二は、おそらく、その時点でM山さんより実際の年齢は若かったのではないかと思われるが、アタマの内容もやることも老人だった。「傲慢な老人の動画」とか最近ではYouTube とかにも出ているが、その類の人だった。富士銀行はそんなのを送り込んでいたのであり、それを太陽神戸銀行から出向で来ていた大野が「借金があるから来ているのではないのです。人材が不足しているから来ているのです」などとナマ言っていたのだったが、来ているやつこそ能力・認識が「不足している」人間だろうが( 一一)

  1989年4月の小堀住研(株)の入社式の後の立食パーティーの際、この日から太陽神戸銀行から小堀住研(株)に出向で来て、住宅建築業の経験があるわけでもなく小堀住研(株)で何か功績を残したわけでもないにもかかわらず、いきなり常務取締役・西部営業本部長に就任させてもらった大野が「小堀住研は無借金経営の会社なんです。銀行から人が来ているのは人材が不足しているから来ているのであって借金があるから来ているのではないんです」と私に発言したのだった・・・が、いいかげんなこと言うんじゃないよ。
(1) まず第一に、銀行てそんなに「人材」余ってんのか?
そのわりに、銀行に何か頼むと対応がよくなかったりするけれども、「人材」余ってたんじゃないのかあ?
たとえ、優秀な「人材」がいっぱいいても、そんなに優秀な人材ならよその会社に貸さずに自分の所で使わないか? 自分の所で使わないでよその会社に貸すほど「人材」余ってんのか? なんか、太陽神戸銀行はずいぶんと余裕だねえ・・( 一一)
(2) そんなに「優秀な人材」が銀行にいるのなら、もうちょっとまともなのをよこせよ、コラ!  ろくでもないのをいっぱい送り込んでおいて、何が「優秀な人材が不足しているから来ているんです」だあ? 思い上がりも甚だしいのではないのかあ!?!

よく言ってくれるわ・・・と思う。

  千葉市中央区鵜の森町 にかつてあった 新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも、2913年11月に正式に倒産〕で、ビルダーズジャパン(株)の方の取締役になっていた、新華ハウジング(有)の自称「工事責任者」の植草英二(男。2010年頃当時、30代なかば)は、従業員でも業者でも施主・入居者・お客さんでも「大丈夫な人」と「大事にしないといけない人」に勝手に2分する男だったが、もしかして、富士銀行から小堀住研(株)に出向して住宅建築業の経験も実力もないにもかかわらず東部営業本部長・常務取締役というなんか名前だけいかめしい役職につかせてもらって高給盗っていた増田和二もまた自分の出身の富士銀行は「大事にしないといけない会社」と認定して、小堀住研(株)の入居者であるうちの父親の勤め先の会社は無茶苦茶していい相手・「絶対大丈夫な会社」と認定していたのだろうか。「だろうか」ではなく、「彼らが言っていることを聞くのではなく、彼らがやっていることを見るべきだ」というアメリカ合衆国ニューヨーク州立シラキュース大学「精神科」教授トマス=サズ(ザッツ、シャシ)が『「精神医学」という神話』(岩崎学術研究社)の中で引用していたアインシュタインの言葉を適用して考えるならば、富士銀行から小堀住研(株)に出向していた増田和二は、自分の出向元の富士銀行は「超ウルトラ大事にしないといけない会社」と認定し、小堀住研(株)の入居者であり富士銀行はけっこう利用してきた富士銀行の顧客であるうちの父親の勤め先の会社は「どんなに無茶苦茶しても絶対大丈夫な会社」と認定していたようだった。「彼らが言っていることを聞くのではなく、やっていることを見るべきだ」という基準を適用して見るならば、現実に増田和二と富士銀行はそういう態度・行動をはっきりと取った、のだった

  それにしても、銀行に勤めるといいよなあ。増田和二みたいのでも、小堀住研(株)に出向すると特に何もしなくても常務取締役で、営業本部長の能力なんかなくても東部営業本部長にならせてもらってそれに該当する高給もらえるんだからなあ。ええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ・・と思うわ( 一一)  実際のところ、小堀住研(株)で高い役職をもらおうと思ったら最初から小堀住研(株)に入社するよりも、富士銀行とか太陽神戸銀行とかに入社して出向で小堀住研(株)に行く方が得♪ という状態になっていた( 一一) 
そうなったら、そんな会社は「おまえは、もう、死んでいる」という会社・・だったのか、それからたいして経たないうちに2代目社長の中島昭午が無茶苦茶やったあげく、富士銀行から出向できた破産管財人みたいな男が社長になり、富士銀行が取るだけ取って去ると、大阪工大卒の松川が敗戦処理みたいな社長になった後、倒産した( 一一) 

  「女性社員の尻を撫でまわすのは俺が中島社長から認められた俺の大事な人権なんじゃ。俺の大事な人権は絶対に譲り渡すわけにはいかんのじゃ」とかそんなこと大きな声で言いまくっていた男を支店長にならせるような会社というのは、渡邊士直がそういうことを言いまくっていた直後、大阪屋証券(⇒コスモ証券⇒CSK⇒岩井コスモ証券)の営業が「エスバイエルの株を買いませんか。ハウス55が調子いいですよ」などとうちの親の所に言ってきたらしいのだが、「あっかい、あんな会社なんか( 一一) 」と思ったら、私の予想の方が大阪屋証券の営業の予想より正しかったようで株価はどんどこ下がって、そして倒産した。証券屋の営業の予想というのは見当はずれのことがあるようで、2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故の直後、千葉市の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも2013年11月に正式に倒産)に大和証券の営業が来て社長に「今、東京電力の株を買うと上がりますよ」などと勧めるので、「こいつ、絶対、アホや」と思った・・が、「放射能漏れ」とかいう程度であれば一時的に株価が下がっても電力会社というのは簡単につぶすわけにはいかないから、いくらか下がったところで買えば何年か後には回復するということがあるかもしれないが、原発事故なんてもの、簡単に回復するわけないだろうが、こいつ、絶対、アホや! と思ったら私の予想の方が正しかった。大和証券の営業てあほと違うか・・と思った。株価が下がる会社というのには特徴がある。うちの親がソニーならつぶれないだろうと思ってソニーの株を持っていたことがあったのだが、ソニーの株価がどんどこ下がり配当もほんの少ししか出ないという時に送られてきた「株主の皆さんへ」という書類でソニーの社長が腕組んでふんぞりかえって写真に写っていたので、はて、どういうつもりだろうか、こちらが従業員ならばたとえ業績の悪い会社の社長でもそれでも社長だからえらそうにしよっても多少はしかたがないかもしれんが、こちらは従業員ではなく株主であり、社長が株主を雇っているのではなく、株主が株主総会によって取締役に命令して、取締役会を代表して代表取締役が会社を経営するのであり、取締役会を代表する代表取締役は株価がどんどこ下がって配当もわずかしか出せていない状況において、株主に送る書類において社長が腕組んでふんぞり返って写真に写る( 一一)・・・というのはどういうことだ? もしも、私がソニーの社長室にいたならば、「社長、今、うちの会社は株価がどんどん下がっていて配当もわずかしか出せていませんから、せめて、腕組むのはやめておきましょう」と言ったか・・、それとも、逆らうとうるさいから黙ってよなあ~あ・・と思ったか。会社という所において、社長室という所に勤めるのは大変だという話があり、それはどういうことかというと、人間は近くにいると仲良くなることもあるが仲が悪くなることだってあるわけで、世の中の社長というのは『総務部総務課山口六平太』とかに出てる社長みたいな物わかりのいい人間ばかりではないわけで、あるいは『美味しんぼ』に出てくる社主みたいに一時的に怒っても結局は従業員のためを考えて頑張ってくれる人ばかりではなく、そうでない人がいるわけで、社長と喧嘩しても副社長とか専務とかなら多少仲が良くても悪くてもそのままやっていけるかもしれないが、ヒラとか「ヒラの1つ上」とかくらいの人間が社長室にいることから社長と話をする機会があったとして、課長に嫌われてもそのうち別の課長の課に配属変えになるかもしれんし、部長に嫌われてもそのうち別の人間がその部の部長になるかもしれんが社長に嫌われると後あとややこしい・・と考えると社長室なんか勤めない方がええのとちゃうか・・・という説があるようなのだが、実際のところ、株価がどんどこ下がって配当もちびっとしか出せなかった時期のソニーの社長室の人間というのは、「社長、今、うちの会社は株価がどんどこ下がって配当もちびっとしか出せていません。株主に送る書類に写る写真に腕組むのはやめておきましょう」と言わなかったのか、言えなかったのか、言えない人間しかいなかったのか、言うと怒りよるから怒られてまで言うことないわ・・と思って誰も言わんようになったのか・・、どれやろなあ・・と思ったが、言うと怒りよるのかな・・と思うと、たとえ「天下のソニー」であってもそんな人が社長になってるようではあかんなあ・・と思って「損切り」した。その後、「損切り」した会社の株価がどうなったかなんか知らん。「損切り」した会社に関心はない・・・が、それで、会社の社長というものは「株主の皆さんへ」という書類に写る写真で誰もが腕組んでふんぞり返って写っているかというと、そうでもないようで、腕組んだりしないで写真に写っている社長もあるのだ。そういうことを考えると、株価がどんどこ下がって配当もわずかしか出せていない会社なのに「株主の皆さんへ」という書類に社長が腕組んでふんぞりかえって写る、それについて「社長、せめて腕組むのはやめておきましょう」とか言う人間がいないのか、言うと怒りよるのか、どっちかわからんが、そういう会社というのは、その点において株価は下がる要素があったのではないか、と思うのだ。同様に、「俺は会社の女性社員である限り、いつでもどこでも誰でも好きな時に好きなだけ、尻を撫でまわしてよいと中島社長から認められてておるんじゃ。会社の女性社員の尻を撫でまわすのは俺が社長から認められた俺の大事な人権なんじゃ。人権侵害は絶対に認めるわけにいかんのじゃ。俺が会社の女性社員の尻を撫でまわすのをいかんと言うようなやつは、懲戒解雇じゃあ」などと大声で言いまくるような男を「大卒しか採らない会社」なのに底辺の高校卒のあほなおっさんなのに採用して支店長にならせているような会社というのは、「うちは一部上場ですからねえ」などと言いまくっても、そのような会社は「おごる平家は久しからず」「秋の日はつるべ落とし」「長い目で見るならばハリコの虎」であり、そう思っていたら、社長から「女性社員の尻を撫でまわす権利」なる「人権」というものを認められたらしい男が取締役に昇進して、そんな会社は・・・⇒つぶれた( 一一)  中島昭午はよっぽど会社をつぶしたかったみたいだねえ( 一一)  大坂の陣の際には、真田信繁らは、冬の陣の戦闘が始まる前、全国的には徳川優勢であっても大阪限定では豊臣が完全に支配していたのだから、その大阪限定で優勢な状況を利用して関西における徳川の拠点である伏見城を落とし、「豊臣が徳川の伏見城を陥落させた」という報を全国に飛ばすことで、それまで豊臣は徳川に勝てない思い込んで豊臣に加担することをためらっっていた豊臣恩顧大名に「豊臣が勝つのではないか」と思わせることで豊臣に加担しようという気にならせ、徳川に加担しようとしていた豊臣恩顧大名・戦国大名に「豊臣が勝つのではないか」と思わせて徳川に加担することをためらわせるようにした上で、東からはるばるやってきて疲れている徳川軍を元から関西にいて元気いっぱいの豊臣軍が宇治川付近で叩く、という作戦を主張したのに対して、小幡景紀が「古来、宇治川での戦いに勝利はない」などと主張して籠城を主張して真田信繁らの主張をしりぞけたが、実は小幡景紀は徳川から大坂城に送り込まれていたスパイだったという説があるらしかったが、籠城というのは城にこもって持ちこたえておけば、その間に遠方から援軍がやってきて城の内外から城を囲んでいる敵軍を挟み撃ちにすることができる、という状況の時にやるもので、大坂の陣の時の豊臣方は大坂城にいる者がすべてであって、大坂城がいかに堅固な城であっても籠城して持ちこたえているだけでは「負けを後に伸ばしているだけ」になってしまう・・ということを承知の上で小幡景紀は籠城を主張したのではないか・・とも思われるが、「銀行から出向できた人」というのはその人が有能か無能かにかかわらず出向元の銀行のためばかり考える存在の人間で出向先のためなんか考えない存在の人間であり、いわば「徳川から大坂城に送り込まれた小幡景紀」みたいなやつ・・という面を持っていたようで、富士銀行から小堀住研(株)に送り込まれた取締役、その他、小堀住研(株)では何の功績も残していない何もわかってない脳なしのくせして小堀住研(株)では「次長」だの「課長」だのにならせてもらっていたやつ・・というのは「徳川から大坂城に送り込まれた小幡景紀みたいなやつ」だった、のではないかな。そんなのがでかいツラしていた会社・・というのは、「銀行から送り込まれた銀行の間者みたいなやつ」が「小堀住研(株)に最初から入社した、小堀住研(株)のために役立とうとしている従業員」より上の役職をつけてもらい、上の役職の給料をもらいして、そんなのが最初から小堀住研(株)に入社して毎日毎日、会社のために滅私奉公を続けていた者にえらそうな態度を取りまくっていた会社というのは・・⇒「おまえは、もう、死んでいる」という会社・・だったのかもしれない。
※ YouTube-お前はもう死んでいる https://www.youtube.com/watch?v=5kLbIgC-RnQ
  中島昭午が卒業したという滋賀県立 長浜北高校の応援部のHPのコメント欄に中島昭午のことを「そうそうたるメンバー」などと書いていた人がいましたが、「会社をつぶしたアホの2代目」を「そうそうたるメンバー」とは笑止である。長浜北高校の人、いいかげんなこと書かない方がいいと思いますよ。
戦国闘将伝 十文字槍の天才軍師 真田幸村 - 戦国歴史研究会
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  私は1989年に小堀住研(株)の松戸営業所(展示場)に勤務していた時、毎日毎日、夜、終バスか終電で帰るのが普通だった。終バスに乗って松戸駅まで行った場合は終電の前の電車だったか前の前の電車だったかに乘れたが、終バスに乘れずに松戸駅まで歩いた時は終電に乘ることになった。そうやってまさに「リゲインのように」私が働いていた時に、「銀行から来た男」の増田和二や前野和彦はそれよりずっと早くに帰宅して楽な勤め方をしていた。「銀行、銀行、銀行の男~♪」というのはそういう連中だった。
※ 「リゲインのように」⇒YouTube-24時間戦えますか? https://www.youtube.com/watch?v=VHYFDipo5Kc 
「銀行の男」というのは、ほんまにええなあ・・・ほんま・・( 一一)  千葉支店長の渡邊士直も早い時刻に帰っていた。たとえ千葉支店にいても、千葉支店の従業員の仕事の邪魔しているだけだった( 一一)  そんな人間だから、「渡邊+増田」で松戸営業課とか千葉県内の営業の仕事の邪魔しようという考えを思い浮かんだりしたのだろう。
MJ-リゲイン 100mL×10本 【指定医薬部外品】
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  1989年、小堀住研(株)の商品は、《「桂離宮のようなすばらしいデザインを現在に」がコンセプトの木質パネル構法による高級志向の自由設計住宅「新 桂」と小堀住研(株)の前からの在来木造住宅、それに同年に始めたツーバイフォー工法による「サンタバーバラ」となづけた高級価格帯のツーバイフォー工法住宅》、それと「建設省・通産省による『高品質な住宅を低価格で国民に供給する』というプロジェクトから生まれた」「高品質低価格」の「小堀ハウス55」の2本立てになっていたが〔このうち、「サンタバーバラ」はその展示場の写真など見ると良さそうにも見えるのだけれども、初代社長小堀林衛の弟という日大建築学科卒の小堀 東(あづま)がアメリカ合衆国のカリフォルニア州サンタバーバラに見学に行って帰ってきて作ったというもので、建築学科卒の人の思考で作った「悪く言えば趣味の作品」で、「売ることを考えて開発した商品」として見てどうかは疑問がまだ残るものだったが。私はこの「サンタバーバラ」という商品のでき方など見て、やっぱり商品は建築学科的思考で作るべきものではなく商学部的思考で作るべきものだな・・と感じたのだが。自分がいいと思ったものを作るのではなく、顧客がいいと感じるものかどうかという思考で作るべきものであろうと思ったのだが〕、1989年の秋に、千葉支店長に1なっていた渡邊士直が「大安売り」というような「ハウス55」についてのチラシを新聞折り込みで入れたので、「これは小堀住研の会社のイメージ・方針から考えても、ハウス55というもののコンセプトから考えてもおかしいのではありませんか。 小堀住研は最初、大阪市西区の九条に本社があったけれども、兵庫県西宮市の阪急『西宮北口』駅前に本社を移して『阪急沿線の小堀』として関西地区を中心として『高級住宅の小堀』として評価を得てきた会社で、その評価を得るために本社の場所にしても、阪急『西宮北口』駅の前に設けて、その後、大阪駅のすぐ南側に本社を移して、『住宅を建設するのではなく研究する』というコマーシャルを流したりして会社の格を上げようとしてきたはずです。『ハウス55』は比較的低価格帯のものでも、『建設省・通産省による《高品質・低価格の住宅を国民に供給する》という趣旨による国家商品』だということで国家商品を扱っている会社の『高級住宅の小堀』が作る『国家商品としての高品質・低価格住宅』ということで会社の格を下げないようにしているものであって、昔から建売住宅は扱わずに、過去に建売をおこなったのは阪急不動産と一緒におこなったものくらいに限定して組む相手を考えてやっていたはずです。それに対して、渡邊さんが新聞折り込みで入れたチラシはそういうものとは性質が違うもので、これは『あまり程度の高くない不動産屋系の建売屋』がやるものと違いますか。これだと、今回、一時的に契約がいくつか出たとしても、このチラシによって小堀住研の会社と商品の格が下がってしまうことになるのではありませんか。チラシを入れる時や広告を出す時には、こういうことを考えてやるもののはずですが、渡邊さんにはそういう判断をするのは無理だと思います」と松戸営業課の石井に言ったことがあったのだが、ところが石井は「何、言ってるんだ。ちゃんと(東部)営業本部に許可を得て出してるんだ」と言うのでしたが、しかし、東部営業本部長の増田和二は「十大国立大学(7旧帝大系国立大学+一橋大・東京工大〔現 東京科学大〕・神戸大)+早慶」くらいの大学の経済学部・商学部・経営学部などを卒業してマーケティング・商業学など学んできた人ではなく東北大法学部卒とはいえ、ある程度以上の大学の社会科学系学部卒の人が「役所」ではなく「会社」に就職した場合は経済学部・商学部・経営学部卒でも法学部的思考、法学部卒でも経済学部・商学部・経営学部的思考を身につけるべきであり、そういうものを身につけてきた人ならば判断もできるであろうけれども、増田和二が勤めてきた会社は銀行であり、そういった思考をおこなう会社ではなかったはずで、たとえば法学部卒でも商品を作って売るような会社に就職した場合には法学部卒でも商学部的思考・経済学部的思考を身につけるべきであり、商学部・経済学部卒でも法学部的思考もまた特に管理者的立場になる者は持たないといけないはずで、卒業した学部が法学部でも商学部的思考が身についた人というのはいておかしくないのかもしれないが、法学部卒で在学中に司法試験に合格して裁判官になって何十年か裁判官をやってきたというような人が商学部的思考・マーケティング的発想法を身につけているのかというと、そういうものを身につけた人は裁判官としては優秀な人でもあまり優秀でない人でもあまりないのではないか、そういった能力のある人を採用したいなら人が違うのではないかと思われるのだが、増田和二は東北大学法学部卒で富士銀行に入社して新宿だったかの支店の支店長を2年ほどやったという人だったと思ったが、そういう人に商学部的思考・マーケティング的発想法が身についているのか・・というと、太陽神戸銀行から出向で来た大野は「人材が不足しているから来ているんです」と言うのだったが、どうも人材を求める方向が違うのではないか・・と思わないことないような気がしたのだが、しかし、それでも住宅建築業の経験はまったくない人だが出向してきていきなり東部営業本部長に就任した人なのだから、そういった思考ができる人なのだろう・・けれども、それなら、なぜ、ここで私が考えたようなことを考えなかったのか・・と思ったのでした・・が、1990年2月末の増田和二の態度を見てわかった。増田和二はここで私が述べたような思考なんか最初から最後までまったくしていなかった。増田和二がやったのは、あくまでも自分が無視されていないかどうかの判断、自分の顔を立ててくれたかどうかの判断、それだけだった。自分の所に許可を申請してくれたら 「めくらばん」を押すというそれだけだった。私は増田和二という男を「一部上場企業に出向してきていきなり東部営業本部長になった人」と思ってウルトラ買いかぶっていた。単にぼけ老人だった。底辺の高校卒の渡邊・女性社員の尻を撫でまわすしか能がない男にすがりつくしか小堀住研(株)で生きていくすべを知らないあほだった( 一一) 富士銀行はそんな男を小堀住研(株)に東部営業本部長・常務取締役にならせて送り込んでいたのだった。慶應大学の商学部の教授で「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生だらけという会社に就職するよりも、そういう大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が経験を積む場があって実力を発揮する場もあるからいい」といったことを言う人が複数あったのだが、そうなったらいいが、そうならなかったらどうしてくれるんだ、東大・京大・慶應・早稲田といった大学の出身者ばかりの会社に勤めてそういう人間と競争してその競争に勝っても負けてもそれはしかたがないとして、高卒のおっさんとか五流大学卒の人間だらけの会社に勤めてそういう相手に競争で負けたら元も子もないだろうが・・と思ったのだが、それをうちの父親に話したところ、「それは絶対にない」と言うのだったが、うちの父親が言うには「東大・京大・慶應・早稲田といった大学の卒業生同士での競争なら競争に勝つこともあれば負けることもあるかもしれんけれども、そんなもん、高卒のおっさんとか五流大学卒のやつとかと東大・京大・慶應・早稲田といった大学を卒業した者が競走して負けることなんか、天地がひっくり返っても絶対に、それはない。そもそも、競争させる必要がない。競争するならよその会社のそういうやつと競争してくれ」と言うのだったが、実際に小堀住研(株)で渡邊士直を見て「たしかに、こんな程度の低いのと競争して負けることなんか、絶対にないなあ」と思ったのだが、だから、太陽神戸銀行から出向できて西部営業本部長にいきなり就任した大野が「人材が不足しているから来ているんです」と言うておったのか、と思ったのだったが、それなら富士銀行から来て東部営業本部長にいきなりなった増田和二はそういう大学の出身者としての判断力を発揮していいはずであろう・・とも思ったのだったが、増田和二はそういう人間ではなく、「底辺の高校卒の痴漢人間」の渡邊士直にすがりつくことでしか小堀住研(株)で生きていくことができないぼけ老人だった( 一一) 富士銀行はそんな男を小堀住研(株)に送り込んでいたのだった( 一一) ( 一一) ( 一一) 富士銀行はそんなことする会社、その程度の会社だった( 一一) 
※ みずほ銀行 https://www.mizuhobank.co.jp/index.html

  「野越え、山こえ」というロシアの「抗日パルチザンの歌」というのがあり、その歌詞に「アタマンを叩きのめし~、将軍を追い払い~♪」というものがあるが、小堀住研(株)も「2代目を叩きのめし~、銀行を追い払い~♪」ということができれば倒産せずにその後も存続したかもしれない・・が、そうはいかなかったようだ。
※ YouTube-野こえ山を越え - Beyond the Field, the Voice of the Mountains (Japanese Lyr. Version & English Translation) https://www.youtube.com/watch?v=mse710ndbtw 1:23~
  富士銀行はできるだけ使わない方がいいと判断して、東京支店の自由が丘営業課に転勤してくれと言われて大田区でアパートを借りて住んだ際には、そのアパートに一番近い場所にある銀行が第一勧銀の支店だったこともあって給与振込は第一勧銀にして、その後、転職した会社では勤め先のすぐ近くに銀行がなかったこともあって第一勧銀を給与振込先にしたが、富士銀行は避けてそれ以外の銀行にということで給与振込や公共料金の引き落としに使用した第一勧銀だったが、その第一勧銀と富士銀行が合併して みずほ銀行になってしまった。 小堀住研(株)で富士銀行から無理矢理作らされた富士銀行の普通預金の口座を解約したいと言うと富士銀行の柏支店の若造はずいぶんと態度が悪かったが、住友などとは全然違って富士銀行というのは銀行でも殿様銀行だと多くの人間が言うように、特に関西人はそう言うのだったが、増田和二はまさにバカ殿だったが、その富士銀行と第一勧銀が合併してしまった。最近、みずほ銀行に行くと、みずほ銀行の行員の対応は1990年3月に富士銀行の柏支店の若造の態度ほど感じ悪いということはなかったが、それは元富士銀行の支店ではなく元第一勧銀の方の支店だったのか・・。もしも、大学卒業後、富士銀行に就職すると増田和二のように他社に出向して無能のくせしてその会社に最初から入社して努力して滅私奉公している従業員に対してふてぶてしい態度を取り、締め日直前に押しかけて仕事の邪魔する権利があるとしても、私ならそんなことはしたくないな。どれだけ給料もらえるかとは別の問題として、自分が仕事としてやることについては、きっちりと真面目にやりたいと考えるな。かつて、中国銀行の東京支店に会社訪問で行った際に、三井銀行から出向で顧問として中国銀行に勤務していたM山さんから「銀行というのは締め日前になると、上からこういう契約をどれだけ取れるのかとせっつかれるもので、特に支店長なんかは少しでも多く申し込んでもらおうと必死になるものです」と教えてもらったのだが、三井銀行ではそうだったのかもしれないが、富士銀行の場合は殿様銀行でそのような意識はまったくないみたいで、増田和二は小堀住研(株)の締め日直前に、前日の終業時刻を過ぎた時刻になって突然「明日の朝9時までに千葉支店に全員集合」などと言って営業活動の妨害を企てるという、そういうのが元富士銀行の支店長だった( 一一)  慶應大学の学生で「富士銀行に就職先が決まった」という人間というのはえらい!・・とか思っているヤカラがいたが、なんで、あんなのがえらいのか、ようわからん( 一一)  締め日直前には、なんとか少しでも多く契約もらえるようにと努力するもので、それを邪魔する男(=富士銀行)になりたいとは私なら思わないし、そんな男が「えらい」などとは私なら思わない。慶應タイプて、なんか変わってるね( 一一)
  「二代目を叩きのめし~♪ 銀行を追い払い~♪」と言うと、けしからんとか言い出す人が出そうだが、どちらがけしからんかというと、アホの二代目がけしからんのだよ。 ジャン=ジャック=ルソーは特殊意思・全体意思・一般意思ということを言ったのだが、特殊意思とはその団体の構成員ひとりひとりの意思が特殊意思で、会社においては社長になっている個人の思いは特殊意思で、全体意思は構成員全体、特殊意思の総合が全体意思だが、一般意思というのは特殊意思でも全体意思でもなく、その団体・組織のための意思であり、会社の運営はたとえオーナーの社長である場合でも社長の特殊意思によって運営するべきものではなく、会社の一般意思に沿うように経営しないといけない。それをできないオーナー社長の会社では、「生産力と生産関係の矛盾によって」オーナーがその会社から引きちぎられるか、会社そのものがつぶれるか・・になることが考えられる。
  2005年、千葉県などでリフォームをやっている(株)ウッディホームという会社の研修で、滋賀県の大店(おおだな)の後とりの子供の話のビデオ、なんだか花登筐 のテレビドラマみたいな話を見せられたのだが、そこで大店の跡取り息子の叔父が跡取りの子供に話す場面があり、叔父は「おまえは大店(おおだな)の跡を継ぐということを、何か自分だけ楽してええ思いをすることみたいに思ってはおらんか」と言い、「そうじゃないんだぞ。大店の跡を継ぐということは、ほかの者がやらん努力をして・ほかの者がやらん苦労をして・ほかの者がやらん我慢をするという、そういうことなんだぞ」と話すのだが、それをわかってない社長というのが日本の会社にはけっこういるみたいで、小堀住研(株)のアホの二代目もそれを理解できていない男だった・・から、だから、つぶれた・・ようだ( 一一)  だいたい、「中島昭午が歌う演歌集」などというあほくさいCDを会社のカネで出す、というあたりからして「バッカじゃなかろかルンバ♪」て感じがする( 一一)
  会社の二代目社長になるということを「ほかの者がやらん努力をして・ほかの者がやらん苦労をして・ほかの者がやらん我慢をする」ということではなく「自分だけええ思いをする」ことのように思っていたやつ、「中島昭午が歌う演歌集」などというCDを会社のカネで出すやつ、オーナーの社長であっても会社の経営は社長の特殊意思で運営するものではなく会社の一般意思で運営するものだ、ということをわからんやつ・・が二代目社長になった会社は・・どうなるかというと⇒つぶれた。 長浜北高校の人がそんな男を長浜北高校応援部のホームページのコメント欄に「そうそうたるメンバー」などと書いていたが、「バッカじゃなかろかルンバ♪」というものだ( 一一)
小堀住研(株)は一時はいい家を造っていたのに、私たち従業員が必死に働いて築いたものをメカケの子の一族と銀行と痴漢人間とが無茶苦茶にしてしまって、残念だな・・・

  (2025.9.18.)

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