蓬莱橋と快林寺(静岡県島田市)《1》。島田事件の犯人はかなりの遠距離を幼児を連れて行ったが、特殊な能力がある人間だったのかあらかじめ何らかの知り合いだったのか。連れ出した快林寺の境内にあったという中央幼稚園は今はない。蓬莱橋は大人でも不安を感じる頼りない橋で、かつ、相当長いー大井神社と蓬莱橋と快林寺【5/10】

[第1082回]快林寺と蓬莱橋〔1/6〕
  静岡県島田市幸町(さいわいまち)の快林寺(嶋田山 快林寺)〔曹洞宗〕は、実はけっこう由緒があるお寺のようです。
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↑ 快林寺の門。南側より。 右の石碑には「曹洞宗 嶋田山 快林寺」と書かれ、
左の石柱には「葷酒不入寺門」と書かれています。
後半は、おそらく「寺の門より入るべからず」かと思いますが、「葷酒」の「酒」は日本酒・焼酎・ビール・ウイスキー・ワイン・ウオッカ・バーボン等のアルコール飲料のことでしょうけれども、「葷」は「くん」と読むようですが、「葷酒」で「くんしゅ」と読むようで「ネギ・ニラなど臭気のある野菜と酒」だそうです。 「浄土宗大辞典」https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E8%91%B7%E9%85%92 によると「葷酒」とは《 仏教の戒律で禁じられた臭気の強い葱ねぎ、韮にら、蒜にんにく、薤らっきょう、興渠はじかみという五辛および酒のこと。》で、
「葷酒山門に入るを許さず」とは「ことわざ・慣用句の百科事典 【葷酒山門に入るを許さず】の意味と使い方や例文(語源由来・出典)」https://proverb-encyclopedia.com/kunnsyusanmon/ を見ると、
《 ねぎやにんにくなどの臭いの強い野菜(葷)と酒は仏道修行の妨げになるので、寺の門から中に持ち込んではならないという意味。》
《 「葷酒山門に入るを許さず」という言葉は、禅宗の寺でよく見られる教えの一つだよ。これは「不許葷酒入山門」としても知られていて、臭みの強い野菜や酒を口にした人は、修行の場である寺の中に入れない、という意味があるんだ。
特に、これらの食材や酒が修行に悪影響を及ぼすと考えられているからね。》
と書かれています。
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  貴闘力のおっさんがYouTube チャンネルで言うておったが、どこの相撲部屋だったか、入口に「闘う意志のない者は去れ」だったか入口に書いてあったらしいが、寺でも、福井県の永平寺では入口に「修行する意志のない者、立ち入るべからず」だか書いてあったはずで、寺でも曹洞宗の寺の場合、こういったことが書かれていることが多い印象がある。

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↑ 《 快林寺小路之碑
区画整理以前は旧 東海道本陣脇より北に当山門に通る巾約三米の道あり  快林寺(かいれん)小路と呼ぶ
往時 当山の東隣に接して陣屋あり 墓地には天明年間の島田代官 岩松直衛門 純睦 純春 父子の墓域あり。 
かつては源太左衛 仇討の鶯塚があったと云ふ。 尚 境内の観音堂は島田宿の中心地と言い伝える。》
と書かれている。
※ 曹洞宗 嶋田山 快林寺 HP https://www.kairinji.jp/

  曹洞宗 嶋田山 快林寺 HP https://www.kairinji.jp/ の「当山紹介 歴史」https://www.kairinji.jp/01_profile/index.html には、
《 天正4年(1576)、静居寺3世琴峰壽泉大和尚により、曹洞宗嶋田山快林寺として開山いたしました。
寺内には子安地蔵を始め、六地蔵、水子地蔵、また観音堂には千手観音をお祀りしておりますが、この観音堂は江戸時代、東海道嶋田宿の中心地と云われていました。
  島田宿中心地之碑「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」のくだりで知られる大井川が、長期に亘って「川止め」になり旅籠が混雑した際には、当寺院は応急の宿泊地としても、旅人に提供されていたと伝えられております。
  現在の本堂は、明治33年(1900)に建て替えられました。平成に入り、島田市の都市区画整理事業に伴い、あらゆる施設、設備が改築または新設されて、今日に至っております。》
と書かれており、観光客が次々と来るような寺ではありませんが、けっこう由緒のある寺のようです。
正法眼蔵随聞記 (岩波文庫 青 319-4) - 懐奘, 和辻 哲郎
正法眼蔵随聞記 (岩波文庫 青 319-4) - 懐奘, 和辻 哲郎

  けっこう由緒のある寺のようですが、申し訳ないのですが、今回、私がここに訪問したのはお寺の参拝が主たる目的ではなく、1954年(昭和29年)3月13日、その頃はこの寺の境内に幼稚園があったらしいのですが、その幼稚園で「おゆうぎ会」が開催された日、この寺から百メートルほど離れた家の当時、6歳の女の子(といっても、今も生きておれば私より年上ですが)が20代と思われる男に連れ去られ、大井川にかかる「世界一長い木造の歩道橋」の蓬莱橋の対岸(右岸側、金谷側)の地獄沢と呼ばれる藪の中で遺体が発見された、という事件が発生した、その犯人として無実の赤堀政夫さんが逮捕され、犯人にでっち上げられた島田事件という事件があった、その女の子が連れていかれた出発点とされる場所らしい、ということで訪ねました。
  被害者はその時、6歳だった女の子といっても、訪問は2025年12月後半ですが、今となっては72年前に起った事件ですので、もしも被害者が、今、生きておれば77歳になることになります。犯人はその頃、目撃者によると20代なかばくらいではないかと見えたということですから、今、生きておれば百歳近い年齢と考えられます。 犯人でないのに犯人にしたてあげられた赤堀政夫さんが2024年2月22日に94歳で亡くなったそうで、ご冥福を祈りたいと思います。この事件については、警察と司法の問題であるとともに、それ以上に胡散臭い存在である「精神医学」の問題でもあります。
※ 「週刊金曜日」赤堀政夫さん死去 https://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2024/03/28/antena-1432/
  ウィキペディアー島田事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E7%94%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6 には、
《 1954年3月10日、静岡県島田市の快林寺の境内にある幼稚園で卒業記念行事中に6歳の女児が行方不明になり、3月13日に女児は幼稚園から見て大井川の蓬萊橋を渡った対岸である大井川南側の山林で遺体で発見された。》とあり、
  青地 晨(あおち しん)『冤罪の恐怖』(1975.1.30。社会思想社 現代教養文庫)には、
《 あおむけになった死体の下半身はむき出しにされ、両足は大きく開かれていた。細い首に両手で絞めたあとがついており、下腹部にはかなりの出血がみられた。あきらかに痴漢の仕業である。 一見していたいけな幼女を暴行のうえ、殺害した残虐な犯罪であることがわかった。
  死体は静岡県島田市外の地獄沢の藪のなかで発見された。島田市から地獄沢へ行くには、大井川にかかる蓬莱橋と呼ぶ長い橋を渡らねばならない。・・・ 》
《 事件がおきたのは三月十日の日曜日で、よく晴れたポカポカと暖かい日だった。この日、島田市快林寺境内の中央幼稚園では、「おゆうぎ会」が催され、境内は朝から着飾った園児や親たちでにぎわっていた。久子ちゃんはここの園児で、かねてこの日を楽しみにしていたのである。・・・》
《 幼稚園のある快林寺は由緒ある古寺で、島田駅から十分たらずの街の中心地にある。寺の境内を一歩でれば、割合い繁華な街並みがつづいている。
  その日恒例の「おゆうぎ会」なので、寺の境内には菓子やおでんを売る屋台店がでて、ごったがえすにぎわいであった。ところがその日の夕方になって、寺から百メートルほどはなれた八百屋の長女久子ちゃんが帰ってこないので大さわぎになった。・・・》
と出ている。
  ウィキペディアの記述や 青地 晨(あおち しん)『冤罪の恐怖』の記述によると、快林寺の境内にあった幼稚園の「おゆうぎ会」の日に連れ去られた・・ということですが、今現在は快林寺の境内に幼稚園は見当たりません。 もしかすると、今現在、寺の南西部分に駐車場があるので、その部分に幼稚園があったものがなくなったのでしょうか。

  しかし、快林寺から蓬莱橋まではけっこうあります。はて、6歳の女の子が見ず知らずの男について、そんなに長い距離を歩いていくものなのか。 もしかして、快林寺の幼稚園ではあっても寺と別の場所にあった幼稚園ということはないか・・と思い、『県別マップル 静岡県 道路地図』( 2020.6月。4版5刷。 昭文社)に掲載の地図を見ると、島田市南1丁目 に南幼稚園という幼稚園があります。
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↑ 南幼稚園。
「学校法人 島田南学園
 島田南幼稚園」

と書かれた表札が出ています。
  ここからでも蓬莱橋まではすぐではありません。 快林寺からだと、島田南幼稚園から蓬莱橋までの倍くらいの距離があるようで、はたして、子供とはいえ、初対面の男にそんなに長い距離をついていくものなのか、とも思えますが、青地 晨(あおち しん)『冤罪の恐怖』の「6.警察にねらわれた精薄者」に掲載の地図によると、やはり、快林寺の所から連れていかれたようで、島田南幼稚園ではないようです。
  インターネットで検索すると、「中央幼稚園」という幼稚園は今もあるようで、島田中央幼稚園HP の「園の紹介」「教育・保育目標」https://www.shimada-chuoh.ed.jp/#kindergarten として《 「和顔愛語」は仏教経典の言葉で、ある菩薩様が心がけた生活態度と伝えられています。 和やかな顔で人と接し、優しい言葉で人に語ることです。そして、自分に正直に、ありのままに生きることです。 それは、柔和に人様を包み込む温かさをもって生きることです。この心をもって、子どもを慈しみ、尽くすことに喜びをもって生き、保育していくことを大切にしています。》と出ており、仏教経典の言葉がとられているあたりを見ると仏教系、お寺の系列の幼稚園かな、という感じで、今現在、島田中央幼稚園は島田市旗指(はっさし) という快林寺などよりずっと北、国道1号のバイパスの近くにありますが、島田中央幼稚園の隣りに康泰寺 https://koutaiji.com/ という快林寺と同じ曹洞宗の寺もあり、仏教系とはいえどちらの寺の系列なのかはわかりません。
※ 島田中央幼稚園 https://www.shimada-chuoh.ed.jp/

  どちらにしても、快林寺の境内には今は幼稚園はないのですが、1954年頃には境内に幼稚園があって、そのあたりから連れていかれてしまったようです。 青地 晨(あおち しん)『冤罪の恐怖』に掲載の地図を見ると、どうも、南に行って東海道本線のガードをくぐると南に直進して大井川に出ると大井川の河川敷のあたりを通って蓬莱橋まで行っているようで、歩いて進んだ距離は長くても、川の河川敷を通った距離がその半分ほど・・ということは、犯人は当初から人にできるだけ見られないようにと考えて進路を決めたのか? ・・とも思えます。
  東京や大阪など都会の人間は静岡県なら田舎で人家が少ない所か・・とか思うかもしれませんが、島田市はそんなにものすごいド田舎ではなく、島田市でもこの快林寺の付近はJR東海道本線「島田」駅と島田市役所の間の位置であり、周囲には人家が続いていて、島田駅の近くは商業施設があり、東京圏や関西圏の住宅地と比べても別段特にいなか町という環境でもありません。

  しかし、それにしてもけっこう長い距離で、大人でも歩くと長い距離で、クルマで走ってもすぐではない、私の場合は島田市内の道を知らないので「ここでいいのかな」とか思いながら走ったので時間がかかったということもあるかもしれませんが、クルマでもすぐではない、ましてや歩いてだと、大人でもけっこうある距離ですから、途中で子供が嫌がりだすということはなかったのかな、と思ったりもします。
  考えられることとして、
(1)犯人はそれまでからある程度以上知っている男だったのか、それとも、
(2)幼稚園児くらいの女の子をあやすという技術については相当の能力がある男だったのか。


  もしも、通行人が見かけたとしても、女の子が嫌がって離れようとしているのに男が力づくで離さないようにしているとかいうことなら、たとえば、2~3年前だったかYouTube に、プロレスの悪役やってるレスラーのおっさんが駅で男性相手に嫌がっているように見える10歳の女の子を見かけ、「この人はお父さんなの?」と尋ねると「違います。知らない人です」と言い、そうするとその男が「なんだ、おまえはあ」と向かってきたので、なにしろ、プロレスラーなので片手で荷物もっているので、もう片方の手1本で制圧して駅員の所に連れていった、それで警察から感謝状をもらったとかいう話が出ていたが、はっきりと「この人はお父さんじゃありません。知らない人です」と言ってくれて嫌がっているのだと意思表示してくれれば、見かけた通行人だって、「どうしたのですか」と一声かけることができたかもしれないが、嫌がっているように見えなければ、単に父親と幼児、もしくは親戚のおにいちゃんと幼児とが一緒に歩いているだけに見えた可能性がある。
※ YouTube-駅で女児救出のプロレスラー 「パンケーキ食うか?」と“神対応”https://www.youtube.com/watch?v=tKsM-Czr22M
  はっきりと嫌がっていても、何年か前だが、駅の改札の内側のあたりだったかで、女の子が「いやあ~あ!」と大声で叫んでいて、どうしたんだ・・と思って見ると、同行していたのは母親みたいで、母親が一緒にいる以上、知ったことかと思ったことがあったが、親と一緒にいて「いやあ~あ」とか叫ぶ子供もいる。 見かけた人がいても、親なのだろうくらいに思った可能性もあるだろう。


  快林寺 から 遺体発見現場まで、犯人と被害者の女の子が通った経路は、
(1)快林寺から大井川堤防まで
(2)大井川河川敷を通って蓬莱橋の北側(大井川左岸側、島田側)まで、
(3)蓬莱橋を渡って対岸(大井川右岸側、金谷側)まで。
この3つの部分からなる。 
  青地 晨(あおち しん)『冤罪の恐怖』によると、途中、何人かが見かけているが、特に不審な印象は持たなかったらしい。 子供の方が嫌がっているなら、もしかして「不審者による拉致か」とか考えるかもしれないが、そうでないなら、親子か親戚のおにいちゃんに連れてもらっていると見えたかもしれない。 たとえ、子供が嫌がっていても、連れている男が父親かもしれないから、即座に「不審者」と決まったわけでもない。理由もなく不審者でもない人間を「不審者」とか決めつけるのは警察くらいのものだ。

  もしも、あらかじめよく知っている相手でないなら、よくこれだけの距離をついていったな・・という印象がするが、それだけではなく、蓬莱橋という橋だが、どういう橋かというと、↓
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↑ こういう橋なんだわ。めちゃくちゃ長いんだわ。 なおかつ、木造で床も木で、なんだか頼りなげで、万一、落ちても下の大井川は水がある部分と水がない部分があって、水がない部分に落ちると痛いとしても死にはしないのではないかという感じ、橋から下の地面まで3階建ての建物で3階から地面まで落ちたくらいの高さ・・かなというくらいで、打って怪我しても死にはしない可能性が十分あるかというくらいで、水がない部分に石ころがあっても大きな川の下流の方の部分なので蓬莱橋付近の大井川にある石はすべて丸みを帯びた石で角ばった石はなく、水がある部分でも、それこそ伊勢湾岸道の両側なんて「川」と地図には出ていても実際には「海」みたいなもので、伊勢湾岸道をクルマで走る時は「いねむり、危険。 落ちたら死ぬで」と思いながら走っているが〔 わからない人のために説明すると、この「いねむり、危険。落ちたら死ぬで」という文句は、怪人21面相の「毒入り、危険。食べたら死ぬで」をもじったもの。〕、その点、大井川は新幹線の窓から見ても水がある部分とない部分があって水がある部分でも「そう深くない」から、落ちても怪我しても死にはしないのではないか・・と思ってもそれでもけっこう恐怖を感じる橋で、なおかつ、新幹線の窓から見ると水がある部分も浅そうに見えるけれども、すべての場所が浅いわけではなく、
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↑ ところどころ、けっこう深そうに見えるところもあるんだわ。
新幹線の窓から落ちることはないだろうけれども、蓬莱橋を歩いて渡るなら、落ちる危険もあるからけっこうスリルがある、「スリルがある」どころではなく、大人でも相当怖いのだ。今回、通行料を払って往復したけれども、大人でもほんとに怖かった。 私がこわごわ・ゆっくり渡っていると、後ろからすたすたと快足で追い抜いていくおばあさんがいたので、戻ってから橋のたもとの売店の女性に「すたすたと平気で歩いていく人というのは、渡り慣れた地元の方なのでしょうか」ときいてみたところ、「地元の人はあまり渡らないですよ。渡るのはたいてい遠くから来た人です」ということだった。蓬莱橋のすぐ下流側・東側に県道34号・島田吉田バイパスの島田大橋という橋がかかっていて、自動車だけでなく上流側(蓬莱橋の側)に歩行者専用の通行スペースも設けられているので、たとえ、歩いて渡るにしても、鉄骨造と思われる島田大橋を渡った方が安心だ。
  蓬莱橋は木造なので、時々、補修して、床板を替えたり打ちつけたりするらしく、今回は「十分に補修できていないが通行は可能」という状態だったらしいが、気をつけて歩いても怖かった。 後ろからすたすた歩いてきて平気で追い抜いていったおばあさんて、何者だったのだろう・・と思うが、私なんかより歳はいっていても足腰と感覚が優れた人だったのか、それとも、私などは木質系住宅建築業の会社に長く勤めてきた者だから、「大丈夫です」と言われても「ほんまかあ~あ」と思う、「(株)一条工務店の『だ~いじょ~ぶ、だ~いじょ~ぶ』は信じるべからず」と体で理解してきた人間だから、「大工さん」が「大丈夫」と判断したから「通行可」にしていると言われても、「ほんまに大丈夫かあ」と思うところがあるのに対して、「プロの人が大丈夫と言ってる以上は大丈夫でしょ」とか思う人も世の中にはいるわけだから、すたすた平気で追い抜いていったおばあさん て、「地元の人で渡り慣れてる人」かと思ったが、もしかして「プロが大丈夫だと言ってるのだから大丈夫なんでしょ」と信じることができる人だったのか、ともかく、木質系建築会社に長く勤めてきた者としては、とても怖かった。
  そういう橋なのだ、蓬莱橋という橋は。 「ギネスブック認定、世界一長い木造歩道橋」にけちつけるつもりはないが、欄干も低いし、又、欄干を支える支柱の間隔も長いし、落ちはしなかったけれども、伊勢湾岸道から落ちた場合なら「海ゆかば水漬くかばね」でも歌いながら死んでいくしかないであろうが、このあたりの大井川に落ちても怪我はしても死にはしない可能性は十分ある・・とはいえ、それでも大人でも怖いのだ。そういう橋だ。私は大人であり自分の意志で往復したが、幼稚園児の女の子が親でもない相手と一緒に渡るとなると、この橋は相当怖いと思う。逆に半分以上渡ったなら、そこから一人で戻れなんて言われても、それはそれで怖いだろう。 (株)一条工務店で浜松での研修で宿泊場所がいわゆる「パリ寮」という2人部屋で相部屋になった某くんは同社に入社する前、アメリカ合衆国をヒッチハイクして旅行したことがあったらしいが、砂漠の真ん中で「ここで降りるかケツの穴ほらせるか、どっちか選べ」と言われたことがあったらしいが、砂漠の真ん中で「どっちか選べ」なんて言われても困る・・が、某くんがどっちを選んだのかは不明である・・・が、この橋の真ん中あたりまで来て「帰りたかったら一人で帰れ」と言われても、おそらく幼稚園児は一人では帰れないのではないか。もしくは、橋の向こう側まで渡ったとして、蓬莱橋は北側・左岸側・島田側は今は橋のすぐ北にアピタというショッピングセンターがありジャンボエンチョーというホームセンターがあり、人家が立ち並んでいる所だが、南側・右岸側・金谷側は森であって観光客が時々渡ってくるが、誰もいない時もあり、渡り切った所で「帰りは一人で帰れ」と言われても、怖くて帰れないのではないか。 そして、有料橋として「橋番」というのか、通行料を受け取る人が北側・左岸側・島田側にはいるが南側・右岸側・金谷側にはそういう人はいないのだ。
※ アピタ 島田店 https://www.uny.co.jp/shop/single.php?shop_id=99999176 
ジャンボエンチョー 島田店 https://www.encho.co.jp/shop/detail.html?id=sp_shimada 
  

  私は住宅建築業の会社に長く勤めてきたが、こういう人は評価できないなあ、と思うタイプが2つある。その2タイプの人が2010年、千葉市中央区鵜の森町 の 新華ハウジング(有)〔建設業〕(2013年11月に正式に倒産)にいた。
(1) ひとつは、ポケットティッシュを配りたがる人。 ポケットティッシュに会社名を入れたものを駅前などで配布して悪いことはないのだが、2010年、新華ハウジング(有)〔建設業〕(2013年11月に正式に倒産)にいた桜井さん(男。当時、40代前半)はチラシ1枚だと配れない人で、ポケットティッシュだと配りたがる・・という人だった。 だめだなあ・・と思ったが、そういう人はいるのだ。駅前でチラシ1枚、受け取ってもらおうとすると、なかなか受けと言ってもらえず、よけて通られたりする。よけられると、けっこうつらい。それに対してポケットティッシュだと受け取ってもらえる・・のだが、チラシ1枚は配れない人にはポケットティッシュは配らせたくないなあ・・と私などは思った・・のだが、S井さんはポケットティッシュなら配りたがるがチラシ1枚だと断固としてその作業を拒否する人だった。 もっと若い人か、S井さんくらいの年齢でも旧帝大系国立大学卒か早慶卒くらいの人間なら、「何を甘ったれたこと言うとんねん。チラシ1枚で配れない者がポケットティッシュ配っちゃだめだ」と言ってやるところだが、桜井さんは言うと怒るから言えない。
(2) もうひとつは、着ぐるみみたいな風貌しているくせに着ぐるみを着たがる男。 新華ハウジング(有)〔建設業〕(2013年11月に正式に倒産)にいた自称「工事責任者」の植草(男。当時、30代なかば)は着ぐるみを着なくても着ぐるみみたいな風貌をしている男だった・・・が、それにもかかわらず、子供の相手をできない男だった。 着ぐるみ って、着ぐるみを着れば着ぐるみと思っている人がいるが、そうでもないようなのだ。 それを着て、その役を演じることができるかどうかは別の問題だ。 ふなっしー でも つば九郎でも、たとえ、その着ぐるみを着ても中に入ってきた人と同じことができるかは別だ。
  植草を見て「だめだなあ」と思ったが、ひとつには、子供をなめている、という点が原因にあったと思われる。 子供には見えないだろうと思っていたのではないか。 男性と女性には見えるものが違う、という場合がある。1999年だったか、(株)一条工務店 で栃木県佐野市の展示場にいた時、女性2人の来場客が帰った後、入口で受付をしていた女性に「今の兄弟の女の人・・」と言うと、「何を言ってるのよ。兄弟じゃないって、あれはママだって。ママと娘だって。そりぁ、『ご兄弟ですか』と言えば喜ぶかもしれないけど、あんな兄弟ないって。あれは、マ~マ!」と言うので、そうなのか? ・・と思って訪問したら・・「ママ」だった、ということがあったが、そういうことはあるのだ。 逆の場合もある。 それから、多くの男性は小学校以下の女の子というのは「子供」であって「女」ではないと思っているが、実は女の子というのは小さい頃から「女」の視力というものを持っていて、大人の男というのはけっこう小学生くらいの女の子にしてやられていることがある。 小学生以下の女の子をなめてかかっている男は、植草のようにおのれの卑しい根性を大人は気づかずにいても子供に見抜かれている、ということがある。 そういう男は子供の相手ができない。植草はそれだ、と私は見た。
  「ポケットティッシュなら配れるがチラシ1枚だと配れない男」(S井)と「着ぐるみを着れば子供の相手できても着ぐるみ着なければ子供の相手できない男」(U草)には共通点があるように思う。自分の欠点に気づいているならまだいいが、植草などは気づいていないであろうし、一生気づかない可能性が大きいのではないか。

  私は、最初、子供の相手が苦手だったが、そのうち、できるようになった。 それも、最初は女の子の相手はできたが男の子の相手は苦手だったが、女の子の相手ができるようになると男の子の相手もそれほど苦労せずにできるようになった。 なぜ、女の子の相手はできたのに男の子の相手は苦手だったかというと、女の子が「え~ん」と言い出すと、「いい子だから泣かないの」と言えば、たいてい泣きやんでくれる・・のだが、男の子が泣き出した時には「泣くな、うるさ~い。張り倒すぞお~お」と言いたくなる・・のだが、お客さんの子供にそう言うわけにはいかないので、困った・・のだった。 しかし、女の子の相手ができると、なんだかわからないが男の子の相手もできるようになったのだ。たとえ、お客さんの子供でも、男の子がそういうことをしてもらっては困るということをした時には「こら、こら、だめだぞ、そんなことしちゃ」と言っていいのです。それを最初は言えなかったのですが、言えるようになったのです。
〔 私は住宅建築業の会社に長く勤めて、最初はできなかったものを少しずつ改善してできるようになっていったのです。2011年、新華ハウジング(有)〔建築業〕で自称「工事責任者」に・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも、2013年11月に正式に倒産〕で取締役になっていた植草英二(男。2011年当時、30代なかば)は「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すも~ん」と大きな声で何度も無神経に叫んでいたが、もしも、高校でも大学でも最終学校卒業前の人間が「自分は営業の仕事はやったことありませんが、できると思います」と言って営業の職種に応募するのなら悪くはないであろうけれども、植草のようにすでに30代のなかばになった男が、やりもしないで「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すも~ん」などと無神経に叫ぶというのは、実際に営業の仕事をやってきた人間に対して失礼であるとともに、「軽い男だな」という印象を人に与えるもので、良い態度ではない。「できると勝手に思っている」と「実際にやって、こういう内容の成果を出した」はまったく別であり、やりもしないで「できますも~ん」などと言う男というのは、むしろ、その態度は「できない方の要素」と考えられる。よく言うなあ・・と思った。〕
(3)  まったくだめということではないが、本人はそれがいいと思っているようだが実際はそんなにいいわけではない、というものが1タイプある。
  「子供があるから」と言って子供の相手ができると思い込んでいる人がいるが、これは何とも言えない。そういう人は子供と接する時に「何何ちゃんのママ」「何何ちゃんのパパ」として接しており、子供の友だちでない場合でも、「何何ちゃんのママ」「何何ちゃんのパパ」のような立場で子供と接していることが多いのだ。実際の例として、2011年4月に千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも2013年11月に正式に倒産〕に社長の長谷川新二(男。当時、40代前半)の嫁の河野利華(女。40代前半)の友人だとして縁故入社した滝口恵(女。2011年当時、30代前半)を見て、「あ、この人ははっきりと『何何ちゃんのママ』だ」と気づいた。子供に対して「上から目線」なのだ。 それに対して、私は滝口よりずっと年上だが、「何何ちゃんのパパ」ではなくその子供と同じ高さで同じ位置にいたのだ。「何何ちゃんのママ」が絶対に悪いということではないと思うが、それほどいいわけでもないのだが、滝口恵を見て「この人はそれを理解できてないな」と気づいた。もしも、滝口がこの点に気づいていたなら、たとえ「何何ちゃんのママ」という姿勢ででも対応していたのですから無茶苦茶悪いわけではないのですが、気づいていないようでしたから、気づいていないという点においてはそれは欠点です。
  私は長く結婚相手に恵まれなかったが、その結果、子供に対しても子供と対等の立場、心理療法家のカール=ロジャーズは「共感的理解」という表現をしているのだが、相手と同じ位置から接する、子供と同じ位置から接するということができたのだ。さらに、「子供がある」人間と違って子供の相手をしたことがない・・ような気が最初はしていたのだが、そうではなかった。上の姉に娘(私からすると姪)が生まれた時、姉は自分が何か用事をしたい時には「ちょっと、この子、抱いていてちょうだい」と言って中学生だった私の膝の上に産まれたばかりの赤ん坊を載せて世話させたのだ。中学生だった時の私の膝の上が姪の託児所だったのだ。なあんだ、私には子供の相手してきた経験があったんだ・・と思いだした。
ロジャーズクライエント中心療法 (有斐閣新書 古典入門) - 佐治 守夫, 飯長 喜一郎
ロジャーズクライエント中心療法 (有斐閣新書 古典入門) - 佐治 守夫, 飯長 喜一郎
  2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)の花見川店(千葉市花見川区 だが、最寄駅は八千代市の京成「八千代台」)にいた時、店長のT中(男。当時、60歳)が「おめえ、ほんと、子供に好かれるなあ」と感心して私に言ったことがあった・・が、「そりぁ、あんたは人相悪いからなあ」とも思ったが、「子供に好かれる」というのは「建築の住宅」でも「不動産の住宅j」でもどちらの営業をするにおいても大変いいことで、商談する相手は親だからと親だけ相手にする人がいるのだが、それだと子供が嫌がると親の方はまだ話したがっていても、子供が嫌がると親の腕をつかんで引っ張って出ていってしまう。それに対して、子供に好かれると、子供がそこにいる限り親もいるのであり、子供がそこに喜んでいるなら親も子供が喜んでいる会社の人間と話をするのだ。
  そうやって、いつしか、子供にけっこう好かれる営業になった、特に女の子に好かれることが多くなった。なんだか、好かれてもあんまり意味のない年代の女性に好かれて困ったものだ・・が子供に好かれるというのは「建築の住宅」でも「不動産の住宅」の営業でもそれは大いにいいことだった・・・が、「女の子に好かれる」といっても、それは、あくまでも母親が比較的近くにいる場合のことであって、親から引き離そうとしたとしても、普通は離れないもののはずなのだ。 それを、島田事件では犯人は親が一緒にいるわけでもなく、女の子1人だけを相当離れた場所まで連れていったわけで、はたしてそういうことができるものなのか?  ・・と考えると、全然知らない人間ではなく、あらかじめある程度以上知っていた男性ということはないか?  ・・・

  《 目撃者はすぐに見つかった。寺の前の小路に住んでいる中野なつ(69歳・故人)が久子ちゃんを連れだした男の姿を見ていたのである。彼女は大井川べりの畑仕事に行くために家を出たところで、一間ほど前をきれいな服を着たかわいい女の子が、親類の者らしい若い男と一緒に歩いて行くのを見た。表の本通りへ出たところで二人は右に折れ、彼女はまっすぐ畑へ向かったが、途中でまたさっきの二人連れにぱったり出会った。
  さらに畑で働いているとき、三たび二人が大井川の新堤防の方へあがっていくのを、二十メートルぐらい手前から彼女は目撃した。
  中野なつは、三月十二日、警察でつぎのように述べている。
その男は一面識もなく、どこの人かは存じません。私の見たところでは、年齢は二十五、六歳から二十七、八歳くらいで、丈は五尺二寸ぐらい。やせ型で面長く、色の白い人です。頭の毛は長く、油をいくらかつけて分けておりました。メガネはかけておりません。着衣はネズミ色の背広で、ズボンは黒い色でした。持っているものはありませんでした。(中略)・・・中央幼稚園に劇があった日なので、家の人と一緒にきてその帰りだろうと思ったので、別に不審な感じはありませんでした。男の人は、私の見たところでは労働をする人のようではなく、勤め人かなにかのように見えました」。
 以上が三度も二人づれを見た中野なつの証言である、。
・・・・ 》(青地 晨『冤罪の恐怖』)
  犯人は、近くに住んでいた人が「一面識もなく、どこの人かは存じません」という人であって、同時に「家の人と一緒にきてその帰りだろうと思った」と見えたわけで、近くに住んでいる人が面識がない人だが、「家の人と一緒にきてその帰り」のように見えたということは、近所の住人である証言者は面識がないが、やっぱり、あらかじめ知っている相手だった、ということなのだろうか。

  遠山啓(ひらく)は『競争原理を越えて』(太郎次郎社)で、人間の能力は複雑で多元的であり、一直線上に序列化するようなことは不可能である。ニュートンとベートーベンはどちらが優秀か、なんてことは判定できるわけがない。ところがそれを知能指数というものを使えば序列化できることになってしまう・・といったことを指摘している。私もこの点については遠山啓の指摘はもっともだと思う。又、山下清という人は少々、精神薄弱なところがあった人らしいが、しかし、すばらしい絵を残した人だった。それでも、知能指数というもので判定するとだめな人だとされてしまうことになる、と遠山啓は指摘しているが、もっともな指摘だと思う。
  それで、ニュートンとベートーベンなら、どちらの能力もそれぞれ評価していい能力だと思うのだが、ところが、私がこれまで勤めた会社などでは、特別にものすごく難易度が高いわけでもない資格を取得するための努力はしないで、その資格を取得していないのに「ぼく、持ってます」と詐称する能力については優秀という人がいたのだ。  1991年だったと思うが、テレビの報道番組でワシントン条約で輸出入禁止になっている熱帯魚をもんのすごい努力・工夫によって輸入しようとして捕まった人の話が出ていて、筑紫哲也が「これだけものすごい努力をするなら、その努力でこの熱帯魚を養殖する技術を開発したらどうかと思いますが」と言っていたが私もそう思った。ほんと、密輸入するためにもんのすごい努力と工夫をしていたわけで、それだけの努力と工夫をできるのなら、養殖する技術を開発するのにその努力と工夫をそそげば良さそうなものに思えた。
  それと似ているのだが、たとえば、1990年頃、小堀住研(株)の千葉支店にいた犀川(男。当時、30代なかば。日大芸術学部卒)はニチゲー卒のくせしやがってからに「私、早稲田の建築でてますから」とお客さんに話しよった( 一一) と千葉支店の従業員の間で広まっていたが、「おまえ、早稲田の建築みたいな顔してないだろうが」「よく言うなあ」という感じで、犀川の場合は実際に「早稲田の建築」を受けて通ろうと思っても無理だろうが、1990年、小堀住研(株)の東京支店自由が丘展示場にいた近藤寿一(男。当時、20代前半。近畿大学経済学部卒)は宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の試験になんか通ってないのにからに「ぼく、宅建主任もってますから」とお客さんにぎゃーすかギャースカ言っていたが、犀川の「早稲田の建築」とは違って宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は資格試験を受けて通れば取得できるもので、司法試験とか公認会計士試験といった難関資格であれば、旧帝大系国立大学か早慶くらいに行った人がある程度以上、計画を立てて学習して通ったり通らなかったりする資格かと思うが、宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)は受ければ通るというような易しい試験ではないとしても、ある程度学習すれば合格できる試験で、特に「一流大学」卒でない人でも合格している人はあり、高卒で合格して宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)の資格を取得・登録している人もある資格であり、もしも近藤が「僕、宅建主任もってます」と言いたければ学習して合格して登録して資格取得した上で言えば良さそうなものだったが、持ってないのに「ぼく、宅建主任もってます」とギャースカ言いまくる能力はあっても、たかだか宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)程度の試験に合格するための努力をするということはできない人だったようだ。ほかの会社でも学歴・職歴を詐称する人はいたが、実際にその経歴を取得する能力はないが詐称する能力はある、という人が世の中にはいるようだった。
  1990年代、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/  の福島県いわき市の営業所にいたM上(男。当時、20代後半)は「千葉工大の建築学科を4年で中退した」「ミサワホームの中央設計室にいた」「一条工務店に入社したのは、ミサワホームが一条工務店を買収しようとした時があって、その時にミサワホームの人間として一条工務店の本社に行った際に、一条工務店の大澄社長から呼ばれて『M上くん、うちの会社に来てもらえないだろうか』と社長から直々にスカウトされてそれで入社した。だから、俺は一条工務店の従業員でも社長からスカウトされて入社した人間で、ほかの従業員とは立場が違うんだ」と自称していたので、最初、本人がそう言うからにはそうなのかと思ったのでしたが、両方とも嘘だったみたいで、千葉工大なんて最初から行ってないらしく、ミサワホームも中央設計室だけでなくまったく勤めたことはなかったらしい。(株)一条工務店に入社したのも大澄社長から直々にスカウトされたから「社長からスカウトされるのならと入社した」わけでもなかったらしい( 一一) ( 一一) もっとも、なぜか営業本部長の天野隆夫と総務部長の天野雅弘が馬上の後ろ盾になっていたので「特別扱い社員」になっていた、というのは嘘ではなかったが。 よく言うよな~あ・・と思ったが〔ニチゲーしか出てないくせしやがってからに「わたし、早稲田の建築でてますから」とか言っていた小堀住研(株)の千葉支店の犀川と比べれば、まだしも、千葉工大・・なんてのを詐称するというのは、つつましいかもしれんが( 一一) ( 一一) 〕、そういう詐称をする人の中でもM上は詐称がばれないようにする技術というのがけっこう優秀な方だった・・が、これは、いわば「引き技を得意とする力士」と似ていて、最初は多くの力士がひっかかるがそのうち「どうせ、引いてくるだろ」と多くの対戦相手が予測してひっかからなくなる・・のと同じく最初は多くの人間がひっかかるが、そのうち、誰もが「どうせ、また嘘だろ」と思うようになる、そうなっていました。M上は「俺は二級建築士の資格を持っているから、宅建主任は受けさえすれば通るんだけど受けないんだ」「インテリアコーディネーターは1次は通って、二級建築士を持っているからインテリアコーディネーターの2次試験なんか受けさえすれば通るんだけど受けなかったんだ」と言っていたこともありましたが、二級建築士と宅建主任(宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士)は別の資格で出題内容も別ですし、インテリアコーディネーターと二級建築士は共通する部分もあるけれども異なる部分もある試験で、インテリアコーディネーターの2次試験は当初は「製図・小論文・面接」でしたが1995年の試験から「製図・論文」になって面接がなくなり、そのかわりに製図は本格的な製図の試験になり、小論文が論文になったことで住宅・建築・インテリアについての考え方を本格的に問われるようになったと言われ、二級建築士に通ったからインテリアコーディネーターに通るというものではなかったはずですが、最初の頃の試験ではインテリアコーディネーターの2次試験の製図より二級建築士の製図試験の方が本格的な製図の試験と見られていましたが、だからといってM上が言うような「二級建築士に通ったからインテリアコーディネーターの製図も受けさえすれば絶対通る」というものではなかったはずですが、「千葉工大の工学部建築学科に行って4年で中退した」「ミサワホームの中央設計室にいた」「一条工務店に入社したのは、ミサワホームが一条工務店を買収しようとした時があって、その時にミサワホームの人間として一条工務店の本社に行った際に、一条工務店の大澄社長から呼ばれて『M上くん、うちの会社に来てもらえないか』と社長から直々にスカウトされてそれで入社した。だから、俺は一条工務店の従業員でも社長からスカウトされて入社した人間で、ほかの従業員とは立場が違うんだ」という話を最初は私が本人がそう言うのならそうなのだろうと信じたことから、「俺は二級建築士の資格を持っているから、宅建主任は受けさえすれば通るんだけど受けないんだ」「インテリアコーディネーターは1次は通って、二級建築士を持っているからインテリアコーディネーターの2次試験なんか受けさえすれば通るんだけど受けなかったんだ」という話もそれもM上はそう言えば「この人はインテリアコーディネーターも通る人なんだけど2次試験を受けなかった人なんだ」「宅建主任も受けさせすれば通るけれども受けない人なんだ」と高く評価してもらえると思って言っていたようでしたがこれは私には通じなかった。なんで、それを高く評価されると思うのかなあ・・・と私は思った。大学入試の際に痛い目にあった経験がある者からすれば、「通ると思う」とか「受けたら通る」とか「受けたら通るのだけれども受けに行かなかった」とか、そういうのは実際にそうであるかないかにかかわらず「実際に受けて通った」とは雲泥の差があるのであり「受けたら通る」のなら受けて通れよ・・というもので、何を言ってるのかなあ・・と思ったのでしたが、大学受験でそういった経験のない人には「何何は受けたら通るんだけど」と言われて「受けたら通る人なのかあ」と思う人も中にはいるのかもしれないが、私などは「受けたら通る」のなら受けて通れよ、受けて通ってから言えよ・・と思うもので、何を言うてるのかなあ・・と思ったものでした・・が、「千葉工大の建築学科を4年で中退した」という話と「ミサワホームの中央設計室にいた」という話は最初は本気にした。私が最初は「千葉工大の工学部建築学科に行って4年の途中で中退した」という話は、ひとつには「中退した」というのは、詐称するなら「卒業した」にしておけばよさそうなのに「卒業した」と言わずに「中退した」と言うからには実際に「中退した」のかと思ったのでしたが、そうではなく「何何大学を4年で中退した」と言う人には「何何大学を卒業した」と言ってしまうと勤務先から「卒業証明書を大学でもらってきて提出してください」と言われる可能性があり、又、「大卒で職務経験何年」を条件に受けることができる講習とかあって、会社からそういうものを受講してくれと言われる可能性があり、実際には大学には行ってないのに「何何大学を卒業した」と言いまくっているとその時に出せないので、それで「卒業した」ではなく「何何大学に行って4年で中退した」と言っている人がいるらしい・・とわかった。東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ で2008年、千葉県千葉市花見川区の花見川店の店長になったT中(男。2008年当時、60歳)は「佐倉高校卒で明治大学を4年で中退した」と自称していて、「◇◇大学を4年で中退」て、なんか前にどこかで聞いたような話だな・・とも思ったが、「明治大学中退」なんて特別に高い評価を受ける学歴でもなし、本人がそう言うのならそうなのだろう・・くらいに思っていたが、「嘘つけえ。あんなやつ、佐倉高校なんか行ってるわけないだろう。あんなやつ、明治大学なんか行けたわけないだろう」と言う人があって、そう言われれば、普通、明治大学卒もしくは中退の人に明治大学の話をすると、「それは・・」とか相手もその話に応じてくるのに田中の場合は明治大学の話をしても田中は知らなかったな・・と気づいた・・が、なんで「明治大学中退」なんて中途半端な詐称するかなあ、同じことなら「東大でてます」とか言った方が評価高そうに思えるが・・とも思ったが、もしくは学歴詐称の定番「早稲田の政経」とか言えばよさそうにも思えたが、「中退」は(株)一条工務店のM上と同じく「卒業」と言うと卒業証明書を提出してくれと勤め先から言われる危険があり、「大卒で何年の実務経験」が受講資格の講習を受けてくれと言われるおそれがあるので「4年で中退」として、なんで東大ではなく明治大学かというと、もしも田中が「東大中退です」なんて言ったら「ほんまかあ~あ?」「まさかあ」と疑いの眼で見られるが、又、早稲田でたなんて顔はしていないし、ましてや慶應の顔ではないし〔小堀住研の犀川は「早稲田でてる」顔してないにもかかわらず「早稲田の建築でてます」と言っていたようだが( 一一) ( 一一) 〕、その点、「明治大学中退」ならそのまま信じてもらえる可能性が大きい、信じてもらえる可能性がある大学名を名乗っていた・・ということか、そんなところかな( 一一) ( 一一)  (株)一条工務店の馬上も「千葉工大の工学部建築学科に行って4年で中退した」と千葉工大なんて名前を名乗ったのは、「東大の工学部建築学科でてます」とか建築業界における詐称の定番「早稲田の建築」なんて名乗ったら「ほんまかあ~あ?」「嘘言うな」と思われる危険があるのに対して、地元の人からなら磐城高校卒ならともかく平(たいら)工業高校卒で東大なんか行けるわけないだろうが・・と思われるのに対して、「千葉工大に行って4年で中退した」なら信じてもらえる可能性が大きい・・からであったのだろう( 一一) ( 一一)  なんだか、三流以下企業に勤めると宇宙人みたいな従業員と一緒に働かされることが多く、その結果、学歴詐称・資格詐称の人は最初は「本人がそう言うならそうなのだろう」と思っていたものが、いつしか「ああ、そうですか( 一一) ( 一一)」と思うようになった( 一一) ( 一一) 「ああ、そうですか」と。それにしても、(株)一条工務店の馬上は学歴や資格その他を詐称して信じさせるのがうまかった(・・が、「引き技を得意とする力士」と同じで最初は多くの人間がひっかかったが、そのうち、「また、嘘だろ」と誰もが思うようになって通じなくなった)が、それにしても詐称して信じさせるのがうまかった。小堀住研(株)の東京支店自由が丘展示場にいた近藤寿一は「ぼく、宅建主任もってますから」と持ってもいない・通っていない資格をぎゃーすかギャースカ言うだけだったが馬上はばれないように相当の工夫をしていた・・が、だから、ほめるものかというと、ほめるものとは違うと思うけれども・・・。 
  ともかく、学歴にしても資格にしても、実際に合格するための努力をする能力はないけれども、詐称してその詐称がばれないようにする努力をする能力はずば抜けてある・・という人というのがいるのです。 ワシントン条約で輸入禁止になっている熱帯魚を密輸入するためにもんのすごい努力と工夫をする人を見ると、そこまでものすごい努力と工夫をするのなら、その努力と工夫でその熱帯魚を養殖する技術を開発したらどうなのか・・とか思うのと同じく、詐称がばれないようにするためにそこまでものすごい努力と工夫をするのなら、その学歴なり資格なりを取得するための努力と工夫をすればどうなのか・・と思うのですが、合格するための努力と工夫をする能力はないくせして、詐称がばれないようにするための努力と工夫をする能力は相当のものがある( 一一) ( 一一) という人が実際にいるわけです( 一一) ( 一一)  人間の能力は複雑で多元的であって一直線上に並べて序列化するようなことは不可能であるが、ニュートンの能力もベートーベンの能力も評価していいし、山下清の絵画の能力も評価していいと思うのだけれども、大学の入試にしても資格試験にしても合格できるように努力する能力は評価していいが詐称して詐称がばれないようにする能力・・なんてあんまり評価したくないなあ・・・と思う。
  実際問題として、幼稚園児の女の子に「いたずら」して殺害するような男というのは、一般に優秀な人間とは評価できないのだが、ところが、そういう人にはある部分限定でものすごい能力を身につけているという場合があるらしい。私は住宅建築業の会社に勤めてお客さんの子供の相手をして、そして、2008年、東海住宅(株)にいた時、花見川店の店長になっていたTから「おまえ、ほんとに子供に好かれるなあ」と言われたけれども、しかし、それはあくまでも母親が比較的近くにいる時に子供の相手をした場合のことであって、もしも、母親から引き離そうとしたとしても、普通、子供はついてこないと思うのだ。それを親がいないのに、子供一人だけ連れていく、しかも、相当離れた所まで連れていく・・というのは、そういうことは誰にでもできることではないと思うのだ。 ところが、足利事件で殺された女の子も、お父さんがパチンコ屋でパチンコをするのにつれていって、お父さんがパチンコをしているすぐそばで遊んでいて、事件のあと、「パチンコをするのに子供を連れていって、よく見ていなかったお父さんが悪い」とか非難した人がいたらしいが、そのお父さんは言われなくても相当こたえていて、毎日毎日、「パパが悪いんだ」と泣き暮らしたらしく、又、実際、もっときっちり子供を見ていなくて大丈夫か・・という親なんて世の中にはいっぱいいる。 そのお父さんはパチンコ屋に行ったとしてもまったく子供を見ていなかったわけではなく、「そこにいるな」と時々見ながらパチンコをやっていたらしく、又、その場所はいつも行くパチンコ屋で被害にあった女の子はパチンコ屋の店員とも常連のお客さんとも知り合いで、「・・ちゃん、来たの」とか言われて、近くで遊んでいたらしいが、お父さんが「そこにいるな」と見てパチンコやって、再度、見たらいなかった、「え?」とあわてて捜したらもう見つからなかった・・ということだったらしいが、それほど無茶苦茶長い時間でない間に連れていくという多くの人間は持たない能力を持っている人だったみたいだ。 
  「人間の能力は複雑で多元的であって、決して一直線上に序列化するようなことはできるものではない」というのはその通りなのだが、ニュートンの能力はベートーベンにはない、ベートーベンの能力はニュートンにはない、というのはいいのだが、仕事でお客さんの子供の相手はできたとしても、あくまで親が近くにいるということで相手になることはできても、普通の人間は親から引き離して連れて行こうとしても無理だと思うのだが、それをできる人がいるらしいのだ。そういう能力というのは、資格試験の学習をして合格しようと努力する能力はないが持ってもいない資格を「ぼく、・・の資格もってますからあ」と詐称する能力はある・・なんてそんな能力を評価したくないのと同じく、いやそれ以上に「人間の能力は複雑で多元的であって、決して一直線上に序列化するようなことはできるものではない」としても決して評価したくない能力だが、そういう特殊能力がある人があるのかもしれない。その人にとっては、その能力は決してその人のためにならない能力だろうが、そういう特殊能力がある人がいるのかもしれない。あらかじめ、何らかの知り合いであった人が連れ出したのか、それとも、そういった特殊な能力がある人が連れ出したのか。


  こういう考察をここで述べているが、実は一般人がこういう考察をしたり、犯行現場付近に行ったりするのは実は危険なのだ。
  どう危険かというと、内田康夫の浅見光彦シリーズでは、探偵役の浅見光彦は殺人事件があると率先して現場を見に行くのだが〔普通の人間は浅見光彦みたいなそんなことしないのだが、浅見光彦は推理小説の探偵役だから、毎度、殺人事件があると犯行現場を訪ねていく〕、そうすると「人相の悪いの」がやってきて浅見を犯人ではないかと疑うわけだ。「なにしろ、犯罪者は犯行現場に舞い戻ると言いますからなあ」とか言って。浅見光彦の場合は、いざという時には「兄上が警察庁刑事局長さま」という水戸黄門の印籠みたいのがあるから、いざという時にはそれを出せば「はあはあ~あ」と相手はひれ伏してくれるみたいだが、そういう印籠を持たない者は危険だ。「どいつが犯人だろうなあ」という眼で周囲を見ている者の近くにいると、もしも、「謎はすべて解けた。犯人はこの中にいる」と言い出した時に、「この中」にいることになる可能性があり、そうなると、「犯人はあんただよお~お」と言われて「えええ~え!!!」なんてことになりかねない。だから、建築屋は「安全第一」であり、殺人事件と関係のある場所には特にどうしてもという用事がなければ近づかない方が無難なのだ。
  狭山事件の石川さんが犯人扱いされてしまった原因のひとつとして、石川さんが住んでいた近くで女子高校生の遺体が発見された、と聞き、「かわいそうに」と思って、””つい見に行ってしまった”” ということがあったらしい。 見に行ってはいかんのだ、そういうのは。そういう所には「人相の悪いの」がいて、「犯人がいないか」という眼で見とる可能性があるわけだ。
狭山事件の真実 (岩波現代文庫) (岩波現代文庫 社会 202) - 鎌田 慧
狭山事件の真実 (岩波現代文庫) (岩波現代文庫 社会 202) - 鎌田 慧

  自分は犯人ではないから、たとえ、けーさつ漢から疑われても「話せばわかる」などと思っているなら、甘い! 犯人でなくても犯人にされる。↓
ニッポンの裁判 (講談社現代新書) - 瀬木比呂志
ニッポンの裁判 (講談社現代新書) - 瀬木比呂志
「明日はあなたも殺人犯」


   私は建築会社に長く勤めてきましたが、ホームセンターには建築で使う道具を多く置いているホームセンターとそうでないホームセンターがあり、千葉県船橋市近辺では、ロイヤルホームセンターは建築現場で使用する道具をけっこういろいろと置いていますが、設計・製図の道具はあまり置いていない。それに対して、スーパービバホームは建築現場で使う道具も置いているが設計・製図の道具もけっこう置いていて、船橋市と習志野市の境目付近の習志野市、海よりの所にあったスーパービバホームはけっこう使いやすくて何度も行った・・のだったが、ある時、新聞にそのスーパービバホームの少し南のあたりで他殺体と思われる遺体が発見された・・と出ていたので、こういう場所にはうかつに近づくと「足音を立てずに背後に近づく練習」やってるらしいおっさんが後ろにいて、「犯人は犯行現場に舞い戻ると言いますからなあ」とか言われる危険がある。「俺の背後に立つんじゃない!」と言ってやりたいところだが、ついでに相手がバイクの後ろに載ってる箱から何か出そうとしたなら「ゆっくりだ」とか言ってやりたいところだが・・・、そう言うわけにもいかないだろうから、それでその船橋市と習志野市の境目の海よりにあったスーパービバホームにはしばらくは行かない方がいい、「安全第一」と思って行かないようにしていたところ、「もう、そろそろいいかな」と思ってクルマで前まで行くと・・・、そこのスーパービバホームはなかった(泣)

  足利事件の被害者の女の子の遺体が発見されたのは、足利市の中央を西から東に流れる渡良瀬川の河川敷で、田中橋という橋のすぐ東側のあたりだったはずだ。 実は私は2000年前後、(株)一条工務店で足利市の東隣の佐野市の営業所(展示場)に勤務していた時、この遺体発見現場そのものではないが、比較的近い場所の田中橋をクルマで通ったことがあり、歩いて渡ったこともある・・・のだが、そのすぐ近くの場所で被害者の女の子の遺体が見つかった、というのを私が本で読んで知ったのは私が佐野営業所からほかに移ってから後のことで、知らずに田中橋を通っていた。
  なんで通ったか? ・・なんて言われても、足利市の中央を西から東に流れる渡良瀬川の北側をJR両毛線が走っていて「足利」駅があって、その北のあたりに足利学校があり、渡良瀬川の南側に東武伊勢崎線の「足利市」駅があり、渡良瀬川の南側の東武「足利市」駅と北側のJR両毛線「足利」駅を結ぶ、南北のメインの通りが渡良瀬川を渡る橋が田中橋であり、足利市や佐野市の営業所に勤務してこの橋を一度もクルマで通ったことがない人間というのは、ほとんどいない。もしも、いたら相当なまけものであろう。 歩いて渡ったというのは、この田中橋の近くに住む見込客があったからだ。 住宅屋として、見込客の家の近くは歩いてみて、これまでどういう場所に住んできた人か理解するようにしてきたのだが、その時は、田中橋のすぐ近くの見込客のお宅の側にクルマをとめられるような場所がみつからず、橋の逆側ならとめられそうな所があったことからだったように思う。
  幸いなことに、足利事件の被害者の女の子の遺体が発見されたというのは田中橋の近くの河川敷だったと知ったのは私が佐野営業所から転勤した後だったのだが、もしも、佐野営業所に所属していた時に知っていたなら、「かわいそうに」と思って田中橋を歩いて通った時に、ふと手を合わせる・・なんてことを絶対にしなかったとは言い切れない。 そうなると、「人相の悪いの」がどこやらから見ていて「犯人ではないか」もしくは、「犯人にしたてあげるには手ごろではないか」と思って、「犯人だから被害者のことを思って手を合わせたのだろう」とか言い出す危険があった。お~こわ。
  しかし、そもそも、足利事件が起こって女の子が殺された年まで、私は栃木県内に入ったことはあっても足利市には一歩たりとも足を踏み入れたことはなかったのだ・・・が、だから大丈夫などと思うと甘い! けーさつ漢は何しよるやらわからんからな。
  実際、足利事件で犯人にしたてあげられた菅家さんだって、まさか自分が犯人と思われるなんて思いもしなかったようで、幼稚園の送迎バスの運転手をしていた菅家さんは、女の子の遺体が渡良瀬川の河川敷で見つかったと知って「かわいそうになあ」と思ったというのですが、それはきわめてまともな感情であり、まともな人間なら「かわいそうになあ」と思うものだと思うのだ。犯人だから思うのではないはずだ。私だって田中橋を通った時にその近くで遺体が発見されたということを知っていたならば、「かわいそうになあ」と思ったと思うし、「かわいそうになあ」と思ってそこで手を合わせる・・なんてことを絶対しないとは言えなかったと思うのだ・・・が、そういうことをすると「足音をさせずに人の背後に近づく練習」とか税金で給料もらってやってるおっさんが背後に近づいて「何やってるんですか」とか言うとか・・ありそうで、怖いなあ、ほんま怖い。

 
「け~さつのあほ! おまえらプロやったら、無実の市民をいじめるのやのうて、真犯人つかまえてみい」
足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本) (講談社文庫) - 小林篤
足利事件(冤罪を証明した一冊のこの本) (講談社文庫) - 小林篤
殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―(新潮文庫) - 清水 潔
殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―(新潮文庫) - 清水 潔

  それで、島田事件と関係ある場所である蓬莱橋は訪ねても大丈夫なのか・・というと、「ギネスブック認定 世界一長い木造歩道橋」として島田市では売り出しているようであり、大井川の下流付近で川を見たいと思うなら、蓬莱橋の北側・左岸側・島田側に売店もありベンチもありますから、観光客として訪ねても、又、建築探偵団として訪ねてもそれほど問題はないか、とは思うのですが、
冤罪の恐怖―無実の叫び (1975年) (現代教養文庫)
冤罪の恐怖―無実の叫び (1975年) (現代教養文庫)
とか、
島田事件と赤堀政夫(たいまつ新書26) - 赤堀闘争全国活動者会議編
島田事件と赤堀政夫(たいまつ新書26) - 赤堀闘争全国活動者会議編
とかの読者として、島田事件と関係のある場所として訪ねて、しかも、ブログにこういうことを書いたりすると・・・「眼をつけられる」危険があるてことないか? ・・と思うともう、怖いこわい怖いこわい怖いこわい怖いこわい・・・
  でも、あらかじめ断っておきますが、島田事件が起こった年、わたし、まだ生まれてませんからね。狭山事件が起こった年も、わたし、まだ小学校も行ってませんし、狭山事件の「狭山」て大阪府南部の南河内郡狭山町(現在は大阪狭山市)かと思ったらそうではなくて埼玉県狭山市で、狭山事件が起こった年までに私は静岡県から東には一度も行ったことないですからね。
・・・しかし、だから大丈夫と思うと甘いかもしれない。なにしろ、
≪ 子羊が川で水を飲んでいるのを狼が見つけ、もっともらしい口実を設けて食べてやろうと思った。そこで川上に立つと、お前は水を濁らせ、俺が飲めなくしている、と子羊に言いがかりをつけた。子羊が、ほんの唇の先で飲んでいるだけだし、それでなくても、川下にいて上流の水を濁すことはできない、と言うと、この口実が空を切った狼は、
「しかしお前は、去年俺の親父に悪態をついたぞ」と言った。
一年前はまだ生まれていなかった、と子羊が言うと、狼の言うには、
「お前がどんなに言い訳上手でも、俺としては食べないわけにはいかないのだ」

悪事を働くことが決まっている人の所では正当な弁明も無力である、ということをこの話は説き明かしている。≫
(『イソップ寓話集』「狼と仔羊」 中務哲郎訳 1999.3.16. 岩波文庫 P.128~129)
イソップ寓話集 (岩波文庫) - イソップ, 中務 哲郎
イソップ寓話集 (岩波文庫) - イソップ, 中務 哲郎
警察・検察・裁判所というものは、いわば、このイソップ寓話の狼のようなものだ。・・「精神医学」もそうであろう。
それから考えると、その事件が起こった時、自分はまだ生まれてなかったから、さすがにその事件の犯人にされることはないだろう・・などと思うと、甘い! ・・かもしれん。
ともかく、このイソップ寓話の話は日本の警察・検察・裁判所 および「精神医学」と似ているのは事実だ
  1987年、ソビエト連邦内のウクライナとベラルーシの境目付近のウクライナ の チェルノブイリ原発が事故を起こしたが、その際、それを「原発の問題」ではなく「ソ連の問題」としようとした人がいたが、チェルノブイリ原発の事故は「ソ連の問題」ではなく「原発の問題」だった。同様に、「ソビエト連邦における『精神医学の悪用』」を「ソ連の問題」としようとする人が今もいるが、「『精神医学』の悪用」は「ソ連の問題」ではなく「『精神医学』の問題」である。 又、アメリカ合衆国ニューヨーク州立シラキュース大学の「精神科」教授のトマス=サズが『「精神医学」という神話』(岩崎学術出版社)で「『精神医学』の悪用」とか「『精神医学』の悪い治療」とか言って述べられるものは、実はそれは「『精神医学』の本質」なのだ、と述べているが、これを理解しない人がおり、一般国民に理解されてたまるか・・という態度・行動をとっている者もいる。
保安処分 (三一新書 952) - 青木 薫久
保安処分 (三一新書 952) - 青木 薫久
刑法改正をどう考えるか: この危険な現実 (三一新書 888) - 刑法改正 保安処分に反対する百人委員会
刑法改正をどう考えるか: この危険な現実 (三一新書 888) - 刑法改正 保安処分に反対する百人委員会

  島田事件で犯人にでっちあげられた赤堀さんは精神薄弱なところがあった人らしく、そこから警察に犯人にされた・・と言われるようだが、しかし、ほかにも狭山事件で犯人にされた石川さんは元 「部落」と言われる地域の出身の人だったから犯人にされたのではないか、と言われたりもしたようで、さらに、元外務省の佐藤優 は『国家の罠』(新潮文庫)で、佐藤 優が検察ににらまれたのは「国策捜査」だから、と書いていたが、それぞれ、・・・という理由があったからというものがあるみたいなのだが、それなら、そういう理由がなければ犯人にしたてあげられないのか、というとそういうものではあるまい。何もなくても警察は無実の者を犯人にしたてあげるだろう。 佐藤優は「国策捜査」だから自分は検察に目をつけられたのであって、そうでなかったら自分は大丈夫だったとか思っているかもしれないが、実はそうでもなくて、何もなくても犯人にしたてあげられる危険は多くの人間がある。 日頃からけーさつシンパ・けーさつのテカやってるような人はインネンつけられにくいかもしれないが、それも、いくらかは・・というくらいではないか。

  内田康夫の浅見光彦シリーズでは、浅見光彦を犯人と疑う刑事に浅見光彦は「ぼくなんか疑ってないで、もっと犯人を捜したらどうですか」と言うが、そう言われると刑事はさらに怒って浅見光彦の「身辺調査」をおこない、「兄上が警察庁刑事局長さま~あ」というのを知る・・というのが毎度、お決まりのストーリーになっているが、警察官というのは、なんで、どう考えても怪しくない人間に職務質問したりするのか・・というと、「本当にあった笑える話」だかに載っていた読者投稿によると、警察官に職務質問されて、「なんで、ぼくなんかに職務質問するのですか」と尋ねたところ、「何件、職務質問しろというノルマがあって、怖い人に職務質問するのはいやなので、あなたなら大丈夫だと思って職務質問させてもらいました」と言いよった・・・とか( 一一) ( 一一)  そういう理由もあるみたいだ。
  カンボジアのポルポト政権の時、「眼鏡をかけている」ということで逮捕された、という話があるが、なぜ、眼鏡をかけていると逮捕されたのか、というと、
眼鏡をかけている⇒インテリである⇒ポルポト政権に批判的な人間である⇒逮捕
ということになった、というのだが、これは日本の警察にも似たところがあるのではないか。

インテリくさい⇒警察に批判的である可能性が高い⇒やっつけてやれ
となるのではないか。 なにしろ、けーさつ漢なんてやってるやつは、元ワルとかそういうのが多いみたいやから、だから、ワルとか半分グレとるとか、そういうのを見るとラポールを感じよるみたいやなあ・・( 一一) ( 一一)

  次回https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519641092.html 、蓬莱橋。

※ 島田市 公式ホームページ 蓬莱橋 https://www.city.shimada.shizuoka.jp/kanko-docs/horai.html
 島田市観光協会 蓬莱橋 https://shimada-ta.jp/tourist/hourai-bridge/ 
 ウィキペディアー蓬莱橋 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%93%AC%E8%90%8A%E6%A9%8B_(%E5%A4%A7%E4%BA%95%E5%B7%9D)

 (2026.1.5.)

☆ 大井神社・境内社大井天満宮、および快林寺と蓬莱橋
1.「島田」駅から大井神社へ https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519614732.html
2.鳥居から参道・手水舎・常夜灯籠・大名行列の大奴と鹿島踊りの三番叟のブロンズ像・御本社、拝殿と本殿。大井神社は大井川の神さまhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519617428.html
3.境内社 大井天満宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519620924.html 
4.春日神社・静霊神社・大井恵比寿神社・南側の鳥居・「参道の石垣」・小川とかかる橋。「空手やる人間、低学歴」説 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519623551.html
5.快林寺から蓬莱橋。島田事件の犯人はかなりの遠距離を幼児を連れて行ったが、特殊な能力がある人間だったのかあらかじめ何らかの知り合いだったのか。連れ出した快林寺の境内にあったという中央幼稚園は今はない。蓬莱橋は大人でも不安を感じる頼りない橋で、かつ、相当長い。〔今回〕 
6.頼りなげな蓬莱橋(静岡県島田市)・島田事件被害女児が最後に会った目撃者は橋番の男性・今の蓬莱橋の橋桁は鉄骨造に木の板を貼ったものか、木調のコンクリート板を貼ったものか?・ギネスブック認定は悪くないが、又、観光で行くのも史跡を訪ねるのも木造建築の見学に行くのも悪くないが、島田事件の被害女児が犯人に連れられて渡った橋という記憶を消そうとするのはやめてもらえないか。島田事件を無視した「蓬莱橋」という歌を歌った山本譲二は無神経ではないかhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519641092.html
7.蓬莱橋(静岡県島田市)を渡る。左岸から「ど真ん中」まで。床板が浮いている所もあり穴があいている所もあり、貼り布みたいな板もあり、欄干は低く、欄干の支柱の間隔は広い・・がとりあえず落ちなくてよかった・・ような橋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519686191.html
8.牧之原台地での茶の栽培に尽力した勝海舟の像。蓬莱橋からはわずかに見える富士山。農業用の灌漑用水などで水量が減った大井川。浅瀬の水鳥。島田事件を「なかったこと」にするのではなく、西大寺駅前に安倍晋三銃撃事件の記録を残してよいと同様に蓬莱橋に島田事件の記録を残すべきではないか。精神薄弱の人だから死刑にしてよいというものではない。中卒だから時間外手当なしで働かせてよいというものではない。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519698574.html 
9.蓬莱橋の右岸側、地獄沢の手前あたりのお地蔵さん。逆側に吉祥天。強姦する男というのは精神分析によるとえらいのか? そうではあるまい。人間のクズだろうが。自衛隊・亜細亜大・伊藤忠・薬師寺・精神分析は反社会的勢力か。右岸側の丘から見た蓬莱橋 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519706054.html
10.大井川が隆起した旧大井川の石を利用した階段。ゴム長の捜査はなぜか打ち切られた。「宝の山を切り開け」から「宝来町」「蓬莱橋」。島台から見た蓬莱橋。大井川の水鳥。島田事件の犯人像を警察検察裁判所は間違えていないか。副検事は国営裏口入学。青山剛昌氏が「日本の警察は優秀ですからね」と言う論拠は何か。『名探偵コナン』は「fランが作った内容のない単純な漫画」かhttps://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519716855.html


☆ 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度詣り
We want justice.⇒We want justice. ⇒YouTube-Malcolm X,(マルコムX) Hospital Scene https://www.youtube.com/watch?v=5Uoy6xy5AFM
静岡県
(旧駿河地域)
富士市岩淵の天満天神宮 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202110article_6.html

(旧遠江地域)
掛川市水垂(みずたれ)の天神社
1.掛川I.C.から水垂の天神社まで。牛糞の看板が出ている所を入る。農作業やったら根性で数学の問題が解けるようになる‥なんてことは、ない。「(株)一条工務店の遠州人」はずっこい。掛川営業所所長のしょーもない詭弁。静岡県は島田事件・袴田事件があった県。スポーツやってつくのは根性ではなく体力。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518713150.html
2.奉献と書かれた石柱、鳥居をくぐり石段を登って、社殿。拝殿には左右に扉がある。社殿手前から坂道。「天神社」と書かれたスペース。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/518718494.html
谷崎天神社(静岡県周智郡森町)
1.遠州森町スマートインターチェンジから谷崎公民館。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202112article_1.html
2.鳥居・手水・牛の像・拝殿・幣殿・本殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202112article_2.html
3.拝殿内の牛の像。鷽、亀石。梅園。三末社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202112article_3.html
4.天竜浜名湖鉄道「遠江一宮」駅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202112article_4.html
深奥山 方広寺 七尊堂(浜松市北区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201707article_13.html
浜松市西区雄踏町宇布見 の 中村家住宅北側の天神社 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202104article_7.html

愛知県
(旧三河地域)
鴨田天満宮(岡崎市)
1.鳥居を2つくぐり、牛の像・拝殿・幣殿・本殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519593138.html
2.津島社・殿神八幡宮・秋葉社・◇島大明神・金毘羅社・熊野社・児玉社。殿神八幡は鴨田天満宮の少し南にあるらしい。「人事を尽くして天命を待て」は模擬試験で一番成績が良くなかった人がやることではなく、やるだけのことをやってある程度いい成績をとった人がやること。「合格可能性80%以上」なんて「判定」もらっても落ちることは「あること」。 難関校を受けたことない予備校職員の「指導」は迷惑。「父親がいなかった」ことから父親というものを実際以上にいいものと思い込んでいる高校教諭は迷惑 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/519595723.html

(旧尾張地域)
熱田神宮内 菅原社(外天神)と内天神社(名古屋市熱田区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201711article_10.html



神奈川県
下平間天満天神社(川崎市幸区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_14.html
幸区東古市場の天満天神社(川崎市幸区)と御幸公園
1.下平間交差点・古市場交差点を経て天満天神社https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_15.html
2.二度の移転で現在地に来た天満天神社と入口脇の梅https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_16.html
3.御幸公園。植樹された梅林。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202003article_17.html
三渓園天満宮(横浜市中区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201303article_8.html
岡村天満宮(横浜市磯子区)
1.蒔田駅付近から岡村天満宮前交差点 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202202article_5.html
2.鳥居から石段を登り「壁画」前まで。梅の花 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202202article_6.html
3.牛の像。梅の花。社殿。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202202article_7.html
4.拝殿・幣殿・本殿。本殿裏の梅、本殿東側の道。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202203article_1.html
5.神輿庫・神楽殿・幼稚園・幻の新社殿計画地。https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202203article_2.html
6.白笹稲荷社・針塚 他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202203article_3.html
7.岡村公園梅園 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/202203article_4.html
永谷天満宮(横浜市港南区) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201401article_7.html
北野神社(鎌倉市山崎)https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201504article_2.html

岐阜県
飛騨天満宮(高山市)
上 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_7.html
中 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_8.html
下 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201309article_9.html
村山天神(高山市国府町)
1上枝駅から宮川沿い https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_2.html
2村山天神 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_3.html
3村山天神 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_4.html
4あじめ峡、他 https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201409article_5.html
桜山八幡宮 摂社天満神社(高山市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201510article_7.html
日の出天満宮(高山市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_13.html

石川県
金沢神社(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_1.html
椿原天満宮(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_2.html
田井菅原神社(金沢市) https://sinharagutoku2212.seesaa.net/article/201610article_3.html


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